なぜセグウェイは失敗しダイソンは成功したのか?~新事業の成功に不可欠な錬金術~

目次
    1. 1. 新商品・新事業の落とし穴
      1. ① イノベーションは誤解されている
      2. ② 誰に対して「不」なのか?
      3. ③ 小さな池の大きな魚になる
    2. 2. 「欲しい」をつくる心理学
      1. ① 必要でなく欲しいものにする
      2. ② 小さくなった「欲しい」という気持ち
      3. ③ 「欲しい」という気持ちは不合理
      4. ④ 感情を揺さぶる物語の力
    3. 3. 新製品が事業化できるか「キャズム」を越える方法
      1. ① アーリーアダプタとアーリーマジョリティの間に落ち込む
      2. なぜEVが失速したのか?
      3. ② キャズムを超えられなかった原因
      4. ③ ホールプロダクトが必要
      5. ④ 3つの壁「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」
      6. ⑤ 期待外れのホッケースティック曲線
    4. 4. だから錬金術を使う
      1. ① 人はロジックでなく感情で動く
      2. ② 人は理解不能(ノンセンス)な理由で決定する
      3. ③ よいアイデアの逆もまたよいアイデア
      4. ④ 1×10と10×1は違う
      5. ⑤ 正しいプロセスは重要でない
      6. ⑥ 行動の裏にある隠れた目的を刺激する
      7. ⑦ 「自信」というプラシーボ市場
      8. ⑧ なぜ格安航空会社が航空券の価格に含まれていないものを説明するのか?
    5. 5. アイデアを記憶に残るようにするには
      1. ① 単純明快
      2. ② 意外性
      3. ③ 信頼性
      4. 参考文献
      5. 経営コラム ものづくりの未来と経営
      6. 弊社の書籍
      7. 月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」
      8. セミナー
経営と戦略
【コラムの概要】

セグウェイは熱狂的な支持を受けながらも市場ニーズに応えられず「キャズム」を越えられず失敗しました。一方、ダイソンは顧客の「不」を解消し「欲しい」と思わせる錬金術=心理的価値創造に成功しました。新事業成功には、論理的発明だけでなく感情に訴える物語や非合理な魅力を備え、アーリーアダプタからマジョリティへと製品を進化させる戦略が不可欠なのです。

これまでも多くの起業家がイノベーションにチャレンジしました。サイクロン掃除機でイノベーションを実現したダイソンは、掃除機のトップブランドになり、扇風機やドライヤーでも強力なブランドになりました。

一方セグウェイは投資家やスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツなどから絶賛されましたが、販売は不振で、2015年には中国のロボット企業Ninebot Inc.に売却されました。そして2020年に生産停止になりました。

なぜこのように違いが生じたのでしょうか。そこには新商品・新事業の陥る典型的な失敗と、錬金術が欠けていたためでした。

1. 新商品・新事業の落とし穴

① イノベーションは誤解されている

トーマス・エジソン、グラハム・ベルなど有名な発明者の名前が歴史に残るため、彼らが画期的な発明が起きて新製品ができたように思われています。しかし現実には、単一の発明だけでは製品化は困難でした。これらの製品は多くの人々の度重なる試行錯誤の結果、製品が実現しました。

図 イノベーションの発展
図 イノベーションの発展

こうした試行錯誤が生まれたのは、その製品を必要する状況、つまりニーズがあったからです。ニーズを満たそうとして多くの人が度重なる改良を行い、製品は完成されたのです。実際に電球や電話は多くの人たちが改良に取組み様々な技術が開発されました。

蒸気機関は、最初は炭鉱の水のくみ上げ用のポンプに使用されました。幾多の改良を経て、効率は高まり、その結果、蒸気機関車に応用されました。炭鉱や製鉄所では鉄鉱石の運搬用にすでにレールが敷かれていて、運搬のために馬車が使われていました。

② 誰に対して「不」なのか?

このニーズとは、顧客が不便に感じていること「不」にあります。大事なのは、この「不」は誰に対してかと言うことです。蒸気機関という技術ができた後、最初の「不」は炭鉱に湧き出る水の排水でした。労働者がポンプを動かして1日中排水するのは大変なので、蒸気機関が使われました。
こういった新しい技術を採用するのは、リスクがあっても新しいものを好む人たちです。これはアーリーアダプタと呼ばれます。彼らが新しい技術を採用して、それが順調なことが分かります。すると後からより慎重な層が採用します。これをアーリーマジョリティと呼びます。

図 テクノロジー・ライフサイクル
図 テクノロジー・ライフサイクル

このアーリーアダプタとアーリーマジョリティの間には大きなギャップがあります。そして画期的な製品の多くがこのギャップを超えられずに事業化に失敗しました。このギャップをジェフリー・ムーアは「キャズム」と呼びました。

つまりアーリーアダプタとアーリーマジョリティでは、「不」に対する考え方が違うのです。そのため製品がキャズムを超えるには、アーリーアダプタから、アーリーマジョリティに変わる顧客に合わせて製品やサービスを進化させなければならないのです。

③ 小さな池の大きな魚になる

製品やサービスを進化させる過程で、多額の資金や体制が必要なこともあります。中小企業の場合、時には自社で太刀打ちできる規模を超えることもあります。そうなると新規事業を自社が独占できません。競合が現われ、自社の資本が競合に比べて不十分であれば、キャズムを超える段階で競合に敗れてしまいます。

それを避けるには、市場を自社の規模に合った市場に限定することです。最初は小さな池で大きな魚を目指します。逆にこれから新製品や新事業に取り組む場合、自社が大きな魚になることかできる事業や製品を考えます。

2. 「欲しい」をつくる心理学

現実には「満たされていない、○○がない」という状況はそれほど多くありません。ものがあふれる今、人々は大抵のものを持っています。さらに買ってもらうためには「欲しい気持ち」が必要があります。

① 必要でなく欲しいものにする

「必要なもの」と「欲しいもの」では価格に対する反応が違います。必要なものは「やむなく買うもの」です。そのためできる限り安いものを買います。当然、価格競争は激しくなります。 欲しいものを買うときはワクワクします。欲しいから買う時、価格は重要ではありません。

図 欲しいものはわくわくする
図 欲しいものはわくわくする
図3 欲しいものはわくわくする

そういう気持ちになってもらうには販売促進が不可欠です。スーパーの特売チラシは「今しかない」特売品を買うことで、顧客はお得感を感じワクワクします。対して特売をしないエブリディロープライス戦略は、特売でのコスト、販促費をなくし、店舗を効率的に運営できます。その分を価格に反映しいつでも安く売ることができます。これは理論上は正しい戦略ですが、特売がなければ顧客のワクワク感はありません。買いたいという感情が起きず、買い物は必要なものを買うという作業になってしまいます。

② 小さくなった「欲しい」という気持ち

高度成長期の日本は、買うことで生活に大きな変化を起こしました。
例 

  • 自動車 移動の自由
  • クーラー 暑さからの解放
  • カラーテレビ エンターテイメントの質の向上

今日では新たな製品を買っても、高度成長期の製品のような大きな変化は起きません。車を持っていなければ、好きな時間に自由に生きたいところに行ける車は「欲しい」ものです。しかしすでに車を持っている人にとって、車を買い替えても生活の質が変わるわけではありません。

このように新たな消費による変化は小さくなっています。だから何らかの「欲しい」気持ちを強く起こさせなければなかなか買ってくれません。

一方、それまでないこと「不」が日常だった場合、顧客は「不」を意識していません。車を持っていない人にとって、車がないことは当たり前です。そのことでさほど不便は感じていません。ところが周りの人が車を買って、その人の車に乗せもらうと、その便利さに欲しいと感じます。そういう感情を起こすのが販売促進です。逆にそういった感情が起きなければ市場は広がらないのです。

例えば、男性のメイクは20世紀から化粧品会社が幾度も挑戦しました。しかし大きな市場にはなっていません。

なぜ男性のメイク市場は広がらないのでしょうか?

③ 「欲しい」という気持ちは不合理

もし人が何事もすべて合理的かつ経済的に考えれば、以下の商品は誰も選択しないはずです。

  • 性能は大差ないが、他社の1.5倍するスマートフォン (apple)
  • 高速道路でも性能を発揮でない自足300km/hのスポーツカー
  • スマホで時間がわかるのにもかかわらず数百万円する腕時計

そしてこのような人は経済学では想定していません。なぜなら経済学で想定する合理的経済人は、以下のような人だからです。

  • 商品に関するすべての情報と自分の予算を、正確に把握し考慮する
  • その上で、自分の効用(満足度)が最大となるように商品を購入する
  • これらの判断を適切かつ迅速に決定する
  • 自己利益を追求するためだけに行動する

現実には人は非合理な存在だから先に挙げたものを消費します。非合理な感情は論理では刺激できないのです。そこには不合理なアイデアが必要です。

人はとびきり高いものには興味と関心を示します。対してとびきり安いものはお値打ち感とお得を感じます。しかし高くもなく安くもないものは感情が動きません。だから買おうとしません。

④ 感情を揺さぶる物語の力

人の感情を揺さぶり記憶にとどめるのに「物語」は大きな力を発揮します。

例)友人の友人の話
彼は出張である地方都市を訪れました。地元のバーで一杯飲んでいると魅力的な女性が近づいてきて
「もう一杯いかが。ごちそうするわ」
彼女は飲み物を2杯取り、1杯を彼に渡しました。その一杯に口をつけたところで記憶が飛びました。

目覚めたとき、ホテルのプールで氷水に浸かっていました。メモには「動くな!救急車を呼べ!」と。
そばの携帯電話から消防署に電話すると、消防署には彼の状況がわかっているようでした。
「いいですか、ゆっくりと背中に手をまわしてください。腰のあたりからチューブが出ていませんか」
確かにチューブがあります。

「落ち着いてください。あなたは腎臓を一つ取られたのです。この町で暗躍する臓器狩り組織の犯行ですね。今救急車がそちらに向かっています。動かずに待っていてください。」

これは「臓器狩り」の都市伝説です。これは一度聴いたら忘れられない「記憶に焼き付く話」です。これを聞いた人は、旅先で見知らぬ女性から飲み物をおごってもらうのはためらうでしょう。

このように物語はとても大きな力を持っています。しかし多くの販促は商品を「説明」し「物語」はありません。そうした販促を手掛ける人たちは、顧客は説明を聞けば買ってくれると信じているようです。しかし欲しいものがない顧客、または「不」に気づいていない顧客に欲しいと思ってもらうには、説明でなく感情に訴える物語が必要です。それが後述の錬金術なのです。

ただし、それには「顧客が誰なのか」明確にする必要があります。ところが新製品では製品が浸透する段階によって顧客が変わるのです。

3. 新製品が事業化できるか「キャズム」を越える方法

ジェフリー・ムーアは彼の著作「キャズム」「キャズム2」で、アーリーアダプタとアーリーマジョリティの顧客層には違いがあり、企業がそれに対応できなければ失速してしまうと述べました。

① アーリーアダプタとアーリーマジョリティの間に落ち込む

アーリーアダプタ(ビジョナリー)

特にソフトウェアなどハイテク製品の場合、メーカーが新しい製品を発売すると、新しい製品や技術に熱心な層が顧客となり初期市場が形成されます。この初期市場を形成する顧客がアーリーアダプタです。彼らは以下の特徴があります。

  • 求めるものは変革のための手段
  • 目的達成を最優先、コストは厳しくない
  • 注目する期間は限られる。「チャンスの窓」が開いているうちに達成しなければならない
  • 製品が目的を達成した場合、その良さはアーリーアダプタ同士の口コミで伝わる
アーリーマジョリティ(実利主義者)

初期市場からメインストリーム市場へと移行すると顧客がアーリーアダプタからアーリーマジョリティに変わります。アーリーマジョリティはアーリーアダプタに比べ非常に多く市場は大きく広がります。アーリーマジョリティは以下の特徴があります。

  • 求めるものは生産性を改善する手段
  • ビジョナリーが買ったからと言って買うとは限らない
  • 先行事例や信頼性、費用対効果を重視
  • マーケットリーダーから購入を求める(マーケットリーダーが競合よりも30%ぐらいまで高いのは許容する)
  • ベンダー同士を競争させる
  • 最高の品質やサービスに割増料金を払うのはいとわない。しかし差別化がなければ厳しい価格交渉も行う

なぜEVが失速したのか?

アーリーアダプタとアーリーマジョリティの差を比較すると、2025年にEV市場が失速した原因が分かります。費用対効果が低かったのです。アーリーマジョリティ層は内燃機関より価格が高く、性能も高くないEVには飛びつかなかったのです。

レイトマジョリティ(保守派)

これまでのやり方を重視し不連続なイノベーションを受け入れない人たちです。彼らは市場の1/3を占めます。従来、多くの企業がないがしろにしてきた市場ですが、その大きさを考えると無視できません。レイトマジョリティは以下の特徴があります。

  • これまでの慣習を重視し、今使っているものが役立つならずっと使い続ける
  • すべてがバンドルされている製品を格安の価格で買いたがる

② キャズムを超えられなかった原因

多くのハイテク製品がキャズムを超えられなかったのは、実は超えようとしなかったからです。アーリーアダプタとアーリーマジョリティは客層が違い、製品に求めるものも違います。初期市場で成功し、足掛かりをつかんだら、メインストリーム市場で成功するための製品の開発に、ただちに取り掛からなければなりません。
初期市場で成功するためには

  • アーリーアダプタは製品が画期的で業務を変革することを期待する
  • それを実現できる機能、品質を有すこと
  • 費用対効果や拡張性はそれほど要求されない

③ ホールプロダクトが必要

これがメインストリーム市場では

  • 顧客が求めるのはコアプロダクトに加えて、様々な拡張機能を持ったホールプロダクト
  • 競合が全くないのは、ダメな製品と思われる

従って初期市場からメインストリーム市場へ発展するためには、ホールプロダクトをいち早く開発しなければいけません。

1990年にゼロックス社からスピンアウトした文書管理技術のドキュメンタム社は、売上が低迷しキャズムに落ち込んでいました。そこで顧客の声を調べなおし、製薬会社の薬事規制担当というとてもニッチな市場をターゲットとしました。対象市場をこれまでの大手企業の複雑な文書管理に携わる人たちから、すべてを合計しても千人足らずのニッチな市場に絞ったのです。

製薬会社の新薬認可申請書は25~50ページに及び、膨大な情報を必要とします。そのため申請書の作成に数か月の期間と多額の費用がかかっていました。ドキュメンタムの文書管理技術は、申請書の作成期間を短縮し、問題を解決することができました。その結果、製薬会社40社の内30社が同社の製品を使用しました。そこから製薬会社の研究所、製造工場、そして化学薬品や石油精製工場へと市場を拡大しました。こうして同社はキャズムを超え売上1億ドルに成長しました。

初期市場を定める時、ドキュメンタム社は市場の大きさでなく、顧客の感じている痛みの大きさで決めたのです。

④ 3つの壁「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」

キャズムに似たものに魔の川、死の谷、ダーウィンの海があります。これは新規事業が成功するまでの3つの障壁です。

図 魔の川、死の谷、ダーウィンの海
図 魔の川、死の谷、ダーウィンの海
【魔の川】

基礎研究で技術は確立しても、具体的な市場のニーズに結びつかず製品に出来ずに終わってしまうことです。

【死の谷】

製品は出来ても、事業として収益を得ることができずに終わってしまうことです。事業化には、製造、流通、販売などの体制が必要で、そのためには資金も必要です。また全く新しい製品の場合、市場がないことも多く、製品ができても市場をつくることができずに終わってしまうこともあります。

【ダーウィンの海】

事業化ができて収益が得られるようになっても、競合との競争に勝たなければいけません。新しい技術の場合、既存の技術と置き換えることの意義やメリットが市場に認知され、製品が市場に浸透しなければいけません。この競争に勝てなければパイオニアとして市場に参入したのにも関わらず、退出を余儀なくされます。

⑤ 期待外れのホッケースティック曲線

ベンチャー起業家は投資家の求めに応じて、売上、利益が増加し続けるホッケースティック曲線を描くことが多いです。しかし現実にはそのようになりません。

図 ホックスティック曲線
図 ホックスティック曲線

キャズムの前に売上はしばらく停滞し、投資がかさみます。しかしキャズムを超えれば売上は増加し始めます。その後はメインストリーム市場の他のセグメントに顧客が拡大するに従い、成長と停滞を繰り返し、階段状に成長します。
投資家がホッケースティック曲線の事業計画を信じていればキャズムに陥り停滞が続くと、そこでその事業を見放してしまうかもしれません。

4. だから錬金術を使う

広告会社オグルヴィUK副会長ローリー・サザーランドは、著書「欲望の錬金術」で新製品や新事業が成功するかどうかは、錬金術の有無にあると言います。

彼のいう錬金術の根本には「人はロジック(論理)でなく心理(サイコ)ロジックで動く」と言うものです。しかし事業に関わる人の多くが論理で事業を進めようとして失敗します。

現に成功しているビジネスモデルのすべては、合理的な理由から人気があるふりをしていても、成功の大半は心理的な魔法のトリックを偶然発見したことによります。

例えば、グーグルやダイソン、ウーバー、レッドブル、コカ・コーラ、マクドナルド、アップル、スターバックス、アマゾンなどです。そしてこれらの企業のライバルが失敗した原因の多くは、ビジネスのアイデアはロジカルだったが、錬金術がなかったためうまくいかなかったからです。

① 人はロジックでなく感情で動く

投資家、金融機関、管理部門などの人は、合理的な考え方を望みます。しかし錬金術は常軌を逸した非合理なものです。
「人々が欲しているのはうんとクールな掃除機です」ダイソン

「…そしてこれが最高なのはあらゆる人々が無償で書いてくれることです」ウィキペディア

「とりわけそのドリンクは消費者がひどくまずいという味をしています」レッドブル

「…完全に正気の人々が、家で作れば数十円しかしない飲み物を500円払うと期待しましょう」スターバックス

どの投資家がこんな話を理解するでしょうか。

リスクを回避したい官僚や重役にとっても、狭量で型にはまったロジックは自然な思考法です。しかもロジカルな取り組みであれば失敗しても責めを負うことはなく、解雇されません。

2016年のアメリカの大統領選挙では、トランプもヒラリー・クリントンもアメリカに製造業の雇用を取り戻したいと考えていました。ヒラリーの解決策はアメリカ、メキシコ、カナダの三国間貿易交渉という論理的なものでした。しかしトランプの解決策は「国境に壁をつくってメキシコ人にその費用を払わせる」でした。

まさに職を失った中間層が望んでいた言葉です。トランプは実現する必要はありません。彼らの感情に訴えるだけで十分なのです。そして不合理な人たちは合理的な人たちよりはるかに強力です。

② 人は理解不能(ノンセンス)な理由で決定する

広告業界最大の発見の中で、「キュートな動物が呼び物の広告はそうでない広告よりも成功する」というものがあります。
ある電気会社のキャンペーンでは、1年分の光熱費が無料(17万円相当)の景品より、ペンギン型ナイトスタンド(2600円相当)に5倍以上の応募がありました。

広告にかわいらしい動物を使うのは、ばかばかしい(ナンセンス)と思われがちですが、実は理解不能(ノンセンス)な方が広告として有利なのです。

錬金術をうまく働かせるには本当はばかげているべきです。

値段が高くて、量が少なくて、まずい飲み物の方が顧客は効果が高いと感じます。もし医者が「悪性のがんを治療する薬を処方します」と言い、「好きなだけ飲んで構いません。味はいちご味とカシス味のどちらがいいですか」と言ったらあなたはどう思うでしょうか。

ある犯罪多発地域では、店の金属製シャッターは、「この地域が無法地帯というメッセージ」になっているのではないかという仮説を立てました。そしてシャッターにかわいらしい幼児や赤ん坊のイラスト(心を落ち着かせる効果)を描いたところ、犯罪が減少しました。これは経済学では説明できません。

③ よいアイデアの逆もまたよいアイデア

保険商品のパンフレットを以下の二種類用意しました。

  • 長い案内書 安心感を与えてくれる
  • 短い案内書 商品は簡単なものだと思え、安心感を与えてくれる

すると、そのどちらも効果がありました。案内書を短いものにするというアイデアはよいアイデアでしたが、案内書を長いものにするという逆のアイデアもよいアイデアでした。

図 逆もまた良いアイデア
図 逆もまた良いアイデア

④ 1×10と10×1は違う

経済学者にとって1×10と10×1は同じです。期待値を計算すれば同じだからです。実際は1×10と10×1は同じではありません。1回で1,000万円もらえるロシアンルーレットは10人くらいはやるかもしれません。しかしその10倍の1億円もらえても1人で10回のロシアンルーレットはやらないでしょう。

アマゾンは47人の顧客に1つの品物を売ることができます。しかし1人の顧客に47の品物を売ることは容易ではありません。一度に47回も品物を買えば、47回も配送の対応をしなければならず、1回くらいは誤配送があるかもしれません。(まとめて配送を選択すればいいのかもしれませんが)

⑤ 正しいプロセスは重要でない

多くの企業は正しい決定のため、市場調査を行います。

しかし、「市場調査の問題は、人々が何を感じているのか考えないこと、何を考えているのかを言わないこと、そして言う通りの行動をとらないことだ」と、広告産業に多大な影響を及ぼした「広告の父」、デイヴィッド・オグルヴィ氏は述べています。

実は正しいプロセスで決定することはさほど重要ではありません。iPhoneは顧客のニーズに従ってつくられたわけでも、フォーカスグルーブと繰り返し相談して開発されたわけでもありません。1人の精神が錯乱した男による偏執狂的な構想のたまものでした。
彼はこうスピーチしました。

「ハングリーであれ、愚かであれ(Stay hungry, stay foolish)」

起業家の本質です。

意思決定に論理を用いる必要はありません。最も貴重な発見は、最初は筋が通らないものです。筋が通ったものなら他の誰かがとっくに試しているでしょう。むしろ直感に反したものを試してみるべきです。

⑥ 行動の裏にある隠れた目的を刺激する

以下は隠れた目的を暴く偽の広告スローガンです。

  • 花 下心のある安価な贈り物
  • ペプシ コークがない時に飲むもの
  • 食器洗い機 汚れた皿を人目につかない場所に押し込むためのもの
  • 自宅のプール 水着姿で庭を歩き回ってもバカみたいに思われないこと

国家運営も同様です。共産主義国の計画経済がうまくいくには、人々が何を求め、何を必要としているかを官僚はすべて知っていて、その要望を適切に実現できるのが自要件です。現実にはそれは不可能です。人々の欲望を知るには試行錯誤が不可欠だからです。

⑦ 「自信」というプラシーボ市場

女性の化粧、ファッション、美容に多額のお金が費やされています。これが異性へのアピールでないことは明白です。異性へのアピールであれば体を覆う布が少なければいいだけです。その真の目的は、他人と比較して自分に自信と言うプラシーボを与えるためです。だから誰にも会わない自宅では、すっぴんにジャージなのです。

男性の化粧品市場は広がらないのは、男性の自信に美容(化粧)という価値観がないからです。男性の自信は容姿でなく財力や権力だからです。それを象徴するのが高級車や高級腕時計です。これは女性にラグジュアリーカーやヨットの市場が広がらないのと同じです。

最高級のワインのビジネスに関わる専門家も同じように考えています。実は最高級のワインとは典型的なプラシーボ市場です。ワインビジネスの専門家は自分が売っている商品には関心がありません。彼らは自らを「売春宿の去勢男」と表現します。「宣伝している商品に免疫があるから、自分は価値があるのだ」と。

効果的なプラシーボのルールは

  • 何らかの努力が注がれ希少性がある
  • 費用がかかる

などが挙げられます。

⑧ なぜ格安航空会社が航空券の価格に含まれていないものを説明するのか?

格安航空会社は、自社にないものとして「事前に割り当てられた座席、機内食、無料の飲み物、無料の機内預かり荷物」を丁寧に説明します。そして交換条件を明確に定義することで、顧客に格安航空券を受け入れてもらいます。その裏の意味は、運行はちゃんとしていて危険はないことを示すためです。

5. アイデアを記憶に残るようにするには

スタンフォード大学教授チップ・ハースとコンサルタントのダン・ハースは、著書「アイデアのちから」で記憶に焼き付くアイデアの原則を挙げています。

① 単純明快

3つ言うのは何も言わないのに等しい

1992年のアメリカ大統領選挙では、ビル・クリントンも政策通でなんでも答えたがったため、争点がぼけていました。選挙参謀ジェームズ・カービルは選挙スタッフに向けて「経済なんだよ、馬鹿(It’s the economy, stupid) 」と伝え、これにより争点は絞られました。対立候補の持ち出した財政再建は話題にならなくなりました。

不確実性があれば決定しない

トバースキーとシェイファーの実験に以下のようなものがあります。

学生に格安のハワイ旅行があると伝えて、期末試験の結果をその場で告げると、合格者の57%が「格好のお祝いだ」とハワイ旅行を決定し、また、不合格者の54%が「自分を元気づけるのによい機会だ」とハワイ旅行を決定しました。つまり格安のハワイ旅行があれば、合格しても不合格になっても半分以上はハワイに行くことを決断したのです。
しかし、試験結果を知らせない場合は、61%が旅行を決断しませんでした。つまり不確実性があると、人は決断しなくなります。

関心を引き寄せる謎かけ

読者をひきつける優れた文章はすべて謎かけで始まっています。つじつまの合わない問題を提示し、状況を書いた上で、読者を謎解きの世界に誘います。

② 意外性

1953年アメリカからトランジスタのライセンスを取得した東京通信工業の井深大は、世界初のトランジスタラジオを開発しようとしていました。当時できたばかりのトランジスタは出力が弱く、補聴器ぐらいしかできないと言われていました。そこで井深が掲げた言葉は「ポケットに入るラジオ」。この言葉に技術者は奮起し、4年後に本当にポケットに入るラジオTR-55を発売、東京通信工業はソニーという世界的企業になりました。

③ 信頼性

信頼は物語から

バム・ラフィンは10歳で煙草を吸い始め、24歳で肺気腫を患いました。禁煙を訴える公共キャンペーンCMは彼女を起用し、自らの体験談を語ってもらいました。肺気腫のせいで呼吸困難になった姿や背中の手術跡、辛い気管支鏡検査などを放映しました。この物語は多くの人の心をとらえ彼女は禁煙運動のヒロインになりました。彼女は31歳で亡くなりました。

図 物語は人に強く訴える
図 物語は人に強く訴える

煙草の害を論理的、医学的に説明するよりも、実際のこの物語の方が見ている人の感情に強く訴えたのです。

「なぜ買うべきなのか」理由のない広告

「私がピアノの前に座るとみんな笑った…でも弾き始めるとみんな黙った」
ジョン・ケープルズの1925年のコピーです。多くのすぐれたコピーにより伝説のコピーライターと言われた彼は

「広告が成功しない理由で一番多いのは、自分たちの達成したことで頭が一杯なあまり、なぜ相手がそれを買わなければならないのかを言い忘れてしまうことだ」

と語りました。広告は相手のメリットを中心に組み立てるべきなのに、大多数の広告はそうではないのです。

参考文献

  • 「欲望の錬金術」ローリー・サザーランド著 東洋経済新報社
  • 「キャズム2」ジェフリー・ムーア著 翔泳社
  • 「アイデアのちから」チップ・ハース、ダン・ハース著 日経BP社

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

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