なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その2 ~貧しい国々の問題とアジアの発展~

このコラムの概要

発展途上国の貧困の原因は、私有財産制度や支配者の不在、植民地化と部族間の対立、豊富な鉱物資源に依存したため工業化が進まないなどがあります。

対して日本を含むアジアの国々は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」により製造業を中心に経済成長を遂げました。日本では政府主導による「富国強兵」政策によりインフラ整備と教育の充実が図られ、政府の介入で産業が育成されました。また高度経済成長期の需要の高まりが経済成長を支えましたが、バブル崩壊により低成長時代に突入しました。

前回、高賃金がイギリス、アメリカの設備投資を誘引し、それが生産性の向上を実現し、イギリス、アメリカは世界屈指の工業国になりました。

では発展途上国はなぜ貧しいままなのでしょうか?

なぜアフリカが貧しいままなのか?

ヨーロッパやアメリカに比べ、新興国はなぜこうした発展の道筋に至らないのか、西アフリカの歴史を振り返ってみます。

農耕文明ができなかった

アフリカが貧しいのは、アフリカに農耕文明がなかったためです。1500年の時点で、農耕文明があったのは、西ヨーロッパ、中東、インドの一部、中国、そして日本のみでした。農耕文明には、私有財産制度と支配者の権力と徴税、そして社会体制が必須でした。さらに農耕文明を維持するためには、生産性の高い農業や商業を必要とし、そのためには読み書きや貨幣も必要としました。

原因は広大な土地と高い死亡率

アフリカは8世紀までの間にバナナ、ヤムイモ、タロイモ、豆などの作物がアジアからもたらされ、16世紀にはアメリカ大陸からトウモロコシ、落花生、タバコなどが入りました。こうして定住農村化し、出生率は上昇しました。しかし熱帯病のため死亡率は高く、人口は低いまま、中東、インドの一部、中国でしたなどのように増えませんでした。人口は低く、広大な土地は誰でも利用可能なため、土地の私有財産や土地の支配者の争いもありませんでした。皮肉なことに大規模な争いがなかったため、支配体制を基礎とする農耕文明に至らなかったのです。アフリカでは部族社会以上の大きな社会集団にはなりませんでした。

アフリカ人を引き付けたもの

こうしたアフリカの部族社会にヨーロッパ人がやってきました。彼らの持ってきた綿布、工芸品、そして銃などの武器にアフリカの人々は引き付けられました。そしてこういった商品を手に入れるために、金を採掘したり、ヤシの木を育ててヤシ油を搾ったりしました。

アフリカ人の手で行われた奴隷貿易

その後もっと手っ取り早い方法があることに気が付きました。奴隷です。元々アフリカでは強い部族が弱い部族を捕らえて奴隷とする文化がありました。そこで沿岸の部族は、こぞって他の部族を襲撃し捕らえた人々をヨーロッパ人に売り渡しました。こうして1500年から1850年の間に1千万人以上のアフリカ人が捕らえられて新大陸、あるいはアジアへと売られていきました。

部族間の対立を激化させた植民地政策

こうしたアフリカの部族たちは19世紀に入るとヨーロッパの国々の植民地にされます。ヨーロッパの宗主国は植民地を一部の部族に統治させました。これは同じアフリカ人の中で支配する層と支配される層の対立を生み、部族間の対立を助長しました。しかもアフリカの失業と低賃金は兵士の調達を容易にしました。こうした地域紛争が経済の発展を阻害し、低賃金化を一層進める悪循環に陥りました。

農産物の価格下落による貧困の助長と教育への障害

かつて奴隷、鉱物資源以外、アフリカの主要産品であったヤシ油は、アジアの国々がヤシ油に参入したため価格が下落しました。チョコレート原料のカカオもアフリカ各国が生産を拡大することで価格が下落しました。しかも国家は農民から低い価格で強制的に買い上げ農民はずっと貧困のままでした。ヤシ油の生産には圧搾などの加工が必要ですが、低賃金のアフリカでは機械化しても効果がないという「技術の罠」に陥っていたのです。低賃金でしかも不十分な教育のため生産は非効率でした。内陸部では物流コストも高く、企業同士のネットワークが不十分なため、たとえ製造業を立地してもアジアの国々には太刀打ちできなかったのです。

新興国のジレンマ

後述の日本は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」で先進国仲間入りをしました。これを見た韓国、台湾、中国が続きました。しかし国民1人当たりのGDPが先進国並みの豊かな国になるためには、新興国は先進国を上回る経済成長が長期間必要です。

それを実現する唯一の方法は、工業化を進め製造業を盛んにして輸出を拡大することです。これによって外貨の獲得と国内での再投資、雇用の拡大、賃金の上昇が実現します。しかし製造業が発展するには、単独企業でなく多くの企業のサプライチェーンが必要です。

早すぎる脱工業化のリスク

しかし国際的な物流網やサプライチェーンが発展し、様々なものがグローバルに調達できるようになったため、自国のサプライチェーンが構築される前に、すでに工業化のピークを迎える懸念が出てきました。経済学者ダニ・ロドリックはこれを「早すぎる脱工業化」と呼びました。

国際的な物流の発展と物流コスト減少により、「ベトナムで作った部品を中国で組立、それをメキシコの工場で自動車にする」こうしたことが日常的に行われています。ベトナムは部品の製造のみで、サプライチェーンの一部を担うにすぎません。そうこうするうちにベトナムの賃金が上昇すれば、企業は工場は他の低賃金国に移動します。これでは新興国は先進国に追いつくための経済成長が持続できません。

先進国に追いつく前に成長が鈍化

韓国の総付加価値における製造業の割合は1988年にピークに達しました。1人当たりのGDPは1万ドル、当時のアメリカの半分程度でした。インドネシアは2002年にピークに達し、その時の1人当たりのGDPは6,000ドル、インドは2008年にピークに到達し、1人当たりのGDPは3,000ドルでした。これらの国々は今後は製造業以外の産業で先進国に追いつくだけの経済成長を成し遂げなければなりません。しかし製造業以外の産業でこれだけの経済成長を実現できるでしょうか。

なぜ日本は先進国の仲間入りができたのか?

ではなぜ日本はいち早く先進国の仲間入りができたのでしょうか?

江戸時代の商業の発達と教育の需要

江戸時代を通じて日本の賃金は低く、資本を投じて生産性を高める意欲はありませんでした。幕末の江戸を訪れたヨーロッパ人は、なぜ馬車を使わないのか疑問に思いました。その理由は当時の江戸には低賃金で荷物を運ぶ人足に事欠かなかったのです。

当時農業の生産性を高める方法は、労働投入量を増やして、米の収穫後に小麦、綿、桑、菜種などを収穫することでした。一方周りが海に囲まれた日本は海運が発達しました。こうして安定した物流が実現し商業が発展しました。商業は読み書きの需要を高め、多くの子供が寺子屋で学びました。その結果、江戸時代の成人男性の識字率は50%を超え、世界トップクラスでした。

富国強兵政策

列強の脅威の中で船出した明治政府は「富国強兵」をスローガンに欧米諸国に追いつくことが第一の目的でした。そこで工業化を実現するため、内国税を撤廃し鉄道網を整備して単一の全国市場を創出しました。初等教育を義務化することで教育を浸透させました。

欧米の技術を日本向けに改良

一方近代的な銀行制度の確立には時間がかかりました。しかも不平等条約のため関税で国内産業を保護することもできませんでした。そこで政府自らがベンチャー資本家となり、直接経済に介入し、多くの官営工場が設立されました。設備は欧米から導入されましたが、それは低賃金の日本には高すぎました。そこで低賃金の日本で採算がとれるように欧米の技術を作り変えました。築地製糸場ではヨーロッパ式の機械を木製に作り変え、動力は蒸気機関でなく人力にした「諏訪式座繰機」が使われ、これは国内に広く普及しました。

図7 諏訪式座繰機(農林水産省HPより)

ミュール紡績機の代わりに地元の大工がつくることのできる「ガラ紡」が使われ、昼夜2交代で操業しました。

図8 ガラ紡績機5台を運転する 愛知県岡崎市の工場(Wikipediaより)

こうして資本を節約し、労働を増やすことで日本の綿紡績は20世紀には世界で最も安価になりました。

独り立ちするまでは補助金で支えた

1905年に官営八幡製鉄所が創業しました。しかし利益が出るようになるまで補助金が必要でした。その後第一次世界大戦でヨーロッパの造船需要が増大し、特需に沸きました。工業化を進み、1人あたりのGDPは大きく成長しました。大企業の賃金も上昇しましたが、農村や零細企業の賃金は低いままでした。

戦後の高度成長期

第二次世界大戦で軍事産業に重点を置いた工業生産は大きく破壊され、企業は解体されました。戦後、国は西洋との格差を縮めるため政府が主導する「ビッグプッシュ型工業化」を推進しました。かつてのような欧米の近代技術を日本の実情に合わせる資本節約型でなく、近代的な資本集約型を採用、1970年代には投資率が国民所得の1/3に達しました。こうして急速に資本ストックが整備され、日本は短期間に高賃金経済に転換しました。

国主導の鉄鋼業界の再編

鉄鋼業は代表的な資本集約型の産業です。戦前は最大でも八幡製鉄所の180万トン、アメリカよりも規模が小さく、低賃金の日本でも鉄はアメリカやヨーロッパよりも高価でした。通産省の指導により日本製鉄と八幡製鉄所の合併など鉄鋼業界が再編されました。鉄鋼業界の効率の高い最小生産規模は当時700万トンになっていましたが、新しくつくられた日本の製鉄所はこの規模を超えたため、効率でアメリカの製鉄所を超えていました。鉄鋼メーカーも積極的に設備投資や技術革新を行った結果、1975年には日本は最も安価で高品質な鉄を年間で1億トン以上生産しました。こうした鉄の1/3は輸出され、これがアメリカの鉄鋼業に大きなダメージを与えました。

高賃金でも低コストを実現

こうした鉄の利用先に自動車産業がありました。1960年代、日本はモータリゼーションが活況となって自動車の生産は拡大しました。日本の自動車メーカーは大規模な設備投資を行い、プレス加工から塗装、組立てまで一貫生産できる工場をつくりました。こうした工場では年間80万台の規模があり、高度に資本集約的な生産で高賃金でも低価格の自動車をつくれました。

一方で国内消費は、年功序列賃金、終身雇用など日本独自の慣行により、大企業の社員は賃金が増加し、これが住宅、自動車などの消費を押し上げました。さらに1960~1970年代高度成長期には経済の拡大に労働力の供給が追い付かず、人手不足から賃金が上昇しました。これにより大企業と中小零細企業の賃金格差が縮小しました。

バブル崩壊と低成長

日本の好景気は1991年の不動産と株のバブル崩壊で終わりを告げ、長いデフレの時代に入りました。ただしバブル崩壊はきっかけに過ぎません。低成長の真の原因は高度成長を可能にした条件がなくなったためでした。それは欧米との以下の3つの格差によるものでした。

  • 労働者1人当たりの資本
  • 労働者1人当たりの教育費
  • 労働者1人当たりの生産性

 この格差は1990年代までに解消されました。日本は欧米各国と同じになり、以降は欧米各国の技術進歩に伴う成長と同じ水準、毎年1~2%でしか成長できませんでした。

参考文献

「アメリカ経済 成長の終焉」ロバート・J・ゴードン著 日経BP社

「資本主義が嫌いな人のための経済学」ジョセフ・ヒース著 NTT出版

「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」ロバート・C・アレン著 NTT出版

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