三菱自動車が燃費再測定で再び不正を行い、都合の良いデータを抜き出していた問題は、製造業の根幹を揺るがす。ものづくりはデータに基づくため、測定者の倫理観と真実のデータ収集が不可欠。信頼を失う行為は、製品への感謝やメーカーの努力を無にする。
再測定でも不正を行った三菱自動車
2016年三菱自動車の軽自動車の燃費不正問題を受け、国土交通省は8月30日、三菱自動車が販売中の9車種の燃費を改めて測定したところ、8車種がカタログ値を最大8.8%下回ったと発表しました。三菱自動車は、軽自動車の燃費不正問題が発覚後、販売中の9車種の燃費を再測定しました。
国土交通省によると、再測定でも多数の走行結果から、都合のよいデータだけを抜き出す不正を行っていました。国土交通省の発表を受けて三菱自動車の益子修会長兼社長は、
「法令違反でないと認識していた。コンプライアンス意識が希薄だった」
と謝罪しました。
都合のよいデータだけを使用することの意味
益子修会長兼社長は、「法令違反でないと認識していた。」と弁明していますが、この問題はそれ以前の不正事件以上に大きいと私は思います。なぜなら、ものづくりの成否は
すべてデータにかかっている
からです。出来がったものが正しいか、そうでないのか、現代の先端技術の製品は目で見ても分かりません。すべて計測器を用いて測定したデータから判断します。そこに測定者の意思が入り込む余地があります。
真実のデータを取るかどうかは、測定者の「良心」
私の設計18年、品証4年、生産技術2年の経験の中で
「都合のよいデータだけ使いたい」
という誘惑に何度も駆られました。

測定値はたくさんあります。その中で、良い数値だけを拾い出してまとめれば良いのです。
「この数値とこの数値を打ち込め。そうすれば仕事は終わる。これで帰れる。」
悪魔がささやきます。
しかしそうして測定したデータは、真実を表していません。真実に背を向けて、虚構で固めれば、いつか手痛いしっぺ返しがきます。上司も測定値に怪しいところがあると
「本当にこの測定は合っているのか?測定条件は間違いないか?」
厳しく追及しました。

今後、どのように対処するのか、測定結果によりすべて決まるからです。技術者は、強い倫理観と信念を持って、仕事に向かわなければならないと思っています。
ものづくりの管理もデータ
開発が終わり量産に入ると、検査の基準値を設計が決めます。検査がなかなか合格しない時、現場からは
「こんな厳しい値では、合格品ができない。もっと緩和してくれ。」
設計は
「いや、性能を出すためには、ここの数値がどうしても必要なんだ。」
ものづくりの会社では、日々このようなやりとりが設計部門と製造部門で交わされています。
製造部門は、生産計画を達成しなくてはなりません。しかも製造コストの目標値が決められています。基準値が厳しいと、部品が高くなったり、不良品が出たりします。生産計画は達成できず、製造コストも目標より高くなります。そこで設計に基準値の緩和を迫ります。
しかし設計も基準値を緩和すれば、性能の出ない製品を出荷することになるので、妥協できません。この基準値は、開発の際の評価試験のデータが基準になります。もし、この評価試験のデータが、測定者の都合の良いデータだけ採用していたらどうなったでしょうか。
ものづくりの本質は、単純作業
ものづくり、つまり自動車や電化生産、機械などの工業生産の製造は、その作業を分解していくと、ほとんどが単純作業です。特別に神経を使い、高度な技能が必要な作業は限られています。ですから、製造現場を見学しても難しいこと、高度なことをやっているようには見えません。ただ、その作業を正確にミスなく、何千回、何万回とやらなくてはなりません。たった1個のミスが大量の不良や、市場での事故、最悪はお客様にけがをさせてしまいます。この正確にミスなく、何千回、何万回やるところにそれぞれの企業の実力が問われます。
現場は生き物
量産に入ると、日々新たな問題が起きます。材料が変わって特性値が出ない、作業者がうっかりミスをした、協力会社が不良品を納入して組み込んでしまった、工場の管理者はこのような問題に日々取り組んでいます。

現場は1日として同じ状態のない「生き物」です。この変化する現場をコントロールして、同じ性能の製品を延々と作り続けなければなりません。そのためには、隅々にまで神経を張り巡らす必要があります。
時には、間違った製品を出荷してしまい、その対処を迫られることもあります。顧客に連絡するのか、リコールするのか、経営者も踏まえて厳しい判断を行います。その時の判断の基準となるのも、データです。
命を乗せて走る乗り物
三菱自動車系列の下請け企業とは接点はありませんが、他の系列の自動車部品メーカーの方とはいろいろお会いしました。話を伺うと、自動車は「命を乗せて走る乗り物」のため、自動車メーカーの要求は非常に厳しいそうです。それを満たすために自動車部品メーカーの方は、一生懸命ものづくりをしていました。

わずかなキズ、異物、複雑な工程を見せてもらい、「こんなことまで要求するんですか」と驚く私に「私も必要かなと思うけど、機能を満たすにはどうしても必要だと取引先は言うんだ」と言われることもありました。「命を乗せて走る乗り物」がいかに大変か、知らされました。
技術者の執念
私がメーカーの品証をしていた時、製品に使用していた機構部品(大手メーカー製)が、運転中に突然破損する問題が発生しました。その機構部品を分解してみると、内部が激しく破損していました。その結果、機械は動かなくなり、サービスマンが交換に行かなくてはなりません。
しかし機構部品を製造していたメーカーでは、テストしても破損が再現せず、問題の原因が分かりません。しかし現実には、私たちのお客様のところでは大きな問題を起こしたのです。私達でも再現試験を行いました。様々な条件を変えて試験しましたが、なかなか結果が出ず、時間だけが過ぎていきました。
しかし
「現象が起きているのだから、絶対に原因はあるはず」
とあきらめずに試験を続けたところ、6ヶ月後にようやくある条件で問題が再現しました。そして対策することができました。
このようなことは、メーカーでは決して珍しいことではないと思います。これも全てデータに基づいて、行われています。
都合のよいデータを使うことの罪深さ
このように考えると、データの改ざん、あるいは都合のよいデータだけを使うことが、いかに罪深いことか分かります。データの改ざんや都合よいデータの選択は、測定者しかわかりません。しかしその誤ったデータに基づいて、多くの人が仕事をするのです。そして、都合のよい解釈は、いつか大きな問題となって、返ってくるのです。
日本のものづくりに必要なこと
今回の件で、ものづくりについて再度考えさせられました。今や高性能な製造設備は、中国でもインドネシアでも手に入ります。それでいて人件費は、日本よりはるかに少ないです。大学を卒業した優秀な技術者を月給6万円で雇える国もあります。
このような中で日本がものづくりを続けるには、海外でできない優れた製品や部品を作るしかありません。しかし高度な技術を必要とする製品は限られています。一方、高い信頼性が必要な製品や部品もあります。このような分野で日本に対する海外企業からの期待はまだまだあります。
ものづくりにおいて、信頼を失うことの重大さ
冒頭の三菱自動車の件は、そのような日本への信頼を失わせるような大きな問題です。そして経営者自身がそのことに問題と責任を感じていないような発言をしていることも問題です。実際には、三菱自動車の工場でも多くの方が日々、良い車をつくろうと様々な問題に取り組んでいます。部品1つでも、検査規格に通るか通らないかで苦労しているはずです。そのような現場の苦労をすべてムダにしてしまうような今回の行為、そしてその問題を深刻に感じていると思えない経営者の発言に憤りさえ感じます。
メーカーは商品が顧客と対話する
今回、内容は厳しくなった原因は、我が家にも三菱車があるからかもしれません。すでに年季が入っていますが、トラブルもなく日々調子よく動いてくれます。その車に乗るたびに、
「今日も頑張ってくれている」
と車に感謝します。そして一生懸命良い車を作ってくれた工場の人のことが浮かびます。そして三菱が好きになります。
メーカーにとって顧客のブランド価値を高めるために最も大事なことは
「良い製品をつくって長く使ってもらうこと」
です。だからこそ、顧客の信頼を裏切る行為と、その責任を感じさせないような経営者の発言に怒りを感じます。
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