なぜ間違えるのか?誤った意思決定について

合理的経済人と意思決定の誤り

買い物などの個人の消費から、経営の意思決定まで、様々な場面で人はを考えて意思決定します。意思決定の結果が間違っていると損失を被ります。

買い物の失敗なら笑って済ませられますが、M&Aの失敗は企業の経営を傾かせ、倒産に至ることもあります。あるいは誤った判断により大規模な事故を起こし、多くの方が亡くなることすらあります。

この意思決定の誤りはどのようにして起きるのでしょうか。
 

経済学の考える合理的経済人

判断の誤りについては、認知のゆがみや誤った論理による判断ミス、つまりヒューマンエラーが生じます。これについてはヒューマンエラーの書籍に様々な原因が書かれています。

一方で企業経営や経済活動における意思決定は、経済学が取り組んでいて、従来の経済学では、人は合理的な意思決定を行うことになっています。
 

人々は、品物の価格が高ければ買う量を控え、価格が下がればたくさん買います。このような人々の行動を元に需要曲線が作られました。対して生産者側は需要が少なければ価格を引き下げて生産量を絞り、需要が多ければ価格を引き上げて生産量を増やします。そうすることで、市場は需要曲線と供給曲線が交差する点で均衡します。
 
図1 需要曲線と供給曲線

図1 需要曲線と供給曲線
 

このように消費行動を単純化することで市場活動を数学モデルで表すことが可能になり、経済学は大いに発展しました。合理的経済学者は、「どのような条件下でも人は合理的な利己主義の観点で意思決定をする」ことにこだわりを持っています。

合理的な経済学者の考える意思決定は、上司の誘いを断って残業するのか、先日連絡先を交換した女性と密会するかどうか、すべてはひとつの問いに集約されます。つまり「おれにどんな得があるか」です。
 

個人ではどのような行動をするかを解き明かしたのが、ゲーム理論です。ゲーム理論では、個人個人が自己の利益の最大化を図ろうとすると、相手と協調した方がより利益が増えるのにも関わらず、相手が裏切るかもしれないと考え、結局少ない利益しか得られない結果になることを示しています。
経済学が考える人は、「自分に得になることだけを考えている人」で、他人も同様に「自分に得になることだけを考えている」と考えている人です。他者が得になることは一切しない、まさに「ウォール街の冷酷な論理」に従う人です。
 

人は必ずしも合理的な意思決定をするわけではない ~行動経済学~

心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは、人の意思決定は経済学者が考えるように合理的なものばかりでなく、非合理な意思決定、つまり意思決定にバイアスがあることを発見しました。

例えば人は同じ金額を得られる場合と失う場合では、失う場合をより避ける傾向にあります。(損失回避のバイアス)
これを図式化したものがプロスペクト曲線です。
 
図2 プロスペクト曲線

図2 プロスペクト曲線
 

あるいは意思決定の際、想起しやすい事柄や代表的な特性を過大に評価してしまうヒューリスティックを起こします。ダニエル・カーネマンはこのような人々の意思決定を行動経済学の体形にまとめ、ノーベル経済学賞を受賞しました。
 

ノート 認知バイアスの例

  • ギャンブラーの錯誤
  • 過去の出来事が未来の確率に影響を及ぼすと思ってしまうこと。硬化を投げて5回連続で表が出たら次は裏が出る確率が高いと思うこと。(6回目に裏が出る確率の正解は、50%である。)

  • 後知恵バイアス
  • 新しい情報に対して最初から分かっていたと感じること

  • クラスター錯覚

パターンのないところにパターンを見る傾向。バスケットボールで連続して3点シュート決めると、単なる偶然にしかすぎないのに流れや波のようなものがあると思いこむこと
 

図3 経済学、行動経済学、進化心理学
図3 経済学、行動経済学、進化心理学
 

ではどうして人はこのような意思決定のバイアスがあるのでしょうか。
 

人も動物であることから逃れられない ~進化心理学~

このような意思決定のバイアスは、人が文明を手にするはるか大昔から、外敵から身を守り、子孫を残すために獲得した能力によるものだと、進化心理学は説明しています。そして人が獲得した能力は、幼児から大人へ成長する過程で徐々に変化しています。

それは幼児が外敵から身を守り両親に育てられる段階から、社会の一員として他人とうまくやっていく段階を経て、配偶者を獲得し、子孫を残す段階に移行するに従い、必要な能力が変化するからです。これは人に限らず、サルやチンパンジーなどの生物や鳥や魚も同様の能力を持っています。
 

つまり私たちが、日常生活の中でいろいろな条件を配慮して悩んだあげく「これしかない」と決定した動機は、実は生物としての「内なるつぶやき」に支配されています。

その意思決定は、実はサルやチンパンジーと同じ動機かもしれません。
 

この意思決定は、進化上のいくつかのまったく異なる進化上の目標を達成するように設計されています。その結果、意識的か無意識的かに関わらず、まったく異なるバイアスが生じ、まったく異なる選択を下すことがあります。
 

意思決定に影響する7つの下位自己

進化の過程の中で、人が身を守るために獲得した能力は、以下の図のように7つの階層に分かれていて、それぞれを下位自己と呼びます。これらの下位自己は、時には相反する結論となります。人はその時点でどちらの下位自己に従うかにより、全く異なる意思決定をします。
 

図4 7つの下位自己

図4 7つの下位自己
 

7つの下位自己 その1 自己防衛 夜警

これは被害妄想による内なる自己であり、危険を予知する能力です。この能力は危険に対してバイアスがかかっています。つまり、危険度合いが低くても注意を促すように、わざと不正確に認識します。これは危険に対し、より速く察知し、安全に対してマージンを確保するためです。例えば、人は近づいてくる音が実際によりも速く来るように感じます。これを聴覚ルーミングと言います。
 

太古の人類は、自然界で肉食動物など捕食者から逃れるために、速く気が付いて逃げるためです。速く感じることで、速く逃げ出しても自然界では損失はありません。あるいはまだ何もいないのに、何かいるように感じて逃げ出しても、気づくのが遅れて捕食者に食べられるよりはましです。
 

現代では、大型の肉食動物に襲われて食べられてしまうことはありませんが、危険と感じるシグナルに対して人は過敏に反応します。人の意思決定も不十分な情報でも独善的な判断を下し危険を避けようとします。脳の中では、火事がなくてもアラームが鳴るようにできています。
 

図5 危険を避けるためにアラームは敏感に7つの下位自己

図5 危険を避けるためにアラームは敏感に
 

【けむり検知器のジレンマ】
けむり検知器のような警報機はすべての異常に対して確実にに反応させようとすると感度を高くする必要があります。その結果、誤警報が頻発します。かといって感度を下げると、もし火事になった時に鳴らない可能性があります。そう考えると感度を下げられません。その結果、敏感すぎる感度を選択します。

【飢餓で国家緊急事態に陥ったザンビア、食糧援助を拒否】
2002年5月ザンビアは冬季の乾期が例年なく長く、記録的な不作となって国の食糧の備蓄が尽き、多くの国民が餓死寸前に陥りました。ムワナワサ大統領は国家緊急事態宣言を行い、国際社会に援助を求めました。この状況にアメリカは3万5千トンの食糧を送りました。
 

しかしムワナワサ大統領は受け取りを拒否し、送られた食料は廃棄しました。その理由は、食料に記載されていた「遺伝子組み換え」の文字でした。ムワナワサ大統領は「我々は遺伝子組み換え食品を食べるくらいなら飢える方がいい」と言い、国民もムワナワサ大統領を支持しました。遺伝子組み換え食品の人体への悪影響はまだ見つかっていません。
 

2000年アメリカで、マクドナルドが使用していたフライドポテトのじゃがいもが遺伝子組み換えのジャガイモだったことが判明しました。激しい抗議が起き、多くのアメリカ国民は「正常なジャガイモしか食べない」と訴えました。マクドナルドは遺伝子組み換えでない昔ながらの「正常な」ジャガイモに戻さざるを得ませんでした。
 

現代社会では、実際に身体が危険にさらされなくても、見知らぬ人の怒った顔、他の人種や異教徒の情報、怖い映画や陰惨な犯罪のニュースでも、自己防衛の自己が活性化します。そして自己防衛の自己が活性化すると、人は用心深くなり、人ごみに溶け込みたい気持ちが強くなり、人と同じことを好みます。
 

ある心理学の実験で、自己防衛の下位自己を活性化すると、人は他人と同じことをするようになると分かりました。

被験者にホラー映画や暴力的な映画を見せて自己防衛の下位自己を活性化させた後、ベンツとBMWのどちらかを選択してもらいました。その結果、他の人がBMWを選べば、被験者もBMWを選び、他の人がベンツを選べば被験者はベンツを選ぶなど他の人と同じ内容を選択しました。
 

図6 他の人が選んだ方を選ぶ

図6 他の人が選んだ方を選ぶ
 

この用心深い下位自己が優勢になると、見知らぬ男性が中立の表情をしていても怒っているように思えてしまいます。人は用心深く被害妄想的になり、有力な集団に加わることを好みます。また体への危険を避けようとします。
 

7つの下位自己 その2 病気回復と行動免疫システム

人類は、太古から今日までの間に、よそ者が運んできた感染症により壊滅的な打撃を受けてきました。1300年代には、ペストでヨーロッパ、アジア、アフリカの人口の50%が死にました。その後アメリカ大陸では、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘、はしか、腸チフスによりメキシコの人口の75%が死に絶えました。

実は、北米、南米でアフリカからの奴隷貿易が盛んになった背景には、ネイティブ・アメリカンや南米の土着の人種が、ヨーロッパ人が持ち込んだ伝染病に耐えられず激減したためでした。そのためすでにヨーロッパと交易があり、これらの感染症に耐性のあるアフリカ人が選ばれたのです。
 

近年では1918年スペイン風邪のために世界中で4,000万から1億人が亡くなりました。第一次世界大戦では、戦場で戦死するより病死する兵士の方が多かったくらいです。
 

【小さな共同体】
多くの感染症はバクテリアやそれを介在する虫が多発する熱帯で発生します。感染症は人から人へ感染するため、共同体の人数が少なく、他の共同体と接することが少なければ、感染するリスクは少なくなります。

そのため、熱帯の共同体コミュニティは規模が小さいものが多く、その結果、コミュニティごとに多様な言語があります。これは病原体が感染している地域での交差感染を防ぐ知恵です。

こうして、こじんまりとした内向き社会をつくり、よそ者を排除し、自分たちを守っています。また熱帯の地域の人々の方が信仰心が強く共同体は強固な結びつきがあります。
 

一方、新病の多くは熱帯を起源としていますが、多くは亜熱帯で大発生します。これは亜熱帯の方が人口密度が高く、相互接触も多いため、急速に感染するからです。
 

【くしゃみやせきに対する反応 ~マークシャラーの実験~】
被験者に発疹や疱瘡のある人、鼻汁を飛ばしてせきやくしゃみをしている人など、病気のように見える人の写真を見せたところ、血液中のイターロイキン-6 (IL-6)の濃度が高くなっていました。IL-6は白血球が微生物を感知した時に産生するものです。この結果から病気の人の画像を見ただけで白血球が細菌感染に対する活動を始めたと言えます。

同様に危険そうな画像、例えばこちらに向かって銃を撃つような画像を見せた場合は、被験者は大変な苦痛を感じましたが、免疫システムにはなんら変化はありませんでした。
 

【胎児を守る】
同様に妊娠初期の女性は、感染症にかかると胎児に致命的な影響が出るため、見知らぬ人との接触を避ける傾向にあります。
 

また、妊娠中のつわりは、胎児に影響を与える食べ物の避ける役割があるという説もあります。

実際、つわりを経験した妊婦は流産の危険が明らかに低く、大きくて健康な赤ん坊が生まれることが多いと言われます。

これは、つわりにより弱いながらも毒性がある食品、アルコール、コーヒーなどを排除することが一因です。またつわりになると肉、動物性脂肪、ミルク、卵、シーフードを避けるようになります。これらの食品は、細菌による感染のリスクがあるため、感染による流産による危険を減らし、妊婦に穀類中心の食事をするように仕向ける効果があります。

同様に幼児が新しい食べ物を避け、同じものを食べたがるのも、見知らぬ食べ物には最近による感染のリスクがあるため、まだ免疫力の低い幼児はそのようなリスクを避けようとするからです。
 

【恐怖は生存を助ける】
恐怖によりノルアドレナリンが高まると、血液のリセプターに作用して血液の凝固を促進します。つまり敵に襲われて出血しても、それに対応する準備を体が始めます。さらに心臓を刺激し、血流を速め肝臓のグルコースを放出します。

こうして逃走反応や闘争反応に関係する組織が多くのエネルギーを使えるようになり、持ち得る能力を目いっぱい使って逃げたり戦ったりできるようになります。
 

あるいは、恐怖で人がその場にくぎ付けになることがあります。これは突進する象に対しては決して良い反応ではありませんが、自然界では多くの場面で動かないことは賢明な反応です。動かなければ捕食者に見つかりにくく、生き延びる確率が上がります。
 

7つの下位自己 その3 協力関係

3番目の下位自己は、人に好かれたい、仲良くしたいという協力関係の下位自己です。これは飢餓に対する保険でもあります。狩猟採集民の時代、人は他人と協力しながら食料を確保し生き延びてきました。協力することで大型動物を狩りで仕留めました。また食べ物を得るための様々な知恵を人から教えてもらいました。
 

この協力関係の下位自己が強くなると、友人と食事をしたりして親交を深めようとします。あるいは友情が脅かされそうなときや友人から拒絶されたときも協力関係の下位自己は活性化します。
 

【友情】
ポールマッカートニーとジョンレノンはビートルズ結成時、二人でつくった楽曲を共同クレジットにすることを約束しました。二人は十数年の間におよそ180曲をつくり、2010年においてさえ、約7億ドル相当の利益をポールにもたらしました。
スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズがアップルコンピュータ―を設立した時、二人の持ち株は全く同じでした。
 

カリフォルニア大学の人類学者アラン・フィスクは、人には異なるタイプの人とのやり取りや交換を値踏みをするシステムがあると考えています。

  1. 「市場価格決定」は合理的な経済学者が考える冷淡で金銭的なシステム
  2. 「共同分配」は家族や血縁関係、濃い共同体に見られるもので、自分が与えられるものを与え、自分が必要なものをもらい、誰がどんな貢献をしたのかこだわらない
  3. 「等価マッチング」はジョンレノンとポールマッカートニー、スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズのような友人同士のやり取りで、協力関係の下位自己は主にこのルールを用いています。誰もが同じだけ手にし、同等の機会を得るのが公平だと感じる関係

 

【最も強力な協力関係 血縁】
1620年メイフラワー号でアメリカに渡った103名は栄養失調、病気、物資不足にたたられ、ニューイングランドの厳しい冬のために53名が亡くなりました。ここで命を落としたものの多くは独り者で、家族連れは死亡率が低かったそうです。
 

図7 メイフラワー号(Wikipediaより)

図7 メイフラワー号(Wikipediaより)
 

【恐怖は人と同化を好む】
心理学の研究者は被験者にホラー映画の古典「シャイニング」を鑑賞してもらい、とりわけ怖いところでCMを入れ、商品の人気や需要の高さをアピールしました。怖い映画の途中で広告を見た人は人気を強調している商品に魅力を感じました。「毎年、百万人以上が訪れる美術館」など、大勢に従うメッセージをすんなり受け入れる状態になっていました。
 

ところがホラー映画の代わりにロマンチックな映画を見ると商品の独自性を強調した宣伝に最も影響されました。
 

つまり人の同調性は変化し、ロマンチックな下位自己が優勢になれば他にない独自性を求め、用心深い下位自己が優勢になれば同調性をしきりに求め独自な存在になることを避けるようになります。
 

7つの下位自己 その4 地位

動物の社会でも集団の中で高い地位にあるものは、様々な恩恵を受けます。最高位のヒヒは一番最初に食べ物にありつき、水を飲むときも最高の場所に陣取ります。ロバート・サポルスキーは同じヒヒの群れを数年にわたり観察し、高い地位にあるヒヒの方が最下層のヒヒより生理的ストレスの兆候が少ないことを発見しました。
 

人の場合、地位による恩恵は精神的な問題です。地位はそれ自体が媚薬のようなものだという人もいます。そして地位の下位自己は、自分がどの階層にいるのかについて敏感です。そして地位の高い人といることに価値を見出します。また人からの侮辱に対し敏感になります。地位の下位自己が強くなると、ささいな侮辱でも攻撃性が暴発する恐れがあります。
 

【自信過剰のバイアス】
生物が環境に適応するためには自信過剰のバイアスは必要です。これは野心や粘り強さを増大させます。自信があれば予測不能の状態に立たされても楽観主義を崩さず努力し続け、成功できます。
こうした自信過剰な人の中には、フロンティアを求めて、遠く移動した人たちもいました。カヌーで太平洋を航海した古代ポリネシア人達の中には、失敗して帰らぬ人になった人たちもいたかもしれません。しかし一組でも新天地にたどり着けば、そこで種族は繁栄できます。このような新天地を探し求める能力は動物にも備わっています。
 

男性に自分の運動能力を評価するようにいうと、全員が上から50%以内にいると評価します。またアメリカ人の50%は離婚しますが、結婚するカップルの86%は自分たちの結婚は永遠に続くと信じています。最もそう勘違いしてくれないと人類は途絶えてしまうかもしれませんが。
 

図8 失敗する確率は50%でも…

図8 失敗する確率は50%でも…
 

このような自信過剰のバイアスは、人が進化する過程の中で必要に迫られて獲得したバイアスです。自信は野心や決意や粘り強さを増大させます。自信過剰な人は予測不能の状態に立たされても楽観主義のまま努力し続けます。
 

7つの下位自己 その5 配偶者獲得

配偶者獲得とは、自分の遺伝子を次の世代に伝えようとする下位自己です。この下位自己は生命が発展する中で獲得した能力の中でも極めて強力なもので、人においてもこの下位自己が優勢になると、全く合理的でない意思決定を行います。しかもこの下位自己は男性と女性で全く異なるという特徴があります。
 

この下位自己はセクシーな女性など、現実や想像の配偶者候補により呼び覚まされ、配偶者候補から見て魅力的な自分、相手に好きになってもらうことに敏感に反応します。この下位自己が強くなると、自己防衛の下位自己とは正反対に、他の人と違うものを選択します。またジェフリー・ミラーは「恋人選び」の中では、音楽を演奏する、詩を書くなど活動も配偶者としての自己の地位を示す努力だとしています。
 

【配偶者獲得には、荒々しい攻撃性と自己顕示が必要】
この配偶者獲得の下位自己が優勢にかどうかは、体内のホルモン「テストステロン」の量に大きく影響されます。このテストステロンは10代半ばで跳ね上がり、20代で頂点に達します。このテストステロンは競争、反抗、情欲の激情を煽ります。周りの人に気を使い、控えめに行動していては、現代においても配偶者の獲得は困難です。「少しぐらい無茶しなきゃ、女の子はゲットできない」わけです。実際に男性も女性もテストステロンを注射すると攻撃性が高まり性的関心が増すことが分かっています。事実、40代前半に比べ20代前半の若者は殺人を犯す可能性が400%も高く、その理由の多くが、言い方が気に入らなかった、因縁をつけたなどの些細な理由です。
 

【ネイティブ・アメリカン、シャイアン族の二人の酋長】
ネイティブ・アメリカンのシャイアン族には平和の酋長と戦いの酋長という二人の酋長がいます。

平和の酋長は、世襲制で社会の上層の一族から輩出され、若いうちに結婚し戦いには加わりません。

戦いの酋長は、独身を貫き、戦いとなると先陣に立って敵に乗り込み、敗北するよりも死を選びます。彼らは幾度もの戦闘を生き延びることができ、戦士として引退すれば妻を娶ることができます。

彼らの多くは、孤児や下層の生まれで、もともと結婚相手が見つかる可能性は高くありません。しかし戦いの酋長として成功すれば、つまり命を長らえて名誉と共に引退し社会に戻れば、女性からとても魅力的な存在になります。その結果、戦いの酋長は結婚生活がかなり短いのにもかかわらず、平均すると子供の数は平和の酋長よりも多くなっていました。
 

生物の進化

生物の中にはオスが明らかに生存に不利となるような特徴を持っているものがあります。ラケットハチドリの長い尾は軽快に飛ぶのには明らかにじゃまなものです。同様にクジャクの巨大な尾羽は捕食動物から逃げるのには極めて不利です。このような大きく発達しすぎて身軽に飛べず、目立つために敵に襲われやすい特徴は、メスに対して、自分の種としての優秀性をアピールしていると考えられています。
「ボクを見て、ボクはとても優秀だからこれだけハンディがあっても敵を撃退できるよ」
 

図9 オナガラケットハチドリ(Wikipediaより)
図9 オナガラケットハチドリ(Wikipediaより)
 

図10 クジャクのオス(Wikipediaより)
図10 クジャクのオス(Wikipediaより)

 

【無意識にリスクの大きい選択】
心理学者のリチャード・ロネイはスケートボード場で96人の若いスケートボーダーに20ドル払って簡単な技をひとつと2回に1回くらいしかできない技をそれぞれ一つずつ演じてもらいました。その後18歳の魅力的な女性が見てる前で何度か技を披露し、唾液に含まれるテストステロンを測定しました。

その結果、若い女性が見ているとスケートボーダーはより難しい技がより多く決まることが分かりました。彼らのテストステロン量は女性が見ているだけで急増し、より無謀な動きをする傾向が強くなりました。またロネイは、彼らの脳の前頭前野腹内側部の機能をテストしたところ、テストの成績が落ちていることが分かりました。この前頭前野腹内側部は報酬と罰を評価するところです。つまりテストステロンによって慎重な判断に関わっている脳の部位は活動を抑えられていた可能性があります。スケートボーダーの男の子たちは、女性を獲得するために慎重さをかなぐり捨て無謀なチャレンジに取り組んでいたのです。本人が全く意識をしないで……。
 

【やけっぱちの次男坊が切り開いた大航海時代】
14世紀のポルトガルでは貴族の領地が不足し、分割相続によって収入が先細りになるのを避けるために、分割相続から長子がすべて相続するように変えました。その結果、土地を相続できなかった次男以下は、土地なしでは収入が限られるため結婚できなくなり、グレはじめました。(貴族の下層階級との結婚は禁止されていました)

その結果、社会秩序を脅かすようになり、国王は彼らに海外雄飛を促しました。「コロンブスやヴァスコダガマ、マゼランに続け!」というわけです。こうしてポルトガルの黄金期である大航海時代は、食い詰めた貴族の次男たちが扉を開いたのでした。

15~16世紀にかけて、ポルトガルの貴族の長男は大抵ポルトガルで死んでいますが、その弟たちはアフリカなど遠い異国で死んでいます。
 

図11 大航海時代の真相

図11 大航海時代の真相
 

【中国の抱える時限爆弾】
独身男性が多いと危険ということは、現代の中国にも当てはまります。中国ではかつて人口爆発を避けるために一人っ子政策を推進しました。子供が一人しか持てないと、親は男の子を欲しがるため、女の子だと中絶するケースが増え、中国では若者たちの男女比がアンバランスになっています。

中国の大都市では、男性125に対し、女性100という人口構成で、2020年には3700万人の男性が配偶者を得られないと予想されます。そのため、犯罪発生率が高まるなど社会不安が増加する恐れがあります。また不足する女性を補うために東南アジアなど海外から花嫁さんを連れてくる動きがあります。

アメリカでの調査でも、離婚率とレイプ発生率の間に強い相関関係があり、離婚率が高く、その後の再婚率が低い地域では、レイプ発生率が高くなっています。
 

【女性の行動に影響を与えるもの】
マーケティングのクリスティーナ・デュランテ助教授は、集まった被験者の女性たちに尿検査を行い、彼女らが排卵期にあるかどうかを調べた上で、彼女らに架空のオンラインショップで買い物三昧をしてもらいました。

架空のオンラインショップのアイテムは、衣料品や靴、バッグ、ファッション小物などで、半分は派手でセクシーなもの、残りの半分は控えめでおとなしいものでした。

実験の結果、受精可能期の女性はよりセクシーで露出の高い服やアイテムを選びました。彼女らは全く意識なく「たまにはセクシーなものもいいかなと思って」と選んでいました。
 

【どちらを選ぶ?】
排卵期と非排卵期の大学生の女性に、以下の二つのタイプに分けた同年代の男性と引き合わせた実験を行いました。

  • 信頼できる良き父親タイプ
  • 感じが良く、思いやりがあるものの自身がなさそうで内気、退屈そうな男性

  • 遊び人タイプ
  • 美男でたくましく女性をリードし楽しませる術を知っているが、信頼できないタイプ

 

女性たちのパートナーとしてどちらが好ましいかという選択に対して、良き父親タイプの男性に対しては排卵の有無は影響がありませんでした。しかし遊び人タイプの男性に対しては、排卵の有無で大きな違いが生じました。排卵期の女性は、遊び人タイプの男性が誠実で安定した関係を築き、良き夫、父親になるという勘違いを起こしました。
 

【女性が美容に使うお金は、贅沢でなく必需品】
社会心理学者のサラ・ヒルが調べたところ、景気が低迷すると女性は他の製品にはあまりお金を掛けなくなりますが、化粧品など見かけを良くする製品には余計お金をかけるようになりました。

経済の低迷は女性の見かけへの投資を増大させることが分かりました。少しでも良い男性を獲得したいという潜在的な希望がそうした行動に駆り立てていると考えられます。
 

図12 化粧は嗜好でなく投資?
図12 化粧は嗜好でなく投資?
 

7つの下位自己 その6 配偶者保持

7番目の下位自己は、良き妻、良き夫としてふるまいを維持する配偶者保持の下位自己です。人間の子供は養育機関が長く、夫婦で長い間協力しなければ子どもは満足に成人できません。その一方で他人に配偶者を奪われるリスクがあります。そこで配偶者との関係を維持し続ける努力を促すのが配偶者保持の下位自己です。
 

この下位自己は、長期にわたる関係を脅かすようなきっかけがあると活性化します。例えば、他人が自分の配偶者に色目を使ったときなどです。従って嫉妬は配偶者保持の下位自己の最も強力な発露です。結婚や離婚などの社会的ルールが確立されていない時代は、妻は若くて魅力的な女性が夫に言い寄ってこないか監視しなければなりませんでした。同様に夫は、妻に他の男がちょっかいを出して、自分が育てている子供の中に他の男の遺伝子を持った子が含まれていないか常に監視しなければなりませんでした。
 

7つの下位自己 その7 親族扶養

7番目の下位自己は、親族扶養つまり子どもに対する愛情の下位自己です。これは自分の子供に囲まれているときや、他人の子供の鳴き声や愛らしい赤ん坊を見たときに活性化します。あるいはユニセフへ募金してアフリカの飢えた子供に援助したり、子犬や子猫の面倒を見るときにも活性化します。
 

太古の人類は直立歩行を始めることで、大きくて重い脳を支えることが可能になりました。そこで起きた問題は、直立歩行に適した骨盤は、大きな脳に対して産道がとても狭いことでした。

今更脳を小さくすることを拒んだ太古の人類は、赤ん坊を未熟児で生む方法を選択しました。本来であれば人の胎児は、母親の胎内で21か月過ごす必要がありますが、
実際は9か月で生まれます。そのため人の赤ん坊はサルや類人猿に比べて非常に未熟で無力で生まれます。

猿や類人猿の赤ん坊は生まれて数時間、長くても数日で活発に動き回りますが、人の赤ん坊がそうなるには丸1年かかります。また無事に生まれてもちゃんと育つかどうか危うく、細心の注意で育てていかなければなりません。人の赤ん坊に抗いがたい魅力があるのは確実に育ててもらうためでもあります。
 

図13 愛らしさも必要な能力?
図13 愛らしさも必要な能力?
 

【家では勝負できない】
モルガン・スタンレーのあるファンドマネージャーは、常にリスクの高い金融取引に挑み、アドレナリンが出るのを楽しんでいるかのような人物でした。ただ他の金融トレーダーと違っていたのは、家では決して投資判断をしなかったことです。彼は職場では一匹狼で常に攻撃的な意思決定をしました。一方、家庭では愛情深い妻と幼い子供とかわいい子犬を愛する良き家庭人でした。
 

彼が職場で考え抜いた堅実だと思っていた高リスクの取引は、家庭ではあまりに危なっかしく思えました。彼は自分が攻撃的な金融トレーダーと良き家庭人という分裂した性質を持っていることを理解していました。
 

生活史理論

生物にとって生涯に渡り自らが生き残り、子孫を残すための最大の問題は「身体能力」と「繁殖能力」の獲得とそのバランスです。身体能力は自らが成長して健康な体の維持するために費やすエネルギーのことです。繁殖能力とは自らの遺伝子を複製するために費やされるエネルギーを指します。この身体能力と繁殖能力をどの段階でどのようにバランスを取るかが、生物の生活史戦略になり、それぞれの生物は自らの生活史戦略に従って、身体の発達と繁殖能力を決めています。
 

例えばマダガスカルのハリネズミの1種テンレックは、速い生活史戦略を採用しています。生後40日で性成熟を迎、1度に32匹の子供を産みます。テンレックの体は小さく、外敵に対して非力ですが、早く成長して早く子供を産むことで、他の捕食動物にやられてしまう前に自分の子孫を残すことができます。
 

対してゾウは遅い生活史戦略を取っています。1度に1頭しか生まず、子どもを産むようになるまで長い年月がかかります。その代わり成人の体は巨体で他の捕食動物から襲われる心配はほとんどありません。従って病気にかからず無事に成人できれば、少ない子供をじっくりと育てて、自分の遺伝子を残せます。
 

【速い生活史戦略と遅い生活史戦略を取る人】
人もゾウと同じ遅い生活史戦略をとる生き物です。そこで一生の間には、身体努力、配偶者獲得努力、育児努力のうちのどれか一つが優勢になります。しかしこの生活史戦略は、人の中でも速い生活史戦略をとるタイプと、遅い生活史戦略を取るタイプがあります。
 

速い生活史戦略をとるタイプは、性的に早熟で初体験も早く、セックスの相手も多く、人生の早い時期に子どもを設け、多くの子供を持つことになる人も多くいます。あるいは離婚や未婚の母となることもあります。一方消費や投資も、お金をコツコツと貯めるよりも派手に儲かることに惹かれます。その結果、大金を獲得することもありますが、全部失うことも珍しくありません。
 

対して遅い生活史戦略をとる人は、ゆっくりと成長し、思春期が始まるのも遅く、生物学的な老化も遅くなります。セックスを開始する時期も遅く相手も少なく、一夫一婦制を好みます。派手な消費はせず、リスクのある投資は避け、堅実なことを好みます。

なぜ人により生活史戦略のタイプが分かれるのか、発達心理学者のブルース・エリスによれば、小児期の環境の影響が大きいとしています。

第一に危険な環境、例えば暴力や病気が蔓延するような環境で育った子供は、長生きできるとは限らないから早く子供をつくり子孫を残そうと無意識に行動します。

第二が変動する環境です。離婚や再婚で家族構成が変わったり、子どものころ、戦争や災害、事故で環境が大きく変わると、コツコツと時間をかけて大きな成果を得るよりも、早く結果が出ることを求めるように無意識に選択します。
 

イーストオークランドの公営住宅に住むシングルマザーの8人兄弟の一人、MCハマーは1990年には5,000万枚以上のレコードを売り上げ、3,300万ドルの財産を築きましたが、6年後の1996年に破産しました。同様にアメリカンフットボール選手の78%が生きているうちに破産し、プロバスケットボール選手の60%が引退後5年以内に破産しています。
 

53人のロックスターが名を連ねる27クラブは27歳で他界した速い人生のロックスターたちです。その中にはジャニスジョプリン、ジミーヘンドリックス、ジムモリソン(ドアーズ)、ブライアンジョーンズ(ローリングストーンズの初代ギタリスト)などがいます。
 

参考文献

「きみの脳はなぜ『愚かな選択』をしてしまうのか」 ダグラス・T・ケンリック、ヴラダス・クリスケヴィシス 著 講談社
「消費資本主義!」 ジェフリー・ミラー 著 勁草書房
「友達の数は何人?」 ロビン・ダンパー 著 インターシフト
「進化心理学入門」 ジョン・H・カートライト 著 新曜社

 

 

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