行動を支配する8つの要素その1 ~心理学・行動経済学から学ぶ人を動かす方法~

日常の買い物から経営の意思決定まで、私たちは日常様々な場面で自ら考えて判断をします。しかし冷静に考えて正しい判断をしたはずなのに後から考えるとそう思えないことがあります。

「なぜこれを買ったのだろうか」

そこには第三者の承認への誘導が働いているのです。
 

この承諾誘導は様々なセールスのテクニックとして紹介されています。そして人が承諾誘導に反応してしまうのは、脳が無意識に決定してしまうからです。

逆にこのメカニズムをうまく使えば社員教育やスキルアップに活用できます。社員が積極的に困難な課題に取り組んだり、自らスキルアップに取り組むようにできるのです。

そこで今回は私たちの行動を支配する8つの要素と、社員育成への活用について考えます。
 

なぜ人はだまされるのか

 

なぜ人はだまされるのでしょうか?

それは、人には思慮深いだまされにくい自分と、直感的で簡単にだまされる自分がいるからです。
 

システム1とシステム2

行動経済学では、私たちの脳が意思決定を行う際、無意識に2つのシステムを使い分けていると考えます。これがシステム1とシステム2で、

  • システム1 速い思考
  • システム2 遅い思考

とも呼ばれています。
 

システム1で判断

システム1は、これまでの経験を元に感覚的、直感的な判断です。対してシステム2は、直観に頼らないで論理的、理性的な思考に基づく判断です。

システム1は私たちが祖先から受け継いだ認知・判断システムです。私たちの祖先は常に危険な野生動物に襲われる環境で狩猟採取生活を営んできました。そこでは素早く敵や獲物を判断し行動しなければ生き延びられませんでした。

図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)

図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)

そのため私たちの祖先は、直感(本能)と経験に基づいて素早く判断するシステム1に頼って生きてきました。
 

システム2で判断

一方、今日の複雑化した社会では、様々な条件を考慮してじっくりと考えなければならない場合があります。その場合、私たちは直感に頼らず、論理的にじっくりと考えるシステム2で判断します。

しかし脳は考える時に非常に多くのエネルギーを消費します。システム2は大量のエネルギーを消費するため、私たちはできればシステム2でなく、システム1で判断しようとします。

そしてトップセールスマン、詐欺師など私たちを洗脳しようとする人たちは、システム1の特徴を巧みに生かして、私たちの判断を誘導するのです。
 

「カチ・サー」意思決定が自動的に操られる

七面鳥の母鳥はひな鳥の「ピーピー」という鳴き声に反応して、ひな鳥を世話します。ひな鳥が「ピーピー」と泣かなければ無視します。

この七面鳥の天敵は毛長イタチです。毛長イタチのぬいぐるみが近づくと母鳥はひなを守ろうと鋭い鳴き声を上げて威嚇します。

ところがこのぬいぐるみにテープレコーダーを埋め込み、ひな鳥のピーピーという鳴き声を流すと、それまで攻撃していたぬいぐるみを、ひな鳥だと思って自分の翼の下に抱き込んでしまうのです。しかしテープを止めると再び攻撃をします。

つまりひな鳥のピーピーは母鳥が母親の行動を開始する「引き金特徴」なのです。

「カチ」でシステム1が起動

ピーピーという引き金特徴が現れると、母鳥の行動のテープが再生されます。「カチ」とボタンを押すことでテープレコーダーは再生を始め、「サー」とテープが回り、あらかじめ持っている母鳥の行動パターンが再生されるのです。

図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)

図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)


 

この行動パターンのテープは私たちも持っています。それがシステム1なのです。

トップセールスマンや詐欺師は、どうすれば私たちのテープレコーダーが「カチ」と押されて、「サー」と意思決定が「自動操縦」されるのかがわかっています。

では、私たちのシステム1の行動パターンにはどのようなものがあるのでしょうか。
 

行動を支配する8つの要素

 

私たちの行動を支配するシステム1は、大きく分けて8つの要素があります。
 

① 返報性

私たちは、人から何かをもらったら、もらいっぱなしにするのはとても気持ちが悪いのです。何かお返しをしないと気が済まないのです。つまり「ギブ・アンド・テイク」です。
 

返報性の原理

例えば、お葬式の香典に対する香典返しなどです。このもらったら何かお返しをしないと気が済まない「返報性の原理」は、私たちに強力に作用します。そのため承諾誘導の手段としては極めて強力な方法です。

従って相手から何かをもらった「借り」があれば、相手から何か要求された時にたとえ不利な条件でも断ることができません。例えば、食品売り場での試食がそうです。多くの人は試食すれば店員のお薦めを断れずに商品を買います。
 

返報性の原理には逆らえない

この返報性は極めて強力に作用するため、国の命運を決める外交交渉から、日用品の販売まで実に様々な場面で使われています。例えば以下のようなものです。

  • 無料試供品の提供
  • 無料点検 (消火器や火災報知器、住宅の耐震、老朽化、給油時のエンジンルーム)
  • レストランの食後のキャンディー(チップの額が増える)

 

妥協の効果「ドア・イン・ザ・フェイス」

販売や交渉の場面で、最初に相手が受け入れられないような要求をして相手に拒否させます。次に最初の要求から譲歩して要求をすると、相手は拒否できず受け入れます。

実は最初の要求(高額な商品やサービスやとても受け入れられない内容)は、はったりなのです。狙いは、最初の条件を拒否したことで「借り」があると顧客に思わせ、次の要求を受け入れることで借りを返した気持ちにさせることです。

返報性の原理は非常に強力なため、この原理を知っていても罠にかかるのを抗うのは困難です。

そこでこういった販売に直面した場合は無料のものは受け取らないことです。日本のことわざにもあります。「タダほど高いものはない」と。

図3 ドア・イン・ザ・フェイス

図3 ドア・イン・ザ・フェイス


 

② 一貫性

自分が言ったこと、決めたことを守ろうとすることです。英語には責任を伴う約束を指すコミットメント(commitment)という言葉があります。

実は本人が意識していなくても、約束を口にした以上、約束を実行しなければ、「言ったこととやることの一貫性が保たれず」とても苦痛なのです。

システム1が一貫性を維持する

「言ったこと」を実行しようとするのはシステム1です。「言ったこと」を実行すれば、それについてこれ以上考える必要はありません。しかし実行しなければ、できなかった理由をあれこれ考え、自分を納得させなければなりません。
 

アメリカの思想家エマソンは「愚かな首尾一貫性は、偏狭な心に住む小鬼である」と言いました。

つまり「『前言を翻すのは格好悪い』といった執着にとらわれると、自由に考えられなくなる。偉大な思想家は過去の自分に縛られない」と説きました。

一貫性は「言ったこと」よりも「やったこと」に対しより強力に作用します。人は「自分がやったことは正しい」と思いたいのです。

例えば競馬場では馬券を買うと、馬券を買った馬が勝つ確率がより高く予想することが、カナダの心理学者が発見しました。「買ったからには、勝つに違いない」というわけです。

しかも言うよりも書く方が一貫性はより強く働きます。これがセールスの場面で使われます。
 

ローボールテクニック (別名 「フット・イン・ザ・ドア」)

ローボールテクニックとは、最初は相手が承諾しやすい条件を出して相手の承諾を得ます。そして徐々に相手に不利な条件を提示し、それを承諾させる手法です。条件をボールに見立て「低いボールから投げる」という意味でこう呼ばれています。

相手は最初にイエスと言うと、イエスと言ったことに対して一貫性を保とうとします。そのため条件が悪くなっても、ノーとはなかなか言いません。

例えば、店頭にあるバーゲン品が気に入って、それを買うつもりで店の中に入ったのに、店内で高額な商品を薦められて買ってしまいます。これは高額な商品という不利な条件に変わっても、最初の「買う決意を変えたくなかった」という一貫性のためです。

契約書に名前を書かせれば勝ち

アメリカでの自動車セールスのポイントは、とにかく顧客に椅子に座ってもらい、契約書に住所と名前を書かせることです。顧客は買う意思を表明しています。その後から条件を変えればいいのです。

チャルディーニ氏はある販売店にセールス訓練生のふりをして紛れ込みました。その販売店は最初に、顧客に「魅力的な他店よりも低い価格」を提示します。そして購入契約書やリース契約書に顧客がサインした後、顧客に計算上のミスがあったと伝えます。

あと400ドルが必要だと。

すでに買うつもりで契約書にサインした顧客にとって、追加の400ドルは出せない金額ではありません。その結果、価格は最初提示された魅力的な価格でなく、他店と同様の「平凡な価格」になってしまいます。

あるいは最初は下取り車にとても高い値段をつけておき、後で上司が「こんな値段では下取りできない」と言います。そして販売員は顧客に400ドル上乗せするようにお願いします。

図4 フット・イン・ザ・ドア

図4 フット・イン・ザ・ドア


 

しごき・いじめ

運動部の新入部員への厳しい練習 通称「しごき」、あるいは心理的に受け入れがたく、しかも意味のないことを強制する「いじめ」、これにはどんな意味があるのでしょうか。

実はつらく苦しいことをさせられた人ほど「こんなに苦しいのだから、それに見合ったものがあるはず」という一貫性が強く働きます。そしてチームの構成員としての忠誠心(チームワーク)が高まります。

この「しごき」は効果がある練習の必要はなく、単につらく苦しければよいのです。

未開部族社会の成人の儀礼やアメリカの高校・大学のフラタニティ(男子学生社交団体)の儀式も同様です。フラタニティへの加入儀式には、山奥に一人で置いてかれて凍死してしまった例や、砂浜に穴を掘らされ中に横たわるように命令されたところ、穴が崩れて窒息死してしまった例など、残酷な儀式による死者も起きています。
 

報酬や圧力よりも一貫性

ジョナサン・フリードマンは、7歳から9歳の男の子に、強く脅せば言うことを聞かせられることができるか実験しました。

22人の男の子の前に5つのおもちゃを与え、その中で高価な電池で動くロボットだけは

「絶対に遊んではいけない」「もし遊んだらすごく怒るからね。

と言い聞かせました。罰を受けることもにおわせました。

その後部屋にいる男の子たちを隠れて観察したところ、脅しを受けた男の子の内20人はロボットでは遊びませんでした。6週間後、今度は一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入れて観察したところ、今度は77%の男の子が禁止されたロボットのおもちゃで遊びました。

今度は、フリードマンは別の男の子たちに脅しは一切しないで

「ロボットで遊ぶのは悪いことだから

という理由を伝えてロボットで遊ばないように警告しました。

6週間後、同様に一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入った男の子たちを観察したところ、ロボットのおもちゃで遊んだ子は33%でした。

何が違ったのでしょうか?
 

1番目のグループでは「遊んではいけない」という脅しによって、責任は外から与えられました。

対して2番目のグループは「ロボットで遊ぶのは悪いこと」という警告によって、男の子たちは自分たちの責任と思ったのです。

その結果、男の子たちは遊ばないという一貫性に従って行動したのです。
 

③ 社会的証明

他人が正しいというものは正しい

私たちは判断の際に他者の行動を参考にします。そして私たちま日常は、自分で判断しなければならないものが多くあります。例えば、買い物は多くの商品を自分で判断し選ばなければなりません。

ひとつひとつの商品に対しシステム2を発動し、商品の価格、量、機能を比較して決断すればとても疲れます。そこでシステム1の出番です。「売れている商品は良い商品」とシステム1が自動的に判断します。

そこでお店は店頭で商品を山積みにして「売れている」というイメージを演出します。さらにポップに「売れています」「大人気」と書きます。他にも「繁盛しているように」偽の客であるサクラを入れたります。募金箱には最初からお金を入れておきます。

図5 みんな買っている

図5 みんな買っている


 

バンドワゴン効果

大勢が支持しているものを支持する心理的効果を指し、アメリカの経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインによって提唱されました。バンドワゴンとはパレードの先頭にいる楽隊車のことです。その後ろに行列ができることからバンドワゴン効果と名付けられました。

例として、流行に乗りたい心理、友達が持っているものと同じものを欲しがる子供の心理が挙げられます。
 

ウェルテル効果

自殺の報道に影響されて、報道の後自殺が増えることです。

ウェルテルとはゲーテの『若きウェルテルの悩み』で最後に自殺した主人公の名前です。『若きウェルテルの悩み』の出版後、これに影響された若者達が彼と同じ方法で自殺したことが起源です。日本でも1986年アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺をすると、その後30名の若者が高所から飛び降りて自殺しました。
 

割れ窓理論

軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を抑止できるとする理論です。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案しました。

「建物の窓が壊れているのを放置すれば誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」

という考え方が元になっています。

逆に社会的証明を誤って使うと

「多くの人が望ましくないことを行っている」

という誤ったメッセージを人々に発信してしまいます。
 

例えば、アメリカの化石の森の公園で、看板に「これまでに公園を訪れた多くの人が化石木を持ち出したため、化石の森の環境が変わってしまいました」と書いたところ、ネガティブな社会的証明の効果で、ますます多くの人が化石木を持ち出しました。持ち出した量は看板を立てなかったときの3倍にもなりました。

ところが別の看板に「公園から化石木を持ち出すのはやめてください。化石の森の環境を守るためです」と書いたところ、持ち出すのは減りました。
 

④ 好意

何か頼まれるとき、嫌いな人から頼まれるよりも、好きな人から頼まれる方が受け入れやすいものです。また知らない人から頼まれるよりも、知っている人から頼まれる方が受け入れやすくなります。

この好意を持っている人と知っている人は似た作用をします。そしてトップセールスマンや詐欺師はこの好意を巧みに操ります。
 

好意を持つ要因
【外見】

私たちは外見の良い人は、「才能、親切心、誠実さ、知性を兼ね備えている」と自動的に判断します。裁判でもかわいい女の子やハンサムな男性は、そうでない人に比べて刑が軽くなる傾向があります。「こんなかわいい子があんなひどいことをするわけがない」と陪審員は思います。本当はそうでなかったとしても。
 

【類似性】

人は自分と似ている点があれば好ましく思います。この似ている点は、生年月日、出身地、大学、趣味、好きな球団など多岐にわたります。

アメリカでは車のセールスマンは、顧客の下取り車を調べている間に自分と顧客の類似点を探すように訓練されます。トランクにキャンプ道具があれば、自分もキャンプが好きだといい、ゴルフボールがあれば、ゴルフの話をします。こうして優秀なセールスマンは短い間に顧客と親密な関係を築き「○○店から買った」のでなく「○○さんから買った」と顧客が感じるようにします。

リック・ファン・パーレンの研究ではウェイターが注文を客の言葉通りに繰り返すとチップが増えることが確認されました。ある調査ではそれだけでチップが70%も増えたのです。単に客の注文を繰り返すだけで、類似性が強まり親近感が生まれました。
 

【お世辞】

世界で最も偉大なセールスマンとしてギネスブックにも載っているジョー・ジラードは、1968年から15年間トップの販売記録を打ち立てました。(その後は執筆や講演を行いセールスからは引退しました。) 

彼の秘訣は、1万3千人以上の顧客に毎月挨拶状を送ったことです。挨拶状には「あなたが好きです」と印刷されていました。このカードが毎月送られると、印刷され機械的に送られたカードでも顧客はジョー・ジラードに好意を感じたのでした。

日本でも手書きのハガキを見込み客に定期的に送って成果を上げているセールスマンがいます。手書きのハガキを受け取った人は、印刷したハガキよりもより好意を感じました。
 

お世辞(称賛)についてミネソタ大学で行われた興味深い研究があります。

最も効果的な称賛は、最初はあまり良いことは言わず、徐々に高まる称賛を何気なく本人に聞かせる方法です。その結果、最初から自分に良い表価を聞かされるよりも、評価者にずっと強い好意を感じました。
 

【接触と協同】

人は何度も会っていると好意が生まれます。これは「ザイアンス効果」と呼ばれます。

この効果は会って会話するだけより、握手などの身体的接触もあった方がより効果があります。選挙で政治家が多くの人と握手をするのも、この効果を狙っているからです。
 

ザイアンス効果 (単純接触効果)

繰り返し接すると好意や印象が高まる効果で、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱しました。はじめのうちは興味がなくても何度も見たり、聞いたりするうちに好感を持つようになります。

ザイアンス効果の例として、よく会う人や、何度も聞いている音楽などがあります。この効果は、図形や、漢字、衣服、味やにおいなど様々なものにも生じます。広告もこのザイアンス効果を狙ったものです。

より親密な関係をつくる方法として、協同で何かを行う方法があります。
 

学校では、授業は教師が子供たちに教え、教師に指された子供が答えます。こういった関係では、子供同士は良い成績を取るためのライバルです。子供たち同士で協力することはないため、お互いの好意が高まることはありません。

そこでエリオット・アロンソンたちは「ジグソー教室」と呼ばれる方法を、テキサス州とカリフォルニア州で開発しました。これはチームに分かれた生徒たちが試験に向けて勉強します。その際、生徒たちは合格のために必要な情報のうち、それぞれが異なった一部の情報しか与えられません。従って生徒たちはお互いに教えあい、協力しなければ合格できません。良い成績を取るためにはチームのメンバーすべての力が必要です。

この場合、生徒は敵でなく味方同士になります。「ジグソー教室」を行った結果、人種間の友情は深まり偏見も少なくなりました。少数人種の子の自尊心は高まり、成績も向上しました。また白人の生徒の自尊心や好感度も向上し、テストの成績も従来の方法よりも良くなりました。
 

グッドコップ・バッドコップ (良い警官・悪い警官)

尋問に使用される心理学的な戦術で、良い警官役と悪い警官役の2人で行います。「悪い警官」は容疑者に対し、乱暴な言葉や侮辱的な発言、脅迫などを行い、容疑者が強い反感を持つようにします。

その後「良い警官」が容疑者へ理解を示し容疑者への共感を演出します。さらに容疑者を「悪い警官」からかばうようにします。容疑者は悪い警官への畏怖と嫌悪から良い警官を信頼し、良い警官に色々な情報を話すようになります。
 

⑤ 権威

役職、専門性、資格など様々な権威があると人はそれに盲従してしまいます。この権威には以下のようなものがあります。

  • 医師、弁護士、機長、大学教授のような職業(国家資格のあるものとないもの)、肩書
  • 社長、部長など職務上の立場
  • 白衣、スーツ、僧衣、制服(警官、パイロット)などのような服装
  • 車など装飾品「ベンツ=お金持ち」など

 

スタンレー・ミルグラムの服従実験

エール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムが「人は権威に盲従するかどうか」を実証するために行った実験です。この実験は被験者を教師役と生徒役に分け、教師役は生徒役に問題を出します。もし解答が間違っていれば教師役は生徒役に電気ショックを与えるように権威ある博士から指示されます。

図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)

図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)


 

電気ショックの強さは、間違いの数に伴い段階的に強くするように決められました。実際は、生徒役はサクラの役者で電気は流されませんでした。そして電圧が高くなるほど生徒役は痛みを大げさに訴える演技をして被験者の教師役の反応を調べました。

その結果、たまりかねて実験を中止する教師役も出ました。しかしそれでも被験者の65%が、最大電圧450ボルトまで博士に指示されるまま生徒役に加えました。

被験者は権威ある博士の指示に盲従することを示しました。この実験でミルグラムは、人はたとえ良心の呵責があっても、権威者の指図があればそれに従うことを示しました。
 

機長症候群

過去の飛行機事故では、機長の誤った判断を他のクルーが指摘できず重大な事故が起きてしまいました。そこからリーダーの誤った意見に押し切られて他のメンバーが反論できないことを指します。

上司や権威がある人、大きな成果を上げた人の判断は間違っていないと思い込むことが原因です。特にリーダーが絶対的な権力を持つ場合、機長症候群が起きやすくなります。
 

⑥ 希少性

いつでも手に入るものと比べ、今しか手に入らないものの価値は高くなります。

日本でのオリンピック(2021年東京オリンピック)、2025年の大阪の万博(55年前に行った人は別として)などは一生に一度の機会です。個人でも結婚式(その後離婚、再婚があるかもしれませんが)、自分の葬式(本人はもう見ることはできませんが)は、二度とありません。人はこういったものに大金をかけることを厭いません。

そこでセールスでは様々な方法で希少性つくります。例えば季節限定、数量限定などです。「今日まで50%OFF」であれば、顧客は50%OFFのお得を手にできるのか今日しかないと思います。例え来月また50%OFFのセールがあったとしても。

ビンテージカーの価値は、もう新車では手に入らないからです。これまで手に入っていたものでも、もう手に入らないとわかると急に価値が高くなります。
 

大失敗に終わったニューコーク

1985年コカ・コーラ社はペプシコーラに対抗するため甘みの強いニューコークを発売しました。コカ・コーラ社の失敗は、この時従来のコカ・コーラを販売中止にしたことです。その結果顧客から「昔の味を返せ」と抗議が殺到しました。そして3か月後には以前のコカ・コーラをコカ・コーラ・クラシックとして再発売する羽目になってしまいました。ところが猛烈な抗議をした人ですら、ブラインドテストでは以前のコカ・コーラとニューコークの違いは判らなかったのです。

なぜこうなったのでしょうか?
 

原因はこれまで手に入っていたものが手に入らなくなったからです。

これは個人的なコントロールの喪失に対する抵抗感「心理的リアクタンス」によるものです。この心理的リアクタンスは、コロナ禍でのトイレットペーパーの争奪や、両家の反対で燃え上がったロミオとジュリエットの愛など様々な場面で人々に影響を与えます。逆に当たり前になれば欲しくなくなります。

銃規制に揺れるアメリカで、ジョージア州のケニソーは1982年6月ケニソーに住む成人はすべて銃と弾薬を所持しなければならないという法律を制定しました。しかも違反者には200ドルの罰金を課しました。ところがこの法律に従って銃を買ったのは数人でした。みんなが持っている当たり前のものには価値が感じられなくなったのです。
 

⑦ 注目させる

私たちは日常生活で重要だと思うものには注意を向けます。その結果、システム1は逆に「注意を向けたものは重要なもの」だと判定します。

優秀なセールスマンは売り込みの前に、顧客に「重要と思って欲しいこと」に注目するように仕向けます。具体的には、質問をすることで、それまで顧客が意識していなかった「満たされなかった問題」に意識を向けさせます。例えば「○○について不満はありますか?」

これはセールスマンが顧客の不満を知るための質問ではありません。顧客に○○の不満な点に意識を向けさせるための質問です。そうすることで、これからセールスする商品の良さを顧客がより強く感じるための「プリ・スエージョン (下準備)」なのです。

講演会では、巧みな講演者は特に大事な箇所であえて小さな声で、聴衆が耳を澄ませて集中しなければ聞き取れないくらいの声で語りかけます。

集中することで聴衆はそれがとても重要なことだと思うのです。
 

ツァイガルニク効果

ドイツの心理学者クルト・レヴィンは「人は欲求によって目標指向的に行動するとき緊張感が生じ、行動は持続する。しかし目標が達成されると緊張感は解消する」と考えました。

心理学者ブリューマ・ゼイガルニクは実験を行い

「完了していない課題の記憶は、完了した課題の記憶に比べ想起されやすい」

ことを示しました。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。

テレビ番組ではクイズの答えやドラマのクライマックスの前に「続きはCMの後で」とCMを挟むのは、CMに入ると視聴者を離れるのを防ぐためです。授業でも最初に「なぜ○○なのか?その理由は後で説明します」と言い、その答えを授業の最後に言えば、生徒は最後まで集中して聞きます。

期限内に必ず原稿が完成する著者がいました。その秘訣は、原稿を書くときに「必ず章や節の途中で終わること」でした。これを応用すれば、重要な仕事を遅れないようにするために「前もって少し手をつけておく」という方法があります。ツァイガルニク効果により、いつも気に留めるため、忘れなくなります。
 

⑧ コントラスト

「最初に見たもの」と「次に見たもの」の違い、このコントラストにより商品や提案が魅力的なものに見えます。ある不動産会社は新しい顧客を連れて家を見て回る時、最初に必ずひどい物件を見せます。これは売るためでなく見せるための物件です。そうするとその後見て回る家がどれも魅力的な物件に感じられます。

逆に最初に価値の高い高額な商品を買うと、次に金額の低い商品を見ても金額の違いに気を留めなくなります。洋服店では、顧客が最初に高い商品を買うように店員に指導します。最初に数万円のスーツを買えば、一緒に買うシャツやベルトの金額は大した金額に感じなくなるからです。

つまり最初に顧客に提示される条件は、その後の意思決定の重要な基準になるのです。これを使って顧客を誘導する方法があります。
 

アンカリング

認知バイアスの一種で、最初に示される値や条件(アンカー)によってその後の判断が歪められることです。その結果、判断は最初に示される値や条件に近づきます。

例えば「国連加盟国のうちアフリカの国の割合はいくらか」と質問します。その時、質問の前に「65%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値は45%になりました。しかし「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値25%と大きく変わりました。

このアンカリングの効果は、日常の様々な判断に影響します。ある店舗では、これまでの商品の陳列に、それよりも高額な商品を1点追加しました。それだけで今までの商品がたくさん売れるようになりました。高額な商品が加わったことで、今までの商品がお値打ちに見えるようになったのです。
 

採用など様々な場面で行われる面接、最初に面接を受ける場合と後で面接を受ける場合のどちらが有利でしょうか。

最初に受けた方が、まだ面接官の評価基準が定まっていないので評価が甘くなるという説があります。

実際に実験したところ、後に面接を受けた方が有利になるという結果が出ました。これは最初の方の面接者の印象が面接を重ねるに従って薄れていくのに対し、後の方が強い印象を残せるからです。

図7 面接のテクニックは…

図7 面接のテクニックは…


 

では、これを自社のビジネスや教育に(良い意味で)どのように活用できるのでしょうか。これについては別の機会にお伝えします。

参考文献

「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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