企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~
企業不祥事は社会に大きな損失を与え企業の存続に関わります。
これに対しコンプライアンスとコーポレートガバナンスについて、企業不祥事と組織の問題 その1で説明しました。
一方技術者は自らが関わった技術が誤って使われれば社会に多大な損害をもたらします。そこで技術者には高い倫理観が求められます。それが工学倫理です。
技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ
1986年スペースシャトル・チャレンジャー号が発射直後に爆発しました。
事故の原因は、打ち上げの日の気温が低かったため、Oリングのシールが不十分になり、そこから燃料が漏れ出したためでした。
打ち上げの前日、Oリングメーカーのチオコール社の技術者ボイジョリーは、明日の打ち上げは低温のため燃料が漏れる危険があると主張し、打ち上げの延期を提言しました。
しかし副社長メーソンは
「君は技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ」
と説得しました。
その結果は、悲惨な結末になりました。
技術者は、技術の専門家として高い倫理観を持ち、技術者の帽子を決して脱いではならないことをこの事故は示しています。
工学倫理と技術者倫理
技術の進歩に従い、技術が誤って使われると、多くの人が多大な被害を及ぼします。チャレンジャー号では、低温でのシール性の低下と燃料漏れというリスクに対し、正しく評価しなかったため、4名もの命が失われました。
そこで今日では技術者や科学者には高い倫理観が求められ、技術者倫理や工学倫理の教育が取り組まれています。
では、この倫理とは何でしょうか?
倫理とは
「倫理」とは、社会生活における人間の行為に関する規範の体系です。
一般生活における倫理は、
- 人の物を盗まない
- 公共物を壊さない
など、日常の中で守るべき普遍的な道徳的規範です。
技術者倫理
これに対し、技術者には技術者固有の自律的な行動規範があります。
それは技術者の仕事が一般の人には分かりにくいためです。
もし技術者の行動が道を外れても、専門外の人には見抜くことができません。
それだけに技術者は、自らの行動を厳しく律しなければなりません。
技術者が技術者倫理を意識して技術を正しく使うことで、専門外の我々はは安心して日常生活を送ることができます。
倫理と法
ただし倫理はあくまで自律的な規範です。
高い倫理を備えた人でも、うっかりミスをすることもあります。その結果、重大事故が発生すれば、人や社会に被害が及びます。
つまり倫理のみではすべてをカバーできません。
そこでこのような過失に対するのが、法の役割です。法には強制力があります。
対して倫理は他から強制されるものではありません。
そのため倫理では制御しきれないものを法がカバーします。倫理が自律的であるのに対して、法は他律的な規範です。
ただし法も完全ではありません。法はすべてを完全には押さえることができず、必ず抜け穴があります。この法の抜け穴に対しては、自律的規範である倫理が必要です。
つまり倫理が法をカバーします。
このように倫理と法は互いに補完関係にあります。下図のように倫理の落とし穴を法が埋め、法の抜け穴を倫理で埋めます。
経営倫理
一方、多くの技術者は組織の中で仕事をします。そこで技術者個人だけでなく、組織の倫理観である経営倫理も重要です。
倫理とは誠実さと想像力
技術者個人の倫理観は、職業に対する誠実さと顧客への信頼を大切にすることです。
- 顧客が自社の製品をどのように使用するのか、
- 問題がある製品を出荷すればどのようなことが起きるのか、
それに対する豊かな想像力が必要なのです。
乗客を見て責任を痛感した運転士
寝台特急をけん引するJRの電気機関車の運転士の話です。
深夜の運行は強い眠気に襲われる時があります。機関士は列車が駅で停車した時に車内を巡回しました。
お弁当を広げている老夫婦、お母さんに抱かれ気持ちよさそうに眠る赤ちゃん、彼はたちどころに目を覚ましました。自分がこの人たちから安心感と命を託されていることを実感したのです。そして責務の重大さを痛感しました。
最後の番人
ある自動車部品メーカーの検査員の話です。
取引先にサンプルとして出荷する製品の寸法が図面公差から外れていました。納期が迫っているため、経営者は検査員に検査結果に良品として合格印を押すよう指示しました。
しかし若い検査員は
「図面に記載された公差はそれなりの実績や根拠が合って記入されたはずであり、実物が公差から外れていれば、たとえそれが1/1000mmオーバーでも、そのリスクについて判断する根拠がない」
と考えました。
わかっている唯一の基準は
「図面公差通りの製品を合格とすれば安全が確保できる」ということです。
「自分が図面と安全の最後の番人である以上、印を押すわけにはいかない」
と主張しました。
経営者は仕方なく製造方法を見直して設備も改善しました。その結果、高い品質が評価されて採用になりました。
それでも起きる不正や事故
一方、このように企業倫理、技術者倫理の大切さがわかっているのにも関わらず、今でも不正や事故は起きます。
これについてペインは
「数えきれないほど多い企業の不正行為の原因をたどっていけば、
むしろ非現実的な目標達成への圧力、誤ったインセンティブ制度、管理不良、不注意な雇用、不適切な教育訓練、そして倫理的なリーダーシップの欠如に行きつく。
組織風土こそが企業犯罪の最大の原因であることが明らかになっている。」
と述べました。
なぜなら企業の内部でも、各組織の目標は相反するからです。
経営倫理と組織のコンフリクト
企業には、様々な部署があります。そして各部署の業務は目指すことが異なります。例えば顧客の要求・仕様を元に設計・製造する企業では以下の3点が必要不可欠です。
●営業
受注するためには少々無理な顧客の要求も受入れる。
納期通りに製品を納入する。
●製造
納期、コストを守って製造する。
仕様から外れても使用上問題なければよい。
●品証
無理な仕様で受注すれば結果的に仕様を満たさず顧客に迷惑をかけてしまうから受注はできない。
仕様から外れたものは品質を保証できないので出荷できない
このように組織の目標は相反します。品質を維持し顧客の信頼を得るには、品証は時には他の部署と喧嘩して自らの主張を通さなければなりません。
経営者は、品質保証部門は他の部署と独立させ、強い権限を与えなければいけません。
ところがタテ型組織では、上からの強い圧力が問題を起こします。
タテ型組織の問題
問題が起きる組織の特徴を以下に示します。
- 官僚機構型(縦型)の大規模な組織
- 現場とトップの間に複数の階層の中間管理職があり意思伝達がスムーズでない
こういった組織は以下の問題点があります。
- 情報が階層の上に伝わりにくく、情報が歪曲・制限される
- 負のフィードバックが利きにくい
- 派閥主義が横行する
- 緊急時や突発事件への対応が弱い
- 規則や法律より上下関係が重視される
- 組織が閉鎖的になりやすい
こういった組織では管理より監視の傾向が強くなります。
一望監視社会
このようなタテ型組織は、官僚機構だけでなく、軍隊、学校、病院もそうだといえるでしょう。また多くの企業もタテ型組織です。
このタテ型組織に対し、ミシェル・フーコーは「軍隊、学校、病院、工業は全く異なった分野だが運営方法と技術は同じだ」と指摘しました。
- 1箇所から全体が眺め渡せるような閉鎖空間の中に規則的に人を配置
- 時間を細分化し、細かな規則を課して行動を制御
- 理想的な身振りに近づくように訓練
- 成長を段階化し、発達を規格化した管理
これにより一人で効率よく多ぜい管理できます。フーコーはこれを「一望監視社会」と呼びました。
こういったタテ型組織では多様性が否定されます。またそれでよいと考える経営者もいます。
金太郎飴は悪くない
タテ型組織の価値観について、元トヨタ自動車会長 奥田碩氏は以下のように述べています。
以下引用
「『トヨタは金太郎飴だ』とよく言われるんですね。組織の上から下まで、同じ質問を誰にしても、同じ答えしか返ってこない。それは『金太郎飴』みたいなもので、会社としてまずいことだと。そんなふうに言われだしたのは、ここ十年以前のことだと思うんです。
会社の中を見ていると私は『金太郎飴というのは結構悪くないよ』と思うんです。
金太郎飴型の組織というのは、リーダーが『右向け右』といったら百名の部下が右を向いて走れる。『左向け左』と言ったら、左を向いて走れる。そういう同質性を持っているんです。
ここで一番大事な話は、リーダーがしっかりしていなきゃいかんということです。リーダーが理念を持って、的確な指示のもとに部下に仕事をさせる。指示を受けた部下たちは、金太郎飴的に仕事をする。
そうすれば、非常に強い企業ができるんだと私はいつも言っています。」
変化の激しい今日、リーダーの判断は常に正しいのでしょうか?
こういったタテ型組織の強い集団主義は、経営が不振に陥ると企業倫理の意識を弱め、モラルハザードを引き起こします。
経営が危機的な状態に陥ると、人々の心が内向きになり、企業倫理を犠牲にしてでも組織を守ろうとする気持ちが強まります。その結果、モラルハザードを引き起こし、コンプライアンス違反を起こします。
それは企業が人の集団だからです。そこには独自の文化、風土があります。
人が企業風土をつくる
そもそも企業は人の集団です。創業以来、長年企業のメンバーが集団として活動することで、その活動に応じた「理念」と「風土」を形成します。
この中で理念は成文化され、建前として一人歩きをします。
対して風土は不文律として黙認されます。
そして企業の中にダブルスタンダードを形成します。
この企業風土は、独創的な開発体制、教育やノウハウの共有、品質などプラスの面と、以下のようなマイナスの面があります。
- 縦割り組織の中で周囲への無関心
- 一方通行や硬直・形骸化したマネジメント(管理)
- 部署間、指揮命令系統間での風通しの悪さ
- ヒラメ人間やイエスマンの蔓延
- 事なかれ主義と責任所在の分散化
- 社外環境や住民への無関心
- 密室経営と一方的管理
- 職場での馴れ合いと排他主義
これらがコンプライアンス違反の温床ともなりえるのです。
原発の手抜き工事
2000年2月、関西電力美浜原子力発電所3号機の過去の建設工事で手抜き工事があったことが発覚しました。
美浜原子力発電所は1976年に運転を開始しました。この発電所を建設する際、原子炉格納容器内や遮蔽壁のコンクリートの強度は、210kg/cm2という最も厳しい基準でした。そのため水分の少ない固練りの生コンをポンプ車で型枠に流し込む工法が採用されました。
しかし当時開発されたばかりのポンプ車でのコンクリート圧送は、問題が多発しました。コンクリートを送る配管が途中で詰まってしまい、作業はしばしば中断したのです。
しかしコンクリート業者はゼネコンとは出来高払い契約だったため、作業が頻繁に中断しては採算が取れません。そこでコンクリートに大量の水を加えた「不法加水」で流動性を良くして作業しました。
当時の関係者によれば
「炉心部でも関係なく水はジャブジャブ入れていた。自分でも100リットル以上は普通に入れていた。」
と証言しました。
別の技術者は
「最初は注意したが改まらず、どうしようもなかった。現場で自分一人が文句を言えばつまはじきにされた。」と話しています。
しかも通産省に提出したサンプルは正規の含水率で捏造していました。
「最高レベルの安全性」「絶対安全」な原発の足元では、このような手抜き工事が常態化していました。
こうした不正を起こす企業文化・組織風土は他の業界でもありました。
それが日野自動車、三菱自動車のデータ改ざんです。これについては別のコラムでお伝えします。
参考文献
「工学倫理」堀田源治 著 工学図書株式会社
「なぜ企業不祥事はなくならないのか」國廣正、五味祐子 著 日本経済新聞社
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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