ISO9000とは何者か? 2015年の大改定とともに考える その1
この度、ISO9001 2015年版と、ISO14000 2015年版が発行され、2年間の移行期間を経て、2015年版への対応が求められています。
この2015年版では、今までの2008年版と異なり、マネジメントシステムの評価だけでなく、企業経営の中身にまで踏み込んだ内容となっています。
今、なぜISOが企業経営の中身にまで入り込むのか?
これはそもそもISOとは何者なのか?
何が問題なのかを理解する必要があります。
このISOの特徴と抱えている問題について、認証機関や専門ですら言わないことを、3回に渡り述べます。
ISOとは?
そもそもISOとは何でしょうか?
ISOは、各種の国際規格を統括する団体です。
そして様々な国際規格を発行しています。
日本では品質や環境などのマネジメントシステムの規格が有名です。
マネジメントシステムの規格とは何でしょうか。
マネジメントシステムについて
マネジメント(management)とは、経営、管理 と定義されます。
経営におけるマネジメントとは、
「目標、目的を達成するために必要な要素を分析し、成功するために手を打つこと」
です。
マネジメントに必要な要素は、
- 目標、目的の明確化
- 人材を配置と管理
- 担当者の能力の把握と業務の割り当てと管理
- 進捗状況、達成状況の管理
- ミーティングによりチームの意思を統一
- 情報収集
などです。
実は、このマネジメントのやり方は日本と欧米の企業では大きく異なっています。
日本企業のマネジメントの特徴
日本企業では、現場をマネジメントするのは、マネージャーでなく管理職です。
彼らは、新入社員から経験を積み、個々の業務を熟知したうえで管理職に昇格します。
反面、マネジメントに関するスキルや知識のトレーニングを受けていないことも珍しくありません。
日本企業では、各業務が定型化・マニュアル化されていないことも多く、社員は徐々に仕事を覚えながら、自律的に仕事をします。
残業ひとつとっても、管理者から指示されなくても自発的残業する社員が大半です。
管理者の業務の多くは、リーダーシップというよりも、部下の仕事の承認や決済、そして他部署との調整が主なものです。
そのため管理職は、その部署である程度の経験を積み、具体的な業務まで理解している必要があります。
これは、高性能なレースカーをベテランのドライバーが巧みに操っているような状態です。
ドライバーは、エンジンやタイヤの細かな挙動まで予測し、絶妙のコントロールで運転しないと、サーキットの限界走行では車に負担をかけるとすぐに壊れてしまいます。
このような高度な運転技術のマニュアルはありません。
従って、免許を取ったからと言って、すぐに乗りこなせるわけではありません。
欧米企業のマネジメントの特徴
一方、欧米では、直接業務に携わる人たちと、管理者・マネージャーの役割が分かれています。
直接業務にかかわる人たちは、その業務の責任だけを果たせばよく、それ以外の仕事は行いません。
その業務も、内容がマニュアルに規定されており、担当者が自発的に考えたり、改善したりすることはありません。
対して、マネージャーの仕事は、リーダーシップを発揮して組織ですべきことを決定し、組織を運営することです。
そのためマネージャーは、大学やビジネススクールで予めマネジメントについて、学んでから企業に入ります。
私は、学生の時、ケンタッキー・フライドチキンでアルバイトをしましたが、調理から清掃まで、全てマニュアル化されていました。
誰がやっても同じ味のフライドチキンを作ることができます。
マネージャーの仕事は、アルバイトのシフトの配置や材料の仕入れ、商品のストック状況の管理などでした。
車に例えれば、タイヤはタイヤ、エンジンはエンジンの働きに徹しており、ドライバーの運転もある程度マニュアル化・定型化されている状態です。
オートマチック車で、公道を走るようなものです。
一定の訓練を経れば誰でもある程度のスキルで運転できます。
管理職とマネージャーの違い
欧米のマネージャーは、部下や部署をコントロールするために様々な意思決定をします。
自分自身が、方向やアクションを決めて、それを現場に指示します。
作業着を着て、自らが現場に立つことはしません。
日本の管理職の重要な仕事は、部下の仕事の承認です。
自分で物事を決めるより、他部署と折衝したり、会議に参加したり、稟議書に印鑑を押すことが重要な仕事です。
企画したり提案したりするのは現場で、自分はそれを承認したりどちらかを選択したりする役回りです。
選択する場合も、自分自身で意思決定するより、他の部署の管理職との根回しや、より上の管理職への相談に基づくことが多々あります。
どちらかという決定は、複数の合議で行われ、決定の責任をマネージャーが負うことは極めて稀です。
マネジメントシステムはマネージャーの仕事の仕方
実は、マネジメントシステムは、欧米のマネージャーの運転マニュアルです。
このマネージャーの仕事は標準化されているから、どの企業にも同じやり方が使えます。
また現場の業務は、マニュアル化され、誰でもできるようになっています。
しかし日本の組織は、今まで述べたように、元々そのような管理になっていません。
仕事は定型化されておらず、現場が自主的に判断・決定している部分も少なくありません。
ISOは、この仕事の仕方の中で、品質に影響する部分を全てマニュアル化することを求めているのです。
その中でも、特にマネージャーの仕事の仕方についてのマニュアルです。
さらにマニュアル化だけでなく、それらの業務が適切かどうか、検証し記録を残すことも求めています。
こう考えると欧米企業にとっては、これは当たり前のことです。
ISOは、彼らにとって当たり前のことを当たり前のように要求しているわけです。
ISOの生い立ち
この品質マネジメントシステムの起源は、第二次世界大戦時の火薬工場にあると言われています。
火薬工場では、誤ったプロセスは大事故につながります。
そこでは、適切な管理と統制が最も重要です。
ISOの元となる規格は、1959年、米国国防総省の軍需調達規格MIL-Q-9858が起源と言われています。
1979年にこの規格を基に英国国内規格BS5750が制定され、これがISOの母体となりました。
欧米の工場の管理の仕方は、マニュアルに定めた方法で管理と統制するやり方です。
そこに作業者の自主性や主体性は期待されていません。
人は適切に管理しないと問題を起こすという性悪説に基づいています。
1987年に発行されたISO9000は、個々の作業の管理にまで深く言及した詳細なものでした。
業務は、マニュアル化され、その通りに実施されていることを記録で確認することが求められました。
ただし、これはマネジメントシステムの規格ですから、具体的な個別の業務については何ら規定していません。
また、管理をどの水準で行うかも言及していません。
品質に関する国際規格でありながら、品質水準自体は全く問わないのです。
これが工場の品質の管理水準まで規定しているJISやJAS規格と大きく違うところです。
マネジメントシステムの誤解が生んだ悲劇
このマネジメントシステムについての誤解が、今日までのISOに関する問題の原因です。
ひとつは、日本企業が、すでに工場の品質規格であるJISやJAS規格と、マネジメントシステムの規格を混同したことです。
つまりISO9000を取れば、品質に関するお墨付きがもらえると多くの経営者は考えました。
かつての職場で、当時の品質保証部長はこのように発言しました。
「ISO9000を取ったのだから、不良なんか出るわけがない。」
これを聞いて、私は目が点になってしまいました。
海外のマネジメントシステムをそのまま導入
ふたつ目は、マネジメントシステムというものを日本企業が理解できていなかったことです。
日本と欧米のマネジメントの違いにまで踏み込んで、欧米のシステムを日本向けに手直しすれば、日本企業に適したシステムができたかもしれません。
かつての明治時代の先人たちのように、様々な欧米の仕組みを巧みに日本に合うようにアレンジしたように。
しかし、主に海外の顧客から導入を迫られるという外圧があったためか、多くの企業は海外のコンサルタント会社から、海外の仕組みをそのまま導入してしまいました。
また導入を指導したISOコンサルタントも、欧米と日本のマネジメントシステムの違いを理解していませんでした。
黎明期によく聞かれた会話です。
部門の担当者
「そんなことをしたら、納期が守れなくなる。」
「そんなことまで文書化したら、文書の作成に何年もかかる。」
社内のISO事務局
「それはそうだけど、ISOがそれを求めているのだから、仕方がない。ISOの認証取得は、経営トップの意向だから。」
欧米のマネジメントシステムと日本の経営管理の違いを理解して、ISOの求めていることを最小の努力で達成する創意と工夫が必要でした。
しかし企業のISO担当者は、ISOコンサルタントの言うままに、会社の中に仕組みを入れていきました。
受審企業の業務を理解していないコンサルタント
もうひとつの問題は、ISO9001の指導をするコンサルタントや認証機関が、受審企業の実務をよく分かっていないことです。
初期のISO9000は、マネジメントの管理システムですが、個々の業務レベルまで細かく管理と統制を求めました。
その根本には、作業者を信用しない性悪説に基づいた欧米流の管理の考え方がありました。
このような管理・統制システムを構築するには、その業務に精通した人が良く考えて、効率よく、かつ確実に遂行できるように仕組みを考えなければなりません。
ところが指導するコンサルタントも審査する審査員も実務の事は良く分からないまま、一方的に規格が求める内容を要求しました。
その結果、全くお金を生まない間接業務が非常に増えました。
当時の私の上司は、
「ISOを取得するとISOのために工数が割かれ、品質を良くすることがなおざりになって、かえって品質が悪くなる」
と言っていました。
ISO導入バブル
このISO9000が日本に広く入ってきたのは1990年代です。
この時期ISO9001が広まった理由は、ISO以外にCEマーキングなど海外の規格を取らないと、輸出(特にヨーロッパ)に支障が出るという背景がありました。
CEマーキングは、欧州共同体内(EU域内)での商品の自由な流通を促進するために生まれ、1995年に導入されました。
CEマーキングは、法的に義務づけられ、EU域内で販売される、対象となる全製品に適用が必須となりました。
その結果、当時ヨーロッパに輸出していた多くの日本メーカーはCEマーキングに適合するように部分的な変更を行いました。
私がいた会社は機械をヨーロッパにも多数輸出しており、CEマーキングへの適合が必要でした。
CEマーキングは製品の安全に対する規格であり、電装品などはCEマーキングに適合した製品である必要がありました。また安全回路はCEマーキングの規格に適合した回路にする必要がありました。
これと相前後して、ヨーロッパ圏への貿易については、ISO9000の認証がないと不利な状況なりました。そこで輸出が多い企業では、CEマーキングと前後して、ISO9000を取得しました。
これら一連の流れの中でISOが導入されたことも、欧米の仕組みがそのまま入ってしまった原因です。
当時は、ISO導入コンサルタントや認証機関は限られており、高額な費用で企業に指導し、企業も彼らを先生として指導した内容は無条件に受け入れていました。
今では、ISO導入コンサルタントや認証機関は非常に多く、競争が激化し価格も相当安くなっています。
認証機関の費用が高いと他の機関に乗り換えるなどの手段を取る企業もあります。
かつてを知る人は、1990年代当時のことをISOバブルと言っています。
導入したISOの問題
しかし、実際に品質マネジメントシステムを構築した結果、マニュアルや記録が増えて、間接業務は大幅に増加しました。
しかし仕事自体が変わるわけではないので、品質が良くなるわけではありませんでした。
さらに要求する大量の記録を日常取っていたら仕事にならないため、普段はISOを無視して、監査の時だけ記録を整備してくぐり抜ける「監査ISO」が横行しました。
また審査辞退も記録と帳票に終始し、現場の問題や品質上の課題を指摘する審査員は極めてまれでした。
環境に良いわけではないISO14000
品質に次いで、環境のマネジメントシステムISO14000が広まりました。
しかしISO14000も、企業の環境に対する影響が多いか少ないかという絶対的な評価は示していません。
効率が極めて悪く、電気やガスを垂れ流している企業でもISO14000は取得できます。
自社の環境に対する影響度を洗い出して評価を行い、改善目標を設定すれば良いのです。
ISOの形骸化と本部の危機感
このような仕組みが時間の経過とともに形骸化するのは、必然的なものでした。
その結果、ISO不要論やISOは効果がないという声が高まりました。
そして、ISOの認証を辞退する企業が増えてきました。
実は、日本でのISO9001の認証は、2007年から減少に転じています。
JABの認定件数でみると、2007年から、2015年にかけて約20%も減少しています。
実は今回の改正はそのようなISOの問題に対するISO側の危機感の表れです。
これが今回の主な改正内容の意味するところです。
その主な改正内容は
- パフォーマンス評価の追加
- リスク評価の追加
- 経営者の関与の強化
- プロセス評価の強化
この詳細については、次回にお伝えします。
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