2022年3月4日、日野自動車株式会社(以降、日野自動車)は中型・大型トラック用エンジンの認証試験で不正があり、対処車種の出荷停止したことを発表しました。
さらに2022年8月3日の国土交通省の立ち入り検査で、小型トラック用エンジンで不正が発覚し、その結果、すべてのトラックが出荷停止になりました。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
誰もが起こす可能性
この問題に関する記事の多くは日野自動車のコンプライアンス問題を言及しました。
しかし日野自動車が発表した第三者機関の調査報告書を読むと、コンプライアンス体制を構築するだけでこの問題は防ぐことができないのではと感じました。
むしろ日野自動車で起きた問題はどの会社でも起きる可能性があります。
もし自分が日野自動車の担当者と同じ立場に置かれれば、自分も不正を行ったと思います。
この問題の本質は何なのでしょうか。
ディーゼルエンジンの排出ガス規制と排気ガス浄化技術
この問題が起きた背景に、ディーゼルエンジンの排出ガス規制(以降、排ガス規制)が短期間に目まぐるしく強化されたことがあります。
排ガス規制の変遷
ディーゼルエンジンを使用する大型車の排ガス規制は1974年に導入され、その後順次強化されました。
2009年から適用された「新ポスト長期規制」では
NOx 40~65%
PM 53~64%
と大幅に低減し、
「排出ガスをガソリン車と同レベルにする」
という世界で最も厳しい水準でした。
そのため表に示すようにNOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)は劇的に引き下げられました。
注1)
NOx(窒素酸化物)
一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)など窒素酸化物の総称で、高温で燃える際に空気中の窒素と酸素が結びついて発生し、人体に悪影響を与えます。
PM(粒子状物質)
ディーゼルエンジンの排気ガスに含まれる粒子状物質の総称で、黒煙(スス)や、燃え残った燃料や潤滑油の成分、軽油燃料中の硫黄分から生成される物質などが含まれます。呼吸器系へ沈着し、人の健康に影響を及ぼします。
注2)
表の値は1台の上限値、カッコ内の値は型式当たりの平均値です。規制が平均値としたのは、エンジンの特性にはばらつきがあるためです。そのため個々のエンジンが規制の上限値をオーバーしても、型式当たりの平均値が規制をクリアすれば出荷できる仕組みです。
表 排気ガス規制の変遷
段階 | NOx (g/kwh) | PM (g/kwh) | CO (g/kwh) | NMHC (g/kwh) |
---|---|---|---|---|
短期規制 (E規制) 1994年 | 直噴:7.80 副室 : 6.80 | 0.7 (0.96) | 7.4 (9.20) | 2.9 (3.80) |
長期規制 (E5規制) 1997年 | 4.5 (5.8) | 0.25 (0.49) | 7.4 (9.20) | 2.9 (3.80) |
長期規制 (E6規制) 2003年 | 3.88 (4.22) | 0.18 (0.35) | 2.22 (3.46) | 0.87 (1.47) |
長期規制 (E7規制) 2005年 | 2.0 (2.7) | 0.027 (0.036) | 2.22 (2.95) | 0.17 (0.23) |
ポスト新長期規制 (E8規制) 2009年 | 0.4 (0.7) | 0.010 (0.013) | 2.22 (2.95) | 0.17 (0.23) |
ポスト新長期規制 (E9規制) 2016年 | 0.7 (0.9) | 0.010 (0.013) | 2.22 (2.95) | 0.17 (0.23) |
注)
括弧なしの値は型式当たりの平均値を意味し、括弧内の値は1台当たりの上限値を意味します。
E9規制の場合、上限値 0.7g/kWhとは、これを超えるエンジンは出荷できないことを意味します。
対して平均値 0.4g/kWh は、型式当たりの平均値がその規制値内であれば良いです。
このように1994年から2016年の22年間に規制は6回も引き上げられました。
それに伴いメーカーは22年間に6回、規制に適合した車種(エンジン)を開発し、国の認証を受ける必要がありました。
その規制は世界トップクラスの厳しいものでした。
しかもディーゼルエンジンの排ガス浄化は技術的に難しい点があったのです。
排気ガス浄化技術
排気ガスに含まれる主な有害物質は、NOx,CO,HCの3種類です。
ガソリンエンジンは、三元触媒を使用すればNOx, CO, HCを同時に低減できます。
注)
CO(一酸化炭素)
エンジンの排気ガスに含まれ、無色・無臭・無刺激で非常に毒性が強く、濃度が上がると吐き気やめまいなどの中毒症状が進み、最悪の場合、死に至ります。
HC(炭化水素)
未燃焼燃料が大半で空気中の窒素酸化物(NOx)や紫外線と反応して光化学スモッグの原因となり、濃度が高くなると眼や喉などの痛みを引き起こします。
ディーゼルエンジンの排ガス浄化の問題
ディーゼルエンジンは、混合気中の燃料が希薄なため、三元触媒の効果が低いという欠点がありました。一方、燃料の不完全燃焼は起こりにくいため、HC, NMHC(ノンメタン炭化水素)はほとんど発生しません。
従ってディーゼルエンジンの課題はNOxとPMの低減でした。
しかし、PMは燃焼温度を上げて燃焼効率を高めれば減少する一方、NOxは増加します。つまりNOxとPMはトレードオフの関係にあります。そのためNOxとPMを同時に浄化・低減するのは困難でした。
そこで排ガス中のNOxを窒素に還元するNOx触媒が開発されました。
ディーゼルエンジンの排ガス浄化技術
現在のディーゼルエンジンは、以下の4つの技術を組み合わせて排気ガスを浄化しています。
- 酸化触媒(DOC)によりCO, NMHC(非メタン炭化水素), PMを浄化
- ディーゼル微粒子補足フィルタ(DPF)で黒煙の元となるPMを除去
- NOx触媒でNOxを窒素に還元
(尿素SCRと、尿素を使用しないHC-SCRの2種類) - エンジンの改良(燃料噴射制御、高過給・インタークーラー, EGR)
ここでNOx触媒には、尿素水を排気ガス中に噴射する尿素SCRと、軽油を使用してHCを生成してNOxを還元するHC-SCRがあります。HC-SCRは尿素水タンクが不要ですが、その分軽油を消費するというデメリットがあります。
さらに排ガス規制に加えて燃費規制も強化されました。
燃費規制
大型車の燃費は、2015年度までに達成すべき燃費基準が2005年に設定されました(2015年度目標)。
エコカー減税制度
2015年度燃費基準を達成し排気ガス低減した場合、エコカー減税制度のもとで自動車取得税、自動車税、自動車重量税の軽減が受けられました。
表 排気ガス規制の変遷
2015年度目標 | 取得税 | 自動車税 (自家用) | 自動車税 (営業用) | 重量税 |
---|---|---|---|---|
+15%以上 | 非課税 | 非課税 | 非課税 | 免税 |
+10%以上 | 75%軽減 | 1% | 0.5% | 75%軽減 |
+5%以上 | 50%軽減 | 2% | 1% | 50%軽減 |
目標達成 | 3% | 2% |
しかしこの燃費も排ガス浄化とトレードオフの関係にあり、両方をクリアするのは技術的な困難さがありました。
一方トラック用の大型ディーゼルエンジンの国の認証方法は、乗用車と違いエンジン単体で行います。
認証試験方法
エンジンの測定方法
トラックは車両のバリエーションが多く、重量もさまざまなため種類が非常に多く、乗用車のように車両をシャシダイナモメーターに載せて測定するのは困難でした。
そのためエンジン単体をテストベンチ(以降、ベンチ)上で運転し燃費を測定します。試験方法は、国連欧州経済委員会で「重量車排出ガスの測定方法 Ⅱ WHDCモード法」(通称 WHDC)が決められ、日本も2016年のE9規制からWHDCが導入されました。
その一方で、排ガスの浄化能力は、時間と共に劣化します。
排気ガスの測定
排気ガスの測定はWHDCによって測定されますが、排ガス浄化装置が劣化すれば規定値を超える可能性があります。そこで規定された走行キロ数を走行後、排ガスが規定内に入っていることを確認する「劣化耐久試験」を行います。
この劣化耐久試験では、一定のキロ数を走行後、排ガス浄化能力の低下を示す「劣化補正値」を計算します。国土交通省の形式指定を受ける際、この劣化補正値を提出します。
劣化耐久試験
劣化耐久試験ではベンチ上で規定走行キロ数に相当する時間エンジンを稼働させます。その際、外挿法を使用して運転時間(キロ数換算)を実際の走行距離の1/3にします。
例えば12トンを超える大型車の場合は、規定走行キロ数65万キロですが、外挿法を使えば走行キロ数は21.7万キロです。この距離はベンチでは2,022時間の運転時間に相当します。
外挿法により劣化耐久試験を行う場合、車種区分ごとに排気ガスを測定するタイミングが規定されています(法規が定める測定点)。劣化補正値は、慣らし運転後の排気ガス測定値と規定距離走行後の排気ガス測定値との差から計算します。
この劣化耐久試験中は、排気ガス性能に関する装置は交換してはならず、やむを得ず交換した場合は交換部品を保管しなければなりません。
劣化耐久試験は1回の試験に2,000時間以上かかるため、もし再試験になれば開発日程に大きな影響を与えます。厳しい開発日程の中、失敗は許されない状況でした。
再生試験
排気ガス浄化装置には、稼働に伴い劣化した浄化能力を定期的に修復する機能(再生と呼ぶ)を持つものがあります。
WHDCに従って排気ガス中の各成分の平均排出量を計算する際は、「再生調整係数」を用いて再生機能を考慮した平均排出量を計算します。
この再生調整係数のうち、排気ガスへの重みづけをする係数が「Ki値」、燃費への重みづけをする係数が「Kf値」です。
燃料消費率試験
新型自動車の形式指定の際、大型ディーゼル車の場合、燃費もベンチ上で測定します。この測定方法はTRIAS08-003-02「燃料消費率試験(重量車)」に規定されています。
ベンチ上で燃料消費率から燃費を計算する場合、等燃費マップを使用します。等燃費マップは2015年度目標に対応したJH15モードと、2025年度目標に対応したJH25モードがあります。
注) TRIAS 日本での新型自動車の試験方法。交通安全環境研究所(独立行政法人)の自動車審査部が作成している基準で、クルマの認可、認定制度において、保安基準に適合しているかどうかを審査する場合に、技術基準と合わせて規範とされる試験方法。
このような環境の中、開発担当者は数年毎に強化される規制に合わせて、新たな製品を出さなければなりませんでした。
排気ガス浄化に関する変遷
ディーゼルエンジンは三元触媒の効果が低いという欠点のため、ガソリンエンジンに比べて排ガス規制は遅れていました。
しかし1999年に当時の東京都知事がディーゼルエンジンの排気ガス強化を打ち出したのを皮切りに、国もE6規制(2003年)からE9規制(2016年)まで段階的に排ガス規制を強化しました。
これに対し日野自動車はターボチャージャー、EGRなどエンジン関係、さらに触媒(DOC)、DPF、尿素(HC)-SCRなどで対応しました。
これらの付加装置は時間の経過とともに排ガス浄化機能が低下します。そこで日野自動車ではE6(2003年)から劣化耐久試験が行われるようになりました。
当初は法規が定める固定劣化補正値を使用していました。しかし法規が変わって劣化耐久試験での実測値が使用できるようになったため、その後は実測した劣化補正値を使用しました。
この時、可変ターボチャージャーを使用した場合は、ノズルが摩耗すればNOxは減少する傾向にあるため、劣化補正値を0としました。
「劣化補正値は実測値を使用する」としつつも劣化補正値を0としていたことが、劣化耐久試験を軽視する一因になりました。しかも劣化耐久試験自体が新しい制度の試験のため、試験方法に精通した人材は限られていました。
この排ガス規制はE6規制(2003年)、E7規制(2005年)、E8規制(2009年)と短期間に頻繁に改訂されました。それに伴いベンチ上での試験も増えました。
トラック用エンジンでの燃費不正
大型車用E13Cエンジンの問題
E13Cエンジン以前には、E5規制対応の大型エンジンとしてK13C(排気量13Lターボチャージャー付)にコモンレール噴射システムを搭載したものを1998年に販売しました。
しかしK13CではE6規制に対応するのは困難でした。そこで1997年から新たなエンジンE13Cの開発を開始しました。
このE6, E7規制あたりから、認証テスト用ベンチのスケジュールに余裕がなくなってきました。劣化耐久試験はベンチ上で2,000時間以上も運転するためです。
試験日程はギリギリの状況で、予想外のトラブルが発生すれば計画通りに排ガス測定ができない状況でした。
その結果、法規が定める測定点で測定できず、かなりずれた時点で測定したり、測定自体ができないことが起きていました。さらに劣化耐久試験を途中で中止したり、劣化耐久試験自体ができないといった事態も起きていました。
その結果、法規で定められた時点で測定したように試験データを書き換えたり、データがない場合は他の試験データを流用して不正なデータを提出しました。
さらに劣化耐久試験の結果、劣化補正値が0にならないこともありました。しかしパワートレーン実験部では「劣化補正値は0」と認識していたため、ゼロと記載してそれ以上の追求はしませんでした。
このようにデータを改ざんして何とか日程に間に合わせた中で、次の開発が始まります。
E7規制(2005年)
E7規制対応のE13Cエンジンは、E7規制に対応するため、可変ターボチャージャーやEGRバルブの制御の変更で排ガス性能を高める計画でした。
燃費は2015年度燃費目標が国から発表されたため、E7規制対応のエンジンが2015年度燃費目標に適合するか検討されました。
しかし2005年11月の会議でパワートレーン実験部は、E7規制対応のエンジンの燃費は2015年度目標に対し6~7%未達と報告しました。
これに対し技監(元副社長)から「車型を限定していずれかの車型で2015年度目標をクリアすること、TRIASをよく勉強するように」と指示がありました。
当時技監の指示は「必達」の意味でした。
再度検討したところ新型の12段トランスミッションの車型(12段車型)では、燃費が約2%改善するため、未達は5%と判明しました。
しかしパワートレーン実験部は役員に12段車型では2015年度目標の達成見込みがあると報告してしまいました。しかし残り5%を改善する具体的な方法はありませんでした。
こうして追い詰められたパワートレーン実験部は、2006年4月に国の認証立ち合い試験の準備を進める中、燃費は、有利な値が出るようにTRIASで認められている±2%の誤差の範囲内で測定機器を調整することを行いました。
注) ±2%は、測定誤差や測定器の誤差があっても目標値を保証するためのマージンです。その範囲内でも測定器を調整することはデータの改ざんでした。
こうしてエンジン回転計、燃料流量計の表示を操作することで認証立会試験は合格しました。
公正であるべき測定器の値を操作することは許されることではありません。しかし、一度行うともう歯止めがかかりませんでした。
2回目の認証立ち合い試験では2%の範囲を超えて値を操作して合格しました。
こうしてE7規制対応E13Cは、2015年度目標を達成する性能がなかったのにも関わらず、達成したことになってしまいました。
このことをパワートレーン実験部以外は誰も知りませんでした。そして以降の開発は2015年度目標を達成したことを前提に進められました。
本来は技術者として、「技術的にできていないことはできていない」と報告すべきでした。しかし上司に報告しても「何とかしろ、できるはずだ」のため追い詰められた担当者に残された方法は改ざんしかありませんでした。
E8規制(2009年)対応
2007年E8規制に対応するため、E13Cエンジンにコモンレールシステムの変更と、尿素SCRを新たに追加する開発を開始しました。
燃費については、さらなる改善を行い尿素SCRで悪化した分をカバーして、前回のE7規制のエンジンと同等の燃費を目標としました。しかし2008年3月の会議で、燃費目標はE7規制+3%に引き上げられました。
パワートレーン実験部では、様々な燃費改善策を行って、開発したエンジンはE7規制+3.2%を達成しました。しかし元々のエンジンはE7規制対応時にデータを改ざんしていたため、E7規制を満たしていませんでした。
しかしこれを知っているのはパワートレーン実験部のみであり、+3.2%は不十分でさらなる燃費改善が必要とは言い出せませんでした。そのため2010年2月の国の認証立会試験ではE7と同様に、測定器を操作して有利な数値を示しました。
また排ガスについては劣化耐久試験の日程が厳しいため法規が定めた時点で測定ができず、適正な劣化耐久試験ができませんでした。そのため過去の試験データを参考にデータを捏造して認証申請しました。
また再生試験も実施しませんでした。認証申請時は再生試験で得られるKf、Kiの値は捏造して提出しました。
燃費や排気ガス浄化性能に影響するKf、Kiの値は、開発時にすでに決定されていました。パワートレーン実験部の担当者は、再生試験を実施してもKf、Kiが目標値をクリアできる自信はなく、データを捏造するしかありませんでした。
常態化するデータ改ざん
その後E8規制対応燃費改善モデル、E9規制対応と開発が進みますが、E7規制対応時に測定器を操作して燃費に下駄を履かせたため、報告される燃費と実際の燃費の乖離は拡大しました。データの改ざんは一度始めたら後戻りが利かず、打ち出の小槌となってしまいました。
このデータ改ざんは、大型車用E13Cエンジンのみならず、大型車用A09C、中型車用A05C、マイクロバス用N04C、建機など特殊自動車用エンジン(オフロードエンジン)にも見られました。違反発覚後は大型のエンジン、及びトラックが出荷できない状態となってしまいました。
都合の良いデータを選択
マイクロバス用N04Cエンジンは、トヨタのマイクロバス コースター用のエンジンです。それまで国内の小型トラック向けのN04Cエンジンが酸化触媒にHC-SCRを使用したのに対し、コースター用のN04Cはすでに開発したEuro6対応の小型バス用エンジン(尿素SCR)を採用しました。
このN04Cをトヨタに提案する際、HC-SCRのKf値を用いて燃費を計算するミスをしてしまいました。その結果、燃費は実力よりも良い数値でした。
燃費については、トヨタの担当者から、「燃費基準値の達成度合を引き上げなくてもよい旨の意見」がありました。しかし日野自動車は「燃費基準値の達成度合いを引き上げることは可能」と主張しました。
しかし実験データを元に燃費をシミュレーションしたところ、目標値を満たしませんでした。そこで本来はアイドリング運転開始から20~30分経って、燃料消費量が安定してから測定すべきですが、アイドリング運転開始からもっと短い時間で測定して、都合の良いデータを取得しました。
それでも目標値に到達しなかったため、複数回測定したデータの中から良いデータを恣意的に選択しました。
こうした問題に対し、第三者機関による調査報告書は以下のように述べています。
調査報告書が指摘する問題
この日野自動車の不正に対し、調査報告書では下記の3つを真因としています。
- みんなでくるまをつくっていない
- 世の中の変化に取り残されている
- 業務をマネジメントする仕組みが軽視されている
① みんなでくるまをつくっていない
- 個々の役職員が「みんなでくるまづくりをしよう」という意識が希薄
- セクショナリズム
- ・パワートレーン実験部が孤立
- ・プロジェクトの責任者が全体を俯瞰できていない
- ・プロジェクト責任者が劣化耐久試験の内容をよくわかっていなかった
- ・人材が固定化し、他の部署の経験が乏しい
- ・批判的精神を持った建設的な議論が欠如
- 能力やリソースに関する現場と経営陣の認識に乖離
- 法規やルールの動向を把握し、その内容を社内に展開する仕組みがない
- 品質保証部門や品質管理部門の役割が十分理解されていない
② 世の中の変化に取り残されていること
- 上位下達の強すぎる組織、パワーハラスメント体質
- 過去の成功体験に引きずられていることや「撤退戦」を苦手とする風土
- 日野の開発プロセスに対するチェック機能が不十分であった
③ 業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと
- 開発プロセスの移行可否の判定があいまいであった
- パワートレーン実験部が、開発業務と認証業務の双方を担当していた
- 規定やマニュアル類の整備、データや記録の管理が適切になされていない
- 役員クラスと現場の間に適切な権限分配がなされていない
調査報告書はこのように述べています。 しかしこの背景には日野自動車の置かれた状況がありました。
日野自動車の置かれた状況
日野自動車は、売上高1兆4,597億円、連結従業員33,850名の大企業です。
その一方、年間販売台数は15万台(2021年度)で、このうち国内が58,158台です。
この中に10トン、4トン、2トンの3車種があり、車種の中でエンジンの型や車体など多様なバリエーションがあります。また建機など特殊自動車用エンジンも用途別に多様なバリエーションがあります。
このように車種が多様なため劣化耐久試験などに多くの試験や評価が必要になりました。こういった事業環境の変化に対して、人材や設備は十分ではありませんでした。
パワートレーン実験部ではベンチのやりくりに苦労していました。
必要な劣化耐久試験をしないまま認証立会試験に臨むこともありました。劣化耐久試験をしない(コンプライアンス違反の)リスクを考えれば、ベンチやテスト人員を倍増するべきでした。
なぜそうしなかったのでしょうか。 報告書には、この問題は指摘されていません。
経営判断に問題はなかったのか
段階的に強化される規制や多様な種類のエンジンのため、増加する開発をこなせるように、それに合わせた開発環境が必要でした。そのために伴い経営者は、
- 排ガス規制、燃費規制など事業環境の変化を調査
- 必要なリソース・体制の整備
- 幅広い車種や地域での展開が自社の身の丈に合わなければ、一旦は車種や地域を縮小
この判断は経営者しかできません。当時の経営者は、この時の状況をどのように見ていたのでしょうか。
ものづくり企業として適切な体制・組織になっていない
報告書にもあるようにパワートレーン実験部が、開発も評価(認証)も共に行えばモラルハザードが起きます。
- 開発は、開発計画を立てた部署が最後まで責任をもって管理
- 評価検証を行う部署は、外部の視点・考え方で客観的な評価
本来はこうした分権体制が必要です。評価検証する部門は、自社の良心として最後の関門の役割があります。
技術をマネジメントできていたのだろうか
開発は暗闇の中で答えを探すようなものです。解決案があっても必ずしもうまくいくとは限りません。 かといって容易に実現できる目標では他社に負けてしまいます。 そこで
- どのくらい背伸びをすればいいのか
- 失敗した時どのくらい開発期間が長くなるのか
- あるいはできないという結論になった場合、どうするのか
こういった開発課題と自社の技術力の目利きが必要です。 それには過去の経験にとらわれず、最新の技術や規制を学び、現場の声に真摯に耳を傾ける必要があります。
さらに開発がうまくいかない時、プランB、プランCを用意する(部下にさせる)必要があります。(これは多くの日本人に苦手なことですが)
リーダーの役割
こういった判断、開発のマネジメントは、リーダーの役割です。
日野自動車のエンジンは多くのバリエーションがありますが、大別すればE13、A09、A05(J05)、N04の4種類のエンジンです。この4種類のエンジンが日野自動車を支えているのです。
もし1機種でも開発に失敗すれば大変なことになります。 にもかかわらず、燃費改善目標5%はどのような根拠から決めたのでしょうか。
これまでも様々な改善を行ってきた燃費を「もっとがんばれ」と言えば5%も良くなるのでしょうか。
開発のリスクを減らすため、開発仕様を決める前に事前に検証を行う企業もあります。
開発期間の短さを考えれば、そのような取組も必要ではなかったでしょうか。 タイトな日程のためそれもできず、ぶっつけ本番で「うまくいくだろう」と進めれば、かえって時間とお金を浪費します。
こうした技術のマネジメントはできていたのでしょうか。
指示命令に対し、現場から上司へのフィードバックの機能不全
もしパワートレーン実験部の「できません」という報告に対し、上司が事実を謙虚に受け止め、他の部門も巻き込んで解決に当たれば、結果は変わったかもしれません。
現場で起きている事実に最も精通しているのは、現場の担当者です。
上司からの指示に対し、担当者は実際に現場で起きたことを上司に正しく報告します。 上司はこの情報を的確に受け止め、適切に判断しなければなりません。
それには時には目標の修正や日程の変更などの痛みを伴います。 「なんとかしろ」と言った上司は、現場の情報を的確に受け止めていたのでしょうか。
結果的にこの問題はパワートレーン実験部、ひいては担当者の問題に矮小化されてしまいました。 追い詰められた担当者に残ったのは不正しかありませんでした。
こういった管理、組織の問題は他の企業でも起きています。 これについては別のコラムでお伝えします。
参考文献
「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会
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