なぜ高くても買ってしまうのか?行動経済学から読み解く

今までの経済学とは?

経済学とは?

 
行動経済学を考える前に、そもそも経済学とはどのような学問でしょうか。
経済学者は、世の中の経済やお金の動きが分かるのでしょうか。
 

  • 経済学の語源

 
経済学とは、英語のPolitical Economyの日本語訳です。
その意味は、経世済民 つまり「世の中を経めて、民を済う」という中国の故事から来ています。
つまり、国の財政や国富の管理が目的です。
 

経済学とは、市場活動、つまり売ったり買ったりする活動を分析し、お金の動きや企業の行動を解明することで、国家や企業活動に役立てることを目的としています。
そのために、個人がどのような行動を取るのか、解明しようとしたのがミクロ経済学です。これを国家レベルで解明したのが、マクロ経済学と言えます。
 

ここでの解明するとは、数式化することです。
数式化することで、例えば、国家予算をいくら増やせば国民の経済活動がどう変わるのかを予測できます。
 

つまり経済学は、数学です。
数学が苦手だからと文系を志望して経済学部に入ったら、いきなり数式がいっぱい出てきて苦労した方は多いのではないでしょうか。
しかし、個人では性格や考え方が異なり、その行動は同一ではありません。
 

そこで経済学では、現実を単純化します。
 

経済学の基本競争モデル

 
経済学では、以下のような単純なモデルを想定します。
 

  • 個人や企業は取引する商品、サービスの品質や価格に関する情報をすべて持っている。
  • 個人の消費行動や企業の生産活動は市場取引を通じてのみ、他の個人や企業に影響を及ぼす。
  • 全ての商品について、それを購入したものだけが便益を受ける事ができる。

 

これを完全競争市場と言います。そして、ここでは、一物一価の法則が保たれます。
この完全競争市場では、
 

  • 個人は、効用を最大にする
  • 企業は利潤を最大にする

 
という行動を取ります。
 
ここでの効用とは、その商品から得られる価値、満足度のことです。
今風にいえば、コスパを最大にするという意味です。利潤は利益と考えて良いです。
 

ホモエコノミカス

 
1980年代、主流となったシカゴ学派(新古典派)は、経済活動のモデルとして、ホモエコノミカスというものを仮定しました。これは

  • 全ての財の質と価格を比較し、効用を最大化する。
  • 他人のことは気にしない。
  • 感情を持たない。
  • お金、財、サービスには執着するが、他の欲望(性欲、名誉欲)には淡泊

 
というものです。
何か、欧米の金融業を思わせる設定です。
 

このような前提条件で考えられたのが、図1の市場均衡のメカニズムです。
 
図1 市場均衡メカニズム
図1 市場均衡メカニズム
 

ある製品の供給が不足すれば、価格は指示用価格からP1に上昇します。その結果、企業は生産量を増やします。そして価格は矢印の方向に低下し、市場価格に収束します。
需要が減少すれば、逆の作用が起きます。
 
この市場メカニズムは良くできていて、多くの商品は需要と供給に応じて、生産量と価格のバランスが取れます。
これを国が計画的に行ったのが社会主義国ですが、ご存知のように需要と供給のバランスがうまく取れませんでした。
 

実は日本でも国が関与したためにうまくいかない例はあります。
バターは国内の畜産農家を保護するために国が輸入量を決めて、計画的に輸入しています。ところが国内の生乳の生産量と輸入量のアンバランスのため、近年は絶えず品不足となり、バターの価格は常に高止まりしています。これは供給不足により生産者(ここでは国)が過剰に利益を得ている状態で、生産者余剰と呼びます。
 

ただし、このような市場経済でも、外部からの影響により均衡点が移動することがあります。これを外部性と呼びます。
 

負の外部性

 
例えば、企業が汚染物質を違法に排出するなど本来行わなければならない環境対策を手抜きした場合、企業はその分コストが下がり、利潤が増加します。
 

しかし、社会全体では、公害という損失を被ります。これが負の外部性です。
あるいは、国が補助金を出せば、企業の利潤はその分増加します。これが正の外部性です。
 

図2では、この製品は製造過程で必要な環境対策を行わなかったため、大きさx分だけ社会全体で費用が増加します。
企業はその費用を負担しないので利潤が増えますが、社会全体では生産量が減少し、均衡点がA点からB点へシフトします。
 

図2 負の外部性の影響

図2 負の外部性の影響
 

一方、社会全体といってもこれは日本の中での議論です。グローバル経済の今日、この外部性が国境を越えて移動します。発展途上国で環境を破壊して低コストで生産しても、それを消費する先進国はなんら痛みを感じません。

従って均衡点はシフトせず、むしろコストが下がれば下がるほど、生産量は増加します。
その結果、発展途上国の環境はますます破壊されます。
 

情報の非対称性

現実には、お互いが情報をすべて持っているような市場はありません。
情報の非対称性は、多くのビジネスで存在します。
 

【レモン市場】

中古車の販売では、売り手は商品の欠陥を良く知っています。しかし買い手はそのことを良く知らず、結果的に欠陥のある商品を買わされてしまいます。
そのため、中古車市場では、買い手は常に欠陥のある品質の低い商品が出ると思ってしまいます。そして品質の良い商品に高い価格をつけても売れません。その結果、中古車市場は品質の悪い商品ばかりになってしまいます。これをレモン市場と呼びます。
 

【逆選択】

自動車保険は、事故を起こさないドライバーにとって高すぎると感じます。その結果、安全なドライバーは保険に入らなくなります。
一方、乱暴な運転をするドライバーは、保険に入ることで安心して乱暴な運転を続けます。そのようなドライバーは事故を起こす率が高く、保険を利用する可能性が高くなります。
本来保険に入って欲しい安全なドライバーは、保険に入らなくなり、入って欲しくない乱暴な運転のドライバーが保険に入るようになります。これを逆選択と言います。
 

ちなみに私は、免許を取って36年になりますが、今まで一度も車両保険に入ったことがありません。車両保険は、事故を滅多に起こさないドライバーには高すぎます。36年の間、何度かボディをこすりましたが、修理代の合計は、車両保険に比べると微々たるものでした。
 

経済学では、このような非合理な行動を数式に表すことはできませんでした。
 

マネタリズムの提唱者 ミルトンフリードマンはこう言っています。
「非合理な人間や企業は自然淘汰される」
「導かれた結論が現実を説明できれば、前提が奇怪でも可」
その結果、非合理な点は無視して、現実を説明できる理論であればよかったのです。
 

経済学の限界

ところが、それまでの経済学のモデルでは説明できないことが、20世紀に入り起きるようになりました。
 

従来の経済学で説明できないこと

 
【失業】

マクロ経済学では、賃金がどんどん下がれば、どこかで仕事が見つかるはずです。
しかし、現実には働きたくても、仕事がない人たちがいます。
 

【株価のアノマリー(市場における非合理な例外事象)】

時期により、なぜ株価に高低があるのでしょうか。

  • なぜ、12月は安くて、1月になると高くなるのか。
  • なぜ、火曜日は低くて水曜日は高いのか。
  • なぜ、株式分割をすると株価が上昇するのか。

 
【財政政策】

ケインズは、需要不足で不景気の時、積極的財政政策によりお金をばらまくことで景気が良くなると提言しました。
実際に、1930年代の世界恐慌では、日本は当時の大蔵大臣 高橋是清の積極的な財政出動により、先進国の中でいち早く不況から回復しました。
 

では、なぜ需要不足のときお金をばらまくと景気が良くなるのでしょうか。
その原資は税金です。合理的に考えれば、財政政策は将来の増税であり、それを考えるとお金を使わないはずです。
 

限定合理的経済人

 
実際には、人々は「合理的な経済人」ではなく、「限定合理的な経済人」と考えられます。
 
ケインズは、人はすべて合理的な判断をするわけでなく、将来の期待感があると積極的に行動すると説き、これを
「アニマルスピリッツ=起業家精神」
と言いました。
しかし「将来の不確実な収益を期待する」という感情は合理的に説明できませんでした。
 
今までの経済学は、現実には起きている非合理な判断を無視したモデルで経済モデルをつくり、将来を予測しています。
どこに飛んでいくのか分からない鉄砲で、的に向かって狙っても、当たるのでしょうか。
 

図3
図3 的に当たるのでしょうか
 

行動経済学とは?

 
ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの二人の心理学者は、人間の行動は経済学の前提にあるような合理的な判断に基づくものではない点に注目しました。
 

非合理的な判断1 確率の評価のずれ

 
人は、リスク、つまり確率について、同じの評価をしません。

  • 痛みはすごく嫌いますが、メリットは過小評価します。

 
図4 痛みを避ける例
図4 痛みを避ける例
 

図4のように4,000円が当たる確率80%のくじAと、3,000円が必ず当たるくじBでは、圧倒的にくじBが選ばれます。
期待値で比較すると、くじAの方が高いので、たくさん引けば、くじAの方が収益は高いのです。

  • 小さい確率の差は、過少評価します。

 
図5 小さい確率の差の例
図5 小さい確率の差の例

 
4,000円が当たる確率20%のくじCと、3,200円が当たる確率25%のくじDでは、くじCの方が多く選ばれます。しかし、どちらのくじの期待値も800円です。たくさん引けば、収益性は同じです。
つまり宝くじは1等1億円より、3億円の方が売れるわけです。
 

これを図式化したのが図6の確率加重関数です。人の主観的な判断は、確率35%を境に変わります。
35%以下の場合、発生する事象を過大評価します。例えば、10%しか起きないことを、18%と感じます。35%を超えると、過小評価します。90%の確率なのに74%と感じます。
 
図6 確率加重関数
図6 確率加重関数

 
確率加重関数を数式で表すと以下のようになります。
 
図7 確率加重関数 数式
 
このような確率に対する主観の違いは、株式投資などの経済活動に影響します。
 

限界効用逓減説

 
人は金額が小さな場合の違いは大きく感じ、大きな金額の違いは小さく感じます。
年収300万円の人が、100万円年収が増えればとても喜びますが、年収2000万円の人が、100万円年収が増えても、喜びはそれほど大きくありません。
 
図8 年収による賃金アップの効果
図8 年収による賃金アップの効果

 

喜び、つまり効用は量が増えるのに従って、低減します。これを限界効用逓減説と言い、図9のような特性を示します。
 
図9 効用逓減曲線

図9 効用逓減曲線

 

双曲割引モデル

 
経済学でいう割引とは、預金の利息や投資の収益率のことです。つまり、手元に100万円あれば、それは預金や投資により、10年後には100万円よりも増えます。
 

例えば、100万円を5%の投資収益率で運用すれば、10年後には162万円になります。逆に、10年後に162万円の価値をもたらす投資商品は、10年間の投資の収益を差し引くと、今は100万円の価値と考える必要があります。
これが割引率です。
 

伝統的な経済学では、人が感じる割引率は、実際の値と一致します。
10年後に162万円の投資商品の価値は、
8年後では、147万円
5年後では、127万円
3年後では、115万円
1年後では、105万円
です。
 

図10 双曲割引曲線
 
図10 双曲割引曲線

 
実際は、人は遠い未来の価値より、すぐ近くの価値を高く評価します。つまり、10年後の162万円より、3年後の115万円に魅力を感じるのです。

これは動物を対象とした行動科学の実験でも、同様の結果が得られています。少ない頻度でたくさんのエサがもらえるより、1回の量が少なくても、たくさんの頻度でもらえる方を好みます。これを表したものが図9の曲線です。
 

プロスペクト理論

 
主観と客観の確率を表した確率関数の式と、限界効用逓減の式を組合せたも宇のが、カーネマンがノーベル賞を受賞したプロスペクト理論です。これは図11のようになります。
 
図11 プロスペクト理論の価値関数
図11 プロスペクト理論の価値関数
 

プロスペクト理論では、参照点を境に、人は損失に対しては危険愛好的であり、利得に対しては危険回避的な行動を取ります。
そして損失の方が利得よりも、2.25~2.5倍のインパクトがあります。
 

利得局面
 
図12 利得局面の危機回避的選択

図12 利得局面の危機回避的選択

 
多くの人は、条件Bを選択します。つまり利得局面では人は危険回避的になります。
 

損失局面
 
図13 損失局面の危険選好的選択

図13 損失局面の危険選好的選択

 
ところが損失局面では多くの人は条件Cを選択します。つまり、損失局面では人は危険愛好的になります宇。その結果、プロスペクト理論における価値観数の曲線は、図10のようなS字曲線になります。
 
この価値観数は、トヴェルスキーとカーネマンの研究により、以下の式で表されます。 

図14 価値関数
 
プロスペクト理論は、人の非合理な行動を数式化し、モデル化できるようにした点で画期的でした。
将来的には、「どのような政策を取れば、景気がどう変わるのか」、「バブルを発生しないようにできるのか」予測が実現できるかもしれません。
問題は、この参照点、どこからが利得と感じ、どこからが損失と感じるかという境界が、個人や個人の置かれた状況により変化することです。
 

これが「参照点からの変化」です。
 

例えば、スーパーでガムだけを買う時、様々なガムを比べて価格と商品が一番気に入った物を選びます。
ところが、肉や野菜など多くの食材を買ってレジの前に並んだ時、レジ前の棚に置いてあるガムには、抵抗感なく手が伸びます。
その際、他のガムと価格や特徴をしっかりと比較することなく、選んでいます。
これは2000円から3000円の商品を購入する際には、あと100円追加しても出費の痛みを感じなくなっているからです。0円→100円の痛みは大きく感じますが、3000円→3100円の痛みはあまり大きく感じられないのです。
同様に自動車を買う場合、家を買う場合も、オプションで選択するものの価格には、あまり気にしなくなります。
 

行動経済学の今後

 

今はまだ行動経済学は、心理宇学的なアプローチで個人の行動を解き明かすレベルです。いずれマクロ経済学の中に行動経済学が組み込まれ、より現実的なマクロ経済学となり、その時点で行動経済学というジャンルは消滅すると考えられています。
 

一方多くの行動経済学の文献は、まだ個人の行動の分析が主体です。これには心理学的アプローチや、セールスマンの経験からのアプローチとも重なります。この個々のアプローチについては、別の機会に紹介します。
 

偏った行動、ヒューリスティックスについて

 

ここでは、行動経済学の代表的なアプローチのひとつ、ヒューリスティックスについてご紹介します。このヒューリスティックスとは、小さい確率を過大評価することです。
分かりやすく言えば、
「滅多に起きないことを気にする」
ことです。
その結果、人は非合理な決定をします。
 

なぜ、ヒューリスティックスが生じるのか
それは、人は限られた時間の中で直感的に意思決定する際に
「思考の近道(ショートカット)」をするからです。
 

ヒューリスティックスには以下の3種類があります。

  1. 代表性ヒューリスティックス
  2. 想起(利用可能性)ヒューリスティックス
  3. アンカーヒューリスティックス(係留ヒューリスティックス)

 

代表性ヒューリスティックス

 
判断する際にあるポイントだけを見て、それがすべてを代表すると考えることです。
例えば、宝くじ売り場で「この売り場で1等3億円が出ました!」という張り紙を見ると、多くの人はここで買えば当たるのかもしれないと思います。
あるいは、少年が起こした殺人事件の記事を新聞で読んで、最近は少年の凶悪犯罪が増えていると思うことです。 

実際は、少年犯罪は減少していて1990年代は、1960年代の1/5になっています。
 
図15 少年による刑法犯等
図15 少年による刑法犯等 検挙人員・人口比の推移
(平成29年版 犯罪白書より)
 

想起(利用可能性)ヒューリスティックス

 
想起ヒューリスティックスとは、想起しやすい、つまり心に浮かびやすい事象を過大に評価して判断することです。
例えば、青魚を食べると頭が良くなるというテレビCMを頻繁に見た結果、スーパーで無意識のうちに魚を買ってしまうことです。
 

例 飛行機は落ちるから怖い。
実際は、1年間10万人あたりの死者数で見ると
【航空事故】0.0097人
【交通事故】3.2人
【熱中症】1.4人
【他殺】0.27人
【自殺】21.9人
 
図16 飛行機は落ちるから怖い?
(トルコ航空1951便墜落事故、Wikipediaより)
 
飛行機は、自動車で移動するより安全なことが分かります。しかし、自動車事故は、日常発生しているため、ニュースになりにくく報道されないのに対し、飛行機事故は大々的に報道されます。また飛行機事故の場合、多くの大半の乗客が亡くなるケースが多く、そのため飛行機は怖いというイメージが作られます。
 

アンカーヒューリスティックス (係留ヒューリスティックス、確証ヒューリスティックス)

 
アンカーヒューリスティックスは、最初に与えられた情報、初期情報が判断の基準となり、それ以降の情報収集なども都合の良いものになる傾向があるという人間の心理特性を指します。
 

【アンカーヒューリスティックスの心理学実験】

被験者に100、1,000、10,000という数字の入ったカードを一枚だけ引いてもらい、ボールペンの価格を予想してもらうという心理学実験が行われました。

  • 小さな数字を引いた人は低い価格を予想する。
  • 大きな数字を引いた人は高い価格を予想する。

こういった傾向が見られました。
 

またボールペンの品質も評価すると、

  • 小さな数字を引いた人は書き味が悪い。
  • 大きい数字を引いた人は高級感がある。

といった意見が多く出ました。
関係のないカードの数字が、人の判断に大きな影響を与えたことが分かります。
 

 

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