組織文化 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Wed, 15 Oct 2025 04:26:18 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7.4 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png 組織文化 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 チェックリストがミスを防ぐ! ~その効果と適切な使い方~ https://ilink-corp.co.jp/17880.html https://ilink-corp.co.jp/17880.html#respond Wed, 15 Oct 2025 02:05:31 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=17880
【コラムの概要】

人為的なミスであるヒューマンエラーを防ぐために、チェックリストの活用が有効です。複雑な手順を記憶に頼らず確実にするため、航空業界では古くから重大事故の教訓からチェックリストが使われてきました。また、医療現場でも感染防止や手術の安全確保、チーム内のコミュニケーション向上に役立っています。良いチェックリストは、マニュアルとは異なり、致命的な項目に絞り、シンプルで明確な文章で記述し、作業の一時停止点を設けて確実に確認することが重要です。

あっ忘れ物! 
作業ミス!

私たちは普段から多くのヒューマンエラーを起こしています。時にはこれが深刻な不良や重大事故につながります。

どうすればヒューマンエラーを防ぐことができるのでしょうか?

そのヒントは私たちが普段使っているツールにあります。
「チェックリスト」です。

チェックリストはこれまで多くの事故やトラブルを防いできました。
今回はこのチェックリストについて取り上げました。

1. いくつもの悲劇を教訓に

ひとつのミスが重大な事故につながる飛行機の運行、
そこには多くの事故を教訓としてチェックリストの活用が進められてきました。

1). 記憶するには複雑すぎる

1935年アメリカ陸軍は次世代の長距離爆撃機の開発をマーチン社、ダグラス社、ボーイング社に提示し、各社はプランを示しました。
ボーイングのブランは全長31メートル、4基のエンジンを搭載したこれまでにない大型の機体でした。他社よりも高速で長距離を飛行できるモデル299でしたが、試作機が離陸直後に墜落し、2人の乗員が亡くなりました。

原因は「パイロットのミス」、
パイロットはモデル299の複雑な操作に気を取られ、昇降舵と方向舵のロック解除を忘れました。
ある新聞は「一人で飛ばすには大きすぎる飛行機だった」と評しました。

しかし陸軍はあきらめずにモデル299の開発を継続しました。
陸軍の取った解決策は「チェックリスト」でした。
亡くなったパイロットは熟練のテストパイロットでした。これ以上の技量をパイロットに求めるのは現実的ではありませんでした。

図 ボーイング B-17(Wikipediaより)
図 ボーイング B-17(Wikipediaより)

彼らは、ハガキ大のカードに、離陸、飛行、着陸などそれぞれのチェック項目を書きました。
「ドアと窓は閉じられているか」
「昇降舵のロックは解除されているか」
項目は当たり前のことばかりでした。
しかしその効果は絶大でした。試験飛行は成功し、モデル299は「B-17」、別名「空飛ぶ要塞」として正式採用されました。

モデル299は「一人のパイロットが飛ばすには大きすぎる飛行機」ではなかったのですが、

「一人のパイロットが手順を全部記憶するには複雑すぎた」のです。

2). どちらのエンジンに火災が発生したのか

1989年1月8日、ヒースロー空港を出発したブリティッシュミッドランド航空92便(ボーイング737-400型)は、高度8500mの地点で左エンジンが損傷しました。
しかしパイロットは右エンジンの火災と判断し、右エンジンを停止させました。そして緊急着陸のためイーストミッドランズ空港に向かいました。
その結果、着陸態勢中に損傷した左エンジンがついに停止しました。推力を失った機体は地面に激突。乗客118名の内47名が犠牲になりました。

従来の機種は、空調システムの吸気口が右エンジンコンプレッサーにありました。そのため、副操縦士は機内が焦げ臭いことから、右エンジンが損傷したと判断しました。しかしこの新型機(ボーイング737-400型)は、両側のエンジンから空気を取り込むようになっていました。そして火災を起こしたのは左エンジンでした。

客室内から右のエンジンから炎が上がっているのが見えたのですが、そのことを副操縦士は確認しませんでした。

3). 限られた時間だからこそ

飛行機でチェックリストが活用されているのは、限られた時間の中で確実な手順が求められるからです。
「急いでいるからこそ、確実であるべき」
墜落か生還か、生死がかかっている場面で、同じことを何度も繰り返す余裕はありません。

2009年1月15日 ニューヨーク発USエアウェイズ1549便がカナダ雁の群れに遭遇しました。不幸ことにふたつのエンジンがカナダ雁を吸い込んでします、エンジンが停止しました。
しかし機体はハドソン湾に無事不時着、乗客・乗員合わせて155名は無事でした。

図 不時着水したUSエアウェイズ1549便
図 不時着水したUSエアウェイズ1549便
図2 不時着水したUSエアウェイズ1549便  

エンジンが停止してから着水するまでの時間は3分しかありませんでした。しかも着水時の衝撃で後部貨物室ドアが破損しました。そのため機体は1時間後には水没してしまいました。

しかし機内には
エンジン再始動のチェックリスト
不時着水のためのチェックリスト
緊急脱出のチェックリスト
がありました。チェックリストに従い必要な手順を確実に実行できました。
機長は機内に取り残されている人がいないか、機体最後部まで確認した後、最後に機内を出ました。

2. チェックリストとその効果

1). 集中力はあてにならない

切羽詰まった状況では、人間の記憶力と集中力はあてになりません。一つ手順を忘れればすべてが台無しになってしまうような場面で、記憶力に頼るのはとても危険です。
いつ沈むかもしれない機内で、乗客を確実に脱出させる際、その場で正しいやり方を考えている時間はありません。あるいは、ずいぶん前に行った脱出訓練の記憶に頼っていては、大事な手順を飛ばすかもしれません。そんな時、チェックリストがあれば確実に行動できます。

例えば車の運行前点検、令和4年の法改正で、社用車・事業用車の運行前点検が義務付けられました。
では「どこをどう点検するのか」わかるでしょうか? 
運行前点検は、運転免許取得時に誰もが学んだはずです。ですが

「知っていることと」、「正しくできること」の違いはとても大きいのです。

2). 確実のはず?

このチェックリストを使って安全を確実にしているミュージシャンがヴァン・ヘイレンです。彼らの地方巡業には機材を満載した9台のトラックも随行します。しかし地方のステージが機材の重さに耐えられないなどトラブルが多発します。そのため彼らの契約書は電話帳並みに分厚いものです。そこには奇妙な項目があります。

「楽屋にボウル一杯のM&M’sチョコレートを用意すること。ただし、茶色のM&M’sはすべて取り除いておくこと。もし違反があった場合はコンサートを中止し、バンドには報酬を満額支払うこと」

実際、ボーカルのデビッド・リー・ロスはコロラド州のイベントで茶色のM&M’sを見つけて中止しました。ヴァン・ヘイレンのメンバーは、茶色のM&M’sがそれほど嫌いなのでしょうか。

ボーカルのデビッド・リー・ロスは、次のように語っています。

「もし楽屋で茶色のM&M’sを見つけたら、全てを点検しなおすんだ。すると必ず問題が見つかる。」
事実、コロラド州のイベントでは興行主が重量制限を確認しておらず大事故になるところでした。

ボウル一杯のM&M’sチョコレートは彼らに取って危険を知らせる炭鉱のカナリアだったのです。

3). 大事なことに集中できる

チェックリストに頼ると
「チェックリストに従うだけになり、自分で考えなくなる。硬直化する」
と考える人もいます。しかし現実は逆です。チェックリストを使うと
「何をチェックするか」
といった単純なことはチェックリストに任せることができます。そして
「チェックした結果がどうだったか」
といったもっと難しい問題に注意を集中できます。

単発のセスナ機のチェックリストには、飛行中にエンジンが停止した場合のエンジン再始動の方法が6つの手順に凝縮して書かれています。ただし最初の手順は1つだけ、「飛行機を飛ばせ」。 パイロットはエンジンの再始動や原因の分析に一生懸命になり、最も大事なことを忘れてしまいます。それは

「飛行機を操縦すること」

多くのパイロットが問題解決に気を取られて墜落したことをこのチェックリストは伝えています。

4). めったにないことこそ

チェックリストの効果があるからといって、すべての作業でチェックリストを使うようにすれば誰も使わなくなります。日々行う作業は誰でも覚えています。だから作業者はチェックリストの必要性を感じません。

ではどんな時にチェックリストは効果があるのでしょうか。それは、

「これをやらないと重大な結果をもたらすこと」、そして「たまにしかやらないこと」

です。航空機のエンジン再始動は、運行中に一度もそんな場面に遭遇しないパイロットも多くいます。だからこそチェックリストが役に立ちます。

5). ベテランの怠慢

手順を省く誘惑は常に存在します。確認作業の大半は、その結果は問題ありません。だからといって「今回ぐらいやらなくても問題は起きないだろう」といった怠惰が続けば、いつか惨事が起きます。チェックリストは、そういった誘惑に負けないツールでもあります。

そしてリーダーの判断がおかしいと思ったとき、その判断項目がチェックリストにあれば、スタッフは声を上げることもできます。

1977年テネリフェ空港で起きた航空機事故では、KLMオランダ航空の機長は管制塔の指示を勘違いし、離陸許可が出たと思ってしまいました。疑問に思った機関士は「パンアメリカン航空がまだ滑走路にいるのでは?」と機長に聞きましたが、「大丈夫だ」と機長は言い切り離陸を開始しました。その結果、2機のボーイング747は衝突し、583名がなくなるという史上最悪の航空機事故が発生しました。

チェックリストがあれば、機関士は機長を止めることができたかもしれません。

3. もうひとつの命を懸けた現場

飛行機の操縦が1人の人間が記憶するには複雑すぎるのであれば、医療現場も1人の人間が行うにはあまりにも複雑です。外科医アトゥール・ガワンデは、1人の医師が1年に平均何種類の病気を診ているのか調べたところ、
250種類の病気を診断し、300種類の薬を処方し、100種類の検査を行っていた
ことが分かりました。
そのどれもミスがあれば命に関わります。

1). 手を洗わない?

静脈カテーテルの挿入では、挿入時の細菌感染が問題でした。2001年にジョンズ・ホプキンス病院のICU(集中治療室)のピーター・プロノボスト医師は、中心静脈カテーテルの挿入のチェックリストをつくってみました。リストは5つの手順が記載されました。

  1. 石鹸で手を洗う
  2. 患者の皮膚をクロルヘキシジンで殺菌する
  3. 滅菌覆布で患者を覆う
  4. マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋をつけ、カテーテルを挿入する
  5. 刺入点をガーゼなどで覆う

1か月観察したところ、1/3以上の患者で1つ以上の手順が省略されていました。そこで医師が1つでも手順を飛ばした場合

カテーテルの挿入を止める権利を看護師に与えました。

その後1年間でカテーテル挿入から10日間の感染率が10%から0%に低下し、カテーテルの感染は15か月間で2件しか起きませんでした。

2). 奇跡の生還

オーストリアの心臓外科医マーカス・テールマン医師は、これまで雪崩や水難事故による心肺停止の患者の蘇生を何度も試みましたが、しかし1人も助けることができませんでした。わずかながら助かる可能性が見えても、必要なものがすべて揃っていることはなく何かが足りませんでした。
そこでレスキュー隊と電話オペレーターにチェックリストを渡し、事故現場に到着する前にチェックリストに従って機器の準備をしてから病院に連絡を入れるよう頼みました。

ある日、3歳の少女が氷の張った池に落ちてしまいました。両親が池の底で彼女を発見したのは30分後、テールマン医師の病院に運び込まれた時には、すでに2時間以上経過し、少女は仮死状態でした。彼女はすぐにICUに運ばれ、人工呼吸器やECMO(体外膜型肺)など幾多の治療を行いました。こうして数千もの手順を経て、2週間後、彼女は退院しました。

専門家が集まり、お互いが協力して行う手術は、複雑で一度に多くのことを行わなければなりません。そのためこれまでも少なからずミスが起きていました。
こういったミスに対してチェックリストを導入した病院がスタッフにアンケートを取りました。その結果、80%のスタッフが「チェックリストは短時間で簡単に使え、手術をより安全にしてくれた」と答えました。
そして「もしあなたが手術を受けるとしたら、その時にチェックリストを使って欲しいと思いますか」という質問には93%がイエスと答えました。
つまり93-80=13%、この人たちは、

自分ではチェックリストは面倒なので使いたくはないが、自分の手術には使って欲しい

と考える人たちでした。

3). コミュニケーション

様々な専門家が協力して行う手術は、大きな病院の中ではメンバーがそれまで全く面識がないこともあります。メンバーの名前も知らない中で、予期せぬ事態が手術中に起きればどうなるのでしょうか。こんな時、チームワークの良し悪しは患者の命に関わるかもしれません。

そのためチェックリストに自己紹介の項目があります。
お互いが名前と担当を言います。手術室で自己紹介なんて奇妙に思うかもしれません。しかし実際、その効果はてきめんでした。手術を終えたスタッフに手術中のコミュニケーションについて評価をしてもらうと、自己紹介をしたチームはコミュニケーション項目が高く評価されました。

そして手術開始前に自己紹介と、この手術についての懸念を話す機会があると、手術中もお互いに問題を提起したり、解決策を出しやすくなることが分かりました。
患者の立場で考えると、麻酔をかけられ開腹された自分の体越しに、手術スタッフが意見交換しているのは、あまりいい気がしないかもしれません。しかしお互いがよそよそしく、しかるべき確認をせず、懸念事項があっても気が付かないふりをされるよりは、はるかに良いのではないでしょうか。

事実、南カリフォルニアの病院ではチェックリストと手術前の話し合いで、塩化カリウムのバイアルと抗生物質のバイアルの取り違えに気づきました。(もし塩化カリウムを投与したら患者は亡くなっていたかもしれません。) また書類の記入ミスで「ソラコスコピー」(胸腔鏡化手術)でなく「ソラコトミー」(開胸術)の準備をしていたことにも気づくことができました。

4. 良いチェックリストの作り方

1). チェックリストはマニュアルではない

チェックリストはマニュアルではありません。マニュアルは必要な手順が全部記載され、往々にして膨大な量になります。また作業中にマニュアルを読むこともありません。
では「なぜマニュアルを作るのか」と言えば、
正しく教えるためです。
マニュアルという基準となる文書から正しい作業を教えます。もし現実の作業内容が違っていればマニュアルを改訂します。

しかしチェックリストは作業中に毎回使用します。毎回使用するだけに内容はシンプルなものでなければなりません。

2). 一時停止点を明確に

いつチェックを行うのか、作業の一時停止点を明確にします。「行動したのち、チェックをするのか」、「チェックリストを見て行動するの」を決めておきます。

そして一時停止点では、行動を一旦停止して確実に確認します。ぱっと見て
「やってあるから大丈夫だろう」では不十分です。
確実に行われていることを確認したから、次の行動に移行しても問題ないのです。
ただしチェックリストが長すぎて、一時停止点が1分~1分半もかかるとチェックリストを邪魔に感じるようになります。そしてチェックリストを使うのを省いてしまいます。そのため、チェックリストの項目は

”キラーアイテム”と呼ばれる、飛ばされると致命的な結果をもたらすもの

に絞ります。心配だからとあれもこれも入れてはいけません。

ボーイングがつくる非常用のチェックリストには、管制塔への連絡などパイロットが行うべきことが書かれていません。それは非常時では管制塔への連絡をパイロットは忘れないことがわかっているからです。

3). 誰でも同じ解釈になりますか?

従ってチェックリストは長すぎず、原則として5~9項目、1枚の紙に書ける程度にします。

また文章はシンプルで明確なもので、誰が読んでも同じ解釈になるものでなければいけません。よく見かけるチェックリストに「○○を確認したか」があります。確認すれば結果はどうでもよいのでしょうか? これでは誰が見ても同じ結果は得られません。確認した結果、問題があるかどうか、結果を適切に判定し記入するようなチェックシートが望ましいでしょう。

図 あいまいさのあるチェックリストと明確なチェックリスト
図 あいまいさのあるチェックリストと明確なチェックリスト

4). テスト!テスト!テスト!

チェックリストはつくれば終わりではありません。実践の場で問題ないか、実際に使ってみて改良が必要です。特に非常時には想定外のことが起こります。チェックリストが思ったように機能しないかもしれません。この非常時用のチェックリストをどうやってテストするのでしょうか。

ボーイングは実機のコックピットさながらの精巧なフライト・シミュレーターで様々な非常事態を再現します。その結果、最初に作ったチェックリストが思ったように機能しかったこともありました。そこから改良に改良を重ねて、必要なことを網羅したシンプルなチェックリストをつくります。

実際には、飛行中にトラブルが起きればパイロットに入る情報は限られています。「警告灯の原因は何なのか」、「どこまで損傷したのか」様々な現象が考えられます。しかし彼らはコックピットで意見を戦わせるよりも、まずチェックリストを手に取ります。それほどチェックリストは信頼されているのです。

5. 100%安全・良品を実現するためにチェックリストの活用

では、このチェックリストの考え方をものづくりに生かして、ミスを防ぎ100%安全・良品を実現することはできるのでしょうか。

1). ダブルチェックは必要ですか?

チェックリストに従ってチェックしたのにもかかわらずチェック漏れが発生しました。チェック漏れの対策は難しいため、やむなくダブルチェックを行うこともあります。しかしこれにはダブルチェックは2つの問題があります。

  • 同じやり方でチェックするため、同じミスを起こす可能性がある
  • 2人が同じチェックをすることで責任が分散し、ひとつひとつのチェックがおろそかになる

こうした問題を避けるため、1回目と2回目でチェックの方法を変えます。検算する場合、1回目は上から検算し、2回目は下から検算します。

あるいは2人がチェックするのであれば、一人が数字を読み上げ一人が数字を確認することで責任の分散を防ぐことができます。

2). チェック機構を入れる

データの集計の多くはエクセルなど表計算ソフトで行います。表計算ソフトだから計算間違えはないはずですが、元々の計算式が違っていたため誤った結果が出ることがあります。表計算ソフトだからと信用せず、チェック機構を組み込みます。例えば、表に入力する場合、図のように行から合計したものと、列から合計したものを表記します。もし違っていれば、表のどこかの値が間違っている可能性があります。

図 縦横で合計した例
図 縦横で合計した例

エクセルで複雑な計算をする場合、関数で一度に計算せず、あえて計算を分けて途中過程の値を表示します。これにより「計算式が正しいか、結果が合っているか」確認が容易になります。

例えば設備Aから設備Dまでの4台の設備の製品毎の特性値を以下の表のように測定しました。設備毎の工程能力指数Cpkを計算したい場合、Cpkの計算式は以下の式で表されます。

図 Cpkの計算式
図 Cpkの計算式

この場合、Cpkの計算式を下のようなエクセル関数をつくれば一度で計算できます。しかし計算式に間違いがあった場合、確認が容易ではありません。

図 Cpkを一度に計算した例
図 Cpkを一度に計算した例

そこで手間がかかりますが、下表のように平均値、標準偏差、かたより係数と順に計算します。

図 段階的にCpkを計算した例
図 段階的にCpkを計算した例

そうすれば途中過程の平均値や標準偏差の値が、ある設備だけが大きければ、Cpkが悪い時もそれが原因だとわかります。

複雑な計算になればなるほど「急がば回れ」です。

3). NG行為は明確ですか?

作業標準書には正しい手順が書かれていますが、やってはいけないことまでは書かれていません。しかし作業者は知らないうちに、やってはいけないことをやってしまうことがあります。そこで作業標準書にやってはいけないことも書いておきます。特に過去に「こうしたら、このような問題が起きた」そういった実例があれば記載します。NG作業とその結果、起きることを書いておけば、

あえてそれをやろうという作業者はいないでしょう。

4). なぜそうしなければならないのか?

1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で、原子力発電所の核燃料を製造中に核分裂反応が起きるという臨界事故が発生し、作業員2人が死亡、1名が重傷を負い、667名が被ばくしました。

JCOは作業の効率化のため、国の規定に反した独自のマニュアルを作成していました。さらに当日、被爆した作業員は、そのマニュアルとも違う方法(バケツと沈殿槽と呼ばれる容器で混合する)で核燃料を製造し、核分裂反応を起こしてしまいました。

図 ウラン溶液の製造工程
図 ウラン溶液の製造工程

JCOは、製造しているものが「一歩扱い方を間違えれば核分裂反応を起こす核燃料」で、「どうすれば核分裂反応をおこすのか」、「なぜこのような手順を決めたのか」その理由を作業員に説明していませんでした。

それを知っていれば、このような危険な行為を作業員は行わなかったでしょう。

5). そうしたら、こうなる

核燃料のように見ただけでは危険なものに見えないものは、工場には多く存在しています。化学薬品には触れば化学やけどを起こす危険なものもありますが、見た目は透明な液体にすぎません。
また「稼働している設備の回転部に巻き込まれればどうなるのか」初心者は具体的にイメージできません。

そんな場合、実験して危険を実感してもらう方法があります。化学薬品であれば、「買ってきた鶏肉や豚足に薬品をかけてみる」、設備であれば「稼働している部位に木の棒や豚のスペアリブを入れてみる」などです。

その結果どうなるのか、赤くただれたもも肉や砕け散ったスペアリブを目の前で見れば、保護メガネや手袋もせず化学薬品を扱ったり、稼働中の設備に手を入れようとは思わないでしょう。

6). 失敗は忘れられ、過ちは繰り返される

1955年、雪印乳業北海道八雲工場で停電と機械故障のため、製品の牛乳で食中毒菌が繁殖し、小学生1936人が食中毒になりました。当時の社長 佐藤貢は以下の文を全社員に向けて発信しました。

「当社の事業において唯―人の怠る者があり、責任感に欠ける者がある場合、それが社会的に如何なる重大事件を生じ、社業に致命的影響を与えるものであるかは、今回の問題が何より雄弁にこれを物語っており、われわれは痛切にこれを体験したのである。
(中略)
信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬である。
(中略)
われわれ全社員がこの問題を徒らに対岸の火災視することなく、各々の尊い反省の資料としてこれを受入れ、全員が一致団結し、真に謙虚な気持をもって愈々技を錬り職務に精励し、誠意と奉仕の精神とをもって、生産者と顧客に接する努力を続けるならば、必ずや従来の信用を取戻すことが出来るばかりでなく、ますます将来発展への契機となることを信じて疑はない。」

全文はこちらから

残念ながらこの教訓はいつしか風化し、2000年に14,780人もの食中毒事件を起こし、雪印乳業は解体されました。

事故や失敗は誰でも思い出したくない出来事です。しかも世代交代で、当時を知る人は徐々に会社にいなくなっていきます。それを風化させないためには、あえて何度でも学ぶ姿勢が必要なのではないでしょうか。

日本航空が2006年にオープンした安全啓発センターには、1985年に御巣鷹山に墜落した123便の機体が展示されて、事故から30年を迎えた2015年には2万人が訪れています。当初、日本航空はフライトレコーダーのみを社員教育用に残し、他は廃棄する予定でした。しかし遺族の強い要望により機体の一部が展示されています。

この機体は何よりも雄弁に事故を物語っています

8). 安心と信頼

安心とは「危険源が存在しない状態」です。現実には、様々な活動の中で危険源が存在しない状態はあり得ません。従って安全を達成するには、「安心はあり得ない」と考えるひつようがあります。「安心はあり得ない」のだから、安全は信頼によって得るしかないのです。

この信頼とは、中谷内 一也によれば、

  • 安全を確保するための”能力”(技術力の評価)
  • 守るべき相手を守ろうという”誠実さ”(真面目さや努力状況の評価)

の双方が必要です。安全を確保するための能力は、チェックリストなどの手法や仕組みで整備しても、

守るべき相手を守ろうという”誠実さ”

がなければ、安全を確保する文化は培われず、チェックリストや仕組みの適切な運用は得られないでしょう。

参考文献

  • 「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」アトゥール・ガワンデ著 (株)晋遊舎
  • 「安全人間工学の理論と技術」小松原明哲 著 丸善
  • 「ANA整備士のこだわり ヒューマンエラーは現場で防ぐ」田口昭彦 著 産経出版
  • 「安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学」中谷内 一也 著 ちくま書房

経営コラム ものづくりの未来と経営

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企業不祥事と組織の問題 その4 ~三菱自動車の燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/14579.html https://ilink-corp.co.jp/14579.html#respond Tue, 21 Jan 2025 23:23:23 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=14579
このコラムの概要

三菱自動車で起きた燃費不正問題について第三者委員会の調査報告書を読み解くと、不正以外に手段がない状況に追い込まれた担当者の姿が見えてきます。なぜリコール隠し事件の結果、コンプライアンス強化に取り組んだ同社で不正問題が起きたのか、そこには組織とリーダーの課題が見えてきます。これは同社以外でも起こりうる問題です。

排気ガス、燃費などの不正が2000年以降相次ぎました。

そこでコンプライアンスと内部統制について、「企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~」で取り上げました。

また技術者は、技術の専門家として高い倫理観が求められます。この工学倫理について「企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~」で取り上げました。

これまでに起きた不祥事の原因は、コンプライアンスや倫理観の欠如だけではないのです。そこで日野自動車で起きた排気ガス、燃費不正問題について、一般的な報道では語られなかった原因を「企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~」で取り上げました。

今回は三菱自動車で起きた燃費不正について、第三者委員会の調査報告書から掘り下げて考えます。

燃費不正の発覚

三菱自動車は、2013年6月から生産する「eKワゴン」「eKスペース」と日産にOEM供給する「デイズ」「デイズルークス」の4車種の国土交通省に提出した燃費試験データに虚偽があったことを2016年4月発表しました。

対象台数は三菱自動車が販売した15.7万台、日産が販売した46.8万台、合計62.5万台に上りました。

きっかけは2015年秋に提携先の日産が燃費を測定したことでした。

そこで、燃費の実測値が国土交通省の届出値と大きく乖離したことで不正が判明しました。

これに対し三菱自動車は顧客に補償金10万円を支払うこととし、650億円の特別損失を計上しました。消費者庁は三菱自動車と日産に対し、景品表示法の優良誤認違反として4億8,507万円の課徴金納付命令を発出しました。

この問題を理解するためには、国交省の型式指定における燃費測定について理解する必要があります。

燃費測定の技術的背景

開発した車が国交省の型式指定を受けるには、形式指定審査に必要な燃費や排ガスなどのデータが必要です。その際に燃費や排出ガスが国の基準を下回れば、減税や補助金を受けることができます。

従って試験データの改ざんは重大な法令違反になります。

この燃費試験データは、大型車の場合は実車での測定が困難なため、エンジン単体での試験でした。

乗用車は実際の走行データ

一方乗用車の場合は試験室のシャシーダイナモメーター上で試験自動車を実際に走行させます。

その際、実際の走行条件と同じになるようにシャシーダイナモメーターに一定の負荷を与えます。この負荷の大きさは国が定めた方法で実車を走行させて測定します。燃費試験データを国に提出する際は、この走行試験データも国に提出します。

<h4>走行抵抗の測定方法</h4>

この走行抵抗は、ころがり抵抗と空気抵抗の2種類があります。これは以下の式で計算します。

走行抵抗の計算式

この走行抵抗の測定方法には、惰行法と高速惰行法がありました。

惰行法

指定速度+5km/hで変速機をニュートラルにして、指定速度-5km/hに達するまでの時間を測定します。

指定速度は20, 30, 40, 50, 60, 70, 80, 90km/hの8段階あります。

測定は往路・復路各3回ずつ行い、その平均値を求めます。測定値の最大と最小の比が1.1を超えた場合は、再度測定しなければいけません。

高速惰行法

速度を150km/hまで上げて5秒間保持した後、変速機をニュートラルにして、1秒ごとの速度、又は速度が10km/h低下した時の時間を記録します。

測定は速度が10km/h以下になるまで行い、往路、復路各3回ずつ行います。

従って高速惰行法の方が測定は短時間にできます。

国の指定は惰行法

1990年当時の運輸省は「型式指定審査の負荷の測定方法は惰行法によること」と決定しました。

一方、アメリカは高速惰行法の1種コーストダウン法です。

惰行法は速度が8種類もあるため測定には時間がかかります。実走試験はその日の気温や風の影響も受けます。

測定した結果、測定値の最大と最小の比が1.1を超えれば、測定はやり直しです。

他社も違反していた

今回、三菱自動車の燃費不正問題を受けて、国交省は各メーカーに調査を指示しました。

その結果、スズキも惰行法でなく、実験室の風洞で空気抵抗を測定し、走行抵抗を算出していたと報告しました。原因は、スズキの相良テストコースは横風が強く、安定した測定が困難だったためでした。

逆算プログラム

三菱自動車は1990年に形式指定審査に惰行法が採用されたとき、惰行法で測定することも検討しました。

しかし測定に時間がかかるため、測定は高速惰行法で行い、高速惰行法の測定結果から惰行法での走行抵抗を計算する逆算プログラムを作成しました。そしてその結果を惰行法で測定した結果として国に提出していました。

2000年代 三菱自動車の苦境

三菱自動車は1990年代には「パジェロ」などRVがヒットし、1995年には国内3位のシェア(11%)を獲得しました。

その後も拡大路線を進みましたが、競合他社との競争が激化したことと、RVブームの終焉により国内シェアは低下しました。

2000年にはシェアは6.9%に低下し、行き過ぎた設備投資による巨額の負債が経営を圧迫しました。その結果、2000年にダイムラー・クライスラーと提携しました。

しかしその後も業績は低迷し、2003年に2,154億円、2004年には4,747億円の損失を計上しました。

さらに子会社の三菱ふそうで2000年と2004年にリコール隠し事件が起きました。これをきっかけに2004年にはダイムラー・クライスラーとの提携が解消されました。

危機に瀕した同社は三菱グループから約6,000億円の支援を受け、さらにコスト削減を徹底した結果、2006年には黒字化を実現しました。

開発人員の減少と日産との提携

この徹底したコスト削減は、同社の開発力に影響しました。

開発本部の人員は2004年に2,753人だったものが、2006年には2,383人と370人も減少しました。不正問題が起きた性能実験部は2004年から2年間で30人が退職しました。

研究開発費は2004年の687億円から2009年には224億円まで減少しました。

こうしたコスト削減が低燃費技術の遅れにつながったという第三者委員会は指摘しています。

日産は、これまで販売する軽自動車をスズキや三菱自動車からOEMで供給を受けていました。

しかし日産独自の商品を充実するために三菱自動車と提携し、日産と三菱自動車の合弁会社 株式会社NMKVを設立し、2014年型eKワゴンから共同で開発することとしました。

2014年型eKワゴンでは、実際の開発は三菱自動車が行い、NMKVは商品企画及びプロジェクトマネジメントを行いました。

不正行為

不正行為に至った背景に、度重なる目標変更がありました。

2014年型eKワゴンの度重なる目標変更

日産との初めて共同開発した2014年型eKワゴンには、燃費訴求車、ノンターボ(2WD、4WD)、ターボ(2WD、4WD)の5車型がありました。

この開発時期と燃費目標、実験結果の経緯は以下のようになっています。

開発時期と燃費目標、実験結果の経緯

  • 2011年2月 燃費目標26.4km/l 
    F(商品構想)ゲート通過
    (ゲート : 開発の各段階でゲートを設け品質達成状況を審査することで品質問題をなくす仕組み。2000年のリコール問題以降設置。そのプロセスはMMDS(Mitsubishis Motor Development System)に規定
  • 2011年5月 27km/lに引き上げ
    E(目標固定)ゲート通過
  • 2011年10月 28.0km/lに引き上げ
  • 2012年2月 商品開発会議の資料には28.2km/lとあり
  • 2012年5月 開発会議 C(生産着工ゲート)通過 実測値 27.2km/
    性能実験部は更なる改善で達成見込みと楽観的な報告
    開発費削減のため、評価用の試作車を水島製作所に変更、完成が4か月遅れる
    実走試験が冬になり測定が不利になるため、実走試験をタイで行うことに
  • 2012年7月 競合の次期ワゴンRが28.8km/lの情報を入手
    同等の燃費を指示され、更なる改善で達成見込みと報告
  • 2012年12月 競合のダイハツ ムーブが29.0km/lとの報告、開発責任者は29.2km/lを指示
  • 2013年1月 開発期限。開発会議で性能実験部は29.2km/lは厳しいと報告
    開発責任者から依頼した29.2km/lはできないのかと問われる。
  • 性能実験部は「まだ検討は続ける。タイで走行抵抗が下がれば可能性がある」と回答、タイでの試験結果を確認することを前提に開発完了が承認
  • 2012年1月タイで実走 試験を行った結果、転がり抵抗は0.0059。そこでデータの中で良いものだけを恣意的に選別し計算することで0.0052を算出し29.2km/lを達成
    4WD車は性能実験部が要求したのにも関わらずコスト削減のため2WD車しか用意されなかったため、実走試験は行わず、過去の経験から4WD車の走行抵抗は、2WD車の+0.0020と考え、4WD車の走行抵抗を0.0072として算出

このように時系列で追っていくと、すでに設計の終わった製品に対し、燃費目標を再三引き上げたことがわかります。

では、燃費はどのようにすれば改善できるのでしょうか。

燃費改善の方法

燃費が達成できない場合、燃費を改善する手法として以下の方法が調査報告書に書かれています。

エンジンの改良

  • 次世代MIVEC
  • エンジンフリクション低減
  • アイドルストップ
  • アイドル低速化
  • オイル低粘度化
  • EGR増加

補器ロス低減

  • 電動P/S(EPS)化
  • 多段発電制御
  • 高効率オルタネータ
  • 電磁クラッチウォーターポンプ

駆動系の改良

  • ギヤ比適正化
  • ロックアップ領域拡大
  • ロックアップ開始低油温化
  • シフトパターン最適化
  • アイドルニュートラル制御
  • オイルポンプロス低減
  • オイル低粘度化
  • SST化

車両の軽量化 → 慣性重量低減、ギヤ比低減、走行抵抗低減

  • 各部品の軽量化
  • 軽量材料の採用拡大
  • ボデー構造の合理化
  • ボデーの小型化

転がり抵抗の低減 → 走行抵抗低減

  • 低転動抵抗タイヤ
  • ブレーキ引きずり低減

空気抵抗低減 → 走行抵抗低減

  • 形状最適化
  • 内部流低減
  • 床下整流
  • 車高ダウン
  • ボデーの小型化

これらの要素を見ると、設計段階で決まってしまう要素も多く、試作車が完成した段階では改善できる要素は限られています。

完成した試作車の燃費は性能実験部の「適合」にゆだねられました。

適合について

性能実験部は、試作車のエンジン及びトランスミッションの制御プログラムを調整して、燃費、動力性能など相反する要素を最適な条件に調整します。これが「適合」です。

特にエンジン制御は、速度、アクセル開度などの条件に対し、その時の気温、水温、エンジン回転数、流入空気量やノックセンサー、排気ガスセンサーなどのセンサーからの信号と合わせて、最適な燃料噴射量やタイミングを調整します。

これにより自動車の動力性能や燃費性能が変わります。

ただし適合はあくまで調整であり、基本性能を大きく超える性能を引き出すことができるわけではありません。

燃費重視で性能が悪化

ところが発売後、2014年型eKワゴンはあまりに燃費を重視したため、動力性能が阻害され、しかもエンストなどの不具合が多発しました。そしてこれらの不具合を対策したのちは、燃費は大きく低下しました。

理由のひとつは、2014年型eKワゴンに搭載された3B2型エンジンは、2006年に発売されたi(アイ)に合わせて開発されたボア×ストローク65.4×65.4のスクエアストロークのエンジンだったためです。このエンジンは競合他社のロングストロークのエンジンに比べ、燃費や中低速のパワーの点で不利でした。

2014年型eKスペース

2014年型eKスペースはeKワゴンよりも車高が高く居住性を高めたモデルです。これはダイハツ タントと競合するモデルとして開発されました。eKスペースは車高が高く車重も重いため、燃費性能はeKワゴンより低くなると予想され、燃費目標はeKワゴンより低く設定されました。eKスペースの燃費目標は2012年10月の技術検証会で承認されました。

定ミスから誤って目標をクリヤ

eKワゴン、eKスペースとも、机上検証では燃費目標は達成可能と見込まれていました。

実際に2013年5月に試作車で試験を行った結果、当初の燃費目標はクリアしました。

ところが、その後の実走試験では燃費が目標を大きく下回ったことが判明しました。

調査したところ、試作車の試験の際、排ガスが漏れていて実際よりも良いデータになっていたことが判明しました。

そこで再度測定した結果、目標を達成していないことがわかりました。

このままでは国が定めた平成27年度燃費基準をクリアできないため、走行抵抗を算出するグラフの曲線を意図的に改ざんし、実際より低い転がり抵抗を算出しました。

2015年型eKワゴン (2014年型eKワゴンの年式変更車)

2015年型eKワゴンは、2014年型eKワゴンに改良を加えて燃費目標を30.0km/lとしたものです。

しかし開発期間は2014年型 eKワゴンを開発した後のわずかな期間しかありませんでした。燃費を改善する有効な手立てはなかったため、転がり抵抗の測定値の曲線を意図的に下げて転がり抵抗を0.00494に改ざんしました。

データの改ざんはその後2015年型eKスペース、2016年型eKワゴンでも行われました。

不正のまとめ

三菱自動車の燃費に関する不正は、主に以下の3点にまとめられます。

  • 走行抵抗は惰行法で測定することが法規で定められているのにも関わらず、高速惰行法で測定した。そのため高速惰行法で測定したデータを、惰行法で測定したように見せる逆算プログラムで対処した。
  • その高速惰行法でも測定せずに、走行抵抗を机上で計算し提出した。
  • 測定データが目標燃費を達成できないため、測定値の中から意図的に低い数値を選択してデータを改ざんした。

経営陣や管理者は知らなかった

この燃費改ざんを三菱自動車の経営陣や管理者は知りませんでした。

この事件が発覚後、三菱自動車の相川社長、中尾副社長は責任を取って辞任しました。そして2016年10月に日産が2,370億円を出資し、三菱自動車はルノー・日産の傘下に入りました。

さらに2019年以降の次期軽自動車の開発は日産が行い、三菱自動車は生産のみを請け負うこととなりました。

不正により三菱自動車が失ったものはあまりにも大きいものでした。

原因

調査報告書に書かれた原因は以下の4点です。

  • 無理な目標設定
  • 開発体制の不足と硬直的な開発日程
  • 研究開発費の不足による技術の劣後
  • 不正の悪循環

無理な目標設定

2014年型eKワゴンでは燃費目標が5回も引き上げられました。本来であれば設計結果を承認するゲートを通過した後は、目標を変えるのは三菱の技術規定(MMDS)では許されていません。ところが経営陣自らルールをこの逸脱して目標を変更しました。

また燃費目標の達成については、経営陣は現場に対して「がんばれ」とはっぱをかけるだけでした。目標の実現可能性について技術的な検討はされていませんでした。

こうした背景には、今回初めて日産と提携したため、日産と合意したトップクラスの燃費目標に経営陣がこだわったこともありました。

しかも開発本部の幹部や経営陣は、性能実験部が行う「適合」の中身を十分に理解していませんでした。そして燃費向上は性能実験部に任せたままでした。

開発本部の内部では、商品企画・設計など上流工程に対し、性能実験部は下流工程と見なされていました。

社内の序列も同様で、他部署は性能実験部に対し高圧的な態度でした。

しかも開発本部内では上司から指示されたことに対し「できない」と言えない風土がありました。 性能実験部では「『できないことを証明する』よりも『とりあえずできる』といった方が楽」と考え、できないということを憚る風土でした。

開発体制の不足と硬直的な開発日程

三菱自動車の1車種当たりの開発人数は約270名で、これは同規模の自動車メーカーの60~80%程度に相当します。

この少ないリソースは日程の遅れにつながり、しかも上流工程が遅れてゲートの通過が遅れても、開発の完了予定はそのままでした。

そしてしわ寄せは常に下流工程の性能実験部に来ました。

研究開発費の不足による技術の劣後

リコール隠しの影響で三菱自動車の研究開発費は2009年には224億円に減少しました。2015年度は450億円にまで回復しましたが、それでも競合のスズキの2015年の研究開発費は1,310億円でした。

研究開発費が少ないため、リソースは目先の車種の開発や改良に優先され、燃費向上技術のような将来の開発は後回しになっていました。

不正の悪循環

2014年度eKワゴンで、不正を行って燃費目標を達成したため、その後の車種でも不正を続けざるを得なくなり、これがさらなる不正を生むという悪循環になりました。

ついに2016年型eKワゴンは、実走試験も行わず最初から走行抵抗のデータを捏造しました。もう不正を続けたため、実測しても目標達成できる見込みがなかったからです。

調査報告書では指摘されない問題

他にも調査報告書に書かれていない以下の問題がありました。

競合と対等でないエンジン

eKワゴンのエンジンは、燃費に不利なスクエアストロークでした。理由はこのエンジンは前のモデルi(アイ)の狭いスペースに入れるためでした。

しかし当時競合は燃費に有利なロングストロークのエンジンに切り替えていました。エンジンの基本性能が違うのに「適合」で競合と同等の燃費が実現できるのでしょうか。この目標達成の技術的な可能性を経営陣はどこまで理解していたのでしょうか。

無理な燃費目標が他の性能を犠牲に

実際には燃費と動力性能は相反します。

2014年型eKワゴンは、無理に燃費を追求したため、発売後エンジンストップなどの不具合が発生し、その改修に追われました。

燃費を優先するあまり、動力性能や信頼性など重要な性能が犠牲になっていました。

コンプライアンス体制では不正を防げない

三菱自動車は2000年、2004年のリコール隠し問題以降、社内コンプライアンス組織を立上げ、定期的なヒアリングや監査を実施していました。

しかし今回の問題は、経営陣、幹部社員の無理な要求により、性能実験部が不正以外に手段がない状態に追い詰められたため起きました。(性能実験部が楽観的な報告を繰り返したことも一因ですが)

コンプライアンス体制を整備しても、組織をこういった状態にしてしまった経営陣、幹部社員の考え方を変えない限り、不祥事は再発します。 

結果論になってしまいますが、不正を起こさないようにするには(過去に遡って考えて)どうすればよかったのでしょうか。

身の丈に合った開発

コスト削減により人員を大幅に削減した体制では以前と同じ規模の開発はできません。現在の体制でできるような適切な車型数を開発すべきでした。(例えばターボの発売は1年延ばすなど) そしてこれを決めるのは経営者しかいません。

技術的な知見、見通しを持ったリーダーの重要性

開発責任者は根拠ないまま燃費目標を引き上げ、その達成を性能実験部に強要しました。

そのため動力性能が犠牲になり、エンジンストップなどの不具合が発生しました。開発責任者は、開発の最高責任者として、目標達成の技術的な見通しを立てる必要があるのではないでしょうか。

自動車はリスクの大きな事業です。新車の開発には多額の費用(200億円)がかかり、それだけの費用と時間をかけて開発しても、人気が出なければ売れません。

その一方でマツダのファミリアやホンダのオデッセイなど、たった1つのモデルが大ヒットして、傾きかけたメーカーを救いました。

こうしたリスクの高い事業だからこそ、製品の品質、性能を開発責任者や経営者が高い関心を持つ必要があるのではないでしょうか。

(トヨタ自動車の豊田章男社長がすべてのトヨタ車のハンドルを実際に握って販売のGOサインを出しているそうです。)

そしてエンジンの基本性能が競合より不利であれば、燃費については現実的な目標を定めて燃費以外で顧客に訴求する販売を考えるべきだったのではないでしょうか。

競合よりも燃費が0.*km/l劣っていたからといって、どれだけの顧客がそれを気にするでしょうか。

多くの顧客は使っていてカタログ燃費が出ることはなく、参考値にすぎないことはわかっています。

製品を仕上げる部門と、製品を評価する部門が同じ

燃費などの性能を性能実験部がチューニング「適合」し、その結果を性能実験部自らが評価すれば、評価はどうしても甘くなります。

工場で製造と検査を分けているように、性能実験部とは別に製品を評価し合格を出す部門が必要ではないでしょうか。

合格を出す部門は、自社の基準だけでなく、法規制の適合らついても確認しなければなりません。これが適切に機能すれば、高速惰行法など過去の問題も発見されていたかもしれません。

この問題を詳細に見ていくと、決してこの会社だけの問題ではないと思えます。

同様に状況になれば、他の会社でも不正は起きるのではないでしょうか。

参考文献

三菱自動車「燃費不正問題に関する調査報告書」 2016年8月1日特別調査委員会

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/13806.html https://ilink-corp.co.jp/13806.html#respond Wed, 30 Oct 2024 12:05:11 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13806
【コラムの概要】

本コラムは、日野自動車における排気ガス・燃費データ改ざん問題の原因を分析しています。調査報告書が指摘する真因は、「みんなでくるまをつくっていない」(パワートレーン実験部の孤立、全体を俯瞰できない責任者、人材の固定化など)、「世の中の変化に取り残されていること」(上位下達の組織、ハラスメント体質、開発プロセスのチェック不足)、「業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと」の3点です。これらの組織的な問題が、常態化したデータ改ざんを引き起こし、複数のエンジン機種で不正が発覚したと結論付けています。

2022年3月4日、日野自動車株式会社(以降、日野自動車)は中型・大型トラック用エンジンの認証試験で不正があり、対処車種の出荷停止したことを発表しました。

さらに2022年8月3日の国土交通省の立ち入り検査で、小型トラック用エンジンで不正が発覚し、その結果、すべてのトラックが出荷停止になりました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
 

誰もが起こす可能性

この問題に関する記事の多くは日野自動車のコンプライアンス問題を言及しました。

しかし日野自動車が発表した第三者機関の調査報告書を読むと、コンプライアンス体制を構築するだけでこの問題は防ぐことができないのではと感じました。

むしろ日野自動車で起きた問題はどの会社でも起きる可能性があります。

もし自分が日野自動車の担当者と同じ立場に置かれれば、自分も不正を行ったと思います。

この問題の本質は何なのでしょうか。
 

ディーゼルエンジンの排出ガス規制と排気ガス浄化技術

この問題が起きた背景に、ディーゼルエンジンの排出ガス規制(以降、排ガス規制)が短期間に目まぐるしく強化されたことがあります。
 

排ガス規制の変遷

ディーゼルエンジンを使用する大型車の排ガス規制は1974年に導入され、その後順次強化されました。

2009年から適用された「新ポスト長期規制」では
NOx 40~65%
PM 53~64%
と大幅に低減し、

「排出ガスをガソリン車と同レベルにする」

という世界で最も厳しい水準でした。

そのため表に示すようにNOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)は劇的に引き下げられました。


注1)
NOx(窒素酸化物)
一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)など窒素酸化物の総称で、高温で燃える際に空気中の窒素と酸素が結びついて発生し、人体に悪影響を与えます。
PM(粒子状物質)
ディーゼルエンジンの排気ガスに含まれる粒子状物質の総称で、黒煙(スス)や、燃え残った燃料や潤滑油の成分、軽油燃料中の硫黄分から生成される物質などが含まれます。呼吸器系へ沈着し、人の健康に影響を及ぼします。

注2)
表の値は1台の上限値、カッコ内の値は型式当たりの平均値です。規制が平均値としたのは、エンジンの特性にはばらつきがあるためです。そのため個々のエンジンが規制の上限値をオーバーしても、型式当たりの平均値が規制をクリアすれば出荷できる仕組みです。

表 排気ガス規制の変遷

段階NOx
(g/kwh)
PM
(g/kwh)
CO
(g/kwh)
NMHC
(g/kwh)
短期規制
(E規制)
1994年
直噴:7.80
副室 : 6.80
0.7
(0.96)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E5規制)
1997年
4.5
(5.8)
0.25
(0.49)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E6規制)
2003年
3.88
(4.22)
0.18
(0.35)
2.22
(3.46)
0.87
(1.47)
長期規制
(E7規制)
2005年
2.0
(2.7)
0.027
(0.036)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E8規制)
2009年
0.4
(0.7)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E9規制)
2016年
0.7
(0.9)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)

注)
括弧なしの値は型式当たりの平均値を意味し、括弧内の値は1台当たりの上限値を意味します。
E9規制の場合、上限値 0.7g/kWhとは、これを超えるエンジンは出荷できないことを意味します。
対して平均値 0.4g/kWh は、型式当たりの平均値がその規制値内であれば良いです。

 

図 NOx規制の変遷

図 NOx規制の変遷

このように1994年から2016年の22年間に規制は6回も引き上げられました。

それに伴いメーカーは22年間に6回、規制に適合した車種(エンジン)を開発し、国の認証を受ける必要がありました。

その規制は世界トップクラスの厳しいものでした。

しかもディーゼルエンジンの排ガス浄化は技術的に難しい点があったのです。
 

排気ガス浄化技術

排気ガスに含まれる主な有害物質は、NOx,CO,HCの3種類です。

ガソリンエンジンは、三元触媒を使用すればNOx, CO, HCを同時に低減できます。


注)
CO(一酸化炭素)
エンジンの排気ガスに含まれ、無色・無臭・無刺激で非常に毒性が強く、濃度が上がると吐き気やめまいなどの中毒症状が進み、最悪の場合、死に至ります。

HC(炭化水素)
未燃焼燃料が大半で空気中の窒素酸化物(NOx)や紫外線と反応して光化学スモッグの原因となり、濃度が高くなると眼や喉などの痛みを引き起こします。

ディーゼルエンジンの排ガス浄化の問題

ディーゼルエンジンは、混合気中の燃料が希薄なため、三元触媒の効果が低いという欠点がありました。一方、燃料の不完全燃焼は起こりにくいため、HC, NMHC(ノンメタン炭化水素)はほとんど発生しません。

従ってディーゼルエンジンの課題はNOxとPMの低減でした。

しかし、PMは燃焼温度を上げて燃焼効率を高めれば減少する一方、NOxは増加します。つまりNOxとPMはトレードオフの関係にあります。そのためNOxとPMを同時に浄化・低減するのは困難でした。

そこで排ガス中のNOxを窒素に還元するNOx触媒が開発されました。
 

ディーゼルエンジンの排ガス浄化技術

現在のディーゼルエンジンは、以下の4つの技術を組み合わせて排気ガスを浄化しています。

  • 酸化触媒(DOC)によりCO, NMHC(非メタン炭化水素), PMを浄化
  • ディーゼル微粒子補足フィルタ(DPF)で黒煙の元となるPMを除去
  • NOx触媒でNOxを窒素に還元
    (尿素SCRと、尿素を使用しないHC-SCRの2種類)
  • エンジンの改良(燃料噴射制御、高過給・インタークーラー, EGR)

図 後付けの排気ガス浄化技術

図 後付けの排気ガス浄化技術

ここでNOx触媒には、尿素水を排気ガス中に噴射する尿素SCRと、軽油を使用してHCを生成してNOxを還元するHC-SCRがあります。HC-SCRは尿素水タンクが不要ですが、その分軽油を消費するというデメリットがあります。

さらに排ガス規制に加えて燃費規制も強化されました。
 

燃費規制

 
大型車の燃費は、2015年度までに達成すべき燃費基準が2005年に設定されました(2015年度目標)。
 

エコカー減税制度

2015年度燃費基準を達成し排気ガス低減した場合、エコカー減税制度のもとで自動車取得税、自動車税、自動車重量税の軽減が受けられました。

表 排気ガス規制の変遷

2015年度目標取得税自動車税
(自家用)
自動車税
(営業用)
重量税
+15%以上非課税非課税非課税免税
+10%以上75%軽減1%0.5%75%軽減
+5%以上50%軽減2%1%50%軽減
目標達成 3%2% 

しかしこの燃費も排ガス浄化とトレードオフの関係にあり、両方をクリアするのは技術的な困難さがありました。

一方トラック用の大型ディーゼルエンジンの国の認証方法は、乗用車と違いエンジン単体で行います。
 

認証試験方法

エンジンの測定方法

トラックは車両のバリエーションが多く、重量もさまざまなため種類が非常に多く、乗用車のように車両をシャシダイナモメーターに載せて測定するのは困難でした。

そのためエンジン単体をテストベンチ(以降、ベンチ)上で運転し燃費を測定します。試験方法は、国連欧州経済委員会で「重量車排出ガスの測定方法 Ⅱ WHDCモード法」(通称 WHDC)が決められ、日本も2016年のE9規制からWHDCが導入されました。

その一方で、排ガスの浄化能力は、時間と共に劣化します。
 

排気ガスの測定

排気ガスの測定はWHDCによって測定されますが、排ガス浄化装置が劣化すれば規定値を超える可能性があります。そこで規定された走行キロ数を走行後、排ガスが規定内に入っていることを確認する「劣化耐久試験」を行います。

この劣化耐久試験では、一定のキロ数を走行後、排ガス浄化能力の低下を示す「劣化補正値」を計算します。国土交通省の形式指定を受ける際、この劣化補正値を提出します。
 

劣化耐久試験

劣化耐久試験ではベンチ上で規定走行キロ数に相当する時間エンジンを稼働させます。その際、外挿法を使用して運転時間(キロ数換算)を実際の走行距離の1/3にします。

例えば12トンを超える大型車の場合は、規定走行キロ数65万キロですが、外挿法を使えば走行キロ数は21.7万キロです。この距離はベンチでは2,022時間の運転時間に相当します。

外挿法により劣化耐久試験を行う場合、車種区分ごとに排気ガスを測定するタイミングが規定されています(法規が定める測定点)。劣化補正値は、慣らし運転後の排気ガス測定値と規定距離走行後の排気ガス測定値との差から計算します。

この劣化耐久試験中は、排気ガス性能に関する装置は交換してはならず、やむを得ず交換した場合は交換部品を保管しなければなりません。

劣化耐久試験は1回の試験に2,000時間以上かかるため、もし再試験になれば開発日程に大きな影響を与えます。厳しい開発日程の中、失敗は許されない状況でした。
 

再生試験

排気ガス浄化装置には、稼働に伴い劣化した浄化能力を定期的に修復する機能(再生と呼ぶ)を持つものがあります。

WHDCに従って排気ガス中の各成分の平均排出量を計算する際は、「再生調整係数」を用いて再生機能を考慮した平均排出量を計算します。

この再生調整係数のうち、排気ガスへの重みづけをする係数が「Ki値」、燃費への重みづけをする係数が「Kf値」です。
 

燃料消費率試験

新型自動車の形式指定の際、大型ディーゼル車の場合、燃費もベンチ上で測定します。この測定方法はTRIAS08-003-02「燃料消費率試験(重量車)」に規定されています。

ベンチ上で燃料消費率から燃費を計算する場合、等燃費マップを使用します。等燃費マップは2015年度目標に対応したJH15モードと、2025年度目標に対応したJH25モードがあります。


注) TRIAS 日本での新型自動車の試験方法。交通安全環境研究所(独立行政法人)の自動車審査部が作成している基準で、クルマの認可、認定制度において、保安基準に適合しているかどうかを審査する場合に、技術基準と合わせて規範とされる試験方法。

このような環境の中、開発担当者は数年毎に強化される規制に合わせて、新たな製品を出さなければなりませんでした。
 

排気ガス浄化に関する変遷

ディーゼルエンジンは三元触媒の効果が低いという欠点のため、ガソリンエンジンに比べて排ガス規制は遅れていました。

しかし1999年に当時の東京都知事がディーゼルエンジンの排気ガス強化を打ち出したのを皮切りに、国もE6規制(2003年)からE9規制(2016年)まで段階的に排ガス規制を強化しました。

これに対し日野自動車はターボチャージャー、EGRなどエンジン関係、さらに触媒(DOC)、DPF、尿素(HC)-SCRなどで対応しました。

これらの付加装置は時間の経過とともに排ガス浄化機能が低下します。そこで日野自動車ではE6(2003年)から劣化耐久試験が行われるようになりました。

当初は法規が定める固定劣化補正値を使用していました。しかし法規が変わって劣化耐久試験での実測値が使用できるようになったため、その後は実測した劣化補正値を使用しました。

この時、可変ターボチャージャーを使用した場合は、ノズルが摩耗すればNOxは減少する傾向にあるため、劣化補正値を0としました。

「劣化補正値は実測値を使用する」としつつも劣化補正値を0としていたことが、劣化耐久試験を軽視する一因になりました。しかも劣化耐久試験自体が新しい制度の試験のため、試験方法に精通した人材は限られていました。

この排ガス規制はE6規制(2003年)、E7規制(2005年)、E8規制(2009年)と短期間に頻繁に改訂されました。それに伴いベンチ上での試験も増えました。
 

トラック用エンジンでの燃費不正

大型車用E13Cエンジンの問題

E13Cエンジン以前には、E5規制対応の大型エンジンとしてK13C(排気量13Lターボチャージャー付)にコモンレール噴射システムを搭載したものを1998年に販売しました。

しかしK13CではE6規制に対応するのは困難でした。そこで1997年から新たなエンジンE13Cの開発を開始しました。

このE6, E7規制あたりから、認証テスト用ベンチのスケジュールに余裕がなくなってきました。劣化耐久試験はベンチ上で2,000時間以上も運転するためです。

試験日程はギリギリの状況で、予想外のトラブルが発生すれば計画通りに排ガス測定ができない状況でした。

その結果、法規が定める測定点で測定できず、かなりずれた時点で測定したり、測定自体ができないことが起きていました。さらに劣化耐久試験を途中で中止したり、劣化耐久試験自体ができないといった事態も起きていました。

その結果、法規で定められた時点で測定したように試験データを書き換えたり、データがない場合は他の試験データを流用して不正なデータを提出しました。

さらに劣化耐久試験の結果、劣化補正値が0にならないこともありました。しかしパワートレーン実験部では「劣化補正値は0」と認識していたため、ゼロと記載してそれ以上の追求はしませんでした。

このようにデータを改ざんして何とか日程に間に合わせた中で、次の開発が始まります。
 

E7規制(2005年)

E7規制対応のE13Cエンジンは、E7規制に対応するため、可変ターボチャージャーやEGRバルブの制御の変更で排ガス性能を高める計画でした。

燃費は2015年度燃費目標が国から発表されたため、E7規制対応のエンジンが2015年度燃費目標に適合するか検討されました。

しかし2005年11月の会議でパワートレーン実験部は、E7規制対応のエンジンの燃費は2015年度目標に対し6~7%未達と報告しました。

これに対し技監(元副社長)から「車型を限定していずれかの車型で2015年度目標をクリアすること、TRIASをよく勉強するように」と指示がありました。

当時技監の指示は「必達」の意味でした。

再度検討したところ新型の12段トランスミッションの車型(12段車型)では、燃費が約2%改善するため、未達は5%と判明しました。

しかしパワートレーン実験部は役員に12段車型では2015年度目標の達成見込みがあると報告してしまいました。しかし残り5%を改善する具体的な方法はありませんでした。

こうして追い詰められたパワートレーン実験部は、2006年4月に国の認証立ち合い試験の準備を進める中、燃費は、有利な値が出るようにTRIASで認められている±2%の誤差の範囲内で測定機器を調整することを行いました。

注) ±2%は、測定誤差や測定器の誤差があっても目標値を保証するためのマージンです。その範囲内でも測定器を調整することはデータの改ざんでした。

こうしてエンジン回転計、燃料流量計の表示を操作することで認証立会試験は合格しました。

公正であるべき測定器の値を操作することは許されることではありません。しかし、一度行うともう歯止めがかかりませんでした。

2回目の認証立ち合い試験では2%の範囲を超えて値を操作して合格しました。

こうしてE7規制対応E13Cは、2015年度目標を達成する性能がなかったのにも関わらず、達成したことになってしまいました。

このことをパワートレーン実験部以外は誰も知りませんでした。そして以降の開発は2015年度目標を達成したことを前提に進められました。
 

本来は技術者として、「技術的にできていないことはできていない」と報告すべきでした。しかし上司に報告しても「何とかしろ、できるはずだ」のため追い詰められた担当者に残された方法は改ざんしかありませんでした。
 

E8規制(2009年)対応

2007年E8規制に対応するため、E13Cエンジンにコモンレールシステムの変更と、尿素SCRを新たに追加する開発を開始しました。

燃費については、さらなる改善を行い尿素SCRで悪化した分をカバーして、前回のE7規制のエンジンと同等の燃費を目標としました。しかし2008年3月の会議で、燃費目標はE7規制+3%に引き上げられました。

パワートレーン実験部では、様々な燃費改善策を行って、開発したエンジンはE7規制+3.2%を達成しました。しかし元々のエンジンはE7規制対応時にデータを改ざんしていたため、E7規制を満たしていませんでした。

しかしこれを知っているのはパワートレーン実験部のみであり、+3.2%は不十分でさらなる燃費改善が必要とは言い出せませんでした。そのため2010年2月の国の認証立会試験ではE7と同様に、測定器を操作して有利な数値を示しました。

また排ガスについては劣化耐久試験の日程が厳しいため法規が定めた時点で測定ができず、適正な劣化耐久試験ができませんでした。そのため過去の試験データを参考にデータを捏造して認証申請しました。

また再生試験も実施しませんでした。認証申請時は再生試験で得られるKf、Kiの値は捏造して提出しました。

燃費や排気ガス浄化性能に影響するKf、Kiの値は、開発時にすでに決定されていました。パワートレーン実験部の担当者は、再生試験を実施してもKf、Kiが目標値をクリアできる自信はなく、データを捏造するしかありませんでした。
 

常態化するデータ改ざん

その後E8規制対応燃費改善モデル、E9規制対応と開発が進みますが、E7規制対応時に測定器を操作して燃費に下駄を履かせたため、報告される燃費と実際の燃費の乖離は拡大しました。データの改ざんは一度始めたら後戻りが利かず、打ち出の小槌となってしまいました。

このデータ改ざんは、大型車用E13Cエンジンのみならず、大型車用A09C、中型車用A05C、マイクロバス用N04C、建機など特殊自動車用エンジン(オフロードエンジン)にも見られました。違反発覚後は大型のエンジン、及びトラックが出荷できない状態となってしまいました。
 

都合の良いデータを選択

マイクロバス用N04Cエンジンは、トヨタのマイクロバス コースター用のエンジンです。それまで国内の小型トラック向けのN04Cエンジンが酸化触媒にHC-SCRを使用したのに対し、コースター用のN04Cはすでに開発したEuro6対応の小型バス用エンジン(尿素SCR)を採用しました。

このN04Cをトヨタに提案する際、HC-SCRのKf値を用いて燃費を計算するミスをしてしまいました。その結果、燃費は実力よりも良い数値でした。

燃費については、トヨタの担当者から、「燃費基準値の達成度合を引き上げなくてもよい旨の意見」がありました。しかし日野自動車は「燃費基準値の達成度合いを引き上げることは可能」と主張しました。

しかし実験データを元に燃費をシミュレーションしたところ、目標値を満たしませんでした。そこで本来はアイドリング運転開始から20~30分経って、燃料消費量が安定してから測定すべきですが、アイドリング運転開始からもっと短い時間で測定して、都合の良いデータを取得しました。

それでも目標値に到達しなかったため、複数回測定したデータの中から良いデータを恣意的に選択しました。

こうした問題に対し、第三者機関による調査報告書は以下のように述べています。
 

調査報告書が指摘する問題

この日野自動車の不正に対し、調査報告書では下記の3つを真因としています。

  1. みんなでくるまをつくっていない
  2. 世の中の変化に取り残されている
  3. 業務をマネジメントする仕組みが軽視されている

① みんなでくるまをつくっていない

  • 個々の役職員が「みんなでくるまづくりをしよう」という意識が希薄
  • セクショナリズム
  • ・パワートレーン実験部が孤立
  • ・プロジェクトの責任者が全体を俯瞰できていない
  • ・プロジェクト責任者が劣化耐久試験の内容をよくわかっていなかった
  • ・人材が固定化し、他の部署の経験が乏しい
  • ・批判的精神を持った建設的な議論が欠如
  • 能力やリソースに関する現場と経営陣の認識に乖離
  • 法規やルールの動向を把握し、その内容を社内に展開する仕組みがない
  • 品質保証部門や品質管理部門の役割が十分理解されていない

② 世の中の変化に取り残されていること

  • 上位下達の強すぎる組織、パワーハラスメント体質
  • 過去の成功体験に引きずられていることや「撤退戦」を苦手とする風土
  • 日野の開発プロセスに対するチェック機能が不十分であった

③ 業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと

  • 開発プロセスの移行可否の判定があいまいであった
  • パワートレーン実験部が、開発業務と認証業務の双方を担当していた
  • 規定やマニュアル類の整備、データや記録の管理が適切になされていない
  • 役員クラスと現場の間に適切な権限分配がなされていない

    調査報告書はこのように述べています。 しかしこの背景には日野自動車の置かれた状況がありました。  

日野自動車の置かれた状況

 日野自動車は、売上高1兆4,597億円、連結従業員33,850名の大企業です。

その一方、年間販売台数は15万台(2021年度)で、このうち国内が58,158台です。

この中に10トン、4トン、2トンの3車種があり、車種の中でエンジンの型や車体など多様なバリエーションがあります。また建機など特殊自動車用エンジンも用途別に多様なバリエーションがあります。

このように車種が多様なため劣化耐久試験などに多くの試験や評価が必要になりました。こういった事業環境の変化に対して、人材や設備は十分ではありませんでした。

パワートレーン実験部ではベンチのやりくりに苦労していました。

必要な劣化耐久試験をしないまま認証立会試験に臨むこともありました。劣化耐久試験をしない(コンプライアンス違反の)リスクを考えれば、ベンチやテスト人員を倍増するべきでした。

なぜそうしなかったのでしょうか。 報告書には、この問題は指摘されていません。  

経営判断に問題はなかったのか

段階的に強化される規制や多様な種類のエンジンのため、増加する開発をこなせるように、それに合わせた開発環境が必要でした。そのために伴い経営者は、

  • 排ガス規制、燃費規制など事業環境の変化を調査
  • 必要なリソース・体制の整備
  • 幅広い車種や地域での展開が自社の身の丈に合わなければ、一旦は車種や地域を縮小

    この判断は経営者しかできません。当時の経営者は、この時の状況をどのように見ていたのでしょうか。  

ものづくり企業として適切な体制・組織になっていない

報告書にもあるようにパワートレーン実験部が、開発も評価(認証)も共に行えばモラルハザードが起きます。

  • 開発は、開発計画を立てた部署が最後まで責任をもって管理
  • 評価検証を行う部署は、外部の視点・考え方で客観的な評価

    本来はこうした分権体制が必要です。評価検証する部門は、自社の良心として最後の関門の役割があります。  

技術をマネジメントできていたのだろうか

開発は暗闇の中で答えを探すようなものです。解決案があっても必ずしもうまくいくとは限りません。 かといって容易に実現できる目標では他社に負けてしまいます。 そこで

  • どのくらい背伸びをすればいいのか
  • 失敗した時どのくらい開発期間が長くなるのか
  • あるいはできないという結論になった場合、どうするのか

    こういった開発課題と自社の技術力の目利きが必要です。 それには過去の経験にとらわれず、最新の技術や規制を学び、現場の声に真摯に耳を傾ける必要があります。

    さらに開発がうまくいかない時、プランB、プランCを用意する(部下にさせる)必要があります。(これは多くの日本人に苦手なことですが)  

リーダーの役割

こういった判断、開発のマネジメントは、リーダーの役割です。

日野自動車のエンジンは多くのバリエーションがありますが、大別すればE13、A09、A05(J05)、N04の4種類のエンジンです。この4種類のエンジンが日野自動車を支えているのです。

もし1機種でも開発に失敗すれば大変なことになります。 にもかかわらず、燃費改善目標5%はどのような根拠から決めたのでしょうか。

これまでも様々な改善を行ってきた燃費を「もっとがんばれ」と言えば5%も良くなるのでしょうか。

開発のリスクを減らすため、開発仕様を決める前に事前に検証を行う企業もあります。

開発期間の短さを考えれば、そのような取組も必要ではなかったでしょうか。 タイトな日程のためそれもできず、ぶっつけ本番で「うまくいくだろう」と進めれば、かえって時間とお金を浪費します。

こうした技術のマネジメントはできていたのでしょうか。  

指示命令に対し、現場から上司へのフィードバックの機能不全

もしパワートレーン実験部の「できません」という報告に対し、上司が事実を謙虚に受け止め、他の部門も巻き込んで解決に当たれば、結果は変わったかもしれません。

現場で起きている事実に最も精通しているのは、現場の担当者です。

上司からの指示に対し、担当者は実際に現場で起きたことを上司に正しく報告します。 上司はこの情報を的確に受け止め、適切に判断しなければなりません。

それには時には目標の修正や日程の変更などの痛みを伴います。 「なんとかしろ」と言った上司は、現場の情報を的確に受け止めていたのでしょうか。

結果的にこの問題はパワートレーン実験部、ひいては担当者の問題に矮小化されてしまいました。 追い詰められた担当者に残ったのは不正しかありませんでした。

こういった管理、組織の問題は他の企業でも起きています。 これについては別のコラムでお伝えします。 

参考文献

「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会    

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

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企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~ https://ilink-corp.co.jp/13320.html https://ilink-corp.co.jp/13320.html#respond Sun, 18 Aug 2024 11:24:04 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13320
【コラムの概要】

企業不祥事を防ぐには、技術者が高い倫理観を持ち、経営者もそれを尊重することが重要です。チャレンジャー号事故や原発手抜き工事は、技術者の倫理軽視や縦割り組織の弊害を示します。企業風土が不正の原因となるため、健全な組織体制と倫理的リーダーシップが不可欠です。

企業不祥事は社会に大きな損失を与え企業の存続に関わります。

これに対しコンプライアンスとコーポレートガバナンスについて、企業不祥事と組織の問題 その1で説明しました。

一方技術者は自らが関わった技術が誤って使われれば社会に多大な損害をもたらします。そこで技術者には高い倫理観が求められます。それが工学倫理です。
 

技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ

 

1986年スペースシャトル・チャレンジャー号が発射直後に爆発しました。

事故の原因は、打ち上げの日の気温が低かったため、Oリングのシールが不十分になり、そこから燃料が漏れ出したためでした。

打ち上げの前日、Oリングメーカーのチオコール社の技術者ボイジョリーは、明日の打ち上げは低温のため燃料が漏れる危険があると主張し、打ち上げの延期を提言しました。

しかし副社長メーソンは

「君は技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ」

と説得しました。

その結果は、悲惨な結末になりました。

技術者は、技術の専門家として高い倫理観を持ち、技術者の帽子を決して脱いではならないことをこの事故は示しています。
 

工学倫理と技術者倫理

 

技術の進歩に従い、技術が誤って使われると、多くの人が多大な被害を及ぼします。チャレンジャー号では、低温でのシール性の低下と燃料漏れというリスクに対し、正しく評価しなかったため、4名もの命が失われました。

そこで今日では技術者や科学者には高い倫理観が求められ、技術者倫理や工学倫理の教育が取り組まれています。

では、この倫理とは何でしょうか?
 

倫理とは

「倫理」とは、社会生活における人間の行為に関する規範の体系です。

一般生活における倫理は、

  • 人の物を盗まない
  • 公共物を壊さない
  •  

など、日常の中で守るべき普遍的な道徳的規範です。
 

技術者倫理

これに対し、技術者には技術者固有の自律的な行動規範があります。

それは技術者の仕事が一般の人には分かりにくいためです。

もし技術者の行動が道を外れても、専門外の人には見抜くことができません。

それだけに技術者は、自らの行動を厳しく律しなければなりません。

技術者が技術者倫理を意識して技術を正しく使うことで、専門外の我々はは安心して日常生活を送ることができます。
 

倫理と法

ただし倫理はあくまで自律的な規範です。

高い倫理を備えた人でも、うっかりミスをすることもあります。その結果、重大事故が発生すれば、人や社会に被害が及びます。

つまり倫理のみではすべてをカバーできません。

そこでこのような過失に対するのが、法の役割です。法には強制力があります。

対して倫理は他から強制されるものではありません。

そのため倫理では制御しきれないものを法がカバーします。倫理が自律的であるのに対して、法は他律的な規範です。

ただし法も完全ではありません。法はすべてを完全には押さえることができず、必ず抜け穴があります。この法の抜け穴に対しては、自律的規範である倫理が必要です。

つまり倫理が法をカバーします。

このように倫理と法は互いに補完関係にあります。下図のように倫理の落とし穴を法が埋め、法の抜け穴を倫理で埋めます。

図 倫理と法の補完関係
図 倫理と法の補完関係

経営倫理

一方、多くの技術者は組織の中で仕事をします。そこで技術者個人だけでなく、組織の倫理観である経営倫理も重要です。

倫理とは誠実さと想像力

技術者個人の倫理観は、職業に対する誠実さと顧客への信頼を大切にすることです。

  • 顧客が自社の製品をどのように使用するのか、
  • 問題がある製品を出荷すればどのようなことが起きるのか、

それに対する豊かな想像力が必要なのです。
 

乗客を見て責任を痛感した運転士

寝台特急をけん引するJRの電気機関車の運転士の話です。

深夜の運行は強い眠気に襲われる時があります。機関士は列車が駅で停車した時に車内を巡回しました。

お弁当を広げている老夫婦、お母さんに抱かれ気持ちよさそうに眠る赤ちゃん、彼はたちどころに目を覚ましました。自分がこの人たちから安心感と命を託されていることを実感したのです。そして責務の重大さを痛感しました。

最後の番人

ある自動車部品メーカーの検査員の話です。

取引先にサンプルとして出荷する製品の寸法が図面公差から外れていました。納期が迫っているため、経営者は検査員に検査結果に良品として合格印を押すよう指示しました。

しかし若い検査員は

「図面に記載された公差はそれなりの実績や根拠が合って記入されたはずであり、実物が公差から外れていれば、たとえそれが1/1000mmオーバーでも、そのリスクについて判断する根拠がない

と考えました。

わかっている唯一の基準は

「図面公差通りの製品を合格とすれば安全が確保できる」ということです。

「自分が図面と安全の最後の番人である以上、印を押すわけにはいかない」
と主張しました。

経営者は仕方なく製造方法を見直して設備も改善しました。その結果、高い品質が評価されて採用になりました。
 

それでも起きる不正や事故

 

一方、このように企業倫理、技術者倫理の大切さがわかっているのにも関わらず、今でも不正や事故は起きます。

これについてペインは

「数えきれないほど多い企業の不正行為の原因をたどっていけば、

むしろ非現実的な目標達成への圧力、誤ったインセンティブ制度、管理不良、不注意な雇用、不適切な教育訓練、そして倫理的なリーダーシップの欠如に行きつく。

組織風土こそが企業犯罪の最大の原因であることが明らかになっている。」

と述べました。

なぜなら企業の内部でも、各組織の目標は相反するからです。
 

経営倫理と組織のコンフリクト

企業には、様々な部署があります。そして各部署の業務は目指すことが異なります。例えば顧客の要求・仕様を元に設計・製造する企業では以下の3点が必要不可欠です。

●営業
受注するためには少々無理な顧客の要求も受入れる。
納期通りに製品を納入する。

●製造
納期、コストを守って製造する。
仕様から外れても使用上問題なければよい。

●品証
無理な仕様で受注すれば結果的に仕様を満たさず顧客に迷惑をかけてしまうから受注はできない。
仕様から外れたものは品質を保証できないので出荷できない

図 健全な対立構造
図 健全な対立構造

このように組織の目標は相反します。品質を維持し顧客の信頼を得るには、品証は時には他の部署と喧嘩して自らの主張を通さなければなりません。

経営者は、品質保証部門は他の部署と独立させ、強い権限を与えなければいけません。

ところがタテ型組織では、上からの強い圧力が問題を起こします。
 

タテ型組織の問題

問題が起きる組織の特徴を以下に示します。

  • 官僚機構型(縦型)の大規模な組織
  • 現場とトップの間に複数の階層の中間管理職があり意思伝達がスムーズでない
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴

こういった組織は以下の問題点があります。

  1. 情報が階層の上に伝わりにくく、情報が歪曲・制限される
  2. 負のフィードバックが利きにくい
  3. 派閥主義が横行する
  4. 緊急時や突発事件への対応が弱い
  5. 規則や法律より上下関係が重視される
  6. 組織が閉鎖的になりやすい

 
こういった組織では管理より監視の傾向が強くなります。
 

一望監視社会

このようなタテ型組織は、官僚機構だけでなく、軍隊、学校、病院もそうだといえるでしょう。また多くの企業もタテ型組織です。

このタテ型組織に対し、ミシェル・フーコーは「軍隊、学校、病院、工業は全く異なった分野だが運営方法と技術は同じだ」と指摘しました。

  • 1箇所から全体が眺め渡せるような閉鎖空間の中に規則的に人を配置
  • 時間を細分化し、細かな規則を課して行動を制御
  • 理想的な身振りに近づくように訓練
  • 成長を段階化し、発達を規格化した管理

これにより一人で効率よく多ぜい管理できます。フーコーはこれを「一望監視社会」と呼びました。

図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)
図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)

こういったタテ型組織では多様性が否定されます。またそれでよいと考える経営者もいます。

金太郎飴は悪くない

タテ型組織の価値観について、元トヨタ自動車会長 奥田碩氏は以下のように述べています。
以下引用
「『トヨタは金太郎飴だ』とよく言われるんですね。組織の上から下まで、同じ質問を誰にしても、同じ答えしか返ってこない。それは『金太郎飴』みたいなもので、会社としてまずいことだと。そんなふうに言われだしたのは、ここ十年以前のことだと思うんです。

会社の中を見ていると私は『金太郎飴というのは結構悪くないよ』と思うんです。

金太郎飴型の組織というのは、リーダーが『右向け右』といったら百名の部下が右を向いて走れる。『左向け左』と言ったら、左を向いて走れる。そういう同質性を持っているんです。

ここで一番大事な話は、リーダーがしっかりしていなきゃいかんということです。リーダーが理念を持って、的確な指示のもとに部下に仕事をさせる。指示を受けた部下たちは、金太郎飴的に仕事をする。

そうすれば、非常に強い企業ができるんだと私はいつも言っています。」

変化の激しい今日、リーダーの判断は常に正しいのでしょうか?

こういったタテ型組織の強い集団主義は、経営が不振に陥ると企業倫理の意識を弱め、モラルハザードを引き起こします。

経営が危機的な状態に陥ると、人々の心が内向きになり、企業倫理を犠牲にしてでも組織を守ろうとする気持ちが強まります。その結果、モラルハザードを引き起こし、コンプライアンス違反を起こします。

それは企業が人の集団だからです。そこには独自の文化、風土があります。

人が企業風土をつくる

そもそも企業は人の集団です。創業以来、長年企業のメンバーが集団として活動することで、その活動に応じた「理念」と「風土」を形成します。

この中で理念は成文化され、建前として一人歩きをします。

対して風土は不文律として黙認されます。

そして企業の中にダブルスタンダードを形成します。

この企業風土は、独創的な開発体制、教育やノウハウの共有、品質などプラスの面と、以下のようなマイナスの面があります。

  • 縦割り組織の中で周囲への無関心
  • 一方通行や硬直・形骸化したマネジメント(管理)
  • 部署間、指揮命令系統間での風通しの悪さ
  • ヒラメ人間やイエスマンの蔓延
  • 事なかれ主義と責任所在の分散化
  • 社外環境や住民への無関心
  • 密室経営と一方的管理
  • 職場での馴れ合いと排他主義

これらがコンプライアンス違反の温床ともなりえるのです。

原発の手抜き工事

2000年2月、関西電力美浜原子力発電所3号機の過去の建設工事で手抜き工事があったことが発覚しました。

美浜原子力発電所は1976年に運転を開始しました。この発電所を建設する際、原子炉格納容器内や遮蔽壁のコンクリートの強度は、210kg/cm2という最も厳しい基準でした。そのため水分の少ない固練りの生コンをポンプ車で型枠に流し込む工法が採用されました。

しかし当時開発されたばかりのポンプ車でのコンクリート圧送は、問題が多発しました。コンクリートを送る配管が途中で詰まってしまい、作業はしばしば中断したのです。

しかしコンクリート業者はゼネコンとは出来高払い契約だったため、作業が頻繁に中断しては採算が取れません。そこでコンクリートに大量の水を加えた「不法加水」で流動性を良くして作業しました。

当時の関係者によれば
「炉心部でも関係なく水はジャブジャブ入れていた。自分でも100リットル以上は普通に入れていた。」
と証言しました。
別の技術者は
「最初は注意したが改まらず、どうしようもなかった。現場で自分一人が文句を言えばつまはじきにされた。」と話しています。

しかも通産省に提出したサンプルは正規の含水率で捏造していました。

「最高レベルの安全性」「絶対安全」な原発の足元では、このような手抜き工事が常態化していました。

こうした不正を起こす企業文化・組織風土は他の業界でもありました。

それが日野自動車、三菱自動車のデータ改ざんです。これについては別のコラムでお伝えします。

参考文献

「工学倫理」堀田源治 著 工学図書株式会社
「なぜ企業不祥事はなくならないのか」國廣正、五味祐子 著 日本経済新聞社
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その2~欧米型の組織論と共同体文化の衝突~ https://ilink-corp.co.jp/8972.html https://ilink-corp.co.jp/8972.html#respond Tue, 24 Oct 2023 04:31:26 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8972
【コラムの概要】

顧客交渉や人材育成には、返報性・一貫性・好意・権威・注目・コントラストといった心理要素が有効です。これらを活用し、無償提供で借りを作ったり、目標を明文化させたり、報酬を先に渡したり、協同作業を促したりすることで、関係強化や社員の自律的な行動を促し、組織全体のパフォーマンス向上に繋げられます。

「企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1」~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ で、組織の種類と特徴について述べました。

ところがこの組織と、古来からの日本の共同体文化は相反するものがあります。これが日本の組織の問題の根源です。

それはどのようなものでしょうか?

山本七平氏の「指導者の条件」を参考に、組織論と日本の共同体文化の衝突について述べます。
 

組織文化と日本人の共同体文化

価値観

企業は「何らかの事業目的のために集まって活動する集団」です。

そして事業の目的、目的の遂行に必要な価値観やビジョン、そして行動原則が大抵の企業にはあります。

こういった概念は経営理念、社是、ミッション、基本となる価値観、行動原則などに明文化されます。

図1 事業目的遂行のための価値観
図1 事業目的遂行のための価値観


 

非公式組織

一方組織には階層構造の公式なメンバーのつながりだけでなく、メンバー相互の非公式なつながり (社会的ネットワーク)もあります。この社会的ネットワークは、組織以外の活動によって自然発生的に生まれ、この社会的ネットワークによって組織のメンバーの行動が変わります。

図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク
図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク


 

【結束型ネットワーク】

例えば図2 グループAは、リーダーとメンバー相互に親密な関係が構築され、高い信頼が生まれています。こうしたネットワークの密度が高い状態は、メンバー間の親密さが高まり、情報の共有や互いの協力が得られやすくなっています。

一方グループ内のつながりが強すぎて外部に対して閉鎖的になったり、見方や考え方が偏るリスクがあります。

一方グループBは、メンバー相互の関係が希薄で集団としてのまとまりを欠きます。知識の共有や互いの協力が得られにくい状態です。

グループCは、一部のメンバー間のつながりが強くなっています。集団としてのまとまりを欠く一方、つながりの強いメンバー同士がリーダーに従わず独自に行動するリスクがあります。
 

【橋渡し型ネットワーク】

結束型ネットワークに対し、公式的なつながりのないメンバー同士が非公式なつながりを持つのが橋渡し型ネットワークです。

例えば趣味の活動や社内のプロジェクト活動などの行事を通じて非公式な関係が構築されます。そして組織の枠を超えて情報が伝達されます。結束型ネットワークの強いつながりに比べて、弱いつながりですが公式なルートでは得られない情報が手に入ります。そのため、他の部門の活動を自部門に取り入れるなど思わぬ効果を生むことがあります。

図3 橋渡し型ネットワーク
図3 橋渡し型ネットワーク


 

伝統的共同体

日本の組織のルーツは、農村社会の共同体です。

山本氏によれば、日本の農村社会、その後の荘園制度や武士団などの集団は、純粋な血縁集団や地縁社会ではありませんでした。擬制の血縁原則であり、機能集団でした。そのため、例え地位があっても共同体の中での役割を果たさず機能していない人は特権が認められませんでした。

例えば鎌倉時代 北条氏の百箇条の家訓に荘園内部の経営原則が記されています。そこには「自分の父親と同年代のものはすべて父親と同様に敬い、自分と同年代のものはすべて兄弟として扱う」と記されています。共同体の中で擬制の血縁集団を構成し、それを秩序原則としたのです。

この共同体は、階級がなく各人の能力に応じて地位が上下する機能集団でした。日本の共同体は、この機能原則の集団のため、

「共同体の中である役割を果たしているという精神的な満足がないと日本人は働かない。

つまり純粋な経済原則だけでは働かない」と山本氏は指摘します。
 

そして戦後、農村共同体が崩壊した際、農村共同体に代わって企業が共同体の役割を果たしました。近代にはどの国も農村共同体が崩壊し、農村共同体が雇用契約に置き換わり契約社会へと発展しました。

ところが日本は、契約社会が発展する前に企業が農村共同体に置き換わったという世界でも珍しい例でした。

それが可能だったのは、日本社会が元来地縁社会や血縁社会でなく、機能原則しかない社会だったからです。機能原則しかない社会なので下の者が上に者に反抗する下克上が起きるのです。

このような経緯から日本においては、会社は構成員が所属する社会であり共同体です。従って雇用は必然的に終身雇用になります。そして解雇は共同体からの退出すなわち「勘当」です。定年や出向を含めて退職すれば社員は大きなショックを受けます。この点で解雇が「雇用契約の解除」を意味する欧米と根本的に異なります。
 

世間

伝統的な農村社会では、共同体は擬制の血縁集団であり疑似的な家族でした。共同体の中では価値観は共有され、互いの信頼関係が保たれていました。これが日本人の考える「世間」です。
 

日本人はこの

世間を意識する時、相手への思いやりや礼儀をわきまえます。

対して他の共同体は世間の外です。

かつて他の農村社会とは、水利権を主張して激しく争い、戦いになることもありました。この世間の外に対し、日本人は概してわがままで冷酷です。アジアからの実習生に対し、労働法規を無視して過酷な仕事をさせていた経営者がいました。彼にとって実習生はよそ者であり、世間の外だったのです。
 

やり過ごし

官僚制の元、指示命令は一元化され、上司の指示は部下によって確実に実行されます。

ところが現実の組織では、上司の指示がすべて確実に実行されているわけではありません。上司の指示を部下が放置する「やり過ごし」が起きています。

東京大学教授 高橋伸夫氏は、このやり過ごしをゴミ箱モデルで説明しました。ゴミ箱は組織に問題が投げ込まれる場です。例えば定例会議などです。このゴミ箱に問題が入った時

  • 参加者のエネルギーが十分あれば参加者は問題解決に取り組む
  • 参加者が集まっていないときに問題が投げ込まれれば、問題は見過される
  • 問題に対して参加者のエネルギーが不十分な時、問題は無視される (やり過ごす)

往々にして企業の開発部門や、個人ても能力がある社員には、処理能力を超える業務が入ってきます。全部は対処できません。そこで上記の原則に従って、組織やメンバーは問題をやり過ごして対処します。
 

日本型共同体組織の欠点

日本の組織は、擬制の血縁集団がベースになっています。そのため意思決定は全員一致が原則です。かつて農村社会や武家社会では、リーダーが指示してもメンバーの合意がなければ指示は実行されませんでした。

こういった組織を山本氏は「一揆」と呼びました。一揆ではメンバーの利害が最も重要です。かつて一向一揆では、領民である寺社の僧侶が領主の守護を追い払い、何十年も僧侶が自治を行いました。実は戦国大名も一揆連合で、ピラミッド組織ではありませんでした。リーダーの大名が命令しても、メンバーの家臣が談合し、時には主君の大名の命令をはねつけることもあったのです。

現在の日本企業もこの一揆の構造です。何かを意思決定する場合、管理職を中心にとことん議論し全員の同意を取りつけます。同意を得るまでに時間はかかりますが、同意が得られれば全員が協力してスピーディに実行されます。一方全員が同意して決めたことなので、

決定は誰の責任でもありません。

強いていえば責任は全員に分散されます。
 

こういった一揆に基づく集団主義の特徴は
各集団が我先に自己主張をするため、

攻撃する状況では大きな成果が出ます。

かつの電卓戦争では次々に新しい技術が生まれ各社競って新製品を開発しました。そのような状況では、目的は明確で各社とも一致団結して新製品を短期間に矢継ぎ早に市場に投入しました。

ところが形成が悪くなって撤退しなければならなくなると、

こういった集団は

撤退が苦手です。

軍隊の場合、撤退する際は少数の部隊を殿(しんがり)としておいて起き、殿が戦っている間に主力が撤退します。ところがこういった「一揆」集団は「自分たちだけがワリを食うのは嫌だ」と誰も殿をやろうとしません。

企業においても早く不採算部門を閉鎖すれば損失を抑えることができるのに、閉鎖が決定できず、ずるずると損失を出してしまいます。あげくに倒産することすらあります。
 

リーダーシップと共同体文化

 
集団を統率するリーダーによって、集団は変わります。このリーダーの姿勢「リーダーシップ」は経営組織論の中で述べられています。一方日本の集団の場合、リーダーシップも日本独自のものになっています。

それはどのようなものでしょうか?

まずは経営組織論のリーダーシップについて以下に述べます。

リーダーシップとは?

リーダーシップとは、指導者としての能力・力量・統率力を指します。これは

「自己の理念や価値観に基づいて、魅力ある目標を設定し、またその実現体制を構築し、人々の意欲を高め成長させながら、課題や障害を解決する行動」

と定義されます。

リーダーシップの中でリーダーの資質や人格は古くから注目されました。リーダーが先天的に持つ資質や才能は、リーダーシップの質に影響します。

これに対し経営ではマネジメントという言葉もあります。ではリーダーシップとマネジメントはどのように違うのでしょうか。

リーダーシップとマネジメントの違いを表1に示します。

表1 リーダーシップとマネジメントの違い

 リーダーシップマネジメント
課題変化の推進複雑性への対処
実現への取組進路を設定
人々の連携を図る
モチベーションとインスピレーションの喚起
計画立案と予算の策定
組織編成と人員配置
コントロールと問題解決

これを比較するとマネジメントは技術的要素が大きく、これは習得可能なものです。対してリーダーシップには能力的要素が大きく、個人の資質や才能が大きく影響します。
 

コンティジェンシー理論

状況に応じてリーダーシップのスタイルを変化させるという考え方です。フィドラーは、リーダーのタイプを大きく二つに分けています。

人間関係志向リーダー

 苦手タイプともうまくやっていく

職務(タスク)志向リーダー

 苦手にタイプとうまくやっていくことよりも職務を優先

図4 リーダーシップのスタイルトワーク
図4 リーダーシップのスタイルトワーク


 フィドラーは組織が置かれた状況によってどちらのリーダーがより成果をあげるのか調査しました。環境について以下の3つを取り上げました。

  1. リーダーが支持されているか
  2. 仕事が構造化されているか
  3. リーダーに権限が与えられているか

その結果、環境がリーダーに

  • とても良い(1.支持されており、2.構造化されており、3.権限がある)場合
  • とても悪い(1.支持されておらず、2.構造化もされておらず、3.権限もない)場合

「職務(タスク)志向」のリーダーが高い成果を上げました
 

  • その中間の良いとも悪いともいえない環境に置かれた場合

「人間関係志向」のリーダーが高い成果を上げました。
 

つまりどのような状況でも通用する唯一最善なリーダーはいないことが証明されました。

一方このリーダーシップ論は、欧米の組織の組織論が前提です。一揆をベースとする日本の共同体組織では、リーダーはメンバーの意向を無視して、独自に意思決定することは困難です。
 

ポリティクス

ポリティクスとは、経営組織論において、正式なルートや指示命令以外で組織内部に影響力を行使することです。影響力を行使する方法は以下の2種類があります。

【正式な手段】

  • 権限に基づく指示命令や合理的な説得

【ポリティクス】

  • 将来の利益提供や過去の貸しを主張
  • 不利な結果をほのめかすなど交換条件の提示
  • 上位の権威者からの非公式な支持
  • 情報の漏洩や隠ぺい
  • 会議の議題や参加者を自分に有利に替える
図5 影響力を行使する
図5 影響力を行使する

メンバーがポリティクスを行使する目的は

  1. 組織に有益な取組が上司の誤った判断で中止されるため
  2. 個人的な評価を高めるため
  3. 自部門の利益を守るために他部門のプロジェクトを中止させる

などです。

こうしたポリティクスが生じるのは、公式な調整では調整がうまくいかなかったり、メンバーが自分の利益のために有利に導こうとしたりするからです。特に成果主義や「業績の低い下位10%の社員は退職させるアップオアアウト」などの制度を取っている組織では、メンバーは自身の存続をかけて様々な働きかけをします。

一方日本企業には「根回し」という文化があります。これも非公式な影響力の行使となるためポリティクスと言えます。

一揆を基本とする組織では会議は全員一致が原則なので、会議の場で反対意見が出ると結論は保留されます。関係者は早く結論を出して業務を進めなければなりません。そのために会議の前に反対意見のある部門のリーダー、時には出席者全員と個別に事前打合せして、予め合意を取りつけておきます。
 

コンフリクト

コンフリクトは、複数の組織や部門の利害の対立です。

コンフリクトには

  • 職務上の調整の困難さから生じる職務コンフリクト
  • 人間慣例の衝突「反りが合わない」関係性コンフリクト

の2種類があります。
 

コンフリクトの原因は

  • 当事者間が相互依存関係にあるため、お互いが有利に事を運ぼうとする
  • 資源の希少性から優先権を得ようとする
  • 役割や責任にあいまいさがあるため、お互いに押し付けあう

などがあります。

コンフリクトには業務上避けられないものもあります。

例えばメーカーの営業、製造、品証は自部門の最適解が他部門の最適解にならないことがあり、コンフリクトが生じます。

顧客から注文の入っている製品が納期に間に合いそうもない場合

【営業】「製造」には無理をしても納期に間に合わせてほしい 

【製造】 現在の工程では間に合わない。「品証」が許可すれば一部検査を省略して間に合わせることができる

【品証】 検査を省略すれば不良品を納める可能性があるため許可できない

こうして3者の喧々諤々の議論になります。

なお、この例では品証は品質の最後の砦として検査省略は許可してはいけません。
 

日本型組織におけるリーダーシップ

日本企業の場合、組織の本質は共同体です。

共同体では一揆、つまりメンバーの同意がなければ組織は動きません。

組織を束ねるには、メンバーの意見を取りまとめて合意に導くような調整型で世話人型のリーダーが必要です。

しかも共同体の中での上下関係は、必ずしも地位の上下でありません。組織上は顧問や相談役の年配者が純然たる影響力を持っていることもあります。このような閉ざされた共同体をマネジメントするには、共同体の人間関係や文化をよく知っている必要があります。これは外部の人間には容易ではありません。経営が思わしくない時、他社から経営者を招聘して立て直そうとしてもうまくいかない原因がここにあります。
 

かつての自然発生的な村落共同体の場合、一番の目的は共同体の存続です。そして稲作のようにこれまで培ってきたことを今後も滞りなく行うには、人の和を重視します。メンバーは共同体の構成員としての自覚があるため、細かな規則や契約は必要ありません。このような共同体では、欧米のような強いリーダーシップはむしろ有害です。

共同体の存続が最大の目標なので、欧米の組織のようなリーダーの指示の元、目的に応じて組織を解体・再編する、目標を達成したらリーダーは交代し次の目的に合致する組織に再編する、このような発想はありません。

本来、組織が成果を上げるには、明確な目標を設定しそれをメンバーに周知しなければなりません。ところが日本では政治家でも明確な目標を提示するリーダーは限られています。その一因は、日本の組織には有能な参謀(スタッフ)がいないことと、リーダーがそれを使いこなしていないことです。

政治学者モスカによれば、リーダーは攻略型と政略型の2種類があります。

政略型がリーダーになると、指揮権を行使し組織をまとめる力が弱いため、リーダーシップを発揮できません。

一方攻略型のリーダーは、リーダー単独では有効な政策がないため目標が設定でず、リーダーシップを発揮できません。

例えば、創生期のホンダの本田宗一郎と藤沢武夫のような、攻略型のリーダーが政略型のリーダーを参謀として使いこなす組織が理想と言えるでしょう。

このような日本の組織、社会には様々な不条理(問題)があります。
 

集団の中の序列

この日本の組織、社会の不条理な点について、2022年7月戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏と思想家の内田樹氏が対談しました。

山崎氏は「日本の組織は、支配層や上層部の利益が全体の利益になると思わせ、自分たちに都合のいいように人々を従わせている。その結果、SNSの発言を見ても、職場環境や雇用問題について、会社に雇われている側なのに経営者の目線で語る人が少なくない」と言います。
 

これについて内田氏は学校教育の問題を取り上げました。

「何をしたいのか?」より「何をすればほめてもらえるのか」を考えるように教育されている。学校は、先生の出した問題に対し、子どもが答えを書き先生が採点する。その採点が子供の評価となる。そのため子どもたちは「よい点をもらうことが自己実現の方法」と信じている。

しかし相手が問題を出して、自分が答えて、それを採点されるのは、典型的な権力関係です。もし自分が相手より優位に立ちたい場合は、先に相手に質問しなければなりません。武道ではこれを「後手に回る」と言います。そして「後手に回れば必ず敗ける」と内田氏は言います。

山崎氏
なぜ日本の組織は「非効率」で「非倫理的」なのか、それは社会の価値観が反映されている。海外では雇用主と従業員は対等と考え、自分の権利が政府や雇用主に侵害されれば誰もが「自分の権利をちゃんと保障しろ」と主張する。

内田氏
感染症内科の岩田健太郎先生は、エボラ出血熱のときシエラレオネで医療チームに参加しました。「国境なき医師団」とかWHOとか、世界中から来ている混成チームでは、まず問われるのが「おまえは何できるんだ?」だそうです。隔離病室を作れる、感染症の手順を知っている…、自己申告に従って役割分担をする。

日本で最初に聞かれるのは「おまえは何者だ」、医師か看護師か聞かれ、出身大学・医局・卒後年数を聞かれる。つまり誰に対しては敬語を使うのか、上下関係をまず確認する。

コロナによるクラスターが発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」に岩田先生が入った時に優先されたのは「誰が一番偉いのか」、あの場では橋本岳という当時の厚生労働副大臣。でも政治家なので感染症のことは知らない。

そこで岩田先生は「やり方が間違っているから、やり直しなさい」と専門家としてアドバイスしましたが、これは「下の人間が上の人間に指示を出す」と捉えられ、これは日本では禁忌なので「出て行け」と言われる。(朱記は筆者)

 

これからの組織を考える

このように組織論における組織の役割と、日本型共同体とは乖離があります。

では、これからはどのような組織が必要なのでしょうか?
 

共同体の解体と帰属意識の希薄化

日本型共同体が成立するためには、共同体の構成員がずっと組織内部にいる必要があります。

構成員にとって共同体からの退出は勘当です。これは構成員のアイデンティティの喪失にもなります。これまで終身雇用が維持できていた時代、構成員は共同体の一員という意識が維持されていました。

しかしバブル崩壊後、非正規雇用の増大や高齢社員のリストラの結果、構成員の「共同体の一員」という意識は解体されつつあります。しかも現在、組織には様々な人がいます。組織に対してそれぞれ異なった意識を持っています。

  1. 正社員として雇用され共同体の構成員の自覚を持っている (多くは中高年)
  2. 共同体を信じていない。しかし追い出されれば経済的に困窮するため、指示には無条件に従う(多くは若者)
  3. 派遣社員として長期間組織で働いているが共同体の一員とは思っていない

 

それぞれの立場によって以下のように行動します。

1.は一揆のメンバーで共同体の価値観に従い行動します。その点でストレスは少ないです。

2.は共同体を信じておらず、押し付けられた価値観を受け入れられません。しかし一揆に反抗すれば不利になることが分かっているため、指示には無条件で従います。その一方で過剰な仕事をやり過ごすことができず、時には体調を崩してしまいます。

3.の派遣社員は価値観を共有できず疎外感を感じています。指示命令には無条件に従うが、それ以上のことはしません。
 

権限と圧力

組織のメンバーがこういった価値観を持つ中で、達成困難な目標が上から与えられればどうなるでしょうか。

2.3.の構成員にとってそれは単なる指示命令でなく、一揆からの無言の圧力となってきます。
 

終身雇用が困難に

今日テレワークが広まり、中にはオフィスを持たない会社もあります。そういった会社は、社員の「共同体の一員としての意識」は希薄化します。

一方、若年人材は不足し、しかも国から70歳まで雇用延長を求められています。そこで企業は中高年を戦力として活用する必要に迫られています。

経営環境は変化し、業務内容も変わってきます。しかし人の能力は簡単には変わりません。特に中高年の場合、訓練により新たな能力を獲得するのは容易ではありません。そうなると中高年の教育訓練の費用対効果は低く、場合によっては既存社員を訓練するよりも専門人材を新たに雇用した方が安上がりです。
 

例えば機械設計は、ドラフターから二次元CAD、二次元CADから三次元CADへ変わりました。中高年の設計者が二次元CADや三次元CADに対応するのは再訓練で可能です。しかし設計者にグラフィックデザインやホームページ制作を教育するのであれば、教育するより外部の専門人材に依頼した方が安上がりです。

もし自社の事業環境が変化して機械設計の業務がゼロになり、グラフィックデザインとホームページ制作の仕事だけになれば中高年の設計者の仕事はなくなってしまいます。このように将来業務内容や必要なスキルが変化すれば、1社が同じ人間を50年雇用し続けるのは困難です。

このように考えると、今後も企業が日本型の共同体であり続けるのは難しくなってきます。

かといって社会、文化が全く異なる欧米型の組織も日本社会にはなじみません。

これからの組織

今後はこれまでの

共同体意識の共有はない

前提で21世紀型の組織をつくる必要があるでしょう。

そのためには以下の課題を解決する必要があります。

  • 一揆に変わる意思決定の仕組み、そしてメンバーが決定に従う仕組み
  • 共同体意識がない時の組織への貢献意欲を引き出す方法
  • 多様な人たちを取りまとめ、成果を上げるリーダー
  • テレワークなどでメンバーの関係性が希薄になっても組織運営や企画・発想できる仕組み
  • 50年間を雇用し続けられない場合、副業などによる生活の安定
  • 中高年の共同体意識の変革、教育訓練を継続する意識

今後は

新しい21世紀型組織を持った企業が従来の共同体文化の企業と静かに入れ替わっていく

かもしれません。
 

参考文献

「はじめての経営組織論」高尾義明 著 有斐閣ストゥディア
「指導者の条件」山本七平 著 文藝春秋
 

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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ https://ilink-corp.co.jp/8956.html https://ilink-corp.co.jp/8956.html#respond Tue, 24 Oct 2023 04:30:47 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8956
【コラムの概要】

企業不祥事根絶へは、コンプライアンス強化だけでなく、日本特有の共同体文化と組織論の乖離を理解が不可欠です。本稿では組織の目的や分業、フラット型から分社化までの多様な組織形態と特徴を解説し、特に日本の「官僚制の逆機能」が組織の問題根源にあると指摘します。

する企業不祥事や法令違反、時には社会問題になり、企業には多大な損害が生じます。そこで多くの企業がコンプライアンス遵守に取組んでいます。それでも不祥事は後を絶ちません。

なぜでしょうか?

図1 なくならない不祥事
図1 なくならない不祥事

コンプライアンスの遵守と強化とは、管理と統制の強化です。これは企業の建前の部分です。

一方企業は、組織体であり、また同時に人の集団でもあります。そこには

日本社会特有の共同体文化

があります。

この日本の共同体文化は、社員の行動にどのように影響し、それにより組織はどのように変質したのでしょうか?

山本七平氏(以降 山本氏)の「指導者の条件」にある日本の共同体文化と、経営組織論を対比して、

組織とは何か、

そして

日本の組織の問題点

について考えました。
 

組織とは何か?その目的は?

企業組織の目的、形態、特徴を探求したのが経営組織論です。経営組織論では、組織とはどのようなもので、その目的や特徴について述べています。

では組織とは何でしょうか?
 

組織とは?

「組織と管理」の著者で組織経営論の大家 チェスター・バーナードによれば
組織とは、「意識的に調整された2人、またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」です。

この「意識的な調整」とは組織のメンバーがリーダーの指示の元、お互いの行動を調整して目的を達成しようとすることです。

また「組織はシステム」です。お互いが役割分担して、相互に影響しあいながら目的を達成します。

言い換えれば、システムは仕組みのことです。この仕組みに人やモノは含まれません。

システムがちゃんと機能すれば、誰に代わっても(能力が同じであれば)組織の能力は変わらないという考えです。
 

この組織の3要素としてバーナードは

  • 共通目的 同じ目的意識で取り組む
  • コミュニケーション
  • 貢献意欲 助け合いつつ組織に貢献したいという気持ち

を挙げています。

このどれか一つが欠けても組織は健全に機能しなくなります。経営組織論では組織をこのようにシステムと考えます。実際の組織は、人の集まりであり、つまり共同体です。共同体はどういった人で構成されるかによって大きく変わります。
 

組織の目的

ではなぜ組織が生まれたのでしょうか?

経営組織論から離れ「なぜ人は集団をつくるのか」を考えてみます。

人が集団になるのは、集団の方が都合がよいからです。古代の狩猟採取社会では、一人で狩りをするより、何人が協力した方が大きな獲物が捕れます。

その後、定住して農業を営むようになると、農作業はお互いの協力がなければ成り立ちません。

つまり集団の目的は、狩猟や農業など活動の効率化です。

もう一つの側面は安全です。部族間の紛争など太古から集団同士の争いはありました。単独では襲われても集団ならば簡単には襲われません。安全のために人は集団化しました。その一方、集団化すれば武力は強くなります。その結果、他の部族を襲うこともありました。
 

企業経営では組織の共通目的は事業です。個々の企業の事業内容は定款に書かれています。もし定款にない事業を行う場合は定款を変更します。

あるいは組織の目的や目指す姿が経営理念やミッションとして明文化されていることもあります。一方定款や経営理念として明文化されていなくても、組織には固有の共通目的があります。

それは何でしょうか?

企業の目的は

「組織の存続

です。

定款に書かれた事業が本当に組織の目的であれば、その事業が困難になれば組織を解散するはずです。しかし多くの企業は新たな事業に移行して存続しようと努力します。つまり目的は事業でないのです。
 

なぜ組織化するのか?分業について

人が集団になるのは、活動の効率化や安全のためです。

人が組織化するのは、もう一つの目的があります。それが分業です。

分業して役割分担すれば、個々のメンバーは専門的な能力をより高めることができます。古代社会でも大工、機織り職人、猟師などひとつの仕事に特化することで、人は専門能力を高めました。
 

分業のメリットは

  • 専門的な仕事に専念できる
  • 専念することで短期間に習熟できる
  • 専念することで効率化、低コスト化を実現

です。
 

一方デメリットもあります。

  • 分業した業務同士の調整が必要
  • 専門以外のことが分かなくなる
  • 仕事が単純化しモチベーションが下がる

などです。
 

分業化することで業務間の調整が必要になります。それには管理者が必要です。

では実際の組織にはどのようなものがあるのでしょうか?
 

組織の種類と特徴

組織の種類と特徴について経営組織論から説明します。
 

フラット型組織

図2のように一人のリーダーの指揮下にメンバーが並列でいる組織です。

各メンバーはリーダーから直接指示を受けます。メンバー相互の調整はリーダーが行います。小さい会社の多くはフラット型組織です。

フラット型組織には以下の特徴があります。

【利点】

  • メンバーはリーダーから直接指示を受けるため、指示の伝達が早い
  • リーダーは各メンバーを直接管理するため、きめ細かくスピーディに管理できる
  • リーダーがメンバー間の調整を直接行うため、メンバーの仕事の最適な割当が可能

 

【欠点】

  • メンバーが多くなるとリーダーの管理が不十分になる
  • 統制の幅(スパンオブコントロール)の問題
  • メンバーの業務が分業化・専門化すると、専門性の不足するリーダーは管理が不十分になる
図2 フラット型組織
図2 フラット型組織


 

ピラミッド型組織 (ライン組織)

メンバーが多くなると、フラット型組織ではリーダーがメンバーを十分に管理できなくなり、業務の効率が低下します。

そこで組織を階層化し、部下を直接管理する複数のリーダーを上位のリーダーが管理するビラミット型組織へ移行します。

ピラミッド型組織の階層化には、

  • メンバーの増加による管理の階層化 垂直的分化
  • 業務の分化(専門化)による階層化 水平的分化

の2種類があります。
 

実際には企業は、係(グループ)→課→部 という階層構造を取ります。水平的分化、つまり部門化(専門化)の例は

  • 機能に基づく部門化(専門化)
  • 製品・サービスに基づく部門化
  • 顧客別の部門化
  • 地域別の部門化

があります。

あるいは

  • 製造部門は「機能に基づく部門化」
  • 製造部門の中で設計は「製品・サービスに基づく部門化」
  • 営業は「顧客別の部門化」あるいは「地域別の部門化」

など、部によって異なる要素で分けることもあります。

図3 ピラミッド型組織
図3 ピラミッド型組織

代表的なピラミッド型組織は軍隊です。軍隊は指示命令の徹底が必須です。ピラミッド型組織はトップの指示が一元化されて末端にまで伝わります。

一方軍隊には様々な専門能力が必要です。そのため組織を機能別にも分け、専門能力の育成と管理を行います。

図4は日本陸軍の歩兵師団の組織です。1師団には歩兵連隊3個、砲兵部隊の他に、輸送中隊、偵察中隊、通信中隊、工兵中隊、衛生中隊などがあります。

 図4 日本陸軍の歩兵師団の組織
図4 日本陸軍の歩兵師団の組織


 

ピラミッド型組織の特徴
【利点】

  • 適切な人数の部下を管理するため、リーダーはメンバーの適切な管理と・統制が可能
  • 管理を階層化することで、トップの方針・命令を確実に末端に伝えられる
  • 末端のメンバーの情報は階層を通じてトップに確実に伝えられる
  • 組織を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けることで、それぞれの業務に特化して遂行が可能

 

【欠点】

  • 各部門を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けるために、部門間で利害が対立した場合、調整はトップが行わなければならない
  • 各部門が自部門の業績の最適化を目指すため部分最適に陥る
  • メンバーは専門的な業務に特化するため、他の業務への対応力が低下
  • 現場の情報がトップに伝えわるまでに何人ものリーダーを経るため伝達に時間がかかり、情報が正確に伝わらない
  • 部門間にまたがる業務や、どの部門にも該当しない業務が適切に遂行されない

 

「職能別組織」や「機能別組織」は、ピラミッド型組織を職能別、機能別に階層化したものです。

例えば多くの企業は開発、製造、販売などの機能別に組織を構成します。(実際の部門は、開発、設計、製造、生産管理、資材、品質保証、営業など)

実際は製品開発、製造・販売に対し、開発、営業、製造ではそれぞれの利害が異なります。そこで対立が生じた場合は、調整は組織のトップの役割です。(日本の企業では、部門間の対立は部門間の話し合いで調整されます。)

こうしたピラミッド型組織は中央集権的な組織です。そのため製品の種類や事業の多角化が進むと、トップの負担が増加し意思決定のスピードが低下します。
 

ライン・アンド・スタッフ組織

ピラミッド型組織では、人員を階層的に管理して適正な管理と命令の一元化を図っています。一方各部門にそれぞれ専任者を置くよりも、会社全体で共通の専任者が担当した方が効率の良い業務があります。

例えば、労務管理や人事など総務、経理、ISO事務局や標準化などです。経営企画など経営者により近い業務も各部門から切り離した方がより広い視点で業務を遂行できます。

そこでこれらの部門をピラミッド型の組織(ライン)から切り離し本社直轄の部門とします。これをスタッフ部門と呼び、こういった組織をライン・アンド・スタッフ組織と言います。特に後述の事業部制をとった場合、各事業部に総務や経理を設けると、各事業部間で重複する業務が多く非効率です。またスタッフ部門の業務は収益を生まないため、事業部として独立させるのは不自然です。そのため事業部とは別に本社直轄の組織とします。
 

あるいは新規事業のプロジェクトチームなども、開発の初期段階では事業化の見通しが立っていないため、事業部でなくスタッフ部門の中に設けます。そうすれば収益性は問われずに一定の予算枠の中で研究開発を行うことができます。そして事業化の目途が立てば、プロジェクトチームごと事業部門に移管します。

図5 ライン・アンド・スタッフ組織
図5 ライン・アンド・スタッフ組織


 

【利点】

  • 専任者が会社全体で業務を行うため、効率が高い
  • 人事、経理などを会社全体でひとつの部署が行うため、やり方が統一される

 

【欠点】

  • 各部門の業務と場所的にも業務的にも切り離されるため、各部門の求めるものと異なる業務を行う可能性がある
  • 収益をもたらさない業務は費用対効果があいまいで、業務が肥大化する

 

軍隊の場合スタッフは参謀部です。欧米の軍隊は、優秀なスタッフを参謀部に集めて優れた作戦を複数立案します。司令官はそのうちのどの作戦かを選択します。現場はその作戦をひたすら忠実に実行します。スタッフに優秀な人材がいれば、現場の人間は優秀である必要はないという考え方です。

ところが同じ軍隊でも日本の軍隊はこれを嫌います。自分に関係がないことでも全部知っていなければ気が済まないのです。山本氏はフィリピンの戦場にいましたが、中国戦線の命令の写しがフィリピンにも来ていました。そのためある司令部が敵に奪われると陸軍全部の作戦が分かってしまいました。

こういった特徴は今の企業でもあります。日本では、入社したての新入社員でも会社の前途を憂い心配します。

これが欧米企業では、会社の前途はスタッフが考えればいい問題で、新入社員は自分には関係ないと考えます。新入社員は自分の担当したラインの仕事だけ専念すればよいと思います。
 

事業部制組織

製品の種類が増えたり事業が多角化すると、ピラミッド型組織では部門間の調整業務が増大します。トップの負担が増えて意思決定のスピードが低下します。

そこで事業毎に事業部をつくり、事業部毎に開発、製造、販売などの機能を持たせます。これにより部門間の利害関係は事業部内で調整できるようになりトップの負担は減少し、意思決定のスピードが早くなります。売上と費用を事業部毎に集計することで、各事業の収益性・採算性も明確になります。

この事業部制は1920年にアメリカのデュポン、続いてゼネラルモータースが導入しました。日本では1933年に松下電器産業が導入しました。現在でも異なる事業や特徴が異なる製品を持つ企業の多くは事業部制を取っています。

実際は、製造は製品毎の事業部でも、販売はひとつの事業部にする場合もあります。どこを事業部として分けて、どこを共通部門にするかは企業により違いがあります。
 

【利点】

  • 事業部毎に収支が明確になり、事業の収益性を適切に評価できる
  • 事業毎に適切な組織にすることができ、組織構成を最適化できる
  • 事業部のトップに責任と権限が委譲されるため、意思決定のスピードが早くなる
  • トップの調整業務・負担が減少する

 

【欠点】

  • 各事業部に販売、開発、製造の部門があるため、部門が重複し効率性が低下
  • 事業部毎に独自のやり方が生まれる
  • 事業部の収益性を追求した結果他の事業部と利害が対立する場合、部分最適に陥る

 

マトリックス組織

事業部制の課題として、事業部毎に製造、開発、販売の機能があるため、事業部独自のやり方が生まれるなど、会社全体では業務が非効率になる点があります。そこで会社全体で製造、開発、販売などを統括するリーダーを決めて、事業部を横断して管理する方法が生まれました。これがマトリックス組織です。

マトリックス組織では、各部門の業務は統括リーダーによって最適化されます。その一方、組織のメンバーは事業部と統括リーダーの二人の上司から指示を受けるため、命令の一元化が保たれません。その結果、混乱が生じやすく、マトリックス組織を採用している企業は多くありません。

一方、ピラミッド組織(あるいは事業部制)の企業でも、各部門からメンバーを集めてプロジェクトチームを作ることがあります。この場合、プロジェクト業務はプロジェクトリーダーの指示で遂行しますが、それ以外の業務はこれまでのラインのリーダーの指示で遂行します。これもある意味マトリックス組織と言えます。

図6 マトリックス組織
図6 マトリックス組織


 

カンパニー制

カンパニー制は、事業部制の独立採算を進めて、人事、経理などスタッフ部門の機能もすべてカンパニー内に持ち、人材、資金調達などもカンパニー内で意思決定できるようにしたものです。その点で後述の分社化に近いのですが、対外的にはひとつの会社である点が分社化と異なります。

各カンパニーが一つの疑似的な会社として、事業運営、投資や資金調達、人材採用を意思決定できます。そのためカンパニーのリーダーは、事業部のリーダーよりも意思決定の裁量範囲が広く、意思決定のスピードも早くできます。このカンパニー制は、ソニー、トヨタ自動車、みずほ銀行など企業が採用しています。

一方で、NEC、富士ゼロックスなどは一度導入したカンパニー制を廃止しました。

図7 カンパニー制
図7 カンパニー制


 

カンパニー制の特徴

【利点】

  • 投資、資金調達、人材など事業部ではスタッフ部門の業務もカンパニー内で意思決定できるため、意思決定のスピードが早く、経営環境の変化に応じて柔軟に対応できる
  • カンパニー毎にバランスシートをつくることで損益だけでなく、資産にまで踏み込んで事業を評価できる
  • カンパニー内ですべて調達できるため完全独立採算となり、収益性や責任が事業部制よりも明確になる
  • カンパニーのリーダーはカンパニーを経営することで経営的視点を持つことができる

 

【欠点】

  • 各カンパニーに人事や経理などがあるため、会社全体で見れば重複する部門が増え、間接費用が増加する
  • 事業部制よりも各カンパニーの独立性が強くなるため、カンパニー間での情報交換、技術やノウハウの共有が弱くなる
  • 短期的には収益を生まない事業をスタッフ部門として事業部から切り離すことができないため、短期的な利益追求に陥る可能性がある

 

分社化

カンパニー制をさら発展させ、事業毎に完全に別会社にして、本社機能は持ち株会社(ホールディングカンパニー)とする方法です。各子会社は、人材、資金を独自に意思決定し、経営状況を評価できます。分社化は1997年純粋持株会社が解禁されたことから広まりました。かつては赤字を子会社に移転して本社の決算をよく見せることも行われていました。しかし現在は、業績は子会社も含めた連結決算で評価されるため、そのような手法はなくなりました。この分社化の特徴を以下に示します。

図8 分社化
図8 分社化


 

【利点】

  • 事業毎に独立した会社のため、経営資源の配分の最適化、意思決定の迅速化が可能になる
  • カンパニー制と異なり、財務諸表を外部に提出するため、公正な業績評価が可能
  • 事業買収や売却が容易になり、環境の変化に応じた事業再編がスピードアップ
  • 子会社毎に賃金水準を変えることができるので、事業に応じた人件費の最適化が可能

 

【欠点】

  • 連結財務諸表の作成や子会社の会計監査など管理業務が増大
  • 子会社間の移動は、出向や転籍になり人事交流が進まなくなる
  • 事業間の交流やコミュニケーションが減少
  • 子会社毎に独自の企業文化が生まれ、グループの求心力が低下

株式会社を設立する際の最低資本金が引き下げられたことで、会社の設立が容易になりました。そのため、中小企業でも事業によって複数の会社を設立し、分社化している企業も多くあります。
 

官僚制

官僚制組織とも言われるため、組織形態の一つのように見えますが、組織としてはピラミッド型組織です。

官僚制 (bureaucracy)はピラミッド型の階層型のシステムで以下の特徴があります。

  • 規則に基づく運営
  • トップダウンの指揮命令系統と命令の一元化
  • 組織への貢献度に応じた昇進や報償
  • 分業による専門分野への分化

 

こういった特徴は行政機関だけでなく、企業や他の団体にも広く見られます。組織が大きくなると、トップの指示が末端にまで浸透するには階層型の組織が必要です。中国では秦の時代からすでに官僚制度がありました。

近代の官僚制はドイツの社会学者マックス・ヴェーバーにより研究されました。ヴェーバーによれば官僚制の元では、メンバーは合理的な規則と役割を体系的に割り当てられて行動します。

そして以下の原則に従います。

  • 権限の原則
  • 階層の原則
  • 専門性の原則
  • 文書主義

 

ヴェーバーは、
「官僚制は合理的な機能を有し、優れた機械のような優れた点がある」
と主張しました。

ただし個人の自由が抑圧される点や組織が巨大になると統制が困難になるなど、

官僚制のマイナス面も指摘しています。

このマイナス面については、アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが

「官僚制の逆機能」

について指摘しました。

この官僚制の逆機能とは

  • 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
  • 責任回避・自己保身(事なかれ主義
  • 秘密主義
  • 前例主義による保守的傾向
  • 画一的傾向
  • 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
  • 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
  • セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

などです。
 

一般にはこれらは官僚主義と呼ばれています。

その特徴は

  • 先例がないからできない
  • 規則にないため判断を避ける
  • 些細な書類の不備で拒絶する
  • 書類の作成自体が目的化する
  • 自分の部署以外の仕事はやらない

などですが、これらは民間企業にも見られ「大企業病」と呼ばれています。
 

官僚制の文書主義や権限の原則は、欧米の企業組織の骨格です。欧米では、これらはち密に体系化されています。その代表的なものがISOなどのマネジメントシステムです。ISOは、規格の最初に「責任と権限を明確にする」ことを要求しています。

この責任と権限の明確化は、契約を基本とする欧米社会の文化です。

山本氏は

「欧米人は契約がないと何もできない。

宗教も神と人間の契約、つまり個人が神と契約を結ぶ。」

と述べています。

かつての欧米人の考えには「他人も同じ宗教を信仰し神と契約を結んでいるから信頼できる」というものがありました。そして「自分たちの信仰する神と契約を結んでいない異教徒は何をするのかわからず信頼できない」というものでした。(今は違っていますが)。
 

ところが日本人は

契約という概念を非常に嫌います。

取引の際、契約を持ち出すと「私が信頼できないのか」とかみつかれます。日本社会は契約の概念が希薄なため、日本では官僚制においても文書化は十分ではありません。

ここまで経営組織論に基づき様々な組織の形態と特徴について述べました。このように組織は、様々な形態とそれぞれ特徴があります。
ところがこの組織と、日本の古来からの共同体文化は、相反するものがあります。これが企業不祥事など日本の組織の問題の根源にあるのです。

それはどのようなものでしょうか?

これについては、次の経営コラムでお伝えします。

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「組織に存在する『空気』とは何か?その2」~誤った意思決定と同調圧力の原因を考える~ https://ilink-corp.co.jp/8499.html https://ilink-corp.co.jp/8499.html#respond Tue, 07 Mar 2023 05:10:32 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8499
【コラムの概要】

企業不祥事やパワハラの原因となる「空気」は、日本特有の「日本教」や閉鎖的共同体文化から生まれます。これにより誤った意思決定や無責任が蔓延。これを打破するには、隠れた前提を見抜き、閉鎖的な空間を破壊し、自由に思考し、最も重要なことに焦点を当てる「空気の相対化」「劇場の破壊」「思考の自由」「根本主義」が有効です。

多くの人は、当たり前のように「空気を読み」、指示されなくても「空気」に従い行います。

時には、これが企業不祥事やパワハラの一因になります。

この空気の正体は何でしょうか。

「組織に存在する『空気』とは何か?その1」~空気による支配と誤った意思決定を考える~ では、空気が支配する前提と組織における同調圧力、そして空気に水を差す行為について、述べました。

ここでは、空気をもたらす文化的背景と、空気の弊害、空気を打破する方法について考えました。
 

空気を生み出す背景

空気をつくりだす我々日本人の文化の根底には、どのようなものがあるのでしょうか?

その背景は何でしょうか?
 

日本社会と日本教

「空気の研究」の著者 山本七平氏は「無宗教の日本では、その集団内のみ通じる日本教のようなものがある」と述べています。その根底には「人間は、自分がこうすれば相手もこうするものだ」という信仰があります。キリスト教徒が神に従うとすれば、日本人は「世間」「人さま」に従うのです。

これは日本人に普遍的なもので、日本教ともいえます。ただしこの世間は自分が所属する集団内に限定されます。

この日本教は、農村集団や工業社会で都合がよいものでした。しかし軍隊のように戦争に勝つことが目的の組織では勝利よりも組織内の人間関係の方が重視され、面子や前例主義がはびこるというデメリットがあります。それでも日本は、海に囲まれ他国から侵略されることが少ないため、こうした組織運営でもやっていけました。
 

これが中東や西欧のような国同士が地続きでつながり、絶えず争い、滅ぼしたり滅ぼされたりする日常の世界では、そうはいきません。意思決定は「自らの集団と構成員の存続をかけたもの」だからです。かつての中東や西欧で、国の意思決定をその場の「空気」で決めていれば、とっくに滅ぼされています。

また日本は国土の17%しか農地がなく、降雨量は豊富ですが地形が急峻なため、ため池などで水を貯め、水路を張り巡らさなければ稲作ができません。こういったことから江戸時代まで田は各自のものでなく、村の共同所有物でした。こういった共同体では、村人相互の協力がなければ社会が成り立ちません。秩序を乱せば村八分にされますが、農村社会で村八分にされれば餓死してしまいます。

この村落は疑似家族ともいえる強力なコミュニティです。逆に他者には冷淡でした。よそ者を排除する文化が今も残る地方もあります。ある地域では、そこに移住して3代を経っても「よそから来た人」と呼ばれます。
 

こういった閉鎖的な集団の特徴として、集団の中だけで通じる言葉があります。集団固有の言葉を理解できて初めて仲間として受け入れられるのです。今でも企業では、他では通じない我が社固有の社語があります。この社語を使いこなせて初めて仲間と認められます。
 

平等と横並び文化

江戸時代以前は、身分制度はなく人々は平等でした。しかしそれでは統治するのに不便なため、徳川幕府は士農工商の制度を制定しで身分を固定しました。

実は徳川幕府が統治する範囲は全国の1/4に過ぎず、他は各藩が統治していました。各藩は独自の軍隊を持ち徴税を行いました。このように幕府の地位は不安定なため、徳川幕府は、身分制度で権力を武士に集中する一方、富は商人に集中させ、幕府に抵抗する各藩には富と権力が一緒にならないようにしました。

幕府内部でも特定の家臣に権力が集中しないように、地位の高い老中は石高が低く(富が少なく)、その選出は譜代大名から月番制で行われました。一方地位は低いが実務力が必要な与力、同心などは、石高が高く(富が多く)なっていました。彼らも月番制でお互いがお互いをチェックする仕組みになっていました。
 

このように徳川幕府は「名誉価値」「権力価値」「富価値」の3つに力を分散し、日本型デモクラシーと呼べるようなシステムで統治しました。このような仕組みは、海外からの侵略がなく、「国を挙げて生きるか死ぬかという決断の必要がない時代」はうまくいったのです。
 

空気をつくるもの

空気=ムード

と考えれば、このムードをつくるのはマスコミです。

マスコミが取り上げる言葉が空気をつくります。そして言葉は、現実を固定化します。

例えば「満州は日本の生命線」と言えば、満州から撤退できなくなります。言葉は異論を封じ、他の選択肢を排除してしまいます。

日露戦争の時、日本海海戦、旅順陥落の結果を受けて外務大臣の小村寿太郎は渡米しロシアとの講和条約に臨みました。当時新聞は日本は「戦争に勝った」と報道しました。先の日清戦争で清から多額の賠償金を認めさせた経験もあり、ロシアからも賠償金が取れるような報道をしました。
 

現実は、日露戦争は局地的な勝利でしかなく、ロシアは負けたと思っていませんでした。必要ならば、さらに大軍を派遣できました。対して、日本はそもそも戦争に必要な資材を外国から買うための外貨が少なく、高橋是清がロックフェラー財団に日本の国債を引き受けてもらいやっと外貨を確保できました。それもすでに尽きてしまい、前線では大砲の弾も底をついていたのです。その中でのロシアとの和平交渉は、かなりタフなものでした。賠償金など望むべくもなかったのです。

しかし誤った報道の戦勝ムードで盛り上がった国民は、賠償金が取れないと分かったため、暴動が起きました。

図4 日比谷の決起集会(Wikipediaより)
図4 日比谷の決起集会(Wikipediaより)

集団だと狂暴化する日本人

多くの日本人は、欧米人のように神との関係における「絶対的正義」を持ちません。そのため倫理規範が、その場の状況に応じて変わります(状況倫理) 。加えて社会全体に共通する社会正義もないため、閉ざされた集団では欧米と比べいじめや強い暴力が起きやすいのです。これは日本陸海軍の新兵への暴力や運動部のしごきなどにみられます。最近でも入国管理局で不法滞在者に対し、人権を無視した行為が話題になりました。

日本の集団が人権を無視したいじめや暴力に陥るのは、下記の3点が当てはまる場合です。

  • 集団が隔離され、共同体の前提(空気)が管理されていない
  • リーダーからお墨付きを得た
  • 共同体間で共有されるべき社会的正義がない

軍隊は、この3点がすべて当てはまります。アメリカや韓国の軍隊でも新兵は容赦なくいじめや暴力にさらされますが、日本軍の暴力は凄惨でした。

山口盈文氏は、昭和19年14歳で満蒙開拓少年義勇軍として満州に渡りました。そこで日本軍に徴用され、日本軍に加わりました。そこで見たのは、仲間内でのひどいリンチでした。ある兵士は木につるされ、さんざんリンチを受けたため死んでしまいました。
山口氏のいた八路軍では、同僚に対するリンチはありませんでした。氏の著作「僕は八路軍の少年兵だった」には、山口氏の見た日本軍と八路軍の対比が書かれています。
 

組織における空気の問題

不祥事が頻発する

終身雇用と年功序列賃金制度のため転職が容易でなく、同質な集団の日本企業には、空気がもたらす強い同調圧力があります。経営者が無理な目標を設定しても「できない」とは言えません。そしてつじつまを合わせるために、法規制を違反したりデータを改ざんしたりします。こうして組織は自ら不祥事を起こしてしまいます。

図5 起きてしまう不祥事

事業部に高い目標を立てさせ、達成できないと「チャレンジ!」と強要され、粉飾決算に走った東芝、経営層がライバルを下回る燃費を認めずデータを改ざんした三菱自動車、不正なソフトウェアを組み込んだフォルクスワーゲン、45分車検を達成するため、法令に背いて点検項目を省略したトヨタの販売店など、快挙にいとまがありません。
 

空気が誤った意思決定を導く

空気で意思決定する問題は、

うまくいかなかった時の代替案がない

ことです。

順調な時は良いのですが、一度うまくいかなくなると、どうしていいのか分からなくなります。

高山の頂上や崖から飛び降り、急斜面を滑走するエキストリームスキーヤー、彼らは命知らずの無謀な連中に見えます。しかし彼らは崖から飛び降りる時も

  • 「うまくいった場合どうするか」プランAと、
  • 「思った通りに行かず失敗した場合どうするか」プランB

を必ず持っています。

新型コロナウイルス感染症では、ニュージーランド政府は感染のステージに応じて、段階的にどのように対策をするのか事前に決めていました。一方日本では緊急事態宣言以上の感染防止策を検討されず、必要な法整備も不十分でした。
 

空気による決定は無責任

リーダーには、空気をつかって自分に有利な決定に導くタイプもいます。議論の中で「あれもダメ」「これもダメ」と反対して、議論の空気を自分に有利な方向に誘導するのです。
そして現実の一部を隠蔽し、ある種の前提を掲げて、自分に都合の良い結論に誘導します。しかし

決定を下したのは空気であり、責任者はいません。

そして健全な法に従った方法はわきに押しやられてしまいます。これが企業不祥事となります。多くは組織的に行われるため、誰かが「こんなことをすれば大変なことになる」と思っても、それを言えない空気ができています。
 

情報不足が空気をつくる

正しい意思決定には、現場からの十分な情報が不可欠です。ところがかつて日本のリーダー達は、現場の情報をないがしろにしていました。そのため情報不足から誤った意思決定を行いました。
 

日本陸軍は、伝統的にソ連を仮想敵国としていました。戦術の研究や兵士の訓練で想定していたのは満州やモンゴルの平原でした。その陸軍が新兵教育の訓練教程での敵をソ連からアメリカに変更したのは、開戦から2年近く経った1943年8月でした。それまで陸軍は南方のジャングルでの戦闘を想定した教育を全く行っていませんでした。
 

陸軍士官としてフィリピンの戦場にいた山本七平氏の陣地の前に大陸から派遣された1個師団が上陸しました。砲兵隊の指揮官が山本氏に「馬を徴用したいがどこかにいないか」と聞きました。フィリピンでは暑さに弱い馬は飼われてなく、農耕に使われるのは水牛だけでした。水牛は定期的に水に浸けないと暑さで死んでしまうため砲車を引くのは無理でした。砲兵たちは熱帯のフィリピンで人力で砲車を牽くしかありませんでした。

日本は、占領したフィリピン統治でも失敗しました。厳格なカトリック教徒の多いフィリピンでは、人前で怒鳴ったり殴つたりすることは彼らの自尊心をひどく傷つけます。こうしてもともとは反米だったフィリピン人を反日にしてしまいました。彼らは抗日ゲリラを陰で支援しました。
 

日本軍のリーダーには、現場をあまり見なかったリーダーが多かったようです。戦後、山本氏が会った連隊長は、自分の部隊で日夜リンチが行われていたことを全く知りませんでした。あれだけ凄惨なリンチが毎夜行われていたのだから、兵舎を回っていれば顔を腫らした兵隊などが見つかるはずでした。連隊長は部隊内を歩き回って自分の目で見ようとはしなかったのです。

本部で作戦を立ててい高級参謀も現場をわかっていませんでした。フィリピンではある師団は、米軍の上陸直前に急に作戦が変更され移動命令を受けました。せっかく構築した陣地を捨て、パレテ峠への移動を命じられた師団は、移動中に空から米軍の攻撃を受けて大損害を出しました。
 

連合軍総司令官のアイゼンハワー大将は、総司令官にもかかわらず現場をこまめに見て回りました。そして兵士に規定通りキャンディーやタバコが支給されているかまで気を配りました。指揮官は、自分に任された組織の実情を常に把握していなければならないと考えていました。階級社会の欧米では、支配階級たるリーダーは、配下の部下や組織を適切に管理して、最大の成果を上げなければならないという考えが浸透していました。

しかし平等社会だった日本では、そういった支配階級の意識を持った人材がいない上に、こうしたリーダーとしての教育も不十分でした。
 

責任感の欠如と組織の存続が目的になる

空気で物事を決定すれば責任をとる者はいません。失敗しても責任を問われません。そのため日本軍は強い組織に欠かせない信賞必罰がありませんでした。これは勝つことが最大の使命である軍隊にとって致命的でした。

第二次大戦のソ連軍では厳しい信賞必罰が常識でした。スターリンから全権を委任されていた司令官ゲオルギー・ジューコフは、ある師団の前進速度が不十分だったため、師団長を即解任し懲罰大隊へ送りました。
 

しかし日本軍はリーダーが作戦に失敗しても降格がありませんでした。そして海軍兵学校の卒業序列(ハンモックナンバーと呼ばれ除隊するまでついて回る)に従って昇進しました。最後の海軍大将となった井上成美氏は戦闘では失敗ばかりでした。逆にガダルカナル戦で駆逐艦隊を指揮して米軍と渡り合い、アメリカ軍からも恐れられていた田中頼三少将は、ガダルカナル戦の途中で後方へ移動させられました。日本軍では、アメリカ軍も一目置く勇気と決断力のあるリーダーは、同僚の昇進など内部事情で第一線を離れ、勉強はできるが指揮能力の低いリーダーが部隊を指揮していたのです。
 

昭和19年陸軍は、米軍のフィリピン攻略を前に兵力の大幅な増強を計画しました。そして台湾から多数の兵士を送りました。しかし彼らの乗った輸送船の多くがアメリカ軍の潜水艦に沈められ、犠牲者は10万人にも上りました。

この輸送船でフィリピンに渡った山本七平氏は、立つこともできない天井の低い船室に、畳1枚のスペースに5名が押し込まれた状況について、人間に対しここまで過酷な仕打ちはないとまで語っていました。その多くがアメリカの潜水艦に沈められ、山本氏はこれを自動殺人装置と呼びました。

実はこれを計画した陸軍自身「3割着けば成功」と考えていました。7割は喪失する前提でした。たとえ無事についたても、銃も弾薬もなく、できるのは米軍の空襲や砲撃の中でジャングルの中を逃げまどうだけでした。そして多くの兵士が餓死しました。

すでに陸軍は現実感を失い、効果も考えず、ただ決まったことを行っているにすぎませんでした。

 

日本の組織に存在する空気の弊害

日本の終身雇用や年功序列賃金制度は、内部に強固な空気を醸成します。しかも新卒一括採用のため転職は容易でなく、多くの社員は不満があっても組織にとどまります。こうした組織は空気に逆らうことを許さない「出る杭は打たれる」集団になってしまいます。

図6 出る杭は打たれる日本の社会
図6 出る杭は打たれる日本の社会

こういった集団は保守的で変化には逆らう傾向があります。これまでのバブル崩壊や、リーマンショックのような変化に対し、金融円滑化法、雇用調整助成金、政府金融(日本政策金融公庫、商工組合中央金庫)、信用保証協会など国は多くの救済措置を提供しました。これにより倒産を減らして社会の混乱を防いだ一方、非効率な企業を延命し変化を抑えてきました。

しかし、こういった従来の日本型福祉社会は限界に達しようとしているかもしれません。変化を抑圧しても社会の潜在的な変化はなくなっていないからです。むしろ変化を抑えたことでバブル崩壊のような破局的な悲劇が発生してしまうかもしれません。
 

「ブラックスワン」の著者ナシム・ニコラス・タレブはこういった日本人の習性を「小さなボラリティ(変動)を避けようとして大きな破滅を招く」と評しました。さらに

「日本人は小さな失敗を厳しく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくて稀な失敗を無視する」

と述べています。
 

空気を打破する方法

空気を打破する方法として鈴木博毅氏は以下の4つの方法を提唱しています。

  1. 空気の相対化
  2. 劇場の破壊
  3. 思考の自由
  4. 根本主義

 

「空気の相対化」とは、隠れた前提を見抜くことです。空気がもたらす前提には、組織を主導するものにとって都合の悪いことが隠れていることがあります。「大和を敵に拿捕されないために3,700人の命を犠牲にする」、「命令できない特攻を作戦化する」、こういった前提を具現化すれば、正しい結論が見えてきます。

「劇場の破壊」とは、閉鎖された組織、空間を破壊することです。閉鎖された空間で醸成された空気は、強い同調圧力になります。その空間を開放し、課題を公開します。そして外部からの自由闊達な議論を行います。あるいは自分がこういった閉鎖的な集団から抜けます。

「思考の自由」とは、思考を束縛するしがらみを断ち切ることです。過去の延長線上でなく自由に考えます。

インテルの元CEOアンディグローブは、半導体メモリー事業が不振に陥った時「僕らがお払い箱になって、取締役会が新しいCEOを連れてきたら、そいつは何をするだろう」と考えメモリー事業からの撤退を決断しました。

「根本主義」とは、最も譲れないことは何か、その1点にフォーカスすることです。そうすることである種の前提や前例からの縛りから考えを解き放つことができます。
 

【この状況で何ができるかを考え、空気を打破した美濃部少佐】
大戦中、海軍の美濃部少佐は芙蓉部隊を指揮して沖縄の米軍へ夜間攻撃を続けました。そして特攻を拒否し続けました。彼は水上偵察機の乗組員が高い夜間飛行能力を持っていることに着目し、終戦まで特攻でなく、夜間に通常攻撃をすることを主張しました。『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』渡辺洋二著には以下のように書かれています。
 

<以下一部引用>
航空参謀「次期沖縄作戦には、教育部隊を閉鎖して練習機を含め全員特攻編成とします。訓練に使用しうる燃料は一人あて月15時間しかないのです。」
美濃部「フィリピンでは敵は300機の直衛戦闘機を配備しました。こんども同じでしょう。劣速の練習機まで駆り出しても、十重二十重のグラマンの防御陣を突破することは不可能です。特攻のかけ声ばかりでは勝てるとは思えません」
航空参謀「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!第一線の少壮士官がなにを言うか!」
中略
美濃部「ここに居合わす方々は指揮官、幕僚であって、みずから突入する人がいません。必死尽忠と言葉は勇ましいことをおっしゃるが、敵の弾幕をどれだけくぐったというのです?失礼ながら私は、回数だけでも皆さんの誰よりも多く突入してきました。今の戦局にあなた方指揮官みずからが死を賭しておいでなのか?」
「飛行機の不足を特攻戦法の理由の一つにあげておられるが、先の機動部隊来襲のおり、分散擬装を怠って列線に並べたまま、いたずらに焼かれた部隊が多いではないですか。また、燃料不足で訓練が思うにまかせず、搭乗員の練度低下を理由の一つにしておいでだが、指導上の創意工夫が足りないのではないですか。私のところでは、飛行時間200時間の零戦操縦員も、みな夜間洋上進撃が可能です。全員が死を覚悟で教育し、教育されれば、敵戦闘機群のなかにあえなく落とされるようなことなく、敵に肉薄し死出の旅路を飾れます」
中略
美濃部「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようと、グラマンにかかってはバッタのごとく落とされます。2,000機の練習機を特攻に駆り出す前に赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!」

この会話に空気を打破し現実の問題を解決する思考方法のヒントがあるのではないでしょうか。
 

【空気よりカネ勘定】
空気の作り出す前提の多くには、一部の者にとって不都合な現実があります。それを美辞麗句で覆うことで現実を見えなくするのです。見たくない現実を直視し、誤った判断を避けるためには、感情に惑わされず冷静にカネ勘定・損得判断をすることです。

  • 敵になんの打撃も与えることなく、3,700人の命と戦艦を失うことの損得
  • 敵戦闘機の大群に、未熟なパイロットの乗った旧式機の特攻を出すことの損得
  • 原発の事故の発生確率と被害金額、原発の発電コストと使用済み燃料の処理コストと将来の廃炉費用

こういった問題の発生確率と、生じる損失を経済的に評価するのがリスクマネジメントです。つまりリスクをコントロールする手法です。
 

【感情を切り離さなければ正しい判断はできない】
こうした冷静な意思決定を阻害するのは感情です。今までにかかった費用、努力(いわゆる埋没費用(サンクコスト))に固執してしまいます。

先の戦争は310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)の方が亡くなりました。その9割は1944年以降の戦争末期でした。1944年2月米軍のフィリピン上陸を前に近衛文麿は天皇に早期終戦を主張(近衛奏上文)しました。しかし天皇は「もう一度戦果を上げてからではないと難しい」と拒否しました。すでに戦況を好転できる材料はありませんでした。しかし無条件降伏以外アメリカとの講和はなく、無条件降伏を受け入れる感情的な素地は、まだ国民や軍にはありませんでした。

1945年8月9日に広島に原爆が投下され、ソ連が参戦した後に開かれた御前会議でも、陸軍は本土決戦を主張していました。この時点で重臣の賛否は半々でした。本来「戦争は外交の一手段」なのですが、戦争終結のシナリオがないまま始めてしまった戦争に対し、現実感を喪失した当時のリーダーに損得判断は不可能でした。
 

空気が固定化されると他の選択肢は見えなってしまいます。そうなると問題解決力が低下します。

そして現実を無視して、前提通りに進めようとする強硬派が幅を利かせます。

その背後で問題は進行し肥大していきます。問題はある時破綻し大きな悲劇になります。ようやく前提が間違っていたことに強硬派は気づきますが、もうどうすることもできません。冷静な解決策を失って「やぶれかぶれ」になります。赤とんぼで特攻を行うと言った海軍首脳、本土決戦を主張した陸軍がそうでした。
 

そうならないようにするためには、この空気の打破をしなければいけません。それは正しい理論とデータから論理的に結論を導くことです。この

「厳粛な事実」

には精神論の入る余地はありません。

本来ものづくりに関わる技術者は、こういった考え方は持っています。正しい論理に従えば、赤とんぼがグラマンから撃墜されるのは逃れられないし、戦艦大和は沖縄にたどり着けません。その事実を認めたうえで、最善の方法を模索すれば、美濃部少佐のように特攻以外の方法も出てきます。これが思考停止の呪縛から逃れ、知性を回復させる方法です。
 

ただし空気や水は過去から現在までの結果です。未来を切り開こうとする時、空気も水もないかもしれません。革新的な企業は、空気も水も気に留めず「そんなことは無理だ」と言われたことを実行してきました。

空気を破り水の呪縛を解き放つために、山本氏は

「『これより先に行くな』というタブーを打ち破り未来へと大胆に進むことが大切」

と述べています。
 

参考文献

「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫
 

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【コラムの概要】

「空気を読む」とは、指示されずとも場の雰囲気を察して行動すること。その正体は「前提」であり、「やるしかない」と他の選択肢を奪い、不祥事やパワハラの原因に。戦艦大和の出撃や特攻も空気による決定でした。空気を生む背景には日本特有の文化や状況倫理があり、打破するには隠れた動機を暴き、論理と事実で対峙することが必要です。

「空気を読む」を辞書で引くと

「『その場の雰囲気を察すること、暗黙のうちに要求されていることを把握して履行すること』などを意味する表現」

とあります。(実用日本語表現辞典より)
 私たちの多くは、この「空気を読む」ということを当たり前のように行い、空気を読まない人はネガティブな意味で「KY」と呼ばれます。

我々は指示されないことでも「空気」に従い進んで行ってしまいます。時にはこれが企業不祥事やパワハラの一因にもなります。

この空気の正体は、何でしょうか。

そして

空気はなぜ存在するのか、

どうしたら空気を打破できるのか

考えました。
 

戦前から日本を支配した空気

1945年4月沖縄に上陸した米軍を攻撃すべく、戦艦大和は片道分の燃料しか積まずに出撃しました。当時、戦艦といえども航空機の援護なしでは、アメリカ軍の艦載機の攻撃に耐えることはできませんでした。つまり、この作戦は100%失敗する作戦でした。大和を擁する第二艦隊司令官 伊藤整一中将は、この作戦に強く反対しました。しかし最終的に彼が命令に従った根拠は「空気」でした。

図1 米軍機の攻撃を受ける戦艦大和 (Wikipediaより)
図1 米軍機の攻撃を受ける戦艦大和 (Wikipediaより)

1944年10月関行男大尉率いる24名の最初の神風特別攻撃隊が、レイテ沖のアメリカの護衛空母群を攻撃し、空母「セント・ロー」は沈没しました。この特攻作戦を主導した大西瀧治郎中将は、終戦後、特攻作戦の責任を取って割腹自殺しました。この特攻作戦は大西中将が発案したように戦史に書かれています。しかし、当時の海軍は、すでに軍令部の主導で人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」など体当りを前提とした特攻兵器を開発していました。

「体当り攻撃」は海軍の既定路線だった

のです。しかし海軍は、100%生還の見込みのない自殺攻撃の命令を出すことはできませんでした。特攻は、あくまで隊員の志願でなければいけませんでした。そして

隊員たちが「志願」したのも空気

でした。この空気について「空気の研究」の著者 山本七平氏は

「『空気』とはまことに多くの絶対権をもった妖怪である。(中略)こうなると統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組み立てておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが『空気』に決定されるかも知れぬ。」

と述べています。
そして

「もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合の如く『空気』であり、破滅の後にもし名目的責任者がその理由を問われたら、同じように『あのときは、ああせざるを得なかった』と答えるであろう」

と語りました。
 

図2 山本七平氏(Wikipediaより)
図2 在りし日の山本七平氏(Wikipediaより)


 

空気とは何か

それでは、「空気」とは一体何なのでしょうか。

この空気は、「『超』入門 空気の研究」の著者 鈴木博毅氏によれば、

「空気はある種の前提」

です。この前提が

「この境界からはみ出すな」

という強い圧力をかけて「場の空気」をつくります。では「場の空気」とは何でしょうか。

場の空気とはWikipediaによれば、

「日本における、その場の様子や社会的雰囲気を表す言葉。とくにコミュニケーションの場において、対人関係や社会集団の状況における情緒的関係や力関係、利害関係など言語では明示的に表現されていない(もしくは表現が忌避されている)関係性の諸要素のことなどを示す日本語の慣用句である。近年の日本社会においては、いわゆる「KY語」と称する俗語が流行語となって以来、様々な意味を込めて用いられるようになっている。」
(Wikipediaより)

「場の空気」は具体的な言葉になっていない場合も多く、戦艦大和の場合
「このまま日本が敗戦すれば、大和はアメリカに接収され、自沈させられる。そんな恥をさらすことはできない」
という前提でした。論理的、経済的に考えれば、効果のない作戦で3700名の命を失うより、自沈した方が損失は軽微なのですが。(しかもこの作戦で大和以外に、軽巡洋艦矢作と駆逐艦5隻も失いました。)

こうした暗黙の前提は、

人々の現実への理解や行動を規制し、他の選択肢を奪います。

そして空気が組織を支配すると、組織のメンバーは、命じられていなくても「空気 = 前提」に従い行動します。しかもこの前提は絶対化されているため、反論は許されません。
 

それを象徴する言葉が

「やるしかない」「他に道はない」

です。もしリーダーがこう言い始めたら危険な兆候かもしれません。なぜなら、こうして前提は、他の選択肢を排除し、不都合な真実を隠蔽してしまうからです。
 

鴻上 尚史氏の著作「不死身の特攻兵」で、陸軍の飛行兵 佐々木友次氏は、特攻に9回出撃して9回生還しました。なぜ特攻に出撃して生きて帰ってきたのでしょうか?

飛行機が爆弾を抱いて船に体当たりしても、爆弾の速度は低く、爆弾は甲板を貫通できないため、致命傷を与えることはできないのです。途中で爆弾を切り離して落下させた方が爆弾の速度が速くなり相手に大きなダメージを与えることができます。つまり通常の急降下爆撃の方が効果は高かったのです。

そこで佐々木氏の上官 岩本隊長は、密に爆弾を切り離す装置を特攻機に追加し、佐々木氏をはじめとした部下に、特攻で出撃しても爆弾を切り離して急降下爆撃を行い、帰ってくるように指導しました。しかし残念ながら岩本隊長は、移動中に敵の戦闘機に襲われ戦死してしまいました。

新たな上官の下、佐々木氏は特攻に出撃しました。そして爆弾を投下し敵の船に命中させ、大打撃を与えた後、機体は不時着しました。佐々木氏が帰ってきたとき、送り出した上官にとって

これは、前提から外れた不都合なこと

でした。佐々木にはすでに戦死の公報も出ていました。

上官にとっては、敵に打撃を与え戦果を挙げることは、問題ではなかったのです。特攻に行った者が死んでいないことが問題でした。

上官は、佐々木氏に対し厳しい叱責をしました。

「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
中略
「明日にでも出撃したら絶対に帰ってくるな。必ず死んで来い」

「不死身の特攻兵」で、上官の言葉はこのように書かれています。
 

このように「前提」は、集団にとって都合の悪いことを隠し、前提に従わない者に対し、嫌がらせをはじめとした徹底的な攻撃・圧力を加えます。これが

空気がもたらす同調圧力です。

山本氏は、これを「臨在感的把握」と呼びました。臨在感について前述の鈴木博毅氏は「臨在感は、因果関係の推察が、恐れや救済などの感情と結びついたものだ」と述べています。つまり、日本人は問題が起きた時、

感情に強く影響されて過剰に反応する

のです。こういった反応は欧米にも見られますが、日本人は顕著に表れます。
 

例えば、BSE問題(牛海綿状脳症)が起きた時もそうでした。ヨーロッパで発症した人は、発症した牛の脳を食べた人でした。発症した牛の肉を食べて発症した事例は、一切ありませんでした。

しかし日本では「牛肉が怖い」という空気が生まれました。感染した牛が見つかる度にマスコミは大々的に報道し、人々は牛肉の消費を控えました。2001年に農林水産省は、食用牛の全頭検査まで導入しました。
 

この臨在感を掌握すれば、日本の大衆の意思をコントロールできてしまいます。戦前、読売、毎日など大手の新聞は、日中戦争の記事を勇ましく書き、国民は熱狂しました。毎日新聞の記者は、ある兵士の中国での百人斬りの記事を掲載しました。実は記事は、記者が勝手に創作したものでした。しかし記事に名前を載せられた兵士は、戦後、戦犯として処刑されました。

バブル崩壊後、マスコミは、銀行の過剰融資や証券会社の損失補填を非難しました。この空気は、国が銀行へ公的資金を投入する判断の遅れにつながり、失われた20年の一因にもなりました。本来は、いち早く公的資金を投入し、企業への資金供給の円滑化を図るべきでした。しかし、バブルを引き起こした金融機関に対する公的資金の投入は、それを許さない空気になっていました。
 

空気のプラス面とマイナス面

一方、この空気は、プラスの面もあります。
 

【プラス面】

  • 決定に時間がかかるが、空気で決定すれば反論は封じられ、集団で行動する

日本企業は決定までは時間がかかりますが、方針が決定すれば、全員が協力して迅速に取り組みます。対してアメリカのGMは、トップが方針を決定しても、エンジン部門、シャーシー部門がそれぞれの主張を繰り返すため、開発がなかなか進みません。 

  • 意思決定がボトムアップで行われる

ボトムアップなので、空気に従ってメンバー全員が一致して行動します。

 

【マイナス面】

  • 思考停止状態になり、他の選択肢が考えられなくなる
  • 真実を歪曲する

もともと相対的な事象を絶対化することは、ある意味まやかしです。嘘が生まれ、現実が見えなくなります。例えば国は「原発は絶対安全」と言います。しかしどんなプラントでもリスクはゼロではありえません。「絶対安全」なものは世の中には存在しないのです。それを絶対安全と言ってしまったため、小さなリスクや問題も公表できなくなってしまいました。

  • タテマエで物事が進む

山本七平氏が部隊に配属されて驚いたのは、タテマエと実態の乖離でした。1師団3個連隊、1個連隊3個大隊のはずの師団構成は、1個連隊が欠(つまり2個連隊しかない)、しかも1個連隊の中でも1個大隊が欠でした。つまりタテマエの上では師団(3個連隊、9個大隊)であっても、実際は(2個連隊、4個大隊)と、タテマエの半分以下、戦力は大幅に低かったのです。困ったのは、タテマエ上は1個師団なので、作戦はそれを前提に立てられてしまうことでした。

  • 誤った意思決定

「可能か不可能か」「是か非か」の区別がなくなる。その結果、たとえ不可能なことでも、「やるべき」「やるしかない」と邁進する。

  • 強い同調圧力、異論は許さない

かつてのような工業製品を大量生産する組織は、空気による支配は都合がよいものでした。高度成長期は、これまでの延長線上で技術も進歩していきました。自社もライバル企業も同じ方向を向き、より良い製品を、より安く、ひたすらつくれば良かったのです。

 

結論を支配

前提を変えれば結果が変わります。

「世界を変えた14の密約」ジャック・ペレッティ著によれば、生命保険会社にいた統計家ルイ・ダブリンは、1945年初めてBMI(Body Mass Index)別名「ボディマス指数」を作成しました。このBMIは、体重と身長から計算され、肥満度を表します。現在、BMIは国際的な指標として用いられています。実はこのBMIは、ダブリンが25歳前後の人たちのデータから

理想的な体重を、全員に勝手に当てはめたもの

でした。

その結果、アメリカ人の半数は「太りすぎ」か「肥満」になりました。これにより多くの人の生命保険料は高くなりました。これにより生命保険会社に多額の保険料をもたらしたのです。しかも

たった1枚の数表だけで

 図3 肥満大国のアメリカ人
図3 肥満大国のアメリカ人

しかもBMIはアメリカ人の間に肥満パニックを起こしました。そして巨大なダイエット産業をも創出しました。
 

慶應義塾大学の清水勝彦教授は著書「その前提が間違いです」で

「『前提』こそが結論を支配する」

と述べました。

例えばケンブリッジ大学のハジュン・チャン氏は、トリクルダウン理論について以下のように述べています。

「理論的には、トリクルダウンはそれほどバカバカしい考え方ではありません。ですが、現実的には裏付けがないんです。アメリカでもイギリスでも国家歳入における投資の割合は減り続けています。経済成長も下がっています。だから証拠がないんですよ。」

しかし各国の政府は、トリクルダウン理論を何ら検証せずに、富裕層を豊かにする政策を実施しました。その結果、貧困層が増加し、貧富の差は急拡大しました。
 

空気といじめ、パワハラの関係

日本社会には、欧米社会のような神を絶対的な基準とした「絶対的な正義、あるいは倫理観」がありません。同じ行為でも、その場の状況によって、許されたり、許されなかったりします。山本氏は、これを「状況倫理」と呼びました。

例えば、お腹が空いて死にそうな人がパンを盗んで食べた場合、欧米では、そのような状況でも、窃盗の罪は同じです。神の許しがない限り、その人は一生罪を背負って生きなければなりません。対して日本は、この場合多くの人が罪を許します。そして当人も罪の意識が消えていきます。つまり状況に応じて「情」で判断するのです。

これが時には悪い方に作用します。これがパワハラ、セクハラ原因になるからです。

例えば、指導者が指導のためと称して行う暴力や暴言です。どんな感情を持っていても、暴力や暴言を行ったことに変わりはありません。しかし、こういった指導者は、これを正しいことと思っています。こういった人達に共通するのは

自分と異なる存在、他者への理解が浅い点

です。そして日本人の多くにこの傾向があります。そして「自分にとって良いことは、相手にとっても良いこと」と考えて行動します。山本氏の著作には、寒い冬に「かわいそうだから」とひよこにお湯を飲ませ、死なせてしまった人の話が書かれています。人間にとってお湯は良いものですが、ひよこには有害だったのです。
 

空気に水を差す行為

この空気が真実を歪曲して、その場のムードで行動する人たちに対し、現実を突き付けるのが

「水を差す」

行為です。山本氏は

「ある一言が『水を差す』と、一瞬にしてその場の『空気』が崩壊するわけだが、その場合の『水』は通常、最も具体的な目前の障害を意味し、それを口にすることによって、即座に人々を現実にもどすことを意味している。」(「空気の研究」より引用)

と述べました。つまり「水」は現実を土台にした前提です。

しかし、水を差しても空気が消えないことがあります。なぜなら、空気の背後には、本当の動機が隠れているからです。この隠れた動機を言葉にして、表に出さければ空気は消えません。
 

なぜ戦艦大和は、100%見込みのない作戦に行かなければならなかったのでしょうか。本当の動機は

大和が残ったまま敗戦となり、敵に拿捕されるのは絶対に避けたい

ということでした。しかし、そのため3,700人の命を犠牲にするとは言えません。これが空気の正体でした。
 

隠れた動機があるかぎり、真実で空気に水を差しても、精神論で反撃されます。戦時中、B29に向かって、竹やりを突き立てて落とすマネをする訓練をしていました。「竹やりでB29を落とせるわけがない」と空気に水を差しても「何を言うか、この非国民」と言われてしまいます。「尊い努力」という言葉が、「竹やりでB29を落とせるわけがない」という現実を凌駕するのです。

空気に水を差す人に対し、非国民という言葉を投げつけて、B29に対し無力な自分たちという現実を覆い隠しました。そして空気に水を差す相手には「けしからんやつ」といじめたり、仲間外れにしました。このように集団の中で、ひとり空気に水を差せば、いじめに遭います。それに耐えるには、強い信念と忍耐が必要です。多くの人にとっては、おかしいと思っても空気に従った方が楽なのです。
 

この空気をつくり出す日本人の根底にあるものは、何でしょうか?

そして、これを打破するにはどうしたらよいでしょうか・

続きは、「組織に存在する『空気』とは何か?その1」で述べます。
(その2は、2023年3月25日頃投稿予定です。)

参考文献

「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫
 

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なぜ指導したことができないのか? 〜「教えはず」と「分かったつもり」の原因を探る〜 https://ilink-corp.co.jp/8130.html https://ilink-corp.co.jp/8130.html#respond Mon, 31 Oct 2022 12:57:07 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8130
【コラムの概要】

新人に作業を教えても不良が出るのは、「分かったつもり」が原因。JCO事故やロスアラモス研究所の例のように、危険性や仕組みを理解せず、説明深度の錯覚からくるものだ。指導側は背景知識や全体像を伝え、段階的に教えるTWI教え方を参考に、確認とフィードバックで理解を深めることが重要。

工場で新人に作業を教える場合、手順書やマニュアルを使って説明し、さらに「やって見せて」指導します。その後、作業の要点を説明し、実際に作業者にやってもらい観察します。

その結果、不十分な点もしっかり指導しました。もう大丈夫と思ったら不良が出ました。調べると指導した通りにやっていませんでした。
 

あれほど丁寧に指導し、わからない時のために手順書も渡したのに、

なぜ教えたとおりにやらないのでしょうか?

多くの現場でこういった問題が起きています。教えた通りにできないのは

レベルが低いからでしょうか?

その結果、大量不良や悲惨な事故も起きています。
 

「なぜ教えて通りにできないのか?その原因は何なのか?」

「教えはず」と「分かったつもり」についてその原因を掘り下げます。
 

「分かったつもり」で生じる問題

自分たちの扱っているものの危険を知らなかった

自分たちが行う作業の注意すべき点や作業に潜む危険が分かっていない。

そして作業ミスや不注意が大事故を起こします。
 

1999 年9月30日城県那珂郡東海村の株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で、高濃度ウラン燃料の製造中に臨界事故(核分裂連鎖反応 : これは原子炉内部と同じ状態です。)が発生しました。この事故で作業員3名が重度の被曝をし、内 2 名が死亡しました。これは日本の原子力産業が起こした初の臨界事故で、最初の死亡事故でした。
 

同工場は高速増殖実験炉「常陽」で使用するウラン235濃度18.8%の高濃縮ウランを製造していました。その製造工程は、国(科学技術庁)の認可を受けた方法で行うことが義務づけられていました。このウラン溶液は一定量を超えると臨界反応を起こす恐れがありました。そこで溶解塔で硝酸とウラン溶液を混合した後、専用容器に小分けして再溶解し、均質化する方法が採られました。

しかしJCOは作業効率を上げるために、ステンレス製のバケツで混合した後、細⻑い貯塔に移して均質化し、容器に小分けしていました。これは違反行為ですが、貯塔が細⻑いため一度に入れても臨界を起こす可能性はい方法でした。

ところが事故当日、作業を効率化するため、ステンレス製のバケツで混合し、沈殿槽に投入したのです。この沈殿槽は貯塔と異なりずんぐりした形状でした。そのため構造的に中性子が容器から出にくく、しかも外側に冷却水が入った二重構造になっていました。中性子は水の層で反射するため、中性子の反応が連鎖して核分裂反応が起きてしまいました。
 

この事故については、専門家が調査を行い、事故報告書が作成されました。この報告書の中でマニュアルの勝手な変更や、作業変更に対するずさんな管理が挙げられていました。

しかし、そもそも作業員は自分たちが扱っている原料が一定量を超えれば臨界を起こす極めて危険なものだったことが分かっていたのでしょうか?そして臨界とはどのようなもので、どうすれば臨界を起こすのかわかっていたのでしょうか?

そのことを理解していれば、上司の許可なく勝手に作業方法を変えなかったかもしれません。
 

図1 ウラン溶液の製造工程
図1 ウラン溶液の製造工程

一方こういったこの事故を防ぐためには、正しい知識を持っていれば十分でしょうか?
 

分かっていないのに分かったつもりになっている

1946 年アメリカの核研究施設ロスアラモス研究所で物理学者のルイス・スローティーンは、プルトニウムの性質を調べる実験をしていました。

半球状のベリリウムの間にプルトニウム塊を置いて、二つのベリリウムの距離を縮めていき、反応を調べていました。この実験では二つのベリリウムが接近しすぎると、プルトニウムから出た中性子線がベリリウムに反射し、さらに中性子線が出て連鎖反応が起きてしまいます。
 

スローティーンは核分裂反応に詳しい物理学者でした。にもかかわらず彼が採った方法は、二つのベリリウムがくっつかないように、間にマイナスドライバーを入れておくというものでした。

そして不幸なことにマイナスドライバーが手から滑り落ち、二つのベリリウムはくっついてしまいました。実験室の8人は大量の中性子線を浴び、スローティーンは9日後に亡くなりました。

他にもっと安全な方法はあったのに、なぜスローティーンはこの方法を採ったのでしょうか?
スローティーンはこの実験の仕組みを本当はわかっていなかったのに

「分かったつもりになっていた」

のではないでしょうか?
 

説明深度の錯覚

認知心理学者フランク・カイルは被験者に次の質問をしました。

  1. あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。
  2. ファスナーがどのような仕組みで動くのか、できるだけ詳細に説明してください。

大抵の人は2番目の質問に答えられませんでした。そこで再度

  1. あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。

この質問を聞かれると、最初の時より7段階評価は低くなりました。
 

フランク・カイルはファスナーだけでなく、ピアノの鍵盤、水洗トイレ、シリンダー錠など様々なものについて調べました。その結果、大抵の人は説明できるほどの知識を持っていないことが分かりました。にもかかわらず「分かっている」と思い込む「説明深度の錯覚」が起きていました。

つまり「わかっていない」のに「わかっている」と思い込んでいるのです。

 

分かっていないことの悲劇

今日では様々な単純労働を外国人の技能実習生が支えています。彼らの労働災害は年間500 件に上り、日本人労働者と比べ比率が高く、痛ましい死亡事故も起きています。

  • 技能実習生Aは、解体用機械のアタッチメントの上で溶接作業をしていたところ、解体用機械のブームが上昇し、梁との間に挟まれた。(H28年11月)
  • 技能実習生Cは、労働者Dと2人でプレス加工作業をしていたところ、Cが金型内に頭を入れていた時にDがプレスを起動させ、Cが挟まれた。(H29年4月)

彼らは本当に危険があることが分かっていても、このような作業をしたのでしょうか?
 

理解するとは?

 

理解は概念の変換作用

私たちは相手に何かを説明する時に、伝えたい内容を言葉で相手に伝えます。私たちは、相手はその言葉を聞いて、伝えたい内容を理解すると思っています。実際はこちらの意図とは違う内容に受け取ったり、こちらが言っていないことを聞いたと思ったりします。なぜこのようなことが起きるのでしょうか?

それはコミュニケーションの過程でいくつもの変換過程を経ているからです。
図2にコミュニケーションの過程で生じる変換プロセスを示します。
 

図2 コミュニケーションのプロセス
図2 コミュニケーションのプロセス


 

話し手が「相手に伝えたいこと」は「ある概念」です。例えば作業の力加減や感情です。これらは言葉では完全に表すことができません。しかし相手に伝えるには、この概念を言葉に変換(言語化)しなければなりません。そしてこの変換の過程で内容が変わってしまいます。

例えば作業手順を相手に伝える場合、作業内容を手順ごとに分解して、相手に伝えやすい形にします。(記号化) これをメッセージとして言語化して、話したり文書にしたりして相手に伝えます。この伝達過程でも、話し方や話す場の雰囲気などによって伝える内容が変化します。

相手は受け取った言語情報をメッセージとして理解します。このメッセージを解読し、自分の頭の中で概念を復元します。こうして相手の頭の中で復元した概念が、話し手の頭の中の概念と同じであれば、正しく伝わったのです。

このように考えると、完全なコミュニケーションがどれだけ大変なのかわかります。
 

このようにコミュニケーションの過程では、伝える側、受け取る側の双方に変換プロセスがあります。変換プロセスの結果は、それぞれの考え方、技量、経験、知識によって大きく変わってしまいます。

またメッセージは、伝える際の環境や伝え方にも影響されます。厳粛な雰囲気の教会で聞く牧師さんの説教は、参加者は重々しく受け止めます。しかし全く同じ話でも、にぎやかな宴会の最中であれば誰も聞いていません。
 

理解は身体性を伴う

体を動かすような作業を伝える場合、言葉だけでは相手は正しく理解できません。正しく理解するには、説明を聞いた後で実際に体を動かしてやってみなければなりません。そして「説明通りにできたかどうか」確認します。自分ではわからない場合、他の人に正しくできたかどうか見てもらいます。そして「どこができていなかったか」フィードバックしてもらいます。
 

共通の背景を獲得するには時間がかかる

相手の言葉を理解するには、考え方、技量、経験、知識が影響します。外国人との会話で相手の言ったことを十分に理解するには外国語の理解だけでは不十分です。言葉は理解できても言葉の意味する内容が分からなければ理解できないからです。それには相手と同じ経験が必要なこともあります。

例えばオーストラリアの人から「朝食にはベジマイトが欠かせない」と言われても、ベジマイト自体を知らなければどんな味かわかりません。あるいはベジマイトは知っていても食べたことがなければ、おいしいかどうかわかりません。(私は食べたことがありますがダメでした) 。

どうやらベジマイトをおいしいと感じるには子供の頃から食べてきた経験が必要なようです。同様に納豆も大人になって初めて食べた人には苦手な人も多いようです。
 

図3 ベジマイト(Wikipediaより)
図3 ベジマイト(Wikipediaより)


 

同様にスポーツも、始めたばかりの初心者は指導者のアドバイスが理解できないのです。

例えば、クロールを初めて習った時、指導者が

「息継ぎは体全体を傾けて素早く息を吸えば簡単にできる」

「手は入水したらひじを立てて、素早く水をキャッチする」

と言ったとしても、言葉は理解できても、その言葉が示す動きはわからないのです。
このように「理解」するためには、背景にある知識や経験、身体の使い方や時には文化への理解が必要なのです。
 

人は物事を単純化する

私たちが日常直面する多くの事柄は、様々な要素が重なっています。そのため単純ではありません。例えば、その日の夕飯のメニューを決めようとしても、家族のその日の予定、冷蔵庫の食材、前日の献立、家族の嗜好など様々な要素があります。かといってそのすべてを考慮して最適な答えを出そうとすれば、大変な労力と時間がかかります。

そこで私たちは重要でない要素は削ぎ落して単純化して判断します。例えば「昨日はハンバーグだったから、今日は魚」と決定します。
 

同様に経験したことを記憶する際も、情報を削ぎ落して単純化して記憶します。単純化することで記憶しやすく、思い出す(検索する)のも容易になるからです。しかし単純化のプロセスは人によって異なります。そのため同じ事柄を経験しても、自分と他人が記憶している内容が違っていても不思議ではありません。単純化の過程が違っているからです。
 

因果関係と物語

人は、相手の話を聞く時、最初の言葉を聞いたら、次に来る言葉を推測して聞いています。相手の先を読んでいるから、会話のスピードが速くても理解できるのです。そして話を聞きながら、次に来る言葉を予測するには、聞き手と話し手の間に共通する背景知識(あるいは文脈)が必要です。

共通する背景知識、文脈が全くなければ、言葉を聞いても次に来る内容を推測できないため、理解は難しくなります。
 

例えば以下の会話は、お互いが会話の文脈が分かっているから、成立します。

⺟親 : これはなあに、
子供 : うさぎさん、
⺟親 : そう、ぴょんぴょんしてるね

ひとつひとつの文は、単体では意味がわかりません。読み手は文脈に従って意味を解釈し、一貫性のある内容としてとらえています。つまり会話の中からお互いが意味のある物語をつくっているのです。
 

会話では聞いた言葉から相手の次の言葉を推測しながら聞くことで、言葉同士の因果関係が見えてきます。この因果関係がひとつの物語になります。

意味のない言葉の羅列は記憶できませんが、物語は容易に記憶できるのです。

逆にいくら指導者が熱心に説明しても、わからない言葉や背景知識が不十分で聞き手の中で物語ができなければ記憶に残らないのです。
 

思い込みが正しい理解の邪魔をする

この物語(文脈)は、私たちが目の前で起きていることを理解する時も必要です。その人の物語にないことは、目の前で起きていても気づかないのです。もしその兆候が顕著に表れても、現実にそれが起きるまではわからないのです。
 

1941 年 12 月 8 日、日本がアメリカ オアフ島の真珠湾を攻撃しました。その際、攻撃の兆候を知らせる情報はアメリカに集まっていました。
「日本海軍が急に暗号を変えた」
「機動部隊の行方が 11 月から分からなくなっている」
これらの情報を総合すれば、日本が近いうちに大規模な軍事行動を起こすことは明らかでした。

しかしアメリカには、

日本の機動部隊が遠路太平洋を航海して真珠湾を攻撃する物語

はありませんでした。従って攻撃目標が真珠湾であることを示す情報があっても気づきませんでした。
 

このように人は自らの物語にないことは無視します。そのため多くの人はバックアッププランを持ちません。例えば新規事業や設備投資が失敗した場合、どのようにリカバリーするのか<h6、何のプランもないことは珍しくありません。

失敗することは物語にないため考えられないのです。しかし現実には必ずうまくいくとは限りません。

うまくいかなかった時の対処方法を事前に考えておくことはとても重要です。

 

エキストリーム・スキーヤーのケビン・アンドリュースはこのように語っています。
山頂からのクリフ・ジャンプをする場合、A案、B案の二つを必ず用意する。A案は成功した場合、B案は失敗した場合

B案がないと、生きて帰れないからね

 

今までの教え方

マニュアルを読めばできる

多くの人は新人に仕事の手順を書いたマニュアルを渡せば、それを読んで仕事はちゃんとできると考えます。しかしマニュアルは作業内容を文書や図で示したものにすぎず、必要なことがすべて書かれているわけではありません。

作業者はマニュアルの「文章」から「どのように行動すべきか」という概念を頭の中でつくります。しかしマニュアルの文章を理解しても、文章を正しい行動に変換するには作業の背景の知識が必要です。この知識が不足すれば、マニュアルを読んでも誤った理解や行動になってしまいます。
 

教えたことを相手は理解する

そこでマニュアルを読むだけでなく、口頭で要点を伝え、実際にやっている姿を見て誤りがあればそれを訂正すれば正しい作業を習得できると指導者は考えます。

確かに直接指導すれば、誤った行動は修正されます。ただし指導内容を十分理解するためには、指導者と同じレベルの背景の知識が必要です。知識が少なければ教えたことを十分に理解できません。さらに理解が不十分だと、知識は断片的で相互に関連していません。つまりしっかりとした物語ができないため、短期間に忘れてしまいます。
 

自分と同じように考える、自分と同じように気づく

指導を受けて、実際に作業を行っている時、ミスやトラブルが起きることがあります。「指導者は丁寧に指導したから相手は、ミスやトラブルに気づいてくれる」と期待します。しかし「何が正しくて、何がダメなのか」指導を受けても、その背景にある知識が十分になければ、教えられたことから少しでも違っていればもう判断できません。
「こんなのは見ればダメなことがわかるだろう」
と指導した側は言いますが、それを作業を始めたばかりの人に期待しても無理があります。
 

図4 指導者と同じように気づくのは…
図4 指導者と同じように気づくのは…


 

相手に自発的に考えさせれば訓練効果は高まる

高いモチベーションを持って取り組んでもらうには、一方的に指導するティーチングでなく、質問を投げかけて相手に自発的に考えてもらうコーチングを行うべきという考え方があります。しかし自発的に考えるためには、その仕事に対して一定の背景知識を持ち、作業における物語を理解する必要があるのです。
 

教えられる側の闇と教える側の認識

初めてその職場に入った人は、その職場での仕事に関する情報が極めて少ない状態です。その状態で仕事のやり方を教えても、教えられたことを十分に理解できません。しかもマニュアルはその仕事に関して限られた情報しかないため、マニュアルに書いてないことはその都度自分で考えたり人から聞かなくてはなりません。
 

これは図5に示すような自分の仕事しか見えない視野の狭い状態です。こうしたわからないことが多く不安を感じて仕事をしている中で「やってはいけないミス」「気をつけなければならないポイント」がいくつもあります。

仕事を始めてある程度の期間が過ぎると、様々なことが見えてきます。視界が広がり、やってはいけないことや注意すべき点に関する情報が、関連性をもって把握できるようになります。情報が単独でなく相互に関連することで、物語ができて理解も深まります。

熟練者は、やってはいけないことや注意すべき点以外の様々な情報をもっています。相互の情報は関連付けられ、全体がひとつの物語を形成します。この状態になれば、その仕事に関して重要なことや重要でないことがわかり、現場で起きたことに対して適切に判断できます。
 

図5 初心者の闇
図5 初心者の闇


 

理解するために必要なこと

このように指導する側は、指導したことで適切な作業が行われることを期待します。しかし実際は、教えたことは完全には伝わらず、しかも相手は十分に理解していないため様々な問題が起きています。これを防ぐためには、どのような工夫が必要でしょうか?
 

背景知識の学習

新しくその職場に来た人は、その会社や工場の仕事に関する背景知識がありません。その状態で、作業の手順だけを教えても相手は十分に理解できません。その結果、習得に時間がかかり、作業中に発生する問題や異常に気付きません。
 

そこで

作業手順の指導と併せて、必要な背景知識を伝えます。

仕事の手順だけでなく、仕事がうまくいったときの姿、成功イメージを伝えます。さらに今から教える内容の全体像を伝えます。

さらにその仕事に関係する情報、顧客の要求、製品であれば市場での使われ方も伝えます。

そして、その仕事の前後工程や、関係する人や部門も伝えます。こうして自分が全体のどの位置にいて、これから行う仕事がどのような意味を持つのか、仕事の背景知識を伝えます。
 

相手が消化できる量

しかし人が一度に理解できる量は限りがあります。なぜなら指導を受けた内容をそれぞれ同士を相互に関連付けて、物語をつくらなければならないからです。しかし短時間に大量の内容を教えれば、受けた側は物語を構築できません。単なる断片的な知識の羅列となってしまいます。そしてすぐに忘れてしまいます。

そのため

一度に教える量は、相手が吸収できる量にとどめます。

そうなると一度に必要な情報を全て伝えられないので、何回かに分けて段階的に伝えます。こうすれば呑み込みの早い一部の人だけは習得できるけど、他の人はしっかりと習得できないということはなくなります。
 

図6 食べきれない量を渡されても…
図6 食べきれない量を渡されても…


 

もし指導者の説明が⻑々と続いてとても時間がかかる場合は、一度に習得させようとする分量が多いためです。1日で内容を全て盛り込もうとするため、説明は長くなって聞いている方は全てを理解できなくなります。この場合、1回の説明は相手が一度に吸収できる量にとどめます。そして、1度説明した後、実際に作業を行って指導内容を頭の中で体系化させます。それから次の内容を説明します。
 

TWI教え方の4段階

TWIとは、Training(訓練)Within Industry(企業内の)for supervisors(監督者のための)の頭文字をとったもので、チャールズ・R・アレンがヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトの4 段階教授法と職業分析を適用したOJT(On-the-Job Training)を元に開発しました。

第二次世界大戦当時、米国で広められ、日本には第二次世界大戦後,占領軍によりもたらされました。その後、労働省(現在の厚生労働省)によって広まりました。

現在は日本産業訓練協会(日産訓)や都道府県職業能力開発協会などで行われており、トヨタ自動車も取り入れています。
 

TWIでは仕事の教え方を4段階に分けます。

  • 習う準備をさせる

気楽にさせ、作業の説明を行い、その知識を確認し、覚えたい気持ちにさせる

  • 作業を説明する

主なステップを言って聞かせ、やって見せ、急所を強調する

  • やらせてみる

やらせてみて、間違いを直す。その作業をわかったと分かるまで確かめる

  • 教えたあとをみる

教えた後を確認し、質問するように仕向け、独り立ちさせる。

このように段階的に教えることで、指導を受ける側が指導内容を十分に咀嚼することができ、教えたあとは正しくできているか確認することで確実にできるようにします。このTWIのプロセスは、背景知識の習得スピードに合わせた指導ともいえます。
 

最初は見るべきところも教える

十分な背景知識がなければ、現物を見てもどこに問題があるのか気づきません。経験を重ねて仕事に対する知識や理解が深くなり、背景知識が十分になれば、現物を見て問題点を見つけることができます。しかしそれまでは「どこを見るべきか、どんなものが出たら不良なのか」見るべきポイントと見るべき内容を伝えます。「こんなものは見ればわかる」は新人には通用しません。
 

背景知識の進化に合わせて何度も指導

仕事ができるようになれば背景知識が増えています。背景知識が増えれば、今まで気づかなかったことも気づくようになります。この段階で、よりレベルの高い内容を指導します。 例えば、それまでは問題を発見したら手を止めて報告するようにしていました。しかし問題の原因と対策を指導し、問題を発見したら原因を究明して対策案を考えます。

こうして相手の背景知識の進化に合わせて何度か指導することで、観察力が高まり、気づきの幅が広がります。これはスポーツで技量が向上すれば、より高度な練習を行うことに通じます。
 

図7 徐々に高度な練習を…
図7 徐々に高度な練習を…


 

フィードバックと評価

人は自分のことはわからないものです。指導を受けた結果、自分一人で仕事ができるようになれば、その結果、自分が今どのくらいのレベルなのかを本人に伝えます。なぜなら人は自分のことを過大評価するからです。適切な評価がなければ「自分は仕事ができる」と思い込んでそれ以上進歩しなくなります。

特に自信過剰なタイプは、十分にできていなくても「自分はできている」と思い込んでいます。指導者はその人の能力や成果をできる限り定量的、かつ客観的に評価します。そしてデータと共に本人に知らせます。 

こうしたフィードバックがさらに成⻑を促します。例えば、仕事の優先順位をつけられるようになるためには、与えられた仕事のTo Doリストとスケジュール表をつくらせます。そしてTo Doリストに従って仕事をスケジュール表に記入し優先順位を決めさせます。指導者は結果を確認し、優先順位が違っていれば修正させます。このように紙に書けば、指導者が確認することができ優先順位のつけ方を指導できます。
 

できる人は「できない人をできるように」できない

身体的な作業や技能は、

本人ができない時は、できる時のことが全く想像できません。

一方できるようになれば、できなかった時のことは忘れてしまいます。つまり

できる人は、できない人に「どうすればできるようになるのか」指導するのは難しいです。

むしろ新人教育では、新人が間違えたり、習得に苦労した点を集め、「どうやって新人ができるようになったのか」ヒアリングして、「できるようになる方法」を調査した方が、効果的な教育カリキュラムになります。
 

失敗への対応

うまくいかなかった時、失敗した時、どのように指導したらよいでしょうか?

その対応が悪ければ、その後も間違った行動をしてしまいます。
 

人のせいにする

失敗を人のせいにする理由は以下のふたつが考えられます。

  1. 自らの責任と認めれば組織内の立場が不利になるため、失敗の原因が自らにあっても頑として認めない。
  2. 本当に失敗の原因は自分にないと思っている。

 

前者の場合は、原因は担当者の責任を追及する組織の問題なので、これを解決しない限りなくなりません。一方、本来は正しい原因が分かっていても、「責任は自分にない」という主張を繰り返していると、責任が自分にある場合でも本当に自分のせいでないと思うようになってしまいます。その結果、問題の原因を正しく突き止められなくなります。従ってこういった姿勢は改める費用があります。

後者の場合、「自分は失敗しないという物語にとらわれて本当のことが見えなくなっている」あるいは「問題と原因の正しい因果関係がつかめない」のいずれかです。
どちらにしても失敗の正しい原因がつかめず、適切な対処や再発防止ができません。発生した問題とその原因を的確につかめるように教育します。
 

ケアレスミスが多い

原因のひとつは、背景知識や物語が不十分なため、注意が十分に行き届かず、ミスが起きてしまうことです。「どのようなところでミスが起きるのか」よくわかっていないため、必要なところを確認せずミスがあればそのままになってしまいます。

経験を積むまでは、確認すべきポイントを具体的に示します。

経験を積んで十分な背景知識を獲得すれば、確認すべき点もわかるようになります。

二つ目の原因は元々の作業手順が、ミスが起きやすい手順の場合です。この場合は、手順そのものを見直して、ミスが起きなく異様なやり方に変えなければなりません。
 

手を抜く

原因のひとつは作業の中で優先すべきことがわかっていないためです。ものづくりでは正しいは最も優先すべきことです。それでも手を抜いて正しい手順で行わないのは「時間を短くする」、「自分が楽になる」など他のことを優先するからです。またその結果どのような結果をもたらされるのか、なぜ正しい手順を変えてはいけないのかが分かっていないからです。従ってそのことを組織のメンバーに十分に伝えます。

あるいは与えた仕事が単純作業のため「やらされ感が強く、意欲が低下している」ためです。単純作業だから手を抜いていいということはありませんが、本人のやる気と注意力を高めるためにはあまりにも単調な単純作業は避けるようにします。
 

悪い報告が来ない

何が悪い報告なのか、悪い報告はどのようなタイミングで上げなければならないのか、これは組織により異なります。

新人には、「悪い報告とは何か」「それはいつ上司に報告するのか」具体的に伝えます。
 

組織の中で理解に必要な文脈が変わっていないか

組織は目標を決めてそれを達成するために努力します。しかし常に目標が達成できるとは限りません。目標が達成できない時、何を優先すべきか、それは組織の背景の知識や文化に依存します。

組織のリーダーが目標の難易度を無視して、何が何でも達成するように強要すれば、何かを犠牲にして目標を達成します。これが昨今の企業不祥事の原因ではないでしょうか。
 

組織の目標達成は重要です。しかし物理的に期限までに達成できない場合、

リーダーは、できないことを認めなければなりません。

それが認められなかった時、燃費の測定値を改ざんや、不正な排気ガス処理をするエンジン制御プログラム、必要な手順を省いた車検が行われるのではないでしょうか。その結果がもたらすものは、僅かな数値の向上よりもはるかに甚大な被害になるのですが。 

重要なことは、他の何を差し置いても優先する姿勢が、組織のリーダーには必要です。

アメリカの航空⺟艦で訓練のため、艦載機が次々に発進しました。その後、格納庫の整備係はレンチが 1 本見つからないことに気が付きました。上司に報告したところ、直ちに艦⻑に情報が届き、艦⻑は以下の指示を出しました。

  • 訓練は即停止、艦載機は安全のため地上の基地に着陸
  • 全員でレンチを探す
  • 報告した整備士は表彰

こういった組織文化、背景知識の元では、不正は起きないのではないでしょうか?」
 

 

参考文献
「知ってるつもり 無知の科学」スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著 早川書房
「仕事の教え方」 関根雅泰 著 日本能率協会マネジメントセンター
「教え方の教科書」 古川裕倫 著 スバル舎
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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組織の進化形『ティール組織』 https://ilink-corp.co.jp/8009.html https://ilink-corp.co.jp/8009.html#respond Tue, 13 Sep 2022 11:58:38 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8009
【コラムの概要】

ティール組織とは、上司の管理がなく社員が自律的に意思決定する「進化型組織」。組織の目的を共有し、個々人が主体的に動く。事例もあるが、導入には社員の高い自律意識と企業文化の変革が必要で、法整備など社会環境の変化も課題。

「上司が部下の管理を行わない」
「社員がやりたいことを自由に決める」
今そんな組織が話題になっています。

フレデリック・ラルーが2014年に著書「Reinventing Organizations」で提唱した組織のことです。日本語版「ティール組織」は2018年に発刊され、7万部を超えるベストセラーになりました。

今日、単純作業は減少し、創造的な業務はますます増えています。にもかかわらず、従来の業務管理手法では社員の創造性を十分に引き出せません。

しかも新型コロナウイルスでテレワークが普及しました。上司はオフィスにいない社員の仕事を管理しなければなりません。しかし上司は部下の仕事ぶりを直接見ることができません。
ティール組織は、これらの課題を解決する次世代の組織なのでしょうか?

ティール組織について考えてみます。
 

ティール組織とは

ティールとは何を意味するのでしょうか?
 

ティールは、青緑色という意味の英単語です。ラルーは、組織の進化過程を5つに分類しました。そしてそれぞれ5つのモデルを色で分けました。その中で、最も新しい組織モデルをティール(青緑色)で表しました。

ラルーは社会や組織を研究し、人の意識が高くなれば組織は次のステージに向かうと考え、そのステージを進化型組織と名付けました。そしてラルーは実際に実現している企業を調査し、その結果を「ティール組織」で出版しました。

ではラルーの考える組織のステージとはどのようなものでしょうか?
 

ティール組織の概要

ラルーは組織のステージを色で表現しました。組織が形成される以前のステージ、家族単位での集団を無色、部族単位でのグループをマゼンタで表現しました。
 

図1 組織のステージ
図1 組織のステージ


 

レッド組織(衝動型組織)

レッド組織とは

最も古い組織です。

圧倒的な力を持ったリーダーにより、各メンバーに対する強い上下関係があります。組織内はリーダーが恐怖によってメンバーを統率・支配しており、代表的なレッド組織はマフィアやギャングなどです。

自己中心的な考え方のメンバーによって構成され、自分以外の人間を脅威と思っています。恐怖により支配しているため、リーダー自身もメンバーからの脅威に対抗しています。メンバーは圧倒的な力のあるリーダーから自分を守るために無条件に従うしかありません。

レッド組織は将来的な発展や成長を考えず、短絡的・衝動的な行動を取ります。実際の日本のやくざ組織などは、恐怖というより情と相互依存関係で成り立っています。
 

組織論の視点

組織論ではフラット型組織です。トップがすべてのメンバーを直接指示します。

意思決定が早く、小規模な組織では効率が高いですが、組織の成果はリーダーの力量に左右されます。各メンバーは常にリーダーの方を向き、メンバー間の協力は希薄です。自分に都合がよいように他のメンバーを貶めたり、リーダーへごまをすることもあります。
 

アンバー組織(順応型組織)

アンバー組織とは

権力や階級、制度などの概念が組み込まれたピラミッド型組織です。組織の中での各メンバーの役割は決まっています。

指示はトップダウンで、組織の階層を上から下へと向かい、短時間に効率よく組織が動きます。組織ルールに基づいて運営され、組織内での秩序が重んじられます。

安定して運営ができますが、変化への対応は弱いです。特定のリーダーに依存しないため再現性が高く、組織は長期的に継続できます。政府機関や宗教団体、軍隊などがアンバー組織に該当します。
 

例えば、軍隊は戦闘のため何万人もの兵士が組織的に行動します。トップの司令官の命令に従い、末端の兵士は即座に的確に行動して作戦を遂行します。軍隊では命令は絶対服従で、命令に背けば軍法会議にかけられます。変化に対する臨機応変の対応力には弱く、過去の戦争でも想定外の事態に対応できず甚大な被害を受けた例は多いです。
 

組織論では官僚型組織

組織の構成員が増えると、フラット型組織はメンバーへの管理が不足し、活動が非効率になります。メンバーを効率よく組織化し、系統的に指示命令を行うために組織を階層型にして、メンバーには階層に応じた役割を分担します。重要な意思決定は上位階層が行い、メンバーはそれに従います。

実際に業務を行う末端のメンバーからの現場の情報は、トップに伝わりにくく、時間がかかります。しかも途中階層の管理者が情報を歪曲することもあります。ピラミッド型組織では、組織の存続自体が目的化します。部門間で対立が生じ、組織の効率は低下します。
 

オレンジ組織(達成型組織)

オレンジ組織とは

ピラミッド型の階層ですが、メンバーは成果を挙げれば階層を上に上がることが(昇進)できます。能力のあるメンバーを活用し、組織の成果を高めることができます。

組織の第一の目的は成果を上げることです。目標と実績管理を徹底し、メンバーに対し常に目標を達成するための努力と高い意欲を求めます。組織の価値観は目標とその達成、メンバーに対しては評価と昇進です。
 

組織論では

組織論では同じピラミッド型組織です。目標管理と評価制度、昇進の仕組みが組織に組み込まれています。アンバー組織はオレンジ組織ほど緻密な目標管理と評価制度がなく、評価は失敗による減点方式(アンバーの例 行政機構)です。
 

グリーン組織(多元型組織)

グリーン組織とは

オレンジ組織のようにトップダウンで目標を設定するのでなく、メンバーにある程度裁量権を持たせた組織です。リーダーはメンバーの主体性を尊重し、メンバーが最大の成果を出せるようにサポートに徹します。サーバント・リーダーシップ(サーバント召使の意味)と言われます。

メンバーの多様な価値観を認めていますが、トップの強制がないため、組織が行動するにはメンバーの合意形成(コンセンサス)が必要になります。そのため意思決定プロセスが複雑で意思決定に時間がかかります。ただし、コンセンサスを取っても最終的な決定権はリーダーにあります。
 

組織論から見ると

組織は階層型ですが、ボトムアップ型のアプローチとメンバー間の合意形成の点が異なります。

多くの日本企業は根回しや会議でのコンセンサスなどメンバーの合意のプロセスがありますが、リーダーが自身の保身や業績に意識が向けばコンセンサスが歪みます。例えボトムアップで良い提案が出てもリーダーは自分に都合の良いもの、リスクの低いものしか許可しません。

ラルーは、意思決定のプロセスから組織の進化を「リーダーの指向がアンバー(昇進)、オレンジ(成績)であれば、ボトムアップやコンセンサスなどグリーン組織のプロセスがうまくいかない」と述べています。
 

ティール組織(進化型組織)

各メンバーが体の組織のように自律的かつ調和的に協働することで、組織が「一つの生命体」のように活動します。
リーダーに強い権限がなく、メンバーが多くのことを決定します。メンバーは組織の社会的使命を理解しており、メンバー間のコンセンサスよりも自らが進んで課題を解決することを優先します。そのため、意思決定に時間がかかりません。

ではこの進化したティール組織とは、どのようなものでしょうか?
 

ティール組織の特徴

最初の特徴は組織の存在目的を問い続けることです。

存在目的(Evolutionary purpose)

ティール組織のリーダーは「なんのためにこの組織は存在しているのか?」と組織の存在目的を確認し続けることが必要です。

組織が陳腐化することを防ぎ、生命体のように組織自身を変化させ続けます。これをEvolutionary purpose、つまり「進化する目的」と呼びます。それには常に耳を澄ませ、組織が将来どうなりたいのか、感じ取る(センシングする)ことが必要です。なぜこの組織は存在しているのかを、組織のメンバーひとりひとりが考え続けます。もし一人でも新しい人が入れば、組織の存在目的が変わることもあります。
 

3つの問い

  • 「あなたの組織はこの世界に何を実現したいか」
  • 「世界はあなたの組織に何を望んでいるのか?何を期待しているのか?」
  • 「あなたの組織がなかったら世界は何を失うのか?」

 

【誰も座らない椅子】
会議に「誰も座らない椅子」という空席を設けます。会議中、必要に応じて、誰かが着席して組織の声を代弁します。
この椅子は「組織の存在目的」を表す意味があり、参加者に常に目的を確認しようというメッセージを発します。
 

図2 誰も座らない椅子
図2 誰も座らない椅子


 

事例企業 FAVIの存在目的

  • 仕事の少ない北フランスの田舎町アランクールに十分な雇用を生み出すこと
  • 顧客に愛を届け、愛を受け取ること

存在目的がメンバーに浸透すれば、組織の運営は今までとどのように変わるのでしょうか?
 

自主経営(Self-management)

旧来組織のようなピラミッド構造の指示命令系統がなく、各メンバーが自分の裁量で意思決定を行うことができます。そのためには会社の情報は開示され、透明性が保たれています。ただし、メンバーが意思決定する際、2つの助言プロセスを経なければいけません。

  • その決定に対して専門性の高い人に助言をもらう
  • その決定に影響がありそうな人からも助言をもらう

そして相談されたら、真剣にアドバイスをします。

意思決定を実現するために、多くの事例ではチーム単位で活動します。チームのメンバーの目があるため、自分の利害だけで動くことはできません。各自が適切に判断するには、情報の透明性と社員への信頼が不可欠で、もし失敗したとしても励ましあう企業文化が必要になります。

経営や財務情報なども社員に全て公開し、経営者は社員を信用することが不可欠です。ティール組織には予算も計画もありません。その理由は、未来はコントロールできないからです。従来の管理と統制は、未来はコントロールできる前提で、実際に現実のコントロールを求められます。しかし現実には未来はコントロールできず、無理にコントロールを求めれば(成果を強要すれば)、メンバーは現実をゆがめてしまい、その結果企業不祥事が起きます。
 

セルフマネジメント

セルフマネジメントを成功させるには、明確な自社の存在目的や、社員の自立意識、情報の公開が必要になります。そういった環境が整備されていない中で、ティール組織はマネジャーがいないことだと間違った思い込みをし、マネジャーを廃止すると、以下の3つのパターンで終わってしまいます。

  • 混乱して終わる
  • あ、無理、となって元に戻る
  • マネジャーはいなくても全員社長の顔色をうかがっている

私たちは大組織で働くことや、ありとあらゆるものを押しつけてくる「本社の役立たず」について冗談を言うことに慣れてしまっていました。ところが今や自分たちですべてをしなくてはなりません。他人に文句を言える立場にないのです。(ビュートゾルフの看護師)

 

報酬は自分たちで決める

ゴアテックス素材で知られる会社、W.L.ゴアは、1年に1度全社員が同僚たちを格付けします。この人は私よりも多く(あるいは少なく)会社に貢献していると格付けすればプラス3からマイナス3まで評価をし、この人には私を評価できる十分な材料又は根拠があると思えば、1から5までの段階で評価をします。これをアルゴリズムで何段階かの給与ベースにグループ分けをします。
 

事例 かつてのソニー
天外氏の言うソニーの不良社員たちは「上司の承認なんかもらったことがない」人たちです。勝手にOKを取り付けてきて後から報告します。天外氏がソニーの事業本部長の時、部下は、勝手に事業本部長のハンコを押して書類を回していたこともあるそうです。

メンバーが自主的に運営するティール組織、ではリーダーの役割はどのようなものでしょうか?
 

全体性(Wholeness)

トップをはじめとして全員が自分の弱さをさらけ出します。メンバーが自分の力を最大限に発揮するには、組織はメンバーがありのままの自分自身を出せる場所でなければなりません。リーダーが率先して自らの弱みを見せることが必要になります。

  • オレンジ組織はタフネスさが求められる タフネスさの鎧を着る
  • グリーン組織ではポジティブさが求められる ポジティブさの鎧を着る

 

図3 ポジティブさが求められる
図3 ポジティブさが求められる


 

グリーンは幸せで給与も高いかもしれませんが、

ポジティブを求めすぎています。

人は良い時もあれば悪い時もあり、笑顔がコンピテンシーになれば無理に笑顔をつくってしまいます。メンバーは組織で仮面をかぶらなければいけなくなり、経営者が良い会社レースを始めると、社員は自然と笑顔を強制させられます。

ティール組織ではメンバーは鎧を脱ぐ必要があります。ネクタイとスーツを鎧とすると、リーダーはあえてだらしない恰好を見せるのも一つの方法です。その方が相手も鎧を脱ぎます。

エゴは人間のエネルギーで、そのエネルギー自体は良いも悪いもありませんが、それが自然の摂理や道理、原理原則から外れるとエゴになります。リーダーのエゴが出てきてしまうと、意思決定に違和感が出ます。権力や肩書がなければ、意思決定が組織の存在目的や原理原則からずれた時に

「これはおかしいのではないか」

とお互いに言えます。
 

組織に鏡の役割の人をつくる

リーダーであれば、チームやメンバーをコントロールしたいという自分のエゴが出てくることがあります。リーダーのエゴを「それはおかしいのではないか」「組織の理念、存在目的に照らしてそれはどうか」と、トップに進言できる人が組織には必要です。この人は組織の鏡の役割を果たします。優れた経営をしている会社には鏡の役割の人がいます。優れた経営者は無意識にそういった人(耳の痛いことをいう人)を育てています。
 

事例
フランスの金属部品メーカーFAVIが深刻な不況に陥った時、社長のゾブリストは、臨時社員を解雇するかどうか、全社員を集めて自分の悩みを話しました。
すると社員は、自らの給料を25%カットし臨時社員を残すように進言しました。1時間も立たないうちにこの問題は解決しました。
 

その他

紛争解決

紛争になった時は、以下を試して解決します。

  1. まず直接会って二人だけで解決しようとする
  2. 解決できなかった場合は、信頼できる別の同僚に調停を依頼する
  3. 調停がうまくいかない場合、同僚たちの委員会を招集し、両者の言い分に耳を傾けて合意形成の手伝いをする
  4. 最終的にはCEOが呼ばれる

株式新聞の刊行元であるモーニングスター社の仕事の進め方の二つの原則

  • 個人は決して他の人に何かを強制してはならない
  • それぞれの約束を守ること

 

目標を設定しない効果

目標数値を設定することは、自分たちが未来を予測できるという前提に立っています。
その結果、

  • 内なる動機から遠ざかった行動をするようになる
  • 新しい可能性を感じ取る能力がせばまりがちになる

といった、視野を狭くする危険性があります。

このように聞くと理想的な素晴らしい組織に感じます。でも実際に運用している組織はあるのでしょうか?
 

事例

ラルーがティール組織と考えた組織は12社で、従業員100人以上の組織を対象としています。ただしすべてがティールというわけでなく、ティールとグリーンの中間的な組織もありました。
 

AES

1982年ロジャー・サントスとデニス・バーキによって設立されたエネルギー企業で、世界中に12の発電所を持ち、従業員数は4万人です。
 

ビュートゾルフ

2006年にヨス・デ・ブロックと看護チーム10人によって設立された高齢者や病人の在宅ケアサービスを行うNPO組織で、従業員7,000人です。バックオフィスは30人、大半がコーチで間接部門はほとんどありません。7,000人の看護師は、お互いにほとんどが会ったことがありません。困った時は社内SNSで専門知識を持った誰かに質問ができます。新しい質問が投稿されると、数時間のうちに数千人の看護師が閲覧し複数の回答が書き込まれます。

効率を上げるために電話を取るなどの雑用をなくすことで、看護師は介護に専念できます。介護も標準時間を決めてできるだけ多く訪問するようにし、マニュアルをつくってマネジャーを置きます。しかし利用者からみると、毎回看護師が変わる、時間が来ると話の途中でも帰ってしまうなどの不満が発生し、看護師からももっとやってあげたいことがあってもマニュアルにないからできないなど、仕事にやりがいがないと問題になりました。

2006年代表のヨス・デ・ブロックはマニュアルを廃止し、看護師が好きなようにサービスできるようにしました。
例 利用者と一緒に遺書を書くなど

利用者のためになるのであれば、介護の利用をやめて地域コミュニティに参加することも後押ししました。その結果、利用者満足度がオランダでNO.1になりました。
 

FAVI

1957年設立のフランスの金属部品メーカーで、主力製品は自動車のトランスミッションのシフトフォークです。1983年にジャン・フランソワ・ゾブリストがCEOに就き組織改革を行いました。従業員数は500人です。

ゾブリストがCEOに就いた時は従業員80人、典型的なピラミッド組織でした。ゾブリストの就任前は一人一人の出来高を計測し、ノルマに達しない場合は給料を減らしていましたが、ゾブリストは計測とノルマを撤廃しました。その結果、生産性は上がりその日の生産が終わるまでは進んで残業するようになりました。給料をもらうためだけに働くのでなく、自分の仕事に責任を持ち、きちんと仕上げることに誇りを持つように社員が認識したためでした。そしてチームとして目標を達成するため、やる気のないメンバーがさぼらないように周りメンバーが圧力をかけるようになりました。

現在はミニファクトリーと呼ばれる15~35名の21チームが活動し、各チームは特定の顧客や製品ごとに作られ、営業、生産管理、資材、人事など全ての機能を有しています。
営業は自分のチームに仕事を与えることが最大の目標です。「○○ドルの仕事を取った」のでなく「○○人分の仕事を取った」という意識です。

チームごとの仕事量がアンバランスになるとチームの代表者が集まり、忙しいチームへ何人応援するかを決めます。そして自分チームから応援に行っても良いというポランティアを募ります。各チームが必要な金額した要求しないため、予算調整も必要なく、そのままゴーサインが出ます。
 

サン・ハイドローリックス

油圧カートリッジとマニホールドの設計、及び製造をしている企業です。アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国に工場があり、上場企業で従業員は900人です。

常に数百のエンジニアリングプロジェクトが動いていますが、これを全体に最適化することは困難です。どのプロジェクトを優先し、どのプロジェクトを落とすかは現場が判断します。
 

ティール組織と似た言葉にホラクラシー組織があります。ホラクラシー組織とはどのような組織でしょうか?
 

ホラクラシー組織

ホラクラシー組織はブライアン・ロバートソンの書いた「HOLACRACY 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント」で提唱された組織です。この組織の特徴は、人ではなくロール(役割)が主役となります。

従来の組織は人が階層構造をしたピラミッド組織ですが、ホラクラシーはロールが階層構造などで組織化されています。役割なので、ひとつのロールに複数人が当たりサークルとなることもあれば、他のロールと様々な関係を構築することもあります。ただし、階層の上位に決定権があるわけではなく、各サークルは独立しています。

意思決定のガバナンスもガバナンス・プロセスというロールに権限移譲されていて、ガバナンスミーティングでは組織の実態に合わせてガバナンスを定期的に更新します。

ホラクラシーは、個々のロールの責務や領域がすべて明確にされています。その上にホラクラシー憲法・メンテナンスされるシステムがあり、そのガバナンスの上には憲法という上位の規定があります。

つまり「何をしてはいけないか」を事細かく明文化することで、従来の階層型組織の管理を不要にする方法で、この点でティール組織とは大きく異なります。
 

図2 ホラクラシー組織
図4 ホラクラシー組織


 

ティール組織に対し、これまでの組織の問題は何でしょうか?
 

従来の組織の課題

管理と統制

ピラミッド型組織による管理と統制がうまくいかなくなってきた原因は、業務の複雑性が高くなり計画通りに結果が出なくなってきたためです。複雑性には2種類あります。

  • Complicated 飛行機のように膨大な部品の集合体、複雑だが順序良く解いていけば解決可能
  • Complex スパゲティが絡まっている状態、どうなるか予測がつかない、事前に計画を練っても無駄、失敗を覚悟してやってみて、その結果から次の対処を考える

 

図5 スパゲティが絡まるように予測がつかない
図5 スパゲティが絡まるように予測がつかない


 

Complicatedであれば、メンバーを組織化し、分担して取り組めば解決が可能です。
Complexであれば、計画は無意味です。やってみて失敗しながら、解決方法を見つけていきます。

そしてティール組織の世界観は、Complexです。

  • 未来は予測できない
  • 人は計画通りには動かない

失敗しないようにリスクを避けようとすればプロジェクトは進行しません。経営者には失敗すればすぐ首になるリスクも引き受けています。そこで組織はリスクを避けて一番安全に統率できるオレンジになります。またリスクのある提案に対して判断は慎重になります。その結果、メンバーは自分で考えなくなり、意欲は低下してしまいます。

管理し、統制を取るためにオレンジ組織になるのは、従来の従業員像が以下のようなものだからです。

  • 見張らないと怠ける
  • お金のためにのみ働く
  • 組織より自分の利益を優先する
  • 重要問題に適切な判断ができるのはトップだけ
  • いつ、何を、どうするのか、自分で判断できないため命令しなければならない。
  • 管理者は彼らが失敗した場合責任を取らせなければならない

 

これに対して、ティール組織で取り上げたAESの労働者観は以下の5点です。

  • 創造的で思慮深く、信頼に足る大人で、重要な意思決定を下す能力を持っている
  • 自分の判断と行動に対する説明義務を果たし、責任を取れる
  • 失敗したってかまわない。私たちは失敗するものだから。時にはあえて
  • ユニークだ (ユニークの意味は「他に類のない」「唯一無二の」「比類ない」)
  • 自分たちの才能とスキルを使って会社と世界に貢献したい

 アンバー組織のメンバーは自ら考えることは求められておらず、指示を忠実に実行することが求められています。

人「手」がほしいと言うたびに、「頭」までついてくるとはどういうわけなのだ?(ヘンリー・フォード)

 ピラミッド型組織のメンバーは組織の目標達成のために考え、努力することは求められますが、それはリーダーの指示する業務の範疇に限られます。しかしComplexな世界では、リーダーが事前に計画した通りにならず、しかもメンバーは自ら判断することが許されず、組織は硬直化します。

日本型組織では実務を担当するメンバーからボトムアップの提案が出て、この提案を多くのメンバーやリーダーと合意形成(コンセンサス)して意思決定します。しかしリーダーがリスクに対し消極的だとリーダーから却下されてしまいます。
 

目標と評価

オレンジ組織では、高い目標を設定しそれを達成するために、メンバーの努力を求めます。その努力はメンバー自身が望んだものでなく、やらされ感、ネガティブなイメージがつきまといます。目標を達成すれば、さらに高い目標が課せられるため、あえて成果を低くすることもあります。

  • 受注を減らす営業
  • 生産スピードを調整する製造ライン
  • 誰も高い目標を申告しない目標管理制度

目標管理をすることで、メンバーの力を抑えてしまっています。評価者が直属の上司一人なので、自分を上司によく見せようとする動機になります。上司へのごますりにエネルギーを割き、仕事の成果が落ちます。

ティール組織では社員同士の関係がウェブ上に非常に多く生まれます。同僚たち全員に自分をよく見せることは不可能なため、自分をよく見せようという気が起こらなくなります。

オレンジ組織は、葛藤が強く、葛藤を競争のエネルギーとして使っている人や、のし上がりたい人に向いています。人として、より進化すれば、のし上がりたい気持ちがなくなります。しかし、オレンジ組織のリーダーはのし上がりたい人がなります。そのためメンバーにも「のし上がりたい気持ち」を強く求めます。その点で、選挙に出て政治家になる人はのし上がりたい人ばかりです。そのため
政治は社会の進化の一番最後
になります。
 

図6 選挙に出てのし上がりたい
図6 選挙に出てのし上がりたい


 

責任と意欲

多くの関係者による合意形成(コンセンサス)の特徴は、決めるまでは時間がかかりますが、決まれば実行は早いです。

ジェームズ・P. ウォマックの「リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える」では、日米の自動車メーカーの開発を比較して、日本メーカーはコンセンサスが得られるまでは時間がかかるが一度決まれば全員が協力して短時間に開発する、対してアメリカのメーカーは、決定は早いが決まってからもエンジン、車体、足回りなどの各担当がそれぞれの意見を主張し開発が進まない、と書いています。

しかしComplexな世界では、誰もリスクを完全に予測できず、どんな決定にもリスクが残ります。参加者全員に平等な発言権があるため、各々が勝手な発言をして決まりません。また決定したことに対して責任の所在が曖昧です。メンバーは「決まったことなので仕方がない」と従いますが、実行した結果うまくいかなくても自分の責任ではありません。こうして組織から情熱を奪っていきます。

失敗したという結果で十分に「罰」を受けているのに、その上、降格など組織上のペナルティを与えることは、一体どのような効果があるのでしょうか。ペナルティを受ければ責任を取ったことになるのでしょうか。
 

逸話
ラグビーU20日本代表元ヘッドコーチ中竹竜二氏は、選手に「好きにやってくれ。責任は絶対に俺が取る」と発言しました。それに対し、リーダー格の選手はこう言いました。「監督は結局何もやっていないのだから、俺が責任を取ります」「俺の働き方次第で今回は勝つか負けるかなんです」
 

図7 勝つか負けるか
図7 勝つか負けるか


 

しかし、責任感は沸き上がるものの、持てと言われて持てるものではありません。感謝、思いやり、責任感、主体性など、これらが信頼関係となって構築されなければチームとしてうまくいきません。感謝などは湧き出すものであり、教育や指導で身につけたものは無理があります。のちのち陰で愚痴を言ってしまいます。

ティールでは存在目的に対して、たまたま自分がその役割を果たしているだけで、組織全体が実現すればいいという考え方で、個人が責任を負う必要はありません。

では、これからはティール組織が広まっていくのでしょうか?
 

ティール組織の可能性と課題

方法論でなく思想

「ティール組織」は、よくあるコンサルタントが方法論を書いたものではありません。未来の組織はこうなるだろうという思想を述べたものです。ラルー自身、「今はグリーンの方が幸せかもしれない、ティール組織は馬車の時代であり、砂利だらけの道を誕生したばかりの車で走るようなもの」と述べています。
 

日本での事例は限られる

嘉村賢州氏は「ティール組織」F・ラルー著の解説者で、ラルー公認のティール組織の日本の伝道者です。NPO法人「場とつながりラボhome’s vi(ホームズ・ビー)」の代表を務め、ワークショップやファシリテーション、研修事業を行っています。従業員は10人です。

嘉村氏は自社をティール組織化に取り組んでいますが、自ら「まだ実現できていない」と認めています。

嘉村氏の会社で働く人は主婦や若者が多く、給料は高くありません。請け負う業務は行政からの仕事が大半で、単価の低い仕事も多い現状です。給与を自分で上げる仕組みもありますが、実際に上げたのは一人だけです。嘉村氏はティール組織化のコンサルティングを行っており、本格的に取り組んでいるのは2社です。日本でティール組織化を実現した例は限られ、現在ティール組織化へのノウハウもまだ少ない状況です。
 ティール組織は将来組織がこうなるだろうという思想

ラルー自身、
「どうなるかわからないカオスの中に思い切って飛び込む以外にティール組織へ移行する手段はない
と言っています。

ラルー自身はティール組織化のコンサルタントでなく、「ティール組織」は将来組織がこうなるだろうという思想を表した本です。ラルー自身「今はまだグリーンの方が幸せかもしれない」と述べています。

このようにまだ生まれたばかりの思想と言えるのがティール組織です。にもかかわらずティール組織を導入するコンサルタントもいます。
 

ティール組織の誤解

組織と書いてあるため、企業で組織変更や組織改革のように「入れ物」と誤解されます。組織が入れ物であれば、自社に取り込むことは容易かもしれません。
 

ティールな企業文化

ティール組織は、実際は「ティールな企業文化」です。そして文化は組織を構成する人や人と人との関係性、明文化されていないものが含まれます。「ティールな企業文化」は自社に
導入するのに長い年月と自社独自の取組が必要
です。他社の成功事例をポッと持ってきてできるものではありません。

それは、ティール組織は社員が変わることが必要だからです。
 

社員の成長が不可欠

セルフマネジメントが成功するためには、社員の高い自立意識が不可欠です。自ら意思決定するため、自分の責任はなくなりません(たとえペナルティがないとしても)。また、組織や組織の存在目的にとって最適な判断ができるように社員の成長が求められます。
 

図8 社員のやる気と成長が不可欠
図8 社員のやる気と成長が不可欠


 

アメリカのアパレル小売店ザッボスのCEOトニー・シェイ は、2014年ラルーのティール組織を読んで、導入を検討しましたが、最終的にはホラクラシーを取り入れました。トニー・シェイは、「ティール組織はコミュニケーションが得意で前のめりになっている人には良いが、ザッボスは小さな声の人にもそれなりに活躍して欲しいから、ティール組織はまだ難しい」と述べています。

一方、日本でも社員の新しい働き方に取組んでいる会社もあります。
 

サイボウズの取組

ティール組織ではありませんが、ソフトウェア会社のサイボウズ株式会社の創業者 社長の青野慶久氏の目指す経営も近いものがあります。
 

カイシャ(会社)は社員や経営者を支配する「モンスター」

青野慶久氏にとってカイシャ(会社)は社員や経営者を支配する「モンスター」であり、カイシャの代表であるサラリーマン社長は、他人から批判されないように売上と利益を最大化することに努力します。
社長が社会のためでなく自分のために働くようになると、自分のために働く部長を選ぶようになります。
そのため、職場にやらされ感が満ち、仕事は楽しくなくなり、社会の役に立っている実感もなくなってしまいます。青野氏は「サイボウズは永続させる必要はない、サイボウズは自分たちの理念を実現するためにある」と述べました。

青野氏は社員の意欲を高めるために「サイボウズのモチベーション創造メソッド」に取り組みました。

「サイボウズのモチベーション創造メソッド」では、楽しく働き続けるために「やりたい」「やれる」「やるべき」の3つが重なっている状態をどう打破するかを説いています。

  • 「やりたい」は変化する、経験を積み重ねると変わる。答えは自分の中にしかない
  • 「やれる」は拡大可能、スキルの向上、人のスキルを借りる(頼む)
  • 「やるべき」自分の意思で選択し、結果を受け入れる覚悟

サイボウズは複業が自由で、各拠点に社員以外のいろいろな人が集まるハブオフィスがあります。

このティール組織の背景には、ある思想がありました。
 

ティール組織をめぐる思想

ラルーの考えにある「センシング」未来を感じ取ることは、C・オットー・シャーマーのU理論に通じるものがあります。U理論では、複雑な(Complex)問題を解決するためには、関係者は双方の利害や調整レベルの話し合いや対話からお互いが深く共感する段階になる必要があります。そうなると答えは未来の方からやってくる、感じ取る「センシング」します。

この深い理解と共感から、今まで解決できない課題を解決する考え方は、「学習する組織の提唱者」のピーター・センゲや「シンクロニシティ ~未来をつくるリーダーシップ~」の著者ジョセフ・ジャウォースキーとも共通するものがあります。

日本ではU理論の翻訳者は中土井 僚氏、由佐 美加子氏ですが、由佐 美加子氏は天外伺朗氏と共著でメンタル・モデルという本を書いています。これを下図に示します。
 

図9 ティール組織をめぐる思想
図9 ティール組織をめぐる思想


 

コロナがもたらした変化と直面する課題

ラルー氏の提唱するティール組織は将来こうなるであろうという未来の組織であり、まだ一部の企業しか実現していないのが実情です。しかし新型コロナウイルスによりテレワークが急速広まり、オレンジ組織も従来の管理手法が行き詰ってきました。
 

テレワークの広がり

オレンジ組織、中でも日本企業は成果主義と言いつつプロセスも重視しています。結果が出なくても「頑張っていれば」評価され、その評価は上司が部下の日常を見ていることと同義です。また失敗を恐れるマネジャーは部下の仕事を細かく管理するマイクロマネジメントの傾向が強いです。

しかし、コロナ禍で急速に広がったテレワークは部下の頑張りがあまり見えず、マイクロマネジメントもできません。ZOOMのカメラを常時ONにさせて社員の日常を見張る企業や、オフィス以上に頻繁にオンライン会議を行う上司「Teamsテロ」などが問題になりました。

しかし、どれも問題の解決にはなりません。自立した社員との上司と部下との信頼関係がなければ、テレワークはますます非効率化するでしょう。
 

図10 広がるテレワーク
図10 広がるテレワーク


 

一方、社員は本当にティール組織のようなものを望んでいるのでしょうか?
 

自立を望んでいるのか?

ティール組織では責任はとらされませんが、自身の失敗に変わりはありません。そのリスクを負ってでも自ら考え、行動したいと思う社員がどれだけいるでしょうか。自ら考え、意思決定するためにはトップと同等の情報を得て、自ら考えなければなりません。そして適切な意思決定ができるようになるには、組織の存在目的が明確になり、それは言葉を理解するだけでなく、メンバーひとりひとりの腹に落ちていなければいけません。

一方、組織が進化しても、組織を取り巻く社会環境が変わらなければ新しい組織は社会に適合しなくなります。
 

遅れる法整備

現在の金融資本主義は、株主至上主義であり、市場は株主の利益の最大化を求めます。株主こそ、オレンジ組織の考え方の代表です。ティール組織の企業が意思決定の失敗で株価が下がると、従来のオレンジ組織に戻せ、経営者を交代しろと力を行使します。

実際AESは、2001(平成13)年12月2日の米エネルギー大手エンロンの破綻に伴うアメリカのエネルギー企業の株価の暴落のあおりを受けて、株価が大幅に下がりました。株主は従来のオレンジ組織を強く要求し、創業者のデニス・バーキは辞任しました。利益の最大化でなく、自社の存在目的を追求するティール組織は、利益の最大化を目的とする株主至上主義には合いません。
 

日本でティール組織の企業、ダイヤモンドメディア株式会社の武井浩三は、自社の存在目的を追求する企業を応援するために、ブロックチェーンをトークン化してそれを流通させました。経営者の主体性は維持した上で、資金を調達して儲けなくても良い会社を応援することを提唱しました。例えば、債権をブロックチェーンでトークン化して、その債権をトークン取引市場に上場するILT(Initial Loan Procurement ) などは、既に行われています。

同様に労働法制も従業員が職場で働いた時間分の対価を得るという昔ながらの労働観でつくられています。それをテレワークにも持ち込むため、管理がオフィス以上に煩雑化してしまいます。もともと労働法制は、組織とメンバーの間の信頼関係を前提としていません。

今はまだ馬車の時代、砂利だらけの道を自動車が快適に走るためには、ガソリンスタンド(株式市場)、道路環境(法整備)など様々な環境を自動車に合わせて変えていく必要があります。
 

図11 まだティール組織は馬車の時代
図11 まだティール組織は馬車の時代


 

参考文献

「ティール組織」 フレデリック・ラルー 著 英知出版
「ティール組織へのいざない」嘉村賢州 天外伺朗 著 内外出版社
「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」青野慶久 著
PHP研究所
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
【基礎編】アワーレートや間接費、販管費の計算など原価計算の基本
【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

セミナー

アワーレートの計算から人と設備の費用、間接費など原価計算の基本を変わりやすく学ぶセミナーです。人件費・電気代が上昇した場合の値上げ金額もわかります。
オフライン(リアル)またはオンラインで行っています。
詳細・お申し込みはこちらから

月額5,000円で使える原価計算システム「利益まっくす」

中小企業が簡単に使える低価格の原価計算システムです。
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