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モノづくり通信Vol.77 「品質を高めて価格交渉力を高める」~うっかりミス、ヒューマンエラー対策~
◆弊社ニュースレターモノづくり通信第77号を発行しました◆
前回「価格転嫁と値上げ交渉」を取り上げました。
値上げ交渉では取引先から「値上げするなら他に発注する」と言われます。
受注がなくなれば売上は大幅減です。
では、値上げすれば本当に他に発注するのでしょうか。
取引先は「価格が最優先」と言います。かといって安ければいいわけではありません。
もし不良品が市場に出れば多額の損害が発生します。リコールになれば損失は何億円にもなります。
部品代数十円の差は簡単に吹き飛んでしまいます。
品質は何よりも重要です。
ではどうすれば品質を良くできるのでしょうか?
品質を高める方法について考えました。
詳細は以下のモノづくり通信第77号を参照願います。
モノづくり通信Vol.77 「品質を高めて価格交渉力を高める」~うっかりミス、ヒューマンエラー対策~
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行動を支配する8つの要素その1 ~心理学・行動経済学から学ぶ人を動かす方法~
日常の買い物から経営の意思決定まで、私たちは日常様々な場面で自ら考えて判断をします。しかし冷静に考えて正しい判断をしたはずなのに後から考えるとそう思えないことがあります。
「なぜこれを買ったのだろうか」
そこには第三者の承認への誘導が働いているのです。
この承諾誘導は様々なセールスのテクニックとして紹介されています。そして人が承諾誘導に反応してしまうのは、脳が無意識に決定してしまうからです。
逆にこのメカニズムをうまく使えば社員教育やスキルアップに活用できます。社員が積極的に困難な課題に取り組んだり、自らスキルアップに取り組むようにできるのです。
そこで今回は私たちの行動を支配する8つの要素と、社員育成への活用について考えます。
なぜ人はだまされるのか
なぜ人はだまされるのでしょうか?
それは、人には思慮深いだまされにくい自分と、直感的で簡単にだまされる自分がいるからです。
システム1とシステム2
行動経済学では、私たちの脳が意思決定を行う際、無意識に2つのシステムを使い分けていると考えます。これがシステム1とシステム2で、
- システム1 速い思考
- システム2 遅い思考
とも呼ばれています。
システム1で判断
システム1は、これまでの経験を元に感覚的、直感的な判断です。対してシステム2は、直観に頼らないで論理的、理性的な思考に基づく判断です。
システム1は私たちが祖先から受け継いだ認知・判断システムです。私たちの祖先は常に危険な野生動物に襲われる環境で狩猟採取生活を営んできました。そこでは素早く敵や獲物を判断し行動しなければ生き延びられませんでした。
そのため私たちの祖先は、直感(本能)と経験に基づいて素早く判断するシステム1に頼って生きてきました。
システム2で判断
一方、今日の複雑化した社会では、様々な条件を考慮してじっくりと考えなければならない場合があります。その場合、私たちは直感に頼らず、論理的にじっくりと考えるシステム2で判断します。
しかし脳は考える時に非常に多くのエネルギーを消費します。システム2は大量のエネルギーを消費するため、私たちはできればシステム2でなく、システム1で判断しようとします。
そしてトップセールスマン、詐欺師など私たちを洗脳しようとする人たちは、システム1の特徴を巧みに生かして、私たちの判断を誘導するのです。
「カチ・サー」意思決定が自動的に操られる
七面鳥の母鳥はひな鳥の「ピーピー」という鳴き声に反応して、ひな鳥を世話します。ひな鳥が「ピーピー」と泣かなければ無視します。
この七面鳥の天敵は毛長イタチです。毛長イタチのぬいぐるみが近づくと母鳥はひなを守ろうと鋭い鳴き声を上げて威嚇します。
ところがこのぬいぐるみにテープレコーダーを埋め込み、ひな鳥のピーピーという鳴き声を流すと、それまで攻撃していたぬいぐるみを、ひな鳥だと思って自分の翼の下に抱き込んでしまうのです。しかしテープを止めると再び攻撃をします。
つまりひな鳥のピーピーは母鳥が母親の行動を開始する「引き金特徴」なのです。
「カチ」でシステム1が起動
ピーピーという引き金特徴が現れると、母鳥の行動のテープが再生されます。「カチ」とボタンを押すことでテープレコーダーは再生を始め、「サー」とテープが回り、あらかじめ持っている母鳥の行動パターンが再生されるのです。
この行動パターンのテープは私たちも持っています。それがシステム1なのです。
トップセールスマンや詐欺師は、どうすれば私たちのテープレコーダーが「カチ」と押されて、「サー」と意思決定が「自動操縦」されるのかがわかっています。
では、私たちのシステム1の行動パターンにはどのようなものがあるのでしょうか。
行動を支配する8つの要素
私たちの行動を支配するシステム1は、大きく分けて8つの要素があります。
① 返報性
私たちは、人から何かをもらったら、もらいっぱなしにするのはとても気持ちが悪いのです。何かお返しをしないと気が済まないのです。つまり「ギブ・アンド・テイク」です。
返報性の原理
例えば、お葬式の香典に対する香典返しなどです。このもらったら何かお返しをしないと気が済まない「返報性の原理」は、私たちに強力に作用します。そのため承諾誘導の手段としては極めて強力な方法です。
従って相手から何かをもらった「借り」があれば、相手から何か要求された時にたとえ不利な条件でも断ることができません。例えば、食品売り場での試食がそうです。多くの人は試食すれば店員のお薦めを断れずに商品を買います。
返報性の原理には逆らえない
この返報性は極めて強力に作用するため、国の命運を決める外交交渉から、日用品の販売まで実に様々な場面で使われています。例えば以下のようなものです。
- 無料試供品の提供
- 無料点検 (消火器や火災報知器、住宅の耐震、老朽化、給油時のエンジンルーム)
- レストランの食後のキャンディー(チップの額が増える)
妥協の効果「ドア・イン・ザ・フェイス」
販売や交渉の場面で、最初に相手が受け入れられないような要求をして相手に拒否させます。次に最初の要求から譲歩して要求をすると、相手は拒否できず受け入れます。
実は最初の要求(高額な商品やサービスやとても受け入れられない内容)は、はったりなのです。狙いは、最初の条件を拒否したことで「借り」があると顧客に思わせ、次の要求を受け入れることで借りを返した気持ちにさせることです。
返報性の原理は非常に強力なため、この原理を知っていても罠にかかるのを抗うのは困難です。
そこでこういった販売に直面した場合は無料のものは受け取らないことです。日本のことわざにもあります。「タダほど高いものはない」と。
② 一貫性
自分が言ったこと、決めたことを守ろうとすることです。英語には責任を伴う約束を指すコミットメント(commitment)という言葉があります。
実は本人が意識していなくても、約束を口にした以上、約束を実行しなければ、「言ったこととやることの一貫性が保たれず」とても苦痛なのです。
システム1が一貫性を維持する
「言ったこと」を実行しようとするのはシステム1です。「言ったこと」を実行すれば、それについてこれ以上考える必要はありません。しかし実行しなければ、できなかった理由をあれこれ考え、自分を納得させなければなりません。
アメリカの思想家エマソンは「愚かな首尾一貫性は、偏狭な心に住む小鬼である」と言いました。
つまり「『前言を翻すのは格好悪い』といった執着にとらわれると、自由に考えられなくなる。偉大な思想家は過去の自分に縛られない」と説きました。
一貫性は「言ったこと」よりも「やったこと」に対しより強力に作用します。人は「自分がやったことは正しい」と思いたいのです。
例えば競馬場では馬券を買うと、馬券を買った馬が勝つ確率がより高く予想することが、カナダの心理学者が発見しました。「買ったからには、勝つに違いない」というわけです。
しかも言うよりも書く方が一貫性はより強く働きます。これがセールスの場面で使われます。
ローボールテクニック (別名 「フット・イン・ザ・ドア」)
ローボールテクニックとは、最初は相手が承諾しやすい条件を出して相手の承諾を得ます。そして徐々に相手に不利な条件を提示し、それを承諾させる手法です。条件をボールに見立て「低いボールから投げる」という意味でこう呼ばれています。
相手は最初にイエスと言うと、イエスと言ったことに対して一貫性を保とうとします。そのため条件が悪くなっても、ノーとはなかなか言いません。
例えば、店頭にあるバーゲン品が気に入って、それを買うつもりで店の中に入ったのに、店内で高額な商品を薦められて買ってしまいます。これは高額な商品という不利な条件に変わっても、最初の「買う決意を変えたくなかった」という一貫性のためです。
契約書に名前を書かせれば勝ち
アメリカでの自動車セールスのポイントは、とにかく顧客に椅子に座ってもらい、契約書に住所と名前を書かせることです。顧客は買う意思を表明しています。その後から条件を変えればいいのです。
チャルディーニ氏はある販売店にセールス訓練生のふりをして紛れ込みました。その販売店は最初に、顧客に「魅力的な他店よりも低い価格」を提示します。そして購入契約書やリース契約書に顧客がサインした後、顧客に計算上のミスがあったと伝えます。
あと400ドルが必要だと。
すでに買うつもりで契約書にサインした顧客にとって、追加の400ドルは出せない金額ではありません。その結果、価格は最初提示された魅力的な価格でなく、他店と同様の「平凡な価格」になってしまいます。
あるいは最初は下取り車にとても高い値段をつけておき、後で上司が「こんな値段では下取りできない」と言います。そして販売員は顧客に400ドル上乗せするようにお願いします。
しごき・いじめ
運動部の新入部員への厳しい練習 通称「しごき」、あるいは心理的に受け入れがたく、しかも意味のないことを強制する「いじめ」、これにはどんな意味があるのでしょうか。
実はつらく苦しいことをさせられた人ほど「こんなに苦しいのだから、それに見合ったものがあるはず」という一貫性が強く働きます。そしてチームの構成員としての忠誠心(チームワーク)が高まります。
この「しごき」は効果がある練習の必要はなく、単につらく苦しければよいのです。
未開部族社会の成人の儀礼やアメリカの高校・大学のフラタニティ(男子学生社交団体)の儀式も同様です。フラタニティへの加入儀式には、山奥に一人で置いてかれて凍死してしまった例や、砂浜に穴を掘らされ中に横たわるように命令されたところ、穴が崩れて窒息死してしまった例など、残酷な儀式による死者も起きています。
報酬や圧力よりも一貫性
ジョナサン・フリードマンは、7歳から9歳の男の子に、強く脅せば言うことを聞かせられることができるか実験しました。
22人の男の子の前に5つのおもちゃを与え、その中で高価な電池で動くロボットだけは
「絶対に遊んではいけない」「もし遊んだらすごく怒るからね。」
と言い聞かせました。罰を受けることもにおわせました。
その後部屋にいる男の子たちを隠れて観察したところ、脅しを受けた男の子の内20人はロボットでは遊びませんでした。6週間後、今度は一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入れて観察したところ、今度は77%の男の子が禁止されたロボットのおもちゃで遊びました。
今度は、フリードマンは別の男の子たちに脅しは一切しないで
「ロボットで遊ぶのは悪いことだから」
という理由を伝えてロボットで遊ばないように警告しました。
6週間後、同様に一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入った男の子たちを観察したところ、ロボットのおもちゃで遊んだ子は33%でした。
何が違ったのでしょうか?
1番目のグループでは「遊んではいけない」という脅しによって、責任は外から与えられました。
対して2番目のグループは「ロボットで遊ぶのは悪いこと」という警告によって、男の子たちは自分たちの責任と思ったのです。
その結果、男の子たちは遊ばないという一貫性に従って行動したのです。
③ 社会的証明
他人が正しいというものは正しい
私たちは判断の際に他者の行動を参考にします。そして私たちま日常は、自分で判断しなければならないものが多くあります。例えば、買い物は多くの商品を自分で判断し選ばなければなりません。
ひとつひとつの商品に対しシステム2を発動し、商品の価格、量、機能を比較して決断すればとても疲れます。そこでシステム1の出番です。「売れている商品は良い商品」とシステム1が自動的に判断します。
そこでお店は店頭で商品を山積みにして「売れている」というイメージを演出します。さらにポップに「売れています」「大人気」と書きます。他にも「繁盛しているように」偽の客であるサクラを入れたります。募金箱には最初からお金を入れておきます。
バンドワゴン効果
大勢が支持しているものを支持する心理的効果を指し、アメリカの経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインによって提唱されました。バンドワゴンとはパレードの先頭にいる楽隊車のことです。その後ろに行列ができることからバンドワゴン効果と名付けられました。
例として、流行に乗りたい心理、友達が持っているものと同じものを欲しがる子供の心理が挙げられます。
ウェルテル効果
自殺の報道に影響されて、報道の後自殺が増えることです。
ウェルテルとはゲーテの『若きウェルテルの悩み』で最後に自殺した主人公の名前です。『若きウェルテルの悩み』の出版後、これに影響された若者達が彼と同じ方法で自殺したことが起源です。日本でも1986年アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺をすると、その後30名の若者が高所から飛び降りて自殺しました。
割れ窓理論
軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を抑止できるとする理論です。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案しました。
「建物の窓が壊れているのを放置すれば誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」
という考え方が元になっています。
逆に社会的証明を誤って使うと
「多くの人が望ましくないことを行っている」
という誤ったメッセージを人々に発信してしまいます。
例えば、アメリカの化石の森の公園で、看板に「これまでに公園を訪れた多くの人が化石木を持ち出したため、化石の森の環境が変わってしまいました」と書いたところ、ネガティブな社会的証明の効果で、ますます多くの人が化石木を持ち出しました。持ち出した量は看板を立てなかったときの3倍にもなりました。
ところが別の看板に「公園から化石木を持ち出すのはやめてください。化石の森の環境を守るためです」と書いたところ、持ち出すのは減りました。
④ 好意
何か頼まれるとき、嫌いな人から頼まれるよりも、好きな人から頼まれる方が受け入れやすいものです。また知らない人から頼まれるよりも、知っている人から頼まれる方が受け入れやすくなります。
この好意を持っている人と知っている人は似た作用をします。そしてトップセールスマンや詐欺師はこの好意を巧みに操ります。
好意を持つ要因
【外見】
私たちは外見の良い人は、「才能、親切心、誠実さ、知性を兼ね備えている」と自動的に判断します。裁判でもかわいい女の子やハンサムな男性は、そうでない人に比べて刑が軽くなる傾向があります。「こんなかわいい子があんなひどいことをするわけがない」と陪審員は思います。本当はそうでなかったとしても。
【類似性】
人は自分と似ている点があれば好ましく思います。この似ている点は、生年月日、出身地、大学、趣味、好きな球団など多岐にわたります。
アメリカでは車のセールスマンは、顧客の下取り車を調べている間に自分と顧客の類似点を探すように訓練されます。トランクにキャンプ道具があれば、自分もキャンプが好きだといい、ゴルフボールがあれば、ゴルフの話をします。こうして優秀なセールスマンは短い間に顧客と親密な関係を築き「○○店から買った」のでなく「○○さんから買った」と顧客が感じるようにします。
リック・ファン・パーレンの研究ではウェイターが注文を客の言葉通りに繰り返すとチップが増えることが確認されました。ある調査ではそれだけでチップが70%も増えたのです。単に客の注文を繰り返すだけで、類似性が強まり親近感が生まれました。
【お世辞】
世界で最も偉大なセールスマンとしてギネスブックにも載っているジョー・ジラードは、1968年から15年間トップの販売記録を打ち立てました。(その後は執筆や講演を行いセールスからは引退しました。)
彼の秘訣は、1万3千人以上の顧客に毎月挨拶状を送ったことです。挨拶状には「あなたが好きです」と印刷されていました。このカードが毎月送られると、印刷され機械的に送られたカードでも顧客はジョー・ジラードに好意を感じたのでした。
日本でも手書きのハガキを見込み客に定期的に送って成果を上げているセールスマンがいます。手書きのハガキを受け取った人は、印刷したハガキよりもより好意を感じました。
お世辞(称賛)についてミネソタ大学で行われた興味深い研究があります。
最も効果的な称賛は、最初はあまり良いことは言わず、徐々に高まる称賛を何気なく本人に聞かせる方法です。その結果、最初から自分に良い表価を聞かされるよりも、評価者にずっと強い好意を感じました。
【接触と協同】
人は何度も会っていると好意が生まれます。これは「ザイアンス効果」と呼ばれます。
この効果は会って会話するだけより、握手などの身体的接触もあった方がより効果があります。選挙で政治家が多くの人と握手をするのも、この効果を狙っているからです。
ザイアンス効果 (単純接触効果)
繰り返し接すると好意や印象が高まる効果で、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱しました。はじめのうちは興味がなくても何度も見たり、聞いたりするうちに好感を持つようになります。
ザイアンス効果の例として、よく会う人や、何度も聞いている音楽などがあります。この効果は、図形や、漢字、衣服、味やにおいなど様々なものにも生じます。広告もこのザイアンス効果を狙ったものです。
より親密な関係をつくる方法として、協同で何かを行う方法があります。
学校では、授業は教師が子供たちに教え、教師に指された子供が答えます。こういった関係では、子供同士は良い成績を取るためのライバルです。子供たち同士で協力することはないため、お互いの好意が高まることはありません。
そこでエリオット・アロンソンたちは「ジグソー教室」と呼ばれる方法を、テキサス州とカリフォルニア州で開発しました。これはチームに分かれた生徒たちが試験に向けて勉強します。その際、生徒たちは合格のために必要な情報のうち、それぞれが異なった一部の情報しか与えられません。従って生徒たちはお互いに教えあい、協力しなければ合格できません。良い成績を取るためにはチームのメンバーすべての力が必要です。
この場合、生徒は敵でなく味方同士になります。「ジグソー教室」を行った結果、人種間の友情は深まり偏見も少なくなりました。少数人種の子の自尊心は高まり、成績も向上しました。また白人の生徒の自尊心や好感度も向上し、テストの成績も従来の方法よりも良くなりました。
グッドコップ・バッドコップ (良い警官・悪い警官)
尋問に使用される心理学的な戦術で、良い警官役と悪い警官役の2人で行います。「悪い警官」は容疑者に対し、乱暴な言葉や侮辱的な発言、脅迫などを行い、容疑者が強い反感を持つようにします。
その後「良い警官」が容疑者へ理解を示し容疑者への共感を演出します。さらに容疑者を「悪い警官」からかばうようにします。容疑者は悪い警官への畏怖と嫌悪から良い警官を信頼し、良い警官に色々な情報を話すようになります。
⑤ 権威
役職、専門性、資格など様々な権威があると人はそれに盲従してしまいます。この権威には以下のようなものがあります。
- 医師、弁護士、機長、大学教授のような職業(国家資格のあるものとないもの)、肩書
- 社長、部長など職務上の立場
- 白衣、スーツ、僧衣、制服(警官、パイロット)などのような服装
- 車など装飾品「ベンツ=お金持ち」など
スタンレー・ミルグラムの服従実験
エール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムが「人は権威に盲従するかどうか」を実証するために行った実験です。この実験は被験者を教師役と生徒役に分け、教師役は生徒役に問題を出します。もし解答が間違っていれば教師役は生徒役に電気ショックを与えるように権威ある博士から指示されます。
電気ショックの強さは、間違いの数に伴い段階的に強くするように決められました。実際は、生徒役はサクラの役者で電気は流されませんでした。そして電圧が高くなるほど生徒役は痛みを大げさに訴える演技をして被験者の教師役の反応を調べました。
その結果、たまりかねて実験を中止する教師役も出ました。しかしそれでも被験者の65%が、最大電圧450ボルトまで博士に指示されるまま生徒役に加えました。
被験者は権威ある博士の指示に盲従することを示しました。この実験でミルグラムは、人はたとえ良心の呵責があっても、権威者の指図があればそれに従うことを示しました。
機長症候群
過去の飛行機事故では、機長の誤った判断を他のクルーが指摘できず重大な事故が起きてしまいました。そこからリーダーの誤った意見に押し切られて他のメンバーが反論できないことを指します。
上司や権威がある人、大きな成果を上げた人の判断は間違っていないと思い込むことが原因です。特にリーダーが絶対的な権力を持つ場合、機長症候群が起きやすくなります。
⑥ 希少性
いつでも手に入るものと比べ、今しか手に入らないものの価値は高くなります。
日本でのオリンピック(2021年東京オリンピック)、2025年の大阪の万博(55年前に行った人は別として)などは一生に一度の機会です。個人でも結婚式(その後離婚、再婚があるかもしれませんが)、自分の葬式(本人はもう見ることはできませんが)は、二度とありません。人はこういったものに大金をかけることを厭いません。
そこでセールスでは様々な方法で希少性つくります。例えば季節限定、数量限定などです。「今日まで50%OFF」であれば、顧客は50%OFFのお得を手にできるのか今日しかないと思います。例え来月また50%OFFのセールがあったとしても。
ビンテージカーの価値は、もう新車では手に入らないからです。これまで手に入っていたものでも、もう手に入らないとわかると急に価値が高くなります。
大失敗に終わったニューコーク
1985年コカ・コーラ社はペプシコーラに対抗するため甘みの強いニューコークを発売しました。コカ・コーラ社の失敗は、この時従来のコカ・コーラを販売中止にしたことです。その結果顧客から「昔の味を返せ」と抗議が殺到しました。そして3か月後には以前のコカ・コーラをコカ・コーラ・クラシックとして再発売する羽目になってしまいました。ところが猛烈な抗議をした人ですら、ブラインドテストでは以前のコカ・コーラとニューコークの違いは判らなかったのです。
なぜこうなったのでしょうか?
原因はこれまで手に入っていたものが手に入らなくなったからです。
これは個人的なコントロールの喪失に対する抵抗感「心理的リアクタンス」によるものです。この心理的リアクタンスは、コロナ禍でのトイレットペーパーの争奪や、両家の反対で燃え上がったロミオとジュリエットの愛など様々な場面で人々に影響を与えます。逆に当たり前になれば欲しくなくなります。
銃規制に揺れるアメリカで、ジョージア州のケニソーは1982年6月ケニソーに住む成人はすべて銃と弾薬を所持しなければならないという法律を制定しました。しかも違反者には200ドルの罰金を課しました。ところがこの法律に従って銃を買ったのは数人でした。みんなが持っている当たり前のものには価値が感じられなくなったのです。
⑦ 注目させる
私たちは日常生活で重要だと思うものには注意を向けます。その結果、システム1は逆に「注意を向けたものは重要なもの」だと判定します。
優秀なセールスマンは売り込みの前に、顧客に「重要と思って欲しいこと」に注目するように仕向けます。具体的には、質問をすることで、それまで顧客が意識していなかった「満たされなかった問題」に意識を向けさせます。例えば「○○について不満はありますか?」
これはセールスマンが顧客の不満を知るための質問ではありません。顧客に○○の不満な点に意識を向けさせるための質問です。そうすることで、これからセールスする商品の良さを顧客がより強く感じるための「プリ・スエージョン (下準備)」なのです。
講演会では、巧みな講演者は特に大事な箇所であえて小さな声で、聴衆が耳を澄ませて集中しなければ聞き取れないくらいの声で語りかけます。
集中することで聴衆はそれがとても重要なことだと思うのです。
ツァイガルニク効果
ドイツの心理学者クルト・レヴィンは「人は欲求によって目標指向的に行動するとき緊張感が生じ、行動は持続する。しかし目標が達成されると緊張感は解消する」と考えました。
心理学者ブリューマ・ゼイガルニクは実験を行い
「完了していない課題の記憶は、完了した課題の記憶に比べ想起されやすい」
ことを示しました。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。
テレビ番組ではクイズの答えやドラマのクライマックスの前に「続きはCMの後で」とCMを挟むのは、CMに入ると視聴者を離れるのを防ぐためです。授業でも最初に「なぜ○○なのか?その理由は後で説明します」と言い、その答えを授業の最後に言えば、生徒は最後まで集中して聞きます。
期限内に必ず原稿が完成する著者がいました。その秘訣は、原稿を書くときに「必ず章や節の途中で終わること」でした。これを応用すれば、重要な仕事を遅れないようにするために「前もって少し手をつけておく」という方法があります。ツァイガルニク効果により、いつも気に留めるため、忘れなくなります。
⑧ コントラスト
「最初に見たもの」と「次に見たもの」の違い、このコントラストにより商品や提案が魅力的なものに見えます。ある不動産会社は新しい顧客を連れて家を見て回る時、最初に必ずひどい物件を見せます。これは売るためでなく見せるための物件です。そうするとその後見て回る家がどれも魅力的な物件に感じられます。
逆に最初に価値の高い高額な商品を買うと、次に金額の低い商品を見ても金額の違いに気を留めなくなります。洋服店では、顧客が最初に高い商品を買うように店員に指導します。最初に数万円のスーツを買えば、一緒に買うシャツやベルトの金額は大した金額に感じなくなるからです。
つまり最初に顧客に提示される条件は、その後の意思決定の重要な基準になるのです。これを使って顧客を誘導する方法があります。
アンカリング
認知バイアスの一種で、最初に示される値や条件(アンカー)によってその後の判断が歪められることです。その結果、判断は最初に示される値や条件に近づきます。
例えば「国連加盟国のうちアフリカの国の割合はいくらか」と質問します。その時、質問の前に「65%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値は45%になりました。しかし「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値25%と大きく変わりました。
このアンカリングの効果は、日常の様々な判断に影響します。ある店舗では、これまでの商品の陳列に、それよりも高額な商品を1点追加しました。それだけで今までの商品がたくさん売れるようになりました。高額な商品が加わったことで、今までの商品がお値打ちに見えるようになったのです。
採用など様々な場面で行われる面接、最初に面接を受ける場合と後で面接を受ける場合のどちらが有利でしょうか。
最初に受けた方が、まだ面接官の評価基準が定まっていないので評価が甘くなるという説があります。
実際に実験したところ、後に面接を受けた方が有利になるという結果が出ました。これは最初の方の面接者の印象が面接を重ねるに従って薄れていくのに対し、後の方が強い印象を残せるからです。
では、これを自社のビジネスや教育に(良い意味で)どのように活用できるのでしょうか。これについては別の機会にお伝えします。
参考文献
「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その2 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~
その1はこちらで参照いただけます。併せてご覧ください。
複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~
現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故が起きることを、「複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1」で述べました。
この問題に対し、どのように対処すればよいのでしょうか?
問題を早期に発見する
密結合のシステムは、小さな問題が連鎖を生み短時間に重大な結果を引き起こします。
それを防ぐためには、問題を早期に発見します。
操作の見える化
最新型の航空機、例えばエアバスA330の操縦桿はジョイスティックです。
対して、アメリカのボーイング737のコックピットには、今でも中央に巨大な操縦桿があります。機首を下げるには操縦桿を前に倒し、機首を上げるには操縦桿を手前に引くという昔ながらの操作です。機長と副操縦士の操縦桿は連動しているので、副操縦士が操縦桿を引けば機長にもすぐに分かります。
2009年エールフランス447便のエアバスA330が大西洋に墜落しました。その5年後にはエアアジア8501便がジャワ海に墜落しました。原因は旋回失速でした。つまり旋回中に機首を上げすぎたためでした。機種を上げすぎた時には、機首を下げれば失速しないのですが、混乱した副操縦士は機首をさらに上げてしまったのです。しかも機長はこの致命的なミスに気付きませんでした。
操作が機長に見えないことが、問題の発見を遅らせたのです。この問題は最新の自動車にもあります。
シフトレバーの位置はどこ?
映画スタートレックの主演俳優アントン・イェルメンは、愛車ジープ・グランドチェルキーから降りた後、勝手に下がってきた車と塀の間に挟まれて亡くなりました。この車は、シフトレバーを動かしてギヤを選ぶと、その後シフトレバーは元の位置に戻ります。そのため、今ギヤがどこに入っているのかシフトレバーを見ても分かりません。イェルメンはシフトをパーキングにしたつもりでしたが、ニュートラルだったのです。実際、パーキングのつもりがニュートラルやリバースに入っていたという苦情が寄せられていました。
「どのように操作したのか一目でわかる」
単純なことですが、そうでないことがヒューマンエラーを誘発し、重大な結果をもたらしたのです。
多すぎる警告の危険
間違った操作、機器の故障、人が気づかない危険を防ぐために、多くの機械は警告を発します。しかし警告が多すぎても混乱します。
ボーイングでは、飛行に有害な影響を及ぼす可能性のある、下記の4項目のうち、高レベル警報を作動させるのはどれとどれでしょうか?
- エンジン火災
- 着陸降下を開始しているのに着陸装置が出ていない
- 空気力学的な失速が差し迫っている
- エンジン停止
答えは「3. 空気力学的な失速が差し迫っている」です。
ボーイングのコックピットでは失速のみ、赤い警告灯が点灯し、赤文字のメッセージがスクリーンに表示されます。操縦桿が激しく振動し、警報音が鳴り響きます。
尚、失速以外の状況では警報音が鳴り響くことはありません。
これは警報システム(に限らずあらゆるシステム)を
必要以上に複雑にして人々を圧倒するな
ということです。
かつて航空機の複雑化が進むと、人の不注意を補うため、あちこちに警告灯や警報装置がつけられました。その結果、コックピット内は頻繁に警告灯が点灯し、警報が鳴り響いていはました。この警告灯や警報がかえってパイロットの注意力や正しい判断の障害となってしまいました。
今は警報が階層化され、日常のフライトではめったに警報は作動せず、あまり重要でない警報にパイロットが圧倒されることはなくなりました。
十分な高さはどれくらいか
海抜約60mの山腹にある宮古市重茂姉吉(おもえあねよし)地区には、130年以上前に建立された石碑があります。
「津波は、ここまで来る。ここから下には、家を作ってはならない」
2011年3月11日の東日本大震災では、1896年三陸沖地震の後に建てられた石碑の100m手前で津波は止まりました。
一方、地震による津波のため福島第一原子力発電所は発電機が浸水、全電源を喪失しメルトダウンを起こしました。福島第一原発の防波堤10mに対し、女川原発の防波堤の高さは14mあり、13mの津波を防ぐことができました。
では、防波堤の高さは何メートルにすればよいのでしょうか。
確率90%に入るのは50%以下
最善のケースと最悪のケースの間の合理的な範囲を考えれば、防波堤を襲う最も高い波は99%の確率で7mから10mに含まれます。
しかし心理学者のドン・ムーアとウリエル・ハランの研究によれば
90%の信頼区間は10回のうち9回はその範囲に入るはずなのに、実際には
真値が含まれる確率は50%以下
であると、予測の研究から述べています。
解決策① 主観的確率区間推定法
そこでムーアとハラン、キャリー・モアウェッジは、主観的確率区間推定法(SPIES : Subjective Probability Interval Estimates) で、両端だけを考えるのでなく、起こりうる複数の結果の確率を予測すべきと提言します。
主観的確率区間推定法とは、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味して、パラメータの値の区間を推定する方法です。従来の統計学では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、データが限られている場合や、データの質が低い場合、正確な区間推定が難しい場合があります。
主観的確率区間推定法では、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味することで、より正確な区間推定を行うことができます。主観的確率区間推定法には、以下の2つの方法があります。ベイズ統計学に基づく方法
ベイズ統計学では、事前に持つ確率的知識を事前分布として表現します。そして、データから得られた情報に基づいて、事前分布を更新し、推定結果を導きます。事前分布を用いない方法
事前分布を用いない方法では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、事前に持つ確率的知識を加味できないため、正確な区間推定が難しい場合があります。主観的確率区間推定法は、従来の統計学よりも正確な区間推定を行うことができるため、さまざまな分野で活用されています。主観的確率区間推定法のメリットとデメリットは、
メリット
・従来の統計学よりも正確な区間推定が可能
・事前に持つ確率的知識を加味できるデメリット
・事前分布の設定が難しい
・計算が複雑になる可能性がある主観的確率区間推定法は、事前分布の設定が難しいというデメリットがあります。しかし、事前分布を適切に設定することで、より正確な区間推定を行うことができます。
まず全ての起り得る結果を網羅するように区間を設定し、
次にそれぞれの区間の確率を推定し書き出していきます。
これらの推定確率を元に、以下の表のように信頼区間を推定します。
区間(プロジェクトの長さ) | 推定確率 |
1か月未満 | 0% |
1~2か月 | 5% |
2~3か月 | 35% |
3~4か月 | 35% |
4~5か月 | 15% |
5~6か月 | 5% |
6~7か月 | 3% |
7~8か月 | 2% |
8か月以上 | 0% |
例えば、90%の信頼区間を求める場合は、上から合計確率が5%になる信頼区間を切り捨てます。同様に下から合計確率が5%になる信頼区間も切り捨てます。残ったものが90%の信頼区間になります。SPIESを用いた結果、ある研究では、従来型の90%区間に真値が含まれる確率が30%だったのに対し、SPIESで算出した区間の的中率は74%でした。
つまり従来の客観的確率で99%とされていたものは、もっと低いかもしれないのです。逆に客観的確率ではめったに起こらない高さの津波は、もっと高い確率かもしれないのです。
なぜ正確な予測が困難なのか?「意地悪な環境」の難しさ
津波のような自然災害は、社会インフラのコストに影響するため多くの専門家が高度なモデルを使って推定します。しかし津波のようなめったに起こらないことは学習ができません。これを心理学者は「意地悪な環境」と言います。実際に起きなければ、予測や決定がどれだけ正確だったか確認できません。しかも自然災害の予測は、わずかなミスも許されません。
これに対して、気象予想の専門家は常にフィードバックを受けています。日々予想の正しさを確認しています。これを心理学者は「親切な環境」といいます。結果について頻繁にフィードバックが得られるため、正しい決定のためのパターン認識能力が身につく環境です。
これに対し、「意地悪な環境」では専門家でさえ、自分の決定が正しいかどうか、確認できません。つまり専門知識を身につける機会が限られています。ある実験で、出入国審査官がパスポートの写真を見て別人を通す確率わ調べました。結果は7回に1回、これは実験に参加した学生と変わりませんでした。
解決策② 選択を構造化
家を買うとき、様々な家を見るとそれぞれ特徴があります。どの家が「最適な選択」でしょうか。ある家のとても素敵なベランダに心惹かれて、他の欠点は無視してしまうかもしれません。
「ペアワイズ(2因子間網羅)」を使えば、ある特徴に引っ張られることなく、総合的な評価ができます。
ペアワイズとは、組み合わせテストの技法の一つで、2つの因子のすべてのペアについて、取り得る値の組み合わせを網羅する手法です。ソフトウェアの不具合の多くは1つまたは2つの因子の組み合わせによって発生する、という経験則に基づいて、すべての因子・水準の組み合わせを網羅するよりも何桁も少ない回数で組み合わせテストを構成することができます。
ペアワイズ法は、以下の2つのステップでテストケースを作成します。
1. テスト対象とする因子と、その因子の水準を特定する。
2. すべての因子のペアについて、それぞれの水準の組み合わせを網羅するテストケースを作成する。
例えば、テスト対象とする因子が「色」と「サイズ」で、色の水準が「赤」と「青」、サイズの水準が「小」と「大」の場合、ペアワイズ法では以下の4つのテストケースを作成します。色:赤、サイズ:小
色:赤、サイズ:大
色:青、サイズ:小
色:青、サイズ:大ペアワイズ法は、以下のメリットがあります。
・少ないテストケースで効率的にテストを進めることができる。
・ソフトウェアの不具合の大部分を検出できる。デメリットとしては、以下の点が挙げられます。
・因子間に明確な関係がない場合に、必要なテストケースが不足する可能性がある。
・因子の数が多い場合に、テストケースの数が多くなる。ペアワイズ法は、ソフトウェアの不具合の多くを効率的に検出できる有効なテスト技法です。しかし、因子の数や因子間の関係を考慮して、適切に活用することが重要です。
家を選択する場合、リストからランダムに選んだ2つの項目を次々に表示し、自分にとって大切な方をクリックします。この選択を数十回行い、各項目につき0~100までのスコアを算出します。これに対し重みづけをして総合的に評価します。
シアトルに住むリサとその夫は家を買うときにこのペアワイズを使用しました。結果、気に入った家の評価が意外と低く、平均的な不満の少ない家が見つかりました。この手法のおかげで費用面的な細部にとらわれずに済みました。(表2)
表3 家を買うときに行ったペアワイズ
基準 | 重み | 家D | 家J | 家T |
間取り(3ベッドルーム+ゲストルーム) | 89 | 1 | 1 | 1 |
動線の良さ | 79 | 0.5 | 1 | 0.5 |
開放感 | 73 | 0 | 1 | 1 |
プレハブを増築できるか | 67 | 1 | 1 | 1 |
戸外や自然環境との一体感 | 62 | 1 | 1 | 0.5 |
家の雰囲気 | 62 | 1 | -1 | 0.5 |
大規模な改修が不要 | 61 | 1 | -0.5 | 1 |
お得感 | 53 | 0 | 0 | 0.5 |
親しみやすい土地柄 | 65 | 0 | -1 | 0.5 |
近隣地域の質 | 57 | -1 | -1 | 0 |
近隣住民の雰囲気 | 54 | -1 | 0 | 0 |
加重和(722点満点中) | 269.5 | 155.5 | 450.5 | |
合計スコア(722を100%とした割合) | 37.3% | 21.5% | 62.0% |
※注 2人はプロセスを簡素化するために、評価がとても低かった基準を省いた
頭の中に12もの項目を一度に入れておくのは難しいですが、このツールがあればすべてを組み込んだ全体像をつかむことができます。
解決策③ 死亡前死因分析
プロジェクトが失敗すると、何が問題だったのか、なぜ失敗したのかを検討するための教訓セッションが行われます。医療でいう、死亡後死因分析のようなものです。ゲーリー・クラインは以下のように考えました。
これを事前に考えてみてはどうだろう? プロジェクトを開始する前に、こう宣言するのだ。「今、水晶玉を覗いてみたら、プロジェクトが失敗していました。大失敗です。さてみなさん、少し時間をとって、なぜプロジェクトが失敗したのかを考え、その理由をすべて書き出してください。」
これは心理学者が「先見の後知恵」と呼ぶもので、つまり出来事がすでに起こったと想像することで頭に浮かぶ後知恵です。この先見の後知恵を用いると、特定の結果が起こる理由を見抜く能力が高まります。
例 卒業を控えた60人に今後母校の成功を脅かす最大のリスクを書いてもらいました。学生には2種類の質問をしました。
(#1) 少し時間を取って、今後2年間に当校の存続や成功にとって最大の脅威となるかもしれない要因や動向、出来事を考えてください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。
(#2) 今は2年後だと想像してください。当校は大苦戦していて、最近の卒業生であるあなたは悪いニュースをしょっちゅう見聞きしています。実際、大学はビジネスモデルの閉鎖さえ検討しているほどです。では少し時間を取って、この結果をもたらした要因、動向、出来事を想像してください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。
表 質問の回答
バージョン#1の質問の回答 | バージョン#2の質問の回答 |
学生の実地研修が足りない。他大学の学生に比べて実地スキルを学ぶ機会が少ない | アカデミックなことに力を入れすぎて、実践的なスキルや就職支援などに手が回らない |
他校のプログラムとの差別化が図れず、毎年卒業生がよい仕事に就けない | 学生のカンニングなど学術スキャンダルによって、大学の評判が傷つく |
<教室での講義と実際の職業経験とを結びつけていない/td> | 多くの卒業生が就いてきた新卒向けの仕事が、人工知能に取って代わられる |
他校に比べて卒業生を採用する企業が少ない。就職準備のサポートが不十分 | 自然災害による公社の損壊。法律改正により海外留学生のビザ取得が困難に |
他校との競争や、全般的な経済不安 | 他校の実地研修が拡充する。オンライン教育により対面での授業が時代遅れになる。経済学部の応用プログラムにビジネススクールの優秀な学生が奪われる |
バージョン#1の回答と、バージョン#2の回答には明らかな違いがあります。バージョン#1の結果を想像しなかった場合に比べて、バージョン#2ではより多くの理由を思いつき、しかもそれらはより具体的で正確でした。
解決策④ 予測能力・直観力を磨く
【2秒早く予測】
アイスホッケー選手ウェイン・グレツキーは、1981~1982年のシーズンで92得点というNHL記録を打ち出し、NHL史上最高のプレイヤーと呼ばれました。ウェインは身長180cm、体重77kgとNHL選出しては小柄でしたが、他の選手よりも2秒早くリンク上の展開が読めました。
ウェインは「パックがある場所へ滑るのでなく、パックが向かうはずの場所に滑り込む」と述べています。
チームメイト グラントファーは「彼は試合の動きが読めるんだ。他の選手はそんなこと考えもしない。不可能だと思っているからね。なのに彼はそれをやってのけるのさ。同僚選手に向けてでなく、スペースへとパスを出す。誰かがそこを滑るはずだし、その位置からなら得点できるとわかっている。だからパックをそこへ送り出すわけだ」と話しています。
【自分と会社が一体という感覚】
シリコンバレーの投資家 元ネットスケープ・コミュニケーションズのベン・ホロウィッツは、ラウドクラウドのCEO時代、データを見るのではなく自社についての知識を頭の中に詰め込んでいました。
製品、顧客、従業員、課題や脅威などの情報が頭の中をうまく流れるようにしていました。ホロウィッツは自分が会社と一体だという感覚で仕事を行っていました。
そのため、難題が持ち上がっても打つべき手が瞬時に頭に浮かびました。
ホロウィッツはこの感覚を持った人材をタイプ1の人材と呼びました。企業への投資はタイプ1の人材がいるかどうかで決めていました。
一方、企業にとってはタイプ1とは違うタイプ2の人材も必要であり、細かい点に注意を払って実行役を果たすと考えていました。ただしタイプ2の人材は想定内の話しかできません。
CEOが完全な情報をもとに判断を下すことはあり得ないため、これまでの経験から複雑で巨大な情報のかたまりを脳内で咀嚼し、解決策を即座に判断できます。また、見過しがちな変化やチャンスに注意を払うことができます。
【とにかく行動】
ボストンのトーマス・メニーノ市長は、支持率は72%で、2009年5期目の再選を果たしました。
メニーノ市長はひっきりなしに街に出て、世論調査はせず、コンサルタントにも頼らない方針でした。泥臭い仕事を自分でこなし、「熟考より行動」を重んじていました。その積み重ねでメニーノ市長は自分の判断がどんな影響を及ぼすのかをほぼ瞬時に見通すことができました。
彼は、1万時間を超える時間をかけてボストンについての予測脳を築きました。
解決策⑤ 小さなミスから学習する
システムが小さなエラーやミス、その他警告サインという形で私たちに投げかける情報から、学習することを欠かさないようにします。
小さな過ちやニアミスから学習する方法をアノマライジングと呼びます。
【ステップ1】
- アノマリー(計画したことと実際に展開する状況との乖離)の収集
- 危険なニアミスの報告の収集
- うまくいっていない物事を発見
- 例えば航空会社は航行中の航空機からも直接データを収集
【ステップ2】
- 指摘された問題に対処
【ステップ3】
- 問題を掘り下げ、根本原因を特定し対処
例 同じ病棟で投薬ミスが繰り返し起こっていた - 調査の結果、看護師たちが立ったまま投薬の準備をする間、何かと邪魔が入って投薬準備がしょっちゅう中断されていた
- 対策として投薬準備室を設けた
- 問題が解明したらヒヤリハットの事例は組織全体で共有
【ステップ4】
- 警告サインを受けて講じた解決策がちゃんと機能しているか検証
例 航空会社での手順ミスが発生した - コックピットにパイロットがもう一人乗り込んでクルーの仕事を見守る
- チェックリスト項目の見逃しや手順の混同がないか確認して対策の有効性を検証
検証を行うことで、解決策が問題を悪化させる事態を防ぐことができます。
組織の中で「報告者が責められるようなことがあれば、システムに生じたまちがいや事故を指摘する人など誰もいなくなる」というような「あやまちを魔女狩りにする」のでなく、学習機会とみなす文化が必要になります。
UCSFの医師ボブ・ワクター氏は、「組織の安全性を測るものさしは、ファインプレーをした人がCEOに表彰されるかどうかではない」
「たとえ勘違いでも声をあげた人が表彰されるかどうかなのだ」
と述べています。
失敗を引き起こす権力
ウィスコンシン大学で、以下のような研究が行われました。
まず、面識のない3人の参加者に学内の様々な問題を議論させます。その後、3人の中からランダムに選んだ1人を評価者に指名し、他の2人について議論の貢献度に応じて点数をつけてもらいます。評価者は選ばれたのがただの偶然であることを知っている状態です。
次に、議論の30分後にチョコレートチップクッキーを差し入れます。
チョコレートチップクッキーは全員分のおかわりがなく、2枚目のクッキーをもらえるのは評価者に選ばれた人だけです。この、「評価をする」というわずかな権力意識が、評価者自身に「自分は2枚目を食べる権利がある」と思わせました。
しかも食べ方も汚く、「脱抑制摂食行動」の兆候が見られました。動物のような食べ方で、他の参加者に比べて口を大きく開けて食べたり、クッキーのかけらを顔やテーブルにこぼしていました。
① 権力意識が現場の直感を阻害する
【他人の意見を聞かない】
前記の研究から、ささやかな権力意識を手にするだけで人は腐敗することが分かります。そして他人の意見を曲解したり却下したりします。「議論で他人の発言を遮る」、「自分の順番でないときに発言する」、「専門家であろうとなかろうと他人の助言を聞き入れない」などの行動を起こす可能性が高くなりました。
権力を持っている状態は、脳に損傷がある状態と少し似ているといえるでしょう。
「権力者は脳の前頭葉眼窩部に損傷を受けた患者とそっくりの言動をとることが多い」
この領域の活動が低下すると、衝動的で無神経な行動をとりがちになります。複雑系では、失敗の前に
失敗が近いことを示す手がかり
が現れます。その多くは役職者より現場の人の前に現れます。しかし彼らは「上司はどうせ聞いてくれない」と思います。声を上げることはありません。
【予兆を妨げる上司】
ウィスコンシン大学のジム・ディタートは従業員の素直な意見を促すために企業が行っている取組を調査しました。その結果「ベストプラクティス」とは程遠い現状が浮き彫りになりました。
「オープン・ドア・ポリシー」は、効果が上がっていませんでした。上司との会話においても、問題の責任は部下にあり、それは乗り越えがたいハードルでした。
ウィスコンシン大学のディタートとパリスは「匿名で意見を言える仕組みにすれば、その背後に『この組織で思っていることを素直に言うのは危険だ』というメッセージが言外隠されている」と指摘しました。
② 開かれていないリーダーシップ
リーダーは何より「人がいかにヒエラルキーに忖度しているか」このことを理解することがとても重要です。前述のディタートは以下のように述べています。
ほとんどの人が意識していなくても、上役のご機嫌を損ねていないだろうか、人間関係を損ねていないだろうか、といつも気にしている。だから上司は、ただ和やかな雰囲気をつくり、オープン・ドア・ポリシーを唱えるだけではだめなんだ。誰かがやってきて声を上げるのを待つんじゃない。自分から行かなくては。会議で誰も反対しないからといって、全員が合意していると思ってはいけない。多様な意見を促そう。部下が意見を言える場を頻繁に設けよう。そうするうちに、声を上げることが特別なことではなくなり、いつものありふれたことになる。
「声を上げるよう積極的に促さないのは、抑えつけているのと同じだ。ネガティブなことをしないというのでは全く不十分なんだ」
しかし、メンバーが声を上げやすいように様々な取組をした結果、根拠のない懸念や的外れの意見まで殺到したらどうしたら良いでしょうか。寄せられるアイデアにはよくないものもあります。ただ文句を言いたいだけの不満分子かもしれません。
素直な意見を促すとき、よいアイデアだけが出てくることはありません。一部の意味のないアイデアで時間を無駄にするかもしれません。そのコストと、とても重要なことを見過すコストをてんびんにかけなければなりません。どちらを大切にするべきか、判断するのはリーダーです。
システムが線形系であれば声を上げることがあまり重要でないかもしれません。失敗は明白で人目に付きやすく、些細なエラーでメルトダウンを引き起こすことはめったにありません。
しかし複雑系では何が起こっているかを把握するのは、一個人の能力では限界があります。その上システムが密に結合していれば、間違いの代償はとても高つきます。
複雑系のデンジャーゾーンでは、少数意見を無視できないのです。
レジリエンスを高める
十分な対策をしても大規模な災害を防ぎきれないもしれません。
レジリエンス・エンジニアリング、認知システム工学のE・ホルナゲルは、大規模な災害が起き、それは防ぎきれないという前提で「被害を最小限に食い止め、早期の復旧を目指すべき」という考え方を提唱しました。(レジリエンスとは弾性力、回復力を意味し、物理学、生態学、心理学で用いられます。)
東日本大震災では、巨大な津波が防潮堤を乗り越えて人命や財産を奪いました。レジリエンス・エンジニアリングでは、ハードウェアだけで津波を100%防ぐのでなく、例え津波が乗り越えても被害を最小限に抑え、そして被害から早期の復旧ができることを目指します。
これは強固なハードウェアに頼るのでなく、社会システムを構築し、人や組織が臨機応変に柔軟に対応することで問題に対処するという考え方です。そのためには事前に様々な場面を想定し、臨機応変な対応ができるような訓練が必要です。
つまり、これまでシステムやルールを守り安全を確保する「第1種の安全」に対して
2被害をできるだけ抑えて、機能の維持と回復に向かう取組は「第2種の安全」と呼べるでしょう。
表 第1種の安全と、第2種の安全の比較
Safety-Ⅰ | Safety-Ⅱ | |
安全の定義 | 悪い方向へ向かう物事ができるだけ少ないこと | できるだけ多くのことが正しい方向へ向かうこと |
安全管理の原則 | 何かが起こった時に、反応し、応答する | 事前対策的、発展や事象を予期するように努める |
事故の説明 | 事故は失敗や機能不全が原因で起こる | 結果によらず、物事は同じ方法で起こる |
ヒューマンファクターの見方 | 責任 | 資源 |
参考文献
「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1~複雑化するシステムと密結合が起こす事故~
現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。
そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故になってしまいます。
小さな失敗と思いがけない事故
スリーマイル島原子力発電所事故
1979年3月28日アメリカ ペンシルベニア州のスリーマイル島にある原子力発電所で事故が起き、炉心溶融(メルトダウン)という重大な結果になりました。
きっかけは保全のために、2次冷却水系のイオン交換樹脂を交換したことでした。この作業中、弁を制御する圧力空気の経路に少量の水が混入しました。
これが原因で主給水ポンプ、復水ポンプが停止し、発電用タービンが緊急停止しました。
その結果、一次冷却系の圧力が上昇しました。そのため原子炉は自動的に核反応を停止(制御棒を炉心に全部挿入)しました。
しか原子炉内では崩壊熱の発生は続き、一次冷却系の圧力は上昇しました。そのためパイロット・オペレーション・リリーフバルブ(PORV)が自動的に作動し、一次冷却系の圧力を下げました。
ところがPORVは故障していました。PROVをオフするように信号が送られましたが、信号がオフになってもPORVの弁が開いたままでした。ところがPORVの弁の開閉を検知するセンサーはないため、計器盤が表示するPORVへの信号のオフから、誰もがPORVの弁は閉じていると思いました。
実際は、原子炉内の冷却水は高温になり、圧力容器内の水は激しく沸騰し気化していました。
これにより気化した蒸気の泡が水位計に流入しました。そのため、水位計は十分な水位を示すという間違った表示をしました。
こうしたことが重なり、オペレーターは炉内で起こっていることを正しく理解できませんでした。
こうした誤った情報から、オペレーターは炉内の冷却水が過剰気味と考えました。
そして緊急給水ポンプを停止してしまいました。PORVから蒸気の放出は続き、ついに原子炉内の炉心コア頂部が露出しました。そして水素の発生と燃料棒被覆の溶解が起きました。
午前6時にシフト交代がありました。交代したチームはPORV近辺の温度異常に気付きました。すぐにPORVのバックアップバルブを閉じましたが、この時すでに120,000Lの一次系冷却水が放出されてしまいました。
結局、炉心溶融(メルトダウン)により、燃料の45%、62トンが溶融ました。このうち20トンは原子炉圧力容器の底に溜まってしまいました。給水回復による急激な冷却によって、炉心溶解がさらに深刻化しましたた。
実際には、最初の配管トラブルと蒸気発生器への給水ポンプの停止から、原子炉内の圧力上昇、PORVの弁の固着とPORVの誤表示までは、わずか13秒の間でした。
その後10分以内に炉心の損傷が始まっていました。
この事故は、操作員のミスと、あとから振り返って初めてわかる「あとになってわかる過失」が重なったために起きた事故でした。
中華航空機事故
1994年(平成6年)4月26日に台湾発名古屋空港行きの中華航空140便(エアバスA300)が名古屋空港への着陸進入中に墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡しました。この事故は、日本では日本航空123便墜落事故(死者520人)に次ぐ惨事でした。
事故の原因は、名古屋空港への着陸進入時に、副操縦士が誤って着陸やり直しスイッチ(ゴー・レバー)を押してしまったためでした。
副操縦士が知らない間に着陸やり直しの自動操縦モードになっていたのです。そうとは知らない副操縦士は、着陸のため操縦桿を押して機首を下げようとしました。しかし自動操縦モードは着陸やり直しになっているため機首を上げました。副操縦士がいくら操縦桿を押しても機種が下がらないため、機長は着陸は無理だと判断しました。そして着陸をやり直すため機首を上げようとした時、機体は突然急上昇しました。その結果失速し、墜落しました。
ボーイングに代表されるアメリカ製航空機は自動操縦装置について、「思いがけない事態が生じた際は、いつでも手動操縦に切り替えることができる」という考え方でした。事故機の副操縦士は、ボーイングの操縦経験が長く、このアメリカ製航空機の考え方に馴染んでいました。
それに対しエアバス社は、「人はミスを犯すものであり、それをコンピューター制御によって防ぎ、正しい操縦を行うことで安全性を高める」という考え方でした。かつてパイロットのミスによる航空機事故が何度も起きたため、エアバス社はこういう考え方になりました。
現代の航空機は、コンピューター制御と人の操作の領域が複雑に重なり合っています。その重なり方もボーイングとエアバス社で異なっています。
しかし航空機の操縦は、時には一瞬の遅れやミスが許されない場合もあります。その時、複雑な重なりは、致命的な事故になりかねません。
ひとつのミスが許されない「酸素容器の取り扱い」
1996年5月バリュージェット航空592便の機内で火災が発生、機は墜落しました。
原因は貨物室内にあった酸素発生装置が誤って作動し、貨物室内に酸素が放出され、この酸素が貨物室の火災を引き起こしたためでした。
この酸素発生装置は、バリュージェット航空の下請け整備会社セイバーテック社がアタランタへ飛ぶ592便の貨物に入れたものでした。しかし、酸素発生装置は輸送のための適切な処理がされていなかったのです。
【酸素発生装置の取り扱いルール】
航空機は非常事態の場合、乗客に酸素マスクを提供します。そのため、酸素発生装置(バルブのついた酸素ボンベ)を航空機は積んでいます。これは使用期限が来れば新しいものと交換します。交換した酸素発生装置の取り扱いは「期限切れ」「使用済みでない」の場合は安全キャップをつけなければならないルールでした。しかし、セイバーテック社の整備工は酸素発生装置の使用期限を区別していませんでした。
使用済みと期限切れの関係は表1のようになっていました。
表1 酸素発生装置の処理
使用期限 | 使用の可否 | 安全キャップ |
期限切れ | 使用済み | 不要 |
使用済みでない | 必要 | |
期限切れでない | 使用済み | 不要 |
使用済みでない | 必要 |
もし整備工がバリュージェット航空の作業命令書を読んで、
MD-80型機の分厚い整備用マニュアルの第35-22-01章「h」行から調べていたとしたら、
「酸素発生装置の保管または廃棄」に関する説明にたどり着いていたはずです。
そして、もしも丁寧に選択肢を検討してマニュアルをめくっていたなら、
「すべての使用可能/使用不可な(使用済みでない)酸素発生装置(容器)は、高温や損傷の危険にさらされない場所に保管すること」
を学んでいたはずです。
また、もしも括弧でくくられた「(使用済みでない)」の意味をじっくり考えていたのなら、
「(使用済みでない)」容器が「使用不可」な容器であることを察していたはずです。
しかもセイバーテック社は出荷用のキャップを持っていませんでした。
本来であれば、これらの酸素容器を安全な場所に移し、マニュアルに説明された手順に従って「起動されるべき(バルブを作動して酸素を解放)」だったのです。
ジャーナリスト兼パイロットのウィリアム・ランゲビーシュはこの事故に関して「アトランティック」誌に以上のように書いていました。
安全は、個人の注意力や能力、個々の装置の問題だけではなく、人や設備、運営を含めたシステムの問題も考慮しなくてはいけません。そのシステムが複雑で入り組んでいることが問題なのです。
正解に至る道筋がわかっていても、そこに至る道筋に
様々な分岐や選択肢があれば、正解にたどり着けるとは限らないのです。
さらに現代の事故の原因には、システム内での相互作用があります。
複雑さを増すシステムと密結合の危険
複雑さを増す現代のシステム
イェール大学チャールズ・ペロー氏は、航空機事故から原子力発電所や化学工場の事故を調査し、思いがけない相互作用が発生し小さな失敗が予期せぬ方法で組み合わさって大きな事故を起こすことに気が付きました。
このシステムの脆弱性を以下の二つの変数で表しました。
(1)線形系と複雑系
線形系の例 自動車工場の組立ラインなど製品が順に流れて作業を行うものなど
- シーケンシャルに進む
- 不具合が起きてもどこで発生したかすぐ分かる
- 影響が及ぶ範囲も明確であることが多い
複雑系の例 原子力発電所
- 入り組んだ網に近く、構成要素が相互に影響し合う
- サブシステムが多くの構成要素と結びついている場合が多い
- 一見無関係な要素が間接的につながっているため、何か問題がおきるとあちこちに影響する
- 問題を直接見ることができず、情報は断片的にしか入らない(これは双眼鏡で遠くを見て、足元を見ずに断崖絶壁の近くを歩いているようなもの)
(2)システム内のゆるみの大きさ(結合の強さ)
2番目はシステム内での構成要素の相互の結合の強さです。構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないものを密結合、スラックやバッファーがある程度あるものを疎結合と呼びます。
密結合と疎結合
構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないため、ひとつの構成要素の不具合が他に影響を及ぼしやすい。この状況を密結合といいます。
【密結合の例 原子力発電所】
ものごとを正しく行うだけでは不十分です。正確な量のインプットを決まった順序で、決まった期間内に行わなければいけません。失敗してもやり直すことはできず、代用品や代替品がうまくいくことはありません。
つまり、ものごとを正しく行う方法は一つしかない状態です。
いろいろなことがあっという間に起こり、問題を解決する間システムを停止させておくことはできません。
原子力発電所の核分裂反応の制御がまさにそうです。
核分裂反応は特定の条件がそろう必要があります。正しいプロセスからわずかに逸脱しても問題が起きます。問題が起きてもシステムを一時停止できません。核分裂反応は連鎖し独自のペースで進行し続けます。もし中断できても崩壊熱はその後も発生し続けます。そして過熱した原子炉には直ちに冷却水を注入しなければなりません。タイミングが遅れれば炉心融解に至りかねません。
【疎結合の例 航空機製造工場】
尾翼と胴体は別々に製造されます。片方に問題起きても、二つの部分を結合する前であれば修正できます。しかもどちらを先に製造しても構いません。何か問題が起これば、その部分の製造を中断すればよく、後から作業を再開できます。
これを図にまとめると以下のように表せます。
郵便局や大学は疎に(緩く)結合しています。物事を正確な順番で行う必要はなく、問題を修復する時間も十分にあります。
ただ郵便局に比べて大学は入り組んだ官僚制機構です。非常に多くの部門と、部署、役職、規則、そし研究者や教員、学生、事務員などて様々な動機を持った人がいます。そのため相互の関係は複雑で予測不能な状態で結びついています。
ただし大学の場合は疎結合です。時間をかけて柔軟に問題に対応することができます。しかもある学部の問題は他の学部に影響することは稀です。社会学部のスキャンダルは医学部に影響を及ぼしません。
この結びつきの「固い」と「弱い」の違いを表2に示します。
表2 「固い」結びつきと「弱い」結びつきの比較
固い結びつき | 弱い結びつき |
作業過程における遅延は不可能 | 作業過程における遅延が可能 |
手順の順序は変えられない | 手順の順序は変えられる |
目標を達成する方法は1つだけ | 代替的な方法がある |
資材、装置、従事者における「たるみ」は少しだけしか許されない | 資材、装置、従事者における「たるみ」は許容可能 |
以上の緩和策や予備手段はあらかじめ周到に組み込まれている | 緩和策や予備手段はケースバイケースで用意できる |
資材、装置、従事者の代替は限られているか、あらかじめ用意しておくしかない | 資材、装置、従事者の代替もケースバイケースで対応できる |
危険なのはマトリックスの右上
ペロー氏は、システムがメルトダウンを引き起こすのは、複雑系と密結合の組み合わせと言います。
複雑系では小さなエラーは避けられません。そしていったん歯車が狂い始めるとシステムは不可解な兆候を見せます。手を尽くしても問題を正しく診断するのは容易でありません。時には間違った問題を解決しようとしてしまいます。そして事態をさらに悪化させます。この時、密に結合されていれば、倒れ始めたドミノを止められません。失敗は制御不能になってしまいます。
ペロー氏はこの種のメルトダウンを
「ノーマルアクシデント(起こるべくして起こる事故)」
と名付けました。
ここでノーマルとは、頻繁に起こるという意味でなく、当たり前で避けがたいという意味です。
ペロー氏によればこのノーマルアクシデントは
「安全を期すためにどんなに力を尽くしても、(複雑な相互作用のせいで)複数の失敗の思いがけない相互作用が、(密結合のせいで)失敗の連鎖を招いてしまうような状況」
と定義しました。
こうした事故は
起こってはいけないことが起こったのではなく、
こういった複雑なシステムでは頻度は非常に低いが「起こるものである」
とペロー氏は主張しています。
金融 コンピューターによる高速取引プログラム
金融での複雑性と密結合
2012年8月1日、ニューヨーク証券取引所で製薬会社ノバルティスの株が乱高下しました。その結果、10分間で1日分の取引が行われました。しかも同様の不可解な動きがGMやペプシなど主要銘柄でも起きました。
原因は、大手証券取引仲介業者ナイト・キャピタルのシステムが誤発注したためでした。ナイト・キャピタルはまるで市場を相手に「手札を全部さらしてポーカーをしている」かのようでした。ナイト・キャピタルは、毎分1500万ドル強の損失が発生し、損失合計は5億ドルにも上りました。
密結合ではひとつのミスが命取り
2011年11月に個人投資家流動性プログラム(RLP)という新制度が導入されました。それに対応するため、ナイト・キャピタル社はプログラムを改修しました。RLPに対応するためのフラグを、以前は使用していたけど今は使用していない「パワーペグ注文」というフラグを使いました。すでにパワーペグ注文のコードは無効にしてありました。プログラマーはRLPに対応したプログラムを8台のサーバーに導入しました。ところが1台のサーバーはプログラムを入れ忘れました。
8月1日新しいプログラムが稼働すると、新しいプログラムをインストールしなかったサーバーは、RLPに対応したフラグを古いパワーペグコードと受け取り、パワーペグコードで決定した価格で注文を毎秒数百件の速度で出し続けました。しかもこの異常な注文は、システム画面に表示されず、誰も気づきませんでした。
ナイト・キャピタル社は、このたった1日のトラブルで破産しました。
こんなことは、原子力発電所や証券取引ぐらいで、自分たちには関係ないと思うかもしれません。
ところがシステムの複雑性と密結合は、今や私たちの身近なところにもあるのです。
複雑性と密結合の増す製品
ATMをハッキング
ホワイトハッカーで、セキュリティの専門家バーナビー・ジャックは、2010年ハッカーの年次国際会議でATMのハッキングをデモンストレーションしました。
車を止める
ハッカーのチャーリー・ミラーとクリス・バラセクは、「ワイヤード誌」の依頼でジープ・チェロキーのハッキングをデモンストレーションしました。チェロキーのエンターテイメントシステムに、モバイルネットワークから侵入し、車載コンピューターにアクセスしました。そして走行中の車のエンジンを停止させました。記事掲載から3日後、クライスラーはセキュリティの脆弱性を認め、140万台をリコールしました。
今ではこれまでオフラインだった自動車やATMがオンラインでつながっています。そのためセキュリティ上の脆弱性が増しました。加えてIoTでこれらの機器の上位システムともつながっています。今後、自動車、家電製品、工場内の設備など多くの機器もネットワークにつながり、相互に影響しあうようになっていきます。しかも私たちは途中過程を見ることができません。
システムの複雑性と密結合が強化され、思わぬ結果が起きる可能性は高くなっているのです。
一方、巨大な組織は、多くのメンバーが複雑に役割分担しています。こういった複雑な組織でも問題は起きます。
よい人がみんなで起こす悲劇
1986年1月、スペースシャトル『チャレンジャー号』は、打ち上げ73秒後に空中分解しました。低温のため補助ロケットの接合部分を密閉する部品(Oリング)から燃料が漏れ爆発しました。Oリングメーカー サイコオール社の技術者ボイジョリーは低温での危険性を指摘し、打ち上げ延期を主張していました。
しかしNASAの責任者は、『チャレンジャー号』の打ち上げが何度も延期されたこともあり、「気温12度? 春まで待てと言うのか!」と声を荒げました。
この事故についてアメリカの組織社会学D・ヴォーンは、関係者への聞き取りや関係文書の収集・調査を行いました。その結果、Oリングのリスクはサイコオール社だけでなくNASAでも共有されていることがわかりました。このようなリスクがあるのにも関わらず、正式な実験や安全審査の手続きを経て、打ち上げは決定されました。
つまり、この事故の真の原因は、はたから見ればルールや常識に外れたことでも、当事者たちはおかしいと思わず、当たり前のように振る舞っていたことでした。
しかもNASAのような専門的な業務は、高度に専門分化しています。担当者は自分たちの業務に長い経験を持つため、部外者には問題点分かりません。D・ヴォーンはこれを「構造的な秘密性」と呼びました。
これまでNASAは、NASAという組織の規則や慣習に従い、プロジェクトがうまくいくように取り組んできました。そのため、ボイジョリーのような部外者が直感で中止を訴えても、それは仕事の円滑な遂行を妨げるだけだとNASAは考えました。D・ヴォーンはこれを「逸脱の常態化」と呼びました。
これによる事故を防ぐには定期的に「外部の目」を入れます。今回の事例では、NASAやサイコオール社の別の部署の技術者に意見を出してもらうことです。同じ組織でも別の部署や異なる業務をしていれば「逸脱の常態化」に気づくことができます。
平穏無事に潜む危険
イギリスの心理学者・安全研究者 J・リーズンは、多くの組織で生産性と安全性のせめぎあいから、安全性が削られていると考えました。しかし大事故が起こるまでは平穏無事な状態です。そののため、小さなトラブルや軽微な事故が起こっても抜本的な解決はされないままでした。
こうした潜在的な危険を封じ込めるため企業は安全対策を重ねます。これは防護壁を何重にも張り巡らせている状態でか。これを「深層防護」と呼びます。リーズンは一見すると安全な深層防護の「平穏無事に潜む危険」が大事故を引き起こすと主張しました。様々な安全対策やルールによる深層防護壁も、実はヒューマンエラーやルール無視があれば穴が開いた状態です。これは図5のスイスチーズにたとえられます。
大事故が起きると「以前から問題があった」「いつか事故が起きると思っていた」という証言が出ます。その一方で7年間無事故など、それまでは安全に問題はありませんでした。これは防護壁が穴の開いたチーズであることを示しています。
リーズンは、「高度な深層防護はシステムをより複雑にし、その管理者や運転者にとって、システムが不透明なものになってしまう」ことを指摘しました。
その原因は、組織の文化に起因します。
組織全体で安全を高めようとする組織文化を「安全文化」と呼びます。これは次の4つの要素からなります。
-
報告する文化
組織の中で安全に対する情報を積極的に共有する - 公正な文化
するべきこと、やっていいこと、してはいけないこと、この3つの境界線が明確で、これらを行った場合の顕彰や処分に対し構成員は納得している - 柔軟な文化
時と共に変化する要求や、危機の際の突然の要求にも、必要な役割や権限をすぐに調整できる - 学習する文化
現状に満足せず、経験や情報を活かして、ときには手直しもいとわない姿勢
では、この安全文化は具体的にはどのように取り組めばよいのでしょうか、これについては次の経営コラムでご案内します。
参考文献
「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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『直感』による意思決定はうまくいくのか?
適切な意思決定を行うには「多くの選択肢を比較し、結果を予測し、意思決定に結果影響を受ける人や組織を考慮するべき」と言われています。しかし実際の意思決定はどのように行っているのでしょうか。案外「直感」で行っているのではないでしょうか。
直感は意外と優れていて、直感のほうが上手くいく場合があります。一方、人は錯覚や誤解をするので、直感は危険だという主張もあります。はたしてどちらが正しいのか2つの考えを比較しました。
直感のほうがうまくいく
1985年心理学者のゲイリー・クラインは、消防隊⻑にインタビューをしました。
消防隊⻑は台所の火事現場に到着し、すぐさまリビングから台所に放水を開始しました。しかし、一向に火勢が落ちません。隊⻑はなぜ放水が消火の役に立たないのか不思議に思っていました。その時、隊⻑の第六感が閃いて急に不安に襲われました。隊⻑が部下に「すぐに外に出ろ」と怒鳴った直後、リビングの床が崩落しました。火元はリビングの下にあった地下室だったのです。
直感が彼と彼の部下の命を救いました。
クラインによれば、人が専門的知識を深め、いろいろな状況に遭遇する回数が増えるほど、
経験のパターンを数多く発見します。
そして目の前の現実と過去の経験を照合する能力が 精緻なものになります。これにより直感が研ぎ澄まされていきます。
2009年1月 US エアウェイズ 1549便がカナダガンの群れと遭遇し、エンジンが両方ともカナダガンを吸い込んで停止してしまいました。エアウェイズ 1549便は即座に空港に向かいました。
無事に空港に着けるかどうかの判定を機⻑は
「管制塔に視線を固定し、前面ガラスの中でせり上がってきたら空港には着けない」
という経験則に従いました。しばらく飛行して、前面ガラスの中で管制塔がせり上がってきたため、機⻑はハドソン湾への不時着水を決意しました。
2つの選択方法
アメリカ合衆国の政治家ベンジャミン・フランクリンが、二股をかけて迷っている甥に書いた手紙があります。
「迷っているなら、賛成する理由と反対する理由を 1 枚の紙に左右 2 列に書き出す。同じ価値を持つ項目同士は線を引いて消して、残った項目の数で決めろ。」
テレビ番組を選ぶ際にすべてのチャンネルを選択してから決める、ショッピングなどであらゆる選択肢を比較してから最善のものを買うなどはベンジャミン・フランクリンの方法です。これを「マキシマイザー」と呼びます。
一方、追及はそこそこで、まあまあと思った最初の選択肢でさっさと決めるのを「サティスファイサー」と呼びます。直感はサティスファイサーの意思決定方法です。
直感とは?
スポーツのような身体的な活動は直感的な動作が多くみられます。
野球でフライの捕球をする際に外野手は緩慢に走っているように見えます。そこで監督が「もっと真剣に走れ」と叱咤した結果、むしろ落球が頻発しました。理由は、実は外野手はフライがどこに落ちるのかわかっていなかったのです。それでも捕球できるのは、上がっていくフライが一定の速度で上がっていくように走る速度を調整していたからです。
これは注視ヒューリスティックと呼ばれ、動物や昆虫など多くの生物が三次元空間を移動する物体を補足する能力です。
なぜ直感がはたらくのでしょうか。それは違和感があるからです。違和感は「モヤモヤする」「つらい」といった感情に結びつきます。この違和感は自分へのメッセージになります。
逆に好きと感じれば、理屈ではなく、体でピピピと感じることがあります。好きだとやる気が出て、その物事を継続できます。がんばれるから結果が出ます。良い結果を見て、「自分にとってこれは正しかった」と思うでしょう。
直感には3種類あります。
- 直感 (gut feeling) 一瞬で意識に上る判断
- 直観 (intuition) 基になっている理由が自分でもよくわからない判断
- 勘 (hunch) 行動を移すに足る確固たる判断
直感を構成するのは
- 単純な経験則=ヒューリスティックス
- 脳の進化した能力
と言われています。
ではなぜ直感が働くのでしょうか?それは人間の特徴として協調性があるからです。
チンパンジーの実験
檻に入ったチンパンジーの前に2つのハンドルがあります。
「親切なハンドル」は自分と隣の檻のチンパンジーに餌がもらえます。
「意地悪なハンドル」は自分だけ餌がもらえます。
ハンドルを回す回数を記録すると隣の檻に血縁関係のあるチンパンジーが入っていても、チンパンジーが「親切なハンドル」を回す回数は変わりませんでした。
同様の実験を人間の子供に対し行ったところ「親切なハンドル」を回す回数が多くなりました。子供はほかの人にも分け与えるほうを選んだからです。
何かを判断する時、人は相手も喜ぶような方法を感覚的に選ぶ傾向にあります。これは人類が進化の過程の中で獲得した能力「協調性」によるものです。
不確実な状況での意思決定
不確実な状況では多くの情報をあえて無視して意思決定を行う
ことがあります。問題解決の選択肢の中で、最も有効であると思ったひとつの理由だけで意思決定を行うことを「最善選択ヒューリスティック」と呼びます。
実は鳥の多くは巣の中のヒナを見分けられません。図々しいカッコーは自分のヒナを他の鳥の巣に入れて育てさせます。カッコーの托卵です。しかし人の子供は知っている人とそうでない人を瞬時に見分けます。人は個別再認能力が他の動物よりも高いからです。
これは全く見たことがないものよりも見たことがあるものを優先する「再認ヒューリスティック」が生じます。
実は「商品を選ぶなら聞いたことがあるブランドにしよう」という再認ヒューリスティックがあるため、多くの企業がテレビコマーシャルに多額の費用をかけるのです。
最善選択ヒューリスティック
極楽鳥の一種は、メスが相手を探す際に尾羽の一番⻑いオスを選びます。
⻑い尾羽は飛行の際にハンディキャップになるはずですが、求愛するオスは実に上手く飛びます。メスは種の間で、尾羽の⻑く、且つ飛ぶのも上手いオスを選ぶようになりました。
尾羽の⻑いオスの方が尾羽の⻑い子供が生まれ、更に繁殖できるチャンスが増えます。
このダーウィンの雌雄淘汰説は 100年間無視されていましたが、今では生物学の一分野として確立しています。
イギリスで子供が夜間急に医者にかからなければならない場合の医者の選び方を調査しました。
以下の 4つの選択肢、
①態度(話をちゃんと聞いてくるか)
②場所、③どんな医者
④待ち時間に
YES、NO で回答してもらいました。
その結果、「①態度(話をちゃんと聞いてくるか)」による選択が最も重視されました。それ以降の選択肢が違っても選択に変化は見られませんでした。多くの親は、態度が YES であれば、それ以外の要因はさほど重要ではないと回答したのです。
つまりたった一つの理由が決め手になっていました。
同様の調査を NBA(バスケットホール)、ブンデスリーグ(ドイツのサッカーリーグ)の試合結果の予測で行っても、ひとつの理由「これまでの勝ち数の多いチームが勝つ」だけで、多くの人は予測していました。
20件の実験について
- ひとつの理由で決める最善選択ヒューリスティックの予測結果
- 複雑な理由で決定する方法(重回帰分析)での予測結果
を比較しました。
その結果、最善選択ヒューリスティックの方が正答率は高かったのです。つまりたったひとつの理由で決めた方が正確でした。
- 将来を予測しなければならない
- 将来の予見が困難
- 情報が限られている
この3つが揃った場合、たったひとつの理由で決めた方が正確さは増すのです。
一方、
将来が十分に予測可能である場合、
あるいは情報が豊富な場合、
複雑な分析のほうが正確さは増します。
調べすぎる問題
アメリカでは医療訴訟が頻発するのはよく知られています。ある患者は前立腺がんの検査は受けないことにしました。しか不幸なことに、彼はその後前立腺がんで死亡しました。訴訟で原告側弁護士は「検査をしなかったのは医師の過失である」と主張しました。
アメリカではこうした訴訟が相次ぐため、医師はためらわずに過剰診断、過剰医療に突き進みます。
- 過剰診断
- 過剰医療
本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を、検査によって発見すること
本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を治療すること
しかし情報は多ければいいというものではないようなのです。
こんな例があります。
全身 CT スクリーニングによって冠状動脈疾患のリスクの高い人を特定できる確率は 80%です。そう聞くと高いい確率に感じます。
しかし、これは残り20%の人はハイリスクにも関わらず陰性と判断されることを示しています。彼らは偽の安心感を植え付けられて、治療の機会を逃してしまいます。
逆にリスクのない人を陽性と判定する確率が 60%もあります。つまり 60%の心配する必要がない人が、かかるはずがない病気におびえながら、残りの時間を過ごすはめになるのです。
米国予防医療サービス対策委員会は、前立腺、肺、膵臓、卵巣、膀胱、甲状腺のがん検診はメリットよりデメリットの方が大きいので受けないようにと勧告しています。検診してもがんがなくなるわけではないので、早期発見よりも予防の方が効果が期待できるとしています。喫煙、肥満、不適切な食生活、過度の飲酒を避け、適度な運動を行うことを推進しています。
リスクと判断
確実性をめぐってふたつの幻想があります。
① ゼロリスクの幻想
リスクはあるのにないと思うことです。
HIV 検査での偽陽性(誤った陽性判定)が起きると、陽性判定を受けた人が自殺したり、生活が破綻してしまうことが起きます。
② 七面鳥の幻想
殺されるかもしれないとおびえつつ毎日餌をもらえる七面鳥の逸話です。
n 日えさをもらった時、再び餌がもらえる確率は
(n+1)/(n+2)
で計算できます。100 日過ぎれば明日もエサがもらえる確率は
(100+1)/(100+2)=99%、
明日もエサがもらえるのはほぼ確実です。
七面鳥にとって不幸なことに 101 日目はクリスマスでした。
未来の予測に使ったモデルは短期には有効でも、⻑期も有効とは限らない例です。
リーマンショックについて、ゴールドマンサックス CEO デビッド・ヴィニア氏は
「『25シグマの事象』が数日連続で起きるという不測の事態が当社のリスクモデルを襲った」
と語りました。そして同社のリスクモデルでは 7〜8シグマの市場はビッグバン以来 1度だけ起きた頻度だと説明しました。
これは起こりえないことが起きたのでなく、同社のリスク評価モデルが間違っていたとみるべきです。
リスクは確率や可能性で数値化できます。しかし
リスクが「恐れ」とつながると人の行動が変容します。
「恐れ」つまり恐怖は脳の基本的な情動回路のひとつで、扁桃核を中心に形成されます。その多くは後天的に学習します。
恐怖の内容を学習するメカニズムは以下の2つがあります。
- 「社会的模倣」
自分が属する集団が恐れるものは恐れることです。
クリスマスキャンドルはドイツ人にはかかせないものです。しかしアメリカ人にとって火のついたローソクは火災の危険と背中合わせでとんでもないものです。そこでアメリカ人の多くはローソクを電飾に変えましたが、キャンドルの不注意による火災で死亡するドイツ人と、電飾の電灯による誤飲や感電で死亡するアメリカ人の数は同じでした。
遺伝子組み換え食品に対する姿勢や放射能に対する姿勢もアメリカとヨーロッパでは大きく異なり、ヨーロッパでは強い反対があります。これは自分が属する社会集団が恐れるものは自然と恐れるようになる例です。
- 「生物学的準備性」
蛇におびえるサルのビデオを見せられた別のサルも、蛇を見ておびえるようになります。動物でも自分に危害を加える生き物の情報は他者に伝搬します。
現代社会の病理
安全な社会になればなるほど、病気や事故など危害を加える事象が減少し、遭遇する機会も減少します。些細な事件がクローズアップされて報道されると、社会に伝搬する不安や「恐れ」が広く共有されていきます。
アメリカで大うつ性障害になる若者は1920年代生まれで2%だったのに対し20世紀中盤生まれでは20%に増加しました。別の調査でも1930年代以降は、自己愛的、自己中心的、反社会的、不安、憂うつ感が強くなっていると判っています。
一方、第二次世界大戦、冷戦の時期、労働争議の60年代、学生運動の70年代など社会が不安定な時期はうつ病の発症率は低い傾向にあります。
リスクに対する誤った判断とマスコミの功罪では、BSE(狂牛病)騒動や O157騒動は記憶に新しいのではないでしょうか。
直感は誤った判断を誘発する
直感、つまり主観に頼った判断は、人によっては大きな判断ミスを引き起こします。なぜなら、人は自信過剰で楽観的に考えるからです。
自信過剰と視野狭窄
人は主観的な視点にとらわれ、良い点ばかりに目を向けて現状認識が楽観的に陥ることがあります。
それは3つの幻想があるためです。
- 自分は人より能力が高いという幻想
- 楽観主義の幻想
- コントロールの幻想
80%以上の人が自分の運転技術は上位50%以上に入ると回答しています。
自分の未来が他人より明るいと考えます。
コントロールできない確率的な事象をコントロールできるように思ってしまいます。例 ファンドマネジャー
カリフォルニア大学のキャメロン・アンダーソン、ギァビィン・キルダフは知らない学生同士を集めて4人のグループをつくり数学問題を解く実験を行いました。グループのやり取りをビデオに録画し、それをメンバーに見せて誰がリーダーにふさわしいか判定させました。リーダーに選ばれたのは数学の力でなく、支配的な人でした。支配的な人は自信のある態度を取るため、他のメンバーは彼を信頼し従おうとしました。
アンカリング
特定の情報、特徴に基づいて考え始め、それを元に結論に至る方法です。アンカーというバイアスが効いて、正しい答えから逸脱してしまいます。そしてアンカリングがあると、起こりうる事柄を十分に考慮しない視野狭窄(トンネルビジョン)に陥ってしまいます。人は自分が導き出した仮説から推論し、それに矛盾しないものだけを考慮の対象にしてしまい、間違っているかもしれないという可能性が考えられなくなるものです。従って最初に問題をどう捉えるかが、意思決定に大きく影響します。
つまり
- その問題がどのように表現されて伝わったのか
- それについてどのように感じたのか
- その人がそれについてどれだけの事前知識があるのか
これによって意思決定が変わります。
視野狭窄(トンネルビジョン)を避けるためには
- 様々な他の選択肢を考える、複数のシナリオを考える
- 自分と異なる意見を積極的に探す
- 意思決定の背後にある理論的な根拠を記録し、後で振り返る
- 平常心でない場合は重要な意思決定は行わない
- インセンティブの影響を理解する(金銭、地位、名誉は誤った決定を導く)
などを考えると良いでしょう。
集団の均一性
集合知の正確性「みんなの言っていることはなんとなく正しい」と思うことはないでしょうか。牛の体重当てコンテストでは、専門家の推定よりも多くの人の投票結果の平均値の方が正確でした。ただしこれは多くの人が互いに話し合わず独立して予想した場合です。
参加者が自分の頭で考えず、他人の考えやメディアの情報を信用すると、多くの人が同じ値を予測するようになりました。つまり多様性が喪失してしまったのです。ブームや流行が起こったのも、他人の考えやメディアの情報を信用し多くの人が同じ考えを持ったためです。
こういった状況の影響力を回避するには以下のような方法があります。
- 状況を考慮
- 「横並びの強制力」に注意
- 惰性を回避
他人の判断は組織の影響など状況の影響を受けていないか注意する
「無意識のうちに」同業者のまねをしてしまう傾向がある
組織は往々にして凝り固まった手順を踏襲する
医療機関、取締役会、裁判所など、いずれも意思決定は社会的な行為です。そのためプライミング効果、デフォルト、感情などの周囲に影響されます。
結果が予測できない場合
相互作用の多いシステムでは一部を変更した影響が予期しない結果を引き起こすことがあります。
1800年代イエローストーン国立公園で ヘラジカがハンターに殺されるのを見て、ヘラジカの餌を増やしました。公園内の野生動物を増やして公園内の生態系を蘇 生させるためです。しかし、増えすぎたヘラジカは植物を食べ尽くし、土壌浸食が 発生しました。木が減ったためビーバー がダムをつくれずに減少し、ダムがなくなり、川の水質が悪化しました。
こうしたエサ不足でヘラジカが大量死したのを人はオオカミのせいと思い込み、オオカミを殺戮し、公園内のオオカミは絶滅、さらに状況はさらに悪化しました。
日本でも、風が吹けば桶屋が儲かるという格言があります(桶屋が儲かる仕組みを知っていますか?)。複雑な状況では意思決定の結果から起こることが容易にはわかりません。様々な状況を考慮して、総合的に判断する必要があります。
平均回帰とハロー効果
平均回帰
平均回帰とは、特別なことが起こるとこれを打ち消すような反対の出来事が起きることです。統計学では、「ある事象を何度も独立させて繰り返して行うと、相対頻度が理論的な確率に近づいていく」という「大数の法則」があります。
簡単に言えばいいことの後には悪いことが起こる
ということです。
スポーツ界の2年目のジンクスは、1年目に大活躍をした新人選手が2年目には成績が落ちることです。いろいろ理由が言われていますが、統計的には平均回帰であり、当たり前のことです。
心理学者ダニエル・カーネマンは、イスラエル空軍の操縦指導教官のトレーニング技術を指導した際、指導教官に「もっとパイロットをほめるべき」と助言しました。
これに対し指導教官は「パイロットはうまくいったと褒めると、次の飛行ではうまく飛べず、へたくそと罵倒した後はもっとうまくできる」と主張しました。この指導教官の過ちは平均回帰を理解していなかったことでした。うまくいった後にへたくそだったのは、単に平均に回帰しただけで、ほめたことは無関係だったのです。
ハロー効果
ハロー効果とは、一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうことです。
ある企業が良い業績を出していると「正しい戦略、ビジョンのあるリーダー、活気あふれる企業文化」と称賛されます。しかし翌年は業績が平均回帰によって大きく低下します。戦略もリーダーも企業文化も何一つ変わっていないというのに。
多くのシステムは複雑で、結果は運と実力の影響が混在しています。チェスや囲碁は実力があれば勝つことができ、運の影響は少ないですが、中には実力があっても勝てないゲームがあります。
これは故意に負けることができるかどうかで判断できます。例えば、ルーレットやスロットなどのギャンブルは完全に運が支配するゲームです。なぜならわざと負けることはできないからです。
では投資についてはどうでしょうか? S&P500種指数を上回るポートフォリオを構成するのはとても難しいことはわかります。逆に大幅に下回るポートフォリオをつくるのもとても難しいのです。
しかし、そのことに多くの人は気づいていません。
想定していないものは見えない
2001年2月9日原子力潜水艦グリーンヴィル号の艦⻑スコット・ワドルは潜望鏡で付近を確認しました。「船は何も見えなかった」、「ほかの船がいることは予想も期待もしていなかった」と後に述べました。
そしてデモンストレーションのため艦は急速潜航した後、緊急浮上しました。潜水艦が船首から海に飛び出すように浮上すると、それと共に激しい衝撃が潜水艦を襲いました。漁業実習船えひめ丸に衝突した瞬間でした。最大の疑問は「なぜ潜望鏡で確認したのに見えなかったのか」に尽きるでしょう。
オートバイ事故の半数以上が別の乗り物との衝突で、そのうちの65%以上が直進するバイクと右折する車の事故です。なぜバイクが直進するのにドライバーは右折しようとするのでしょうか。
それはドライバーにはバイクが見えず、バイクが直進してくると予想しなかったからです。ドライバーにはオートバイの存在は想定外でした。そしてこういった事故を起こしたドライバーの中にバイクに乗ったことがあるドライバーは皆無でした。派手な色のウェアやヘッドライト点灯 もないよりはましですが、最も効果があるのはオートバイを車に似せることです。ヘッドライトの間隔を離せば注意をひきやすくなります。
直感による判断は正しいのか
日常生活での錯覚は、自分たちの能力を過大評価させ、自信を増大させます。人の思考プロセスは以下の2つがあります。
- 素早い反射的な思考
- ゆっくりとした内省的な思考
素早い反射的な思考は、見落としや錯覚を引き起こします。
ゆっくりとした内省的で高次の思考は、反射的な思考の見落としを見つけることができます。しかし適切な修正ができなければ結局問題が起きてしまいます。
人の話を鵜呑みにしたり、多くの人が常識と考えていることを無条件に信じることは間違った判断を引き起こす原因になります。
素早い反射的な思考、別名「直感」はこうささやきます。
「自分は十分に注意を行き届かせることができる、
自分の記憶は詳細で正確、自分はものごとをよく知っている、
自信のある人は能力がある、
偶然や相関関係には因果関係がある、
自分は脳の10%しか使っておらず大きな可能性に満ちている…」
こうした直感は全て間違っているのです。
経営者が直感に従った具体例
モトローラの首脳陣は衛星電話ビジネス「イリジウム計画」を画策しました。地球上に 64 基の人工衛星を打ち上げ、地球上のどこにいても通話が可能になります。ただし 1 台 3,000 ドルの端末と1分3ドルの通話料を払えば。
プロジェクトは 1 年で崩壊し、50 億ドル近い損失が残りました。
注記)
現在、衛星インターネットは複数の会社が提供しています。通信の遅れなど問題はあるものの、広まりつつあります。直感が正しいかどうか、それはその事業をいつ行うのか、その時の技術的、社会的なバックグラウンドはどうかによって大きく変わります。
参考文献
「なぜ直感のほうが上手くいくのか?」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「賢く決めるリスク思考」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「まさか!? 自身がある人ほど陥る意思決定の 8つの罠」マイケル・J・モーブッサン著 ダイヤモンド社
「しらずしらず」レナード・ムロディナウ著 ダイヤモンド社
「錯覚の科学」クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著 文藝春秋
経営コラム ものづくりの未来と経営
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なぜ指導したことができないのか? 〜「教えはず」と「分かったつもり」の原因を探る〜
工場で新人に作業を教える場合、手順書やマニュアルを使って説明し、さらに「やって見せて」指導します。
その後、作業の要点を説明し、実際に作業者にやってもらい観察します。
その結果、不十分な点もしっかり指導しました。もう大丈夫と思ったら不良が出ました。調べると指導した通りにやっていませんでした。
あれほど丁寧に指導し、わからない時のために手順書も渡したのに、
なぜ教えたとおりにやらないのでしょうか?
多くの現場でこういった問題が起きています。教えた通りにできないのは
レベルが低いからでしょうか?
その結果、大量不良や悲惨な事故も起きています。
「なぜ教えて通りにできないのか?その原因は何なのか?」
「教えはず」と「分かったつもり」についてその原因を掘り下げます。
「分かったつもり」で生じる問題
自分たちの扱っているものの危険を知らなかった
自分たちが行う作業の注意すべき点や作業に潜む危険が分かっていない。
そして作業ミスや不注意が大事故を起こします。
1999 年9月30日城県那珂郡東海村の株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で、高濃度ウラン燃料の製造中に臨界事故(核分裂連鎖反応 : これは原子炉内部と同じ状態です。)が発生しました。この事故で作業員3名が重度の被曝をし、内 2 名が死亡しました。これは日本の原子力産業が起こした初の臨界事故で、最初の死亡事故でした。
同工場は高速増殖実験炉「常陽」で使用するウラン235濃度18.8%の高濃縮ウランを製造していました。その製造工程は、国(科学技術庁)の認可を受けた方法で行うことが義務づけられていました。このウラン溶液は一定量を超えると臨界反応を起こす恐れがありました。そこで溶解塔で硝酸とウラン溶液を混合した後、専用容器に小分けして再溶解し、均質化する方法が採られました。
しかしJCOは作業効率を上げるために、ステンレス製のバケツで混合した後、細⻑い貯塔に移して均質化し、容器に小分けしていました。これは違反行為ですが、貯塔が細⻑いため一度に入れても臨界を起こす可能性はい方法でした。
ところが事故当日、作業を効率化するため、ステンレス製のバケツで混合し、沈殿槽に投入したのです。この沈殿槽は貯塔と異なりずんぐりした形状でした。そのため構造的に中性子が容器から出にくく、しかも外側に冷却水が入った二重構造になっていました。中性子は水の層で反射するため、中性子の反応が連鎖して核分裂反応が起きてしまいました。
この事故については、専門家が調査を行い、事故報告書が作成されました。この報告書の中でマニュアルの勝手な変更や、作業変更に対するずさんな管理が挙げられていました。
しかし、そもそも作業員は自分たちが扱っている原料が一定量を超えれば臨界を起こす極めて危険なものだったことが分かっていたのでしょうか?そして臨界とはどのようなもので、どうすれば臨界を起こすのかわかっていたのでしょうか?
そのことを理解していれば、上司の許可なく勝手に作業方法を変えなかったかもしれません。
一方こういったこの事故を防ぐためには、正しい知識を持っていれば十分でしょうか?
分かっていないのに分かったつもりになっている
1946 年アメリカの核研究施設ロスアラモス研究所で物理学者のルイス・スローティーンは、プルトニウムの性質を調べる実験をしていました。
半球状のベリリウムの間にプルトニウム塊を置いて、二つのベリリウムの距離を縮めていき、反応を調べていました。この実験では二つのベリリウムが接近しすぎると、プルトニウムから出た中性子線がベリリウムに反射し、さらに中性子線が出て連鎖反応が起きてしまいます。
スローティーンは核分裂反応に詳しい物理学者でした。にもかかわらず彼が採った方法は、二つのベリリウムがくっつかないように、間にマイナスドライバーを入れておくというものでした。
そして不幸なことにマイナスドライバーが手から滑り落ち、二つのベリリウムはくっついてしまいました。実験室の8人は大量の中性子線を浴び、スローティーンは9日後に亡くなりました。
他にもっと安全な方法はあったのに、なぜスローティーンはこの方法を採ったのでしょうか?
スローティーンはこの実験の仕組みを本当はわかっていなかったのに
「分かったつもりになっていた」
のではないでしょうか?
説明深度の錯覚
認知心理学者フランク・カイルは被験者に次の質問をしました。
- あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。
- ファスナーがどのような仕組みで動くのか、できるだけ詳細に説明してください。
- あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。
大抵の人は2番目の質問に答えられませんでした。そこで再度
この質問を聞かれると、最初の時より7段階評価は低くなりました。
フランク・カイルはファスナーだけでなく、ピアノの鍵盤、水洗トイレ、シリンダー錠など様々なものについて調べました。その結果、大抵の人は説明できるほどの知識を持っていないことが分かりました。にもかかわらず「分かっている」と思い込む「説明深度の錯覚」が起きていました。
つまり「わかっていない」のに「わかっている」と思い込んでいるのです。
分かっていないことの悲劇
今日では様々な単純労働を外国人の技能実習生が支えています。彼らの労働災害は年間500 件に上り、日本人労働者と比べ比率が高く、痛ましい死亡事故も起きています。
- 技能実習生Aは、解体用機械のアタッチメントの上で溶接作業をしていたところ、解体用機械のブームが上昇し、梁との間に挟まれた。(H28年11月)
- 技能実習生Cは、労働者Dと2人でプレス加工作業をしていたところ、Cが金型内に頭を入れていた時にDがプレスを起動させ、Cが挟まれた。(H29年4月)
彼らは本当に危険があることが分かっていても、このような作業をしたのでしょうか?
理解するとは?
理解は概念の変換作用
私たちは相手に何かを説明する時に、伝えたい内容を言葉で相手に伝えます。私たちは、相手はその言葉を聞いて、伝えたい内容を理解すると思っています。実際はこちらの意図とは違う内容に受け取ったり、こちらが言っていないことを聞いたと思ったりします。なぜこのようなことが起きるのでしょうか?
それはコミュニケーションの過程でいくつもの変換過程を経ているからです。
図2にコミュニケーションの過程で生じる変換プロセスを示します。
話し手が「相手に伝えたいこと」は「ある概念」です。例えば作業の力加減や感情です。これらは言葉では完全に表すことができません。しかし相手に伝えるには、この概念を言葉に変換(言語化)しなければなりません。そしてこの変換の過程で内容が変わってしまいます。
例えば作業手順を相手に伝える場合、作業内容を手順ごとに分解して、相手に伝えやすい形にします。(記号化) これをメッセージとして言語化して、話したり文書にしたりして相手に伝えます。この伝達過程でも、話し方や話す場の雰囲気などによって伝える内容が変化します。
相手は受け取った言語情報をメッセージとして理解します。このメッセージを解読し、自分の頭の中で概念を復元します。こうして相手の頭の中で復元した概念が、話し手の頭の中の概念と同じであれば、正しく伝わったのです。
このように考えると、完全なコミュニケーションがどれだけ大変なのかわかります。
このようにコミュニケーションの過程では、伝える側、受け取る側の双方に変換プロセスがあります。変換プロセスの結果は、それぞれの考え方、技量、経験、知識によって大きく変わってしまいます。
またメッセージは、伝える際の環境や伝え方にも影響されます。厳粛な雰囲気の教会で聞く牧師さんの説教は、参加者は重々しく受け止めます。しかし全く同じ話でも、にぎやかな宴会の最中であれば誰も聞いていません。
理解は身体性を伴う
体を動かすような作業を伝える場合、言葉だけでは相手は正しく理解できません。正しく理解するには、説明を聞いた後で実際に体を動かしてやってみなければなりません。そして「説明通りにできたかどうか」確認します。自分ではわからない場合、他の人に正しくできたかどうか見てもらいます。そして「どこができていなかったか」フィードバックしてもらいます。
共通の背景を獲得するには時間がかかる
相手の言葉を理解するには、考え方、技量、経験、知識が影響します。外国人との会話で相手の言ったことを十分に理解するには外国語の理解だけでは不十分です。言葉は理解できても言葉の意味する内容が分からなければ理解できないからです。それには相手と同じ経験が必要なこともあります。
例えばオーストラリアの人から「朝食にはベジマイトが欠かせない」と言われても、ベジマイト自体を知らなければどんな味かわかりません。あるいはベジマイトは知っていても食べたことがなければ、おいしいかどうかわかりません。(私は食べたことがありますがダメでした) 。
どうやらベジマイトをおいしいと感じるには子供の頃から食べてきた経験が必要なようです。同様に納豆も大人になって初めて食べた人には苦手な人も多いようです。
同様にスポーツも、始めたばかりの初心者は指導者のアドバイスが理解できないのです。
例えば、クロールを初めて習った時、指導者が
「息継ぎは体全体を傾けて素早く息を吸えば簡単にできる」
「手は入水したらひじを立てて、素早く水をキャッチする」
と言ったとしても、言葉は理解できても、その言葉が示す動きはわからないのです。
このように「理解」するためには、背景にある知識や経験、身体の使い方や時には文化への理解が必要なのです。
人は物事を単純化する
私たちが日常直面する多くの事柄は、様々な要素が重なっています。そのため単純ではありません。例えば、その日の夕飯のメニューを決めようとしても、家族のその日の予定、冷蔵庫の食材、前日の献立、家族の嗜好など様々な要素があります。かといってそのすべてを考慮して最適な答えを出そうとすれば、大変な労力と時間がかかります。
そこで私たちは重要でない要素は削ぎ落して単純化して判断します。例えば「昨日はハンバーグだったから、今日は魚」と決定します。
同様に経験したことを記憶する際も、情報を削ぎ落して単純化して記憶します。単純化することで記憶しやすく、思い出す(検索する)のも容易になるからです。しかし単純化のプロセスは人によって異なります。そのため同じ事柄を経験しても、自分と他人が記憶している内容が違っていても不思議ではありません。単純化の過程が違っているからです。
因果関係と物語
人は、相手の話を聞く時、最初の言葉を聞いたら、次に来る言葉を推測して聞いています。相手の先を読んでいるから、会話のスピードが速くても理解できるのです。そして話を聞きながら、次に来る言葉を予測するには、聞き手と話し手の間に共通する背景知識(あるいは文脈)が必要です。
共通する背景知識、文脈が全くなければ、言葉を聞いても次に来る内容を推測できないため、理解は難しくなります。
例えば以下の会話は、お互いが会話の文脈が分かっているから、成立します。
⺟親 : これはなあに、
子供 : うさぎさん、
⺟親 : そう、ぴょんぴょんしてるね
ひとつひとつの文は、単体では意味がわかりません。読み手は文脈に従って意味を解釈し、一貫性のある内容としてとらえています。つまり会話の中からお互いが意味のある物語をつくっているのです。
会話では聞いた言葉から相手の次の言葉を推測しながら聞くことで、言葉同士の因果関係が見えてきます。この因果関係がひとつの物語になります。
意味のない言葉の羅列は記憶できませんが、物語は容易に記憶できるのです。
逆にいくら指導者が熱心に説明しても、わからない言葉や背景知識が不十分で聞き手の中で物語ができなければ記憶に残らないのです。
思い込みが正しい理解の邪魔をする
この物語(文脈)は、私たちが目の前で起きていることを理解する時も必要です。その人の物語にないことは、目の前で起きていても気づかないのです。もしその兆候が顕著に表れても、現実にそれが起きるまではわからないのです。
1941 年 12 月 8 日、日本がアメリカ オアフ島の真珠湾を攻撃しました。その際、攻撃の兆候を知らせる情報はアメリカに集まっていました。
「日本海軍が急に暗号を変えた」
「機動部隊の行方が 11 月から分からなくなっている」
これらの情報を総合すれば、日本が近いうちに大規模な軍事行動を起こすことは明らかでした。
しかしアメリカには、
日本の機動部隊が遠路太平洋を航海して真珠湾を攻撃する物語
はありませんでした。従って攻撃目標が真珠湾であることを示す情報があっても気づきませんでした。
このように人は自らの物語にないことは無視します。そのため多くの人はバックアッププランを持ちません。例えば新規事業や設備投資が失敗した場合、どのようにリカバリーするのか
失敗することは物語にないため考えられないのです。しかし現実には必ずうまくいくとは限りません。
うまくいかなかった時の対処方法を事前に考えておくことはとても重要です。
エキストリーム・スキーヤーのケビン・アンドリュースはこのように語っています。
山頂からのクリフ・ジャンプをする場合、A案、B案の二つを必ず用意する。A案は成功した場合、B案は失敗した場合
B案がないと、生きて帰れないからね
今までの教え方
マニュアルを読めばできる
多くの人は新人に仕事の手順を書いたマニュアルを渡せば、それを読んで仕事はちゃんとできると考えます。しかしマニュアルは作業内容を文書や図で示したものにすぎず、必要なことがすべて書かれているわけではありません。
作業者はマニュアルの「文章」から「どのように行動すべきか」という概念を頭の中でつくります。しかしマニュアルの文章を理解しても、文章を正しい行動に変換するには作業の背景の知識が必要です。この知識が不足すれば、マニュアルを読んでも誤った理解や行動になってしまいます。
教えたことを相手は理解する
そこでマニュアルを読むだけでなく、口頭で要点を伝え、実際にやっている姿を見て誤りがあればそれを訂正すれば正しい作業を習得できると指導者は考えます。
確かに直接指導すれば、誤った行動は修正されます。ただし指導内容を十分理解するためには、指導者と同じレベルの背景の知識が必要です。知識が少なければ教えたことを十分に理解できません。さらに理解が不十分だと、知識は断片的で相互に関連していません。つまりしっかりとした物語ができないため、短期間に忘れてしまいます。
自分と同じように考える、自分と同じように気づく
指導を受けて、実際に作業を行っている時、ミスやトラブルが起きることがあります。「指導者は丁寧に指導したから相手は、ミスやトラブルに気づいてくれる」と期待します。しかし「何が正しくて、何がダメなのか」指導を受けても、その背景にある知識が十分になければ、教えられたことから少しでも違っていればもう判断できません。
「こんなのは見ればダメなことがわかるだろう」
と指導した側は言いますが、それを作業を始めたばかりの人に期待しても無理があります。
相手に自発的に考えさせれば訓練効果は高まる
高いモチベーションを持って取り組んでもらうには、一方的に指導するティーチングでなく、質問を投げかけて相手に自発的に考えてもらうコーチングを行うべきという考え方があります。しかし自発的に考えるためには、その仕事に対して一定の背景知識を持ち、作業における物語を理解する必要があるのです。
教えられる側の闇と教える側の認識
初めてその職場に入った人は、その職場での仕事に関する情報が極めて少ない状態です。その状態で仕事のやり方を教えても、教えられたことを十分に理解できません。しかもマニュアルはその仕事に関して限られた情報しかないため、マニュアルに書いてないことはその都度自分で考えたり人から聞かなくてはなりません。
これは図5に示すような自分の仕事しか見えない視野の狭い状態です。こうしたわからないことが多く不安を感じて仕事をしている中で「やってはいけないミス」「気をつけなければならないポイント」がいくつもあります。
仕事を始めてある程度の期間が過ぎると、様々なことが見えてきます。視界が広がり、やってはいけないことや注意すべき点に関する情報が、関連性をもって把握できるようになります。情報が単独でなく相互に関連することで、物語ができて理解も深まります。
熟練者は、やってはいけないことや注意すべき点以外の様々な情報をもっています。相互の情報は関連付けられ、全体がひとつの物語を形成します。この状態になれば、その仕事に関して重要なことや重要でないことがわかり、現場で起きたことに対して適切に判断できます。
理解するために必要なこと
このように指導する側は、指導したことで適切な作業が行われることを期待します。しかし実際は、教えたことは完全には伝わらず、しかも相手は十分に理解していないため様々な問題が起きています。これを防ぐためには、どのような工夫が必要でしょうか?
背景知識の学習
新しくその職場に来た人は、その会社や工場の仕事に関する背景知識がありません。その状態で、作業の手順だけを教えても相手は十分に理解できません。その結果、習得に時間がかかり、作業中に発生する問題や異常に気付きません。
そこで
作業手順の指導と併せて、必要な背景知識を伝えます。
仕事の手順だけでなく、仕事がうまくいったときの姿、成功イメージを伝えます。さらに今から教える内容の全体像を伝えます。
さらにその仕事に関係する情報、顧客の要求、製品であれば市場での使われ方も伝えます。
そして、その仕事の前後工程や、関係する人や部門も伝えます。こうして自分が全体のどの位置にいて、これから行う仕事がどのような意味を持つのか、仕事の背景知識を伝えます。
相手が消化できる量
しかし人が一度に理解できる量は限りがあります。なぜなら指導を受けた内容をそれぞれ同士を相互に関連付けて、物語をつくらなければならないからです。しかし短時間に大量の内容を教えれば、受けた側は物語を構築できません。単なる断片的な知識の羅列となってしまいます。そしてすぐに忘れてしまいます。
そのため
一度に教える量は、相手が吸収できる量にとどめます。
そうなると一度に必要な情報を全て伝えられないので、何回かに分けて段階的に伝えます。こうすれば呑み込みの早い一部の人だけは習得できるけど、他の人はしっかりと習得できないということはなくなります。
もし指導者の説明が⻑々と続いてとても時間がかかる場合は、一度に習得させようとする分量が多いためです。1日で内容を全て盛り込もうとするため、説明は長くなって聞いている方は全てを理解できなくなります。この場合、1回の説明は相手が一度に吸収できる量にとどめます。そして、1度説明した後、実際に作業を行って指導内容を頭の中で体系化させます。それから次の内容を説明します。
TWI教え方の4段階
TWIとは、Training(訓練)Within Industry(企業内の)for supervisors(監督者のための)の頭文字をとったもので、チャールズ・R・アレンがヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトの4 段階教授法と職業分析を適用したOJT(On-the-Job Training)を元に開発しました。
第二次世界大戦当時、米国で広められ、日本には第二次世界大戦後,占領軍によりもたらされました。その後、労働省(現在の厚生労働省)によって広まりました。
現在は日本産業訓練協会(日産訓)や都道府県職業能力開発協会などで行われており、トヨタ自動車も取り入れています。
TWIでは仕事の教え方を4段階に分けます。
- 習う準備をさせる
- 作業を説明する
- やらせてみる
- 教えたあとをみる
気楽にさせ、作業の説明を行い、その知識を確認し、覚えたい気持ちにさせる
主なステップを言って聞かせ、やって見せ、急所を強調する
やらせてみて、間違いを直す。その作業をわかったと分かるまで確かめる
教えた後を確認し、質問するように仕向け、独り立ちさせる。
このように段階的に教えることで、指導を受ける側が指導内容を十分に咀嚼することができ、教えたあとは正しくできているか確認することで確実にできるようにします。このTWIのプロセスは、背景知識の習得スピードに合わせた指導ともいえます。
最初は見るべきところも教える
十分な背景知識がなければ、現物を見てもどこに問題があるのか気づきません。経験を重ねて仕事に対する知識や理解が深くなり、背景知識が十分になれば、現物を見て問題点を見つけることができます。しかしそれまでは「どこを見るべきか、どんなものが出たら不良なのか」見るべきポイントと見るべき内容を伝えます。「こんなものは見ればわかる」は新人には通用しません。
背景知識の進化に合わせて何度も指導
仕事ができるようになれば背景知識が増えています。背景知識が増えれば、今まで気づかなかったことも気づくようになります。この段階で、よりレベルの高い内容を指導します。 例えば、それまでは問題を発見したら手を止めて報告するようにしていました。しかし問題の原因と対策を指導し、問題を発見したら原因を究明して対策案を考えます。
こうして相手の背景知識の進化に合わせて何度か指導することで、観察力が高まり、気づきの幅が広がります。これはスポーツで技量が向上すれば、より高度な練習を行うことに通じます。
フィードバックと評価
人は自分のことはわからないものです。指導を受けた結果、自分一人で仕事ができるようになれば、その結果、自分が今どのくらいのレベルなのかを本人に伝えます。なぜなら人は自分のことを過大評価するからです。適切な評価がなければ「自分は仕事ができる」と思い込んでそれ以上進歩しなくなります。
特に自信過剰なタイプは、十分にできていなくても「自分はできている」と思い込んでいます。指導者はその人の能力や成果をできる限り定量的、かつ客観的に評価します。そしてデータと共に本人に知らせます。
こうしたフィードバックがさらに成⻑を促します。例えば、仕事の優先順位をつけられるようになるためには、与えられた仕事のTo Doリストとスケジュール表をつくらせます。そしてTo Doリストに従って仕事をスケジュール表に記入し優先順位を決めさせます。指導者は結果を確認し、優先順位が違っていれば修正させます。このように紙に書けば、指導者が確認することができ優先順位のつけ方を指導できます。
できる人は「できない人をできるように」できない
身体的な作業や技能は、
本人ができない時は、できる時のことが全く想像できません。
一方できるようになれば、できなかった時のことは忘れてしまいます。つまり
できる人は、できない人に「どうすればできるようになるのか」指導するのは難しいです。
むしろ新人教育では、新人が間違えたり、習得に苦労した点を集め、「どうやって新人ができるようになったのか」ヒアリングして、「できるようになる方法」を調査した方が、効果的な教育カリキュラムになります。
失敗への対応
うまくいかなかった時、失敗した時、どのように指導したらよいでしょうか?
その対応が悪ければ、その後も間違った行動をしてしまいます。
人のせいにする
失敗を人のせいにする理由は以下のふたつが考えられます。
- 自らの責任と認めれば組織内の立場が不利になるため、失敗の原因が自らにあっても頑として認めない。
- 本当に失敗の原因は自分にないと思っている。
前者の場合は、原因は担当者の責任を追及する組織の問題なので、これを解決しない限りなくなりません。一方、本来は正しい原因が分かっていても、「責任は自分にない」という主張を繰り返していると、責任が自分にある場合でも本当に自分のせいでないと思うようになってしまいます。その結果、問題の原因を正しく突き止められなくなります。従ってこういった姿勢は改める費用があります。
後者の場合、「自分は失敗しないという物語にとらわれて本当のことが見えなくなっている」あるいは「問題と原因の正しい因果関係がつかめない」のいずれかです。
どちらにしても失敗の正しい原因がつかめず、適切な対処や再発防止ができません。発生した問題とその原因を的確につかめるように教育します。
ケアレスミスが多い
原因のひとつは、背景知識や物語が不十分なため、注意が十分に行き届かず、ミスが起きてしまうことです。「どのようなところでミスが起きるのか」よくわかっていないため、必要なところを確認せずミスがあればそのままになってしまいます。
経験を積むまでは、確認すべきポイントを具体的に示します。
経験を積んで十分な背景知識を獲得すれば、確認すべき点もわかるようになります。
二つ目の原因は元々の作業手順が、ミスが起きやすい手順の場合です。この場合は、手順そのものを見直して、ミスが起きなく異様なやり方に変えなければなりません。
手を抜く
原因のひとつは作業の中で優先すべきことがわかっていないためです。ものづくりでは正しいは最も優先すべきことです。それでも手を抜いて正しい手順で行わないのは「時間を短くする」、「自分が楽になる」など他のことを優先するからです。またその結果どのような結果をもたらされるのか、なぜ正しい手順を変えてはいけないのかが分かっていないからです。従ってそのことを組織のメンバーに十分に伝えます。
あるいは与えた仕事が単純作業のため「やらされ感が強く、意欲が低下している」ためです。単純作業だから手を抜いていいということはありませんが、本人のやる気と注意力を高めるためにはあまりにも単調な単純作業は避けるようにします。
悪い報告が来ない
何が悪い報告なのか、悪い報告はどのようなタイミングで上げなければならないのか、これは組織により異なります。
新人には、「悪い報告とは何か」「それはいつ上司に報告するのか」具体的に伝えます。
組織の中で理解に必要な文脈が変わっていないか
組織は目標を決めてそれを達成するために努力します。しかし常に目標が達成できるとは限りません。目標が達成できない時、何を優先すべきか、それは組織の背景の知識や文化に依存します。
組織のリーダーが目標の難易度を無視して、何が何でも達成するように強要すれば、何かを犠牲にして目標を達成します。これが昨今の企業不祥事の原因ではないでしょうか。
組織の目標達成は重要です。しかし物理的に期限までに達成できない場合、
リーダーは、できないことを認めなければなりません。
それが認められなかった時、燃費の測定値を改ざんや、不正な排気ガス処理をするエンジン制御プログラム、必要な手順を省いた車検が行われるのではないでしょうか。その結果がもたらすものは、僅かな数値の向上よりもはるかに甚大な被害になるのですが。
重要なことは、他の何を差し置いても優先する姿勢が、組織のリーダーには必要です。
アメリカの航空⺟艦で訓練のため、艦載機が次々に発進しました。その後、格納庫の整備係はレンチが 1 本見つからないことに気が付きました。上司に報告したところ、直ちに艦⻑に情報が届き、艦⻑は以下の指示を出しました。
- 訓練は即停止、艦載機は安全のため地上の基地に着陸
- 全員でレンチを探す
- 報告した整備士は表彰
こういった組織文化、背景知識の元では、不正は起きないのではないでしょうか?」
参考文献
「知ってるつもり 無知の科学」スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著 早川書房
「仕事の教え方」 関根雅泰 著 日本能率協会マネジメントセンター
「教え方の教科書」 古川裕倫 著 スバル舎
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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なぜ人は忘れるのか、記憶のメカニズムと特徴
日常の様々な活動は、まず対象を認識し、それに対してどのような行動をとるのか頭で考え、そして行動します。その際、一度認識したことを頭にとどめておくのが記憶です。
ところが人の記憶はコンピュータのメモリと異なり、忘れたり変質します。これが時には大きな事故や不良を引き起こします。
では記憶はどのようなメカニズムで行われ、どのような特徴があるのでしょうか。記憶について考えます。
記憶の種類と特徴
記憶のメカニズム
記憶は保持時間の長さによって感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3種類に分類されます。1968年アトキンソンとシフリンは「感覚情報が感覚記憶において瞬間的に保持され,その中の一部が短期記憶で短時間貯蔵されます。短記憶で保持された情報のー部は長期記憶に送られ、長期記憶に貯蔵された情報は必要に応じて検索され,取り出される」としました。
図1にアトキンソンの2貯蔵庫モデルを簡略化したものを示します。
聴覚や視覚など感覚器官が受けた刺激は、各器官からの感覚記憶としてしばらく保持されます。例えば聴覚に刺激を受ければ音声、視覚が刺激を受ければ視像として保持されます。
この刺激は数分の1秒から数秒は保持されますが、私たちはその内容に気付きません。感覚記憶の情報の中から注意(意識を向けた情報)のみが短期記憶へ送られます。
意識を向けた情報は短期記憶に送られ、それに対して私たちは判断します。短期記憶の保持時間は短く、長くても10~15秒程度です。私たちの日常活動の大半は短期記憶で行われます。判断が終われば記憶は次々と消えていき、後からは思い出せません。
短期記憶にある情報のうち繰り返し使われる情報は長期記憶に保管されます。長期記憶の保持期間は長く、一生忘れないものもあります。
例えば、車を運転する時、視覚に次々と様々な景色が入ってきます。これらは感覚記憶で順に保持されますが、本人はその情報を意識しません。ただ信号機の色は必要な情報なので注意を振り向けます。前方の信号機の色を見て、走行するか停止するか判断します。この信号機の色は短期記憶で保持されます。次々と信号機を通過するため、短期記憶は順次消失し、これまで通過した交差点の信号機の色はもう思い出せません。この目的地までの道のりは何回も行くと記憶します。これは長期記憶に保存され長期間保持されます。
感覚記憶
聴覚、視覚など感覚器官が音や光などの刺激を受けた時、それを一時的に保管するのが感覚記憶です。例えば音など聴覚の刺激はエコーイック・メモリと呼ばれる感覚記憶に保存され、光など視覚の刺激はアイコニック・メモリと呼ばれる感覚記憶に保蔵されます。
感覚記憶は、視覚、聴覚以外にも味覚や嗅覚,皮膚感覚など各感覚器官に存在します。保持時間はエコーイック・メモリで1秒前後、アイコニック・メモリで0.5秒前後です。感覚記憶は、感覚知覚の情報処理との境界があいまいなため記憶に含めないこともあります。
短期記憶(ワーキングメモリ)
感覚記憶に入る多くの情報の中から、注意を向けたものだけが短期記憶に保存されます。一方近年は短期記憶をワーキング・メモリリ(作動記憶)と呼ぶこともあります。
従来の記憶モデルは,感覚記憶から取り出された情報は長期記憶に送られる前に短期記憶に短時問保持されると考えられていました。しかし短期記憶には感覚記憶によって外の世界からはぃってきた情報だけでなく、長期記憶に保管されている情報を引き出すこともあります。
そこで短期記憶に代わるより広い概念としてワーキング・メモリが提唱されました。このワーキング・メモリは図2に示すように中央実行部と音声ループ、視空間スケッチパッドの3つの部分から構成されています。
音声ループは言語的音声を扱い、視空問スケッチパッドは視覚的な空間イメージを保管します。これらの情報を利用して中央実行部が複雑な認知処理を行います。
短期記憶の記憶容量は少なく、成人で数字の7桁±2桁と言われています。これは数字も文字も変わらず、アメリカの認知心理学者ジョージ・ミラーはマジカルナンバー・セブンと呼んでいます。しかし実際には数字を7桁も覚えられない人もいます。2001年にミズーリ大学のネルソン・コーワン氏は「4±1」が正しいマジカルナンバーと発表しました。
① ワーキング・メモリの成熟は高次の思考と関係
2013年オスロ大学のノルウェーのクリスチャン・タムネスらは8~22歳を対象にワーキング・メモリの成熟について調査し、その結果、脳の特定部位の変化がワーキング・メモリの向上に関係していることが判明しました。
短期記憶が発達すると前頭頭頂ネットワークが成熟します。短期記憶は高次の思考(前頭葉)を扱う能力と密接なかかわりがあり、その能力は幼少期から成人にかけて年齢とともに向上します。脳領域のネットワークが発達するに従い短期記憶の容量も増えていきます。
人の脳は4つの領域に分けられ、脳の上部に位置する頭頂葉は知覚情報と言語の統合を担い、短期記憶に欠かせない領域です。前頭葉は脳の前部に位置し、思考、計画、論理的思考など高次の認知機能を司っています。
前頭葉のすぐ前にある前頭前皮質は複合思考を担い、複雑な行動の計画や意思決定などに関係しています。
② 短期記憶から長期記憶に移動するのではない
アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデル以来、認知した内容は一旦短期記憶に保存され、それから長期記憶に向かうと考えられていました。しかし短期記憶の容量は7桁(5桁)しかありません。短期記憶に保存された情報だけを長期記憶に保存すれば長期記憶の情報量は非常に小さなものになってしまいます。むしろ短期記憶は「今意識されていること」と考えます。
感覚器官が受け取った情報の中から、いくつかの情報はそのまま長期記憶に保存されると考えます。ただし感覚器官から直接長期記憶に保存された情報は、意識していないと思い出すこと(検索すること)ができません。しかし何度もリハーサルを行って長期記憶から取り出せば、取り出しやすくなります。
③ リーディングスパンテスト
リーディングスパンテスト(RST : reading span test)は、数字や単語を記憶する一般的な記憶テストと異なり、文を幾つか読んでもらってその中の 1 単語を記憶するテストです。図4の表にその例を示しました。
このテストでは文を読むことに注意しながら、下線が引かれている言葉を記憶しなければならないため、会話や本を読みながら内容を記憶することに近いテストです。RSTの評価は他の記憶テストよりも読解力との相関が高いことがわかっています。RSTのスコアが高い人は、文章を読解中に記憶すべきものとそうでないものに、注意をうまく配分しています。
こうした注意の配分はワーキング・メモリを制御している中央実行系によるものと考えられています。タスク処理能力の高い人とそうでない人の違いは、この中央実行系の違いによりRSTで評価できます。
④ サブリミナル効果
サブリミナル効果は、視覚、聴覚、触覚の潜在意識に刺激を与えることで得られる効果のことで、心理学や軍事などで研究されてきました。
有名なのは1957年アメリカのジェームズ・ヴァイカリーが、映画の上映中知覚できない短い時間「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」という映像を入れると、コカコーラの売上が57%、ポップコーンの売上が18%アップしたと発表したことです。しかしその後の実験では同様の効果は認められず、後年ヴァイカリーは実験をでっち上げたと語っています。
現在サブリミナル手法は、アメリカ、日本など各国で禁止されています。
長期記憶
一旦長期記憶に保管された情報は、永久的に保持されるものもあり、その容量も無限大と考えられます。短期記憶がいつでも取り出せる活性化した状態の記憶に対して、長期記憶は毎回思い出す必要のある非活性状態の記憶です。
① 長期記憶の仕組み
感覚記憶から受け取った情報は、電気信号として短期記憶、そして長期記憶に送られます。長期記憶をつかさどる脳の海馬では脳の神経細胞(ニューロン)同士の接合部「シナプス」で神経細胞同士のつながりが強くなります。信号の伝達効率が高くなり、これにより記憶が保存されます。
これは時間とともに強化され「長期増強 (LTP Long-term potentiation」と呼ばれます。
一方加齢により神経細胞同士のつながりが弱くなると情報を取り出しにくくなります。短期記憶の情報を長期記憶に保存する方法がリハーサルです。
② リハーサル
試験勉強で忘れないようにするため何度も口に出したり書いたりすることです。このリハーサルには、維持リハーサルと精緻化リハーサルがあります。
維持リハーサルは意識から消えないように情報を短期記憶にとどめておくだけで長期記憶には移動しません。長期記憶に保存するためには、繰り返すだけでなく,情報を能動的に分析し,すでに貯蔵されている情報に関連付けたり、イメージ化する必要があります。これを精緻化リハーサルと呼びます。単語のような単純な情報を繰り返し音読しても、それは維持リハーサルなので短期記憶にとどめ置かれ、リハーサルの効果が薄れると忘れてしまいます。
リハーサルで短期記憶から長期記憶へ移行する際、リハーサルの回数が多く、注意の大きい情報(印象が強烈な情報)ほど、脳はより重要な情報と判断し、長期記憶に定着する確率が高くなります。
生存するために脳が脅威と感じる経験や生命に関わる情報は短期間に吟味され長期記憶へ移行します。これは人類が環境の変化に適応するために、脳が情報の取捨選択を暗黙の裡に行っているからです。テスト勉強などで記憶しなければならない時、短期間に何度も繰り返して脳に重要な情報と思わせると早く記憶します。
③ 符号化と想起
記憶には、符号化 (記銘) ・保持・想起の3つの過程があります。
【記銘(符号化)】
感覚刺激を認知や記憶のための意味のあるものに変換する作業です。例えばレストランで店員から聞かれた場合、聴覚からの情報は「オノミモノハナニニシマスカ」ですが、これを符号化すると「お飲み物・は・何・に・しますか?」となります。そしてそれぞれの意味を理解し記憶します。従って意味の分かる母国語の記憶は容易ですが、意味の分からない外国語は記憶が困難です。
この符号化には意図して行う顕在的な符号化と、意図しないで行う潜在的な (偶発的) 符号化があります。私たちの日常生活では、意図して記憶する顕在的な符号化より、意図しないで記憶する潜在的な符号化の方が多いといえます。ただし再生が確実なのは意図して記憶した情報で、詳細かつ正確に記憶しています。また記憶の仕方によっても差があります。
例えば単語を文字として記憶した場合、音声も併せて記憶した場合、意味も含めて記憶した場合の3つでは、意味も含めて記憶した場合が最もよく記憶されました。意味も分からずひたすら暗記する方法は効率がよくありません。
【保持(貯蔵)】
脳は符号化された意味情報を保持します。この符号化の際、知識は人それぞれ異なるため、情報が切り捨てられたり、付け加えられたりします。その結果、同じ情報を与えられても保持される情報が人により異なります。
【想起(検索)】
保持されている記憶が呼び起こすことで、想起の仕方は以下の3つがあります。
- 再生 : 保持されている記憶がそのままの形で再現
- 再認 : 以前経験したため、「経験した」として認識
- 再構成 : 保持されている記憶をいくつか組み合わせて再現
「名前がなかなか思い出せない」というのは、記憶しているが想起ができない状態です。あるいは思い出す状況によっては元の記憶と相反する記憶を学習する消去学習を行うこともあります。刑事裁判で自白の信ぴょう性が問われることがありますが、これは取り調べ中に消去学習が行われることがあるからです。
また記憶した時の味やにおいで思い出すこともあります。これは情報が符号化される状況と、その情報を検索する状況が一致していると、検索の効率が高くなるためです。これは符号化特性原理と呼ばれます。
④ チャンク化
容量の少ない短期記憶に多くの情報を保存する方法がチャンク化です。例えば12桁の数字を記憶する場合、345264571074を一度に記憶するのは大変です。そこでこの数字を4桁の数字の組合せで記憶します。3452 6457 1074個とすると理解しやすく、記憶しやすくなります。この4桁の数字がチャンクです。
数字以外にもメニューなどの名詞もチャンク化できます。英単語もいくつかのグループに分けて記憶すれば、バラバラに記憶するよりも効率がよくなります。あるいは覚えたいことを階層状に図式化するのもよい方法です。 (メモリーツリー)
⑤ 長期記憶と短期記憶を持っているのは人だけでない
すべての動物に長期記憶と短期記憶があり、過去のことを忘れてしまう逆向性健忘症を起こします。また哺乳類だけでなく虫や魚も長期記憶があり、長期記憶はゆっくりと形成されます。記憶をゆっくりと形成することで、それを経験として役立てる際に都合がよいことがわかっています。
⑥ 患者H.M
患者HM氏は、26歳の時、難治性てんかんの治療のため、脳の両側の内側側頭葉の一部分を切除しました。その結果、短期記憶は正常でしたが、短期記憶の情報を長期記憶に転送できなくなり、長期記憶ができなくなりました。新しく運動を学習することはできましたが、新たな運動をしたことを思い出せませんでした。
このことから短期記憶、長期記憶は脳の異なる場所に形成されることがわかり記憶についての研究が大きく進みました。
人はどうやって思い出すのか
① プライミング効果
プライミング効果とは、以前に経験・取得した情報が、後から得た情報に無意識に影響を与えることで、プライムには「入れ知恵をする」という意味があります。あらかじめある事柄を見聞きしておくと、関連した別の事柄が想起しやすくなります。例えば見知らぬ人でも毎日通勤電車でみかけていると、混雑している街中でもその人物を容易に見つけられます。
② 忘れない方法 外化
外化は、頭の中にある情報を頭の外に出すことです。具体的には、口に出したり、書いたりします。これによって以下のような効果があります。
- 短期記憶の負担が軽くなり、その分他の処理作業に認知資源を振り分けられる
- 外化された内容を再度人力することで、頭の中での処理プロセスを確認できる
- 思考を他の人と共有でき、これにより課題解決の質が高まって、処理速度が速くなる
【外化の方法1 口に出す】
考えや行為を口に出すことで、行為に意識を集中できるようになります。これは指差と合わせて指差呼称として現場で広く行われています。
【外化の方法2 からだを動かしてみる】
手や腕など体の一部を動かすことで意識を集中する方法です。例として指差確認があります。また漢字の書き順を確認する時などは、空間に指で字を書く空書を行います。
【外化の方法3 書く】
授業をノートに取るなど古くから行われている方法で、課題解決など思考場面で認知機能の補完としてよく使われます。しかし時間がかかるため現場ではチェックリストの記入など使われる場面が限られています。
③ 系列位置効果(serial position effect)
順番に情報が提示されると時、その順番により記憶のしやすさが異なります。
【初頭効果】
最初に提示されたものが記憶されやすいことです。はじめに提示された項目は、 それより後の項目が提示されている中
に余分にリハーサルを受けることができます。そのため、符号化がより進みます。被験者が声を出して読み上げると、はじめに提示した内容はリハーサル回数が多く再生率が高いことが実験でわかりました。
【新近性効果】
新近性効果とは、終わりに提示される項目は再生するタイミングに近いため記憶されやすいことです。従来は短期記憶の効果によるものと考えられていました。しかし再生までの時間を長くしても新近性効果が現れることがあり、これは検索のされやすさに違いがあるためと考えられています。
様々な長期記憶
長期記憶には、言葉で表現できる言語的な情報(言語的な記述・事実・意味)「宣言的記憶(陳述記憶)」と、言語と無関係に無意識的な行動や思考の記憶「非宣言的記憶(非陳述記憶)」があります。
前者はイメージや言葉としてその内容を頭に浮かべる(想起する)ことができ、言葉で述べること(陳述する)ができ、事実や経験に関わるものです。非宣言的記憶は言葉によらない記憶で、代表的なのが手続き記憶です。これは技能や動作など「体で覚えている」記憶です。
① 宣言的記憶 (または陳述記憶)
【意味記憶】
「意味記憶」は知識に相当し、一般的な知識や教養など普遍的な事実に関するものや用語の定義や客観的な知見などです。「リンゴ」といえば皮が赤い冬の果物ですが、「リンゴ」という言葉は意味記憶です。勉強で得られる知識の大半は意味記憶です。
意味記憶に関わる脳の部位は側頭葉で、例えば側頭葉前方部が局所的に萎縮すると、単語、物品、人物などの意味理解が選択的に障害される意味認知症が生じると報告されています。
【エピソード記憶】
自分の経験や思い出など、身の回りで起きた出来事に関する記憶が「エピソード記憶」です。例えば、「いつどこで誰と何を食べ、美味しかった、楽しかった」という記憶です。
記憶の特徴として、意味記憶よりもエピソード記憶のほうが、長期記憶に移行しやすい点があります。また意味記憶と比較し、エピソード記憶の方が再生しやすい特徴もあります。そこでイメージで記憶すると長期記憶に保持されやすくなります。イメージすることは、想像のなかで体験することで、エピソード記憶とつながるため、取り出しやすくなります。
② 非宣言的記憶
非宣言的記憶とは意識上に内容を想起できない記憶で、言葉で表現することが困難な記憶です。非宣言的記憶には「手続き記憶」、「プライミング」、「古典的条件付け」、「非連合学習」などが含まれます。これらの記憶は人が動作を正確かつ効率的に行うのに役立ちます。
【手続記憶】
手続き的記憶は代表的な非宣言的記憶で、体で覚える記憶です。これには技能や習慣などが含まれます。
手続記憶は同じ経験を反復することで形成され、一旦形成されると自動的に機能し、長期間保持されます。自転車の乗り方などはわかりやすい一例です。練習するまでは乗れなかったのに、一度乗れるようになると長い間乗らなくても再び乗ることが出来ます。他に、水泳、スキーや柔道などのスポーツにおける体の動き、楽器の演奏、身近な所では箸や鉛筆の使い方などがあります。
手続記憶は海馬や側頭葉ではなく、小脳や大脳基底核が関与していると考えられています。大脳基底核は体の筋肉を動かしたり止めたりするといった大雑把な動きの記憶に関与します。小脳は筋肉の動きを細かく調節し、バランスを保ちつつ動くための情報の記憶に関与します。手続き記憶の獲得には前頭葉の前補足運動野が、記憶に基づく運動の実行には補足運動野が役割を担っています。
アルツハイマー患者は、エピソード記憶を保持することができなくなりますが、手続記憶はかなり長い間保たれています。これは「宣言的記憶」と「手続き記憶」で記憶のメカニズムや関与する脳の部位が異なるからです。認知症がかなり進行して昔の出来事は覚えていなくても、昔覚えた楽器の演奏はできます。
③ 階層的ネットワークモデル
コリンズとキリアンは1969年に意味記憶のモデルとして階層的ネットワークモデルを提唱しました。想起する際は、ノード間のリンクをたどって情報の検索が行われ、経由するリンクが多くなれば検索する時間を要すると仮定しました。またコリンズとロフタフは1975年に関連する意味の系列に沿ったネットワークモデルを提唱しました。1つの概念同士が対応していて、意味が関連する概念同士がリンクで結ばれています。このモデルはさらに意味のネットワークに加えて語彙のネットワークがあります。
④ 潜在記憶と顕在記憶
潜在記憶は、無意識にできる動作や反射的に思い出す記憶など、内容を特に意識していない記憶のことで、非陳述記憶、非宣言的記憶とも呼ばれています。
その中で、「家から最寄り駅までの道」のように意識せずに繰り返されてきた動作の記憶を「手続記憶」、自分の意思と関係なく思い出す記憶を「プライミング効果」「古典的条件付け」と呼びます。潜在記憶で行われる行動は、意識を行動にほとんど向けていないため、行動しながら他に注意を向けることができます。運転中の同乗者との会話などはその一例です。
長期記憶の中で自発的に思い出せ、言葉やイメージで表現可能な記憶を顕在記憶といいます。顕在記憶には個人の経験に基づく「エピソード記憶」と、一般的な知識として覚えた「意味記憶」があります。テストの時の勉強内容や旅行の思い出といった本人の意思によって思い出され、言葉やイメージで他者に伝えることができる記憶は顕在記憶です。
顕在記憶は、例えばテスト勉強のように意識的に記憶されるため、内容にゆがみが生じていることがあります。一方、潜在記憶は無意識に記憶されますが、潜在記憶も同様にゆがみがあります。加齢により顕在記憶は低下しますが、潜在記憶はあまり変化しません。
忘却の記憶の変容
忘却
① エビングハウスの研究
心理学者エビングハウスは、自らを被験者として13項目の無意味なつづりのリストを完全に記憶できるまで学習し、その記憶時間を測定しました。その後19分から31日後までの間、時間間隔をおいて再度学習し、学習に要した時間を測定し、最初の時間との差を節約率として計算しました。その結果、24時間後には節約率は34%で、つまり66%は忘れることがわかりました。
しかしその後別の研究者が追試したところ、これほど急激な減少は確認されず、エビングハウスの実験は記憶するリストに問題があったとされています。
② 干渉
忘却の原因として記憶すべきことが似ているために生じる記憶の干渉があります。この干渉には順向抑制と逆行抑制の2種類があります。順向抑制は先に記憶した内容が後から学習する内容の記憶を抑制することです。
先行学習したグループとそうでないグループに対し、同じ内容を学習すると先行学習したグループの方が、記憶が劣っていました。これは先行学習の内容が後の学習内容と干渉したためで、学習内容が似ているほど干渉が強く生じました。逆行抑制とは、順向抑制と逆に後から学習した内容のため、先に学習した内容の記憶が阻害されることです。学習した後、別の内容を学習したグループと何も学習しなかったグループを比較すると、別の内容を学習したグループの方が記憶が劣っていました。
③ 睡眠の効果
1924年ジェンキンスとダレンバックは2人の被験者に意味のないつづりを記憶させ、その後睡眠をとった場合と起きていた場合の記憶の保持量を比較しました。その結果、睡眠をとった方が記憶を高く保持していました。これは干渉が減ることに加えて、記憶の固定化が促進されるためです。
ジャンボーンは被験者にタイピングの学習を行い、その後睡眠を取るとタイピングの成績が向上することを発見しました。睡眠は記憶に加えて運動能力の固定化も促進する効果があります。スポーツをする場合、早く上達するには練習後に昼寝をしたり、午後の練習後は食事、入浴の後はすぐに寝た方がよいようです。
④ もう一つの忘却のタイブ
「思い出すことを忘れる」ことです。聞かれれば必ず答えられるのに、自発的に記憶の検索が行われないため「思い出さない」ことです。これについては思い出す手掛りをタイミングよく与えればよく、思い出す手掛りのことを「リマインダー」といいます。
リマインダーにはふたつあり、思い出す内容に関する「メッセージ」と思い出すきっかけを与える「シグナル」です。覚えておくべきことをノートに書き込むメモがメッセージ、忘れないように必要なタイミングで鳴らすベルがシグナルです。
⑤ 忘れられない男
トルジョーク出身の新聞記者ソロモン・ヴェニアミノヴィチ・シェレシェフスキーは、一語一句正確に記憶することができ、またいつでもそれを思い出すことができました。彼は編集長の勧めでモスクワの心理学者アレクサンドル・ロマノヴィッチ・ルリヤを訪れました。
ルリヤは彼に様々な記憶力テストを行ったところ、彼はどれも完璧に記憶しました。彼は音に色や形を感じたり、文字に色や明暗を感じることができました。五感が強く連結された共感覚を持ち、記憶すべきことを視覚像化して頭の中に定着させました。「記憶術師シィー」として舞台に出て世間の話題となりましたが、長続きせずその後職を転々としました。晩年は膨大な記憶量のため心が混乱するなどの弊害に苦しみ「忘れる」人間に戻りたいと願っていました。
⑥ 驚異的な記憶力 サヴァン症候群
1887年医師ジョン・ランドン・ダウンは、書籍を1回読んだだけですべて記憶する驚異的な記憶力を持った自閉症の男性を発見しました。学習能力は通常で、彼はサヴァン症候群と名付けられました。サヴァン症候群の原因はまだわかっていませんが、自閉症に関連した器質が原因と考えられています。記憶能力の他にカレンダ一計算、数学・数字能力、音楽、美術などに並外れた能力が報告されています。
⑦ 脳トレの効果は
2015年オスロ大学のモニカ・ラーバグは、ワーキング・メモリのトレーニングが有効かどうかを調べるメタ分析を実施しました。このテーマで行われた過去のあらゆる研究を調査し、結果を統計的に分析しました。その結果、どのワーキング・メモリのトレーニングも有意なワーキング・メモリの向上は確認できませんでした。脳トレを続ければ優れたゲーマーにはなっても認知能力が大きく向上することはなさそうです。
記憶の変容
① フラッシュバルブ記憶(Flashbulb memory )
フラッシュバルブ記憶とは、感情が強く喚起される重大な出来事を知ったとき、周りの状況についての鮮明で長期間保持される記憶のことです。「写真のフラッシュを焚いた時のように」鮮明な記憶で1977年ブラウン氏が論文でフラッシュバルブ記憶と呼びました。
例えば2001年のアメリカ同時多発テロや東日本大震災、阪神淡路大震災の時に、自分が何をしていたのか、明に覚えていることです。フラッシュバルブ記憶は大脳皮質下にあるベイペッツの情動回路の中を、情動を伴う記憶が循環するためです。フラッシュバルブ記憶は当事者にはビデオテープのように鮮明な記憶ですが、内容は必ずしも正確ではなく、思い込みから生じた誤りもあります。
② つくられた証言 マクマーティン保育園裁判
1983年にカリフォルニア州のジュディ・ジョンソンは、息子の肛門が腫れていたため、保育園で性的虐待があったと思い警察に訴えました。彼女は保育園の保育士で園長の孫のレイモンド・バッキーを告発しました。
警察は調査のため他の保護者に質問状を送り、また検事は国際児童研究所のキー・マクファーレンに調査を依頼しました。その結果、マクファーレンは360人以上の子どもに虐待があったと発表し、これをKABCテレビのリポーター ウェイン・サッツがセンセーショナルに報道したため、アメリカ中の子供を預けて働く母親の間でパニックが起きました。
子供たちの証言を裏付ける物的証拠はなく、調査を行ったキー・マクファーレンはセラピストの資格がありませんでした。さらに報じたレポーターのサッツと恋人同士だったことが発覚し、事件の信ぴょう性が疑われました。7年に及ぶ裁判の結果、レイモンド・バッキーは不起訴となりました。
③ 精神分析について
フロイトの確立した精神分析療法は、患者に催眠による暗示をかけて過去の経験を想い出すことで治療します。フロイトは、自我を脅かすつらい体験をすると、それを抑圧し無意識に押し込み、神経症を発症すると考えました。そしてそれを具体的に意識し自覚することで神経症を治癒していました。
しかし人は通常は夢で見たことや想像したことと、実際に経験したことを区別できますが、催眠状態ではこの機能が弱くなり、夢や創造したことと本当にあったことの区別がつかなくなります。
また幼児期の記憶は不確かで、心理学者のロフタスは被験者の大学生に「幼児期にショッピングモールで迷子になった」という偽りのエピソードを被験者の幼児期に実際にあったこととして聞かせたところ、被験者はそれが本当にあったと信じました。従って幼児期に虐待があったかどうかは、セラピストなどが幼児本人から聞き出したとしても事実とは限らないのです。
④ デジャビュ
デジャビュ (既視感) は、実際は体験したことがないのに、すでにどこかで体験したように感じる現象です。
原因は、ある経験をしたときに過去の類似の経験が自動的に想起されるからです。この想起された過去の体験と現在が似ているほど強いデジャビュになります。
もうひとつの原因は過去の光景を何度も想起する過程で細部が失われて抽象化し、印象の強い部分のみが典型的な光景として記憶されているからです。そのため今見ている光景がこの体験と強く一致するようになります。実際よくある典型的な写真を見せたところ行ったことがないのに行ったことがあるように誤解しました。
軽視されがちな記憶の問題によるヒューマンエラー
以上のような人の記憶の特徴を考えると、日常作業の大半を記憶に頼って行うことはヒューマンエラーのリスクがあることがわかります。そこでその対策としてできることを以下に述べます。
① 短期記憶に頼る危険
今どの作業を行っているのか、多くの現場ではモニターがありません。途中で作業を中断した場合、どこまで進んだかは作業者の記憶に頼っています。一方その記憶は短期記憶のため容易に消去や変容します。そこで記憶に頼らない方法にします。
現場でのコミュニケーションは口頭で行われます。相手は聞いた内容を記憶し、作業に反映させますが、ここで記憶が欠落したり変容したりします。
伝達内容は口頭だけでなく、メールや紙媒体を併用します。
② 記憶を助ける
記憶する場合、効率よく記憶するため以下の取組を行います。
【リハーサル】
複数回復唱します。複数回行うことで、リハーサル効果が生じ記憶の保持時間が長くなります。加えて複数回行うことで確認回数も増えます。
【精緻化】
認知すべき内容、記憶すべき内容を具体的に意味づけします。特に数字や記号の場合、数字や記号の意味を伝えて、単なる記号以上のものにします。
【チャンク化】
数字であれば、4桁のグループに分けます。記録や読み上げも4桁ごとに行います。他の情報も3~4個のかたまりにチャンク化し、記憶します。
③ 長期記憶は変容する
長期記憶に保管された内容も時間の経過とともに、内容の欠落や変容が起きます。特に作業指示は、指導者から作業者に伝達する過程で内容が変質します。さらに指導を受けた作業者の記憶が欠落や変容を起こします。
これを防ぐためには
作業手順書を整備し、文書により伝達
します。さらに指導者は作業者の作業を定期的に確認して、指導した内容が適切に実行されているか確認します。
④ たまに行う作業
普段は行わずたまに行う作業は、作業する者は長期記憶から作業内容を検索し、思い出しながら作業を行います。作業中はこの思い出すことに認知資源が多く使われ、作業自体への注意がおろそかになります。さらに思い出す過程の中で、作業内容が変容することもあります。
そこでたまに行う作業こそ、
作業手順を記載したチェックリストを用意し、チェックリストに基づいて作業すること
で、作業自体に意識を集中することができます。これにより不注意によるミスを防ぎ、チェックリストに基づいて行うことで確実に作業ができます。
参考文献
「記憶・思考・脳」 横山詔一 渡邊正孝 著 新曜社
「認知心理学」 仲真紀子 編著 ミネルヴァ書房
「認知心理学」 海保博之 編 朝倉書店
「記憶」 前野隆司 著 ビジネス社
「脳とワーキングメモリ」 芋坂直行 編著 京都大学出版会
「記憶と情動の脳科学」 ジェームズ・L・マッガウ 著 ブルーバックス
「対話で学ぶ認知心理学」 塩見邦雄 著 ナカニシヤ出版
経営コラム ものづくりの未来と経営
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なぜ間違えるのか?誤った意思決定について
合理的経済人と意思決定の誤り
買い物などの個人の消費から、経営の意思決定まで、様々な場面で人はを考えて意思決定します。意思決定の結果が間違っていると損失を被ります。
買い物の失敗なら笑って済ませられますが、M&Aの失敗は企業の経営を傾かせ、倒産に至ることもあります。あるいは誤った判断により大規模な事故を起こし、多くの方が亡くなることすらあります。
この意思決定の誤りはどのようにして起きるのでしょうか。
経済学の考える合理的経済人
判断の誤りについては、認知のゆがみや誤った論理による判断ミス、つまりヒューマンエラーが生じます。これについてはヒューマンエラーの書籍に様々な原因が書かれています。
一方で企業経営や経済活動における意思決定は、経済学が取り組んでいて、従来の経済学では、人は合理的な意思決定を行うことになっています。
人々は、品物の価格が高ければ買う量を控え、価格が下がればたくさん買います。このような人々の行動を元に需要曲線が作られました。対して生産者側は需要が少なければ価格を引き下げて生産量を絞り、需要が多ければ価格を引き上げて生産量を増やします。そうすることで、市場は需要曲線と供給曲線が交差する点で均衡します。
図1 需要曲線と供給曲線
このように消費行動を単純化することで市場活動を数学モデルで表すことが可能になり、経済学は大いに発展しました。合理的経済学者は、「どのような条件下でも人は合理的な利己主義の観点で意思決定をする」ことにこだわりを持っています。
合理的な経済学者の考える意思決定は、上司の誘いを断って残業するのか、先日連絡先を交換した女性と密会するかどうか、すべてはひとつの問いに集約されます。つまり「おれにどんな得があるか」です。
個人ではどのような行動をするかを解き明かしたのが、ゲーム理論です。ゲーム理論では、個人個人が自己の利益の最大化を図ろうとすると、相手と協調した方がより利益が増えるのにも関わらず、相手が裏切るかもしれないと考え、結局少ない利益しか得られない結果になることを示しています。
経済学が考える人は、「自分に得になることだけを考えている人」で、他人も同様に「自分に得になることだけを考えている」と考えている人です。他者が得になることは一切しない、まさに「ウォール街の冷酷な論理」に従う人です。
人は必ずしも合理的な意思決定をするわけではない ~行動経済学~
心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは、人の意思決定は経済学者が考えるように合理的なものばかりでなく、非合理な意思決定、つまり意思決定にバイアスがあることを発見しました。
例えば人は同じ金額を得られる場合と失う場合では、失う場合をより避ける傾向にあります。(損失回避のバイアス)
これを図式化したものがプロスペクト曲線です。
図2 プロスペクト曲線
あるいは意思決定の際、想起しやすい事柄や代表的な特性を過大に評価してしまうヒューリスティックを起こします。ダニエル・カーネマンはこのような人々の意思決定を行動経済学の体形にまとめ、ノーベル経済学賞を受賞しました。
ノート 認知バイアスの例
- ギャンブラーの錯誤
- 後知恵バイアス
- クラスター錯覚
過去の出来事が未来の確率に影響を及ぼすと思ってしまうこと。硬化を投げて5回連続で表が出たら次は裏が出る確率が高いと思うこと。(6回目に裏が出る確率の正解は、50%である。)
新しい情報に対して最初から分かっていたと感じること
パターンのないところにパターンを見る傾向。バスケットボールで連続して3点シュート決めると、単なる偶然にしかすぎないのに流れや波のようなものがあると思いこむこと
図3 経済学、行動経済学、進化心理学
ではどうして人はこのような意思決定のバイアスがあるのでしょうか。
人も動物であることから逃れられない ~進化心理学~
このような意思決定のバイアスは、人が文明を手にするはるか大昔から、外敵から身を守り、子孫を残すために獲得した能力によるものだと、進化心理学は説明しています。そして人が獲得した能力は、幼児から大人へ成長する過程で徐々に変化しています。
それは幼児が外敵から身を守り両親に育てられる段階から、社会の一員として他人とうまくやっていく段階を経て、配偶者を獲得し、子孫を残す段階に移行するに従い、必要な能力が変化するからです。これは人に限らず、サルやチンパンジーなどの生物や鳥や魚も同様の能力を持っています。
つまり私たちが、日常生活の中でいろいろな条件を配慮して悩んだあげく「これしかない」と決定した動機は、実は生物としての「内なるつぶやき」に支配されています。
その意思決定は、実はサルやチンパンジーと同じ動機かもしれません。
この意思決定は、進化上のいくつかのまったく異なる進化上の目標を達成するように設計されています。その結果、意識的か無意識的かに関わらず、まったく異なるバイアスが生じ、まったく異なる選択を下すことがあります。
意思決定に影響する7つの下位自己
進化の過程の中で、人が身を守るために獲得した能力は、以下の図のように7つの階層に分かれていて、それぞれを下位自己と呼びます。これらの下位自己は、時には相反する結論となります。人はその時点でどちらの下位自己に従うかにより、全く異なる意思決定をします。
図4 7つの下位自己
7つの下位自己 その1 自己防衛 夜警
これは被害妄想による内なる自己であり、危険を予知する能力です。この能力は危険に対してバイアスがかかっています。つまり、危険度合いが低くても注意を促すように、わざと不正確に認識します。これは危険に対し、より速く察知し、安全に対してマージンを確保するためです。例えば、人は近づいてくる音が実際によりも速く来るように感じます。これを聴覚ルーミングと言います。
太古の人類は、自然界で肉食動物など捕食者から逃れるために、速く気が付いて逃げるためです。速く感じることで、速く逃げ出しても自然界では損失はありません。あるいはまだ何もいないのに、何かいるように感じて逃げ出しても、気づくのが遅れて捕食者に食べられるよりはましです。
現代では、大型の肉食動物に襲われて食べられてしまうことはありませんが、危険と感じるシグナルに対して人は過敏に反応します。人の意思決定も不十分な情報でも独善的な判断を下し危険を避けようとします。脳の中では、火事がなくてもアラームが鳴るようにできています。
図5 危険を避けるためにアラームは敏感に
【けむり検知器のジレンマ】
けむり検知器のような警報機はすべての異常に対して確実にに反応させようとすると感度を高くする必要があります。その結果、誤警報が頻発します。かといって感度を下げると、もし火事になった時に鳴らない可能性があります。そう考えると感度を下げられません。その結果、敏感すぎる感度を選択します。
【飢餓で国家緊急事態に陥ったザンビア、食糧援助を拒否】
2002年5月ザンビアは冬季の乾期が例年なく長く、記録的な不作となって国の食糧の備蓄が尽き、多くの国民が餓死寸前に陥りました。ムワナワサ大統領は国家緊急事態宣言を行い、国際社会に援助を求めました。この状況にアメリカは3万5千トンの食糧を送りました。
しかしムワナワサ大統領は受け取りを拒否し、送られた食料は廃棄しました。その理由は、食料に記載されていた「遺伝子組み換え」の文字でした。ムワナワサ大統領は「我々は遺伝子組み換え食品を食べるくらいなら飢える方がいい」と言い、国民もムワナワサ大統領を支持しました。遺伝子組み換え食品の人体への悪影響はまだ見つかっていません。
2000年アメリカで、マクドナルドが使用していたフライドポテトのじゃがいもが遺伝子組み換えのジャガイモだったことが判明しました。激しい抗議が起き、多くのアメリカ国民は「正常なジャガイモしか食べない」と訴えました。マクドナルドは遺伝子組み換えでない昔ながらの「正常な」ジャガイモに戻さざるを得ませんでした。
現代社会では、実際に身体が危険にさらされなくても、見知らぬ人の怒った顔、他の人種や異教徒の情報、怖い映画や陰惨な犯罪のニュースでも、自己防衛の自己が活性化します。そして自己防衛の自己が活性化すると、人は用心深くなり、人ごみに溶け込みたい気持ちが強くなり、人と同じことを好みます。
ある心理学の実験で、自己防衛の下位自己を活性化すると、人は他人と同じことをするようになると分かりました。
被験者にホラー映画や暴力的な映画を見せて自己防衛の下位自己を活性化させた後、ベンツとBMWのどちらかを選択してもらいました。その結果、他の人がBMWを選べば、被験者もBMWを選び、他の人がベンツを選べば被験者はベンツを選ぶなど他の人と同じ内容を選択しました。
図6 他の人が選んだ方を選ぶ
この用心深い下位自己が優勢になると、見知らぬ男性が中立の表情をしていても怒っているように思えてしまいます。人は用心深く被害妄想的になり、有力な集団に加わることを好みます。また体への危険を避けようとします。
7つの下位自己 その2 病気回復と行動免疫システム
人類は、太古から今日までの間に、よそ者が運んできた感染症により壊滅的な打撃を受けてきました。1300年代には、ペストでヨーロッパ、アジア、アフリカの人口の50%が死にました。その後アメリカ大陸では、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘、はしか、腸チフスによりメキシコの人口の75%が死に絶えました。
実は、北米、南米でアフリカからの奴隷貿易が盛んになった背景には、ネイティブ・アメリカンや南米の土着の人種が、ヨーロッパ人が持ち込んだ伝染病に耐えられず激減したためでした。そのためすでにヨーロッパと交易があり、これらの感染症に耐性のあるアフリカ人が選ばれたのです。
近年では1918年スペイン風邪のために世界中で4,000万から1億人が亡くなりました。第一次世界大戦では、戦場で戦死するより病死する兵士の方が多かったくらいです。
【小さな共同体】
多くの感染症はバクテリアやそれを介在する虫が多発する熱帯で発生します。感染症は人から人へ感染するため、共同体の人数が少なく、他の共同体と接することが少なければ、感染するリスクは少なくなります。
そのため、熱帯の共同体コミュニティは規模が小さいものが多く、その結果、コミュニティごとに多様な言語があります。これは病原体が感染している地域での交差感染を防ぐ知恵です。
こうして、こじんまりとした内向き社会をつくり、よそ者を排除し、自分たちを守っています。また熱帯の地域の人々の方が信仰心が強く共同体は強固な結びつきがあります。
一方、新病の多くは熱帯を起源としていますが、多くは亜熱帯で大発生します。これは亜熱帯の方が人口密度が高く、相互接触も多いため、急速に感染するからです。
【くしゃみやせきに対する反応 ~マークシャラーの実験~】
被験者に発疹や疱瘡のある人、鼻汁を飛ばしてせきやくしゃみをしている人など、病気のように見える人の写真を見せたところ、血液中のイターロイキン-6 (IL-6)の濃度が高くなっていました。IL-6は白血球が微生物を感知した時に産生するものです。この結果から病気の人の画像を見ただけで白血球が細菌感染に対する活動を始めたと言えます。
同様に危険そうな画像、例えばこちらに向かって銃を撃つような画像を見せた場合は、被験者は大変な苦痛を感じましたが、免疫システムにはなんら変化はありませんでした。
【胎児を守る】
同様に妊娠初期の女性は、感染症にかかると胎児に致命的な影響が出るため、見知らぬ人との接触を避ける傾向にあります。
また、妊娠中のつわりは、胎児に影響を与える食べ物の避ける役割があるという説もあります。
実際、つわりを経験した妊婦は流産の危険が明らかに低く、大きくて健康な赤ん坊が生まれることが多いと言われます。
これは、つわりにより弱いながらも毒性がある食品、アルコール、コーヒーなどを排除することが一因です。またつわりになると肉、動物性脂肪、ミルク、卵、シーフードを避けるようになります。これらの食品は、細菌による感染のリスクがあるため、感染による流産による危険を減らし、妊婦に穀類中心の食事をするように仕向ける効果があります。
同様に幼児が新しい食べ物を避け、同じものを食べたがるのも、見知らぬ食べ物には最近による感染のリスクがあるため、まだ免疫力の低い幼児はそのようなリスクを避けようとするからです。
【恐怖は生存を助ける】
恐怖によりノルアドレナリンが高まると、血液のリセプターに作用して血液の凝固を促進します。つまり敵に襲われて出血しても、それに対応する準備を体が始めます。さらに心臓を刺激し、血流を速め肝臓のグルコースを放出します。
こうして逃走反応や闘争反応に関係する組織が多くのエネルギーを使えるようになり、持ち得る能力を目いっぱい使って逃げたり戦ったりできるようになります。
あるいは、恐怖で人がその場にくぎ付けになることがあります。これは突進する象に対しては決して良い反応ではありませんが、自然界では多くの場面で動かないことは賢明な反応です。動かなければ捕食者に見つかりにくく、生き延びる確率が上がります。
7つの下位自己 その3 協力関係
3番目の下位自己は、人に好かれたい、仲良くしたいという協力関係の下位自己です。これは飢餓に対する保険でもあります。狩猟採集民の時代、人は他人と協力しながら食料を確保し生き延びてきました。協力することで大型動物を狩りで仕留めました。また食べ物を得るための様々な知恵を人から教えてもらいました。
この協力関係の下位自己が強くなると、友人と食事をしたりして親交を深めようとします。あるいは友情が脅かされそうなときや友人から拒絶されたときも協力関係の下位自己は活性化します。
【友情】
ポールマッカートニーとジョンレノンはビートルズ結成時、二人でつくった楽曲を共同クレジットにすることを約束しました。二人は十数年の間におよそ180曲をつくり、2010年においてさえ、約7億ドル相当の利益をポールにもたらしました。
スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズがアップルコンピュータ―を設立した時、二人の持ち株は全く同じでした。
カリフォルニア大学の人類学者アラン・フィスクは、人には異なるタイプの人とのやり取りや交換を値踏みをするシステムがあると考えています。
- 「市場価格決定」は合理的な経済学者が考える冷淡で金銭的なシステム
- 「共同分配」は家族や血縁関係、濃い共同体に見られるもので、自分が与えられるものを与え、自分が必要なものをもらい、誰がどんな貢献をしたのかこだわらない
- 「等価マッチング」はジョンレノンとポールマッカートニー、スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズのような友人同士のやり取りで、協力関係の下位自己は主にこのルールを用いています。誰もが同じだけ手にし、同等の機会を得るのが公平だと感じる関係
【最も強力な協力関係 血縁】
1620年メイフラワー号でアメリカに渡った103名は栄養失調、病気、物資不足にたたられ、ニューイングランドの厳しい冬のために53名が亡くなりました。ここで命を落としたものの多くは独り者で、家族連れは死亡率が低かったそうです。
図7 メイフラワー号(Wikipediaより)
【恐怖は人と同化を好む】
心理学の研究者は被験者にホラー映画の古典「シャイニング」を鑑賞してもらい、とりわけ怖いところでCMを入れ、商品の人気や需要の高さをアピールしました。怖い映画の途中で広告を見た人は人気を強調している商品に魅力を感じました。「毎年、百万人以上が訪れる美術館」など、大勢に従うメッセージをすんなり受け入れる状態になっていました。
ところがホラー映画の代わりにロマンチックな映画を見ると商品の独自性を強調した宣伝に最も影響されました。
つまり人の同調性は変化し、ロマンチックな下位自己が優勢になれば他にない独自性を求め、用心深い下位自己が優勢になれば同調性をしきりに求め独自な存在になることを避けるようになります。
7つの下位自己 その4 地位
動物の社会でも集団の中で高い地位にあるものは、様々な恩恵を受けます。最高位のヒヒは一番最初に食べ物にありつき、水を飲むときも最高の場所に陣取ります。ロバート・サポルスキーは同じヒヒの群れを数年にわたり観察し、高い地位にあるヒヒの方が最下層のヒヒより生理的ストレスの兆候が少ないことを発見しました。
人の場合、地位による恩恵は精神的な問題です。地位はそれ自体が媚薬のようなものだという人もいます。そして地位の下位自己は、自分がどの階層にいるのかについて敏感です。そして地位の高い人といることに価値を見出します。また人からの侮辱に対し敏感になります。地位の下位自己が強くなると、ささいな侮辱でも攻撃性が暴発する恐れがあります。
【自信過剰のバイアス】
生物が環境に適応するためには自信過剰のバイアスは必要です。これは野心や粘り強さを増大させます。自信があれば予測不能の状態に立たされても楽観主義を崩さず努力し続け、成功できます。
こうした自信過剰な人の中には、フロンティアを求めて、遠く移動した人たちもいました。カヌーで太平洋を航海した古代ポリネシア人達の中には、失敗して帰らぬ人になった人たちもいたかもしれません。しかし一組でも新天地にたどり着けば、そこで種族は繁栄できます。このような新天地を探し求める能力は動物にも備わっています。
男性に自分の運動能力を評価するようにいうと、全員が上から50%以内にいると評価します。またアメリカ人の50%は離婚しますが、結婚するカップルの86%は自分たちの結婚は永遠に続くと信じています。最もそう勘違いしてくれないと人類は途絶えてしまうかもしれませんが。
図8 失敗する確率は50%でも…
このような自信過剰のバイアスは、人が進化する過程の中で必要に迫られて獲得したバイアスです。自信は野心や決意や粘り強さを増大させます。自信過剰な人は予測不能の状態に立たされても楽観主義のまま努力し続けます。
7つの下位自己 その5 配偶者獲得
配偶者獲得とは、自分の遺伝子を次の世代に伝えようとする下位自己です。この下位自己は生命が発展する中で獲得した能力の中でも極めて強力なもので、人においてもこの下位自己が優勢になると、全く合理的でない意思決定を行います。しかもこの下位自己は男性と女性で全く異なるという特徴があります。
この下位自己はセクシーな女性など、現実や想像の配偶者候補により呼び覚まされ、配偶者候補から見て魅力的な自分、相手に好きになってもらうことに敏感に反応します。この下位自己が強くなると、自己防衛の下位自己とは正反対に、他の人と違うものを選択します。またジェフリー・ミラーは「恋人選び」の中では、音楽を演奏する、詩を書くなど活動も配偶者としての自己の地位を示す努力だとしています。
【配偶者獲得には、荒々しい攻撃性と自己顕示が必要】
この配偶者獲得の下位自己が優勢にかどうかは、体内のホルモン「テストステロン」の量に大きく影響されます。このテストステロンは10代半ばで跳ね上がり、20代で頂点に達します。このテストステロンは競争、反抗、情欲の激情を煽ります。周りの人に気を使い、控えめに行動していては、現代においても配偶者の獲得は困難です。「少しぐらい無茶しなきゃ、女の子はゲットできない」わけです。実際に男性も女性もテストステロンを注射すると攻撃性が高まり性的関心が増すことが分かっています。事実、40代前半に比べ20代前半の若者は殺人を犯す可能性が400%も高く、その理由の多くが、言い方が気に入らなかった、因縁をつけたなどの些細な理由です。
【ネイティブ・アメリカン、シャイアン族の二人の酋長】
ネイティブ・アメリカンのシャイアン族には平和の酋長と戦いの酋長という二人の酋長がいます。
平和の酋長は、世襲制で社会の上層の一族から輩出され、若いうちに結婚し戦いには加わりません。
戦いの酋長は、独身を貫き、戦いとなると先陣に立って敵に乗り込み、敗北するよりも死を選びます。彼らは幾度もの戦闘を生き延びることができ、戦士として引退すれば妻を娶ることができます。
彼らの多くは、孤児や下層の生まれで、もともと結婚相手が見つかる可能性は高くありません。しかし戦いの酋長として成功すれば、つまり命を長らえて名誉と共に引退し社会に戻れば、女性からとても魅力的な存在になります。その結果、戦いの酋長は結婚生活がかなり短いのにもかかわらず、平均すると子供の数は平和の酋長よりも多くなっていました。
生物の進化
生物の中にはオスが明らかに生存に不利となるような特徴を持っているものがあります。ラケットハチドリの長い尾は軽快に飛ぶのには明らかにじゃまなものです。同様にクジャクの巨大な尾羽は捕食動物から逃げるのには極めて不利です。このような大きく発達しすぎて身軽に飛べず、目立つために敵に襲われやすい特徴は、メスに対して、自分の種としての優秀性をアピールしていると考えられています。
「ボクを見て、ボクはとても優秀だからこれだけハンディがあっても敵を撃退できるよ」
図9 オナガラケットハチドリ(Wikipediaより)
図10 クジャクのオス(Wikipediaより)
【無意識にリスクの大きい選択】
心理学者のリチャード・ロネイはスケートボード場で96人の若いスケートボーダーに20ドル払って簡単な技をひとつと2回に1回くらいしかできない技をそれぞれ一つずつ演じてもらいました。その後18歳の魅力的な女性が見てる前で何度か技を披露し、唾液に含まれるテストステロンを測定しました。
その結果、若い女性が見ているとスケートボーダーはより難しい技がより多く決まることが分かりました。彼らのテストステロン量は女性が見ているだけで急増し、より無謀な動きをする傾向が強くなりました。またロネイは、彼らの脳の前頭前野腹内側部の機能をテストしたところ、テストの成績が落ちていることが分かりました。この前頭前野腹内側部は報酬と罰を評価するところです。つまりテストステロンによって慎重な判断に関わっている脳の部位は活動を抑えられていた可能性があります。スケートボーダーの男の子たちは、女性を獲得するために慎重さをかなぐり捨て無謀なチャレンジに取り組んでいたのです。本人が全く意識をしないで……。
【やけっぱちの次男坊が切り開いた大航海時代】
14世紀のポルトガルでは貴族の領地が不足し、分割相続によって収入が先細りになるのを避けるために、分割相続から長子がすべて相続するように変えました。その結果、土地を相続できなかった次男以下は、土地なしでは収入が限られるため結婚できなくなり、グレはじめました。(貴族の下層階級との結婚は禁止されていました)
その結果、社会秩序を脅かすようになり、国王は彼らに海外雄飛を促しました。「コロンブスやヴァスコダガマ、マゼランに続け!」というわけです。こうしてポルトガルの黄金期である大航海時代は、食い詰めた貴族の次男たちが扉を開いたのでした。
15~16世紀にかけて、ポルトガルの貴族の長男は大抵ポルトガルで死んでいますが、その弟たちはアフリカなど遠い異国で死んでいます。
図11 大航海時代の真相
【中国の抱える時限爆弾】
独身男性が多いと危険ということは、現代の中国にも当てはまります。中国ではかつて人口爆発を避けるために一人っ子政策を推進しました。子供が一人しか持てないと、親は男の子を欲しがるため、女の子だと中絶するケースが増え、中国では若者たちの男女比がアンバランスになっています。
中国の大都市では、男性125に対し、女性100という人口構成で、2020年には3700万人の男性が配偶者を得られないと予想されます。そのため、犯罪発生率が高まるなど社会不安が増加する恐れがあります。また不足する女性を補うために東南アジアなど海外から花嫁さんを連れてくる動きがあります。
アメリカでの調査でも、離婚率とレイプ発生率の間に強い相関関係があり、離婚率が高く、その後の再婚率が低い地域では、レイプ発生率が高くなっています。
【女性の行動に影響を与えるもの】
マーケティングのクリスティーナ・デュランテ助教授は、集まった被験者の女性たちに尿検査を行い、彼女らが排卵期にあるかどうかを調べた上で、彼女らに架空のオンラインショップで買い物三昧をしてもらいました。
架空のオンラインショップのアイテムは、衣料品や靴、バッグ、ファッション小物などで、半分は派手でセクシーなもの、残りの半分は控えめでおとなしいものでした。
実験の結果、受精可能期の女性はよりセクシーで露出の高い服やアイテムを選びました。彼女らは全く意識なく「たまにはセクシーなものもいいかなと思って」と選んでいました。
【どちらを選ぶ?】
排卵期と非排卵期の大学生の女性に、以下の二つのタイプに分けた同年代の男性と引き合わせた実験を行いました。
- 信頼できる良き父親タイプ
- 遊び人タイプ
感じが良く、思いやりがあるものの自身がなさそうで内気、退屈そうな男性
美男でたくましく女性をリードし楽しませる術を知っているが、信頼できないタイプ
女性たちのパートナーとしてどちらが好ましいかという選択に対して、良き父親タイプの男性に対しては排卵の有無は影響がありませんでした。しかし遊び人タイプの男性に対しては、排卵の有無で大きな違いが生じました。排卵期の女性は、遊び人タイプの男性が誠実で安定した関係を築き、良き夫、父親になるという勘違いを起こしました。
【女性が美容に使うお金は、贅沢でなく必需品】
社会心理学者のサラ・ヒルが調べたところ、景気が低迷すると女性は他の製品にはあまりお金を掛けなくなりますが、化粧品など見かけを良くする製品には余計お金をかけるようになりました。
経済の低迷は女性の見かけへの投資を増大させることが分かりました。少しでも良い男性を獲得したいという潜在的な希望がそうした行動に駆り立てていると考えられます。
図12 化粧は嗜好でなく投資?
7つの下位自己 その6 配偶者保持
7番目の下位自己は、良き妻、良き夫としてふるまいを維持する配偶者保持の下位自己です。人間の子供は養育機関が長く、夫婦で長い間協力しなければ子どもは満足に成人できません。その一方で他人に配偶者を奪われるリスクがあります。そこで配偶者との関係を維持し続ける努力を促すのが配偶者保持の下位自己です。
この下位自己は、長期にわたる関係を脅かすようなきっかけがあると活性化します。例えば、他人が自分の配偶者に色目を使ったときなどです。従って嫉妬は配偶者保持の下位自己の最も強力な発露です。結婚や離婚などの社会的ルールが確立されていない時代は、妻は若くて魅力的な女性が夫に言い寄ってこないか監視しなければなりませんでした。同様に夫は、妻に他の男がちょっかいを出して、自分が育てている子供の中に他の男の遺伝子を持った子が含まれていないか常に監視しなければなりませんでした。
7つの下位自己 その7 親族扶養
7番目の下位自己は、親族扶養つまり子どもに対する愛情の下位自己です。これは自分の子供に囲まれているときや、他人の子供の鳴き声や愛らしい赤ん坊を見たときに活性化します。あるいはユニセフへ募金してアフリカの飢えた子供に援助したり、子犬や子猫の面倒を見るときにも活性化します。
太古の人類は直立歩行を始めることで、大きくて重い脳を支えることが可能になりました。そこで起きた問題は、直立歩行に適した骨盤は、大きな脳に対して産道がとても狭いことでした。
今更脳を小さくすることを拒んだ太古の人類は、赤ん坊を未熟児で生む方法を選択しました。本来であれば人の胎児は、母親の胎内で21か月過ごす必要がありますが、
実際は9か月で生まれます。そのため人の赤ん坊はサルや類人猿に比べて非常に未熟で無力で生まれます。
猿や類人猿の赤ん坊は生まれて数時間、長くても数日で活発に動き回りますが、人の赤ん坊がそうなるには丸1年かかります。また無事に生まれてもちゃんと育つかどうか危うく、細心の注意で育てていかなければなりません。人の赤ん坊に抗いがたい魅力があるのは確実に育ててもらうためでもあります。
図13 愛らしさも必要な能力?
【家では勝負できない】
モルガン・スタンレーのあるファンドマネージャーは、常にリスクの高い金融取引に挑み、アドレナリンが出るのを楽しんでいるかのような人物でした。ただ他の金融トレーダーと違っていたのは、家では決して投資判断をしなかったことです。彼は職場では一匹狼で常に攻撃的な意思決定をしました。一方、家庭では愛情深い妻と幼い子供とかわいい子犬を愛する良き家庭人でした。
彼が職場で考え抜いた堅実だと思っていた高リスクの取引は、家庭ではあまりに危なっかしく思えました。彼は自分が攻撃的な金融トレーダーと良き家庭人という分裂した性質を持っていることを理解していました。
生活史理論
生物にとって生涯に渡り自らが生き残り、子孫を残すための最大の問題は「身体能力」と「繁殖能力」の獲得とそのバランスです。身体能力は自らが成長して健康な体の維持するために費やすエネルギーのことです。繁殖能力とは自らの遺伝子を複製するために費やされるエネルギーを指します。この身体能力と繁殖能力をどの段階でどのようにバランスを取るかが、生物の生活史戦略になり、それぞれの生物は自らの生活史戦略に従って、身体の発達と繁殖能力を決めています。
例えばマダガスカルのハリネズミの1種テンレックは、速い生活史戦略を採用しています。生後40日で性成熟を迎、1度に32匹の子供を産みます。テンレックの体は小さく、外敵に対して非力ですが、早く成長して早く子供を産むことで、他の捕食動物にやられてしまう前に自分の子孫を残すことができます。
対してゾウは遅い生活史戦略を取っています。1度に1頭しか生まず、子どもを産むようになるまで長い年月がかかります。その代わり成人の体は巨体で他の捕食動物から襲われる心配はほとんどありません。従って病気にかからず無事に成人できれば、少ない子供をじっくりと育てて、自分の遺伝子を残せます。
【速い生活史戦略と遅い生活史戦略を取る人】
人もゾウと同じ遅い生活史戦略をとる生き物です。そこで一生の間には、身体努力、配偶者獲得努力、育児努力のうちのどれか一つが優勢になります。しかしこの生活史戦略は、人の中でも速い生活史戦略をとるタイプと、遅い生活史戦略を取るタイプがあります。
速い生活史戦略をとるタイプは、性的に早熟で初体験も早く、セックスの相手も多く、人生の早い時期に子どもを設け、多くの子供を持つことになる人も多くいます。あるいは離婚や未婚の母となることもあります。一方消費や投資も、お金をコツコツと貯めるよりも派手に儲かることに惹かれます。その結果、大金を獲得することもありますが、全部失うことも珍しくありません。
対して遅い生活史戦略をとる人は、ゆっくりと成長し、思春期が始まるのも遅く、生物学的な老化も遅くなります。セックスを開始する時期も遅く相手も少なく、一夫一婦制を好みます。派手な消費はせず、リスクのある投資は避け、堅実なことを好みます。
なぜ人により生活史戦略のタイプが分かれるのか、発達心理学者のブルース・エリスによれば、小児期の環境の影響が大きいとしています。
第一に危険な環境、例えば暴力や病気が蔓延するような環境で育った子供は、長生きできるとは限らないから早く子供をつくり子孫を残そうと無意識に行動します。
第二が変動する環境です。離婚や再婚で家族構成が変わったり、子どものころ、戦争や災害、事故で環境が大きく変わると、コツコツと時間をかけて大きな成果を得るよりも、早く結果が出ることを求めるように無意識に選択します。
イーストオークランドの公営住宅に住むシングルマザーの8人兄弟の一人、MCハマーは1990年には5,000万枚以上のレコードを売り上げ、3,300万ドルの財産を築きましたが、6年後の1996年に破産しました。同様にアメリカンフットボール選手の78%が生きているうちに破産し、プロバスケットボール選手の60%が引退後5年以内に破産しています。
53人のロックスターが名を連ねる27クラブは27歳で他界した速い人生のロックスターたちです。その中にはジャニスジョプリン、ジミーヘンドリックス、ジムモリソン(ドアーズ)、ブライアンジョーンズ(ローリングストーンズの初代ギタリスト)などがいます。
参考文献
「きみの脳はなぜ『愚かな選択』をしてしまうのか」 ダグラス・T・ケンリック、ヴラダス・クリスケヴィシス 著 講談社
「消費資本主義!」 ジェフリー・ミラー 著 勁草書房
「友達の数は何人?」 ロビン・ダンパー 著 インターシフト
「進化心理学入門」 ジョン・H・カートライト 著 新曜社
本コラムは2018年7月22日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
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経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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ものづくりにおけるヒューマンエラーの原因と対策
不良・事故の原因
手順を守ったかどうか
ものづくりにおいて人間のウッカリミスやヒューマンエラーは、時に重大な事故や多額の損失を引き起こしています。問題が起きるたびに、原因の是正や再発防止に取組み、次は全く別の原因で発生します。こうして対策はモグラたたきになってしまい、終わりません。
不良や事故の原因は、図に示すように4つに分類できます。
図1 不良(事故)の発生原因
- 決められた手順を守っても起こる不良(事故)
- 決められた手順を守らなかったために起こる不良
不良(事故)には、決められた手順を守って確実に作業したのにも関わらず、起きてしまうものがあります。
【原因1製品設計の不良】
元々、製品の設計に問題があれば、求められる結果(精度や機能など)が実現できません。この場合は後工程がどれだけ努力しても、製品設計を変更しない限り、不良は解決しません。
【原因2工程設計の不良】
製品設計に問題はなくても、製造方法や作業方法、つまり工程設計に問題がある場合です。
例えば「コストダウンのために本来研削加工をすべきところを切削加工で仕上げた」、「プレスでなければ出せない精度だが、ロットが少ないため金型を製作するとコストが高くなる。そのため板金加工で製造した」などです。
製品設計は、工程設計と密接に関係しています。製品を開発する際は、製品設計と工程設計は密にコミュニケーションを取って、その製品に最適な工程設計をする必要があります。
コミュニケーションに問題があり、工程能力を超えた部品を設計したり、目標とする機能を実現するには不十分な設計るのに、部品精度を上げることで解決しようとすることがあります。そして、工程設計に負担をかけます。
往々にしてこのような問題の解決は莫大な時間と労力がかかっています。
故意に守らなかった場合と、守ろうとしていたのだけれど、うっかりして守らなかった場合があります。
【原因3 故意に守らなかった】
故意に手順を守らなかった場合も、ヒューマンエラーに分類されることがあります。しかしこの場合は、当事者がルールを守ろうとしない限り問題は解決しません。
多くの場合、ルールを守りたくない、あるいは守れない理由があります。
そこで、当事者から理由を聞き取って調査します。
例えばルールを守らず、安全スイッチを無効にして作業している機械は、安全スイッチが効いていると、
- 著しく作業性が悪い
- 安全カバーを閉めなければならないために内部が確認できない
などの理由が判明します。
この場合は、安全スイッチが効いていても作業性が悪化しないように作業の仕方を改善したり、安全カバーを閉めても内部が確認できるように窓やカメラモニターを取り付けて対処します。
【原因4 手順を守ろうとしたのに守っていなかった】
当人は守ろうと努力をしていて、しかもほとんどは的確に作業しています。
にもかかわらず、ごくたまに発生するミスが大きな問題を起こします。
このような本人の意思に反して、うっかり行ってしまうミスを、ここではヒューマンエラーと呼びます。
人はミスをする生き物
ヒューマンエラーを完全になくすのが難しいのは、人は本来ミスをする生き物だからです。
偉大な発見や発明の多くは、ミスや失敗から生まれています。従って全て悪と決めつけることもできません。かといってヒューマンエラーを許容していては、一つのミスが大きな事故や損失をもたらしてしまいます。
人はミスをする生き物?
- コンピューター化、多重化でミスゼロに
- 大量生産では、システム化とポカヨケ
- 多品種少量生産ではヒューマンエラー対策
- ピッキングする部品をランプが点灯して知らせる。
- 部品をピッキングする際にバーコードやRFIDで照合する。
- 間違いやすい品番の表示に色を付け、手順書の部品の表記も同じ色にする。
- 品番の表示だけでなく、品名や使用部位も表記する。
- 間違いやすい似通った部品は隣り合って置かない。
- 毎回新しい作業では
- 正確に聞き取っていない
- 正確に理解していない
- 確実に相手に伝わるように文書や掲示板など伝える方法を改善する
- 相手に伝わっているか確認する(確認会話)
- 分らない時に気軽に聞ける環境に改善する
- 誤って認識してしまう原因は、
- 忘れる
- 記憶が変質するという記憶の問題
- 差が小さくて見落としてしまう
- 周りの情報が多すぎて誤認識する
- メモやホワイトボード、パソコンやタッチパネルなどの他のものに記録する
- 見間違いや見落としが少なくなるように対象物の表記を大きくする
- 周りの余分な情報を減らして惑わされないようにする
- 判断プロセスが複雑
- 認知的不協和のためやり方が感覚と異なる
- 思い込みや先入観により直感による判断が間違う
- 複雑な作業を同時に行う
- 複数の作業を同時に行わない
- 判断は必ず二択にする
- 動作の方向と習慣を一致させる
- 思い込みや先入観を事前に排除する
- スリップ
- 故意
- できない
- 集中力が低下
- 心離れなど一瞬不注意となる
- 似ているために間違う
- 重要なことや目立つことに注意を奪われミスする
- 習慣化した動作が顔を出す
- 集中力が低下しないようにわざと手間をかけさせる
- 心離れが起きるタイミングで注意喚起する
- 違いを大きくする
- 大事なことが最後になるようにする
- 指差呼称を行う
- 実力・能力を過大評価している
- リスクを取り過ぎている
- 実力を測定して安全マージンを確認する
- 安全マージンの必要性を教育する
- 権威による圧力を受けて本当のことが言えない
- 急いでしまう
- 手順が不合理
- 作業の意味を理解していないため問題ないと自ら判断する
- 適切な判断をするように圧力をかけない
- 合理的な手順に変更する
- 急がせない
- 作業の本当の意味を理解させる
- チェックリストの項目を実際に確認せずにレ点を記入する
- チェックリストがあっても使わない
- 人が行う作業は全て間違える
- 人が行う検査は全て見落とす
- 人が覚えることは全て忘れる
- 自分たちこそが唯一正しい判断力を有しているという過信
- 批判的な情報を軽視し、そのような情報を支持するメンバーを疑問視する
- その結果、他の集団から孤立し、誤った最初の仮定やそれに基づく決定を変更できないまま突き進んでしまう
- 不良=作業の結果、要求された品質を満たしていない
- 事故=作業の結果、要求された安全が維持されていない
実は、ヒューマンエラーを完全になくすことは、可能です。
人がヒューマンエラーの原因ですから、コンピューターにより自動化・無人化し、人による作業を極力排除し、さらにシステムを多重化すればミスを完全になくす事ができます。
仮に1個所でエラーが発生しても、システムは多重化されているため正常に動作します。こうすればミスのない仕組みも不可能ではありません。
非常にコストのかかる方法ですが、宇宙開発のようにコストをかけてでも確実に実行することが求められる分野では行われている方法です。
現実には、ミスの発生する頻度とミスが起きた時の損失費用から、経済的に見合ったヒューマンエラー対策が行われます。同じものを大量につくる大量生産では、コストをかけてもヒューマンエラーを防止する価値は十分あります。
この中でポカヨケは、比較的低コストでヒューマンエラーを防止する良い方法です。
多品種少量生産では、製品の形状が毎回全く変わってしまうこともあります。この場合、毎回新しいポカヨケを設計しなければならず費用対効果を考えると現実的でありません。
その場合、コストをあまりかけずに効果のある対策が必要です。これをヒューマンエラー対策と呼びます。
図 ポカヨケとヒューマンエラー対策
ヒューマンエラー対策は、ポカヨケのように完全にヒューマンエラーを防ぐことはできません。しかし、今までの何もしない状態よりは、発生確率を下げる事ができます。しかもポカヨケよりコストがかからず、様々な製品に対応できます。
例えば、複数の部品をピッキングする場合、
【ポカヨケやシステム化】
製品が頻繁に変わる場合は、製品に合わせた仕組みの構築が必要になります。
【ヒューマンエラー対策】
こうすることでコストがあまりかからず発生確率を下げることができます。費用対効果を考慮して、最適なやり方、仕組みを構築します。
毎回全く新しい製品の場合、作業者には高い能力が求められます。このような場合、不良を減らすのに作業者の能力向上が必要です。
従って、1度に数個しか流れない製品でAさんはミスなく行うが、Bさんはミスが多発する場合、原因は、ヒューマンエラーなのか、Bさんの能力の問題なのか、この点を見極める必要があります。
ヒューマンエラーの分類
ヒューマンエラー対策のためには、その発生原因を理解する必要があります。人が作業を行う場合には、認知→判断→行動のプロセスを経ます。
このそれぞれにヒューマンエラーが起こることがあります。
図 ヒューマンエラーの分類
以下に個々のヒューマンエラーの原因と対策を述べます。
認知
認知段階でのヒューマンエラーには、無知・理解してない場合と、事実を誤って認識する場合があります。
【1】無知・理解してない
原因として、伝えることの難しさがあります。
口頭では、伝えた内容を相手が
このような場合は少なくありません。
図 的確に伝えることは難しい
これは伝える立場、聞く立場それぞれの感情や考えが入り、バイアスがかかってしまうためです。また言葉だけでの伝達は、伝えられる情報には限りがあります。
十分に伝わっていないとき、聞き手も何がわからないかわかりません。
そのため、質問もできません。
【対策】
などがあります。
【2】誤認識
などがあります。
【対策】
作業途中の状況を記憶に頼らないように、
などがあります。
判断
情報は正しく認識したが、誤った判断をする原因は、
などがあります。
【対策】
などがあります。
行動
行動によるヒューマンエラーは、
の3つのパターンがあります。
【1】スリップ
本人は正しい動作をしようと思っているにもかかわらず、間違った動作をしてしまうことです。
原因は、
などがあります。
【対策】
などです。
図 色分けをしてわかりやすく
【2】できない
本人はできると思っているのに、できない場合です。原因は、
などがあります。
【対策】
作業には、ミスが起きても問題が発生しないように安全マージンが取ってあります。
などがあります。
【3】故意
自ら不適切な行為を選択する場合です。現実には様々な理由により、本人は望んでいなくても自ら不適切な行為を行うことがあります。
原因は、
などがあります。
【対策】
などがあります。
ヒューマンエラーを事前に防ぐ仕組み
ヒューマンエラーを防ぐために以下のような取組があります。
フールプルーフ
操作や取り扱いを誤っても事故にならない、あるいは、間違った操作や危険な取り扱いができない構造や操作体系に、設計しておくことです。
その前提には「人は間違える」「分かっている人だけが使うわけではない」があり、その場合も事故が起きたり、作業者を危険な目に合わせたり、設備が故障しないように設計します。
例として、ギアがパーキングに入っていないと始動しない自動車や左右のボタンを同時に押さないと起動しないプレス機などがあります。
フェイルセーフ
部品の破損や操作ミスをした場合、異常は出るが、できるかぎり安全な状態になるように設計することです。故障や誤操作は起きるという前提で、そうなった時に、自動的に安全な状態に導くように制御や動作、構造を設計しておきます。
例えば、倒れると自動的に消化する石油ストーブや停電・故障すると遮断機が降りて停止する踏切などがフェイルセーフの設計の例です。
フェイルソフト
事故や故障が発生したとき、問題の個所を部分的に停止したり切り離したりして、機能が不十分ながらも運転を継続できるように設計することです。
故障が起きることを前提にして、問題の個所を止めたり、切り離したりして他の機能への影響が波及しにくい構造にして、機能を落としても運転を継続するような仕組みや考え方です。
例えば、旅客機はエンジンに火災が発生した場合、そのエンジンへの燃料の供給を遮断して、残ったエンジンの運転を続けて飛行を続けることができます。
フォールトトレランス
一部が故障・停止しても予備の装置に切り替えて、正常に運転できるように設計することです。
事故や故障が起きることを前提として、重要な機能は複数の機器を用意したり、1個所が交渉しても他へは波及しないようにして、事故や故障が起きてもシステム全体の性能や機能を落とさずに運転を継続できる仕組みや考え方です。
例えば、電源装置を2組用意して、1つの電源が故障しても使用し続けることができるコンピューターや、停電しても自動的に発電機に切り替わって電力を供給するビルなどが、フォールトトレランスな設計の例です。
一方、どんなトラブルでも稼働し続けるようなシステムは、費用が膨大になり、経済的に合いません。そこで継続できる機能や持続時間を限定する(病院やビルの非常用発電機の燃料は数日分のみ備蓄する。)、あるいは機能や性能の低下を許容します。
FMEA (Failure Mode and Effects Analysis:故障モードと影響解析)
製品や工程の設計段階で、事前に発生する可能性のある故障を予測し、その影響を事前に評価します。そしてその影響の大きさに応じて事前に対策を行い、問題の未然防止を図る方法です。図10は、設計FMEAの例です。
FTA (Fault Tree Analysis:故障の木解析)
信頼性や安全性に関し発生する問題や現象を抽出し、それを引き起こす要因を順に展開し、その因果関係をツリー状の図に表し、発生経路や発生要因、発生確率を解析し、対策する方法です。
FMEAが、全体の構成要素から個別の故障モードに展開して、発生する問題を挙げて、それが全体に及ぼす影響を分析するのに対し、FTAは、発生すると重大な影響がある事故や故障を最初に抽出し、その発生要因を展開していく方法です。
FTAは、発生した問題をその要因に展開する必要があり、それには問題発生メカニズムに対する豊富な知識と問題解決力が必要です。このスキルが不足していると課題解決に使えるFT図が作成できません。
実際には原因を解明しただけでは不十分で、解決するための具体的な取組も必要です。そのためにはFTAのスキルだけでなく、様々な問題と発生原因意の知識、それを解決する技法や予防策に対する知識が必要です。
またこのFT図をつくることで、FMEAにおける故障モード予測に活かせる知識も得られます。
DR デザインレビュー(Design Review)
設計の成果物、結果に対して、目的とする機能や性能を達成するか、コストは適正か、また安全性、信頼性、操作性が適正か、生産性、保全性、廃棄での問題、法規制に対する適合など様々な項目を審査し、問題点を抽出し、対策することで問題の発生を未然に防止することです。
DRは、設計審査の訳ですが、単に設計だけにとどまらず、商品企画から製品設計を経て生産準備、販売サービスに至る各段階まで含みます。
DRと設計検証/設計の妥当性確認の関係
設計検証とは、設計の各段階において、その時点での設計結果が設計に要求されていることを満足しているかどうか確認することです。
妥当性確認とは、最終的に設計の結果として得られた製品や工程が、要求されている内容も含めて顧客のニーズを満たすかどうか、確認することです。
図 DR,設計検証と妥当性確認
設計検証は、製作する製品の仕様が、最初の要求仕様を確実に満たしているかどうか、設計の各段階で確認することです。
一方顧客の求めることは、仕様に明記されているもの以外に様々なものがあります。そのため顧客の使用状況を想定し、仕様に明記されている内容以外にも製品は問題ないかどうか確かめる必要があります。
これが妥当性確認で、実機試作品による試験や製品の据付・試運転などにより妥当性確認を行います。
ここでDRは、設計から据付までの各段階で設計検証や設計の妥当性確認の結果を確認し、次の段階に進んで良いかどうか判定するものです。
チェックリスト ( check list)
何かをするときに「必要になるモノ」や「必要になる行動」を一覧表にしたもので、確認項目と「〇」「×」、「ㇾ」などの判定があります。漏れなく確認する事ができるので、漏れなく安全に作業を開始したり、必要なものを確実に集めたり、必要な項目を確実に終了したりする場合などに用いられます。
チェックリストに従って確認すれば漏れなく行う事ができるのにもかかわらず、
など運用上の問題により、チェックリストがあっても事故や不良の発生が後を絶ちません。
図 ヒューマンエラー発見のためのチェックリスト
ヒューマンエラー対策事例
ヒューマンエラー対策で重要なポイントは、以下の3点です。
100%良品が必要であれば、完全にミスをしない作業、又は人の作業+確認作業が必要です。しかし、現実には確認作業は、必ず見落としがあります。そのため、さらにチェック機構が必要になり、全ての製品を100%良品保証するためには、かなりコストがかかります。
つまり現実には、ある程度のミスを許容して、ものづくりをしているのが現実です。しかし、ミスがプロジェクトに重大な影響を与える場合は、多額の費用をかけても確実な作業を作り込むことも必要です。
現実的なヒューマンエラー対策は、費用対効果を考慮して、一定のリスクを許容することです。ヒューマンエラー対策にコストをかけすぎ費用対効果が合わなくなれば、収益性が低下し事業の存続ができなくなります。かといって、タカタの例のように想定外のミスにより甚大な被害を顧客に与え、巨額の損害賠償を請求されれば、事業の存続が不可能になります。
従ってヒューマンエラー対策は、その前段階としてリスクマネジメントが必要です。
人間のウッカリミス、ヒューマンエラーについてもっと詳しく知りたい方は、こちらをご参照願います。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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人間の失敗メカニズムと、失敗を防ぐリーダーの役割 その3
組織のリーダーは、部下のミスを防ぐために何をすべきか、リーダーに必要な考え方を以下の経営コラムで述べました。
また、ミスの原因となる人間の注意力と不注意について、また記憶力と忘れることについて、以下の経営コラムで述べました。
今回は、個人では正しい行動をとるのに、集団になるとミスを犯す組織行動の問題について考えます。
組織行動の問題
今まで述べたように組織の目標達成には、個人のミスを防ぐことは非常に重要です。
もうひとつ重要なのは、組織が集団として行動することで、判断が変わることです。
個人では適切な判断をできる人が、集団では誤った判断をして大きな事故を起こしてしまいます。
リーダーは、この組織行動の問題点を理解し、誤った判断に流されないようにしなければなりません。
権威勾配
新人看護師が、先輩看護師の医療機器の操作に疑問を感じても「自分がまちがっていたらきっと怒られる」と考えて言い出せず、医療事故が起きました。
このような事故はいろいろなところで起きています。
人は権威を持っている人に命令されると、自分の意思に反していてもそれに従う傾向があります。
アメリカの心理学者ミルグラムが1965に年行った「権威への服従」の実験では、普段はとても危険でできない操作も権威ある人に命令されると、多くの人が行うことが示されました。
スタンリー・ミルグラムの実験
ある役者が別室にあるニセの電気椅子に座り、別の室内ではもう一人の役者が実験を行う博士を演じます。
“博士”は被験者に、別室にいる役者がある一連の単語を思い出さなければ罰として電気ショック与えるように指示します。
実験が進むにつれ、電気ショックの強さと犠牲者の苦痛の訴えは激しさを増していきます。
被験者のおよそ65%が「犠牲者」がやめてくれ、と頼んだ後でも電流を流し続けました。
450ボルトもの死に至るほどの強度の電流でも流し続け、その結果、無反応になっても電気ショックを与えました。
同調行動
チーム内の他のメンバーが全員、自分と異なる意見を持っているときに、それでも自分の意見を主張することは容易ではありません。
アッシュは、1951年に、こうした個人と個人、個人と集団との間に相互に表れる影響過程を明らかにする実験を行いました。
被験者8人の集団に、2枚のカードを見せ、1枚には線が1本だけ描かれ、もう1枚には長さの異なる3本の線が描かれています。
3本の線のうち、どの線がもう1枚のカードと同じか1人ずつ順に答えていきます。
しかし8人のうち本当の被験者は1人だけで残りの7人は、間違った答えを言う役割のサクラでした。
実験の結果、被験者の約3分の1が、サクラと同じ答えを選択しました。
みんながそうなら自分も従うということは、日常の場面でも起こり易いのです。
社会的手抜き
「私が確認をしなくても他の誰かがちゃんとやるだろう」と適当に確認してしまうことです。
自分がやらなくても他の誰かがやるだろうと手を抜いたり、チームで作業すると、人は単独のときよりも働かなくなったりすることを「社会的手抜き」と言います。
ドイツのリングルマンは、1人、2人、3人、8人で綱を引いてもらい、その力を測定し、1人あたりの引っ張る力を計算しました。
その結果、1人で綱を引く力を100%とすると、2人のときは93%、3人のときは85%、8人のときは49%の力しか出していませんでした。
1人あたりの作業量は、単独作業状況よりも集団状況において低下しており、これはリングルマン効果と呼ばれています。
集団浅慮
集団で意思決定を行うとき、優れた人が集まっても愚かな意思決定を行うことがあります。
これは「集団浅慮」と呼ばれています。
その理由は
リスキーシフト
集団の決定は、個人の決定よりも危険な選択をすることがあり、これはリスキーシフトと呼ばれています。
例えば、ネット上で誰か一人を集中攻撃したり、サイトが炎上したりする現象は、リスキーシフトの代表例です。
学校などでしばしば問題になる「集団いじめ」や「集団暴行」、暴動やテロリズムにも、リスキーシフトの側面があります。
ワラックの実験では、例えば
「重い心臓病の人が、大手術を受ければ普通の生活を送ることができるが、その手術は失敗すると命を落とすことになる」
という問題について、ひとりで答えた場合と、集団で話し合った場合を比較しました。
その結果、集団討議の方が個人の決定よりもリスキーな方向になりました。
またリスキーな意思決定をしている人ほど討論で積極的な役割を演じていました。
コーシャスシフト
コーシャスシフトは、集団で決めた決定が、個人で決めるよりも、慎重でより安全志向になることをいいます。
議論を重ねるごとに、リスクをとることを怖れて消極的で現状維持に治まったり、結局はいつまでも効果的な結論が出ずに、ずるずると同じようなやりとりを引きずったりしていれば、議論がコーシャスシフトに傾いています。
これは決定した結果、発声した問題の責任より、決定しないことで起きる問題の責任の方が軽い場合に、消極的になります。
そして多くの場合、決定しないことに対する責任は、極めて軽いものです。
このコーシャスシフトは企業の会議や政府・行政の議論などで見られます。
組織リーダーに求められること
スイス・チーズ・モデル
不良と事故には共通点があります。
つまり、結果は異なりますが、いずれもそのプロセスに問題があり、要求されたことを満たしていない点が共通しています。
ではどうして事故は起きるのでしょうか。
実は、事故が単独の原因で起きることはそんなに多くはありません。
一つの危険な行為だけでは多くの場合本人が注意していれば事故になりません。
あるいは誰かが気がつき事故に至らないように対処します。
しかしさらに別の要因でいつもと違うことが起きた時、あるいはうっかりした、手が滑ったなどが起きた時、重大な事故が起きてしまいます。
これは「スイス・チーズ・モデル」で説明されます。
スイスのチーズは、図のように穴がたくさん空いています。
これをスライスして重ねると図のようになります。
このとき重ねたチーズの穴がすべて一致すると、光が通ります。
同様に個々の作業に不注意、ミス、ルールの無視があっても、これが即座に事故(あるいは不良)につながりません。
しかしこれを放置すると、いくつかの穴が重なり重大な事故(あるいは不良)が発生してしまいます。
例えば制限速度を大幅に超えて自動車を運転すれば、すぐに事故が起きるでしょうか。
実際には事故は起きないかもしれません。
しかしたまたま交差点に信号を無視して入ってきた車があったらどうなるでしょうか。
制限速度を守っていれば避けることができたことが、スピードが出過ぎていたためによけることができず事故が起きてしまうかもしれません。
このようにルールを逸脱すると、安全に対するマージンが減少し、わずかなミスで大きな事故が起きるようになってしまいます。
同様に今は不良が発生していなくても、ミスや問題を放置すれば、いつか重大な事故や不良品の流出が起きてしまいます。
従って個々に問題、あるいは危険を感じたり、ルールを逸脱するなどの問題のある行動を発見した時点で、適切な処置と対策を講じておくことが重要です。
つまり、普段からチーズの穴を埋めておくことです。
失敗を防ぐためのリーダーの役割と組織づくり
チームのリーダーは、失敗やミスの原理や原因を理解し、再発しないような仕事のやり方や仕組みを構築しなければなりません。
そして人間の注意力や記憶について知識を深め、注意力や記憶に頼らない方法を構築する必要があります。
さらに上記の組織特有の問題を理解し、組織の問題が重大なミスを招かないように、組織の運営や体制を考えなければなりません。
人間のウッカリミス、ヒューマンエラーについてもっと詳しく知りたい方は、こちらをご参照願います。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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