経済 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Sat, 06 Sep 2025 06:44:40 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7.4 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png 経済 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その3 ~格差の拡大とイノベーション~ https://ilink-corp.co.jp/17137.html https://ilink-corp.co.jp/17137.html#respond Wed, 06 Aug 2025 06:22:17 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=17137
【コラムの概要】

経済学者ゴードンは、20世紀の経済成長は特別な期間であり、今後は低成長が続くと主張。製造業の自動化やアウトソーシングで中間層の仕事が減少し、格差が拡大していると指摘します。また、IT革命は生産性向上に限界があり、AIが仕事を破壊しても新たな雇用を生み出していないため、政府の関与が不可欠だと論じています。

『アメリカ経済 成長の終焉』の著者であるロバート・J・ゴードンは、20世紀の100年間、経済が大きく成長したのは特別な期間であり、今後はこれまでのような成長は望めないと主張します。

なぜ20世紀の100年が特別な期間だったのかについては、「なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その1」で、イギリスの産業革命とアメリカの工業化、戦後のアメリカの黄金期について述べました。

また、「なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その2」では、新興国が貧しいままである理由や、日本が先進国の仲間入りができた理由について述べました。

今回は、これからどうなっていくのか、格差の拡大とIT・AIの寄与について述べます。

格差の拡大

生産性が向上すれば製品の価格は低下し、より多くの人が多くの商品を手に入れることができます。こうして消費は拡大し、経済は成長します。そして、多額の資本を製造設備に投入すれば能率は上がり、生産性は大幅に向上します。工場で働く人の賃金も上げることができます。

サービス業の賃金の伸び悩み

製造業の賃金が上がれば、それはサービス業の賃金にも影響します。発展途上の低賃金国では、中間層(中流の家庭)でもメイド、門番、運転手など、さまざまなサービスをする人を雇っています。30年前、中国に旅行に行った際、空港のトイレに「トイレットペーパーを渡す係」がいました。それだけのことで人を雇えるほど、当時の中国は賃金が安かったのです。

しかし、経済が成長し賃金が高くなれば、こうしたサービスの価格は相対的に高くなります。賃金が上がれば、相対的に製品の価格は安くなる一方、修理などのサービスは高くなります。こうして経済が成長すれば、壊れた電化製品は修理するより新しく買った方が安くなります。

こうした現象を経済学者ウィリアム・ボウモルは、サービス業の「コスト病」と呼びました。なぜなら、多くのサービス業は生み出す価値が変わっていないからです。ウェイトレスの生み出す価値は、1870年と1970年で同じです。しかし、賃金は大きく違います。ウェイトレスが生み出す価値は変わらなくても、ウェイトレスをやめて他の仕事に就いたときに生み出す価値は違うからです。だから、製造業の賃金が上がれば、ウェイトレスの賃金も上げなければ誰もウェイトレスをやらなくなります。しかし、生み出す価値は変わらないため、雇用主はできるだけ賃金を抑えようとします。

その結果、サービス業は常に賃金に下方圧力がかかります。また、サービス業の多くは労働組合がないか、あっても非常に力が弱いため、労働者は賃金の交渉力がありません。こうした理由から、サービス業の賃金は多くの国で横ばい、もしくは低下しています。

格差の拡大

そして、多くの先進国で雇用が増加しているのはサービス業です。先進国では製造業の雇用が減少し、その受け皿がサービス業です。その結果、ウェイトレスや美容師だけでなく、役所、教育、医療・介護など、あらゆるサービス業で賃金が伸び悩んでいます。

どこが労働力を吸収するのか

一方、世界の人口は増加し続けています。過去30年で世界の労働人口は10億人増加しました。これから30年でさらに10億人増加すると予想されます。この労働力をどうやって吸収するのかが大きな課題です。

製造業は自動化が進み、多くの工程を機械やロボットが行っています。自動車工場でボディをプレスし、溶接するのは自動プレス機や溶接ロボットです。人が主役となるのは最後の組立工程ぐらいです。

こうした工場で働く社員の多くが、生産計画や生産設備を考える事務職(ホワイトカラー)です。ホワイトカラーが高い賃金を得る一方で、かつて中間層を構成していた工場労働者の職は少なくなっています。

アウトソーシングと格差の拡大

格差が拡大するもうひとつの原因は、企業がコア業務以外をアウトソーシングするようになったことです。

「会社はなんのために存在するのか」について、ロナルド・コースは、「市場を通じてすべてやろうとすると手間がかかりすぎるようになったときに会社が組織される」と述べました。

それぞれの仕事を外部の人間に頼むと、仕事をうまくやってもらうための調整作業(取引コスト)がかかります。そのため、すべてを社外に委託すると、調整作業が多すぎて非効率になります。社員を雇用して自発的に仕事をするようにすれば、この取引コストが削減できます。

ただし、その仕事がずっとあればよいのですが、仕事のある時とない時があれば、社員を雇用すると問題があります。仕事のない時、社員を他の仕事に回さなければならないからです。変化の激しい今日、ある仕事がずっとあるとは限りません。しかも、インターネットにより外部に依頼する手間は少なくなり、外部に依頼する取引コストは低くなりました。こうして、仕事の外部への委託や派遣社員が増加しました。アウトソーシング先の社員や派遣社員は賃金が低いことが多く、格差拡大の原因になりました。

アメリカの課題

このサービス業の賃金下方圧力は、アメリカの格差を拡大させています。それは製造業の衰退と関係しています。

黄金時代の終焉とラストベルト

1950年〜1970年のアメリカの黄金時代は、第二次世界大戦中の高圧経済と、その後の高賃金による活発な設備投資によるものでした。1970年代以降、石油ショックもあってアメリカの製造業は苦境に陥ります。

ひとつは、第二次世界大戦中に政府の資金で大規模な投資をした設備が老朽化したことです。また、日本のような新興国が力をつけてきたため、競争力が低下しました。また、復員軍人の大学教育無償化のような教育補助がなくなり、教育の格差が拡大しました。しかも、アメリカは国家が予算を地方に配分するのではなく、地方自治体が独自に予算を獲得します。そのため、豊かな地域とそうでない地域でも、行政サービスや教育に格差が生じました。

格差の拡大

また、戦時中は軍需生産のため、多くの労働者(その多くは黒人)が南部から北部の工業地帯に移住しました。しかし、1980年代に入り、北部の工業地帯の製造業が衰退すると、それに代わる新たな雇用が生み出せませんでした。

アメリカの黄金時代である1948年から1972年の間、所得下位90%の実質所得の伸びは上位10%を上回りました。そのため、格差が縮小しました。それが一転して、1972年から2013年の間は下位90%の所得の伸びはマイナスに転じ、格差は拡大しました。

しかも、1950年から2010年の60年間に、シカゴは25.5%、クリーヴランドは56.1%、デトロイトは62.7%も人口が減少しました。これは、2001年以降、アメリカの製造業の雇用が600万人も減少したためでした。しかも、2009年から2013年の景気回復期に戻った人は60万人に過ぎず、その賃金は2001年より低い水準でした。

こうした格差の拡大によって、大半のアメリカ人はもう豊かではなくなっています。アメリカとフランスで比較すると、所得上位1%を除けば、残りの99%の世帯の所得の伸びは、アメリカよりもフランスの方がはるかに多いのです。

公的債務の上昇

日本では巨額の国の借金(公的債務)が話題になっています。しかし、アメリカも政府債務が上昇しています。議会予算局(CBO)の予想では、2038年には政府債務はGDPの100%に達します。図はアメリカの政府債務総額の推移(2001年〜2025年)を示すグラフです。右肩上がりで一貫して増加していることが分かります。

また、民間企業の設備投資も減少しています。資本ストックに対する純投資の比率は、1950年から2007年の間は平均3.2%です。しかし、2000年以降は低迷し、2013年は1.3%でした。アメリカ全体で見れば、生産性を高めるための必要な投資が行われていないのです。

アメリカの政府債務総額の推移
アメリカの政府債務の対GDP比

日本の課題

では、少子高齢化が進む日本の課題は何でしょうか。

この少子高齢化は、若年者の割合が減少する「少子化」と、高齢者の割合が相対的に増加する「高齢化」が同時に進行していることです。これによって、日本はさまざまな問題に直面しています。

少子高齢化

具体的には以下の問題があります。

  • 働き手の減少や消費の低迷により、経済成長が鈍化し、経済が低迷する
  • 高齢者の医療や介護、年金などの社会保障費が増加し、現役世代や国家の財政に重くのしかかる
  • 若者や女性が都市部に流出し、地方の人口減少、地域社会の衰退

起きなかったシニア消費

2007年には団塊の世代が定年を迎えることで、シニア消費が活発になることが予想されました。しかし、現実にはシニア消費は盛り上がらず、高齢化の進展とともに消費は低迷しています。

多くの日本人は年金生活に入ると、収入が限られることから消費を控えます。この点は、死ぬまでに財産を使い切るイタリアの老人たちと違います。多くの日本人にとって、お金が入ってくるから使うのであって、貯金を切り崩す生活は不安でしかありません。だから、少子高齢化は消費の低迷と経済の縮小をもたらします。

そこで期待されるのは、高齢者の労働参加やイノベーションです。

  • サービス業など低賃金化が進む中、収入を増やすために女性などこれまで働いていなかった層も働くようになりました。また、年金だけで不十分な高齢者の就業も増えています。こうした労働市場に加わる人が増えれば、経済は成長します。こうした人たちは、収入の分消費も増えます。
  • 技術革新やイノベーションを促進することで、生産性向上や新たな製品・市場が生まれることが期待されます。
  • 外国人労働者や留学生の受け入れは、少子高齢化の日本では労働人口が増加し、経済成長につながります。

従って、少子高齢化でも経済成長するためには、イノベーションが重要であるといわれています。本当にイノベーションは成長をもたらすのでしょうか。

イノベーションへの期待

ロバート・J・ゴードンのいう「1870年から1970年までの100年が特別な世紀」だったこの時代、電気、蒸気機関、自動車の発明は、私たちに物質的な豊かさをもたらしました。そして、生活や社会は大きく変わりました。鉄道や自動車は物流を大きく変えました。紡績の機械化により生産性を飛躍的に向上させ、安価になった綿製品が世界中に輸出されました。つまり、技術革新により、人々の賃金が増加するとともに消費が大きく増加しました。そして、こうした機械化を促したのは、イギリスやアメリカの高賃金でした。

TFPとイノベーション

鉄道や紡績の機械化などの新たな技術は、設備投資(資本)に対する効率を高めます。この経済成長は以下の式で表されます。

GDP増加率 = 労働投入量の増加率 + 資本投入量の増加率 + それ以外の要素の増加率(TFP)

ここで

  • 労働投入量の増加とは、国の人口の増加を指し
  • 資本投入量の増加とは、設備投資を指します

一方、人口や設備投資は変わらなくても、産出量(GDP)は増加します。これは技術革新があったためです。これをTFP(全要素生産性)、またはソロー残差と呼びます。

アメリカは、大戦中の大幅な設備投資の貯金が戦後の黄金時代を築きました。日本も戦後は荒廃した国土を立て直すために社会資本の整備に多額の税金を投入しました。しかし、1980年以降は設備投資は減少しています。しかし、設備投資の増加がなくても、技術革新があればGDPは増加します。この技術革新とはイノベーションです。

アメリカのTFPの伸び(成長率)について、ゴードン氏は次のように述べています。

  • 1920年〜1970年:1.89%
  • 1970年〜1994年:0.57%
  • 1994年〜2004年:1.21%
  • 2004年〜2014年:0.40%

つまり、技術革新による成長は、1920年〜1970年の間は経済成長をもたらしましたが、1970年〜1994年は大きく減速しました。1994年〜はITの発達で再び成長しましたが、2004年以降は減速したのです。

IT革命の果実の終焉

なぜIT革命の果実が2000年代前半に終焉を迎えたのでしょうか。 このIT革命についてソローは、「コンピューターは至るところで目にするが、生産性統計には見当たらない」と言います。つまり、コンピューターは食べられないし、どこかに連れていってくれません。1990年に読んでいた雑誌は、2020年にはスマートフォンになりました。しかし、読んでいる内容に変わりはありません。

ICT技術の進歩によって、物流、在庫管理、社内の業務(基幹システム)などは変わり、効率は改善され、これまで以上に多様な商品を短期間に提供できるようになりました。こうした経済効果は、1990年代のICT革命でほぼ出尽くしました。 一方、セルフレジやATMなど、これまで人が行っていた業務が無人化されました。飲食店ではタッチパネルによる注文が一般的になってきました。しかし、これによる生産性向上は、人件費の削減に限られています。今後、飲食店などサービス業でもロボットやAIが導入されても、だからといって顧客が2倍に増えたり、2倍の料理を注文するわけではないのです。

IT技術の進歩の鈍化

そして、ICT技術自体も頭打ちになってきました。これまで半導体の集積度は「ムーアの法則」に従い、2年間で2倍に増加してきました。

ムーアの法則と半導体のトランジスタ数

2010年以降、トランジスタの数の増加率はムーアの法則を下回るようになりました。(それでも増加しているので、半導体の性能自体は向上していますが)また、コンピューターの速度を表すクロックスピードは2003年以降変化していません。理由は、これ以上高速・高性能なコンピューターに対するニーズが減少し、多額の資金を投じて開発するメリットが弱くなっているからです。

AIは価値を生み出さない

このように、第二次産業革命のような大きな経済成長をもたらすイノベーションは、今のところ見当たりません。先進国は今後も低成長が続くと考えられます。その一方、新興国は工業化と輸出による成長モデルに乗り切れず、先進国に追いつけずに終わる可能性があります。

ITによる社会の変化に関して

  • 技術楽観派は、人の仕事はAIに代わり雇用が破壊される。その一方で、生産性が大きく伸びると考えます
  • 技術悲観派は、AIによる急激な雇用の破壊は起きる。その一方で、破壊される雇用と同様に新たな雇用は生まれる。しかし、生産性の伸びは低下すると考えます

今のところ、AIは新たな雇用を生み出すより、雇用を破壊する傾向が出ているようです。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授は論文「雇用の未来」で、アメリカの雇用のうち、47%が今後10年~20年以内にコンピューター化(AIやロボットによる自動化)されるリスクが高いと述べました。そこで代替リスクの高い職業として、定型的な作業の職種、事務員、レジ係、運転手、警備員、製造業の単純作業などが挙げられました。現実には、むしろ代替リスクが低いとみられていた創造性を必要とする職業、プログラマー、デザイナー、ライター、電話オペレーターなどがAIによって仕事を奪われています。しかも、奪われた仕事に代わるような雇用をAIは生み出していません。

アメリカの失業率は、2009年10%だったものが2016年には5%まで低下しました。しかし、労働生産性の伸びは2015年までの5年間で0.3%と低いままでした。労働生産性は時間当たりの生み出す付加価値なので、賃金が上がらなければ伸びは限られます。

問題は、良質で安定的な中間レベルの仕事が消えていったことです。ITの進歩やグローバル化の影響もあって、誰でもできる仕事は増えています。しかし、その賃金は低下しています。これが格差の拡大につながっています。

政府の役割

こうした状況を企業が変えるのは困難で、政府の役割が重要です。ロバート・J・ゴードン氏は以下のように主張します。

賃上げ

雇用主の力が強く、非正規雇用が多いサービス業は賃金が常に低いところに留め置かれます。だから、賃金の引き上げには政府による強制力が必要です。一般には最低賃金を引き上げれば失業率が増加すると言われます。しかし、労働需要があれば高い賃金でも雇用します。実際、最低賃金の引き上げが失業率を上げる兆候は見られません。

格差の縮小

このような環境では、格差は放置すれば拡大します。これを縮小するには、政府の関与が不可欠です。

例えば、累進課税のような所得税の税率の累進性を高めて、高所得者への課税を強化することです。

また、最低賃金を引き上げれば、企業は省人化・自動化を促進します。これは生産性をさらに高めます。しかし、サービス業ではロボット化による人の削減効果は低いため、雇用の減少は抑えられますが、それでも社会全体の雇用は減少します。そのため、政府による失業対策が必要です。失業者を政府が雇用したり、失業保険や休業補償を行ったりします。給付コストを抑えるために、全員に一律支給するベーシックインカムという方法もあります。

参考文献

『アメリカ経済 成長の終焉』ロバート・J・ゴードン著(日経BP社)
『資本主義が嫌いな人のための経済学』ジョセフ・ヒース著(NTT出版)
『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』ロバート・C・アレン著(NTT出版)
『新自由主義の暴走』ビンヤミン アッペルバウム著(早川書房)
『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』ライアン エイヴェント著(東洋経済新報社)

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】【現場で役立つ原価のはなし】の過去記事は、下記リンクからご参照いただけます。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/17137.html/feed 0
なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その2 ~貧しい国々の問題とアジアの発展~ https://ilink-corp.co.jp/15851.html https://ilink-corp.co.jp/15851.html#respond Sun, 20 Apr 2025 06:07:08 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15851
このコラムの概要

発展途上国の貧困の原因は、私有財産制度や支配者の不在、植民地化と部族間の対立、豊富な鉱物資源に依存したため工業化が進まないなどがあります。対して日本を含むアジアの国々は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」により製造業を中心に経済成長を遂げました。
日本では政府主導による「富国強兵」政策によりインフラ整備と教育の充実が図られ、政府の介入で産業が育成されました。また高度経済成長期の需要の高まりが経済成長を支えましたが、バブル崩壊により低成長時代に突入しました。前回、高賃金がイギリス、アメリカの設備投資を誘引し、それが生産性の向上を実現し、イギリス、アメリカは世界屈指の工業国になりました。
では発展途上国はなぜ貧しいままなのでしょうか?

なぜアフリカが貧しいままなのか?

ヨーロッパやアメリカに比べ、新興国はなぜこうした発展の道筋に至らないのか、西アフリカの歴史を振り返ってみます。

農耕文明ができなかった

アフリカが貧しいのは、アフリカに農耕文明がなかったためです。1500年の時点で、農耕文明があったのは、西ヨーロッパ、中東、インドの一部、中国、そして日本のみでした。農耕文明には、私有財産制度と支配者の権力と徴税、そして社会体制が必須でした。さらに農耕文明を維持するためには、生産性の高い農業や商業を必要とし、そのためには読み書きや貨幣も必要としました。

原因は広大な土地と高い死亡率

アフリカは8世紀までの間にバナナ、ヤムイモ、タロイモ、豆などの作物がアジアからもたらされ、16世紀にはアメリカ大陸からトウモロコシ、落花生、タバコなどが入りました。こうして定住農村化し、出生率は上昇しました。しかし熱帯病のため死亡率は高く、人口は低いまま、中東、インドの一部、中国でしたなどのように増えませんでした。人口は低く、広大な土地は誰でも利用可能なため、土地の私有財産や土地の支配者の争いもありませんでした。皮肉なことに大規模な争いがなかったため、支配体制を基礎とする農耕文明に至らなかったのです。アフリカでは部族社会以上の大きな社会集団にはなりませんでした。

アフリカ人を引き付けたもの

こうしたアフリカの部族社会にヨーロッパ人がやってきました。彼らの持ってきた綿布、工芸品、そして銃などの武器にアフリカの人々は引き付けられました。そしてこういった商品を手に入れるために、金を採掘したり、ヤシの木を育ててヤシ油を搾ったりしました。

アフリカ人の手で行われた奴隷貿易

その後もっと手っ取り早い方法があることに気が付きました。奴隷です。元々アフリカでは強い部族が弱い部族を捕らえて奴隷とする文化がありました。そこで沿岸の部族は、こぞって他の部族を襲撃し捕らえた人々をヨーロッパ人に売り渡しました。こうして1500年から1850年の間に1千万人以上のアフリカ人が捕らえられて新大陸、あるいはアジアへと売られていきました。

部族間の対立を激化させた植民地政策

こうしたアフリカの部族たちは19世紀に入るとヨーロッパの国々の植民地にされます。ヨーロッパの宗主国は植民地を一部の部族に統治させました。これは同じアフリカ人の中で支配する層と支配される層の対立を生み、部族間の対立を助長しました。しかもアフリカの失業と低賃金は兵士の調達を容易にしました。こうした地域紛争が経済の発展を阻害し、低賃金化を一層進める悪循環に陥りました。

農産物の価格下落による貧困の助長と教育への障害

かつて奴隷、鉱物資源以外、アフリカの主要産品であったヤシ油は、アジアの国々がヤシ油に参入したため価格が下落しました。チョコレート原料のカカオもアフリカ各国が生産を拡大することで価格が下落しました。しかも国家は農民から低い価格で強制的に買い上げ農民はずっと貧困のままでした。ヤシ油の生産には圧搾などの加工が必要ですが、低賃金のアフリカでは機械化しても効果がないという「技術の罠」に陥っていたのです。低賃金でしかも不十分な教育のため生産は非効率でした。内陸部では物流コストも高く、企業同士のネットワークが不十分なため、たとえ製造業を立地してもアジアの国々には太刀打ちできなかったのです。

新興国のジレンマ

後述の日本は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」で先進国仲間入りをしました。これを見た韓国、台湾、中国が続きました。しかし国民1人当たりのGDPが先進国並みの豊かな国になるためには、新興国は先進国を上回る経済成長が長期間必要です。

それを実現する唯一の方法は、工業化を進め製造業を盛んにして輸出を拡大することです。これによって外貨の獲得と国内での再投資、雇用の拡大、賃金の上昇が実現します。しかし製造業が発展するには、単独企業でなく多くの企業のサプライチェーンが必要です。

早すぎる脱工業化のリスク

しかし国際的な物流網やサプライチェーンが発展し、様々なものがグローバルに調達できるようになったため、自国のサプライチェーンが構築される前に、すでに工業化のピークを迎える懸念が出てきました。経済学者ダニ・ロドリックはこれを「早すぎる脱工業化」と呼びました。

国際的な物流の発展と物流コスト減少により、「ベトナムで作った部品を中国で組立、それをメキシコの工場で自動車にする」こうしたことが日常的に行われています。ベトナムは部品の製造のみで、サプライチェーンの一部を担うにすぎません。そうこうするうちにベトナムの賃金が上昇すれば、企業は工場は他の低賃金国に移動します。これでは新興国は先進国に追いつくための経済成長が持続できません。

先進国に追いつく前に成長が鈍化

韓国の総付加価値における製造業の割合は1988年にピークに達しました。1人当たりのGDPは1万ドル、当時のアメリカの半分程度でした。インドネシアは2002年にピークに達し、その時の1人当たりのGDPは6,000ドル、インドは2008年にピークに到達し、1人当たりのGDPは3,000ドルでした。これらの国々は今後は製造業以外の産業で先進国に追いつくだけの経済成長を成し遂げなければなりません。しかし製造業以外の産業でこれだけの経済成長を実現できるでしょうか。

なぜ日本は先進国の仲間入りができたのか?

ではなぜ日本はいち早く先進国の仲間入りができたのでしょうか?

江戸時代の商業の発達と教育の需要

江戸時代を通じて日本の賃金は低く、資本を投じて生産性を高める意欲はありませんでした。幕末の江戸を訪れたヨーロッパ人は、なぜ馬車を使わないのか疑問に思いました。その理由は当時の江戸には低賃金で荷物を運ぶ人足に事欠かなかったのです。

当時農業の生産性を高める方法は、労働投入量を増やして、米の収穫後に小麦、綿、桑、菜種などを収穫することでした。一方周りが海に囲まれた日本は海運が発達しました。こうして安定した物流が実現し商業が発展しました。商業は読み書きの需要を高め、多くの子供が寺子屋で学びました。その結果、江戸時代の成人男性の識字率は50%を超え、世界トップクラスでした。

富国強兵政策

列強の脅威の中で船出した明治政府は「富国強兵」をスローガンに欧米諸国に追いつくことが第一の目的でした。そこで工業化を実現するため、内国税を撤廃し鉄道網を整備して単一の全国市場を創出しました。初等教育を義務化することで教育を浸透させました。

欧米の技術を日本向けに改良

一方近代的な銀行制度の確立には時間がかかりました。しかも不平等条約のため関税で国内産業を保護することもできませんでした。そこで政府自らがベンチャー資本家となり、直接経済に介入し、多くの官営工場が設立されました。設備は欧米から導入されましたが、それは低賃金の日本には高すぎました。そこで低賃金の日本で採算がとれるように欧米の技術を作り変えました。築地製糸場ではヨーロッパ式の機械を木製に作り変え、動力は蒸気機関でなく人力にした「諏訪式座繰機」が使われ、これは国内に広く普及しました。

図7 諏訪式座繰機(農林水産省HPより)

ミュール紡績機の代わりに地元の大工がつくることのできる「ガラ紡」が使われ、昼夜2交代で操業しました。

図8 ガラ紡績機5台を運転する 愛知県岡崎市の工場(Wikipediaより)

こうして資本を節約し、労働を増やすことで日本の綿紡績は20世紀には世界で最も安価になりました。

独り立ちするまでは補助金で支えた

1905年に官営八幡製鉄所が創業しました。しかし利益が出るようになるまで補助金が必要でした。その後第一次世界大戦でヨーロッパの造船需要が増大し、特需に沸きました。工業化を進み、1人あたりのGDPは大きく成長しました。大企業の賃金も上昇しましたが、農村や零細企業の賃金は低いままでした。

戦後の高度成長期

第二次世界大戦で軍事産業に重点を置いた工業生産は大きく破壊され、企業は解体されました。戦後、国は西洋との格差を縮めるため政府が主導する「ビッグプッシュ型工業化」を推進しました。かつてのような欧米の近代技術を日本の実情に合わせる資本節約型でなく、近代的な資本集約型を採用、1970年代には投資率が国民所得の1/3に達しました。こうして急速に資本ストックが整備され、日本は短期間に高賃金経済に転換しました。

国主導の鉄鋼業界の再編

鉄鋼業は代表的な資本集約型の産業です。戦前は最大でも八幡製鉄所の180万トン、アメリカよりも規模が小さく、低賃金の日本でも鉄はアメリカやヨーロッパよりも高価でした。通産省の指導により日本製鉄と八幡製鉄所の合併など鉄鋼業界が再編されました。鉄鋼業界の効率の高い最小生産規模は当時700万トンになっていましたが、新しくつくられた日本の製鉄所はこの規模を超えたため、効率でアメリカの製鉄所を超えていました。鉄鋼メーカーも積極的に設備投資や技術革新を行った結果、1975年には日本は最も安価で高品質な鉄を年間で1億トン以上生産しました。こうした鉄の1/3は輸出され、これがアメリカの鉄鋼業に大きなダメージを与えました。

高賃金でも低コストを実現

こうした鉄の利用先に自動車産業がありました。1960年代、日本はモータリゼーションが活況となって自動車の生産は拡大しました。日本の自動車メーカーは大規模な設備投資を行い、プレス加工から塗装、組立てまで一貫生産できる工場をつくりました。こうした工場では年間80万台の規模があり、高度に資本集約的な生産で高賃金でも低価格の自動車をつくれました。

一方で国内消費は、年功序列賃金、終身雇用など日本独自の慣行により、大企業の社員は賃金が増加し、これが住宅、自動車などの消費を押し上げました。さらに1960~1970年代高度成長期には経済の拡大に労働力の供給が追い付かず、人手不足から賃金が上昇しました。これにより大企業と中小零細企業の賃金格差が縮小しました。

バブル崩壊と低成長

日本の好景気は1991年の不動産と株のバブル崩壊で終わりを告げ、長いデフレの時代に入りました。ただしバブル崩壊はきっかけに過ぎません。低成長の真の原因は高度成長を可能にした条件がなくなったためでした。それは欧米との以下の3つの格差によるものでした。

  • 労働者1人当たりの資本
  • 労働者1人当たりの教育費
  • 労働者1人当たりの生産性

 この格差は1990年代までに解消されました。日本は欧米各国と同じになり、以降は欧米各国の技術進歩に伴う成長と同じ水準、毎年1~2%でしか成長できませんでした。

参考文献

「アメリカ経済 成長の終焉」ロバート・J・ゴードン著 日経BP社

「資本主義が嫌いな人のための経済学」ジョセフ・ヒース著 NTT出版

「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」ロバート・C・アレン著 NTT出版

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

]]>
https://ilink-corp.co.jp/15851.html/feed 0
なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その1 ~イギリスとアメリカの経済成長の原動力~ https://ilink-corp.co.jp/15827.html https://ilink-corp.co.jp/15827.html#respond Fri, 21 Mar 2025 09:06:26 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15827
概要

イギリスが19世紀に世界最大の経済大国になったのは、科学技術の進歩に加えて、高賃金と豊富な石炭があったためでした。これにより紡績の自動化や蒸気機関が発展しました。19世紀後半にはアメリカも賃金が上昇し機械化が進展しました。第二次世界大戦では軍需生産に多額の投資が行われ、これが戦後は消費の増加や民間製品へ転換され、1950年代以降の経済成長になりました。しかし1960年以降は、製品やサービスの質は向上しましたが生活に劇的な変化はあまり見られなくなりました。

輝ける大英帝国の原動力

イギリスは19世紀の産業革命によって世界最大の経済大国になりました。当時、イギリスのGDPは世界の20%を占めていました。なぜイギリスはそのような大国になったのでしょうか。

科学技術の進歩

イギリスで産業革命が起きたひとつの原因は高度な科学技術があったからです。ロバート・ボイル、ロバート・フックやアイザック・ニュートンなどの科学者が数学、化学、物理で最先端の研究を行っていました。

しかしこうした科学技術があっただけでは、イノベーションを起こすことはできません。イギリスが産業革命の主役となったのは、他にも理由がありました。

高い賃金と紡績の関係

17世紀、綿製品は中国とインドが最大の産地でした。そこでつくられた綿製品はヨーロッパに送られ、ヨーロッパではそれまで主流だった亜麻織物や毛織物に綿製品が取って代わりました。綿糸は細いほど時間がかかるため、賃金の高いイギリスでインド製品と競合できたのは太糸の綿製品だけでした。

18世紀にはリチャード・アークライトが紡績の自動化に取り組みました。そして1760年代にはジェイムズ・ハーグリーヴズがジェニー紡績機を開発しました。さらにクロンプトンのミュール紡績機は、より細糸の自動化に成功し、細糸の低コストの製品が可能になりました。ただし当時紡績機を動かす動力は水車でした。そのため工場は川のある所にしか建てられませんでした。

この機械化した工場は当初は赤字でした。しかし粘り強く機械を改良した結果、低賃金のインドと価格で競争できるようになりました。1780年代アークライト型の工場がイギリスは約150ありました。対してフランスは4、インドは0でした。イギリスではアークライト型の紡績工場の収益率は40%もあり、投資しても十分な見返りがありました。こうしてイギリスでは工場の機械化が進みました。

図1 アークライト型紡績機

実はイギリスが高賃金だった原因は、伝染病の流行で人口が減少したためでした。対するフランスは人口が多く十分な労働力がありました。そのため機械化は採算が合わなかったのです。こうして綿工業はイギリス最大の工業部門になり、1830年にはGDPの8%を占めるまでになりました。

炭鉱と蒸気機関

1685年フランス人ドゥニ・パパンが世界最初の蒸気機関を試作しました。1712年にはトマス・ニューコメンがこれを実用的な装置として完成させました。この蒸気機関は当時炭鉱で排水ポンプとして使われました。売れないくず炭が豊富にあった炭鉱では燃料には事欠かなかったからです。

図2 ニューコメンの蒸気機関

こうして使われ始めた蒸気機関をジェイムズ・ワットらが改良を重ねました。19世紀の終わりには、同じ馬力を得るのに必要な石炭の消費量は当初の1/44にまで減少しました。こうして少ない石炭で動くようになった蒸気機関は経済的な動力源になりました。そして紡績工場で水力に代わって広く使われるようになりました。

紡績機も蒸気機関もできた当初、性能は低く、綿織物は人でつくつた方が、工場の動力は水車の方が優れていました。それを改良し続けたのは、綿織物は高賃金のイギリスは低賃金のインドに勝てなかったこと、蒸気機関は炭鉱の排水ポンプという用途があったためでした。

鉄道への応用

蒸気で動力が取り出せれば、次には蒸気で動く乗り物が考えられます。しかし重い蒸気機関は、舗装されてない悪路を走ることはできません。その一方鉱山や製鉄所は、鉱石や石炭を運ぶためにレールを引き、貨車を馬が引っ張っていました。

ウェールズのペナダレン製鉄所で1804年最初の蒸気機関車が使われました。蒸気機関車はその後改良されていき、1830年最初の一般用の鉄道リヴァプール・マンチェスター鉄道が開通しました。20年後の1850年には鉄道の総延長は1万キロメートル、1880年には2万5千キロメールになっていました。

図3 最初の旅客鉄道 リヴァプール・マンチェスター鉄道

蒸気船の誕生

一方蒸気機関の船舶への応用は、当初から世界各国で取り組まれました。1774年には最初の蒸気船がフランスで作られ、1807年にはアメリカのハドソン川で定期運航が始まりました。その後、蒸気機関が進歩し石炭の消費量が少なくなるに従い、遠距離航路で運用できるようになりました。それでも中国からイギリスへの航路は19世紀末までは帆船が使われていました。

誕生から100年間は経済への貢献はわずか

ニューコメンが蒸気機関を発明してから100年経った1800年ですら、蒸気機関のイギリス経済への貢献はわずかなものでした。しかし19世紀にはいると蒸気機関は広く使われるようになりました。この時期イギリスの労働生産性の伸びの50%は蒸気機関によるものでした。

アメリカの発展

今では世界屈指の工業国であるアメリカも19世紀には工業化でイギリスに及びませんでした。なぜアメリカの工業が発展したのでしょうか?

標準化と機械化

18 世紀当時、最先端機器のひとつが銃でした。この銃の部品はやすりなどの手作業で製造していました。部品同士の互換性はなく、戦場で部品が1つ壊れればその銃はもう使えませんでした。

ブランの互換性を持たせた製造方法

1760 年代、銃が火縄(マッチロック 式)から火打ち式(フリントロック式)に変わった頃、フランスのオノレ・ブランは、戦場で発火装置が壊れても交換できるように発火装置に“互換性”を持たせることを考えました。試行錯誤の末、ブランは発火装置の互換性を実現しました。しかしフランスでは職人の強い反対に遭い、互換性を持った銃の製造は普及しませんでした。

互換性に注目したトーマス・ジェファーソン

1785 年、(後のアメリカ大統領となる)トーマス・ジェファーソンはパリの銃工場を訪れました。そこで互換性を持たせたブランの製造方法を見ました。イギリスとの独立戦争が迫っていたアメリカは銃を大量に必要としていました。

アメリカン・システムで高い品質と生産性を実現

1774 年、ジェファーソンはアメリカのスプリングフィールドに銃を製造する工廠を設立しました。この工廠ではブランの製造方法で部品同士に互換性を持たせました。加えてフライス盤、ならい旋盤、水力式プレスなどの工作機械を開発し、品質の安定と高い生産性を実現しました。

この互換性を持った「標準化された製品」を大量生産する「アメリカン・システム」は、その後ミシンや自転車などの工業製品の製造に用いられ、アメリカの製品が世界中で求められる原動力になりました。

ロンドン万博でヨーロッパから注目

1851年ロンドン博覧会で、ヨーロッパの人々から辺境の地と思われていたアメリカから、芝刈り機など数々の機械や拳銃などの工業製品が展示されました。サミュエル・コルトの拳銃は、部品同士完全な互換性があり、バラバラにして他の拳銃と部品を替えても復元できたため、ヨーロッパで高い関心を集めました。

人手不足と高賃金

イギリスの例でわかるように、賃金が高ければ機械化への意欲が高まります。設備投資が行われ、資本集約的な生産になります。これがさらなる高賃金を引き起こします。こうして19世紀から20世紀初頭にかけて、イギリス、アメリカの生産性は高くなり、1人当たりのGDPは大きく増加しました。対して日本、韓国などアジアの国々は1950年以降活発な設備投資を追い風に1人当たりのGDPが大きく増加し、2000年代にはアメリカ、イギリスに肩を並べるまでになりました。

表 各国の一人当たりのGDPの変化 単位 : ドル

1820年1870年1913年1950年1973年1990年2010年
イギリス1,7063,1905,1306,93911,11618,71436,120
アメリカ1,2572,4455,3019,56116,68923,21448,112
日本6697371,3871,92611,43925,26842,831
韓国5766589458542,8249,74529,745
シンガポール6881,0251,3872,2928,72224,16162,792
中国6005305524399782,0167,569
インド5335336736198531,3593,176

貧しい国が貧しい原因

逆に貧しい国が貧しいままなのは、賃金が低いためです。賃金が低ければ設備投資をするよりも人が行った方が低コストです。そのため設備投資が行われず、生産性は上がりません。

高賃金がアメリカの生産性を高めた

19世紀後半人手不足だったアメリカはイギリスよりも賃金が高くなりました。広大な国土のアメリカはまだまだ人が足りていなかったのです。1890年代ジェイムズ・ヘンリー・ノースロップは高度に自動化した自動織機を発明しました。高度に自動化された織機は賃金の高いアメリカでは十分な利益を上げましたが、イギリスでは高すぎ普及しませんでした。

発明大国アメリカ

19世紀から20世紀にかけて、アメリカ人発明家の活躍も際立っていました。トーマス・エジソン、ライト兄弟、他にもモールス信号を発明したサミュエル・モールス、電気を発明したグラハム・ベル、草刈り機を発明したサイラス・マコーミックなど、優れた個人発明家がイノベーションをけん引しました。

アメリカに優れた発明家が多かった原因にアメリカの特許制度がありました。ヨーロッパと違いアメリカの特許制度は発明者の権利が強く守られていました。

イギリスでは発明内容の詳細な公開が義務付けられ、特許料も発明の5%に抑えられていました。対するアメリカでは発明者はライセンス供与による特許技術の売買が広く行われていました。そのためたとえ資本がなくても特許を元に資金を集めて事業を起こすことができました。

これにより1860年から1880年にかけて特許件数は急増し、その後1940年頃まで特許件数は高止まりしていました。

自動車大国アメリカ

ダイムラーが発明したガソリンエンジンで動く車は、ヘンリーフォードの大量生産システムにより劇的にコストを下げました。1910年人々の移動や物流は主に馬車でした。それが1910年から1930年の20年間で自動車が馬車にとって代わりました。馬糞が点々と残る泥の道が舗装した道路に代わり、1929年には世界の自動車登録台数の90%がアメリカでした。

変わるアメリカ人の生活

移動の自由度が拡大したことでアメリカ人の生活は大きく変わりました。

① 都市間の鉄道の開設で物流が大きく改善されました。

② 都市内の移動は鉄道馬車から電気鉄道へと急速に移行しました。1904年にはすでにニューヨークで地下鉄が走っていました。

③ 自動車が普及したため、人々は職場から離れた郊外に家を買うようになりました。そして休日には 遠く離れた店に買い物に行くようになりました。

アメリカの黄金時代

こうして世界で最も進歩した工業国となったアメリカは1950年代から1960年代にかけて、その黄金時代を迎えました。その一因は戦争にありました。

戦時中の高圧経済

第二次世界大戦は国を挙げての総力戦でした。そのためアメリカ政府は軍需生産の拡大に大量の資金を投じ、政府の資金で各地に工場が建てられました。ミシガン州フォードの工場では5万人が働き、最盛期には1か月で432機のB-24爆撃機が作られました。戦時下の愛国心のため労働者の意欲は高く、労働者は効率が上がることなら、どんどん提案しまし、工場は高い生産性を実現しました。カイザーの造船所でつくられた戦時輸送船は、当初1隻に8か月と見込まれていた期間が、数週間に短縮されました。最短では4日で完成しました。こうした軍需生産と輸出の拡大による経済の急速な成長を、アメリカの経済学者 アルヴィン・ハンセンは「高圧経済」と呼びました。

戦後、軍需生産は急速に減少しましたが、多くの軍需工場はいち早く民需製品に転換しました。戦時中、消費を我慢した国民の消費(繰延需要)への欲求は高く、さらにヨーロッパは生産設備が破壊されたため、アメリカ製品の格好の輸出先となりました。

一方政府は戦時中に導入した所得税や消費税などの課税制度を戦後も維持しました。高い税収を背景に財政支出も高水準を維持しました。さらに連邦準備制度(FRB)が金利を低く抑え、民間の投資や消費を促進しました。これら一連の政策によりアメリカは1950年代から1960年代にかけて高い経済成長率を維持したのです。

大躍進と高圧縮

このアメリカの黄金時代「大躍進(グレート・リープ)」は、格差の縮小「大圧縮(グレート・コンプレッション)」をもたらしました。政府は復員軍人の大学教育を無償化、多くの若者が高等教育を受けました。加えて労働運動の高まりもあって賃金が上昇、これが設備投資を拡大させました。こうした設備投資の拡大と生産性の向上は商品の価格を低下させ、それがさらに消費を拡大する好循環が生まれました。

豊かな生活

アメリカ人の生活を1900年、1960年、2000年を下記の表で比較しました。1900年から1960年の間に、第二次産業革命により自動車、冷暖房、テレビ、ラジオなど様々な製品やサービスが現れました。これにより人々の生活は大きく変わりました。

一方1960年から2000年にかけては、製品やサービスの質は向上したものの、生活を大きく変えるような製品は多くありません。2000年以降スマートフォンが出現し、私たちの生活は大きく変わりました。しかしスマートフォンによるGDPへの直接的な影響は限られています。

表 1900年、1960年、2000年の生活の違い

1900年1960年2000年
移動手段馬、鉄道馬車自動車自動車・飛行機
住居戸建(冷暖房なし、薪、井戸)戸建(冷暖房、ガスレンジ、水道)
食事肉、野菜を自宅で調理プラス 多様な加工食品格差(貧困層の肥満)
娯楽・通信劇場(富裕層、都市)テレビ、ラジオ、映画プラス 携帯・ネット
健康37%が感染症で死ぬ死因の60%が三大慢性病

一方1900年から1960年の間の人々の生活の変化の中にもGDPに現れないものもあります。例えば

  • 冷蔵貨物列車がつくられ新鮮な肉類が手に入るようになった
  • 自動車が馬に代わり都市の糞尿問題が解決した
  • 1890年には22%だった乳幼児死亡率が1950年には1%にまで減少
  • 上下水道が完備され、水汲みや排水を捨てに行かなくてよくなった上、コレラなど感染症の危険が減少

つまり1870年から1970年までの100年間の発展は、GDPの大きさで評価すれば、過小評価してしまいます。実際はこの100年間、金銭的な変化に加えて質的な変化も伴っていました。人々にもっと大きな豊かさをもたらしたのです。

情報通信(IT)革命は豊かさをもたらしたのか?

情報通信技術の発展は、企業の生産性向上や新しいビジネスなど、様々な変化をもたらしました。例えば1990年代の米国経済では、ITを中心とした設備投資の拡大が長期的な成長の要因と言われています。これは産業革命に匹敵する変化として「IT革命」と呼ばれました。

本当にICT革命は豊かさをもたらしたのでしょうか。これについては、別の機会にお伝えします。

参考文献

「アメリカ経済 成長の終焉」ロバート・J・ゴードン著 日経BP社

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】【現場で役立つ原価のはなし】の過去記事は、下記リンクからご参照いただけます。


]]>
https://ilink-corp.co.jp/15827.html/feed 0
「労働生産性向上と人材教育 その2」 ~企業が業績を高めるために必要な人材の確保と教育とは?~ https://ilink-corp.co.jp/13126.html https://ilink-corp.co.jp/13126.html#respond Fri, 21 Jun 2024 10:58:12 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13126
【コラムの概要】

労働生産性向上だけではGDPは増えず、縮小する国内市場と高齢化が課題。イノベーションには企業の高齢化を乗り越え、社員の自律性や学習意欲を高める「ラーニング・ソサエティ」が不可欠だ。

低成長が続く日本は、再び成長するためには労働生産性を高めなければならないと言われています。

そのため、国も労働生産性を高めるべく様々な努力をしています。

では労働生産性が高まればGDPを増加するのでしょうか?

これについては、「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で、内閣情報調査室 前田氏の「TFP(全要素生産性)に関する一試論」を説明しました。

これによれば労働生産性が向上すれば、国全体ではTFP(全要素生産性)の増加として現れます。しかしTFPが増加しても、需要が増えなければGDPは増加しないのです。

そして日本は需要を増やすことが難しくなっています。それは以下の理由からです。
 

市場が縮小

 
日本のGDPの75%は国内の民間消費だからです。

日本は民間需要(国内需要)が73.1%、公的支出が26.0%、輸出から輸入を引いた外需は0.9%しかありません。

図 2023年のGDPの内訳
図 2023年のGDPの内訳(内閣府ホームページ 国民経済計算より著者作図)

注)以下の通り計算して作成
民間 (公的) の消費と投資 =
民間 (政府) 最終消費支出 + 総固定資本形成 民間 (公的) + 在庫変動 民間 (公的)
この民間需要、特に個人消費は、ほとんど増加していません。図は家計消費の成長率を示しています。

これを見ると2014年の消費税増税8%、2019年の消費税増税10%で個人消費を大きく落ち込みました。

家計最終消費支出の推移
図 家計最終消費支出の推移(内閣府ホームページ 国民経済計算より著者作図)


 

高齢化でさらに縮小

 
日本の場合、問題は人口の減少以上に年齢構成の変化していることです。65歳以上の高齢者が増加し、高齢化比率が急速に高まっています。
 

 図 年齢区分別人口の割合の推移
図 年齢区分別人口の割合の推移

消費者として考えると、高齢者が増加し年金生活者の割合が増えればれば、消費はさらに減少します。なぜなら年金生活者は節約志向が強くなるからです。
 

年金生活者の強い節約志向

年金生活は収入が増える見込みはありません。そのため貯えがあっても、将来貯えが尽きる不安から積極的に消費しません。

そうして80代になると今度は活動範囲が狭くなります。消費する機会が減少します。

日本人はセロトニン(トランスポーター遺伝子S型)という不安遺伝子の保有率が82.25%と世界一高い民族です。(アジア人の平均は70~80%です)

対してヨーロッパ人の不安遺伝子の保有率は40~45%です。それもあって年金も貯えも全部使い切って人生を満喫して一生を終える人も多くいます。しかし多くの日本人には、このイタリアの陽気な老婦人のような暮らし方は無理です。

結局、団塊の世代が引退した2017年以降、期待されたシニア消費の波はやってきませんでした。
 

不安遺伝子は若者消費にも影響

この不安遺伝子のため、若者もお金を使わなくなっています。

非正規雇用が増え、正社員の賃金上昇も低く、将来収入が増え豊かになると実感できません。しかも少子高齢化の加速は、年金制度への不安となり、貯蓄志向を高めます。その結果、総務省「全国消費実態調査」によれば、30代未満の単身所得世代の平均貯蓄額は、男性が1989年の138万円から190万円、女性が132万円から149万円に増加しました。

国が将来も不安のない年金制度を構築し、企業は社員に安定した賃上げを続ければ、若者の消費は増え、GDPは増加するのでしょうか?

問題はGDPの増加にはTFPの増加が必要です。TFPが増加するためにはイノベーション(技術の進歩)が必要です。ところが企業がイノベーションを生みにくくなっているのです。

不安遺伝子が強く、高齢化で節約志向が高まる日本は、そのままでは消費は伸びず、経済は縮小してしまいます。

 

企業自身も高齢化

 
それは企業の従業員の高齢化比率が上昇することで、企業自身も高齢化するからです。

東京商工リサーチの2013年の調査結果によると、上場企業2318社の従業員の平均年齢は40.2歳です。年齢分布が均等であれば、企業の中堅社員は30~50代、60代でも戦力です。中間管理職が実務を担う「名ばかり管理職化」が多くの企業で進んでいます。今では管理業務のみ行う管理職はわずかで、大半が実務を行っています。
 

図 企業の従業員の平均年齢
図 企業の従業員の平均年齢

この社員の年齢の上昇は、企業に以下のような影響を与えます。
 

① リスクを取らない

新事業、新製品は失敗のリスクが伴います。失敗して経歴に傷がつき社内の立場が悪くなることを考えれば、リスクを取って新技術・新製品に取組むよりも、取り組まない方がメリットは大きいと考えます。そのためリスクがあるようなプロジェクトは様々な理由を挙げて反対します。
 

② 新しい価値観、手法を受け入れない

中高年社員にとって、これまでの経験や価値観はアイデンティティの一部です。新しい考え方や価値観、技術や手法はそれを否定するものです。そのため受け入れがたいのです。
 

③ 決定を先延ばしにする

事業活動では、時には時間が成否を決定します。有望な事業でも決定が遅れれば失敗することもあります。しかし彼らは経験があるために、いろいろと不安な点に気が付きます。そのため決定を先送りにします。一方海外の積極的な企業は、早く取組んで早く結果を出すことを重視します。ダメなら早く修正して完成度を高めれればよいのです。

失敗の責任は問わない

アマゾンのジェフ・ペゾズは、早く実験し、早く結果を出すことを常に部下に求めます。だから失敗しても担当者は責任を問われません。

1日で新規事業が決済

中国のIT企業テンセントは、朝4時30分にオーナーの馬氏が思いついたアイデアをメールすると、10時にCEO、10時30分に副社長が意見を述べ、12時には本部長が決済します。15時には企画書が完成し、22時にはその製品の開発期間とリリース次期が馬氏に報告されます。24時間以内に新事業のプロジェクトが走り出します。

グローバル企業と競争するには、このような目まぐるしいスピードで意思決定が求められます。高齢化した日本企業がこのようなスピードに対抗できるでしょうか。

実はアマゾンやテンセントのようなIT企業が成長しても、かつてのようなGDPの成長は来ないのです。

業が高齢化し、イノベーションが起こせなくなった日本では、従来の企業に代わるスピード感のある企業が必要なのです。

 

むしろ今までの100年間が特別な期間だった

 
なぜならこれま出が異常だったからです。

ロバート・ゴードンは著書「アメリカ経済 成長の終焉」で「1870年からの100年がむしろ特別な期間だった」と述べています。

この100年の間、蒸気機関、電気、内燃機関、電気通信、化学工業など多くの革新的な技術が実用化され、生産性は急速に向上しました。しかし、「このような劇的な生産性向上はもう起きない」とゴードンは考えます。

その一方、ムーアの法則に従えば、半導体の進歩はこれからも続きます。情報通信技術の革新スピードは持続します。しかし情報通信技術はこれまでの産業のような雇用や消費の増大をもたらしません。グーグルの検索エンジンは、グーグルを時価総額2兆ドル(300兆円!)の企業に押し上げました。しかしグーグルの社員はたった10万人です。鉄鋼、造船、自動車、電気などのかつての産業に比べはるかに少ない雇用です。

つまりイノベーションを起こし、労働生産性を高めても、かつてのようなGDPの成長は望めないのです。
 

GDPは今の経済活動を表していない

 
そもそも経済の金銭消費のみを対象とするGDPは現在の価値を適切に表していないという考えもあります。

個人がSNSで挙げた情報は多くの人に有益な情報を提供しています。動画に投稿したダンスや音楽は、多くの人を楽しませています。しかし、そこに金銭が介在しないためGDPには何ら影響しません。ボランティアによる社会貢献活動が社会にプラスの価値を提供しても、GDPには影響がないのです。

しかしこういった活動がある社会とない社会では、暮らしやすさ、豊かさが全然違います。

その点で、日本のサービス業も優れたサービスがお金に十分に変わっていない分野です。
 

サービス業だから生産性が低い

 
日本の労働生産性が低いことについて、特にサービス業の労働生産性の低さが指摘されています。国もサービス業の生産性向上を課題としています。

サービス業の平均年収は飲食業108万円、理容・美容業125万円しかありません。業務を改善し、時間当たりのサービスを増やせば、サービス業の労働生産性は向上するのでしょうか。
 

効率化では労働生産性は上がらない

経営コラム「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で計算したように、単に時間当たりの出来高を増やしても付加価値は増えません。

付加価値を増やすには、生産性を高めるだけでなく、販売量を増やすか、値上げが必要だからです。

しかし市場が縮小する日本は、販売量を増やすのは困難です。いくら割引を宣伝をしても床屋さんに行く回数は2倍になりません。そうなると値上しかありません。しかし高齢者の比率が高ければそれも難しいのです。高齢者は節約志向が高く、値上げすれば、安いところに変わってしまいます。

医療・介護・福祉の分野はどうでしょうか。これらの分野は報酬を国が決めています。国が報酬を引き上げない限り付加価値は増えません。料金は国が払うため、どこを利用しても同じ費用なので差別化しにくい分野です。そこで労働生産性を上げるためには、今までと同じ仕事をより少ない人数で短時間にこなすしかありません。これでは現場は過酷になるばかりです。

では、付加価値を高める方法は他にないのでしょうか?
 

年間500種の新製品

工業製品の場合、独自の工夫をして他社と違うより良いものをつくれば他社より高くても売れます。付加価値は増大し労働生産性は向上します。

岐阜県の電設部品メーカー未来工業は、残業ゼロ、年間休日140日、加えて有給取得率も高い会社です。それでいて営業利益率は常に10%以上の優良企業です。

同社は「常に考える」をスローガンに掲げ、付加価値の高いアイデア製品づくりに努力しています。新製品は毎年500点以上出しています。これがどれほど大変な事か、製品開発に関わった人ならお判りいただけると思います。

労働生産性を高めるのは効率性の追求ではありません。より高く売れる商品やサービスをつくることです。それが少子高齢化で高くても良い商品が市場で受け入れられなくなっているのが問題なのです。

未来工業の製品の顧客は、電気工事会社です。彼らは使いやすい良いものがあれば高く買ってくれます。では一般の消費者に提供する製品やサービスはどうすればよいでしょうか。

ヒントは時計です。世界の時計のシェアはスイスが50%を占めています。その多くがロレックスやカルティエなどの高級時計メーカーです。高額な時計は高い付加価値を生み、スイスの労働生産性を高めています。

サービス業も富裕層向けの商品やサービスを充実すればより高い付加価値を生むことができます。

労働生産性を高めるのは効率性を追求し勤勉に働くことではありません。

そもそも日本人は昔から勤勉だったわけではありません。昔の日本人は働かなかったのです。
 

昔の日本人は働かなかった

 
江戸時代まで、日本人には労働と日常の区別がありませんでした。時間の単位は1刻(およそ2時間)、しかも不定時法のため、夏と冬で1刻の長さが変わりました。「いつまでに、どれだけの仕事をしなければならない」というのはなかったのです。1859年に来日した駐日スイス領事ルドルフ・リンダウは、火鉢の周りでおしゃべりをしながらだらだらと過ごす日本人を見て「矯正不可能な怠惰」と言いました。

その日本も工場は西洋式の「テイラーの科学的管理方法」を導入し、効率性を追求しています。オフィスでも時間にしばられて働いています。時間に対し自分の裁量がないことが労働を苦痛なものにしています。ベルトコンベアーに沿って流れてくる製品に1分ごとに同じ作業を繰り返す仕事に喜びはありません。作業者の唯一の楽しみは、終業のベルが鳴って、この苦痛から解放されることです。

実は今の日本人の勤勉さは、和を重視する文化と集団の圧力によるものでした。だから個人の会社に対するエンゲージメント(組織への貢献意欲、愛着心)は高くありません。
 

エンゲージメントの低い現代の日本人

 
日本企業の社員は、長時間労働やサービス残業も厭わない「まじめで勤勉」というイメージが世界中で広まっています。実は仕事への充実感・達成感は高くないという結果が出ています。

アメリカの調査会社ギャラップ社の2017年の調査によれば、エンゲージメントの強い社員の割合が日本は6%で、139カ国中132位でした。同様にオランダの総合人材サービス ランスタッド社の2019年の調査でも、「仕事に対して満足」と回答した割合が日本は42%と、34カ国中最下位でした。逆に「仕事に不満」と回答した割合は21%で1位でした。

図 仕事に不満がある日本
図 仕事に不満がある日本


 

こうした原因について、ビジネス誌では以下の要因を挙げています。

  • 賃金が上がっていない
  • ルールが多すぎる
  • 意思決定がスピードを欠きストレスになる
  • 経営陣と現場とのコミュニケーション不足
  • 多様性・柔軟性に乏しくワークライフバランスへの配慮に欠ける
  • 業績評価で適切なフィードバックが行われていない

最もな感じがしますが、本当にそうでしょうか。上記の6項目を改善すれば、個人の組織に対する貢献意欲は高まるのでしょうか。
 

同じ仕事を続けることでやりがいを失う

これに対してマーケティング 評論家のルディー・和子氏は、なぜ日本人の貢献意欲が低いのか、これに対しユニークな意見を述べています。

それは「飽きるから」です。

実際、企業の業務はルーティン業務も多く、ホワイトカラーでも単調な業務をかなりの量こなさなければなりません。終身雇用制の元では社員は一生同じ会社に勤務します。組織内の移動も少なければ、何十年も同じ仕事をすることになります。その結果、仕事に飽きてしまいます。飽きたためにやりがいや充実感を感じなくなってしまうのです。

実際、アメリカでの過去10年間の生産性低下は、和子氏は離職率の低下を原因として挙げています。アメリカ人も同じ会社に留まって仕事に飽きると彼女は言います。日本も、異動による一時的な生産性低下が無視できないため、配置転換がとても少ない、あるいは全くない中小企業も多くあります。そのため入社してからひとつの部署に10年以上いる社員もいます。また仕事に飽きた若い社員は、転職してしまいます。

もし社員の貢献意欲が低い理由が、ビジネス書の指摘通りであれば、それを解決するには昇給や人事制度など様々な取り組みが必要です。しかし、ただ飽きてしまうのであれば、対策はもっと容易です。

移動すればいいのです。

一方上場企業は常に利益を出し続けるように株式市場から圧力を受けています。経営者は株価を持続的に上げなければならないのです。
 

イノベーションが起きない中、大企業が利益を増やすには

企業が高齢化し、新製品・新技術などに及び腰な時、付加価値を増やすにはどうしたらよいでしょうか。

具体的に売上は以下の式で計算されます。

売上=材料費+労務費+経費+利益

そこで付加価値を高めるために効果が高いのは、

  • 労務費の削減
  • 材料費の削減

の2つです。
 

労務費の削減

労務費を下げれば利益は増えます。しかし賃金は下げられないので、
賃金の高い中高年をリストラし若い社員と入れ替える
正社員から派遣社員に切り替え
などを行います。派遣社員にすれば生産量の変動に応じて人数を調整でき、労務費を変動費とすることができます。
 

材料費の削減

材料費(外部購入費用)を下げれば、利益は増えます。例えば自動車メーカーの場合、原価に占める外部購入費用の割合は80%もあります。工場の改善よりも購入部品の値下げの方が利益を増やす効果は高いのです。この購入部品には下請が製造する部品も含まれます。

労務費の削減や材料費の削減は、利益を上げるための王道です。しかしこれを継続してもイノベーションは起きず、社員のやる気も低くなるだけです。

目先のコスト削減でなく、社員のやる気を高め、アイデアを引き出す取り組みが必要なのです。

 

労働の質の向上

「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で述べたように、労働生産性を高めるには

  1. 値上げ
  2. 製造時間短縮
  3. 販売量増加

の3つがあります。

例えば未来工業は、年間500種もの新製品を出すことで、製品の付加価値を高めています。こうした価値の高い製品や技術の実現は、社員の自主的な取り組み、高い意欲、問題解決力が必要です。つまり社員の労働の質を高める必要があります。

ところが日本企業の社員の仕事に対するエンゲージメントは高くありません。では、どうすればよいでしょうか。

ヒントは意外にも戦時中のGMにありました。
 

生産性が高かったGM

GM、フォード、クライスラーといったアメリカのビッグスリーの工場の労働者は、全米自動車労働組合(UAW)に所属しています。彼らにとって、仕事は収入を得るための手段にすぎず、できる限り楽をしたいと考えます。そのため担当の仕事以外はやりません。デトロイトをやめた職人気質の労働者は「デトロイト中の空気がよどんでいる。仕事のある者さえ失業者のようだ」とまで言いました。

ところがGMの工場の社員がやる気に満ち、労働者が多くの改善提案を出した時期があったのです。

それは第二次世界大戦中のことでした。

第二次世界大戦中、GMは大量の兵器の製造を請け負いました。しかし兵器の製造に習熟した工員はおらず、素人を大勢工場につれてくるしかありませんでした。そこで管理者は作業を細かく分解し、手順書には「なぜその作業をやらなければならないか」まで書きました。管理者は作業者を信頼し、作業スピードは作業者に任せました。

銃を製造する工場では、新人が銃の部品を製造できるようになると、新人を射撃場につれていきました。そして正確に加工した部品の銃を撃たせた後、雑に加工した部品に変えた銃を撃たせて、部品の違いをわからせました。

爆撃機の部品を製造していた工場は、本物の爆撃機を工場に展示しました。工員たちは自分たちの仕事がどこに使われ、それがこの戦争にどれだけ貢献するかが実感できました。仕事への意欲が高まり作業効率は向上しました。

工員がより良いやり方を提案する制度も実施され、40万人の工員から、11万5千件の提案が出ました。しかもそのうちの1/4が採用されました。

残念なことは、これだけ生産性の高かった工場が、戦後は前述した退廃した工場に変わってしまったのです。

上記を反面教師とすれば、社員の意欲を高める取り組みはビジネス誌のようなことをしなくても実現できるのではないでしょうか。

一方技術が進歩すれば、社員の能力が不足します。そこで継続的な能力開発が必要になってきます。

 

ラーニングの重要性

GMの工場では、非熟練者でも仕事の意義や目的を伝えることで、意欲を高めて高い生産性を実現しました。その一方、生産性を高めるには、意欲だけでなく能力も重要です。

ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ジョセフ・E・スティグリッツは、著書「生産性を向上させる社会」の中で、『今日では国の成功を決める要因は、人や研究への投資であり、ラーニング(学習)が重要だ』と主張しました。

デビッド・リチャードの比較優位説では、国同士相対的に低いコストで製造できるものにお互いが特化し、貿易で生産物を交換すれば双方の国が大きな利益が得られます。

スティグリッツはこれを静学的比較優位と呼び、これに対し、より重要なのは知識と学習によるイノベーションであり、これを動学的比較優位と呼びました。そしてこういった学習を主体とする社会をラーニング・ソサエティ<注記>と呼びました

これからはどの年齢でも継続的に学習と能力開発の機会があり、自ら学習する社会がイノベーションを増やして、その国の経済を活性化させると述べました。
 

<注記>
ラーニング・ソサエティとは、アメリカのロバート・M・ハッチンスが1968年に著した「ザ・ラーニング・ソサエティ」で書かれた言葉で、国民の生涯学習が普及した社会を指します。ハッチンスは、未来には自由時間が労働時間を上回り、自由時間には自己実現を図るような学習が重要と考えました。対してスティグリッツのラーニング・ソサエティのラーニングは仕事の中における学習を指しています。

 

スティグリッツのラーニング・ソサエティ

この学習に関して、スティグリッツはお手本(ベストプラクティス)から学ぶことの重要性を説きました。

国の経済が発展するためには、新たな価値を生み出すことが必要で、スティグリッツは以下の3つを挙げました。

  1. ベストプラクティスを学ぶ
  2. ベストプラクティスから改善し生産性を高める
  3. 新たな製品や事業を創出する

 

① ベストプラクティスに学ぶ

1940年代から1980年代の間、多くの社会主義国は、自由主義国よりも高い貯蓄率と投資率を維持していました。教育投資も積極的に行いました。それにもかかわらず産出量は自由主義国の1/2以下でした。その原因はベストプラクティスに学ばずイノベーションが起きなかったからです。

先進国と発展途上国でも知識に大きな差があります。そこで発展途上国は先進国からベストプラクティス(知識)を導入し、工業化を促進しました。中国が成功した要因は、多くの外資系企業を呼び込み、積極的に知識を吸収して工業化を促進したためでした。

スティグリッツは貿易規制により、自国の産業を保護する「幼稚経済保護論」も提唱しました。発展途上国は当初は自国の工業が弱いので、貿易規制で自国の産業を保護して工業化を促進し、経済成長と生活水準の向上を実現することを推奨しました。
 

② ベストプラクティスの改善

さらにスティグリッツはこうして手にしたベストプラクティスを改善すれば、さらなる生産性向上が実現できるとしました。

アメリカの製造業は1970年代から1980年代前半、1980年代後半から1990年代、この2つの期間で年間成長率が0.9から2.9%に上昇しました。これは他の国よりも1.9%も高かったのです。スティグリッツは、これは業務管理の改善やTQC(全社的品質管理)の導入などの学習強化によるものだと主張します。

対して1995年~2001年もアメリカの生産性は日本やヨーロッパを上回りました。しかしこれは資本蓄積、教育の改善、公式な研究開発投資とは無関係と言います。
 

③ 新たな製品や事業を創出する環境

技術の進歩に伴い必要な知識も変わります。そのため常に新たな学習が必要です。しかし知識を生産し伝搬する点で市場は必ずしも効率的ではありません。そこで知識の生産や研究開発分野は政府が支援する必要があります。

図 新たな学習が必要
図 新たな学習が必要


 

学習により獲得した新たな知識は、ある製品から他の分野の製品へと伝搬し、社会に大きな影響をもたらします。こういった知識の取引は、市場メカニズムというより、むしろ研究者同士のプレゼント交換のような形なのです。
 

この学習を促進するためには以下のポイントがあります。

  • 学習能力 若いほど学習能力は高い「老犬に新しい芸は教え込めない」
  • 知識へのアクセス 「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです」アイザック・ニュートン
  • 学習のための触媒 アイデアは反応を促進、学ぶための刺激が触媒となる
  • 思考方法 創造的思考を作り出すための認識フレーム
  • 触媒作用を引き起こす人との接触 知識は人との接触によって広がる
  • 知識の伝達につながるような人との接触

 

技術の進歩に適応し、常に新たな知識を獲得してイノベーションを起こすには、上記のような取組を促進し、学習する社会(ラーニング・ソサエティ)の実現が重要です。

スティグリッツは人や組織が継続的に能力を高めアイデアを共創することが重要で、知識を生み出し広げるには、政府の役割の重要性を説きました。

こういった学習に関して、最近「人的資本経営」という取組が注目されています。
 

人的資本経営の取組

 
労働生産性向上の本質は、生産活動の効率化ではなく付加価値の向上であり、新製品・新事業の促進、つまりイノベーションです。

そのためには新製品・新事業を促進する人材が必要です。そのため人材教育の重要性は高くなっています。加えて定年の延長もあり社員の年齢構成は変化しています。これからは中高年社員も戦力とする必要があります。ところが彼らのスキルは新たな業務や最新のIT技術に適応しない場合があります。

しかも単純作業、事務作業は非正規雇用が担当するようになり、正社員は企画・管理など今まで以上に高度な業務スキルが求められます。またテレワークなど新たな仕事のやり方も出てきて、これまでとは異なる業務スキルも必要になってきます。その結果、従来のOJTを主体とした人材教育では不十分になってきました。
 

そこで従来の組織構成員としての人材ではなく、設備や技術と同様に社員を資本と考え、教育を資本への投資とする「人的資本経営」という考え方が提起されています。

経済産業省は、企業経営者、投資家、コンサルティング会社などにより「人的資本経営に向けた検討会」を開催し、2020年に「人材版伊藤レポート」、2022年には「人材版伊藤レポート2.0」を発表しました。

人材版伊藤レポート2.0には以下のような項目が提唱されています。

視点

  1. 経営戦略と人材戦略の連携
  2. 現状とあるべき姿のギャップの把握

 

人材戦略の要素

  • 動的な人材ポートフォリオ
  • 知・経験の多様性と包括
  • リスキル・学びなおし(デジタル、創造性)
  • 従業員エンゲージメント

 

ただしこのレポートは、大企業を想定しているため課題や方針については詳細ですが、具体的な教育や育成の記述は少なく抽象的なものになっています。

残念ながらスティグリッツの提唱する「ラーニング・ソサエティ」という継続的に学習し、アイデアを交換することでこれまでにない発想を生みイノベーションを創出する考えが、「人的資本経営」では人事と教育、そして高齢者のリスキルになってしまいました。

見えない未来に必要な能力を自ら考え、選び学習することが必要です。そうして生まれた知識を一時政府が保護し熟成して世に出すことで、次々とイノベーションが生まれる社会がラーニング・ソサエティと考えます。

そのストーリーの中で、中高年が能力を発揮するために必要なスキルを身に着ける必要があるのです。

最後にGDPの成長と生産性向上、人的資本の関連性を下図に示します。
 

図 人的資本の関連性
図 人的資本の関連性


 

参考文献

「生産性を上昇させる社会」 ジョセフ・E・スティグリッツ 著 東洋経済新報社
「企業とは何か」 P・F・ドラッカー 著 ダイヤモンド社
「TFP(全要素生産性)に関する一試論」 前田 泰伸 著 内閣情報調査室レポート
「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」経済産業省
 

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】【現場で役立つ原価のはなし】の過去記事は、下記リンクからご参照いただけます。

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/13126.html/feed 0
労働生産性向上と人材教育 その1 ~なぜ労働生産性の向上が必要なのか?~ https://ilink-corp.co.jp/13105.html https://ilink-corp.co.jp/13105.html#respond Fri, 21 Jun 2024 10:53:47 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13105
【コラムの概要】

日本は低成長を脱するため、イノベーションによる労働生産性向上が不可欠とされています。労働生産性にはマクロとミクロの視点があり、特にTFP(全要素生産性)の向上が重要です。TFPは資本・労働・経営の質、外部環境で決まり、需要増とセットでGDP成長に繋がります。

バブル崩壊後、日本は低成長が続き、海外と比べて日本は相対的に貧しくなっています。

日本が成長するには、労働生産性を高めなければならない、それにはイノベーションが必要と言われています。

つまり

イノベーション→労働生産性向上→GDP成長

というわけです。

しかし、こう言われ10年以上経過しましたが、大きなイノベーションは生まれず、アベノミクスの第三の矢は実現していません。

図 日本のGDPの増加と増加率
図 日本のGDPの増加と増加率


 

一方、企業も生産性を高め、より大きな付加価値を生まなければ賃金を上げられません。賃金が上がらなければ、個人消費は低迷したままで景気も良くなりません。

どちらも労働生産性の向上がカギです。

この労働生産性はどのようなものなのでしょうか。

 

労働生産性とは

 
生産性は、アウトプットをインプットで割ったものです。

労働生産性とは

「労働の成果(アウトプット)」を「労働量(インプット)」で割った

「労働者1人あたりが生み出すアウトプットの指標」です。

実は労働生産性は、

日本、アメリカといった国レベルで比較するマクロ的な視点の労働生産性と、

各企業の時間当たりの生産性といったミクロ的な視点の労働生産性

のふたつがあります。
 

日本の労働生産性 (マクロ的視点)

 
マクロ的な視点の労働生産性は、GDP(国の踏み出した価値の合計)を就業者数で割って計算します。

ここでGDPは国内で生み出したものやサービスの付加価値の合計で、以下の式で表します。

このGDPは、国内で生産して消費した「ものやサービス」と「海外に輸出したもの」の合計から、「海外から輸入したもの」を引いたものです。

その中で、マクロ的視点の労働生産性は、国民一人が平均してどれだけのGDPを生み出したのかを示します。

一方でGDP(実質GDP)は、1人あたりの労働生産性から以下の式で計算します。

日本がGDPを上げるには、「働く人を増やす」、「1人が生み出す価値を高める」のいずれかが必要です。
 

一方、ロバート・ソローの経済成長理論によれば、GDPの増加は、以下の3つの要因があります。

労働投入量の増加は、国の人口の増加を指します。

資本投入量の増加は設備投資を指します。

ところが人口や設備投資が増えなくても、産出量(GDP)は増加します。

それは技術革新があるからです。技術が進歩し、設備の性能が向上し、仕事のやり方も改善されれば、同じ労働投入量、同じ設備投資金額でも産出量は増えます。

これをTFP(全要素生産性)、またはソロー残差と呼びます。

日本のように今後は人口増加や、高度成長期のような大規模な設備投資が期待できなくても、技術革新があればGDPは増加します。

先に述べたイノベーションとは、この技術革新を指します。
 

TFP(全要素生産性)について

 
安倍政権が2015年に立案した「日本再興戦略」には「生産性革命」が謳われています。これはTFPの上昇を目指しています。

アベノミクスでも、第三の矢としてイノベーションの創出が掲げられています。にもかかわらず日本のTFPの上昇率は高くありません。

どうすればTFPが向上するのでしょうか。

図 日本のTFP(出所 日本生産性本部「生産性データベース」より作成)
図 日本のTFP(出所 日本生産性本部「生産性データベース」より作成)

内閣情報調査室 前田氏による「TFP(全要素生産性)に関する一試論」によるとTFPを高める要素として、

  • 資本の質
  • 労働の質
  • 経営の質
  • 外部経営環境等

の4つを挙げています。
 
これはどのような内容でしょうか。
 

(1) 資本の質を高める

これはより高性能な生産設備を導入することです。

その結果、投入量に対する生産量が増大します。他にも省エネ性能の高い設備を導入すれば、より少ないエネルギー(費用)で同じ生産量を達成できるため、資本の質を高めます。

またブランドのような無形資産があれば、同じ製品でもより高く売れます。そのためこのブランドも資本の質です。厚生労働省の「平成28年版 労働経済の分析」では高級なブランドが多く無形資産装備率が上昇している国ほどTFP上昇率が高い傾向がありました。

例えばロレックスなど高級腕時計は、価格の高さがステータスとなり、多額の付加価値を生みだしています。今日時計はスイスの主要産業のひとつで、スイスは世界の時計のシェアの50%を占めています。

この無形資産には、OFF-JTのような教育による人的資本形成も含まれます。
 

(2) 労働の質を高める

より能力の高い労働者を雇用して、時間当たりの生産量が増加すればTFPは上昇します。

これは製造業の場合、労働者が頑張って製造して生産量を増やすという20世紀的な考え方より、より高いスキルの労働者を雇用して、自動化を推進してより高度な製品を生産し、生産量を増やすという考え方です。

一方サービス業では、より近いホスピタビリテイの労働者を雇用すれば、質の高いサービスが提供でき付加価値を高めることができます。あるいはレベルの高い接客によってリピーターが増えれば、長期的にはTFPの増加につながります。

また博士号など高度な知識を持つ人材が、新技術や新製品を開発すればTFPは上昇します。

社員への能力開発投資とTFPの関係は、内閣府「平成29年度 年次経済財政報告」によれば、企業が能力開発費を1%増加した結果、TFPは0.03%の増加があったことが報告されています。

またワークライフバランスを実現し、女性、高齢者、外国人など社員の多様性が広がれば、TFPが増加する可能性があります。
 

(3) 経営の質を高める

経営者の経営能力が高くなれば、企業が生み出す付加価値が増えてTFPが上昇します。

この付加価値の増大は革新的な製品やサービスだけでなく、物流や流通、マーケティング、管理など業務のさまざまな面(ビジネスプロセス)を強化・改善しても実現します。経営の質は、こういったビジネスプロセスの改革も含んでいます。
 

(4) 外部経営環境等の影響

企業の立地や政府の施策も、TFPの上昇に影響します。

特定の地域に産業が集積することで、優れた労働者が集まるとともに企業間の連携が強化され、新技術の波及効果が高まります。政府の規制緩和が新しい産業を生み出すこともあります。あるいは優れた技術を持つ外国企業が日本に進出すれば技術やノウハウが日本に移転されます。

こういったTFPの上昇はGDPにどのような影響を及ぼすのでしょうか。

前田氏のシミュレーションによると下記の3つの結果が示されました。
 

① 現状のままTFPが3%と大幅に上昇した場合 (需要は変わらない)
  • 供給が増加しても需要は変わらないため、デフレが悪化する
  • 実質GDPは横ばい、物価は下落し、失業率は増加する

この試算からイノベーションが起きて供給が増えても、需要が増えなければ

  • デフレが悪化
  • 賃金が下がり失業も増える
  • GDPは変わらず、国の財政も変わらない

という結果になりました。
 

② TFP3%の上昇とともに輸出が大きく増加した場合

(輸出には外国人観光客の国内消費、インバウンド需要も含まれる。)

  • 供給の増加に応じて需要も増加し、物価と賃金は上昇し、財政収支は改善する
  • 実質GDPは増加、物価は若干上昇、失業率は変わらず、財政収支は黒字化

この試算からイノベーションが起きて、かつ輸出やインバウンドが増加して需要が増えれば

  • 物価が上がり、デフレ脱却
  • 賃金が上がり、それでも失業率は変わらない
  • GDPは上昇し、国の財政は改善される

という結果になりました。
 

③ TFP3%の上昇とともに公共投資を増加した場合
  • 乗数効果が輸出よりも大きいため、輸出よりも成長は大きいが財政は急速に悪化する
  • 実質GDPは増加、物価は若干上昇、失業率は若干改善するが、財政収支は大幅に悪化する

この試算から、イノベーションが起きても輸出も国内需要も増えないため、公共投資で補った場合

  • 輸出よりも乗数効果が高いため、デフレは改善される
  • 賃金はやや上がり、失業もやや減る
  • 国の財政は大幅に悪化する

という結果になりました。
 

イノベーションが起きても需要が増えなければ、デフレが続く

 
このシミュレーションからわかることは、TFPの上昇はあくまで供給側の指標ということです。

需要側の問題を解決しなければ、技術革新はさらなるデフレを誘発するということです。

一方、実際の経済活動において、TFPの上昇がどのような製品や技術により達成されるのかは、よくわかっていません。しかも実際の経済活動は、様々な人々の消費行動など複雑な要因があります。上記のようなシミュレーション通りにならない可能性もあります。
 

企業の労働生産性 (ミクロレベル)

 
企業の労働生産性も基本的な考え方は同じです。企業の場合、1人当たりの労働生産性の他、時間当たりの労働生産性も使用されます。

企業の生み出す付加価値は、売上から材料費など外部から購入した金額(変動費)を引いたものです。

付加価値=売上-外部購入費用=売上-変動費
 

企業で発生する費用は、

  • 外部購入費用 (変動費) : 材料費、外注費、他の資材など
  • 社内で発生する費用 (固定費) : 労務費、会社の経費(工場の経費、販管費)

があります。そこで利益は以下の式で表されます。

利益=売上-費用=売上-変動費-固定費=付加価値-固定費

1人当たりの労働生産性は、この付加価値を就業者数で割ったものです。

時間当たりの労働生産性は、この付加価値を就業者全員の就業時間の合計で割ったものです。

 

改善は付加価値を高めるのか?

上記の式を具体的な企業の数字に落とし込むと、意外なことがわかります。「改善は付加価値を高めるとは限らない」のです。

なぜでしょうか。
 

企業の労働生産性を具体的な数字で検証してみます。

モデル企業A社は、1人のみの会社です。この会社は製品A1(価格1,500円 年間販売量1万個)のみを生産しています。

A社

  • 売上 1,500万円
  • 材料費(外部費用) 500万円
  • 付加価値額 1,000万円

付加価値額1,000万円に対して、A社は賃金600万円、
会社の経費は200万円なので、これを引いて200万円の利益がありました。

A社の労働時間は2,000時間なので、
1時間当たりの付加価値(時間当たり労働生産性)は5,000円/時間でした。
 

材料価格が20%上昇しました。

  • 売上 1,500万円(変化なし)
  • 外部費用 500万円→700万円(200万円増加)
  • 付加価値 1,000万円→800万円(200万円減少)

時間当たりの労働生産性は4,000円/時間に減少します。
利益は0円です。
 

そこで利益回復のため以下の3つの手段を検討します。

  1. 値上
  2. 製造時間短縮
  3. 販売量増加

 

1. 値上げ

値上げをすれば、売上は1700万円に増加します。
付加価値は1,000万円に回復し、利益も200万円になります。

時間当たりの労働生産性は5,000円/時間に戻ります。
 

2. 製造時間短縮

A1製品の製造時間は0.2時間なので、これを0.16時間にして20%短縮します。

しかし売上、外部費用は変わらないため、付加価値は800万円のままです。

1万個の製造に必要な労働時間は1,600時間に減少しますが、その分賃金を下げなければ利益は200万円になりません。

ただし労働時間を短縮すれば、時間当たりの労働生産性は5,000円/時間に戻ります。
 

3. 販売量増加

販売量を1.25倍増加させます。
外部費用も1.25倍の875万円、労働時間も1.25倍の2500時間になります。

ただし賃金は変わらないとします。

その結果、付加価値は1,000万円に回復し、利益は200万円になります。

ただし時間当たりの労働生産性は4,000円/時間に低下します。
 

つまり原材料の上昇などで付加価値が減少した場合、以前の利益を維持するには値上げか、販売量の増加などで付加価値を回復することが必要です。

改善で製造時間を短縮しても、販売量が増加しなければ利益は回復しません。
(生産量に応じて労働時間と賃金が変動できれば別ですが。)

労務費が固定費であれば、材料価格の上昇などで付加価値が減少した場合、時間短縮などの改善では利益を維持できません。

受注を増やすか、値上げするか、付加価値を増やすか、いずれかの方法を取る必要があります。

人口減少など市場の縮小に直面する日本も同様です。
 

計算の詳細は以下に記載します。(ご関心のない方は飛ばしてください。)

参考 計算の詳細

製品A1
売価  1,500円
年間販売量 1万個
年間売上  1,500万円

利益=1500-500-600-200=200 万円
付加価値=1500-500=1000 万円
年間労働時間 2,000時間、1人なので、1人当たりの労働生産性=1000万円
1時間当たりの労働生産性=1000×104/2000=5000円/時間

年間で1万個生産なので
1個の生産時間=2000/10000=0.5時間
A1製品の原価
材料費500円
労務費600円
経費200円

1個の利益=1500-500-600-200=200円
1個の生産時間=2000/10000=0.2時間

【材料価格が20%上昇】
材料価格が40%上昇し、年間では500万円→700万円に増加

● 価格がそのままの場合
付加価値=1500-700=800 万円 200万円減少
利益=1500-700-600-200=0 円

利益はゼロ円になる。労働生産性は
1時間当たりの労働生産性=800×104/2000=4000円/時間
4,000円/時間に減少する。

● 値上 1500円→1700円
付加価値=1700-700=1000 万円
利益=1700-700-600-200=200 万円

利益は200万円と変わらない。

● 原価低減
製造時間を20%短縮、製造時間0.2時間→0.16時間
労務費600円→480円
計算上の原価=700+480+200=1,380円
利益=1500-1380=120円

しかし年間での販売量は1万個で同じ場合、売上1500万円は変わらないため
付加価値=1500-700=800 万円

付加価値は200万円減少し、利益はゼロになる。

● 販売量増加
販売量を1.25倍増加、1万個→12,500個
売上=1500×1.25=1,875万円
材料費=700×1.25=875万円

労務費600万円は変わらないものとする。ただし労働時間は1.25倍となり
労働時間=2000×1.25=2500時間
利益=1875-875-600-200=200円

1時間当たりの労働生産性=1000×104/2500=4000円/時間
材料費が上昇し、1個当たりの利益はゼロになる。

労務費が固定費で変わらない場合、売上を1.25倍にすれば付加価値は増加し利益は200万円になる。
 

なぜ国は労働生産性向上に力を入れるのか?

GDPが成長すれば、年々経済規模が大きくなります。雇用は安定し、家計収入は増加、生活も安定します。税収が増加し政府債務も減少します。従って国家の安定と国民生活の安定にはGDPの成長が不可欠と国は考えます。

GDPを成長させるためには以下の方法があります。

  • 就労者数の増加

今から出生率を上げても、生まれた子供が生産活動に貢献するのは20年以上先です。すぐに効果が出るのは移民の増加です。

  • 労働生産性向上

就労者数が増えなくても一人当たりの生み出す付加価値が増えればGDPは増加します。これは労働生産性の向上に他なりません。 

このような背景から、国は日本の労働生産性を高めるべく努力をしています。ところがなかなか効果が出ません。なぜ日本の労働生産性は低いままなのでしょうか。

続きは別のコラムで紹介します。

参考文献

「なぜ日本の会社は生産性が低いのか?」 熊野英生 著 文春新書
「勤勉な国の悲しい生産性」 ルディー和子 著 日本実業出版社
 

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】【現場で役立つ原価のはなし】の過去記事は、下記リンクからご参照いただけます。

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

 

]]>
https://ilink-corp.co.jp/13105.html/feed 0
「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その2 https://ilink-corp.co.jp/8834.html https://ilink-corp.co.jp/8834.html#respond Sat, 02 Sep 2023 23:16:56 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8834
【コラムの概要】

中国経済は、リーマンショックや不動産バブル、株価暴落など数々の危機を経験。強力な政府主導で対策を打ち、乗り越えてきた。しかし、今後は内需拡大とサービス業発展が課題。債務増大、米中貿易戦争、戦争リスクも抱える中、ソフトランディングできるかが世界経済に大きな影響を与える。

今や中国は世界第二位の経済大国、中国経済の世界に対する影響とてもは大きいです。

加えて日本やアジアの国々はグローバルなサプライチェーンの中で中国と密接な関係があります。中国経済失敗のリスクは計り知れないでしょう。

ところが中国に対する正しい情報は意外にありません。マスコミから出てくる情報は、人日の注目を集めるためにある面をだけを強調しています。

中国経済はこれまで何度もピンチになりながら、苦境を乗り切ってきました。一部の評論家は「悪い一面」だけ切り取って「中国経済が崩壊する」と主張していました。実際はどうでしょうか。

そこでトーマス・オーリック著「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」を参考に、中立的な視点でこれまでの中国の政治・経済の取組と今後について、2回にわたり述べます。

「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その1では、中国の政治機構の特徴、そして毛沢東の死後から、改革開放政策に至る過程と、発生した問題について述べました。

ここでは、習近平体制での経済政策と、これからの課題について説明します。
 

中国経済の発展 その2

2008年リーマンショック

「世界の工場」中国はこれまで輸出に大きく依存していました。しかし2桁成長が続いていた経済成長はリーマンショックで鈍化しました。2009年1~3月期は6.5%、2007年の14.2%の半分以下でした。輸出は初のマイナス16%という厳しい数字が出て「非常事態」となりました。

これに対し、2008年11月中国はG20で4兆元(59兆円)の経済対策(内需拡大策)を発表し、世界を驚かせました。しかし実態は、中央政府1.18兆元、地方政府負担1.3兆元、銀行融資1.5兆元でした。

経済対策の多くがインフラ投資でした。

インフラ投資は現金給付に比べ、将来にわたって長く社会の役に立ちます。また生産拡大に寄与します。更にこの非常事態を脱するため、他にもなりふり構わず政策を総動員しました。例えば輸出企業の消費税(中国では増値税)還付率引き上げ、輸出関税の見直し、さらに大規模な利下げを実施しました。

激しい不況(ショック)には、思い切った財政政策が必要で、小出しにすれば不況が長期化することを、彼らは日本などから学んだのです。一方で欧米各国も相次いで利下げを行ったため、海外からのホットマネーの流入が懸念されていました。
 

2009年 超金融緩和 貸出額9.5兆元

6月に経済指標が改善し資産バブルのリスクが出てきましたが、緩和は継続されました。

  • 経済刺激策で最も避けるべきなのは途中で投げ出すことであり、元日本銀行の速水優氏のように落とし穴に陥ることである(バブル崩壊時の景気対策が中途半端に終わった例)
  • 経済を加熱させることの難度は、経済を冷え込ませるよりも高い

中国はこのように考え、個人消費の拡大策として自動車取得減税や、農村への家電普及策「家電下郷」を実施、13%の補助金を導入しました。
 

2009年不動産市場の過熱

一方中国の生産能力はすでに過剰になっていました。これ以上の設備投資の大幅な拡大は困難でした。そのため余剰な資金は不動産市場に流入しました。不動産ブームが中国全土に広がりました。

中国では投資信託など個人向け金融商品はまだ普及していませんでした。また株は価格が乱高下するため、素人は手を出すのを躊躇しました。これに対し、不動産は所有することに夢がありました。しかも個人の投資先としても魅力がありました。政府としても輸出が減少する中、不動産投資の増大は国内成長の下支えが期待できました。

しか不動産市場が加熱すると中国政府は早めに手を打ちました。

2010年4月には人民銀行が金融引き締めに転じ、10項目からなる不動産価格抑制策を施行しました。住宅価格は急落、北京と上海では70%も下落しました。株価も急落し、2010年7月には時価総額の25%が消失しました。

2010年6月、人民元のドルペッグ制が撤廃されたことで、ホットマネーが大量に流入し物価が上昇しました。そこで2010年10月人民銀行は0.25%利上げしました。それでも2011年3月には消費者物価数は5%を超えました。

2012年には欧州の債務危機で輸出が落ち込みました。工業生産、個人消費、投資すべてが落ち込んだため、再び景気刺激策に回帰しました。景気刺激策をやめたもうひとつの理由は、景気刺激策をやめたことで成長が鈍化したためです。つまり景気刺激策をやめるタイミングは非常に難しいのです。

この年、政治体制に大きな変化がありました。
 

2012年11月習近平 総書記就任

総書記に就任した習近平氏は、就任直後から徹底した腐敗退治を行いました。腐敗摘発チーム「虎もハエも叩く」が党最高幹部から下級官吏までくまなく摘発しました。こうして習近平氏は党内に恐怖政治を敷き、権力基盤を確固たるものにしました。一方で腐敗した地方政府ほど成長が遅かったことも判明しました。腐敗は成長の足かせだったのです。

 

図3 習近平
図3 習近平 (Wikipedia


 

2014年5月、習近平は「新常態」を宣言しました。中国はこれまでの二けた成長を断念し、年7~8%の成長の持続を目標としました。

一方、今度は株式市場が過熱し始めました。
 

2015年7月 上海株価指数 3週間で3割下落 11兆元が消失

2007年以降、上海と香港の株式市場での相互乗り入れがありました。こうして国境を超える資本の流れができました

海外からの資本の流入で上海株は上昇を続けました。これに多くの中国人が引き付けられました。多くの株取引の未経験者が株を購入、借金で株を購入する信用取引も増加しました。まさに日本のバブルの様相を呈し始めました。

そこで2015年7月中国証券監督管理委員会は、株式ブローカーが投資家に貸せる金額に上限を設ける方針を示唆しました。これをきっかけに株価が暴落し、11兆元が消失しました。
 

2015年8月 人民元切り下げ1.08%から、大規模な資本逃避

輸出が減少し、しかも上海と香港の株式市場での相互乗り入れによる資本が流出した中国では、人民元は実力よりも割高になっていました。市場は人民元を売り、下げ圧力をかけていましたが、これを人民銀行が買い支えていました。そして2015年8月になってようやく人民銀行は人民元を切り下げ1.08%としました。

これをきっかけに、さらに人民元は下がると予想した市場は、中国の株式市場から大規模な資本逃避を始めました。2016年1月には上海総合指数はピークの1/2に減少し、18兆元が消失しました。ただし企業も家計も資金の運用手段として株式は多くなかったため、株価の暴落による家計や企業活動への影響は限定的でした。
 

サプライサイド改革の実施

2016年1月人民日報は中国でよくつかわれる数字を取り混ぜた記事で「四つの落ち込みと一つの上昇」を開設しました。
4つの落ち込みととは

経済成長の落ち込み
工業品価格の落ち込み
企業利益の落ち込み
財政収入の落ち込み

ひとつの上昇とは「経済リスクの上昇」でした。

これに対し政府は介入を強化し、サプライサイドの改革を実行しました。

大企業の合併を進め、過剰な生産能力に陥っていた工場を閉鎖しました。これにより供給過剰が是正され企業の利益が増加しました。またこれにより雇用が減少したため、公共投資を増加する財政刺激策を行い雇用を吸収しました。人民銀行が2兆元の資金を供給し、スラム街を一掃して住人に住宅ローンを提供しマンションを買うように仕向けました。 

この供給過剰是正策で、

2015年4月に太陽光発電パネル大手保定天威が国有企業初の倒産をしました。

2016年遼寧省の国有企業の東北特殊鋼集団が倒産、負債総額は72億元でした。

過剰債務企業の債務総額は2016年で118兆元(GDPの160%)に上りました。
 

2016年マクロプルーデンス評価とデレバレッジ

こうした政策により、銀行はシャドーバンクを経由した迂回融資で過剰な融資をするのが難しくなりました。加えて銀行は自己資本比率を高めるように圧力をかけられたため、不良債権の処分を推進しました。さらに財務基盤が脆弱な銀行に対しては地方政府が圧力をかけて合併させ、強制的な不良債権の処分をさせた上で公的資金を注入しました。こうして銀行のシャドーバンクに対する融資は2018年半ばにはマイナスに転じました。

実は地方政府が過剰債務に陥った原因は、公共事業の資金を1年以内の短期借入で調達していたためでした。そこでこれを低金利の地方債(5年物)に借り換えさせて返済の負担を低減しました。こうして成長を減速させることなく、貸出のペースを落としてレバレッジの拡大を止めて、リスクを回避したのです。
 

2015年 中国製造2025年 国が主導で技術開発

10の重点分野を定めロードマップを提示し、これに合わせて地方政府も独自に計画を策定し補助金を支給しました。

 

図4 中国製造2025のロードマップ
図4 中国製造2025のロードマップ


 

表 重点10産業・23分野

次世代情報技術①IC・専用設備
②情報通信設備
③OS・産業ソフト
④スマートさ位増のコアとなる情報設備
CNC工作機械・ロボット①CNC工作機械・基板製造設備
②ロボット
航空・宇宙装備①航空機
②航空エンジン
③航空機載設備・システム
④宇宙関連設備(運搬ロケット、衛星など)
海洋エンジニアリング・ハイテク船舶1分野。
製品としては、海洋資源探索、開発設備、
ハイテク船舶、大型低速船舶用エンジンなど
先進軌道交通設備1分野。
製品としては、中国基準の高速鉄道、
中低速リニアなど
省エネ・新エネ自動車①省エネ自動車
②新エネ自動車
③コネクテッドカー
電力設備①発電設備
②送変電設備
農業設備1分野。
製品としては、自動化、情報化、
スマート化した農業機械など
新素材①先進基盤素材
②コア戦略素材
③先端新素材
バイオ医療
高性能医療機器
①バイオ医薬
②高性能医療機器

出典:中国製造2025重点領域技術創新路線図
 

当初は外国の技術をリバースエンジニアリングし、その後は国産化比率を高める計画です。国産化比率は2020年までに主要部品の40%、2025年までに70%に引き上げる計画です。

そのための研究開発投資は、2017年は中国は4440億ドル、アメリカ4830億ドルに肩を並べています。対するEU3660億ドル、日本は1730億ドル(19.1兆円)でした。
 

図5 主要国における研究開発費総額の推移
実質額 (2015年基準、OECD購買力平価換算) 出所:科学技術・学術政策研究所HP
図5 主要国における研究開発費総額の推移
実質額 (2015年基準、OECD購買力平価換算) 出所:科学技術・学術政策研究所HP


 

2017年7月5年に一度の全国金融工作会議

習近平氏は、国有企業の過剰債務の削減(デレバレッジ)を最優先させるように強く指示しました。リーマンショック以降の経済対策で過剰になった債務と膨らんだバランスシートにより、金融システム崩壊のリスクが高まっていました。金融システムの崩壊とそれに続く不況は、社会を不安に陥れ、政治の混乱につながるためでした。

2016年5月人民日報は「天まで伸びる木はない」という記事を掲載しました。「高いレバレッジは不可避的に高いリスクをもたらす。きちんと管理しなければシステム的な金融危機を引き起こし、不況をもたらすだろう」と報じました。
 

中国経済の特徴と世界への影響

この中国経済はどのような特徴があるのでしょうか。
 

高い貯蓄率

改革前の中国ではゆりかごから墓場までの手厚い福祉で「鉄飯碗」と呼ばれました。しかし改革開放により企業の民営化が推進し、社会保障制度が脆弱化しました。加えて一人っ子政策のため、両親の老後の不安が増大しました。子供に頼れなくなった両親は老後のために貯蓄に励みました。また一人っ子政策は最も消費の多い子育て世代の消費が減少します。それもあって中国の貯蓄率は高く、その分消費が弱くなります。

2007年にはGDPの51%が貯蓄されました。この巨額の貯蓄を賄うには莫大な輸出か、莫大な投資が必要です。一方、まだ高い経済成長中の中国では、貯蓄にはインフレ率以上のリターン(収益)が必要です。しかし銀行預金金利は低く、銀行に預金しても価値は目減りしてしまいます。
 

多額の外貨

一方中国自身も貿易黒字が積み上がっていました。外貨残高は1兆,000億ドルに上り、外貨の安全でリターンの高い投資先として多くのアメリカ国債を購入しています。実はこれがアメリカの長期金利に影響していたのです。

FRBベン・バーナンキ議長は、あまりにも長い間金利が低かったため、2004年から金融引き締めに転じました。短期金利は2004年の1%から2006年には5.52%に引き上げられました。しかし長期金利は4.7%から5.2%とわずかしか上がりませんでした。当初はなぜ長期金利が上がらないのかわかりませんでした。

原因は、中国がアメリカ国債を大量に買っていたためでした。
 

過剰設備と不良債権

地方政府にとって地方の雇用の安定と経済の安定化はとても重要です。そのため景気が悪化すれば地方の国有企業に設備投資を促します。地方政府と国有企業は一体化しているため、必要な資金は地方政府が保証し国有銀行から調達します。しかも貯蓄過剰の中国は、国有銀行に潤沢な資金があります。しかも国有銀行は絶対につぶれないと誰もが信じているため審査は甘くなっていました。

こうして国有企業には過剰な設備が積み上がります。もし国有企業の経営が悪化すれば、融資はたちどころに不良債権化します。そのため国有企業の過剰設備の問題に対して共産党も再三通達を出しています。しかし「上に政策あれば、下に対策あり」という国のため改善されていません。
 

為替操作

中国は急激な円高で輸出競争力が一気に低下した日本の失敗を学びました。それもあって為替は市場に自由にさせません。その基本スタンスは以下のものです。

  • 自主性 外圧でなくあくまで中国自身の判断で人民元レートを決定
  • 管理可能性 現行の管理変動相場制を維持
  • 斬新性 急激な切上げは意図していない

中国にとって為替の問題は、国際問題以上に国内問題なのです。

輸出品の多くが価格競争力を武器とした労働集約品です。しかも賃金や原材料価格の上昇という要因にもさらされています。もし人民元の切上げが行われれば輸出は大打撃を受けます。

2010年中国商務部は、南部の輸出企業を中心に人民元が3%上昇すると輸出にどれだけ影響が出るか試算しました。その結果、輸出型企業の収益は30~50%も低下し、大打撃を受けることが判明しました。

2010年6月中国政府は人民元レートの弾力化を発表しました。しかし3か月経っても1~2%しか上昇しませんでした。
 

シャドーバンク

銀行が信用力の低い企業に融資する場合、その融資には相応の引当金を積まなければなりません。このように貸付にコストがかかるため、信用力の低い企業は正規の融資先としてなかなか計上できません。もしその企業の経営が悪化すれば不良債権になってしまうからです。

かといってこういった企業への融資を止めれば破綻してしまいます。そうなればこれまでに融資したお金が回収不能になってしまいます。そこで銀行でなく、シャドーバンク(信託会社や資産運用会社)を介して信用力の低い企業に融資を継続します。そして銀行はシャドーバンクへの資金供給は、シャドーバンクが発行した証券を買って、証券に対する投資として計上します。こうすれば銀行はコストをかけずに経営が悪化した企業を融資で支えることができます。また、企業も融資を受けられます。

しかしこれはリスクの高い企業に融資しているのに銀行は必要な引当金を積んでいないことになります。もし融資が焦げ付けば銀行の経営も一気に悪化します。このシャドー融資の総額は2010年には2兆8千億元でしたが、2016年には27兆元にまで膨らみました。
これは「中国版サブプライムローン」です。

アメリカのサブプライムローンは、2006年に合計2兆4千億ドル、GDPの17%に達しました。これに対し中国のシャドーバンクの負債総額は27兆元、GDPの86%です。それでもユーロ圏の270%、イギリスの263%、アメリカの145%よりは低い状況です。
 

マクロプルーデンス評価

2013年には中国経済全体の負債はGDPの2倍以上に拡大しました。しかも銀行やシャドーバンクは短期資金で借りて長期資産に投資するという運用のミスマッチが起きていました。リーマンショック前の欧米で起きた急激な融資の伸びと短期資金への依存と同じ構図です。

そこで人民銀行は季節的に短期資金が不足する6月、あえて資金の供給を停止しました。市場はパニックを起こし、銀行は資金をため込むために貸し渋りをしました。株価は急激に下落しました。

短期金利が28%という記録的な数値となった6月20日、人民銀行は短期資金の供給を開始し、パニックは収まりました。

つまり人民銀行は「短期で借りて長期で貸す」という無鉄砲な融資を行うシャドーバンクに警告を発したのです。しかしその代償は高くつきました。

かつてニューヨーク連銀の初代総裁ベンジャミン・ストロングは

「国内経済で何か起こるたびに、我々は親の役割を果たさなくてはならないのか?」

「我々には多くの子供ができるだろう。その一人が悪さをしただけなのに、全員にお仕置きをしなければならないのか?」「信用業務には(規制対象を)選択するプロセスがないことだ」と述べました。
 

デレバレッジ(収入に対する負債比率を下げること)のため、人民銀行は2016年に「マクロプルーデンス評価」を導入しました。具体的には各金融機関の貸し出しや財務内容を評価し、格付けを行いました。

格付けの高い銀行は、準備預金の利息を高くし、事業活動の自由度も与えられます。

対して、格付けの低い銀行は、準備預金の利息を下げられ、事業活動にも様々な規制が加わります。

これにより金融システム全体のリスク管理を図りました。つまり「多くの子供の一人が悪さをしただけなのに、全員にお仕置きをしなければならない」というジレンマを解決しました。

金融システム全体のリスク管理は、リーマンショックの後、アメリカの金融安定監視費用議会、欧州システム理事会、イングランド銀行の金融行政委員会などが取組みました。しかしマクロプルーデンス評価のような包括的なツールを開発し、各銀行を明確に差別化して金融システムの安定を脅かすようなリスクに取り組んだのは、人民銀行が初めてでした。
 

これからの中国と世界経済

このようにこれまでにも中国は数々の経済危機がありました。これを巧みに乗り切ることができたのは、日本や韓国といった先例があったためでした。適切な対処を怠ればどんな結果になるのか、彼らはわかっていたのです。そのため、行うべきことをためらわずに実行できました。

しかも中国には、それを実行できる強力な指導力と国の強制力がありました。さらに政権中央部の政策立案者も類い稀な独創性と柔軟性を発揮しました。

今までは答えが分かっていた試験でした。解き方さえ間違わなければ合格点は取れました。

これまで中国の成長は、製造業が牽引するモデル、そしてカギは投資と輸出でした。しかしこれからは違います。
 

今後は個人消費の増加による内需拡大 「投資と輸出と消費」

中国の高官自身も
「我々は多くのマクロコントロールの経験を積んできたが、個人消費の拡大策についてはノウハウがない。」
「現金を配るのは意味がない。アメリカ人はウォルマートに行くかもしれないが、中国人は銀行に行く」

と述べています。

課題は遅れているサービス業の発展です。また米中貿易戦争もあり頭打ちになりつつある経済成長です。また今後は戦争の影響も懸念されます。

しかも例え中国製造2025により先端分野における製造強国となっても、先端分野の雇用創出効果はかつての重工業に比べ高くありません。さらに債務は拡大し続けGDP比で250%を超え、先進国並みになっています。つまり借金は先進国並みで収入は新興国並みが現在の中国です。
 

図6 世界の政府総債務残高(対GDP比)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net) IMF - World Economic Outlook Databases (2023年4月版)
図6 世界の政府総債務残高(対GDP比)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net) IMF – World Economic Outlook Databases (2023年4月版)
図7 世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net)IMF - World Economic Outlook Databases (2023年4月版)
図7 世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net)IMF – World Economic Outlook Databases (2023年4月版)


 

このような課題が山積みの中国経済は、「大幅な減速をすることなくソフトランディングできるかどうか」は、指導者と政策立案者にかかっています。

リーマンショックでは、サブプライム問題に直接関係のない日本もアメリカの消費減退で多大な影響を受けました。2021年の世界のGDPに占める中国の比率は18%、世界の経済成長に対する中国の寄与度は30%にも達しています。もし中国の景気が減速すれば世界中に影響が出ます。

中国の需要が1%減少すれば世界のGDPは0.25%減少します。もし中国で危機が起こり、需要がマイナス9%になれば、世界のGDPは2.25%減少し不況の崖っぷちに立たされてしまうでしょう。

アジアに目を向ければ、中国の需要が1%減少すれば韓国のGDPは0.35%減ります。もし中国の需要がマイナス9%になれば、韓国は激しい不況に陥ります。中国と関係の深い日本も無傷ではいられません。しかも中国経済は巨大になりすぎて、どの国も支えることができません。

約100年前の世界恐慌では、オーストリアで通貨危機が起きた時、ドイツの力を削ぎたかったフランスは通貨危機を煽りました。フランスの望み通りオーストリアの通貨危機はドイツに飛び火し、ドイツにも通貨危機が起きました。しかしフランスの予想外なことに、これはドイツに多額の債権を持っていたイギリス経済に打撃を与えました。つまりオーストリア、ドイツ、イギリスは、同じロープで括られた登山者であり、1人が落ちれば他の2人も無事では済みませんでした。そして通貨危機に端を発した世界恐慌はナチスの台頭を引き起こしたのです。
 

図8 1本のザイルにつながった登山者かも
図8 1本のザイルにつながった登山者かも


 

世界各国の指導者に、中国という巨人と自国が複雑に結びついたロープが見えているのでしょうか。
 

参考文献

「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」トーマス・オーリック著 ダイヤモンド社
「チャイナ・インパクト」柴田聡 著 中央公論新社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/8834.html/feed 0
「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その1 https://ilink-corp.co.jp/8755.html https://ilink-corp.co.jp/8755.html#respond Thu, 20 Jul 2023 05:54:39 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8755
【コラムの概要】

中国は共産党独裁ながら「少数の指導者の合議」でスピーディーに意思決定。金融・財政・税制を統合し、強力な国家発展改革委員会や国有銀行を通じて経済を統制。日本のバブル崩壊やアジア通貨危機などの他国の失敗から学び、経済安定を最優先してきた。

今や中国は世界第二位の経済大国、中国経済の世界に対する影響とてもは大きいです。

加えて日本やアジアの国々はグローバルなサプライチェーンの中で中国と密接な関係があります。中国経済失敗のリスクは計り知れないでしょう。

ところが中国に対する正しい情報は意外にありません。マスコミから出てくる情報は、人日の注目を集めるためにある面をだけを強調しています。

中国経済はこれまで何度もピンチになりながら、苦境を乗り切ってきました。一部の評論家は「悪い一面」だけ切り取って「中国経済が崩壊する」と主張していました。実際はどうでしょうか。

そこでトーマス・オーリック著「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」を参考に、中立的な視点でこれまでの中国の政治・経済の取組と今後について、2回にわたり述べます。
 

中国の政治機構の特徴

「中国は共産党独裁だが、独裁者ではない」

共産党の権限が非常に強く、欧米など民主主義国家ではできないことも短時間に実行できます。その意思決定は「少数の指導者の合議」です。独裁者のように一人で決めているわけではありません。

その点、アメリカや日本など民主主義国家でも、選挙で選ばれた首相や大統領が強い権限を持ち、意思決定をします。

そのリーダーの判断は正しいのでしょうか。

中国の場合「国務院」が非常に強い権限を持っています。その国務院の10人のメンバーで行われる「常務会議」で重要な意思決定がされます。10人が同意すれば実行できるため、意思決定はスピーディーです。

対して日本は全閣僚をメンバーとして閣議が週2回行われます。しかし全会一致がルールで1人でも反対すれば政府決定できません。

一方中国の閣僚は人数が多すぎる(図1参照)ため、常務会議に参加しません。そのため中国の大臣は政治家というより官僚に近い存在です。
 

図1 国務院組織
図1 国務院組織


 

方針の違い

「国家が指導し、企業は国の指導に従う」

という仕組みが国の統治構造の中に組み込まれています。例えば商業銀行法にも「国家の指導」という条文が存在します。「商業銀行は、国民経済及び社会の発展の必要に基づき、国の産業政策の指導の下に貸付業務を営む」と規定されています。
 

政経一体のシステム

中央銀行(人民銀行)は政府の一機関です。欧米のような中央銀行の独立性が保たれていません。そのため税制の変更に法律の改正が不要で(日本は法律の改正が必要)、極めて短い間に税制を変更できます。そのため金融政策と税制改正を政府決定だけで実施できます。金融政策、財政政策、税制を組み合わせて経済をコントロールすることができ、政策の自由度が日本よりも高いのです。
 

強力な役所

日本にはない強い権限を持った「国家発展改革委員会」があります。この委員会は、短期から中長期の経済計画や産業政策、エネルギー政策、物価管理まで担う経済全般にわたる総合的な企画調整機能を持つ機関です。この国家発展改革委員会がリーマンショックの時、4兆元の内需拡大策を取りまとめました。
 

地方政府の力

中国の政治機構の特徴として、地方政府の力がとても強いことが挙げられます。この地方政府は、税収、雇用、地方経済の運営を任されています。一極集中の日本は東京がGDPの19%を占め巨大な経済圏を構成しています。対して中国は北京のGDPに占める比率は3%にすぎません。

中国の各地方には有力な国有企業があります。彼らは地方政府と結びつき、地方の雇用を担っています。地方経済が減速すれば、国有企業は設備投資を増やして地域の経済を活性化させます。地方政府にとって国有企業は、成長、雇用、収賄の源泉です。

一方日本は公共事業は国や自治体が主体となって行いますが、中国ではインフラ整備などの公共事業は収益事業です。そのため第三セクターのような事業会社「地方融資平台(地方融資プラットフォーム)」を設立して行います。
 

国有銀行の存在

中国では銀行の金利は自由化されておらず、金利は何%のスプレッドと決まっています。これまで経済が成長し物価が上昇していた中国では、預金金利が物価上昇率よりも低い場合、資産の目減りを避けるため人々は預金より有利な投資先を探します。

一方、国有銀行は国がバックにあるため、倒産することはありません。その結果、融資審査が甘くなります。景気が減速すると、地方政府からは景気対策のため、採算性の低い国有企業にも設備投資のために融資するように圧力がかかります。これが不良債権の温床になっています。
 

他国の経済政策の失敗

中国にとって幸いなことに、中国が経済成長を遂げる中で様々な問題に直面した時、日本、韓国をはじめとした多くの国で、失敗事例「教科書」があったことです。
 

経済成長の定石

経済的に貧しい発展途上国は、海外からの投資だけでは経済成長はできません。海外から投資を受け工場を建てても、自国にはそこまでの規模の市場がないからです。そこで必要なのは輸出です

海外から投資を受けた工場が製品をつくり、それを輸出すれば多額のお金が国に入ってきます。そのお金を投資に回せばつさらに成長します。こうして成長の歯車が回り始めます。アフリカなど資源があっても貧しい国は、投資による製造業の発展と輸出の歯車が回っていないのです。

一方、成長の歯車が回り始めると海外からお金がどんどん入ってきて賃金が上昇します。これに伴い物価も上がります。この経済成長している国の最大の課題はインフレです。賃金の上昇よりもインフレが高いと、豊かになっている過程にも関わらず人々の生活が苦しくなります。人々の不満がたまって、これが社会不安の引き金となります。
 

日本のバブル崩壊

日本は1985年のプラザ合意で急激に円高が進行しました。これによる景気後退に対処するため、日銀は公定歩合を引き下げました。これにより過剰に流動したお金が株と不動産に向かいました。
「土地の値段は下がらない」
という土地神話があった当時の日本は、銀行は土地を担保に採算性の低い案件まで過剰に融資しました。担保至上主義の銀行は土地があればどんどん貸しました。こうして借りたお金が株価を押し上げました。

日本はこの加熱した経済を冷やすのが遅れました。やうやく大蔵省が総量規制を実施した時にはバブル崩壊というハードランディングになってしまいました。急激な信用収縮が発生しました。土地の値段が大幅に下がり、担保価値は急減し銀行は多額の不良債権を抱えました。

しかしこの時、多くの人々にあったのは、乱脈融資を行った銀行に対する怨嗟の声でした。
「なぜ税金で銀行を救うのか」
及び腰になった大蔵省、政府は金融機関への公的資金の注入が後手にまわりました。景気が急速に悪化した日本経済に対し、財政出動は不十分でこれが不況を長期化させました。こうして日本は失われた20年へ突入しました。
 

図2 バブル崩壊で不景気に
図2 バブル崩壊で不景気に


 

このバブル崩壊はもうひとつ大きな出来事のきっかけになりました。長年続いた自民党政権が下野したのです。

つまり宴はほどほどのところで冷や水を浴びせるべきでした。そして、もし不景気に入ったときは、やるべきことを(公的資金注入、経済対策、ゾンビ企業の退出)躊躇すれば、代償はとても大きいのです。経済の失敗は政治を不安定化させてしまいます。

中国の政策決定者は、経済運営に失敗すれば現体制が揺らぎかねないことを学んだのです。

また彼らは国内市場を安易に外資に開放すればどうなるかも学びました。
 

アジア通貨危機

1990年代、海外からホットマネーが流入し、タイ、インドネシア、韓国などアジアの国々は好景気に沸きました。しかし血縁者を優先する縁故資本主義、巨大財閥が見栄を張るためのプロジェクトに投資するなど、成長のための投資ではない非効率な投資も多くありました。こうして好景気の陰で隠れ不良債権が膨らんでいました。

この時アメリカのヘッジファンドは、アジア諸国の中央銀行が過大に評価されていることに気づきました。そして彼らは「自国通貨を買い支えることはできない」と踏んで大規模な空売りを仕掛けました。1997年5月ヘッジファンドに空売りを仕掛けられたタイバーツは急落し、タイから大規模な資本逃避が発生しました。こうして外貨が枯渇し海外との決済資金が不足したたタイは、8月にIMFの救済を受けました。これは10月にはインドネシア、11月には韓国にも飛び火し、IMFの救済を受けました。

こうしてIMFの管理下に入ると緊縮財政を取らざるを得ません。これにより激しい不況になりました。韓国は通貨ウォンが暴落した中で、IMFの要求により資本市場を外国に開放させられました。その結果、韓国の名門企業が海外から安く買い叩かれました。今でも多くの韓国企業が海外のファンドの傘下に入っています。

このアジア通貨危機でインドネシアは20年以上続いたスハルト政権が退陣、韓国では野党の金大中政権が誕生しました。

中国は、アジア通貨危機から国の資本勘定の解放(自国の金融市場と国際金融市場を隔てる壁の撤廃)は慎重にしなければならないことを学びました。朱鎔基は「国の資本勘定を時期尚早に開放すれば、その国の経済を破壊する恐れがある」と警告しました。
 

リーマンショック

2000年代、低金利、金余りが長期にわたり、欧米の銀行は利幅の高い投資先を求めていました。アメリカでは、世界恐慌の教訓から銀行の証券取引は禁じられていました。(グラス・スティーガル法) 2000年代銀行はこれを骨抜きにし証券取引に参入しました。あふれたマネーは不動産に向かいました。「無収入」「無職」「無資産」の層をターゲットにしたニンジャローンを連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)、連邦住宅抵当貸付公社(フレディマック)が証券化して、投資商品として各国の金融機関に販売しました。

利回りの高い投資商品を求めている金融機関は、レバレッジの大きくかかったリスクの高い商品と気づかずに購入しました。アメリカの住宅会社は、支払い能力の低い人たちに将来住宅価格が上がる前提で住宅を売りまくりました。宴は彼らがローンを払えなくなった時に瓦解しました。世界中で猛烈な信用収縮が発生しました。リーマンショックです。
 

政権の安定に経済の安定が不可欠

中国共産党が重視するのは党が政権を安定して維持することです。そのためには社会・経済の安定が最も重要です。そのため大衆の不満が募りやすい「雇用」「物価」の動向を常に注視し警戒しています。

  • 経済が過熱しバブルが起きるとどうなるのか
  • 金余りの時、大量のホットマネーが入ってくるとどうなるのか
  • バブルの加熱を避けるには、いつ宴に冷水をかけたらいいのか
  • もしバブルがはじけたらどうすればいいのか

目の前で起きたバブルとその後の深刻な不景気を中国は冷静に分析し、対処方法を学びました。 

中国経済の発展 その1

1976年 毛沢東の死

毛沢東時代、毛沢東は文化大革命など政治闘争に終始し、経済派発展しませんでした。

毛沢東の死後、華国鋒首相は毛路線を継承しました。

中国は貧しいままで、華国鋒路線は2年間で失敗しました。
 

1978年 鄧小平

後を引き継いだ鄧小平は改革開放路線に舵を切りました。経済特区を設立し外資を呼び込み、商業銀行(四大銀行)を設立して融資を拡大しました。そして景気が拡大しました。
 

1988年 保守派の巻き返し

1988年8月の価格統制撤廃をきっかけに急速な物価上昇が起こりました。そこで保守的な計画経済派は、価格統制の再導入、投資の抑制という緊縮財政を実施しました。

その結果
「手術は成功したが、患者は死んだ」
状態となりました。

深刻な不況と大量の失業者が出て、経済成長は1988年の11.3%から1989年には4.9%へと落ち込むハードランディングとなりました。民衆の不満がたまり民主化を求める運動が激化し、1989年天安門事件が発生。そこで言論統制の強化がなされました。

過熱した景気にバケツの冷水をいきなりぶっかければ、不況と社会不安が生じることを彼らは学習したのです。
 

1992年 鄧小平 南巡講話

保守派の台頭で不利となった鄧小平は、1992年1月武漢、長沙、深圳、珠海を視察する南巡講話を行いました。「深圳の発展は経済特区を設置する政策が正しかった証拠」として、改革再開にむけてPRしました。政府の統制が取り払われました。地方政府は新たな投資を加速させ、1990年3.9%だった経済成長は1991年には9.2%、1992年には14.3%へと加速しました。
 

1989年ソ連崩壊

1989年ソ連が崩壊しました。これに対し鄧小平氏は
ゴルバチョフはバカだ。政治改革(グラスノチ)と経済改革(ペレストロイカ)を両方やろうとして、どちらもコントロールできなくなり、両方失った」
と述べています。
 

1989年 江沢民とWTO加盟

1989年鄧小平に代わり江沢民が国家主席になり、2001年にはWTOに加盟したことで輸出が急増しました。中国には4つの強みがありました。

  1. 安い人件費
  2. 通貨安
  3. 安い土地
  4. 安い資金調達コスト

 

一方、WTO加盟により圧倒的に低い人件費の中国で作られる製品が世界市場にあふれ出ました。これは先進国の雇用を直撃しました。MITのダレン・アシモグル教授は1999~2011年に中国との競争で失われたアメリカの雇用は200~240万人に上るとと推定しています。

通貨安(安い人民元)に対し、2005年5月アメリカは中国を為替操作国に指定すると脅し、人民元を切上げなければ大幅な追加関税を導入する法案を可決しました。

2005年7月中国は人民元をドルペッグ制から管理変動相場制に移行し人民元を切上げました。しかし切上げ幅はわずか2%でした。プラザ合意による急激な円高で輸出主導経済に終止符を打たれた日本の例から、彼らは学んでいたのです。
 

1995年インフレの抑え込みに成功

過熱する経済とともに物価上昇も加速し、1994年には20%強上昇しました。そこで朱鎔基首相は緩やかに融資と投資を減らすソフトランディングを実施しました。

朱鎔基首相は「中国の人民のためにソフトランディングをもたらす重要性を、我々は十分理解している。…成長が急減速すると、社会の安定が打撃を受ける。社会の安定が打撃を受ければ、改革を始められない」と述べました。

こうしてインフレは抑え込まれ、1996年の初めまで物価上昇率は1桁台に戻りました。
 

国有銀行に資本注入

1990年代から国有銀行の不良債権は増加していました。そこで1999年に不良債権処理会社「金融資産管理公司(AMC)」を設立し、国有銀行の不良債権を買い取りました。

それでも2002年中国四大銀行の不良債権比率は26.1%もありました。日本は金融危機の際も主要行の不良債権比率が最高8.4%だったことと比べれば、国有銀行の危機的状況に変わりはありませんでした。債務超過に陥っていた四大国有銀行に対し、金融システム健全化のため、四行だけでも800億ドル(日本の金融危機の資本注入の2/3の金額)の公的資金を注入しました。その結果、国有銀行の財務は健全化し四大国有銀行は上場することができました。
 

2002年 胡錦涛

2002年江沢民に代わり胡錦涛が国家主席になりました。しかし胡錦涛体制は集団指導体制が強く意思決定に時間がかかりました。

一方、胡錦涛は改革開放による成長で顕著になった格差に対し、より包摂的な発展モデルを目指しました。それまで中国の社会保障制度は「ゆりかごから墓場まで」国家が面倒をみてくれ「鉄飯碗」と呼ばれていました。これが改革開放の結果、弱体化したため補強しました。
 

このように中国は自国の経済成長と政治の安定に苦慮しながら、経済を巧みにコントロールしてきました。

こうした他国の失敗による学習がリーマンショックの時、世界を驚愕させた4兆元の経済政策になったのです。

中国経済のその後の発展と今後の課題については、別のラムでお伝えします。

参考文献

「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」トーマス・オーリック著 ダイヤモンド社
「チャイナ・インパクト」柴田聡 著 中央公論新社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/8755.html/feed 0
政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その2 https://ilink-corp.co.jp/8558.html https://ilink-corp.co.jp/8558.html#respond Tue, 09 May 2023 04:30:06 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8558
【コラムの概要】

MMTは「自国通貨建ての借金は破綻しない」と主張するが、批判派はハイパーインフレリスクや、市中通貨回収の困難さを指摘。増税の必要性やポンジーゲーム的財政運営の非現実性も挙げられる。金融経済の肥大化と実体経済への影響も議論の的。


日本の財政赤字は約1200兆円、GDPの2倍以上になります。これは先進国の中では突出した金額です。

これに対し、ニューヨーク州立大ステファニー・ケルトン教授は
「国(もしくは政府、以降政府)が
自国通貨建ての借金(国債)をいくら増やしても財政は破綻(はたん)しないし、ハイパーインフレにならないように制御も可能
なので、
経済成長が不足であれば政府は借金を増やしてでも積極的に財政出動すべき」
と主張しました。

彼女の理論「現代貨幣理論 (Modern Monetary Theory : MMT) 」は従来の経済学の常識を覆す一方、従来の主流派経済学者からは激しい反発を受けています。

果たしてMMTは正しいのでしょうか?

政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1では、MMTの特徴とMMTが提言する政策について述べました。

今回はMMTの反対意見についてまとめました。
 

MMTへの批判

2019年1月にアメリカの下院議員オカシオ・コルテス氏が財政政策の財源の理論的背景としてMMTを述べ、それ以降アメリカではMMTに関する論争が活発化しました。そしてMMTに対する批判的な意見が続出しました。

  • 「赤字が問題にならないという考えは全く誤っていると思う」FRB議長ジェローム・パウエル
  • 「MMTを全く支持する気になれない」ウォーレン・バフェット
  • 「ブードゥー経済学」元米財務長官 ローレンス・サマーズ

ではMMTの何が問題なのでしょうか、MMTへの批判を以下にまとめました。
 

「永遠には続かない」いずれ超均衡予算が必要

従来の経済理論でも、例え中央銀行が国債を引き受け(財政ファイナンス)、貨幣供給量を大きく増やしても、すぐにインフレになることはなく、政府支出を増やすことは問題ありません。しかし過大な財政支出を続ければ、インフレになります。

実はMMTも、政府支出をいくら増やしてもデフォルトにならないが、
インフレにならない
とは言っていません。

そしてハイパーインフレになった国 (例えばドイツやハンガリー、戦後の日本など) でも政府は財政破綻していません。
政府の財政破綻とハイパーインフレは、全く別の減少なのです。

MMT派は
いくら財政破綻しないからといって際限もなく通貨を発行すればハイパーインフレになるのはわかっているから、
そんなことはするはずがない
と主張します。

では、「際限もなく」とはどれくらいで、現実にどこまで通貨を発行しても問題ないのかはMMTは示しません。

図13 ハイパーインフレは起きる?
図13 ハイパーインフレは起きる?

MMTでは、「円の信認が失われるのは日本の徴税システムが機能不全に陥った時だ」と主張します。

しかし財政赤字を続けて市中にばらまいたお金は、どこかで適正な量にしなければなりません。
そこで市中の通貨を回収してマネタリーベースが減少すれば、多額の日銀の通貨発行損が発生し、巨額の歳入減少が生じます。その結果、超縮小予算にせざるえず、ひどい不景気になります。しかし永遠にお金を増やし続けることはできず、いつかは回収しなければ経済は持続しません。お金を刷り続ければ、その回収も考えなければならいのです。出かけたのはいいのですが、「家に帰ってくるまでが遠足」なのです。
 

現在の日本の政府債務は、対GDP比が2.4倍(2018年)、先進国では突出しています。そして歴史を遡れば、19世紀のイギリスは英仏戦争で負債がかさんで、政府債務の対GDP比は2.6倍になりました。しかし幸いなことに、その後、輝ける大英帝国の時代が到来しました。産業革命やインドなど植民地からの富の集積により、休息に経済成長し債務の圧縮に成功しました。

逆にイギリス以外の国で多額の債務から
「ハイパーインフレやデフォルトなしに」生還した国
はありません。
 

それでもハイパーインフレは起きる

確かにMMTの主張するように財政赤字を続けてもデフォルトしません。しかし放置すればハイパーインフレはいつか起きます。MMT推進派は
「政府は通貨発行権と徴税権を持っている」
「納税のために貨幣は必要」
「貨幣は法貨なので受取は拒否できない」
などから貨幣の価値がとめどなく下がることはないので

「ハイパーインフレは起きない」
と主張します。

現実には、人々は貨幣の受取は拒否できませんが、貨幣をずっと持っていなければならない義務はありません。

貨幣の価値が下がりはじめれば、人々は少しでも資産の減少を防ぐために、預金や現金を現物と交換し始めます。(今なら、外貨や仮想通貨という選択肢もあります。) 「円が危ない」と感じて人々が一斉に行えば、円の価値は暴落、物価は高騰します。つまり激しいインフレ (円の取付け騒ぎ) に見舞われます。
世界恐慌の前に起きたマルクの暴落はまさにそれでした。

この財政赤字とインフレの関係は、地下に蓄積された地震のエネルギーに似ています。ある日「紛争」「天災」「石油ショック」のような変化 (ゆれ) が起きると、人々の間でインフレ予想が広がります。そして一斉に預金を引き出してものを買い始めます。インフレ率は急上昇します。さらに「円は危ない」と思えば外貨や金などの実物資産を買い始めます。そして
ハイパーインフレが起きます。

その時、巨額の増税でインフレを止めることは、過去の歴史を振り返ってみても不可能です。最後は1920年代のドイツや終戦後の日本のように、新紙幣を発行して旧紙幣を使用不能にして市中の貨幣を急減させるしか手段はありません。
 

一方、ベネズエラやジンバブエのハイパーインフレは、物価の上昇に対して政府が価格を統制したために起きたものでした。価格を統制したことで、コストを価格に転嫁できず生産者の倒産が続出し、生産体制が崩壊したことがきっかけでした。1920年代のドイツのハイパーインフレも戦争による生産設備の喪失と供給不足、加えて第一次世界大戦での巨額の賠償金が引き金になりました。

現在の日本ではそのようなことはありません。しかしハイパーインフレは、銀行の取り付け騒ぎのようなものです。人々のちょっとしたマインドで起こり得るものです。そして市場における人々の行動は、時として予測不能なものなのです。
しかもハイパーインフレになっても、ハイパーインフレと分かるまでにタイムラグがあります。
タイムラグのため、その時になって、あわてて金融引締めに転換しても手遅れなのです。

では、それを防ぐ手立てはあるのでしょうか。
 

《市中に溢れた貨幣を回収する方法》
早稲田大学教授で元日銀の岩村充氏は、市中に溢れた貨幣を回収する方法として「条件付き変動金利永久国債の日銀引受」を提言しました。これは

  • 政府は市場金利連動型の変動金利永久国債を日銀引受により発行
  • 日銀は政府と協議することなく、この国債を市中に売却できる
  • 政府はこの国債の日銀保有分をいつでも額面で償還できる(市場価格で買入、消却できる)
  • 政府は発行済み国債を保有者の同意を得て変動金利永久国債に転換できる

というものです。

つまり国債を償還不要の永久債に替えて、徐々に国債を償還して貨幣を回収する方法です。
「お金を刷る」のは簡単だけど「刷ったお金を戻す」のは大変
なのです。

 

「租税が貨幣を動かす」には増税が必要

MMTは「納税のために貨幣が必要なので貨幣価値は下がらない」と主張します。しかし貨幣の価値を維持するためには、貨幣供給量が増加した際は、それに見合うだけの増税が必要です。そうしなければ貨幣が増えても、そこまでの貨幣は必要ないため、結局貨幣価値が下がります。

しかし増税は国民の反発が大きく容易ではありません。その結果、貨幣が増えれば、余った貨幣が他のものに変わり、貨幣価値の低下、つまりインフレが起きます。
 

ポンジーゲームの財政運営は非現実的

国債の累積発行額が巨額になっている日本は、財政の持続可能性はどれくらいなのでしょうか。

毎年の政府の予算制約式

PBの現在価値 + 通貨発行益の現在価値 + 公債残高

例え国債の償還期限が来ても返済しないで、新たに元本と利子を合わせた国債を発行すれば、財政赤字を永遠に続けることができます。これはポンジーゲーム(ネズミ講)と呼ばれ、危険なゲームです。

日本はGDPがマイナス、自然利子率もマイナスなので低金利が当面続きます。そのためポンジーゲームが続けられる気がします。

しかしこれは財政赤字ギャンブルです。多くの国民がまずいと思い始めると、ある日突然金利が上がり始めます。つまり高血圧のように「全く症状がないのにある日突然血管がバースト」して命を落とすのです。
 

企業収支を変えない限り、政府支出の赤字は続く

図4に示すように日本は、1995年以降企業収支の黒字が続き、家計部門も黒字です。そのため、政府は多額の財政支出をして大幅な赤字を出してバランスを維持してきました。今後も企業が投資をしないで黒字を継続し、家計も支出を減らして貯蓄を増やそうとすれば、需要不足が続き経済は低迷します。そのため政府はさらに支出を増やして経済を支えようとします。

しかしいずれ家計の貯蓄率は頭打ちになり減少します。そうなれば国際収支が赤字になる可能性があります。これにより円安になれば、海外への資本逃避が起きる危険性があります。資本逃避が起きれば急激な円安が起きて物価が上昇し、インフレになります。
 

前出の岩村教授の物価水準の財政理論 FTPL(Fiscal Theory of Price Level)では

財政政策が豊かさをもたらすには、この分母が拡大しなければなりません。財政政策で支出しても富を増やさなければインフレになります。そしてハイパーインフレは分母が限りなくゼロに近づくことです。
 

対外債務のある国はできない

日本は巨額の対外純資産を持ち、対外債務の多くは自国通貨建てです。そのため海外の投資家のことを気にする必要はありません。

しかし対外債務の多い国は海外からの投資も多くあります。海外投資家はリスクが高まった時の逃げ足が速いので注意が必要です。財政政策を続けて政府債務が巨額になれば、デフォルトのリスクが高まります。そして何かをきっかけに海外投資家が逃げ出します。この時、その国の通貨をドルに替えます。これによりドル高と自国通貨安が起きて、輸入価格が急上昇しひどいインフレになります。また海外のドル建て債務を返済するためには自国通貨をドルに替えなければなりません。そこでドルが値上がりすると、さらに負担が大きくなります。
 

経済学理論への素朴な疑問

経済学の理論では、貨幣供給量の増加や財政支出は実体経済へ反映されることになっています。しかし金融経済は実体経済のおよそ100倍の規模があります。つまり市中にいくらお金を増やしても、実体経済の貨幣需要が弱ければ金融経済に吸収されてしまいます。

実際1990年代アメリカの不況対策として市中に増えたお金が2000年のITバブルを引き起こしまた。そして2000年のITバブル崩壊後の景気対策のお金が次のバブルを引き起こしリーマンショックが起きました。

金融経済は図14のようにレバレッジがかかっているため、少ないお金で多額の資金を運用します。運用がうまくいっている間は金融市場全体が大きな収益を生み実体経済にも反映されます。しかし資金運用で収益が得られるのはファンドや富裕層に限られます。高額品の消費は増えても消費全体を底上げするには至りません。その結果、実体経済では企業の設備投資や賃上げは低調で乗数効果は限定的です。

図14 金融経済と実体経済
図14 金融経済と実体経済

一方、金融市場の拡大は、ある種のバブルです。いつか崩壊します。そして実体経済への資金供給を弱まらせて失業や倒産を引き起こします。失業や倒産を防ぐため政府はさらに財政支出を行い、これが次のバブルの予兆になります。

そう考えるとMMT派、従来の経済学者も、経済政策の効果は金融市場も含めて評価すべきです。さらに財政政策や金融政策が効果を出すためには肥大化した金融市場も何とかすべきであると思うのですが。
 

実際、財政政策にしても金融政策にしても政府が動かせる市場は限られ、実体経済の一部であり、市中のお金の一部です。
もし実体経済が大きく落ち込めば、財政政策や金融政策は実体経済を変えるほどの力はありません。

実体経済は過去から現在まで同じではありません。常に構造的な変化を起こし、それにより生産と消費活動が変わり、企業収益や賃金、消費に影響を与えます。

図15 実体経済の変化と財政・金融政策
図15 実体経済の変化と財政・金融政策

経済学は実体経済のこうした構造変化は無視して、結果として生じるお金というマクロ的な指標を財政政策や金融政策で変えようとしているのではないでしょうか。

原因に手をつけず、結果だけを変えようと途中過程のパラメーターだけを調整しているのではないでしょうか。

そもそも財政政策や金融政策は不況と好況(インフレ)に対する処方箋です。日本はこの失われた25年の間、好景気もありました。ところが25年間財政支出を拡大し続けています。

図16 景気循環
図16 景気循環

経済学の理論は短期的な景気対策であり、長期的な成長不足の問題は別の処方箋が必要なはずです。それには実体経済の構造的な問題は避けて通れません。ケインズが見ていた頃の実体経済と現在の実体経済の構造は同じでしょうか。

これに関して、社会の構造変化を指摘した経済学者にトマ・ピケティ氏がいます。お金が金融市場に流れる原因は、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で指摘した
「g<r という不都合な真実」
です。これは
経済成長率(g) < 資本収益率(r)
というものです。資産運用で得る利益の方が、実体経済で得る利益より大きいことを示しています。そのため富裕層はより豊かに、貧困層はより貧しくなり格差が拡大します。

また「g<r 」であれば、実体経済に投資するよりも金融市場に投資した方がより高い利益が得られます。
 

実際、これまでの歴史の中で、「g>r」だった期間は1900年から2000年の100年でした。それ以前は「g<r 」のため、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるという格差が拡大する時代でした。そして2000年以降は再びgとrが逆転しました。このgとrの関係と財政政策、金融政策の効果を図17に示します。

図17  gとrの関係と財政政策、金融政策の効果
図17  gとrの関係と財政政策、金融政策の効果


 

以上、2回に分けてMMTの特徴と賛成派、反対派の意見をまとめました。

これまで見てきたようにMMTの基本的な考え方は、主流派経済学とはかなり異なっています。

しかし実際の貨幣現象の説明や提言は、現在各国で取り組んでいることと大きな違いはありません。そして景気回復が弱ければ、財政支出を続けるべきとしています。しかし財政支出を際限なく続ければ、どうなるかは明言しません。「そんなことは起きるはずがない」としています。

しかしリーマンショックは「確率的には起きるはずがない」ことが起きたのですが…
 

MMTを理解する上で必要な経済学用語の解説は、政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1の最後にあります。
 

参考文献

「MMTのポイントがよくわかる本」中野 明 著 秀和システム
「MMT『現代貨幣理論』がよくわかる本」望月 慎 著 秀和システム
「MMTによる令和『新』経済論」藤井 聡 著 晶文社
「国家・企業・通貨」岩村 充 著 新潮社
「MMT 現代貨幣理論入門」L・ランダル・レイ 著 東洋経済新報社
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/8558.html/feed 0
政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1 https://ilink-corp.co.jp/8349.html https://ilink-corp.co.jp/8349.html#respond Thu, 09 Feb 2023 14:09:54 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8349
【コラムの概要】

現代貨幣理論(MMT)は、自国通貨を発行できる政府は財政赤字を増やしても破綻せず、インフレにならない限り積極的に財政支出すべきだと主張する。従来の経済学とは異なり、税は財源でなく通貨流通の仕組みと考える。賛成派は就業保証プログラムなどを提唱する一方、反対派は理論の脆弱性を指摘し、激しい議論が続いている。

 

日本の財政赤字は約1200兆円、GDPの2倍以上になり先進国の中では突出した金額です。

その一方で、日本はアベノミクスによる異次元の金融緩和を行ってもデフレを解消できず、2%のインフレ目標はいまだに達成できていません。(執筆時2022年)

それもあって「積極的な財政支出」を求める政治家もいます。そのような背景から2021年11月、政府は18歳以下に一人10万円の支給を検討しました。

財源は大丈夫でしょうか。

これに対し、ニューヨーク州立大ステファニー・ケルトン教授は
国(もしくは政府、以降政府)が
「自国通貨建ての借金(国債)をいくら増やしても財政は破綻(はたん)しないし、ハイパーインフレにならないように制御も可能」

なので、「経済成長が不足であれば政府は借金を増やしてでも積極的に財政出動すべき」

と主張しました。

彼女の理論「現代貨幣理論 (Modern Monetary Theory : MMT) 」は従来の経済学の常識とは大きく異なり、主流派経済学者からは激しい反発を受けています。

果たしてMMTは正しいのでしょうか?

政務債務の対GDP比が先進国中最悪の日本は、将来問題ないのでしょうか。

MMTの賛成派と反対派の意見をまとめました。
 

MMTとは?

現代貨幣理論の代表的な主張をまとめると、以下の3つのことがあげられます。

  • 自国通貨を発行できる政府は、財政赤字を拡大しても債務不履行にはならない
  • だから財政赤字でも政府はインフレが起きない範囲で財政支出を行うべき
  • なぜなら税は財源ではない。通貨を流通させる仕組みだからである

このMMTの主張を図1にまとめました。
 

図1 MMTの主な主張
図1 MMTの主な主張

MMTは、「税は政府の収入」という従来の考えを覆しました。そして「財政赤字を拡大しても債務不履行になることはないから、財政支出を拡大し景気を浮揚させるべき」と、従来とは全く異なる考えを主張し、大きな話題になりました。

アメリカでは、民主党の大統領候補サンダース上院議員や下院議員のオカシオ・コルテス氏がMMTを強く支持し、そこから広く知られました。日本の政界では、西田昌司参院議員(自民党)などが、早くからMMTを取り上げました。

MMTが大きな議論を巻き起こしたのは、貨幣や負債について、従来とは異なった新たな考えを示したこと、そして従来の経済学(新古典派)が提言してきた政策の矛盾点を突いたことです。さらに雇用や政策についても新たな提言をしました。

一方、経済理論としてMMTの主張には脆弱な点もあります。その点を反対派から批判されています。

注) MMTとリフレ派
MMT、リフレ派と積極財政派は、現在の日本の財政が危機的な状況でないという見解は同じですが、以下の主張が異なっています。

  • リフレ派 財政政策に否定的、量的緩和(金融政策)を主張
  • MMT  金融政策に否定的、総需要拡大でなく的を絞った財政政策を主張
  • 積極財政派 金融政策に否定的、総需要拡大を目指す財政政策を主張


 

現金通貨の理解

《租税貨幣論》

なぜ、ただの紙切れの貨幣に価値があるのでしょうか。

MMTは、「貨幣とは政府が国民・企業に渡す債務証書」と考えます。政府は、国民・企業から財やサービスを購入し、その対価として貨幣(債務証書)を渡します。国民・企業は、納税として一定額の貨幣(債務証書)を政府に渡します。

貨幣は借用証書なので、先に納税する必要はありません。政府が先に支出して、国民・企業に貨幣(借用証書)を渡し、後から納税してもらえばよいのです。これをスペンディングファーストと呼びます。

つまり、これまで考えられていたように、政府が支出をする際、税金を財源とする必要はありません。
必要なときに必要なだけ、お金を刷ればよいのです。
貨幣の発行に税収が必要ないことは、FRBのバーナンキ議長も認めています。以下はバーナンキ議長の発言です。

「税金で集めたお金ではありません。(中略) 銀行に貸出をするために、私たちはコンピューターを使って、銀行がFRBに持っている口座の残高を書き換えているだけです。」

図2 貨幣を動かす手段
図2 貨幣を動かす手段

だからといってMMTは、税は必要ない(無税)とは言っていません。税には以下の役割があるからです。

  • 物価の自動調整

税率を変えることで、物価が調整できます。

  • 悪い行動の抑制(CO2排出、公害、喫煙)

CO2排出、公害、喫煙など社会に対しマイナスの行動を、法律で罰する代わりに、税率を高めることで抑制できます。

  • 富の再配分

所得税の累進税率などで、富裕層から貧困層に富を再分配します。

  • 政府のコストの直接賦課

道路整備のためのガソリン税のように、特定の目的に応じて税を徴収しコストを使用者に負担させます

一方、MMTは、社会にマイナスの影響をもたらす租税を「悪税」と呼び、反対しています。

  • 生活水準の引き上げに逆行
  • 逆進性 (低所得者ほど厳しい)
  • 現在の税制は景気に連動しない → インフレ率連動型消費税を提言

 

実は、お金の実体は紙幣ではありません。

日本のマネーストックM2は約1,000兆円ですが、紙幣や硬貨などの「お金」は100兆円に過ぎません。他の900兆円は、銀行預金などコンピューター上の数字です。そして企業間の支払いとは、実体はA社の銀行口座からB社の銀行口座に、数字を移動することです。

つまり元手(紙幣)は必要ありません。

同様に政府(中央銀行)がお金を発行する場合、A銀行の日銀当座預金口座に数字を書き込むだけです。これを
「万年筆マネー (キースロークマネー) 」
と呼びます。

貨幣は、政府の債務証書なので、民間部門が黒字になり貨幣を蓄積すれば、政府は赤字になります。従って財政赤字は決して悪いことでなく
「デフレ下では、政府の財政は持続的に赤字に偏らなければならない」
とMMTは考えます。

図3 民間と政府の赤字
図3 民間と政府の赤字

逆にインフレになれば、税収を増やして政府の財政を黒字にします。そこでMMTは、

国内民間部門収支 + 政府部門収支 + 海外部門収支 = 0

と考えます。これは以下のように表すことができます。

(貯蓄-投資) + (租税-政府購入) + (輸入-輸出) = 0
 

実際、日本は図4に示すように1995年以降、企業と家計収支は黒字、海外部門(経常収支)も黒字です。これと対比して政府は赤字です。

好景気になって民間借入支出が増えれば、政府部門は黒字になります。好景気で民間借入支出が増えれば、後述の信用創造により「結果として」貨幣量が増えます。不景気になって民間借入支出が減れば「結果として」貨幣量が減少します。そして徴税により貨幣は消滅します。

従来は「貨幣量が増えたら好景気、貨幣量が減ったら不景気」と考え、不景気には貨幣量を増やせばよいと考えました。これは因果関係が逆です。

図4 政府、家計、民間の収支の推移
図4 政府、家計、民間の収支の推移

この「国、銀行、企業・家計」の債務は、図5のようなピラミッド構造になっています。

図5 負債ピラミッド
図5 負債ピラミッド

企業がお金を借りて、そのお金を使えば、そのお金がさらにお金を生むのです。これが信用創造です。

銀行は元手がなくても、借り手の口座に数字を書き込むことで、お金を生むことができます。そこで必要なのは、誰かの借入です。借入があればお金を創造できます。そしてマネーストックが拡大します。

例えば、誰かが銀行に100万円預金すれば、銀行は準備預金10万円(なくても可、その場合、日銀から借りる銀行与信を利用)を引いた残り90万円を企業A社に貸出します。

90万円を借りたA社は、物品をB社から購入します。そしてB社に代金90万円支払います。

その結果、B社の口座に90万円が書き込まれ、銀行は、この90万円から準備預金9万円を引いた81万円をC社に貸し出します。

これを繰り返すことで
100万円の預金は何倍ものお金を生みます。
これを信用創造と言います。

ただしBIS規制があるため、国際取引をする銀行は、8%以上の自己資本比率がです。国内取引のみの銀行でも、金融庁の規制により自己資本比率4%以上が必要です。

一方、政府が国債を発行して民間に直接投資しても、同様に民間企業の預金口座残高が増加し、信用創造によりマネーストックが拡大します。

図6 信用創造1
図6 信用創造1
図7 銀行の仕組み
図7 銀行の仕組み
図8 信用創造2
図8 信用創造2

MMT派は、積極的に財政支出をするために
中央銀行が国債を直接購入する財政ファイナンスでも構わない
と考えます。(財政ファイナンスは日本では財政法で原則禁止)

財政ファイナンスで政府が発行した国債を中央銀行が直接買い取るのなら国債も不要です。

そこで図9のように政府と中央銀行は統合できると考えます。
(ただし、現在は国債には金利を調整する役割もあります。中央銀行が国債の売買することで(売りオペ、買いオペ)金利を操作しています。)

図9 政府と中央銀行の統合
図9 政府と中央銀行の統合

機能的財政論

これまで
「日本は、政府が赤字になっても民間が貯蓄超過、貿易収支が黒字のため、財政破綻しない」
と考えられていました。しかしMMTは
「主権通貨国は、どれだけ財政赤字になっても、自国通貨建ての債務に関してデフォルトすることはない」
と主張します。

実は「国債がデフォルトしない」
ことは財務省も認めています。

外国の債権格付け会社3社が日本国債の評価を下げた際に、財務省は「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」という公式意見書を格付け会社に送っているのです。

なぜ国債がデフォルトしないのでしょうか。

それは日本など主権通貨国は、国債の返済期限が来た時にお金が足りなければ、自らお金を刷ればよいからです。しかし発展途上国で自国通貨の信用が低い国は、米ドルとの連動制(為替相場を固定)を取っています。そのため自国通貨を発行するには、発行する金額と同等の米ドル(外貨)が必要です。そのため自由に通貨を発行できないのです。

以上のことからMMTは、赤字国債発行を伴う財政支出を
「税収が多いか少ないか」、「累積財政赤字が多い少ないか」
で判断するのは間違っていると考えます。

財政支出は
「不況かインフレか」、「完全雇用か不完全雇用か」
で判断すべきと考えます。
 

《インフレ率を基準に財政支出》
MMTでは、
「経済が停滞すれば財政支出を増加させて政府が自ら需要をつくるべき」
と考えます。その場合の政府支出(財政赤字)は、少なくとも
「経済が停滞してしまう程度以上」
として、上限は
「過剰インフレにならない程度」
までとします。その基準は
インフレ率
です。

従来の経済学(新古典派)は、景気対策は金融政策を主とし、財政政策の効果は否定していました。従来は経済が過熱すれば、インフレを抑えるために金利を引き上げます。しかしMMTは、金利を引き上げれば政府の利払い費も上昇するため、民間への資金供給も増えます。そしてインフレを高めてしまうと考えます。

そのためインフレ率を引き下げるには、金利より「消費税増税、国債発行減少、政府支出減少」により、直接需要を冷やすべきと考えます。言い換えれば、増税や政府支出減少で市中のお金を政府が回収することです。そして市中の貨幣循環量を調整します。

一方
「インフレが怖いからデフレの方がまし」
という意見もあります。しかし、自国のデフレを放置すれば、世界の中でその国は相対的に貧しくなってしまいます。 (日本がまさにそうです。) MMTは、政府の累積赤字や現在の財政状態にかかわらず、不況であれば赤字国債を発行して財政支出を拡大し、デフレを防ぐべきと考えます。
 

《自動調整機構を組み込む》
しかし政府が景気の動向を見て財政支出の拡大や縮小を決定するという裁量的な政策は、以下のような問題がありました。

  • 後手に回りがち
  • 必要な層に届きづらい
  • 規模が不適切になりがち

そのためうまくいっているとは言い難い状況です。
 

そこで政府は景気の変動にかかわらず、社会が必要する支出を継続して行い、インフレ率の調整は、
経済の状況に応じて自動的に変化する調整機構(ビルトインスタビライザー)
を組み込みます。

このビルトインスタビライザーとは、具体的には、
高額所得者の税率を引き上げ、低額所得者の税率を引き下げて「所得税の累進性」を高くします。
累進性が高ければ、デフレで所得が下がれば税率も下がり、結果的に減税になります。減税になれば、人々の可処分所得が増えます。これは貨幣循環量を増大させ景気が刺激されます。

インフレになれば所得が増えるので所得税の税率が上がり、結果的に増税されます。貨幣循環量は減少し、景気が沈静化します。法人税も景気によって、0~20%自動的に変化するような制度にして、景気によって税率を変化させます。
 

MMT学派の政策提言

主流派経済学(新古典派)では、不況で景気を刺激するために財政支出を行えば、政府支出が増大することでハイパーインフレの恐れがあると考えます。そこで不況の際は金融政策で金利を下げて貨幣供給量を増やし、景気を刺激すべきだと考えます。

現実には、日本をはじめとする先進国は、金利をゼロにしても投資や消費は伸びません。(流動性の罠) ケインズは、不況の時は金融政策よりも財政政策を取るべきで、政府が積極的に公共事業に投資すれば景気を刺激できると主張しました。

この主流派経済学、ケインズ派、MMTの考え方の違いを図10に示します。

図10 MMTのポジショニング
図10 MMTのポジショニング

日本は、1995年以降政策金利はゼロです。(ゼロ金利政策)

それにも関わらずマネタリーベースは増えず、GDPの伸びも停滞しています。そこで2000年以降は財政支出を拡大しました。

実はアメリカや中国などの財政支出の伸び率は日本よりも高いのです。そして財政支出の伸び率とGDPの伸び率には明らかな相関がみられます。

ケインズが指摘するは資本主義の根本的欠陥は

  • 慢性的な失業
  • 過度の不平等

です。

ワシントン大学の経済学部教授ハイマン・ミンスキーは、これに

  • 不安定性

を加えました。

図11 MMT派の指摘する金利政策の問題
図11 MMT派の指摘する金利政策の問題

こういった資本主義の根本的な欠陥を解決するために、MMTでは様々な政策提言を行っています。
 

財政支出とインフレの調整

これまでは赤字国債を大量に発行すれば、急激なインフレ(ハイパーインフレ)が起きると考えられていました。さらに過大な支出のため税収が不足すれば、将来増税して回収しなければならないと考えていました。

それは、政府が税収以上に支出するのは、今貯蓄している人のお金や金融資産を将来はく奪することになるからです。しかしMMTでは、これは最初の仮定が正しくないと考えます。
累積赤字が過度に大きいのなら現時点ですでにインフレになっているはず
だからです。
そこで緊縮財政を行えば、経済全体への投資不足が負の遺産となって、将来にマイナスの影響を与えます。だからMMTは「税収」でなく「インフレ率」に基づいて財政支出を調整すべきだと考えます。
 

就業賃金保証プログラム

一方、財政政策は的を絞って支出をすべきです。(ワイズスペンディング)
例えば
ジョブギャランティ(就業保証)で完全雇用を実現する
のが理想と言えるでしょう。

MMT派のビル・ミッチェル氏は、市場経済下で自ずと調整される失業率「自然失業率」について、
「失業は個人の問題ではなく、政府や会社といった組織の方策の失敗が影響している」
と主張します。そして物価の安定とともに完全雇用の回復は実行可能であり、財政拡大主義に基づいてジョブギャランティを行えば完全雇用は実現できることを示唆しています。

図12 ジョブギャランティ
図12 ジョブギャランティ

ビル・ミッチェル氏のジョブギャランティは、オーストラリアの羊毛管理制度にヒントにした「労働力のバッファ・ストック」という考えです。オーストラリアは、羊毛が市場で過剰になった場合、政府が際限なく羊毛を買い取りストックします。そして市場で羊毛が不足すれば、政府は羊毛を市場に放出して価格の安定化を図ります。

同様にジョブギャランティは、不況の場合は政府が失業者に仕事を出して労働力をストックします。好況になれば、民間部門がジョブギャランティ以上の賃金で雇用するようになります。そのため労働者は政府から民間部門へ自然に移動します。こうすることで景気対策と同時に、失業によって労働者の意欲やスキルが低下したり、労働力が陳腐化したりすることを防ぎます。

現在行われている景気浮揚を目的とした財政政策は、必ずしも雇用の増加につながっていません。場合によっては格差の拡大や不平等なインフレの原因になります。ジョブギャランティは、ベストではありませんが、下記の最低限の対策はできます。

  • 失業しても労働者の生活の最低水準の底抜けを防ぐ
  • 非自発的失業者を迅速に救済する
  • 労働力の一時保全と復帰を支える

 

《ベーシックインカムとジョブギャランティ》
ベーシックインカムとは、最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して一定の現金を支給する政策です。これに対しビル・ミッチェル氏は以下の反対意見を述べています。

  • 政府が失業や完全雇用保証に対し責任を持たなくなる
  • 自動的な経済調整機構がない
  • インフレ発生時に失業を増やして物価下降圧力をかけるという現在の問題点が放置される
  • 失業しても生活できることで雇用による社会的アイデンティティや自尊心、社会的ネットワークが得られない

ベーシックインカムが生活保障のみに焦点を当て、労働と収入を切り離すのに対し、ジョブギャランティは労働を必須とすることで「価値ある仕事とは何か」「生産性のある仕事とは何か」を問い直すものといえるでしょう。
 

日本への提言

日本は2014年の消費税増税、財政支出削減という緊縮財政により、貨幣供給量が減少しデフレが加速しました。MMT推進派の京都大学大学院教授 藤井聡氏によれば「日本は今の政策を反転すべき」と言います。

  • 反・緊縮
  • 反・グローバル化
  • 反・構造改革

まずプライマリーバランスの目標を撤廃し、消費税を減税して貨幣供給量を増やします。さらに積極的な財政政策で需要を拡大します。

段階的な法人税の強化(累進課税)でビルトインスタビライザーを構築します。外国人の流入を規制し、財政支出で政府が支出したお金を外国人労働者が海外に持ち去るのを防ぎます。同様に資本の海外への移動を規制します。
 

では、このMMTに対し、どのような反対意見があるのでしょうか?

これについては、「政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その2」でお伝えします。

経済学用語の解説

ここでは、MMTの理解に必要な経済学用語の説明を述べます。
 

モズラーの名刺説

お金持ちのモズラー氏は、三人の子どもたちに手伝いをさせるため、皿洗いや庭の掃き掃除などの手伝いをしたら、名刺をあげることにしました。さらに「名刺を納めないとこの家から追い出すぞ」と脅して、月末にその名刺を30枚渡すことを義務付けました。その結果、子供たちは手伝いをするようになりました。子供にとって何の価値もない名刺が、月末に30枚渡す義務が生じたことで、価値あるものに変わりました。

図18 モズラーの名刺説
図18 モズラーの名刺説

同様に政府は、公共事業など政府支出を先に行い、その後、徴税します。ただの紙切れの貨幣に価値があるのは、貨幣で納税しなければならないからです。
 

信用創造

「信用創造」とは、銀行が、預金を元手に貸付をして見かけ上の預金を増やして、さらに貸付を行うことです。銀行は預かったお金から、現金を引き出すお客さんに備え一定額(準備預金)を残して、残りを別の顧客に貸付します。そのお金を相手の口座に入金することで口座預金は増えます。

図19 信用創造 その1
図19 信用創造 その1
図20 信用創造 その2
図20 信用創造 その2

新たに増えた預金から準備預金を除いた額が貸付されます。

図21 信用創造 その3

図21 信用創造

これが繰り返されて、元の預金の何倍もの貸付が行われます。
(準備預金をどのくらいにするかは、日本銀行によって決められます。)
 

乗数効果

需要を増加させたときに、増加させた額よりも国民所得がより多く増えることです。

企業や政府が投資を増やす → 国民所得が増加する → 消費が増える → 国民所得が増える → さらに消費が増える・・・
という効果を意味します。

家計の可処分所得が1単位(たとえば1万円)増加したとき、β(限界消費性向)を消費し、(1-β)を貯蓄したとします。(0≦β≦1)。
(ここで1-βは限界貯蓄性向)

全家計の可処分所得の合計がX円増加すると、家計はβX円だけ消費に回します。βX円は企業の収入となり、給料として再び各家計に入ります。すると家計はこのβX円のβ割のβ2X円を消費に回します。β2X円は企業経由で再び家計に入り、家計はそのβ割にあたるβ3X円を消費に回します。これが繰り返され総消費は以下の式に表されます。

すなわち、最初に行われた投資Xの1/(1-β)倍分だけ消費が拡大します。
例えば
β=0.9  1/(1-β)=10
10倍消費が拡大します。 1/(1-β)(=10)が乗数であるため、乗数効果と呼ばれます。
 

マネーストックとマネタリーベース

  • マネーストック

日本銀行を含む金融機関全体から供給される通貨の総量で、企業、個人などが保有する通貨量の残高「通貨残高」。

  • マネタリーベース

「日銀が供給する通貨の総量」です。具体的には、市中に出回っている流通現金(日本銀行券発行高と貨幣流通高、つまりお札と硬貨)と、日銀当座預金(民間銀行が日銀に保有している当座預金)の合計値。
マネタリーベース=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」

  • 信用乗数

マネタリーベースに対するマネーストックの比率を表すことができます。

マネーストック=信用乗数×マネタリーベース
この式から「日銀がマネタリーベースを増やせば、その信用乗数倍マネーストックが増える」、つまり「日銀が銀行への資金供給を増やせば、銀行から企業への融資も増える」と示されます。
 

財政ファイナンス

中央銀行(日本では日銀)が、政府発行の国債を直接引き受ける(買う)ことです。日本の法律では、借換債を除き財政ファイナンスは原則禁止されています。アベノミクスの量的緩和は、民間銀行が保有する国債を日銀が直接引き受けるもので、これは間接的な財政ファイナンスとなります。
 

流動性の罠

金融緩和により金利が一定水準以下に低下した時、投機的動機のため貨幣需要が無限大になり、金融政策が効力を失うことです。つまり金利水準が極めて低ければ、金融緩和を行っても景気は回復しません。

金融緩和を行うと金利が低下して民間投資や消費が増加します。しかし、金利がゼロ%近くまで低下すると、消費や投資よりも貨幣保有が選好されます。そのため、銀行に資金が滞留して企業や個人に資金が流れず、設備投資や個人消費が増えません。こうなると利下げによる景気刺激策は効果がなく、量的緩和やマイナス金利、大規模な財政政策などが発動されます。

縦軸を利子率、横軸を国民所得とし、財市場と貨幣市場の均衡を分析する「IS-LMモデル」では、「流動性の罠」はLM曲線が利子率の下限で水平となる状態です。この時、金融政策は均衡点の国民所得を変化させることができません。財政政策は水平となったLM曲線上でIS曲線を右に動かすため、均衡点の国民所得は増大します。

不況で金利が低くなれば、自由に使えるお金を手許に置きたい流動性選好が大きくなり、リスクを背負って投資に回そうとは考えなくなります。

図22 金融緩和後のIS-LMグラフ
図22 金融緩和後のIS-LMグラフ

ケインズは不況のときには、有効需要(消費+投資+政府支出+純輸出)の中で企業の投資Iがいちばん落ち込むため、それを回復させるには金融緩和でマネーの量を増やして金利を下げて、利子率が利潤率より低くするべきと提言しています。これにより投資のハードルが下がります。

図23 金利と投資
図23 金利と投資

それでも流動性選好が強く投資が増えないときは、財政赤字になってでも政府支出で有効需要を増大させるべきとケインズは説いています。金融政策でマネタリーベースを量的緩和で増やしても、企業が銀行からお金を借りようとしないため、市中に供給されず無駄に積みあがる(ブタ積みになる)だけだからです。

ただし財政政策で直接市中にお金を供給しても、企業の投資が増えず、お金が循環しないという可能性もあります。

図24 流動性の罠に陥った時のIS-LM
図24 流動性の罠に陥った時のIS-LM

ニューケインジアンのポール・クルーグマンは、ただ単純な金融緩和や財政出動をやるのではなく、インフレ予想や、中央銀行が長期に渡って金利を抑え込むコミットメントが必要と言っています。
 

リカードの中立命題(等価定理)

財政赤字の穴埋めに公債の発行が増えた場合、その負担は将来の増税になると考えられます。公債の利子率と民間資金の割引率が同じであれば、生涯所得は変わりません。そのため人々は、将来の増税を見越して現在の消費を少なくします。これは現在世代が将来の税負担と同じ効果を、節約という形で行うことです。従って将来世代の負担が重くなるということはありません。

このリカードの中立命題は、全ての人間は常に経済合理性のみに従って動くという合理的期待形成仮説をもとに立てられています。現実に人々がそのように動くとは限らず、人々が将来の増税に備えることなく減税分を消費に回してしまう可能性もあります。経済学者の浜田宏一氏は「誰もが子や孫を持っているわけではないし、国民全員が子や孫の事を考えて合理的に行動するとは限らない」と述べています。
 

合理的期待形成仮説 (合理的期待仮説)

「人々が利用可能なあらゆる情報を用いて合理的に予想するとき,期待値に関しては正しい予想ができる」という前提に立つ学説です。1970年代米国ではケインジアンの財政金融政策に対し、「人々は政府この説は前提として「人々は皆市場についての正確な知識をもっている」としていて、これは現実から乖離していると批判されています。
 

自然利子率

景気が緩和状態でも引き締められた状態でもない中立状態での実質利子率のことを「自然利子率」と呼びます。実質利子率は中長期的には潜在的成長利率に類似します。つまり金利がお金の利子率に対し、自然利子率はモノ(物価)の利子率です。例えば10年後にはガソリンの供給量が現在の2倍になっていると人々が予想すれば、現在ガソリン1リットルを使う権利は10年後のガソリン2リットルを使う権利に相当します。この現在と将来のモノの交換比率が自然利子率です。

図25 自然利子率の推計例(引用元 日銀HP)
図25 自然利子率の推計例(引用元 日銀HP)

金融政策が景気を過熱するか冷やすかは、金利を自然利子率より低くするか、高くするかで決まります。自然利子率の低下はデフレ下の日本で1990年から低下し、その後は回復していません。これはデフレの日本固有の減少と思われていましたが、2010年代のアメリカでも発生しました。今では先進国に共通する現象です。
 

基軸通貨

「主たる国際通貨」の意味ですが明確な定義はありません。この国際通貨とは、国際的な取引・決済に使われる通貨のことで、現在、基軸通貨はドルです。海外との取引(外国為替)で問題となるなのは、為替レートの変動です。企業は先物予約などを使って、そのリスクをヘッジします。しかし国際通貨・基軸通貨は自国の通貨がそのまま使えるため(為替変動リスクがゼロ)、リスクヘッジの必要がありません。

基軸通貨の最大のメリットは、貿易赤字でも自国通貨で払えることです。手持ちの外貨がなくても新たにお金を刷ればよいのです。
貿易黒字で生まれた外貨は、現金のままでは価値が低下するため、その国の国債に替えます。アメリカに対し多額の貿易黒字がある中国は、ドルと米国債を約4兆ドル保有しています。このドルが基軸通貨のアメリカのメリットには、以下のようなものがあります。

  • ドル以外の資産(外貨など)で対外債務を決済する必要がない
  • ドル建てで経常収支赤字の支払いができる
  • 世界に対して低利で対外債務を拡大できる
  • 政府は米財務省証券の発行によって低利で対外借り入れができる
  • 金融機関はドルが国際通貨として利用されるため国際的に優位である(建値通貨に関わるレント)

 

参考文献

「MMTのポイントがよくわかる本」中野 明 著 秀和システム
「MMT『現代貨幣理論』がよくわかる本」望月 慎 著 秀和システム
「MMTによる令和『新』経済論」藤井 聡 著 晶文社
「国家・企業・通貨」岩村 充 著 新潮社
「MMT 現代貨幣理論入門」L・ランダル・レイ 著 東洋経済新報社
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/8349.html/feed 0
世界恐慌 ~金融危機と通貨危機の同時連鎖はなぜ起こったのか?~ https://ilink-corp.co.jp/7448.html https://ilink-corp.co.jp/7448.html#respond Thu, 10 Feb 2022 02:10:04 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=7448
【コラムの概要】

第一次世界大戦後の金本位制と弱い中央銀行が背景となり、ドイツのハイパーインフレ、米国のバブル崩壊、連鎖する銀行破綻が世界中に波及。適切な金融政策が不在の中、信用収縮と失業が深刻化し、未曾有の経済危機となりました。

リーマンショックは100年に一度の不況と言われ、今回のコロナ不況は1920年代の世界恐慌に匹敵するともいわれています。

では、あの時の世界恐慌とはどんなものだったのでしょうか?歴史を遡って考えました。
 

時代背景1 金本位制

現在、我々が使用しているお金、つまり通貨は政府がその信用を保証しています。信用がなければただの紙切れにすぎません。20世紀初頭、「金本位制」では通貨の価値は金の価値と結びついていました。政府が発行した通貨の価値は「金に対していくら」と決められ、誰でも紙幣を金と交換してもらうことができました。
 

経済の弱い国でも自国通貨に十分な信用

この金本位制をとることで、経済力の低い弱小国の通貨でも十分な信用を得て他国との取引を行うことができました。

ただし金本位制では自国の政府が必要な通貨を発行するのに十分な金を持っている必要があります。ただ発行する通貨の総額の金を保有する必要はなく、例えばアメリカの金の準備高は発行する通貨の総額の40%以上と決められていました。イングランド銀行では7,500万ドルを超えて発行する紙幣は同量の金の準備が必要でした。
 

通貨発行高の40%の金が必要

表1 世界恐慌前後の各国貨幣用金の分布状況の推移   単位 100万ドル
表1 世界恐慌前後の各国貨幣用金の分布状況の推移   単位 100万ドル

金本位制の元では、世界中で発行できる通貨の総額は世界中の金の量で決まってしまいます。幸いなことに20世紀は世界で金の採掘量が増加し、経済規模の拡大に見合った通貨が発行できました。

金の流出とは中央銀行の金庫にある金の持ち主が変わるだけ

金本位制では海外との取引で支払いが超過になれば自国の金が流出します。ただ流出といっても金自体がイギリスからアメリカに移動するわけではありません。イギリスの中央銀行の金庫には、イギリスの保有する金、アメリカの保有する金などがあります。イギリスからアメリカに支払えば、金庫にあるイギリスの金の一部がアメリカの金の置き場に移動するだけです。
 

紙幣の価値は金の裏付けが必要という常識

金本位制では各国の通貨の価値は金との交換比率で決まります。従って各国の通貨間の交換レートも固定されます。つまり為替レートは固定相場制です。

太古から貨幣といえば金であり、紙幣であっても金の裏付けがあることが当時の人々の常識でした。この時代、通貨の発行量は金の準備高で制限されているためインフレになることはなく、逆に通貨の不足による物価の下落、デフレが起きやすい状態でした。
 

時代背景2 弱い中央銀行

現在、各国の中央銀行は通貨の信用と金利を管理し、国の経済を決定する非常に重要な機関です。さらに政治家の思惑により自国の経済を混乱することがないように政治に対する独立性が保たれています。しかし世界恐慌前の1920年の時点では、各国の中央銀行は民間の銀行でした。
 

中央銀行は民間の銀行!

アメリカの中央銀行ニューヨーク連邦準備銀行は12行ある連邦準備銀行の一つにすぎず、これを管轄する連邦準備制度理事会(FRB)の指揮下にありました。第一次世界大戦後から世界恐慌までの間アメリカの金融政策の中心を担ったベンジャミン・ストロングはニューヨーク連邦準備銀行の総裁でした。

ドイツの中央銀行はライヒスバンク(ドイツ帝国銀行)ですが、それ以外にバイエルン王国・ヴュルテンベルク王国・ザクセン王国・バーデン大公国には独自の発券銀行があり、1935年まで独自の通貨を発行ました。官僚が非常に強力なフランスではフランス銀行の幹部は銀行出身以外の官僚で占められていました。
 

発端は第一次世界大戦の戦費調達

1914年6月28日サラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されたことをきっかけに始まった第一次世界大戦はヨーロッパ全土を巻き込み、1918年11月に終結しました。戦死者992万人、戦傷者2,122万人を出した長い戦争が終了しました。(第二次世界大戦は、死者は軍人2,500万人、民間人3,700万人)
 

長引く戦争と不足するお金

当初各国の指導者は、この戦争は短期で終わると考えていました。そのため戦争が長引くにつれて不足したのが戦費でした。そこで各国とも一旦金本位制を放棄して紙幣を増刷して戦費を調達しました。さらにイギリス、フランスはアメリカから戦費を借り入れました。
 

表2 各国の戦費の調達

 戦費借入注記
430億ドル
(1,032兆円)
270億ドル
(648兆円)
110億ドル(264兆円)
仏、露に融資
300億ドル
(720兆円)
100億ドル
(240兆円)
50億ドル(120兆円)
紙幣印刷
470億ドル
(1,128兆円)
  
300億ドル
(720兆円)
 100億ドル(240兆円)
仏、英に融資

(円換算は、経済規模を考慮し200倍にし、1ドル120円で計算)

 

表2の各国の戦費を現在の貨幣価値に換算すると、第一次世界大戦の戦費が巨額なことがわかります。アメリカはイギリス、フランスに対して総額100億ドルを融資しました。イギリスは海外に110億ドルを債権がありましたが、このうちフランスに30億ドル、ロシアに25億ドルでした。しかしロシアへの融資はロシア革命により回収不能になりました。
 

戦費が不足し、金本位制から離脱

当時の各国の指導者たちは自国が戦争には勝つと考え、戦費は負けた国から賠償金としてもらえばよいと考えていました。戦争が長引くにつれて各国とも不足した戦費は紙幣を増刷して補い、フランのレートは3倍、マルクのレートは4倍と通貨安になりました。

借りたお金は負けた国に払わせればよい

数多くの人命が失われた悲惨な第一次世界大戦でしたが、ヨーロッパ西部では戦線はドイツ、ベルギー、フランスの国境線沿いに限定されていました。工業施設や社会インフラなどの物質的な破壊は限られたため、戦争終了とともに各国とも経済活動を活発に再開しました。
 

戦後のドイツで起きたハイパーインフレ

1919年1月に開催されたパリ講和会議で、ドイツの賠償金額について初めて話し合いがもたれました。しかしフランス、イギリスの主張する金額とドイツの提示する金額とで折り合いがつかず、金額についてはその後何度も話し合いが持たれました。
 

賠償金でドイツの力を削ぎたいフランス

ドイツと国境を接し度重なる戦争が起きたフランスは、ドイツに多額の賠償金を課してドイツの力を削ごうと考えました。またドイツからの賠償金によりアメリカから債務を返済する目的もあって、イギリスは賠償金を550億ドル(1,320兆円)と主張しました。当時のドイツのGDPは120億ドル(288兆円)、550億ドルはGDPの4.6倍に相当する金額でした。

1922年までにドイツは20億ドル(48兆円)を返済しました。最終的には賠償金は120億ドル(288兆円)と決定され、ドイツは毎年6~8億ドル(14~19兆円)支払うことになりました。しかしこれが決まるまでには長い時間がかかりました。
 

マルク安からマルクが大人気

巨額の対外債務を背負ったドイツは、軍人や戦争未亡人への給付金などもあって多額の財政赤字に陥りました。財政赤字を解決するためにドイツの中央銀行ライヒスバンクは紙幣を大量に印刷しました。マルクの価値はどんどん下がり、戦前は1ドル4.2マルクだったものが、1ドル65マルクになりました。

しかし規律と秩序を重んじるドイツ人のことだから、マルクの価値はどこかで元に戻ると多くの投資家は思いを買いました。マルク人気はアメリカやヨーロッパにも飛び火し、アメリカでは一般の人までもがマルク紙幣を手にしていました。
 

人々の不安からパニックになった

しかし1921年半ばには、賠償金に対するフランスの頑なな姿勢、頻発する右翼テロなど政情不安からマルクに対する不安が広がり、マルクが売られ始めました。1922年6月にラーテナウ外相が射殺されると人々はパニックになりマルクは大量に売られて急落、1ドル7,600マルクまで下がりました。

インフレは急激に加速しました。これに対してドイツの中央銀行は不足する紙幣を補うため、紙幣をさらに増刷しました。物価は3週間で1万倍に上昇、人類史上経験したことのないインフレが起きました。

図1 100兆マルク紙幣 (Wikipediaより)
図1 100兆マルク紙幣 (Wikipediaより)

未曾有のハイパーインフレ

 ドイツに住む外国人は貴族のような暮らしになり、工場や商品を持っていた資産家も裕福になりました。仕事もそこそこあるため、労働者の暮らしも悪くありませんでした。しかし公務員や年金で生活している人は極貧生活を強いられました。
 

マルクを救ったシャハト

ライヒスバンク総裁ハーフェンシュタインはジレンマに直面していました。財政赤字を埋めるには、紙幣を増刷するか、政府がお金をかき集めるかしかありません。しかし政府がお金をかき集めれば金利が上昇して、不況に陥ります。大量に失業者が出れば社会が動乱状態になり
「インフレを止めて革命の引き金を引く」
ことになりかねません。

金本位制の元で通貨政策を実施してきたハーフェンシュタイン総裁には、
金本位制を離れた時にどう通貨の発行量をコントロールすべきか
解が見つかりませんでした。

1923年に入るとドイツ経済は機能不全に陥ります。通貨が使用できないため商業決済に支障をきたして経済が低迷し、物価高のために暴動が起きました。

そんな中、1923年11月ダナートバンク取締役ヒャルマール・シャハトがライヒスバンク総裁に就きました。

図2 ヒャルマール・シャハト(Wikipediaより)
図2 ヒャルマール・シャハト(Wikipediaより)

そして新しい通貨レンテンマルクを発行しました。シャハトは交換比率を1兆ライヒスマルク=1レンテンマルクに決定しました。他にも政府の様々な財政均衡の努力もあってレンテンマルクの価値は安定し、物価も安定しました。
 

海外からの投資を呼び込み好景気に沸く

その後、マルクの価値が安定したことでドイツ経済は復調し、1926年には生産高は50%、輸出は75%増加しました。加えて1924年にはドーズプラン (後述) により2年で15億ドル(36兆円)の外貨がドイツに流れ込みました。賠償金の5億ドルを支払ってもまだ余裕があり、これらの外貨が劇場やスタジアムの建設に使われました。さらに外国人投資家からの資金もドイツに入ってきました。
 

イギリスの金本位制復活の悲願

大戦がイギリス経済に及ぼした影響

第一次世界大戦前のイギリスは世界の金融の中心地で、世界の貿易信用の2/3、長期投資の1/2がロンドン経由でした。対外投資も200億ドル(480兆円)以上ありました。
戦前イギリスは世界の金融センターでした。

しかし戦争はイギリスに大きな影を落としました。第一次世界大戦ではどの国も紙幣を増刷しインフレになりました。そこから金本位制に復帰するためには、通貨の流通量を減らさなければなりません。これは信用収縮と高金利を発生させ、その結果、不況になり失業が増大します。これを避けるには通貨を切り下げなければなりません。
 

過去の成功体験が生んだ通貨切り下げへの強い抵抗

しかし大戦前は世界の金融センターだったイギリスは、ポンドを切り下げるのに強い抵抗がありました。かつてイギリスは1821年に金本位制に復帰したことで、ポンドが世界で金に次ぐ価値を得て、イギリスが大いに発展した成功体験があったからです。

その時の経験からイギリスは金本位制への復帰に固執します。そこで1920年から財政支出を大幅に削減した均衡予算を組むと共に、金利を7%に引き上げました。ポンドの価値は戦前の1ポンド4.86ドルに近づきましたが、
その代償はとても高いものになりました。

イギリスの景気は落ち込み、失業者はその後の20年間、常に100万人を上回っていました。高いポンドはイギリス製品の国際競争力を低下させ、綿、石炭、造船などの産業は深刻な不況に陥りました。
 

金の流出

第一次世界大戦はヨーロッパ各国の金を減らし、アメリカの金保有量を大きく増加させました。その結果アメリカは世界最大の金保有国になりました。一方で金本位制に復帰したイギリスは、金不足に常に悩まされました。

図3 1913年から24年の金準備高の変化
図3 1913年から24年の金準備高の変化

金本位制の下では、以下のメカニズムで金の保有量のバランスが保たれていました。

  • ある国の金の準備高が減少すると信用収縮と金利上昇が起きます。
  • その国の購買力は低下し輸入が減少します。
  • その一方で海外からの資金が流入するため金の準備高が増加します。
  • 金の保有が増加すれば信用が拡大し購買力が増加します。
  • そして輸入が増加し金が流出して金準備高が減少します。

しかし戦争で金の多くがアメリカに集中したため、この調整機構がうまく働かなくなっていました。

また外貨が増えたフランスは1927年にポンドと金との交換を要求しました。これにより2億ドル(4.8兆円) 近くの金がイギリスから流出しました。
 

好景気のアメリカ

戦後のインフレと1921年の不況

第一次世界大戦の被害の少なかったアメリカは、戦後消費が急増し好景気に沸きました。アメリカには十分な量の金がありました。そのため経済の増大に伴い通貨の発行を増やし、その結果物価上昇(インフレ)が加速しました。

そこでインフレを抑えるために連邦準備制度は金利を7%に引き上げました。アメリカは一時的な不況に陥りました。失業者は250万人になり、物価は1921年には1/3に下落しました。
 

実体経済の成長からバブルへ

その後、ゼネラルモータース(GM)など新興企業の生産が増加し、GMの利益は1925年から1927年にかけて2倍に増えました。株式市場も活況を帯びダウは1921年の67から1925年には150と大幅に伸びました。不動産投資も活発に行われ、フロリダの不動産価格は25万ドルから500万ドルと20倍に跳ね上がりました。この1925年の好景気はクーリッジ景気と呼ばれます。

信用取引の増加により株式市場が大幅に拡大

実体経済の成長に伴い株式市場も過熱し、銀行から証券会社への融資(ブローカーズローン)が急増しました。証券会社は銀行から得た資金を顧客の信用取引に使い、証券会社の顧客は少ない資金で多額の株式取引ができました。フーヴァー商務長官は、この状況をみて連邦準備制度に対し金融引き締めを求めました。しかし連邦準備制度総裁ストロングは「今はまだバブルでない」と金融引き締めを否定しました。実際1926年には、過熱していた株式市場は一旦落ち着きを見せました。

1927年7月アメリカで各国の中央銀行総裁の会合が開かれました。メンバーはイングランド銀行総裁ノーマン、フランス銀行総裁モロー、ライヒスバンク総裁シャハト、連邦準備制度総裁ストロングでした。その会合では金の流出とポンド売りに苦しむイギリスを救済するため、各国が協調して金利引き下げを行うことが合意されました。

これに対しフランス銀行副総裁リストは、「株式市場が過熱するアメリカが金利を引き下げるのは株式市場に
『ウィスキーを少々注ぐ』
ようなものだ」と批判しました。

はたして連邦準備制度が7月に金利を0.5%引き下げると、8月には株式相場が急上昇し、12月にはダウが200を超えました。1928年1月にはブローカーズローンが前年の33億ドルから44億ドルに急増しました。

1928年2月連邦準備制度は方針を転換し、金利を3.5%から5%に引き上げました。しかし7月の金利引き下げという
「火花」からすでに「山火事」
が起きていました。
 

対外債務とドイツの賠償金問題

ドイツの賠償金はドイツ、イギリス、フランス、アメリカなど各国で何度も話し合いが持たれました。しかしなかなか決着がつきませんでした。1924年4月に開かれた賠償委員会(ドーズ委員会)において、アメリカ人ドーズとヤングの提案でようやく支払い案がまとまりました。
 

解決策はアメリカ、ドイツ、イギリス・フランスの間でお金が循環するだけ

この提案は賠償金の支払い総額には言及せず、今後数年間ドイツが支払う金額を「1年目の2億5千万ドル(6兆円) から年々増額し10年後には6億ドル(14.4兆円)とする」このことだけ決定しました。

返済の枠組みは、アメリカがドイツに融資を行い、ドイツはその融資をイギリス、フランスへの賠償金の返済に充てます。イギリス、フランスはその賠償金をアメリカへの債務の返済に充てるものです。つまりアメリカ、ドイツ、イギリス・フランスの間でお金がぐるぐる回っているだけのものでした。
 

バブルはじける

1927年の時点では実体経済の成長に伴うものだった株式市場の活況は、1928年の夏ダウが200を超えてあたりでバブルと化しました。ダウはその後15か月で380に上昇しました。1929年にはアメリカの家庭の10件のうち1件は株式投資を行い、靴磨きの少年がとっておきの銘柄の話をするほどでした。
 

加熱する株式市場に手が出せない

株式市場の過熱ぶりにクーリッジ大統領、そして1929年2月から大統領になったフーヴァーはこれといった有効な手を打つことができませんでした。連邦準備制度総裁ストロングは、金利を引き下げて市場に鉄槌を下してしまうのを恐れて、何もせず自然に鎮火する方を選択しました。
 

暗黒の木曜日

その日は突然やってきました。

1929年10月23日の水曜日、突然売り注文が殺到しました。そして翌日「暗黒の木曜日」に市場はパニックになりました。

株式価値500億ドル(1,200兆円) 、すなわちGDPの50%が短期間に消えました。株式市場の暴落は多額の資金をブローカーズローンに提供していた銀行の経営を揺さぶりました。連邦準備制度は金利を引き下げようとしましたが、金利引き下げに連邦準備制度理事会が強く反対したためできませんでした。

図4 ダウ平均株価の指数を表すグラフ (Wikipediaより)
図4 ダウ平均株価の指数を表すグラフ (Wikipediaより)

金融緩和中止と取り付け騒ぎ

1929年11月に入り連邦準備制度は、ようやく金利を6%から2.6%に引き下げました。さらに銀行システムに5億ドル(12兆円)の公的資金を投入する金融緩和を行いました。しかし連邦準備制度はこの金融緩和の副作用を恐れて、1930年夏には金融緩和を中止してしまいました。しかし
金融緩和の中止は時期尚早でした。

1930年12月ある顧客が合衆国銀行から買った株を買い取ってもらうように合衆国銀行に頼みに行きました。しかし行員はその顧客に「まだ持っていた方が良い」と長時間説得しました。これに腹を立てたその顧客は銀行を出ると「あの銀行には問題がある」と言って回りました。

これがきっかけとなって、その日の午後には合衆国銀行から預金を引き出そうとする人で長蛇の列ができました。すぐに取り付け騒ぎに発展しました。合衆国銀行は個人預金者の数がアメリカでもっとも多い銀行でしたが、簿外債務を抱えて赤字に陥り経営基盤は脆弱でした。

合衆国銀行を救済するには、連邦準備制度は3千万ドル(7,200億円)の公的資金を注入する必要がありました。しかし「一時的に流動性が不足した銀行は救済するが、債務超過の銀行は救済しない」という連邦準備制度の方針のため、合衆国銀行は救済されませんでした。当時のアメリカには2万5千行の銀行があり、毎年およそ500行が倒産していたのです。つまり
銀行の倒産は決して珍しいものではありませんでした。

(日本の金融機関は、銀行、信金、信組合わせておよそ300行)

ところがこの合衆国銀行の倒産をきっかけに預金者は、次第に銀行からお金を引き出しはじめました。はじめはわずかな人たちの行動が徐々に大きなうねりとなり、結果的には預金総額の1%, 4億5千万ドル(10.8兆円)が引き出されました。

図5 アメリカ連合銀行に集まった群衆(Wikipediaより)
図5 アメリカ連合銀行に集まった群衆(Wikipediaより)

銀行は1ドル引き出されたら3~4ドルは回収しなければ債務超過に陥るため、融資の猛烈な回収に走りました。1931年中には融資残高の10%、50億ドル(120兆円)が回収されました。

この影響は乗数的に拡大し猛烈な勢いで信用収縮が起きました。

しかも1931年には銀行取り付け騒ぎが再燃し、1931年夏トレドでは1行を除いた全て銀行が閉鎖されました。こうして起きた通貨の退蔵(タンス預金)、銀行破綻、貸し渋り、20%の物価下落に対し、連邦準備制度は有効な手立てを打てませんでした。
 

ドイツへ飛び火

ウォール街のバブルは海外からの投資で息を吹き返したドイツ経済に痛手を与えました。それまでドイツに投資していた海外からの資金がウォール街に吸い寄せられ、お金がドイツまで回らなくなってしまったのです。

そのため1931年には失業者は470万人全労働者の25%にも達しました。この不景気で不人気だった連立政府に変わり、ヒトラー率いるナチス党が選挙で大勝し第二党になりました。今度はこれに金融市場がパニックを起こし、3億8千万ドル(9兆円) ドイツの金準備高の半分に当たる金が国外に流出してしまいました。
 

不景気なのに金利を上げざるを得ない

これ以上の金の流出を防ぐためライヒスバンクは金利を5%に引き上げました。これが景気をさらに悪化させ、
物価は7%/年のペースで下落
失業率も上昇しました。そして財政赤字がさらに拡大しました。新たに発足したブリューニング政権は、この財政赤字の拡大に対し均衡予算を取らざるを得ず、景気はさらに悪化しました。

こうした中1931年5月オーストリアのクレディト・アシュタルト銀行が破綻し、オーストリアの全銀行で取り付け騒ぎが起きました。このオーストリアの銀行の取り付け騒ぎがオーストリア通貨の取り付けに発展しました。

この時フランスはドイツの力を弱めるためオーストリアから外貨を引き出し、オーストリア通貨の危機を煽ったのです。

当時オーストリアとドイツは関税同盟を結んでいました。オーストリア通貨の取り付け騒ぎに、他の多くの国々はドイツの通貨も危ないと誤解したため、ドイツからも資金の流出が始まりました。

「ドイツの破綻は欧州全体の経済危機につながりかねない」

とアメリカのフーヴァー大統領は賠償金の支払い猶予を含むドイツ救済案を提案しました。しかしこれにフランスが激怒したため調整が難航し、ドイツ救済案がようやくまとまったのは7月7日でした。

しかし時すでに遅く、ドイツの不況はさらに深刻化し、7月13日の月曜日ドイツのダナートバンクが営業を停止、ついに全国的な取り付け騒ぎに発展しました。全銀行は2週間営業を停止、ドイツ政府は対外債務の返済停止、国外への送金規制を行いました。国内生産高は30%減少し、

失業者は600万人全労働者の1/3

に達しました。
 

火の手は世界中に

ドイツの危機は、ハンガリー、ポーランド、ユーゴスラヴィア、チェコスロバキアにまで広がりました。さらに危機は世界中に飛び火し、1931年1月に南米ボリビア、3月にベルーがデフォルトになりました。この危機が世界各国に投資していたイギリスを直撃、イングランド銀行の金は枯渇寸前になりました。

戦前のイギリスは自国の工場が世界中に輸出して、そこで得た外貨を海外に投資していました。第一次世界大戦後は短期で借り入れた資金も海外に投資しました。その投資先がドイツや南米の国々です。ドイツや南米の国々で起きたデフォルトはイギリスの銀行の経営を圧迫しました。

たまりかねたイギリスは1931年9月に金本位制から離脱しました。ポンドの価値は1ポンド4.86ドルから3.5ドルへと下がりました。さらに金融危機の連鎖からヨーロッパの中央銀行が続々と外貨を金に換えたため、アメリカから大規模な金の流出が起きてしまいました。

加えてポンドの下落はイギリスの債権を多く保有していたアメリカの銀行の資産価値の低下をもたらしました。そのため9月にはアメリカの銀行で取り付け騒ぎが再燃して、10月にはアメリカの522の銀行が破綻、12月には2,294行が営業停止に陥りました。

この背景にはアメリカの銀行は帳簿上の資産を担保にできないため、連邦準備銀行から融資を受けられないことがありました。

この時点で連邦準備制度は通貨の発行に必要な40%の金を維持するため自国から金の流出を防ぐ必要がありました。そこで金利を1.5から3%に引き上げました。

これはすでに不況に突入していたアメリカ経済に打撃を与えました。信用収縮と債務不履行が発生し1931年9月から1932年6月までの9か月間で、

生産高はマイナス25%、投資はマイナス50%、物価はマイナス10%、失業者は1,000万人

に上りました。ダウは1929年の381から1932年には41と大幅にダウンしました。

こうした中連邦準備制度は遅ればせながら1932年2月に10億ドル(240兆円)の資金を注入しました。しかし不況の勢いは止められませんでした。

これが1930年末から1931年であれば、結果は大きく違っていたといわれています。

1932年11月にルーズヴェルト大統領が就任しますが、取り付けは世界中に伝搬し、1933年2月にはニューヨーク連邦準備銀行から2週間で2億5千万ドル(6兆円)の金が流出しました。1933年3月には28の州で銀行閉鎖、この3年間で全銀行の1/4が破綻し、GDPは1000億ドルから550億ドルまで減少しました。
 

立ち直り

ルーズヴェルト大統領とニューディール政策

ルーズヴェルト大統領は1933年3月ニューディール政策を打ち出し、銀行救済のための緊急銀行法を制定しました。商業銀行と投資銀行を分離し、2500ドルまでの預金を保証するグラス・スティーガル法を制定しました。加えてルーズヴェルト大統領は1933年3月12日ラジオで銀行制度の健全性を訴える「炉辺談話」を放送しました。

これで人々は再び銀行にお金を預けるようになり、不況の歯車が逆回転を始めました。

さらにアメリカは1933年4月に金本位制から離脱しドルを切り下げました。株価は15%上昇し、1934年にはドル安から物価も上昇しました。企業の借り入れ意欲や消費が活発になり、アメリカの工業生産は倍増し、GDPは40%増大しました。これに対し雇用の回復は遅れました。
 

ドイツの立ち直り

1933年1月ヒトラーが首相になると、ライヒスバンク総裁を辞任したシャハトが再び総裁に復活しました。ドイツは中央銀行からの借り入れと紙幣を増刷することでアウトバーン建設など公共事業を大々的に行いました。600万人いた失業者は150万人に減少し、工業生産高は1928年の2倍になりました。ただし工業生産高の多くは兵器など軍事関連に限定され、庶民の生活必需品はひどく欠乏していました。またドイツは金本位制を維持したためマルクは割高となって輸出は停滞しました。
 

世界恐慌とは何だったのか

このように見ていくと世界恐慌は複数の危機が次々と起こったことかわかります。

  • 1928年 ドイツ経済の収縮
  • 1929年 ウォール街の大暴落
  • 1929年 アメリカの銀行パニック
  • 1931年 欧州の金融破綻

この連鎖で世界各国の工業生産は大きく落ち込み、失業者が急増しました。ドイツ、アメリカに至っては工業生産が半分近くまで低下しました。

これはリーマンショックの比でなく、

1994年のメキシコ ペソの危機、1997年のアジア通貨危機、2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックをすべて合わせたぐらいの大きなショックが2年の間に次々と起きたのです。

その原因は、第一次世界大戦の巨額の戦費が各国の戦後経済に影響を及ぼしたことと、その戦費を賄うためにドイツに巨額の賠償金を課してドイツ経済を弱体化させたことでした。

そしてオーストリア通貨危機に始まるドイツの破綻が、ドイツに多額の債権を有するイギリスにも伝搬しました。オーストリア、ドイツ、イギリスは互いをロープで縛った登山者のようなもので、

誰か一人が転落すれば他の二人も無事では済まなかったのです。

それまでの各国の世界観「金本位制」は、経済成長に伴い増加する資金需要に対応できず、世界は常に通貨不足とデフレに悩まされていました。しかも金本位制は固定相場のため、不況になっても通貨を切り下げて通貨安による貿易拡大という恩恵が受けられませんでした。

表3 世界恐慌期の各国工業生産の推移

日本ソ連
28年939492999079
29年100100100100100100
30年81921008695131
31年6884866892161
32年5484725398183
33年64888161113196
34年66997580128238
35年761067394142293

(1929年を100とした比較) (Wikipediaより)

中央銀行の力が弱くバブルの経験のない連邦準備制度総裁ストロングは、過熱する株式市場に対し適切に対処できませんでした。バブル崩壊後に起きた急速な信用収縮にも適切な対応が取れませんでした。世界恐慌に対する各国の中央銀行の取組を見ると、彼らは

それまでの知識・常識の中でなんとか問題を解決しようと

もがいていたのです。

しかし経済環境は大きく変わり、新しい環境には新しい方程式が必要でした。しかしケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」を発表したのは1936年、世界恐慌がほぼ終息した頃でした。

図6 世界恐慌時の各国の1人あたり国民所得 (Wikipediaより)
図6 世界恐慌時の各国の1人あたり国民所得 (Wikipediaより)


 

参考文献

「世界恐慌」ライアカット・アハメド 著 筑摩書房
「世界恐慌」ジョン・A・ギャラティ 著 TBSブリタニカ
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
以下から登録いただくと経営コラムの更新のメルマガをお送りします。(ご登録いただいたメールアドレスはメルマガ以外には使用しません。)

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
利益まっくすの詳細は以下からお願いします。詳しい資料を無料でお送りします。

]]>
https://ilink-corp.co.jp/7448.html/feed 0