Win-Winか、説得か、ビジネスでの価格交渉術
中小企業の価格交渉の必要性
従来の価格交渉
- 発注先の確保が重要課題
かつて私は設計を18年間やっていました。
最初の頃は出来上がった図面から見積を取り、価格を決定していました。その価格が適正かどうかは、ベテランの購買担当者の経験(直観)に依存していました。
価格交渉は、見積に対して「いくら下げるかどうか」でした。
それではまずいということで、途中から設計段階で全体の目標コストと、それを部品1点1点に展開し、コストを管理する原価企画を行いました。
しかし部品のコストは大きく下がりませんでした。なぜなら、例え目標コストを提示しても、その価格で必要な量を供給できる企業が限られていたからです。
市場の拡大局面では部品の安定調達が最大の課題でした。
現在の交渉環境
- 部品メーカー間の競争激化
2000年以降、この環境が大きく変化しました。
大手企業の海外への工場移転、家電などの競争激化により、国内のものづくりの市場は縮小しました。
自動車など一部の業界では、まだ活況ですが、下請けへの発注が減少している業界は少なくありません。主要取引先が海外へ移転して仕事がなくなり、他の業界へ果敢に売り込みをかけている企業も多くあります。
近年は海外の中小企業も力をつけてきて、海外調達も増えてきました。このように部品メーカー間の競争は激しくなっています。
- 購入品のコストダウンに注力
近年、部品の外部委託が進み、大手企業の自社製造部門が製品原価に占める割合は減少しており、多くの部品は下請けの中小企業でつくられています。
利益を増やすためには、カイゼンで自社のわずかな工数を削減するより、部品の購入価格を下げた方が効果的です。また購買などの間接部門から経営者まで、現場経験のないものづくりの知識のない人が多くなりました。
部品の適正価格がいくらか分からず、関心は対前年比で製造原価がいくら下がったかです。そして購買担当者に「全体で何パーセントコストダウン」などの目標を与え管理に熱を上げています。
従来は、下請け企業はどんぶりで出した見積に対して、「~円まけろ!」という要求と交渉すれば良かったのでした。
今は、「いくらで発注します。それがいやなら他へ出します。」という厳しい条件になりました。
そして厳しい価格を受けざるを得なくなり、赤字受注が増え、会社の体力が低下し、最終的に廃業を選択する企業もあります。
- 交渉の余地がないのか
では価格交渉の余地はないのでしょうか。
その価格を受けなければ、仕事はなくなるのでしょうか。
実は多くの購買担当者は適正価格がわかりません。ノルマとして目標のパーセントのコストダウンを行っているだけです。
では断ったら購買に他の選択肢はあるのでしょうか?
これは自ら情報を収集しないとわかりません。ひょっとすると「この価格で他に発注する会社」はないかもしれません。
- 中小企業にも必要なタフネゴシエーター
従来、依頼された仕事を優れた品質で行っていれば、利益が出ていたかもしれません。
しかし今後は顧客の要求する価格で受注し続けると、事業が継続できなくなります。
自社の利益を守るために、強力な交渉力を持つ必要があります。
つまり厳しい環境を乗り切るために、中小企業もタフネゴシエーターにならなければなりません。
日露戦争では、日本海海戦に勝利した日本は、アメリカの仲介でロシアと和平交渉を行いました。しかし局地的な戦闘で勝利したものの、国内の弾薬は在庫が尽きていました。武器を購入しようにも外貨がなく、信用の低い日本の国債はどこも引き受けてくれないような状況でした。(そのために高橋是清がアメリカやカナダの富豪にお願いしに行ったほどでした。)戦争継続が事実上不可能な中での大国ロシアとの和平交渉は極めて厳しく、この交渉をまとめ上げた、この時の外務大臣 小村寿太郎はまさにタフネゴシエーターでした。
図1 日露和平交渉を行ったタフネゴシエーター 小村寿太郎(Wikipediaより)
交渉の分類
「交渉」は、その時の状況や目的に応じて、「二重考慮モデル」というフレームワークを使い、「交渉相手との重要度」と「交渉成果の重要度」という軸から4つに分類できます。
図2 交渉の分類
- 現状維持、無活動
- 利益重視、闘争型交渉
- 関係重視、譲歩・従順型交渉
- 戦略的関係、問題解決型交渉に持ち込む!
【重要な取引ではないため、敢えて交渉に臨まない】
現状維持・無活動型とは、交渉に関わるエネルギーに比べ、得られるメリットが少ない、結果がそれほど重要でないなどの理由のため、交渉しない方が良いと判断する場合です。
又は、交渉相手に誠実さがなく、道徳心に欠け、論理的な交渉ができない場合も、建設的な交渉にはならないため、交渉しないことを選択すべきです。
【当該交渉による利益を重視し、闘争で利を勝ち取る】
【相手との関係性を重視し、譲歩によって合意を得る】
(2)と(3)は対照的なケースですが、重視しているポイントと、さほど重視していないポイントがはっきりとしている点では同じです。どちらも重視している点に偏りがちな傾向があります。
【双方の問題を解決し、Win-Winの成果を追求する】
関係性と利益の両立を目指す交渉です。安易に考えれば(2)と(3)になってしまうような場面でも、粘り強くWin-Winとなるような条件を探らなければなりません。時には新たな解決方法を創造しなければならないこともあります。
古典的な交渉術とB to Bでの有効性
交渉術とは、説得術
今まで交渉とは、上記(2)の利益重視、闘争型交渉であり、主な活動は相手に対する説得でした。お互いの主張がぶつかり合い、どちらかが譲歩するまで続けられます。
例えば、国家間の争いごとの外交交渉は、時として戦争にもなります。
「戦争は、武器を使ってやる外交であり、外交は、武器を使わないでやる戦争である」と塩野七生氏は語っています。
図3 ポツダム会談(Wikipediaより)
外交交渉とは、利害のぶつかる2国間での話し合いであり、(2)の利益重視、闘争型交渉です。相手を従わせるには、時として戦争という武力手段に訴えることもあります。そのため、外交交渉を有利に進めるためには強い軍事力が欠かせません。
- 世の中に出回る説得の技術
ビジネスで相手を従わせるにはどのような方法があるのでしょうか?
相手を説得するのは、心理的な技術による戦いです。相手の技術が高ければ不利になりますし、低ければ丸め込むことができます。そしてこの技術は、自ら学び実践することで磨き上げられます。
事前に訓練しなければ、海千山千の交渉の達人を相手に、対等に交渉することはできません。
アメリカの国防総省やIBM、メリルリンチなどを指導するスーパーネゴシエーターのジム・キャンプは、「NO!という言葉を上手に使いこなす」ことで、交渉において望む結果が得られると言います。
「NO」を正しく用いることで、交渉相手は自分から勝手に譲歩するようになるからです。
- 相手をねじ伏せる説得の技術
- 先に話しかけて、会話の主導権を握る
- 相手の発言に割り込み、会話の主導権を握る
- 自分の椅子だけ高くする
- あいづちを打たずに居心地を悪くさせる
挨拶や会話の最初は自分から切り出し、主導権を取ります。
グレン・ワイズフェルド博士の分析では、言葉かけは必ず強い人間から弱い人間という方向でした。ほめ言葉の91%、指示の85%、非難の84%は、強い人間から弱い人間に流れていました。
相手の発言の最中、「ちょっといいですか」とか「すみません。○○とはどういう意味ですか。」と割り込んでいきます。エチケット違反ですが、割り込んでいくことで自分の立場が上であることを誇示します。
目線の高さは力関係を表します。裁判官、昔の王、学校の先生が一段高いところにいるのは、相手に対してパワーを示すのに役立っています。
会話力、表現力、自社の競争力などが同じ場合、どちらが勝つかは運やその日の気分、意気込みによってがらりと変わります。そのため椅子の高さが心理的な有利さとなり、結果が変わります。
高さ調整式の椅子であれば、椅子を高くして交渉に臨みます。さらに背筋を伸ばすだけでも目線の高さは変わります。
図4 裁判官も高いところに
じっと相手の目を見つめているのに、全くあいづちをしないで話を聞くことは、相手を心理的に追い詰めます。「なぜ、この人はあいづちをしてくれないのだろう」と不安になり、相手の話に自信を失わせ、気持ちを動揺させます。
国家存亡のかった外交交渉では、ブラフ(はったり)、ウソなどあらゆる手段が取られます。まさに外交とは、武器を使わない戦争とも言えます。
イエスかノーかの二分法
「まずは、20%コスト削減をお願いします。」
「20%は無理です。」
「いえ、20%です。20%を受け入れるか、降りるかです。」
二分法は、このように問題をイエスかノーかに単純化して、判断を迫る交渉のテクニックです。担当者は非常に強いプレッシャーを受け、提案を受け入れるか否かを判断しなければなりません。
多くの提案は100%満足できるものではないのですが、二分法で迫られると、意識がそこに集中してしまい、他の選択肢を考えられなくなります。
- 郵政民営化を争点にした小泉劇場
2005年の衆議院選挙は、小泉首相が郵政民営化の是非を問う選挙でした。自民党でも反対する議員には、小泉首相が対立候補(刺客)を送り込むという徹底さでした。
この方法は、問題を単純化してしまい、郵政民営化の中身はほとんど争点になりませんでした。
図5 郵政民営化という二分法(Wikipediaより)
- 二分法への対処
このように二分法で迫られると、他の代替案をだすことができなくなります。
そこで交渉相手から二分法で迫られたら
「それはどういう意味ですか?」
「あなたの提案の中でわからないところがあるので教えて欲しいのですが」
と質問して切り返します。
すくに結論を出さずに
「自分としてもこの重要な問題にはすぐに答えを出すことができません」
と言って逃げます。
駆け引きの技術
- 交渉における駆け引き
多くの交渉では、少しでも有利な条件になるように様々な駆け引きが行われます。譲歩は少しずつ行い、さらに譲歩する際には相手に見返りを求めます。
海外では、わざと相手に揺さぶりをかけて、相手が驚いて譲歩するようであれば、駆け引きが通用する相手と判断して、更に揺さぶりをかけてきます。
- ブラフ
- アンカリング(最初に提案する)
- オプション販売
- 高価格品を最初に見ると…
「ブラフ」とは「ハッタリ」の意味です。
お客さんの予算を「10万円ぐらい」と予想します。
相手の予算額の1.3倍ぐらい上乗せし、「13万円でいかがですか」とふっかけます。
マーケティング・コンサルタントの佐藤昌弘氏の経験によれば、予算に対して、1.3倍までは検討の範疇に入り、1.7倍を超えると完全に対象外になるそうです。1.3倍までは、心理的に許容できる金額と言えるかもしれません。
図7 はったりを見破られ……
最初にこちらから有利な条件を提示して、それを元に交渉を展開するのがアンカリングというテクニックです。
1000円のものを安く買う時に、最初に買い手が500円しか予算がないと強く主張すると、売り手は500円から如何にして1,000円に近づけるか考えます。つまり500円にアンカリングされたわけです。
高い買い物では、相対的に安いオプションに対する抵抗は下がります。
例えば、4,000万円の住宅を購入した時に、
「せっかくですから床暖房も入れたらいかがですか?」
と勧められると、価格は気になりますが特に交渉することなく、
「あっ、お願いします」となってしまいます。
高給な時計や宝飾品のお店で入口にある素敵な商品がお値打ちな価格で展示されていました。ちょっと気になって入ってみると、中にはより魅力的な商品が沢山あります。奥は、最高級の高価な商品がありますがとても手が出ません。
そして順にお手頃な品を見ていくと、入り口よりも高価ですが、最高級品よりもはるかに安く、無理をすれば手が届きそうなものが、30%オフになっています。
「これなら手が届く」
こうして入口にあった商品の何倍もの価格のものを買って帰ります。
一時期キャンピングカーがブームになった時、キャンピングカーショーに行ったことがあります。キッチンや二段ベッドのついた豪華なキャンピングカーは500~800万円もします。そこでシンプルなキャンピングカーが400万円でありました。
「安い」と感じます。
しかし400万円と言えば、結構な高級車が買える値段です。感覚が変わってしまったことを経験しました。
図8 400万は安い?
バーター取引(交換条件)
交渉は、一方的にこちらの主張を重ねて相手に譲歩を迫ってもうまく行きません。多くの場合、こちらが譲歩することで、相手の譲歩を引き出し、交渉をまとめます。あるいは、双方が譲歩できる条件を出して交換条件とします。
これをバーター取引と言います。
バーター取引は、芸能界では、事務所が売れっ子タレントを出演させる代わりに、これから売り出す新人の出番を求めたりして、盛んにおこなわれています。
このバーター取引が成立するためには、交換する条件が等価であることが必要です。本来違うものを交換条件にしてしまうと後日問題が起きます。
その背景として、とりあえず合意しておけば後で問題が起きても何とかなるだろうという甘い考えも影響しています。
かつてのような企業間の取引が、取引というよりパートナーシップであった時代は、うまく行ったかもしれませんが、今日ではお互いがすべきことを全て書面で残しておく必要があります。実際改めて文書にすると、このバーター取引が危険なものであることが分かります。
本来は、お互いが譲歩することでどちらの利益にもなるような条件を交換します。そう考えると交換できる条件は意外と少ないものです。
代表的な交渉戦術
- グッド・コップ、バッド・コップ
グッド・コップ、バッド・コップ(Good Guy – Bad Guy Routine、もしくは、Good Cop Bad Cop)は、2人でチームを組み、敵対的な態度を示す役と同情的な態度を示す役を演じ、交渉相手を揺さぶる戦術です。
相手がバッド・コップ役に敵意を抱き、グッド・コップ役に好意を抱くように仕向けます。バッド・コップ役は徹底して厳しい態度を取り、強圧的な言葉で責めるのに対し、グッド・コップ役は交渉相手をかばい、バッド・コップに反対します。
相手はグッド・コップ役を味方と勘違いし、グッド・コップ役の条件が、実際以上に魅力的に見えてしまい、グッド・コップの提案を受け入れます。
- ドア・イン・ザ・フェイス
人間は、相手から出された要求を断るとき、何となく罪悪感を感じます。
ドア・イン・ザ・フェイス(Door in the Face)はこれを利用し、最初に相手が承諾しないと思われる厳しい条件を提示し、相手に拒否させます。
次に、少し譲歩した条件を提示して、相手に合意を求めます。これは、予想外の条件を出して相手の心理を揺さぶり、要求条件に対する冷静な判断力を奪うことが目的です。
最初に提示された予想外の条件に惑わされず、何が相手の本当の要求かを冷静に判断することが重要です。
- フットインザドア
フット・イン・ザ・ドア(Foot in the Door)は、ドア・イン・ザ・フェイスと逆の心理を利用した戦術です。
最初に相手が取るに足らないと思うような要求を提示し、小さなイエスを引き出します。そして徐々に大きな要求にエスカレートさせます。要求が徐々に引き上げられ、最後の段階で初めて「しまった」と気づきます。
最初の要求が小さいと思わず受け入れてしまいますが、次から次に大きい要求を受けても、最初にイエスと言ってしまっているため途中からは断りづらくなります。
相手の要求が大きいか小さいかではなく、要求の内容を考えて応じるべきかどうかを冷静に判断します。途中で気がついた場合は、冷静に「以降の要求は一切応じない」と宣言します。
図9 フットインザドア
- ニブリング
ニブリング(Nibbling おねだり)とは、いったん合意に到達した直後を狙って、相手に追加条件を提示し、相手にのませてしまうものです。
交渉が合意に達したときには、気が緩み油断しやすく、できるだけ合意を維持したいという心理を利用しています。
この戦術を用いる際は、相手の不意をついたり、相手を意図的に褒めた後。追加条件を出し、自分が出した要求が取るに足らないことをさりげなく強調して合意を引き出そうとします。
この戦術を受けないためには、交渉相手の前では合意に到達したと思ってもまだ交渉中であり、緊張感を維持して相手に対応するようにします。
そして合意後の追加条件は、基本的には受け入れないとし、交渉の条件はすべて交渉の中で決めるのを基本原則とします。
図10 スターリンが多用(Wikipediaより)
- タイム・プレッシャー
「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。帰りのご予定は?」。
海外などで相手と交渉する場合、よくある雑談です。しかし、この雑談の中に、タイム・プレッシャー(Time Pressure)を与えるための質問が潜んでいることがあります。
タイム・プレッシャー戦術とは、会話から相手のデッドライン(時間的制約)を探り出し、締め切りの効果を利用した戦術です。
デッドラインを利用して、空港の出発便の2時間前ぎりぎりになって、本格的な条件交渉を始めたりします。あるいは合意したと思っていた条件を急に変更することもあります。デッドラインが気になって冷静な判断ができず、安易に合意してしまいます。
これを避けるためには、不要な情報を明かさないようにし、デッドラインは目標と考え、延長戦の選択肢を準備しておきます。
ハーバード流交渉術
今から30数年前、ハーバード大学のロジャー・フィッシャー、ウィリアム・ユーリー、ブルース・パットンが「ハーバード流交渉術 必ず『望む結果』を引き出せる!」を著しました。
当時、交渉は勝つか負けるかであり、長引く訴訟、ストライキ、各地の政治的対立が起きていました。
ハーバード流交渉術の利益に基づくアプローチは、Win-Win交渉術として支持を集めました。
人と問題を切り離す
「相手の心をコントロールする」
交渉においては、「問題」と「人の関係」が一体化してしまい、感情的になり解決を難しくしています。相互の認識の確認し、お互いに話の聞ける環境を作ることが重要です。
認識へ対処するには、相手の事実認識に対し誠実に向き合います。感情へ対処するには、相手の立場になり、相手の立場からメリットを考えます。
意思疎通へ対処するには、どのような認識を持っているのか、どのような感情を抱いているのか、把握するためにきちんと聞きます。
利益に着目する
自分の利益を主張するときは強い態度でも構いません。ただし「間違っていたらご指摘ください」と断り、相手の言い分にも耳を傾けます。
互いに利益のある選択肢を考える
お互いに利益のある選択肢を考える際に、以下の4つの要因が阻害となることがあります。
- アイデアの切り捨て
- 単独の答えを探してしまう
- パイの大きさが固定だという思い込み
- 相手の問題は相手が解決すべきだという考え
交渉の場ではユニークなアイデアが出にくく、相手の問題点を探そうとする批判意識が働いてしまいます。
多くの人は、交渉でアイデアを出そうという発想でなく、条件の差を埋めることに囚われ、選択肢を広げるべきとは考えていません。
一つの回答に辿り着こうとすると、多くの可能性の中から一番良いものを選べなくなります。
交渉の対象になっているものを奪い合うしかないと、双方が思い込んでしまいます。
お互い自分の利益にしか関心がなく、交渉では相手側の言い分を認めたくないと考えてしまいがちです。
交渉の成否は、自分の望んでいる結果(意思決定)を相手側に認めさせるかどうかにかかっています。
できるだけ、相手がそのような決断をしやすいように配慮します。そのためには交渉者の立場を考えて行動します。交渉相手の視点で問題を眺め、意思決定者を見極め、背後にいる人を説得するための材料を渡します。
客観的基準に基づく解決にこだわる
解決策を考える際に、双方が納得できる客観的な基準に基づくようにします。
つまり利益やメリットを議論する際にお互いが何をものさしにして議論するのか、明らかにしておくことです。
そしてそのものさしは、客観的で双方が納得できるものでなくてはなりません。
交渉に入る前に、この基準について突っ込んだ議論を行い、合意を得ておくことが重要です。
BATNAを用意する
BATNAとは、Best Alternative To a Negotiated Agreementの略で、「交渉に合意することに次ぐ、最善の選択肢」という意味です。
つまり「交渉が決裂したときに、自分が取れる最善の選択肢」のことです。
たとえば受託開発の引き合いがあった場合、BATNAとしては、以下のようなものが考えられます。
- 他の案件を探す
- 自主サービスの開発を行なう
- 状況によっては、業態転換する、廃業する
このBATNAを決めておくことで、交渉に合意するかどうか、冷静な判断ができます。BATNAよりも少しでも条件が良ければ、交渉はWinとなり成果があったことになります。
条件がBATNAより悪ければ、交渉を打ち切り、BATNAを採用します。その結果、感情的にならず冷静に交渉をまとめることができます。
- 交渉結果5つのオプション
図11に交渉結果の5つのオプションを示します。
図11 交渉結果のオプション
交渉の結果としてあるべき姿は、Win-WInのシチュエーションです。逆に最も避けたいのは結論を先延ばしにしたり、お互いが妥協して交渉を終える状況です。
妥協というのは一見良いように見えますが、お互いにとってより大きな価値を生むWin-Winシチュエーションを逃してしまっているという状況なので、Lose-Loseという位置づけになります。
また、相手を完全に打ち負かしてしまうWin-Loseという状況は一時的にはプラスになりますが、相手との長期的な関係を考えると避けたい結果です。
- ハーバード流交渉術の問題
この利益に基づくアプローチは従来のハード型戦略へのアンチテーゼとして、「Win-Win交渉術」として絶大な支持を集めました。
ハーバード流交渉術は、交渉において一定の立場に固執するのではなく、問題を深く掘り下げ、根底にあるお互いの利益に基づいて落としどころを探っていくことを提示しました。
また、価格にこだわって敵対的な交渉を続けるよりも、価格以外のアフターサービスやその商品が顧客の目的に合っているかどうか、使用条件や使用環境とのコーディネートなど価格以外の価値に目を向けさせ、敵対的な交渉を双方にメリットのあるものに変えることができました。
また相手との長期的な関係を構築できるメリットもハーバード交渉術では述べています。
あくまで強引な値引きを求める攻撃的な交渉は、見知らぬ相手との一度きりの交渉ではうまく行くかもしれません。しかし一度コテンパンにやられた人間は二度と同じ人間と交渉しようとは思いません。
このモデルによって交渉人は「相手の取り分が増えれば、自分の取り分が減る」という観念からも解放されました。
このハーバード流交渉術は多くの研究がされましたが、その基本的な枠組みは、双方の利害、選択肢、置かれた状況、関係は不変であるという暗黙の前提に依っていました。
- 戦場の霧
戦場の霧(せんじょうのきり、英: fog of war)とは、プロシアの軍人・軍事学者のクラウゼヴィッツによって定義された言葉で、作戦・戦闘において指揮官から見た不確定要素を言います。
実際の戦場は、相手の位置がわからない中で部隊を進めていきます。突然あらぬ方向から攻撃を受けたり、時として味方の攻撃(同士討ち)すらあります。限られた情報の中で相手の居場所や戦力を判断し、部隊の対処を決めなければなりません。
図12 戦場では限定的な情報しかなく
同様に実際の交渉は、大学での学術研究のように結果がわかった中での分析でなく、相手の考え、出方が分からない中で行わなければなりません。全体を俯瞰できる図はなく、相手の求めている利益も分かりません。
さらに時間の経過と共に交渉のプロセスは刻々と変化しています。
- 利益の霧
交渉を始めるまで、自分の利害がどのようなものかわからないことも多いのです。
交渉が予想外の展開を見せた時、予想とは異なる利益を検討しなければなりません。
家を買う場合、家の価値は買う人により変わります。
最初は良いと思っていた家が、子供の教育環境を考慮した結果、良くない家になるかもしれません。
見晴らしのよい高台は、年を取った時には、街へ買い物に行くときに重労働になるかもしれません。
さらにローンと現金、保証付きと保証なし、これらが複雑に組合せた案件を客観的に評価できるでしょうか?
図13 様々な条件が組み合わさり
つまり、どちらが自分にとって利益が高いかは、それぞれの事情、考え方により変わります。
利益は流動的なものであり、交渉をうまく行うためには、状況により変わる利益に対し、柔軟に対応しなければなりません。
そして柔軟であろうとするほど、交渉戦略や意思決定は複雑になります。
「カオスを味方につけろ」
「ただし、自分の道は見失うな」
- BATNAのあいまいさ
利益があいまいであれば、BATNAは分かりにくくなります。
今交渉している案件は、魅力がそれほどないのか、交渉を決裂してBATNAを採用するのか、それともBATNAはもっと魅力がないのか、これは交渉の進展により変わります。
- 何を望んでいるのか
経験豊富な不動産の営業は、顧客が本当は何を望んでいるのか、自分が分かっていないことをよく知っています。
ある営業の女性は、顧客の要望に真摯に耳を傾けた後、まるで違う物件を見せます。一件目を見せる時、彼女は家の中を歩きながら、顧客がどんな反応を示すか、注意深く見守ります。顧客が本当に望んでいるものが何かを見極めるためです。
不動産にはこんな格言があります。
「買い手はウソをつく」
「ただし、わざとウソをつくのではない。みんな自分の本当の気持ちを分かっていないのだ。」
交渉とはカオス
このように考えると、実戦での望ましい交渉は、徹底的に相手に譲歩させるハード型交渉ではなく、ハーバード流のWin-Win型交渉でもありません。
先の見えない中で、双方が満足する結果をカオスの中から探し当てるようなプロセスです。
事前調査の重要性
ビジネスにおいて、交渉の事前準備の本質は、交渉にならないような状況をつくることです。
例えば価格交渉では、価格交渉にならないような状況にしてしまうことです。
アップルのMacBookを買い来る顧客は、アップルのディスカウントが低いと言って交渉しません。アップルは「もっと安いパソコンをお求めでしたら、他のメーカーをご検討ください。」と言うでしょう。
痛くない注射針の開発で有名となった岡野工業は、金型が数千万円から1億円するそうです。しかも値引きには応じません。
現実には、そのような状況は作ることができず、交渉を行うことになります。
しかし交渉にはタイミングが重要です。そこで以下の3点を判断します。
● 交渉をすべきか
● タイミングは今か
● 全てをかけるべきか
そして、交渉を取り巻く条件、背景を整理します。
✧ 最も重要なことは何か
✧ 妥協できる点は何か
✧ 自らのBATNAは
✧ 相手の希望価格はどう推測するか
✧ 顧客の他の選択肢は何か
価格交渉において、重要なことは価格以外の条件を洗い出すことです。ともすれば営業担当は価格にばかり目が行きがちですが、顧客にとっては判断要因の1つにすぎません。
しかし価格以外の要因も売り手が積極的に訴えなければ、顧客は気付きません。
高級リゾートクラブや高級ブランドバッグの宣伝は、製品の機能はほとんど訴えていません。高級感、リッチさなどのイメージを伝えています。
これは主に顧客の感情に訴えています。
商品の購入を決定するのは、感情です。
高級品では、顧客の感情が動くのは機能や原価ではありません。
顧客は何を重視しているのか。それを明確にしてリストアップすることが事前準備の中では重要です。購買の決定要因が価格だけであれば、実は価格交渉の余地はほとんどありません。
自社よりも安いところがあれば、自動的にそちらに決まります。交渉できるということは、顧客は価格以外に評価している点があるということです。
決定するのは感情
相手にイエスと言ってもらうためには相手に良い感情を持ってもらう必要があります。
B to Bでは長期的な取引が多く、一時の交渉で強引に相手にイエスと言わせても、その後の継続的な取引に支障となります。
交渉の場で己の感情に支配されないために、交渉の場では普段より自らの感情が高ぶっていることに注意します。
それは、我々は物事をありのままにみるのではなく、見たいように見ることも原因です。
今事実と思っていることは、自らがそうあって欲しいということを思っているだけかもしれません。
そして相手は、この事実を別の意味として捉えているかもしれません。
従って、自らの感情にゆだねるのではなく、冷静に相手の感情を推し量ります。そして相手の感情がこちらの望む気持ちになるにはどのような提案、解決策を提示すれば良いのか考えます。
欲しい結果を求めるのではなく、相手の感情をコントロールすることに力を注ぎます。
それには粘り強さと楽観的な見方が必要です。そして交渉の場面で変化する状況、あいまいさ、不確実性、リスクに動じず、適切に対処するようにします。
イエスのタイミング
交渉が佳境に入ると、いつイエスを言うかを考えなければなりません。
相手も十分交渉し納得がいった段階にも関わらず、さらに譲歩を引き出そうとして交渉を続けると、結果的にすべてを失うこともあります。
- 交渉における創造力
交渉において創造力が必要な場面は、状況が変化し、予定していた解決策が使えなかったり、お互いの主張が平行線をたどり、新たな解決策が必要な場合です。
このような場面では、用意した方法にこだわらず、臨機応変な対応が求められます。
重要なのは、こちらの考えよりもまず相手に注意を払うことです。アクティブリスニングの上をいくような注意深い観察と聞き取ります。
その結果、相手を変えるべきタイミング、自分が変わるべきタイミングがつかめるようになります。
そして自らが取る主体的な行動は、質問することです。積極的に質問し、状況を打開できるようなアイデアを生み出すヒントを探します。この時に、事前にしっかりと計画が立てられていると、見えていない点が容易にわかります。
「計画に価値はない」
「計画立案がすべてだ」
ノルマンディー上陸作戦の最高司令官アイゼンハワーの言葉です。
しっかりとした計画を立案することで、目的が明確化し、潜在的な障害が明らかになります。それにより可能性が見えてきます。
実際の交渉では、不確実性の霧、未知の要素、状況変化により、予測通りにはなりません。冷静に観察し、柔軟に対応します。
- アメリカ海兵隊の基本原則
「先を考えようとするほども計画の有効性は低くなる。
だから先を考えるときほど、ち密になり過ぎないように注意すべきだ。
先を考える目的は、有効な計画を立てることより、将来取りうる行動の基礎を整えておくことにある。事象が目前に迫り、実際に有効な行動を取れる状況になった時、すでに状況評価やアプローチの仕方が定まっているようにすることだ。」
- ボスニアのナンバープレート
1995年に停戦合意した旧ユーゴスラビアのボスニアとセルビアにはまだ憎悪の渦が渦巻いていました。狙撃兵はセルビアのキリル文字がついたナンバープレートを見ると発砲しました。ボスニア政府は、セルビアのキリル文字を採用する気は全くなく、セルビア政府もアルファベットを使うボスニア方式を受け入れる気はありませんでした。交渉は暗礁に乗り上げていました。
アメリカの外交官リチャード・ホルブルックはどちらも譲歩しない案を考え出しました。二つのアルファベットに共通する10文字だけを使用するのです。
図14 キリル文字、ホルブルック氏の解決策
本コラムは2016年10月16日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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書籍「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」日刊工業新聞社
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