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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その2~欧米型の組織論と共同体文化の衝突~
「企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1」~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ で、組織の種類と特徴について述べました。
ところがこの組織と、古来からの日本の共同体文化は相反するものがあります。これが日本の組織の問題の根源です。
それはどのようなものでしょうか?
山本七平氏の「指導者の条件」を参考に、組織論と日本の共同体文化の衝突について述べます。
組織文化と日本人の共同体文化
価値観
企業は「何らかの事業目的のために集まって活動する集団」です。
そして事業の目的、目的の遂行に必要な価値観やビジョン、そして行動原則が大抵の企業にはあります。
こういった概念は経営理念、社是、ミッション、基本となる価値観、行動原則などに明文化されます。
非公式組織
一方組織には階層構造の公式なメンバーのつながりだけでなく、メンバー相互の非公式なつながり (社会的ネットワーク)もあります。この社会的ネットワークは、組織以外の活動によって自然発生的に生まれ、この社会的ネットワークによって組織のメンバーの行動が変わります。
【結束型ネットワーク】
例えば図2 グループAは、リーダーとメンバー相互に親密な関係が構築され、高い信頼が生まれています。こうしたネットワークの密度が高い状態は、メンバー間の親密さが高まり、情報の共有や互いの協力が得られやすくなっています。
一方グループ内のつながりが強すぎて外部に対して閉鎖的になったり、見方や考え方が偏るリスクがあります。
一方グループBは、メンバー相互の関係が希薄で集団としてのまとまりを欠きます。知識の共有や互いの協力が得られにくい状態です。
グループCは、一部のメンバー間のつながりが強くなっています。集団としてのまとまりを欠く一方、つながりの強いメンバー同士がリーダーに従わず独自に行動するリスクがあります。
【橋渡し型ネットワーク】
結束型ネットワークに対し、公式的なつながりのないメンバー同士が非公式なつながりを持つのが橋渡し型ネットワークです。
例えば趣味の活動や社内のプロジェクト活動などの行事を通じて非公式な関係が構築されます。そして組織の枠を超えて情報が伝達されます。結束型ネットワークの強いつながりに比べて、弱いつながりですが公式なルートでは得られない情報が手に入ります。そのため、他の部門の活動を自部門に取り入れるなど思わぬ効果を生むことがあります。
伝統的共同体
日本の組織のルーツは、農村社会の共同体です。
山本氏によれば、日本の農村社会、その後の荘園制度や武士団などの集団は、純粋な血縁集団や地縁社会ではありませんでした。擬制の血縁原則であり、機能集団でした。そのため、例え地位があっても共同体の中での役割を果たさず機能していない人は特権が認められませんでした。
例えば鎌倉時代 北条氏の百箇条の家訓に荘園内部の経営原則が記されています。そこには「自分の父親と同年代のものはすべて父親と同様に敬い、自分と同年代のものはすべて兄弟として扱う」と記されています。共同体の中で擬制の血縁集団を構成し、それを秩序原則としたのです。
この共同体は、階級がなく各人の能力に応じて地位が上下する機能集団でした。日本の共同体は、この機能原則の集団のため、
「共同体の中である役割を果たしているという精神的な満足がないと日本人は働かない。
つまり純粋な経済原則だけでは働かない」と山本氏は指摘します。
そして戦後、農村共同体が崩壊した際、農村共同体に代わって企業が共同体の役割を果たしました。近代にはどの国も農村共同体が崩壊し、農村共同体が雇用契約に置き換わり契約社会へと発展しました。
ところが日本は、契約社会が発展する前に企業が農村共同体に置き換わったという世界でも珍しい例でした。
それが可能だったのは、日本社会が元来地縁社会や血縁社会でなく、機能原則しかない社会だったからです。機能原則しかない社会なので下の者が上に者に反抗する下克上が起きるのです。
このような経緯から日本においては、会社は構成員が所属する社会であり共同体です。従って雇用は必然的に終身雇用になります。そして解雇は共同体からの退出すなわち「勘当」です。定年や出向を含めて退職すれば社員は大きなショックを受けます。この点で解雇が「雇用契約の解除」を意味する欧米と根本的に異なります。
世間
伝統的な農村社会では、共同体は擬制の血縁集団であり疑似的な家族でした。共同体の中では価値観は共有され、互いの信頼関係が保たれていました。これが日本人の考える「世間」です。
日本人はこの
世間を意識する時、相手への思いやりや礼儀をわきまえます。
対して他の共同体は世間の外です。
かつて他の農村社会とは、水利権を主張して激しく争い、戦いになることもありました。この世間の外に対し、日本人は概してわがままで冷酷です。アジアからの実習生に対し、労働法規を無視して過酷な仕事をさせていた経営者がいました。彼にとって実習生はよそ者であり、世間の外だったのです。
やり過ごし
官僚制の元、指示命令は一元化され、上司の指示は部下によって確実に実行されます。
ところが現実の組織では、上司の指示がすべて確実に実行されているわけではありません。上司の指示を部下が放置する「やり過ごし」が起きています。
東京大学教授 高橋伸夫氏は、このやり過ごしをゴミ箱モデルで説明しました。ゴミ箱は組織に問題が投げ込まれる場です。例えば定例会議などです。このゴミ箱に問題が入った時
- 参加者のエネルギーが十分あれば参加者は問題解決に取り組む
- 参加者が集まっていないときに問題が投げ込まれれば、問題は見過される
- 問題に対して参加者のエネルギーが不十分な時、問題は無視される (やり過ごす)
往々にして企業の開発部門や、個人ても能力がある社員には、処理能力を超える業務が入ってきます。全部は対処できません。そこで上記の原則に従って、組織やメンバーは問題をやり過ごして対処します。
日本型共同体組織の欠点
日本の組織は、擬制の血縁集団がベースになっています。そのため意思決定は全員一致が原則です。かつて農村社会や武家社会では、リーダーが指示してもメンバーの合意がなければ指示は実行されませんでした。
こういった組織を山本氏は「一揆」と呼びました。一揆ではメンバーの利害が最も重要です。かつて一向一揆では、領民である寺社の僧侶が領主の守護を追い払い、何十年も僧侶が自治を行いました。実は戦国大名も一揆連合で、ピラミッド組織ではありませんでした。リーダーの大名が命令しても、メンバーの家臣が談合し、時には主君の大名の命令をはねつけることもあったのです。
現在の日本企業もこの一揆の構造です。何かを意思決定する場合、管理職を中心にとことん議論し全員の同意を取りつけます。同意を得るまでに時間はかかりますが、同意が得られれば全員が協力してスピーディに実行されます。一方全員が同意して決めたことなので、
決定は誰の責任でもありません。
強いていえば責任は全員に分散されます。
こういった一揆に基づく集団主義の特徴は
各集団が我先に自己主張をするため、
攻撃する状況では大きな成果が出ます。
かつの電卓戦争では次々に新しい技術が生まれ各社競って新製品を開発しました。そのような状況では、目的は明確で各社とも一致団結して新製品を短期間に矢継ぎ早に市場に投入しました。
ところが形成が悪くなって撤退しなければならなくなると、
こういった集団は
撤退が苦手です。
軍隊の場合、撤退する際は少数の部隊を殿(しんがり)としておいて起き、殿が戦っている間に主力が撤退します。ところがこういった「一揆」集団は「自分たちだけがワリを食うのは嫌だ」と誰も殿をやろうとしません。
企業においても早く不採算部門を閉鎖すれば損失を抑えることができるのに、閉鎖が決定できず、ずるずると損失を出してしまいます。あげくに倒産することすらあります。
リーダーシップと共同体文化
集団を統率するリーダーによって、集団は変わります。このリーダーの姿勢「リーダーシップ」は経営組織論の中で述べられています。一方日本の集団の場合、リーダーシップも日本独自のものになっています。
それはどのようなものでしょうか?
まずは経営組織論のリーダーシップについて以下に述べます。
リーダーシップとは?
リーダーシップとは、指導者としての能力・力量・統率力を指します。これは
「自己の理念や価値観に基づいて、魅力ある目標を設定し、またその実現体制を構築し、人々の意欲を高め成長させながら、課題や障害を解決する行動」
と定義されます。
リーダーシップの中でリーダーの資質や人格は古くから注目されました。リーダーが先天的に持つ資質や才能は、リーダーシップの質に影響します。
これに対し経営ではマネジメントという言葉もあります。ではリーダーシップとマネジメントはどのように違うのでしょうか。
リーダーシップとマネジメントの違いを表1に示します。
表1 リーダーシップとマネジメントの違い
リーダーシップ | マネジメント | |
課題 | 変化の推進 | 複雑性への対処 |
実現への取組 | 進路を設定 人々の連携を図る モチベーションとインスピレーションの喚起 |
計画立案と予算の策定 組織編成と人員配置 コントロールと問題解決 |
これを比較するとマネジメントは技術的要素が大きく、これは習得可能なものです。対してリーダーシップには能力的要素が大きく、個人の資質や才能が大きく影響します。
コンティジェンシー理論
状況に応じてリーダーシップのスタイルを変化させるという考え方です。フィドラーは、リーダーのタイプを大きく二つに分けています。
人間関係志向リーダー
苦手タイプともうまくやっていく
職務(タスク)志向リーダー
苦手にタイプとうまくやっていくことよりも職務を優先
フィドラーは組織が置かれた状況によってどちらのリーダーがより成果をあげるのか調査しました。環境について以下の3つを取り上げました。
- リーダーが支持されているか
- 仕事が構造化されているか
- リーダーに権限が与えられているか
その結果、環境がリーダーに
- とても良い(1.支持されており、2.構造化されており、3.権限がある)場合
- とても悪い(1.支持されておらず、2.構造化もされておらず、3.権限もない)場合
「職務(タスク)志向」のリーダーが高い成果を上げました
- その中間の良いとも悪いともいえない環境に置かれた場合
「人間関係志向」のリーダーが高い成果を上げました。
つまり
どのような状況でも通用する唯一最善なリーダーはいない
ことが証明されました。
一方このリーダーシップ論は、欧米の組織の組織論が前提です。一揆をベースとする日本の共同体組織では、リーダーはメンバーの意向を無視して、独自に意思決定することは困難です。
ポリティクス
ポリティクスとは、経営組織論において、正式なルートや指示命令以外で組織内部に影響力を行使することです。影響力を行使する方法は以下の2種類があります。
【正式な手段】
- 権限に基づく指示命令や合理的な説得
【ポリティクス】
- 将来の利益提供や過去の貸しを主張
- 不利な結果をほのめかすなど交換条件の提示
- 上位の権威者からの非公式な支持
- 情報の漏洩や隠ぺい
- 会議の議題や参加者を自分に有利に替える
メンバーがポリティクスを行使する目的は
- 組織に有益な取組が上司の誤った判断で中止されるため
- 個人的な評価を高めるため
- 自部門の利益を守るために他部門のプロジェクトを中止させる
などです。
こうしたポリティクスが生じるのは、公式な調整では調整がうまくいかなかったり、メンバーが自分の利益のために有利に導こうとしたりするからです。特に成果主義や「業績の低い下位10%の社員は退職させるアップオアアウト」などの制度を取っている組織では、メンバーは自身の存続をかけて様々な働きかけをします。
一方日本企業には「根回し」という文化があります。これも非公式な影響力の行使となるためポリティクスと言えます。
一揆を基本とする組織では会議は全員一致が原則なので、会議の場で反対意見が出ると結論は保留されます。関係者は早く結論を出して業務を進めなければなりません。そのために会議の前に反対意見のある部門のリーダー、時には出席者全員と個別に事前打合せして、予め合意を取りつけておきます。
コンフリクト
コンフリクトは、複数の組織や部門の利害の対立です。
コンフリクトには
- 職務上の調整の困難さから生じる職務コンフリクト
- 人間慣例の衝突「反りが合わない」関係性コンフリクト
の2種類があります。
コンフリクトの原因は
- 当事者間が相互依存関係にあるため、お互いが有利に事を運ぼうとする
- 資源の希少性から優先権を得ようとする
- 役割や責任にあいまいさがあるため、お互いに押し付けあう
などがあります。
コンフリクトには業務上避けられないものもあります。
例えばメーカーの営業、製造、品証は自部門の最適解が他部門の最適解にならないことがあり、コンフリクトが生じます。
顧客から注文の入っている製品が納期に間に合いそうもない場合
【営業】「製造」には無理をしても納期に間に合わせてほしい
【製造】 現在の工程では間に合わない。「品証」が許可すれば一部検査を省略して間に合わせることができる
【品証】 検査を省略すれば不良品を納める可能性があるため許可できない
こうして3者の喧々諤々の議論になります。
なお、この例では品証は品質の最後の砦として検査省略は許可してはいけません。
日本型組織におけるリーダーシップ
日本企業の場合、組織の本質は共同体です。
共同体では一揆、つまり
メンバーの同意がなければ組織は動きません。
組織を束ねるには、メンバーの意見を取りまとめて合意に導くような調整型で世話人型のリーダーが必要です。
しかも共同体の中での上下関係は、必ずしも地位の上下でありません。組織上は顧問や相談役の年配者が純然たる影響力を持っていることもあります。このような閉ざされた共同体をマネジメントするには、共同体の人間関係や文化をよく知っている必要があります。これは外部の人間には容易ではありません。経営が思わしくない時、他社から経営者を招聘して立て直そうとしてもうまくいかない原因がここにあります。
かつての自然発生的な村落共同体の場合、一番の目的は共同体の存続です。そして稲作のようにこれまで培ってきたことを今後も滞りなく行うには、人の和を重視します。メンバーは共同体の構成員としての自覚があるため、細かな規則や契約は必要ありません。このような共同体では、欧米のような強いリーダーシップはむしろ有害です。
共同体の存続が最大の目標なので、欧米の組織のようなリーダーの指示の元、目的に応じて組織を解体・再編する、目標を達成したらリーダーは交代し次の目的に合致する組織に再編する、このような発想はありません。
本来、組織が成果を上げるには、明確な目標を設定しそれをメンバーに周知しなければなりません。ところが日本では政治家でも明確な目標を提示するリーダーは限られています。その一因は、日本の組織には有能な参謀(スタッフ)がいないことと、リーダーがそれを使いこなしていないことです。
政治学者モスカによれば、リーダーは攻略型と政略型の2種類があります。
政略型がリーダーになると、指揮権を行使し組織をまとめる力が弱いため、リーダーシップを発揮できません。
一方攻略型のリーダーは、リーダー単独では有効な政策がないため目標が設定でず、リーダーシップを発揮できません。
例えば、創生期のホンダの本田宗一郎と藤沢武夫のような、攻略型のリーダーが政略型のリーダーを参謀として使いこなす組織が理想と言えるでしょう。
このような日本の組織、社会には様々な不条理(問題)があります。
集団の中の序列
この日本の組織、社会の不条理な点について、2022年7月戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏と思想家の内田樹氏が対談しました。
山崎氏は「日本の組織は、支配層や上層部の利益が全体の利益になると思わせ、自分たちに都合のいいように人々を従わせている。その結果、SNSの発言を見ても、職場環境や雇用問題について、会社に雇われている側なのに経営者の目線で語る人が少なくない」と言います。
これについて内田氏は学校教育の問題を取り上げました。
「何をしたいのか?」より「何をすればほめてもらえるのか」を考えるように教育されている。学校は、先生の出した問題に対し、子どもが答えを書き先生が採点する。その採点が子供の評価となる。そのため子どもたちは「よい点をもらうことが自己実現の方法」と信じている。
しかし相手が問題を出して、自分が答えて、それを採点されるのは、典型的な権力関係です。もし自分が相手より優位に立ちたい場合は、先に相手に質問しなければなりません。武道ではこれを「後手に回る」と言います。そして「後手に回れば必ず敗ける」と内田氏は言います。
山崎氏
なぜ日本の組織は「非効率」で「非倫理的」なのか、それは社会の価値観が反映されている。海外では雇用主と従業員は対等と考え、自分の権利が政府や雇用主に侵害されれば誰もが「自分の権利をちゃんと保障しろ」と主張する。
内田氏
感染症内科の岩田健太郎先生は、エボラ出血熱のときシエラレオネで医療チームに参加しました。「国境なき医師団」とかWHOとか、世界中から来ている混成チームでは、まず問われるのが「おまえは何できるんだ?」だそうです。隔離病室を作れる、感染症の手順を知っている…、自己申告に従って役割分担をする。日本で最初に聞かれるのは「おまえは何者だ」、医師か看護師か聞かれ、出身大学・医局・卒後年数を聞かれる。つまり誰に対しては敬語を使うのか、上下関係をまず確認する。
コロナによるクラスターが発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」に岩田先生が入った時に優先されたのは「誰が一番偉いのか」、あの場では橋本岳という当時の厚生労働副大臣。でも政治家なので感染症のことは知らない。
そこで岩田先生は「やり方が間違っているから、やり直しなさい」と専門家としてアドバイスしましたが、これは「下の人間が上の人間に指示を出す」と捉えられ、これは日本では禁忌なので「出て行け」と言われる。(朱記は筆者)
これからの組織を考える
このように組織論における組織の役割と、日本型共同体とは乖離があります。
では、これからはどのような組織が必要なのでしょうか?
共同体の解体と帰属意識の希薄化
日本型共同体が成立するためには、共同体の構成員がずっと組織内部にいる必要があります。
構成員にとって共同体からの退出は勘当です。これは構成員のアイデンティティの喪失にもなります。これまで終身雇用が維持できていた時代、構成員は共同体の一員という意識が維持されていました。
しかしバブル崩壊後、非正規雇用の増大や高齢社員のリストラの結果、構成員の「共同体の一員」という意識は解体されつつあります。しかも現在、組織には様々な人がいます。組織に対してそれぞれ異なった意識を持っています。
- 正社員として雇用され共同体の構成員の自覚を持っている (多くは中高年)
- 共同体を信じていない。しかし追い出されれば経済的に困窮するため、指示には無条件に従う(多くは若者)
- 派遣社員として長期間組織で働いているが共同体の一員とは思っていない
それぞれの立場によって以下のように行動します。
1.は一揆のメンバーで共同体の価値観に従い行動します。その点でストレスは少ないです。
2.は共同体を信じておらず、押し付けられた価値観を受け入れられません。しかし一揆に反抗すれば不利になることが分かっているため、指示には無条件で従います。その一方で過剰な仕事をやり過ごすことができず、時には体調を崩してしまいます。
3.の派遣社員は価値観を共有できず疎外感を感じています。指示命令には無条件に従うが、それ以上のことはしません。
権限と圧力
組織のメンバーがこういった価値観を持つ中で、達成困難な目標が上から与えられればどうなるでしょうか。
2.3.の構成員にとってそれは単なる指示命令でなく、一揆からの無言の圧力となってきます。
終身雇用が困難に
今日テレワークが広まり、中にはオフィスを持たない会社もあります。そういった会社は、社員の「共同体の一員としての意識」は希薄化します。
一方、若年人材は不足し、しかも国から70歳まで雇用延長を求められています。そこで企業は中高年を戦力として活用する必要に迫られています。
経営環境は変化し、業務内容も変わってきます。しかし人の能力は簡単には変わりません。特に中高年の場合、訓練により新たな能力を獲得するのは容易ではありません。そうなると中高年の教育訓練の費用対効果は低く、場合によっては既存社員を訓練するよりも専門人材を新たに雇用した方が安上がりです。
例えば機械設計は、ドラフターから二次元CAD、二次元CADから三次元CADへ変わりました。中高年の設計者が二次元CADや三次元CADに対応するのは再訓練で可能です。しかし設計者にグラフィックデザインやホームページ制作を教育するのであれば、教育するより外部の専門人材に依頼した方が安上がりです。
もし自社の事業環境が変化して機械設計の業務がゼロになり、グラフィックデザインとホームページ制作の仕事だけになれば中高年の設計者の仕事はなくなってしまいます。このように将来業務内容や必要なスキルが変化すれば、1社が同じ人間を50年雇用し続けるのは困難です。
このように考えると、今後も企業が日本型の共同体であり続けるのは難しくなってきます。
かといって社会、文化が全く異なる欧米型の組織も日本社会にはなじみません。
これからの組織
今後はこれまでの
共同体意識の共有はない
前提で21世紀型の組織をつくる必要があるでしょう。
そのためには以下の課題を解決する必要があります。
- 一揆に変わる意思決定の仕組み、そしてメンバーが決定に従う仕組み
- 共同体意識がない時の組織への貢献意欲を引き出す方法
- 多様な人たちを取りまとめ、成果を上げるリーダー
- テレワークなどでメンバーの関係性が希薄になっても組織運営や企画・発想できる仕組み
- 50年間を雇用し続けられない場合、副業などによる生活の安定
- 中高年の共同体意識の変革、教育訓練を継続する意識
今後は
新しい21世紀型組織を持った企業が従来の共同体文化の企業と静かに入れ替わっていく
かもしれません。
参考文献
「はじめての経営組織論」高尾義明 著 有斐閣ストゥディア
「指導者の条件」山本七平 著 文藝春秋
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~
頻発する企業不祥事や法令違反、時には社会問題になり、企業には多大な損害が生じます。そこで多くの企業がコンプライアンス遵守に取組んでいます。それでも不祥事は後を絶ちません。
なぜでしょうか?
コンプライアンスの遵守と強化とは、管理と統制の強化です。これは企業の建前の部分です。
一方企業は、組織体であり、また同時に人の集団でもあります。そこには
日本社会特有の共同体文化
があります。
この日本の共同体文化は、社員の行動にどのように影響し、それにより組織はどのように変質したのでしょうか?
山本七平氏(以降 山本氏)の「指導者の条件」にある日本の共同体文化と、経営組織論を対比して、
組織とは何か、
そして
日本の組織の問題点
について考えました。
組織とは何か?その目的は?
企業組織の目的、形態、特徴を探求したのが経営組織論です。
経営組織論では、組織とはどのようなもので、その目的や特徴について述べています。
では組織とは何でしょうか?
組織とは?
「組織と管理」の著者で組織経営論の大家 チェスター・バーナードによれば
組織とは、「意識的に調整された2人、またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」です。
この「意識的な調整」とは組織のメンバーがリーダーの指示の元、お互いの行動を調整して目的を達成しようとすることです。
また「組織はシステム」です。お互いが役割分担して、相互に影響しあいながら目的を達成します。
言い換えれば、システムは仕組みのことです。この仕組みに人やモノは含まれません。
システムがちゃんと機能すれば、誰に代わっても(能力が同じであれば)組織の能力は変わらないという考えです。
この組織の3要素としてバーナードは
- 共通目的 同じ目的意識で取り組む
- コミュニケーション
- 貢献意欲 助け合いつつ組織に貢献したいという気持ち
を挙げています。
このどれか一つが欠けても組織は健全に機能しなくなります。
経営組織論では組織をこのようにシステムと考えます。
実際の組織は、人の集まりであり、つまり共同体です。
共同体はどういった人で構成されるかによって大きく変わります。
組織の目的
ではなぜ組織が生まれたのでしょうか?
経営組織論から離れ「なぜ人は集団をつくるのか」を考えてみます。
人が集団になるのは、集団の方が都合がよいからです。古代の狩猟採取社会では、一人で狩りをするより、何人が協力した方が大きな獲物が捕れます。
その後、定住して農業を営むようになると、農作業はお互いの協力がなければ成り立ちません。
つまり集団の目的は、狩猟や農業など活動の効率化です。
もう一つの側面は安全です。部族間の紛争など太古から集団同士の争いはありました。単独では襲われても集団ならば簡単には襲われません。安全のために人は集団化しました。その一方、集団化すれば武力は強くなります。その結果、他の部族を襲うこともありました。
企業経営では組織の共通目的は事業です。個々の企業の事業内容は定款に書かれています。もし定款にない事業を行う場合は定款を変更します。
あるいは組織の目的や目指す姿が経営理念やミッションとして明文化されていることもあります。一方定款や経営理念として明文化されていなくても、組織には固有の共通目的があります。
それは何でしょうか?
企業の目的は
「組織の存続」
です。
定款に書かれた事業が本当に組織の目的であれば、その事業が困難になれば組織を解散するはずです。しかし多くの企業は新たな事業に移行して存続しようと努力します。つまり目的は事業でないのです。
なぜ組織化するのか?分業について
人が集団になるのは、活動の効率化や安全のためです。
人が組織化するのは、もう一つの目的があります。それが分業です。
分業して役割分担すれば、個々のメンバーは専門的な能力をより高めることができます。古代社会でも大工、機織り職人、猟師などひとつの仕事に特化することで、人は専門能力を高めました。
分業のメリットは
- 専門的な仕事に専念できる
- 専念することで短期間に習熟できる
- 専念することで効率化、低コスト化を実現
です。
一方デメリットもあります。
- 分業した業務同士の調整が必要
- 専門以外のことが分かなくなる
- 仕事が単純化しモチベーションが下がる
などです。
分業化することで業務間の調整が必要になります。それには管理者が必要です。
では実際の組織にはどのようなものがあるのでしょうか?
組織の種類と特徴
組織の種類と特徴について経営組織論から説明します。
フラット型組織
図2のように一人のリーダーの指揮下にメンバーが並列でいる組織です。
各メンバーはリーダーから直接指示を受けます。メンバー相互の調整はリーダーが行います。小さい会社の多くはフラット型組織です。
フラット型組織には以下の特徴があります。
【利点】
- メンバーはリーダーから直接指示を受けるため、指示の伝達が早い
- リーダーは各メンバーを直接管理するため、きめ細かくスピーディに管理できる
- リーダーがメンバー間の調整を直接行うため、メンバーの仕事の最適な割当が可能
【欠点】
- メンバーが多くなるとリーダーの管理が不十分になる
- 統制の幅(スパンオブコントロール)の問題
- メンバーの業務が分業化・専門化すると、専門性の不足するリーダーは管理が不十分になる
ピラミッド型組織 (ライン組織)
メンバーが多くなると、フラット型組織ではリーダーがメンバーを十分に管理できなくなり、業務の効率が低下します。
そこで組織を階層化し、部下を直接管理する複数のリーダーを上位のリーダーが管理するビラミット型組織へ移行します。
ピラミッド型組織の階層化には、
- メンバーの増加による管理の階層化 垂直的分化
- 業務の分化(専門化)による階層化 水平的分化
の2種類があります。
実際には企業は、係(グループ)→課→部 という階層構造を取ります。水平的分化、つまり部門化(専門化)の例は
- 機能に基づく部門化(専門化)
- 製品・サービスに基づく部門化
- 顧客別の部門化
- 地域別の部門化
があります。
あるいは
- 製造部門は「機能に基づく部門化」
- 製造部門の中で設計は「製品・サービスに基づく部門化」
- 営業は「顧客別の部門化」あるいは「地域別の部門化」
など、部によって異なる要素で分けることもあります。
代表的なピラミッド型組織は軍隊です。軍隊は指示命令の徹底が必須です。ピラミッド型組織はトップの指示が一元化されて末端にまで伝わります。
一方軍隊には様々な専門能力が必要です。そのため組織を機能別にも分け、専門能力の育成と管理を行います。
図4は日本陸軍の歩兵師団の組織です。1師団には歩兵連隊3個、砲兵部隊の他に、輸送中隊、偵察中隊、通信中隊、工兵中隊、衛生中隊などがあります。
ピラミッド型組織の特徴
【利点】
- 適切な人数の部下を管理するため、リーダーはメンバーの適切な管理と・統制が可能
- 管理を階層化することで、トップの方針・命令を確実に末端に伝えられる
- 末端のメンバーの情報は階層を通じてトップに確実に伝えられる
- 組織を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けることで、それぞれの業務に特化して遂行が可能
【欠点】
- 各部門を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けるために、部門間で利害が対立した場合、調整はトップが行わなければならない
- 各部門が自部門の業績の最適化を目指すため部分最適に陥る
- メンバーは専門的な業務に特化するため、他の業務への対応力が低下
- 現場の情報がトップに伝えわるまでに何人ものリーダーを経るため伝達に時間がかかり、情報が正確に伝わらない
- 部門間にまたがる業務や、どの部門にも該当しない業務が適切に遂行されない
「職能別組織」や「機能別組織」は、ピラミッド型組織を職能別、機能別に階層化したものです。
例えば多くの企業は開発、製造、販売などの機能別に組織を構成します。(実際の部門は、開発、設計、製造、生産管理、資材、品質保証、営業など)
実際は製品開発、製造・販売に対し、開発、営業、製造ではそれぞれの利害が異なります。そこで対立が生じた場合は、調整は組織のトップの役割です。(日本の企業では、部門間の対立は部門間の話し合いで調整されます。)
こうしたピラミッド型組織は中央集権的な組織です。そのため製品の種類や事業の多角化が進むと、トップの負担が増加し意思決定のスピードが低下します。
ライン・アンド・スタッフ組織
ピラミッド型組織では、人員を階層的に管理して適正な管理と命令の一元化を図っています。一方各部門にそれぞれ専任者を置くよりも、会社全体で共通の専任者が担当した方が効率の良い業務があります。
例えば、労務管理や人事など総務、経理、ISO事務局や標準化などです。経営企画など経営者により近い業務も各部門から切り離した方がより広い視点で業務を遂行できます。
そこでこれらの部門をピラミッド型の組織(ライン)から切り離し本社直轄の部門とします。これをスタッフ部門と呼び、こういった組織をライン・アンド・スタッフ組織と言います。特に後述の事業部制をとった場合、各事業部に総務や経理を設けると、各事業部間で重複する業務が多く非効率です。またスタッフ部門の業務は収益を生まないため、事業部として独立させるのは不自然です。そのため事業部とは別に本社直轄の組織とします。
あるいは新規事業のプロジェクトチームなども、開発の初期段階では事業化の見通しが立っていないため、事業部でなくスタッフ部門の中に設けます。そうすれば収益性は問われずに一定の予算枠の中で研究開発を行うことができます。そして事業化の目途が立てば、プロジェクトチームごと事業部門に移管します。
【利点】
- 専任者が会社全体で業務を行うため、効率が高い
- 人事、経理などを会社全体でひとつの部署が行うため、やり方が統一される
【欠点】
- 各部門の業務と場所的にも業務的にも切り離されるため、各部門の求めるものと異なる業務を行う可能性がある
- 収益をもたらさない業務は費用対効果があいまいで、業務が肥大化する
軍隊の場合スタッフは参謀部です。欧米の軍隊は、優秀なスタッフを参謀部に集めて優れた作戦を複数立案します。司令官はそのうちのどの作戦かを選択します。現場はその作戦をひたすら忠実に実行します。スタッフに優秀な人材がいれば、現場の人間は優秀である必要はないという考え方です。
ところが同じ軍隊でも日本の軍隊はこれを嫌います。自分に関係がないことでも全部知っていなければ気が済まないのです。山本氏はフィリピンの戦場にいましたが、中国戦線の命令の写しがフィリピンにも来ていました。そのためある司令部が敵に奪われると陸軍全部の作戦が分かってしまいました。
こういった特徴は今の企業でもあります。日本では、入社したての新入社員でも会社の前途を憂い心配します。
これが欧米企業では、会社の前途はスタッフが考えればいい問題で、新入社員は自分には関係ないと考えます。新入社員は自分の担当したラインの仕事だけ専念すればよいと思います。
事業部制組織
製品の種類が増えたり事業が多角化すると、ピラミッド型組織では部門間の調整業務が増大します。トップの負担が増えて意思決定のスピードが低下します。
そこで事業毎に事業部をつくり、事業部毎に開発、製造、販売などの機能を持たせます。これにより部門間の利害関係は事業部内で調整できるようになりトップの負担は減少し、意思決定のスピードが早くなります。売上と費用を事業部毎に集計することで、各事業の収益性・採算性も明確になります。
この事業部制は1920年にアメリカのデュポン、続いてゼネラルモータースが導入しました。日本では1933年に松下電器産業が導入しました。現在でも異なる事業や特徴が異なる製品を持つ企業の多くは事業部制を取っています。
実際は、製造は製品毎の事業部でも、販売はひとつの事業部にする場合もあります。どこを事業部として分けて、どこを共通部門にするかは企業により違いがあります。
【利点】
- 事業部毎に収支が明確になり、事業の収益性を適切に評価できる
- 事業毎に適切な組織にすることができ、組織構成を最適化できる
- 事業部のトップに責任と権限が委譲されるため、意思決定のスピードが早くなる
- トップの調整業務・負担が減少する
【欠点】
- 各事業部に販売、開発、製造の部門があるため、部門が重複し効率性が低下
- 事業部毎に独自のやり方が生まれる
- 事業部の収益性を追求した結果他の事業部と利害が対立する場合、部分最適に陥る
マトリックス組織
事業部制の課題として、事業部毎に製造、開発、販売の機能があるため、事業部独自のやり方が生まれるなど、会社全体では業務が非効率になる点があります。そこで会社全体で製造、開発、販売などを統括するリーダーを決めて、事業部を横断して管理する方法が生まれました。これがマトリックス組織です。
マトリックス組織では、各部門の業務は統括リーダーによって最適化されます。その一方、組織のメンバーは事業部と統括リーダーの二人の上司から指示を受けるため、命令の一元化が保たれません。その結果、混乱が生じやすく、マトリックス組織を採用している企業は多くありません。
一方、ピラミッド組織(あるいは事業部制)の企業でも、各部門からメンバーを集めてプロジェクトチームを作ることがあります。この場合、プロジェクト業務はプロジェクトリーダーの指示で遂行しますが、それ以外の業務はこれまでのラインのリーダーの指示で遂行します。これもある意味マトリックス組織と言えます。
カンパニー制
カンパニー制は、事業部制の独立採算を進めて、人事、経理などスタッフ部門の機能もすべてカンパニー内に持ち、人材、資金調達などもカンパニー内で意思決定できるようにしたものです。その点で後述の分社化に近いのですが、対外的にはひとつの会社である点が分社化と異なります。
各カンパニーが一つの疑似的な会社として、事業運営、投資や資金調達、人材採用を意思決定できます。そのためカンパニーのリーダーは、事業部のリーダーよりも意思決定の裁量範囲が広く、意思決定のスピードも早くできます。このカンパニー制は、ソニー、トヨタ自動車、みずほ銀行など企業が採用しています。
一方で、NEC、富士ゼロックスなどは一度導入したカンパニー制を廃止しました。
カンパニー制の特徴
【利点】
- 投資、資金調達、人材など事業部ではスタッフ部門の業務もカンパニー内で意思決定できるため、意思決定のスピードが早く、経営環境の変化に応じて柔軟に対応できる
- カンパニー毎にバランスシートをつくることで損益だけでなく、資産にまで踏み込んで事業を評価できる
- カンパニー内ですべて調達できるため完全独立採算となり、収益性や責任が事業部制よりも明確になる
- カンパニーのリーダーはカンパニーを経営することで経営的視点を持つことができる
【欠点】
- 各カンパニーに人事や経理などがあるため、会社全体で見れば重複する部門が増え、間接費用が増加する
- 事業部制よりも各カンパニーの独立性が強くなるため、カンパニー間での情報交換、技術やノウハウの共有が弱くなる
- 短期的には収益を生まない事業をスタッフ部門として事業部から切り離すことができないため、短期的な利益追求に陥る可能性がある
分社化
カンパニー制をさら発展させ、事業毎に完全に別会社にして、本社機能は持ち株会社(ホールディングカンパニー)とする方法です。各子会社は、人材、資金を独自に意思決定し、経営状況を評価できます。分社化は1997年純粋持株会社が解禁されたことから広まりました。かつては赤字を子会社に移転して本社の決算をよく見せることも行われていました。しかし現在は、業績は子会社も含めた連結決算で評価されるため、そのような手法はなくなりました。この分社化の特徴を以下に示します。
【利点】
- 事業毎に独立した会社のため、経営資源の配分の最適化、意思決定の迅速化が可能になる
- カンパニー制と異なり、財務諸表を外部に提出するため、公正な業績評価が可能
- 事業買収や売却が容易になり、環境の変化に応じた事業再編がスピードアップ
- 子会社毎に賃金水準を変えることができるので、事業に応じた人件費の最適化が可能
【欠点】
- 連結財務諸表の作成や子会社の会計監査など管理業務が増大
- 子会社間の移動は、出向や転籍になり人事交流が進まなくなる
- 事業間の交流やコミュニケーションが減少
- 子会社毎に独自の企業文化が生まれ、グループの求心力が低下
株式会社を設立する際の最低資本金が引き下げられたことで、会社の設立が容易になりました。そのため、中小企業でも事業によって複数の会社を設立し、分社化している企業も多くあります。
官僚制
官僚制組織とも言われるため、組織形態の一つのように見えますが、組織としてはピラミッド型組織です。
官僚制 (bureaucracy)はピラミッド型の階層型のシステムで以下の特徴があります。
- 規則に基づく運営
- トップダウンの指揮命令系統と命令の一元化
- 組織への貢献度に応じた昇進や報償
- 分業による専門分野への分化
こういった特徴は行政機関だけでなく、企業や他の団体にも広く見られます。組織が大きくなると、トップの指示が末端にまで浸透するには階層型の組織が必要です。中国では秦の時代からすでに官僚制度がありました。
近代の官僚制はドイツの社会学者マックス・ヴェーバーにより研究されました。ヴェーバーによれば官僚制の元では、メンバーは合理的な規則と役割を体系的に割り当てられて行動します。
そして以下の原則に従います。
- 権限の原則
- 階層の原則
- 専門性の原則
- 文書主義
ヴェーバーは、
「官僚制は合理的な機能を有し、優れた機械のような優れた点がある」
と主張しました。
ただし個人の自由が抑圧される点や組織が巨大になると統制が困難になるなど、
官僚制のマイナス面も指摘しています。
このマイナス面については、アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが
「官僚制の逆機能」
について指摘しました。
この官僚制の逆機能とは
- 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
- 責任回避・自己保身(事なかれ主義)
- 秘密主義
- 前例主義による保守的傾向
- 画一的傾向
- 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
- 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
- セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)
などです。
一般にはこれらは官僚主義と呼ばれています。
その特徴は
- 先例がないからできない
- 規則にないため判断を避ける
- 些細な書類の不備で拒絶する
- 書類の作成自体が目的化する
- 自分の部署以外の仕事はやらない
などですが、これらは民間企業にも見られ「大企業病」と呼ばれています。
官僚制の文書主義や権限の原則は、欧米の企業組織の骨格です。欧米では、これらはち密に体系化されています。その代表的なものがISOなどのマネジメントシステムです。ISOは、規格の最初に「責任と権限を明確にする」ことを要求しています。
この責任と権限の明確化は、契約を基本とする欧米社会の文化です。
山本氏は
「欧米人は契約がないと何もできない。
宗教も神と人間の契約、つまり個人が神と契約を結ぶ。」
と述べています。
かつての欧米人の考えには「他人も同じ宗教を信仰し神と契約を結んでいるから信頼できる」というものがありました。そして「自分たちの信仰する神と契約を結んでいない異教徒は何をするのかわからず信頼できない」というものでした。(今は違っていますが)。
ところが日本人は
契約という概念を非常に嫌います。
取引の際、契約を持ち出すと「私が信頼できないのか」とかみつかれます。日本社会は契約の概念が希薄なため、日本では官僚制においても文書化は十分ではありません。
ここまで経営組織論に基づき様々な組織の形態と特徴について述べました。
このように組織は、様々な形態とそれぞれ特徴があります。
ところがこの組織と、日本の古来からの共同体文化は、相反するものがあります。
これが企業不祥事など日本の組織の問題の根源にあるのです。
それはどのようなものでしょうか?
これについては、次の経営コラムでお伝えします。
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「若者の価値観とやる気を引き出すには?」 ~適応できないのは若者なのか、シニア世代なのか?~
若手社員がこれまでのやり方では育成が進まないという課題に対して、これまで、
第17回「ゆとり世代の特徴と若者のモチベーションを上げる方法」
第30回「ゆとり世代の特徴と誤解」
第31回「ゆとり教育社員への処方箋」
第41回「今までのやり方が通じない!現代若者考」
第53回「モチベーションとやり抜く力『GRIT』」
第75回「『生まれ』か『育ち』か、若者育成の課題」
等で取り上げました。
今回はニートや不登校の特徴から、社会の変化と若者の価値観の変化を取り上げました。
これまで取り上げた若手社員の課題と解決方法
これまでベテラン社員と若手社員の違いを取り上げ、経営者、管理者の視点から若手社員の課題と解決方法取り上げた書籍を参考に、彼らを育成する方法を考えてきました。
若手社員の課題
「これまでの常識が通じない」と言われる若手社員の特徴として、以下のようなものが挙げられます。
- 指示待ち
- 言われたことしかやらない
- 自分の席でなければ電話が鳴っても取らない
- 自分の担当でなければ気を効かせて動こうとしない
- 低いコミュニケーション能力
- メール1つで急に休む
- 友達にLINEで送るようなメールを顧客に送る
- 電話が怖い、取ろうとしない
- 社内の行事に参加しない、上司の飲み会の誘いを断るなど社外での交流をしない
- 管理職・リーダーになることを避ける
- 自ら管理職・リーダーになろうとしない
- リーダーになることのメリットとデメリットを比較し、デメリットが多ければ断る
- リスクを取らず積極性がない
- 目立つことを避ける
- 失敗した場合のリスクを考えて自分から積極的に手を上げない
- 成長志向と根拠のない自信
- 仕事を指示しても、それがどんなスキルになるのか聞くなどスキルにこだわる
- 本人ができると言うからやらせてみたら、期日になってもできていない
- 遅れるという報告もない
- メンタルが弱くパニックになる
- 仕事の優先順付けができず複数の仕事を与えるとパニックになる
- 叱られたり、仕事で失敗すると心が折れて休職してしまう
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。その背景には、彼らが受けてきた学校教育や、それまでの社会経験が関係しています。
【学校教育】
多くの子供たちは、結果重視、効率重視の学校生活が求められます。子供たちはいかに少ない労力でよい成績を取るかを常に考えて、コストパフォーマンスを重視する学校生活を送っています。失敗は極力避けるため、失敗経験がなく失敗に対する耐性がありません。
【社会集団での経験】
学校のクラスの人間関係、また友人との関係は極めて同質性が高い集団です。少しでも他人と違ったり、目立ってしまうと思わぬ攻撃を仲間から受けます。そうならないためには、目立てないことが一番です。
また親も子供が失敗しないように先回りして手を回します。そのため学校以外の家庭でも失敗体験がなく、チャレンジもしません。(親がさせない) そのため自信の元となる成功体験がありません。
これまで取り上げた解決方法
こういった若者たちの特徴を認めた上で、彼らを組織内で短期間に戦力化する方法は以下のような解決策があります。
- 社会人としての基礎教育
- 電話の応答はできないことを前提に社内で訓練する、そこで電話応答の台本を使って練習する
- 言葉遣いや敬語の練習
- メールの書き方も一から指導
- スキルの明文化とキャリアパス
- 年数に応じて身に着けるべきスキルや資格を紙に書いて渡す
- 将来のキャリアパスを示し、経験を積むことでどのように成長するのかイメージさせる
- スキルや資格を評価や目標管理制度とリンクさせ、努力した結果が反映されるようにする
- 自主性を高める
- 取得する資格やスキルは、ある程度までは本人に選択させる、これらより責任と自覚を促す
- 公正な評価
- 従来の上司の評価だけでなく、同僚や部下からの評価など360度評価を取り入れる
- 本人が納得できる評価制度にする
これはあくまで企業や組織は今までと同じで、問題を解決するには「若者たちを組織に合わせて戦力化しよう」という考えです。
しかし、これは正しいのでしょうか。
社会そのものが変化しつつある昨今、今の若者の特徴は社会の変化の結果なのかもしれません。
社会が変化しつつあるのに、組織や仕事のやり方を変えずに、若者をそれに合わせようとするのは、川の流れに逆らって泳いでいるようなことになっていないでしょうか。
ニート・不登校に見る社会の変化と価値観の転換
今起きている価値観の変化が、今の若者達の特徴の原因かもしれません。それならば彼らの価値観や考え方を理解することで、価値観の変化をつかむことができるかもしれません。
その極端な例として、ニートや不登校の若者について考えます。
20世紀型上昇志向
高度成長期に子供時代を過ごし、バブル崩壊以前1992年までの価値観を持った人たちの特徴を「20世紀型上昇志向」と呼びます。
すべては仕事優先で、仕事の質も重要ですが、それよりも量が重視され、たくさん働くことが求められた時代では、会社と個人は一体化していました。
これは子供には
「会社優先であくせく働く父親は幸せそうに見えない」
と映りました。
一方、消費文化は1970年代以降、比較的新たに出てきた考えです。作れば売れる時代は、古いものは捨てて新しいものを買うことが良いこととされました。これは消費を活性化し経済を成長させました。
1980年代は人と違うもの、人より高いものを持つことが満足感を高めました。消費社会から降りることは負け組を意味しました。
21世紀型の価値観
今の若者たちの価値観、特にニートの人たちの価値観を「21世紀型進化系人間」と呼びます。
これからは
「子供が親よりも貧しくなる世代」
と言われています。
そんな世代の子供たちから見て、親たちの世代や会社人間は幸せそうに見えません。もちろん彼らは、自分の親が1980年代の消費社会に生きた時代も知りません。
今、大企業ですら定年までの雇用を保証していません。若者たちは「会社は人生を保証してくれない」と考えています。
21世紀型進化系人間の彼らにとっては「仲間・働き・役立ち」を三本柱の人生として捉え、仕事は人生の1/3でいいと思っています。彼らは「自分の好きなことを仕事にしている人はほんの一握りだ」ということが分かっています。そのため、仕事は「一番嫌でない仕事でなければいい」と考えています。
高度成長期は、インフレによりお金の価値を下がり、一方賃金が年々上がっていきました。そのため貯蓄よりも消費の方が理にかなっていました。
しかしデフレの今、逆にお金の価値が上がっていきます。消費はマイナスであり、節約・貯蓄の方がメリットは大きくなります。そのため若者たちは節約をゲーム感覚で楽しみます。節約をして貧乏を乗り切るには知恵も必要です。節約には知的な楽しみもあります。
その結果、お金がないことに対し切実感や後ろめたさがありません。お金に対する価値観が違ってきています。
同様に働かないことにも後ろめたさがありません。20世紀型のがつがつとしたパッションは皆無で「競争から降りたあくせくしない生き方」がニートの特徴なのです。
この勝ち負けから降りる生き方が21世紀型の価値観の特徴です。
逆に今日の女性から見ると、
彼らは
- 一緒にいると背伸びせずありのままでいられる
- 細やかな気配りをしてくれてとてもやさしい
と評価されます。
高度成長期に求められた男性像とは全く違うタイプが好まれる時代です。
今や、フルタイムで働き、それでも仕事も結婚も子育てもしたい女性は、男性に経済力よりも人間性や癒しを求めます。こういった女性とニートのカップルは相性が良く、男性を養うことに抵抗感がない女性も現れています。
例1 癒しを必要とする職場とニートの相性1 リハビリ現場の管理者
高齢者のリハビリはすぐに成果が出るとは限らず、先が見えない中で地道に取り組まなければなりません。そこに従来の価値観の管理者が成果を出そうと頑張るとスタッフや患者は疲れてしまいます。ある施設ではそのために組織がぎくしゃくしていました。そこで、その管理者の代わりに元ニートが管理者として入りました。やる気のないおっとりとした雰囲気がリハビリ現場には合っていて、スタッフや患者も馴染んでいました。
例2 震災ボランティア
復興で被災した人たちにとって復興は長期戦です。しかも被災のショックも大きく気持ちも沈みがちになります。そこにやる気満々の団塊世代ボランティアが入ったところ、被災者のリズム感が合わず被災者が疲れていました。「手伝ってくれるのはありがたいのですが…」
むしろニートの「頑張らない、おっとりとした態度」の方が被災者にはありがたく感じられました。
何事も的確に判断し仕事をバリバリこなす、いわゆる「仕事のできる人」は、同じように仕事ができるタイプの女性にとっては「一緒にいると疲れる存在」です。ニートは仕事の結果は人より劣り、社会的にも成功していません。しかし彼らの持っている、今まではかっこ悪いとされていた「癒し」という特徴は、時代が変わったため、求められるようになりました。
コミュニケーションの断絶
20世紀型価値観と21世紀型価値観の2つは、価値観が全く違います。そのため、分かり合うのは困難です。特に家族、中でも親子で20世紀型価値観と21世紀型価値観がぶつかると解決は難しくなります。これが親子の問題の本質かもしれません。
親のコミュニケーション能力に問題があり、自分の価値観にこだわるあまり、子供の価値観を理解しようとしません。子供は親が楽しそうじゃないのを見て育っています。「親はエライと思う。だけど自分はあんなふうになりたくない」と思っています。
ただし若者自身も20世紀型価値観と21世紀型価値観の間で心は揺れ動いています。一部のニートのように達観できません。
格差問題の本質は、経済問題でなく価値観の違いの問題でもあります。その点を踏まえて社会が対策する必要があります。問題はお金だけではないのです。
実は社会は
物質的な豊かさから、心の豊かさのステージへと
大きく流れを変えています。
見えない管理と息苦しさ、閉ざされた世界
会社
学校で息がつまるような人間関係を過ごしてきた若者にとって、価値観の違う様々な人と付き合わなければならない会社は、それだけでひどく疲れる場所です。そこに1日8時間いること自体が大きな苦痛です。
一方、20世紀型価値観の人にとって、会社は自己のアイデンティティの一部であり、自尊心を満足させる場所です。特に家庭での存在感が希薄な人には唯一の居場所です。
一方、職場は表立っては厳格に管理されているわけではありませんが、成果主義の浸透や日常業務までITで管理されるなど、暗黙裡の管理が進んでいます。閉ざされた世界であり、いろいろな面で「理由なき服従」を強いています。
この理由なき服従とは、「従わなければ罰せられる可能性がほとんどなくても従順に従っている」という状態のことです。そうなってしまう理由は、
- 罰せられるとダメージが極めて大きく(新卒一括採用と転職市場が弱い)
- 罰する者の内面には不透明性がある(人事の不透明性)
からです。
若者たちは息を殺して組織で日々を過ごしていることを経営者や管理者は気づいていません。弾が入っていないかもしれないが、それでもこめかみに銃口を突き付けられて、自ら進んで十分な能力を発揮できるのでしょうか。
ここから外れることはできないという恐怖、窒息寸前の職場で、彼らは「会社なんていつでもやめてやると思わなければ頭がおかしくなる」と感じてしまいます。しかも監視は日々強くなり、どんどん不自由になって、正しいことしか許されない職場になっています。
学校
学校は閉ざされた世界です。その中で毎年教師の心無い言葉のために不登校になる子供たちが絶えません。あるいは目立つとクラスメートから執拗な攻撃を受けてしまいます。子供たちにとって教室は地雷原なのです。
調査によれば、学校は気おくれがして居心地が悪いと答えた子供は17.8%(5人に1人)にも上りました。神経をすり減らす友人関係、友達同士の仲良しごっこは、自分を縛り付ける牢獄だと子供たちは感じています。5人に1人は、見えない銃を突きつけられて学校生活を送っているのです。
大人から見ても、子供たちの世界は実に奇妙でわかりにくく複雑な世界なのです。
家庭
子供のことを心配するあまり、些細なことにも口を出すなど、親の呪縛が蔓延しています。子供の就職先も親が決める時代です。
イタリア人心理学者は日本人の親は子供に飛び立て、飛び立てと言いながらいざとなると
「子供の足首をつかんで離さない」
と言いました。
その原因は「子供のため」という親の呪縛です。うわべは子供の意思を尊重していると言いながら、暗黙の親の意思が子供を縛り付けているのです。
「良かれ」と思って愛情から出る言葉には歯止めが利きません。
むしろ他人の親切の方が相手を追い詰めないのです。
「愛は負けるが、親切は勝つ」……精神科医 斎藤環氏はこう述べました。
層であれば20世紀型価値観の親は、子供と「分かり合えない」という前提から始めた方が良いかもしれません。
早く親が子供から離れて、親の人生を生き始めると子供は変わり、引きこもりから抜け出せます。ひきこもり・ニートを支援するNPO法人ニュー・スタートでは、ひきこもっている若者に対し、スタッフ「レンタルお姉さん」が繰り返し訪問します。そして若者を家から出して、ニュー・スタートの寮に住まわせます。若者は親元を離れ、1人暮らしから、アルバイト、自立へと移行できます。
労働環境の変化
仕事がつまらない時代
自動化、IT化が進みで労働は誰でもできる仕事に変わりつつあります。労働はコモディティ化し、この人でなければできないという特別な仕事はなくなりつつあります。仕事をしても人に役立っているという実感が得られなくなっています。
ある家庭は父親が銀行員で、親の意向で子供も銀行員になりました。その結果、子供は荒れ、毎朝母親を殴ってからでないと出社しなくなりました。父親は、今の銀行の仕事は変わり、昔のようなやりがいのある仕事ではなくなったと嘆いています。
疲弊する日常、あるフリーターの1日
9時にシフトに入りランチ用のサンドイッチをひたすらつくります。12時になるとランチタイムで大忙しとなり、そのあとランチの片づけ、休憩のあと少し働いて6時間、6千円の稼ぎになります。帰るとくたくたに疲れて夜まで眠りこけ、夕飯、テレビ、シャワーを浴びれば1日が終わります。時給千円の仕事で特にスキルが身につくこともなく、疲弊する日常に疲れ果て、自信を失い、投げやりになっていきます。こうして日々を重ねる間に、そこから抜け出す気力も、努力する時間も奪われていきます。
一度落ちると這い上がれない社会
新卒一括採用の弊害
フリーターの不安定な暮らしや、非正規雇用でワーキングプアに陥る若者の報道などを見て、若者は安定を求めて就活に力を入れます。多くの若者は安定を最優先して大企業や公務員を志望します。しかし中には高望みしすぎて不採用が続き、心が折れてしまう若者もいます。
フリーター、派遣社員の置かれる厳しい状況から、フリーター=負け組、正社員=勝ち組という認識です。
しかし無理をして就職しても厳しいノルマや評価で続かなくなれば、仕事が続かず引きこもりになります。また人員に余裕のない企業は、入社直後からどんどん仕事を与えていきます。
新入社員に過大な業務をさせて長時間残業の挙句、過労で自殺したD社の新入社員Tさん、冷静に考えれば、入社1年目専門知識の限られた新入社員に長時間残業させて、どのようなメリットがあるのでしょうか。
実は過大な業務をさせる目的は、以下のいずれかです。
- ひたすら長時間働けば成果が出るように仕事がシステム化されており、成果が出るようになっている
- 過大な負荷は体育会系のしごき(いじめ)と同じで、目的は上司に逆らえない従順な社員にすること
正社員が続かず引きこもりになると
ひきこもりの体験者によれば、
「ひきこもりは苦しく、土の中に「生き埋め」にされているようで息ができないつらさがある」
そうです。焼かれるような熱さも感じる人もいます。「何とかしたいけど、どうすることもできない」のでもがき苦しんでいる状態です。
ひきこもりは生きるエネルギーが枯渇した状態です。生きるエネルギーの源は、安心感、共感、心地よさなどポジティブな感情です。これは少しずつしかたまりません。しかも一度ネガティブなことが起きるとたまったエネルギーが吐き出されてしまいます。
子供たちはもともとエネルギーが多くない上、それまでの家族、学校、会社などとのかかわりの中から、生きるエネルギーを枯渇させられてしまうことが、この原因です。
セーフティネットがないことが若者を臆病に
財政学者 神野直彦氏は
「新自由主義者たちはセーフティネットを取り外した上でサーカスの団員たちに綱渡りをしろと言っているようなものだ。セーフティネットがあると彼らはさぼり始め、まじめに演技をしなくなるだろうと主張する。しかし、実際にセーフティネットを外したら、彼らはまじめに演技をするが、命を失うのが怖くて、アクロバットを演じなくなってしまった。」と述べています。
現代に対して当てはめて考えれば、低調な起業の問題があります。
日本は、内需は低迷し、企業は冒険的な試みが減少し、低成長に陥っています。国は起業を増やすために様々な取組をしています。しかし失敗した時のセーフティネットがありません。起業して失敗すれば、債務の個人保証(連帯保証人)しているため自己破産しなければいけません。国が本気で起業を増やすなら、このセーフティネットの構築が不可欠です。
若者の正社員志向は強く、しかも社会のセーフティネットがないため、彼らは会社の中で意欲があってもチャレンジできません。失敗して一度フリーターになったら二度と正社員になれないからです。フリーターの貧困、派遣切りなどの社会問題は連日報道されています。そんな状況で、やっと大企業に就職した彼らに、思い切った仕事をしろというのは酷ではないでしょうか。
消費に浮かれていたかつての大学生に比べ、今の大学生は真面目で仕事のやりがいについても考えています。しかし正社員から外れることの怖さからやりがいを追い求めることをためらっています。
自己実現を求める
一方、真面目に自己啓発に励む若者たちも多くいます。しかし仕事と自己実現が重なると働きすぎるワーカホリックになります。「本当はひどい仕事を楽しいと思い込むことを酩酊 」と表現します。その酩酊に入れば、全能感でむしろ心地よくなります。そうして若者がブラック企業で酷使されます。しかしそんなハードな日々が続けば、最後には仕事を続けられなくなり、ひきこもることになります。
幻想の中で酩酊して、自分の置かれている厳しい状況から目をそらす、これを政治学者 姜尚中は「ココロ主義」と呼びます。これは内向き志向で、外の世界との関係は断ち切られています。ココロ主義に救いを求めれば、それを満たしてくれる自己啓発本やセミナーに手を出してしまいます。これは「諦念」であり隠れた「自殺願望」でもあります。
ココロ主義の酩酊から抜け出すには、ブラックな会社をやめ、みっともなくていいからコンビニでバイトしてでも生き延びることが必要です。自分の心を呪縛から解き放って、自らの知性で世界と対峙しなければいけません。
子供の自主性を重んじるゆとり教育もあり、若者たちは自分のやりたいことを指向します。
かつて多くの若者は自分探しをしてきました。大学を中退したり職を転々としたり……かつて若者は30歳くらいまでは、やりたいこと探し・自分探しでさまよっていても良い存在でした。しかし新卒一括採用の日本はこれを許さなくなっています。しかも大学や民間企業のキャリア教育はこの問題を解決しません。多くの企業は中途採用に対し低く評価しています。
親よりも豊かになれない世代
派遣労働者225万人
派遣社員の大幅な増加は、正社員、終身雇用が生んだいびつな社会です。正社員の雇用を守るため、不足する人員は派遣社員でカバーするからです。
これはアメリカが先行して始めた制度で、1970年代に一般事務を派遣社員に切り替えました。しかし派遣社員から正社員の明確な道筋がないのは日本もアメリカも同じです。
不況になると真っ先に仕事を失い、生活が困窮しますが、これに対し社会のセーフティネットが不十分です。派遣社員やフリーターの身分は不安定で、この不安から自暴自棄になった一部の若者が凶悪犯罪を起こしてしまいます。これを防ぐには警備やパトロールを強化するのでなく、セーフティネットを厚くして、不安を和らげることが重要です。その役割として生活保護制度はあまりに貧弱です。
自己責任論の問題
人々の「普通に頑張ればなんとかなるはずだ」という思い込みが若者を追い詰めます。就業できないのは「努力が足らない」という前提だからです。そして努力を促すために国は就労支援に多額の予算を投じています。
しかし遺伝的な要因や家庭環境など、本人ではどうにもならないことも多くあります。
「働かざるもの食うべからず」
この文言は、本来はレーニンが新約聖書を引き合いに、
労働者を搾取しているブルジョアを批判するため
に使われた言葉です。
しかし今では働けない人を批判するために使われてしまっています。
実は、お金がないためにいやいや働き、十分な収入が得られない人ほど「働かざるもの食うべからず」「ニート死ね」と批判します。
この頑張ればなんとかなるという考え方は「団塊の世代ががむしゃらに働いて日本が豊かになった」というところから来ています。実はこれは幻想です。高度成長は、たまたま日本に1億の人口による安価な労働力があり、欧米の先端技術を導入し、他国と海を隔てた地理的要因から紛争がないなどの要因が重なった結果なのです。
社会の変化に適応できないのはどちらか
変えるべきは若者か、会社・組織か?
子供はいつの時代も最先端で、社会の変化を示しています。
ある作業をニートに頼んだら「仕事になるから嫌です」と労働を拒否しました。つまり
無償でやるのは楽しいが報酬が生まれると楽しくないから拒否する
という価値観です。
ニートの価値観
「仕事なんて命に比べたらどうでもいい。人間は仕事のために生きているわけじゃないし、仕事なんて人生を豊かするための手段に過ぎない」
つまり、仕事をすることで多くを失い人生がつまらなくなるのであれば仕事をしなくてもいいと考えています。
それには「いろんなことを諦めなければならないが、それは構わない」とも思っています。まさに
「会社中心の社会の終わり」です。
一方、ニートにも必要な向上心があります。それは
「先にある楽しみなことに向けて自分で何かを行動する力」で、これがあれば楽しく過ごせます。
楽しみが全くないとひたすら憂鬱になります。そうなると、そこから逃れるために、酒を飲む、自殺するなど、自暴自棄になっていきます。
こういった価値観の若者たちと共存するのに必要なのはなんでしようか。
変えるべきは若者でしょうか、組織でしょうか。
仕事は変化し、20世紀型の労働は減少、こういった作業はロボットやITが行うようになりました。労働時間も減少し、長時間会社に縛り付ける必要はなくなります。その分収入も減るかもしれませんが、そもそもこれまでのホワイトカラーの長時間労働は、生産性はそれほど高くありません。
ある経営者は、命令(指示)すれば、人は動くと考えます。正しく指示すれば成果が得られると思っています。だから社員を「一度自衛隊に入れろ」という発想が出ます。欲しいのは指示・命令を忠実にこなすロボットのような人材です。だから何も知らない若者を一から教育して自社の文化に染め上げる新卒一括採用にこだわります。
しかしこれからの時代は、横並びでライバルと同じことをしていては生き残れなくなっていきます。グーグルは「卓越した人材」に「卓越した成果」を求めます。
上司の指示に部下が心から応答できず、「つべこべ言わずやれっ!」と罵られ、しかも失敗すればフリーターに転落する恐怖を背負わされた若者たちに「卓越した成果」は出せるのでしょうか?
21世紀型価値観が主流になるのであれば、彼らに合わせた組織、仕事の進め方にした方が生産性は上がるのではないでしょうか。
イタリア型の幸福感
【イタリア人「遊ぶために仕事をする」】
イタリア人は、仕事のために私生活を犠牲にしない気質と言われています。
財布をすられたあるイタリア人は「本当にお金が必要な人が持っていったんだからいいだろう」と言いました。
イタリア人は「自分が凡人であることを知る偉大な国民」といわれています。であれば、自己実現や酩酊とは無縁でいられます。
イタリアの諺に「神様以外、人間はみな障害者」というものがあります。人間は長所と短所を兼ね備えた出来損ない同士、だから仕事に完璧を求めず、もっといい加減でもいいとさえ思っています。力を抜いて生きることが必要かもしれません。
【働かなくても生きていていい】
都会では午前中から居酒屋で酒飲んでいる中年男性が多く存在しています。「ぶらぶらしている大人は結構たくさんいる」と感じるほどです。
本当は、人は働かなくても生きていていいのです。
役に立たないことをしている人が増えれば、世界はもっと豊かになります。
ダーウィンは裕福な家の生まれで終生父親の遺産で生活し働く必要がありませんでした。
創作活動では作家の死後、作品が広く知られることも多くあります。アメリカの小説家エドガー・アラン・ポーは、作品自体は雑誌や文芸批評で当時評価されていましたが、生前作家としてはほとんど評価されませんでした。しかもバクチ狂いで女性関係のトラブルが絶えず、昼間から泥酔して仕事に来ないなどの多くの問題を起こしていました。
「変身」「城」などシュールな作品で知られるフランツ・カフカも、保健局に勤めながら執筆を続けていました。生前に出版した7冊はそれほど売れず、40歳でこの世を去りました。作品が広く知られたのは死後でした。
ある人の遺したものが本当に優れたものかどうか、我々自身もわからないのです。
「働くこと」は「他人の役に立つこと」と考えれば、お金を稼がなくても他人の役に立てば、それは労働です。実際、実用的なものばかりだと息が詰まってしまいます。無駄に見えるものも必要なのです。
無駄がたくさんあり、世界が多様で混沌であれば、その中から今までにないものが生まれます。プログラマの場合、怠惰は美徳です。プログラマの三大美徳は怠惰、短気、傲慢だそうです。
生きる意味を失っているニートたちにNPO法人ニュー・スタートの二神氏は
- 自立なんかする必要ない
- 他人にもたれあって生きろ
- 人生に目的なんか必要ない。ただの人として楽しく生きろ
と説いています。
- 自分の能力を発揮してバリバリやる
このような自己中心的考え方は、組織の中で軋轢を生みます。下手をすると組織を自分の都合よいものに変えてしまい、大きな問題を起こしてしまいます。
- 自分はそんなに大したことはできないかもしれないけれど、そういう自分も安心できる場所があったらいいな
そういう人が多数いる社会は間違いなく今よりも豊かな社会です。むしろ社会がこれを受け入れられるかどうかが大きな問題です。
参考文献
「ニートがひらく幸福社会ニッポン」二神能基 著 赤石書店
「ハタチの原点」 阿部真大 著 筑摩書房
「ニートの歩き方」pha(ファ) 著 技術評論社
「半径1メートルの想像力」 山崎鎮親 著 旬報社
「ひきこもりの真実」 林恭子 著 筑摩書房
「若者の貧困・居場所・セカンドチャンス」青砥恭 著 太郎次郎社エディタス
「若者の働く意識はなぜ変わったのか」岩間夏樹 著 ミネルヴァ書房
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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「イノベーションを実現する組織とは?その2」~新しいアイデアを実現する仕組み?~
画期的なアイデアやビジネスを実現し、イノベーションを生み出すには、
アイデアを生み出すタイプの人(アーティスト)
が必要です。
ところが企業には、
既存事業をうまく回す人(ソルジャー)
も必要で、この両者は価値観が全く合わず常に衝突します。
しかし、この2つの人材をうまく活かして、数々のイノベーションを実現した組織があるのです。「LOON SHOTS」の著者サフィ・バーコールは、この組織をルーンショット養成所と呼びました。
このルーンショットとブシュ・ヴェイル ルールについて、「イノベーションを実現する組織とは?その1」~イノベーションとルーンショット~で述べました。
ここでは、
アメリカのOSRDや DARPAのようなルーンショット養成所は多くのルーンショットを実現したのに、
なぜ他の組織ではルーンショットが死産するのか?
偽の失敗とそれを見極めるための
「ブシュ・ヴェイル ルール」
について述べます。
ルーンショット
Loonとは、「頭がいかれた、変な」という意味です。バーコールは、
「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアやプロジェクト」
つまりブレイクスルーです。
つまり
ムーンショットは目標、
ルーンショットはやり方
と言えるでしょう。
ルーンショットには以下の2種類があります。
◆Pタイプルーンショット
製品(Product)の驚くべきブレイクスルーです。このタイプのルーンショットに対し、最初人々は
「ものになりそうにない」「ヒットしようがない」
と思います。
ところがふたを開けると大ヒットします。そして古い製品は駆逐され、新しい製品やサービスが取って代わります。これまでのビジネスは「突然死」し、劇的な変化が起きます。
◆Sタイプルーンショット
戦略(Strategy)の驚くべきブレイクスルーです。特に新しい技術はなく、新しいビジネスのやり方や既存製品の新しい応用です。
このタイプのルーンショットは、市場の複雑な振る舞いに隠されてしまい、外からは変化がわかりません。いつの間にか市場を席巻したグーグルやフェイスブックなどがこれに当てはまります。
【フランチャイズ】
バーコールは「従来の事業をひたすら拡大する組織」をフランチャイズと呼びました。
フランチャイズでは、ルーンショットは無視されるか、実現が阻害されます。
なぜルーンショットが日の目を見ないのか?
アメリカはOSRDや DARPAといったルーンショット養成所が多くのルーンショットを実現しました。
なぜ他の組織ではルーンショットが死産するのでしょうか。
イノベーションは3度死ぬ
ひとつは、ルーンショットは何度も失敗するからです。
1988年ノーベル生理学・医学賞を受賞したジェームズ・ブラック卿は、
「最低3回は失敗しないと、よい薬ではないぞ」
と言っています。
◆三共が逃した20世紀最大の医学的発見◆
1960年代、コレステロールが増えることで心臓病のリスクが高まることが発見されました。
1972年三共株式会社(現在の第一三共株式会社)中央研究所の遠藤章氏(以降、遠藤)は6,000種類以上の菌類の中からコレステロールの産生を遮断する菌類があることを発見しました。これをもとにコレステロールを低下させる薬メバスタチンを開発しました。
【1度目の死】
しかしアメリカでの臨床試験は失敗しました。正常な細胞はコレステロールを必要とするため、コレステロール低下剤は正常な細胞の機能を阻害すると断定されました。
【2度目の死】
遠藤はその後さらに動物実験を続けました。ところがラットにメバスタチンを投与したところ、コレステロールの低下が見られませんでした。
【3度目の死】
ところがラットに変えて鶏で実験したところ、実験は成功しました。
その頃、コレステロールを下げる方法を探していたテキサス大学のブラウンとゴールドスタインは、たまたま遠藤の論文を見つけたことでメバスタチンの存在を知りました。そこで遠藤に連絡を取り、彼から受け取ったサンプルをテストしたところ、メバスタチンが効果のあることを確認しました。ブラウンとゴールドスタインは、遠藤に人への臨床試験を勧めました。
そして1977年先天的にコレステロールが高く常に心臓発作のリスクにさらされていた18歳の少女にメバスタチンを投与したところ、大きな効果がありました。これに世界中が注目しました。
ところがその後の安全性試験で、試験投与した犬にがんが見つかりました。ここでついに三共はメバスタチンから手を引きました。
3度目の死です。
【疑問を持ったブラウンとゴールドスタインの成功】
同じ時期アメリカの製薬大手メルクも同様に菌類のスクリーニングを行い、遠藤と同じ酵素を発見しました。三共の試験結果に疑問を持ったブラウンとゴールドスタインは、メルクに試験のやり直しを求めました。メルクはFDAの協力も得て試験した結果、試験は成功しました。そしてメルクは1987年「メバコール」として商品化しました。
遠藤の発見したメバスタチンは
「コレステロールのペニシリン」「20世紀最大の医学的発見」
といわれています。メバコールはメルクの累計900億ドルの売上をもたらし、ブラウンとゴールドスタインはノーベル賞を共同受賞しました。
画期的ながん治療薬に対する賛否両論
1971年、ハーバード大学医学部 細胞生物学教授で、Children’s Hospitalの小児外科でもあるジューダ・フォークマンは、癌の成長を妨げるには、
癌に血液を送るための毛細血管をブロックすればよい
ことに気づきました。そうすれば癌の成長を止めるだけでなく、癌を縮小することも可能と考えました。しかしこの彼の主張を信じる者はなく、一部の専門家からは「幻想だ」というレッテルを貼られました。けれどもフォークマンは専門家の否定的な批判に屈せず、薬剤の開発に励みました。
その後30年間、フォークマンの開発した血管成長阻害剤エンドスタチンの評判は、
「画期的な薬」と「ものにならない薬」
という両極端な評判の間を行ったり来たりしました。そしてフォークマンが新しい癌治療薬を考えてから32年も経った2003年、デューク大学のハーバート・ハーヴィッツがフォークマンのアイデアを基にした薬が高い延命効果を発揮したことを発表しました。さらに中国で肺癌の治療に用いられ、ボストンでは4人の患者が癌から回復し新たな人生を得ました。このフォークマンのアイデアをもとにつくられたアバスチン(一般名ベバシズマブ)は、2004年2月米国で承認され、それ以来27の国で癌の治療に使用されています。
30年もの間、賞賛と嘲笑をかわるがわる浴びたフォークマン、彼は
「リーダーの値打ちは尻に刺さった矢の数でわかる」
と述べています。
偽の失敗を見極める
このようにイノベーションが死の危機に何度も面するのは、実は「偽の失敗」のためです。だからリーダーは、良くない結果が出た時、それが真の失敗なのか、偽の失敗なのか、
失敗を見極める力が必要
なのです。
スタチンの開発では、遠藤はこの失敗を慎重に見極め、別の方法でも実験して2度の失敗を乗り越えました。しかし3度目の失敗が起きた時、遠藤はすでに大学に異動して、三共にはいませんでした。三共には偽の失敗を見極められる人がいなかったのです。
SNSの失敗の理由
2004年フェイスブックがスタートした時、SNSはすでにフレンドスター、マイペースなど数多くのスタートアップが競っていました。しかしどのSNSも顧客の流出に悩んでいました。どのSNSもロイヤルユーザーを獲得できず成長が行き詰っていたのです。そのため多くの投資家はSNSを「キワモノ」と決めつけ相手にしませんでした。
投資ファンドのピーター・ティールとケン・ハワリーは、フェイスブックに投資するかどうかを判断するため、フレンドスターに詳しい友人に連絡を取りました。そして、なぜ利用者がサイトを去るのか調査しました。
その結果、利用者がサイトを去る原因は、サイトがよくクラッシュするためでした。つまりSNSのビジネスモデルが弱いのではなく、ソフトウェアの不具合が原因、つまり偽の失敗が原因だったのです。ピーター・ティールはフェイスブックに50万ドルを投資し、8年後に持ち株を10億ドルで売却しました。
多くのイノベーターが陥る「モーゼの罠」
イノベーターが組織のトップにある時、トップはアイデアを決定し、その実行をすべて司る「全能の立場」にあります。社内の誰も反対できません。その結果、市場の声や部下の意見に耳を貸さず、自分のアイデアを過大評価してしまいます。これが
「モーゼの罠」
です。
【目の前のものが見えなかったエドウィン・ランド】
エドウィン・ランドは、19歳で偏光フィルターの原理を発見しました。そして戦時中偏光サングラスを軍に納入することで事業は大いに拡大しました。しかし戦後、軍からのサングラスの受注が激減し経営危機に陥りました。その時、娘の(撮った写真を)「どうして今見られないの」という問いからインスタント写真を思いつきました。
彼の開発したポラロイドカメラは1950年に白黒、1963年にカラーと進化し、ポラロイド社は大いに発展しました。自分たちの撮った写真を現像所に出さなくて済むという利点は、写真を他人に見られたくないカップルという新たな市場も生まれました。
こうして発展したポロライド社の次のイノベーションが、インスタント映画「ボラビジョン」でした。ところがすでに市場には家庭用ビデオカメラがありました。本体が2,500ドル、3分間のカセットが30ドルするボラビジョンより、何度も撮り直しができる磁気テープが優位なことは明らかでした。
ベル研究所が生んだルーンショット「CCD」を使って、1980年代にはデジタルカメラが生まれました。ボラビジョンの失敗の後、遅ればせながらポラロイド社もデジタルカメラを1996年に発売しましたが、時すでに遅く、2001年にポラロイド社は経営破綻しました。
実はそのはるか前からランドはデジタルカメラを知っていたのです。
1971年に偵察衛星の国家プロジェクトに関与していたランドは、当時はまだ新しい技術のCCDを偵察衛星に搭載し、写真をデジタル信号に変換し地上に送ることを、当時のニクソン大統領に進言していたのです。デジタルの良さを十分に知っていたはずのランドが、なぜ自社の商品のデジタル化に乗り遅れたのでしょうか?
フィルムという「儲ける術」に囚われていたのかもしれません。
【スティーブ・ジョブズ1.0】
アップルⅠとⅡで成功を収めたスティーブ・ジョブズですが、その後パソコン市場には多くの競合が参入し、アップルは急速にシェアを奪われました。
その頃、ゼロックス パロアルト研究所からアップルに来たジョン・ラスキンは、安価で使いやすいグラフィック対応のコンピューターを考案しました。ラスキンの考案したコンピューター「マッキントッシュ」は当初はとてもよく売れました。ジョブズは
マッキントッシュのチームを公然と「アーティスト」と呼び、
アップルⅠ、Ⅱのチームを「間抜け」と呼んで、
アーティストに対しソルジャーをあからさまに見下していました。
その後アップルの経営は機能不全に陥り、ジョブズはアップルを追い出されます。アップルを追い出されたジョブズが開発したのがNeXTです。価格は1万ドル、光学ドライブや8メガバイトのメモリー搭載の黒い光沢の美しい高性能なマシンです。しかし発売後売れたのは1年間で400台に過ぎず、NeXTは大失敗に終わりました。
なぜ復帰後のジョブズは数々のイノベーションを起こすことができたのか
【スティーブ・ジョブズ2.0】
エド・キャットマルとアルヴィ・スミスは、ルーカスフィルム(ジョージ・ルーカスの会社)のコンピューター部門で、スターウォーズのCG(コンピューターグラフィック)を制作していました。彼らが開発したCGのソフトウェアは、現在も主流となる手法でした。また開発したコンピューター「ピクサー」は、様々なCGを実現できる高性能なコンピューターでした。
お金が必要になったジョージ・ルーカスは、このコンピューター部門を売りに出しました。なかなか買い手がつかないこの会社を買ったのがジョブズでした。このピクサーが制作した最初のCG映画がトイストーリーです。トイストーリーは大ヒットし、ピクサーはIPO(証券取引所に上場)しました。ジョブズは思わぬ大金を手にすることができました。
しかし大金以上にジョブズがピクサーから得た宝物は、
ルーンショットを育てることと共にルーンショットと既存事業(フランチャイズ)のバランスのとり方を学んだことでした。
ジョブズはPタイプのルーンショットと同様にSタイプのルーンショットも重視するようになりました。
「最高のイノベーションとは時に企業そのもの。私はそう気づいた。組織をどうつくるかということ」
iTunesはそれまで無料でダウンロードされていた音楽を1曲99セントで販売しました。当初は誰もそんなことはうまくいかないと思っていました。ところがiTunesは最初の6日間で100万曲がダウンロードされました。
さらにジョブズは有料(中には無料も)でアプリがダウンロードできるAppstoreを開発しました。さらにジョブズがいない間、他社にライセンス供与されていたマッキントッシュのソフトウェアの契約をすべて解約し、
アップルのPCをクローズなエコシステムにしました。
アップルのPCの価値は大いに高まり売り上げを大きく伸ばしました。
クローズなエコシステムは、過去にIBMがマイクロソフトに対抗してOS/2で取り組みましたが失敗しました。
しかしこの失敗は偽の失敗だったのです。
ルーンショットを育てるルール(ブッシュ・ヴェイルルール)
相分離を実行
大事なことは
発明家(アーティスト)の集団と、
オペレーター(ソルジャー)の集団を
分けることです。
新しいことに取組む集団は、既存の仕事をうまくやる能力には長けていません。
逆に既存のことをうまくやる集団に新しいことに取組んでもうまくいきません。
しかも大事にしている価値観が違うため、1つの集団に両者を入れると反目しあってパフォーマンスが低下してしまいます。
それに管理の細かさも違います。
アーティストには柔軟な目標と緩い管理、
ソルジャーには定量的な目標ときめ細かな管理
が適しています。その点、成果主義や研究開発の管理などフランチャイズの仕組みをアーティストに適用すれば、ルーンショットの可能性が低くなります。
1968年に東芝中央研究所 和田所長は
「研究者には割れないガラス、(ステンレスでない)錆びない鉄のようなざっくりとしたテーマを与えて勝手にやらせている、ただし毎月レポートを出させ脱線していないか、停滞していないかだけはチェックする」
と語りました。
そしてアーティストは、SタイプとPタイプの両方のルーンショットに目を光らせる必要があります。小さな戦略の変化が思わぬ効果を生む場合があります。誰もうまくいくとは思わない技術や製品が、実は実現可能なこともあるのです。
動的平衡を築く
アーティストもソルジャーも、どちらも組織の成功には不可欠です。しかしトップがアーティストの場合はソルジャーを軽んじ、トップがソルジャーの場合はアーティストを軽んじる傾向があります。
特にリーダーに成功体験があると、
自らすべてを決めようとしてモーゼの罠に陥ります。
しかし1人の決定がいつも正しいとは限りません。
つまりリーダーの最も大事な仕事はアイデアを出すことでなく、
ルーンショットが現場や市場に適用され、現場や市場の意見がしっかりとアーティストにフィードバックする仕組み作ること
です。
またルーンショットを適用するタイミングも重要です。早すぎればルーンショットは粉砕され、遅すぎればルーンショットの優位性が消えてしまいます。
そのためヴェネヴァー・ブッシュは細部から距離を置き、全体のバランスをとることに力を入れました。
ソルジャーはルーンショットに反対します。しかもアーティストは生まれたばかりのルーンショットには、欠点しか目がいきません。
そのため文句ばかり言う現場に「一度試して意見を出してください」と強く言えるのは、
アーティストとソルジャーの両方に精通し、しかもある程度の権限を持った人だけ
です。例えば、ブッシュは陸軍長官にまで電話をかけて、無関心な陸軍にルーンショットの活用を説得しました。
ブッシュは下図のようにアーティストとソルジャー二つの集団を分離させ、その上で二つの集団の交流を高めました。
さらにリーダーはルーンショットの保護者の役割も担います。それには
データの持つ意味を理解し、さらにアーティストの現場感を尊重しなくてはいけません。
三共の遠藤が、2度の失敗を乗り越えてプロジェクトを継続できたのは、自ら実験に取り組み失敗は「偽の失敗」と看破したからです。しかし遠藤が退社した三共には、3度目の失敗が擬陽性であることを見破る人はいませんでした。
開発会議などで出てきたアイデアに対し「その方法は過去にやって失敗した」と出てきたアイデアを否定する人がいます。しかしその失敗は偽の失敗かもしれないのです。
システムマインドを育む
- レベル0のチーム 評価しない
- レベル1のチーム どうして失敗したのか考える(結果重視のマインド)
- レベル2のチーム どうしてその選択をしたのか、理由を考える(システムマインド)
仕事の結果に対し、そのレベルに応じた評価が大切です。なぜなら
- 「結果が悪かったからといって意思決定が悪かったとは限らない」
- 「結果が良かったからといって意思決定が良かったとは限らない」
からです。
運が良くてたまたまうまくいく場合もあるし、意思決定は良くても思うような結果が出ないこともあります。
結果にとやかく言うのではなく、意思決定の質を向上させて、システムマインドを育むことが重要です。
マジックナンバーを増やさない
自分の評価を良くするための政治的活動は、システムマインドの妨げになります。政治活動をなくすために、昇進や評価は直属の上司でなく第三者が行うようにします。あるいは金銭的報酬や地位でなく、仲間からの評価や承認など、非金銭的報酬を使います。
重要なのは集団のサイズです。集団のサイズが一定の規模(マジックナンバー)を超えると、構成員のインセンティブは
ルーンショット重視から政治重視
に変わります。そうならないようにするために集団の状況をよく観察し、問題があるようならば集団のサイズを適正なサイズに小さくする必要があります。
社員のスキルと仕事のミスマッチがあれば解消します。そして各自が自分の役割に目いっぱいエネルギーを注ぐようにします。なぜなら、人はヒマがあれば政治活動(社内での人脈づくりや自己PR)を始めるからです。
自社の組織に取り入れる
組織の活性化とは、アーティストとソルジャーが組織の中で一定のバランスで存在し、それぞれがその能力を最大限発揮している状態にすることです。
ソルジャーばかりでは、現状維持一辺倒で変化に対応できなくなります。一方アーティストばかりでは、定型的な業務がうまくできず、混乱が起きて効率が低下します。
中小企業に必要な小さなイノベーション
市場の拡大が望めない、さらに市場が縮小する日本では、新たな試みに取組むのが難しい滋養今日です。いきおい守り一辺倒になりかねません。
しかし市場の縮小も新たな変化です。従来のやり方が決して適切とは限りません。少子高齢化、地方の人口減少、都市部での格差拡大という変化に合った新たな製品やサービス、あるいは業務が必要になってきます。
その点で規模の小さい中小企業こそ、変化を的確に捉え小さなイノベーションに取組む必要があるのではないでしょうか。
ところが長年、従来の仕事のやり方、サービスを続けてきた企業には変化を起こした経験が少なく、社員の多くが変化に対して抵抗します。中には全員ソルジャーという会社もあります。
トップがアーティストの問題
あるいは経営者が危機感を感じ、新たな取組をトップダウンで実行しても、社員がそれに同調しないこともあります。見かけ上は取り組んでいても本心ではやりたくないため、既存の業務が多忙になるとそちらを優先してしまいます。これは自主テーマの研究開発や改善活動などによくみられます。
原因は、トップがアーティストでも社員がソルジャーのため、アーティストの考え方、価値観を理解できていないからです。
相分離と育成を組込む
新たな取組、ルーンショットを行うためには、アーティストのチームを結成し、ソルジャーのチームとは分けなければなりません。完全にアーティストでなくても、アーティストの要素のある社員でアーティストチームを結成します。アーティストはソルジャーの仕事には向いていないため、できればアーティストの仕事に専念させます。そしてソルジャーとは異なった管理をします。
そして、このアーティストとソルジャーのバランスを取るのは経営者しかできません。
参考文献
「LOON SHOTS」 サフィ・バーコール著 日経BP
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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「イノベーションを実現する組織とは?その1」~イノベーションとルーンショット~
イノベーション実現の物語の多くは、
「画期的なアイデアを生み出した人が主役となり、苦難の末実現する」
というものです。
実際は主の他に脇役に当たる人も舞台上には数多くいます。
そうした中で生まれた新しいアイデアは不完全な点の多い「醜い赤ん坊」です。多くの組織では、この醜い赤ん坊は無視され、イノベーションの機会は失われます。
ところがこれをシステマティックに「醜い赤ん坊を育み、実現した組織」がありました。このイノベーションを実現する組織について考えました。
中小企業とイノベーション
イノベーションは「技術革新」とも訳されたこともあって、どうしても革新的な製品、例えばソニー ウォークマンやアップル iPhoneなどを想像します。そして中小企業にはイノベーションは関係がないと思ってしまいます。
しかしこれまでやったことのない取組や方法、新しい市場や新しい商圏への挑戦は、中小企業にとってはリスクの高い挑戦です。中小企業がこれらに取り組むことは、大企業がイノベーションに取組むのに匹敵する困難さ、内部の抵抗、リスクがあります。
「業況の悪化に経営者が意を決して新たな事業に取組んでも、社員の反応は鈍く積極性が感じられない」、あるいは「熱心な社員が新たな顧客へ販売や新しい商品の提案をしても、経営者が拒絶し、その社員は会社を去ってしまう。」
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
企業には
アイデアを生み出す人(アーティスト)
既存事業をうまく回す人(ソルジャー)
という全く異なるタイプの人材がいます。2つは価値観が全く異なり常に衝突しトラブルを起こします。
ところが2つの人材の良さをうまく活かし、数々のイノベーションを実現した組織があったのです。それらの組織に共通するのは「あるルール」です。
サフィ・バーコールは、その著書「LOON SHOTS」で、そのルールを
「ブシュ・ヴェイル ルール」
と名付けました。この「ブシュ・ヴェイル ルール」とはどんなルールでしょうか?
イノベーションの呼び方
サフィ・バーコールは「LOON SHOTS」でイノベーションを2種類に分けています。
ムーンショット
月ロケットの打ち上げのようなビッグプロジェクトことです。「大きな意義を持つと誰からも期待される、野心的でお金のかかる目標」です。実現するにはこれまでの取組を着実に積み上げた土台に、新たなブレイクスルーを加える必要があります。
ルーンショット
Loonとは、「頭がいかれた、変な」という意味です。バーコールは、
「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアやプロジェクト」
つまりブレイクスルーです。
つまり
ムーンショットは目標、
ルーンショットはやり方
と言えるでしょう。
ルーンショットには以下の2種類があります。
◆Pタイプルーンショット
製品(Product)の驚くべきブレイクスルーです。このタイプのルーンショットに対し、最初人々は
「ものになりそうにない」「ヒットしようがない」
と思います。
ところがふたを開けると大ヒットします。そして古い製品は駆逐され、新しい製品やサービスが取って代わります。これまでのビジネスは「突然死」し、劇的な変化が起きます。
◆Sタイプルーンショット
戦略(Strategy)の驚くべきブレイクスルーです。特に新しい技術はなく、新しいビジネスのやり方や既存製品の新しい応用です。
このタイプのルーンショットは、市場の複雑な振る舞いに隠されてしまい、外からは変化がわかりません。いつの間にか市場を席巻したグーグルやフェイスブックなどがこれに当てはまります。
【フランチャイズ】
バーコールは「従来の事業をひたすら拡大する組織」をフランチャイズと呼びました。
フランチャイズでは、ルーンショットは無視されるか、実現が阻害されます。
持続型イノベーションと破壊型イノベーション
C.M.クリステンセンは著書『イノベーションのジレンマ』で、イノベーションに持続型イノベーションと破壊型イノベーションの2つがあると述べました。
◆持続型イノベーション
既存企業が行う顧客の要望に忠実に改良を組み重ねていくことです。
◆破壊型イノベーション
「破壊的イノベーション」には、下記の2種類があります。多くの場合は、この2種類のイノベーションが複合しています。
【ローエンド型破壊】
既存市場において「オーバーシューティング」に陥ったリーダー企業は、より高価格・より高機能な製品に軸足を移していきます。
これに対し新たな企業が“破壊的技術”で、低価格や使いやすさを実現して、空白になりつつあるローエンド市場に参入します。そしてローエンド市場で圧倒的なシェアを獲得します。
そこから改良を重ね、徐々により上位の市場の顧客のニーズを満たすようになり、遂にはハイエンド市場にも進出します。最終的には既存のリーダー企業は、限られた上位機種の市場へと逃避し、最後は駆逐されてしまいます。
一時、世界市場で高いシェアを誇ったテレビなど日本の家電製品は、高品質、高機能を求めていくうちに、より高機能、高価格になっていきました。そして製品の機能が顧客のニーズを超えてしまい(オーバーシュート)、韓国、中国の低価格品にローエンド市場を奪われ、最後にはハイエンド市場も失いました。
【新市場型破壊】
“破壊的技術”を用いた製品で、これまでとは異なる市場に参入することです。その多くは、これまで消費のない状況「無消費」に消費を起こすイノベーションです。
かつて任天堂はゲーム機市場ではプレイステーションに性能で押されていました。そこで、Wiiでは「体を動かして楽しむ」、あるいは「家庭でのフィットネス」を前面に打ち出しました。それまでゲーム機に縁がなかった女性や高齢者という新たな市場を開拓しました。
パラダイム破壊型イノベーション
クリステンセンの「破壊的イノベーション」は、より性能の低い製品が従来の製品の市場を奪うもので「性能をイノベーションの起点」としています。京都大学大学院 総合生存学館 山口栄一教授は、この性能による破壊とは別に、パラダイム破壊型のイノベーションについて述べています。
◆パラダイム破壊型イノベーション
パラダイム(paradigm)とは、特定の分野、その時代において規範となる「物の見方や捉え方」を指します。
パラダイム破壊型イノベーションとは、これまでの価値観を破壊するイノベーションのことで、技術開発を継続し、今まで科学的にできないとされてきたことをできるようにするものです。
例えば青色LEDの開発では、当時すでに技術が確立していたセレン化亜鉛結晶を使った研究はなかなか進ま見ませんでした。NTT(松岡氏)、松下電器(赤崎氏、名大へ移籍)は開発を中止し、東芝、日本電気、ソニーも最後までセレン化亜鉛結晶では青色LEDは実現できませんでした。
これに対して窒化ガリウム結晶に取組んだ赤崎氏(名大)、中村氏(日亜化学)が青色LEDの開発に成功し、窒化ガリウム結晶というパラダイム破壊を実現しました。
対して、従来の手法の延長線上で性能向上したものは「パラダイム持続型イノベーション」とも呼びます。
破壊的かどうかは結果論
このように数々の新製品や新ビジネスが従来のビジネスを「破壊」し、既存企業が退出しています。
しかしバーコールは
『破壊的かどうか』は、後付け、結果論に過ぎない
といいます。
●トランジスタ
1947年点接触型トランジスタが発明されました。トランジスタは、当時増幅器やリレースイッチの耐久性を高めるために開発されました。しかしできたものは、真空管よりはるかに高価で、増幅できる電流は真空管よりもはるかに微弱で、どう使えばいいのかわからない代物でした。当初は軍隊など限られたユーザーしかありませんでした。
ソニー(当時、東京通信工業(株))は、アメリカから高額なトランジスタの特許を購入し、自らトランジスタを製造しトランジスタラジオを実現しました。
●ウォルマート
サム・ウォルトンは、大都市のデパートのオーナーになるつもりでした。しかし妻の「大都市はやめて、1万人いれば十分」という意見のため、出店したのはアーカンソー州の人口3,000人の町でした。
そしてアメリカの小さな町には、数多くのビジネスチャンスがあることに気付いたのです。
●イケア
スウェーデンで雑貨の通信販売をしていたイングバル・カンプラードは、
通信販売の商品リストに家具を加えたところ、販売は非常に好調で、国内の家具店を脅かすほどになりました。
そこで家具店のオーナー達は、デザイナーがカンプラードと仕事をするのを禁じました。さらにカンプラードが新製品を開発するのも妨害しました。
カンプラードは仕方なく自らデザイナーを雇わざるを得なくなりました。そしてイケア独自のデザインが生まれました。
こうしてカンプラードが独自デザインの家具をつくり始めると、
家具店のオーナー達はイケアが国内の家具メーカーと取引するのを禁じました。
カンプラードは仕方なくポーランドに行き家具メーカーを探しました。そしてポーランドで製造した結果、原価が半分になったため、カンプラードはその分家具の価格も下げました。販売はさらに増加しました。
カンプラードは業界を「破壊」するつもりは全くありませんでした。生き残ろうと努力した結果、その努力が決定的な差別化につながりました。後年、カンプラードは
「スウェーデンの既存の家具店が堂々と戦いを挑んでいたら、こんなに成功できたかわからない」
と語っています。
イノベーションという言葉自体が後付けではないか
こうして様々な事例をみるとイノベーションと呼ばれるものが後付けではないかという気がしてきます。多くの企業は、事業活動において
「直面している問題」、「将来実現したい技術・製品」「満たされない顧客ニーズ」
といった課題に向き合ってきました。それが従来の技術や製品で解決できれば、特に目を引かなかったかもしれません。しかし最善の解決方法を探した結果、たまたまそれが新しい技術や製品だった場合、イノベーションと呼ばれたのではないでしょうか。
例えば自動車の燃費向上を目指すメーカーは、エンジンの燃焼効率アップや変速機の多段化・ワイドレシオ化、アイドリングストップなどの様々な改良や技術開発を行いました。(ある意味、持続的イノベーションです。) しかしトヨタ自動車は新たにプリウスでハイブリッド技術を開発しました。これはイノベーションと呼ばれました。
一方、技術的なブレイクスルーはなくても、イケアのように新たなビジネスが急速に発展し従来のビジネスを圧倒することもあります。 どの企業も企業間競争を勝ち抜くために常に新たな技術や製品・サービスに取組んでいます。その中で
たまたま大成功したものをイノベーションと呼ぶことで他のものとは違うものだと思ってしまう
のではないでしょうか。
なぜならイノベーションを起こした人たちは、
イノベーションを起こそうとしたわけではないからです。
ソニーの井深大氏はラジオには手を出さないと決めていました。当時の真空管式の大型ラジオは大手メーカーがすでに圧倒的に優位に立っていたからです。しかしトランジスタの技術を手にしたことで、ラジオに取り組みました。
イケアは家具の通信販売で既存企業から妨害されたため、自社でデザイナーを雇い、ポーランドのメーカーに委託したことで大きく差別化できました。
青色LEDの開発で日亜化学の中村氏は、すでに大手が取り組んでいるセレン化亜鉛結晶はたとえ成功しても勝ち目がないと考え、他がやっていない窒化ガリウム結晶に取り組みました。
イノベーションを生み乱す組織「ルーンショット養成所」
一方で世の中を変えた画期的なブレイクスルーの多くは、最初は誰からも相手にされず「頭がおかしい」と思われるようなアイデア「ルーンショット」から生まれました。
実は多くのルーンショットは、その奇抜さ、斬新さゆえに、多くの人から無視されて、葬られてきました。
ところがこのルーンショットを守り育てる「ルーンショット養成所」の役割を果たした組織があったのです。
ルーンショット養成所1「イギリス王立協会」
なぜ近代科学が中国、インド、イスラムでなくイギリスだったのでしょうか?
大英帝国の黄金期に大きな役割を果たしたのがイギリス王立協会です。この王立協会はルーンショット養成所の役割を果たし、この王立協会はロバート・ボイル、ロバート・フック、アイザック・ニュートンなど近代物理学や数学に貢献した科学者を支援しました。
当時はまだ魔術や錬金術が幅をきかせていた17世紀に、ロバート・フックなどが行っていた実験を主体とした科学的な取組を会員が共有するようにしました。これがさらに新たなアイデアを生み出す下地となったのです。
1687年ロバート・ボイルの助手ドニ・パパンは圧力釜を使った料理法の本を出版しました。そこに空気ポンプにピストンをつける方法がひっそりと書かれていました。それは蒸気機関の原理そのものでした。
1712年これを見たニューコメンが世界初の蒸気機関を発明しました。その後多くの人がこぞって蒸気機関に取り組みました。
ニュートンが万有引力を発見し「プリンキピア」を著すまでに、
- 惑星の動きに関しヨハネス・ケプラーが、
- 万有引力に関してロバート・フックが、
- 円運動と遠心力に関してクリティアーン・ホイヘンスが
アイデアを出していました。
ニュートンは、これらの考えを「合成」した上で体系化して「プリンキピア」を著しました。
王立協会というルーンショット養成所は、こういったアーティストたちを保護し、それらのアイデアを合成する環境を提供していたのです。
ルーンショット養成所2「ベル電話研究所」
グラハム・ベルがベル電話会社を設立してから30年、AT&Tと改称したベル電話会社は経営危機に陥っていました。当時、遠距離の電話は信号の減衰が大きく音が小さくてろくに聞き取れませんでした。電話は近距離の通話に限定され、しかも競合の電話会社が林立していました。
1907年J・P・モルガンがAT&Tの経営権を握ると、セオドア・ヴェイルが社長に就任しました。ヴェイルは問題を解決するためには、今までにないアイデアが必要と考えました。そしてこれを実現するために、ルーンショットを隔離・保護して研究に専念するベル電話研究所を設立しました。
このヴェイルの研究所は、その後半世紀の間にトランジスタ、太陽電池、CCD、初の連続動作レーザー、UNIX OS、C言語など数々のルーンショットをを生み出しました。所属した研究者らは合計8つのノーベル賞を受賞しました。こうしてAT&Tはアメリカ最大の企業に成長しました。
ルーンショット養成所3「科学研究開発局 (OSRD)」
1930年代MIT副学長ヴェネヴァー・ブッシュは、来るドイツとの戦争には従来にない全く新しい技術が必要だと考えていました。しかし「巨大なフランチャイズ組織」である軍では、「銃と銃剣を装備した歩兵がいれば十分」と考えていました。海軍は、戦艦の数が重要だと考えていました。
ドイツとの技術格差が広がっていくことを懸念したブッシュは、「突飛なアイデアを自由に試す組織」が必要なことを大統領のアドバイザーに提言しました。そして科学研究開発局(OSRD)を設立しました。OSRDは、19の産業技術研究所、32の学術機関と126の研究契約を締結しました。
このOSRDが生み出したものが、レーダー、近接信管、水陸両用トラック(DUKW)、そして原子爆弾です。
◆レーダー 偶然の発見
1922年ワシントンの海軍航空基地に勤務するレオ・ヤングとホイト・テイラーは、海上での船舶の交信を改良するため、ポトマック川の両岸に送信機と受信機を置いて高周波無線の実験を行っていました。そしてポトマック川を船が通過する際、音量が倍増し、その後、一旦途切れ、また倍増することに気付きました。こうして2人はレーダーの原理を発見したのです。2人は上司にレーダーの原理の手紙を書きました。しかし上司は無視しました。
8年後レオ・ヤングは、技師ローレンス・ハイランドとともに、地上の発信器から電波を発信しました。すると上空2,400メートルを飛ぶ飛行機が検知できることを発見しました。再びレーダーの原理を確認したヤングは、提案書を提出しました。しかし軍の反応は鈍く、それから5年経って専任者がようやく1人ついただけでした。
しかしOSRD設立後、ブッシュが強力に後押ししたことでレーダーの開発は加速しました。レーダーは完成し、戦況に大きな影響を与えました。
ドイツとイギリスが航空機で対決したバトル・オブ・ブリテンでは、レーダーによりイギリスはドイツ軍機をレーダーで事前に検知できました。その結果、上空に待機した戦闘機がドイツ軍機を待ち伏せできたのです。
その後開発されたマイクロ波レーダーは航空機に搭載できるようになりました。しかもこのレーダーは潜水艦の潜望鏡まで検知できました。
開戦初期にドイツのUボートは猛威を振るいました。イギリスに物資を運ぶ輸送船はことごとく沈められました。これをレーダーは変えました。
マイクロ波レーダーによりUボートを航空機から発見し攻撃できるようになりました。1943年5月にはドイツは1ヶ月で41隻のUボートを喪失しました。そしてドイツはUボートによる通商破壊を断念しました。
OSRDが開発した近接信管は、目標に命中しなくても目標の15メートル以内に近づくだけで爆発しました。これは砲撃の効果を7倍に高めました。さらに近接信管は航空機に対する防空射撃にも飛躍的に効果を高めました。
ルーンショットを受け入れようとしない軍
ところが巨大なフランチャイズ組織の軍は、こうしたルーンショットを受け入れようとしません。
近接信管に全く関心を示さない陸軍に対し、ブッシュはヨーロッパの戦線まで行き、参謀長に直言しました。陸軍がレーダーに関心を持たなかったため、ブッシュは陸軍長官スティムソンに直接電話もしました。
一方でブッシュは、ルーンショットを確実に現場に移転するために、開発チームに対し現場からのフィードバックを重視させました。初期の航空機用レーダーが使われなかった時、パイロットに「なぜ使わないのか」開発チームに説明させました。そして初期のレーダーは、戦闘中に扱うには操作が複雑すぎることを開発チームに納得させ、改良させました。
ルーンショット養成所4「アメリカ優位の礎となった(DARPA)」
数々の画期的な兵器を生み出したOSRDですが、ブッシュの描いていたOSRDを国立研究所にするという構想は、大戦終了後トルーマン大統領に否定されてしまいました。
OSRDは解体されブッシュも退きました。アメリカは基礎研究を欧州など他国に依存するようになりました。
その12年後、アメリカに衝撃が走ります。
1957年ソ連が衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したのです。新たに国防長官に就任したニール・マッケロイ(元P&GのCEO)は、斬新なアイデアに資金を出す国直属の組織が必要なことを当時のアイゼンハワー大統領に強く提案しました。この提案は大統領に承認され、マッケロイはかつてブッシュと共に仕事をした人たちからアドバスを受け、高等研究開発局(ARPA、その後DARPAに改称)を設立しました。ブッシュの描いた構想は実現したのです。
DARPAは、数多くの風変わりなプロジェクトに資金を提供し、失敗の山を築きました。しかしその中からインターネットやGPS、音声認識(Siri)など多くのイノベーションが生まれたのです。そしてこれが現在のIT先進国アメリカの礎となったのです。
参考文献
「LOON SHOTS」 サフィ・バーコール著 日経BP
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「組織に存在する『空気』とは何か?その2」~誤った意思決定と同調圧力の原因を考える~
多くの人は、当たり前のように「空気を読み」、指示されなくても「空気」に従い行います。
時には、これが企業不祥事やパワハラの一因になります。
この空気の正体は何でしょうか。
「組織に存在する『空気』とは何か?その1」~空気による支配と誤った意思決定を考える~ では、空気が支配する前提と組織における同調圧力、そして空気に水を差す行為について、述べました。
ここでは、空気をもたらす文化的背景と、空気の弊害、空気を打破する方法について考えました。
空気を生み出す背景
空気をつくりだす我々日本人の文化の根底には、どのようなものがあるのでしょうか?
その背景は何でしょうか?
日本社会と日本教
「空気の研究」の著者 山本七平氏は「無宗教の日本では、その集団内のみ通じる日本教のようなものがある」と述べています。その根底には「人間は、自分がこうすれば相手もこうするものだ」という信仰があります。キリスト教徒が神に従うとすれば、日本人は「世間」「人さま」に従うのです。
これは日本人に普遍的なもので、日本教ともいえます。ただしこの世間は自分が所属する集団内に限定されます。
この日本教は、農村集団や工業社会で都合がよいものでした。しかし軍隊のように戦争に勝つことが目的の組織では勝利よりも組織内の人間関係の方が重視され、面子や前例主義がはびこるというデメリットがあります。それでも日本は、海に囲まれ他国から侵略されることが少ないため、こうした組織運営でもやっていけました。
これが中東や西欧のような国同士が地続きでつながり、絶えず争い、滅ぼしたり滅ぼされたりする日常の世界では、そうはいきません。意思決定は「自らの集団と構成員の存続をかけたもの」だからです。かつての中東や西欧で、国の意思決定をその場の「空気」で決めていれば、とっくに滅ぼされています。
また日本は国土の17%しか農地がなく、降雨量は豊富ですが地形が急峻なため、ため池などで水を貯め、水路を張り巡らさなければ稲作ができません。こういったことから江戸時代まで田は各自のものでなく、村の共同所有物でした。こういった共同体では、村人相互の協力がなければ社会が成り立ちません。秩序を乱せば村八分にされますが、農村社会で村八分にされれば餓死してしまいます。
この村落は疑似家族ともいえる強力なコミュニティです。逆に他者には冷淡でした。よそ者を排除する文化が今も残る地方もあります。ある地域では、そこに移住して3代を経っても「よそから来た人」と呼ばれます。
こういった閉鎖的な集団の特徴として、集団の中だけで通じる言葉があります。集団固有の言葉を理解できて初めて仲間として受け入れられるのです。今でも企業では、他では通じない我が社固有の社語があります。この社語を使いこなせて初めて仲間と認められます。
平等と横並び文化
江戸時代以前は、身分制度はなく人々は平等でした。しかしそれでは統治するのに不便なため、徳川幕府は士農工商の制度を制定しで身分を固定しました。
実は徳川幕府が統治する範囲は全国の1/4に過ぎず、他は各藩が統治していました。各藩は独自の軍隊を持ち徴税を行いました。このように幕府の地位は不安定なため、徳川幕府は、身分制度で権力を武士に集中する一方、富は商人に集中させ、幕府に抵抗する各藩には富と権力が一緒にならないようにしました。
幕府内部でも特定の家臣に権力が集中しないように、地位の高い老中は石高が低く(富が少なく)、その選出は譜代大名から月番制で行われました。一方地位は低いが実務力が必要な与力、同心などは、石高が高く(富が多く)なっていました。彼らも月番制でお互いがお互いをチェックする仕組みになっていました。
このように徳川幕府は「名誉価値」「権力価値」「富価値」の3つに力を分散し、日本型デモクラシーと呼べるようなシステムで統治しました。このような仕組みは、海外からの侵略がなく、「国を挙げて生きるか死ぬかという決断の必要がない時代」はうまくいったのです。
空気をつくるもの
空気=ムード
と考えれば、このムードをつくるのはマスコミです。
マスコミが取り上げる言葉が空気をつくります。そして言葉は、現実を固定化します。
例えば「満州は日本の生命線」と言えば、満州から撤退できなくなります。言葉は異論を封じ、他の選択肢を排除してしまいます。
日露戦争の時、日本海海戦、旅順陥落の結果を受けて外務大臣の小村寿太郎は渡米しロシアとの講和条約に臨みました。当時新聞は日本は「戦争に勝った」と報道しました。先の日清戦争で清から多額の賠償金を認めさせた経験もあり、ロシアからも賠償金が取れるような報道をしました。
現実は、日露戦争は局地的な勝利でしかなく、ロシアは負けたと思っていませんでした。必要ならば、さらに大軍を派遣できました。対して、日本はそもそも戦争に必要な資材を外国から買うための外貨が少なく、高橋是清がロックフェラー財団に日本の国債を引き受けてもらいやっと外貨を確保できました。それもすでに尽きてしまい、前線では大砲の弾も底をついていたのです。その中でのロシアとの和平交渉は、かなりタフなものでした。賠償金など望むべくもなかったのです。
しかし誤った報道の戦勝ムードで盛り上がった国民は、賠償金が取れないと分かったため、暴動が起きました。
集団だと狂暴化する日本人
多くの日本人は、欧米人のように神との関係における「絶対的正義」を持ちません。そのため倫理規範が、その場の状況に応じて変わります(状況倫理) 。加えて社会全体に共通する社会正義もないため、閉ざされた集団では欧米と比べいじめや強い暴力が起きやすいのです。これは日本陸海軍の新兵への暴力や運動部のしごきなどにみられます。最近でも入国管理局で不法滞在者に対し、人権を無視した行為が話題になりました。
日本の集団が人権を無視したいじめや暴力に陥るのは、下記の3点が当てはまる場合です。
- 集団が隔離され、共同体の前提(空気)が管理されていない
- リーダーからお墨付きを得た
- 共同体間で共有されるべき社会的正義がない
軍隊は、この3点がすべて当てはまります。アメリカや韓国の軍隊でも新兵は容赦なくいじめや暴力にさらされますが、日本軍の暴力は凄惨でした。
山口盈文氏は、昭和19年14歳で満蒙開拓少年義勇軍として満州に渡りました。そこで日本軍に徴用され、日本軍に加わりました。そこで見たのは、仲間内でのひどいリンチでした。ある兵士は木につるされ、さんざんリンチを受けたため死んでしまいました。
山口氏のいた八路軍では、同僚に対するリンチはありませんでした。氏の著作「僕は八路軍の少年兵だった」には、山口氏の見た日本軍と八路軍の対比が書かれています。
組織における空気の問題
不祥事が頻発する
終身雇用と年功序列賃金制度のため転職が容易でなく、同質な集団の日本企業には、空気がもたらす強い同調圧力があります。経営者が無理な目標を設定しても「できない」とは言えません。そしてつじつまを合わせるために、法規制を違反したりデータを改ざんしたりします。こうして組織は自ら不祥事を起こしてしまいます。
事業部に高い目標を立てさせ、達成できないと「チャレンジ!」と強要され、粉飾決算に走った東芝、経営層がライバルを下回る燃費を認めずデータを改ざんした三菱自動車、不正なソフトウェアを組み込んだフォルクスワーゲン、45分車検を達成するため、法令に背いて点検項目を省略したトヨタの販売店など、快挙にいとまがありません。
空気が誤った意思決定を導く
空気で意思決定する問題は、
うまくいかなかった時の代替案がない
ことです。
順調な時は良いのですが、一度うまくいかなくなると、どうしていいのか分からなくなります。
高山の頂上や崖から飛び降り、急斜面を滑走するエキストリームスキーヤー、彼らは命知らずの無謀な連中に見えます。しかし彼らは崖から飛び降りる時も
- 「うまくいった場合どうするか」プランAと、
- 「思った通りに行かず失敗した場合どうするか」プランB
を必ず持っています。
新型コロナウイルス感染症では、ニュージーランド政府は感染のステージに応じて、段階的にどのように対策をするのか事前に決めていました。一方日本では緊急事態宣言以上の感染防止策を検討されず、必要な法整備も不十分でした。
空気による決定は無責任
リーダーには、空気をつかって自分に有利な決定に導くタイプもいます。議論の中で「あれもダメ」「これもダメ」と反対して、議論の空気を自分に有利な方向に誘導するのです。
そして現実の一部を隠蔽し、ある種の前提を掲げて、自分に都合の良い結論に誘導します。しかし
決定を下したのは空気であり、責任者はいません。
そして健全な法に従った方法はわきに押しやられてしまいます。これが企業不祥事となります。多くは組織的に行われるため、誰かが「こんなことをすれば大変なことになる」と思っても、それを言えない空気ができています。
情報不足が空気をつくる
正しい意思決定には、現場からの十分な情報が不可欠です。ところがかつて日本のリーダー達は、現場の情報をないがしろにしていました。そのため情報不足から誤った意思決定を行いました。
日本陸軍は、伝統的にソ連を仮想敵国としていました。戦術の研究や兵士の訓練で想定していたのは満州やモンゴルの平原でした。その陸軍が新兵教育の訓練教程での敵をソ連からアメリカに変更したのは、開戦から2年近く経った1943年8月でした。それまで陸軍は南方のジャングルでの戦闘を想定した教育を全く行っていませんでした。
陸軍士官としてフィリピンの戦場にいた山本七平氏の陣地の前に大陸から派遣された1個師団が上陸しました。砲兵隊の指揮官が山本氏に「馬を徴用したいがどこかにいないか」と聞きました。フィリピンでは暑さに弱い馬は飼われてなく、農耕に使われるのは水牛だけでした。水牛は定期的に水に浸けないと暑さで死んでしまうため砲車を引くのは無理でした。砲兵たちは熱帯のフィリピンで人力で砲車を牽くしかありませんでした。
日本は、占領したフィリピン統治でも失敗しました。厳格なカトリック教徒の多いフィリピンでは、人前で怒鳴ったり殴つたりすることは彼らの自尊心をひどく傷つけます。こうしてもともとは反米だったフィリピン人を反日にしてしまいました。彼らは抗日ゲリラを陰で支援しました。
日本軍のリーダーには、現場をあまり見なかったリーダーが多かったようです。戦後、山本氏が会った連隊長は、自分の部隊で日夜リンチが行われていたことを全く知りませんでした。あれだけ凄惨なリンチが毎夜行われていたのだから、兵舎を回っていれば顔を腫らした兵隊などが見つかるはずでした。連隊長は部隊内を歩き回って自分の目で見ようとはしなかったのです。
本部で作戦を立ててい高級参謀も現場をわかっていませんでした。フィリピンではある師団は、米軍の上陸直前に急に作戦が変更され移動命令を受けました。せっかく構築した陣地を捨て、パレテ峠への移動を命じられた師団は、移動中に空から米軍の攻撃を受けて大損害を出しました。
連合軍総司令官のアイゼンハワー大将は、総司令官にもかかわらず現場をこまめに見て回りました。そして兵士に規定通りキャンディーやタバコが支給されているかまで気を配りました。指揮官は、自分に任された組織の実情を常に把握していなければならないと考えていました。階級社会の欧米では、支配階級たるリーダーは、配下の部下や組織を適切に管理して、最大の成果を上げなければならないという考えが浸透していました。
しかし平等社会だった日本では、そういった支配階級の意識を持った人材がいない上に、こうしたリーダーとしての教育も不十分でした。
責任感の欠如と組織の存続が目的になる
空気で物事を決定すれば責任をとる者はいません。失敗しても責任を問われません。そのため日本軍は強い組織に欠かせない信賞必罰がありませんでした。これは勝つことが最大の使命である軍隊にとって致命的でした。
第二次大戦のソ連軍では厳しい信賞必罰が常識でした。スターリンから全権を委任されていた司令官ゲオルギー・ジューコフは、ある師団の前進速度が不十分だったため、師団長を即解任し懲罰大隊へ送りました。
しかし日本軍はリーダーが作戦に失敗しても降格がありませんでした。そして海軍兵学校の卒業序列(ハンモックナンバーと呼ばれ除隊するまでついて回る)に従って昇進しました。最後の海軍大将となった井上成美氏は戦闘では失敗ばかりでした。逆にガダルカナル戦で駆逐艦隊を指揮して米軍と渡り合い、アメリカ軍からも恐れられていた田中頼三少将は、ガダルカナル戦の途中で後方へ移動させられました。日本軍では、アメリカ軍も一目置く勇気と決断力のあるリーダーは、同僚の昇進など内部事情で第一線を離れ、勉強はできるが指揮能力の低いリーダーが部隊を指揮していたのです。
昭和19年陸軍は、米軍のフィリピン攻略を前に兵力の大幅な増強を計画しました。そして台湾から多数の兵士を送りました。しかし彼らの乗った輸送船の多くがアメリカ軍の潜水艦に沈められ、犠牲者は10万人にも上りました。
この輸送船でフィリピンに渡った山本七平氏は、立つこともできない天井の低い船室に、畳1枚のスペースに5名が押し込まれた状況について、人間に対しここまで過酷な仕打ちはないとまで語っていました。その多くがアメリカの潜水艦に沈められ、山本氏はこれを自動殺人装置と呼びました。
実はこれを計画した陸軍自身「3割着けば成功」と考えていました。7割は喪失する前提でした。たとえ無事についたても、銃も弾薬もなく、できるのは米軍の空襲や砲撃の中でジャングルの中を逃げまどうだけでした。そして多くの兵士が餓死しました。
すでに陸軍は現実感を失い、効果も考えず、ただ決まったことを行っているにすぎませんでした。
日本の組織に存在する空気の弊害
日本の終身雇用や年功序列賃金制度は、内部に強固な空気を醸成します。しかも新卒一括採用のため転職は容易でなく、多くの社員は不満があっても組織にとどまります。こうした組織は空気に逆らうことを許さない「出る杭は打たれる」集団になってしまいます。
こういった集団は保守的で変化には逆らう傾向があります。これまでのバブル崩壊や、リーマンショックのような変化に対し、金融円滑化法、雇用調整助成金、政府金融(日本政策金融公庫、商工組合中央金庫)、信用保証協会など国は多くの救済措置を提供しました。これにより倒産を減らして社会の混乱を防いだ一方、非効率な企業を延命し変化を抑えてきました。
しかし、こういった従来の日本型福祉社会は限界に達しようとしているかもしれません。変化を抑圧しても社会の潜在的な変化はなくなっていないからです。むしろ変化を抑えたことでバブル崩壊のような破局的な悲劇が発生してしまうかもしれません。
「ブラックスワン」の著者ナシム・ニコラス・タレブはこういった日本人の習性を「小さなボラリティ(変動)を避けようとして大きな破滅を招く」と評しました。さらに
「日本人は小さな失敗を厳しく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくて稀な失敗を無視する」
と述べています。
空気を打破する方法
空気を打破する方法として鈴木博毅氏は以下の4つの方法を提唱しています。
- 空気の相対化
- 劇場の破壊
- 思考の自由
- 根本主義
「空気の相対化」とは、隠れた前提を見抜くことです。空気がもたらす前提には、組織を主導するものにとって都合の悪いことが隠れていることがあります。「大和を敵に拿捕されないために3,700人の命を犠牲にする」、「命令できない特攻を作戦化する」、こういった前提を具現化すれば、正しい結論が見えてきます。
「劇場の破壊」とは、閉鎖された組織、空間を破壊することです。閉鎖された空間で醸成された空気は、強い同調圧力になります。その空間を開放し、課題を公開します。そして外部からの自由闊達な議論を行います。あるいは自分がこういった閉鎖的な集団から抜けます。
「思考の自由」とは、思考を束縛するしがらみを断ち切ることです。過去の延長線上でなく自由に考えます。
インテルの元CEOアンディグローブは、半導体メモリー事業が不振に陥った時「僕らがお払い箱になって、取締役会が新しいCEOを連れてきたら、そいつは何をするだろう」と考えメモリー事業からの撤退を決断しました。
「根本主義」とは、最も譲れないことは何か、その1点にフォーカスすることです。そうすることである種の前提や前例からの縛りから考えを解き放つことができます。
【この状況で何ができるかを考え、空気を打破した美濃部少佐】
大戦中、海軍の美濃部少佐は芙蓉部隊を指揮して沖縄の米軍へ夜間攻撃を続けました。そして特攻を拒否し続けました。彼は水上偵察機の乗組員が高い夜間飛行能力を持っていることに着目し、終戦まで特攻でなく、夜間に通常攻撃をすることを主張しました。『特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊』渡辺洋二著には以下のように書かれています。
<以下一部引用>
航空参謀「次期沖縄作戦には、教育部隊を閉鎖して練習機を含め全員特攻編成とします。訓練に使用しうる燃料は一人あて月15時間しかないのです。」
美濃部「フィリピンでは敵は300機の直衛戦闘機を配備しました。こんども同じでしょう。劣速の練習機まで駆り出しても、十重二十重のグラマンの防御陣を突破することは不可能です。特攻のかけ声ばかりでは勝てるとは思えません」
航空参謀「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!第一線の少壮士官がなにを言うか!」
中略
美濃部「ここに居合わす方々は指揮官、幕僚であって、みずから突入する人がいません。必死尽忠と言葉は勇ましいことをおっしゃるが、敵の弾幕をどれだけくぐったというのです?失礼ながら私は、回数だけでも皆さんの誰よりも多く突入してきました。今の戦局にあなた方指揮官みずからが死を賭しておいでなのか?」
「飛行機の不足を特攻戦法の理由の一つにあげておられるが、先の機動部隊来襲のおり、分散擬装を怠って列線に並べたまま、いたずらに焼かれた部隊が多いではないですか。また、燃料不足で訓練が思うにまかせず、搭乗員の練度低下を理由の一つにしておいでだが、指導上の創意工夫が足りないのではないですか。私のところでは、飛行時間200時間の零戦操縦員も、みな夜間洋上進撃が可能です。全員が死を覚悟で教育し、教育されれば、敵戦闘機群のなかにあえなく落とされるようなことなく、敵に肉薄し死出の旅路を飾れます」
中略
美濃部「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようと、グラマンにかかってはバッタのごとく落とされます。2,000機の練習機を特攻に駆り出す前に赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!」
この会話に空気を打破し現実の問題を解決する思考方法のヒントがあるのではないでしょうか。
【空気よりカネ勘定】
空気の作り出す前提の多くには、一部の者にとって不都合な現実があります。それを美辞麗句で覆うことで現実を見えなくするのです。見たくない現実を直視し、誤った判断を避けるためには、感情に惑わされず冷静にカネ勘定・損得判断をすることです。
- 敵になんの打撃も与えることなく、3,700人の命と戦艦を失うことの損得
- 敵戦闘機の大群に、未熟なパイロットの乗った旧式機の特攻を出すことの損得
- 原発の事故の発生確率と被害金額、原発の発電コストと使用済み燃料の処理コストと将来の廃炉費用
こういった問題の発生確率と、生じる損失を経済的に評価するのがリスクマネジメントです。つまりリスクをコントロールする手法です。
【感情を切り離さなければ正しい判断はできない】
こうした冷静な意思決定を阻害するのは感情です。今までにかかった費用、努力(いわゆる埋没費用(サンクコスト))に固執してしまいます。
先の戦争は310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)の方が亡くなりました。その9割は1944年以降の戦争末期でした。1944年2月米軍のフィリピン上陸を前に近衛文麿は天皇に早期終戦を主張(近衛奏上文)しました。しかし天皇は「もう一度戦果を上げてからではないと難しい」と拒否しました。すでに戦況を好転できる材料はありませんでした。しかし無条件降伏以外アメリカとの講和はなく、無条件降伏を受け入れる感情的な素地は、まだ国民や軍にはありませんでした。
1945年8月9日に広島に原爆が投下され、ソ連が参戦した後に開かれた御前会議でも、陸軍は本土決戦を主張していました。この時点で重臣の賛否は半々でした。本来「戦争は外交の一手段」なのですが、戦争終結のシナリオがないまま始めてしまった戦争に対し、現実感を喪失した当時のリーダーに損得判断は不可能でした。
空気が固定化されると他の選択肢は見えなってしまいます。そうなると問題解決力が低下します。
そして現実を無視して、前提通りに進めようとする強硬派が幅を利かせます。
その背後で問題は進行し肥大していきます。問題はある時破綻し大きな悲劇になります。ようやく前提が間違っていたことに強硬派は気づきますが、もうどうすることもできません。冷静な解決策を失って「やぶれかぶれ」になります。赤とんぼで特攻を行うと言った海軍首脳、本土決戦を主張した陸軍がそうでした。
そうならないようにするためには、この空気の打破をしなければいけません。それは正しい理論とデータから論理的に結論を導くことです。この
「厳粛な事実」
には精神論の入る余地はありません。
本来ものづくりに関わる技術者は、こういった考え方は持っています。正しい論理に従えば、赤とんぼがグラマンから撃墜されるのは逃れられないし、戦艦大和は沖縄にたどり着けません。その事実を認めたうえで、最善の方法を模索すれば、美濃部少佐のように特攻以外の方法も出てきます。これが思考停止の呪縛から逃れ、知性を回復させる方法です。
ただし空気や水は過去から現在までの結果です。未来を切り開こうとする時、空気も水もないかもしれません。革新的な企業は、空気も水も気に留めず「そんなことは無理だ」と言われたことを実行してきました。
空気を破り水の呪縛を解き放つために、山本氏は
「『これより先に行くな』というタブーを打ち破り未来へと大胆に進むことが大切」
と述べています。
参考文献
「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫
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「組織に存在する『空気』とは何か?その1」~空気による支配と誤った意思決定を考える~
「空気を読む」を辞書で引くと
「『その場の雰囲気を察すること、暗黙のうちに要求されていることを把握して履行すること』などを意味する表現」
とあります。(実用日本語表現辞典より)
私たちの多くは、この「空気を読む」ということを当たり前のように行い、空気を読まない人はネガティブな意味で「KY」と呼ばれます。
我々は指示されないことでも「空気」に従い進んで行ってしまいます。時にはこれが企業不祥事やパワハラの一因にもなります。
この空気の正体は、何でしょうか。
そして
空気はなぜ存在するのか、
どうしたら空気を打破できるのか
考えました。
戦前から日本を支配した空気
1945年4月沖縄に上陸した米軍を攻撃すべく、戦艦大和は片道分の燃料しか積まずに出撃しました。当時、戦艦といえども航空機の援護なしでは、アメリカ軍の艦載機の攻撃に耐えることはできませんでした。つまり、この作戦は100%失敗する作戦でした。大和を擁する第二艦隊司令官 伊藤整一中将は、この作戦に強く反対しました。しかし最終的に彼が命令に従った根拠は「空気」でした。
1944年10月関行男大尉率いる24名の最初の神風特別攻撃隊が、レイテ沖のアメリカの護衛空母群を攻撃し、空母「セント・ロー」は沈没しました。この特攻作戦を主導した大西瀧治郎中将は、終戦後、特攻作戦の責任を取って割腹自殺しました。この特攻作戦は大西中将が発案したように戦史に書かれています。しかし、当時の海軍は、すでに軍令部の主導で人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」など体当りを前提とした特攻兵器を開発していました。
「体当り攻撃」は海軍の既定路線だった
のです。しかし海軍は、100%生還の見込みのない自殺攻撃の命令を出すことはできませんでした。特攻は、あくまで隊員の志願でなければいけませんでした。そして
隊員たちが「志願」したのも空気
でした。この空気について「空気の研究」の著者 山本七平氏は
「『空気』とはまことに多くの絶対権をもった妖怪である。(中略)こうなると統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組み立てておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが『空気』に決定されるかも知れぬ。」
と述べています。
そして
「もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合の如く『空気』であり、破滅の後にもし名目的責任者がその理由を問われたら、同じように『あのときは、ああせざるを得なかった』と答えるであろう」
と語りました。
空気とは何か
それでは、「空気」とは一体何なのでしょうか。
この空気は、「『超』入門 空気の研究」の著者 鈴木博毅氏によれば、
「空気はある種の前提」
です。この前提が
「この境界からはみ出すな」
という強い圧力をかけて「場の空気」をつくります。では「場の空気」とは何でしょうか。
場の空気とはWikipediaによれば、
「日本における、その場の様子や社会的雰囲気を表す言葉。とくにコミュニケーションの場において、対人関係や社会集団の状況における情緒的関係や力関係、利害関係など言語では明示的に表現されていない(もしくは表現が忌避されている)関係性の諸要素のことなどを示す日本語の慣用句である。近年の日本社会においては、いわゆる「KY語」と称する俗語が流行語となって以来、様々な意味を込めて用いられるようになっている。」
(Wikipediaより)
「場の空気」は具体的な言葉になっていない場合も多く、戦艦大和の場合
「このまま日本が敗戦すれば、大和はアメリカに接収され、自沈させられる。そんな恥をさらすことはできない」
という前提でした。論理的、経済的に考えれば、効果のない作戦で3700名の命を失うより、自沈した方が損失は軽微なのですが。(しかもこの作戦で大和以外に、軽巡洋艦矢作と駆逐艦5隻も失いました。)
こうした暗黙の前提は、
人々の現実への理解や行動を規制し、他の選択肢を奪います。
そして空気が組織を支配すると、組織のメンバーは、命じられていなくても「空気 = 前提」に従い行動します。しかもこの前提は絶対化されているため、反論は許されません。
それを象徴する言葉が
「やるしかない」「他に道はない」
です。もしリーダーがこう言い始めたら危険な兆候かもしれません。なぜなら、こうして前提は、他の選択肢を排除し、不都合な真実を隠蔽してしまうからです。
鴻上 尚史氏の著作「不死身の特攻兵」で、陸軍の飛行兵 佐々木友次氏は、特攻に9回出撃して9回生還しました。なぜ特攻に出撃して生きて帰ってきたのでしょうか?
飛行機が爆弾を抱いて船に体当たりしても、爆弾の速度は低く、爆弾は甲板を貫通できないため、致命傷を与えることはできないのです。途中で爆弾を切り離して落下させた方が爆弾の速度が速くなり相手に大きなダメージを与えることができます。つまり通常の急降下爆撃の方が効果は高かったのです。
そこで佐々木氏の上官 岩本隊長は、密に爆弾を切り離す装置を特攻機に追加し、佐々木氏をはじめとした部下に、特攻で出撃しても爆弾を切り離して急降下爆撃を行い、帰ってくるように指導しました。しかし残念ながら岩本隊長は、移動中に敵の戦闘機に襲われ戦死してしまいました。
新たな上官の下、佐々木氏は特攻に出撃しました。そして爆弾を投下し敵の船に命中させ、大打撃を与えた後、機体は不時着しました。佐々木氏が帰ってきたとき、送り出した上官にとって
これは、前提から外れた不都合なこと
でした。佐々木にはすでに戦死の公報も出ていました。
上官にとっては、敵に打撃を与え戦果を挙げることは、問題ではなかったのです。特攻に行った者が死んでいないことが問題でした。
上官は、佐々木氏に対し厳しい叱責をしました。
「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
中略
「明日にでも出撃したら絶対に帰ってくるな。必ず死んで来い」
「不死身の特攻兵」で、上官の言葉はこのように書かれています。
このように「前提」は、集団にとって都合の悪いことを隠し、前提に従わない者に対し、嫌がらせをはじめとした徹底的な攻撃・圧力を加えます。これが
空気がもたらす同調圧力です。
山本氏は、これを「臨在感的把握」と呼びました。臨在感について前述の鈴木博毅氏は「臨在感は、因果関係の推察が、恐れや救済などの感情と結びついたものだ」と述べています。つまり、日本人は問題が起きた時、
感情に強く影響されて過剰に反応する
のです。こういった反応は欧米にも見られますが、日本人は顕著に表れます。
例えば、BSE問題(牛海綿状脳症)が起きた時もそうでした。ヨーロッパで発症した人は、発症した牛の脳を食べた人でした。発症した牛の肉を食べて発症した事例は、一切ありませんでした。
しかし日本では「牛肉が怖い」という空気が生まれました。感染した牛が見つかる度にマスコミは大々的に報道し、人々は牛肉の消費を控えました。2001年に農林水産省は、食用牛の全頭検査まで導入しました。
この臨在感を掌握すれば、日本の大衆の意思をコントロールできてしまいます。戦前、読売、毎日など大手の新聞は、日中戦争の記事を勇ましく書き、国民は熱狂しました。毎日新聞の記者は、ある兵士の中国での百人斬りの記事を掲載しました。実は記事は、記者が勝手に創作したものでした。しかし記事に名前を載せられた兵士は、戦後、戦犯として処刑されました。
バブル崩壊後、マスコミは、銀行の過剰融資や証券会社の損失補填を非難しました。この空気は、国が銀行へ公的資金を投入する判断の遅れにつながり、失われた20年の一因にもなりました。本来は、いち早く公的資金を投入し、企業への資金供給の円滑化を図るべきでした。しかし、バブルを引き起こした金融機関に対する公的資金の投入は、それを許さない空気になっていました。
空気のプラス面とマイナス面
一方、この空気は、プラスの面もあります。
【プラス面】
- 決定に時間がかかるが、空気で決定すれば反論は封じられ、集団で行動する
- 意思決定がボトムアップで行われる
日本企業は決定までは時間がかかりますが、方針が決定すれば、全員が協力して迅速に取り組みます。対してアメリカのGMは、トップが方針を決定しても、エンジン部門、シャーシー部門がそれぞれの主張を繰り返すため、開発がなかなか進みません。
ボトムアップなので、空気に従ってメンバー全員が一致して行動します。
【マイナス面】
- 思考停止状態になり、他の選択肢が考えられなくなる
- 真実を歪曲する
- タテマエで物事が進む
- 誤った意思決定
- 強い同調圧力、異論は許さない
もともと相対的な事象を絶対化することは、ある意味まやかしです。嘘が生まれ、現実が見えなくなります。例えば国は「原発は絶対安全」と言います。しかしどんなプラントでもリスクはゼロではありえません。「絶対安全」なものは世の中には存在しないのです。それを絶対安全と言ってしまったため、小さなリスクや問題も公表できなくなってしまいました。
山本七平氏が部隊に配属されて驚いたのは、タテマエと実態の乖離でした。1師団3個連隊、1個連隊3個大隊のはずの師団構成は、1個連隊が欠(つまり2個連隊しかない)、しかも1個連隊の中でも1個大隊が欠でした。つまりタテマエの上では師団(3個連隊、9個大隊)であっても、実際は(2個連隊、4個大隊)と、タテマエの半分以下、戦力は大幅に低かったのです。困ったのは、タテマエ上は1個師団なので、作戦はそれを前提に立てられてしまうことでした。
「可能か不可能か」「是か非か」の区別がなくなる。その結果、たとえ不可能なことでも、「やるべき」「やるしかない」と邁進する。
かつてのような工業製品を大量生産する組織は、空気による支配は都合がよいものでした。高度成長期は、これまでの延長線上で技術も進歩していきました。自社もライバル企業も同じ方向を向き、より良い製品を、より安く、ひたすらつくれば良かったのです。
結論を支配
前提を変えれば結果が変わります。
「世界を変えた14の密約」ジャック・ペレッティ著によれば、生命保険会社にいた統計家ルイ・ダブリンは、1945年初めてBMI(Body Mass Index)別名「ボディマス指数」を作成しました。このBMIは、体重と身長から計算され、肥満度を表します。現在、BMIは国際的な指標として用いられています。実はこのBMIは、ダブリンが25歳前後の人たちのデータから
理想的な体重を、全員に勝手に当てはめたもの
でした。
その結果、アメリカ人の半数は「太りすぎ」か「肥満」になりました。これにより多くの人の生命保険料は高くなりました。これにより生命保険会社に多額の保険料をもたらしたのです。しかも
たった1枚の数表だけで
しかもBMIはアメリカ人の間に肥満パニックを起こしました。そして巨大なダイエット産業をも創出しました。
慶應義塾大学の清水勝彦教授は著書「その前提が間違いです」で
「『前提』こそが結論を支配する」
と述べました。
例えばケンブリッジ大学のハジュン・チャン氏は、トリクルダウン理論について以下のように述べています。
「理論的には、トリクルダウンはそれほどバカバカしい考え方ではありません。ですが、現実的には裏付けがないんです。アメリカでもイギリスでも国家歳入における投資の割合は減り続けています。経済成長も下がっています。だから証拠がないんですよ。」
しかし各国の政府は、トリクルダウン理論を何ら検証せずに、富裕層を豊かにする政策を実施しました。その結果、貧困層が増加し、貧富の差は急拡大しました。
空気といじめ、パワハラの関係
日本社会には、欧米社会のような神を絶対的な基準とした「絶対的な正義、あるいは倫理観」がありません。同じ行為でも、その場の状況によって、許されたり、許されなかったりします。山本氏は、これを「状況倫理」と呼びました。
例えば、お腹が空いて死にそうな人がパンを盗んで食べた場合、欧米では、そのような状況でも、窃盗の罪は同じです。神の許しがない限り、その人は一生罪を背負って生きなければなりません。対して日本は、この場合多くの人が罪を許します。そして当人も罪の意識が消えていきます。つまり状況に応じて「情」で判断するのです。
これが時には悪い方に作用します。これがパワハラ、セクハラ原因になるからです。
例えば、指導者が指導のためと称して行う暴力や暴言です。どんな感情を持っていても、暴力や暴言を行ったことに変わりはありません。しかし、こういった指導者は、これを正しいことと思っています。こういった人達に共通するのは
自分と異なる存在、他者への理解が浅い点
です。そして日本人の多くにこの傾向があります。そして「自分にとって良いことは、相手にとっても良いこと」と考えて行動します。山本氏の著作には、寒い冬に「かわいそうだから」とひよこにお湯を飲ませ、死なせてしまった人の話が書かれています。人間にとってお湯は良いものですが、ひよこには有害だったのです。
空気に水を差す行為
この空気が真実を歪曲して、その場のムードで行動する人たちに対し、現実を突き付けるのが
「水を差す」
行為です。山本氏は
「ある一言が『水を差す』と、一瞬にしてその場の『空気』が崩壊するわけだが、その場合の『水』は通常、最も具体的な目前の障害を意味し、それを口にすることによって、即座に人々を現実にもどすことを意味している。」(「空気の研究」より引用)
と述べました。つまり「水」は現実を土台にした前提です。
しかし、水を差しても空気が消えないことがあります。なぜなら、空気の背後には、本当の動機が隠れているからです。この隠れた動機を言葉にして、表に出さければ空気は消えません。
なぜ戦艦大和は、100%見込みのない作戦に行かなければならなかったのでしょうか。本当の動機は
大和が残ったまま敗戦となり、敵に拿捕されるのは絶対に避けたい
ということでした。しかし、そのため3,700人の命を犠牲にするとは言えません。これが空気の正体でした。
隠れた動機があるかぎり、真実で空気に水を差しても、精神論で反撃されます。戦時中、B29に向かって、竹やりを突き立てて落とすマネをする訓練をしていました。「竹やりでB29を落とせるわけがない」と空気に水を差しても「何を言うか、この非国民」と言われてしまいます。「尊い努力」という言葉が、「竹やりでB29を落とせるわけがない」という現実を凌駕するのです。
空気に水を差す人に対し、非国民という言葉を投げつけて、B29に対し無力な自分たちという現実を覆い隠しました。そして空気に水を差す相手には「けしからんやつ」といじめたり、仲間外れにしました。このように集団の中で、ひとり空気に水を差せば、いじめに遭います。それに耐えるには、強い信念と忍耐が必要です。多くの人にとっては、おかしいと思っても空気に従った方が楽なのです。
この空気をつくり出す日本人の根底にあるものは、何でしょうか?
そして、これを打破するにはどうしたらよいでしょうか・
続きは、「組織に存在する『空気』とは何か?その1」で述べます。
(その2は、2023年3月25日頃投稿予定です。)
参考文献
「『空気』の研究」 山本七平 著 文藝春秋
「『超』入門 空気の研究」 鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
「『空気』の構造」 池田信夫 著 白水社
「慮人日記」小松真一 著 ちくま学芸文庫
「下級将校の見た帝国陸軍」 山本七平 著 朝日新聞社
「日本人と組織」 山本七平 著 角川ワンテーマ
「特攻拒否の異色集団彗星夜襲隊」 渡辺洋二著 光人社NF文庫
経営コラム ものづくりの未来と経営
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『直感』による意思決定はうまくいくのか?
適切な意思決定を行うには「多くの選択肢を比較し、結果を予測し、意思決定に結果影響を受ける人や組織を考慮するべき」と言われています。しかし実際の意思決定はどのように行っているのでしょうか。案外「直感」で行っているのではないでしょうか。
直感は意外と優れていて、直感のほうが上手くいく場合があります。一方、人は錯覚や誤解をするので、直感は危険だという主張もあります。はたしてどちらが正しいのか2つの考えを比較しました。
直感のほうがうまくいく
1985年心理学者のゲイリー・クラインは、消防隊⻑にインタビューをしました。
消防隊⻑は台所の火事現場に到着し、すぐさまリビングから台所に放水を開始しました。しかし、一向に火勢が落ちません。隊⻑はなぜ放水が消火の役に立たないのか不思議に思っていました。その時、隊⻑の第六感が閃いて急に不安に襲われました。隊⻑が部下に「すぐに外に出ろ」と怒鳴った直後、リビングの床が崩落しました。火元はリビングの下にあった地下室だったのです。
直感が彼と彼の部下の命を救いました。
クラインによれば、人が専門的知識を深め、いろいろな状況に遭遇する回数が増えるほど、
経験のパターンを数多く発見します。
そして目の前の現実と過去の経験を照合する能力が 精緻なものになります。これにより直感が研ぎ澄まされていきます。
2009年1月 US エアウェイズ 1549便がカナダガンの群れと遭遇し、エンジンが両方ともカナダガンを吸い込んで停止してしまいました。エアウェイズ 1549便は即座に空港に向かいました。
無事に空港に着けるかどうかの判定を機⻑は
「管制塔に視線を固定し、前面ガラスの中でせり上がってきたら空港には着けない」
という経験則に従いました。しばらく飛行して、前面ガラスの中で管制塔がせり上がってきたため、機⻑はハドソン湾への不時着水を決意しました。
2つの選択方法
アメリカ合衆国の政治家ベンジャミン・フランクリンが、二股をかけて迷っている甥に書いた手紙があります。
「迷っているなら、賛成する理由と反対する理由を 1 枚の紙に左右 2 列に書き出す。同じ価値を持つ項目同士は線を引いて消して、残った項目の数で決めろ。」
テレビ番組を選ぶ際にすべてのチャンネルを選択してから決める、ショッピングなどであらゆる選択肢を比較してから最善のものを買うなどはベンジャミン・フランクリンの方法です。これを「マキシマイザー」と呼びます。
一方、追及はそこそこで、まあまあと思った最初の選択肢でさっさと決めるのを「サティスファイサー」と呼びます。直感はサティスファイサーの意思決定方法です。
直感とは?
スポーツのような身体的な活動は直感的な動作が多くみられます。
野球でフライの捕球をする際に外野手は緩慢に走っているように見えます。そこで監督が「もっと真剣に走れ」と叱咤した結果、むしろ落球が頻発しました。理由は、実は外野手はフライがどこに落ちるのかわかっていなかったのです。それでも捕球できるのは、上がっていくフライが一定の速度で上がっていくように走る速度を調整していたからです。
これは注視ヒューリスティックと呼ばれ、動物や昆虫など多くの生物が三次元空間を移動する物体を補足する能力です。
なぜ直感がはたらくのでしょうか。それは違和感があるからです。違和感は「モヤモヤする」「つらい」といった感情に結びつきます。この違和感は自分へのメッセージになります。
逆に好きと感じれば、理屈ではなく、体でピピピと感じることがあります。好きだとやる気が出て、その物事を継続できます。がんばれるから結果が出ます。良い結果を見て、「自分にとってこれは正しかった」と思うでしょう。
直感には3種類あります。
- 直感 (gut feeling) 一瞬で意識に上る判断
- 直観 (intuition) 基になっている理由が自分でもよくわからない判断
- 勘 (hunch) 行動を移すに足る確固たる判断
直感を構成するのは
- 単純な経験則=ヒューリスティックス
- 脳の進化した能力
と言われています。
ではなぜ直感が働くのでしょうか?それは人間の特徴として協調性があるからです。
チンパンジーの実験
檻に入ったチンパンジーの前に2つのハンドルがあります。
「親切なハンドル」は自分と隣の檻のチンパンジーに餌がもらえます。
「意地悪なハンドル」は自分だけ餌がもらえます。
ハンドルを回す回数を記録すると隣の檻に血縁関係のあるチンパンジーが入っていても、チンパンジーが「親切なハンドル」を回す回数は変わりませんでした。
同様の実験を人間の子供に対し行ったところ「親切なハンドル」を回す回数が多くなりました。子供はほかの人にも分け与えるほうを選んだからです。
何かを判断する時、人は相手も喜ぶような方法を感覚的に選ぶ傾向にあります。これは人類が進化の過程の中で獲得した能力「協調性」によるものです。
不確実な状況での意思決定
不確実な状況では多くの情報をあえて無視して意思決定を行う
ことがあります。問題解決の選択肢の中で、最も有効であると思ったひとつの理由だけで意思決定を行うことを「最善選択ヒューリスティック」と呼びます。
実は鳥の多くは巣の中のヒナを見分けられません。図々しいカッコーは自分のヒナを他の鳥の巣に入れて育てさせます。カッコーの托卵です。しかし人の子供は知っている人とそうでない人を瞬時に見分けます。人は個別再認能力が他の動物よりも高いからです。
これは全く見たことがないものよりも見たことがあるものを優先する「再認ヒューリスティック」が生じます。
実は「商品を選ぶなら聞いたことがあるブランドにしよう」という再認ヒューリスティックがあるため、多くの企業がテレビコマーシャルに多額の費用をかけるのです。
最善選択ヒューリスティック
極楽鳥の一種は、メスが相手を探す際に尾羽の一番⻑いオスを選びます。
⻑い尾羽は飛行の際にハンディキャップになるはずですが、求愛するオスは実に上手く飛びます。メスは種の間で、尾羽の⻑く、且つ飛ぶのも上手いオスを選ぶようになりました。
尾羽の⻑いオスの方が尾羽の⻑い子供が生まれ、更に繁殖できるチャンスが増えます。
このダーウィンの雌雄淘汰説は 100年間無視されていましたが、今では生物学の一分野として確立しています。
イギリスで子供が夜間急に医者にかからなければならない場合の医者の選び方を調査しました。
以下の 4つの選択肢、
①態度(話をちゃんと聞いてくるか)
②場所、③どんな医者
④待ち時間に
YES、NO で回答してもらいました。
その結果、「①態度(話をちゃんと聞いてくるか)」による選択が最も重視されました。それ以降の選択肢が違っても選択に変化は見られませんでした。多くの親は、態度が YES であれば、それ以外の要因はさほど重要ではないと回答したのです。
つまりたった一つの理由が決め手になっていました。
同様の調査を NBA(バスケットホール)、ブンデスリーグ(ドイツのサッカーリーグ)の試合結果の予測で行っても、ひとつの理由「これまでの勝ち数の多いチームが勝つ」だけで、多くの人は予測していました。
20件の実験について
- ひとつの理由で決める最善選択ヒューリスティックの予測結果
- 複雑な理由で決定する方法(重回帰分析)での予測結果
を比較しました。
その結果、最善選択ヒューリスティックの方が正答率は高かったのです。つまりたったひとつの理由で決めた方が正確でした。
- 将来を予測しなければならない
- 将来の予見が困難
- 情報が限られている
この3つが揃った場合、たったひとつの理由で決めた方が正確さは増すのです。
一方、
将来が十分に予測可能である場合、
あるいは情報が豊富な場合、
複雑な分析のほうが正確さは増します。
調べすぎる問題
アメリカでは医療訴訟が頻発するのはよく知られています。ある患者は前立腺がんの検査は受けないことにしました。しか不幸なことに、彼はその後前立腺がんで死亡しました。訴訟で原告側弁護士は「検査をしなかったのは医師の過失である」と主張しました。
アメリカではこうした訴訟が相次ぐため、医師はためらわずに過剰診断、過剰医療に突き進みます。
- 過剰診断
- 過剰医療
本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を、検査によって発見すること
本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を治療すること
しかし情報は多ければいいというものではないようなのです。
こんな例があります。
全身 CT スクリーニングによって冠状動脈疾患のリスクの高い人を特定できる確率は 80%です。そう聞くと高いい確率に感じます。
しかし、これは残り20%の人はハイリスクにも関わらず陰性と判断されることを示しています。彼らは偽の安心感を植え付けられて、治療の機会を逃してしまいます。
逆にリスクのない人を陽性と判定する確率が 60%もあります。つまり 60%の心配する必要がない人が、かかるはずがない病気におびえながら、残りの時間を過ごすはめになるのです。
米国予防医療サービス対策委員会は、前立腺、肺、膵臓、卵巣、膀胱、甲状腺のがん検診はメリットよりデメリットの方が大きいので受けないようにと勧告しています。検診してもがんがなくなるわけではないので、早期発見よりも予防の方が効果が期待できるとしています。喫煙、肥満、不適切な食生活、過度の飲酒を避け、適度な運動を行うことを推進しています。
リスクと判断
確実性をめぐってふたつの幻想があります。
① ゼロリスクの幻想
リスクはあるのにないと思うことです。
HIV 検査での偽陽性(誤った陽性判定)が起きると、陽性判定を受けた人が自殺したり、生活が破綻してしまうことが起きます。
② 七面鳥の幻想
殺されるかもしれないとおびえつつ毎日餌をもらえる七面鳥の逸話です。
n 日えさをもらった時、再び餌がもらえる確率は
(n+1)/(n+2)
で計算できます。100 日過ぎれば明日もエサがもらえる確率は
(100+1)/(100+2)=99%、
明日もエサがもらえるのはほぼ確実です。
七面鳥にとって不幸なことに 101 日目はクリスマスでした。
未来の予測に使ったモデルは短期には有効でも、⻑期も有効とは限らない例です。
リーマンショックについて、ゴールドマンサックス CEO デビッド・ヴィニア氏は
「『25シグマの事象』が数日連続で起きるという不測の事態が当社のリスクモデルを襲った」
と語りました。そして同社のリスクモデルでは 7〜8シグマの市場はビッグバン以来 1度だけ起きた頻度だと説明しました。
これは起こりえないことが起きたのでなく、同社のリスク評価モデルが間違っていたとみるべきです。
リスクは確率や可能性で数値化できます。しかし
リスクが「恐れ」とつながると人の行動が変容します。
「恐れ」つまり恐怖は脳の基本的な情動回路のひとつで、扁桃核を中心に形成されます。その多くは後天的に学習します。
恐怖の内容を学習するメカニズムは以下の2つがあります。
- 「社会的模倣」
自分が属する集団が恐れるものは恐れることです。
クリスマスキャンドルはドイツ人にはかかせないものです。しかしアメリカ人にとって火のついたローソクは火災の危険と背中合わせでとんでもないものです。そこでアメリカ人の多くはローソクを電飾に変えましたが、キャンドルの不注意による火災で死亡するドイツ人と、電飾の電灯による誤飲や感電で死亡するアメリカ人の数は同じでした。
遺伝子組み換え食品に対する姿勢や放射能に対する姿勢もアメリカとヨーロッパでは大きく異なり、ヨーロッパでは強い反対があります。これは自分が属する社会集団が恐れるものは自然と恐れるようになる例です。
- 「生物学的準備性」
蛇におびえるサルのビデオを見せられた別のサルも、蛇を見ておびえるようになります。動物でも自分に危害を加える生き物の情報は他者に伝搬します。
現代社会の病理
安全な社会になればなるほど、病気や事故など危害を加える事象が減少し、遭遇する機会も減少します。些細な事件がクローズアップされて報道されると、社会に伝搬する不安や「恐れ」が広く共有されていきます。
アメリカで大うつ性障害になる若者は1920年代生まれで2%だったのに対し20世紀中盤生まれでは20%に増加しました。別の調査でも1930年代以降は、自己愛的、自己中心的、反社会的、不安、憂うつ感が強くなっていると判っています。
一方、第二次世界大戦、冷戦の時期、労働争議の60年代、学生運動の70年代など社会が不安定な時期はうつ病の発症率は低い傾向にあります。
リスクに対する誤った判断とマスコミの功罪では、BSE(狂牛病)騒動や O157騒動は記憶に新しいのではないでしょうか。
直感は誤った判断を誘発する
直感、つまり主観に頼った判断は、人によっては大きな判断ミスを引き起こします。なぜなら、人は自信過剰で楽観的に考えるからです。
自信過剰と視野狭窄
人は主観的な視点にとらわれ、良い点ばかりに目を向けて現状認識が楽観的に陥ることがあります。
それは3つの幻想があるためです。
- 自分は人より能力が高いという幻想
- 楽観主義の幻想
- コントロールの幻想
80%以上の人が自分の運転技術は上位50%以上に入ると回答しています。
自分の未来が他人より明るいと考えます。
コントロールできない確率的な事象をコントロールできるように思ってしまいます。例 ファンドマネジャー
カリフォルニア大学のキャメロン・アンダーソン、ギァビィン・キルダフは知らない学生同士を集めて4人のグループをつくり数学問題を解く実験を行いました。グループのやり取りをビデオに録画し、それをメンバーに見せて誰がリーダーにふさわしいか判定させました。リーダーに選ばれたのは数学の力でなく、支配的な人でした。支配的な人は自信のある態度を取るため、他のメンバーは彼を信頼し従おうとしました。
アンカリング
特定の情報、特徴に基づいて考え始め、それを元に結論に至る方法です。アンカーというバイアスが効いて、正しい答えから逸脱してしまいます。そしてアンカリングがあると、起こりうる事柄を十分に考慮しない視野狭窄(トンネルビジョン)に陥ってしまいます。人は自分が導き出した仮説から推論し、それに矛盾しないものだけを考慮の対象にしてしまい、間違っているかもしれないという可能性が考えられなくなるものです。従って最初に問題をどう捉えるかが、意思決定に大きく影響します。
つまり
- その問題がどのように表現されて伝わったのか
- それについてどのように感じたのか
- その人がそれについてどれだけの事前知識があるのか
これによって意思決定が変わります。
視野狭窄(トンネルビジョン)を避けるためには
- 様々な他の選択肢を考える、複数のシナリオを考える
- 自分と異なる意見を積極的に探す
- 意思決定の背後にある理論的な根拠を記録し、後で振り返る
- 平常心でない場合は重要な意思決定は行わない
- インセンティブの影響を理解する(金銭、地位、名誉は誤った決定を導く)
などを考えると良いでしょう。
集団の均一性
集合知の正確性「みんなの言っていることはなんとなく正しい」と思うことはないでしょうか。牛の体重当てコンテストでは、専門家の推定よりも多くの人の投票結果の平均値の方が正確でした。ただしこれは多くの人が互いに話し合わず独立して予想した場合です。
参加者が自分の頭で考えず、他人の考えやメディアの情報を信用すると、多くの人が同じ値を予測するようになりました。つまり多様性が喪失してしまったのです。ブームや流行が起こったのも、他人の考えやメディアの情報を信用し多くの人が同じ考えを持ったためです。
こういった状況の影響力を回避するには以下のような方法があります。
- 状況を考慮
- 「横並びの強制力」に注意
- 惰性を回避
他人の判断は組織の影響など状況の影響を受けていないか注意する
「無意識のうちに」同業者のまねをしてしまう傾向がある
組織は往々にして凝り固まった手順を踏襲する
医療機関、取締役会、裁判所など、いずれも意思決定は社会的な行為です。そのためプライミング効果、デフォルト、感情などの周囲に影響されます。
結果が予測できない場合
相互作用の多いシステムでは一部を変更した影響が予期しない結果を引き起こすことがあります。
1800年代イエローストーン国立公園で ヘラジカがハンターに殺されるのを見て、ヘラジカの餌を増やしました。公園内の野生動物を増やして公園内の生態系を蘇 生させるためです。しかし、増えすぎたヘラジカは植物を食べ尽くし、土壌浸食が 発生しました。木が減ったためビーバー がダムをつくれずに減少し、ダムがなくなり、川の水質が悪化しました。
こうしたエサ不足でヘラジカが大量死したのを人はオオカミのせいと思い込み、オオカミを殺戮し、公園内のオオカミは絶滅、さらに状況はさらに悪化しました。
日本でも、風が吹けば桶屋が儲かるという格言があります(桶屋が儲かる仕組みを知っていますか?)。複雑な状況では意思決定の結果から起こることが容易にはわかりません。様々な状況を考慮して、総合的に判断する必要があります。
平均回帰とハロー効果
平均回帰
平均回帰とは、特別なことが起こるとこれを打ち消すような反対の出来事が起きることです。統計学では、「ある事象を何度も独立させて繰り返して行うと、相対頻度が理論的な確率に近づいていく」という「大数の法則」があります。
簡単に言えばいいことの後には悪いことが起こる
ということです。
スポーツ界の2年目のジンクスは、1年目に大活躍をした新人選手が2年目には成績が落ちることです。いろいろ理由が言われていますが、統計的には平均回帰であり、当たり前のことです。
心理学者ダニエル・カーネマンは、イスラエル空軍の操縦指導教官のトレーニング技術を指導した際、指導教官に「もっとパイロットをほめるべき」と助言しました。
これに対し指導教官は「パイロットはうまくいったと褒めると、次の飛行ではうまく飛べず、へたくそと罵倒した後はもっとうまくできる」と主張しました。この指導教官の過ちは平均回帰を理解していなかったことでした。うまくいった後にへたくそだったのは、単に平均に回帰しただけで、ほめたことは無関係だったのです。
ハロー効果
ハロー効果とは、一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうことです。
ある企業が良い業績を出していると「正しい戦略、ビジョンのあるリーダー、活気あふれる企業文化」と称賛されます。しかし翌年は業績が平均回帰によって大きく低下します。戦略もリーダーも企業文化も何一つ変わっていないというのに。
多くのシステムは複雑で、結果は運と実力の影響が混在しています。チェスや囲碁は実力があれば勝つことができ、運の影響は少ないですが、中には実力があっても勝てないゲームがあります。
これは故意に負けることができるかどうかで判断できます。例えば、ルーレットやスロットなどのギャンブルは完全に運が支配するゲームです。なぜならわざと負けることはできないからです。
では投資についてはどうでしょうか? S&P500種指数を上回るポートフォリオを構成するのはとても難しいことはわかります。逆に大幅に下回るポートフォリオをつくるのもとても難しいのです。
しかし、そのことに多くの人は気づいていません。
想定していないものは見えない
2001年2月9日原子力潜水艦グリーンヴィル号の艦⻑スコット・ワドルは潜望鏡で付近を確認しました。「船は何も見えなかった」、「ほかの船がいることは予想も期待もしていなかった」と後に述べました。
そしてデモンストレーションのため艦は急速潜航した後、緊急浮上しました。潜水艦が船首から海に飛び出すように浮上すると、それと共に激しい衝撃が潜水艦を襲いました。漁業実習船えひめ丸に衝突した瞬間でした。最大の疑問は「なぜ潜望鏡で確認したのに見えなかったのか」に尽きるでしょう。
オートバイ事故の半数以上が別の乗り物との衝突で、そのうちの65%以上が直進するバイクと右折する車の事故です。なぜバイクが直進するのにドライバーは右折しようとするのでしょうか。
それはドライバーにはバイクが見えず、バイクが直進してくると予想しなかったからです。ドライバーにはオートバイの存在は想定外でした。そしてこういった事故を起こしたドライバーの中にバイクに乗ったことがあるドライバーは皆無でした。派手な色のウェアやヘッドライト点灯 もないよりはましですが、最も効果があるのはオートバイを車に似せることです。ヘッドライトの間隔を離せば注意をひきやすくなります。
直感による判断は正しいのか
日常生活での錯覚は、自分たちの能力を過大評価させ、自信を増大させます。人の思考プロセスは以下の2つがあります。
- 素早い反射的な思考
- ゆっくりとした内省的な思考
素早い反射的な思考は、見落としや錯覚を引き起こします。
ゆっくりとした内省的で高次の思考は、反射的な思考の見落としを見つけることができます。しかし適切な修正ができなければ結局問題が起きてしまいます。
人の話を鵜呑みにしたり、多くの人が常識と考えていることを無条件に信じることは間違った判断を引き起こす原因になります。
素早い反射的な思考、別名「直感」はこうささやきます。
「自分は十分に注意を行き届かせることができる、
自分の記憶は詳細で正確、自分はものごとをよく知っている、
自信のある人は能力がある、
偶然や相関関係には因果関係がある、
自分は脳の10%しか使っておらず大きな可能性に満ちている…」
こうした直感は全て間違っているのです。
経営者が直感に従った具体例
モトローラの首脳陣は衛星電話ビジネス「イリジウム計画」を画策しました。地球上に 64 基の人工衛星を打ち上げ、地球上のどこにいても通話が可能になります。ただし 1 台 3,000 ドルの端末と1分3ドルの通話料を払えば。
プロジェクトは 1 年で崩壊し、50 億ドル近い損失が残りました。
注記)
現在、衛星インターネットは複数の会社が提供しています。通信の遅れなど問題はあるものの、広まりつつあります。直感が正しいかどうか、それはその事業をいつ行うのか、その時の技術的、社会的なバックグラウンドはどうかによって大きく変わります。
参考文献
「なぜ直感のほうが上手くいくのか?」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「賢く決めるリスク思考」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「まさか!? 自身がある人ほど陥る意思決定の 8つの罠」マイケル・J・モーブッサン著 ダイヤモンド社
「しらずしらず」レナード・ムロディナウ著 ダイヤモンド社
「錯覚の科学」クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著 文藝春秋
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『生まれ』か『育ち』か、若者育成の課題
世界最高水準のメジャーリーグで165キロのストレートで三振を奪い、その裏で137メートルの特大ホームランを放つ。どちらか一つでも大変なことを一人でやってしまうのが大谷翔平選手。それは天賦の才と誰もが思ってしまいます。まあ身長や体格は本人の努力ではどうにもならない点はあります。
では将棋の藤井聡太棋士はどうでしょうか。中学生が並み居る大人の有段者に破竹の連勝を重ねると「天才だ」と思ってしまいます。
一方、育児書には「人は誰もが無垢の心で生まれ、その後の育て方で全てが決まる」と書かれています。そうなると子供が社会で成功しなかったのは親の育て方が悪かったことになります。
この生まれた時、「心は空白の石板(Blank Straight)」という概念は、ユダヤ・キリスト教の基本的な考え方です。(ちなみに世論調査でもアメリカで聖書の創成記を信じている人は76%、聖書に書かれている奇跡は実際にあったと信じている人が79%、自分は死後も何らかのかたちで存在するという人が67%を占めています。対してダーウィンの進化論を信じている人は15%しかいません。)
この「生まれか、育ちか」の問題にジュディス・リッチ・ハリス氏は、1998年に出版した「子育ての大誤解」で従来の定説をくつがえし、子育てにおける親の役割が限定的であることを述べて大きな議論を巻き起こしました。その一方、「ブランク・ストレート説」を信じている人たちも、大谷翔平選手や藤井聡太棋士の能力は天賦の才と考えます。また黒人は白人に比べIQが低いと信じている人も多くいます。この生まれか、育ちかについて考え、若者たちを育成する真の方法について考えます。
「生まれ」派の主張
進化論から行動遺伝学へ
ダーウィンが、『種の起源』を出版したことに刺激を受け、いとこフランシス・ゴルトンは遺伝の問題を統計学で解決しようと思い立ち、こころが遺伝や環境によってどのように影響されるのかを明らかにする行動遺伝学を創設しました。具体的にはすべてのDNAを共有する一卵性双生児の違いを比較しました。
行動遺伝学に照らすと、母と子どもの幼児期の関係が将来に決定的な影響を与えるという心理学の考え方は疑わしいです。2000年にバージニア大学出身の心理学者エリック・タークハイマー氏が発表した「3原則」では
第1原則 ヒトの行動特性はすべて遺伝的である
第2原則 同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい
第3原則 複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない
と、示されています。
行動遺伝学では心を「遺伝+共有環境+非共有環境」で説明しています。共有環境は「家族が共有し、家族のメンバーに類似性をもたらす」環境で、非共有環境は「家族で共有せず一人ひとりを独自にさせる」環境です。遺伝とともに個性を生み出すとされています。
ここでは、思考・学習・感情の潜在力は「すべて」受精卵のDNAの情報に含まれるとしています。その根拠として、統合失調症(精神分裂病)、自閉症、言語障害、双極性障害など認知や情動に関する障害は、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が、子供が二人とも障害になる確率が高いからです。
また一卵性双生児は考え方や感じ方がよく似ており、生まれて直後に引き離され別々の環境で育った一卵性双生児を成人してから対面調査すると、話し方やしぐさ、嗜好も同じだったという結果があります。
人間の本性
ハーバード大学心理学教授スティーブン・ピンカーは行動遺伝学の視点から、人間の本性に存在する暴力性、攻撃性を指摘し、心は空白の石板であるという「ブランク・ストレート説」に強く反対しました。
生物進化の観点から、人間の心理を考える進化心理学を考えてみます。
人間の祖先であるチンパンジーは極めて好戦的で、他のグループのオスを襲いなぶり殺します。一方、未開の地に住む狩猟採集民族は「高貴な野蛮人」というイメージに反して実際は極めて好戦的で、民族間戦争での男性の死亡率がとても高いことで知られています。
人類学者キャロル・エンバーによれば狩猟採集社会の90%は戦争を経験しており、64%は2年に一度戦争をしています。それも儀式的でなく、できれば相手を皆殺しにし、捕虜を拷問し、戦勝の記念に相手の体の一部を切り取ったり食べたりするものです。
「私たち人間の本性の中でも、動物の先駆者から最も直接的に受け継いでいる本性が、集団殺戮=ジェノサイドのです」と、アメリカ合衆国の進化生物学者であるジャレド・ダイアモンド氏はこう述べています。
これは現代人には引き継がれていないのでしょうか。1954年オクラホマ州立大学の研究チームが、22人の少年を2つのグループに分け、1週間は別々に行動させ、その後別のグループの存在を知らせます。すると少年たちは相手のグループとの直接対決を望みました。グループ対抗の競技を行うと少年たちは敵愾心を燃やし、競技をして負けると真剣に悔しがりました。さらに負けたチームが勝ったチームのキャビンを襲いました。こうして競技中の中傷合戦から殴り合い、さらに石の投げ合いと本格的な抗争に発展しました。
統合失調症などの精神障害が遺伝子の作用で避けられないものとすれば、一部の異常な行動(サイコパス)も同様なのでしょうか。彼らは、外観上は普通ですが、著しい罪悪感の欠如、衝動的、虚言癖などがあります。
1970年代、殺人犯の本を執筆中のノーマン・メイラーは、アボットという殺人犯の手記から、彼は知的で優れた作家、思想家だと判定して仮釈放を申請しました。アボットは文学関係のテレビのインタビューを受けるような知的な人物でしたが、2週間後にウェイターと口論になりウェイターを刺し殺してしまいました。サイコパスは知的に優れ、魅力的な場合もあり、このように知識人が騙される例もあります。
コメディアンであるリチャード・プライヤーは、アリゾナ州刑務所で殺人を犯した犯罪者に対し、「なぜその家にいた人を皆殺しにしたのか」と尋ねたところ、「家にいたから」という答えが返ってきました。
「自分でもどうにもならないんだ。でも2年たったら仮出所できる」……
暴力傾向のある人は、衝動的で多動、知能が低く注意欠陥で更に反抗的な気質がありますが、サイコバスは酷薄で良心を持たず、特徴が低年齢で現れて生涯続くことや、多分に遺伝的であると分かっています。
アメリカ南部は暴力の発生率が高い
ミシガン大学で心理学の実験が行われました。スタッフが廊下で、キャビネットの引き出しを開けてファイルを整理しているところを被験者が通ります。その直後、スタッフが「ばかやろう」低くつぶやくと、北部出身の学生は笑って済ませましたが、南部出身の学生は顔色を変えました。検査するとストレスホルモン(コルチゾル)の値が上昇していました。
知能の数値化
1869年フランシス・ゴルトンは「遺伝的天才」で、才能豊かな人は生物学的にすぐれた性質に「生まれついた」にすぎないと主張しました。しかし当時はこの優れた性質を計測する方法がありませんでした。
1904年イギリスの心理学者スピアマンは、様々な知的能力として一般的能力(g : general intelligence)が存在するとし、これを様々な種類の検査を組み合わせれば検出可能と考えました。このgは先天的に決定され、訓練によって引き上げることはできないと考えました。
1916年スタンフォード大学のルイス・ターマンはgを検査することで生まれつきの知能IQを測定できるツールを考案しました。現在は児童用知能検査「WISC」と成人用知能検査「WAIS」が広く用いられています。児童用知能検査WISCではIQテスト結果の精神年齢を実年齢で割って計算します。例えば10歳の子が12歳相当の結果であれば、12/10×100=120となり、8歳相当の年齢であれば8/10×100=80となります。アメリカではIQ100であれば普通の高校を卒業し、115であれば大学を卒業後よりよい職に就き、85であれば高校を中退する可能性が高い、と判断されます。
表 成人用知能検査「WAIS」
群指数 | 下位検査 | 内容 | ||
全検査IQ | 言語性検査 | 言語理解 | 知識 | 学校で習うような人名・地理・古典・歴史など 例)「日本の首都はどこですか?」 |
類似 | 2つ以上の物事・概念の間に存在する類似性について 例)「りんごと梨はどのようなところが似ていますか?」 |
|||
単語 | 単語や語彙の豊富さを問う 例)「ギターとはなんですか?」 |
|||
理解 | 社会や経済の常識や日常生活の知識 例)「一石二鳥という諺はどのような意味ですか?」 |
|||
作動記録 | 算数 | 基礎的な計算問題 例)「1ドルで45セント切手を何枚買えますか?」 |
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数唱 | 数字列を記憶して、出された指示に従い数字を答える 順唱例)「1-2-3」、逆唱例)「3-2-1」 |
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語音整列 | 読み上げられる数字と仮名の組み合わせを聞き、 数字を昇順に、仮名を五十音順に並べる |
|||
動作性検査 | 知覚統合 | 積木模様 | 積木で手本通りの模様を作る | |
行列推理 | 行列の欠けた部分に当てはまる選択肢を選ぶ | |||
絵画完成 | 不完全な絵画の欠如部分を指摘する | |||
処理速度 | 符号 | 記号とセットになっている数字を記憶して、 数字に合った記号を選択する |
||
記号探し | 記号グループの中に見本と同じ記号があるか判断する | |||
絵画配列 | 時間的連続性と物語的相関性を持つ複数の絵画を正しく並べ替える | |||
組み合わせ | 複数の紙片を利用してひとつの意味のある形態や模様を作り出す |
表のWAIS-Ⅲは1997年に発表された。全検査IQは言語性IQと動作性IQの合計で表され、それぞれ群指数と呼ばれるカテゴリがある。
絵画配列、組合せはどの群指数にも含まれない。
このIQテストは2種類の知能を測定できます。
- 流動性知能
- 結晶性知能
抽象的な問題を解く能力で、記憶、注意、抑制などの能力が求められる
主に知識
流動性知能は20代をピークに下降するのに対し、結晶性知能はかなり年を取るまで上昇します。結果的にIQは言語能力、論理=数学能力、空間的能力を測定するのみで、創造性や感情的知能は測定されません。
このIQスコアの測定は陸軍が徴兵検査に活用するなど、アメリカ社会で広く使用されました。これにより知能は努力で勝ちえたものでなく、天から与えられたものになりました。実際は、IQは辺境の地など文化的に孤立した地域では低い結果が出ます。IQは環境が要求すれば上昇します。
一方、1981年ニュージーランドの心理学者ジェームズ・フリンは、100年以上にわたり測定されたIQスコアを調査したところ、数値が年々上昇し、10年毎に3ポイント上昇していると発見しました。これをフリン効果と呼びます。
実はIQスコアの特定の分野だけが上昇していました。一般知識や数学は差がありませんでしたが、抽象的論理の分野では著しく向上していました。1900年当時、人々は目の前の具体的な問題解決が大半で抽象的な概念を扱う経験がありませんでしたが、今日では様々な理論が一般人にもなじみ、抽象的な概念を取扱うことが増えたためと考えられます。
優生思想
こういった知能、認知、情動が遺伝で決まるのであれば、最初から危険な因子を持った人物を排除すれば安全な社会が実現できる、という思想を優生思想と呼びます。IQが遺伝的であれば、高いIQの遺伝子を優先的に育成し、低いIQの遺伝子を除外すれば良いのではないか、と優生思想では考えられますが、それを実際に調査した人物がいます。
1920年代アメリカの心理学者ルイス・ターマンは、IQの高い子供たちを調査する「天才遺伝子研究」を行いました。結果、IQの高い子供たちの集団からノーベル賞受賞者は一人も出ず、調査対象者のうちターマンに集団に入る資格がないとされた二人がノーベル賞を受賞しました。
親よりも仲間
ジュディス・リッチ・ハリスは著書「子育ての大誤解」の中で親は重要でないと述べ、大論争を巻き起こしました。アメリカへ移民してきた両親から生まれた子供は、日常生活を送る学校や遊び友達との会話を英語で行います。それにより英語の力はぐんぐん上達しますが、家庭の中でしか話さない母国語の力は伸びません。中国からアメリカに移民した両親の子供は、中国語を話すことができても、漢字を知らないため字を書けません。
ではチンパンジーのように知能の高い生物を人間と同じように教育すれば、人間のように話すことができるのでしょうか。
1931年心理学者ウィンスロップ・ケロッグ教授は、自分の息子ドナルド10か月とグァという10か月のチンパンジーを分け隔てなく育てました。グァは洋服を着て、幼児用の食器を使い、人間の幼児の生活に順応しました。二人は本当の兄弟のように仲良く育ちました。むしろ様々な動作の理解はグァの方が早く、ドナルドは人のマネをするのが優れていました。新しいおもちゃや遊び方を見つけるのはいつもグァで、それをドナルドはマネをしていました。ドナルドはチンパンジー語をいくつか覚えましたが、19か月の人間の子供なら50以上の単語を発するはずが、覚えたのはたった3語でした。チンパンジーを訓練して人間のように育てるつもりが、チンパンジーが息子をサルのように調教してしまった結果となりました。
人間の赤ちゃんにあってチンパンジーにないもの、それは心理学者が「心の理論」と呼ぶものでした。他者との関係性、共感する力、これらは多くの子供の場合、母親との関係により構築されます。
子育て神話の誤り
核家族で子供は両親の元で愛情豊かに育てられるというのはごく最近の感覚で、かつては親の死が頻繁にありえました。今はシングルマザーの家庭や離婚が頻繁にあります。子供は、家庭での文化よりも仲間同士の価値観に従い、仲間同士の中で最適な行動をとるようになりました。それが社会のルールに逸脱していても。
社会化は大人が子供に施すものでなく、子供たちが自分自身に施すものです。しかし、人の本性に関するものや、認知、判断の個性は遺伝によるものがあり、これは避けることができません。
これまで人類が生き延びてきたのは、仲間との集団行動があったからで、その集団内では自分の利益よりも時として他者の利益を優先する利他的な行動を取ってきました。そしてこの集団にとって最大の脅威は他の野生動物でなく、他の人間の集団でした。
「育ち」派の主張
遺伝子の影響は限定的
遺伝子はタンパク質の生成を命令するもので、遺伝子の指示により様々なたんぱく質がつくられます。では、同じたんぱく質であれば同じ人間、同じ性質が生まれるかというと、そうではありません。同じ材料でケーキを作っても調理方法が違えば全く別のケーキになってしまいます。
最近の研究では、遺伝子は2万2千個のボリュームつまみと電源スイッチのようなものだと分かっています。他の遺伝子や環境からの働きかけにより、いつでもボリュームは上下し、スイッチはオンオフします。この遺伝子と環境の相互作用は「G(gene)×E(environment)」プロセスと呼ばれます。
例えば、身長は遺伝子の影響を強く受けますが、環境の影響も大きいとされています。1957年スタンフォード大学のウィリアム・ウォルター・グルーリックは、同じ時期にカリフォルニア州で育った日本人の子供と日本で育った日本人の子供の身長を計測し、比較しました。すると、カリフォルニア州で育った子供の方が、平均身長が5インチ(約13センチ)高かったことを発見しました。遺伝子は外部の世界と交互作用を行い、唯一無二の結果を生み出しています。
藤井聡太棋士をつくる
スポーツは体の条件があるため、小さなときから英才教育をしてもトップレベルになるとは限らないですが、スポーツ以外なら小さなときから英才教育をすれば、トップレベルになることができるのでしょうか。
どんな子供でも正しい育て方をすれば天才になれるという結論に至ったハンガリーの心理学者ラズロ・ポルガーは、3人の娘をチェスのトッププレイヤーにすることに挑戦しました。十分な時間をチェスに充てるため、子供たちは学校通わせず、自宅で教育しました。しかし、いきなりハードな特訓をしたわけでなく、最初は子供の周りにチェス盤や駒があり、子供が興味を持って触れるようにしました。
その後、簡単なルールを教えて最初は親が遊び相手になりました。徐々に本格的な練習に移行し、5歳の時には熱心な練習をすでに数百時間行っていました。そこで子供に自己規律、努力、成果を大切にすることを教えました。3人の子供たちは熱心に練習しましたが、それは同時に楽しみでもあったとのちに述べています。「チェス盤を前にとても長い時間を過ごしましたが、とても好きだったので課題とは思いませんでした。」
その結果、長女スーザンは、4歳でトーナメントに初勝利、15歳で女性チェス世界ランク1位、その後女性プレイヤーとして初めてグランドマスターになりました。
次女ソフィアも女性チェスプレイヤーの世界ランキングで6位になりました。
三女ユディットは、15歳で当時世界最年少のグランドマスターになり、以降今日に至るまで女性チェスプレイヤーの世界ランク1位を獲得し続けています。
黒人は本当に頭が悪いのか?
心理学者リチャード・ヘアンシュタインと政治学者のチャールズ・マレーは、著書「The Bell Curve」の中で、遺伝により黒人のIQは白人よりも低いと主張しました。こういった遺伝論者の根拠は黒人と白人の脳の大きさの違いなどを引き合いに出しますが、いずれも間接的な証拠で決定的なものはありません。しかしこういった見解はアメリカ社会で差別を助長しており、求人に対しても白人なら採用されるが、黒人は採用されないことは珍しくありません。
黒人のIQが低い原因は、経済的に恵まれず十分な教育を受けさせられないことや、両親も十分な教育を受けていないため教育の価値が分からない、黒人家庭の所得は白人家庭の67%、資産は12%にすぎず、経済的なリスクにさらされている点などが挙げられます。また黒人の子供たちのコミュニティでは勉強ができることは白人のようで「かっこ悪い」ことであり、勉強ができる子も努力しなくなってしまいます。
対して中国や韓国などアジア系のアメリカ人の子供はSAT(大学能力評価試験)の成績が高く、白人と比べ同じ程度のIQでもアジア人の子供の方がSATのスコアは高い結果でした。これは、中国が2000年以上の歴史のある科挙の試験など伝統的に学力を重視する文化と、努力することを重視する価値観があり、良い成績は勉強の結果と考えることが影響しています。対してヨーロッパ系アメリカ人は、成績は生まれ持った才能や良い教師に恵まれることだと考えています。
努力は身体さえも変える
ロンドンでタクシー運転手の免許を取得するためには複雑に入り組んだロンドンの道路を全て把握しなければならず、世界一難しい試験ともいわれています。さら道路を知っているだけではだめで、目的地まで最も効率よく行ける道順を見つけなければなりません。その結果、ロンドンのタクシー運転手は膨大な記憶量と運転技術が求められます。
2000年にロンドン大学の神経科学者イレーナ・マグワイヤーの研究によると、タクシー運転手16人の脳をMRIで測定した結果、記憶をつかさどる海馬の部分が他の人に比べて大きくなっていることが判明しました。アスリートがトレーニングで筋肉を増やすように、ロンドンのタクシー運転手はトレーニングで脳の一部を増やしていたことになります。
これは、身体にはホメオスタシス(恒常性)があり、体に負荷がかかってバランスが崩れれば、それを元に戻そうと各機関が働くからと考えられています。いつもと違う激しい負荷がかかれば、これまでのシステムでは対応できず普段とは違う遺伝子を招集します。この遺伝子は負荷のかかった事態に適合するために、細胞内の様々なスイッチを入れたり切ったりします。こうして新たな状態に適合するからだがつくられます。
1万時間の真実
フロリダ州立大学教授アンダース・エリクソンは、ベルリン芸術大学の生徒の中から、Sランク、Aランク、Bランクの生徒各10人の7日間の日常を調査し、練習時間の違いを調べました。3つのグループとも個人練習を重要と考えていて、練習は非常に消耗するため十分な睡眠を取っていました。唯一の違いは、一人の練習時間の合計時間でした。
18歳までの練習時間の合計はAランクの学生5300時間に対してSランクの学生は7410時間でした。特に差が大きかったのは、勉強や友達との遊びなどやりたいことが多い8歳から12歳までの期間でした。一方、ベルリンフィルで活躍する中年のバイオリニストも18歳になるまでに平均7336時間、Sランクの学生と同等の練習をしていました。
2008年マルコム・グラッドウェルが「天才!成功する人々の法則」で達人の域に達するには1万時間の練習が必要という「1万時間の法則」を述べました。1万時間はある程度正しいのですが、漫然と1万時間練習しても達人の域に達しません。具体的な目標に向けた限界的練習でなければならないとされています。
1万時間の練習で得られる知識
1996年2月10日チェスの世界チャンピオン ガルリ・カスパロフとIBMのコンピューター ディープ・ブルーが対戦し、3勝1敗2引き分けで勝利しました。毎秒1億手以上計算するコンピューターが3手先までしか読めないカスパロフに敗北したことになり、「人類の頭脳は最強のコンピューターに勝利した」と報道されました。ディープ・ブルーは毎秒1億手以上計算する「才能」はありましたが、チェスの達人が持っていた知識、様々な局面でどのような手を打つのか、攻めと守りのバランスなどの戦術や戦略がありませんでした。
1997年5月3日カスパロフとディープ・ブルーは再び対戦しました。結果は1勝2敗3引き分けで、僅差でしたが初めて人類はコンピューターに敗北した日となりました。前回と違いディープ・ブルーには強い味方がいました。チェスのグランドマスター ジョエル・ベンジャミンがディープ・ブルーに過去100年のグランドマスターたちのプレーなど膨大なデータベースを教えたためでした。
目的を持った練習
自分の能力を高めるためには練習を漫然と行っていては効果がありません。明確な目的をもって集中して行う「目的のある練習」が必要になります。
はっきりとした具体的な目標は以下の3点が挙げられます。
- 短時間で集中する
- 結果に対するフィードバックは必ず行う
- 居心地の良い領域(コンフォートゾーン)から飛び出す
はっきりとした具体的な目標とは
1回の練習ごとに計測できる具体的な目標を設定します。さらにその目標を達成する練習は、集中できるように部分部分に分解して行います。
- 短時間で集中する
- 長時間は集中できない、集中するためには時間を区切る
- 結果に対するフィードバックは必ず行う
などを意識的に行います。
どこができていいて、どこができていなかったのか、具体的なフィードバックを受けて修正しなくてはいけません。
居心地の良い領域(コンフォートゾーン)から飛び出すこと
自分ができるレベルで繰り返し行っても技術は向上しません。むしろ下手になっている可能性があります。ギリギリでできない程度の厳しい練習を行い、自らコンフォートゾーンから脱出しなければ、次のレベルに達することはできません。
壁に当たったら
別の方向から攻めてみましょう。この時、コーチや指導者の存在が役に立ちます。本人では気づかない別のアプローチを指摘してもらえます。
バイオリン教師のドロシー・ディレイは、教え子が音楽祭で演奏する曲をもっと速く弾きたいと言った時にメトロノームを用意しました。最初はメトロノームを生徒が十分弾けるペースにセットしますが、徐々にメトロノームのスピードを上げていき、生徒が完璧に弾きこなしたらさらにスピードを上げて、目標のスピードを実現させました。
実践的な訓練「トップガン」
1968年ベトナム戦争で、海軍はミグ戦闘機を乗りこなす北ベトナム軍のパイロットとのドッグファイトを繰り広げましたが、結果は芳しくありませんでした。ミグ戦闘機2機を打ち落とすのに自軍の戦闘機を1機失っていたからです。
対策のため、海軍戦闘機戦術教育プログラム通称「トップガン」が開始され、各部隊の優秀な戦闘機乗りを訓練生として招集しました。教官として海軍のトップパイロットが配属され、対戦相手のミグ戦闘機役を務めました。訓練はミサイルや銃弾を発射しない点以外は実戦さながらの激しいドッグファイトでした。
当初、訓練生は教官にコテンパンにやられてしまいます。空から降りた後、教官は訓練生に「飛んでいる時に何に気づいたのか」「その時どうしたのか」「他にどんな選択肢があったのか」などと質問をして、時にはフィルムやレーダーの記録を使ってドッグファイトで起きたことを説明しました。そして「どこを変えればいいか、どんなことを考えるべきか」アドバイスをしました。
こうしてドッグファイトの課題に気づいた訓練生は、質問を投げかけることで教えられたことが自然に身に付き、翌日の訓練に反映できるようになります。繰り返すうちに、自らで状況に的確に対応できるようになっていきました。この訓練生が戦争の舞台に戻り、更に部下のパイロットを訓練することで、終戦直前には自軍の戦闘機1機失うのに対しミグ戦闘機12.5機を打ち落とすまでになりました。対してトップガンの訓練をしなかった空軍の戦果は、依然として奮わないままでした。
スポーツでの目的性訓練
卓球の全英チャンピオンでシドニーオリンピックにも出場したマシュー・サイドは、19歳の時、近くに越してきた中国の優れた卓球選手「陳新華」のコーチを受けました。
陳はボールをバケツに入れ、マシューに向けて様々な角度から様々な速度で次々とボールを打ち、マシューにレシーブさせました。それもマシューが拾えるか、拾えないかというギリギリのところに。これによりマシューのスピード、予測能力、敏捷性、タイミングの限界は徐々に向上しました。その能力をより向上させるため、卓球台も1.5倍に広げ、さらに素早い動きを求めました。マシューは5年間で飛躍的に能力が向上し世界ランキングも上昇しました。
さらにあらゆるボールに対して全く同じ打ち方を習得するように指示を受け、2ヶ月の間それに取り組みました。これはフィードバックの仕組みをつくることになり、彼の調子が悪くなった時にフォアハンドの打ち方を見ればどこが悪かったのか、直ちにわかるようになりました。
NBAのセンター ジョン・アミーチは、ペンシルバニア州立大学時代、相手チームを6人にして常に2人からマークされて練習しました。ブラジルのサッカー界はフットサル出身の選手が多く在籍します。フットサルはコートが狭く、人が密集するため、素早い判断、完璧なパス、ボールコントロールが要求されます。しかも1試合でボールに触れる回数が通常のサッカーよりも多いので、練習量も自然と多くなります。このように、スポーツでの目的性訓練、つまりコンフォートゾーンから抜け出すための限界的練習は、様々な状況に合わせた方法があります。
才能に頼るとダメになる
1978年スタンフォード大学教授のキャロル・ドゥエックは、小学校5,6年生150人に知性に対するアンケートを行い、「知性は遺伝子に備わっている」と考える子供と「知性は努力が変えられる」と考える子供に分けました。彼らにいくつかの問題を出したところ、最初のグループは難しい問題になると「僕はあまり利口じゃないから」とそれまではうまく解けていたのにも関わらず、そこで投げ出してしまいました。
後のグループは失敗を何のせいにもせず、失敗したことに焦点を合わせずに問題を解き続けました。その結果、より高度なやり方で問題にチャレンジし、数人は問題を解くことができました。この調査では、問題に取り組む姿勢が大きな差となりました。
1997年マッキンゼーは「ウォー・フォー・タレント(人材育成競争)」という報告書を発表しました。ビジネスで成功と失敗を分けるのは専門分野の知識より論理的思考能力であること、これは元々備わっていた才能によることを解説しました。
テキサス州の総合エネルギー取引会社エンロンは、マッキンゼーに多額のコンサルタントフィーを払い、マッキンゼーの才能信仰にのめり込んでいきました。こうしてエンロンは最高のビジネススクールから才能のある人材を集め大きな権限を持たせました。この才能を崇拝する文化により、社員は常に非凡な才能があるように振舞わなければならず、才能のない人間に見られることを非常に恐れました。その結果、失敗は隠されてしまい、巨額の不正経理・不正取引による粉飾決算が明るみに出て、2001年12月に破綻しました。
アクティブ・ラーニングの可能性
3人の研究者 ルイス・デロリエ、エレン・シェル―、カール・ワイマンは、ブリティッシュ・コロンビア大学の1年生の物理学の授業で、従来の講義形式とアクティブ・ラーニングとを比較しました。
アクティブ・ラーニングのクラスでは、限界的練習を応用し、より積極的に学生に考えさせました。授業前に学生に教科書の課題部分を読ませ、パソコンで小テストを行います。小テストのレベルは講義よりやや高くし、学生に考えさせる部分もありました。授業では小グループ単位で問題について討議し、教師が学生の質問に答え、議論に耳を傾けました。
その後、理解度を測るため小テストを行ったところ、伝統的な授業を受けた学生の正答率が41%に対し、アクティブ・ラーニングのクラスの正答率は74%でした。しかもアクティブ・ラーニングを担当したのは指導経験のない大学院生とポスドク生でした。
社会人はどんどんダメになる
プロスポーツや将棋、音楽など個人の能力が重要な職業では、限界的練習により技術を高めることが重視されています。
しかし、なぜセールスや企画、開発、製造などのビジネスでは、各々の能力を高めようしないのでしょうか。
これまでは、以下の誤解が存在しました。
- 能力は遺伝的特徴(才能)により決まる
- 継続すれば徐々に上達する
- 努力すれば上達する
仕事の出来る人はできる、できない人は訓練してもできないのか?
目的を持って仕事をしなければ、むしろ低下するのではないか?
「営業は頑張れば数字を上げられる」、いや正しく努力しなければ数字は上がらないのではないか?
誰か「正しい努力」を教えているのか?
特に社歴の長い社員は、それまで経験した実務から離れ、管理業務に就くことが多くあります。管理業務に必要なスキルは何か、そのスキルを身につけるためにはどのような訓練が必要か、必要なスキルが身に就いたかどうか、どのように判断するのか、これらを備えるための適切な仕組みがなければ、優秀な作業者が管理能力のないまま管理者となり、組織全体の能力が低下してしまいます。
こういった問題には、研修やセミナーは効果がありません。
トロント大学のディブ・デービスは、医師の技能を改善するための研修、セミナー、シンポジウム、医療ツアーなどを調査しました。その結果、最も効果が高かったのはロールプレイ、ディスカッションなどインタラクティブな訓練で、講義中心の研修は最も効果が低いと分かりました。
- 対策例 社内
- 対策例 トップガン流練習法
- マネジャーのトップガン
- セールスのトップガン
社内での会議で報告する報告者のプレゼンに対し、全員がフィードバックを行うようにします。報告者のプレゼンを改善するなど、仕事をしながら学習することができます。
実際のドッグファイトで遭遇しそうな状況を模したプログラムをつくり、その中で何度も練習し、フィードバックを受けられるようにします。
実際にマネジャーが遭遇する様々な問題、課題を模したプログラムをつくり、研修で問題や課題を解決し、模擬指導します。そして、そのフィードバックを受けられるようにします。
研修で自社のセールスに必要な知識、手法を学習します。その後、実際に教官と一緒に顧客にセールスに行き、フィードバックを受けられるようにします。
自らをコンフォートゾーンの外に置く限界的練習は、精神的に大変きついため、時間を短くし、レベルは徐々に上げていくようにします。そうすることでだんだんときつさが和らいで、練習を完遂できるようになります。
自分がレベルアップしていくことが分かるようにするのも、練習を継続させるためには非常に効果的です。レベルアップしていることが分かれば、モチベーションが高くなります。仕事のスキルがどれだけ上がったか、限界的練習を努力した結果どうなったか等、誰でも分かる仕組みが必要です。
湧いてくる疑問
ここまでの議論には5つの異なった性質の違いがあります。
- 種
- 集団
- 生物としての個人の違い1
- 生物としての個人の違い2
- 人として後天的に習得するもの
種としての人間と、他の動物の違い(共通点)
例 チンパンジーや他の動物との比較
人の集団とその構成員として、他の集団との違い
例 民族、国家、部族、時代による文化や価値観の違い
身長、体重など身体的な特徴、適応性障害、自閉症、サヴァン症候群など
ジェンダー、セクシュアリティ、パーソナリティ、サイコパスなど心の問題
価値観、忍耐強さ、前向きさ、実直さ、誠実さなど
このうちで①~④は人が変えようと思っても変えられない性質です。②は変えることは可能ですが、すぐに個人で変えられるものではありません。
しかし⑤は本人次第で変えられます。
個人が成功するために必要な能力は、③④なのか、⑤なのか、それによりその後の行動は大きく変わります。
また企業・組織に必要な能力も、③④なのか、⑤なのか、それにより企業・組織の人材開発も全く変わってきます。そして⑤であるとすれば、その開発はスポーツなどに比べれば、ほとんどされていないと言えるのではないでしょうか。
参考文献
「子育ての大誤解」 ジュディス・リッチ・ハリス 著 早川書房
「人間の本性を考える (上・中・下)」スティーブン・ピンカー 著 日本放送出版協会
「天才を考察する」 デイヴィッド・シェンク 著 早川書房
「非才」 マシュー・サイド 著 柏書房
「頭のでき」 リチャード・E・ニスベット 著 ダイヤモンド社
「超一流になるのは才能か努力か?」 アンダース・エリクソン 著 文芸春秋
「なぜ人類のIQは上がり続けているのか?」ジェームズ・R・フリン著 太田出版
経営コラム ものづくりの未来と経営
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組織の進化形『ティール組織』
「上司が部下の管理を行わない」
「社員がやりたいことを自由に決める」
今そんな組織が話題になっています。
フレデリック・ラルーが2014年に著書「Reinventing Organizations」で提唱した組織のことです。日本語版「ティール組織」は2018年に発刊され、7万部を超えるベストセラーになりました。
今日、単純作業は減少し、創造的な業務はますます増えています。にもかかわらず、従来の業務管理手法では社員の創造性を十分に引き出せません。
しかも新型コロナウイルスでテレワークが普及しました。上司はオフィスにいない社員の仕事を管理しなければなりません。しかし上司は部下の仕事ぶりを直接見ることができません。
ティール組織は、これらの課題を解決する次世代の組織なのでしょうか?
ティール組織について考えてみます。
ティール組織とは
ティールとは何を意味するのでしょうか?
ティールは、青緑色という意味の英単語です。ラルーは、組織の進化過程を5つに分類しました。そしてそれぞれ5つのモデルを色で分けました。その中で、最も新しい組織モデルをティール(青緑色)で表しました。
ラルーは社会や組織を研究し、人の意識が高くなれば組織は次のステージに向かうと考え、そのステージを進化型組織と名付けました。そしてラルーは実際に実現している企業を調査し、その結果を「ティール組織」で出版しました。
ではラルーの考える組織のステージとはどのようなものでしょうか?
ティール組織の概要
ラルーは組織のステージを色で表現しました。組織が形成される以前のステージ、家族単位での集団を無色、部族単位でのグループをマゼンタで表現しました。
レッド組織(衝動型組織)
レッド組織とは
最も古い組織です。
圧倒的な力を持ったリーダーにより、各メンバーに対する強い上下関係があります。組織内はリーダーが恐怖によってメンバーを統率・支配しており、代表的なレッド組織はマフィアやギャングなどです。
自己中心的な考え方のメンバーによって構成され、自分以外の人間を脅威と思っています。恐怖により支配しているため、リーダー自身もメンバーからの脅威に対抗しています。メンバーは圧倒的な力のあるリーダーから自分を守るために無条件に従うしかありません。
レッド組織は将来的な発展や成長を考えず、短絡的・衝動的な行動を取ります。実際の日本のやくざ組織などは、恐怖というより情と相互依存関係で成り立っています。
組織論の視点
組織論ではフラット型組織です。トップがすべてのメンバーを直接指示します。
意思決定が早く、小規模な組織では効率が高いですが、組織の成果はリーダーの力量に左右されます。各メンバーは常にリーダーの方を向き、メンバー間の協力は希薄です。自分に都合がよいように他のメンバーを貶めたり、リーダーへごまをすることもあります。
アンバー組織(順応型組織)
アンバー組織とは
権力や階級、制度などの概念が組み込まれたピラミッド型組織です。組織の中での各メンバーの役割は決まっています。
指示はトップダウンで、組織の階層を上から下へと向かい、短時間に効率よく組織が動きます。組織ルールに基づいて運営され、組織内での秩序が重んじられます。
安定して運営ができますが、変化への対応は弱いです。特定のリーダーに依存しないため再現性が高く、組織は長期的に継続できます。政府機関や宗教団体、軍隊などがアンバー組織に該当します。
例えば、軍隊は戦闘のため何万人もの兵士が組織的に行動します。トップの司令官の命令に従い、末端の兵士は即座に的確に行動して作戦を遂行します。軍隊では命令は絶対服従で、命令に背けば軍法会議にかけられます。変化に対する臨機応変の対応力には弱く、過去の戦争でも想定外の事態に対応できず甚大な被害を受けた例は多いです。
組織論では官僚型組織
組織の構成員が増えると、フラット型組織はメンバーへの管理が不足し、活動が非効率になります。メンバーを効率よく組織化し、系統的に指示命令を行うために組織を階層型にして、メンバーには階層に応じた役割を分担します。重要な意思決定は上位階層が行い、メンバーはそれに従います。
実際に業務を行う末端のメンバーからの現場の情報は、トップに伝わりにくく、時間がかかります。しかも途中階層の管理者が情報を歪曲することもあります。ピラミッド型組織では、組織の存続自体が目的化します。部門間で対立が生じ、組織の効率は低下します。
オレンジ組織(達成型組織)
オレンジ組織とは
ピラミッド型の階層ですが、メンバーは成果を挙げれば階層を上に上がることが(昇進)できます。能力のあるメンバーを活用し、組織の成果を高めることができます。
組織の第一の目的は成果を上げることです。目標と実績管理を徹底し、メンバーに対し常に目標を達成するための努力と高い意欲を求めます。組織の価値観は目標とその達成、メンバーに対しては評価と昇進です。
組織論では
組織論では同じピラミッド型組織です。目標管理と評価制度、昇進の仕組みが組織に組み込まれています。アンバー組織はオレンジ組織ほど緻密な目標管理と評価制度がなく、評価は失敗による減点方式(アンバーの例 行政機構)です。
グリーン組織(多元型組織)
グリーン組織とは
オレンジ組織のようにトップダウンで目標を設定するのでなく、メンバーにある程度裁量権を持たせた組織です。リーダーはメンバーの主体性を尊重し、メンバーが最大の成果を出せるようにサポートに徹します。サーバント・リーダーシップ(サーバント召使の意味)と言われます。
メンバーの多様な価値観を認めていますが、トップの強制がないため、組織が行動するにはメンバーの合意形成(コンセンサス)が必要になります。そのため意思決定プロセスが複雑で意思決定に時間がかかります。ただし、コンセンサスを取っても最終的な決定権はリーダーにあります。
組織論から見ると
組織は階層型ですが、ボトムアップ型のアプローチとメンバー間の合意形成の点が異なります。
多くの日本企業は根回しや会議でのコンセンサスなどメンバーの合意のプロセスがありますが、リーダーが自身の保身や業績に意識が向けばコンセンサスが歪みます。例えボトムアップで良い提案が出てもリーダーは自分に都合の良いもの、リスクの低いものしか許可しません。
ラルーは、意思決定のプロセスから組織の進化を「リーダーの指向がアンバー(昇進)、オレンジ(成績)であれば、ボトムアップやコンセンサスなどグリーン組織のプロセスがうまくいかない」と述べています。
ティール組織(進化型組織)
各メンバーが体の組織のように自律的かつ調和的に協働することで、組織が「一つの生命体」のように活動します。
リーダーに強い権限がなく、メンバーが多くのことを決定します。メンバーは組織の社会的使命を理解しており、メンバー間のコンセンサスよりも自らが進んで課題を解決することを優先します。そのため、意思決定に時間がかかりません。
ではこの進化したティール組織とは、どのようなものでしょうか?
ティール組織の特徴
最初の特徴は組織の存在目的を問い続けることです。
存在目的(Evolutionary purpose)
ティール組織のリーダーは「なんのためにこの組織は存在しているのか?」と組織の存在目的を確認し続けることが必要です。
組織が陳腐化することを防ぎ、生命体のように組織自身を変化させ続けます。これをEvolutionary purpose、つまり「進化する目的」と呼びます。それには常に耳を澄ませ、組織が将来どうなりたいのか、感じ取る(センシングする)ことが必要です。なぜこの組織は存在しているのかを、組織のメンバーひとりひとりが考え続けます。もし一人でも新しい人が入れば、組織の存在目的が変わることもあります。
3つの問い
- 「あなたの組織はこの世界に何を実現したいか」
- 「世界はあなたの組織に何を望んでいるのか?何を期待しているのか?」
- 「あなたの組織がなかったら世界は何を失うのか?」
【誰も座らない椅子】
会議に「誰も座らない椅子」という空席を設けます。会議中、必要に応じて、誰かが着席して組織の声を代弁します。
この椅子は「組織の存在目的」を表す意味があり、参加者に常に目的を確認しようというメッセージを発します。
事例企業 FAVIの存在目的
- 仕事の少ない北フランスの田舎町アランクールに十分な雇用を生み出すこと
- 顧客に愛を届け、愛を受け取ること
存在目的がメンバーに浸透すれば、組織の運営は今までとどのように変わるのでしょうか?
自主経営(Self-management)
旧来組織のようなピラミッド構造の指示命令系統がなく、各メンバーが自分の裁量で意思決定を行うことができます。そのためには会社の情報は開示され、透明性が保たれています。ただし、メンバーが意思決定する際、2つの助言プロセスを経なければいけません。
- その決定に対して専門性の高い人に助言をもらう
- その決定に影響がありそうな人からも助言をもらう
そして相談されたら、真剣にアドバイスをします。
意思決定を実現するために、多くの事例ではチーム単位で活動します。チームのメンバーの目があるため、自分の利害だけで動くことはできません。各自が適切に判断するには、情報の透明性と社員への信頼が不可欠で、もし失敗したとしても励ましあう企業文化が必要になります。
経営や財務情報なども社員に全て公開し、経営者は社員を信用することが不可欠です。ティール組織には予算も計画もありません。その理由は、未来はコントロールできないからです。従来の管理と統制は、未来はコントロールできる前提で、実際に現実のコントロールを求められます。しかし現実には未来はコントロールできず、無理にコントロールを求めれば(成果を強要すれば)、メンバーは現実をゆがめてしまい、その結果企業不祥事が起きます。
セルフマネジメント
セルフマネジメントを成功させるには、明確な自社の存在目的や、社員の自立意識、情報の公開が必要になります。そういった環境が整備されていない中で、ティール組織はマネジャーがいないことだと間違った思い込みをし、マネジャーを廃止すると、以下の3つのパターンで終わってしまいます。
- 混乱して終わる
- あ、無理、となって元に戻る
- マネジャーはいなくても全員社長の顔色をうかがっている
私たちは大組織で働くことや、ありとあらゆるものを押しつけてくる「本社の役立たず」について冗談を言うことに慣れてしまっていました。ところが今や自分たちですべてをしなくてはなりません。他人に文句を言える立場にないのです。(ビュートゾルフの看護師)
報酬は自分たちで決める
ゴアテックス素材で知られる会社、W.L.ゴアは、1年に1度全社員が同僚たちを格付けします。この人は私よりも多く(あるいは少なく)会社に貢献していると格付けすればプラス3からマイナス3まで評価をし、この人には私を評価できる十分な材料又は根拠があると思えば、1から5までの段階で評価をします。これをアルゴリズムで何段階かの給与ベースにグループ分けをします。
事例 かつてのソニー
天外氏の言うソニーの不良社員たちは「上司の承認なんかもらったことがない」人たちです。勝手にOKを取り付けてきて後から報告します。天外氏がソニーの事業本部長の時、部下は、勝手に事業本部長のハンコを押して書類を回していたこともあるそうです。
メンバーが自主的に運営するティール組織、ではリーダーの役割はどのようなものでしょうか?
全体性(Wholeness)
トップをはじめとして全員が自分の弱さをさらけ出します。メンバーが自分の力を最大限に発揮するには、組織はメンバーがありのままの自分自身を出せる場所でなければなりません。リーダーが率先して自らの弱みを見せることが必要になります。
- オレンジ組織はタフネスさが求められる タフネスさの鎧を着る
- グリーン組織ではポジティブさが求められる ポジティブさの鎧を着る
グリーンは幸せで給与も高いかもしれませんが、
ポジティブを求めすぎています。
人は良い時もあれば悪い時もあり、笑顔がコンピテンシーになれば無理に笑顔をつくってしまいます。メンバーは組織で仮面をかぶらなければいけなくなり、経営者が良い会社レースを始めると、社員は自然と笑顔を強制させられます。
ティール組織ではメンバーは鎧を脱ぐ必要があります。ネクタイとスーツを鎧とすると、リーダーはあえてだらしない恰好を見せるのも一つの方法です。その方が相手も鎧を脱ぎます。
エゴは人間のエネルギーで、そのエネルギー自体は良いも悪いもありませんが、それが自然の摂理や道理、原理原則から外れるとエゴになります。リーダーのエゴが出てきてしまうと、意思決定に違和感が出ます。権力や肩書がなければ、意思決定が組織の存在目的や原理原則からずれた時に
「これはおかしいのではないか」
とお互いに言えます。
組織に鏡の役割の人をつくる
リーダーであれば、チームやメンバーをコントロールしたいという自分のエゴが出てくることがあります。リーダーのエゴを「それはおかしいのではないか」「組織の理念、存在目的に照らしてそれはどうか」と、トップに進言できる人が組織には必要です。この人は組織の鏡の役割を果たします。優れた経営をしている会社には鏡の役割の人がいます。優れた経営者は無意識にそういった人(耳の痛いことをいう人)を育てています。
事例
フランスの金属部品メーカーFAVIが深刻な不況に陥った時、社長のゾブリストは、臨時社員を解雇するかどうか、全社員を集めて自分の悩みを話しました。
すると社員は、自らの給料を25%カットし臨時社員を残すように進言しました。1時間も立たないうちにこの問題は解決しました。
その他
紛争解決
紛争になった時は、以下を試して解決します。
- まず直接会って二人だけで解決しようとする
- 解決できなかった場合は、信頼できる別の同僚に調停を依頼する
- 調停がうまくいかない場合、同僚たちの委員会を招集し、両者の言い分に耳を傾けて合意形成の手伝いをする
- 最終的にはCEOが呼ばれる
株式新聞の刊行元であるモーニングスター社の仕事の進め方の二つの原則
- 個人は決して他の人に何かを強制してはならない
- それぞれの約束を守ること
目標を設定しない効果
目標数値を設定することは、自分たちが未来を予測できるという前提に立っています。
その結果、
- 内なる動機から遠ざかった行動をするようになる
- 新しい可能性を感じ取る能力がせばまりがちになる
といった、視野を狭くする危険性があります。
このように聞くと理想的な素晴らしい組織に感じます。でも実際に運用している組織はあるのでしょうか?
事例
ラルーがティール組織と考えた組織は12社で、従業員100人以上の組織を対象としています。ただしすべてがティールというわけでなく、ティールとグリーンの中間的な組織もありました。
AES
1982年ロジャー・サントスとデニス・バーキによって設立されたエネルギー企業で、世界中に12の発電所を持ち、従業員数は4万人です。
ビュートゾルフ
2006年にヨス・デ・ブロックと看護チーム10人によって設立された高齢者や病人の在宅ケアサービスを行うNPO組織で、従業員7,000人です。バックオフィスは30人、大半がコーチで間接部門はほとんどありません。7,000人の看護師は、お互いにほとんどが会ったことがありません。困った時は社内SNSで専門知識を持った誰かに質問ができます。新しい質問が投稿されると、数時間のうちに数千人の看護師が閲覧し複数の回答が書き込まれます。
効率を上げるために電話を取るなどの雑用をなくすことで、看護師は介護に専念できます。介護も標準時間を決めてできるだけ多く訪問するようにし、マニュアルをつくってマネジャーを置きます。しかし利用者からみると、毎回看護師が変わる、時間が来ると話の途中でも帰ってしまうなどの不満が発生し、看護師からももっとやってあげたいことがあってもマニュアルにないからできないなど、仕事にやりがいがないと問題になりました。
2006年代表のヨス・デ・ブロックはマニュアルを廃止し、看護師が好きなようにサービスできるようにしました。
例 利用者と一緒に遺書を書くなど
利用者のためになるのであれば、介護の利用をやめて地域コミュニティに参加することも後押ししました。その結果、利用者満足度がオランダでNO.1になりました。
FAVI
1957年設立のフランスの金属部品メーカーで、主力製品は自動車のトランスミッションのシフトフォークです。1983年にジャン・フランソワ・ゾブリストがCEOに就き組織改革を行いました。従業員数は500人です。
ゾブリストがCEOに就いた時は従業員80人、典型的なピラミッド組織でした。ゾブリストの就任前は一人一人の出来高を計測し、ノルマに達しない場合は給料を減らしていましたが、ゾブリストは計測とノルマを撤廃しました。その結果、生産性は上がりその日の生産が終わるまでは進んで残業するようになりました。給料をもらうためだけに働くのでなく、自分の仕事に責任を持ち、きちんと仕上げることに誇りを持つように社員が認識したためでした。そしてチームとして目標を達成するため、やる気のないメンバーがさぼらないように周りメンバーが圧力をかけるようになりました。
現在はミニファクトリーと呼ばれる15~35名の21チームが活動し、各チームは特定の顧客や製品ごとに作られ、営業、生産管理、資材、人事など全ての機能を有しています。
営業は自分のチームに仕事を与えることが最大の目標です。「○○ドルの仕事を取った」のでなく「○○人分の仕事を取った」という意識です。
チームごとの仕事量がアンバランスになるとチームの代表者が集まり、忙しいチームへ何人応援するかを決めます。そして自分チームから応援に行っても良いというポランティアを募ります。各チームが必要な金額した要求しないため、予算調整も必要なく、そのままゴーサインが出ます。
サン・ハイドローリックス
油圧カートリッジとマニホールドの設計、及び製造をしている企業です。アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国に工場があり、上場企業で従業員は900人です。
常に数百のエンジニアリングプロジェクトが動いていますが、これを全体に最適化することは困難です。どのプロジェクトを優先し、どのプロジェクトを落とすかは現場が判断します。
ティール組織と似た言葉にホラクラシー組織があります。ホラクラシー組織とはどのような組織でしょうか?
ホラクラシー組織
ホラクラシー組織はブライアン・ロバートソンの書いた「HOLACRACY 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント」で提唱された組織です。この組織の特徴は、人ではなくロール(役割)が主役となります。
従来の組織は人が階層構造をしたピラミッド組織ですが、ホラクラシーはロールが階層構造などで組織化されています。役割なので、ひとつのロールに複数人が当たりサークルとなることもあれば、他のロールと様々な関係を構築することもあります。ただし、階層の上位に決定権があるわけではなく、各サークルは独立しています。
意思決定のガバナンスもガバナンス・プロセスというロールに権限移譲されていて、ガバナンスミーティングでは組織の実態に合わせてガバナンスを定期的に更新します。
ホラクラシーは、個々のロールの責務や領域がすべて明確にされています。その上にホラクラシー憲法・メンテナンスされるシステムがあり、そのガバナンスの上には憲法という上位の規定があります。
つまり「何をしてはいけないか」を事細かく明文化することで、従来の階層型組織の管理を不要にする方法で、この点でティール組織とは大きく異なります。
ティール組織に対し、これまでの組織の問題は何でしょうか?
従来の組織の課題
管理と統制
ピラミッド型組織による管理と統制がうまくいかなくなってきた原因は、業務の複雑性が高くなり計画通りに結果が出なくなってきたためです。複雑性には2種類あります。
- Complicated 飛行機のように膨大な部品の集合体、複雑だが順序良く解いていけば解決可能
- Complex スパゲティが絡まっている状態、どうなるか予測がつかない、事前に計画を練っても無駄、失敗を覚悟してやってみて、その結果から次の対処を考える
Complicatedであれば、メンバーを組織化し、分担して取り組めば解決が可能です。
Complexであれば、計画は無意味です。やってみて失敗しながら、解決方法を見つけていきます。
そしてティール組織の世界観は、Complexです。
- 未来は予測できない
- 人は計画通りには動かない
失敗しないようにリスクを避けようとすればプロジェクトは進行しません。経営者には失敗すればすぐ首になるリスクも引き受けています。そこで組織はリスクを避けて一番安全に統率できるオレンジになります。またリスクのある提案に対して判断は慎重になります。その結果、メンバーは自分で考えなくなり、意欲は低下してしまいます。
管理し、統制を取るためにオレンジ組織になるのは、従来の従業員像が以下のようなものだからです。
- 見張らないと怠ける
- お金のためにのみ働く
- 組織より自分の利益を優先する
- 重要問題に適切な判断ができるのはトップだけ
- いつ、何を、どうするのか、自分で判断できないため命令しなければならない。
- 管理者は彼らが失敗した場合責任を取らせなければならない
これに対して、ティール組織で取り上げたAESの労働者観は以下の5点です。
- 創造的で思慮深く、信頼に足る大人で、重要な意思決定を下す能力を持っている
- 自分の判断と行動に対する説明義務を果たし、責任を取れる
- 失敗したってかまわない。私たちは失敗するものだから。時にはあえて
- ユニークだ (ユニークの意味は「他に類のない」「唯一無二の」「比類ない」)
- 自分たちの才能とスキルを使って会社と世界に貢献したい
アンバー組織のメンバーは自ら考えることは求められておらず、指示を忠実に実行することが求められています。
人「手」がほしいと言うたびに、「頭」までついてくるとはどういうわけなのだ?(ヘンリー・フォード)
ピラミッド型組織のメンバーは組織の目標達成のために考え、努力することは求められますが、それはリーダーの指示する業務の範疇に限られます。しかしComplexな世界では、リーダーが事前に計画した通りにならず、しかもメンバーは自ら判断することが許されず、組織は硬直化します。
日本型組織では実務を担当するメンバーからボトムアップの提案が出て、この提案を多くのメンバーやリーダーと合意形成(コンセンサス)して意思決定します。しかしリーダーがリスクに対し消極的だとリーダーから却下されてしまいます。
目標と評価
オレンジ組織では、高い目標を設定しそれを達成するために、メンバーの努力を求めます。その努力はメンバー自身が望んだものでなく、やらされ感、ネガティブなイメージがつきまといます。目標を達成すれば、さらに高い目標が課せられるため、あえて成果を低くすることもあります。
- 受注を減らす営業
- 生産スピードを調整する製造ライン
- 誰も高い目標を申告しない目標管理制度
目標管理をすることで、メンバーの力を抑えてしまっています。評価者が直属の上司一人なので、自分を上司によく見せようとする動機になります。上司へのごますりにエネルギーを割き、仕事の成果が落ちます。
ティール組織では社員同士の関係がウェブ上に非常に多く生まれます。同僚たち全員に自分をよく見せることは不可能なため、自分をよく見せようという気が起こらなくなります。
オレンジ組織は、葛藤が強く、葛藤を競争のエネルギーとして使っている人や、のし上がりたい人に向いています。人として、より進化すれば、のし上がりたい気持ちがなくなります。しかし、オレンジ組織のリーダーはのし上がりたい人がなります。そのためメンバーにも「のし上がりたい気持ち」を強く求めます。その点で、選挙に出て政治家になる人はのし上がりたい人ばかりです。そのため
政治は社会の進化の一番最後
になります。
責任と意欲
多くの関係者による合意形成(コンセンサス)の特徴は、決めるまでは時間がかかりますが、決まれば実行は早いです。
ジェームズ・P. ウォマックの「リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える」では、日米の自動車メーカーの開発を比較して、日本メーカーはコンセンサスが得られるまでは時間がかかるが一度決まれば全員が協力して短時間に開発する、対してアメリカのメーカーは、決定は早いが決まってからもエンジン、車体、足回りなどの各担当がそれぞれの意見を主張し開発が進まない、と書いています。
しかしComplexな世界では、誰もリスクを完全に予測できず、どんな決定にもリスクが残ります。参加者全員に平等な発言権があるため、各々が勝手な発言をして決まりません。また決定したことに対して責任の所在が曖昧です。メンバーは「決まったことなので仕方がない」と従いますが、実行した結果うまくいかなくても自分の責任ではありません。こうして組織から情熱を奪っていきます。
失敗したという結果で十分に「罰」を受けているのに、その上、降格など組織上のペナルティを与えることは、一体どのような効果があるのでしょうか。ペナルティを受ければ責任を取ったことになるのでしょうか。
逸話
ラグビーU20日本代表元ヘッドコーチ中竹竜二氏は、選手に「好きにやってくれ。責任は絶対に俺が取る」と発言しました。それに対し、リーダー格の選手はこう言いました。「監督は結局何もやっていないのだから、俺が責任を取ります」「俺の働き方次第で今回は勝つか負けるかなんです」
しかし、責任感は沸き上がるものの、持てと言われて持てるものではありません。感謝、思いやり、責任感、主体性など、これらが信頼関係となって構築されなければチームとしてうまくいきません。感謝などは湧き出すものであり、教育や指導で身につけたものは無理があります。のちのち陰で愚痴を言ってしまいます。
ティールでは存在目的に対して、たまたま自分がその役割を果たしているだけで、組織全体が実現すればいいという考え方で、個人が責任を負う必要はありません。
では、これからはティール組織が広まっていくのでしょうか?
ティール組織の可能性と課題
方法論でなく思想
「ティール組織」は、よくあるコンサルタントが方法論を書いたものではありません。未来の組織はこうなるだろうという思想を述べたものです。ラルー自身、「今はグリーンの方が幸せかもしれない、ティール組織は馬車の時代であり、砂利だらけの道を誕生したばかりの車で走るようなもの」と述べています。
日本での事例は限られる
嘉村賢州氏は「ティール組織」F・ラルー著の解説者で、ラルー公認のティール組織の日本の伝道者です。NPO法人「場とつながりラボhome’s vi(ホームズ・ビー)」の代表を務め、ワークショップやファシリテーション、研修事業を行っています。従業員は10人です。
嘉村氏は自社をティール組織化に取り組んでいますが、自ら「まだ実現できていない」と認めています。
嘉村氏の会社で働く人は主婦や若者が多く、給料は高くありません。請け負う業務は行政からの仕事が大半で、単価の低い仕事も多い現状です。給与を自分で上げる仕組みもありますが、実際に上げたのは一人だけです。嘉村氏はティール組織化のコンサルティングを行っており、本格的に取り組んでいるのは2社です。日本でティール組織化を実現した例は限られ、現在ティール組織化へのノウハウもまだ少ない状況です。
ティール組織は将来組織がこうなるだろうという思想
ラルー自身、
「どうなるかわからないカオスの中に思い切って飛び込む以外にティール組織へ移行する手段はない」
と言っています。ラルー自身はティール組織化のコンサルタントでなく、「ティール組織」は将来組織がこうなるだろうという思想を表した本です。ラルー自身「今はまだグリーンの方が幸せかもしれない」と述べています。
このようにまだ生まれたばかりの思想と言えるのがティール組織です。にもかかわらずティール組織を導入するコンサルタントもいます。
ティール組織の誤解
組織と書いてあるため、企業で組織変更や組織改革のように「入れ物」と誤解されます。組織が入れ物であれば、自社に取り込むことは容易かもしれません。
ティールな企業文化
ティール組織は、実際は「ティールな企業文化」です。そして文化は組織を構成する人や人と人との関係性、明文化されていないものが含まれます。「ティールな企業文化」は自社に
導入するのに長い年月と自社独自の取組が必要
となります。他社の成功事例をポッと持ってきてできるものではありません。
それは、ティール組織は社員が変わることが必要だからです。
社員の成長が不可欠
セルフマネジメントが成功するためには、社員の高い自立意識が不可欠です。自ら意思決定するため、自分の責任はなくなりません(たとえペナルティがないとしても)。また、組織や組織の存在目的にとって最適な判断ができるように社員の成長が求められます。
アメリカのアパレル小売店ザッボスのCEOトニー・シェイ は、2014年ラルーのティール組織を読んで、導入を検討しましたが、最終的にはホラクラシーを取り入れました。トニー・シェイは、「ティール組織はコミュニケーションが得意で前のめりになっている人には良いが、ザッボスは小さな声の人にもそれなりに活躍して欲しいから、ティール組織はまだ難しい」と述べています。
一方、日本でも社員の新しい働き方に取組んでいる会社もあります。
サイボウズの取組
ティール組織ではありませんが、ソフトウェア会社のサイボウズ株式会社の創業者 社長の青野慶久氏の目指す経営も近いものがあります。
カイシャ(会社)は社員や経営者を支配する「モンスター」
青野慶久氏にとってカイシャ(会社)は社員や経営者を支配する「モンスター」であり、カイシャの代表であるサラリーマン社長は、他人から批判されないように売上と利益を最大化することに努力します。
社長が社会のためでなく自分のために働くようになると、自分のために働く部長を選ぶようになります。
そのため、職場にやらされ感が満ち、仕事は楽しくなくなり、社会の役に立っている実感もなくなってしまいます。青野氏は「サイボウズは永続させる必要はない、サイボウズは自分たちの理念を実現するためにある」と述べました。
青野氏は社員の意欲を高めるために「サイボウズのモチベーション創造メソッド」に取り組みました。
「サイボウズのモチベーション創造メソッド」では、楽しく働き続けるために「やりたい」「やれる」「やるべき」の3つが重なっている状態をどう打破するかを説いています。
- 「やりたい」は変化する、経験を積み重ねると変わる。答えは自分の中にしかない
- 「やれる」は拡大可能、スキルの向上、人のスキルを借りる(頼む)
- 「やるべき」自分の意思で選択し、結果を受け入れる覚悟
サイボウズは複業が自由で、各拠点に社員以外のいろいろな人が集まるハブオフィスがあります。
このティール組織の背景には、ある思想がありました。
ティール組織をめぐる思想
ラルーの考えにある「センシング」未来を感じ取ることは、C・オットー・シャーマーのU理論に通じるものがあります。U理論では、複雑な(Complex)問題を解決するためには、関係者は双方の利害や調整レベルの話し合いや対話からお互いが深く共感する段階になる必要があります。そうなると答えは未来の方からやってくる、感じ取る「センシング」します。
この深い理解と共感から、今まで解決できない課題を解決する考え方は、「学習する組織の提唱者」のピーター・センゲや「シンクロニシティ ~未来をつくるリーダーシップ~」の著者ジョセフ・ジャウォースキーとも共通するものがあります。
日本ではU理論の翻訳者は中土井 僚氏、由佐 美加子氏ですが、由佐 美加子氏は天外伺朗氏と共著でメンタル・モデルという本を書いています。これを下図に示します。
コロナがもたらした変化と直面する課題
ラルー氏の提唱するティール組織は将来こうなるであろうという未来の組織であり、まだ一部の企業しか実現していないのが実情です。しかし新型コロナウイルスによりテレワークが急速広まり、オレンジ組織も従来の管理手法が行き詰ってきました。
テレワークの広がり
オレンジ組織、中でも日本企業は成果主義と言いつつプロセスも重視しています。結果が出なくても「頑張っていれば」評価され、その評価は上司が部下の日常を見ていることと同義です。また失敗を恐れるマネジャーは部下の仕事を細かく管理するマイクロマネジメントの傾向が強いです。
しかし、コロナ禍で急速に広がったテレワークは部下の頑張りがあまり見えず、マイクロマネジメントもできません。ZOOMのカメラを常時ONにさせて社員の日常を見張る企業や、オフィス以上に頻繁にオンライン会議を行う上司「Teamsテロ」などが問題になりました。
しかし、どれも問題の解決にはなりません。自立した社員との上司と部下との信頼関係がなければ、テレワークはますます非効率化するでしょう。
一方、社員は本当にティール組織のようなものを望んでいるのでしょうか?
自立を望んでいるのか?
ティール組織では責任はとらされませんが、自身の失敗に変わりはありません。そのリスクを負ってでも自ら考え、行動したいと思う社員がどれだけいるでしょうか。自ら考え、意思決定するためにはトップと同等の情報を得て、自ら考えなければなりません。そして適切な意思決定ができるようになるには、組織の存在目的が明確になり、それは言葉を理解するだけでなく、メンバーひとりひとりの腹に落ちていなければいけません。
一方、組織が進化しても、組織を取り巻く社会環境が変わらなければ新しい組織は社会に適合しなくなります。
遅れる法整備
現在の金融資本主義は、株主至上主義であり、市場は株主の利益の最大化を求めます。株主こそ、オレンジ組織の考え方の代表です。ティール組織の企業が意思決定の失敗で株価が下がると、従来のオレンジ組織に戻せ、経営者を交代しろと力を行使します。
実際AESは、2001(平成13)年12月2日の米エネルギー大手エンロンの破綻に伴うアメリカのエネルギー企業の株価の暴落のあおりを受けて、株価が大幅に下がりました。株主は従来のオレンジ組織を強く要求し、創業者のデニス・バーキは辞任しました。利益の最大化でなく、自社の存在目的を追求するティール組織は、利益の最大化を目的とする株主至上主義には合いません。
日本でティール組織の企業、ダイヤモンドメディア株式会社の武井浩三は、自社の存在目的を追求する企業を応援するために、ブロックチェーンをトークン化してそれを流通させました。経営者の主体性は維持した上で、資金を調達して儲けなくても良い会社を応援することを提唱しました。例えば、債権をブロックチェーンでトークン化して、その債権をトークン取引市場に上場するILT(Initial Loan Procurement ) などは、既に行われています。
同様に労働法制も従業員が職場で働いた時間分の対価を得るという昔ながらの労働観でつくられています。それをテレワークにも持ち込むため、管理がオフィス以上に煩雑化してしまいます。もともと労働法制は、組織とメンバーの間の信頼関係を前提としていません。
今はまだ馬車の時代、砂利だらけの道を自動車が快適に走るためには、ガソリンスタンド(株式市場)、道路環境(法整備)など様々な環境を自動車に合わせて変えていく必要があります。
参考文献
「ティール組織」 フレデリック・ラルー 著 英知出版
「ティール組織へのいざない」嘉村賢州 天外伺朗 著 内外出版社
「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」青野慶久 著
PHP研究所
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