国が定める基準に適合していることを国に代わってメーカーが行う「完成検査」で、日産は完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていました。同様のことがスバルでも行われていました。さらにスバルでは燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えも行われていました。なぜこのようことが起きたのか、その背景には余裕のない人員配置とそれを解決するため現場が創意工夫する文化がありました
これまで日野自動車、三菱自動車の燃費不正問題を取り上げました。しかし問題は開発現場だけでなく、製造現場でも起きていました。高い現場力を誇る日本の工場で何が起きていたのでしょうか?
スバル、日産の完成検査不正を取り上げました。
完成検査とは
自動車の場合、本来は新車であっても1台1台の車のブレーキなど走行性能や排気ガスなど環境性能が、国が定める基準を満たしているかを陸運局の検査場に持ち込んで検査を受けなければいけません。
しかし日々生産される車を1台1台検査場に持ち込んで検査するのは大変なので、メーカーが国が定める保安基準や品質基準に適合していることを工場で検査することで検査場の検査を受けたことにしています。これが形式指定制度で、メーカーが行う検査が「完成検査」です。この検査内容は車検に準じて国が定めています。
この完成検査を行う検査員の資格については、「完成検査に従事する検査員は当該検査に必要な知識、及び技能を有する者のうちあらかじめ指名された者であること」と国は定めています。つまり検査員の資格、技量はメーカーが決めることができます。
ところが日産、スバルの工場は自分たちが決めた完成検査員の資格を持っていない作業者に完成検査をさせる不正行為を行っていました。
日産の不正行為
2017年9月18日、国土交通省は日産車体の湘南工場を抜き打ちで立ち入り検査しました。その結果、完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていたことが発覚しました。9月29日、日産の国内6工場で、無資格者が完成検査を行っていたことが判明しました。
2017年10月、2014年1月6日から2017年9月19日に製造された38車種、約116万台(スズキや三菱自動車などのOEMも含め)をリコールすることを発表しました。その費用は約250億円と推測されます。
日産の完成検査員の資格
日産の規定では、検査員になるには以下の条件が設けられていました。
- 従業員(嘱託、期間従業員を含む)
- 次のいずれか
(1) 高校、短大、高専、大学、職業訓練校で機械、あるいは自動車の構造に関する学科を履修した者)
(2) 3級以上の自動車整備士
(3) 完成検査担当課長が行う講習を受け、理解度試験で80点以上 - 下表に示す補助検査業務に従事し基礎的技能を有していると完成検査担当課長が認めた者
区分 | テスター検査 | 最終検査 | 排出ガス検査 | 車両試験 |
経験期間 | 2か月 | 1か月 | 6か月 | 6か月 |
補助検査業務期間中は、補助検査員は単独で完成検査はできないため、完成検査員の付き添いが必要です。また補助検査員は完成検査表にも記入できません。完成検査表に押印する印鑑(完検印)は、完成検査員のみに渡される仕組みでした。
不正検査の実態
2016年8月、日産はノートの生産を日産九州から追浜工場に移管しました。それに伴い追浜工場の操業を昼のみから昼夜二交代に変更しました。これにより人員が不足したため、期間従業員を多数雇用し補助検査員にしました。補助検査員に完成検査員の完検印を貸与し、単独で完成検査を行わせていました。
この補助検査員が完成検査を行う行為は日産では1990年頃からありました。しかし国土交通省や日産本社の内部監査の際は、完成検査員のみを完成検査ラインに配置してこのことを隠蔽していました。つまり現場の管理者は、補助検査員単独で完成検査を行うことは不正とわかっていました。しかしこのことは品質課長以上の役職者は全く知りませんでした。品質保証部長や品質保証課長は日々の業務を係長以下の現場の社員に任せ、現場の実情をよく把握していませんでした。
同様に栃木工場、日産九州、日産湘南でも補助検査員による完成車検査は常態化していました。
原因
実際の現場は完成検査員が十分におらず、習熟した補助検査員が完成検査を行わなければ完成検査ラインは回らなくなっていました。ラインの人員配置はギリギリで、完成検査員が補助検査員に付き添って指導するゆとりもありませんでした。一方検査工程に習熟していれば、完成検査は適切に行われているため、資格がなくても問題ないという考えが現場にありました。
こうした要因として日産では工場の自立性を重んじ、一人一人の作業者の創意工夫を評価する文化がありました。現場は与えられた人員で、目標を達成するために自ら考え様々な工夫をしました。これが補助検査員が完成車検査を行う原因のひとつでした。その際、「これが法規違反になるのかどうか」、そして「どのような影響を及ぼすのか」を深く考えることはありませんでした。
スバルの不正行為
2017年の日産の完成車不正検査を受けて、スバルでも社内で調査した結果、日産と同様の事例が本社工場、矢島工場であったことが分かり、10月に公表しました。そして12車種25万台がリコールとなり、その費用は250億円に達しました。
スバルの完成検査員の資格
スバルの規定では、完成検査院は以下の条件が設けられていました。
- 正社員、期間従業員、派遣社員
- 下記のいずれか
2級整備士 かつ完成検査の補助業務2か月以上
3級整備士 かつ完成検査の補助業務3か月以上
自動車の構造等に関する80時間講習受講 かつ完成検査補助業務6か月以上 - 登用前教育を合計24時間トレーナーから受ける
- 修了試験の結果が80点以上である
スバルの完成検査員の規定では、整備士資格がない場合、補助検査員の育成には6か月もの間、完成検査員が付き添わなければならず、日産よりも現場の負担の大きいものでした。
不正問題の経緯
現実には、登用前の補助検査員が単独で完成検査を行い、検査印は完成検査員から借りて押印していました。しかし国土交通省や社内の監査には、正規の完成検査員のみが検査を行っていると報告しました。この問題に対して、スバルは外部調査チームが調査を行い、調査報告書を2017年12月19日に国土交通省に報告しました。
ところが2017年12月に燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えの疑いが見つかりました。再度社内で調査を行い、2018年4月27日に調査報告書を国土交通省に提出しました。
しかし2018年5月には国土交通省の立入検査において、燃費・排気ガス抜き取り検査でエラーが発生した測定値を有効としていた疑いが発覚しました。再び調査を行い2018年9月28日に国道交通省に調査報告書を提出しました。
その後も2018年10月の国道交通省による立入検査で、完成検査工程で不適切な検査が行われていたことが判明し、2018年11月5日国土交通省に報告しました。
その結果、合計4回にわたり不正や不適切な検査が見つかりました。これによる累計リコール台数は53万台に上り、リコール費用の合計も320億円以上となりました。
発覚した不正
排ガス・燃費測定時に発生したエラーのデータを書き換えなかった
燃費・排ガス測定は、完成車を抜き取ってシャシダイナモ上で既定のモードで運転して排ガス・燃費を測定します。その際JC08モードで規定された走行から逸脱した時間(トレランスエラー)が2秒を超えると検査はやり直しになります。やり直しにならないように、測定データの逸脱時間が2秒を超えた場合ゼロに書き換えていました。
理由は検査をやり直すとその車の走行距離が50kmを超えてしまうからです。走行距離が50kmを超えてしまうとスバルの社内規定では新車として販売できなくなります。そのため検査のやり直しとなると別の車を抜き取って再試験しなければなりませんでした。そのため再試験は時間がかかり、その月の車両抜き取り計画も達成できなくなります。しかもこのトレランスエラーの原因には、試験での運転ミスや運転の技量不足もありました。だからこうした現場のミスが指摘されるのを避けたかったこともありました。
測定環境の湿度を規定値に書き換え
燃費・排ガス測定環境は、温度25±5℃、湿度が30~75%と定められています。しかし湿度が規定を外れた場合、数値を規定以内の値に書き換えていました。原因は、測定室が古く、冬場は湿度が規定値より下回るためでした。
ブレーキ検査での不正
後輪ブレーキ制動力の検査中にハンドブレーキを引いたり、規定以上の踏力で踏んで、規定値に入るように操作しました。またハンドブレーキの検査では後輪ブレーキを踏んだり、規定以上の力でハンドブレーキを引いて検査結果を規定値に入れていました。ただし国の保安基準で定めるブレーキ検査は、実際の走行状態からブレーキをかけて停止して制動距離を測定します。そのため、今回の不正は国の保安基準には違反していませんでした。
一方タイヤの切れ角を検査する舵角検査は、完成検査工程の一部です。しかしテスタの値が合格にならない場合、手で車体やタイヤを押して規格内に入るようにしたり、逆に最大舵角が検査規格より大きい場合、ハンドルを戻して規格内にしたりしていました。
その他
他にもスピードメーター検査、サイドスリップ検査などで不適切な検査方法が行われていました。
原因
第三者委員会の調査報告書は以下を原因として挙げました。
余力のない検査工程
- ライン上の全数検査の場合、ピッチタイム(タクトタイム)内で必要な項目を検査しなければならない。そのため不安な個所があっても再確認できない。
- 完成検査員は法規制の変更に合わせて検査工程の見直しなどの事務作業も担当していた。そのため業務負担が増大していた。
- 本社工場の試験棟が老朽化し、温度や湿度が規定値に入らなかった。
- ブレーキテスタが老朽化し、正常な車体でも異常となった。
不適切な行為を防止するシステムが弱い
- 排ガス・燃費測定データは容易に書き換えできた。
- 不適切な行為があった場合、それを事後検証するプロセスが不十分だった。
- 現場の実務者が、設備の能力不足など工程能力を改善する必要を上位管理者に伝えていなかった。
その他
- 検査員は規則を遵守する意識が乏しい。
- 完成検査制度を適切に理解していない。
- 作業のやり方や作業者の教育が現場任せになっていて、不適切な作業も「以前からこうやっている」と疑問を持たない。
- 完成検査業務に対する経営陣の認識、および関与が不十分だった。
現場力がコンプライアンス違反を招く
欧米の工場は作業者はマニュアルに忠実に従って作業することが求められます。作業者が自らやり方を創意工夫することは基本的には許されません。対して日本の工場は作業者が率先して創意工夫し改善することが求められます。作業者にそれだけの裁量が与えられていますが、勝手に変えていいわけではありません。上司や生産技術などの部署と相談して改善することになっています。
上司より強い作業者
実際の現場は日々変化しています。材料、環境の変化に応じて日々製造条件を調整しています。この時どこまでが作業者の権限で変えてよく、どこまでが上司の決裁が必要なのか、あいまいなことがあります。
また上司が他の部署から移動して、現場についてはベテランの作業者の方が上司よりも詳しいことがあります。上司は自分がわからないことをベテランに聞くこともたびたびあります。そうなるとベテランの作業者の意見が通る現場になります。確かにベテランの作業者は豊富な経験があります。しかしそれはこれまでの法規制や安全規制の中での経験です。そのやり方はこれまでは問題なくても、これからは問題になるかもしれません。
忙しい、間に合わない
そうした中で、人員削減、生産性向上など、これまで以上に現場に負荷がかかっています。その結果、何かを犠牲にしなければ計画通りにできず、その犠牲になるのは検査や確認なとです。「これまで問題なかった」「検査で問題が見つかったことはない」こうした経験から、「忙しい・間に合わない」状況に陥ると、検査や確認が省略されます。あるいは不合格品を無理やり修正して合格品にしてしまいます。これが常態化すると少しぐらい規定から外れてても問題ないといった考えに至ります。
不正を防ぐ組織と人
こうしたベテランの過信は他の業界でも大きな事故や問題が起きています。こうした問題を防ぐためにはトップが「コストや納期よりも重視すべきこと」を明確にし、それを守る組織と人の育成が必要です。
参考文献
日産自動車「調査報告書」2017年11月17日西村あさひ法律事務所
スバル「完成車検査の実態に関する調査報告書」2017年12月19日長島・大野・常松法律事務所
経営コラム ものづくりの未来と経営
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