製造業の個別原価計算 13 「人のアワーレートはいくらなのだろうか?」

時間当たりの人の費用「アワーレート(人)」

「ずっと5,000円/時間だったが、最近見積が高いといわれる。このレートは高いのだろうか?」
「設備投資を行い人も増えたがアワーレートは変えていない。利益が年々減ってきたが、アワーレートはこれでいいのだろうか?」

このような悩みを持っている経営者も少なくありません。ところがアワーレートの決め方を詳しく解説した書籍や資料は意外とありません。
 

では、アワーレートはどのように決めれば良いのでしょうか?

人のアワーレートの決め方について解説します。

注記)
このアワーレートは、他にチャージレート、時間チャージ、賃率など様々な呼び方があります。ここでは、多くの製造業で使われるアワーレートという言葉を使用します。
このアワーレートとは1時間あたりにかかる費用です。これは
人のアワーレート「アワーレート(人)」
設備のアワーレート「アワーレート(設備)」
の2種類があります。

 

人のアワーレートの計算方法

人のアワーレートの計算式を以下に示します。

年間労務費 : 会社が支払った賃金、賞与、手当など人件費の年間合計 プラス 社会保険料の会社負担分
年間就業時間 : 残業、休日出勤を含む就業時間合計
稼働率 : 実際に製造した時間(稼働時間)を就業時間で割ったもの
 

年間で平均化する

実際は賃金や手当は毎月変わり、就業時間や稼働率も毎月同じではありません。しかし見積原価計算や実績原価の把握のためのアワーレートは、毎月変動するのは好ましくありません。原価が高い原因が、製造時間が長いためなのか、単にアワーレートが高いからなのか、わからなくなるからです。
 

そこで特に理由がなければ、

先期の数値をもとにアワーレートを計算し、その後1年間アワーレートは変えません。

もし1年の間に「正社員が大量に入って人件費総額が大幅に上昇」「パート社員が大量に入って自給の低い人の割合が大幅に増えた」などの大きな変化があれば、その時点でアワーレートを見直します。
 

一人一人の会社負担の社会保険料が不明

社会保険料の保険料率は、各企業の健康保険組合により変わるため一概に言えませんが、中小企業が加盟する全国健康保険協会掌握健康保険(通称 組合健保)の場合、健康保険と厚生年金の合計の料率は、30.01%です。従って会社負担分を概算するのであれば、人件費の15%とすればよいです。

稼働率とは?

稼働率には様々な定義があります。ここでは、以下のように稼働率を定義します。

年間の稼働時間 : 製造(加工や組立)、段取など実際に製品の製造を行っている時間
 

作業者が1日工場で仕事をしても、すべての時間実差異に生産しているわけではありません。朝礼や会議などのミーティング、お手洗い、清掃など「生産に直接関係しない時間」があります。この時間は付加価値を生んでいないため、この時間が増えるとアワーレートは高くなります。
 

そこで

就業時間に対する付加価値を生んでいる時間の比率を「稼働率」

として、就業時間に稼働率をかけて、実際に付加価値を生んでいる時間のみでアワーレートを計算します。

図1 就業時間の稼働率

図1 就業時間の稼働率

受注が少なく、現場の稼働率が低い年はアワーレートが高くなります。実際、付加価値を生んでいる時間(稼いでいる時間)が少なく、発生する経費は変わらないのでアワーレートは高くなるのは事実です。
 

稼働率をどうやって調べる?

この稼働率ですが、人の場合、調べるのが大変です。設備の場合、設備に稼働時間を記録する機能があれば、稼働時間は容易にわかるため稼働率の計算は比較的容易です。

人の場合は、現場の代表的な作業者を数名、サンプルを取って、数日間稼働時間を記録して、稼働率を推測します。
 

一見「働いている」状態に注意

受注が少なくなって出来高は減っているのに、現場の稼働率が変わらないことがあります。作業者は仕事がなくなると困るため、作業スピードを調整するからです。

例えば1時間当たり100個、8時間で800個の出来高だったものが、受注が減少して1日600個になっても、8時間かかっている場合があります。稼働している時間で見れば同じですが、出来高は減少していて実質的な原価は高くなっています。従って稼働率を調べる際は、出来高にも注意する必要があります。

実際に調べてみると、ずっと現場で作業している人でも様々な理由で職場を離れていて、稼働率は80~90%ぐらいです。一方でベルトコンベアの流れ作業でコンベアが全く止まらなければ、稼働率は100%に近づきます。
 

給料の高い人と低い人のアワーレートの違い

理論的には給料の高い人のアワーレートは高く、給料の低い人のアワーレートは低くなります。
 

例えば、架空のモデル企業A社(注)の正社員aさん、bさんはそれぞれ
賃金(残業込) 20万4千円 支給月数15か月(賞与込)
の場合
年間労務費=(20.4×15)×1.15=352万円
年間労務費は、賞与、残業、会社負担の社会保険料を含めて352万円でした。

アワーレート(人)は
年間稼働日243日 1日8時間 
年間就業時間=243×8=1,944時間

残業が平均21.3時間/月とすると
年間就業時間(残業込)=1,944+21.3×12=2,200時間
稼働率 0.8 とすると

=2,000円/時間
 

正社員cさん
年間労務費440万円
年間就業時間(残業込)2,200時間
稼働率 0.8

正社員dさん
年間労務費528万円
年間就業時間(残業込)2,200時間
稼働率 0.8

パート社員さんは全員
年間労務費115.2万円
年間就業時間 1,200時間
稼働率 0.8

正社員dさんのアワーレートはパート社員さんの2.5倍もあります。

注) 当コラムでは具体的にイメージしやすくするため、数字で表します。この数字はこれまでの経験を元につくった架空の数字です。数字は端数が出にくいように調整しているため、現実の費用とは異なる点を理解願います。
 

ではアワーレートは人によって変えるべきでしょうか?

 

現場単位でアワーレートを計算する

人によってアワーレートが異なれば、誰がつくったかによって原価が変わります。そのため、製品ごとにつくった人を記録しなければなりません。

これはとても手間がかかり、そこまで細かく計算してもメリットはありません。実際には忙しければ自分の担当でなくても手伝います。そのため誰がいつどの製品を製造したのか、記録を取るのは困難です。
 

そこでそれぞれの現場単位でアワーレートを計算します。

現場によっては、人員の構成が違い、アワーレートも異なることがあります。

例えば、ある機械加工現場は熟練の正社員で構成され、現場全体の人件費も高いためアワーレート(人)も高くなっています。

対して、ある組立現場は比較的単純な組立作業が多く、主にパート社員で構成されています。そのため現場全体の人件費が低く、アワーレートも低くなっています。

また現場単位のアワーレートを計算する際、各社員の人件費はプライベートな情報なので扱いに注意を要します。そこで人事が現場単位で合計すれば扱うのが楽になります。
 

現場のアワーレート(人)

先の各社員の労務費と稼働時間から、人員構成の異なる現場のアワーレート(人を比較します。
 

A社 現場1 機械加工

この現場は、正社員4名で以下の構成でした。

図2 現場1 正社員4名

図2 現場1 正社員4名

この現場のアワーレート(人)は、

現場1 機械加工 の労務費と就業時間

労務費(万円) 就業時間(h) 稼働率 稼働時間(h)
352 2,200 0.8 1,760
352 2,200 0.8 1,760
440 2,200 0.8 1,760
528 2,200 0.8 1,760
合計 1,672 8,800 7,040

 

労務費合計 1,672万円 稼働時間 7,040時間

=2,375円/時間

各社員のアワーレート(人)は
aさん、bさん (352万円) 2,000円/時間
cさん     (440万円) 2,500円/時間
dさん     (528万円) 3,000円/時間
でしたが、4名の現場のアワーレート(人)は
2,375円/時間 でした。
 

A社 現場2 組立

この現場は、正社員2名、パート社員8名で以下の構成でした。

図3 現場2 正社員2名、パート8名

図3 現場2 正社員2名、パート8名

現場1 機械加工 の労務費と就業時間

労務費(万円) 就業時間(h) 稼働率 稼働時間(h)
352 2,200 0.8 1,760
440 2,200 0.8 1,760
パート 115.2 1,200 0.8 960
パート×8人 921.6 9,600 0.8 7,680
合計 1,713.6 14,000 11,200

 

労務費合計 1,713.6万円 稼働時間 11,200時間

=1,530円/時間

各社員のアワーレート(人)は
eさん (352万円) 2,000円/時間
fさん     (440万円) 2,500円/時間
パートさん     (115.2万円) 1,200円/時間
でしたが、この現場のアワーレート(人)は
1,530円/時間 でした。
 

工場全体でひとつのアワーレートではだめか?

逆に

  • 現場の各部門の人員構成に大きな違いがない
  • 現場の人員の現場間の移動が多く各現場の人員構成を補足するのが困難
  • 製造原価の中で、人の直接製造費用の比率が低い

このような場合は、工場全体の直接作業者の平均的なアワーレートのみでも構いません。
あるいはいきなり現場ごとのアワーレートを計算するととても手間がかかる場合、まずは工場全体でひとつのアワーレートを計算して、それまでのアワーレートと比較する方法もあります。

(参考文献1)の調査によれば、上場企業117社のうち、73.5%は部門別のアワーレートを採用し、20.5%は工場全体の平均アワーレートを採用していました。
 

A社全体のアワーレート(人)

架空のモデル企業A社の工場の直接作業者の労務費と稼働時間は

直接作業者の労務費合計 10,232万円
直接作業者の稼働時間合計 47,360時間

モデル企業A社は、機械加工の現場が5つ、組立現場が1つ、他に直接製造費用に該当する部門が設計、出荷検査があります。それぞれ人員構成や賃金が異なるため、各現場のアワーレート(人)は異なります。

現場1機械加工は2,375円時間
現場2 組立は、1,530円/時間
でした。

すべての現場の労務費を合計して、一つの現場とした場合、
アワーレート(人)は2,160円/時間でした。
 

現場ごとにアワーレート(人)を計算するのが大変な場合

現場が多く、各作業者の労務費、就業時間、稼働率を集計するのが困難な場合、最初は上記のように工場全体の平均アワーレート(人)を計算するだけでも、工場の実態が分かります。

(参考文献1)
「現場で使える原価計算」 清水孝 著 中央経済社
 

こういった製造業の原価計算の考え方と見積、損失の見える化については下記リンクを参照願います。

 

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