「なぜ中小企業の商品開発は失敗するのか?」 ~ランチェスター戦略から考える商品開発~
なぜ中小企業の新製品開発は失敗するのか?
部品加工だけでなく自社商品を持ちたいと、商品開発を行い展示会で発表、さらに地元の新聞にも掲載されました。しかしその後販売は苦戦、思うように売上は上がりません。あるいは社長のアイデアで新商品を考案し、支援機関に相談に行きましたが、ダメ出しばかりされた、こういった話は珍しくありません。なぜ中小企業の新製品開発のうまくいかないのでしょうか?
一方、中小企業の新たな取組の例として、今までない寝具のエアーウィーブや調理器具バーミキュラなどがマスコミに取り上げられています。これらの成功事例は前者とどこが違うのでしょうか?中小企業の新製品開発を「ランチェスター戦略」から検証し、どうしたら中小企業の新製品開発が成功するのか考えました。
軍事戦略だった! ランチェスターの法則
「ランチェスターの法則」とはイギリスの航空技術者フレデリック・ウィリアム・ランチェスターが確立した軍事戦略です。これには第一法則と第二法則があります。
【ランチェスター第一法則(一騎打ちの法則)】
ランチェスターの第1法則で支配される戦い
- 敵の兵力を目視できる狭い地域での「局地戦」
- 「接近戦」
- 1人が1人しか狙い撃ちできない「一騎打ち戦」
A軍100名 B軍70名
【第一会戦】
損失 A軍20名 B軍20名
残存兵力 A軍80名 B軍50名
【第二会戦】
損失 A軍20名 B軍20名
残存勢力 A軍60名 B軍30名
このような戦闘で有利になるには
- 兵力数を多くする
- 武器効率を高める
しかし兵力数の差が大きく開かなければ、戦術、戦闘での指揮采配により、兵力差を逆転できます。
【ランチェスター第二法則 (確率戦の法則)】
ランチェスターの第2法則は、敵が視野に入らない広大な地域での「広域戦」や近代兵器を使用する「確率戦」に適用
この第2法則に支配される戦い
- 敵が視野に入らない「広域戦」
- 1人が複数の敵を倒せる近代兵器での「確率戦」
- 「遠隔戦」
A軍100名 B軍70名
【第一会戦】
損失 A軍10名 B軍16名
残存兵力 A軍90名 B軍54名
【第二会戦】
損失 A軍10名 B軍20名
残存勢力 A軍80名 B軍34名
【第三会戦】
損失 A軍8名 B軍34名(全滅)
第二法則では、戦いを重ねるごとに兵力差が開き、3回でB軍は全滅します。従って兵力が少ない弱者は第一法則で戦い、兵力が多い強者は第2法則で戦うことが必須です。
常に敵の3倍の戦力で攻撃する現代アメリカ軍
第二次世界大戦は、機関銃などの強力な火力、航空機同士の戦いなど第二法則が支配する戦争でした。1942年にアメリカ海軍省はコロンビア大学などと共同でランチェスターの法則を数理モデルにした「ランチェスター戦略モデル式」を開発し、実際の戦略に活用しました。そして常に敵の3倍の戦力で攻撃することで確実に勝利しました。これはオペレーションズ・リサーチとして現在のアメリカ軍の戦略の基礎となっています。
ランチェスター戦略を経営に応用したのは日本独自の取組
ランチェスター戦略は経営コンサルタントの田岡信夫氏がランチェスターの法則を経営戦略に応用した日本独自の経営戦略です。1970年代以降、松下幸之助氏をはじめとして多くの企業がランチェスター戦略を経営に取り入れました。一方経営学など学術分野の評価は低く、ランチェスター経営を知らない経営学者、経営者も少なくありません。
ランチェスター戦略の特徴1 弱者と強者
ランチェスター戦略では市場シェアが26%以上を強者、19%以下を弱者とし、強者と弱者は全く異なる戦略を取るべきとしています。
強者とは市場地位が1位に限ります。それ以外は2位であっても弱者です。市場シェアは、地域・商品・流通(販路)・顧客などの単位で考えます。従って大企業でも特定の市場や地域では弱者になってしまうことがあります。弱者・強者にはそれぞれ代表的な戦い方「5大戦法」があります。
弱者の戦略~正面から強者と戦わない~
【基本戦略】 差別化
差別化とは武器効率を高めることです。ランチェスター戦略では、武器効率は営業担当者の能力や商品力です。またランチェスター戦略では戦力とは営業担当者の数です。弱者は戦力が強者より劣るため正面から強者と戦えば勝ち目はありません。そこで同じ戦力なら勝てるよう
に営業力や商品力を高めます。商品力で差別化できない場合アフターサービスの強化も有効です。
【弱者の五大戦略】
- 局地戦
- 一騎打ち
- 接近戦
- 一点集中
- 隠密行動
エリアが広ければ弱者は少ない営業力が分散し、強者との差が開きます。しかし地域を限定して狭いエリアに営業担当者を集中すれば、そのエリアにかぎっては強者と戦力の差がなくなります。こうして弱者は強者に対して局地戦を挑み、個別に強者からシェアを奪っていきます。
局地戦で強者の営業担当の数と拮抗すれば、強者と弱者の営業担当者の力の差は大きくありません。こうした一騎打ちではランチェスターの第一法則が適用されるので、数の差の影響は少なく弱者の勝算が高くなります。ただし様々な商品があると営業担当者の力が分散するので、商品・サービスを絞り、エリアを絞って強者と一騎打ちになるようにします。
広い範囲での販売活動は広告宣伝の効果が大きく、豊富な資金力の強者に有利です。また多数の顧客に広く販売する場合、知名度やブランド力も重要で、その点でも強者に有利です。逆に営業担当者が顧客と直接対面する一対一の接近戦ではランチェスターの第一法則が適用され、知名度やブランド力の差は大きくありません。頻繁に会って顧客と親密な関係を築けば弱者でも強者に勝つことができます。そこで弱者は地域を絞って頻繁に顧客を訪問する、はがき、電話、手紙などの手段で個々の顧客に頻繁に接触して深い関係を築きます。
営業担当者の総数で劣る弱者でも1点に集中すれば、その点に限れば営業担当者の数で強者を上回ることができます。そのためには地域を限定する、市場を細分化し狭い市場に絞る、重点的に販売する商品を1点に決める、など一点集中戦略を取ります。
強者は、2位以下の競合の動きを常に監視し、自社の驚異となる優れた製品や安価な製品が出現すれば、それを阻止しようとします。具体的には類似の商品をいち早く開発し、競合よりも安く市場に投入するミート戦術 (後述) をとります。そこで弱者は、強者に発見されないように新製品はひそかに開発し、局地戦で展開していきます。局地戦で繰り返し勝利して強者と対等に戦えるまでは隠密行動を取ります。時には強者の目をそらすために、わざと目的とは違う行動を取り相手の注意とそちらに向ける陽動作戦を取ることもあります。
強者の戦略~常に2位以上をマークする~
【基本戦略】 ミート戦略
強者は弱者を監視し、弱者が新たな製品を開発し差別化をしたら、直ちに同じ製品を開発し対抗します。これがミート戦略です。家電で国内1位のかつての松下電器はこのミート戦略を徹底し、「マネシタ電器」と呼ばれました。同社の創業者 松下幸之助氏は臆することなく「しっかりとマネしとるか」と社員を督励していました。
【強者の五大戦略】
- 広域戦
- 確率戦
- 遠隔戦
- 総合戦
- 誘導作戦
弱者が局地戦で攻めてくる場合、強者は局地戦にならないように広いエリアでの広域戦に持ち込みます。商圏を広い範囲に拡大し、局地戦に持ち込まれないように幅広い商品構成で弱者がかなわないようにします。
テレビCMなどマスメディアを使った広告宣伝は、ランチェスター第二法則が適用されます。投入金額が多いほど高い効果が得られます。一般消費者向けの製品は、営業担当者が顧客一人一人に直接販売する商品は少なく、広く広告宣伝を行って商品やブランドを知ってもらい店頭で購入してもらう製品です。このような商品の販売促進は広告宣伝に依存する確率戦となるため強者に向いています。
1人1人が顧客と接する接近戦では数の優位が得られにくいため、強者は一対一の接近戦は避け、マスメディア広告や販売代理店を活用した全国展開など遠隔戦に持ち込んで資金力や戦力を活用します。
弱者が単一の製品に営業力を集中して一点突破するのに対し、強者は製品の量、バリエーション、広告宣伝、販売力、サービス網など総合力を駆使して、広い範囲に展開することで弱者のマネできない戦術で挑みます。
弱者は局地戦に持ち込むことを強者に読まれないように隠密行動を取ります。時には陽動作戦を展開します。強者は弱者の動きを冷静に観察し、陽動作戦には乗らず、強者の得意な広域戦に弱者を誘導します。例えば、1種類の製品で一点突破を試みる弱者に対し、弱者に対抗する製品だけでなく、その派生製品を展開して広く展開します。あるいは弱者の得意な製品シリーズと別の分野の製品ラインを展開し弱者をこれに対抗させます。
市場占有率(マーケットシェア)で全て決まる
ランチェスター戦略を発案した田岡氏は、アメリカのオペレーションズ・リサーチの戦略モデル式を市場シェアに置き換えて、目標とする市場占有率を図5のように導きました。
- 市場占有率が41.7%以上
- 市場占有率が19.3%以下
- 市場シェア10.9%以下
- 市場シェアが2.8%以下
市場占有率が41.7%を超えればプライスリーダーとなりトップの地位は安定します。収益性は高く、その収益を次期商品の開発に投入できます。
なおかつ市場シェア2位の場合、まずは3位以下を攻撃して市場シェアを奪うのが定石です。そうして3位以下との差が十分に開いた後、1位の企業を攻撃します。
これは市場にようやく足がかりができた状態です。この場合、上位企業を追いかけていたずらに商品ラインや商圏を広げても戦力が分散してしまいます。まだ自らの力が不十分なことを理解して、現在のエリア、商品の中で占有率を高めるようにします。
市場において存在感がなく限界企業と呼ばれます。一倉定氏によれば「やがてはこの世から消え去る運命にある」、その理由は
- 景気の変動に弱い
- 市場での知名度が低い
- 突然の環境変化に弱い
不況になると流通業者は在庫調整のために仕入れを減らしますが、その場合限界企業から減らします。そして景気が回復し仕入れ量を増やす際は、まず大手の仕入れ先に声をかけ、限界企業に声をかけるのは最後です。こうして大手と限界企業との差はじりじりと開いていきます。
知名度が高ければ顧客は指名して買いますが、顧客が知らない製品は価格を下げなければ買ってくれません。
震災、海外での紛争など外的な要因で突然原料不足が生じた時、実績の多い企業から優先して供給し、実績の少ない限界企業への供給は後回しになります。
限界企業にはこのような不利な点があるため、限界企業は地域、商品、顧客を限定して、その限られた領域で何としてでも高いシェアを取るようにしなければなりません。
質を無視するランチェスター戦略の問題
ランチェスター戦略の元となったランチェスターの法則は、戦闘という複雑な事象を単純化して、数理モデル化しました。現実の戦闘で双方の武器効率が同じあることはなく、また現実の戦闘場面では指揮官の判断や個々の戦闘員の行動も結果に影響します。同様にランチェスター戦略でも勝敗を営業担当者の数に因るものとしますが、現実には優秀な営業担当者とそうでない営業担当者では結果に違いが出ます。この点を指摘して「ランチェスター戦略は現実的でない」という批判もあります。
そこでランチェスター戦略は量的要因の分析と対策に使い、質的要因は別に考えます。実際は質の違いによる結果の影響は、量の違いほど大きく影響しません。オペレーションズ・リサーチ導入したアメリカ軍は、第二次世界大戦で日本軍の守る島を常に3倍の兵力で攻略しました。多くの島で日本軍は敢闘し、アメリカ軍は大きな損害を受けましたが、結果的には3倍の戦力投入は少ない被害で戦闘を進めることができました。
同様に新商品、新市場開拓は、まずランチェスター戦略に基づき、量的要因で確実に勝てる戦略を立てます。質的要因はその後ゆっくりと考えます。
事業を戦争に例えるのはどうか、という反論
市場が成熟し、容赦ない競争が影を潜めた今日、企業間競争に戦争の概念を持ち込むことに違和感があるもしれません。しかし現実には、市場が誰もいない空白地帯であることはめったにありません。ある企業が新製品を開発して市場に参入すれば、その市場に以前からいた企業から見れば、それは「よそ者からの攻撃」と受け取られます。既存企業は、市場シェアを維持するために新参者を全力で排除しようとします。
従って、新商品開発とは、市場という領地を確保するため血みどろの戦いを続けている戦国武将たちの中に、開発したばかりの商品という頼りない武器で参戦することです。しかも戦いに参加する側が相手の情報をほとんど持っていないことが多いのです。極端な場合は、新しい発明と自信満々の製品でしたが実はすでに世の中に出ていたこともあります。そうならないように少なくとも競合製品の価格、メーカー、企業規模、特徴はつかんでおきます。
経営コンサルタントの一倉定氏は「死に物狂いで戦っているのだ」という経営者に「戦っているのなら敵の情報を集めているはずだから、それを拝見したい」というと多くの経営者は黙ってしまうと語っています。「ライバル企業の経営情報を信用調査会社から集める」、「ライバル企業の営業担当がどのくらい訪問しているのか顧客から聞いてくる」、このような活動を地道に行っている企業は限られています。(余談ですが一倉定氏は、自社の営業車に会社名やロゴを入れるのは、敵に自社の行動を知らせるため、メリットよりもデメリットが大きいと言っています。)
ランチェスター戦略を理解すれば、十分な市場シェアを確保できない分野に参入をすることが危険なことが分かります。新市場への参入は既存企業に対する攻撃であり、既存企業はシェアを守るために激しく反撃してくると考えなければなりません。
なぜ中小企業の新製品開発は失敗するのか?
失敗の事例を述べる前に、新製品に必要な要素を再度確認すると、新たな製品やサービスを開発する場合、最低でも以下の条件は満たしておく必要があります。
- 対象市場と商品の価値
- 競合
- 優位性
- リスク
「この商品は誰のどんな問題を解決するのか」明確になっていなければなりません。それが商品の価値になります。それが今まで解決されていない問題であれば「革新的な商品」になります。そして「誰の」から市場が明確になります。また市場規模、将来性(市場の伸び)もわかります。
この場合、直接同種の商品を提供している企業だけでなく、今までその商品の代わりに購入されていた商品も競合になります。例えば、コンビニ・コーヒーの競合は、その店舗で販売されている缶コーヒーやコーヒー飲料だけでなく、町の喫茶店や自動販売機も競合です。
競合に対してどんな点が優位か、顧客の視点で明らかになっている必要があります。製造業が企画した製品には、つくる側の論理で他社と比較した優位性が延々と説明していますが、顧客の視点では優位性が感じられないものもあります。
どんな新商品や新事業にもリスクは必ずあります。その場ですぐにリスクを3つ言えるくらいにしておきます。
以下に中小企業の新製品開発失敗の原因について述べます。
ありきたりの一般消費者向け製品に手を出す
鍋、食器などキッチン用品、清掃用品など日用雑貨、園芸用品など一般消費者向けの商品を中小企業が開発して、市場シェアを押さえるのは容易ではありません。これらの商品は顧客が小売店の店頭で購入します。新商品を顧客に買ってもらうためには大量の広告宣伝が不可欠だからです。そして顧客が店頭で購入する場合、商品の認知度とブランド力が大きな影響を持ちます。既存商品よりも改良した新商品も知名度もブランド力もない中小企業の製品は、小売店も良い場所に陳列せず、顧客も手に取らないため売上が伸びません。
「それでもバーミキュラのように中小企業の中には一般消費者向けの商品で成功している企業もあるではないか」というかもしれません。しかしこの場合は鍋のジャンルの中でもさらに細分化した無水調理というジャンルを自ら作り出しています。これは今までにないもののため市場で認知してもらうのに大変な労力がかかります。
そこで今までない製品ではなく、今ある商品に少し改良を加えた場合はどうでしょうか。そのような商品の中には、自らの生活体験に基づくアイデアを盛り込んだ日用品が多くあります。一倉氏はこれを「王様のアイデア」と呼んでいます。このような日用品、家庭雑貨は、資本も技術もあまり必要ないため、誰でも容易に参入できます。そのため過当競争になりやすく低収益の業界です。売れるとなれば競合は特許侵害もかまわず参入します。裁判になっても結果が出るまで何年もかかるので、その間に逃げ切ろうというわけです。
大きなマーケットに参入して限界生産者に留まる
一般消費者向けなどの市場が自社の企業規模に比べて大きすぎれば、事業が安定するために必要な30%以上のシェアの売上、販売数量が非常に大きくなります。それを達成するために必要な生産体制、広告宣伝、必要な資金も非常に大きくなり、中小企業にとっては社運を賭けたプロジェクトになってしまいます。そこまで投資ができず、細々と売っている状態では限界生産者に留まります。利益は出ず、景気の悪化や消費者の嗜好の変化の影響を真っ先に受け市場から退出させられてしまいます。
また鍋や食器のような日用品には既存企業が必ずあります。新規参入する商品が本当に良い商品で、既存顧客の大半が新商品に移行するようであれば既存企業にとって死活問題になります。当然ですが全力で反撃してきます。具体的には同じような性能の商品を開発し、ライバルよりも価格を下げてシェアを守ろうとします。
また新商品が新しいジャンルや市場を切り開いた場合、その市場が大きければ必ず大手が参入、そうなると新商品で参入した中小企業は、強者と真っ向から戦わなくてはならなくなってきます。
販売増加に対応できない不十分な生産体制
新商品を発売して顧客から好評だった場合、売上は急激に増加します。それに合わせて十分な供給体制がなければ、顧客は他社の類似の商品を購入してしまい市場シェアを確保できません。
そこで市場のピークの需要に対して、どのくらいの生産能力(供給能力)が必要かを事前に検討します。前掲の一倉定氏によればその目安は現在の年商の3倍です。新商品を発売して売上が20~30%伸びていくと、瞬間的には2倍くらいの売上になります。さらに翌年の売上増加を考慮すれば年商の3倍くらい必要なります。ただし3倍の供給能力を全て自社で賄う必要はなく、不足する分は外注でカバーすれば十分です。そうしておかないと注文に応えきれず、売り損ないと機会損失が生じます。
認知度を高める費用、時間を見込んでいない
新商品が今までにない商品の場合、顧客はその良さがわからないため販売は非常に難しくなります。大手であれば大量の広告宣伝費を投じて顧客にその良さを認知してもらうことができます。中小企業でも一般消費者向けの商品に取組む場合、大手と同じ手法を取ることもあります。
寝具のエアウィーヴは、(株)中部化学機械製作所が始めた新規事業ですが、今までにないマットレスでしかも知名度のない中小企業の製品の為、大量の広告宣伝を行っても、それが消費者に浸透し売上が1億円に達するまで3年を要しました。それまでは多額の広告宣伝費のため赤字で、事前に相当の資金がなければ不可能でした。
エアウィーヴのような資金がなく、商品の良さが消費者に簡単に伝わらないものは、どのようにして広く顧客に知ってもらうかを考えておく必要があります。場合によっては、この点で開発を断念することもあります。
自社商品を持っていない企業の多くは、この販売力を軽視する傾向があります。実際、販売力は商品力よりも重要です。商品力が多少劣っていても販売力が強ければ売れるからです。あるいは販売を商社、卸などに任せる場合があります。しかし商社や卸は多様な商材を扱っており、自社の商品はその中の一つにすぎません。代理店契約をすれば彼らが新商品を熱心に売ってくれるというわけではありません。代理店の販売網を活用できますが、販売は自ら行う意思が必要です。例えば代理店の顧客リストを借りて自社でDMを発送したり、代理店と同行営業するなど自ら動く必要があります。
自社の文化と異なる事業に手を出す
部品加工でも少品種大量生産と多品種少量生産では、受発注から生産管理、品質管理などの業務が異なり、また企業文化も異なります。少品種大量生産の会社が多品種少量生産に取り組んでも、自社の業務のやり方や人の考え方が合わないため最初はとても苦労します。
同様に新商品開発も一般消費者向けの商品をやってきた企業が産業用製品へ、あるいは逆の場合、企業文化が異なるためハードルが高くなります。同様に流通業者が開発する自社商品、需要が通年安定している業界の企業が季節変動の激しい業界へ参入などもハードルが高い取り組みです。
小売・流通事業者へのマージンを考えず値段を決める
一般消費者向けの商品では、小売店との間に問屋など流通事業者が入ります。その場合、小売店、流通事業者のマージン(手数料)を考えなければなりません。それまで下請けとしてやってきた企業には、こういった販売にかかる経費を過少に見積もる傾向があります。例え、インターネットで直販する商品でも、市場での評価が高まれば問屋や小売店が扱いたいというかもしれません。
しかしせっかく向こうが売る気になってくれてもマージンがあまりに低ければ扱ってくれません。あるいは海外に販売する場合は通関手数料や輸出に関わる経費も販売価格に見込んでおく必要があります。海外への情報発信も容易になった今日、思わぬ顧客が海外に現れることもあります。
どうすれば新商品開発が成功するだろうか?
このような失敗を考慮して、逆にどうすれば中小企業の製品開発が成功するのか、成功に必要な条件を考えてみます。
十分なマーケットシェアが取れるように市場を細分化する
参入しようとする市場を調査し、競合企業と商品の特徴、販売方法、販売要員の数、市場シェアを調べます。そしてその市場の10%を押さえようとした場合、今の自社の規模で十分に可能か検討します。それが難しければ断念します。10%を抑えることができなければ、1位に必要な30%以上のシェアは不可能だからです。10%が困難であれば地域、顧客、製品を細分化して、市場を狭くして再度検討します。
十分な供給体制を準備する
新商品は最初は少量つくった市場に投入して反応を見ます。それで大丈夫と判断すれば大量に投入します。その際、市場の反応が良く、販売量が伸びた場合、欠品を起こさないように十分な供給能力(売上の3倍を目標)を確保します。といっても多額の設備投資はリスクが大きいので、自社の能力を超えた分は外注をうまく活用し、設備投資はできる限り抑えます。
今までにない製品は認知のためのコストを見込む
今までにない商品は顧客が認知するまでの時間と、認知してもらうための広告宣伝の費用を見込んでおきます。また広告宣伝の方法も考えておきます。さらに小売店や問屋などを経由する場合は、その分の費用を見込みます。こうして毎月一定の広告宣伝費を投じて、小売店や問屋にマージンを払い、自社も営業経費を毎月かけて、それでも十分な利益が出る事業かどうか検討します。加えて発売までにかかった開発費、販売が軌道に乗るまでの赤字分を含めて、想定した年数でどれだけの利益が出る事業か検討します。
一方自社商品がBtoB商品であれば、マス広告は自社製品を競合にも知らせることになります。むしろDMや電話、直接訪問などの接近戦に徹し、競合に情報が漏れないようにします。
競合の反撃を予想する
よそ者の侵入に対し既存企業は全力で反撃に出ます。それを予想して対処する方法を計画します。例えば従来品より優れた新製品を開発して市場に参入すると、既存企業は従来商品を大幅に値下げして対抗します。あるいはこちらの商品の弱点を顧客にPRしたり誹謗中傷を行ってきます。競合の価格が下がると当初想定した性能と比較した価格のメリットが弱くなります。それに対して値下げで対抗するのか、製品の良さをPRし高い価格を維持するのか対策を考えます。
自社の文化と合っているか再確認する
これから取り組む商品に対して、市場、顧客、販売方法、販売業者、その他業界の特徴を調べて未知のものがないか調査します。もし未知のものがあれば、それは自社で対応できるものか検討します。
こうして商品、市場、顧客、販売店、競合を調査し、業界がそれまで自社が関わってきた企業文化と合っているかどうか確認します。合っていない部分が少なければ、そこをどうやって合わせるか検討します。合っている部分が少ない、自社と合わない文化が多ければ、自社には向いていない事業の可能性があり、場合によってはそこで参入を断念します。
参考文献
「ランチェスター戦略がマンガで3時間でわかる本」 田岡 佳子 著 明日香出版社
「ランチェスター思考 競争戦略の基礎」 福田秀人 著 東洋経済新報社
「一倉定の社長学 市場戦略・市場戦争篇」 一倉定 著 日本経営合理化協会
「一倉定の社長学 新事業・新商品開発篇」 一倉定 著 日本経営合理化協会
経営コラム ものづくりの未来と経営
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