行動を支配する8つの要素その2 ~人を動かす方法の実践~

 

顧客との交渉で8つの要素を活用する

 

では、この8つの要素は顧客との交渉にどのように活用できるのでしょうか。

この活用については、様々なセールス・テクニックの本に書かれています。ここでは顧客との交渉に焦点を当ててまとめました。
 

返報性の原理

 

様々な贈り物

相手から無償でもらうことは心理的な負担(借り)です。接待やお歳暮は返報性の原理をうまく活用したものです。しかし今では仕入れ先からの贈り物や接待が規制されている会社もあります。顧客も警戒心を持っているため贈り物や接待は難しくなっています。

一方、新製品の開発などは、顧客からテストや試作を頼まれることがあります。これも接待やお歳暮と同じ効果があります。「これだけ試作してくれたから、そこに出そう」となるわけです。

仕入先も試作やテストを行えば費用がかかります。しかし試作やテスト費用を支払うためには稟議書など特別な手続きが必要な会社もあります。そんな時、無償でやってくれれば顧客はとても助かります。

ここで大切なことは、無償でも見積は出すことです。つまり顧客に「いくらの仕事を無償でやったのか」金額を意識させることです。その金額が大きいほど、顧客の心に大きな借りが生まれます。

あるいは自社で開発した新しい製造方法をPRする場合、顧客にサンプルを渡すのも良い方法です。技術者の中にはこういったサンプルを大切にする人が多くいます。このサンプルは、顧客の引き出しの中に何年も入っていて、サンプルをつくった会社のことを顧客に思い出させます。
 

最初は譲歩する

交渉の場合、最初に自分から譲歩すれば、顧客に返報性の原理が作用します。相手がこれだけ譲歩したのだから、相応の譲歩をしなければならない雰囲気になります。こちらも暗に「こちらがこれだけ譲歩したのだから…」と圧力をかけます。逆に相手が先に譲歩すれば、こちらが同様の圧力を受けます。
 

一貫性の法則

交渉の際、取引条件は必ず仕様書や議事録に記録します。仕様書や議事録に書いたことは「決まったこと」として、その方向に議論を導く「一貫性の法則」が働きます。記録しなければ、話し合った内容をお互いが自分に都合の良いように解釈してしまいます。

また顧客が「今日決めよう」と言えば「例え不利な条件でも今日決めなければならない」という一貫性の法則が働きます。その場合「今日決めよう」と言われても、結果が自分たちに不利ならば「私の一存では決められません」と保留します。

従って、こういった交渉はトップ以外のNO.2以下が行った方が有利です。もし不利な条件を押し付けられた時「これは持ち帰って上司と相談します」と結論を保留できるからです。
 

好意をもってもらうようにする

相手に好意を持ってもらうのはセールスの基本的なテクニックです。これが交渉結果を左右する場合もあります。そこで基本的なテクニックを身につけておきます。

テクニックの例

  • 会話は相手の目を見て、目線を合わせる。時々大きくうなずいて相手の話に同意を示す。
  • 相手は役職や社名でなく、名前で呼ぶ。「○○さんは…」を毎回会話に入れるだけで相手の好感が高まる。
  • できる限り相手の情報を入手し、相手との共通点を探す。初対面では、趣味、出身地、出身校、誕生日や干支などを聞き出して、共通点を探しそれを強調する。
  • 接点を増やす。資料を渡すときはできる限り手渡しをする。メールで連絡した場合も電話をかける。会った後もお礼のメールを送る。季節のあいさつハガキを送る。
  • 誠実さを訴求する。自分たちにとって不利なことでも、最初に正直に顧客に伝える。そうすれば顧客は誠実だと感じ信頼を得られる。
  • お世辞を練習する。お世辞は普段言いなれていないと、とっさに出ない。そこで普段から練習しておく。多少不自然になっても相手は決して悪い気はしない。

 

権威づける

 

専門家の活用

議論が技術になる場合、自社の技術者を連れて行けば、発言の重みが変わります。その際、「○○課のリーダーで経験○○年の○○さんです」と紹介すれば、より強く権威付けされます。
 

自信なさげな専門家

ある調査によれば「○○についてはこうです」と自信たっぷりに話す専門家より、「確かなことは言えませんが、○○のデータを見る限り、私の経験では○○であると思われます」と、不安な点も正直に話す専門家の方が高い信頼が得られました。自社の技術者を連れていく場合も技術者にはこのような伝え方をさせます。
 

外部の権威を活用

自社で取ったデータよりも県の工業試験所など公設試験所のデータの方が顧客の信頼は高くなります。公設試験所の試験費用は比較的安く、顧客の信頼を得るためと考えれば、費用対効果は高いです。
 

注目してももらう

 

質問する

「○○について不満な点は何ですか?」と質問すれば、顧客は不満な点を頭の中で探します。そして意識は不満な点に向かいます。つまり顧客に注目してほしい点、重要だと思って欲しい点を質問して、そこに注意を向けてもらいます。
 

理由を言ってお願いする

コピー待ちの列に「先にコピー取らせてもらえませんか?」とだけ頼むよりも「先にコピー取らせてもらえませんか? コピーを取らなければいけないので」と理由を言った方が、先に取らせてくれる人が増えたという心理学の実験があります。

そこで「ぜひこれを受注させてください」と、その点だけお願いするよりも「前回の○○は失注しました。今回の○○も失注すれば会社が非常に厳しい状況になるため、これだけはぜひ受注させてください」と理由を言えば説得力が増します。
 

言葉を選ぶ

あるシステム会社は「コスト」「価格」という言葉は顧客に損失やマイナスのイメージを抱かせるため、代わりに「購入」「投資」という言葉に言い替えています。製造業であれば「コスト」より「原価」の方がマイナスイメージは低くなります。
 

後から反論する

交渉では最初に出した意見よりも後から出した反論の方が強く印象に残ります。そこでできるだけ最初は相手に条件を提示してもらい、後から反論すれば印象が強くなります。
 

コントラストを活かす

 

対比

メリットだけでなく、メリットとデメリットを両方上げて対比すればメリットがより強調されます。あるいは長所の代わりにその裏返しの短所を強調することで、誠実さと短所の反対の長所を印象付けることができます。

「不格好なのは見た目だけです」

広告代理店DDB(ドイル・ディーン・バーンバック)社のこのコピーにより、フルサイズの大型車が主流の1960年代のアメリカで、フォルクスワーゲン ビートルを大ヒットさせました。

図8 フォルクスワーゲン ビートル

図8 フォルクスワーゲン ビートル


 

より上位の、値段の高い提案を足す

顧客の要求が厳しい場合、自社の提案がより妥当な価格に見えるようにするには、さらに費用のかかる、しかし性能的にはより高い提案を付け加え、そちらを強く推します。これによりこれまでの提案の価格は打倒に感じられます。
 

8つの要素の活用 社員を動かす

 

中小企業は大企業に比べ人材を採用は苦戦します。一方で業務に対する能力は、中小企業の新入社員と大企業の新入社員に大きな差はありません。(まだ業務に就いていないので当然ですが) ところがその後の業務経験と教育によって次第に差が広がります。

中小企業の場合、長期的な社員の能力向上は、主に業務を通じて教育するOJTになります。OJTでは、先輩達が今までやってきた仕事はできるようになります。しかしそれ以上に伸びるのは困難です。むしろ担当した業務だけを長年行うことで、新しいことを学ばずその仕事に固執します。(「タコツボ化する」)

しかしこれまでと同じ業務を繰り返していては、競合との競争に勝つことはできません。現状の殻を打ち破り、組織が進歩するためには、仕事のやり方を改善する必要があります。加えて新しいことを学ぶ必要もあります。しかしタコツボ化した社員に「ああしろ、こうしろ」と言っても言うことを聞きません。このような場合、人を望む方に動かすために、以下の8つの要素が活用できます。
 

下準備をする

業務のやり方を変え、新しいことを学習するには、その前提を整える必要があります。「なぜ、変えなければならないのか」という問いに対する答えです。つまり8つの要素を活用する前の「プリ・スエージョン(下準備)」が必要なのです。

経営者は、企業が今後も発展するために「会社をこう変えたい」「社員にこうなってほしい」という希望があるはずです。これを社員に浸透させるために以下のようなアクションを起こします。

  • 組織をこう変えたいというビジョンを文書化し、社員に何度も語りかける
  • 社員にこうなってほしいという姿を質問の形にして、何度も社員に投げかける
    「○○を実現するためには、仕事のやり方をどのように変えるべきだろうか」
    「新しい仕事のやり方ができるようにするためには、どのような能力が必要だろうか」

 

これは答えを言わせるのでなく、質問することで社員にやるべきことや身に着けるべき能力を自ら意識させることです。こうして質問を繰り返して課題を意識させることは、社員が自ら動くようになるための下準備です。
 

一貫性の法則で積極性を引き出す

社員が自ら1年間、業務上取り組むべきこと、自らの能力を高めるためにやるべきことを紙に書かせます。それを数か月ごとにフォローします。紙に書くことで一貫性の法則が働き、自主的に行うようになります。

これは目標管理制度と同じです。ただし目標管理制度には問題があります。

それは目標管理が評価と結びついていることです。そのため目標を達成できなければ評価が下がります。そうなると無難な目標しか書きません。評価と切り離して、人材育成のツールに限定すれば一貫性の法則という強力な作用を活用できます。

成果主義は社員の業績を評価し優劣をつけて待遇に格差をつけます。しかし業績は担当社員の努力だけではどうにもならないこともあります。さらに行き過ぎた成果主義は、社員の不正を引き起こします。

仕事の成果は、顧客や競合など外部との関係、他部門の高度などもあり、自分が完全にコントロールできません。しかし自らの行動はコントロールできます。

「どのように仕事のやり方を変えたのか」「どのようにスキルアップに取り組んだのか」こうした行動を各社員に公表させます。これは具体的でごまかしはききません。また目に見えてわかるため、他の社員も公平に見ることができます。
 

返報性の原理で継続させる

成果主義では目標を達成すれば報酬が得られます。この報酬は一時的な満足感は得られますが、長期にわたって強いインセンティブは働きません。なぜなら目標が達成できそうもなければ報酬をあきらめればよいからです。一方、完全歩合制のセールスマンのように達成しなければ生活に支障をきたすような場合、社員間の協力はぎくしゃくし、成果の偽装も起きます。

そこで報酬は後でなく、先に渡します。そうすれば返報性の原理が働き、目標に取り組む強いインセンティブになります。つまり社員が目標を設定すれば、それに対して報酬を先に支払うのです。しかも1年後、目標を達成できなくても返すことは許されません。

社員は「ラッキー」と思うでしょうか。

いえ「返報性の原理」が働き、とても気持ち悪く感じます。他の社員が決めたことを実行し目標を達成していれば、なおさらそう感じます。

ここまでやるのは行き過ぎと感じる場合、資格取得など外部教育で「返報性の原理」を活用する方法もあります。資格の取得や教育終了で報奨金を出すのでなく、最初に取組んだ時点で報奨金を出すのです。最初に報奨金を受け取り途中でやめれば、返報性の原理から社員は気持ち悪く感じます。これが取組を継続するインセンティブになります。
 

社会的証明でスキルアップする

社会的証明には良い面と悪い面があります。
 

【良い面】(良いことは全員)

研修やスキルアップは、新入社員や高齢社員も含めて全員で行います。その内容は人によって異なるかもしれませんが、スキルアップをやることに対して例外を作りません。進捗や達成度は全員に公開します。

集団意識の強い日本では、組織の中で自分一人だけやらないのはとても居心地悪いのです。ただしスキルや能力は個人差があるため、カリキュラムはいくつか用意して、本人が選択します。これにより一貫性の原理が働きます。
 

【悪い面】(悪いことには目を光らせる)

服装の乱れ、標準作業の無視、安全ルールからの逸脱などを放置すれば、「ルールを無視してもよい」という悪い社会的証明になります。放置すれば重大な事故や不良が起きかねません。そのため些細な違反も必ず指摘します。

ただし強く叱る必要はありません。悪いことは本人も分かっているからです。「悪いことをすれば必ず指摘される」という文化ができれば、「ルール無視は見過されない」という良い社会的証明になります。
 

嫌われ役をつくって規律を高める

一度決めたルールも時間の経過とともに徐々に守られなくなります。ルールを維持するには、誰かが嫌われ役になって違反したものに対し指摘しなければなりません。

時にはあえてルールを守らずに、それを自己主張と考える社員もいるかもしれません。しかも本人に理由を聞いてもはっきりと言いません。このような場合「良い警官、悪い警官」の手法が使えます。悪い警官役の社員がルール無視した社員を厳しく叱責します。良い警官役の社員が「君が本当はまじめで、仕事もしっかりとやっている」と本人の力を認め共感を示します。その後で「どうして○○のルールを守らないんだ」と質問します。
 

ジグソー教室で協力関係を強化する

新しい仕事に取り組むとき、あるいは研修などでジグソー教室の技法を使えば社員間の協力を高めることができます。

新しい仕事の場合、分野の異なる様々なメンバーを集めて、一つのテーマに取組むようにします。この場合、お互いが協力しなければ目的は達成できません。一定期間お互いが協力して仕事をすることで、お互いのことがよくわかり、好感が高まります。これはその後の円滑な組織運営に効果を発揮します。

研修でもそれぞれの自分の専門分野の内容を他のメンバーに教え合うようにします。お互いが先生になるため、お互いに好感と尊敬が生まれます。

例えば、生産管理の担当が生産管理を、品質管理の担当が品質管理を、他の部署のメンバーに教えます。できれば、グループをつくりお互いが協力しないと達成できないような課題をつくって研修をすると効果的です。一見ムダな研修に見えますが、お互いの業務の理解が深まり、横の連携が強化され、ローテーションも容易になります。
 

参考文献

「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房

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