個別原価の計算に必要な「設備のアワーレート」は以下の式で計算します。
式1
ここで減価償却費については以下の経営コラムで詳しく書きました。
https://ilink-corp.co.jp/4042.html
では、ランニングコストとは、どのような費用でどうやって計算するのでしょうか?
ランニングコストの計算
ランニングコストとは、設備を稼働させる際に発生する費用です。例えば電気代など光熱費です。
原価計算で使用する設備のアワーレートを計算する際、設備毎にランニングコストが大きく違っていれば、アワーレートの計算でランニングコストも計算します。
逆に設備毎にランニングコストが違っていても、
設備毎のランニングコストの違いがアワーレートの値に影響しない程度であれば、設備毎にランニングコストを計算しても仕方ない
ということです。
例えば、ある工場の設備(マシニングセンタ)のアワーレートが909円/時間の場合、
設備の電気代の違いによるアワーレートの差が1円/時間以下であれば、
わざわざ設備毎に電気代を計算しても意味はありません。
(アワーレートの大きさによっては10円/時間でも問題にならない場合もあります。)
設備のランニングコストとは?
では、具体的には設備のランニングコストはどのような費用があるのでしょうか?
これは設備によって異なります。
例として、工作機械・射出成形機・プレス機などの製造設備では
- 電気代、水道代、刃物・ワイヤー(放電)・砥石など工具代、潤滑油・クーラントなど
- 設備の保守契約料や損害保険料(設備が保険に入っていれば)など
他に溶接機。熱処理炉などでは
- ガス代
メッキなど表面処理では
- 処理液代
他にも設備によって固有の費用があります。
どの設備がどれだけ消費したのか、正確にはわからない
これらの費用は消費した分だけ、定期的に請求が来ます。大抵は工場で一括請求されるので、どの設備の分でどれだけ請求されているのか分かりません。
つまり電気代などのランニングコストの設備毎の正確な金額は
「実はわからない」
のです。
そもそも設備毎の原価の違いを細かく計算しなかった企業では、ランニングコストをアワーレートの計算に入れていませんでした。
ところが最近はランニングコストの計算が重要になってきました。
値上げ交渉に必要なランニングコスト計算
それは最近の情勢の変化により電気代や他の資材価格が高騰し、値上げ交渉が不可欠になったからです。
電気代など費用が増加すれば、その分利益は減少します。
値上げしなければ会社が赤字になってしまうかもしれません。
しかし顧客に光熱費や資材価格の上昇を理由に値上げをお願いしても、具体的な根拠を求められます。
しかしこれまでランニングコストをアワーレート計算に入れていない場合、ランニングコストが上昇しても、
原価がいくら上昇したのか、数字を示すことができません。
実際に値上げしたいけど根拠を具体的に示すことができずに断念した企業もあるようです。
逆に具体的な根拠を数字で示すことができれば、値上げできる可能性があるのです。
値上げ目的のランニングコスト計算
この場合、ランニングコストを計算する目的が異なります。
ランニングコストが上昇したことでアワーレートがいくら上昇したか計算します。そして上昇したアワーレートから個別原価を計算し、必要な値上げ金額を計算します。
例えば、電気代が20%上昇した場合、設備のアワーレートが
909円/時間 → 921円/時間 (+22円/時間)
に上昇しました。
その結果A1製品の総費用(製造原価+販管費)は
994円 → 996.8円 (+2.8円)
に増加しました。
2.8円の原価上昇は大きいので顧客と価格交渉します。
これがプレスや樹脂成形では、0.01円単位で見積金額を計算します。この場合0.01円単位で値上げを計算します。
それ以下の小さな違いであれば、手間をかけても値上げの対象にならないので無視します。
ランニングコストの違いの計算
ではどうやってランニングコストの違いを計算するのでしょうか?
設備のアワーレートとランニングコスト
設備のアワーレートとランニングコストの計算をするために、
架空のモデル企業 A社(切削加工)の
設備(マシニングセンタ)を取り上げます。
設備のアワーレートは前述したように以下の式で計算します。
式2
この設備の減価償却費、年間操業時間、稼働率を以下に示します。
減価償却費 140万円
電気代 184,000円
年間操業時間 2,200時間
稼働率 0.8
ランニングコストは電気代のみとします。電気代を以下に示します。
年間電気代 184,000円
設備のアワーレートは
式3
でした。実際の個別原価の計算では、このアワーレートに人件費と間接費用が加わります。そのためもっと高くなります。
ここで電気代が20%上昇すれば
年間電気代 184,000円 → 220,800円 (+36,800円)
上昇します。
設備のアワーレートは
式4
つまり22円/時間増加します。
電気代の計算
この設備のアワーレートの計算では、設備1台の年間の電気代の値が必要です。
これは簡単にはわかりません。前述のように工場全体で一括請求されるからです。そこで以下の2つの方法があります。
- 実際の消費電力を測定して、それを元に年間の電気代を推測する
- 設備の定格から消費電力を仮に計算して、それを電気代とする
個々の設備が毎月の消費電力の積算を表示してくれればよいのですが、現実にはそのような設備は多くはありません。
1は実際に運転している設備の一定期間の消費電力を、積算電力計を使って測定する方法です。ただし消費電力は設備の運転状況によって変わり、設備の運転状況は加工する製品によって変わります。そのため測定値はある製品を加工している時の消費電力です。
2はそれも大変な場合、設備の定格から推測する方法です。
これは以下の方法で行います。
例えばA社のマシニングセンタは以下の仕様でした。
3相200V
定格 12.45kVA
消費電力P(kW)は以下の式で計算します。
式5
ここでV×I×√3=定格 (kVA)
力率 工作機械0.6~0.95、3相モーター0.8~0.85、ヒーター・白熱灯 1.0
負荷率 運転中のモーターにかかる負荷の割合0.5~0.9
ここで力率と負荷率が以下の値とします。
力率 0.7
負荷率 0.6
この時の消費電力は
P = 定格×力率×負荷率 = 12.45 × 0.7 × 0.6 = 5.229 kW
ここから年間消費電力は
操業時間 2200時間 稼働率0.8 より
稼働時間
= 操業時間 × 稼働率 = 2200 × 0.8 = 1760時間
年間消費電力(kWh)
= 消費電力 × 稼働時間 = 5.229 × 1760 = 9,200 kWh
1kWh当たりの電気代 20円/kWhとすると年間の電気代は
年間電気代
= 1kWh当たり電気代 × 年間消費電力 = 20 × 9,200 = 184,000円
検算が重要
最後にこの方法で計算した電気代を検算します。
電気の使用量の多い設備の電気代を合計し、工場の年間の電気代と比較します。
合計が工場の年間の電気代より高過ぎたり、低過ぎたりする場合は、稼働時間や負荷率が違っている可能性があるため調整します。
結局、自分たちで決める
いずれにしても正確な値は「わからない」のですから、ある前提条件のもとで工場全体の電気代を各設備に適切に割り振ればよいです。
前述の1.2.いずれの方法でも、実際の消費電力を年間を通して把握することはできないので「あるルールのもとに計算した値」であることに変わりはありません。
そのルールのもとで電気代が上昇すれば、それによる原価の影響を計算し、値上げ交渉すればよいです。
実際の価格の上昇
では、A社 A1製品を例に、電気代の上昇による原価の上昇を計算します。
A1製品
材料費300円
製造費用544.5円
従って製造原価は
300 + 545 = 844.5円 でした。
製造費用の内訳は
設備のアワーレート 909円/時間
人と設備、間接費も併せたアワーレート 4,950円/時間
製造時間 0.11時間
製造費用 4,950 × 0.11 = 544.5円
設備だけのアワーレートは909円/時間ですが、
オペレーターの費用、工場の間接費用も含めたアワーレートは4,950円/時間でした。
販管費
他に工場には、製造原価以外の事務や営業担当の人件費など「販売費および一般管理費(以降 販管費)」もあります。
この販管費は製造原価に一定の比率をかけて計算します。
A社の比率は17.7%でした。
A1製品の販管費
844.5 × 0.177=149.5円
A1製品の総費用(製造原価+販管費)
844.5 + 149.5 = 994円
受注金額1,080円の場合、
利益=1,080 - 994 = 86円
になります。
電気代上昇の結果
電気代が上昇した結果、
設備のアワーレートは909円/時間から933円/時間と
22円/時間増加しました。
これによりA1製品の原価どのように変わったのでしょうか?
アワーレートが増加したA製品
工場の間接費用も含めたアワーレート
4,950 → 4,972円/時間
製造費用
4,972 × 0.11 = 546.9円
増加
546.9 - 544.5 = 2.4円
製造原価
546.9 + 300 = 846.9円
販管費
846.9 × 0.177 = 149.9円
総費用(製造原価+販管費)
846.9 + 149.9 = 996.8円 (+2.8円)
受注金額1,080円の場合、
利益 = 1,080 - 996.8 = 83.2円 (マイナス2.8円)
となります。
電気代20%の上昇は、A1製品の場合、1個あたり2.8円の費用の増加でした。
しかしA社の電気代が年間2,000万円の場合、
20%の電気代の上昇は400万円の費用の増加です。
個々の製品で
2.8円に相当する金額を値上げしなければ、年間では400万円の利益を失うのです。
費用の例
このように考えれば値上げの影響の大きい費用のみ計算すればよいです。
例えば、
- 電機、ガスなどの光熱費
- 処理用のガス、処理液などの製造プロセスで使用する薬剤など
- 潤滑油、クーラントなど設備の保守に使用するもの
- 刃物、砥石、ワイヤーなど加工で使用する工具類
これらの内で金額の大きいものを個々に計算して原価への影響を計算します。あるいは個々の金額は大きくなくても、まとめればある程度の金額になる場合、まとめた金額を計算します。
最近、原料、光熱費の上昇からその分の値上げは認める顧客も増えてきています。しかし値上げ金額の明確な根拠を求められます。その場合、このような方法で計算すれば、明確な根拠を示すことができます。
(細かく見れば、消費電力などは自社でルールを決めて計算しているのですが、そこまで追及されることはありません。またここに計算した金額の合計が工場全体の金額と比較して適正であれば問題にはなりません。)
続けられる範囲で
今まで述べた計算は、あれもこれもと細かくやれば、とても手間がかかります。
理論上は影響する金額でも値上げ交渉の材料にならない小さな金額のものは、手間をかけて計算してもメリットがありません。
最初は全体像を把握するために、ある程度細かく計算しても、必要な費用が絞り込めれば、それだけ計算すればよいです。
その代わり、定期的に継続して計算して、値上げが必要であればタイミングを計って値上げ交渉することを継続すべきです。
こういった製造業の値上げ金額の計算と値上げ交渉のポイントについては下記リンクを参照願います。
他にも製造業の原価計算の考え方と見積、損失の見える化については下記リンクを参照願います。
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