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行動を支配する8つの要素その1 ~心理学・行動経済学から学ぶ人を動かす方法~

日常の買い物から経営の意思決定まで、私たちは日常様々な場面で自ら考えて判断をします。しかし冷静に考えて正しい判断をしたはずなのに後から考えるとそう思えないことがあります。

「なぜこれを買ったのだろうか」

そこには第三者の承認への誘導が働いているのです。
 

この承諾誘導は様々なセールスのテクニックとして紹介されています。そして人が承諾誘導に反応してしまうのは、脳が無意識に決定してしまうからです。

逆にこのメカニズムをうまく使えば社員教育やスキルアップに活用できます。社員が積極的に困難な課題に取り組んだり、自らスキルアップに取り組むようにできるのです。

そこで今回は私たちの行動を支配する8つの要素と、社員育成への活用について考えます。
 

なぜ人はだまされるのか

 

なぜ人はだまされるのでしょうか?

それは、人には思慮深いだまされにくい自分と、直感的で簡単にだまされる自分がいるからです。
 

システム1とシステム2

行動経済学では、私たちの脳が意思決定を行う際、無意識に2つのシステムを使い分けていると考えます。これがシステム1とシステム2で、

  • システム1 速い思考
  • システム2 遅い思考

とも呼ばれています。
 

システム1で判断

システム1は、これまでの経験を元に感覚的、直感的な判断です。対してシステム2は、直観に頼らないで論理的、理性的な思考に基づく判断です。

システム1は私たちが祖先から受け継いだ認知・判断システムです。私たちの祖先は常に危険な野生動物に襲われる環境で狩猟採取生活を営んできました。そこでは素早く敵や獲物を判断し行動しなければ生き延びられませんでした。

図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)

図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)

そのため私たちの祖先は、直感(本能)と経験に基づいて素早く判断するシステム1に頼って生きてきました。
 

システム2で判断

一方、今日の複雑化した社会では、様々な条件を考慮してじっくりと考えなければならない場合があります。その場合、私たちは直感に頼らず、論理的にじっくりと考えるシステム2で判断します。

しかし脳は考える時に非常に多くのエネルギーを消費します。システム2は大量のエネルギーを消費するため、私たちはできればシステム2でなく、システム1で判断しようとします。

そしてトップセールスマン、詐欺師など私たちを洗脳しようとする人たちは、システム1の特徴を巧みに生かして、私たちの判断を誘導するのです。
 

「カチ・サー」意思決定が自動的に操られる

七面鳥の母鳥はひな鳥の「ピーピー」という鳴き声に反応して、ひな鳥を世話します。ひな鳥が「ピーピー」と泣かなければ無視します。

この七面鳥の天敵は毛長イタチです。毛長イタチのぬいぐるみが近づくと母鳥はひなを守ろうと鋭い鳴き声を上げて威嚇します。

ところがこのぬいぐるみにテープレコーダーを埋め込み、ひな鳥のピーピーという鳴き声を流すと、それまで攻撃していたぬいぐるみを、ひな鳥だと思って自分の翼の下に抱き込んでしまうのです。しかしテープを止めると再び攻撃をします。

つまりひな鳥のピーピーは母鳥が母親の行動を開始する「引き金特徴」なのです。

「カチ」でシステム1が起動

ピーピーという引き金特徴が現れると、母鳥の行動のテープが再生されます。「カチ」とボタンを押すことでテープレコーダーは再生を始め、「サー」とテープが回り、あらかじめ持っている母鳥の行動パターンが再生されるのです。

図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)

図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)


 

この行動パターンのテープは私たちも持っています。それがシステム1なのです。

トップセールスマンや詐欺師は、どうすれば私たちのテープレコーダーが「カチ」と押されて、「サー」と意思決定が「自動操縦」されるのかがわかっています。

では、私たちのシステム1の行動パターンにはどのようなものがあるのでしょうか。
 

行動を支配する8つの要素

 

私たちの行動を支配するシステム1は、大きく分けて8つの要素があります。
 

① 返報性

私たちは、人から何かをもらったら、もらいっぱなしにするのはとても気持ちが悪いのです。何かお返しをしないと気が済まないのです。つまり「ギブ・アンド・テイク」です。
 

返報性の原理

例えば、お葬式の香典に対する香典返しなどです。このもらったら何かお返しをしないと気が済まない「返報性の原理」は、私たちに強力に作用します。そのため承諾誘導の手段としては極めて強力な方法です。

従って相手から何かをもらった「借り」があれば、相手から何か要求された時にたとえ不利な条件でも断ることができません。例えば、食品売り場での試食がそうです。多くの人は試食すれば店員のお薦めを断れずに商品を買います。
 

返報性の原理には逆らえない

この返報性は極めて強力に作用するため、国の命運を決める外交交渉から、日用品の販売まで実に様々な場面で使われています。例えば以下のようなものです。

  • 無料試供品の提供
  • 無料点検 (消火器や火災報知器、住宅の耐震、老朽化、給油時のエンジンルーム)
  • レストランの食後のキャンディー(チップの額が増える)

 

妥協の効果「ドア・イン・ザ・フェイス」

販売や交渉の場面で、最初に相手が受け入れられないような要求をして相手に拒否させます。次に最初の要求から譲歩して要求をすると、相手は拒否できず受け入れます。

実は最初の要求(高額な商品やサービスやとても受け入れられない内容)は、はったりなのです。狙いは、最初の条件を拒否したことで「借り」があると顧客に思わせ、次の要求を受け入れることで借りを返した気持ちにさせることです。

返報性の原理は非常に強力なため、この原理を知っていても罠にかかるのを抗うのは困難です。

そこでこういった販売に直面した場合は無料のものは受け取らないことです。日本のことわざにもあります。「タダほど高いものはない」と。

図3 ドア・イン・ザ・フェイス

図3 ドア・イン・ザ・フェイス


 

② 一貫性

自分が言ったこと、決めたことを守ろうとすることです。英語には責任を伴う約束を指すコミットメント(commitment)という言葉があります。

実は本人が意識していなくても、約束を口にした以上、約束を実行しなければ、「言ったこととやることの一貫性が保たれず」とても苦痛なのです。

システム1が一貫性を維持する

「言ったこと」を実行しようとするのはシステム1です。「言ったこと」を実行すれば、それについてこれ以上考える必要はありません。しかし実行しなければ、できなかった理由をあれこれ考え、自分を納得させなければなりません。
 

アメリカの思想家エマソンは「愚かな首尾一貫性は、偏狭な心に住む小鬼である」と言いました。

つまり「『前言を翻すのは格好悪い』といった執着にとらわれると、自由に考えられなくなる。偉大な思想家は過去の自分に縛られない」と説きました。

一貫性は「言ったこと」よりも「やったこと」に対しより強力に作用します。人は「自分がやったことは正しい」と思いたいのです。

例えば競馬場では馬券を買うと、馬券を買った馬が勝つ確率がより高く予想することが、カナダの心理学者が発見しました。「買ったからには、勝つに違いない」というわけです。

しかも言うよりも書く方が一貫性はより強く働きます。これがセールスの場面で使われます。
 

ローボールテクニック (別名 「フット・イン・ザ・ドア」)

ローボールテクニックとは、最初は相手が承諾しやすい条件を出して相手の承諾を得ます。そして徐々に相手に不利な条件を提示し、それを承諾させる手法です。条件をボールに見立て「低いボールから投げる」という意味でこう呼ばれています。

相手は最初にイエスと言うと、イエスと言ったことに対して一貫性を保とうとします。そのため条件が悪くなっても、ノーとはなかなか言いません。

例えば、店頭にあるバーゲン品が気に入って、それを買うつもりで店の中に入ったのに、店内で高額な商品を薦められて買ってしまいます。これは高額な商品という不利な条件に変わっても、最初の「買う決意を変えたくなかった」という一貫性のためです。

契約書に名前を書かせれば勝ち

アメリカでの自動車セールスのポイントは、とにかく顧客に椅子に座ってもらい、契約書に住所と名前を書かせることです。顧客は買う意思を表明しています。その後から条件を変えればいいのです。

チャルディーニ氏はある販売店にセールス訓練生のふりをして紛れ込みました。その販売店は最初に、顧客に「魅力的な他店よりも低い価格」を提示します。そして購入契約書やリース契約書に顧客がサインした後、顧客に計算上のミスがあったと伝えます。

あと400ドルが必要だと。

すでに買うつもりで契約書にサインした顧客にとって、追加の400ドルは出せない金額ではありません。その結果、価格は最初提示された魅力的な価格でなく、他店と同様の「平凡な価格」になってしまいます。

あるいは最初は下取り車にとても高い値段をつけておき、後で上司が「こんな値段では下取りできない」と言います。そして販売員は顧客に400ドル上乗せするようにお願いします。

図4 フット・イン・ザ・ドア

図4 フット・イン・ザ・ドア


 

しごき・いじめ

運動部の新入部員への厳しい練習 通称「しごき」、あるいは心理的に受け入れがたく、しかも意味のないことを強制する「いじめ」、これにはどんな意味があるのでしょうか。

実はつらく苦しいことをさせられた人ほど「こんなに苦しいのだから、それに見合ったものがあるはず」という一貫性が強く働きます。そしてチームの構成員としての忠誠心(チームワーク)が高まります。

この「しごき」は効果がある練習の必要はなく、単につらく苦しければよいのです。

未開部族社会の成人の儀礼やアメリカの高校・大学のフラタニティ(男子学生社交団体)の儀式も同様です。フラタニティへの加入儀式には、山奥に一人で置いてかれて凍死してしまった例や、砂浜に穴を掘らされ中に横たわるように命令されたところ、穴が崩れて窒息死してしまった例など、残酷な儀式による死者も起きています。
 

報酬や圧力よりも一貫性

ジョナサン・フリードマンは、7歳から9歳の男の子に、強く脅せば言うことを聞かせられることができるか実験しました。

22人の男の子の前に5つのおもちゃを与え、その中で高価な電池で動くロボットだけは

「絶対に遊んではいけない」「もし遊んだらすごく怒るからね。

と言い聞かせました。罰を受けることもにおわせました。

その後部屋にいる男の子たちを隠れて観察したところ、脅しを受けた男の子の内20人はロボットでは遊びませんでした。6週間後、今度は一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入れて観察したところ、今度は77%の男の子が禁止されたロボットのおもちゃで遊びました。

今度は、フリードマンは別の男の子たちに脅しは一切しないで

「ロボットで遊ぶのは悪いことだから

という理由を伝えてロボットで遊ばないように警告しました。

6週間後、同様に一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入った男の子たちを観察したところ、ロボットのおもちゃで遊んだ子は33%でした。

何が違ったのでしょうか?
 

1番目のグループでは「遊んではいけない」という脅しによって、責任は外から与えられました。

対して2番目のグループは「ロボットで遊ぶのは悪いこと」という警告によって、男の子たちは自分たちの責任と思ったのです。

その結果、男の子たちは遊ばないという一貫性に従って行動したのです。
 

③ 社会的証明

他人が正しいというものは正しい

私たちは判断の際に他者の行動を参考にします。そして私たちま日常は、自分で判断しなければならないものが多くあります。例えば、買い物は多くの商品を自分で判断し選ばなければなりません。

ひとつひとつの商品に対しシステム2を発動し、商品の価格、量、機能を比較して決断すればとても疲れます。そこでシステム1の出番です。「売れている商品は良い商品」とシステム1が自動的に判断します。

そこでお店は店頭で商品を山積みにして「売れている」というイメージを演出します。さらにポップに「売れています」「大人気」と書きます。他にも「繁盛しているように」偽の客であるサクラを入れたります。募金箱には最初からお金を入れておきます。

図5 みんな買っている

図5 みんな買っている


 

バンドワゴン効果

大勢が支持しているものを支持する心理的効果を指し、アメリカの経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインによって提唱されました。バンドワゴンとはパレードの先頭にいる楽隊車のことです。その後ろに行列ができることからバンドワゴン効果と名付けられました。

例として、流行に乗りたい心理、友達が持っているものと同じものを欲しがる子供の心理が挙げられます。
 

ウェルテル効果

自殺の報道に影響されて、報道の後自殺が増えることです。

ウェルテルとはゲーテの『若きウェルテルの悩み』で最後に自殺した主人公の名前です。『若きウェルテルの悩み』の出版後、これに影響された若者達が彼と同じ方法で自殺したことが起源です。日本でも1986年アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺をすると、その後30名の若者が高所から飛び降りて自殺しました。
 

割れ窓理論

軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を抑止できるとする理論です。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案しました。

「建物の窓が壊れているのを放置すれば誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」

という考え方が元になっています。

逆に社会的証明を誤って使うと

「多くの人が望ましくないことを行っている」

という誤ったメッセージを人々に発信してしまいます。
 

例えば、アメリカの化石の森の公園で、看板に「これまでに公園を訪れた多くの人が化石木を持ち出したため、化石の森の環境が変わってしまいました」と書いたところ、ネガティブな社会的証明の効果で、ますます多くの人が化石木を持ち出しました。持ち出した量は看板を立てなかったときの3倍にもなりました。

ところが別の看板に「公園から化石木を持ち出すのはやめてください。化石の森の環境を守るためです」と書いたところ、持ち出すのは減りました。
 

④ 好意

何か頼まれるとき、嫌いな人から頼まれるよりも、好きな人から頼まれる方が受け入れやすいものです。また知らない人から頼まれるよりも、知っている人から頼まれる方が受け入れやすくなります。

この好意を持っている人と知っている人は似た作用をします。そしてトップセールスマンや詐欺師はこの好意を巧みに操ります。
 

好意を持つ要因
【外見】

私たちは外見の良い人は、「才能、親切心、誠実さ、知性を兼ね備えている」と自動的に判断します。裁判でもかわいい女の子やハンサムな男性は、そうでない人に比べて刑が軽くなる傾向があります。「こんなかわいい子があんなひどいことをするわけがない」と陪審員は思います。本当はそうでなかったとしても。
 

【類似性】

人は自分と似ている点があれば好ましく思います。この似ている点は、生年月日、出身地、大学、趣味、好きな球団など多岐にわたります。

アメリカでは車のセールスマンは、顧客の下取り車を調べている間に自分と顧客の類似点を探すように訓練されます。トランクにキャンプ道具があれば、自分もキャンプが好きだといい、ゴルフボールがあれば、ゴルフの話をします。こうして優秀なセールスマンは短い間に顧客と親密な関係を築き「○○店から買った」のでなく「○○さんから買った」と顧客が感じるようにします。

リック・ファン・パーレンの研究ではウェイターが注文を客の言葉通りに繰り返すとチップが増えることが確認されました。ある調査ではそれだけでチップが70%も増えたのです。単に客の注文を繰り返すだけで、類似性が強まり親近感が生まれました。
 

【お世辞】

世界で最も偉大なセールスマンとしてギネスブックにも載っているジョー・ジラードは、1968年から15年間トップの販売記録を打ち立てました。(その後は執筆や講演を行いセールスからは引退しました。) 

彼の秘訣は、1万3千人以上の顧客に毎月挨拶状を送ったことです。挨拶状には「あなたが好きです」と印刷されていました。このカードが毎月送られると、印刷され機械的に送られたカードでも顧客はジョー・ジラードに好意を感じたのでした。

日本でも手書きのハガキを見込み客に定期的に送って成果を上げているセールスマンがいます。手書きのハガキを受け取った人は、印刷したハガキよりもより好意を感じました。
 

お世辞(称賛)についてミネソタ大学で行われた興味深い研究があります。

最も効果的な称賛は、最初はあまり良いことは言わず、徐々に高まる称賛を何気なく本人に聞かせる方法です。その結果、最初から自分に良い表価を聞かされるよりも、評価者にずっと強い好意を感じました。
 

【接触と協同】

人は何度も会っていると好意が生まれます。これは「ザイアンス効果」と呼ばれます。

この効果は会って会話するだけより、握手などの身体的接触もあった方がより効果があります。選挙で政治家が多くの人と握手をするのも、この効果を狙っているからです。
 

ザイアンス効果 (単純接触効果)

繰り返し接すると好意や印象が高まる効果で、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱しました。はじめのうちは興味がなくても何度も見たり、聞いたりするうちに好感を持つようになります。

ザイアンス効果の例として、よく会う人や、何度も聞いている音楽などがあります。この効果は、図形や、漢字、衣服、味やにおいなど様々なものにも生じます。広告もこのザイアンス効果を狙ったものです。

より親密な関係をつくる方法として、協同で何かを行う方法があります。
 

学校では、授業は教師が子供たちに教え、教師に指された子供が答えます。こういった関係では、子供同士は良い成績を取るためのライバルです。子供たち同士で協力することはないため、お互いの好意が高まることはありません。

そこでエリオット・アロンソンたちは「ジグソー教室」と呼ばれる方法を、テキサス州とカリフォルニア州で開発しました。これはチームに分かれた生徒たちが試験に向けて勉強します。その際、生徒たちは合格のために必要な情報のうち、それぞれが異なった一部の情報しか与えられません。従って生徒たちはお互いに教えあい、協力しなければ合格できません。良い成績を取るためにはチームのメンバーすべての力が必要です。

この場合、生徒は敵でなく味方同士になります。「ジグソー教室」を行った結果、人種間の友情は深まり偏見も少なくなりました。少数人種の子の自尊心は高まり、成績も向上しました。また白人の生徒の自尊心や好感度も向上し、テストの成績も従来の方法よりも良くなりました。
 

グッドコップ・バッドコップ (良い警官・悪い警官)

尋問に使用される心理学的な戦術で、良い警官役と悪い警官役の2人で行います。「悪い警官」は容疑者に対し、乱暴な言葉や侮辱的な発言、脅迫などを行い、容疑者が強い反感を持つようにします。

その後「良い警官」が容疑者へ理解を示し容疑者への共感を演出します。さらに容疑者を「悪い警官」からかばうようにします。容疑者は悪い警官への畏怖と嫌悪から良い警官を信頼し、良い警官に色々な情報を話すようになります。
 

⑤ 権威

役職、専門性、資格など様々な権威があると人はそれに盲従してしまいます。この権威には以下のようなものがあります。

  • 医師、弁護士、機長、大学教授のような職業(国家資格のあるものとないもの)、肩書
  • 社長、部長など職務上の立場
  • 白衣、スーツ、僧衣、制服(警官、パイロット)などのような服装
  • 車など装飾品「ベンツ=お金持ち」など

 

スタンレー・ミルグラムの服従実験

エール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムが「人は権威に盲従するかどうか」を実証するために行った実験です。この実験は被験者を教師役と生徒役に分け、教師役は生徒役に問題を出します。もし解答が間違っていれば教師役は生徒役に電気ショックを与えるように権威ある博士から指示されます。

図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)

図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)


 

電気ショックの強さは、間違いの数に伴い段階的に強くするように決められました。実際は、生徒役はサクラの役者で電気は流されませんでした。そして電圧が高くなるほど生徒役は痛みを大げさに訴える演技をして被験者の教師役の反応を調べました。

その結果、たまりかねて実験を中止する教師役も出ました。しかしそれでも被験者の65%が、最大電圧450ボルトまで博士に指示されるまま生徒役に加えました。

被験者は権威ある博士の指示に盲従することを示しました。この実験でミルグラムは、人はたとえ良心の呵責があっても、権威者の指図があればそれに従うことを示しました。
 

機長症候群

過去の飛行機事故では、機長の誤った判断を他のクルーが指摘できず重大な事故が起きてしまいました。そこからリーダーの誤った意見に押し切られて他のメンバーが反論できないことを指します。

上司や権威がある人、大きな成果を上げた人の判断は間違っていないと思い込むことが原因です。特にリーダーが絶対的な権力を持つ場合、機長症候群が起きやすくなります。
 

⑥ 希少性

いつでも手に入るものと比べ、今しか手に入らないものの価値は高くなります。

日本でのオリンピック(2021年東京オリンピック)、2025年の大阪の万博(55年前に行った人は別として)などは一生に一度の機会です。個人でも結婚式(その後離婚、再婚があるかもしれませんが)、自分の葬式(本人はもう見ることはできませんが)は、二度とありません。人はこういったものに大金をかけることを厭いません。

そこでセールスでは様々な方法で希少性つくります。例えば季節限定、数量限定などです。「今日まで50%OFF」であれば、顧客は50%OFFのお得を手にできるのか今日しかないと思います。例え来月また50%OFFのセールがあったとしても。

ビンテージカーの価値は、もう新車では手に入らないからです。これまで手に入っていたものでも、もう手に入らないとわかると急に価値が高くなります。
 

大失敗に終わったニューコーク

1985年コカ・コーラ社はペプシコーラに対抗するため甘みの強いニューコークを発売しました。コカ・コーラ社の失敗は、この時従来のコカ・コーラを販売中止にしたことです。その結果顧客から「昔の味を返せ」と抗議が殺到しました。そして3か月後には以前のコカ・コーラをコカ・コーラ・クラシックとして再発売する羽目になってしまいました。ところが猛烈な抗議をした人ですら、ブラインドテストでは以前のコカ・コーラとニューコークの違いは判らなかったのです。

なぜこうなったのでしょうか?
 

原因はこれまで手に入っていたものが手に入らなくなったからです。

これは個人的なコントロールの喪失に対する抵抗感「心理的リアクタンス」によるものです。この心理的リアクタンスは、コロナ禍でのトイレットペーパーの争奪や、両家の反対で燃え上がったロミオとジュリエットの愛など様々な場面で人々に影響を与えます。逆に当たり前になれば欲しくなくなります。

銃規制に揺れるアメリカで、ジョージア州のケニソーは1982年6月ケニソーに住む成人はすべて銃と弾薬を所持しなければならないという法律を制定しました。しかも違反者には200ドルの罰金を課しました。ところがこの法律に従って銃を買ったのは数人でした。みんなが持っている当たり前のものには価値が感じられなくなったのです。
 

⑦ 注目させる

私たちは日常生活で重要だと思うものには注意を向けます。その結果、システム1は逆に「注意を向けたものは重要なもの」だと判定します。

優秀なセールスマンは売り込みの前に、顧客に「重要と思って欲しいこと」に注目するように仕向けます。具体的には、質問をすることで、それまで顧客が意識していなかった「満たされなかった問題」に意識を向けさせます。例えば「○○について不満はありますか?」

これはセールスマンが顧客の不満を知るための質問ではありません。顧客に○○の不満な点に意識を向けさせるための質問です。そうすることで、これからセールスする商品の良さを顧客がより強く感じるための「プリ・スエージョン (下準備)」なのです。

講演会では、巧みな講演者は特に大事な箇所であえて小さな声で、聴衆が耳を澄ませて集中しなければ聞き取れないくらいの声で語りかけます。

集中することで聴衆はそれがとても重要なことだと思うのです。
 

ツァイガルニク効果

ドイツの心理学者クルト・レヴィンは「人は欲求によって目標指向的に行動するとき緊張感が生じ、行動は持続する。しかし目標が達成されると緊張感は解消する」と考えました。

心理学者ブリューマ・ゼイガルニクは実験を行い

「完了していない課題の記憶は、完了した課題の記憶に比べ想起されやすい」

ことを示しました。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。

テレビ番組ではクイズの答えやドラマのクライマックスの前に「続きはCMの後で」とCMを挟むのは、CMに入ると視聴者を離れるのを防ぐためです。授業でも最初に「なぜ○○なのか?その理由は後で説明します」と言い、その答えを授業の最後に言えば、生徒は最後まで集中して聞きます。

期限内に必ず原稿が完成する著者がいました。その秘訣は、原稿を書くときに「必ず章や節の途中で終わること」でした。これを応用すれば、重要な仕事を遅れないようにするために「前もって少し手をつけておく」という方法があります。ツァイガルニク効果により、いつも気に留めるため、忘れなくなります。
 

⑧ コントラスト

「最初に見たもの」と「次に見たもの」の違い、このコントラストにより商品や提案が魅力的なものに見えます。ある不動産会社は新しい顧客を連れて家を見て回る時、最初に必ずひどい物件を見せます。これは売るためでなく見せるための物件です。そうするとその後見て回る家がどれも魅力的な物件に感じられます。

逆に最初に価値の高い高額な商品を買うと、次に金額の低い商品を見ても金額の違いに気を留めなくなります。洋服店では、顧客が最初に高い商品を買うように店員に指導します。最初に数万円のスーツを買えば、一緒に買うシャツやベルトの金額は大した金額に感じなくなるからです。

つまり最初に顧客に提示される条件は、その後の意思決定の重要な基準になるのです。これを使って顧客を誘導する方法があります。
 

アンカリング

認知バイアスの一種で、最初に示される値や条件(アンカー)によってその後の判断が歪められることです。その結果、判断は最初に示される値や条件に近づきます。

例えば「国連加盟国のうちアフリカの国の割合はいくらか」と質問します。その時、質問の前に「65%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値は45%になりました。しかし「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値25%と大きく変わりました。

このアンカリングの効果は、日常の様々な判断に影響します。ある店舗では、これまでの商品の陳列に、それよりも高額な商品を1点追加しました。それだけで今までの商品がたくさん売れるようになりました。高額な商品が加わったことで、今までの商品がお値打ちに見えるようになったのです。
 

採用など様々な場面で行われる面接、最初に面接を受ける場合と後で面接を受ける場合のどちらが有利でしょうか。

最初に受けた方が、まだ面接官の評価基準が定まっていないので評価が甘くなるという説があります。

実際に実験したところ、後に面接を受けた方が有利になるという結果が出ました。これは最初の方の面接者の印象が面接を重ねるに従って薄れていくのに対し、後の方が強い印象を残せるからです。

図7 面接のテクニックは…

図7 面接のテクニックは…


 

では、これを自社のビジネスや教育に(良い意味で)どのように活用できるのでしょうか。これについては別の機会にお伝えします。

参考文献

「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その2~欧米型の組織論と共同体文化の衝突~

「企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1」~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ で、組織の種類と特徴について述べました。

ところがこの組織と、古来からの日本の共同体文化は相反するものがあります。これが日本の組織の問題の根源です。

それはどのようなものでしょうか?

山本七平氏の「指導者の条件」を参考に、組織論と日本の共同体文化の衝突について述べます。
 

組織文化と日本人の共同体文化

価値観

企業は「何らかの事業目的のために集まって活動する集団」です。

そして事業の目的、目的の遂行に必要な価値観やビジョン、そして行動原則が大抵の企業にはあります。

こういった概念は経営理念、社是、ミッション、基本となる価値観、行動原則などに明文化されます。

図1 事業目的遂行のための価値観

図1 事業目的遂行のための価値観


 

非公式組織

一方組織には階層構造の公式なメンバーのつながりだけでなく、メンバー相互の非公式なつながり (社会的ネットワーク)もあります。この社会的ネットワークは、組織以外の活動によって自然発生的に生まれ、この社会的ネットワークによって組織のメンバーの行動が変わります。

図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク

図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク


 

【結束型ネットワーク】

例えば図2 グループAは、リーダーとメンバー相互に親密な関係が構築され、高い信頼が生まれています。こうしたネットワークの密度が高い状態は、メンバー間の親密さが高まり、情報の共有や互いの協力が得られやすくなっています。

一方グループ内のつながりが強すぎて外部に対して閉鎖的になったり、見方や考え方が偏るリスクがあります。

一方グループBは、メンバー相互の関係が希薄で集団としてのまとまりを欠きます。知識の共有や互いの協力が得られにくい状態です。

グループCは、一部のメンバー間のつながりが強くなっています。集団としてのまとまりを欠く一方、つながりの強いメンバー同士がリーダーに従わず独自に行動するリスクがあります。
 

【橋渡し型ネットワーク】

結束型ネットワークに対し、公式的なつながりのないメンバー同士が非公式なつながりを持つのが橋渡し型ネットワークです。

例えば趣味の活動や社内のプロジェクト活動などの行事を通じて非公式な関係が構築されます。そして組織の枠を超えて情報が伝達されます。結束型ネットワークの強いつながりに比べて、弱いつながりですが公式なルートでは得られない情報が手に入ります。そのため、他の部門の活動を自部門に取り入れるなど思わぬ効果を生むことがあります。

図3 橋渡し型ネットワーク

図3 橋渡し型ネットワーク


 

伝統的共同体

日本の組織のルーツは、農村社会の共同体です。

山本氏によれば、日本の農村社会、その後の荘園制度や武士団などの集団は、純粋な血縁集団や地縁社会ではありませんでした。擬制の血縁原則であり、機能集団でした。そのため、例え地位があっても共同体の中での役割を果たさず機能していない人は特権が認められませんでした。

例えば鎌倉時代 北条氏の百箇条の家訓に荘園内部の経営原則が記されています。そこには「自分の父親と同年代のものはすべて父親と同様に敬い、自分と同年代のものはすべて兄弟として扱う」と記されています。共同体の中で擬制の血縁集団を構成し、それを秩序原則としたのです。

この共同体は、階級がなく各人の能力に応じて地位が上下する機能集団でした。日本の共同体は、この機能原則の集団のため、

「共同体の中である役割を果たしているという精神的な満足がないと日本人は働かない。

つまり純粋な経済原則だけでは働かない」と山本氏は指摘します。
 

そして戦後、農村共同体が崩壊した際、農村共同体に代わって企業が共同体の役割を果たしました。近代にはどの国も農村共同体が崩壊し、農村共同体が雇用契約に置き換わり契約社会へと発展しました。

ところが日本は、契約社会が発展する前に企業が農村共同体に置き換わったという世界でも珍しい例でした。

それが可能だったのは、日本社会が元来地縁社会や血縁社会でなく、機能原則しかない社会だったからです。機能原則しかない社会なので下の者が上に者に反抗する下克上が起きるのです。

このような経緯から日本においては、会社は構成員が所属する社会であり共同体です。従って雇用は必然的に終身雇用になります。そして解雇は共同体からの退出すなわち「勘当」です。定年や出向を含めて退職すれば社員は大きなショックを受けます。この点で解雇が「雇用契約の解除」を意味する欧米と根本的に異なります。
 

世間

伝統的な農村社会では、共同体は擬制の血縁集団であり疑似的な家族でした。共同体の中では価値観は共有され、互いの信頼関係が保たれていました。これが日本人の考える「世間」です。
 

日本人はこの

世間を意識する時、相手への思いやりや礼儀をわきまえます。

対して他の共同体は世間の外です。

かつて他の農村社会とは、水利権を主張して激しく争い、戦いになることもありました。この世間の外に対し、日本人は概してわがままで冷酷です。アジアからの実習生に対し、労働法規を無視して過酷な仕事をさせていた経営者がいました。彼にとって実習生はよそ者であり、世間の外だったのです。
 

やり過ごし

官僚制の元、指示命令は一元化され、上司の指示は部下によって確実に実行されます。

ところが現実の組織では、上司の指示がすべて確実に実行されているわけではありません。上司の指示を部下が放置する「やり過ごし」が起きています。

東京大学教授 高橋伸夫氏は、このやり過ごしをゴミ箱モデルで説明しました。ゴミ箱は組織に問題が投げ込まれる場です。例えば定例会議などです。このゴミ箱に問題が入った時

  • 参加者のエネルギーが十分あれば参加者は問題解決に取り組む
  • 参加者が集まっていないときに問題が投げ込まれれば、問題は見過される
  • 問題に対して参加者のエネルギーが不十分な時、問題は無視される (やり過ごす)

往々にして企業の開発部門や、個人ても能力がある社員には、処理能力を超える業務が入ってきます。全部は対処できません。そこで上記の原則に従って、組織やメンバーは問題をやり過ごして対処します。
 

日本型共同体組織の欠点

日本の組織は、擬制の血縁集団がベースになっています。そのため意思決定は全員一致が原則です。かつて農村社会や武家社会では、リーダーが指示してもメンバーの合意がなければ指示は実行されませんでした。

こういった組織を山本氏は「一揆」と呼びました。一揆ではメンバーの利害が最も重要です。かつて一向一揆では、領民である寺社の僧侶が領主の守護を追い払い、何十年も僧侶が自治を行いました。実は戦国大名も一揆連合で、ピラミッド組織ではありませんでした。リーダーの大名が命令しても、メンバーの家臣が談合し、時には主君の大名の命令をはねつけることもあったのです。

現在の日本企業もこの一揆の構造です。何かを意思決定する場合、管理職を中心にとことん議論し全員の同意を取りつけます。同意を得るまでに時間はかかりますが、同意が得られれば全員が協力してスピーディに実行されます。一方全員が同意して決めたことなので、

決定は誰の責任でもありません。

強いていえば責任は全員に分散されます。
 

こういった一揆に基づく集団主義の特徴は
各集団が我先に自己主張をするため、

攻撃する状況では大きな成果が出ます。

かつの電卓戦争では次々に新しい技術が生まれ各社競って新製品を開発しました。そのような状況では、目的は明確で各社とも一致団結して新製品を短期間に矢継ぎ早に市場に投入しました。

ところが形成が悪くなって撤退しなければならなくなると、

こういった集団は

撤退が苦手です。

軍隊の場合、撤退する際は少数の部隊を殿(しんがり)としておいて起き、殿が戦っている間に主力が撤退します。ところがこういった「一揆」集団は「自分たちだけがワリを食うのは嫌だ」と誰も殿をやろうとしません。

企業においても早く不採算部門を閉鎖すれば損失を抑えることができるのに、閉鎖が決定できず、ずるずると損失を出してしまいます。あげくに倒産することすらあります。
 

リーダーシップと共同体文化

 
集団を統率するリーダーによって、集団は変わります。このリーダーの姿勢「リーダーシップ」は経営組織論の中で述べられています。一方日本の集団の場合、リーダーシップも日本独自のものになっています。

それはどのようなものでしょうか?

まずは経営組織論のリーダーシップについて以下に述べます。

リーダーシップとは?

リーダーシップとは、指導者としての能力・力量・統率力を指します。これは

「自己の理念や価値観に基づいて、魅力ある目標を設定し、またその実現体制を構築し、人々の意欲を高め成長させながら、課題や障害を解決する行動」

と定義されます。

リーダーシップの中でリーダーの資質や人格は古くから注目されました。リーダーが先天的に持つ資質や才能は、リーダーシップの質に影響します。

これに対し経営ではマネジメントという言葉もあります。ではリーダーシップとマネジメントはどのように違うのでしょうか。

リーダーシップとマネジメントの違いを表1に示します。

表1 リーダーシップとマネジメントの違い

リーダーシップ マネジメント
課題 変化の推進 複雑性への対処
実現への取組 進路を設定
人々の連携を図る
モチベーションとインスピレーションの喚起
計画立案と予算の策定
組織編成と人員配置
コントロールと問題解決

これを比較するとマネジメントは技術的要素が大きく、これは習得可能なものです。対してリーダーシップには能力的要素が大きく、個人の資質や才能が大きく影響します。
 

コンティジェンシー理論

状況に応じてリーダーシップのスタイルを変化させるという考え方です。フィドラーは、リーダーのタイプを大きく二つに分けています。

人間関係志向リーダー

 苦手タイプともうまくやっていく

職務(タスク)志向リーダー

 苦手にタイプとうまくやっていくことよりも職務を優先

図4 リーダーシップのスタイルトワーク

図4 リーダーシップのスタイルトワーク


 

フィドラーは組織が置かれた状況によってどちらのリーダーがより成果をあげるのか調査しました。環境について以下の3つを取り上げました。

  1. リーダーが支持されているか
  2. 仕事が構造化されているか
  3. リーダーに権限が与えられているか

その結果、環境がリーダーに

  • とても良い(1.支持されており、2.構造化されており、3.権限がある)場合
  • とても悪い(1.支持されておらず、2.構造化もされておらず、3.権限もない)場合

「職務(タスク)志向」のリーダーが高い成果を上げました
 

  • その中間の良いとも悪いともいえない環境に置かれた場合

「人間関係志向」のリーダーが高い成果を上げました。
 

つまり

どのような状況でも通用する唯一最善なリーダーはいない

ことが証明されました。

一方このリーダーシップ論は、欧米の組織の組織論が前提です。一揆をベースとする日本の共同体組織では、リーダーはメンバーの意向を無視して、独自に意思決定することは困難です。
 

ポリティクス

ポリティクスとは、経営組織論において、正式なルートや指示命令以外で組織内部に影響力を行使することです。影響力を行使する方法は以下の2種類があります。

【正式な手段】

  • 権限に基づく指示命令や合理的な説得

【ポリティクス】

  • 将来の利益提供や過去の貸しを主張
  • 不利な結果をほのめかすなど交換条件の提示
  • 上位の権威者からの非公式な支持
  • 情報の漏洩や隠ぺい
  • 会議の議題や参加者を自分に有利に替える
図5 影響力を行使する

図5 影響力を行使する

メンバーがポリティクスを行使する目的は

  1. 組織に有益な取組が上司の誤った判断で中止されるため
  2. 個人的な評価を高めるため
  3. 自部門の利益を守るために他部門のプロジェクトを中止させる

などです。

こうしたポリティクスが生じるのは、公式な調整では調整がうまくいかなかったり、メンバーが自分の利益のために有利に導こうとしたりするからです。特に成果主義や「業績の低い下位10%の社員は退職させるアップオアアウト」などの制度を取っている組織では、メンバーは自身の存続をかけて様々な働きかけをします。

一方日本企業には「根回し」という文化があります。これも非公式な影響力の行使となるためポリティクスと言えます。

一揆を基本とする組織では会議は全員一致が原則なので、会議の場で反対意見が出ると結論は保留されます。関係者は早く結論を出して業務を進めなければなりません。そのために会議の前に反対意見のある部門のリーダー、時には出席者全員と個別に事前打合せして、予め合意を取りつけておきます。
 

コンフリクト

コンフリクトは、複数の組織や部門の利害の対立です。

コンフリクトには

  • 職務上の調整の困難さから生じる職務コンフリクト
  • 人間慣例の衝突「反りが合わない」関係性コンフリクト

の2種類があります。
 

コンフリクトの原因は

  • 当事者間が相互依存関係にあるため、お互いが有利に事を運ぼうとする
  • 資源の希少性から優先権を得ようとする
  • 役割や責任にあいまいさがあるため、お互いに押し付けあう

などがあります。

コンフリクトには業務上避けられないものもあります。

例えばメーカーの営業、製造、品証は自部門の最適解が他部門の最適解にならないことがあり、コンフリクトが生じます。

顧客から注文の入っている製品が納期に間に合いそうもない場合

【営業】「製造」には無理をしても納期に間に合わせてほしい 

【製造】 現在の工程では間に合わない。「品証」が許可すれば一部検査を省略して間に合わせることができる

【品証】 検査を省略すれば不良品を納める可能性があるため許可できない

こうして3者の喧々諤々の議論になります。

なお、この例では品証は品質の最後の砦として検査省略は許可してはいけません。
 

日本型組織におけるリーダーシップ

日本企業の場合、組織の本質は共同体です。

共同体では一揆、つまり

メンバーの同意がなければ組織は動きません。

組織を束ねるには、メンバーの意見を取りまとめて合意に導くような調整型で世話人型のリーダーが必要です。

しかも共同体の中での上下関係は、必ずしも地位の上下でありません。組織上は顧問や相談役の年配者が純然たる影響力を持っていることもあります。このような閉ざされた共同体をマネジメントするには、共同体の人間関係や文化をよく知っている必要があります。これは外部の人間には容易ではありません。経営が思わしくない時、他社から経営者を招聘して立て直そうとしてもうまくいかない原因がここにあります。
 

かつての自然発生的な村落共同体の場合、一番の目的は共同体の存続です。そして稲作のようにこれまで培ってきたことを今後も滞りなく行うには、人の和を重視します。メンバーは共同体の構成員としての自覚があるため、細かな規則や契約は必要ありません。このような共同体では、欧米のような強いリーダーシップはむしろ有害です。

共同体の存続が最大の目標なので、欧米の組織のようなリーダーの指示の元、目的に応じて組織を解体・再編する、目標を達成したらリーダーは交代し次の目的に合致する組織に再編する、このような発想はありません。

本来、組織が成果を上げるには、明確な目標を設定しそれをメンバーに周知しなければなりません。ところが日本では政治家でも明確な目標を提示するリーダーは限られています。その一因は、日本の組織には有能な参謀(スタッフ)がいないことと、リーダーがそれを使いこなしていないことです。

政治学者モスカによれば、リーダーは攻略型と政略型の2種類があります。

政略型がリーダーになると、指揮権を行使し組織をまとめる力が弱いため、リーダーシップを発揮できません。

一方攻略型のリーダーは、リーダー単独では有効な政策がないため目標が設定でず、リーダーシップを発揮できません。

例えば、創生期のホンダの本田宗一郎と藤沢武夫のような、攻略型のリーダーが政略型のリーダーを参謀として使いこなす組織が理想と言えるでしょう。

このような日本の組織、社会には様々な不条理(問題)があります。
 

集団の中の序列

この日本の組織、社会の不条理な点について、2022年7月戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏と思想家の内田樹氏が対談しました。

山崎氏は「日本の組織は、支配層や上層部の利益が全体の利益になると思わせ、自分たちに都合のいいように人々を従わせている。その結果、SNSの発言を見ても、職場環境や雇用問題について、会社に雇われている側なのに経営者の目線で語る人が少なくない」と言います。
 

これについて内田氏は学校教育の問題を取り上げました。

「何をしたいのか?」より「何をすればほめてもらえるのか」を考えるように教育されている。学校は、先生の出した問題に対し、子どもが答えを書き先生が採点する。その採点が子供の評価となる。そのため子どもたちは「よい点をもらうことが自己実現の方法」と信じている。

しかし相手が問題を出して、自分が答えて、それを採点されるのは、典型的な権力関係です。もし自分が相手より優位に立ちたい場合は、先に相手に質問しなければなりません。武道ではこれを「後手に回る」と言います。そして「後手に回れば必ず敗ける」と内田氏は言います。

山崎氏
なぜ日本の組織は「非効率」で「非倫理的」なのか、それは社会の価値観が反映されている。海外では雇用主と従業員は対等と考え、自分の権利が政府や雇用主に侵害されれば誰もが「自分の権利をちゃんと保障しろ」と主張する。

内田氏
感染症内科の岩田健太郎先生は、エボラ出血熱のときシエラレオネで医療チームに参加しました。「国境なき医師団」とかWHOとか、世界中から来ている混成チームでは、まず問われるのが「おまえは何できるんだ?」だそうです。隔離病室を作れる、感染症の手順を知っている…、自己申告に従って役割分担をする。

日本で最初に聞かれるのは「おまえは何者だ」、医師か看護師か聞かれ、出身大学・医局・卒後年数を聞かれる。つまり誰に対しては敬語を使うのか、上下関係をまず確認する。

コロナによるクラスターが発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」に岩田先生が入った時に優先されたのは「誰が一番偉いのか」、あの場では橋本岳という当時の厚生労働副大臣。でも政治家なので感染症のことは知らない。

そこで岩田先生は「やり方が間違っているから、やり直しなさい」と専門家としてアドバイスしましたが、これは「下の人間が上の人間に指示を出す」と捉えられ、これは日本では禁忌なので「出て行け」と言われる。(朱記は筆者)

 

これからの組織を考える

このように組織論における組織の役割と、日本型共同体とは乖離があります。

では、これからはどのような組織が必要なのでしょうか?
 

共同体の解体と帰属意識の希薄化

日本型共同体が成立するためには、共同体の構成員がずっと組織内部にいる必要があります。

構成員にとって共同体からの退出は勘当です。これは構成員のアイデンティティの喪失にもなります。これまで終身雇用が維持できていた時代、構成員は共同体の一員という意識が維持されていました。

しかしバブル崩壊後、非正規雇用の増大や高齢社員のリストラの結果、構成員の「共同体の一員」という意識は解体されつつあります。しかも現在、組織には様々な人がいます。組織に対してそれぞれ異なった意識を持っています。

  1. 正社員として雇用され共同体の構成員の自覚を持っている (多くは中高年)
  2. 共同体を信じていない。しかし追い出されれば経済的に困窮するため、指示には無条件に従う(多くは若者)
  3. 派遣社員として長期間組織で働いているが共同体の一員とは思っていない

 

それぞれの立場によって以下のように行動します。

1.は一揆のメンバーで共同体の価値観に従い行動します。その点でストレスは少ないです。

2.は共同体を信じておらず、押し付けられた価値観を受け入れられません。しかし一揆に反抗すれば不利になることが分かっているため、指示には無条件で従います。その一方で過剰な仕事をやり過ごすことができず、時には体調を崩してしまいます。

3.の派遣社員は価値観を共有できず疎外感を感じています。指示命令には無条件に従うが、それ以上のことはしません。
 

権限と圧力

組織のメンバーがこういった価値観を持つ中で、達成困難な目標が上から与えられればどうなるでしょうか。

2.3.の構成員にとってそれは単なる指示命令でなく、一揆からの無言の圧力となってきます。
 

終身雇用が困難に

今日テレワークが広まり、中にはオフィスを持たない会社もあります。そういった会社は、社員の「共同体の一員としての意識」は希薄化します。

一方、若年人材は不足し、しかも国から70歳まで雇用延長を求められています。そこで企業は中高年を戦力として活用する必要に迫られています。

経営環境は変化し、業務内容も変わってきます。しかし人の能力は簡単には変わりません。特に中高年の場合、訓練により新たな能力を獲得するのは容易ではありません。そうなると中高年の教育訓練の費用対効果は低く、場合によっては既存社員を訓練するよりも専門人材を新たに雇用した方が安上がりです。
 

例えば機械設計は、ドラフターから二次元CAD、二次元CADから三次元CADへ変わりました。中高年の設計者が二次元CADや三次元CADに対応するのは再訓練で可能です。しかし設計者にグラフィックデザインやホームページ制作を教育するのであれば、教育するより外部の専門人材に依頼した方が安上がりです。

もし自社の事業環境が変化して機械設計の業務がゼロになり、グラフィックデザインとホームページ制作の仕事だけになれば中高年の設計者の仕事はなくなってしまいます。このように将来業務内容や必要なスキルが変化すれば、1社が同じ人間を50年雇用し続けるのは困難です。

このように考えると、今後も企業が日本型の共同体であり続けるのは難しくなってきます。

かといって社会、文化が全く異なる欧米型の組織も日本社会にはなじみません。

これからの組織

今後はこれまでの

共同体意識の共有はない

前提で21世紀型の組織をつくる必要があるでしょう。

そのためには以下の課題を解決する必要があります。

  • 一揆に変わる意思決定の仕組み、そしてメンバーが決定に従う仕組み
  • 共同体意識がない時の組織への貢献意欲を引き出す方法
  • 多様な人たちを取りまとめ、成果を上げるリーダー
  • テレワークなどでメンバーの関係性が希薄になっても組織運営や企画・発想できる仕組み
  • 50年間を雇用し続けられない場合、副業などによる生活の安定
  • 中高年の共同体意識の変革、教育訓練を継続する意識

今後は

新しい21世紀型組織を持った企業が従来の共同体文化の企業と静かに入れ替わっていく

かもしれません。
 

参考文献

「はじめての経営組織論」高尾義明 著 有斐閣ストゥディア
「指導者の条件」山本七平 著 文藝春秋
 

 

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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~

頻発する企業不祥事や法令違反、時には社会問題になり、企業には多大な損害が生じます。そこで多くの企業がコンプライアンス遵守に取組んでいます。それでも不祥事は後を絶ちません。

なぜでしょうか?

図1 なくならない不祥事

図1 なくならない不祥事

コンプライアンスの遵守と強化とは、管理と統制の強化です。これは企業の建前の部分です。

一方企業は、組織体であり、また同時に人の集団でもあります。そこには

日本社会特有の共同体文化

があります。

この日本の共同体文化は、社員の行動にどのように影響し、それにより組織はどのように変質したのでしょうか?

山本七平氏(以降 山本氏)の「指導者の条件」にある日本の共同体文化と、経営組織論を対比して、

組織とは何か、

そして

日本の組織の問題点

について考えました。
 

組織とは何か?その目的は?

企業組織の目的、形態、特徴を探求したのが経営組織論です。

経営組織論では、組織とはどのようなもので、その目的や特徴について述べています。

では組織とは何でしょうか?
 

組織とは?

「組織と管理」の著者で組織経営論の大家 チェスター・バーナードによれば
組織とは、「意識的に調整された2人、またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」です。

この「意識的な調整」とは組織のメンバーがリーダーの指示の元、お互いの行動を調整して目的を達成しようとすることです。

また「組織はシステム」です。お互いが役割分担して、相互に影響しあいながら目的を達成します。

言い換えれば、システムは仕組みのことです。この仕組みに人やモノは含まれません。

システムがちゃんと機能すれば、誰に代わっても(能力が同じであれば)組織の能力は変わらないという考えです。
 

この組織の3要素としてバーナードは

  • 共通目的 同じ目的意識で取り組む
  • コミュニケーション
  • 貢献意欲 助け合いつつ組織に貢献したいという気持ち

を挙げています。

このどれか一つが欠けても組織は健全に機能しなくなります。

経営組織論では組織をこのようにシステムと考えます。

実際の組織は、人の集まりであり、つまり共同体です。

共同体はどういった人で構成されるかによって大きく変わります。
 

組織の目的

ではなぜ組織が生まれたのでしょうか?

経営組織論から離れ「なぜ人は集団をつくるのか」を考えてみます。

人が集団になるのは、集団の方が都合がよいからです。古代の狩猟採取社会では、一人で狩りをするより、何人が協力した方が大きな獲物が捕れます。

その後、定住して農業を営むようになると、農作業はお互いの協力がなければ成り立ちません。

つまり集団の目的は、狩猟や農業など活動の効率化です。

もう一つの側面は安全です。部族間の紛争など太古から集団同士の争いはありました。単独では襲われても集団ならば簡単には襲われません。安全のために人は集団化しました。その一方、集団化すれば武力は強くなります。その結果、他の部族を襲うこともありました。
 

企業経営では組織の共通目的は事業です。個々の企業の事業内容は定款に書かれています。もし定款にない事業を行う場合は定款を変更します。

あるいは組織の目的や目指す姿が経営理念やミッションとして明文化されていることもあります。一方定款や経営理念として明文化されていなくても、組織には固有の共通目的があります。

それは何でしょうか?

企業の目的は

「組織の存続」

です。

定款に書かれた事業が本当に組織の目的であれば、その事業が困難になれば組織を解散するはずです。しかし多くの企業は新たな事業に移行して存続しようと努力します。つまり目的は事業でないのです。
 

なぜ組織化するのか?分業について

人が集団になるのは、活動の効率化や安全のためです。

人が組織化するのは、もう一つの目的があります。それが分業です。

分業して役割分担すれば、個々のメンバーは専門的な能力をより高めることができます。古代社会でも大工、機織り職人、猟師などひとつの仕事に特化することで、人は専門能力を高めました。
 

分業のメリットは

  • 専門的な仕事に専念できる
  • 専念することで短期間に習熟できる
  • 専念することで効率化、低コスト化を実現

です。
 

一方デメリットもあります。

  • 分業した業務同士の調整が必要
  • 専門以外のことが分かなくなる
  • 仕事が単純化しモチベーションが下がる

などです。
 

分業化することで業務間の調整が必要になります。それには管理者が必要です。

では実際の組織にはどのようなものがあるのでしょうか?
 

組織の種類と特徴

組織の種類と特徴について経営組織論から説明します。
 

フラット型組織

図2のように一人のリーダーの指揮下にメンバーが並列でいる組織です。

各メンバーはリーダーから直接指示を受けます。メンバー相互の調整はリーダーが行います。小さい会社の多くはフラット型組織です。

フラット型組織には以下の特徴があります。

【利点】

  • メンバーはリーダーから直接指示を受けるため、指示の伝達が早い
  • リーダーは各メンバーを直接管理するため、きめ細かくスピーディに管理できる
  • リーダーがメンバー間の調整を直接行うため、メンバーの仕事の最適な割当が可能

 

【欠点】

  • メンバーが多くなるとリーダーの管理が不十分になる
  • 統制の幅(スパンオブコントロール)の問題
  • メンバーの業務が分業化・専門化すると、専門性の不足するリーダーは管理が不十分になる

図2 フラット型組織

図2 フラット型組織


 

ピラミッド型組織 (ライン組織)

メンバーが多くなると、フラット型組織ではリーダーがメンバーを十分に管理できなくなり、業務の効率が低下します。

そこで組織を階層化し、部下を直接管理する複数のリーダーを上位のリーダーが管理するビラミット型組織へ移行します。

ピラミッド型組織の階層化には、

  • メンバーの増加による管理の階層化 垂直的分化
  • 業務の分化(専門化)による階層化 水平的分化

の2種類があります。
 

実際には企業は、係(グループ)→課→部 という階層構造を取ります。水平的分化、つまり部門化(専門化)の例は

  • 機能に基づく部門化(専門化)
  • 製品・サービスに基づく部門化
  • 顧客別の部門化
  • 地域別の部門化

があります。

あるいは

  • 製造部門は「機能に基づく部門化」
  • 製造部門の中で設計は「製品・サービスに基づく部門化」
  • 営業は「顧客別の部門化」あるいは「地域別の部門化」

など、部によって異なる要素で分けることもあります。

図3 ピラミッド型組織

図3 ピラミッド型組織

代表的なピラミッド型組織は軍隊です。軍隊は指示命令の徹底が必須です。ピラミッド型組織はトップの指示が一元化されて末端にまで伝わります。

一方軍隊には様々な専門能力が必要です。そのため組織を機能別にも分け、専門能力の育成と管理を行います。

図4は日本陸軍の歩兵師団の組織です。1師団には歩兵連隊3個、砲兵部隊の他に、輸送中隊、偵察中隊、通信中隊、工兵中隊、衛生中隊などがあります。

 図4 日本陸軍の歩兵師団の組織

図4 日本陸軍の歩兵師団の組織


 

ピラミッド型組織の特徴
【利点】

  • 適切な人数の部下を管理するため、リーダーはメンバーの適切な管理と・統制が可能
  • 管理を階層化することで、トップの方針・命令を確実に末端に伝えられる
  • 末端のメンバーの情報は階層を通じてトップに確実に伝えられる
  • 組織を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けることで、それぞれの業務に特化して遂行が可能

 

【欠点】

  • 各部門を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けるために、部門間で利害が対立した場合、調整はトップが行わなければならない
  • 各部門が自部門の業績の最適化を目指すため部分最適に陥る
  • メンバーは専門的な業務に特化するため、他の業務への対応力が低下
  • 現場の情報がトップに伝えわるまでに何人ものリーダーを経るため伝達に時間がかかり、情報が正確に伝わらない
  • 部門間にまたがる業務や、どの部門にも該当しない業務が適切に遂行されない

 

「職能別組織」や「機能別組織」は、ピラミッド型組織を職能別、機能別に階層化したものです。

例えば多くの企業は開発、製造、販売などの機能別に組織を構成します。(実際の部門は、開発、設計、製造、生産管理、資材、品質保証、営業など)

実際は製品開発、製造・販売に対し、開発、営業、製造ではそれぞれの利害が異なります。そこで対立が生じた場合は、調整は組織のトップの役割です。(日本の企業では、部門間の対立は部門間の話し合いで調整されます。)

こうしたピラミッド型組織は中央集権的な組織です。そのため製品の種類や事業の多角化が進むと、トップの負担が増加し意思決定のスピードが低下します。
 

ライン・アンド・スタッフ組織

ピラミッド型組織では、人員を階層的に管理して適正な管理と命令の一元化を図っています。一方各部門にそれぞれ専任者を置くよりも、会社全体で共通の専任者が担当した方が効率の良い業務があります。

例えば、労務管理や人事など総務、経理、ISO事務局や標準化などです。経営企画など経営者により近い業務も各部門から切り離した方がより広い視点で業務を遂行できます。

そこでこれらの部門をピラミッド型の組織(ライン)から切り離し本社直轄の部門とします。これをスタッフ部門と呼び、こういった組織をライン・アンド・スタッフ組織と言います。特に後述の事業部制をとった場合、各事業部に総務や経理を設けると、各事業部間で重複する業務が多く非効率です。またスタッフ部門の業務は収益を生まないため、事業部として独立させるのは不自然です。そのため事業部とは別に本社直轄の組織とします。
 

あるいは新規事業のプロジェクトチームなども、開発の初期段階では事業化の見通しが立っていないため、事業部でなくスタッフ部門の中に設けます。そうすれば収益性は問われずに一定の予算枠の中で研究開発を行うことができます。そして事業化の目途が立てば、プロジェクトチームごと事業部門に移管します。

図5 ライン・アンド・スタッフ組織

図5 ライン・アンド・スタッフ組織


 

【利点】

  • 専任者が会社全体で業務を行うため、効率が高い
  • 人事、経理などを会社全体でひとつの部署が行うため、やり方が統一される

 

【欠点】

  • 各部門の業務と場所的にも業務的にも切り離されるため、各部門の求めるものと異なる業務を行う可能性がある
  • 収益をもたらさない業務は費用対効果があいまいで、業務が肥大化する

 

軍隊の場合スタッフは参謀部です。欧米の軍隊は、優秀なスタッフを参謀部に集めて優れた作戦を複数立案します。司令官はそのうちのどの作戦かを選択します。現場はその作戦をひたすら忠実に実行します。スタッフに優秀な人材がいれば、現場の人間は優秀である必要はないという考え方です。

ところが同じ軍隊でも日本の軍隊はこれを嫌います。自分に関係がないことでも全部知っていなければ気が済まないのです。山本氏はフィリピンの戦場にいましたが、中国戦線の命令の写しがフィリピンにも来ていました。そのためある司令部が敵に奪われると陸軍全部の作戦が分かってしまいました。

こういった特徴は今の企業でもあります。日本では、入社したての新入社員でも会社の前途を憂い心配します。

これが欧米企業では、会社の前途はスタッフが考えればいい問題で、新入社員は自分には関係ないと考えます。新入社員は自分の担当したラインの仕事だけ専念すればよいと思います。
 

事業部制組織

製品の種類が増えたり事業が多角化すると、ピラミッド型組織では部門間の調整業務が増大します。トップの負担が増えて意思決定のスピードが低下します。

そこで事業毎に事業部をつくり、事業部毎に開発、製造、販売などの機能を持たせます。これにより部門間の利害関係は事業部内で調整できるようになりトップの負担は減少し、意思決定のスピードが早くなります。売上と費用を事業部毎に集計することで、各事業の収益性・採算性も明確になります。

この事業部制は1920年にアメリカのデュポン、続いてゼネラルモータースが導入しました。日本では1933年に松下電器産業が導入しました。現在でも異なる事業や特徴が異なる製品を持つ企業の多くは事業部制を取っています。

実際は、製造は製品毎の事業部でも、販売はひとつの事業部にする場合もあります。どこを事業部として分けて、どこを共通部門にするかは企業により違いがあります。
 

【利点】

  • 事業部毎に収支が明確になり、事業の収益性を適切に評価できる
  • 事業毎に適切な組織にすることができ、組織構成を最適化できる
  • 事業部のトップに責任と権限が委譲されるため、意思決定のスピードが早くなる
  • トップの調整業務・負担が減少する

 

【欠点】

  • 各事業部に販売、開発、製造の部門があるため、部門が重複し効率性が低下
  • 事業部毎に独自のやり方が生まれる
  • 事業部の収益性を追求した結果他の事業部と利害が対立する場合、部分最適に陥る

 

マトリックス組織

事業部制の課題として、事業部毎に製造、開発、販売の機能があるため、事業部独自のやり方が生まれるなど、会社全体では業務が非効率になる点があります。そこで会社全体で製造、開発、販売などを統括するリーダーを決めて、事業部を横断して管理する方法が生まれました。これがマトリックス組織です。

マトリックス組織では、各部門の業務は統括リーダーによって最適化されます。その一方、組織のメンバーは事業部と統括リーダーの二人の上司から指示を受けるため、命令の一元化が保たれません。その結果、混乱が生じやすく、マトリックス組織を採用している企業は多くありません。

一方、ピラミッド組織(あるいは事業部制)の企業でも、各部門からメンバーを集めてプロジェクトチームを作ることがあります。この場合、プロジェクト業務はプロジェクトリーダーの指示で遂行しますが、それ以外の業務はこれまでのラインのリーダーの指示で遂行します。これもある意味マトリックス組織と言えます。

図6 マトリックス組織

図6 マトリックス組織


 

カンパニー制

カンパニー制は、事業部制の独立採算を進めて、人事、経理などスタッフ部門の機能もすべてカンパニー内に持ち、人材、資金調達などもカンパニー内で意思決定できるようにしたものです。その点で後述の分社化に近いのですが、対外的にはひとつの会社である点が分社化と異なります。

各カンパニーが一つの疑似的な会社として、事業運営、投資や資金調達、人材採用を意思決定できます。そのためカンパニーのリーダーは、事業部のリーダーよりも意思決定の裁量範囲が広く、意思決定のスピードも早くできます。このカンパニー制は、ソニー、トヨタ自動車、みずほ銀行など企業が採用しています。

一方で、NEC、富士ゼロックスなどは一度導入したカンパニー制を廃止しました。

図7 カンパニー制

図7 カンパニー制


 

カンパニー制の特徴

【利点】

  • 投資、資金調達、人材など事業部ではスタッフ部門の業務もカンパニー内で意思決定できるため、意思決定のスピードが早く、経営環境の変化に応じて柔軟に対応できる
  • カンパニー毎にバランスシートをつくることで損益だけでなく、資産にまで踏み込んで事業を評価できる
  • カンパニー内ですべて調達できるため完全独立採算となり、収益性や責任が事業部制よりも明確になる
  • カンパニーのリーダーはカンパニーを経営することで経営的視点を持つことができる

 

【欠点】

  • 各カンパニーに人事や経理などがあるため、会社全体で見れば重複する部門が増え、間接費用が増加する
  • 事業部制よりも各カンパニーの独立性が強くなるため、カンパニー間での情報交換、技術やノウハウの共有が弱くなる
  • 短期的には収益を生まない事業をスタッフ部門として事業部から切り離すことができないため、短期的な利益追求に陥る可能性がある

 

分社化

カンパニー制をさら発展させ、事業毎に完全に別会社にして、本社機能は持ち株会社(ホールディングカンパニー)とする方法です。各子会社は、人材、資金を独自に意思決定し、経営状況を評価できます。分社化は1997年純粋持株会社が解禁されたことから広まりました。かつては赤字を子会社に移転して本社の決算をよく見せることも行われていました。しかし現在は、業績は子会社も含めた連結決算で評価されるため、そのような手法はなくなりました。この分社化の特徴を以下に示します。

図8 分社化

図8 分社化


 

【利点】

  • 事業毎に独立した会社のため、経営資源の配分の最適化、意思決定の迅速化が可能になる
  • カンパニー制と異なり、財務諸表を外部に提出するため、公正な業績評価が可能
  • 事業買収や売却が容易になり、環境の変化に応じた事業再編がスピードアップ
  • 子会社毎に賃金水準を変えることができるので、事業に応じた人件費の最適化が可能

 

【欠点】

  • 連結財務諸表の作成や子会社の会計監査など管理業務が増大
  • 子会社間の移動は、出向や転籍になり人事交流が進まなくなる
  • 事業間の交流やコミュニケーションが減少
  • 子会社毎に独自の企業文化が生まれ、グループの求心力が低下

株式会社を設立する際の最低資本金が引き下げられたことで、会社の設立が容易になりました。そのため、中小企業でも事業によって複数の会社を設立し、分社化している企業も多くあります。
 

官僚制

官僚制組織とも言われるため、組織形態の一つのように見えますが、組織としてはピラミッド型組織です。

官僚制 (bureaucracy)はピラミッド型の階層型のシステムで以下の特徴があります。

  • 規則に基づく運営
  • トップダウンの指揮命令系統と命令の一元化
  • 組織への貢献度に応じた昇進や報償
  • 分業による専門分野への分化

 

こういった特徴は行政機関だけでなく、企業や他の団体にも広く見られます。組織が大きくなると、トップの指示が末端にまで浸透するには階層型の組織が必要です。中国では秦の時代からすでに官僚制度がありました。

近代の官僚制はドイツの社会学者マックス・ヴェーバーにより研究されました。ヴェーバーによれば官僚制の元では、メンバーは合理的な規則と役割を体系的に割り当てられて行動します。

そして以下の原則に従います。

  • 権限の原則
  • 階層の原則
  • 専門性の原則
  • 文書主義

 

ヴェーバーは、
「官僚制は合理的な機能を有し、優れた機械のような優れた点がある」
と主張しました。

ただし個人の自由が抑圧される点や組織が巨大になると統制が困難になるなど、

官僚制のマイナス面も指摘しています。

このマイナス面については、アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが

「官僚制の逆機能」

について指摘しました。

この官僚制の逆機能とは

  • 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
  • 責任回避・自己保身(事なかれ主義
  • 秘密主義
  • 前例主義による保守的傾向
  • 画一的傾向
  • 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
  • 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
  • セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

などです。
 

一般にはこれらは官僚主義と呼ばれています。

その特徴は

  • 先例がないからできない
  • 規則にないため判断を避ける
  • 些細な書類の不備で拒絶する
  • 書類の作成自体が目的化する
  • 自分の部署以外の仕事はやらない

などですが、これらは民間企業にも見られ「大企業病」と呼ばれています。
 

官僚制の文書主義や権限の原則は、欧米の企業組織の骨格です。欧米では、これらはち密に体系化されています。その代表的なものがISOなどのマネジメントシステムです。ISOは、規格の最初に「責任と権限を明確にする」ことを要求しています。

この責任と権限の明確化は、契約を基本とする欧米社会の文化です。

山本氏は

「欧米人は契約がないと何もできない。

宗教も神と人間の契約、つまり個人が神と契約を結ぶ。」

と述べています。

かつての欧米人の考えには「他人も同じ宗教を信仰し神と契約を結んでいるから信頼できる」というものがありました。そして「自分たちの信仰する神と契約を結んでいない異教徒は何をするのかわからず信頼できない」というものでした。(今は違っていますが)。
 

ところが日本人は

契約という概念を非常に嫌います。

取引の際、契約を持ち出すと「私が信頼できないのか」とかみつかれます。日本社会は契約の概念が希薄なため、日本では官僚制においても文書化は十分ではありません。

ここまで経営組織論に基づき様々な組織の形態と特徴について述べました。

このように組織は、様々な形態とそれぞれ特徴があります。
 

ところがこの組織と、日本の古来からの共同体文化は、相反するものがあります。

これが企業不祥事など日本の組織の問題の根源にあるのです。

それはどのようなものでしょうか?

これについては、次の経営コラムでお伝えします。

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。

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「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その2

今や中国は世界第二位の経済大国、中国経済の世界に対する影響とてもは大きいです。

加えて日本やアジアの国々はグローバルなサプライチェーンの中で中国と密接な関係があります。中国経済失敗のリスクは計り知れないでしょう。

ところが中国に対する正しい情報は意外にありません。マスコミから出てくる情報は、人日の注目を集めるためにある面をだけを強調しています。

中国経済はこれまで何度もピンチになりながら、苦境を乗り切ってきました。一部の評論家は「悪い一面」だけ切り取って「中国経済が崩壊する」と主張していました。実際はどうでしょうか。

そこでトーマス・オーリック著「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」を参考に、中立的な視点でこれまでの中国の政治・経済の取組と今後について、2回にわたり述べます。

「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その1では、中国の政治機構の特徴、そして毛沢東の死後から、改革開放政策に至る過程と、発生した問題について述べました。

ここでは、習近平体制での経済政策と、これからの課題について説明します。
 

中国経済の発展 その2

 

2008年リーマンショック

「世界の工場」中国はこれまで輸出に大きく依存していました。しかし2桁成長が続いていた経済成長はリーマンショックで鈍化しました。2009年1~3月期は6.5%、2007年の14.2%の半分以下でした。輸出は初のマイナス16%という厳しい数字が出て「非常事態」となりました。

これに対し、2008年11月中国はG20で4兆元(59兆円)の経済対策(内需拡大策)を発表し、世界を驚かせました。

しかし実態は、中央政府1.18兆元、地方政府負担1.3兆元、銀行融資1.5兆元でした。

経済対策の多くがインフラ投資でした。

インフラ投資は現金給付に比べ、将来にわたって長く社会の役に立ちます。また生産拡大に寄与します。更にこの非常事態を脱するため、他にもなりふり構わず政策を総動員しました。例えば輸出企業の消費税(中国では増値税)還付率引き上げ、輸出関税の見直し、さらに大規模な利下げを実施しました。

激しい不況(ショック)には、思い切った財政政策が必要で、小出しにすれば不況が長期化することを、彼らは日本などから学んだのです。

一方で欧米各国も相次いで利下げを行ったため、海外からのホットマネーの流入が懸念されていました。
 

2009年 超金融緩和 貸出額9.5兆元

6月に経済指標が改善し資産バブルのリスクが出てきましたが、緩和は継続されました。

  • 経済刺激策で最も避けるべきなのは途中で投げ出すことであり、元日本銀行の速水優氏のように落とし穴に陥ることである(バブル崩壊時の景気対策が中途半端に終わった例)
  • 経済を加熱させることの難度は、経済を冷え込ませるよりも高い

中国はこのように考え、個人消費の拡大策として自動車取得減税や、農村への家電普及策「家電下郷」を実施、13%の補助金を導入しました。
 

2009年不動産市場の過熱

一方中国の生産能力はすでに過剰になっていました。これ以上の設備投資の大幅な拡大は困難でした。そのため余剰な資金は不動産市場に流入しました。不動産ブームが中国全土に広がりました。

中国では投資信託など個人向け金融商品はまだ普及していませんでした。また株は価格が乱高下するため、素人は手を出すのを躊躇しました。これに対し、不動産は所有することに夢がありました。しかも個人の投資先としても魅力がありました。政府としても輸出が減少する中、不動産投資の増大は国内成長の下支えが期待できました。

しか不動産市場が加熱すると中国政府は早めに手を打ちました。

2010年4月には人民銀行が金融引き締めに転じ、10項目からなる不動産価格抑制策を施行しました。住宅価格は急落、北京と上海では70%も下落しました。株価も急落し、2010年7月には時価総額の25%が消失しました。

2010年6月、人民元のドルペッグ制が撤廃されたことで、ホットマネーが大量に流入し物価が上昇しました。そこで2010年10月人民銀行は0.25%利上げしました。それでも2011年3月には消費者物価数は5%を超えました。

2012年には欧州の債務危機で輸出が落ち込みました。工業生産、個人消費、投資すべてが落ち込んだため、再び景気刺激策に回帰しました。景気刺激策をやめたもうひとつの理由は、景気刺激策をやめたことで成長が鈍化したためです。

つまり景気刺激策をやめるタイミングは非常に難しいのです。

この年、政治体制に大きな変化がありました。
 

2012年11月習近平 総書記就任

総書記に就任した習近平氏は、就任直後から徹底した腐敗退治を行いました。腐敗摘発チーム「虎もハエも叩く」が党最高幹部から下級官吏までくまなく摘発しました。こうして習近平氏は党内に恐怖政治を敷き、権力基盤を確固たるものにしました。一方で腐敗した地方政府ほど成長が遅かったことも判明しました。

腐敗は成長の足かせだったのです。

 

図3 習近平

図3 習近平 (Wikipedia


 

2014年5月、習近平は「新常態」を宣言しました。中国はこれまでの二けた成長を断念し、年7~8%の成長の持続を目標としました。

一方、今度は株式市場が過熱し始めました。
 

2015年7月 上海株価指数 3週間で3割下落 11兆元が消失

2007年以降、上海と香港の株式市場での相互乗り入れがありました。

こうして国境を超える資本の流れができました。

海外からの資本の流入で上海株は上昇を続けました。これに多くの中国人が引き付けられました。多くの株取引の未経験者が株を購入、借金で株を購入する信用取引も増加しました。まさに日本のバブルの様相を呈し始めました。

そこで2015年7月中国証券監督管理委員会は、株式ブローカーが投資家に貸せる金額に上限を設ける方針を示唆しました。これをきっかけに株価が暴落し、11兆元が消失しました。
 

2015年8月 人民元切り下げ1.08%から、大規模な資本逃避

輸出が減少し、しかも上海と香港の株式市場での相互乗り入れによる資本が流出した中国では、人民元は実力よりも割高になっていました。市場は人民元を売り、下げ圧力をかけていましたが、これを人民銀行が買い支えていました。そして2015年8月になってようやく人民銀行は人民元を切り下げ1.08%としました。

これをきっかけに、さらに人民元は下がると予想した市場は、中国の株式市場から大規模な資本逃避を始めました。2016年1月には上海総合指数はピークの1/2に減少し、18兆元が消失しました。ただし企業も家計も資金の運用手段として株式は多くなかったため、株価の暴落による家計や企業活動への影響は限定的でした。
 

サプライサイド改革の実施

2016年1月人民日報は中国でよくつかわれる数字を取り混ぜた記事で「四つの落ち込みと一つの上昇」を開設しました。
4つの落ち込みととは

経済成長の落ち込み
工業品価格の落ち込み
企業利益の落ち込み
財政収入の落ち込み

ひとつの上昇とは「経済リスクの上昇」でした。

これに対し政府は介入を強化し、サプライサイドの改革を実行しました。

大企業の合併を進め、過剰な生産能力に陥っていた工場を閉鎖しました。これにより供給過剰が是正され企業の利益が増加しました。またこれにより雇用が減少したため、公共投資を増加する財政刺激策を行い雇用を吸収しました。人民銀行が2兆元の資金を供給し、スラム街を一掃して住人に住宅ローンを提供しマンションを買うように仕向けました。 

この供給過剰是正策で、

2015年4月に太陽光発電パネル大手保定天威が国有企業初の倒産をしました。

2016年遼寧省の国有企業の東北特殊鋼集団が倒産、負債総額は72億元でした。

過剰債務企業の債務総額は2016年で118兆元(GDPの160%)に上りました。
 

2016年マクロプルーデンス評価とデレバレッジ

こうした政策により、銀行はシャドーバンクを経由した迂回融資で過剰な融資をするのが難しくなりました。加えて銀行は自己資本比率を高めるように圧力をかけられたため、不良債権の処分を推進しました。さらに財務基盤が脆弱な銀行に対しては地方政府が圧力をかけて合併させ、強制的な不良債権の処分をさせた上で公的資金を注入しました。こうして銀行のシャドーバンクに対する融資は2018年半ばにはマイナスに転じました。

実は地方政府が過剰債務に陥った原因は、公共事業の資金を1年以内の短期借入で調達していたためでした。そこでこれを低金利の地方債(5年物)に借り換えさせて返済の負担を低減しました。こうして成長を減速させることなく、貸出のペースを落としてレバレッジの拡大を止めて、リスクを回避したのです。
 

2015年 中国製造2025年 国が主導で技術開発

10の重点分野を定めロードマップを提示し、これに合わせて地方政府も独自に計画を策定し補助金を支給しました。

 

図4 中国製造2025のロードマップ

図4 中国製造2025のロードマップ


 

表 重点10産業・23分野

次世代情報技術 ①IC・専用設備
②情報通信設備
③OS・産業ソフト
④スマートさ位増のコアとなる情報設備
CNC工作機械・ロボット ①CNC工作機械・基板製造設備
②ロボット
航空・宇宙装備 ①航空機
②航空エンジン
③航空機載設備・システム
④宇宙関連設備(運搬ロケット、衛星など)
海洋エンジニアリング・ハイテク船舶 1分野。
製品としては、海洋資源探索、開発設備、
ハイテク船舶、大型低速船舶用エンジンなど
先進軌道交通設備 1分野。
製品としては、中国基準の高速鉄道、
中低速リニアなど
省エネ・新エネ自動車 ①省エネ自動車
②新エネ自動車
③コネクテッドカー
電力設備 ①発電設備
②送変電設備
農業設備 1分野。
製品としては、自動化、情報化、
スマート化した農業機械など
新素材 ①先進基盤素材
②コア戦略素材
③先端新素材
バイオ医療
高性能医療機器
①バイオ医薬
②高性能医療機器

出典:中国製造2025重点領域技術創新路線図
 

当初は外国の技術をリバースエンジニアリングし、その後は国産化比率を高める計画です。国産化比率は2020年までに主要部品の40%、2025年までに70%に引き上げる計画です。

そのための研究開発投資は、2017年は中国は4440億ドル、アメリカ4830億ドルに肩を並べています。対するEU3660億ドル、日本は1730億ドル(19.1兆円)でした。
 

図5 主要国における研究開発費総額の推移
実質額 (2015年基準、OECD購買力平価換算) 出所:科学技術・学術政策研究所HP

図5 主要国における研究開発費総額の推移
実質額 (2015年基準、OECD購買力平価換算) 出所:科学技術・学術政策研究所HP


 

2017年7月5年に一度の全国金融工作会議

習近平氏は、国有企業の過剰債務の削減(デレバレッジ)を最優先させるように強く指示しました。リーマンショック以降の経済対策で過剰になった債務と膨らんだバランスシートにより、金融システム崩壊のリスクが高まっていました。金融システムの崩壊とそれに続く不況は、社会を不安に陥れ、政治の混乱につながるためでした。

2016年5月人民日報は「天まで伸びる木はない」という記事を掲載しました。

「高いレバレッジは不可避的に高いリスクをもたらす。きちんと管理しなければシステム的な金融危機を引き起こし、不況をもたらすだろう」

と報じました。
 

中国経済の特徴と世界への影響

この中国経済はどのような特徴があるのでしょうか。
 

高い貯蓄率

改革前の中国ではゆりかごから墓場までの手厚い福祉で「鉄飯碗」と呼ばれました。しかし改革開放により企業の民営化が推進し、社会保障制度が脆弱化しました。加えて一人っ子政策のため、両親の老後の不安が増大しました。子供に頼れなくなった両親は老後のために貯蓄に励みました。また一人っ子政策は最も消費の多い子育て世代の消費が減少します。それもあって中国の貯蓄率は高く、その分消費が弱くなります。

2007年にはGDPの51%が貯蓄されました。この巨額の貯蓄を賄うには莫大な輸出か、莫大な投資が必要です。一方、まだ高い経済成長中の中国では、貯蓄にはインフレ率以上のリターン(収益)が必要です。しかし銀行預金金利は低く、銀行に預金しても価値は目減りしてしまいます。
 

多額の外貨

一方中国自身も貿易黒字が積み上がっていました。外貨残高は1兆,000億ドルに上り、外貨の安全でリターンの高い投資先として多くのアメリカ国債を購入しています。実はこれがアメリカの長期金利に影響していたのです。

FRBベン・バーナンキ議長は、あまりにも長い間金利が低かったため、2004年から金融引き締めに転じました。短期金利は2004年の1%から2006年には5.52%に引き上げられました。しかし長期金利は4.7%から5.2%とわずかしか上がりませんでした。当初はなぜ長期金利が上がらないのかわかりませんでした。

原因は、中国がアメリカ国債を大量に買っていたためでした。
 

過剰設備と不良債権

地方政府にとって地方の雇用の安定と経済の安定化はとても重要です。そのため景気が悪化すれば地方の国有企業に設備投資を促します。地方政府と国有企業は一体化しているため、必要な資金は地方政府が保証し国有銀行から調達します。しかも貯蓄過剰の中国は、国有銀行に潤沢な資金があります。しかも国有銀行は絶対につぶれないと誰もが信じているため審査は甘くなっていました。

こうして国有企業には過剰な設備が積み上がります。もし国有企業の経営が悪化すれば、融資はたちどころに不良債権化します。そのため国有企業の過剰設備の問題に対して共産党も再三通達を出しています。しかし

「上に政策あれば、下に対策あり」

という国のため改善されていません。
 

為替操作

中国は急激な円高で輸出競争力が一気に低下した日本の失敗を学びました。それもあって為替は市場に自由にさせません。その基本スタンスは以下のものです。

  • 自主性 外圧でなくあくまで中国自身の判断で人民元レートを決定
  • 管理可能性 現行の管理変動相場制を維持
  • 斬新性 急激な切上げは意図していない

中国にとって為替の問題は、国際問題以上に国内問題なのです。

輸出品の多くが価格競争力を武器とした労働集約品です。しかも賃金や原材料価格の上昇という要因にもさらされています。もし人民元の切上げが行われれば輸出は大打撃を受けます。

2010年中国商務部は、南部の輸出企業を中心に人民元が3%上昇すると輸出にどれだけ影響が出るか試算しました。その結果、輸出型企業の収益は30~50%も低下し、大打撃を受けることが判明しました。

2010年6月中国政府は人民元レートの弾力化を発表しました。しかし3か月経っても1~2%しか上昇しませんでした。
 

シャドーバンク

銀行が信用力の低い企業に融資する場合、その融資には相応の引当金を積まなければなりません。このように貸付にコストがかかるため、信用力の低い企業は正規の融資先としてなかなか計上できません。もしその企業の経営が悪化すれば不良債権になってしまうからです。

かといってこういった企業への融資を止めれば破綻してしまいます。そうなればこれまでに融資したお金が回収不能になってしまいます。そこで銀行でなく、シャドーバンク(信託会社や資産運用会社)を介して信用力の低い企業に融資を継続します。そして銀行はシャドーバンクへの資金供給は、シャドーバンクが発行した証券を買って、証券に対する投資として計上します。こうすれば銀行はコストをかけずに経営が悪化した企業を融資で支えることができます。また、企業も融資を受けられます。

しかしこれはリスクの高い企業に融資しているのに銀行は必要な引当金を積んでいないことになります。もし融資が焦げ付けば銀行の経営も一気に悪化します。このシャドー融資の総額は2010年には2兆8千億元でしたが、2016年には27兆元にまで膨らみました。
これは

「中国版サブプライムローン」

です。
アメリカのサブプライムローンは、2006年に合計2兆4千億ドル、GDPの17%に達しました。これに対し中国のシャドーバンクの負債総額は27兆元、GDPの86%です。それでもユーロ圏の270%、イギリスの263%、アメリカの145%よりは低い状況です。
 

マクロプルーデンス評価

2013年には中国経済全体の負債はGDPの2倍以上に拡大しました。しかも銀行やシャドーバンクは短期資金で借りて長期資産に投資するという運用のミスマッチが起きていました。リーマンショック前の欧米で起きた急激な融資の伸びと短期資金への依存と同じ構図です。

そこで人民銀行は季節的に短期資金が不足する6月、あえて資金の供給を停止しました。市場はパニックを起こし、銀行は資金をため込むために貸し渋りをしました。株価は急激に下落しました。

短期金利が28%という記録的な数値となった6月20日、人民銀行は短期資金の供給を開始し、パニックは収まりました。

つまり人民銀行は「短期で借りて長期で貸す」という無鉄砲な融資を行うシャドーバンクに警告を発したのです。しかしその代償は高くつきました。

かつてニューヨーク連銀の初代総裁ベンジャミン・ストロングは

「国内経済で何か起こるたびに、我々は親の役割を果たさなくてはならないのか?」

「我々には多くの子供ができるだろう。その一人が悪さをしただけなのに、全員にお仕置きをしなければならないのか?」

「信用業務には(規制対象を)選択するプロセスがないことだ」

と述べました。
 

デレバレッジ(収入に対する負債比率を下げること)のため、人民銀行は2016年に「マクロプルーデンス評価」を導入しました。具体的には各金融機関の貸し出しや財務内容を評価し、格付けを行いました。

格付けの高い銀行は、準備預金の利息を高くし、事業活動の自由度も与えられます。

対して、格付けの低い銀行は、準備預金の利息を下げられ、事業活動にも様々な規制が加わります。

これにより金融システム全体のリスク管理を図りました。つまり

「多くの子供の一人が悪さをしただけなのに、全員にお仕置きをしなければならない」

というジレンマを解決しました。

金融システム全体のリスク管理は、リーマンショックの後、アメリカの金融安定監視費用議会、欧州システム理事会、イングランド銀行の金融行政委員会などが取組みました。しかしマクロプルーデンス評価のような包括的なツールを開発し、各銀行を明確に差別化して金融システムの安定を脅かすようなリスクに取り組んだのは、人民銀行が初めてでした。
 

これからの中国と世界経済

このようにこれまでにも中国は数々の経済危機がありました。これを巧みに乗り切ることができたのは、日本や韓国といった先例があったためでした。適切な対処を怠ればどんな結果になるのか、彼らはわかっていたのです。そのため、行うべきことをためらわずに実行できました。

しかも中国には、それを実行できる強力な指導力と国の強制力がありました。さらに政権中央部の政策立案者も類い稀な独創性と柔軟性を発揮しました。

今までは

答えが分かっていた試験

でした。解き方さえ間違わなければ合格点は取れました。

これまで中国の成長は、製造業が牽引するモデル、そしてカギは投資と輸出でした。しかしこれからは違います。
 

今後は個人消費の増加による内需拡大 「投資と輸出と消費」

中国の高官自身も

「我々は多くのマクロコントロールの経験を積んできたが、個人消費の拡大策についてはノウハウがない。」
「現金を配るのは意味がない。アメリカ人はウォルマートに行くかもしれないが、中国人は銀行に行く」

と述べています。

課題は遅れているサービス業の発展です。また米中貿易戦争もあり頭打ちになりつつある経済成長です。また今後は戦争の影響も懸念されます。

しかも例え中国製造2025により先端分野における製造強国となっても、先端分野の雇用創出効果はかつての重工業に比べ高くありません。さらに債務は拡大し続けGDP比で250%を超え、先進国並みになっています。つまり

借金は先進国並みで収入は新興国並み

が現在の中国です。
 

図6 世界の政府総債務残高(対GDP比)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net) IMF - World Economic Outlook Databases (2023年4月版)

図6 世界の政府総債務残高(対GDP比)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net) IMF – World Economic Outlook Databases (2023年4月版)

図7 世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net)IMF - World Economic Outlook Databases (2023年4月版)

図7 世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング
出典 : 世界経済のネタ帳 (ecodb.net)IMF – World Economic Outlook Databases (2023年4月版)


 

このような課題が山積みの中国経済は、

「大幅な減速をすることなくソフトランディングできるかどうか」

は、指導者と政策立案者にかかっています。

リーマンショックでは、サブプライム問題に直接関係のない日本もアメリカの消費減退で多大な影響を受けました。2021年の世界のGDPに占める中国の比率は18%、世界の経済成長に対する中国の寄与度は30%にも達しています。

もし中国の景気が減速すれば世界中に影響が出ます。

中国の需要が1%減少すれば世界のGDPは0.25%減少します。もし中国で危機が起こり、需要がマイナス9%になれば、世界のGDPは2.25%減少し不況の崖っぷちに立たされてしまうでしょう。

アジアに目を向ければ、中国の需要が1%減少すれば韓国のGDPは0.35%減ります。もし中国の需要がマイナス9%になれば、韓国は激しい不況に陥ります。中国と関係の深い日本も無傷ではいられません。しかも中国経済は巨大になりすぎて、どの国も支えることができません。

約100年前の世界恐慌では、オーストリアで通貨危機が起きた時、ドイツの力を削ぎたかったフランスは通貨危機を煽りました。フランスの望み通りオーストリアの通貨危機はドイツに飛び火し、ドイツにも通貨危機が起きました。しかしフランスの予想外なことに、これはドイツに多額の債権を持っていたイギリス経済に打撃を与えました。つまりオーストリア、ドイツ、イギリスは、同じロープで括られた登山者であり、1人が落ちれば他の2人も無事では済みませんでした。そして通貨危機に端を発した世界恐慌はナチスの台頭を引き起こしたのです。
 

図8 1本のザイルにつながった登山者かも

図8 1本のザイルにつながった登山者かも


 

世界各国の指導者に、中国という巨人と自国が複雑に結びついたロープが見えているのでしょうか。
 

参考文献

「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」トーマス・オーリック著 ダイヤモンド社
「チャイナ・インパクト」柴田聡 著 中央公論新社
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その2 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~

その1はこちらで参照いただけます。併せてご覧ください。
複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~
 
現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故が起きることを、「複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1」で述べました。

この問題に対し、どのように対処すればよいのでしょうか?
 

問題を早期に発見する

密結合のシステムは、小さな問題が連鎖を生み短時間に重大な結果を引き起こします。

それを防ぐためには、問題を早期に発見します。

操作の見える化

最新型の航空機、例えばエアバスA330の操縦桿はジョイスティックです。

対して、アメリカのボーイング737のコックピットには、今でも中央に巨大な操縦桿があります。機首を下げるには操縦桿を前に倒し、機首を上げるには操縦桿を手前に引くという昔ながらの操作です。機長と副操縦士の操縦桿は連動しているので、副操縦士が操縦桿を引けば機長にもすぐに分かります。
 

2009年エールフランス447便のエアバスA330が大西洋に墜落しました。その5年後にはエアアジア8501便がジャワ海に墜落しました。原因は旋回失速でした。つまり旋回中に機首を上げすぎたためでした。機種を上げすぎた時には、機首を下げれば失速しないのですが、混乱した副操縦士は機首をさらに上げてしまったのです。しかも機長はこの致命的なミスに気付きませんでした。
 
操作が機長に見えないことが、問題の発見を遅らせたのです。この問題は最新の自動車にもあります。

シフトレバーの位置はどこ?

映画スタートレックの主演俳優アントン・イェルメンは、愛車ジープ・グランドチェルキーから降りた後、勝手に下がってきた車と塀の間に挟まれて亡くなりました。この車は、シフトレバーを動かしてギヤを選ぶと、その後シフトレバーは元の位置に戻ります。そのため、今ギヤがどこに入っているのかシフトレバーを見ても分かりません。イェルメンはシフトをパーキングにしたつもりでしたが、ニュートラルだったのです。実際、パーキングのつもりがニュートラルやリバースに入っていたという苦情が寄せられていました。

「どのように操作したのか一目でわかる」

単純なことですが、そうでないことがヒューマンエラーを誘発し、重大な結果をもたらしたのです。

図1 分かりにくいシフトレバーは事故の元

図1 分かりにくいシフトレバーは事故の元


 

多すぎる警告の危険

間違った操作、機器の故障、人が気づかない危険を防ぐために、多くの機械は警告を発します。しかし警告が多すぎても混乱します。

ボーイングでは、飛行に有害な影響を及ぼす可能性のある、下記の4項目のうち、高レベル警報を作動させるのはどれとどれでしょうか?

  1. エンジン火災
  2. 着陸降下を開始しているのに着陸装置が出ていない
  3. 空気力学的な失速が差し迫っている
  4. エンジン停止

 

答えは「3. 空気力学的な失速が差し迫っている」です。
 

ボーイングのコックピットでは失速のみ、赤い警告灯が点灯し、赤文字のメッセージがスクリーンに表示されます。操縦桿が激しく振動し、警報音が鳴り響きます。

尚、失速以外の状況では警報音が鳴り響くことはありません。

これは警報システム(に限らずあらゆるシステム)を

必要以上に複雑にして人々を圧倒するな

ということです。

かつて航空機の複雑化が進むと、人の不注意を補うため、あちこちに警告灯や警報装置がつけられました。その結果、コックピット内は頻繁に警告灯が点灯し、警報が鳴り響いていはました。この警告灯や警報がかえってパイロットの注意力や正しい判断の障害となってしまいました。

今は警報が階層化され、日常のフライトではめったに警報は作動せず、あまり重要でない警報にパイロットが圧倒されることはなくなりました。
 

十分な高さはどれくらいか

海抜約60mの山腹にある宮古市重茂姉吉(おもえあねよし)地区には、130年以上前に建立された石碑があります。

「津波は、ここまで来る。ここから下には、家を作ってはならない」

2011年3月11日の東日本大震災では、1896年三陸沖地震の後に建てられた石碑の100m手前で津波は止まりました。
 

一方、地震による津波のため福島第一原子力発電所は発電機が浸水、全電源を喪失しメルトダウンを起こしました。福島第一原発の防波堤10mに対し、女川原発の防波堤の高さは14mあり、13mの津波を防ぐことができました。

では、防波堤の高さは何メートルにすればよいのでしょうか。
 

確率90%に入るのは50%以下

最善のケースと最悪のケースの間の合理的な範囲を考えれば、防波堤を襲う最も高い波は99%の確率で7mから10mに含まれます。

しかし心理学者のドン・ムーアとウリエル・ハランの研究によれば

90%の信頼区間は10回のうち9回はその範囲に入るはずなのに、実際には

真値が含まれる確率は50%以下

であると、予測の研究から述べています。

解決策① 主観的確率区間推定法

そこでムーアとハラン、キャリー・モアウェッジは、主観的確率区間推定法(SPIES : Subjective Probability Interval Estimates) で、両端だけを考えるのでなく、起こりうる複数の結果の確率を予測すべきと提言します。

主観的確率区間推定法とは、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味して、パラメータの値の区間を推定する方法です。従来の統計学では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、データが限られている場合や、データの質が低い場合、正確な区間推定が難しい場合があります。
主観的確率区間推定法では、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味することで、より正確な区間推定を行うことができます。主観的確率区間推定法には、以下の2つの方法があります。

ベイズ統計学に基づく方法
ベイズ統計学では、事前に持つ確率的知識を事前分布として表現します。そして、データから得られた情報に基づいて、事前分布を更新し、推定結果を導きます。

事前分布を用いない方法
事前分布を用いない方法では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、事前に持つ確率的知識を加味できないため、正確な区間推定が難しい場合があります。

主観的確率区間推定法は、従来の統計学よりも正確な区間推定を行うことができるため、さまざまな分野で活用されています。主観的確率区間推定法のメリットとデメリットは、
メリット
・従来の統計学よりも正確な区間推定が可能
・事前に持つ確率的知識を加味できる

デメリット
・事前分布の設定が難しい
・計算が複雑になる可能性がある

主観的確率区間推定法は、事前分布の設定が難しいというデメリットがあります。しかし、事前分布を適切に設定することで、より正確な区間推定を行うことができます。

まず全ての起り得る結果を網羅するように区間を設定し、

次にそれぞれの区間の確率を推定し書き出していきます。

これらの推定確率を元に、以下の表のように信頼区間を推定します。

区間(プロジェクトの長さ) 推定確率
1か月未満 0%
1~2か月 5%
2~3か月 35%
3~4か月 35%
4~5か月 15%
5~6か月 5%
6~7か月 3%
7~8か月 2%
8か月以上 0%

 

例えば、90%の信頼区間を求める場合は、上から合計確率が5%になる信頼区間を切り捨てます。同様に下から合計確率が5%になる信頼区間も切り捨てます。残ったものが90%の信頼区間になります。SPIESを用いた結果、ある研究では、従来型の90%区間に真値が含まれる確率が30%だったのに対し、SPIESで算出した区間の的中率は74%でした。
 
つまり従来の客観的確率で99%とされていたものは、もっと低いかもしれないのです。逆に客観的確率ではめったに起こらない高さの津波は、もっと高い確率かもしれないのです。

なぜ正確な予測が困難なのか?「意地悪な環境」の難しさ

津波のような自然災害は、社会インフラのコストに影響するため多くの専門家が高度なモデルを使って推定します。しかし津波のようなめったに起こらないことは学習ができません。これを心理学者は「意地悪な環境」と言います。実際に起きなければ、予測や決定がどれだけ正確だったか確認できません。しかも自然災害の予測は、わずかなミスも許されません。
 

これに対して、気象予想の専門家は常にフィードバックを受けています。日々予想の正しさを確認しています。これを心理学者は「親切な環境」といいます。結果について頻繁にフィードバックが得られるため、正しい決定のためのパターン認識能力が身につく環境です。

これに対し、「意地悪な環境」では専門家でさえ、自分の決定が正しいかどうか、確認できません。つまり専門知識を身につける機会が限られています。ある実験で、出入国審査官がパスポートの写真を見て別人を通す確率わ調べました。結果は7回に1回、これは実験に参加した学生と変わりませんでした。
 

解決策② 選択を構造化

家を買うとき、様々な家を見るとそれぞれ特徴があります。どの家が「最適な選択」でしょうか。ある家のとても素敵なベランダに心惹かれて、他の欠点は無視してしまうかもしれません。

「ペアワイズ(2因子間網羅)」を使えば、ある特徴に引っ張られることなく、総合的な評価ができます。
 

ペアワイズとは、組み合わせテストの技法の一つで、2つの因子のすべてのペアについて、取り得る値の組み合わせを網羅する手法です。ソフトウェアの不具合の多くは1つまたは2つの因子の組み合わせによって発生する、という経験則に基づいて、すべての因子・水準の組み合わせを網羅するよりも何桁も少ない回数で組み合わせテストを構成することができます。

ペアワイズ法は、以下の2つのステップでテストケースを作成します。
1. テスト対象とする因子と、その因子の水準を特定する。
2. すべての因子のペアについて、それぞれの水準の組み合わせを網羅するテストケースを作成する。
例えば、テスト対象とする因子が「色」と「サイズ」で、色の水準が「赤」と「青」、サイズの水準が「小」と「大」の場合、ペアワイズ法では以下の4つのテストケースを作成します。

色:赤、サイズ:小
色:赤、サイズ:大
色:青、サイズ:小
色:青、サイズ:大

ペアワイズ法は、以下のメリットがあります。
・少ないテストケースで効率的にテストを進めることができる。
・ソフトウェアの不具合の大部分を検出できる。

デメリットとしては、以下の点が挙げられます。
・因子間に明確な関係がない場合に、必要なテストケースが不足する可能性がある。
・因子の数が多い場合に、テストケースの数が多くなる。

ペアワイズ法は、ソフトウェアの不具合の多くを効率的に検出できる有効なテスト技法です。しかし、因子の数や因子間の関係を考慮して、適切に活用することが重要です。

家を選択する場合、リストからランダムに選んだ2つの項目を次々に表示し、自分にとって大切な方をクリックします。この選択を数十回行い、各項目につき0~100までのスコアを算出します。これに対し重みづけをして総合的に評価します。

シアトルに住むリサとその夫は家を買うときにこのペアワイズを使用しました。結果、気に入った家の評価が意外と低く、平均的な不満の少ない家が見つかりました。この手法のおかげで費用面的な細部にとらわれずに済みました。(表2)

表3 家を買うときに行ったペアワイズ

基準 重み 家D 家J 家T
間取り(3ベッドルーム+ゲストルーム) 89 1 1 1
動線の良さ 79 0.5 1 0.5
開放感 73 0 1 1
プレハブを増築できるか 67 1 1 1
戸外や自然環境との一体感 62 1 1 0.5
家の雰囲気 62 1 -1 0.5
大規模な改修が不要 61 1 -0.5 1
お得感 53 0 0 0.5
親しみやすい土地柄 65 0 -1 0.5
近隣地域の質 57 -1 -1 0
近隣住民の雰囲気 54 -1 0 0
加重和(722点満点中) 269.5 155.5 450.5
合計スコア(722を100%とした割合) 37.3% 21.5% 62.0%

※注 2人はプロセスを簡素化するために、評価がとても低かった基準を省いた
 

頭の中に12もの項目を一度に入れておくのは難しいですが、このツールがあればすべてを組み込んだ全体像をつかむことができます。
 

図2 家は大きな買い物

図2 家は大きな買い物


 

解決策③ 死亡前死因分析

プロジェクトが失敗すると、何が問題だったのか、なぜ失敗したのかを検討するための教訓セッションが行われます。医療でいう、死亡後死因分析のようなものです。ゲーリー・クラインは以下のように考えました。

これを事前に考えてみてはどうだろう? プロジェクトを開始する前に、こう宣言するのだ。「今、水晶玉を覗いてみたら、プロジェクトが失敗していました。大失敗です。さてみなさん、少し時間をとって、なぜプロジェクトが失敗したのかを考え、その理由をすべて書き出してください。」

これは心理学者が「先見の後知恵」と呼ぶもので、つまり出来事がすでに起こったと想像することで頭に浮かぶ後知恵です。この先見の後知恵を用いると、特定の結果が起こる理由を見抜く能力が高まります。
 

例 卒業を控えた60人に今後母校の成功を脅かす最大のリスクを書いてもらいました。学生には2種類の質問をしました。
 

(#1) 少し時間を取って、今後2年間に当校の存続や成功にとって最大の脅威となるかもしれない要因や動向、出来事を考えてください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。

(#2) 今は2年後だと想像してください。当校は大苦戦していて、最近の卒業生であるあなたは悪いニュースをしょっちゅう見聞きしています。実際、大学はビジネスモデルの閉鎖さえ検討しているほどです。では少し時間を取って、この結果をもたらした要因、動向、出来事を想像してください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。
 

表 質問の回答

バージョン#1の質問の回答 バージョン#2の質問の回答
学生の実地研修が足りない。他大学の学生に比べて実地スキルを学ぶ機会が少ない アカデミックなことに力を入れすぎて、実践的なスキルや就職支援などに手が回らない
他校のプログラムとの差別化が図れず、毎年卒業生がよい仕事に就けない 学生のカンニングなど学術スキャンダルによって、大学の評判が傷つく
<教室での講義と実際の職業経験とを結びつけていない/td>

多くの卒業生が就いてきた新卒向けの仕事が、人工知能に取って代わられる
他校に比べて卒業生を採用する企業が少ない。就職準備のサポートが不十分 自然災害による公社の損壊。法律改正により海外留学生のビザ取得が困難に
他校との競争や、全般的な経済不安 他校の実地研修が拡充する。オンライン教育により対面での授業が時代遅れになる。経済学部の応用プログラムにビジネススクールの優秀な学生が奪われる

 

バージョン#1の回答と、バージョン#2の回答には明らかな違いがあります。バージョン#1の結果を想像しなかった場合に比べて、バージョン#2ではより多くの理由を思いつき、しかもそれらはより具体的で正確でした。
 

解決策④ 予測能力・直観力を磨く

【2秒早く予測】
アイスホッケー選手ウェイン・グレツキーは、1981~1982年のシーズンで92得点というNHL記録を打ち出し、NHL史上最高のプレイヤーと呼ばれました。ウェインは身長180cm、体重77kgとNHL選出しては小柄でしたが、他の選手よりも2秒早くリンク上の展開が読めました。

ウェインは「パックがある場所へ滑るのでなく、パックが向かうはずの場所に滑り込む」と述べています。

チームメイト グラントファーは「彼は試合の動きが読めるんだ。他の選手はそんなこと考えもしない。不可能だと思っているからね。なのに彼はそれをやってのけるのさ。同僚選手に向けてでなく、スペースへとパスを出す。誰かがそこを滑るはずだし、その位置からなら得点できるとわかっている。だからパックをそこへ送り出すわけだ」と話しています。
 

【自分と会社が一体という感覚】
シリコンバレーの投資家 元ネットスケープ・コミュニケーションズのベン・ホロウィッツは、ラウドクラウドのCEO時代、データを見るのではなく自社についての知識を頭の中に詰め込んでいました。

製品、顧客、従業員、課題や脅威などの情報が頭の中をうまく流れるようにしていました。ホロウィッツは自分が会社と一体だという感覚で仕事を行っていました。

そのため、難題が持ち上がっても打つべき手が瞬時に頭に浮かびました。

ホロウィッツはこの感覚を持った人材をタイプ1の人材と呼びました。企業への投資はタイプ1の人材がいるかどうかで決めていました。

一方、企業にとってはタイプ1とは違うタイプ2の人材も必要であり、細かい点に注意を払って実行役を果たすと考えていました。ただしタイプ2の人材は想定内の話しかできません。

CEOが完全な情報をもとに判断を下すことはあり得ないため、これまでの経験から複雑で巨大な情報のかたまりを脳内で咀嚼し、解決策を即座に判断できます。また、見過しがちな変化やチャンスに注意を払うことができます。
 

【とにかく行動】
ボストンのトーマス・メニーノ市長は、支持率は72%で、2009年5期目の再選を果たしました。

メニーノ市長はひっきりなしに街に出て、世論調査はせず、コンサルタントにも頼らない方針でした。泥臭い仕事を自分でこなし、「熟考より行動」を重んじていました。その積み重ねでメニーノ市長は自分の判断がどんな影響を及ぼすのかをほぼ瞬時に見通すことができました。

彼は、1万時間を超える時間をかけてボストンについての予測脳を築きました。
 

解決策⑤ 小さなミスから学習する

システムが小さなエラーやミス、その他警告サインという形で私たちに投げかける情報から、学習することを欠かさないようにします。

小さな過ちやニアミスから学習する方法をアノマライジングと呼びます。
 

【ステップ1】

  • アノマリー(計画したことと実際に展開する状況との乖離)の収集
  • 危険なニアミスの報告の収集
  • うまくいっていない物事を発見
  • 例えば航空会社は航行中の航空機からも直接データを収集

 

【ステップ2】

  • 指摘された問題に対処

 

【ステップ3】

  • 問題を掘り下げ、根本原因を特定し対処
    例 同じ病棟で投薬ミスが繰り返し起こっていた
  • 調査の結果、看護師たちが立ったまま投薬の準備をする間、何かと邪魔が入って投薬準備がしょっちゅう中断されていた
  • 対策として投薬準備室を設けた
  • 問題が解明したらヒヤリハットの事例は組織全体で共有

 

【ステップ4】

  • 警告サインを受けて講じた解決策がちゃんと機能しているか検証
    例 航空会社での手順ミスが発生した
  • コックピットにパイロットがもう一人乗り込んでクルーの仕事を見守る
  • チェックリスト項目の見逃しや手順の混同がないか確認して対策の有効性を検証

 

検証を行うことで、解決策が問題を悪化させる事態を防ぐことができます。
組織の中で「報告者が責められるようなことがあれば、システムに生じたまちがいや事故を指摘する人など誰もいなくなる」というような「あやまちを魔女狩りにする」のでなく、学習機会とみなす文化が必要になります。

UCSFの医師ボブ・ワクター氏は、「組織の安全性を測るものさしは、ファインプレーをした人がCEOに表彰されるかどうかではない」

「たとえ勘違いでも声をあげた人が表彰されるかどうかなのだ」

と述べています。

図3 小さなミスを収集して学習するサイクル

図3 小さなミスを収集して学習するサイクル


 

失敗を引き起こす権力

ウィスコンシン大学で、以下のような研究が行われました。

まず、面識のない3人の参加者に学内の様々な問題を議論させます。その後、3人の中からランダムに選んだ1人を評価者に指名し、他の2人について議論の貢献度に応じて点数をつけてもらいます。評価者は選ばれたのがただの偶然であることを知っている状態です。
 

次に、議論の30分後にチョコレートチップクッキーを差し入れます。

チョコレートチップクッキーは全員分のおかわりがなく、2枚目のクッキーをもらえるのは評価者に選ばれた人だけです。この、「評価をする」というわずかな権力意識が、評価者自身に「自分は2枚目を食べる権利がある」と思わせました。

しかも食べ方も汚く、「脱抑制摂食行動」の兆候が見られました。動物のような食べ方で、他の参加者に比べて口を大きく開けて食べたり、クッキーのかけらを顔やテーブルにこぼしていました。
 

① 権力意識が現場の直感を阻害する

【他人の意見を聞かない】

前記の研究から、ささやかな権力意識を手にするだけで人は腐敗することが分かります。そして他人の意見を曲解したり却下したりします。「議論で他人の発言を遮る」、「自分の順番でないときに発言する」、「専門家であろうとなかろうと他人の助言を聞き入れない」などの行動を起こす可能性が高くなりました。

権力を持っている状態は、脳に損傷がある状態と少し似ているといえるでしょう。

「権力者は脳の前頭葉眼窩部に損傷を受けた患者とそっくりの言動をとることが多い」

この領域の活動が低下すると、衝動的で無神経な行動をとりがちになります。複雑系では、失敗の前に

失敗が近いことを示す手がかり

が現れます。その多くは役職者より現場の人の前に現れます。しかし彼らは「上司はどうせ聞いてくれない」と思います。声を上げることはありません。
 

【予兆を妨げる上司】
ウィスコンシン大学のジム・ディタートは従業員の素直な意見を促すために企業が行っている取組を調査しました。その結果「ベストプラクティス」とは程遠い現状が浮き彫りになりました。

「オープン・ドア・ポリシー」は、効果が上がっていませんでした。上司との会話においても、問題の責任は部下にあり、それは乗り越えがたいハードルでした。

ウィスコンシン大学のディタートとパリスは「匿名で意見を言える仕組みにすれば、その背後に『この組織で思っていることを素直に言うのは危険だ』というメッセージが言外隠されている」と指摘しました。
 

② 開かれていないリーダーシップ

リーダーは何より「人がいかにヒエラルキーに忖度しているか」このことを理解することがとても重要です。前述のディタートは以下のように述べています。

ほとんどの人が意識していなくても、上役のご機嫌を損ねていないだろうか、人間関係を損ねていないだろうか、といつも気にしている。だから上司は、ただ和やかな雰囲気をつくり、オープン・ドア・ポリシーを唱えるだけではだめなんだ。誰かがやってきて声を上げるのを待つんじゃない。自分から行かなくては。会議で誰も反対しないからといって、全員が合意していると思ってはいけない。多様な意見を促そう。部下が意見を言える場を頻繁に設けよう。そうするうちに、声を上げることが特別なことではなくなり、いつものありふれたことになる。

 

「声を上げるよう積極的に促さないのは、抑えつけているのと同じだ。ネガティブなことをしないというのでは全く不十分なんだ」

しかし、メンバーが声を上げやすいように様々な取組をした結果、根拠のない懸念や的外れの意見まで殺到したらどうしたら良いでしょうか。寄せられるアイデアにはよくないものもあります。ただ文句を言いたいだけの不満分子かもしれません。

素直な意見を促すとき、よいアイデアだけが出てくることはありません。一部の意味のないアイデアで時間を無駄にするかもしれません。そのコストと、とても重要なことを見過すコストをてんびんにかけなければなりません。どちらを大切にするべきか、判断するのはリーダーです。

システムが線形系であれば声を上げることがあまり重要でないかもしれません。失敗は明白で人目に付きやすく、些細なエラーでメルトダウンを引き起こすことはめったにありません。

しかし複雑系では何が起こっているかを把握するのは、一個人の能力では限界があります。その上システムが密に結合していれば、間違いの代償はとても高つきます。

複雑系のデンジャーゾーンでは、少数意見を無視できないのです。
 

レジリエンスを高める

十分な対策をしても大規模な災害を防ぎきれないもしれません。

レジリエンス・エンジニアリング、認知システム工学のE・ホルナゲルは、大規模な災害が起き、それは防ぎきれないという前提で「被害を最小限に食い止め、早期の復旧を目指すべき」という考え方を提唱しました。(レジリエンスとは弾性力、回復力を意味し、物理学、生態学、心理学で用いられます。)

東日本大震災では、巨大な津波が防潮堤を乗り越えて人命や財産を奪いました。レジリエンス・エンジニアリングでは、ハードウェアだけで津波を100%防ぐのでなく、例え津波が乗り越えても被害を最小限に抑え、そして被害から早期の復旧ができることを目指します。

これは強固なハードウェアに頼るのでなく、社会システムを構築し、人や組織が臨機応変に柔軟に対応することで問題に対処するという考え方です。そのためには事前に様々な場面を想定し、臨機応変な対応ができるような訓練が必要です。

つまり、これまでシステムやルールを守り安全を確保する「第1種の安全」に対して

2被害をできるだけ抑えて、機能の維持と回復に向かう取組は「第2種の安全」と呼べるでしょう。
 

表 第1種の安全と、第2種の安全の比較

Safety-Ⅰ Safety-Ⅱ
安全の定義 悪い方向へ向かう物事ができるだけ少ないこと できるだけ多くのことが正しい方向へ向かうこと
安全管理の原則 何かが起こった時に、反応し、応答する 事前対策的、発展や事象を予期するように努める
事故の説明 事故は失敗や機能不全が原因で起こる 結果によらず、物事は同じ方法で起こる
ヒューマンファクターの見方 責任 資源

 

参考文献

「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1~複雑化するシステムと密結合が起こす事故~

現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。

そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故になってしまいます。
 

小さな失敗と思いがけない事故

 

スリーマイル島原子力発電所事故

1979年3月28日アメリカ ペンシルベニア州のスリーマイル島にある原子力発電所で事故が起き、炉心溶融(メルトダウン)という重大な結果になりました。

きっかけは保全のために、2次冷却水系のイオン交換樹脂を交換したことでした。この作業中、弁を制御する圧力空気の経路に少量の水が混入しました。

これが原因で主給水ポンプ、復水ポンプが停止し、発電用タービンが緊急停止しました。

その結果、一次冷却系の圧力が上昇しました。そのため原子炉は自動的に核反応を停止(制御棒を炉心に全部挿入)しました。

しか原子炉内では崩壊熱の発生は続き、一次冷却系の圧力は上昇しました。そのためパイロット・オペレーション・リリーフバルブ(PORV)が自動的に作動し、一次冷却系の圧力を下げました。
 

ところがPORVは故障していました。PROVをオフするように信号が送られましたが、信号がオフになってもPORVの弁が開いたままでした。ところがPORVの弁の開閉を検知するセンサーはないため、計器盤が表示するPORVへの信号のオフから、誰もがPORVの弁は閉じていると思いました。

実際は、原子炉内の冷却水は高温になり、圧力容器内の水は激しく沸騰し気化していました。

これにより気化した蒸気の泡が水位計に流入しました。そのため、水位計は十分な水位を示すという間違った表示をしました。

こうしたことが重なり、オペレーターは炉内で起こっていることを正しく理解できませんでした。

こうした誤った情報から、オペレーターは炉内の冷却水が過剰気味と考えました。

そして緊急給水ポンプを停止してしまいました。PORVから蒸気の放出は続き、ついに原子炉内の炉心コア頂部が露出しました。そして水素の発生と燃料棒被覆の溶解が起きました。
 

午前6時にシフト交代がありました。交代したチームはPORV近辺の温度異常に気付きました。すぐにPORVのバックアップバルブを閉じましたが、この時すでに120,000Lの一次系冷却水が放出されてしまいました。

結局、炉心溶融(メルトダウン)により、燃料の45%、62トンが溶融ました。このうち20トンは原子炉圧力容器の底に溜まってしまいました。給水回復による急激な冷却によって、炉心溶解がさらに深刻化しましたた。

実際には、最初の配管トラブルと蒸気発生器への給水ポンプの停止から、原子炉内の圧力上昇、PORVの弁の固着とPORVの誤表示までは、わずか13秒の間でした。

その後10分以内に炉心の損傷が始まっていました。

この事故は、操作員のミスと、あとから振り返って初めてわかる「あとになってわかる過失」が重なったために起きた事故でした。
 

中華航空機事故

1994年(平成6年)4月26日に台湾発名古屋空港行きの中華航空140便(エアバスA300)が名古屋空港への着陸進入中に墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡しました。この事故は、日本では日本航空123便墜落事故(死者520人)に次ぐ惨事でした。

事故の原因は、名古屋空港への着陸進入時に、副操縦士が誤って着陸やり直しスイッチ(ゴー・レバー)を押してしまったためでした。

副操縦士が知らない間に着陸やり直しの自動操縦モードになっていたのです。そうとは知らない副操縦士は、着陸のため操縦桿を押して機首を下げようとしました。しかし自動操縦モードは着陸やり直しになっているため機首を上げました。副操縦士がいくら操縦桿を押しても機種が下がらないため、機長は着陸は無理だと判断しました。そして着陸をやり直すため機首を上げようとした時、機体は突然急上昇しました。その結果失速し、墜落しました。
 

ボーイングに代表されるアメリカ製航空機は自動操縦装置について、「思いがけない事態が生じた際は、いつでも手動操縦に切り替えることができる」という考え方でした。事故機の副操縦士は、ボーイングの操縦経験が長く、このアメリカ製航空機の考え方に馴染んでいました。

それに対しエアバス社は、「人はミスを犯すものであり、それをコンピューター制御によって防ぎ、正しい操縦を行うことで安全性を高める」という考え方でした。かつてパイロットのミスによる航空機事故が何度も起きたため、エアバス社はこういう考え方になりました。

現代の航空機は、コンピューター制御と人の操作の領域が複雑に重なり合っています。その重なり方もボーイングとエアバス社で異なっています。

しかし航空機の操縦は、時には一瞬の遅れやミスが許されない場合もあります。その時、複雑な重なりは、致命的な事故になりかねません。

 

ひとつのミスが許されない「酸素容器の取り扱い」

1996年5月バリュージェット航空592便の機内で火災が発生、機は墜落しました。

原因は貨物室内にあった酸素発生装置が誤って作動し、貨物室内に酸素が放出され、この酸素が貨物室の火災を引き起こしたためでした。

この酸素発生装置は、バリュージェット航空の下請け整備会社セイバーテック社がアタランタへ飛ぶ592便の貨物に入れたものでした。しかし、酸素発生装置は輸送のための適切な処理がされていなかったのです。

【酸素発生装置の取り扱いルール】
航空機は非常事態の場合、乗客に酸素マスクを提供します。そのため、酸素発生装置(バルブのついた酸素ボンベ)を航空機は積んでいます。これは使用期限が来れば新しいものと交換します。交換した酸素発生装置の取り扱いは「期限切れ」「使用済みでない」の場合は安全キャップをつけなければならないルールでした。しかし、セイバーテック社の整備工は酸素発生装置の使用期限を区別していませんでした。

使用済みと期限切れの関係は表1のようになっていました。

表1 酸素発生装置の処理

使用期限 使用の可否 安全キャップ
期限切れ 使用済み 不要
使用済みでない 必要
期限切れでない 使用済み 不要
使用済みでない 必要

 

もし整備工がバリュージェット航空の作業命令書を読んで、

MD-80型機の分厚い整備用マニュアルの第35-22-01章「h」行から調べていたとしたら、

「酸素発生装置の保管または廃棄」に関する説明にたどり着いていたはずです。

そして、もしも丁寧に選択肢を検討してマニュアルをめくっていたなら、

「すべての使用可能/使用不可な(使用済みでない)酸素発生装置(容器)は、高温や損傷の危険にさらされない場所に保管すること」

を学んでいたはずです。
 

また、もしも括弧でくくられた「(使用済みでない)」の意味をじっくり考えていたのなら、

「(使用済みでない)」容器が「使用不可」な容器であることを察していたはずです。

しかもセイバーテック社は出荷用のキャップを持っていませんでした。

本来であれば、これらの酸素容器を安全な場所に移し、マニュアルに説明された手順に従って「起動されるべき(バルブを作動して酸素を解放)」だったのです。

ジャーナリスト兼パイロットのウィリアム・ランゲビーシュはこの事故に関して「アトランティック」誌に以上のように書いていました。
 

安全は、個人の注意力や能力、個々の装置の問題だけではなく、人や設備、運営を含めたシステムの問題も考慮しなくてはいけません。そのシステムが複雑で入り組んでいることが問題なのです。

正解に至る道筋がわかっていても、そこに至る道筋に

様々な分岐や選択肢があれば、正解にたどり着けるとは限らないのです。

さらに現代の事故の原因には、システム内での相互作用があります。
 

複雑さを増すシステムと密結合の危険

 

複雑さを増す現代のシステム

イェール大学チャールズ・ペロー氏は、航空機事故から原子力発電所や化学工場の事故を調査し、思いがけない相互作用が発生し小さな失敗が予期せぬ方法で組み合わさって大きな事故を起こすことに気が付きました。

このシステムの脆弱性を以下の二つの変数で表しました。
 

(1)線形系と複雑系
線形系の例 自動車工場の組立ラインなど製品が順に流れて作業を行うものなど

  • シーケンシャルに進む
  • 不具合が起きてもどこで発生したかすぐ分かる
  • 影響が及ぶ範囲も明確であることが多い

 

複雑系の例 原子力発電所

  • 入り組んだ網に近く、構成要素が相互に影響し合う
  • サブシステムが多くの構成要素と結びついている場合が多い
  • 一見無関係な要素が間接的につながっているため、何か問題がおきるとあちこちに影響する
  • 問題を直接見ることができず、情報は断片的にしか入らない(これは双眼鏡で遠くを見て、足元を見ずに断崖絶壁の近くを歩いているようなもの)

 

(2)システム内のゆるみの大きさ(結合の強さ)
2番目はシステム内での構成要素の相互の結合の強さです。構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないものを密結合、スラックやバッファーがある程度あるものを疎結合と呼びます。
 

密結合と疎結合

構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないため、ひとつの構成要素の不具合が他に影響を及ぼしやすい。この状況を密結合といいます。
 

【密結合の例 原子力発電所】
ものごとを正しく行うだけでは不十分です。正確な量のインプットを決まった順序で、決まった期間内に行わなければいけません。失敗してもやり直すことはできず、代用品や代替品がうまくいくことはありません。

つまり、ものごとを正しく行う方法は一つしかない状態です。

いろいろなことがあっという間に起こり、問題を解決する間システムを停止させておくことはできません。

原子力発電所の核分裂反応の制御がまさにそうです。

核分裂反応は特定の条件がそろう必要があります。正しいプロセスからわずかに逸脱しても問題が起きます。問題が起きてもシステムを一時停止できません。核分裂反応は連鎖し独自のペースで進行し続けます。もし中断できても崩壊熱はその後も発生し続けます。そして過熱した原子炉には直ちに冷却水を注入しなければなりません。タイミングが遅れれば炉心融解に至りかねません。
 

【疎結合の例 航空機製造工場】

尾翼と胴体は別々に製造されます。片方に問題起きても、二つの部分を結合する前であれば修正できます。しかもどちらを先に製造しても構いません。何か問題が起これば、その部分の製造を中断すればよく、後から作業を再開できます。

これを図にまとめると以下のように表せます。

図1 密結合と複雑な相互作用

図1 密結合と複雑な相互作用(「巨大システム失敗の本質」より著者作図)


 

郵便局や大学は疎に(緩く)結合しています。物事を正確な順番で行う必要はなく、問題を修復する時間も十分にあります。

ただ郵便局に比べて大学は入り組んだ官僚制機構です。非常に多くの部門と、部署、役職、規則、そし研究者や教員、学生、事務員などて様々な動機を持った人がいます。そのため相互の関係は複雑で予測不能な状態で結びついています。

ただし大学の場合は疎結合です。時間をかけて柔軟に問題に対応することができます。しかもある学部の問題は他の学部に影響することは稀です。社会学部のスキャンダルは医学部に影響を及ぼしません。

この結びつきの「固い」と「弱い」の違いを表2に示します。
 

表2 「固い」結びつきと「弱い」結びつきの比較

固い結びつき 弱い結びつき
作業過程における遅延は不可能 作業過程における遅延が可能
手順の順序は変えられない 手順の順序は変えられる
目標を達成する方法は1つだけ 代替的な方法がある
資材、装置、従事者における「たるみ」は少しだけしか許されない 資材、装置、従事者における「たるみ」は許容可能
以上の緩和策や予備手段はあらかじめ周到に組み込まれている 緩和策や予備手段はケースバイケースで用意できる
資材、装置、従事者の代替は限られているか、あらかじめ用意しておくしかない 資材、装置、従事者の代替もケースバイケースで対応できる

 

危険なのはマトリックスの右上

ペロー氏は、システムがメルトダウンを引き起こすのは、複雑系と密結合の組み合わせと言います。

複雑系では小さなエラーは避けられません。そしていったん歯車が狂い始めるとシステムは不可解な兆候を見せます。手を尽くしても問題を正しく診断するのは容易でありません。時には間違った問題を解決しようとしてしまいます。そして事態をさらに悪化させます。この時、密に結合されていれば、倒れ始めたドミノを止められません。失敗は制御不能になってしまいます。

図2 潜在的な危険の大きい技術の破局性と代替可能性

図2 潜在的な危険の大きい技術の破局性と代替可能性(「巨大システム失敗の本質」より著者作図)


 

ペロー氏はこの種のメルトダウンを

「ノーマルアクシデント(起こるべくして起こる事故)」

と名付けました。

ここでノーマルとは、頻繁に起こるという意味でなく、当たり前で避けがたいという意味です。

ペロー氏によればこのノーマルアクシデントは
「安全を期すためにどんなに力を尽くしても、(複雑な相互作用のせいで)複数の失敗の思いがけない相互作用が、(密結合のせいで)失敗の連鎖を招いてしまうような状況」
と定義しました。

こうした事故は

起こってはいけないことが起こったのではなく、

こういった複雑なシステムでは頻度は非常に低いが「起こるものである」

とペロー氏は主張しています。
 

金融 コンピューターによる高速取引プログラム

金融での複雑性と密結合
2012年8月1日、ニューヨーク証券取引所で製薬会社ノバルティスの株が乱高下しました。その結果、10分間で1日分の取引が行われました。しかも同様の不可解な動きがGMやペプシなど主要銘柄でも起きました。

原因は、大手証券取引仲介業者ナイト・キャピタルのシステムが誤発注したためでした。ナイト・キャピタルはまるで市場を相手に「手札を全部さらしてポーカーをしている」かのようでした。ナイト・キャピタルは、毎分1500万ドル強の損失が発生し、損失合計は5億ドルにも上りました。

密結合ではひとつのミスが命取り

2011年11月に個人投資家流動性プログラム(RLP)という新制度が導入されました。それに対応するため、ナイト・キャピタル社はプログラムを改修しました。RLPに対応するためのフラグを、以前は使用していたけど今は使用していない「パワーペグ注文」というフラグを使いました。すでにパワーペグ注文のコードは無効にしてありました。プログラマーはRLPに対応したプログラムを8台のサーバーに導入しました。ところが1台のサーバーはプログラムを入れ忘れました。
 

8月1日新しいプログラムが稼働すると、新しいプログラムをインストールしなかったサーバーは、RLPに対応したフラグを古いパワーペグコードと受け取り、パワーペグコードで決定した価格で注文を毎秒数百件の速度で出し続けました。しかもこの異常な注文は、システム画面に表示されず、誰も気づきませんでした。

ナイト・キャピタル社は、このたった1日のトラブルで破産しました。
 

こんなことは、原子力発電所や証券取引ぐらいで、自分たちには関係ないと思うかもしれません。

ところがシステムの複雑性と密結合は、今や私たちの身近なところにもあるのです。

複雑性と密結合の増す製品

ATMをハッキング
ホワイトハッカーで、セキュリティの専門家バーナビー・ジャックは、2010年ハッカーの年次国際会議でATMのハッキングをデモンストレーションしました。

車を止める
ハッカーのチャーリー・ミラーとクリス・バラセクは、「ワイヤード誌」の依頼でジープ・チェロキーのハッキングをデモンストレーションしました。チェロキーのエンターテイメントシステムに、モバイルネットワークから侵入し、車載コンピューターにアクセスしました。そして走行中の車のエンジンを停止させました。記事掲載から3日後、クライスラーはセキュリティの脆弱性を認め、140万台をリコールしました。

今ではこれまでオフラインだった自動車やATMがオンラインでつながっています。そのためセキュリティ上の脆弱性が増しました。加えてIoTでこれらの機器の上位システムともつながっています。今後、自動車、家電製品、工場内の設備など多くの機器もネットワークにつながり、相互に影響しあうようになっていきます。しかも私たちは途中過程を見ることができません。

システムの複雑性と密結合が強化され、思わぬ結果が起きる可能性は高くなっているのです。

一方、巨大な組織は、多くのメンバーが複雑に役割分担しています。こういった複雑な組織でも問題は起きます。

 

よい人がみんなで起こす悲劇

1986年1月、スペースシャトル『チャレンジャー号』は、打ち上げ73秒後に空中分解しました。低温のため補助ロケットの接合部分を密閉する部品(Oリング)から燃料が漏れ爆発しました。Oリングメーカー サイコオール社の技術者ボイジョリーは低温での危険性を指摘し、打ち上げ延期を主張していました。

しかしNASAの責任者は、『チャレンジャー号』の打ち上げが何度も延期されたこともあり、「気温12度? 春まで待てと言うのか!」と声を荒げました。
 

この事故についてアメリカの組織社会学D・ヴォーンは、関係者への聞き取りや関係文書の収集・調査を行いました。その結果、Oリングのリスクはサイコオール社だけでなくNASAでも共有されていることがわかりました。このようなリスクがあるのにも関わらず、正式な実験や安全審査の手続きを経て、打ち上げは決定されました。

つまり、この事故の真の原因は、はたから見ればルールや常識に外れたことでも、当事者たちはおかしいと思わず、当たり前のように振る舞っていたことでした。

しかもNASAのような専門的な業務は、高度に専門分化しています。担当者は自分たちの業務に長い経験を持つため、部外者には問題点分かりません。D・ヴォーンはこれを「構造的な秘密性」と呼びました。
 

これまでNASAは、NASAという組織の規則や慣習に従い、プロジェクトがうまくいくように取り組んできました。そのため、ボイジョリーのような部外者が直感で中止を訴えても、それは仕事の円滑な遂行を妨げるだけだとNASAは考えました。D・ヴォーンはこれを「逸脱の常態化」と呼びました。

これによる事故を防ぐには定期的に「外部の目」を入れます。今回の事例では、NASAやサイコオール社の別の部署の技術者に意見を出してもらうことです。同じ組織でも別の部署や異なる業務をしていれば「逸脱の常態化」に気づくことができます。
 

平穏無事に潜む危険

イギリスの心理学者・安全研究者 J・リーズンは、多くの組織で生産性と安全性のせめぎあいから、安全性が削られていると考えました。しかし大事故が起こるまでは平穏無事な状態です。そののため、小さなトラブルや軽微な事故が起こっても抜本的な解決はされないままでした。

図3 リーズンによる安全性の関係

図3 リーズンによる安全性の関係

こうした潜在的な危険を封じ込めるため企業は安全対策を重ねます。これは防護壁を何重にも張り巡らせている状態でか。これを「深層防護」と呼びます。リーズンは一見すると安全な深層防護の「平穏無事に潜む危険」が大事故を引き起こすと主張しました。様々な安全対策やルールによる深層防護壁も、実はヒューマンエラーやルール無視があれば穴が開いた状態です。これは図5のスイスチーズにたとえられます。

図4 防護と損害の相互関係

図4 防護と損害の相互関係

大事故が起きると「以前から問題があった」「いつか事故が起きると思っていた」という証言が出ます。その一方で7年間無事故など、それまでは安全に問題はありませんでした。これは防護壁が穴の開いたチーズであることを示しています。

図5 防護壁は穴の開いたチーズ

図5 防護壁は穴の開いたチーズ

リーズンは、「高度な深層防護はシステムをより複雑にし、その管理者や運転者にとって、システムが不透明なものになってしまう」ことを指摘しました。

その原因は、組織の文化に起因します。

組織全体で安全を高めようとする組織文化を「安全文化」と呼びます。これは次の4つの要素からなります。

  • 報告する文化
    組織の中で安全に対する情報を積極的に共有する
  • 公正な文化
    するべきこと、やっていいこと、してはいけないこと、この3つの境界線が明確で、これらを行った場合の顕彰や処分に対し構成員は納得している
  • 柔軟な文化
    時と共に変化する要求や、危機の際の突然の要求にも、必要な役割や権限をすぐに調整できる
  • 学習する文化
    現状に満足せず、経験や情報を活かして、ときには手直しもいとわない姿勢

 

では、この安全文化は具体的にはどのように取り組めばよいのでしょうか、これについては次の経営コラムでご案内します。

参考文献

「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
 

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「中国経済の誤解 ~学ぶべきマクロ経済コントロールと今後の課題~ その1

今や中国は世界第二位の経済大国、中国経済の世界に対する影響とてもは大きいです。

加えて日本やアジアの国々はグローバルなサプライチェーンの中で中国と密接な関係があります。中国経済失敗のリスクは計り知れないでしょう。

ところが中国に対する正しい情報は意外にありません。マスコミから出てくる情報は、人日の注目を集めるためにある面をだけを強調しています。

中国経済はこれまで何度もピンチになりながら、苦境を乗り切ってきました。一部の評論家は「悪い一面」だけ切り取って「中国経済が崩壊する」と主張していました。実際はどうでしょうか。

そこでトーマス・オーリック著「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」を参考に、中立的な視点でこれまでの中国の政治・経済の取組と今後について、2回にわたり述べます。
 

中国の政治機構の特徴

「中国は共産党独裁だが、独裁者ではない」

共産党の権限が非常に強く、欧米など民主主義国家ではできないことも短時間に実行できます。その意思決定は「少数の指導者の合議」です。独裁者のように一人で決めているわけではありません。

その点、アメリカや日本など民主主義国家でも、選挙で選ばれた首相や大統領が強い権限を持ち、意思決定をします。

そのリーダーの判断は正しいのでしょうか。

中国の場合「国務院」が非常に強い権限を持っています。その国務院の10人のメンバーで行われる「常務会議」で重要な意思決定がされます。10人が同意すれば実行できるため、意思決定はスピーディーです。

対して日本は全閣僚をメンバーとして閣議が週2回行われます。しかし全会一致がルールで1人でも反対すれば政府決定できません。

一方中国の閣僚は人数が多すぎる(図1参照)ため、常務会議に参加しません。そのため中国の大臣は政治家というより官僚に近い存在です。
 

図1 国務院組織

図1 国務院組織


 

方針の違い

「国家が指導し、企業は国の指導に従う」

という仕組みが国の統治構造の中に組み込まれています。例えば商業銀行法にも「国家の指導」という条文が存在します。「商業銀行は、国民経済及び社会の発展の必要に基づき、国の産業政策の指導の下に貸付業務を営む」と規定されています。
 

政経一体のシステム

中央銀行(人民銀行)は政府の一機関です。欧米のような中央銀行の独立性が保たれていません。そのため税制の変更に法律の改正が不要で(日本は法律の改正が必要)、極めて短い間に税制を変更できます。そのため金融政策と税制改正を政府決定だけで実施できます。金融政策、財政政策、税制を組み合わせて経済をコントロールすることができ、政策の自由度が日本よりも高いのです。
 

強力な役所

日本にはない強い権限を持った「国家発展改革委員会」があります。この委員会は、短期から中長期の経済計画や産業政策、エネルギー政策、物価管理まで担う経済全般にわたる総合的な企画調整機能を持つ機関です。この国家発展改革委員会がリーマンショックの時、4兆元の内需拡大策を取りまとめました。
 

地方政府の力

中国の政治機構の特徴として、地方政府の力がとても強いことが挙げられます。この地方政府は、税収、雇用、地方経済の運営を任されています。一極集中の日本は東京がGDPの19%を占め巨大な経済圏を構成しています。対して中国は北京のGDPに占める比率は3%にすぎません。

中国の各地方には有力な国有企業があります。彼らは地方政府と結びつき、地方の雇用を担っています。地方経済が減速すれば、国有企業は設備投資を増やして地域の経済を活性化させます。地方政府にとって国有企業は、成長、雇用、収賄の源泉です。

一方日本は公共事業は国や自治体が主体となって行いますが、中国ではインフラ整備などの公共事業は収益事業です。そのため第三セクターのような事業会社「地方融資平台(地方融資プラットフォーム)」を設立して行います。
 

国有銀行の存在

中国では銀行の金利は自由化されておらず、金利は何%のスプレッドと決まっています。これまで経済が成長し物価が上昇していた中国では、預金金利が物価上昇率よりも低い場合、資産の目減りを避けるため人々は預金より有利な投資先を探します。

一方、国有銀行は国がバックにあるため、倒産することはありません。その結果、融資審査が甘くなります。景気が減速すると、地方政府からは景気対策のため、採算性の低い国有企業にも設備投資のために融資するように圧力がかかります。これが不良債権の温床になっています。
 

他国の経済政策の失敗

中国にとって幸いなことに、中国が経済成長を遂げる中で様々な問題に直面した時、日本、韓国をはじめとした多くの国で、失敗事例「教科書」があったことです。
 

経済成長の定石

経済的に貧しい発展途上国は、海外からの投資だけでは経済成長はできません。海外から投資を受け工場を建てても、自国にはそこまでの規模の市場がないからです。そこで

必要なのは輸出です。

海外から投資を受けた工場が製品をつくり、それを輸出すれば多額のお金が国に入ってきます。そのお金を投資に回せばつさらに成長します。こうして成長の歯車が回り始めます。アフリカなど資源があっても貧しい国は、投資による製造業の発展と輸出の歯車が回っていないのです。

一方、成長の歯車が回り始めると海外からお金がどんどん入ってきて賃金が上昇します。これに伴い物価も上がります。この経済成長している国の最大の課題はインフレです。賃金の上昇よりもインフレが高いと、豊かになっている過程にも関わらず人々の生活が苦しくなります。人々の不満がたまって、これが社会不安の引き金となります。
 

日本のバブル崩壊

日本は1985年のプラザ合意で急激に円高が進行しました。これによる景気後退に対処するため、日銀は公定歩合を引き下げました。これにより過剰に流動したお金が株と不動産に向かいました。

「土地の値段は下がらない」

という土地神話があった当時の日本は、銀行は土地を担保に採算性の低い案件まで過剰に融資しました。担保至上主義の銀行は土地があればどんどん貸しました。こうして借りたお金が株価を押し上げました。

日本はこの加熱した経済を冷やすのが遅れました。やうやく大蔵省が総量規制を実施した時にはバブル崩壊というハードランディングになってしまいました。急激な信用収縮が発生しました。土地の値段が大幅に下がり、担保価値は急減し銀行は多額の不良債権を抱えました。

しかしこの時、多くの人々にあったのは、乱脈融資を行った銀行に対する怨嗟の声でした。

「なぜ税金で銀行を救うのか」

及び腰になった大蔵省、政府は金融機関への公的資金の注入が後手にまわりました。景気が急速に悪化した日本経済に対し、財政出動は不十分でこれが不況を長期化させました。こうして日本は失われた20年へ突入しました。
 

図2 バブル崩壊で不景気に

図2 バブル崩壊で不景気に


 

このバブル崩壊はもうひとつ大きな出来事のきっかけになりました。長年続いた自民党政権が下野したのです。

つまり宴はほどほどのところで冷や水を浴びせるべきでした。そして、もし不景気に入ったときは、やるべきことを(公的資金注入、経済対策、ゾンビ企業の退出)躊躇すれば、代償はとても大きいのです。経済の失敗は政治を不安定化させてしまいます。

中国の政策決定者は、経済運営に失敗すれば現体制が揺らぎかねないことを学んだのです。

また彼らは国内市場を安易に外資に開放すればどうなるかも学びました。
 

アジア通貨危機

1990年代、海外からホットマネーが流入し、タイ、インドネシア、韓国などアジアの国々は好景気に沸きました。しかし血縁者を優先する縁故資本主義、巨大財閥が見栄を張るためのプロジェクトに投資するなど、成長のための投資ではない非効率な投資も多くありました。こうして好景気の陰で隠れ不良債権が膨らんでいました。

この時アメリカのヘッジファンドは、アジア諸国の中央銀行が過大に評価されていることに気づきました。そして彼らは「自国通貨を買い支えることはできない」と踏んで大規模な空売りを仕掛けました。1997年5月ヘッジファンドに空売りを仕掛けられたタイバーツは急落し、タイから大規模な資本逃避が発生しました。こうして外貨が枯渇し海外との決済資金が不足したたタイは、8月にIMFの救済を受けました。これは10月にはインドネシア、11月には韓国にも飛び火し、IMFの救済を受けました。

こうしてIMFの管理下に入ると緊縮財政を取らざるを得ません。これにより激しい不況になりました。韓国は通貨ウォンが暴落した中で、IMFの要求により資本市場を外国に開放させられました。その結果、韓国の名門企業が海外から安く買い叩かれました。今でも多くの韓国企業が海外のファンドの傘下に入っています。

このアジア通貨危機でインドネシアは20年以上続いたスハルト政権が退陣、韓国では野党の金大中政権が誕生しました。

中国は、アジア通貨危機から国の資本勘定の解放(自国の金融市場と国際金融市場を隔てる壁の撤廃)は慎重にしなければならないことを学びました。朱鎔基は「国の資本勘定を時期尚早に開放すれば、その国の経済を破壊する恐れがある」と警告しました。
 

リーマンショック

2000年代、低金利、金余りが長期にわたり、欧米の銀行は利幅の高い投資先を求めていました。アメリカでは、世界恐慌の教訓から銀行の証券取引は禁じられていました。(グラス・スティーガル法) 2000年代銀行はこれを骨抜きにし証券取引に参入しました。あふれたマネーは不動産に向かいました。「無収入」「無職」「無資産」の層をターゲットにしたニンジャローンを連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)、連邦住宅抵当貸付公社(フレディマック)が証券化して、投資商品として各国の金融機関に販売しました。

利回りの高い投資商品を求めている金融機関は、レバレッジの大きくかかったリスクの高い商品と気づかずに購入しました。アメリカの住宅会社は、支払い能力の低い人たちに将来住宅価格が上がる前提で住宅を売りまくりました。宴は彼らがローンを払えなくなった時に瓦解しました。世界中で猛烈な信用収縮が発生しました。リーマンショックです。
 

政権の安定に経済の安定が不可欠

中国共産党が重視するのは党が政権を安定して維持することです。そのためには社会・経済の安定が最も重要です。そのため大衆の不満が募りやすい「雇用」「物価」の動向を常に注視し警戒しています。

  • 経済が過熱しバブルが起きるとどうなるのか
  • 金余りの時、大量のホットマネーが入ってくるとどうなるのか
  • バブルの加熱を避けるには、いつ宴に冷水をかけたらいいのか
  • もしバブルがはじけたらどうすればいいのか
目の前で起きたバブルとその後の深刻な不景気を中国は冷静に分析し、対処方法を学びました。

 

中国経済の発展 その1

1976年 毛沢東の死

毛沢東時代、毛沢東は文化大革命など政治闘争に終始し、経済派発展しませんでした。

毛沢東の死後、華国鋒首相は毛路線を継承しました。

中国は貧しいままで、華国鋒路線は2年間で失敗しました。
 

1978年 鄧小平

後を引き継いだ鄧小平は改革開放路線に舵を切りました。経済特区を設立し外資を呼び込み、商業銀行(四大銀行)を設立して融資を拡大しました。そして景気が拡大しました。
 

1988年 保守派の巻き返し

1988年8月の価格統制撤廃をきっかけに急速な物価上昇が起こりました。そこで保守的な計画経済派は、価格統制の再導入、投資の抑制という緊縮財政を実施しました。

その結果
「手術は成功したが、患者は死んだ」
状態となりました。

深刻な不況と大量の失業者が出て、経済成長は1988年の11.3%から1989年には4.9%へと落ち込むハードランディングとなりました。民衆の不満がたまり民主化を求める運動が激化し、1989年天安門事件が発生。そこで言論統制の強化がなされました。

過熱した景気にバケツの冷水をいきなりぶっかければ、不況と社会不安が生じることを彼らは学習したのです。
 

1992年 鄧小平 南巡講話

保守派の台頭で不利となった鄧小平は、1992年1月武漢、長沙、深圳、珠海を視察する南巡講話を行いました。「深圳の発展は経済特区を設置する政策が正しかった証拠」として、改革再開にむけてPRしました。政府の統制が取り払われました。地方政府は新たな投資を加速させ、1990年3.9%だった経済成長は1991年には9.2%、1992年には14.3%へと加速しました。
 

1989年ソ連崩壊

1989年ソ連が崩壊しました。これに対し鄧小平氏は

「ゴルバチョフはバカだ。政治改革(グラスノチ)と経済改革(ペレストロイカ)を両方やろうとして、どちらもコントロールできなくなり、両方失った」

と述べています。
 

1989年 江沢民とWTO加盟

1989年鄧小平に代わり江沢民が国家主席になり、2001年にはWTOに加盟したことで輸出が急増しました。中国には4つの強みがありました。

  1. 安い人件費
  2. 通貨安
  3. 安い土地
  4. 安い資金調達コスト

 

一方、WTO加盟により圧倒的に低い人件費の中国で作られる製品が世界市場にあふれ出ました。これは先進国の雇用を直撃しました。MITのダレン・アシモグル教授は1999~2011年に中国との競争で失われたアメリカの雇用は200~240万人に上るとと推定しています。

通貨安(安い人民元)に対し、2005年5月アメリカは中国を為替操作国に指定すると脅し、人民元を切上げなければ大幅な追加関税を導入する法案を可決しました。

2005年7月中国は人民元をドルペッグ制から管理変動相場制に移行し人民元を切上げました。しかし切上げ幅はわずか2%でした。プラザ合意による急激な円高で輸出主導経済に終止符を打たれた日本の例から、彼らは学んでいたのです。
 

1995年インフレの抑え込みに成功

過熱する経済とともに物価上昇も加速し、1994年には20%強上昇しました。そこで朱鎔基首相は緩やかに融資と投資を減らすソフトランディングを実施しました。

朱鎔基首相は「中国の人民のためにソフトランディングをもたらす重要性を、我々は十分理解している。…成長が急減速すると、社会の安定が打撃を受ける。社会の安定が打撃を受ければ、改革を始められない」と述べました。

こうしてインフレは抑え込まれ、1996年の初めまで物価上昇率は1桁台に戻りました。
 

国有銀行に資本注入

1990年代から国有銀行の不良債権は増加していました。そこで1999年に不良債権処理会社「金融資産管理公司(AMC)」を設立し、国有銀行の不良債権を買い取りました。

それでも2002年中国四大銀行の不良債権比率は26.1%もありました。日本は金融危機の際も主要行の不良債権比率が最高8.4%だったことと比べれば、国有銀行の危機的状況に変わりはありませんでした。債務超過に陥っていた四大国有銀行に対し、金融システム健全化のため、四行だけでも800億ドル(日本の金融危機の資本注入の2/3の金額)の公的資金を注入しました。その結果、国有銀行の財務は健全化し四大国有銀行は上場することができました。
 

2002年 胡錦涛

2002年江沢民に代わり胡錦涛が国家主席になりました。しかし胡錦涛体制は集団指導体制が強く意思決定に時間がかかりました。

一方、胡錦涛は改革開放による成長で顕著になった格差に対し、より包摂的な発展モデルを目指しました。それまで中国の社会保障制度は「ゆりかごから墓場まで」国家が面倒をみてくれ「鉄飯碗」と呼ばれていました。これが改革開放の結果、弱体化したため補強しました。
 

このように中国は自国の経済成長と政治の安定に苦慮しながら、経済を巧みにコントロールしてきました。

こうした他国の失敗による学習がリーマンショックの時、世界を驚愕させた4兆元の経済政策になったのです。

中国経済のその後の発展と今後の課題については、別のラムでお伝えします。

参考文献

「中国経済の謎 ~なぜバブルははじけないのか~」トーマス・オーリック著 ダイヤモンド社
「チャイナ・インパクト」柴田聡 著 中央公論新社
 

 

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「組織に存在する『空気』とは何か?その2」~誤った意思決定と同調圧力の原因を考える~

多くの人は、当たり前のように「空気を読み」、指示されなくても「空気」に従い行います。

時には、これが企業不祥事やパワハラの一因になります。

この空気の正体は何でしょうか。

「組織に存在する『空気』とは何か?その1」~空気による支配と誤った意思決定を考える~ では、空気が支配する前提と組織における同調圧力、そして空気に水を差す行為について、述べました。

ここでは、空気をもたらす文化的背景と、空気の弊害、空気を打破する方法について考えました。
 

空気を生み出す背景

空気をつくりだす我々日本人の文化の根底には、どのようなものがあるのでしょうか?

その背景は何でしょうか?
 

日本社会と日本教

「空気の研究」の著者 山本七平氏は「無宗教の日本では、その集団内のみ通じる日本教のようなものがある」と述べています。その根底には「人間は、自分がこうすれば相手もこうするものだ」という信仰があります。キリスト教徒が神に従うとすれば、日本人は「世間」「人さま」に従うのです。

これは日本人に普遍的なもので、日本教ともいえます。ただしこの世間は自分が所属する集団内に限定されます。

この日本教は、農村集団や工業社会で都合がよいものでした。しかし軍隊のように戦争に勝つことが目的の組織では勝利よりも組織内の人間関係の方が重視され、面子や前例主義がはびこるというデメリットがあります。それでも日本は、海に囲まれ他国から侵略されることが少ないため、こうした組織運営でもやっていけました。
 

これが中東や西欧のような国同士が地続きでつながり、絶えず争い、滅ぼしたり滅ぼされたりする日常の世界では、そうはいきません。意思決定は「自らの集団と構成員の存続をかけたもの」だからです。かつての中東や西欧で、国の意思決定をその場の「空気」で決めていれば、とっくに滅ぼされています。

また日本は国土の17%しか農地がなく、降雨量は豊富ですが地形が急峻なため、ため池などで水を貯め、水路を張り巡らさなければ稲作ができません。こういったことから江戸時代まで田は各自のものでなく、村の共同所有物でした。こういった共同体では、村人相互の協力がなければ社会が成り立ちません。秩序を乱せば村八分にされますが、農村社会で村八分にされれば餓死してしまいます。

この村落は疑似家族ともいえる強力なコミュニティです。逆に他者には冷淡でした。よそ者を排除する文化が今も残る地方もあります。ある地域では、そこに移住して3代を経っても「よそから来た人」と呼ばれます。
 

こういった閉鎖的な集団の特徴として、集団の中だけで通じる言葉があります。集団固有の言葉を理解できて初めて仲間として受け入れられるのです。今でも企業では、他では通じない我が社固有の社語があります。この社語を使いこなせて初めて仲間と認められます。
 

平等と横並び文化

江戸時代以前は、身分制度はなく人々は平等でした。しかしそれでは統治するのに不便なため、徳川幕府は士農工商の制度を制定しで身分を固定しました。

実は徳川幕府が統治する範囲は全国の1/4に過ぎず、他は各藩が統治していました。各藩は独自の軍隊を持ち徴税を行いました。このように幕府の地位は不安定なため、徳川幕府は、身分制度で権力を武士に集中する一方、富は商人に集中させ、幕府に抵抗する各藩には富と権力が一緒にならないようにしました。

幕府内部でも特定の家臣に権力が集中しないように、地位の高い老中は石高が低く(富が少なく)、その選出は譜代大名から月番制で行われました。一方地位は低いが実務力が必要な与力、同心などは、石高が高く(富が多く)なっていました。彼らも月番制でお互いがお互いをチェックする仕組みになっていました。
 

このように徳川幕府は「名誉価値」「権力価値」「富価値」の3つに力を分散し、日本型デモクラシーと呼べるようなシステムで統治しました。このような仕組みは、海外からの侵略がなく、「国を挙げて生きるか死ぬかという決断の必要がない時代」はうまくいったのです。
 

空気をつくるもの

空気=ムード

と考えれば、このムードをつくるのはマスコミです。

マスコミが取り上げる言葉が空気をつくります。そして言葉は、現実を固定化します。

例えば「満州は日本の生命線」と言えば、満州から撤退できなくなります。言葉は異論を封じ、他の選択肢を排除してしまいます。

日露戦争の時、日本海海戦、旅順陥落の結果を受けて外務大臣の小村寿太郎は渡米しロシアとの講和条約に臨みました。当時新聞は日本は「戦争に勝った」と報道しました。先の日清戦争で清から多額の賠償金を認めさせた経験もあり、ロシアからも賠償金が取れるような報道をしました。
 

現実は、日露戦争は局地的な勝利でしかなく、ロシアは負けたと思っていませんでした。必要ならば、さらに大軍を派遣できました。対して、日本はそもそも戦争に必要な資材を外国から買うための外貨が少なく、高橋是清がロックフェラー財団に日本の国債を引き受けてもらいやっと外貨を確保できました。それもすでに尽きてしまい、前線では大砲の弾も底をついていたのです。その中でのロシアとの和平交渉は、かなりタフなものでした。賠償金など望むべくもなかったのです。

しかし誤った報道の戦勝ムードで盛り上がった国民は、賠償金が取れないと分かったため、暴動が起きました。

図4 日比谷の決起集会(Wikipediaより)

図4 日比谷の決起集会(Wikipediaより)

集団だと狂暴化する日本人

多くの日本人は、欧米人のように神との関係における「絶対的正義」を持ちません。そのため倫理規範が、その場の状況に応じて変わります(状況倫理) 。加えて社会全体に共通する社会正義もないため、閉ざされた集団では欧米と比べいじめや強い暴力が起きやすいのです。これは日本陸海軍の新兵への暴力や運動部のしごきなどにみられます。最近でも入国管理局で不法滞在者に対し、人権を無視した行為が話題になりました。

日本の集団が人権を無視したいじめや暴力に陥るのは、下記の3点が当てはまる場合です。

  • 集団が隔離され、共同体の前提(空気)が管理されていない
  • リーダーからお墨付きを得た
  • 共同体間で共有されるべき社会的正義がない

軍隊は、この3点がすべて当てはまります。アメリカや韓国の軍隊でも新兵は容赦なくいじめや暴力にさらされますが、日本軍の暴力は凄惨でした。

山口盈文氏は、昭和19年14歳で満蒙開拓少年義勇軍として満州に渡りました。そこで日本軍に徴用され、日本軍に加わりました。そこで見たのは、仲間内でのひどいリンチでした。ある兵士は木につるされ、さんざんリンチを受けたため死んでしまいました。
山口氏のいた八路軍では、同僚に対するリンチはありませんでした。氏の著作「僕は八路軍の少年兵だった」には、山口氏の見た日本軍と八路軍の対比が書かれています。
 

組織における空気の問題

不祥事が頻発する

終身雇用と年功序列賃金制度のため転職が容易でなく、同質な集団の日本企業には、空気がもたらす強い同調圧力があります。経営者が無理な目標を設定しても「できない」とは言えません。そしてつじつまを合わせるために、法規制を違反したりデータを改ざんしたりします。こうして組織は自ら不祥事を起こしてしまいます。

図5 起きてしまう不祥事

事業部に高い目標を立てさせ、達成できないと「チャレンジ!」と強要され、粉飾決算に走った東芝、経営層がライバルを下回る燃費を認めずデータを改ざんした三菱自動車、不正なソフトウェアを組み込んだフォルクスワーゲン、45分車検を達成するため、法令に背いて点検項目を省略したトヨタの販売店など、快挙にいとまがありません。
 

空気が誤った意思決定を導く

空気で意思決定する問題は、

うまくいかなかった時の代替案がない

ことです。

順調な時は良いのですが、一度うまくいかなくなると、どうしていいのか分からなくなります。

高山の頂上や崖から飛び降り、急斜面を滑走するエキストリームスキーヤー、彼らは命知らずの無謀な連中に見えます。しかし彼らは崖から飛び降りる時も

  • 「うまくいった場合どうするか」プランAと、
  • 「思った通りに行かず失敗した場合どうするか」プランB

を必ず持っています。

新型コロナウイルス感染症では、ニュージーランド政府は感染のステージに応じて、段階的にどのように対策をするのか事前に決めていました。一方日本では緊急事態宣言以上の感染防止策を検討されず、必要な法整備も不十分でした。
 

空気による決定は無責任

リーダーには、空気をつかって自分に有利な決定に導くタイプもいます。議論の中で「あれもダメ」「これもダメ」と反対して、議論の空気を自分に有利な方向に誘導するのです。
そして現実の一部を隠蔽し、ある種の前提を掲げて、自分に都合の良い結論に誘導します。しかし

決定を下したのは空気であり、責任者はいません。

そして健全な法に従った方法はわきに押しやられてしまいます。これが企業不祥事となります。多くは組織的に行われるため、誰かが「こんなことをすれば大変なことになる」と思っても、それを言えない空気ができています。
 

情報不足が空気をつくる

正しい意思決定には、現場からの十分な情報が不可欠です。ところがかつて日本のリーダー達は、現場の情報をないがしろにしていました。そのため情報不足から誤った意思決定を行いました。
 

日本陸軍は、伝統的にソ連を仮想敵国としていました。戦術の研究や兵士の訓練で想定していたのは満州やモンゴルの平原でした。その陸軍が新兵教育の訓練教程での敵をソ連からアメリカに変更したのは、開戦から2年近く経った1943年8月でした。それまで陸軍は南方のジャングルでの戦闘を想定した教育を全く行っていませんでした。
 

陸軍士官としてフィリピンの戦場にいた山本七平氏の陣地の前に大陸から派遣された1個師団が上陸しました。砲兵隊の指揮官が山本氏に「馬を徴用したいがどこかにいないか」と聞きました。フィリピンでは暑さに弱い馬は飼われてなく、農耕に使われるのは水牛だけでした。水牛は定期的に水に浸けないと暑さで死んでしまうため砲車を引くのは無理でした。砲兵たちは熱帯のフィリピンで人力で砲車を牽くしかありませんでした。

日本は、占領したフィリピン統治でも失敗しました。厳格なカトリック教徒の多いフィリピンでは、人前で怒鳴ったり殴つたりすることは彼らの自尊心をひどく傷つけます。こうしてもともとは反米だったフィリピン人を反日にしてしまいました。彼らは抗日ゲリラを陰で支援しました。
 

日本軍のリーダーには、現場をあまり見なかったリーダーが多かったようです。戦後、山本氏が会った連隊長は、自分の部隊で日夜リンチが行われていたことを全く知りませんでした。あれだけ凄惨なリンチが毎夜行われていたのだから、兵舎を回っていれば顔を腫らした兵隊などが見つかるはずでした。連隊長は部隊内を歩き回って自分の目で見ようとはしなかったのです。

本部で作戦を立ててい高級参謀も現場をわかっていませんでした。フィリピンではある師団は、米軍の上陸直前に急に作戦が変更され移動命令を受けました。せっかく構築した陣地を捨て、パレテ峠への移動を命じられた師団は、移動中に空から米軍の攻撃を受けて大損害を出しました。
 

連合軍総司令官のアイゼンハワー大将は、総司令官にもかかわらず現場をこまめに見て回りました。そして兵士に規定通りキャンディーやタバコが支給されているかまで気を配りました。指揮官は、自分に任された組織の実情を常に把握していなければならないと考えていました。階級社会の欧米では、支配階級たるリーダーは、配下の部下や組織を適切に管理して、最大の成果を上げなければならないという考えが浸透していました。

しかし平等社会だった日本では、そういった支配階級の意識を持った人材がいない上に、こうしたリーダーとしての教育も不十分でした。
 

責任感の欠如と組織の存続が目的になる

空気で物事を決定すれば責任をとる者はいません。失敗しても責任を問われません。そのため日本軍は強い組織に欠かせない信賞必罰がありませんでした。これは勝つことが最大の使命である軍隊にとって致命的でした。

第二次大戦のソ連軍では厳しい信賞必罰が常識でした。スターリンから全権を委任されていた司令官ゲオルギー・ジューコフは、ある師団の前進速度が不十分だったため、師団長を即解任し懲罰大隊へ送りました。
 

しかし日本軍はリーダーが作戦に失敗しても降格がありませんでした。そして海軍兵学校の卒業序列(ハンモックナンバーと呼ばれ除隊するまでついて回る)に従って昇進しました。最後の海軍大将となった井上成美氏は戦闘では失敗ばかりでした。逆にガダルカナル戦で駆逐艦隊を指揮して米軍と渡り合い、アメリカ軍からも恐れられていた田中頼三少将は、ガダルカナル戦の途中で後方へ移動させられました。日本軍では、アメリカ軍も一目置く勇気と決断力のあるリーダーは、同僚の昇進など内部事情で第一線を離れ、勉強はできるが指揮能力の低いリーダーが部隊を指揮していたのです。
 

昭和19年陸軍は、米軍のフィリピン攻略を前に兵力の大幅な増強を計画しました。そして台湾から多数の兵士を送りました。しかし彼らの乗った輸送船の多くがアメリカ軍の潜水艦に沈められ、犠牲者は10万人にも上りました。

この輸送船でフィリピンに渡った山本七平氏は、立つこともできない天井の低い船室に、畳1枚のスペースに5名が押し込まれた状況について、人間に対しここまで過酷な仕打ちはないとまで語っていました。その多くがアメリカの潜水艦に沈められ、山本氏はこれを自動殺人装置と呼びました。

実はこれを計画した陸軍自身「3割着けば成功」と考えていました。7割は喪失する前提でした。たとえ無事についたても、銃も弾薬もなく、できるのは米軍の空襲や砲撃の中でジャングルの中を逃げまどうだけでした。そして多くの兵士が餓死しました。

すでに陸軍は現実感を失い、効果も考えず、ただ決まったことを行っているにすぎませんでした。

 

日本の組織に存在する空気の弊害

日本の終身雇用や年功序列賃金制度は、内部に強固な空気を醸成します。しかも新卒一括採用のため転職は容易でなく、多くの社員は不満があっても組織にとどまります。こうした組織は空気に逆らうことを許さない「出る杭は打たれる」集団になってしまいます。

図6 出る杭は打たれる日本の社会

図6 出る杭は打たれる日本の社会

こういった集団は保守的で変化には逆らう傾向があります。これまでのバブル崩壊や、リーマンショックのような変化に対し、金融円滑化法、雇用調整助成金、政府金融(日本政策金融公庫、商工組合中央金庫)、信用保証協会など国は多くの救済措置を提供しました。これにより倒産を減らして社会の混乱を防いだ一方、非効率な企業を延命し変化を抑えてきました。

しかし、こういった従来の日本型福祉社会は限界に達しようとしているかもしれません。変化を抑圧しても社会の潜在的な変化はなくなっていないからです。むしろ変化を抑えたことでバブル崩壊のような破局的な悲劇が発生してしまうかもしれません。
 

「ブラックスワン」の著者ナシム・ニコラス・タレブはこういった日本人の習性を「小さなボラリティ(変動)を避けようとして大きな破滅を招く」と評しました。さらに

「日本人は小さな失敗を厳しく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくて稀な失敗を無視する」

と述べています。
 

空気を打破する方法

空気を打破する方法として鈴木博毅氏は以下の4つの方法を提唱しています。

  1. 空気の相対化
  2. 劇場の破壊
  3. 思考の自由
  4. 根本主義

 

「空気の相対化」とは、隠れた前提を見抜くことです。空気がもたらす前提には、組織を主導するものにとって都合の悪いことが隠れていることがあります。「大和を敵に拿捕されないために3,700人の命を犠牲にする」、「命令できない特攻を作戦化する」、こういった前提を具現化すれば、正しい結論が見えてきます。

「劇場の破壊」とは、閉鎖された組織、空間を破壊することです。閉鎖された空間で醸成された空気は、強い同調圧力になります。その空間を開放し、課題を公開します。そして外部からの自由闊達な議論を行います。あるいは自分がこういった閉鎖的な集団から抜けます。

「思考の自由」とは、思考を束縛するしがらみを断ち切ることです。過去の延長線上でなく自由に考えます。

インテルの元CEOアンディグローブは、半導体メモリー事業が不振に陥った時「僕らがお払い箱になって、取締役会が新しいCEOを連れてきたら、そいつは何をするだろう」と考えメモリー事業からの撤退を決断しました。

「根本主義」とは、最も譲れないことは何か、その1点にフォーカスすることです。そうすることである種の前提や前例からの縛りから考えを解き放つことができます。
 

【この状況で何ができるかを考え、空気を打破した美濃部少佐】
大戦中、海軍の美濃部少佐は芙蓉部隊を指揮して沖縄の米軍へ夜間攻撃を続けました。そして特攻を拒否し続けました。彼は水上偵察機の乗組員が高い夜間飛行能力を持っていることに着目し、終戦まで特攻でなく、夜間に通常攻撃をすることを主張しました。『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』渡辺洋二著には以下のように書かれています。
 

<以下一部引用>
航空参謀「次期沖縄作戦には、教育部隊を閉鎖して練習機を含め全員特攻編成とします。訓練に使用しうる燃料は一人あて月15時間しかないのです。」
美濃部「フィリピンでは敵は300機の直衛戦闘機を配備しました。こんども同じでしょう。劣速の練習機まで駆り出しても、十重二十重のグラマンの防御陣を突破することは不可能です。特攻のかけ声ばかりでは勝てるとは思えません」
航空参謀「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!第一線の少壮士官がなにを言うか!」
中略
美濃部「ここに居合わす方々は指揮官、幕僚であって、みずから突入する人がいません。必死尽忠と言葉は勇ましいことをおっしゃるが、敵の弾幕をどれだけくぐったというのです?失礼ながら私は、回数だけでも皆さんの誰よりも多く突入してきました。今の戦局にあなた方指揮官みずからが死を賭しておいでなのか?」
「飛行機の不足を特攻戦法の理由の一つにあげておられるが、先の機動部隊来襲のおり、分散擬装を怠って列線に並べたまま、いたずらに焼かれた部隊が多いではないですか。また、燃料不足で訓練が思うにまかせず、搭乗員の練度低下を理由の一つにしておいでだが、指導上の創意工夫が足りないのではないですか。私のところでは、飛行時間200時間の零戦操縦員も、みな夜間洋上進撃が可能です。全員が死を覚悟で教育し、教育されれば、敵戦闘機群のなかにあえなく落とされるようなことなく、敵に肉薄し死出の旅路を飾れます」
中略
美濃部「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようと、グラマンにかかってはバッタのごとく落とされます。2,000機の練習機を特攻に駆り出す前に赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!」

この会話に空気を打破し現実の問題を解決する思考方法のヒントがあるのではないでしょうか。
 

【空気よりカネ勘定】
空気の作り出す前提の多くには、一部の者にとって不都合な現実があります。それを美辞麗句で覆うことで現実を見えなくするのです。見たくない現実を直視し、誤った判断を避けるためには、感情に惑わされず冷静にカネ勘定・損得判断をすることです。

  • 敵になんの打撃も与えることなく、3,700人の命と戦艦を失うことの損得
  • 敵戦闘機の大群に、未熟なパイロットの乗った旧式機の特攻を出すことの損得
  • 原発の事故の発生確率と被害金額、原発の発電コストと使用済み燃料の処理コストと将来の廃炉費用

こういった問題の発生確率と、生じる損失を経済的に評価するのがリスクマネジメントです。つまりリスクをコントロールする手法です。
 

【感情を切り離さなければ正しい判断はできない】
こうした冷静な意思決定を阻害するのは感情です。今までにかかった費用、努力(いわゆる埋没費用(サンクコスト))に固執してしまいます。

先の戦争は310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)の方が亡くなりました。その9割は1944年以降の戦争末期でした。1944年2月米軍のフィリピン上陸を前に近衛文麿は天皇に早期終戦を主張(近衛奏上文)しました。しかし天皇は「もう一度戦果を上げてからではないと難しい」と拒否しました。すでに戦況を好転できる材料はありませんでした。しかし無条件降伏以外アメリカとの講和はなく、無条件降伏を受け入れる感情的な素地は、まだ国民や軍にはありませんでした。

1945年8月9日に広島に原爆が投下され、ソ連が参戦した後に開かれた御前会議でも、陸軍は本土決戦を主張していました。この時点で重臣の賛否は半々でした。本来「戦争は外交の一手段」なのですが、戦争終結のシナリオがないまま始めてしまった戦争に対し、現実感を喪失した当時のリーダーに損得判断は不可能でした。
 

空気が固定化されると他の選択肢は見えなってしまいます。そうなると問題解決力が低下します。

そして現実を無視して、前提通りに進めようとする強硬派が幅を利かせます。

その背後で問題は進行し肥大していきます。問題はある時破綻し大きな悲劇になります。ようやく前提が間違っていたことに強硬派は気づきますが、もうどうすることもできません。冷静な解決策を失って「やぶれかぶれ」になります。赤とんぼで特攻を行うと言った海軍首脳、本土決戦を主張した陸軍がそうでした。
 

そうならないようにするためには、この空気の打破をしなければいけません。それは正しい理論とデータから論理的に結論を導くことです。この

「厳粛な事実」

には精神論の入る余地はありません。

本来ものづくりに関わる技術者は、こういった考え方は持っています。正しい論理に従えば、赤とんぼがグラマンから撃墜されるのは逃れられないし、戦艦大和は沖縄にたどり着けません。その事実を認めたうえで、最善の方法を模索すれば、美濃部少佐のように特攻以外の方法も出てきます。これが思考停止の呪縛から逃れ、知性を回復させる方法です。
 

ただし空気や水は過去から現在までの結果です。未来を切り開こうとする時、空気も水もないかもしれません。革新的な企業は、空気も水も気に留めず「そんなことは無理だ」と言われたことを実行してきました。

空気を破り水の呪縛を解き放つために、山本氏は

「『これより先に行くな』というタブーを打ち破り未来へと大胆に進むことが大切」

と述べています。
 

参考文献

「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫

経営コラム ものづくりの未来と経営

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「組織に存在する『空気』とは何か?その1」~空気による支配と誤った意思決定を考える~

「空気を読む」を辞書で引くと

「『その場の雰囲気を察すること、暗黙のうちに要求されていることを把握して履行すること』などを意味する表現」

とあります。(実用日本語表現辞典より)
 私たちの多くは、この「空気を読む」ということを当たり前のように行い、空気を読まない人はネガティブな意味で「KY」と呼ばれます。

我々は指示されないことでも「空気」に従い進んで行ってしまいます。時にはこれが企業不祥事やパワハラの一因にもなります。

この空気の正体は、何でしょうか。

そして

空気はなぜ存在するのか、

どうしたら空気を打破できるのか

考えました。
 

戦前から日本を支配した空気

1945年4月沖縄に上陸した米軍を攻撃すべく、戦艦大和は片道分の燃料しか積まずに出撃しました。当時、戦艦といえども航空機の援護なしでは、アメリカ軍の艦載機の攻撃に耐えることはできませんでした。つまり、この作戦は100%失敗する作戦でした。大和を擁する第二艦隊司令官 伊藤整一中将は、この作戦に強く反対しました。しかし最終的に彼が命令に従った根拠は「空気」でした。

図1 米軍機の攻撃を受ける戦艦大和 (Wikipediaより)

図1 米軍機の攻撃を受ける戦艦大和 (Wikipediaより)

1944年10月関行男大尉率いる24名の最初の神風特別攻撃隊が、レイテ沖のアメリカの護衛空母群を攻撃し、空母「セント・ロー」は沈没しました。この特攻作戦を主導した大西瀧治郎中将は、終戦後、特攻作戦の責任を取って割腹自殺しました。この特攻作戦は大西中将が発案したように戦史に書かれています。しかし、当時の海軍は、すでに軍令部の主導で人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」など体当りを前提とした特攻兵器を開発していました。

「体当り攻撃」は海軍の既定路線だった

のです。しかし海軍は、100%生還の見込みのない自殺攻撃の命令を出すことはできませんでした。特攻は、あくまで隊員の志願でなければいけませんでした。そして

隊員たちが「志願」したのも空気

でした。この空気について「空気の研究」の著者 山本七平氏は

「『空気』とはまことに多くの絶対権をもった妖怪である。(中略)こうなると統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組み立てておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが『空気』に決定されるかも知れぬ。」

と述べています。
そして

「もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合の如く『空気』であり、破滅の後にもし名目的責任者がその理由を問われたら、同じように『あのときは、ああせざるを得なかった』と答えるであろう」

と語りました。
 

図2 山本七平氏(Wikipediaより)

図2 在りし日の山本七平氏(Wikipediaより)


 

空気とは何か

それでは、「空気」とは一体何なのでしょうか。

この空気は、「『超』入門 空気の研究」の著者 鈴木博毅氏によれば、

「空気はある種の前提」

です。この前提が
「この境界からはみ出すな」
という強い圧力をかけて「場の空気」をつくります。では「場の空気」とは何でしょうか。

場の空気とはWikipediaによれば、

「日本における、その場の様子や社会的雰囲気を表す言葉。とくにコミュニケーションの場において、対人関係や社会集団の状況における情緒的関係や力関係、利害関係など言語では明示的に表現されていない(もしくは表現が忌避されている)関係性の諸要素のことなどを示す日本語の慣用句である。近年の日本社会においては、いわゆる「KY語」と称する俗語が流行語となって以来、様々な意味を込めて用いられるようになっている。」
(Wikipediaより)

「場の空気」は具体的な言葉になっていない場合も多く、戦艦大和の場合
「このまま日本が敗戦すれば、大和はアメリカに接収され、自沈させられる。そんな恥をさらすことはできない」
という前提でした。論理的、経済的に考えれば、効果のない作戦で3700名の命を失うより、自沈した方が損失は軽微なのですが。(しかもこの作戦で大和以外に、軽巡洋艦矢作と駆逐艦5隻も失いました。)

こうした暗黙の前提は、

人々の現実への理解や行動を規制し、他の選択肢を奪います。

そして空気が組織を支配すると、組織のメンバーは、命じられていなくても「空気 = 前提」に従い行動します。しかもこの前提は絶対化されているため、反論は許されません。
 

それを象徴する言葉が

「やるしかない」「他に道はない」

です。もしリーダーがこう言い始めたら危険な兆候かもしれません。なぜなら、こうして前提は、他の選択肢を排除し、不都合な真実を隠蔽してしまうからです。
 

鴻上 尚史氏の著作「不死身の特攻兵」で、陸軍の飛行兵 佐々木友次氏は、特攻に9回出撃して9回生還しました。なぜ特攻に出撃して生きて帰ってきたのでしょうか?
 
飛行機が爆弾を抱いて船に体当たりしても、爆弾の速度は低く、爆弾は甲板を貫通できないため、致命傷を与えることはできないのです。途中で爆弾を切り離して落下させた方が爆弾の速度が速くなり相手に大きなダメージを与えることができます。つまり通常の急降下爆撃の方が効果は高かったのです。

そこで佐々木氏の上官 岩本隊長は、密に爆弾を切り離す装置を特攻機に追加し、佐々木氏をはじめとした部下に、特攻で出撃しても爆弾を切り離して急降下爆撃を行い、帰ってくるように指導しました。しかし残念ながら岩本隊長は、移動中に敵の戦闘機に襲われ戦死してしまいました。

新たな上官の下、佐々木氏は特攻に出撃しました。そして爆弾を投下し敵の船に命中させ、大打撃を与えた後、機体は不時着しました。佐々木氏が帰ってきたとき、送り出した上官にとって

これは、前提から外れた不都合なこと

でした。佐々木にはすでに戦死の公報も出ていました。

上官にとっては、敵に打撃を与え戦果を挙げることは、問題ではなかったのです。特攻に行った者が死んでいないことが問題でした。

上官は、佐々木氏に対し厳しい叱責をしました。

「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
中略
「明日にでも出撃したら絶対に帰ってくるな。必ず死んで来い」

「不死身の特攻兵」で、上官の言葉はこのように書かれています。
 

このように「前提」は、集団にとって都合の悪いことを隠し、前提に従わない者に対し、嫌がらせをはじめとした徹底的な攻撃・圧力を加えます。これが

空気がもたらす同調圧力です。

山本氏は、これを「臨在感的把握」と呼びました。臨在感について前述の鈴木博毅氏は「臨在感は、因果関係の推察が、恐れや救済などの感情と結びついたものだ」と述べています。つまり、日本人は問題が起きた時、

感情に強く影響されて過剰に反応する

のです。こういった反応は欧米にも見られますが、日本人は顕著に表れます。
 

例えば、BSE問題(牛海綿状脳症)が起きた時もそうでした。ヨーロッパで発症した人は、発症した牛の脳を食べた人でした。発症した牛の肉を食べて発症した事例は、一切ありませんでした。

しかし日本では「牛肉が怖い」という空気が生まれました。感染した牛が見つかる度にマスコミは大々的に報道し、人々は牛肉の消費を控えました。2001年に農林水産省は、食用牛の全頭検査まで導入しました。
 

この臨在感を掌握すれば、日本の大衆の意思をコントロールできてしまいます。戦前、読売、毎日など大手の新聞は、日中戦争の記事を勇ましく書き、国民は熱狂しました。毎日新聞の記者は、ある兵士の中国での百人斬りの記事を掲載しました。実は記事は、記者が勝手に創作したものでした。しかし記事に名前を載せられた兵士は、戦後、戦犯として処刑されました。

バブル崩壊後、マスコミは、銀行の過剰融資や証券会社の損失補填を非難しました。この空気は、国が銀行へ公的資金を投入する判断の遅れにつながり、失われた20年の一因にもなりました。本来は、いち早く公的資金を投入し、企業への資金供給の円滑化を図るべきでした。しかし、バブルを引き起こした金融機関に対する公的資金の投入は、それを許さない空気になっていました。
 

空気のプラス面とマイナス面

一方、この空気は、プラスの面もあります。
 

【プラス面】

  • 決定に時間がかかるが、空気で決定すれば反論は封じられ、集団で行動する
  • 日本企業は決定までは時間がかかりますが、方針が決定すれば、全員が協力して迅速に取り組みます。対してアメリカのGMは、トップが方針を決定しても、エンジン部門、シャーシー部門がそれぞれの主張を繰り返すため、開発がなかなか進みません。 

  • 意思決定がボトムアップで行われる
  • ボトムアップなので、空気に従ってメンバー全員が一致して行動します。

 

【マイナス面】

  • 思考停止状態になり、他の選択肢が考えられなくなる
  • 真実を歪曲する
  • もともと相対的な事象を絶対化することは、ある意味まやかしです。嘘が生まれ、現実が見えなくなります。例えば国は「原発は絶対安全」と言います。しかしどんなプラントでもリスクはゼロではありえません。「絶対安全」なものは世の中には存在しないのです。それを絶対安全と言ってしまったため、小さなリスクや問題も公表できなくなってしまいました。

  • タテマエで物事が進む
  • 山本七平氏が部隊に配属されて驚いたのは、タテマエと実態の乖離でした。1師団3個連隊、1個連隊3個大隊のはずの師団構成は、1個連隊が欠(つまり2個連隊しかない)、しかも1個連隊の中でも1個大隊が欠でした。つまりタテマエの上では師団(3個連隊、9個大隊)であっても、実際は(2個連隊、4個大隊)と、タテマエの半分以下、戦力は大幅に低かったのです。困ったのは、タテマエ上は1個師団なので、作戦はそれを前提に立てられてしまうことでした。

  • 誤った意思決定
  • 「可能か不可能か」「是か非か」の区別がなくなる。その結果、たとえ不可能なことでも、「やるべき」「やるしかない」と邁進する。

  • 強い同調圧力、異論は許さない
  • かつてのような工業製品を大量生産する組織は、空気による支配は都合がよいものでした。高度成長期は、これまでの延長線上で技術も進歩していきました。自社もライバル企業も同じ方向を向き、より良い製品を、より安く、ひたすらつくれば良かったのです。

 

結論を支配

前提を変えれば結果が変わります。

「世界を変えた14の密約」ジャック・ペレッティ著によれば、生命保険会社にいた統計家ルイ・ダブリンは、1945年初めてBMI(Body Mass Index)別名「ボディマス指数」を作成しました。このBMIは、体重と身長から計算され、肥満度を表します。現在、BMIは国際的な指標として用いられています。実はこのBMIは、ダブリンが25歳前後の人たちのデータから

理想的な体重を、全員に勝手に当てはめたもの

でした。

その結果、アメリカ人の半数は「太りすぎ」か「肥満」になりました。これにより多くの人の生命保険料は高くなりました。これにより生命保険会社に多額の保険料をもたらしたのです。しかも

たった1枚の数表だけで
 図3 肥満大国のアメリカ人

図3 肥満大国のアメリカ人

しかもBMIはアメリカ人の間に肥満パニックを起こしました。そして巨大なダイエット産業をも創出しました。
 

慶應義塾大学の清水勝彦教授は著書「その前提が間違いです」で

「『前提』こそが結論を支配する」

と述べました。

例えばケンブリッジ大学のハジュン・チャン氏は、トリクルダウン理論について以下のように述べています。

「理論的には、トリクルダウンはそれほどバカバカしい考え方ではありません。ですが、現実的には裏付けがないんです。アメリカでもイギリスでも国家歳入における投資の割合は減り続けています。経済成長も下がっています。だから証拠がないんですよ。」

しかし各国の政府は、トリクルダウン理論を何ら検証せずに、富裕層を豊かにする政策を実施しました。その結果、貧困層が増加し、貧富の差は急拡大しました。
 

空気といじめ、パワハラの関係

日本社会には、欧米社会のような神を絶対的な基準とした「絶対的な正義、あるいは倫理観」がありません。同じ行為でも、その場の状況によって、許されたり、許されなかったりします。山本氏は、これを「状況倫理」と呼びました。

例えば、お腹が空いて死にそうな人がパンを盗んで食べた場合、欧米では、そのような状況でも、窃盗の罪は同じです。神の許しがない限り、その人は一生罪を背負って生きなければなりません。対して日本は、この場合多くの人が罪を許します。そして当人も罪の意識が消えていきます。つまり状況に応じて「情」で判断するのです。

これが時には悪い方に作用します。これがパワハラ、セクハラ原因になるからです。

例えば、指導者が指導のためと称して行う暴力や暴言です。どんな感情を持っていても、暴力や暴言を行ったことに変わりはありません。しかし、こういった指導者は、これを正しいことと思っています。こういった人達に共通するのは

自分と異なる存在、他者への理解が浅い点

です。そして日本人の多くにこの傾向があります。そして「自分にとって良いことは、相手にとっても良いこと」と考えて行動します。山本氏の著作には、寒い冬に「かわいそうだから」とひよこにお湯を飲ませ、死なせてしまった人の話が書かれています。人間にとってお湯は良いものですが、ひよこには有害だったのです。
 

空気に水を差す行為

この空気が真実を歪曲して、その場のムードで行動する人たちに対し、現実を突き付けるのが

「水を差す」

行為です。山本氏は

「ある一言が『水を差す』と、一瞬にしてその場の『空気』が崩壊するわけだが、その場合の『水』は通常、最も具体的な目前の障害を意味し、それを口にすることによって、即座に人々を現実にもどすことを意味している。」(「空気の研究」より引用)

と述べました。つまり「水」は現実を土台にした前提です。

しかし、水を差しても空気が消えないことがあります。なぜなら、空気の背後には、本当の動機が隠れているからです。この隠れた動機を言葉にして、表に出さければ空気は消えません。
 

なぜ戦艦大和は、100%見込みのない作戦に行かなければならなかったのでしょうか。本当の動機は

大和が残ったまま敗戦となり、敵に拿捕されるのは絶対に避けたい

ということでした。しかし、そのため3,700人の命を犠牲にするとは言えません。これが空気の正体でした。
 

隠れた動機があるかぎり、真実で空気に水を差しても、精神論で反撃されます。戦時中、B29に向かって、竹やりを突き立てて落とすマネをする訓練をしていました。「竹やりでB29を落とせるわけがない」と空気に水を差しても「何を言うか、この非国民」と言われてしまいます。「尊い努力」という言葉が、「竹やりでB29を落とせるわけがない」という現実を凌駕するのです。

空気に水を差す人に対し、非国民という言葉を投げつけて、B29に対し無力な自分たちという現実を覆い隠しました。そして空気に水を差す相手には「けしからんやつ」といじめたり、仲間外れにしました。このように集団の中で、ひとり空気に水を差せば、いじめに遭います。それに耐えるには、強い信念と忍耐が必要です。多くの人にとっては、おかしいと思っても空気に従った方が楽なのです。
 

この空気をつくり出す日本人の根底にあるものは、何でしょうか?

そして、これを打破するにはどうしたらよいでしょうか・

続きは、「組織に存在する『空気』とは何か?その1」で述べます。
(その2は、2023年3月25日頃投稿予定です。)

参考文献

「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫

 
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。

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『直感』による意思決定はうまくいくのか?

適切な意思決定を行うには「多くの選択肢を比較し、結果を予測し、意思決定に結果影響を受ける人や組織を考慮するべき」と言われています。しかし実際の意思決定はどのように行っているのでしょうか。案外「直感」で行っているのではないでしょうか。

直感は意外と優れていて、直感のほうが上手くいく場合があります。一方、人は錯覚や誤解をするので、直感は危険だという主張もあります。はたしてどちらが正しいのか2つの考えを比較しました。
 

直感のほうがうまくいく

1985年心理学者のゲイリー・クラインは、消防隊⻑にインタビューをしました。

消防隊⻑は台所の火事現場に到着し、すぐさまリビングから台所に放水を開始しました。しかし、一向に火勢が落ちません。隊⻑はなぜ放水が消火の役に立たないのか不思議に思っていました。その時、隊⻑の第六感が閃いて急に不安に襲われました。隊⻑が部下に「すぐに外に出ろ」と怒鳴った直後、リビングの床が崩落しました。火元はリビングの下にあった地下室だったのです。

直感が彼と彼の部下の命を救いました。

クラインによれば、人が専門的知識を深め、いろいろな状況に遭遇する回数が増えるほど、

経験のパターンを数多く発見します。

そして目の前の現実と過去の経験を照合する能力が 精緻なものになります。これにより直感が研ぎ澄まされていきます。
 

2009年1月 US エアウェイズ 1549便がカナダガンの群れと遭遇し、エンジンが両方ともカナダガンを吸い込んで停止してしまいました。エアウェイズ 1549便は即座に空港に向かいました。

無事に空港に着けるかどうかの判定を機⻑は

「管制塔に視線を固定し、前面ガラスの中でせり上がってきたら空港には着けない」

という経験則に従いました。しばらく飛行して、前面ガラスの中で管制塔がせり上がってきたため、機⻑はハドソン湾への不時着水を決意しました。
 

2つの選択方法

アメリカ合衆国の政治家ベンジャミン・フランクリンが、二股をかけて迷っている甥に書いた手紙があります。

「迷っているなら、賛成する理由と反対する理由を 1 枚の紙に左右 2 列に書き出す。同じ価値を持つ項目同士は線を引いて消して、残った項目の数で決めろ。」

テレビ番組を選ぶ際にすべてのチャンネルを選択してから決める、ショッピングなどであらゆる選択肢を比較してから最善のものを買うなどはベンジャミン・フランクリンの方法です。これを「マキシマイザー」と呼びます。

一方、追及はそこそこで、まあまあと思った最初の選択肢でさっさと決めるのを「サティスファイサー」と呼びます。直感はサティスファイサーの意思決定方法です。
 

直感とは?

スポーツのような身体的な活動は直感的な動作が多くみられます。

野球でフライの捕球をする際に外野手は緩慢に走っているように見えます。そこで監督が「もっと真剣に走れ」と叱咤した結果、むしろ落球が頻発しました。理由は、実は外野手はフライがどこに落ちるのかわかっていなかったのです。それでも捕球できるのは、上がっていくフライが一定の速度で上がっていくように走る速度を調整していたからです。
 

図1 フライの捕球

図1 フライの捕球


 

これは注視ヒューリスティックと呼ばれ、動物や昆虫など多くの生物が三次元空間を移動する物体を補足する能力です。
 

なぜ直感がはたらくのでしょうか。それは違和感があるからです。違和感は「モヤモヤする」「つらい」といった感情に結びつきます。この違和感は自分へのメッセージになります。

逆に好きと感じれば、理屈ではなく、体でピピピと感じることがあります。好きだとやる気が出て、その物事を継続できます。がんばれるから結果が出ます。良い結果を見て、「自分にとってこれは正しかった」と思うでしょう。
 

直感には3種類あります。

  • 直感 (gut feeling) 一瞬で意識に上る判断
  • 直観 (intuition) 基になっている理由が自分でもよくわからない判断
  • 勘 (hunch) 行動を移すに足る確固たる判断

 

直感を構成するのは

  1. 単純な経験則=ヒューリスティックス
  2. 脳の進化した能力

と言われています。
 

ではなぜ直感が働くのでしょうか?それは人間の特徴として協調性があるからです。
 

チンパンジーの実験

檻に入ったチンパンジーの前に2つのハンドルがあります。
「親切なハンドル」は自分と隣の檻のチンパンジーに餌がもらえます。
「意地悪なハンドル」は自分だけ餌がもらえます。

ハンドルを回す回数を記録すると隣の檻に血縁関係のあるチンパンジーが入っていても、チンパンジーが「親切なハンドル」を回す回数は変わりませんでした。

同様の実験を人間の子供に対し行ったところ「親切なハンドル」を回す回数が多くなりました。子供はほかの人にも分け与えるほうを選んだからです。

何かを判断する時、人は相手も喜ぶような方法を感覚的に選ぶ傾向にあります。これは人類が進化の過程の中で獲得した能力「協調性」によるものです。
 

不確実な状況での意思決定

不確実な状況では多くの情報をあえて無視して意思決定を行う

ことがあります。問題解決の選択肢の中で、最も有効であると思ったひとつの理由だけで意思決定を行うことを「最善選択ヒューリスティック」と呼びます。
 

実は鳥の多くは巣の中のヒナを見分けられません。図々しいカッコーは自分のヒナを他の鳥の巣に入れて育てさせます。カッコーの托卵です。しかし人の子供は知っている人とそうでない人を瞬時に見分けます。人は個別再認能力が他の動物よりも高いからです。

これは全く見たことがないものよりも見たことがあるものを優先する「再認ヒューリスティック」が生じます。

実は「商品を選ぶなら聞いたことがあるブランドにしよう」という再認ヒューリスティックがあるため、多くの企業がテレビコマーシャルに多額の費用をかけるのです。
 

最善選択ヒューリスティック

極楽鳥の一種は、メスが相手を探す際に尾羽の一番⻑いオスを選びます。

⻑い尾羽は飛行の際にハンディキャップになるはずですが、求愛するオスは実に上手く飛びます。メスは種の間で、尾羽の⻑く、且つ飛ぶのも上手いオスを選ぶようになりました。

尾羽の⻑いオスの方が尾羽の⻑い子供が生まれ、更に繁殖できるチャンスが増えます。
 

図 2 尾羽の⻑い極楽鳥(Wikipediaより)

図 2 尾羽の⻑い極楽鳥(Wikipediaより)

このダーウィンの雌雄淘汰説は 100年間無視されていましたが、今では生物学の一分野として確立しています。

 

イギリスで子供が夜間急に医者にかからなければならない場合の医者の選び方を調査しました。
以下の 4つの選択肢、
①態度(話をちゃんと聞いてくるか)
②場所、③どんな医者
④待ち時間に
YES、NO で回答してもらいました。

その結果、「①態度(話をちゃんと聞いてくるか)」による選択が最も重視されました。それ以降の選択肢が違っても選択に変化は見られませんでした。多くの親は、態度が YES であれば、それ以外の要因はさほど重要ではないと回答したのです。

つまりたった一つの理由が決め手になっていました。

 

同様の調査を NBA(バスケットホール)、ブンデスリーグ(ドイツのサッカーリーグ)の試合結果の予測で行っても、ひとつの理由「これまでの勝ち数の多いチームが勝つ」だけで、多くの人は予測していました。
 

20件の実験について

  • ひとつの理由で決める最善選択ヒューリスティックの予測結果
  • 複雑な理由で決定する方法(重回帰分析)での予測結果

を比較しました。

その結果、最善選択ヒューリスティックの方が正答率は高かったのです。つまりたったひとつの理由で決めた方が正確でした。

  1. 将来を予測しなければならない
  2. 将来の予見が困難
  3. 情報が限られている

この3つが揃った場合、たったひとつの理由で決めた方が正確さは増すのです。

一方、
将来が十分に予測可能である場合、
あるいは情報が豊富な場合、
複雑な分析のほうが正確さは増します。
 

図3 予測を立てる分析の方法

図3 予測を立てる分析の方法


 

調べすぎる問題

アメリカでは医療訴訟が頻発するのはよく知られています。ある患者は前立腺がんの検査は受けないことにしました。しか不幸なことに、彼はその後前立腺がんで死亡しました。訴訟で原告側弁護士は「検査をしなかったのは医師の過失である」と主張しました。

アメリカではこうした訴訟が相次ぐため、医師はためらわずに過剰診断、過剰医療に突き進みます。

  • 過剰診断
  • 本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を、検査によって発見すること

  • 過剰医療
  • 本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を治療すること

しかし情報は多ければいいというものではないようなのです。
 

こんな例があります。

全身 CT スクリーニングによって冠状動脈疾患のリスクの高い人を特定できる確率は 80%です。そう聞くと高いい確率に感じます。

しかし、これは残り20%の人はハイリスクにも関わらず陰性と判断されることを示しています。彼らは偽の安心感を植え付けられて、治療の機会を逃してしまいます。

逆にリスクのない人を陽性と判定する確率が 60%もあります。つまり 60%の心配する必要がない人が、かかるはずがない病気におびえながら、残りの時間を過ごすはめになるのです。
 

米国予防医療サービス対策委員会は、前立腺、肺、膵臓、卵巣、膀胱、甲状腺のがん検診はメリットよりデメリットの方が大きいので受けないようにと勧告しています。検診してもがんがなくなるわけではないので、早期発見よりも予防の方が効果が期待できるとしています。喫煙、肥満、不適切な食生活、過度の飲酒を避け、適度な運動を行うことを推進しています。

 

リスクと判断

確実性をめぐってふたつの幻想があります。

① ゼロリスクの幻想
リスクはあるのにないと思うことです。

HIV 検査での偽陽性(誤った陽性判定)が起きると、陽性判定を受けた人が自殺したり、生活が破綻してしまうことが起きます。
 

② 七面鳥の幻想
殺されるかもしれないとおびえつつ毎日餌をもらえる七面鳥の逸話です。
n 日えさをもらった時、再び餌がもらえる確率は
(n+1)/(n+2)
で計算できます。100 日過ぎれば明日もエサがもらえる確率は
(100+1)/(100+2)=99%、
明日もエサがもらえるのはほぼ確実です。

七面鳥にとって不幸なことに 101 日目はクリスマスでした。
 

未来の予測に使ったモデルは短期には有効でも、⻑期も有効とは限らない例です。
 

図 4 確実性の幻想

図 4 確実性の幻想

リーマンショックについて、ゴールドマンサックス CEO デビッド・ヴィニア氏は

「『25シグマの事象』が数日連続で起きるという不測の事態が当社のリスクモデルを襲った」

と語りました。そして同社のリスクモデルでは 7〜8シグマの市場はビッグバン以来 1度だけ起きた頻度だと説明しました。

これは起こりえないことが起きたのでなく、同社のリスク評価モデルが間違っていたとみるべきです。

リスクは確率や可能性で数値化できます。しかし

リスクが「恐れ」とつながると人の行動が変容します。

 

「恐れ」つまり恐怖は脳の基本的な情動回路のひとつで、扁桃核を中心に形成されます。その多くは後天的に学習します。
 

 図5 2種類の確実性の幻想

図5 2種類の確実性の幻想


 

恐怖の内容を学習するメカニズムは以下の2つがあります。

  • 「社会的模倣」

自分が属する集団が恐れるものは恐れることです。

クリスマスキャンドルはドイツ人にはかかせないものです。しかしアメリカ人にとって火のついたローソクは火災の危険と背中合わせでとんでもないものです。そこでアメリカ人の多くはローソクを電飾に変えましたが、キャンドルの不注意による火災で死亡するドイツ人と、電飾の電灯による誤飲や感電で死亡するアメリカ人の数は同じでした。

遺伝子組み換え食品に対する姿勢や放射能に対する姿勢もアメリカとヨーロッパでは大きく異なり、ヨーロッパでは強い反対があります。これは自分が属する社会集団が恐れるものは自然と恐れるようになる例です。
 

  • 「生物学的準備性」

蛇におびえるサルのビデオを見せられた別のサルも、蛇を見ておびえるようになります。動物でも自分に危害を加える生き物の情報は他者に伝搬します。
 

現代社会の病理

安全な社会になればなるほど、病気や事故など危害を加える事象が減少し、遭遇する機会も減少します。些細な事件がクローズアップされて報道されると、社会に伝搬する不安や「恐れ」が広く共有されていきます。
 

アメリカで大うつ性障害になる若者は1920年代生まれで2%だったのに対し20世紀中盤生まれでは20%に増加しました。別の調査でも1930年代以降は、自己愛的、自己中心的、反社会的、不安、憂うつ感が強くなっていると判っています。

一方、第二次世界大戦、冷戦の時期、労働争議の60年代、学生運動の70年代など社会が不安定な時期はうつ病の発症率は低い傾向にあります。

リスクに対する誤った判断とマスコミの功罪では、BSE(狂牛病)騒動や O157騒動は記憶に新しいのではないでしょうか。
 

直感は誤った判断を誘発する

直感、つまり主観に頼った判断は、人によっては大きな判断ミスを引き起こします。なぜなら、人は自信過剰で楽観的に考えるからです。
 

自信過剰と視野狭窄

人は主観的な視点にとらわれ、良い点ばかりに目を向けて現状認識が楽観的に陥ることがあります。
それは3つの幻想があるためです。

  1. 自分は人より能力が高いという幻想
  2. 80%以上の人が自分の運転技術は上位50%以上に入ると回答しています。

  3. 楽観主義の幻想
  4. 自分の未来が他人より明るいと考えます。

  5. コントロールの幻想
  6. コントロールできない確率的な事象をコントロールできるように思ってしまいます。例 ファンドマネジャー

カリフォルニア大学のキャメロン・アンダーソン、ギァビィン・キルダフは知らない学生同士を集めて4人のグループをつくり数学問題を解く実験を行いました。グループのやり取りをビデオに録画し、それをメンバーに見せて誰がリーダーにふさわしいか判定させました。リーダーに選ばれたのは数学の力でなく、支配的な人でした。支配的な人は自信のある態度を取るため、他のメンバーは彼を信頼し従おうとしました。
 

アンカリング

特定の情報、特徴に基づいて考え始め、それを元に結論に至る方法です。アンカーというバイアスが効いて、正しい答えから逸脱してしまいます。そしてアンカリングがあると、起こりうる事柄を十分に考慮しない視野狭窄(トンネルビジョン)に陥ってしまいます。人は自分が導き出した仮説から推論し、それに矛盾しないものだけを考慮の対象にしてしまい、間違っているかもしれないという可能性が考えられなくなるものです。従って最初に問題をどう捉えるかが、意思決定に大きく影響します。
 

つまり

  • その問題がどのように表現されて伝わったのか
  • それについてどのように感じたのか
  • その人がそれについてどれだけの事前知識があるのか

これによって意思決定が変わります。
 

視野狭窄(トンネルビジョン)を避けるためには

  1. 様々な他の選択肢を考える、複数のシナリオを考える
  2. 自分と異なる意見を積極的に探す
  3. 意思決定の背後にある理論的な根拠を記録し、後で振り返る
  4. 平常心でない場合は重要な意思決定は行わない
  5. インセンティブの影響を理解する(金銭、地位、名誉は誤った決定を導く)

などを考えると良いでしょう。

 

集団の均一性

集合知の正確性「みんなの言っていることはなんとなく正しい」と思うことはないでしょうか。牛の体重当てコンテストでは、専門家の推定よりも多くの人の投票結果の平均値の方が正確でした。ただしこれは多くの人が互いに話し合わず独立して予想した場合です。

参加者が自分の頭で考えず、他人の考えやメディアの情報を信用すると、多くの人が同じ値を予測するようになりました。つまり多様性が喪失してしまったのです。ブームや流行が起こったのも、他人の考えやメディアの情報を信用し多くの人が同じ考えを持ったためです。
 

こういった状況の影響力を回避するには以下のような方法があります。

  1. 状況を考慮
  2. 他人の判断は組織の影響など状況の影響を受けていないか注意する

  3. 「横並びの強制力」に注意
  4. 「無意識のうちに」同業者のまねをしてしまう傾向がある

  5. 惰性を回避
  6. 組織は往々にして凝り固まった手順を踏襲する

医療機関、取締役会、裁判所など、いずれも意思決定は社会的な行為です。そのためプライミング効果、デフォルト、感情などの周囲に影響されます。
 

結果が予測できない場合

相互作用の多いシステムでは一部を変更した影響が予期しない結果を引き起こすことがあります。
 

1800年代イエローストーン国立公園で ヘラジカがハンターに殺されるのを見て、ヘラジカの餌を増やしました。公園内の野生動物を増やして公園内の生態系を蘇 生させるためです。しかし、増えすぎたヘラジカは植物を食べ尽くし、土壌浸食が 発生しました。木が減ったためビーバー がダムをつくれずに減少し、ダムがなくなり、川の水質が悪化しました。

こうしたエサ不足でヘラジカが大量死したのを人はオオカミのせいと思い込み、オオカミを殺戮し、公園内のオオカミは絶滅、さらに状況はさらに悪化しました。
 

図 6 ヘラジカ(Wikipediaより)

図6 ヘラジカ(Wikipediaより)

日本でも、風が吹けば桶屋が儲かるという格言があります(桶屋が儲かる仕組みを知っていますか?)。複雑な状況では意思決定の結果から起こることが容易にはわかりません。様々な状況を考慮して、総合的に判断する必要があります。
 

図7 風が吹けば桶屋が儲かる

図7 風が吹けば桶屋が儲かる


 

平均回帰とハロー効果

平均回帰

平均回帰とは、特別なことが起こるとこれを打ち消すような反対の出来事が起きることです。統計学では、「ある事象を何度も独立させて繰り返して行うと、相対頻度が理論的な確率に近づいていく」という「大数の法則」があります。

簡単に言えばいいことの後には悪いことが起こる

ということです。
 

スポーツ界の2年目のジンクスは、1年目に大活躍をした新人選手が2年目には成績が落ちることです。いろいろ理由が言われていますが、統計的には平均回帰であり、当たり前のことです。

心理学者ダニエル・カーネマンは、イスラエル空軍の操縦指導教官のトレーニング技術を指導した際、指導教官に「もっとパイロットをほめるべき」と助言しました。

これに対し指導教官は「パイロットはうまくいったと褒めると、次の飛行ではうまく飛べず、へたくそと罵倒した後はもっとうまくできる」と主張しました。この指導教官の過ちは平均回帰を理解していなかったことでした。うまくいった後にへたくそだったのは、単に平均に回帰しただけで、ほめたことは無関係だったのです。
 

ハロー効果

ハロー効果とは、一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうことです。

ある企業が良い業績を出していると「正しい戦略、ビジョンのあるリーダー、活気あふれる企業文化」と称賛されます。しかし翌年は業績が平均回帰によって大きく低下します。戦略もリーダーも企業文化も何一つ変わっていないというのに。
 

多くのシステムは複雑で、結果は運と実力の影響が混在しています。チェスや囲碁は実力があれば勝つことができ、運の影響は少ないですが、中には実力があっても勝てないゲームがあります。

これは故意に負けることができるかどうかで判断できます。例えば、ルーレットやスロットなどのギャンブルは完全に運が支配するゲームです。なぜならわざと負けることはできないからです。

では投資についてはどうでしょうか? S&P500種指数を上回るポートフォリオを構成するのはとても難しいことはわかります。逆に大幅に下回るポートフォリオをつくるのもとても難しいのです。

しかし、そのことに多くの人は気づいていません。

 

想定していないものは見えない

2001年2月9日原子力潜水艦グリーンヴィル号の艦⻑スコット・ワドルは潜望鏡で付近を確認しました。「船は何も見えなかった」、「ほかの船がいることは予想も期待もしていなかった」と後に述べました。

そしてデモンストレーションのため艦は急速潜航した後、緊急浮上しました。潜水艦が船首から海に飛び出すように浮上すると、それと共に激しい衝撃が潜水艦を襲いました。漁業実習船えひめ丸に衝突した瞬間でした。最大の疑問は「なぜ潜望鏡で確認したのに見えなかったのか」に尽きるでしょう。
 

オートバイ事故の半数以上が別の乗り物との衝突で、そのうちの65%以上が直進するバイクと右折する車の事故です。なぜバイクが直進するのにドライバーは右折しようとするのでしょうか。

それはドライバーにはバイクが見えず、バイクが直進してくると予想しなかったからです。ドライバーにはオートバイの存在は想定外でした。そしてこういった事故を起こしたドライバーの中にバイクに乗ったことがあるドライバーは皆無でした。派手な色のウェアやヘッドライト点灯 もないよりはましですが、最も効果があるのはオートバイを車に似せることです。ヘッドライトの間隔を離せば注意をひきやすくなります。
 

図8 いわゆる「右直事故」

図8 いわゆる「右直事故」


 

直感による判断は正しいのか

日常生活での錯覚は、自分たちの能力を過大評価させ、自信を増大させます。人の思考プロセスは以下の2つがあります。

  1. 素早い反射的な思考
  2. ゆっくりとした内省的な思考

 

素早い反射的な思考は、見落としや錯覚を引き起こします。

ゆっくりとした内省的で高次の思考は、反射的な思考の見落としを見つけることができます。しかし適切な修正ができなければ結局問題が起きてしまいます。

人の話を鵜呑みにしたり、多くの人が常識と考えていることを無条件に信じることは間違った判断を引き起こす原因になります。
 

素早い反射的な思考、別名「直感」はこうささやきます。

「自分は十分に注意を行き届かせることができる、

自分の記憶は詳細で正確、自分はものごとをよく知っている、

自信のある人は能力がある、

偶然や相関関係には因果関係がある、

自分は脳の10%しか使っておらず大きな可能性に満ちている…」

こうした直感は全て間違っているのです。
 

経営者が直感に従った具体例

モトローラの首脳陣は衛星電話ビジネス「イリジウム計画」を画策しました。地球上に 64 基の人工衛星を打ち上げ、地球上のどこにいても通話が可能になります。ただし 1 台 3,000 ドルの端末と1分3ドルの通話料を払えば。

プロジェクトは 1 年で崩壊し、50 億ドル近い損失が残りました。
 

注記)
現在、衛星インターネットは複数の会社が提供しています。通信の遅れなど問題はあるものの、広まりつつあります。直感が正しいかどうか、それはその事業をいつ行うのか、その時の技術的、社会的なバックグラウンドはどうかによって大きく変わります。
 

参考文献

「なぜ直感のほうが上手くいくのか?」ゲルト・ギーゲレンツァー著  インターシフト
「賢く決めるリスク思考」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「まさか!? 自身がある人ほど陥る意思決定の 8つの罠」マイケル・J・モーブッサン著 ダイヤモンド社
「しらずしらず」レナード・ムロディナウ著 ダイヤモンド社
「錯覚の科学」クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著  文藝春秋

 

 

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