歴史の必然だった! 品質管理を日本にもたらしたデミング氏と日本の出会い
日本でものづくりに関わる人の間で、最も有名なアメリカ人にW・エドワーズ・デミング氏がいます。
例えデミング氏は知らなくても、「デミング賞」は聞いたことがあると思います。
「デミング賞」は毎年品質管理の進歩に功績のあった企業や団体に贈られるもので、日本科学技術連盟により運営されるデミング賞委員会が選考を行っています。
「デミング賞」を取ったといえば、誰もが一目置くような賞です。
このデミング氏は、1950年から日本の経営者に品質管理の考え方や統計的手法を伝え、その後の日本製品の飛躍的な品質の向上に大きな貢献をしました。
ところがデミング氏はアメリカでは全く無名の人でした。
その後1970年代後半、日本企業が続々と世界市場に台頭し始め、逆にアメリカ企業が経営不振に陥りました。
「どうして日本の製造業はあんなに強いのか。」
アメリカの企業が、日本に視察に行くと、工場のあちこちにPDCAと書かれ「デミング・サイクル」と呼ばれていました。
そしてアメリカで無名の統計学者が、日本では品質管理の神様として尊敬されていることを知りました。
これに目をつけたNBCテレビのプロデューサーがデミング氏を探し出し、特番を放映しました。
そして既に80歳のデミング氏は、車椅子で全米を講演に回りました。
その結果アメリカにも統計的手法が広まり、シックスシグマといった統計をベースにした経営手法がアメリカで生れ、GEやモトローラの復活に貢献しました。
このデミング氏と日本との出会いは、デミング氏が日本の国勢調査の能力向上を助けるために、アメリカ政府の国勢調査局のメンバーとして来日したことが始まりです。
このデミング氏について、デビッド・シルバースタム著 「覇者の驕り」の一節に生き生きと描かれています。
そこには日本があの時代、どのような環境にあり、どうして戦後世界屈指の工業国になったのかが、著者の冷静な目で描かれています。
一部を「覇者の驕り」から引用しながら書きます。
アメリカの物理学者ウォルター・シューハートは1920年代ベル研究所で品質管理の為の統計利用を創出しました。
そして第二次大戦中、アメリカ陸軍省はその技術を広めるためにスタンフォード大学内にシンクタンクを設立し、その一員にデミング氏がいました。
陸軍省は軍需産業の業者にシューハートの規格を応用させました。
しかし戦後の豊かなアメリカでは、経営者は工場から遠ざかり、品質に対する関心は薄れていました。
世界一の工業国を脅かす国はなく、シャカリキになって品質を上げる必要はありませんでした。
むしろいかに生産量を上げるかが、経営者の最大の関心でした。
そのような状況にデミング氏は失望していました。
一方日本の工業製品は戦前から戦後にかけて、粗悪品の代名詞のようなものでした。
日本の技術者は、戦時中撃ち落とされた米軍機を調査し、アメリカの工業力のすごさを身に染みていました。
例えば鉄板のカバーは、当時日本では金づちで叩いて必要な形状にしていました。
アメリではプレス機を用いて、一瞬の間に正確な形状の部品を製作していました。
さらに戦後、日本に入ってきたアメリカ製の工作機械や自動車を見て、その技術力の高さを実感していました。
日本の経営者の前にアメリカは巨大な壁のように立ちはだかっていました。
「どうしたらアメリカに追いつけるだろうか」
そのような時にデミング氏が現れたのです。
すでに勉強熱心な一部の日本の技術者は、戦前シューハートの本を自分達で翻訳し、手書きで書き写して統計的手法の勉強をしていました。
デミング氏は本国ではなおざりにされていた統計的手法を一部の日本人が大切に持っていたことに感動します。
以下、「覇者の驕り」から引用
1950年、デミングは数人の日本人の友人に、日本で品質管理の講義をしてくれと依頼された。
彼は引き受けはしたものの、一抹の不安は拭いきれなかった。
彼は、アメリカで起きたのと同じようなことが日本でも繰り返されるのではないかという恐れにも似た予感に悩まされた。
そこでデミングは、主催者の一人、石川一郎に、もし講義をする相手が現場の技術者だけならやっても価値がない、産業界の経営トップも講義に出席しないことには意味をなさないのだと話した。
中略
45人の日本のトップ経営者に対し、著名なアメリカ人による品質管理の講演会があるのでぜひ聞きにくるよう電報を打っていたのである。
電報を受けた人々にしてみれば、恩師である石川からの案内は、ほとんど命令同然だった。
45人が全員出席し、デミングは自分の使命が再開したのを感じた。
こうした人々はみんな追い詰められており、デミングに頼る以外に、他に行き場がなかった。
彼らの希望をつないでおくためにデミングは、自分の言うとおりにやれば、5年以内には西洋に十分対抗できるようになると話した。
中略
デミングの最初の講義のあと、2、3か月して、その講義に社長が出席していたという電線会社は、生産性が30%上がったと報告、そして、数か月のうちに、他の企業も似たような生産性向上の成果を報告してきた。
デミングの評判は、神託として確立された。
それ以来、品質管理活動は独り立ちして発展できる勢いを持った。
デミングのところには、取りつかれたような、学習意欲に燃えた経営トップたちが足を運ぶようになった。
中略
それまで無視されることに慣れていたデミングは、ここで始めて恐るべき何かに触れたという気がした。
されはまるで何か生のままの、力強い人間の力が、自らの存在を主張しようとしているのを見守るようだった。
これは成功する、と彼は思った。
彼にはそれが分かった。
だれも、この人たちを止めることはできない。
彼らはこんなに一生懸命成功しようとしているのだ。
彼らはこれより他に優先すべきことを何も持っていなかった。
彼らはいかなる犠牲をも覚悟していた。
最初のうちは間違いを犯すかもしれないが、そのうちに正しい方法を身につけるだろう。
そうなれば彼らを止めるものは何もない。
目標を持った集団――――
この国のだれもが、上から下まで同じ目的をもっているという事実
――――がデミングを圧倒した。
日本の労働者たちは、まさに、経営者たちが夢にまで見る理想的なタイプだった。
善良で、持久力があり、勤勉、そしてかつ純真であった。
しかも数学的技能を必要とするデミング方式にはぴったりだった。
ごく普通の労働者でさえ、驚くほど基礎数学に長けていた。
引用ここまで
デビッド・シルバースタムは、日本とデミング氏の出会いをこのように生き生きと描いています。
今我々が当たり前のように使っているQC7つ道具や、推定や検定、分散分析などの統計的手法も、この出会いがなければなかったのかもしれません。
アメリカに追いつく方法を渇望していた日本と、自らの統計を実践する企業に出会えなかったデミング氏、
まさに求める者同士が出会ったのは、歴史の偶然なのか、
それとも何かに導かれたのでしょうか。
もしこの出会いがなかったら、日本の発展はもう少し遅れたかもしれません。
ではアメリカが品質管理をしっかりやれば日本に負けなかったのでしょうか。
今日本では、品質が良いことが金科玉条のように言われています。
その日本が、品質が日本ほど良くない中国製品との戦いで苦しんでいます。
そして今では、全く違う製品に一気に市場を奪われるようなことが起きています。
例えば、図のようにコンパクトデジカメの市場は、スマートフォンに奪われ、2012年から急速に減少しました。
現在は、戦略に失敗すれば勝てないのです。
そのためには、日ごろから経営環境の変化に注意して、将来の戦略を立てる必要があります。
これは大企業だけでなく、中小企業にも当てはまります。
多くの中小企業の取引先は、大企業であり、取引先の戦略の成否は自社の命運を左右するからです。
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