経営と戦略 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Wed, 08 May 2024 22:10:05 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.5.3 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png 経営と戦略 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 ハッキングから会社を守る1~情報セキュリティ・個人情報保護法の課題~ https://ilink-corp.co.jp/12407.html https://ilink-corp.co.jp/12407.html#respond Thu, 07 Mar 2024 03:54:23 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=12407 No related posts. ]]> 頻発するセキュリティ事故

 

2022年3月1日トヨタ自動車は国内14工場の生産を停止しました。

原因は仕入れ先の小島プレス工業のサーバーがウイルスに感染したため部品供給のめどが立たなかったからです。
 

子会社の脆弱なセキュリティが発端

発端は小島プレス工業の子会社が外部との通信に使用していた機器にセキュリティ上の脆弱性があったことです。

2月27日にそこからウイルス(ランサムウェア)が侵入しました。

その結果、小島プレス工業の約500台のサーバーのうち、受発注や電子カンバンに係るサーバーまでが感染しました。トヨタも100人態勢で支援に乗り出しましたが、28日中には復旧のめどは立ちませんでした。トヨタは週明け3月1日の生産ラインを停止することを決定しました。

たった1台の機器の脆弱性のためトヨタの受けた損害は数億円にもなりました。
 

数億円に達したトヨタの損害

3月2日の午後、小島プレス本社に一人の作業服の男性がいました。トヨタの社長 豊田章男氏でした。トヨタがこの事態をどれほど重く見ていたかがわかります。トヨタのサプライチェーンは6万社もあります。そのうち1社でもセキュリティが破られればどうなってしまうのか、今回の事件は示しました。

今では企業と多数の取引先がネットワークで結ばれ、リアルタイムで情報をやり取りしています。これにより生産の効率は上がり、発注の無駄も減りました。一方それと引き換えに、一旦ネットワークに問題が起きれば、サプライチェーン全体に影響が及ぶようになったのです。
 

内部による情報漏洩

 
ただし情報漏洩事件に限れば、外部からの不正な侵入よりも内部の者による漏洩の方が多いのです。

理由のひとつは、通信販売が発達したためです。顧客名簿の価値が高まり、社内の顧客名簿を名簿業者に売れば多額のお金が入るようになりました。

もうひとつの理由は、設計図面など技術情報が電子化されたことです。膨大な図面や技術情報もUSBひとつで簡単に持ち出せるようになりました。
 

ベネッセの顧客情報流出事件

2014年7月「進研ゼミ」や「こどもちゃれんじ」を運営するベネッセコーポレーションで顧客情報が流出しました。

2014年6月ベネッセコーポレーション(以降、ベネッセ)の複数の顧客に身に覚えのない企業からDMが送られてきました。顧客は個人情報が漏洩したのではないかと思いベネッセに相次いで問い合わせしました。ベネッセで調査した結果、合計3504万件の顧客情報が漏洩したことが判明しました。同社は6月30日、警察に顧客情報漏洩の疑いがあることを報告しました。

名簿が数百万円で売却

調査の結果、同社がデータベースの運用や保守管理を委託していたシンフォームの39歳のシステムエンジニアが顧客情報を持ち出したことが判明、7月17日警察に逮捕されました。彼は派遣会社からシンフォームに派遣され、ベネッセのデータベースの管理を行っていました。そのため顧客情報に容易にアクセスができました。警察の調べに対して「金がなくて生活に困っていたため、名簿業者に売却した。売却の総額は数百万円になった」と供述しました。

失った100億円と90万人の顧客

委託先の派遣社員が数百万円のお金欲しさに起こした個人情報の流出は、ベネッセ100億円以上の損失をもたらしました。この事件が原因で同社は90万人以上の顧客と社会的な信頼も失いました。

一方、昔から企業が所有する技術やノウハウを盗み出す産業スパイはありました。今はUSB 1個で大量の設計情報も持ち出せるため、漏洩リスクは高くなっています。
 

ヤマザキマザックで設計情報が漏洩

2012年3月27日、愛知県警はヤマザキマザックのサーバーから設計情報を漏洩させたとして、同社社員で中国籍の唐博容疑者を逮捕しました。一方、唐容疑者は容疑を否認しています。

アクセス権のない設計情報を大量に複製

唐容疑者は約10年前に来日し日本の大学を卒業後、正社員としてヤマザキマザックに入社しました。事件当時は販売部営業係に所属し、社内の営業部員へ工作機械の説明する業務を行っていました。唐容疑者は設計情報へのアクセス権はありませんでした。

ところが1月から3月にかけ、唐容疑者は相当数の工作機械の図面を私物のハードディスクに複製していました。おそらく何らかの不正な方法でアクセス権を取得したとみられます。そして3月12日に「中国に住む父親の体調が悪い」として退職を申し出ました。しかし大量のデータをダウンロードしているのを見た同僚が不審に思ったことで事件が発覚しました。
 

いたずらから始まった連邦裁判所への不正侵入

 
アメリカのコンピューター好きなティーンエイジャーの2人、マットとコスタは、電話システムのハッキング「フリーキング」でハッキングの技能を高めていました。

そんな二人はある晩、携帯電話会社の中継局に出かけ、ゴミ箱漁りをしていました。そこでゴミ箱から「すべての中継局と電子認識ナンバー(ESN)」を書いたメモを見つけました。このデータを使い、自分の携帯電話に特別なファームウェアを入れるとどこでも無料で電話をかけることができるようになりました。(当時インターネットの接続はLANでなくモデム経由のダイヤルアップ接続でした。)

連邦裁判所のコンピューターに侵入

2人は無料となった通信を使い、ウォー・ダイヤラーを行ってコンピューターに手当たり次第に電話をかけさせました。そこで偶然、連邦地方裁判所のモデムの番号を見つけました。連邦地方裁判所のコンピューターのユーザー名はpublic、パスワードもpublic、あまりにも単純でした。

2人はこの連邦地方裁判所のコンピューターを経由して、このコンピューターが使用しているOSメーカー(仮にA社)のコンピューターにトロイの木馬を送りました。そして、そこに接続されている多くのコンピューターの情報を引き出すことに成功しました。その中にボーイングのコンピューターのログイン情報がありました。
 

オープンになっていたボーイングのネットワーク

ある日、マットとコスタがボーイングのネットワークに侵入した時、彼らの前にUNIXのshellが現れました。どうやらボーイングの社員がそれまでサーバーにアクセスしていたコンピューターをログアウトせずに放置したようです。難なくファイアウォールを突破した2人はボーイングのネットワーク内を自由に行き来しました。

セキュリティ研修中にハッカーの侵入を発見

その頃ボーイングのコンピューターセキュリティの専門家ドン・ボーリングは、ボーイングの社員と連邦法執行官らに情報セキュリティの研修を行っていました。

研修中、ドンは情報システム担当者から、何者かがパスワードをクラックした痕跡があるという報告を受けました。マットとコスタの仕業です。ハッキングの痕跡を印刷するとユーザー名の多くが判事(judge)という文字で始まっていました。

青ざめる判事、逮捕される2人

ドン・ボーリングは研修に参加していた法執行官に向かってユーザー名のリストを見せました。ユーザー名は、連邦地方裁判所の判事のコンピューターでした。こうして連邦地方裁判所へのハッキングが判明し、法執行官たちの顔は真っ青になりました。

その結果、FBIはマットとコスタの電話番号を逆探知しました。そして所在を突き止め、2人を逮捕しました。
 

誰が攻撃者するのか?

攻撃者のタイプ

コンピューターに不正に侵入するハッカーは、全員が犯罪目的ではありません。このハッカーは以下の3つに分類されます。

  1. 政治的、経済的な利益を求める 例 ランサムウェア
  2. 個人の利益のためにデータを盗用 例 顧客名簿の販売
  3. 愉快犯 例 マットとコスタ
図1 ハッカーにもタイプが存在する

図1 ハッカーにもタイプが存在する

①の政治的、経済的な利益のために行われるのは、特定の国や企業へのサイバー攻撃や身代金目的の攻撃です。

②は個人の利益のためのデータの盗用や販売です。内部の者の犯行が多数を占めます。

企業の持つ顧客リストは高い価値があります。ベネッセコーポレーションから流出した顧客リストは複数の名簿事業者が購入し、その名簿はある通信教育の企業が購入していました。こうして犯人は数百万円の利益を得たのです。

③の愉快犯は、マットとコスタのように自らのハッキング能力を磨くために行うものです。

侵入が困難なシステムほど彼らは侵入を試みます。侵入すること自体が目的なので、苦労は厭いません。むしろ侵入が困難なほど挑戦意欲が掻き立てられます。
 

サイバー空間固有の犯罪

企業や個人から情報や企業秘密のような価値のあるものを盗み出す窃盗や強盗は、サイバー空間以外の現実世界にもいます。ただし現実世界にはサイバー空間のような③はいません。会社や住宅に侵入して何も盗ってこなければ、リスクを冒す価値がないからです。

しかしサイバー空間のハッカーたちは「自分の技術を試すため」侵入自体が目的です。

しかし何もしなくても、重要な情報がある部屋をハッカーが自由に出入りする状態は安全とはとても言い難いのです。
 

攻撃手段

では攻撃者はどのような攻撃手段を取るのでしょうか?
代表的な攻撃手段を示します。

注) 使われる用語の意味
ウイルス : プログラムやパソコンに寄生して広がり、システムの挙動に悪影響を及ぼすプログラム
ワーム : 単体で増殖を繰り返し、ネットワークを介して広がり、パソコンや情報に悪影響を及ぼすプログラム
トロイの木馬 : 侵入先のコンピューターで、コンピューターの使用者が意図していない操作を秘密裏に行うプログラム
スパイウェア : 感染先に保存されている情報を盗み、外部に送信するプログラム

 

① 身代金目的のランサムウェア

ネットワークなどを通じて感染を広げるマルウェア(悪意を持ったソフトウェア)の一種です。「ランサム」(Ransom)は英語で「身代金」を意味します。

図2 ランサムウェアの仕組み

図2 ランサムウェアの仕組み

ランサムウェアに感染すると、コンピューターのファイルが暗号化されて復元できなくなったり、端末が起動不能または操作不能になったりします。
前述の小島プレスの子会社が感染したのもランサムウェアです。
 

② 取引先を装う標的型攻撃メール

取引先からのメールと全く同じように見えます。実はこれが攻撃メールなのです。担当者や部署名、連絡先も正しく、メール本文の内容もおかしくありません。日本語も不自然でなく、相手のURLも合っています。ところが添付ファイルがウイルスであったり、メール内のURLをクリックすると問題のあるサイトに誘導されてしまいます。

これは攻撃者は攻撃対象を決めて、攻撃対象から不審に思われないように攻撃メールを送ってくるからです。

この標的型攻撃メールでは、攻撃者は事前に何らかの方法で顧客から攻撃者へのメールを取得しています。もし標的型攻撃メールの攻撃を受けても被害に遭わないようにするには、例え顧客から来たメールでも「不用意に添付ファイルを開かない」、「見覚えのないURLがメールにあってもクリックしない」といった注意が必要です。
 

③ データベースを改ざんするSQLインジェクション

第三者がSQLコマンドを悪用してデータベースに不正にアクセスして、情報の搾取や改ざん、削除を行う手法です。

具体的には、攻撃者はウェブサイトのお問い合わせフォームなどに不正に情報を引き出すSQL文を入力します。例えば、氏名を入力するフォームに「山田太郎」と入力する代わりに「山田太郎+SQLスクリプト」を入力します。このSQLスクリプトを使い、データベースを改ざんしたり削除します。

ECサイトや会員制のウェブサイトは個人情報がデータベースに格納されています。これらはSQLインジェクション攻撃でデータ漏洩の被害を受けやすいのです。あるいはブラウザの画面コントロールに使用されるJavaScriptでも、不正なJavaScriptコマンドを入力するJavaScriptインジェクション攻撃があります。
 

④ アップデートのタイムラグを衝くゼロデイ攻撃

OSやアプリケーションなどソフトウェアのバグを衝く攻撃です。

アプリケーションやOSのバグは、「脆弱性」と呼ばれ、攻撃者に狙われます。攻撃者はこのバグ(脆弱性)を衝いて悪意あるプログラムを実行します。

メーカーはバグを発見すると随時バグを修正した修正パッチを提供します。しかし修正パッチが配布されてもユーザーが修正パッチをインストールするまで時間がかかります。その間に攻撃者が脆弱性を衝いて侵入します。これが「ゼロデイ攻撃」です。あるいは攻撃者自身がアプリケーションやOSの脆弱性を発見すれば、メーカーも知らないため、大きな被害が出ます。

過去のゼロデイ攻撃の例にWannaCryがあります。これはWindows10の脆弱性を衝いたランサムウェアで自己増殖機能を持っていました。2017年には世界中のセキュリティが脆弱な端末が感染しました。

インターネット・エクスプローラーやグーグルクロームのようなブラウザも多くの脆弱性が発見され、そのためアップデートが頻繁に行われています。

2021年にインターネット・エクスプローラーで脆弱性が見つかり、攻撃者が脆弱性を悪用したWEBサイトを作成し、バンキングマルウェア(オンラインバンキングの認証情報を狙い、不正送金を目的としたマルウェア)やランサムウェアに感染させました。

(インターネット・エクスプローラーはすでにサポートが終了しているため、使用すれば脆弱性を攻撃されるリスクがあります。)
 

⑤ パスワードのハッキング

パスワードは以下の方法でハッキングされます。

ネットワークにつながるPCや機器の端末のどれかに脆弱性があり、攻撃者が侵入すれば、攻撃者はその端末のキーボード操作などを盗み見るソフトをインストールしてしまいます。そして端末がサーバーに接続するパスワードをハッキングしてしまいます。

あるいはパスワードをハッキングするソフトを使います。例えば攻撃者がネットワークに侵入するとサーバーが外部と接続するポートを調べます。もし解放されているポートがあれば、それを足掛かりに侵入します。サーバーに侵入するにはサーバーのパスワードが必要です。しかしパスワードをハッキング(クラッキングともいう)するツール(パスワードクラッカー)やパスワードクラッカーの辞書ツールは闇サイト(ダークウェブ)で容易に入手できます。攻撃者はこういったツールを使って総当たり攻撃を行います。

何万回試行してもコンピューターが自動で行えばそれほど時間はかかりません。もし事前にパスワードがpassword○○○○(4桁の数字)と分かっていれば、パスワードのハッキングは極めて容易になります。そしてハッカーたちは後述のソーシャルエンジニアリングの手法を使ってこういった情報を入手します。
 

何を守らなければならないか?

 
かといってセキュリティをいたずらに強化すれば、業務のスピードは低下し、顧客サービスも低下します。そのため情報セキュリティは何を守らなければならないのかを明確にします。

また自社の秘密の漏洩は内部によるものの方が多いのです。社内の人間による機密情報の持ち出しをシステムで完全に防ぐこと困難です。

企業秘密防衛の本の中には防衛策として訴訟が書いてあるものもあります。しかし訴訟は漏洩した後の話です。
 

守るべきものは大きく分ければ以下の2つです。

  1. 顧客情報(中には個人情報)
  2. 自社の機密情報

こうした背景から関心が高まってきたりが「情報セキュリティ」です。

この情報セキュリティとはどのようなものでしょうか?
 

情報セキュリティと関連する法律

 

情報セキュリティ

情報セキュリティとは、JISによれば「コンピューターやインターネットを安全に、安心して使うための対策」のことです。これは以下の3つを維持することです。

  1. 情報にアクセスできる人の制限
  2. 情報の欠損の防止
  3. 情報が必要な時に問題なく使える状況
図3 何らかの攻撃を受けた企業 (総務省の「平成30年度情報通信利用動向調査」引用)

図3 何らかの攻撃を受けた企業 (総務省の「平成30年度情報通信利用動向調査」引用)

総務省の「平成30年度情報通信利用動向調査」によれば企業の約半数が何らかの攻撃を受けています。多いのはウイルスメールや標的型メールですが、不正アクセスや情報漏洩、ホームページ改ざんの被害を受けた企業もあります。
 

① 情報セキュリティの7要素

情報セキュリティの要素は以下の7点があります。

  1. 機密性
  2. 完全性
  3. 可用性
  4. 正真性
  5. 責任追及性
  6. 信頼性
  7. 否認防止

 

(1)機密性(Confidentiality)

機密性とは認められた人だけが情報にアクセスし、操作できるようにすることです。このアクセス制限には、

  • コンピューターの操作ができないようにする
  • 情報そのものを見られないようにする
  • 情報を見られても書き換えられないようにする

などがあります。これらが不十分な場合、情報の改ざんや漏洩が発生します。
 

(2)完全性(Integrity)

情報が正確で改ざんや削除などが行われていない状態を指します。完全性の維持には、

  • 情報にアクセスできる人を制限する
  • 情報の閲覧権限と編集権限を使い分ける
  • 情報に行われた操作のログを残す

などが必要です。
 

(3)可用性(Availability)

情報へのアクセスを認められた人が、必要な時に問題なく情報を見たり、操作できることです。Webサイトがダウンしないようなサーバーの管理など、サービスが正しく提供されるための対策です。

この機密性、完全性、可用性は7つの情報セキュリティの中でも最も重要な内容なため、それぞれの頭文字をとって「情報セキュリティのCIA」とも呼ばれています。
 

(4)真正性

情報を使用する人が間違いなく本人であること、情報そのものも偽物ではないことを確かめます。特定の人しかアクセスできないように、情報システムにログインする際はIDとパスワードを入力するようにします。
 

(5)責任追跡性
誰が情報にアクセスしたのか明確にすることです。アクセスログの記録は責任追跡性の維持に効果的です。
 

(6)信頼性

情報に対し行った操作が正しく、正しい結果が返ってくることや、システムに故障がないことなどです。
 

(7)否認防止

情報の製作者が後で否定することで悪意ある改ざんや破壊を行っても責任を逃れることができないようにすることです。文書ファイルにデジタル署名をつけて制作者を明らかにしたり、情報の変更記録のログが残るようにします。
 

② 情報セキュリティへの脅威は?

脅威は人的脅威、技術的脅威、物理的脅威の3点です。

(1)人的脅威

人のミスや悪意のある行動を指します。ミスにはシステムの誤操作などもあります。例として

  • メールの誤送信やサーバー内のデータの削除
  • パソコンやSD・USBメモリーの紛失
  • システムの脆弱性の見落とし

などです。

悪意のある行動は、情報漏洩やデータの改ざんなどです。IDやパスワードなどを不正に聞き出すソーシャルエンジニアリングは悪意のある人的脅威です。
 

(2)技術的脅威

不正なプログラムなど、技術的に生まれる脅威です。例えばコンピューターウイルスなどです。
 

(3)物理的脅威

情報システムやコンピューターに、物理的に発生する脅威を指します。

  • 機材の老朽化
  • 故障、地震・台風などの自然災害や事故による機材破損
  • 機材の意図的な破壊、盗難
  • パソコンやサーバーがある施設への不正侵入

物理的脅威の防止には機材の定期的なメンテナンスや自然災害を想定した環境整備、パソコンのID・パスワードの認証設定などが必要です。
 

③ 具体的な情報セキュリティ対策1 技術的対策

具体的な情報セキュリティ対策のうち、技術的対策を以下に示します。

【ファイアウォール】

インターネットを経由した不正アクセスに対し、ネットワーク階層を守るセキュリティ機器です。許可された機器やIPアドレスの信号のみを通信可能とし、それ以外の機器からの通信を遮断します。さらに攻撃者がネットワークのポートをスキャンして、ネットワーク上の開放ポートを探るのを防止します。

【IDS(不正侵入検知システム)/IPS(不正侵入検知システム) 】

攻撃者の中にはネットワークサーバーの脆弱性を衝いてDos攻撃などを仕掛ける場合があります。これはファイアウォールでは防げないため、IDS/IPSは通信パターンを調べて異常なパターンの通信を排除します。

【WAF(ウェブ・アプリケーション・ファイヤウォール) 】

Dos攻撃のような明らかに異常なパターンの通信に対し、SQLインジェクション攻撃は通信パターンは正常ですが、不適切なコマンドをウェブアプリケーションに送信する攻撃です。そのためIDS/IPSは検知できません。WAFはウェブアプリケーションの送られるデータ検査することでSQLインジェクションやJavaScriptインジェクション攻撃から防御します。

図4 様々な階層での防御方法

図4 様々な階層での防御方法

【ユーザー認証】

IDとパスワードでアクセス制限をかけるのに加えて、メールアドレスや携帯電話番号を使用した二段階認証も行うことで不正アクセスを防ぎます。
 

④ 具体的な情報セキュリティ対策2 物理的対策

物理的脅威に対してアクセス制限をします。許可された人のみがパソコンやサーバーを使えたり、機材のある建物にアクセスでき、他の人はアクセスできないようにします。

【離席ロック機構】

パソコンなどから一定時間離れる場合、自動的にロックがかかるようにします。組織内で運用する場合は、「〇分経ったらスリープ状態になる」など基準を設けます。

【筐体管理】

パソコン自体が管理されてなく紛失してもわからない職場もあります。そこでパソコンそのものにも破壊や盗難の防止策を施します。本体のカバーが開けられたことを通知する警報設置や、ワイヤーから切断されたときにブザーが鳴るケンジントンロックなどがあります。
 

⑤ 具体的な情報セキュリティ対策3 人的対策

従業員に対して情報セキュリティ教育を行います。

情報を扱う人に対する教育として、パソコン、SD・USBメモリーの取り扱い方法や個人情報の扱い方、情報を使用する際のモラル教育を行います。

これらの対策は相互に効果を高める効果があるため、一つだけに注力しても効果は高くありません。そこで技術的対策、物理的対策、技術的対策を組み合わせることが重要です。

図5 対策と機能の組み合わせ

図5 対策と機能の組み合わせ


 
 

事故対応

情報セキュリティ事故(インシデントという)が起きた時、対処方法を決めておかなければ、初動対応を誤り、被害を拡大させてしまいます。事故対応だけでなく、情報セキュリティに関して問題が発生した時の責任者と連絡方法を決めておきます。

図に例を示します。

図6 事故対応の流れ

図6 事故対応の流れ


 

参考) 情報セキュリティに関する認証制度
【ISMSマーク】

国際規格(JIS Q 27002: ISO/IEC 27002)に従ってすべての情報資産がセキュリティの適切な運用ができているか審査し認証が付与されます。認証にはJIS Q 27002: ISO/IEC 27002が定める要求事故に適合し、情報の機密性・完全性・可用性の維持がなされていることが必要です。

【プライバシーマーク】

個人情報の取り扱いが適切な法人や組織に付与されます。ISMSマークと違いプライバシーマークは個人情報のみを対象としています。
 

情報セキュリティ関連の法律 

サイバーセキュリティ基本法

2014年成立し、2015年1月から施行されています。サイバーセキュリティに関する施策を総合的かつ効率的に推進するため、基本理念や国の責務、サイバーセキュリティ戦略をはじめとする施策の基本となる事項を規定したものです。

具体的な戦略は「内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)」や他の法律にゆだねられます。
 

特定電子メール法

短時間のうちに無差別かつ大量に送信される広告や宣伝メールなど、いわゆる「迷惑メール」を規制し、良好なインターネット環境を保つために2002年に施行されました。2008年に法改正が行われ、オプトイン方式の導入や罰則の強化も盛り込まれました。

特定電子メールとは、

「営利を目的とする団体および営業を営む場合における個人」

である送信者が

「自己又は他人の営業につき広告又は宣伝を行うための手段として送信する電子メール」

で、(総務省のガイドラインでは)

「電子メールの内容が営業上のサービス・商品等に関する情報を広告または宣伝しようとするもの」

であれば特定電子メールに該当します。その場合、企業が顧客や見込み客にメールマガジンなどを配信する場合は注意が必要です。この場合、「広告または宣伝」とそれに関するウェブサイトへの誘導の有無で「特定電子メール」に該当するかどうかが決まります。
 

罰則

特定電子メール法に従わず「オプトイン方式」や「送信者の表示義務」を守らず、「送信者情報を偽った電子メールの送信 」や「架空電子メールアドレスあての送信」を行った場合は最高「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」、法人では「行為者を罰する他、法人が3000万円以下の罰金」が科せられます。

オプトイン方式

特定電子メールを送信する際、受信者から事前に同意を得ることです。
一方「オプトアウト」とは、受信者側が特定電子メールを「もう入りませんよ、送らないでください」と受信を拒否することです。オプトアウトの通知が来た場合、送信者は特定電子メールの送信を停止しなければいけません。
 

不正アクセス禁止法

2000年に施行され、サイバー犯罪の深刻化等の事態を受け、2012年に改正された法律です。改正で、フィッシング行為や識別符号(IDやパスワード)の不正取得・不正保管が禁止され、不正アクセス行為に関する法定刑の引き上げが行われました。

不正アクセス禁止法では、不正アクセス行為や不正アクセスを助長する行為、他人の識別符号(IDやパスワード)を不正に取得する行為が禁止されています。
 

個人情報保護法

個人情報とは、生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日、住所、顔写真などにより特定の個人を識別できる情報を指します。

生年月日や電話番号は、それ単体では特定の個人を識別できませんが、氏名と組み合わせると特定の個人を識別でき個人情報に該当します。

要配慮個人情報とは、他人に公開されることで、本人が不当な差別や偏見などの不利益を被らないように取扱いに配慮すべき情報です。例えば、人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪歴、身体障害・知的障害などの障害などが要配慮個人情報に該当します。「要配慮個人情報」の取得は、本人の同意が必要です。

氏名だけでも個人情報に該当します。企業が個人情報を取得する場合は、あらかじめ利用目的を公表(ホームページ等)する、あるいは取得後速やかに利用目的を本人に通知、又は公表する必要があります。また、取得後利用目的を変更する場合は、本人の同意が必要です。
 

個人データとは、個人情報を検索可能なように分類、整理したものを指します。

顧客が記入したアンケートは個人情報であっても個人データではありません。アンケートを表に整理し、エクセルに入力して顧客を検索できるようにしたものは個人データになります。

個人情報は安全管理の義務は生じませんが、個人データは安全管理が必要です。

安全管理の措置は、個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」の「8(別添)講ずべき安全管理措置の内容」に具体的に示されています。

ただし中小事業業者(従業員100人以下)ではそこまでの、そこまでの措置は困難なことから必要な最低限の措置が示されています。
 

個人情報保護法の概要
① 組織的安全管理
  • 組織体制の整備
  • 個人データの取扱いに係る規律に従った運用
  • 個人データの取扱状況を確認する手段の整備
  • 漏えい等の事案に対応する体制の整備
  • 取扱状況の把握及び安全管理措置の見直し

中小規模事業者の場合、個人データを取り扱う社員が複数いる場合は責任者を決めておきます。個人情報保護法に従って社内で定めたルールに従い個人データを取り扱っているか、責任者が確認します。

また、情報漏えい等が発生したときの連絡体制を決めておきます。個人データの取り扱いについて、責任者は年に1回は点検し、必要に応じて見直します。
 

人的安全管理措置

従業者に個人データの適正な取扱いを周知徹底するとともに適切な教育を行わなければなりません。具体的には以下の2点です。

  • 個人データの取り扱いの留意事項について、従業者に定期的な研修等を行う
  • 個人データの秘密保持に関する項目(懲戒等)を就業規則等に盛り込む

図7 機密情報の人的リスク

図7 機密情報の人的リスク


 

③ 物理的安全管理措置

物理的安全管理措置として、次に掲げる措置が必要です。

  • 個人データを取り扱う区域の管理
  • 機器及び電子媒体等の盗難等の防止
  • 電子媒体等を持ち運ぶ場合の漏えい等の防止
  • 個人データの削除及び機器、電子媒体等の廃棄

 

中小規模事業者が個人データを記録したパソコンやUSBメモリ、個人データが記載された書類などを管理する場合、少なくとも次の対応を行います。

  • 個人データを取り扱う従業者以外の者が、のぞき見などをできないようする
  • 施錠できるところに保管し、盗難されないようにする
  • 持ち運ぶときは、パスワードを設定する
  • すぐに情報が漏えいしないように封筒に入れた上で鞄に入れたりする
  • 廃棄するときは、廃棄したことを責任者が確認する

 

④ 技術的安全管理措置

これは前述の情報セキュリティと重複する部分が多くあり、以下の安全管理措置対策が必要です。

  • アクセス制御
  • アクセス者の識別と認証
  • 外部からの不正アクセス等の防止
  • 情報システムの使用に伴う漏えい等の防止

 

中小規模事業者は技術的安全管理措置として、少なくとも次の対応が必要です。

  • 個人データを取り扱うパソコンと、それを使える従業者を決めておく
  • 個人データを扱うパソコンには、ID・パスワードの認証を設定しておく(ID・パスワードの共有はしない)
  • OSは常に最新にしておく
  • セキュリティ対策ソフトなどを導入する
  • メールで個人データの含まれるファイルを送信するときは、そのファイルにパスワードを設定する

図8 個人情報の種類と管理方法

図8 個人情報の種類と管理方法


 

不正競争防止法

営業秘密は、企業が持つ秘密情報の中で、「不正競争防止法」により保護の対象となる秘密情報を指します。社員が営業秘密を持ち出した場合、民事上・刑事上の措置をとることが可能です。
 

① 営業秘密の3要件
1.秘密管理性

秘密管理性とは、情報を秘密として管理されていること。適切に管理されていなければ保護の対象となりません。

2.有用性

事業活動における製品やサービスの生産・販売・研究開発などに役立つ、事業者にとって有用な情報であること。

3.非公知性

非公知性とは、公然と知られていないこと。一般的に入手することができない状態にあること。
 

② 企業に必要な営業秘密の管理

紙やデータディスクは「秘」「社外秘」「Confidential」などの記載をし、秘密とすべき情報であることを表示します。情報を使用する者について制限を行ったり、使用に際して一定の承認行為を設けます。

該当する紙や媒体を、鍵がかけられる棚などの収納設備に収納し、鍵を管理する取扱責任者を置きます。
 

③ 「営業秘密」を漏えいさせた者への罰則

10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金が科せられます。
 

④ 営業秘密の漏えいの原因は「人」

原因の多くは「人」です。従業員、退職者、取引先や共同研究している関係企業、それ以外の第三者などが含まれます。
過去の事例では顧客情報がもっとも多く、次いで設計図や製造装置の情報が多いです。これらの漏えいの多くは人を介して行われていました。

原因が従業員の場合、管理ミスによる事故と悪質な行為の2つがあります。管理ミスによる事故で多いのは、営業秘密が記載されたメールの誤送信、営業秘密が入ったバッグの置き忘れなどです。

悪質な行為としては、高額な報酬との引き換え、転職先への営業秘密の持ち出しなどが挙げられます。
 

⑤ 営業秘密の漏えい防止と管理方法

IT化による情報の取り扱い手法の変化や業務の外部委託化、雇用の流動化などのため情報漏えい事故は後を絶ちません。営業秘密の漏えいを招かないためには、状況に応じて適切な管理を行う必要があります。

1.物理的管理
  • 生体認証による出入管理

部外者の侵入による営業秘密の流出を防ぐため、出入管理が必要です。社員証の場合、紛失やなりすましの恐れもあるため、生体認証の方がより効果的です。

  • 防犯カメラの設置

内部者による情報漏えいの犯行を防ぐには、防犯カメラの設置も効果的です。営業秘密を保管している場所に防犯カメラを設置し、常時監視していることを周知するとともに、万が一漏えいが発覚した場合にすぐ状況を確認できる環境を作りましょう。

図9 防犯カメラの設置は効果的

図9 防犯カメラの設置は効果的


 

  • 機密文書集荷、廃棄処理

機密文書を廃棄する際は、内容の流出を避けるため、機密文書専門の廃棄処理サービスを活用します。
 

2.技術的管理

パソコンやモバイル機器、記憶媒体などのIT資産を適正に管理することは、意外に大変です。具体的には、パソコンやモバイル端末から、それらにインストールされたソフトウェアなどのバージョン・ライセンスに関する情報を一元管理できることが理想的です。

3.組織的管理

営業秘密を適切に管理するためには、以下の5つの措置が必要です。

  • 組織体制を整えること
  • 規程とその運用を整備すること
  • 情報の取扱状況を把握できる手段を整えること
  • 安全管理の見直しや改善
  • 事故や違反への対処

これらの項目の実施により、「組織的安全管理措置」を行うことができます。

4.人的管理

従業員が適切に情報を取扱い保護できるために、機密保持契約を結んだり、社内規程などについて教育や訓練を行ったりすることを「人的管理」と言います。
 

アメリカのトレード・シークレット法

アメリカも同様に企業や個人が不正な手段で企業秘密を取得したり、漏洩することを禁じています。現在は統一トレード・シークレット法として各州が州法として採用することを勧告し、現在41の州が採用しています。

この中でトレード・シークレットは以下のように定義されています。

製法、様式、修正、プログラム、考案、方法またはプロセスなどの情報で

  • 一般には知られていない
  • 現実的または潜在的な経済価値を有している
  • 秘密性を保持するために合理的な努力がなされているもの

またトレード・シークレットに対する侵害行為として

  • 当該トレード・シークレットが不正手段(窃盗、買収、詐欺、守秘義務違反、その他教唆、電子的手段やその他のスパイ行為など)によって取得されたことを知っている者が、そのトレード・シークレットを取得・使用・開示する行為

が定められています。
 

事例 Apple

Appleが、企業秘密を盗んだとして自社の自動運転車チームの元メンバーを刑事告訴しました。Appleの訴えにより、元社員のXiaolang Zhang被告が中国への逃亡を図ろうとしたところ、2018年7月7日にサンノゼ空港で逮捕されました。

Appleの知的財産の窃取に関して米連邦捜査局(以下、FBI)の事情聴取を受け、同氏は罪を認めています。Zhang氏は2015年からAppleで働き、同社の自動運転車プロジェクトで、センサデータを分析する回路基板の設計とテストを担当しました。

2018年4月に休暇を取得して中国に戻り、その後職場に戻り、Appleを退職してXMotors(小鵬汽車)という中国の自動運転車のスタートアップに転職すると上司に告げました。

その際に上司が疑念を持ち、AppleのNew Product Security Teamに連絡したところから、不正行為が明らかになりました。
 

米国における営業秘密等の保護

連邦経済スパイ法 EEA(Economic Espionage Act of 1996)

1980年代初頭のIBM ソフトウェアの窃盗事件の発生、その後の米ソ冷戦構造で軍事技術情報をめぐるスパイ事件の増加という背景と、民事規制では十分ではないという観点から、営業秘密の不正取得等に関して制定された連邦法です。

EEAは、以下の2つの犯罪を禁止しています。

◆外国政府に便益を与えるための経済スパイ:合衆国法典第18巻(EEA)第1831条

本条は、所有者の許可なく営業秘密を取得もしくは他人に譲渡し、又は、その他の方法で所有者から営業秘密を奪うことを禁止しています。

◆営業秘密の不正取得・不正開示: 合衆国法典第18巻(EEA)第1832条

本条は、営業秘密の窃取、獲得、破壊又は伝達に関する同様の行為を禁止していますが、外国主体の便宜に関する規定の代わりに、所有者以外の者の便益のために営業秘密を不正取得するという被告人の意図を要件としています。
 

注意が必要なのは未遂及び共謀でも同じ罰則が科せられることです。

またFBIは不正取得の疑いがあれば、覆面捜査も行います。例えば捜査員が、営業秘密に興味があるふりをして近づいたりします。営業秘密を所有する企業が調査を手助けすることも多いです。海外企業と事業提携を行う場合、提携企業がライバル企業の営業秘密を不正に取得すれば、自社もアメリカでの刑事事件に巻き込まれる恐れがあります。
 

参考文献

「ハッカーズ」ケビン・ミトニック、ウィリアム・サイモン 著 インプレスジャパン
「欺術」ケビン・ミトニック、ウィリアム・サイモン 著 ソフトバンク・パブリッシング
「実務に役立つ改正個人情報保護法速攻対応」 (株)シーピーデザインコンサルティング著 学研
「機密情報の保護と情報セキュリティ」畠中伸敏 著 日科技連
「社長のための情報セキュリティ」日経BPコンサルティング情報セキュリティ研究会 著 日経BPコンサルティング
「サイバー攻撃からあなたの会社を守る方法」藤原礼征 著 中経出版
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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粉飾決算と経営破綻 その2~本業を補完する事業があだに~ https://ilink-corp.co.jp/9104.html https://ilink-corp.co.jp/9104.html#respond Mon, 20 Nov 2023 02:34:14 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=9104 No related posts. ]]> 粉飾決算と経営破綻 その1~激変する経営環境の変化と業績への圧力~」では、中小企業の粉飾決算や粉飾決算が経営破綻を招いた事例としてカネボウを紹介しました。

カネボウもそうですが、1社で様々な事業を行うコングロマリットは、多くの事業があり子会社も多いため、それぞれの事業の収益性が見えにくくなります。

いくつかの事業が悪化してもわからず、気が付けばどうにもならない状況に陥ってしまいます。

これが起きたのが三洋電機でした。
 

三洋電機の経営破綻

 
2011年三洋電機はパナソニックの完全子会社になりました。売上高1兆4千億円(2008年)、グループ10万人の巨大企業が消滅しました。

なぜこのようなことになったのでしょうか。
 

三洋電機の創立

 

三洋電機の創業者 井植歳男氏は、14歳で姉の夫 松下幸之助氏の会社に入りました。依頼30年に渡って創業期の松下電器を支えてきました。

しかし戦後、GHQの公職追放を受けて松下電器を退社することになりました。個人で50万円(現在の2億円)の借り入れをしていた井植氏は、住友銀行の頭取 鈴木剛氏に「一生働いて返す」と頭を下げに行きました。

住友銀行の鈴木氏は「だったらこれで事業を興してはどうか」と350万円(現在の14億円)を融資しました。そして松下幸之助氏も自転車用ランプの事業を井植氏に譲渡し、さらに400万円の手形を裏書きしました。

ここから始まった三洋電機は、数々のユニークな製品で成長し、松下電器、日立、東芝と並ぶ家電企業の一角を占めました。

一方、三洋電機にファミリー企業という特徴もありました。
 

創業家一族と銀行

 
創業時の経緯から三洋電機は住友銀行と深いつながりを保ち、経営者は歳男から弟の拓郎、薫と井植家のファミリーによって経営されました。

このような創業家が経営者の企業は、銀行にとっては優良顧客でした。創業家が保有する株を担保に多額の融資ができたからです。

それは株価が高い時だけでした。株価が下がれば、銀行は態度を変えました。
 

3つだけなら優良企業

 
家電メーカーとしては松下電器の後塵を拝していた三洋電機ですが、業務用の大型空調機器は日立と並んで双璧を成していました。独自のコンプレッサー技術を強みにドーム球場など大規模な建物では高いシェアがありました。

図1 ドーム球場イメージ

図1 ドーム球場イメージ


 

さらに半導体が発明された10年後の1957年に、すでに半導体技術研究所を設立しました。その結果、同社のブラウン管制御用バイポーラ半導体は世界シェア1位でした。

ハイブリッド車にも使用されているニッケル水素電池は、1990年に松下電池工業と三洋電機がそれぞれ独自に開発しました。2005年には家庭用ニッケル水素電池「エネループ」を発売し大ヒットしました。

このように三洋電機は、電池、電子部品、業務用システムの3つなら優良会社と言われていました。

一方、1980年以降は、三洋電機にとって苦難の時代でした。
 

振るわない業績

 
1986年歳男の長男 敏が社長になり1992年までの6年間社長を務めました。

この6年間は、石油ファンヒーター死亡事故、東京三洋電機との合併など、三洋電機にとって苦難の時代でした。

しかも当時は総会屋が全盛の時代でした。業績が芳しくない同社は株主総会では社長の敏が総会屋から罵声を浴びることもありました。利益を創出するため期末に子会社へ押込み販売するのも常態化していました。
 

なにわのジャックウェルチ

 
1992年井植敏氏は60歳で高野泰明氏に社長を交代し、会長へと退きました。高野氏は赤字体質の三洋電機の変革に取り組み、三洋電機はようやく黒字化しました。

社長を高野氏と交代する際、敏氏は三洋電機本体の経営には口を出さないという約束を高野氏と交わしていました。

しかしまだ60歳の敏氏は、会長に退いたといえ事業意欲はあったため、子会社、中でも三洋クレジットの経営に力を入れました。三洋クレジットは商店や飲食店など銀行からの十分な融資を受けられないリスクの高い貸出先に積極的に融資し高い利益を上げました。

2000年代に入ると松下電器、日立など大手電機メーカーが巨額の赤字に陥る中、三洋電機は三洋クレジットのおかげもあって黒字を維持しました。この敏氏の経営手腕にマスコミは、三洋クレジットを「なにわのGEキャピタル」、敏氏を「なにわのジャックウェルチ」と持ち上げました。
 

一方金融業で利益を稼いだことが、本業の改革を先送りしてしまいました。これはゲーム機(プレイステーション)、保険(ソニー生命)が利益を上げていたソニーも同様でした。

さらに敏氏は、将来子供の雅敏氏を社長にする布石として、1998年に敏氏の意向を組む近藤定男氏を社長をしました。その結果高野氏の改革は中途で挫折しました。

雅敏氏は2005年に社長に就任し、元ジャーナリストの野中ともよ氏を取締役に迎えて、財務担当役員の古瀬氏と雅敏氏、野中氏の3人体制で経営にあたりました。

ところが2004年に入ると、それまでうまくいっていた事業が変調をきたします。
 

狂いだす歯車

 
2000年初頭まで好調だった携帯電話、デジカメ市場が2004年突然不調に転じました。電池も利益が減少し、電子部品のCCDデバイスも不振に陥りました。

図2 携帯電話市場は不振に…

図2 携帯電話市場は不振に…

本業が変調をきたすと、今度は三洋クレジットの高リスクの融資の焦げ付きが目立つようになりました。

さらにバブル期に住友銀行が入れ込んで不良債権化した木ノ本開発プロジェクトを敏氏が引き取り、三洋紀洋開発を立ち上げました。この開発は思うように進まず不良債権になりつつありました。ところが土地や設備は簿価のまま計上されていました。
 

その傍らで三洋電機は成長への投資は惜しみませんでした。2000年に鳥取三洋に910億円で大型液晶パネル生産設備へ投資しました。さらに新潟三洋の半導体に230億円、コダックとの有機ELの合弁会社に510億円を投資しました。

ところがこれらの投資は大きな収益を生みませんでした。

こうしていくつもの事業が変調をきたし、コングロマリット全体の経営に暗い影が差していました。

そこに起きたのが地震でした。
 

新潟県中越沖地震と監査法人の姿勢

 
2004年10月新潟県中越沖地震が発生、新潟三洋電子の半導体設備は壊滅的な打撃を受けました。

その後、現場の不休の努力により、わずか2か月で奇跡的に再開にこぎつけました。ところがこの2か月の間に競合に市場を奪われてしまいました。再開後も顧客は戻りませんでした。新潟三洋電子は2005年上期に100億円の赤字を計上しました。

さらに同社の監査法人 中央青山監査法人は、担当したカネボウの粉飾決算の責任を金融庁から厳しく追及されていました。

その結果、2004年の三洋電機の決算に対する中央青山監査法人の姿勢は非常に厳しいものでした。中央青山監査法人は、繰延税金資産の取崩し、在庫評価の見直し、不稼働資産の減損処理に問題があるとして、2004年5月決算報告書の修正を求めました。

監査法人の姿勢の変化もあり三洋電機のバランスシートは急速に悪化しました。

もう事業を切り売りして新たに資金を調達しないと、債務超過は免れない状況になっていました。ところがそう認識していなかった人もいました。
 

身売りしかない

 
同社の有利子負債1兆3千億円、最終損益は1,538億円の赤字になりました。メインバンクの三井住友銀行は、三洋クレジットを売却し身軽になることを要求、、三洋クレジットの三井物産への売却が進められました。

ところがこれに敏氏が難色を示しました。さらに取締役の野中氏がこの売却をマスコミにリークしてしまったことで、三井物産はこの売却に不信感を持ったため、結局、売却が成立しませんでした。(最終的に2007年にゴールドマンサックスに300億円で売却) 
残念ながら、敏氏には三洋電機が危機的な状況という認識がありませんでした。

しかし2006年3月期には自己資本は800億円まで減少し、増資は避けられませんでした。やむを得ず第3者割当増資3,000億円、1株70円で43億株を公募しましたが、当時の株価は304円、市価の1/4での公募は既存株主の激しい怒りを買いました。

こうなった場合、できれば一度倒産して債務を整理して再出発した方がよかったなかもしれません。それができなかったのは大きすぎる規模でした。
 

大きすぎてつぶせない

 
2005年11月に、三洋電機の再建のため三井住友銀行から前田孝一氏が副社長として送り込まれました。

当時の日本は金融機関の不良債権処理がようやく終わったばかりでした。

三洋電機は取引先に5,000億円の売掛金がありました。もし三洋電機が破綻すれば取引先の連鎖倒産が起き、信用不安が再燃しかねない状況でした。

民事再生法も会社更生法も実質的に不可能で、増資しか手段はありませんでした。

最終的に、パナソニックが三洋電機を吸収合併し、三洋電機は解体されました。
 

収益マシンが経営判断を遅らせた

 
三洋電機のようなコングロマリットは、本当の姿は単年度の決算では分かりません。在庫評価、減損会計で数字はいくらでも変わるからです。順調に見えてもある日突然経営破綻していたということもあり得ます。

三井住友銀行傘下の再建会社 大和PIが試算したところ、過去10年間は1538億円の赤字でした。つまりBSを痛めてPLを粉飾していたのです。

1996年には半導体の在庫は2年間で500億円も増加しました。当時は儲かっていたので半導体部門としては在庫と借入金を減らしたかったのですが、本社からの「利益を出せ」という声に抗うことができませんでした。
 

今から見れば、デジカメや携帯電話などデジタル製品は、事業の見極めとすばやい損切が不可欠な事業です。個々の事業を見極め体力のあるうちにに不振になった事業から撤退し、収益の柱である電池、電子部品、空調事業に事業を集約すれば存続できたのもしれません。そうした経営判断を誤らせたのは、三洋クレジットという収益マシンがあったためでした。

これはGEクレジットという収益マシンを生んだジャック・ウェルチのGEも同じだったのです。
 

GEの盛衰

 

ニュートロン・ジャック

GE(ジェネラル・エレクトリック)を成長軌道に乗せたCEOのジャック・ウェルチ氏は、その手腕から伝説の経営者と呼ばれています。

図3 ジャック・ウェルチ氏(Wikipediaより)

図3 ジャック・ウェルチ氏(Wikipediaより)

在任中、1980年から2000年の20年間に売上は5倍、株価は40倍になり、名経営者の名声をほしいままにしました。

官僚主義に陥り停滞していたGEに「1位か2位以外の事業はすべて切る」と従業員の1/4にあたる10万人をリストラ、いつの間にかフロアー全員が消えていたことから「ニュートロン(中性子爆弾)ジャック」と呼ばれました。

業績の振るわない下位10%の社員は解雇され、昇進するかクビになるか(ランク・アンド・ヤンク) という厳しい体制を敷き、その一方20年間で1,000件のM&Aを実施して会社を成長軌道に乗せました。

その中でGEキャピタルをGEの成長エンジンに育て、GE全体の利益の半分を稼ぎ出しました。しかし退任間際、彼が力を入れたハネウェルの買収は失敗に終わりました。そして後任のジェフ・イメルト氏にバトンを渡しました。

しかしGEキャピタルは

自ら利益を作り出す収益マシン

だったのです。
 

GEキャピタルという収益マシン

 
GEキャピタルとは航空機や航空機のエンジンを航空会社にリースするリース会社で、リース会社の規模は世界一でした。その後、不動産など様々な案件に投資するノンバンクに発展しました。投資額の規模はピーク時には全米で7位の銀行に相当しました。
 

GEキャピタルが利益を生む仕組みは以下のようなものでした。

まず、GEから独立した特別目的会社エジソン・コンデュイットがコマーシャルペーパー(CP 短期債券)を発行します。このCPはGEが保証するため、トリプルAの高い格付けでした。

エジソン・コンデュイットはCPで調達した資金で、GEキャピタルから資産を簿価よりも高い金額で購入します。こうしてGEキャピタルは利益を計上します。もし利益が多すぎる場合は将来のリストラ費用を計上し利益を圧縮しました。そうすれば翌年以降必要に応じて利益を引き出すことができました。

この仕組みはGEで「ハニーポット」と呼ばれました。つまり外部から借りてきたお金で自社の売上を増やす仕組みだったのです。しかしCPはいずれ返済しなければなりません。利益を出し続けるにはCPによる資金調達を増やし続けなけるしかないのです。

もうひとつの大きな収益はM&Aです。安く買った会社をリストラして収益力を高め、キャッシュを生むマシンにしました。

ところが順調だったGEキャピタルという収益マシンにブレーキをかけたのは、意外な方向からやってきた事件でした。
 

同時多発テロ

 
ジェフ・イメルト氏がCEOに就任した2000年以降、GEの成長戦略にふたつの大きな壁が立ちはだかりました。

ひとつは2001年の同時多発テロです。航空輸送の市場が大幅に縮小と航空不況に陥ったことで航空機エンジンの受注が減少しました。

もうひとつは2000年のエンロンの破綻です。この事件から企業会計に対する信頼が損なわれました。これに対処するためサーベンス・オクスリー法 (SOX法)クリックするとページ下部の説明へ移動が制定されました。SOX法には財務諸表の信頼性を高めるために財務報告プロセスの厳格化が盛り込まれました。

このSOX法にこれまでGEが行っていたことが一部抵触しました。GEキャピタルが市場から資金を調達して自社の資産を購入して利益を生み出す仕組みが変調をきたしはじめました。SOX法はGEにとって同時多発テロよりも大きな影響があったのです。

こうしたことが重なって2002年秋には中核事業の大半で売上と利益が減少しました。イメルトは電子商取引部門を3憶ドル売却しなければなりませんでした。

CPという収益マシンが変調をきたしたGEキャピタルは、他の大手銀行と同様に収益性の高いサブプライムローンにのめり込んでいきました。

一方イメルトには清算しなければならないウェルチの負の遺産がありました。
 

保険事業の清算

 
ウェルチ氏の残した負の遺産が保険事業でした。中でも保険会社が保険を支払う場合に備えた保険(再保険)は、制度設計が甘かったため、94億ドルもの責任準備金を積まなければなりませんでした。

イメルトは一連の保険事業を2004年から2006年にかけて売却しました。ただし売却をスムーズに進めるため、最も収益性の低い介護保険の再保険だけはGEに残しました。これがのちに火種となってしまいます。

さらに大きな外部環境の変化がGEに襲いかかります。リーマンショックです。

図4 リーマンショック

図4 リーマンショック


 

サブプライムローンから資金難に

 
好調だったサブプライムローンは2008年に破綻しリーマンショックが起きました。2008年にはGEキャピタルは住宅ローンに急ブレーキかけましたが、それでも10億ドルの損失が発生しました。

より大きな痛手はリーマンショックによりCP市場が消失してしまったことです。市場から資金を調達できなくなり、たまらずに投資家のウォーレン・バフェット氏の投資を受けました。

これはとても高いものにつきました。122億ドルの資金を調達(株を購入)するために、1株22.5ドルという市場価格よりも大幅に安い価格で55万株をバフェットに売らなければならなかったからです。
 

その一方、GEは苦労して調達した資金を次の成長のための投資に使わず、自社株買いに充てました。株価を維持するためです。

それでも株価の下落は止まらず、2001年に38ドルだった株価は、2009年には12ドルと1/3以下になりました。2009年2月には2000年から継続していた31セントの配当も10セントに減配しました。その結果、GEの格付けは引き下げられました。

またリーマンショックでリスクマネーにのめり込んだ金融機関に対する批判が強まりました。これを規制するために政府は金融機関に対する監視を強め、その中に全米7位の規模の銀行になるGEキャピタルも含まれました。
 

SECの監視

1920年代の世界大恐慌の教訓からアメリカでは銀行の証券取引に対して様々な規制がかけられていました。しかし1980年代以降規制は徐々に緩和され、その結果大手銀行はサブプライムローンなどリスクの高い投資にのめり込みリーマンショックが起きました。

そこで銀行に対しリスクの高い融資を規制するドッド・フランク法 (クリックするとページ下部に移動)が2010年に制定されました。そうなるとリスクの高いビジネスに巨額の融資を行うGEキャピタルにも政府から注目されました。そして証券取引委員会(SEC)のメンバーがGEに2年半常駐し、不正の調査を行いました。
 

新たな収益エンジン

 
CPによる資金調達が封じられたGEキャピタルは、もうGEの収益エンジンにはならなくなりました。新たな収益エンジンとしてイメルト氏は3つの取組を行いました。

一つ目の取組は、航空機エンジンに多数のセンサーを付けたインダストリアルネットワークとビッグデータ分析を行う「プレディクス」を成長させ、2020年までにトップ10に入るソフトウェア企業を目指すものでした。

二つ目は、油田開発会社、掘削機器、ポンプ、油田設備のメーカーを次々に買収し、GEオイル&ガスを石油コングロマリットに育て、GEの売上の1/4にまで引き上げることでした。

三つ目の取組として、苦境に陥ったフランスのタービン、鉄道のコングロマリット アルストムの買収です。
 

新たな収益エンジンの苦境

 
右から左へお金を動かせば利益が出る金融と異なり、実際の事業は思うようにいきませんでした。

プレディクスは航空機以外に発電所など様々なシステムとつなごうとしたため複雑化し、いつまでたっても未完成の状態のアプリでした。何より顧客から見て「何を売ろうとしているのかわからない製品」だったため、売上は伸び悩みました。

石油コングロマリットを目指したGEオイル&ガスでしたが、原油価格が当初見込んでいた1バーレル100ドルから50ドルに下落したため収益性が大きく低下しました。またコストが下がった太陽光や風力発電との競争にもさらされました。

アルストムの買収は、買収されればリストラによってフランスの雇用が大幅に減ることを恐れたフランス政府の猛反対に遭い、買収までに時間がかかってしまいました。

こうして株価の下落、成長の停滞が起きると、株主の発言力が強くなります。

図5 発言力が強くなる

図5 発言力が強くなる


 

イメルト解任

 
業績の低迷と株価の下落から、GEは取締役会にファンド(トライアン・ファンド・マネジメント)から取締役を受け入れざるを得なくなりました。ファンドから来た取締役はアクティビスト(もの言う株主)として、2017年には業績低迷を理由にジェフ・イメルト氏の解任を求めました。取締役会はジェフ・イメルト氏を解任し、後任にジョン・フラナリー氏を指名しました。

なぜこうなってしまったのでしょうか?
 

原因

 
すでにウェルチの頃から、GE内部では数字が目的化し、事業での実態が正しく数字に反映されなくなっていたのです。
 

利益を決めてから数字をつくる

 
ランク&ヤンクという評価の厳しい中、各事業部のトップにとって「目標数字の未達」とは、自らのキャリアの終わりを意味していました。期末の報告は、最初に利益を決めておき、その利益になるように他の数字は後から調整していました。

例えばジェットエンジンの場合、エンジンの販売自体は赤字です。しかし1度エンジンが売れれば交換部品の注文が継続的に入ります。しかも交換部品は高い利益率でした。そこでエンジンが売れると、将来発生する利益率の高い部品の販売と今期のエンジンの販売と抱き合わせて今期の利益を計算しました。

発電所のタービンを製造するGEパワーでは、5年以内に入金される見込みの売上を債権としてGEキャピタルに売却し、今期の利益をつくりました。
 

GEの好業績の実態は、このように今日の現金を手に入れるために明日の現金を売る「繰延収益化」が常態化していたのです。これはGE内部では「麻薬(ドラッグ)」と呼ばれました。

追い打ちをかけるように新型コロナウイルスで航空業界は大打撃を受けました。加えてボーイング737MAX 2機が墜落事故を起こし、ボーイングは737MAXの生産を停止しました。その一方でコロナによりGE内部のリストラが加速しました。そして25億ドルのキャッシュを手にすることができました。

このように数字をつくることに専念すれば、会計処理は不適切なものにならざるを得ません。
 

指摘された数々の不適切な会計処理

 
2020年9月SECの調査が終了し、GEの会計処理に多くの問題が指摘され、改善命令が出されました。

GEは基本的には製造業で、これはものを作って付加価値を生むことです。しかし、それが思うように利益を上げられなくなった時、それでも数字を出さなければならないという立場に追い込まれれば「数字は作られる」ことになります。

それにより事業の問題は見えなくなり、本来行うべき事業の立て直しが遅れてしまいます。

また製造業でキャリアを積んできたウェルチ氏やイメルト氏は、複雑な金融業がどこまでわかっていたのでしょうか。

三洋電機、GEの事例を見ると、コングロマリットの成長を持続することは難しく、そこに粉飾の誘惑があるのかもしれません。
 

参考文献

「三洋電機井植敏の告白」大西康之 著 日経ビジネス
「GE帝国の盛衰史」 トーマス・グリタ、テッド・マン 著 ダイヤモンド社
 

参考資料

サーベンス・オクスリー法

上場企業会計改革および投資家保護法(サーベンス・オクスリー法、別名SOX法)はエンロン事件やワールドコム事件で問題になった粉飾決算に対し、企業会計・財務諸表の信頼性を向上させるために制定され、2002年7月に成立しました。
 

【概要】
投資家保護のための財務報告の厳格化、会計監査の独立性の強化、コーポレート・ガバナンス(企業統治)改革、情報開示の強化、説明責任などが盛り込まれ、1933年の連邦証券法、1934年の連邦証券取引法の以来の金融ビジネスの最も大きな変更となりました。

経営者に対し年次報告書が適正である旨の宣誓書提出の義務(302条)、財務報告に係る内部統制報告書の義務づけ、公認会計士による内部統制監査の義務づけ(404条)などがあります。一方、条文の文言が曖昧で、解釈による違いが大きいこと、内部統制のため企業は多大なコストが生じる問題があります。
 

ここで内部統制は3つの目的と5つの構成からなります。

3つの目的

  1. 業務の有効性と効率性
  2. 財務報告の信頼性
  3. 関連法規の遵守

 

5つの構成要素

  1. 統制環境
  2. リスク評価
  3. 統制活動
  4. 情報と伝達
  5. 監視活動

 

この内部統制によって財務状況・経営成績が適正であることを示すには、基礎となる各データ(売上に関する項目であれば商品、数量、納品日など)が全て適正でなければなりません。

これらは複数の業務部門にも関わるため、経理部門以外に内部統制整備の影響を広い範囲で受けます。そのためまず内部統制の内容、その有効性の検証方法・結果、問題があった場合の対応などを明確化・文書化しなければなりません。

ERPなどの情報システム、システムの開発・保守・運用といった業務プロセス、外部への委託方法なども含まれるため、各企業が非常な労力を費やしました。

日本も2006年に財務報告の適正性を確保するために上場企業に対して内部統制の構築を義務づける「日本版SOX法」(通称)を含む、「金融商品取引法」が2006年に成立し、2008年から適用されました。
 

ドッド・フランク法

ドッド・フランク法(正式名:ドッド・フランク・ウォールストリート改革および消費者保護法)は、米国の銀行システムの事実上すべての側面に抜本的な改革を行った米国連邦法で2010年7月21日に制定されました。

この法律にはリーマンショックの原因となった虐待的な銀行業務を防ぐため、銀行、ウォールストリート、保険会社、信用格付け機関の規制強化などが含まれ、他にも消費者保護の強化や内部告発者の補償が含まれます。

しかし2018年5月にトランプ大統領は、米国最大の銀行を除くすべての銀行をドッド・フランク法の規制の多くから免除する法案に署名しました。
 

【概要】
ドッド・フランク法には、16の改革分野が含まれます。その特徴を挙げると以下のようなものがあります。

  • 金融安定監視委員会(FSOC)を設立し、銀行業界全体のリスクの高い慣行を監視する
  • FSOCは「大きすぎて潰せない」銀行を解散するよう命じることができ、FSOCはSECを通じてヘッジファンドのようなリスクの高いノンバンク金融機関を規制できる
  • 銀行がヘッジファンド、プライベート・エクイティ・ファンド、またはその他のリスクの高い株式取引業務に関与することを禁じるボルカールールを制定する
  • 銀行は、必要に応じて取引は限定的なものに規制できる
  • ボルカールールにより政府がクレジットデフォルトスワップなどリスクの高いデリバティブの規制が可能になる
  • すべてのヘッジファンドはSECに登録が必要になる
  • サブプライム住宅ローン危機につながったヘッジファンドによるデリバティブ取引を規制できる
  • ムーディーズやスタンダード&プアーズなどの債券格付け機関が住宅ローン担保証券とそのデリバティブを過大評価したこともリーマンショックの一因とし、SECの下に信用格付け局を設立した
  • 債券格付け機関を監視し、必要があれば認証を取り消すことが可能になった
  • 銀行による「悪意のあるビジネス」から消費者を保護するため、消費者金融保護局(CFPB)を設立し、消費者に害を及ぼす取引を防止、また銀行は消費者に住宅ローンやクレジットスコアをわかりやすく説明することを要求した
  • 信用調査機関として、クレジットカードや消費者ローンを監督
  • サーベンス・オクスリー法の内部告発者プログラムを強化した
  • 金融業界内のどこかで詐欺または虐待行為を報告する人は、訴訟和解または裁判所の判決からの収益の10%から30%を受け取る権利を認めた

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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]]>
https://ilink-corp.co.jp/9104.html/feed 0
粉飾決算と経営破綻 その1~激変する経営環境の変化と業績への圧力~ https://ilink-corp.co.jp/9097.html https://ilink-corp.co.jp/9097.html#respond Mon, 20 Nov 2023 02:26:22 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=9097 No related posts. ]]> 粉飾決算とは、会社の経営を実際より良く見せるために利益を過大に計上することです。

逆に利益を過少に見せようとするのは逆粉飾といいます。

なぜ粉飾決算を行うのでしょうか?

その動機は、金融機関から借入を継続するため、配当や株価の維持するため、さらに経営者自身の地位を保つため、など様々です。

これまで粉飾決算の多くは経営者によるものでした。しかし最近は経営者から厳しい利益目標を要求され役員や管理職が粉飾を行うケースも増えてきました。
 

代表的な粉飾決算は

    売上げの過大・架空計上

  • 費用の過少計上
  • 預金や商品などの過大計上
  • 借入金の過少計上

などです。

こうした粉飾決算は取引先や子会社の協力を得て行うことが多く、連結していない子会社や特定目的会社(SPC)が利用されます。

こうした粉飾を防ぐため、上場会社は公認会計士・監査法人の監査が強制されています。

もし粉飾決算を行った場合、経営者は金融商品取引法違反として10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金が科せられます。会社も7億円以下の罰金と課徴金を納めなければいけません。
 

なぜ粉飾決算をするのか?

このような厳しい罰則があるにも関わらず、なぜ経営者は粉飾決算をするのでしょうか?

経営者は誰に向けて粉飾決算をするのでしょうか?

この場合、企業の利害関係者が誰かということが大きく影響します。
 

利害関係者

企業の利害関係者(ステークホルダー)とは、「企業の活動に対して、直接的・間接的な利害関係を有するグループまたは個人」のことです。

主なステークホルダーは以下の8つです。
■ 株主:配当金が発生したり金額が増加したりする
■ 経営者:役員報酬の増加
■ 従業員:給与・賞与の増加や福利厚生の充実
■ 顧客(消費者):例えば、「スーパーが新規出店することにより、買物の利便性が向上する」など
■ 取引先企業:受注の増加、良好な労働環境の実現
■ 競合企業:「顧客を奪われる」などの不利益が発生
■ 行政機関:税収の増加
■ 地域社会:雇用の創出、公害・環境負荷の発生など
 

このうち直接の「利害関係者」は、株主や銀行、証券会社など金銭的な関係を有する集団です。

  • 株主
  • 銀行
  • 税務署

この3つの利害関係者に対しては、「企業会計原則に基づく公正な財務諸表の作成」が義務付けられています。さらに上場企業は、財務諸表を監査法人が監査して「適正」と判断されなければなりません。
 

中小企業は企業会計原則に従わなくてもかまわない

一方、中小企業には会計監査の義務はありません。不適切な財務諸表を作成しても罰則はありません。ただし税務署に申告する納税額が不正に低ければ脱税になります。

このように中小企業と上場企業では財務諸表に対する要求が違います。また収益、費用の認識も企業会計原則と税法で異なります。

実はかつての粉飾決算の背景には、企業の利害関係者である

「株主」「銀行」の姿勢の変化

がありました。

かつてバブル崩壊、金融ビッグバンなど、企業の経営の環境が激変したのです。

それはどのような変化だったのでしょうか?
 

株式をめぐる環境の変化

バブル以前、日本の企業は金融機関と株式を持ち合っていました。株価は比較的安定していて、企業は株価より配当が重視された時代でした。

ところが1990年以降、資本市場が海外に開放され、海外の機関投資家が日本の株式市場に参入しました。

機関投資家とは、生命保険会社、損害保険会社、信託銀行、普通銀行、信用金庫、年金基金、共済組合、農協、政府系金融機関など多額の資金で株式や債券の運用を行う大口の投資家を指します。

機関投資家は運用益を重要します。そのため一貫して株価が上昇することを求めます。20年先の革新的な製品の開発のように今の株価に影響しない事業は関心がありません。

しかし炭素繊維のような開発に20年以上かかる製品もあります。炭素繊維は、当初は東レ、帝人の他、アメリカの企業も研究していました。しかし株主の強いアメリカでは、短期的な利益が重視されたため、アメリカの企業は開発を断念しました。
 

資本市場の開放により企業の株主が大きく変わりました。企業には短期の収益性と成長が強く求められるようになりました。

さらに欧米企業は、

取締役会の影響があります。

欧米企業の取締役会は、株主の代表で構成され過半数が社外取締役です。取締役会が任命した役員(最高経営責任者CEO)が経営します。株価が低迷し経営状況が思わしくないと判断されれば、取締役会はCEOを解任します。そして新たに業績を改善できる経営者を指名します。

従って欧米企業では、経営者であり続けるためには、常に利益と成長を維持しなければなりません。経営が思わしくなければ経営者は粉飾決算への強い誘引があります。
 

一方、粉飾決算は悪い経営状況をよく見せることです。その結果、悪い経営状態が改善されず、遂には破綻してしまいます。

ただし、経営破綻は、

大企業と中小企業では全く違います。

 

経営破綻

経営破綻は大きく分けて二つあります。

  • 資金の枯渇
  • 資金が枯渇し、支払い不能になれば事業は継続できません。手形を発行している場合、手形が決済できなければ(手形の不渡り)、銀行は取引を停止します。資金ショートのにる破綻は、大企業でも中小企業でも起きます。

  • 債務超過
  • 負債が増え続けて負債が資産を上回れば新規融資が受けられなくなります。上場企業は債務超過に陥った場合、1年以内に解消できなければ上場廃止されます。新規の資金調達ができなくなり、株価は大幅に下落し経営が破綻します。

 

図1 経営破綻

図1 経営破綻


 

ところが非上場の中小企業の場合、債務超過でも経営者が私財を投じて会社を支えます。そしてお金が回れば会社は継続できます。債務超過でも存続している中小企業はたくさんあります。

それなのに

なぜ中小企業は粉飾決算をするのでしょうか?

 

中小企業の粉飾決算

 

中小企業の場合、債務超過の影響は上場企業ほどではありません。それでも新規の融資が受けられないと資金繰りが困難になります。そこで経営者はできるだけ決算をよく見せるため粉飾決算をします。あるいは何年も赤字が続きバランスシートが悪いと融資を引き揚げられる恐れがあります。そこで本当は赤字でも利益があるように粉飾します。

一方で利益が大きいと法人税が増えます。そこで利益を少なく見せる逆粉飾も行われます。

主な中小企業の粉飾は以下の方法です。
 

粉飾の方法

  1. 利益水増し
    架空売上 売上金、仮払金などを架空に計上します。
  2. 在庫水増し
    期末在庫を増やして製造原価を少なくして利益を増やします
  3. 減価償却未計上
    税法では認められています。しかもキャッシュフローには影響しないため、金融機関も問題視しません。

 

粉飾の問題

赤字が続いているのに、毎期架空売上を計上し、在庫の水増しをすれば、売掛金、在庫の金額がどんどん増加します。

従って何年間か複数年間の貸借対照表(BS)を比較すれば粉飾決算はわかります。

では金融機関は粉飾をどこまで見破るのでしょうか?
 

金融機関の財務診断力

金融機関は、融資先の財務諸表を自社のシステムに入力して収益性、健全性を判断します。年々売掛金や在庫が増えていれば怪しいことが分かります。

一方、中小企業の場合、税金や仕入れなどでお金が動くと利益も変わります。金融機関の担当者もそこまで細かな融資先の事情はわからないようです。例えば、

  • 消費税の支払い
    ある会社は、1/4期分の消費税を翌期に支払っていました。そのため先期の売上が多く、今期の売上が少ないと、税金の支払いが多いため、利益が大きく減少しました。しかし金融機関の担当者はこうした減益の原因は分かりませんでした。
  • キャッシュフローを調整
    利益は様々な手法で粉飾できます。「利益つくられるもの」と言われています。しかしキャッシュフローは粉飾が容易゛てなく「利益は意見、キャッシュは真実」と言われています。それでも期末に仕入れを大量に行えばキャッシュは減少します。

 

工事進行基準

受注から完成・納入までの期間が1年以上かかる製品は、工事の進捗に応じて期末に一定額の収益(売上)を計上できます。ただしこれは工事の進捗に応じて収益を合理的に見積ることができなければなりません。

この工事進行基準は2021年度以降、大企業(上場企業・非上場企業とも)、中小企業(のうち上場企業)は「新収益認識基準」を適用しなければなりません。

この工事進行基準は上場企業でも監査法人の考え方により変わります。そして

収益認識のタイミングを変えれば利益も変わります。

 

節税

赤字の期もあれば、黒字になる期もある場合、赤字の時に架空売上や水増しした在庫で利益を粉飾して赤字を少なくします。黒字になった時に粉飾した架空売上や水増しした在庫を解消します。そうすれば税金を少なくできます。

それは黒字の時に不要な在庫や資産を特別損失として計上すれば利益を減らすことができるからです。この黒字の時に不要な資産を処分するのは合法的な会計処理です。

ところが赤字が予想以上に長く続けば、一時のつもりの粉飾が長期化して抜け出せなくなります。

図2 粉飾の長期化に悩むことに

図2 粉飾の長期化に悩むことに


 

会社と個人の一体化

かつては法人税の税率が高かったため、法人税を払って利益を会社に残すよりも、経営者の報酬を増やして所得税を払った方が支払う税金は少なくなりました。利益が多ければ、役員報酬を増やして利益を少なくし、経営者の資産を増やします。あるいは会社の土地や建物を経営者個人の所有にして、会社が経営者に家賃を払います。こういった節税は法人税率が高かった時代の常套手段でした。

しかし現在は法人税の実効税率は33.58%(中小企業 東京23区 2023年)、所得税は所得が695~900万円が23%、900~1800万円が33%、大きな違いはなくなってきています。

このような節税をしてお金を経営者個人に残すのは、個人商店のような

会社=個人

であれば問題はないかもしれません。

しかしある程度の規模の会社でこれを行うと

会社と経営者個人が一体化

します。
 

こうした会社と経営者個人の一体化が債務の個人保証(連帯保証)の一因です。融資が経営者個人に流れる可能性があるからです。個人保証があるため会社が倒産すれば経営者は個人の資産をすべて処分して個人保証した債務を弁済しなければなりません。

この債務の個人保証が、従業員や子供へ事業承継が進まない原因です。その背景には、このような会社と経営者個人の一体化があります。

個人保証があるため、中小企業の経営者にとって「倒産=自己破産」です。それを避けるためなら粉飾も一つの手段です。

これに対して、大企業の粉飾決算の原因に、社会の変化とそれに伴う企業会計ルールの変化がありました。
 

企業会計とその背景の変化

 
粉飾決算の記事を読むと、一方的に粉飾した側の問題点がかかれています。

実際は小さなほころびを繕うために行った粉飾が、いつしか致命的な問題になってしまったのです。

それは企業を取り巻く環境が変化するからです。

最も大きな変化は「バブル崩壊」です。
 

バブル崩壊

1985年のプラザ合意により円高が急速に進みました。日銀は競争力の落ちた輸出産業や製造業を救済する為、1987年2月までの間、公定歩合を引き下げ、公定歩合は戦後最低の2.5%になりました。

その一方で急激な円高で米国債券など海外の投資に大きな為替差損が生じました。その結果、多額の運用資金が国内李株式市場に向かいました。多額の資金は株価や地価を大幅に上昇させ、企業が保有する株や土地の値段も上がりました。担保価値や資産価値が増大し、それに伴い金融機関の融資も拡大、日本は空前の好景気に沸きました。
 

そのバブルは1990年崩壊しました。

株や土地の値段は大幅に下落し、企業のバランスシートは悪化しました。担保価値が下がったため融資の多くは不良債権になってしまいました。

ところが上場企業は、1年以上債務超過になれば上場廃止になってしまいます。そこで親会社の赤字を非連結子会社に移転する、いわゆる「損失飛ばし」が横行しました。この飛ばしは発覚し、1997年11月には山一證券が自主廃業しました。

それまでは単体の財務諸表を重視していましたが、こうしたこともあって連結財務諸表重視に変わりました。

このバブル景気と相前後して大きな影響があったのが、株式市場など資本市場の海外への開放でした。
 

資本市場開放

日本の資本市場開放は、

  • 1970年代前半の資本自由化(対内直接投資、対内外証券投資)
  • 1980年代の東京証券取引所の海外への会員権開放
  • 1971年の外証法(外国証券業者に関する法律)成立

などにより、段階的に海外に門戸を開き、外資系証券会社が参入しました。

1980年代後半には債券発行市場やデリバティブ市場が整備されました。

これは海外からの開放圧力によるものでした。一方、企業がグローバル化する中、日本企業が海外からの資金調達や資本政策が容易になるというメリットもありました。

その一方、株式市場における機関投資家の増加は、上場企業に

株価の持続的な上昇と高い成長を要求

しました。その結果、企業は長期的な成長よりも短期の業績を重視するようになったのです。

この資本市場の開放は、これまで国内中心だった企業会計のルールを海外と整合を取るきっかけにもなりました。

さらにバブル崩壊で起きた損失飛ばしや粉飾決算は、企業会計の厳格化へとつながりました。その中で起きた企業会計の変革が「金融ビッグバン」でした。
 

金融ビッグバン

バブル崩壊後、株や土地の価値の大幅な下落し、バランスシートの悪化による不良債権化、それに伴い生じた損失飛ばしなどが発生し、企業会計の見直しの要求が高まりました。

加えて資本市場の開放、機関投資家の増加により、企業価値の公正な評価、財務諸表の信頼性と国際的な会計基準との整合が求められました。

そこでこれまでの企業会計を見直し、国際的な会計基準と整合する会計ビッグバンが行われました。
 

その主な内容は

  • 有価証券など資産の時価評価
  • 連結財務諸表の義務付け
  • 四半期決算
  • キャッシュフロー計算書
  • 国際会計基準 (企業の海外進出、海外子会社との連結決算)

これと前後してアメリカでも

巨額の粉飾決算を行い破綻したエンロンが大きな問題になりました。

 

2001年エンロン破綻

2001年10月に、アメリカの多角的大企業のエンロン社で不正会計(巨額の粉飾決算)が発覚しました。

総合エネルギー取引とITビジネスを行っていたエンロン社が、特別目的事業体(SPE)を使った簿外取引で決算上の利益を水増し計上していたことが分かったのです。エンロンは2001年12月に経営破綻に追い込まれ、世界の株式市場に大きな衝撃を与えました。

図3 テキサス州ヒューストンのエンロン本社 (Wikipediaより)

図3 テキサス州ヒューストンのエンロン本社 (Wikipediaより)


 

2002年には、エンロン社に続いて、Kマート(小売業、破綻)やグローバルクロッシング(海底ケーブル通信、破綻)、ウェイスト・マネジメント(大手廃棄物処理、存続)など、他の有力企業でも不正会計が次々と明るみに出ました。

その結果、コーポレート・ガバナンス(企業の法令遵守)が強く問われ、2002年に企業の不祥事に対し厳しい罰則を盛り込んだ「サーベンス・オクスレー法(SOX法)」が制定されました。

このように企業不祥事が起きると次々と規制が強化されました。

SOX法でコーポレート・ガバナンスに手は打ったはずなのに、次に起きたのはリスクマネーにのめり込んだ金融機関でした。
 

リーマンショック

サブプライムローンとは、アメリカで信用力の低い借り手向けの住宅ローンです。信用力が低くリスクが高い反面、金利は高く設定されます。

「リーマン・ブラザーズ」は1850年に創立された名門投資銀行で、アメリカ五大投資銀行グループのひとつです。1990年代以降の住宅バブルの波に乗ってサブプライムローンの証券化を積極的に行いました。この証券化した商品を大量に抱えていた時、住宅バブルが崩壊しました。2008年に株価が急落し2008年9月に経営破綻しました。負債総額6130億ドルはアメリカ最大の企業倒産でした。
 

これをきっかけに信用不安が急速に伝搬し、世界的な金融危機と世界同時不況が起きました。ほとんどの国の株式相場は暴落し、世界中で信用収縮が起きました。

この反省から2010年7月21日に制定されたドッド・フランク法は、リーマンショックの元凶となった銀行のリスクマネーへの融資を規制し、銀行システムの抜本的な改革を行いました。

このように企業会計や社会的背景が変化する中、粉飾決算がきっかけとなって経営破綻し、清算した名門企業がありました。

それが戦前には売上高日本一であったカネボウです。
 

カネボウの経営破綻

カネボウは1887年東京の鐘ヶ淵に新設された紡績工場から始まりました。東京綿商社として創業し、地方の繊維工場を吸収して拡大しました。1961年には合成繊維、化粧品業界に進出し、食品、住宅用品、医薬品の5事業に多角化し拡大しました。

しかし2004年に経営破綻し産業再生機構の管理下に置かれました。その後、化粧品は花王、それ以外の事業はホーユー(株)の子会社クラシエホールディングスに、繊維事業はセーレン(株)など各社に吸収され2008年に清算しました。
 

伊藤社長の時代

なぜカネボウは経営破綻したのでしょうか。

始まりは1970年から1992年まで社長を務め、その後2003年まで名誉会長として影響力を行使した伊藤淳二氏の時代からでした。(彼は城山三郎『役員室午後三時』の主人公や山崎豊子『沈まぬ太陽』の国見会長のモデルとも言われています。)

本業の繊維事業は繊維業界の不況により業績が悪化し1975年には経常赤字に転落しました。その後も繊維事業は業績悪化が続きました。中でも子会社の興洋染色(株)は、1997年には売上高250億円に対し実質債務超過が450億円にも上りました。これがそのままカネボウの連結決算に含まれるとカネボウ自身が債務超過になる恐れがありました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
 

商社金融

興洋染色の経営悪化の原因は、商社との備蓄取引でした。

かつては中小企業に対する金融機関の資金供給が十分でなく、代わってそれを担ったのが商社金融でした。

興洋染色の主力商品アクリル毛布は、需要が秋から冬に限られています。しかし工場はコストを下げるため通年生産したいと考えます。そこで興洋染色が通年生産した毛布を商社が一旦買い上げ、金利を上乗せして冬に卸していました。当時はどこの商社もこのような商社金融の機能を果たしていました。

問題は売れ残った毛布の処分です。興洋染色はこれを買い戻し、その後再び商社に備蓄しました。しかしこれでは生産調整が効きません。そのため商社の備蓄は増える一方でした。しかも興洋染色は在庫の評価損を計上しませんでした。

図4 カネボウの資金循環取引 (「粉飾の論理」の資料を基に著者作図)

図4 カネボウの資金循環取引 (「粉飾の論理」の資料を基に著者作図)


 

しかも最大の取引先 商社の兼松と興洋染色は決算期が違っていました。興洋染色の決算時に在庫を兼松に引き取ってもらい、見かけの売上と利益を増やすことができました。この再備蓄の増加に伴い興洋染色の売上も増加しました。兼松も備蓄取引が増えれば売上が増えて、その分の口銭(手数料)も入りました。

こうした備蓄取引は兼松の他にトーメン、ニチメンも加わっていました。一方最大の取引先は兼松でした。
 

循環取引

後にこれにカネボウ自身も加わりました。そして興洋染色、兼松、カネボウの間を伝票だけがぐるぐる回る循環取引となっていました。これは「宇宙遊泳」と呼ばれ、カネボウ内部では「資金対策売買」、毛布を「凍結在庫」と呼んでいました。

実はこういった利益操作は多かれ少なかれ他の企業でも行われていました。問題はカネボウは、本業の繊維事業が苦しい時、この「金の成る木」に頼ってしまったことでした。特にのめり込んだのが1978年にカネボウの取締役になった山本吉彦氏でした。その後の八木幸一氏も山本氏に倣いました。

本来は銀行の融資が十分に得られない中小企業へのサービスだった商社金融が、業績を良く見せる手段に変わってしまった時、カネボウの経営者はこれに頼ってしまったのです。

しかしそれも長くは続きませんでした。なぜなら

銀行の姿勢が変わったからです。

 

金融機関再編の影響

きっかけはバブル崩壊による金融機関の再編と不良債権処理でした。

1996年兼松のメインバンク東京銀行は三菱銀行と合併しました。そして商社への融資枠を見直しました。兼松自身も1997年には203億円の赤字を出していました。

このように銀行の姿勢が変化したため、これまでのような手段は難しくなってきました。

実際に興洋染色の問題は、カネボウ内部でも問題視されていました。1997年6月にはKS対策委員会が設立され、内密に興洋染色の債権処理が計画されました。
 

そのスキームは、1998年2月にただ同然の土地と建物を現物出資し、防府興産という会社を設立します。そしてその株式をカネボウ物流に売却し、防府興産をカネボウの連結対象から外します。そして興洋染色から防府興産に売掛債権などを287億円を譲渡します。そうしておいて1998年4月にカネボウは防府興産を吸収合併します。

そうすると防府興産のただ同然の土地、建物は287億円の含み益を生みます。しかも興洋染色は287億円の不良債権をゼロにできます。

これを計画したのは当時の社長帆足氏と銀行出身の宮原氏でした。こうして興洋染色の問題を解決し、カネボウのバランスシートも改善する目論見でした。

ところが興洋染色の本業の毛布販売が急減速し資金繰りがさらに悪化しました。不良債権は計画当初の2倍の427億円に増えていました。
 

連結決算への移行

そうこうするうちにカネボウ自身の自己資本が1999年3月期には連結では213億円の債務超過(単独では463億円のプラス)になってしまいました。

理由は、これまでは単独決算が主でしたが、2000年3月期から有価証券報告書や証券取引所のルールが連結決算に移行したためでした。

それまで赤字を子会社に飛ばしていたカネボウは、新ルールでは2,500億円もの債務超過になることが予測されました。そこで子会社への出資比率を引き下げ、子会社15社を連結対象から外しました。

ここまでくると稼ぎ頭の事業でもなんでも売れる事業を売って現金を手にしなければ会社が存続できません。幸いカネボウには化粧品部門という稼ぎ頭がありました。

ところが化粧品部門の売却に立ちはだかったのが、会社の苦境を知らない人たちでした。
 

化粧品部門売却の失敗

カネボウは、債務超過を解消するためにホームプロダクツ部門、化粧品部門の売却を進めました。ところが労働組合が強いカネボウは、苦境を知らない社員や組合員からの強い反対に遭いました。売却は頓挫し産業再生機構の支援を受けることになりました。

帆足氏ら経営陣は退任し、中嶋章義氏が社長に就任しました。中嶋氏は経営浄化調査委員会を立上げて過去の不正を調査しました。その結果2005年には子会社15社を連結決算に追加し、過去5期分の決算を訂正しました。

粉飾決算の深みにはまったことに気づいた時には、どうすることもできませんでした。

では挽回の最後のチャンスはいつだったのでしょうか?

 

最後のチャンスに権力争いに明け暮れた

実は1992年伊藤社長が退任した時、カネボウは銀行も入って密かに再建策を検討していました。

しかし当時すでに1,700億円に達した不良資産を償却できる体力がカネボウに残っていませんでした。こうしてこの案は封印されました。

最後のチャンスは1980年代の好景気の時だったのです。しかし、この時

カネボウ内部は伊藤氏を中心とした権力争いに明け暮れていたのです。

 

会計の怠慢が招いた悲劇

始まりは備蓄取引でした。

それ備蓄取引自体は違法ではありません。しかし在庫の評価損を計上せずに再備蓄を繰り返し、さらに循環取引になったことで、この備蓄取引は白からグレー、グレーからブラックに変わっていったのです。

そして時代が進み会計基準が変わる中で、社内以外に監査法人も適正な会計処理をしなかった「会計の怠慢」が破綻を招いたのです。
 

その結果、カネボウ元社長、帆足隆氏、元副社長、宮原卓氏は、2005年証券取引法違反罪で起訴されました。さらに監査を担当した中央青山監査法人は、業務停止命令を受けて、後に解散しました。カネボウの監査を担当した公認会計士4人が逮捕されました。

カネボウは、円高、新興国の台頭など繊維業界を取り巻く環境が変化し、抜本的な事業構造の変革が必要な時に、粉飾決算による見かけの利益に頼り、内部で権力抗争に明け暮れ、貴重な時間を失ってしまいました。

一方、バブルの傷跡を直視できなかった経営者もいました。その背景には社会問題にもなった「損失補填」がありました。
 

オリンパス事件

 

1980年代バブル景気に沸く日本では、株などに投資する「財テク」をしない者は愚か者だというムードでした。
 

バブルと特金

その時代、証券会社が企業の財テク商品として積極的に販売したのが特定金銭信託(特金)でした。この商品は簿価分離のため株価が上がっても含み益が出ず、企業にとってうまみの多い商品でした。

こういった金融商品の銘柄の売買は、本来顧客が証券会社に指示をして行うものでした。実際は証券会社に売買を任せる一任売買が横行していました。

他社に負けじと営業をかけていた証券会社は、特金を販売する際、名刺の裏に「(損失を)補填します」と書いて営業しました。

今では考えられないことですが、当時は

「みんなで渡れば怖くない」

とこれが広まっていました。これがバブル崩壊で負の遺産になります。

図5 バブル景気

図5 バブル景気


 

損失補填の問題

特金はバブル崩壊で暴落しました。多くの証券会社は裏書きした名刺に苦しむことになります。

1991年6月には読売新聞は、野村證券が年金福祉事業団に50億円の損失補填があったと発表しました。

こうした損失補填が明るみに出る一方、当時は個人で株式を買った人も多かったのです。中には不動産を担保にお金を借りて株を買った人もいました。彼らの損失は補填されることはなく、多くの人は多額の負債や不動産を失ったのです。

企業向けの特金のみが優遇されたことが明るみに出ると、多くの人から怨嗟の声が上がりました。マスコミも一斉に報道しました。

こうした圧力に負けて1991年7月には四大証券会社が損失補填リストを公表しました。損失補填先は228法人、金額は1,283億円に上りました。これをきっかけに1991年10月には橋本首相が辞任しました。
 

一方、すべての企業の特金の損失が補填されたわけではありませんでした。中には多額の損失を被ったままの企業もありました。

その1社がオリンパスでした。

しかも2000年には会計基準が変更されました。

それまでは株式、土地・建物などの資産は、決算時に(著しい時価下落を除き)取得原価で計上していました。ところが新基準では時価評価になりました。株価の暴落の結果、オリンパスの株の含み損は950億円にもなりました。当時の財務部長 山田秀雄氏は「今さら外に出せるか」と言いました。

こうした外に出せない損失に困った企業に近寄ったのが、

様々な「飛ばし」のノウハウを身に着けた人たちでした。

 

飛ばし

この損失隠蔽の画策に協力したのは、元野村証券の人たちです。損失を隠蔽するため、彼らの手を借りてオリンパスはあるM&Aを実施しました。

2008年にイギリスの医療機器メーカー ジャイラス・グループを買収しました。その際、元野村證券の佐川肇氏が設立したケイマン諸島の投資ファンド「AXAMインベストメント」に買収額2,117億円の32%に当たる687億円を支払いました。

また2006年から2008年の間、元野村證券の横尾宣政氏が設立した「グローバル・カンパニー」を通じて、アルティス、ヒューマラボ、ニューズシェフなど売上高数億円の会社を734億円で買収しました。
 

そうしておいてオリンパスは2009年3月期に557億円の減損処理を行いました。

しかしこういった不自然なM&Aはどこかで情報が漏れます。その情報は、当時のオリンパス社長イギリス人のマイケル・ウッドフォードに渡りました。
 

ウッドフォード社長突然の解任

2011年に6月にオリンパス社長になったマイケル・ウッドフォード氏は、この情報を入手し会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PwC)に独自で調査を依頼しました。その結果、コーポレート・ガバナンスに関して多くの不審な点が見つかりました。

そこでウッドフォード社長は、この不透明なM&Aで会社と株主に損害を与えたとして、菊川会長および森久志副社長の引責辞任を求めました。

ところが逆に10月の取締役会で、ウッドフォード社長は「独断的な経営を行い、他の取締役と乖離が生じた」として解任されてしました。この突然の解任劇は世間の注目を集めました。

こうしてオリンパスの粉飾が明るみに出たのです。
 

発覚した粉飾

この事件によりオリンパスの株価は大幅に下落し、菊川氏は会長兼社長を辞任しました。しかしすでに有価証券報告書の虚偽記載が取り沙汰される事態になっていました。

第三者委員会の調査の結果、1990年代から損失の隠蔽が行われ、その補填のために買収が実施されたことが明らかとなりました。

2これにより11月の期限までに上半期中間決算が提出できなくなり、オリンパスの株は『監理銘柄』になってしまいました。

2012年2月に東京地検特捜部は、菊川前社長(元会長)、森前副社長、前常勤監査役、証券会社の元取締役、また投資会社の社長、取締役、元取締役などを金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載罪)で逮捕しました。さらに投資会社の社長と取締役は、詐欺罪で起訴されました。
 

950億円の含み損は決して小さな金額ではありません。しかしオリンパスを経営破綻に追い込むほどではなかったのです。事実、この問題の後もオリンパスは存続しています。

しかし「今さら外に出せるか」と隠蔽に取組んだ代償はとても高いものになりました。

参考文献

「粉飾の論理」 高橋篤史 著 東洋経済新報社
「オリンパス症候群」 チームFACTA  平凡社
「粉飾決算の見分け方」 石田昌宏 著 ビジネス教育出版社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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危機管理とBCP~企業経営の本当のリスクと、それに備えるリスクマネジメントとは?~ https://ilink-corp.co.jp/8783.html https://ilink-corp.co.jp/8783.html#respond Tue, 01 Aug 2023 07:56:43 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8783 No related posts. ]]> 日本は地震、豪雨や台風による水害や土砂崩れなど、災害が多い国です。

災害は時には企業に大きなダメージを与えます。災害の規模によっては事業の継続が困難になることもあります。

この時、万が一に備えた事業継続計画(Business Continuity Plan : BCP)があれば、災害を乗り越え事業をスムーズに再開できます。

ただし自然災害以外にも事業リスクあります。つまりBCPだけでは万全ではありません。

ではどうすればよいのでしょうか。事業のリスクとは何でしょうか?

企業経営の危機管理についてまとめました。
 

リスクとリスクマネジメント

危機や危機管理に関して、リスクマネジメント、クライシスマネジメント、リスクアセスメントなどの言葉があります。

これはどのような意味でしょうか?

そもそもリスクとは何でしょうか?
 

リスクとは

リスクとは、

「将来いずれかの時に起こる不確定な事象とその影響」

を意味します。

一方日本語ではリスクは

「何か悪い事が起きる可能性、予想通りにいかない危険、危機が起きる確率など『危険』や『危機』」

を指します。

【リスクの語源】

英語 risk の語源はラテン語の risicare で、「(悪い事が起こる可能性を承知の上で)勇気をもって試みる」という意味です。

このようにリスクは、様々な意味があります。また分野によっても定義が違います。
 

【経済学でのリスク】

経済学では、ある事象の変動に関する不確実性を指します。また金融理論では変動の大きさをリスクと呼びます。そして経済学では悪いことだけでなく良いこともリスクです。
 

【工学でのリスク】

工学分野でリスクとは「ある事象生起の確からしさと、それによる負の結果の組合せ」を指し、JIS Z 8115「ディペンダビリティ(信頼性)用語」で定義されています。この場合、リスクはマイナスの要因のみを指します。 
 

【リスクとハザード】

工学ではリスクと並んでハザードという単語も使われます。「リスク」と「ハザード」は同じ意味としても捉えられますが、リスクアセスメントの観点では以下の違いがあります。

  • ハザード :自然災害、停電、劣化などによる危険性又は有害性
  • リスク  :ハザードが悪影響をもたらす可能性

従って、ハザードがなければリスクは生まれません。
 

図1 危険性または有害性(ハザード)とリスクの違いとは

図1 危険性または有害性(ハザード)とリスクの違いとは


 

工学の分野では、製品やプロジェクトの信頼性を高めるために、リスクマネジメントを行い、リスクの影響を抑えます。
 

リスクマネジメント(工学)

JISの定義によればリスクマネジメントとは

「リスクについて,組織を指揮統制するための調整された活動」(危機管理)

とあり、ISO31000に規定されています。

ISO31000のリスクマネジメントのプロセスは以下の通りです。

  • コミュニケーション及び協議
  • 適用範囲,状況及び基準
  • リスクアセスメント (リスク特定、リスク分析、リスク評価)
  • リスク対応
  • モニタリング及びレビュー
  • 記録作成及び報告

 

1. リスクアセスメント

リスクマネジメントでは、最初に以下の手順に従いリスクアセスメントを行います。

  1. リスク特定
  2. リスク分析
  3. リスク評価 – 各リスクに対してリスクの度合いを評価

 

(1)リスクを特定
リスクを洗い出し、確認して記録します。リスクを特定するには、次のような方法があります。

  • 過去のデータ、または理論モデルに基づくチェックリスト、または分類法
  • 文献レビューや履歴データの分析などの証拠に基づく方法
  • HAZOP、FMEA、SWIFTなど、通常の運用からの逸脱の可能性を体系的に検討するチームベースの方法
  • 特定の状況下で何が起こるかを特定するためのテストやモデリングなどの経験的方法
  • シナリオ分析など、将来の可能性について想像思考手法
  • ブレインストーミング、構造化インタビュー、 監査などの専門家を引き出す方法

 

図2 工程FMEAの例

図2 工程FMEAの例


 

(2)リスク分析
特定したリスクを発生可能性(確率)も含めて分析します。リスク分析には以下のようなものがあります。

  • リスクの原因、リスクが推進される要因
  • 既存の管理手法(コントロール)の有効性の調査
  • 起こりうる結果とその可能性
  • リスク間の相互作用と依存関係
  • リスクの尺度の決定
  • 結果の検証と妥当性確認
  • 不確実性と感度(変動)の分析

リスク分析は、過去の事象(イベント)の確率と結果に関するデータを使用することがよくあります。
 

(3)リスク評価
リスクの推定レベルからとその結果から、リスクの重大性を評価します。そしてリスクの対処について決定を下します。
 

2.リスク対応

リスクの対応を選択します。以下はリスク対応の例です。

(1)リスク除去
リスクを生じさせる活動を行わないことでリスクを回避します。

(2)あえてリスクを取る
利益や事業機会を失わないために、あえとリスクがあることを容認します。しかしこの場合も安全を考慮するべきで、安全の低下を推奨するものではありません。

(3)リスク回避
リスク源を除去します。
例)人のミス(ヒューマンエラー)のリスクに対し、ポカヨケやチェックシステムを構築する。

(4)起こりやすさを変える
例)地震や洪水に対し、より安全な場所に会社を移転する。

(5)結果を変える
何らかの対処をすることで、問題は起きても深刻な事態にならないように結果を変えます。
例)火災が派生しても、スプリンクラーをつけることで火事になるのを防ぐ。

(6)リスク共有
例)契約、保険購入によってリスクを共有する

(7)リスク保有
リスクの情報を収集し、問題は小さいことから、あえてリスクをそのままとします。
 

リスクマネジメント(経営)

経営におけるリスクマネジメントは、組織運営に影響を与えるようなリスクに対し、損失を最小限に管理することです。
 

経営の2種類のリスク

経営のリスクは、大別すると「純粋リスク」と「投機的リスク」の2種類があります。

【純粋リスク】
企業に損害や損失のみをもたらすリスクのことで、以下のような要因が挙げられます。

  • 火災
  • 水害
  • 地震
  • 自動車事故
  • テロ

【投機的リスク】
「ビジネスリスク」とも呼ばれ、投資や金利変動、新商品開発など損失と利益のどちらの可能性もあるリスクのことです。例えば、以下のようなタイミングで発生します。

  • 為替変動
  • 金利変動
  • 新商品の開発
  • 事業の多角化

 

リスクマネジメントの手順

経営におけるリスクマネジメントは以下の手順で行います。

図3 リスクアセスメントとリスクマネジメント

図3 リスクアセスメントとリスクマネジメント


 

(1)リスクの特定
予測されるあらゆるリスクを列挙します。些細だと思うものも含め、抜けや漏れなくリスクを洗い出します。
 

例 上場企業が国内拠点で着目しているリスク

順位 リスク
1位 地震・風水害等、災害の発生
2位 人材流失、人材獲得の困難による人材不足
3位 法令順守違反
4位 製品/サービスの品質チェック体制の不備
5位 情報漏えい
6位 サイバー攻撃・ウイルス感染
7位 過労死、長時間労働等労務問題の発生
8位 市場における価格競争
9位 原材料ならびに原油高の高騰
10位 法改正や業界基準変更時の対応の遅れ

引用元│ 有限責任監査法人トーマツ「企業のリスクマネジメントおよびクライシスマネジメント 実態調査 2018年版」
 

(2)リスクの分析
各リスクのもつ影響度の大きさを評価します。

一般的には各リスクを頻度と影響度で分類してマトリクスにします。頻度を発生確率として、影響度を金銭的な損害として下記のようなマトリクスを作成します。

リスクの大きさ=影響度×発生確率
 

図4 リスクの大きさのマトリックス

図4 リスクの大きさのマトリックス


 

中には数値で表す(定量化)のが難しいリスクもあります。これは定性的リスクと呼ばれ、例えば、コンプライアンスリスクは、発生頻度とその結果の金銭的な影響の予測が難しく、影響度を数値化するのは困難です。こういった定性的リスクは、弁護士・公認会計士など専門家の意見や客観的な統計を使ってリスクの影響度を精査します。
 

(3)リスクの評価
リスク分析後、リスクマップと呼ばれる表を用いてリスクの重大さを可視化します。
 

表 リスクの大きさと対応の例

リスクの大きさ 重要度
9 優先的に対応
6 やや大 二番目に優先
4 三番目に優先
3 費用対効果を考慮して対応
2 費用対効果を考慮して対応
1 対応しない

 

各リスクをマッピングしていくことで、リスク全体を体系的に把握することができるほか、優先して対応すべきリスクの可視化ができます。
 

図5 リスクマップの例

図5 リスクマップの例


 

マトリクスでマッピングされた(分析された)リスクに対し、対応の優先順位をつけます。

リスクは数多く存在するため、そのすべてに対応することは不可能です。またリスクマネジメントに割けるリソースも限られています。

そのため、リスクに対し優先順位をつけます。

基本的には頻度と影響が大きいものを高い優先順位にします。
 

(4)リスクの対応と実施
優先順位に従って対策や低減措置を考えます。

その際、対策は大きく分けて、リスクコントロールとリスクファイナンスに区分されます。
 

● リスクコントロール
リスクによって発生し得る損失の頻度と大きさをコントロールします。回避する、損失防止・損失削減を行う、分離・分散を行うなどです。

例)事業撤退、リスクを生む要因を取り除くリスク発生頻度を軽減させるためのマニュアル策定、緊急対応時のルール策定など

● リスクファイナンス
リスクによって発生した損失を、金銭で補填する方法です。移転や、損失の許容などがこれに当たり、大きな経済的損失を補填することです。

例:損害保険加入など他社と合意に基づきリスク分散する、期間損益でのコスト吸収など損出を受容する
 

リスクコントロールとリスクファイナンスの詳細を以下に示します。

表 リスクコントロールとリスクファイナンシング

区分 手段 内容
リスクコントロール 回避 リスクを伴う活動自体を中止し、予想されるリスクを遮断する対策。リターンの放棄を伴う。
損失防止 損失発生を未然に防止するための対策、予防措置を講じて発生頻度を減じる。
損失削減 事故が発生した際の損失の拡大を防止・軽減し、損失規模を抑えるための対策。
分離・分散 リスクの源泉を1か所に集中させず、分離・分散させる対策。
リスクファイナンシング 移転 保険、契約等により損失発生時に第三者から損失補填を受ける方法。
保有 リスク潜在を意識しながら対策を講じず、損失発生時に自己負担する方法。

資料:リスク管理・内部統制に関する研究会「リスク新時代の内部統制」から中小企業庁作成
 

表 具体的なリスク対策方法

リスクへの対応方法 具体例
回避 活動を停止し、リスクを遮断する。事業撤退など
損失防止 発生しないよう予防策を講じる。研修やマニュアルの整備など
自社に損失を与える可能性のある取引先を避ける
損失削減 リスク発生時の損失を抑える。対応フローの整備など。
火災の損失を削減するために、スプリンクラーや防火扉を設置する
自動車事故での負傷による損失を削減するために、エアバッグを設置する、シートベルトを着ける
分離、分散 地震の発生確率を考えて、生産拠点を分散させる
金融機関の破綻に備えて、預金先銀行を複数確保する
リスクの源泉が集中するのを防ぐ
移転 ネットワークの停止時における損失を保険で補填する、ネットワーク保険に加入する
保険などで第三者から損失補填を受ける
保有(許容) 特に対策を講じず自社で損失を負担する。新入社員に業務を任せるなど

 

(5)対応のモニタリングと改善
対策を実施したら効果を評価します。効果が不十分であれば改善を行い、より質の高い対策にします。

さらに定期的にモニタリングを行います。社会や企業を取り巻く環境が変われば、リスクや対応策も変化するからです。
 

クライシスマネジメント

「クライシス(crisis)」の語源は「将来を左右する分岐点」です。

人あるいは組織がクライシス(危機的な事態)に直面したとき、対応によって将来が大きく変わります。

そこで組織が危機的な事態に直面したときの対応を管理するクライシスマネジメントを行います。これはクライシス(危機)をマネジメント(management)は「管理」することなので危機管理とも呼ばれています。
 

リスクマネジメントは、「危機を発生させない」ようにし、なおかつ「危機が発生した」場合も管理します。従ってリスクマネジメントは、クライシスマネジメントを含みます。ただし狭い意味のリスクマネジメントは、危機を発生させないための管理に限定します。

下図で、リスクマネジメントとクライシスマネジメントについて示しました。危機の予見力、回避力から再発防止力までがリスクマネジメントであり、危機が発生後の被害軽減力がクライシスマネジメントであることが分かります。
 

図6 リスクマネジメントとクライシスマネジメント

図6 リスクマネジメントとクライシスマネジメント


 

危機が発生した時は、以下の手順で対応します。

第一報

いつまでに(危機発生後何分以内に)、誰に報告するのか、何を (5W1Hにとらわれない)、深夜、休日はどうするのかなど、社内でルールを決めておきます。

この場合、自社にとっての危機は何か、どこまでを危機とみなすのか、誰もが同じ判断ができるようにしておく必要があります。

事実と状況の把握

正しい決定には、正確な情報が不可欠です。情報は「現地・現物・現実」の三現主義に徹して、人から聞いた情報を鵜呑みにするのではなく、自分の目で確かめるようにします。

情報はできる限り正確に、定量的に把握(何分、何kg、何個…)します。

状況の判断

論理的に予測し、データに基づいて判断します。問題は「こうなってほしい」とこちらの都合のいい結果にならないこともあります。予測が外れた場合のプランBを必ず用意しておきます。

また意思決定者が不在の場合、誰が判断するのか、代行者をあらかじめ決めておきます。

対応方針の決定

判断した状況に基づき、対応を決定します。

図7 初動対応の手順

図7 初動対応の手順


 

組織的な実行

メンバー全員で組織的に対応します。現場では想定外のことも起きます。その場合はメンバーが自ら判断しなければなりません。そこでリーダーからメンバーまで同じ情報を持ち、判断の根拠となる方針を全員が共有していることが必要です。

その場で判断が必要な場合、上からの指示がなくても現場がためらわず行動できるようにします。例え行動した結果がリーダーの考えと違っていても、リーダーは違っていたことを後から指摘してはいけません。
 

コラム 震災2日目 ヘリコプターで上空を視察

東日本大震災で福島第一原子力発電所の状況に対し、的を射ない東京電力の説明に業を煮やした菅直人首相は、ヘリコプターで福島第一原子力発電所に向かいました。

福島第一原子力発電所の後、ヘリコプターで宮城と岩手を上空から視察した菅首相は、津波に飲み込まれた市街を見て災害の規模を実感、自衛隊派遣を10万人に倍増しました。
 

コラム 初期消火が遅れたA社 加工工場火災

A社の部品加工工場で火災が発生しました。原因は設備から出た火花が木製の踏み台に引火したためでした。しかし初期消火が遅れたため、工場が全焼しました。初期消火が遅れた原因は「消火器を使うと叱られる」「始末書を書かされる」といったマイナス要因のため、現場には「消火器は使うものでない」という文化があったからでした。

高価な設備から出たわずかなボヤに対し、消火器をかけるのは勇気がいります。しかし、もし火が出た時、消火器を使わなければ火は工場全体に広がってしまいます。こういった状況では、
設備よりも工場、
工場よりも人命、
という優先順位をあらかじめ決めておかなければ、対応が遅れてしまいます。
 

企業経営のリスク

このように経営のリスクマネジメントについて述べました。純粋リスクと投機的リスクは

  • 純粋リスク : 内部要因によるリスク
  • 投機的リスク : 外的要因によるリスク

した方が分かりやすいでしょう。

内部要因によるリスクは、自社で防止策や改善が可能で、つまりコントロールすることができます。

外的要因によるリスクはコントロールできないため、起きてしまったらどうするかを考えるしかないものです。
 

企業広報戦略研究所が行った「危機管理力調査」の結果、直近2年間に起きた危機の件数のランキングを以下の表に示しました。

表 直近2年間に起きた危機の件数

順位 件数 内容
1 17 事故・火災の発生
2 12 欠陥商品の回収(リコール)
3 11 個人情報・顧客情報の漏洩
4 7 従業員によるSNSへの不適切な書き込み
5 5 労務上のトラブル(過労死、不当解雇等)
6 5 製品・サービスの表示偽装
7 4 地域住民とのトラブル
8 4 他社の知財の侵害訴訟
9 4 顧客が利用する情報システムのトラブル
10 3 談合・独占禁止法違反

 

これを参考に、自分なりに企業経営のリスクのうち、内的要因を以下の表にまとめました。

表 企業経営のリスク
表 企業経営のリスク
(赤枠はBCP、青枠は情報セキュリティマネジメントシステムでカバーする範囲)
 

このうち、自然災害は内的要因ではありませんが、物理的な損失が大きく事前に対処が必要なため、内的要因に含めました。外部要因は以下にまとめました。

表 その他外部要因のリスク

社外の企業 取引先、仕入れ先などの売掛金回収不能や、倒産・廃業
社会 新型コロナウイルスなどの感染症
原油、穀物など材料価格上昇と入手難
戦争・テロ・クーデター、デフォルトなどカントリーリスク
金融 リーマンショックのようなショックと信用収縮、金利上昇
為替(円高、円安)

 

このように企業経営のリスクを洗い出すと、一般的なBCPの内容よりも多くのことが含まれます。むしろ自然災害よりもそれ以外のリスクの方が頻度が高く、影響も大きいのです。

では、これに対しどのような対策があるでしょうか?

具体的な対策

事故

① 人

人のリスクは、病気や事故、けがにより長期間出社できなくなる、あるいは亡くなってしまうことです。最悪の場合、業務が停止してしまいます。そして中小企業の最大の人のリスクは、経営者自身です。

他にも例えば見積や経理のような重要な業務を一部の社員のみが行っている場合、その社員が出社できなければ誰も替わることができません。そうなると他の社員が分からないなりに時間をかけてもしなければ業務が止まってしまいます。よくあるのが必要な書類やデータの保管場所が担当者しかわからないことです。

【リスクマネジメント】
社員の業務と担当をリストアップし、代替要員がいなければ、代替要員を育成します。資料やデータは他の社員も分かるようにします。業務に必要な書類やデータの保管場所をルール化し、それを全員で守ることです。個人のパソコンのマイドキュメントに業務のデータを保管するのは論外です。
 

② 業務

設備や工場の破損には、高額な修理費がかかるものがあります。

【リスクマネジメント】
事前に保険に加入します。交通事故も同様に保険でカバーします。一方保険でリスクをヘッジすることも重要ですが「設備を破損させない」、「交通事故を起こさない」教育を定期的に行う方がより大切です。
 

③ お金

社員による横領、不正支出、物品の不正持ち出しなどで会社に経済的な損失が生まれることがあります。

【リスクマネジメント】
任せっぱなしは危険です。人は魔がさすこともあります。不正があれば見つかるように定期的にチェックを行うと共に、社員への不正に対する教育が不可欠です。
 

④ 火災

火災の多くは、設備のメンテナンス不良や社員の火の不始末、漏電、放火などが原因です。一方近年は喫煙者が減少し社員の火の不始末による火災は減少しています。

【リスクマネジメント】
設備のメンテナンス不良や漏電による火災は、ある意味人災です。定期的な設備点検を行う、延長コードを使用しない、使い終わった機器のコンセントは抜いておく、コンセントや機器の周りのほこりは取り除くなど基本的な防止策を徹底します。

さらに火災発生時に迅速な初期消火ができるように、消火訓練を行います。そして必要な場合は
ためらわず消火器を使用できるように「消火器を使用した者を褒める」ようにします。

図8 消火訓練

図8 消火訓練


 

⑤ 通信障害

2) の災害で発生することもあります。有線の電話回線、無線の携帯回線が不通の場合、業務がどうなるのか、あらかじめ検討します。そういった場合も出社するのか、業務は継続できるのか等、万が一に備えた対策を講じておく必要があります。

【リスクマネジメント】
オフラインでできることと、オンラインでなければできないことを事前に洗い出しておきます。もし事前に準備を刷ればオフラインでも業務ができるのであれば、オフライン化を検討します。
 

⑥ インフラ故障

2) の災害で発生することもあります。トラブルで電気、水道、ガスが止まった場合、業務が遂行可能か、事前に検討しておきます。
 

災害

① 地震

後述のBCPでも詳しく記載します。広域災害のため、従業員とその家族の安全が優先されます。時間帯によって、出社すべきか、帰宅すべきか、判断が必要になります。また工場の被害が大きいと復旧に時間がかかります。

【リスクマネジメント】
BCPを策定します。その中で、優先すべき事項、そして出社待機すべき条件、早期退社すべき条件を決めておきます。
 

② 水害(大雨、台風、津波)

地震と同様、広域災害として対応します。特に局地的な豪雨により一時的に交通がマヒすることがあります。定時で退社したために道路が冠水して、水没や亡くなることもあります。豪雨が予想される場合は、早期退社するなど、社員の安全を優先するようにします。
 

③ 他 突風、雪害、噴火、異常低温・高温
突風(竜巻)、雪害、噴火、異常低温、異常高温により、工場や業務に支障が出る可能性があれば、検討しておきます。
 

品質問題

不良品が発生した場合の対処方法は、多くの企業ではルールが決まっています。もし責任者やリーダーが不在の場合は、どのように対処するか決めておきます。また社内で発生した不良は報告されないことがあるので、社内不良も報告するルールを策定しておきます。
 

情報漏洩

個人情報、顧客情報、営業秘密(図面、ノウハウも含む)

顧客の個人情報を扱う企業は個人情報の管理(規定)が必要です。また必要であれば顧客(企業)の情報も「営業秘密」として管理しなければなりません。同様に必要であれば、顧客の図面や支給品、自社の図面や治具などのノウハウも「営業秘密」として管理します。

【リスクマネジメント】
「盗もうと思う人間」に「盗めないように対策する」のはとても大変です。お金がかかり、日常業務の効率も低下します。

そこで「盗めないように対策する」よりも、「盗もうと思わないように教育すること」が大切です。

ただし簡単に盗めないような管理は必要です。もし魔がさして盗んだとしてもすぐに発覚するような管理体制を構築します。機密事項を機密として管理していなければ、機密を漏洩した社員を刑事告発できません。
 

SNSの書き込み

SNSの利用規定を策定し、業務に関する情報をSNSに上げないよう社員に教育します。

図9 内容によっては炎上も…

図9 内容によっては炎上も…


 

労務

① 長時間残業、過労死、健康問題(身体、心)

定期的な残業時間管理を行い、一部の社員だけが長時間残業にならない配慮をします。もし残業時間が多い場合は代休や振替休日を活用します。メンタルヘルスは周りからはわかりにくいため、本人から言いやすい仕組みも必要です。

【リスクマネジメント】
社員の残業時間の上限を規定します。上限が決まってなく、本人の判断、あるいは直属の上司の判断で長時間労働になるようであれば、そのような環境は改善します。
 

② セクハラ、パワハラ

セクハラ・パワハラは、会社の評判に大きく影響します。また訴訟問題に発展することもあります。

【リスクマネジメント】
セクハラ、パワハラに対するルールを決めて、社員教育を行い、ルールを運用します。セクハラ、パワハラは社員からは言い出しにくいため、告発制度を設けます。
 

③ 問題社員と不当解雇訴訟

問題のある社員を解雇した結果、不当解雇で訴訟されることがあります。

【リスクマネジメント】
解雇ルールを就業規則に入れ、社員に通達します。
 

情報システム

① システムトラブル、通信障害

自社のシステムがトラブルを起こした場合、あるいは通信障害で自社のシステムが使用できない場合に備え、代替方法を検討しておきます。

【リスクマネジメント】
情報システムの問い合わせ先、担当者を確認しておきます。古いシステムの場合、システムを開発した会社がなくなっていることがあります。
 

② ウイルス感染、ウイルス他者へ感染させた

社員が「ウイルスメールを開封してしまう」、「ウイルスメールを他に転送してしまう」トラブルが起きることがあります。

【リスクマネジメント】
ウイルス感染しないようにメール、WEB使用時のルールを策定します。またウイルス感染が判明した場合の処置を検討しておきます。会社によっては、見知らぬ人からのメールはすべて削除すると決めている会社もあります。
 

③ データ消失

データ消失により業務が停止、過去の資産を喪失することがあります。

【リスクマネジメント】
定期的なバックアップ(PC、データベース、サーバーのデータ)を行います。クラウドサービスを使用してクラウドにデータがある場合もバックアップを取るようにします。
 

知的財産

「ホームページや社外へ発信する文書が著作権を侵害してしまう」、「自社の製品やサービスが他社の商標や特許を侵害してしまう」などです。

【リスクマネジメント】
社員に著作権や商標などの知財教育を行います。ホームページやパンフレットが著作権のルールに抵触していないか確認します。画像はフリー画像を使用せず、購入します。
 

関係者とのトラブル

近隣住民とは同じ圏内で生活するため、トラブルになることがあります。会社から出る騒音のクレームや排気(炉や塗装設備など)や排水等の環境問題、配送車の路上駐車や社員の交通マナーなどがトラブルの原因として挙げられます。

【リスクマネジメント】
騒音、排気、排水は定期的に測定し、環境基準を満たすことを確認します。路上駐車は納入業者に文書で通達し、社員に交通マナーを教育します。近隣住民の代表者(町内会など)と定期的に連絡を取るようにします。
 

BCPについて

BCPとは

災害など緊急事態における企業の事業継続計画(Business Continuity Planning)を意味します。BCPの目的は自然災害やテロ、システム障害など危機的な状況に遭遇した時に損害を最小限に抑え、重要な業務の早期復旧を図ることです。内閣府は、2005年公表の「事業継続ガイドライン」でBCP策定を強く推奨しています。

BCPの構成

詳細は、中小企業庁ホームページ「中小企業BCP策定運用指針」を参照してください。

  • 基本方針
  • BCPの運用体制 組織と担当者
  • 中核事業と復旧目標 中核事業の情報 売上、顧客、復旧時間
    事業継続に係る各種資源の代替 
    代替生産する工場、応援要員、資金、必要な情報(プログラム)

  • 財務診断と事前対策計画 財務診断、保険、対策のための投資
  • 緊急時におけるBCP発動
  • 発動フロー 活動チェックと実施内容メモ書き
  • 退避 避難計画シート
  • 情報連絡 主要組織の連絡先、従業員連絡先、通信手段、主要顧客情報
  • 事業資源 中核事業に係るボトルネック資源、必要な供給品、供給業者、災害対応用具
  • 地域貢献 地域貢献活動チェックリスト

 

BCPの活用

国がマニュアル、書式をすべて提供しており、内容もシンプルにまとめられています。
災害時、迅速な対応ができるように、また必要な資金を計算し、不足すれば保険を活用できるよう、BCPを各企業が活用していく必要があります。

マニュアルは紙ベースになっていますが、緊急時に対応できるように必要なことはカードに小さくまとめる、又はチェックリスト形式にしておきます。

問題は、自然災害は滅多に起きず、大半の企業はBCPを規定しても一度も使うことがないことです。そのため時間の経過とともにBCPマニュアルが陳腐化します。災害に備え、定期的に訓練を行い、いつでも使える状態にする必要がありますが、それはとてもエネルギーがいる作業です。
 

コラム ハドソン湾の奇跡

2009年1月15日、ニューヨーク発USエアウェイズ1549便が離陸直後の渡り鳥の群れに遭遇、両方のエンジンが渡り鳥を吸い込んでしまいました。エンジンは2基とも停止、機体はハドソン湾に不時着水しました。乗客乗員155名は無事救助されました。

図10 ハドソン湾の奇跡(Wikipediaより)

図10 ハドソン湾の奇跡(Wikipediaより)


 

この時、エンジが停止してから不時着水までの時間はわずか3分。その間に、クルーはエンジン再始動を試みましたが、回復は見込めなかったので不時着水の準備に入りました。なぜ短時間にこれだけのことが手際よくできたのでしょうか? 

それはコックピットにエンジン再始動のチェックリストや不時着水のチェックリストが備わっていたからでした。これらのチェックリストは大半の飛行機では使われることはありません。しかし、もし必要な場合には確実に使えるように適切に準備されていました。
 

リスクマネジメントの必要性

このようにみていくと企業には様々なリスクがあります。しかも自然災害よりも確率の高いリスクも多く、こういったリスクに対応するには一般的なBCPでは十分ではありません。

しかもリスクはいつ顕在化するのか分かりません。

一度リスクマネジメントを行って自社の経営上のリスクを洗い出し、対策しておけば問題を未然に防止できます。
 

その一方、セキュリティ対策などは、何万人もの社員を抱える大企業と数十人の社員の中小企業では大きく異なります。

大企業は社員が多く中には問題社員がいる可能性もあるため、不正や情報漏洩できない仕組みが必要です。もし情報漏洩が起これば多額の損失が発生します。そのため、情報漏洩を防ぐためにコストがかかるのは仕方ありません。

しかし、中小企業はそこまでコストをかけられません。また過剰な管理をすれば管理コストが肥大化し、業務効率も低下します。

そのため、信用のおける社員の採用と社員相互の管理を基本とします。信用のおける人材を採用し、不正をすればどうなるのか、罰則も含めて教育します。その上で、社員が相互にお互い仕事を見ていて不正な兆候があれば直ちに管理者や経営者に報告するようにします。加えて会社に個人的な恨みを持たないように適正な処遇やコミュニケーションも必要です。
 

想定内の問題を防ぐ

このようにリスクを洗い出してみると、まだまだリスクを減らすことができることに気付きます。

  • 「ルールが決まっていない
  • 「いけないことを社員が知らない」

そのためうっかりやってしまうリスクもあります。

こういったことはルールや罰則が決まっていれば防ぐことができます。ルールを作る際はできれば関係する社員にも関与してもらい、アイデアを出すのと同時に

「リスクを低減し会社を守るのは社員である」

という自覚を持たせるようにします。
 

想定外の問題への対応

自然災害や事故などは、想定していなかったようなことが起きます。事前に策定した計画通りにはできず、計画があったとしてもうまく実行できません。むしろ災害や事故は想定外のことが起きるのです。
 

自分で考えて行動できる体制

想定外の事柄に対しては、関係する社員が現場で対処しなければなりません。

自然災害では、リーダーへの連絡が困難な時もあります。事前にマニュアルがあってもマニュアル通りにできないかもしれません。

目の前で起きていることを的確に把握し、正しい判断ができるように普段からトレーニングが必要です。

そして正しい判断をするためには、元となる方針が必要です。
 

BCPの参考書には、基本方針に

  • 人命(従業員・顧客)の安全を守る
  • 自社の経営を維持する
  • 供給責任を果たし、顧客からの信用を守る
  • 従業員の雇用を守る
  • 地域経済の活力を守る
  • 社会からの要望に応える

という例が掲載されていますが、

優先順位がありません。

 

実際はどれかを優先し、どれかを犠牲にしなければならないのです。

緊急時は時間も資源も限られています。

その中でどれを優先し、どれを切り捨てるのか、これが危機的状況において本当に必要な方針です。

 

参考文献

「戦略思考のリスクマネジメント」企業広報戦略研究所 著 日経BPコンサルティング
中小企業庁ホームページ「中小企業BCP策定運用指針」

 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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https://ilink-corp.co.jp/8783.html/feed 0
『直感』による意思決定はうまくいくのか? https://ilink-corp.co.jp/8174.html https://ilink-corp.co.jp/8174.html#respond Thu, 08 Dec 2022 12:59:35 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8174 No related posts. ]]> 適切な意思決定を行うには「多くの選択肢を比較し、結果を予測し、意思決定に結果影響を受ける人や組織を考慮するべき」と言われています。しかし実際の意思決定はどのように行っているのでしょうか。案外「直感」で行っているのではないでしょうか。

直感は意外と優れていて、直感のほうが上手くいく場合があります。一方、人は錯覚や誤解をするので、直感は危険だという主張もあります。はたしてどちらが正しいのか2つの考えを比較しました。
 

直感のほうがうまくいく

1985年心理学者のゲイリー・クラインは、消防隊⻑にインタビューをしました。

消防隊⻑は台所の火事現場に到着し、すぐさまリビングから台所に放水を開始しました。しかし、一向に火勢が落ちません。隊⻑はなぜ放水が消火の役に立たないのか不思議に思っていました。その時、隊⻑の第六感が閃いて急に不安に襲われました。隊⻑が部下に「すぐに外に出ろ」と怒鳴った直後、リビングの床が崩落しました。火元はリビングの下にあった地下室だったのです。

直感が彼と彼の部下の命を救いました。

クラインによれば、人が専門的知識を深め、いろいろな状況に遭遇する回数が増えるほど、

経験のパターンを数多く発見します。

そして目の前の現実と過去の経験を照合する能力が 精緻なものになります。これにより直感が研ぎ澄まされていきます。
 

2009年1月 US エアウェイズ 1549便がカナダガンの群れと遭遇し、エンジンが両方ともカナダガンを吸い込んで停止してしまいました。エアウェイズ 1549便は即座に空港に向かいました。

無事に空港に着けるかどうかの判定を機⻑は

「管制塔に視線を固定し、前面ガラスの中でせり上がってきたら空港には着けない」

という経験則に従いました。しばらく飛行して、前面ガラスの中で管制塔がせり上がってきたため、機⻑はハドソン湾への不時着水を決意しました。
 

2つの選択方法

アメリカ合衆国の政治家ベンジャミン・フランクリンが、二股をかけて迷っている甥に書いた手紙があります。

「迷っているなら、賛成する理由と反対する理由を 1 枚の紙に左右 2 列に書き出す。同じ価値を持つ項目同士は線を引いて消して、残った項目の数で決めろ。」

テレビ番組を選ぶ際にすべてのチャンネルを選択してから決める、ショッピングなどであらゆる選択肢を比較してから最善のものを買うなどはベンジャミン・フランクリンの方法です。これを「マキシマイザー」と呼びます。

一方、追及はそこそこで、まあまあと思った最初の選択肢でさっさと決めるのを「サティスファイサー」と呼びます。直感はサティスファイサーの意思決定方法です。
 

直感とは?

スポーツのような身体的な活動は直感的な動作が多くみられます。

野球でフライの捕球をする際に外野手は緩慢に走っているように見えます。そこで監督が「もっと真剣に走れ」と叱咤した結果、むしろ落球が頻発しました。理由は、実は外野手はフライがどこに落ちるのかわかっていなかったのです。それでも捕球できるのは、上がっていくフライが一定の速度で上がっていくように走る速度を調整していたからです。
 

図1 フライの捕球

図1 フライの捕球


 

これは注視ヒューリスティックと呼ばれ、動物や昆虫など多くの生物が三次元空間を移動する物体を補足する能力です。
 

なぜ直感がはたらくのでしょうか。それは違和感があるからです。違和感は「モヤモヤする」「つらい」といった感情に結びつきます。この違和感は自分へのメッセージになります。

逆に好きと感じれば、理屈ではなく、体でピピピと感じることがあります。好きだとやる気が出て、その物事を継続できます。がんばれるから結果が出ます。良い結果を見て、「自分にとってこれは正しかった」と思うでしょう。
 

直感には3種類あります。

  • 直感 (gut feeling) 一瞬で意識に上る判断
  • 直観 (intuition) 基になっている理由が自分でもよくわからない判断
  • 勘 (hunch) 行動を移すに足る確固たる判断

 

直感を構成するのは

  1. 単純な経験則=ヒューリスティックス
  2. 脳の進化した能力

と言われています。
 

ではなぜ直感が働くのでしょうか?それは人間の特徴として協調性があるからです。
 

チンパンジーの実験

檻に入ったチンパンジーの前に2つのハンドルがあります。
「親切なハンドル」は自分と隣の檻のチンパンジーに餌がもらえます。
「意地悪なハンドル」は自分だけ餌がもらえます。

ハンドルを回す回数を記録すると隣の檻に血縁関係のあるチンパンジーが入っていても、チンパンジーが「親切なハンドル」を回す回数は変わりませんでした。

同様の実験を人間の子供に対し行ったところ「親切なハンドル」を回す回数が多くなりました。子供はほかの人にも分け与えるほうを選んだからです。

何かを判断する時、人は相手も喜ぶような方法を感覚的に選ぶ傾向にあります。これは人類が進化の過程の中で獲得した能力「協調性」によるものです。
 

不確実な状況での意思決定

不確実な状況では多くの情報をあえて無視して意思決定を行う

ことがあります。問題解決の選択肢の中で、最も有効であると思ったひとつの理由だけで意思決定を行うことを「最善選択ヒューリスティック」と呼びます。
 

実は鳥の多くは巣の中のヒナを見分けられません。図々しいカッコーは自分のヒナを他の鳥の巣に入れて育てさせます。カッコーの托卵です。しかし人の子供は知っている人とそうでない人を瞬時に見分けます。人は個別再認能力が他の動物よりも高いからです。

これは全く見たことがないものよりも見たことがあるものを優先する「再認ヒューリスティック」が生じます。

実は「商品を選ぶなら聞いたことがあるブランドにしよう」という再認ヒューリスティックがあるため、多くの企業がテレビコマーシャルに多額の費用をかけるのです。
 

最善選択ヒューリスティック

極楽鳥の一種は、メスが相手を探す際に尾羽の一番⻑いオスを選びます。

⻑い尾羽は飛行の際にハンディキャップになるはずですが、求愛するオスは実に上手く飛びます。メスは種の間で、尾羽の⻑く、且つ飛ぶのも上手いオスを選ぶようになりました。

尾羽の⻑いオスの方が尾羽の⻑い子供が生まれ、更に繁殖できるチャンスが増えます。
 

図 2 尾羽の⻑い極楽鳥(Wikipediaより)

図 2 尾羽の⻑い極楽鳥(Wikipediaより)

このダーウィンの雌雄淘汰説は 100年間無視されていましたが、今では生物学の一分野として確立しています。

 

イギリスで子供が夜間急に医者にかからなければならない場合の医者の選び方を調査しました。
以下の 4つの選択肢、
①態度(話をちゃんと聞いてくるか)
②場所、③どんな医者
④待ち時間に
YES、NO で回答してもらいました。

その結果、「①態度(話をちゃんと聞いてくるか)」による選択が最も重視されました。それ以降の選択肢が違っても選択に変化は見られませんでした。多くの親は、態度が YES であれば、それ以外の要因はさほど重要ではないと回答したのです。

つまりたった一つの理由が決め手になっていました。

 

同様の調査を NBA(バスケットホール)、ブンデスリーグ(ドイツのサッカーリーグ)の試合結果の予測で行っても、ひとつの理由「これまでの勝ち数の多いチームが勝つ」だけで、多くの人は予測していました。
 

20件の実験について

  • ひとつの理由で決める最善選択ヒューリスティックの予測結果
  • 複雑な理由で決定する方法(重回帰分析)での予測結果

を比較しました。

その結果、最善選択ヒューリスティックの方が正答率は高かったのです。つまりたったひとつの理由で決めた方が正確でした。

  1. 将来を予測しなければならない
  2. 将来の予見が困難
  3. 情報が限られている

この3つが揃った場合、たったひとつの理由で決めた方が正確さは増すのです。

一方、
将来が十分に予測可能である場合、
あるいは情報が豊富な場合、
複雑な分析のほうが正確さは増します。
 

図3 予測を立てる分析の方法

図3 予測を立てる分析の方法


 

調べすぎる問題

アメリカでは医療訴訟が頻発するのはよく知られています。ある患者は前立腺がんの検査は受けないことにしました。しか不幸なことに、彼はその後前立腺がんで死亡しました。訴訟で原告側弁護士は「検査をしなかったのは医師の過失である」と主張しました。

アメリカではこうした訴訟が相次ぐため、医師はためらわずに過剰診断、過剰医療に突き進みます。

  • 過剰診断
  • 本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を、検査によって発見すること

  • 過剰医療
  • 本来なら患者が生涯気づかずに済んだはずの疾患を治療すること

しかし情報は多ければいいというものではないようなのです。
 

こんな例があります。

全身 CT スクリーニングによって冠状動脈疾患のリスクの高い人を特定できる確率は 80%です。そう聞くと高いい確率に感じます。

しかし、これは残り20%の人はハイリスクにも関わらず陰性と判断されることを示しています。彼らは偽の安心感を植え付けられて、治療の機会を逃してしまいます。

逆にリスクのない人を陽性と判定する確率が 60%もあります。つまり 60%の心配する必要がない人が、かかるはずがない病気におびえながら、残りの時間を過ごすはめになるのです。
 

米国予防医療サービス対策委員会は、前立腺、肺、膵臓、卵巣、膀胱、甲状腺のがん検診はメリットよりデメリットの方が大きいので受けないようにと勧告しています。検診してもがんがなくなるわけではないので、早期発見よりも予防の方が効果が期待できるとしています。喫煙、肥満、不適切な食生活、過度の飲酒を避け、適度な運動を行うことを推進しています。

 

リスクと判断

確実性をめぐってふたつの幻想があります。

① ゼロリスクの幻想
リスクはあるのにないと思うことです。

HIV 検査での偽陽性(誤った陽性判定)が起きると、陽性判定を受けた人が自殺したり、生活が破綻してしまうことが起きます。
 

② 七面鳥の幻想
殺されるかもしれないとおびえつつ毎日餌をもらえる七面鳥の逸話です。
n 日えさをもらった時、再び餌がもらえる確率は
(n+1)/(n+2)
で計算できます。100 日過ぎれば明日もエサがもらえる確率は
(100+1)/(100+2)=99%、
明日もエサがもらえるのはほぼ確実です。

七面鳥にとって不幸なことに 101 日目はクリスマスでした。
 

未来の予測に使ったモデルは短期には有効でも、⻑期も有効とは限らない例です。
 

図 4 確実性の幻想

図 4 確実性の幻想

リーマンショックについて、ゴールドマンサックス CEO デビッド・ヴィニア氏は

「『25シグマの事象』が数日連続で起きるという不測の事態が当社のリスクモデルを襲った」

と語りました。そして同社のリスクモデルでは 7〜8シグマの市場はビッグバン以来 1度だけ起きた頻度だと説明しました。

これは起こりえないことが起きたのでなく、同社のリスク評価モデルが間違っていたとみるべきです。

リスクは確率や可能性で数値化できます。しかし

リスクが「恐れ」とつながると人の行動が変容します。

 

「恐れ」つまり恐怖は脳の基本的な情動回路のひとつで、扁桃核を中心に形成されます。その多くは後天的に学習します。
 

 図5 2種類の確実性の幻想

図5 2種類の確実性の幻想


 

恐怖の内容を学習するメカニズムは以下の2つがあります。

  • 「社会的模倣」

自分が属する集団が恐れるものは恐れることです。

クリスマスキャンドルはドイツ人にはかかせないものです。しかしアメリカ人にとって火のついたローソクは火災の危険と背中合わせでとんでもないものです。そこでアメリカ人の多くはローソクを電飾に変えましたが、キャンドルの不注意による火災で死亡するドイツ人と、電飾の電灯による誤飲や感電で死亡するアメリカ人の数は同じでした。

遺伝子組み換え食品に対する姿勢や放射能に対する姿勢もアメリカとヨーロッパでは大きく異なり、ヨーロッパでは強い反対があります。これは自分が属する社会集団が恐れるものは自然と恐れるようになる例です。
 

  • 「生物学的準備性」

蛇におびえるサルのビデオを見せられた別のサルも、蛇を見ておびえるようになります。動物でも自分に危害を加える生き物の情報は他者に伝搬します。
 

現代社会の病理

安全な社会になればなるほど、病気や事故など危害を加える事象が減少し、遭遇する機会も減少します。些細な事件がクローズアップされて報道されると、社会に伝搬する不安や「恐れ」が広く共有されていきます。
 

アメリカで大うつ性障害になる若者は1920年代生まれで2%だったのに対し20世紀中盤生まれでは20%に増加しました。別の調査でも1930年代以降は、自己愛的、自己中心的、反社会的、不安、憂うつ感が強くなっていると判っています。

一方、第二次世界大戦、冷戦の時期、労働争議の60年代、学生運動の70年代など社会が不安定な時期はうつ病の発症率は低い傾向にあります。

リスクに対する誤った判断とマスコミの功罪では、BSE(狂牛病)騒動や O157騒動は記憶に新しいのではないでしょうか。
 

直感は誤った判断を誘発する

直感、つまり主観に頼った判断は、人によっては大きな判断ミスを引き起こします。なぜなら、人は自信過剰で楽観的に考えるからです。
 

自信過剰と視野狭窄

人は主観的な視点にとらわれ、良い点ばかりに目を向けて現状認識が楽観的に陥ることがあります。
それは3つの幻想があるためです。

  1. 自分は人より能力が高いという幻想
  2. 80%以上の人が自分の運転技術は上位50%以上に入ると回答しています。

  3. 楽観主義の幻想
  4. 自分の未来が他人より明るいと考えます。

  5. コントロールの幻想
  6. コントロールできない確率的な事象をコントロールできるように思ってしまいます。例 ファンドマネジャー

カリフォルニア大学のキャメロン・アンダーソン、ギァビィン・キルダフは知らない学生同士を集めて4人のグループをつくり数学問題を解く実験を行いました。グループのやり取りをビデオに録画し、それをメンバーに見せて誰がリーダーにふさわしいか判定させました。リーダーに選ばれたのは数学の力でなく、支配的な人でした。支配的な人は自信のある態度を取るため、他のメンバーは彼を信頼し従おうとしました。
 

アンカリング

特定の情報、特徴に基づいて考え始め、それを元に結論に至る方法です。アンカーというバイアスが効いて、正しい答えから逸脱してしまいます。そしてアンカリングがあると、起こりうる事柄を十分に考慮しない視野狭窄(トンネルビジョン)に陥ってしまいます。人は自分が導き出した仮説から推論し、それに矛盾しないものだけを考慮の対象にしてしまい、間違っているかもしれないという可能性が考えられなくなるものです。従って最初に問題をどう捉えるかが、意思決定に大きく影響します。
 

つまり

  • その問題がどのように表現されて伝わったのか
  • それについてどのように感じたのか
  • その人がそれについてどれだけの事前知識があるのか

これによって意思決定が変わります。
 

視野狭窄(トンネルビジョン)を避けるためには

  1. 様々な他の選択肢を考える、複数のシナリオを考える
  2. 自分と異なる意見を積極的に探す
  3. 意思決定の背後にある理論的な根拠を記録し、後で振り返る
  4. 平常心でない場合は重要な意思決定は行わない
  5. インセンティブの影響を理解する(金銭、地位、名誉は誤った決定を導く)

などを考えると良いでしょう。

 

集団の均一性

集合知の正確性「みんなの言っていることはなんとなく正しい」と思うことはないでしょうか。牛の体重当てコンテストでは、専門家の推定よりも多くの人の投票結果の平均値の方が正確でした。ただしこれは多くの人が互いに話し合わず独立して予想した場合です。

参加者が自分の頭で考えず、他人の考えやメディアの情報を信用すると、多くの人が同じ値を予測するようになりました。つまり多様性が喪失してしまったのです。ブームや流行が起こったのも、他人の考えやメディアの情報を信用し多くの人が同じ考えを持ったためです。
 

こういった状況の影響力を回避するには以下のような方法があります。

  1. 状況を考慮
  2. 他人の判断は組織の影響など状況の影響を受けていないか注意する

  3. 「横並びの強制力」に注意
  4. 「無意識のうちに」同業者のまねをしてしまう傾向がある

  5. 惰性を回避
  6. 組織は往々にして凝り固まった手順を踏襲する

医療機関、取締役会、裁判所など、いずれも意思決定は社会的な行為です。そのためプライミング効果、デフォルト、感情などの周囲に影響されます。
 

結果が予測できない場合

相互作用の多いシステムでは一部を変更した影響が予期しない結果を引き起こすことがあります。
 

1800年代イエローストーン国立公園で ヘラジカがハンターに殺されるのを見て、ヘラジカの餌を増やしました。公園内の野生動物を増やして公園内の生態系を蘇 生させるためです。しかし、増えすぎたヘラジカは植物を食べ尽くし、土壌浸食が 発生しました。木が減ったためビーバー がダムをつくれずに減少し、ダムがなくなり、川の水質が悪化しました。

こうしたエサ不足でヘラジカが大量死したのを人はオオカミのせいと思い込み、オオカミを殺戮し、公園内のオオカミは絶滅、さらに状況はさらに悪化しました。
 

図 6 ヘラジカ(Wikipediaより)

図6 ヘラジカ(Wikipediaより)

日本でも、風が吹けば桶屋が儲かるという格言があります(桶屋が儲かる仕組みを知っていますか?)。複雑な状況では意思決定の結果から起こることが容易にはわかりません。様々な状況を考慮して、総合的に判断する必要があります。
 

図7 風が吹けば桶屋が儲かる

図7 風が吹けば桶屋が儲かる


 

平均回帰とハロー効果

平均回帰

平均回帰とは、特別なことが起こるとこれを打ち消すような反対の出来事が起きることです。統計学では、「ある事象を何度も独立させて繰り返して行うと、相対頻度が理論的な確率に近づいていく」という「大数の法則」があります。

簡単に言えばいいことの後には悪いことが起こる

ということです。
 

スポーツ界の2年目のジンクスは、1年目に大活躍をした新人選手が2年目には成績が落ちることです。いろいろ理由が言われていますが、統計的には平均回帰であり、当たり前のことです。

心理学者ダニエル・カーネマンは、イスラエル空軍の操縦指導教官のトレーニング技術を指導した際、指導教官に「もっとパイロットをほめるべき」と助言しました。

これに対し指導教官は「パイロットはうまくいったと褒めると、次の飛行ではうまく飛べず、へたくそと罵倒した後はもっとうまくできる」と主張しました。この指導教官の過ちは平均回帰を理解していなかったことでした。うまくいった後にへたくそだったのは、単に平均に回帰しただけで、ほめたことは無関係だったのです。
 

ハロー効果

ハロー効果とは、一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうことです。

ある企業が良い業績を出していると「正しい戦略、ビジョンのあるリーダー、活気あふれる企業文化」と称賛されます。しかし翌年は業績が平均回帰によって大きく低下します。戦略もリーダーも企業文化も何一つ変わっていないというのに。
 

多くのシステムは複雑で、結果は運と実力の影響が混在しています。チェスや囲碁は実力があれば勝つことができ、運の影響は少ないですが、中には実力があっても勝てないゲームがあります。

これは故意に負けることができるかどうかで判断できます。例えば、ルーレットやスロットなどのギャンブルは完全に運が支配するゲームです。なぜならわざと負けることはできないからです。

では投資についてはどうでしょうか? S&P500種指数を上回るポートフォリオを構成するのはとても難しいことはわかります。逆に大幅に下回るポートフォリオをつくるのもとても難しいのです。

しかし、そのことに多くの人は気づいていません。

 

想定していないものは見えない

2001年2月9日原子力潜水艦グリーンヴィル号の艦⻑スコット・ワドルは潜望鏡で付近を確認しました。「船は何も見えなかった」、「ほかの船がいることは予想も期待もしていなかった」と後に述べました。

そしてデモンストレーションのため艦は急速潜航した後、緊急浮上しました。潜水艦が船首から海に飛び出すように浮上すると、それと共に激しい衝撃が潜水艦を襲いました。漁業実習船えひめ丸に衝突した瞬間でした。最大の疑問は「なぜ潜望鏡で確認したのに見えなかったのか」に尽きるでしょう。
 

オートバイ事故の半数以上が別の乗り物との衝突で、そのうちの65%以上が直進するバイクと右折する車の事故です。なぜバイクが直進するのにドライバーは右折しようとするのでしょうか。

それはドライバーにはバイクが見えず、バイクが直進してくると予想しなかったからです。ドライバーにはオートバイの存在は想定外でした。そしてこういった事故を起こしたドライバーの中にバイクに乗ったことがあるドライバーは皆無でした。派手な色のウェアやヘッドライト点灯 もないよりはましですが、最も効果があるのはオートバイを車に似せることです。ヘッドライトの間隔を離せば注意をひきやすくなります。
 

図8 いわゆる「右直事故」

図8 いわゆる「右直事故」


 

直感による判断は正しいのか

日常生活での錯覚は、自分たちの能力を過大評価させ、自信を増大させます。人の思考プロセスは以下の2つがあります。

  1. 素早い反射的な思考
  2. ゆっくりとした内省的な思考

 

素早い反射的な思考は、見落としや錯覚を引き起こします。

ゆっくりとした内省的で高次の思考は、反射的な思考の見落としを見つけることができます。しかし適切な修正ができなければ結局問題が起きてしまいます。

人の話を鵜呑みにしたり、多くの人が常識と考えていることを無条件に信じることは間違った判断を引き起こす原因になります。
 

素早い反射的な思考、別名「直感」はこうささやきます。

「自分は十分に注意を行き届かせることができる、

自分の記憶は詳細で正確、自分はものごとをよく知っている、

自信のある人は能力がある、

偶然や相関関係には因果関係がある、

自分は脳の10%しか使っておらず大きな可能性に満ちている…」

こうした直感は全て間違っているのです。
 

経営者が直感に従った具体例

モトローラの首脳陣は衛星電話ビジネス「イリジウム計画」を画策しました。地球上に 64 基の人工衛星を打ち上げ、地球上のどこにいても通話が可能になります。ただし 1 台 3,000 ドルの端末と1分3ドルの通話料を払えば。

プロジェクトは 1 年で崩壊し、50 億ドル近い損失が残りました。
 

注記)
現在、衛星インターネットは複数の会社が提供しています。通信の遅れなど問題はあるものの、広まりつつあります。直感が正しいかどうか、それはその事業をいつ行うのか、その時の技術的、社会的なバックグラウンドはどうかによって大きく変わります。
 

参考文献

「なぜ直感のほうが上手くいくのか?」ゲルト・ギーゲレンツァー著  インターシフト
「賢く決めるリスク思考」ゲルト・ギーゲレンツァー著 インターシフト
「まさか!? 自身がある人ほど陥る意思決定の 8つの罠」マイケル・J・モーブッサン著 ダイヤモンド社
「しらずしらず」レナード・ムロディナウ著 ダイヤモンド社
「錯覚の科学」クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著  文藝春秋

 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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経営と会計 固定費の役割と設備投資のリスク 〜低成⻑時代の設備投資を考える〜 https://ilink-corp.co.jp/8140.html https://ilink-corp.co.jp/8140.html#respond Thu, 10 Nov 2022 11:36:29 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8140 No related posts. ]]> 設備投資は、しばしば「景気のエンジン」に例えられます。このエンジンに火が付き、設備投資が次々に行われ始めると、これらが「現在の需要」となって景気が上向きます。設備投資が蓄積されると、積み上がった資本ストックが「将来の生産能力の増強」となって、供給力を押し上げます。つまり設備投資には需要面と供給面の2つの顔があります。

第二次安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、この設備投資にスポットライトを当てました。発表された「日本再興戦略」の中には、2012年度に約63兆円だった設備投資を、3年間でリーマン・ショック前の70兆円規模へ回復させることが盛り込まれています。そこには20年間続いた経済の停滞から抜け出すには、設備投資の復活が不可欠という強い想いが込められました。その結果、どうなったでしょうか。日本は停滞から脱したでしょうか。
 

この3年後の2015年度の設備投資は70.1兆円(2016年7〜9月期のGDP1次速報公表時点)目標を達成しました。しかしこの設備投資は盛り上がりを欠き、停滞感が残るという声が後を絶ちませんでした。

それは70兆円の設備投資の大半が、新しいビジネスを興すためよりも、既存設備の維持補修や設備更新のためだったからです。
なぜ企業は新しい事業に設備投資をしなかったのでしょうか。設備投資は経営にどのような影響を及ぼすのでしょうか。設備投資の本質について考えました。
 

経済成⻑と設備投資

そもそも経済成長(GDPの増加)とはどのようなものでしょうか。
 

経済成⻑とは

国の経済規模(国内総生産:GDP)は、一人当たりのGDP×人口で表されます。経済成⻑が「GDPが拡大すること」と考えると、「人口が増える」、「一人当たりのGDPが増える」いずれかがあればGDPは増加します。

実はGDP世界第3位の日本も一人当たりの名目GDPは世界第27位(2014年)、アメリカは第7位、中国は第62位です。つまり人口が多いことが経済大国の基盤を維持しているのです。
 

図1 世界の一人当たりのGDP ランキング(出典:IMF - World Economic Outlook Databases (2022年10月版))

図1 世界の一人当たりのGDP ランキング(出典:IMF – World Economic Outlook Databases (2022年10月版))


 

先進国は人口減少の局面にあり、2019年10月1日の日本の総人口は1億2616万7千人で,前年に比べ27万6千人(0.22%)減少しました。人口から見れば、日本のGDPは毎年0.2%ずつ減少することとなります。経済成⻑するには一人当たりのGDPの増加が不可欠です。これは個人では賃上げにほかなりません。
 

図2 主要5か国の名目GDPの推移(出典:内閣府ホームページより)

図2 主要5か国の名目GDPの推移(出典:内閣府ホームページより)


 

企業の成⻑

企業が賃上げするには、収益力向上が不可欠です。一方、企業の売上は「単価×数」で表すことができます。従って収益力を高めるには

  • 新しい商品やサービスをつくり今より高く売る
  • 新しい商品やサービスで新たな市場をつくり数を増やす
  • 既存の市場でより多く買ってもらう、あるいは他社の市場を奪う

この3つしかありません。

高度成⻑期は、技術⾰新により新たな製品が生まれました。新製品は今までの製品がより安く、多くの人が買えるようになりました。企業の売上は増加し、企業は設備投資や採用を行って、事業規模を拡大させました。加えてバブル期には土地の値上りによりお金が市場に溢れ、そのお金が設備投資や、人々の購買に回って、市場が拡大しました。ところが、その後バブルが崩壊すると……。
 

低成⻑時代の課題

バブル崩壊により大幅な信用収縮が起きました。市場のお金が縮小し、設備投資も減少しました。設備投資が進まないことで国内の労働生産性が上がらず、賃金も上がらなくなりました。その結果、消費が低迷しました。賃金が上がらない理由として他にも

  • 企業が海外に進出し、資金を海外投資に振り向けた
  • 株式のグローバル化により高い配当性向を求められ、賃上げの原資が減少

などが挙げられます。
 

日本はかつて輸出大国でした。しかし多額の貿易⿊字に対する他国の批判もあって内需拡大に努めた結果、GDPに占める輸出比率は16.1%(2017年)です。これはドイツ46.1%、フランス29.3%、イタリア29.8%、韓国42.2%、台湾59.5%、中国19.6%に比べて低く、アメリカですら11.9%です。

内需型の経済構造の国で、賃金が上がらなければ消費は低迷します。企業が賃金を上げないことに対し、国は補助金等を使って、中小企業にも賃金を挙げさせるように促しています。
 

固定費の役割と設備投資

設備投資すれば企業の固定資産が増えます。この固定資産の増加は企業の事業構造にどのような影響があるのでしょうか。
 

変動費と固定費

企業の費用は変動費と固定費に分けられます。

  • 変動費
  • 売上がゼロの時はゼロ、売上の増加に伴い増加する費用
    例 原材料費

  • 固定費

売上にかかわらず一定額発生する費用
例 家賃

実際は売上がゼロの時も一定額発生し、売上が増加すれば増加する費用が多いです。これらは便宜的に固定費とみなします。
大きく分けると

【変動費】原材料費
【固定費】建物、設備、人件費、その他の経費

つまり原材料費以外は固定費と考えられます。
 

固定費の役割

固定費は企業そのもので、この固定費の大きさで売上金額が決まります。売上を上げるには、固定費の増加、つまり設備投資や人材採用などを行います。

一方、売上が減少した場合、固定費が大きければたとえ売上の減少が少なくても赤字になります。この時、企業が固定費の削減を検討します。しかしこれは会社を小さくすることに他なりません。

複数の事業があれば、赤字の事業をやめます。これは工場や設備を売却する、従業員のリストラを行うなどが考えられます。
その結果、固定費の削減は自社の生み出す付加価値を減らし、それによってさらに利益を減らします。つまり固定費の削減と付加価値の向上は矛盾するのです。

固定費の削減
 

一方、事業によって固定費の比率の大きな事業(固定費型ビジネス)と、変動費の比率の大きな事業(変動費型ビジネス)があります。

固定費型ビジネス

製造業、航空、鉄道などの運輸、ホテル等宿泊業、スポーツクラブなど設備投資の大きな事業

  • 固定費型ビジネスは、売上が減少すれば大きな赤字になるのに対して、売上が増加すれば大きな利益が出る
  •  

    変動費型ビジネス

    小売、卸・商社など売上に比べて設備投資の少ない事業

  • 変動費型ビジネスは、売上が減少しても赤字になりにくい反面、売上が増加しても利益の増加は多くない

 

固定費の収益性の指標

企業の収益力、売上高営業利益率

売上高営業利益率
 

自社の売上高営業利益率の推移を見れば、自社の収益力の変化が分かります。ただし固定費型、変動費型ビジネスによって、事業の収益力が異なるので、事業が異なる企業とは単純に比較はできません。

事業の規模に対する収益力、総資本経常利益率

総資本経常利益率
 

総資本は、建物、設備、ソフトなど固定資産、原材料や商品などの在庫、現預金などの合計で、企業の大きさを示します。これを同じ事業の他社と比較すれば、自社の固定費の稼ぐ力が分かります。表1に2016年の業種ごとの値を示します。

表1 業種ごとの総資本経常利益率など

業種大分類 総資本経常利益率 売上高経常利益率 総資本回転率
建設業 1.5 1.0 1.6
製造業 2.1 1.8 1.2
情報通信業 2.9 1.7 1.7
運輸業 2.1 1.4 1.4
卸売業 1.5 0.8 1.6
小売業 0.7 0.4 1.7
不動産業 1.6 4.4 0.2
飲食・宿泊業 0.8 0.5 1.5
サービス業 2.3 1.6 1.4

(出典:中小企業庁ホームページより)

 

この表から小売・卸売業は固定費が少ない反面、自社が生み出す付加価値が少ないため、利益率が低く薄利多売です。一方、総資本回転率が低く、少ない資本で大きな売上を上げて、薄利をカバーしています。仕入れた商品を短期間で入れ替えるため、総資本回転率が高くなります。
 

設備投資の回収リスク

一方、設備投資、すなわち固定費の増加は、売上減少に対し赤字の危険が増大します。

一度設備投資を行うと、やめるのは困難で、設備を売却しても入ってくるお金は多くありません。売上拡大に伴って設備投資を行う場合、設備投資の回収を計算して慎重に意思決定するようにします。
 

設備投資の回収

この設備投資に使ったお金は、事業から入ってくるお金で回収します。
例えば1,000万円の設備投資をすると1,000万円のお金がその年に出ていきます。ところが決算書に費用として計上されるのは減価償却費のみです。

減価償却費とは、購入金額を法定耐用年数で割ったものです。例えば定額法、法定耐用年数が10年の場合、1,000万円の設備の減価償却費は年間100万円になります。

2年目は設備の購入はすでに終わっているので、お金は出ていきません。しかし減価償却費として100万円が費用計上されます。そのため100万円お金が残ります。このお金が設備投資の回収となります。つまり設備投資の回収期間は法定耐用年数と同じになります。

この減価償却には毎年一定額を償却する定額法と、毎年一定率で償却する定率法があります。定率法の場合は設備投資初期の償却金額がもっと高くなります。
 

法定耐用年数は、税法で定められた設備の耐用年数です。これは実際の設備の耐用年数と異なることがあります。

減価償却の本来の意味は耐用年数の間の設備の劣化(価値の損耗)で、そのため、本当は購入費用を本当の耐用年数で割った金額であるべきです。ここではこれを「実際の償却費」と呼びます。1,000万円の設備を実際は10年使う場合、実際の償却費は100万円になります。

実際の耐用年数が10年の設備は、10年間使用し、その間に当初計画した売上があれば、設備投資のお金は回収できます。一方、固定費の増加は売り上げ減少の際、赤字になるリスクが高くなるため、より短い期間に設備投資を回収したいところです。その場合は実際の償却費に加えてそれぞれの製品から得られる利益も設備投資の回収に含めます。

表2 に1,000万円の設備を投資して、年間売上3,000万円、利益100万円の場合の設備投資の回収を示します。
 

表2 設備投資の回収   単位 : 万円

1年目 2年目 5年目 10年目 合計
売上 3,000 3,000 3,000 3,000
変動費 1,300 1,300 1,300 1,300
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 100 100 100 100 1,000
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 200 200 200 200 2,000
設備投資回収 200 400 1,000

 

年間で会社に残るお金は、利益100万円と償却費100万円の合計200万円です。従って償却費に合わせて利益も投資の回収に回せば、5年で設備投資は回収できます。
事業の先行きが不透明なため、もっと短期間で回収したい場合は利益を増やします。つまり売価を上げるか、原価を下げます。例えば売価を挙げて年間の売上を3,200万円にすれば、利益は300万円になります。

表3 にこの場合の設備投資の回収期間を示します。
 

表3 より短期間に回収する場合  単位 : 万円

1年目 2年目 3年目 10年目 合計
売上 3,200 3,200 3,200 3,200
変動費 1,300 1,300 1,300 1,300
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 300 300 300 300 3,000
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 400 400 400 400 4,000
設備投資回収 400 800 1,200

 

この場合、年間に入るお金は400万円になり、3年間で設備投資は回収できます。高度成⻑期のように売上が右肩上がりに上昇している場合、売上の増加に伴い変動費(原材料費)が上昇しますが、固定費は変わらないため年々利益が増加します。

表4に売上が2%/年で増加した場合を示します。
 

表4 売上が右肩上がりに増加した場合の設備投資の回収  単位 : 万円

1年目 2年目 5年目 10年目 合計
売上 3,000 3,060 3,240 3,580
変動費 1,300 1,330 1,420 1,570
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 100 130 220 410 2,450
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 200 230 320 510 3,450
設備投資回収 200 430 1,300

 

売上が2%/年で増加すれば5年後には利益は220万円と2倍以上になります。入るお金も増加し、設備投資の回収は4年でほぼ完了します。
 

設備投資資金を借入した場合

設備投資資金を借入した場合、借入金の返済期間が設備の耐用年数より短い場合(大抵はそうなりますが)返済期間中は資金が不足します。

表5に設備投資の回収に借入金の返済を加えたものを示します。
 

表5 借入金の返済も含めた設備投資の回収  単位 : 万円

1年目 2年目 5年目 10年目 合計
売上 3,000 3,000 3,000 3,000
変動費 1,300 1,300 1,300 1,300
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 100 100 100 100 1,000
法人税 ▲40 ▲40 ▲40 ▲40
税引後利益 60 60 60 60 600
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 160 160 160 160 1,600
返済金額 ▲210 ▲210 ▲210
残るお金 ▲50 ▲50 ▲50 160 550

 

借入金の返済は法人税を引かれた後の利益で行うため、利益から法人税を計算します。(ここで実効税率を40%とする。)
その結果、税引き後の利益は60万円で償却費と併せて160万円のお金が毎期残ります。

対して借入金の返済は210万円なので、毎年50万円の現金が不足します。この分は他の設備の利益で補填しなければなりません。

自己資本が十分でなく資金を借入して設備投資を行う場合、借入金の返済期間中は設備が生み出すお金が場合によっては返済のために不足します。しかし高度成⻑期のように市場が右肩上がりに拡大していれば、年々利益は増加するため資金に余裕が生まれます。
 

経営の教科書には「設備投資資金は⻑期借入金で行う」と書かれていますが、実際は借入金の返済期間より設備の耐用年数の方が⻑いことが多いです。

「新・ほんとうわかる経営分析」の中で高田直芳氏は以下のように述べています。

  1. 初期投資(いわゆる頭金)は、自己資本で賄うこと
  2. 初年度の調達資金のうち、他人資本によるものは極力抑えること
  3. 当該固定資産の稼働によって、高収益の製品の製造・販売が期待できること
  4. 当該固定資産から生産される製品以外にも、収益性の高い製品を扱う事業を抱えていること

これは言い方を変えれば「将来において企業にもたらされる内部留保を上回る設備投資は行わないこと」ということです。
 

右肩下がりの場合

売上が右肩上がりの場合、年々利益が増加し、設備投資の回収は容易になります。逆に売上が年々右肩下がりの場合、設備投資の回収が難しくなります。

表6に売上が2%/年減少する場合の設備投資の回収を示します。
 

表6 売上が2%/年減少する場合の設備投資の回収  単位 : 万円

1年目 2年目 5年目 10年目 合計
売上 3,000 2,940 2,760 2,500
変動費 1,300 1,270 1,200 1,100
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 100 70 ▲40 ▲200 ▲530
法人税 ▲40 ▲30 0 0
税引後利益 60 40 ▲40 ▲200 ▲620
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 160 140 60 ▲100 380
返済金額 ▲210 ▲210 ▲210
残るお金 ▲50 ▲70 ▲150 ▲100 ▲670

 

売上が減少するとともに変動費も減少します。しかし固定費は変わらないため利益は年々減少し4年目でゼロ、5年目から赤字になります。10年間の利益合計も赤字で、当然設備投資の回収はできません。

売上減少は販売数の減少になります。販売数は同じでも毎年コストダウンを強要され、利益率が低下しても同様となります。

表7に1%/年受注価格が減少する例を示します。
 

表7  1%/年で受注価格が減少する場合  単位 : 万円

1年目 2年目 5年目 10年目 合計
売上 3,000 2,970 2,880 2,730
変動費 1,300 1,300 1,300 1,300
固定費 1,600 1,600 1,600 1,600
利益 100 70 ▲20 ▲170 ▲350
法人税 ▲40 ▲30 0
税引後利益 60 40 ▲20 ▲170 ▲440
償却費 100 100 100 100 1,000
入るお金 160 140 80 ▲70 560
返済金額 ▲210 ▲210 ▲210
残るお金 ▲50 ▲70 ▲130 ▲70 ▲490

 

受注価格が減少する場合、変動費は変わらないため利益はより顕著に減少します。市場が縮小し売上が減少する局面では、利益が年々減少するため、設備投資の回収は⻑期化します。

資金を借入している場合、返済期間中は資金不足がより顕著になり、売上の減少が⻑期的に続けば設備投資の回収自体が困難になります。

これは受注価格が減少しても同様です。あるいは市場が縮小し、さらにコストダウンを強要され受注価格が減少すれば、その影響はさらに顕著になります。このような環境にある場合、設備投資は難しく、これが日本の設備投資が低調な原因の一つになっているのではないでしょうか。
 

市場が急拡大する場合

例えば、スマートフォンやデジタルカメラのような全く新しい製品が開発され、その市場が急激に拡大する場合、需要は急激に増加し、それに応えるために企業は次々と設備投資をします。どんどん設備が増設されれば、多くの設備が工場全体の固定費を負担するため、設備1台当たりの固定費は減少し、利益は増加します。

表8 に設備を毎年増設した場合の設備投資の回収を示します。
 

表8 設備を毎年増設した場合の設備投資の回収  単位 : 万円

1年目 2年目 3年目 合計
売上 3,000 3,000 3,000
変動費 1,300 1,300 1,300
固定費 1,600 1,400 1,200
利益 100 300 500 900
償却費 100 100 100
入るお金 200 400 600 1,200
2台目増設 3台目増設

 

2年目に2台目、3年目に3台目が増設されたことで、固定費が減少し、利益は増加しました。その結果、設備投資は3年で回収されました。

市場が急激に拡大する局面では、市場の拡大に合わせて十分な供給ができないと競合に市場シェアを奪われます。そうならないようにするためには積極的に設備投資を行います。
市場が拡大する局面では売上が増加し、固定費の負担が減少するため利益は増加します。

その結果、設備投資の回収も短くなります。一方借入で設備投資を行う場合、当初は固定費の負担が大きく利益が少ないため資金が不足します。その分の資金を手当てする必要があります。
 

成⻑の限界とこれからの経営

経済学の教科書には「設備投資が次々に行われ始めると、これらが現在の需要となって景気を押し上げる」と書かれています。これは「供給量を増やせば需要が増える」という意味に取れます。はたして本当でしょうか。
 

今までの検討から明らかなように、売上が増えなければ、設備投資の回収リスクは高くなり、企業は設備投資を控えます。加えて設備投資の資金を借入する場合、資金不足の問題も発生します。また、設備投資を抑えれば生産性は向上しませんが、かといって同じ設備を増強しても効率は変わりません。技術的に進歩した新しい設備を導入すれば生産性が大きく向上するならば企業は積極的に設備投資を行うはずです。
 

経済学は、

「景気回復局面では、在庫が減少し需要が増加します。その結果、企業が設備投資を行うことで景気が回復する」

といいます。実際は需要が増加する見込がない場合、企業は設備投資を行いません。それを国は無理に補助金を投入して中小企業に設備投資を行わせようとしているのではないでしょうか。

新しい製品、事業が立ち上がれば新たな需要が生まれて企業は設備投資を行います。あるいは新興国のように今まで買えなかった人たちが収入の増加に伴い買うことができるようになれば、新たな市場が生まれます。しかしいずれ世界の人口増加が止まれば、新たな市場も生まれなくなります。
 

図3 世界人口の推移予測

図3 世界人口の推移予測


 

世界の人口は2030年から2080年には頭打ちになるという予測があります。また現在の人口すべてに先進国と同様に商品やエネルギーを供給できないという地球環境の制約があります。市場の拡大に依存した設備投資、事業規模の拡大はいずれ壁にぶつかるのではないでしょうか。
 

参考文献

「企業の投資戦略に関する研究会−イノベーションに向けて−」財務省報告書
「新・ほんとうにわかる経営分析」高田直芳 著 ダイヤモンド社_

 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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]]>
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中小企業の視点から考えるトヨタ生産方式の光と影 https://ilink-corp.co.jp/7974.html https://ilink-corp.co.jp/7974.html#respond Wed, 17 Aug 2022 03:01:10 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=7974 No related posts. ]]> トヨタ自動車株式会社 (以降、トヨタ) の生産の仕組み「トヨタ生産方式」(Toyota Production System : TPS)は、かんばん方式など独自の手法で知られトヨタの強さの要因といわれています。

「TPSを導入すれば、コストは下がり生産性は増加する」

と自動車や自動車部品メーカーだけでなく、他の業界や行政機関などもTPSを導入しました。

ではTPSを導入すれば、他の業界でも生産性は増加するのでしょうか?

TPSの解説書には多く成功事例が掲載されています。そしてTPSの導入が失敗した企業は、「トップの決意が不十分」「従業員の改善意欲が乏しい」などが原因とされています。

そこで伊原亮司氏の著作などを参考にTPSの成立過程から振り返り「TPSの本質は何か」、そして中小企業にとってTPSのメリットとデメリットについて考えました。

トヨタ生産方式 (TPS)

トヨタの創業者 豊田喜一郎氏は、自動車の生産は「必要な時」に「必要なもの」を「必要な量」だけ生産する「ジャスト・イン・タイム」であるべきと考えました。これを大野耐一氏 (元トヨタ副社長)が具現化したものがTPSです。TPSの代表的な考え方がジャスト・イン・タイム、自働化、7つのムダです。

TPS

ジャスト・イン・タイム

ジャスト・イン・タイム (Just In Time : JIT)は、「必要な時」に「必要なもの」を「必要な量」だけ生産する方式です。

それ以前の1950年代のトヨタは、トラックを日産40台生産する会社でした。(トヨペット クラウン発売前) このトラックは需要予測に基づいて計画を立てて生産していました。しかし需要予測は外れることが多く、工場には大量に在庫が発生し、そのため経営が悪化しました。

そこで需要に合わせて「必要な時」に「必要なもの」を「必要な量」だけ生産するJITが考えられました。ただしJITは工程内の在庫(仕掛品)はゼロではありません。工程内には必要最低限の下図の製品(仕掛品)は存在します。JITを実現するためには、以下の5つの手法が採られています。

① 工程の流れ化
各工程の設備の時間を揃えて、工程の開始と完了を同期させます。(同期化)
生産量の変化に柔軟に対応できるように作業者は複数の工程を担当できるようにします。(多能工化)
設備は工程順にレイアウトし、工程順に製品が流れるようにライン化します。

② 小ロット生産化
必要なものを必要なだけ生産するために最小のロット(理想は1個)で生産できるようにします。
生産ロットが小さい場合、品種の切替時間 (段取時間) が長いと生産性は低下します。そのため段取時間の短縮を行います。

③ タクトタイム作業
作業は最適な作業方法を決めて、統一し (標準化)、全員が守ります。(標準作業)
標準作業の時間(タクトタイム)を設定し、その時間で生産します。

④ 少人化
生産量に応じて最も少ない人数で生産するため、生産ラインの人数は固定しません。
生産量が少ない時はラインの人数を減らして、一人当たりの生産性を高く保ちます。

⑤ 後工程引き取り方式
生産計画に基づく従来の生産方法は、後工程の状況に係わらず前工程は計画通りに生産します。(押込み生産) かんばん方式 (後工程引き取り方式) は後工程が使用した分だけ生産します。

かんばん方式とは?

下図でかんばん方式の説明をします。

かんばんの説明

かんばんの説明

【後工程】
① 後工程は部品をラインに投入し、その際引き取りかんばんを外します。
② 運搬係は、引き取りかんばんを前工程に持っていきます。
③ 運搬係は前工程で引き取りかんばんの数だけ部品を台車に積み後工程へ運びます。その際、積んだ部品の数の分、前工程の仕掛かんばんを外します。

【前工程】
① 前工程は仕掛かんばんの数だけ生産します。

こうして後工程が使用した分だけ前工程は生産します。一方前工程がかんばんに従い生産している間、前工程と後工程の間には、後工程が生産を続けられる数の仕掛品 (生産途中の在庫) が必要です。後工程引き取り方式は一定量の在庫が不可欠です。

対して生産計画に基づく生産方式(押込み生産)では仕掛品は必要ありません。ただし押込み生産では需要予測が外れれば大量の在庫が発生します。

⑥ 前提条件 平準化
JITを実現するは、需要が常に一定でなければなりません。毎月の生産量が大きく変動すれば、必要なかんばんの枚数が大きく変動します。生産ラインでは欠品や過剰な仕掛品が生じます。円滑な工程の流れも阻害されます。

TPSの解説書でも「TPSの導入には生産の平準化が必要」と書かれています。しかし平準化する方法は書かれていません。

なぜなら現実には生産の平準化は困難だからです。

自働化

TPSの自働化は「働」の文字を使用します。自働化とは設備に異常が起きたら設備が自ら止まることです。

従来は大量生産では高い生産性を保つために設備は極力止めないようにするのが基本でした。そして大量生産では不良は一定数発生するため、これを検査で取り除きます。

TPSでは、設備が自ら不良を検出し、不良が発生したら直ちに止まるような設備にします。豊田佐吉が発明したG型自動織機は、横糸が切れた時に自動的に停止し不良品をつくらないようにしていました。自働化はこれが起源と言われています。

① 品質は工程で造り込む
「自働化」により、設備が常に良品を製造すれば、不良の損失や不良の手直しがなくなります。検査で品質を保証するのでなく「自働化」により品質を工程で造り込みます。

② 省人化
設備が異常の際に自動的に止まれば、設備の稼働中に作業者が設備についている必要がありません。人と設備の仕事を分離し、人は設備から離れ、より付加価値の高い仕事をします。これが省人化です。

7つのムダ

TPSでは、付加価値を生まない作業を「ムダ」と称して徹底的に排除します。このムダには以下の7つがあります。

① 作りすぎのムダ
必要以上に作れば仕掛品や在庫が増えます。今すぐ使わないものは「手が空いて」いても作りません。

② 手待ちのムダ
手待ちとは、部品や材料の不足、設備の故障、指示が出ていないなどで作業者が待っている状態です。ただ待っていても人件費は発生しているからです。

③ 運搬のムダ
材料や仕掛品をいくら運んでも付加価値は増えません。

④ 加工そのもののムダ
加工は価値を生み出す作業です。だからといって放置せず「本当に必要最小限になっているか」「いっそのこと加工をなくすことはできないか」常に疑問を持つようにします。

⑤ 在庫のムダ
過剰な在庫はその間資金が寝てしまい資金不足に陥ります。しかも保管費用もかかります。トヨタは50年争議(後述)で過剰な在庫により深刻な経営危機に陥りました。さらに在庫は時間の経過とともに陳腐化します。陳腐化して売れなくなれば廃棄することになります。

⑥ 動作のムダ
生産中に手や足をたくさん動かしたり、あちこち歩いても付加価値は増えません。むしろ「動かないで生産できないか」工程や設備の配置を工夫します。

⑦ 不良をつくるムダ
いくら手間をかけて作っても不良品では使えず廃棄されます。たとえ使えても作り直しや修正、選別などの費用がかかります。

以上がTPSの主な手法や考え方です。TPSの解説書の大半がこういった手法やその運用の解説です。

しかしこうした手法は他の業界でも効果的なのでしょうか?

TPSが達成しようとする世界はなんなのか、TPSの成立過程に遡ってみます。

トヨタ生産方式の成立過程

戦後、1950年トヨタはまだ乗用車を生産してなく、トラックを日産40台生産するのみでした。(初代クラウンの発売は1955年)

在庫で経営が悪化したトヨタ

戦後間もない1949年、政府は激しいインフレに対処するため超緊縮予算を取りました。これにより深刻な不況 (ドッジ不況)に陥ります。トヨタを筆頭にトヨタグループ各社の経営は悪化し、賃金引き下げや人員整理をめぐり激しい労働争議 (50年争議) が起きました。

当時のトヨタはトラックを需要予測に基づき「見込み」で生産していました。月の初めは部品が十分に揃わず、組立途中のトラックが工場にあふれていました。月末にはそれまでの遅れを取り戻そうとスピードを上げて追い込み生産しました。

しかしドッジ不況でトラックが売れなくなると、在庫は工場にあふれ、資金繰りに窮して経営は悪化しました。豊田喜一郎氏は、この経験からトヨタの目指す姿として

「需要予測に基づく計画生産でなく、売れた分だけつくるJIT」

と考えるようになりました。

大野氏らによる現場の解体

トヨタの拳母工場の機械工場長だった大野耐一氏はかつて豊田紡織の技術者でした。豊田紡織では、1人の作業者が20台の自動織機を担当していました。それをヒントに拳母工場の機械加工現場で工作機械の自動化を推進しました。従来1人1台担当していた旋盤など工作機械を1人で複数台担当する多台持ちに変え、生産性は大幅に向上しました。

これは今はNC工作機械が主流なので、ボタンを押せばしばらくは自動で加工します。しかし当時は自動と言っても油圧の機械なので、今の機械ほど長く自動で加工できません。その短い時間に別の機械での作業を行うため、綿密な時間配分と正確な作業が求められたと思われます。実際に現場の反発は強く、50年争議では多台持ちの「大野ライン」が労働者から激しく批判されました。

これは、その後大野氏がJIT実現のため、かんばん方式を導入する際にも現場から強い抵抗がありました。こうした現場の抵抗に対して、大野氏はかつての自分の直属の部下、中でも中学卒業後トヨタに入社した養成工と呼ばれた若い社員たちを中心として、自分の考えを浸透させていきました。

そして大野氏は、機械工場長からトヨタ全体にTPSを推進する立場になると、自分が直接指導した若い大卒社員たちを現場に派遣してTPSを浸透させました。大野氏が手を焼いたのは、作業者はかんばんがなくても手が空いたら生産してしまうことでした。

余分な在庫を持たないことを徹底するために、大野氏とその部下たちは、時にはパワハラともいえるような強い言動で現場を強引に改革していきました。(この大野氏の番頭と言われたのが厳しい指導で知られた鈴村喜久男氏でした。作業者は、工場に鈴村氏が視察に来ることが分かると一斉に余分な仕掛品を隠したそうです。

こうした強引なトップダウンの甲斐あってTPSが現場に根付くようになると、現場は標準作業を守るようになり、もうつくりだめはしなくなりました。その後大野氏の後を引き継いだ人たちは、現場で怒鳴ったりすることはなくなりました。大野氏がこのような労力をかけてトップダウンでなければTPSが浸透しなかったのは、当時現場にはたたき上げの職人気質の作業者が多く、今までのやり方を変えさせることが容易でなかったからです。

大野氏の考える能率

かんばん方式は大野氏がアメリカのスーパーマーケットをヒントに考えたと言われています。しかし作家の山本七平氏が大野氏にインタビューしたところ、かんばん方式を考案した本当の理由を語っていました。この時のインタビューは山本七平氏の著書「指導者の条件」に記載されています。

これによると、山本氏が「どういう発想からあのかんばん方式をつくられたのですか?」という質問に対して大野氏は以下のように答えています。(以下「指導者の条件」より引用)

 戦後、アメリカの経営学がどっと日本に入って来ましたが、アメリカの経営学は「働かない人間を働かすにはどうしたらいいか、働かせるためにいかなる組織を作るべきか」が主眼になっている。それには第一工程の能率を上げれば、否応なしに第二工程、第三工程にその能率が押されていくので、最初のところでもつとも能率を上げれば最終的に能率が上がる——という形になるのだそうです。

中略 そのとおりトヨタも最初はやっていたのだそうですが、どうもうまく行かない。うまくいっているようだけれども、どうもおかしい。そこで工場に入ってよく見ると、「人ベンの付いている人間と人ベンのついていない人間とがいる」ということを言われるのです。
どういうことかといいますと、「働く」という字から人ベンを取りますと「動く」になります。働いている人間とただ動いている人間がいるという意味です。

そこで大野氏は、動いている人間は価値を生み出していないので他へ移動させたいのですが、この区別が難しいのです。なぜなら、人はあちこちに移動するため、今まで働いていた人間が、次の瞬間にはただ動いているということが起きていました。そこで(以下「指導者の条件」より引用)

「仕事がない人間は動いちゃいけない、その人間は壁の前で立っていろ」という命令も出された。それは本人が悪いのではなくて、係長ないし課長の責任であるから、遠慮なく立ってくれと言ったのだそうですが、日本人は絶対に他人が働いているときに何もしないで立っていることはできなかったそうです。いかに副社長の命令であろうとできない、どんなに言っても、一揆的連帯感から動いてしまうので、いろいろ考えた結果、最後に「各工場はあらゆる方法で最高の能率を上げよ、そしてできた部品は絶対に持ち出してはならない」と命令したそうです。

ですから一時は最終ラインが止まってしまうわけですが、そこで「必要な分だけ前の工程に取りに行け、必要以上は絶対に取って来てはならん」と各工場の連携を遮断したのだそうです。そうしますと、ある部署は部品が余るのです。だんだん滞貨が溜まって自分のいる場所さえなくなった。そこは人間が余っている証拠で、適当に調整を取りながら誰かが「動き人間」になっていたことが分かったのです。

またある部署は最高の能率を上げても部品が余らないといったように、いろいろな現象が現れた。できた製品を次の工程が必要な分以外出させない、ということで、「働き人間」と「動き人間」の数量化ができたわけです。工場というのは困ったもので、いつでも人員が足らないことばかり言ってくる、どんなにしても人員が余っているとは言わなかったが、こうした方法で初めてそれが分かった。そこで「お前のところは人員が余っている、これだけよそへ回せ」という措置をした。カンバン方式の初めはそれだけだと言われるんです。

これが大野氏がかんばん方式を着想した理由のようです。そしてこれを実行するには各現場が最大の能率を発揮しなければ意味がありません。これが過酷ともいえるトヨタの現場の思想的背景にあると考えられます。

そして人員を減らすことに大野氏がここまで執念を燃やしたのは、50年争議で全社員の1/3に相当する2,146人を解雇せざるを得なかったという経験があったからだと思います。

TPSの目指す姿

こうして大野氏たちがTPSを推し進めていった背景には、当時のトヨタと欧米の自動車メーカーとの圧倒的な規模の違いがありました。1955年にトヨペット・クラウンを発売したトヨタの年間生産台数は、乗用車とトラック合わせて4万6千台でした。対してフォードは当時すでに年間200万台を生産していました。当時トヨタは今よりもはるかに多品種少量生産でした。この時代にTPSはつくられたのです。

① TPSの目的と成立条件
こうしてTPSの成立の経緯から、TPSの目指す姿が見えてきます。

【TPSの目的】
在庫を持たず売れた分だけ、つくる

多品種の製品の効率よく生産する。

【成立条件】
受注の平準化 (毎月決まった量の生産)

② 受注の平準化
実は受注を平準化できるのは以下の要因があるからです。

◆お客を待たせることができる◆
自動車は高額でしかも顧客の趣味嗜好が強く反映される商品です。顧客は気に入ったモデルを入手するために納車が半年先でも待ちます。ですから自動車メーカーはどれだけ受注残が増えても生産能力を簡単には変えません。

ところが他の多くの商品では顧客はそこまで待ってくれません。夏の暑い日にエアコンを買いに行って、気に入ったモデルがあっても納期が3か月先なら他のモデルを買います。その点で自動車は特殊な商品なのです。 (誰もこの違いを指摘しないのは不思議ですが。)

◆売り切る力がある◆
しかもトヨタは全国屈指のディーラー網と強力な販売力があります。そのため他のメーカーと比べて販売量が安定しています。それでも販売が不足すれば、ディーラーに割り当てたり、販売奨励金(値引きの原資)を出して売り切ることができます。しかし車種が少なく、販売網もトヨタほど強くない自動車メーカーでは、トヨタのようには受注を平準化できません。

つまりTPSの本に書いてある「まずは生産量を平準化して」という前提は、製品や市場、販売力に影響されるため、実現は困難な条件なのです。

現場の実情

では、TPSの現場の実情はどのようなものでしょうか。

岐阜大学 准教授 伊原亮司氏は、かつてトヨタの現場で期間社員として働いたことがあり、その経験を「トヨタの労働現場」という本に著しています。

熟練不要な作業

伊原氏によれば、トヨタの現場では作業者の多くが期間社員や派遣社員でした。そして作業に特別な技能は必要ありませんでした。最近は期間社員に加えて派遣社員も増え、生産ラインでは約半数が派遣社員という工場もあります。

「ものづくりは人づくり」と言うコンサルタントもいますが、生産ラインで中心となって働いている彼らは、人づくりの「人」に含まれているのでしょうか?

では熟練が不要かというとそうではありません。厳しいタクトタイム内で作業するには、ものを置く位置、手の位置、動作を最適にしなければ間に合わないからです。高い労働強度と作業に慣れ、時間内にできるようになるまで1か月ほどかかったそうです。そして慣れると何も考えずに作業が出来るようになります。そうなると作業が単純な分、時間が経つのが遅く1日が長くなります。

長期間続けられない作業

作業は簡単でも労働強度は極めて高く、伊原氏が担当した作業は、1サイクル30秒、歩行は1日2万歩(15~17km相当)になりました。製品の箱は10~20kg、これを1日に何十回と持ち上げるため、手や腰に大きな負担がかかりました。作業者の大半は30歳以下でしたが、途中で続けられなくなって退職する期間社員も多くいました。

現場は多くの若い期間社員や派遣社員が順に入れ替わることで、労働強度の高い現場を維持しています。一方、現場の正社員は、年齢が高くなり高い労働強度に耐えられなくなれば間接業務に移動します。

形式化するカイゼン

現場の作業者が自ら作業の問題点を改善する「カイゼン」は日本企業の強さと言われています。トヨタではQCサークルは全員が参加します。残業手当も支払われます。しかし伊原氏は「1日の労働の疲労が激しく、とてもアイデアを出す気にならない」と述べています。それでも正社員の人たちは自らの評価もあるので提案を行っていました。

QCサークルと別に現場に専任の改善チームが来ます。彼らは作業を観察して余裕があればその現場から人を減らします。労働負荷はさらに高まり、時間はタクトタイムに間に合わなくなります。そうした環境下で作業者は、タクトタイムに間に合わせる方法を必死で考えます。

そのため人を抜かれないように改善チームが来ると作業者は意図的に速度を落とすこともありました。

品質について

このように労働強度の高い現場は、作業者が作業に十分に注意を払うことができません。実際に現場では不注意による作業ミスも起きていました。伊原氏の担当ラインは「人を活かす」ために意図的に自働化のレベルを落としセンサーも減らしていたこともあって、作業ミスによる不良品が後工程に流出しました。

一方表向きは標準作業の遵守を言われていましたが、実際の現場ではタクトタイムに間に合わせるために自分独自のやり方を早く身に着けることが求められました。実際に時間のかかる部品はかんばんを無視してつくりだめするなどして間に合わせていました。

トヨタだからできる?

このように労働強度の高い現場は、若い人を期間社員として常に補充できるから成り立っています。しかし中小企業は、現場の作業者は正社員も多く定年まで現場で働きます。しかも若い人を採用するのも容易でないため、トヨタのような高い労働強度を強いるのは困難です。労働強度を上げすぎれば高齢者はついていけず若い社員はいやになって退職します。

カイゼンは、このように高い労働強度の中で、時間に間に合わせるためにアイデアを出させています。そのためそこまで作業者に高い負荷をかけられない中小企業の現場ではトヨタのようなカイゼンは困難です。

また中小企業の多くは、人件費の抑制と人材確保のため、外国人研修生や外国人の派遣社員を活用しています。彼らは若く、技能の習得は早い反面、言葉の問題で十分なコミュニケーションが取れません。そのため作業の細かな注意点やカン・コツが適切に伝わっていない問題があります。実際中小企業の現場では、コミュニケーション不足による不良や事故も起きています。

TPSの広がり

トヨタは国内工場へTPSが定着すると、海外工場や下請けメーカーにTPSを展開しました。

海外工場や部品メーカーへの展開

海外工場へのTPSの展開は、文化や労働慣行の異なるため困難を伴いました。北米のケンタッキー工場は時間をかけてTPSを定着させましたが、イギリスやフランスの工場は、TPSの定着は北米に及びませんでした。

トヨタの一次下請メーカーは1967年の関東自工が導入したのを皮切りに順次TPS導入を行いました。1970年からは下請企業との取引にもかんばんが使われるようになりました。これは一次下請メーカーの生産システムもTPSに変える必要が生じたため、その初期には大野氏、鈴村氏が直接指導にあたりました。こうしてTPSが定着すると一次下請メーカーの生産性は向上しました。

一次下請メーカーに定着したTPSは、一次下請メーカーの協力会を通じて二次下請メーカーに展開されました。一次下請メーカーがTPSに則ってかんばんで生産するようなると、二次下請メーカーもそれに倣って生産する必要が生じたからです。

二次下請メーカーで生産された部品は1日に複数便出るトラックに積まれて一次下請メーカーに送られます。一次下請メーカーでその日に組み立てられ、トラックに積まれて翌日にはトヨタの生産ラインに投入されます。

この仕組みが順調に回るには、二次下請メーカーからトヨタまで、不良や設備の故障がなく、滞りなく生産できなければなりません。そのためには継続的なカイゼンが求められ、必要であればトヨタから人材が送り込まれます。こうしてTPSの仕組みの中で滞りなく順調に生産ができれば、下請企業は多くはないけど安定した利益が得られます。

TPSコンサルタント

日本企業の中でもトヨタが売上、利益率とも際立ってくると、その秘訣としてTPSが知られるようになりました。そして企業にTPSを指導する方たちが増えました。このTPSのコンサルタントは3つに分類できます。

① トヨタ、又はトヨタのグループ会社で直接TPSに従事したグループ

② 書籍や研修を通じてTPSを学んだグループ

③ TPSを独自に解釈してオリジナルな手法に発展させたグループ
例 リーン生産方式(ジェームズ・P・ウォマック)

欧米や中国企業は、TPSを①②の指導者から学ぶより、③のリーン生産システムとして学ぶことが多いようです。かんばん、自働化など固有の手法のみが取り上げられ、システムとして体系化して理解するのが難しいTPSよりも、システムとして体系化されたウォマック氏らのリーン生産システムの方が彼らには理解しやすい点もありました。

また①②の指導内容は様々で、トヨタのやり方に忠実に従う指導者もあれば、TPSをより発展させセル生産などを指導する指導者もいます。いずれの指導者も

「トヨタのやり方は正しく、TPSを正しく実行すればムダが減り生産性は向上する」

ことに疑いは持っていません。

しかしTPSの目指すところは

「在庫を持たず売れた分だけつくる」

「多品種の製品の効率よく生産する」

ことです。そしてTPSが成立するためには

「受注の平準化」

が不可欠です。

トヨタ生産方式と海外の自動車メーカー

マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のジェームズ・P・ウォマックは、アメリカの自動車メーカー、部品メーカー、政府からの資金で日米の自動車メーカーの開発、生産、販売まで幅広く特徴と競争力を分析しました。その結果、トヨタの生産方式を「リーン生産方式」と呼び、その特徴をまとめました。そして日本メーカーの「リーン」な仕事のやり方は、生産だけでなく、開発や販売にも見られ、日本企業の強さの秘訣となっていることを示しました。

1980年初頭の欧米の自動車メーカーは、日本と比較してモデルサイクルが10年と長く、車種は少なく、日本より大きい生産規模でした。そのため高価な大型の設備を使用し、できるだけ生産効率を高める考えでした。そのためには「設備を止めずに」生産を続けることが必要で、時には多くの欠陥のある車ができていました。完成品置き場には欠陥を手直しするために大勢の作業者がいました。当時のアメリカやヨーロッパの自動車工場は工場面積の20%、製造時間の25%がこうした欠陥の修正に費やされていました。

使用する部品はすべてGMやフォードの技術者で設計され、部品は厳密に仕様と価格が決められていました。サプライヤは競合より少しでも安ければ受注できました。こういった敵対的なメーカーとサプライヤの関係に対し、トヨタではトヨタと一次サプライヤの関係は協力的でした。トヨタは必要な機能や価格、仕様を決定するだけで、詳細な設計はサプライヤが行っていました。その結果トヨタはGMやフォードに比べて大幅に少ない設計者で開発していました。

仕掛品を徹底的に少なくするTPSは、不良が発生すれば直ちに原因を突き止めて対策します。しかしGMはプレスの金型交換に1日かかり、工場には遠方から貨車で運ばれたボディのプレス部品が大量に在庫されていました。もし不良が見つかればその対処には気が遠くなるような作業と時間が必要でした。

GMやフォードの大量生産体制は販売にも影響しました。メーカーは、需要とは無関係にディーラーに「計画通り」に生産した車を「押し込み」ます。大量に車を仕入れたディーラーは広大な敷地に車をストックし、訪れた顧客に少しでも利益が上がる車をなんとかして売ろうとします。歩合制のセールスマンは、少しでも高く売ろうと、顧客に対しあの手この手でより利益の高い車やオプションを強引に売り込みました。かくして多くのアメリカ人にとって自動車ディーラーは「一番行きたくない場所の一つ」となってしまいました。

こういった大量の在庫販売は、在庫があるために需要が変動しても生産調整が遅れるので、むしろ生産量を大きく変動させます。日米の自動車メーカーの生産台数の変動を比較すると、アメリカの自動車メーカーは日本メーカーよりも大きく変動していました。

そのためアメリカの自動車メーカーは景気の変動に応じて頻繁にレイオフを行っています。(ただしレイオフ中は失業給付があり、生産量が戻れば復職できるため、日本の人員整理とは異なります。)

対して日本では顧客は自分の欲しい車の色やグレードを選ぶと、ディーラーはメーカーに注文を入れます。2週間後には顧客の元に注文した仕様の車が届けられます。これは完成車の在庫がないだけでなく、生産工程の仕掛品も極めて少ないためです。(2020年以降は新型コロナの影響で納期が非常に長くなっていますが。) 一方日本メーカーも海外に輸出する際は、国内のような対応はできず、売れ筋を絞って見込み生産しています。

このようにTPSは販売の仕方も大きく変えました。

日本郵政の問題

2002年郵便事業の民営化に先立ち、日本郵政公社は副総裁に元トヨタ常務の高橋俊裕氏を迎え、郵便事業改革の目玉としてTPSの導入を決定しました。モデル事業所として埼玉県の越谷郵便局が選ばれ、トヨタから人材が送りこまれ、2003年にはカイゼン活動は全国の郵便局に展開されました。日本郵政公社の生田総裁はカイゼンによる生産性向上で職員28万人を1万7千人削減すると発表しました。

実際はカイゼンで工数が削減される前に人員削減が先行しました。職員の負荷は増大し、事故や過労による休職、サービス残業、自爆営業など多くの問題が発生しました。様々な問題が起きた後、2006年には越谷局のカイゼンは有名無実と化しました。

大野氏はトップダウンで強制的にトヨタの現場を解体しTPSを定着させました。その後の世代はすでにTPSが定着した現場をカイゼンしました。日本郵政にTPSを導入した人々は日本郵政という巨大の組織の現場を解体するという意識はあったのでしょうか。そして生産の平準化を前提としたTPSという処方箋は、季節や日により変動する郵便事業に対して正しかったのでしょうか。

中小企業にとってのTPS

実はトヨタ系列の下請部品メーカーにとってもTPSの浸透と徹底は容易ではありませんでした。

TPSの徹底の困難さ

そしてTPSが徹底されない時、指導する側は

「トップの決意が不十分」

「リーダーの取組姿勢」

「不十分なカイゼン意欲」

と精神論を原因にします。

しかしトヨタでも大野氏らが強権を発動して現場を解体し、今までのやり方を強引に変えてきました。1か月に数回訪れる社外の人間が、例え大野氏のように怒鳴り圧力をかけたとしても中小企業の現場を解体できるでしょうか。

トヨタでは最も作業の早い人の時間をタクトタイムに設定します。作業者は強制的にタクトタイムで作業をさせられ、無理を強いられることでカイゼンのアイデアを引き出します。その一方でカイゼンチームは現場を観察して、人を減らします。トヨタでこうした無理を引き受けるのは、変更に反対できない期間社員や派遣社員です。しかし中小企業の現場には多くのベテラン社員がいて、無理を強いれば強く反発します。

TPSが機能するためには生産の平準化が必須条件です。そしてトヨタでは二次下請け、三次下請も部品の発注は平準化されています。例えば内装部品は、同一車種であってもグレードや色によって非常に多くの種類があります。二次、三次の下請に発注される部品は、比較的量が少なく品種が多く手間のかかる部品もあります。それでも発注量が安定しているので、下請企業はかんばんに従い効率よく生産できます。これはトヨタが生産の平準化を最優先している結果です。

同じ自動車メーカーでも車種が少なく販売力の劣るメーカーは、生産の平準化が不十分なため下請けへの発注は大きく変動します。

奪われる体力

トヨタはこれまで下請企業の提案によりコストダウンした場合は、価格は1年据え置かれ、その間のコストダウンは下請企業の利益になります。受注側と発注側の双方でアイデアを出してコストダウンをした場合は、コストダウンの果実(利益)は双方で均等に分け合います。しかし最近の単価切り下げの圧力は強く、サプライチェーンの末端まで考えると、こういった紳士協定がどこまで遵守されているのかは不明です。

トヨタは1994年には円高緊急対策として3年間で15%のコストダウンを目標としました。2000年から3年間で30%、2005年から3年間で15%、2009年から再び30%を目標にしました。もし1994年から同じ部品を2009年まで生産した場合、価格は85%×70%×85%×70%=35%、1994年の35%、15年間で65%のコストダウンが必要になる計算です。もし製造方法を変える、材質を変えるといった改善で65%のコストダウンができなければ、実質的には値下げの強要になってしまいます。

強いコストダウン圧力のため下請部品メーカーは人件費の削減を進めました。作業者を正社員から派遣社員、外国人研修生へと切り替えてきました。それでもわずかしか利益が残らなければ、下請企業の体力は徐々に奪われていきます。利益が少なければ、設備の更新や人材の採用もできません。リーマンショックのような不況が起きれば当座の資金確保のため借入を行います。その後は返済の負担が重くのしかかります。

トヨタの仕事しかできない会社へ

TPSはトヨタの車づくりに最適化したシステムです。トヨタから安定した受注がある下請企業は、TPSの導入により在庫は減少し生産性は向上します。トヨタのコストダウンは厳しく大きな利益は望めませんが、それでも安定した利益が持続します。

こうしてTPSが浸透した工場は、それゆえ他の業界に適応できなくなります。あるいは適応しようとすると相応のコストがかかります。TPSの浸透しているトヨタ系列の二次、三次の下請け部品メーカーは、完成品在庫は半日程度、1日4便のトラックがその日に運んだ部品は、翌日には一次下請け、その翌日にはトヨタで完成車に取り付けられます。

しかしトヨタ以外の自動車メーカーは、受注がトヨタほど平準化されていないため、指示納入という形で日々の生産数が大きく変動します。そのため納期に間に合わせるためにはある程度の在庫が必要でした。

他の業種へのTPSの展開

他の業種では自動車のようにお客を待たせることができる商品は限られています。大抵は需要に合わせて増産、減産を繰り返します。こうした業界に平準化を前提としたかんばんを導入すれば現場は大混乱になります。そして「TPSはもういいや」となります。

また「誰でもできる仕事」を高い労働強度で作業者に強要できない業種もあります。また受注の変動を吸収するために、ある程度人の余裕が必要なこともあります。品種が多くて、しかも不良を自動的に検出の仕組みがなければ、不良を出さないように作業者には高い注意力が必要です。こういった現場で作業者に厳しいタクトタイムを強要すれば、品質問題が多発します。

日本郵政公社は、量が変動する郵便物に柔軟に対応するため人の余裕をどのように想定していたのでしょうか?改善チームが観察し時間測定で決定した現場の人員は、量の変動も含めて適正だったのでしょうか?

本コラムは未来戦略ワークショップのテキストから作成しました。

参考文献

「ムダのカイゼン、カイゼンのムダ」 伊原亮司 著 こぶし書房
「トヨタの労働現場」 伊原亮司 著 桜井書店
「リーン生産方式が世界の自動車産業をこう変える」ジェームズ・P・ウォマック 他 経済界
「指導者の条件」山本七平 著 文芸春秋

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

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「行動経済学から考える『行動を促す方法』」 ~コロナに見られるリスク選好とリスク回避~ https://ilink-corp.co.jp/7869.html https://ilink-corp.co.jp/7869.html#respond Wed, 15 Jun 2022 01:47:58 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=7869 No related posts. ]]> 伝統的な経済学では、人はすべての選択肢の中から最も自分に有利になるように選択するとしています。一方、現実には人は限られた情報の中で非合理な選択をすることもあります。しかも人の選択はその時のリスクの大小によって変わります。
 

なぜ人は不合理な選択をするのか?
そして人々に合理的な行動を促すにはどうしたらよいのか?
行動経済学から考えます。
 

経済学の考える人と現実の人

ホモエコノミカス

伝統的経済学では「経済活動を行う人」は以下のようなモデルです。

  • あらゆる商品の品質と価格を比較し、効用(メリット)が最大になるように行動する
  • 他人のことは気にしない
  • 感情を持たない
  • お金、財、サービスには執着するが、他の欲望(性欲、名誉欲)には淡泊

 

伝統的経済学ではこれを「合理的経済人(ホモエコノミカス)」と呼びます。ホモエコノミカスが活動する市場が「完全競争市場」です。完全競争市場とは

  • 個人や企業は商品やサービスの品質や価格に関する情報を全て持っている。
  • 個人の消費行動や企業の生産活動は、市場での取引を通じてのみ、他の個人や企業に影響を及ぼす。
  • 全ての商品は、商品を購入したものだけが便益を受ける事ができる。

というものです。
 

この完全競争市場では「一物一価の法則」が成り立っています。
この完全競争市場で人や企業は、

  • 個人は、効用を最大にする
  • 企業は利潤を最大にする

ように行動します。
 

現実には人はホモエコノミカスのように常に最も有利な選択をするとは限りません。感情に任せ不利な選択をしてしまうこともあります。経済学者リチャード・セイラ―は、このホモエコノミカスを「エコン」と呼び、現実の人を「ヒューマン」と呼びました。
 

速い思考と遅い思考

現実には一人の人間の中でも、衝動的で直感的な判断を行う「ヒューマン」と、冷静かつ論理的な思考を行う「エコン」の2つの思考モードがあります。心理学者キース・スタノビッチは、これをシステム1とシステム2に分類しました。

システム1

「速い思考」自動的で高速な思考、自らコントロールしている感覚はない

システム2

「遅い思考」複雑な計算など集中して頭を使わなければならない活動での思考
 

以下のような活動はシステム1が自動的(無意識)に行います。

  • 突然聞こえた音の方角を感知する
  • 声を聴いて敵意を感じ取る
  • 2+2の答えを言う
  • 空いた道路で車を運転する。

 

システム2は以下のような特に注意力を要するような活動を行います。

  • 人が大勢いるうるさい部屋の中で、特定の人物の声に耳を澄ます
  • あるページに「a」が何回出てくるか数える
  • 狭いスペースに車を停める
  • 複雑な論旨の妥当性を確認する。

 

システム2が働くには注意力を必要とします。しかし人間の注意力には限りがあるため、一度に複数のことをシステム2が行おうとすれば注意力が不足します。その結果複数のことのいずれかが不十分な結果になります。非常に狭いスペースに車を停める際に、複雑な論旨の文章を聞かされれば、文章が頭に入らないか、隣の車にぶつける結果になります。

またシステム2は強い意志やセルフコントロールを強要されるとセルフコントロールに失敗したり、セルフコントロールを放棄したい衝動にかられます。あるいは考えたくないことを無理矢理考えさせられたり、相反するような内容を選択しなければならない時もそうです。これを自我消耗の状態(ego depletion)と呼び、こうした活動は脳のエネルギーを激しく消耗します。
 

心理学者のロイ・バウマイスターは、被験者に高いセルフコントロールが必要なために自我消耗を引き起こす実験を行いました。その際にブドウ糖入りの飲み物を与えた場合とそうでない飲み物を与えた場合を比較したところ、ブドウ糖入りの飲み物を飲んだ被験者は、エラーを起こさず自我消耗の兆候がありませんでした。

私たちは完全なエコンではないし100%ヒューマンでもありません。状況に応じてエコンになりヒューマンになります。そしてシステム1とシステム2が状況に応じて役割を分担しています。太古の人類は危険の多い環境で生き延びるために、システム1を発動して「間違っていても逃げろ!」、あるいはシステム2を発動して「慌てるな!よく考えて正しい結論を出せ!」という2つを使い分けていたのです。
 

ヒューマンの特徴

認知の節約

システム2を発動し正確な判断を行うには脳は多くのエネルギーが必要です。そのためともすれば脳はこのエネルギーを節約し、システム2が行うべきこともシステム1に任せてしまいます。この怠け者のシステム2のために私たちは間違った判断を直感的にしてしまいます。例えば

  • バットとボールは合計1,100円
  • バットはボールより1,000円高い

ではボールはいくらでしょう?

図1 バットとボールの値段

図1 バットとボールの値段


 

100円と答えた方は「システム1が発動」しています。
 

私たちは常に難しいことを考えたくないのです。従って簡単で分かりやすいほど、正しいと感じます。そして説得力が増すという、認知容易性が高いものは真実さが増す「真実性の錯覚」が起きています。

この文章を以下のようにすれば、どうでしょうか。

  • 私たちは常に難しいことは考えたくない
  • 簡単で分かりやすいほど正しいと感じる
  • そして説得力が増す
  • 認知容易性が高いものは真実さが増す「真実性の錯覚」が起きる

 

このように文章はその内容だけでなく、表現の仕方でも読み手の受け取り方が変わります。今日ではウェブサイトの文章を読むことも多く、ウェブサイトの文字の大きさ、フォント、文字間隔や文字の色など様々な要素によって読みやすさや文章から受け取る内容が大きく変わります。
(正解は50円)
 

代表的な特性1 プライミング効果

プライミング効果とは、先に記憶した内容が後の思考に影響することです。例えばリンゴという文字を見た人が、その後ナシ、リンゴ、ミカンと書かれたカードを見ると、リンゴだけ強く反応することです。これは後述のハロー効果とも類似しています。
 

プライミング効果の例として心理学者のジョン・バルフが行った実験があり、フロリダ効果と呼ばれています。

バルフは、大学生に短文をつくるという課題を与え、ひとつのグループには「フロリダ・忘れっぽい・シワやシミ・ハゲ」という4つの単語を含むように指示し、他のグループにはそれ以外の単語を使うように指示しました。

「フロリダ・忘れっぽい・シワやシミ・ハゲ」など高齢者をイメージする単語を使って課題を行ったグループは、課題を行った後、別の教室に歩く速度が他のグループよりも遅くなっていました。学生は「フロリダ・忘れっぽい・シワやシミ・ハゲ」といった単語が高齢者と関連することに気が付いていませんでした。しかし言葉のイメージからシステム1が発動し、学生の行動に影響を与えていたのです。
 

【プライミング効果による支払い金額】
イギリスのある大学のオフィスのキッチンに、セルフサービスの紅茶とコーヒーがありました。利用者は値段表に書いてある金額を各自で箱に入れます。ある日値段表の上に横長の写真が貼られ、写真は1週間おきに取り替えられました。写真に説明や注意書きは一切ありません。10週にわたって写真が掲示されましたが、写真により箱の金額に違いがありました。こちらをじっと見ている写真の週の金額は、花の写真の週の3倍でした。写真は無意識のうちに人の行動に影響を及ぼしました。
 

【ハロー効果】
ハロー効果とは、対象を評価する際に顕著な特徴に引きずられて他の評価が歪むことです。(認知バイアス)ハロー効果の例としては「見た目のいい人を信頼できる人と思ってしまう」などがあります。

経済学者ダニエル・カールマンは、学生の論文を採点する際、同じ学生の課題1の論文と課題2の論文の評価が似通っていることに気づきました。課題1の論文の評価が、課題2の論文の評価に影響を与えているかもしれないと考えたカーネマンは、課題1と課題2を続けて評価するのでなく、全ての学生の課題1を評価した後、課題2の評価を行いました。さらに評価の際に課題1の点数は見ないようにしました。

その結果、課題1と課題2で評価結果が大きく違う学生が頻出し、カーネマンは評価結果に自信を持てず、とても不快に感じました。これは元々課題の評価結果にばらつきがあり、課題1と課題2を連続して採点することで課題2の評価を課題1と同じような評価として一貫性を保とうとしたからです。これはシステム1が評価結果にバイアスをかけていたことを示します。
 

代表的な特性2 損失回避

動物も人も、安全よりも危険に対しより強く反応します。利得を得るよりも損失を避ける方を重視します。大勢の人が笑っている顔の中から、1人が怒っている顔は短時間に見つけられます。しかし大勢の怒っている顔の中から1人が笑っている顔を見つけるのは困難です。これはシステム1が危険に対して無条件に反応するためです。同様に授業中教師は反抗的な態度を取る生徒にばかり目が行ってしまいます。
 

心理学者のポール・ロジンは「サクランボが山盛りになった中にゴキブリが一匹いれば台無しだが、ゴキブリがいっぱい入ったバケツにサクランボがひとつあっても何の感情も引き起こさない」と語っています。

ゴルフでバーディー狙いのパッティングは成功すれば利得、失敗しても損失はありません。しかしパー狙いのパッティングは失敗すれば損失(ボギー)です。ゴルファーにとってバーディー狙いよりもパー狙いの方が強いプレッシャーがあります。

ポープとシュバイツァーはプロゴルフの250万回のパッティングのデータを分析しました。その結果、パー狙いのパッティングはバーディー狙いのパッティングよりも3.6ポイント成功率が高いことがわかりました。

図2 パー狙いは強いプレッシャー

図2 パー狙いは強いプレッシャー


 

私たちは利得を得たい気持ちより損失を避けたい気持ちの方が強いため、リスクを避けて現状を維持したいという強い願望があります。また買うのは損失、売るのは利得のため、買う金額は高く評価し、売る金額は安く評価します。また自分が持っているものを売る場合、それまで持っていたことで愛着が生まれ、より高い評価を付けます。ダニエル・カーネマンらが大学生にマグカップで実験したところ、売値は買値の2~6倍になりました。
 

【M&Aや外交交渉は決裂する運命】
M&Aなどの企業買収ではそのため売り手と買い手の価格が折り合わないことが起きます。また企業間の契約の変更や国家間の交渉では、今までの条件を基準として、交渉はどちらかへの譲歩を要求することになります。これに対しこちらだけが一方的に譲歩して損失を被るのを避けるため、相手にも何らかの譲歩を求めます。しかし自分が感じる損失は大きく、利得は小さく感じます。相手も同じように考えるため、例え双方の譲歩の条件が公平であっても交渉は決裂する運命にあります。
 

【現状維持願望】
利得を過小評価し損失を過大評価するため、組織は改革や新規事業に抵抗します。組織が改革を行えば、その結果損失を受ける人たちがいます。彼らは損失を過大に評価し改革に強く抵抗します。新規事業でも成功した場合の利得よりも失敗した時の損失を過大に評価するため、組織は新規事業に強く反対します。多くの組織では新規事業や改革で利得を得る人は少なく、損失を被る人の数の方が多いため、組織全体では強い反対が起き、改革や新規事業が頓挫します。

一方、損失回避は現状の変更を最小限にとどめようとする力となり、結婚生活や職場での安定した人間関係の維持に貢献します。
 

代表的な特性2 平均回帰

ゴルフトーナメントの1日目で非常に良いスコアを出した選手と悪いスコアの選手の2日目の予想は次のどれでしょうか?

  1. 1日目 非常に良いスコア 2日目 非常に良いスコア
  2. 1日目 非常に良いスコア 2日目 悪いスコア
  3. 1日目 悪いスコア    2日目 良いスコア
  4. 1日目 悪いスコア    2日目 悪いスコア

 

1日目の非常に良いスコアは、選手の高い能力 + 幸運 の結果です。従って2日目も幸運が続くことは極めて稀で、大抵の場合2日目は悪いスコアになります。そして1日目に悪いスコアだった選手との差は縮まります。つまり平均的なスコアに回帰します。
 

バスケットボールである選手のシュートが入り出すと次々とシュートが決まり、仲間はこの選手にボールを集めます。解説者はこの選手をホットハンドと呼びます。

コーネル大学のギロヴィッチ教授らがNBAの全ショットの記録を分析したところ、直前の1回から3回までのシュートに成功している場合は、次のシュートは失敗する確率の方が高いことが判明しました。つまりホットハンドは存在しません。確率1/2でシュートが入る選手が4回連続して成功させる確率は1/16です。これは珍しいことではありません。

図3 ホットハンドは…

図3 ホットハンドは…


 

ある結果に注目するとシステム1が原因を探し始めます。システム1は結果に対し何らかの原因を見つけて安心しようとします。こうして見つけた原因と結果の間に相関があるとは限りません。相関がなければ、良い結果が出た後は必ず悪い結果が出ます。そして結果は平均に回帰します。しかしシステム1が結果を因果関係で結論付けようとするため、私たちが相関でなく回帰と気づくのは困難です。
 

うつ状態の子供たちの治療にエネルギー飲料を用いたところ、三か月で症状が劇的に改善しました。これは真実でしょうか。
うつ状態とエネルギー飲料の関係に相関はありません。うつ状態の子供はほっておいても時間の経過とともに症状は改善し、平均的な子供たちの状態に回帰します。つまり何もしなくても良くなったのです。
 

ある百貨店チェーンの2012年の売上予測をしてください。各店舗の面積と品揃えはほぼ同じですが、立地条件、他店との競合などランダムな要因により売上は異なります。なお専任のエコノミストの予想によれば、2012年の総売上高は2011年の+10%の予想です。
 

表1 ある百貨店の売上予想     単位 億円

店舗 2011 2012
予想 A 予想 B
A 11 12.1 15.4
B 23 25.3 23.1
C 18 19.8 22
D 29 31.9 28.6
合計 81 89.1 89.1

(「行動意思決定論 ―バイアスの罠」マックスベイザーマン、ドンムーア著 より数字のみ改変)
 

プロスペクト理論

確率加重関数

人はリスクや確率に対し、条件が変われば異なった評価をします。
わずかなリスクも大きく評価し、リスクに対するメリットは過小に評価します。

図4では、4,000円が当たる確率80%のくじAと、3,000円が必ず当たるくじBでは、多くの人はくじBを選びます。しかし期待値を比較するとくじAの方が200円高く、数多く引けば、くじAの方が高い収益が得られます。


図4 痛みを避ける例

図4 痛みを避ける例


 

また、小さい確率の差は過少評価する傾向にあります。
4,000円が当たる確率20%のくじCと、3,200円が当たる確率25%のくじDでは、くじCが多く選ばれます。
どちらのくじの期待値も800円で収益性は同じです。
宝くじは1等1億円よりも、1等3億円の方が売れます。

図5 小さい確率の差の例


 

このように人は損失に対しては小さなリスクも過大に評価し、利得に対しては小さな確率の差は過小に評価します。これを図式化したのが図6の確率加重関数です。人の主観的な判断は確率35%を境に変わります。35%以下の場合、発生する事象を過大評価します。例えば、10%しか起きないことを、18%と感じます。35%を超えると過小評価します。90%の確率を74%と感じます。

図6 確率加重関数


 

確率加重関数は数式で表すと以下のようになります。

確率加重関数数式

このような確率に対する主観の違いは、株式投資などの経済活動に影響します。
 

限界効用逓減

人は金額が小さい場合、金額の違いは大きく感じ、大きな金額の場合、金額の違いは小さく感じます。年収300万円の人の年収が100万円増えればとても喜びます。しかし年収2000万円の人の年収が100万円増えても喜びは大きくありません。

図7 年収による賃金アップの効果

図7 年収による賃金アップの効果


 

喜び、つまり効用は量が増えるのに従って、低減します。これを限界効用逓減説と言い、図8のような特性を示します。

図8 効用逓減曲線

図8 効用逓減曲線


 

双曲割引

経済学で割引は預金の利息や投資の収益率のことです。例えば手元に100万円あれば預金や投資することで100万円は増えます。

100万円を5%の投資収益率(利率)で運用すれば10年後は162万円になります。従って10年後に162万円の価値がある投資商品を今は100万円の価値と考えます。これが割引率です。

伝統的な経済学では人が感じる割引率は実際の値と一致します。
10年後162万円の投資商品は
8年後147万円
5年後127万円
3年後115万円
1年後105万円
の価値です。

実際は、人は遠くの未来の価値より、直前の年の価値を高く評価します。エコンであれば10年後の162万円と3年後の115万円の価値は同じです。しかしヒューマンは10年後の162万円より3年後の115万円により魅力を感じます。これを図9に示します。

図9 双曲割引曲線

図9 双曲割引曲線


 

動物を対象とした実験でも、少ない頻度でたくさんのエサがもらえるより1回の量が少なくてもたくさんの頻度でもらえる方を好むことが分かっています。
 

プロスペクト理論

伝統的な経済学(期待効用理論) では、人々は効用を最大化するように行動すると考えます。前述の限界効用逓減から効用は絶対量が大きくなると効果は低減します。そのためリスクが高い状況ではより確実な方を好むはずです。ところが実際は利得(メリット)が得られる状況では人は確実な方を好むのに対し、損失(デメリット)を被る状況では人は積極的にリスクを取ります。これは期待効用理論では説明できず、アノマリー(理論に合わない異常な状態)とされてきました。

図10 プロスペクト理論の価値関数

図10 プロスペクト理論の価値関数


 

経済学者のダニエル・カーネマンは、これを確率加重関数と限界効用逓減を組合せたプロスペクト曲線(図11)により説明しました。このプロスペクト理論によりダニエル・カーネマンはノーベル経済学賞を受賞しました。プロスペクト理論では、人は参照点を境として損失に対して危険愛好的であり、利得に対しては危険回避的な行動を取ります。そして損失の方が利得よりも、2.25~2.5倍もインパクトがあります。

図11 利得局面の危険回避的選択

図11 利得局面の危険回避的選択


図12 損失局面の危険選好的選択

図12 損失局面の危険選好的選択


 

利得局面

人は条件Aよりも確実に500円もらえる条件Bを選択します。このように利得局面では危険回避的に行動します。

損失局面

損失局面では確実に500円失う条件Dよりも、50%の確率で1,000円失う条件Cを選択します。損失局面では人は危険愛好的に行動します。そのためプロスペクト曲線は図10に示すS字曲線になります。
 

価値関数は以下の式で表されます。

価値関数

これまでの経済学が最適解を追求し理論と合わないことをアノマリーとして除外したのに対し、プロスペクト理論は人の非合理な選択をモデル化し、現実の選択を記述できるようにしました。

現実の選択では、人が参照点をどこに置いているかが重要です。つまりどこから利得と感じ、どこから損失と感じるかです。しかもこの参照点は人により、また人の置かれた状況により変化します。
 

例えば、スーパーでガムを買う時は様々なガムを比べて一番気に入った物を選びます。ところが肉や野菜などを買ってレジに並んだ時、レジ前の棚に置いてあるガムは価格や商品を比較せずに自然と手が伸びます。これは肉や野菜など合わせて3,000円を購入する際は、出費を100円追加してもそれほど痛みを感じないからです。出費が0円→100円となる痛みは大きく感じるのに対し、出費が3,000円→3,100円に増える痛みは大きく感じません。

同様に自動車を買う際の高額なホイールやサンルーフなどのオプション、家を買う際の場合もオプション設定の豪華なキッチンやガレージなども、その価格は気にしません。「一生に1回の買い物」、100万円追加して豪華なユニットバスへの変更をためらう理由はありません。気が付いたらローン返済額が1,000万円増えたとしても…。

図13 気軽にかごに入れますが…

図13 気軽にかごに入れますが…


 

行動経済学の現実への応用

リスクの過大評価と、その対処

人はわずかな確率の事象に対しては、利得よりも損失の方が2.25~2.5倍強く感じます。リスクに対する人々の反応には強いバイアスがかかっています。そのためこれまで様々な問題に対し、人々は過剰な反応をしました。
 

【アラール事件】

アラール(Alar 別名 ダミノジド)は植物の成長を調節する薬剤で、熟したリンゴが木から落ちるのを防ぐ効果があり、1963年にアメリカで使用が承認されました。1985年米国環境保護庁はマウスに対してアラールを投与したところ、発がん性が認められたため食用作物に対しアラールの使用を停止するよう提言しました。

これがセンセーショナルに報道され全米でリンゴ、及びリンゴ加工食品に対するパニックが起きました。メーカーはリンゴ加工品を回収し、米国食品医薬品局(FDA)はアラールの販売を禁止しました。

実際に発がん性の確認されたマウス実験で、マウスに対するアラールの投与量は過大で、これはリンゴジュースにすると成人1日に2万リットルを摂取する量に相当しました。つまり化学物質の摂取量とその影響の関係を無視した実験でした。
 

【日本でのBSE問題】

BSE(牛海綿状脳症)は、牛の脳がスポンジ(海綿)状になる感染症で、飼料に含まれる物質により発生する異常プリオン(タンパク質)が原因です。人間には感染しないと考えられていましたが、1996年イギリスで「10人のクロイツフェルト・ヤコブ病の原因が狂牛病に感染した牛肉の可能性がある」と発表され大きな騒ぎになりました。しかし現在でもBSEが人に感染するという証明はされていません。

日本でもBSE感染が確認され2001年には食用牛の全頭検査が導入されました。2003年にアメリカでBSE感染が確認されたのに伴い、日本、韓国は米国産牛肉の輸入を禁止しました。その後輸入再開にあたり、全ての月齢の牛に全頭検査を要求する日本と、月齢30か月以上に限定するアメリカとの間で交渉が続きました。現在の米国、EU、日本に於けるBSE対策は以下のようなものです。
 

表2 各国の検査体制

特定危険部位の除去 検査体制
米国 生後30ケ月以上 4万頭/0.1%検査
EU 生後12ケ月以上 生後24ー30ケ月以上/プリオン検査
日本 全ての年齢 全ての年齢/100%検査

 

このBSEもマスコミの報道が過熱し、人々はリスクを過大に評価し過剰に反応した事例です。一方この事例から問題発生初期、詳細な状況が把握できていない時は、必要なのは適切な対応でなく、過剰であっても安心感をもたらすような対応です。それは人々の損失に対する反応が実際のリスクよりも過剰になっているからです。そのような対応が経済的に可能であればという条件はありますが。
 

【同じリスクでも表現の仕方で反応が変わる「アジアの病気問題」】

600人が死亡する恐れのある伝染病に対応するためA, Bの2つのプログラムがあります。

プログラムA 200人が助かる
プログラムB 1/3の確率で600人が助かる。2/3の確率で誰も助からない

この問いに対し、72%の人がAを選択しました。
 

これと別にC, Dの2つのプログラムがあります。

プログラムC 400人が死亡する
プログラムD 1/3の確率で誰も死なないが、2/3の確率で600人が死ぬ

これに対し78%の人がDを選択しました。

これはAとBの選択では人は「助かる」という言葉を強く意識しAを選択しました。 一方CとDの選択では「死亡する」という言葉を強く意識しDを選択しました。このようにどこを強く意識するかという枠組み(フレーム)によって、判断が変わります。特に人は損失には強く引き付けられます。つまり損失を強く意識させれば適切な行動を促すことが可能です。
 

【暴風雨が直撃する前に住民を避難させる方法】

ニューヨークタイムズのコラムニスト ジョン・ティアニーは、暴風雨が直撃する前に多くの住民を避難させる方法として、避難しない住民に油性マーカーを渡してからだに社会保障番号を書いておくように忠告することを提案しました。体に社会保障番号を書いておけば、暴風雨の犠牲となっても容易に身元が特定できます。これは「自分は大丈夫」と思っている住民に、避難しなかったために災害に遭って遺体となってしまうことをイメージさせ、避難を促す方法です。
 

【安全教育 危険をイメージする】

作業中の不安全行動がなくならないのは、作業者が不安全な行動の結果、発生する事故を具体的にイメージしていないことが原因です。事故が具体的にイメージできれば、作業者は損失を過大に受け止め、安全ルールを守るようになります。そこで

  • 挟まれ、巻き込まれの危険がある個所は、実際にダミー(骨付き肉などリアルなものだとよい)を入れて事故を再現する
  • 落下の危険がある個所はダミーを落下させてみんなで損傷を確認する
  • 危険な化学物質はダミー(皮付きの肉など)にかけてみる

などによって事故の被害を実感すれば、危険を強く感じルールを守ります。
 

行動を誘導 (ナッジ)

人々にとって「選択」はシステム2が働きます。この「選択」を行うには努力が必要で人はできれば選択を避けたいと考えます。これを利用して人々に適切な行動を取ってもらう方法があります。
 

【デフォルトを望ましい選択に】

経済学者リチャード・セイラ―は、ブライアン・ターボタックスという金融サービス会社と共同で、企業の従業員の退職年金の積立金額を増やす取り組みを行いました。アメリカの多くの企業は日本企業のような退職金制度がなく、老後資金のために個人で401(k)のような投資型の年金システムに加入します。

企業も従業員のためにこう言った制度を提供していますが、若い人達の加入率が低い点が問題になっていました。そこで以下の取組を導入しました。

  • デフォルトの設定を「必要な金額を給与から天引きして貯蓄する」にする
  • 金融商品をMMFのみとし選択をなくす
  • 貯蓄したくない社員には定期昇給すると貯蓄額を増やす「もっと貯めよう」プランへの加入を促す

これを導入したことで3年後には社員の拠出率が3.5%から13.6%へと大きく増加しました。
 

【臓器提供を増やす】

日本をはじめ多くの国々では臓器提供は臓器提供の意思を示すカードを本人が作成します。アメリカ イリノイ州では運転免許の更新時に簡単な質問に答えることで臓器提供の意思を確認します。手続きの手間を簡素化することで、この方式を取るアラスカ州、モンタナ州では臓器提供率が80%を超えました。
 

【選択する苦痛を取り除く1 「送料先払い」アマゾンプライム】

アマゾンの有料会員「アマゾンプライム」は一定額の送料を年会費という形で先払いすることで、注文の度に顧客が「送料がいくらなのか、その送料は高いのか」を判定する苦痛から解放しました。プライム会員はプライム対象商品であれば送料を心配することなく、気軽に買い物ができます。例え、事前にまとまった金額を払っていたとしても。このプライム会員の金額は日本が4,900円、アメリカでは119ドルです。
 

【選択する苦痛を取り除く2  全て込みのパッケージツアー】

食事、飲み物、現地でのアクティビティやショーなどが全て含まれたパッケージツアーであれば、バカンス先で「選択」という苦行から解放されます。なにせ何を食べようが飲もうが無料ですから。実際には少なくない金額を事前に支払ったとしても。

無尽蔵にお金が使える富裕層でない限り、バカンスに来ても食事の度に「予算はいくらで」「この食事の値段は高いか安いか」悩んでいると、楽しさが半減します。そう思えば事前に支払う金額は高くはありません。その支払いも出発前に済ませておけば、バカンスから帰った後は楽しかった思い出のみ支払いの苦痛はありません。

図14 バカンスは選択から解放され…

図14 バカンスは選択から解放され…


 

【選択する苦痛を取り除く サブスクリプション・サービス】

月々定額を払ってサービスを利用するサブスクリプションは、顧客にとってはサービスを利用する際の支払いの苦痛から解放されます。「どうせ毎月払っているのですから」しかも多くのサブスクリプション・サービスはサービスの中身も簡単に変更できます。毎月好きな洋服やバッグを使えるのであれば、購入のようにどれにするのか真剣に悩む必要はありません。
 

そう考えるとトヨタ自動車のサブスクリプション・サービスKINTOはこうしたサブスクリプション・サービスの利点が少なく、新車のため契約金額も高く、リース契約と比べてメリットがあまりありません。車種も決まってしまうため車種を選択する苦痛も消えません。ホンダのホンダマンスリーオーナーは中古車を利用するため月額2万円台とKINTOよりも安く契約は1か月から可能です。様々な事情で一定期間のみ車が必要な人からは評価されています。(サービス提供は埼玉県のみ)
 

意思決定のバイアスを理解する

損失を回避し、現状を維持しようとする人の特性は、企業での改革や新規事業など取組に対し、実際よりリスクを高く感じ、メリットを少なく感じてしまいます。そのため現状維持を選択します。

そうならないようにするためには新たな取組の評価にはバイアスがかかっていることを理解した上で、新たな取組の失敗のリスクと成功の成果を客観的かつ定量的に比較し意思決定します。また社員にとっては元々新たな取組が成功して得られるメリットよりも、失敗したことで生じる損失の方が高いものです。そのため重要な意思決定は経営陣が行います。
 

平均回帰に注意する

ゴルフのスコア、バスケットボールのシュート、A店とB店の売上、その違いには明確な原因があるのでしょうか? 相関関係はあるのでしょうか? 相関係数はいくつでしょうか?

もしそれがランダムに変動するものであれば、今出ている良い結果は次も続くとは限りません。むしろ次は悪くなると考えるのが平均回帰を考えれば自然です。新規出店や新事業に取り組む際、冷静に平均回帰を考えて売上予測する必要があります。

「次もうまく行く」というシステム1の声に耳を傾けてはいけません。
 

参考文献

「ファスト&スロー」上・下 ダニエル・カーネマン 著 早川書房
「行動経済学の逆襲」 リチャード・セイラ― 著 早川書房
「アリエリー教授の『行動経済学』入門 お金編」ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー 著 早川書房
「自滅する選択」 池田新介 著 東洋経済新報社
図解雑学「行動経済学」 筒井義郎 山根承子 著 ナツメ社
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。

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https://ilink-corp.co.jp/7869.html/feed 0
「なぜ中小企業の商品開発は失敗するのか?」 ~ランチェスター戦略から考える商品開発~ https://ilink-corp.co.jp/7155.html https://ilink-corp.co.jp/7155.html#respond Tue, 05 Oct 2021 02:17:38 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=7155 No related posts. ]]> なぜ中小企業の新製品開発は失敗するのか?

 

部品加工だけでなく自社商品を持ちたいと、商品開発を行い展示会で発表、さらに地元の新聞にも掲載されました。しかしその後販売は苦戦、思うように売上は上がりません。あるいは社長のアイデアで新商品を考案し、支援機関に相談に行きましたが、ダメ出しばかりされた、こういった話は珍しくありません。なぜ中小企業の新製品開発のうまくいかないのでしょうか?

一方、中小企業の新たな取組の例として、今までない寝具のエアーウィーブや調理器具バーミキュラなどがマスコミに取り上げられています。これらの成功事例は前者とどこが違うのでしょうか?中小企業の新製品開発を「ランチェスター戦略」から検証し、どうしたら中小企業の新製品開発が成功するのか考えました。
 

軍事戦略だった! ランチェスターの法則

 

「ランチェスターの法則」とはイギリスの航空技術者フレデリック・ウィリアム・ランチェスターが確立した軍事戦略です。これには第一法則と第二法則があります。
 

【ランチェスター第一法則(一騎打ちの法則)】

ランチェスターの第1法則で支配される戦い

  1. 敵の兵力を目視できる狭い地域での「局地戦」
  2. 「接近戦」
  3. 1人が1人しか狙い撃ちできない「一騎打ち戦」

 

図1 ランチェスター第一法則

図1 ランチェスター第一法則

武器効率が同じ場合
A軍100名 B軍70名
【第一会戦】
損失 A軍20名 B軍20名
残存兵力 A軍80名 B軍50名

【第二会戦】
損失 A軍20名 B軍20名
残存勢力 A軍60名 B軍30名

このような戦闘で有利になるには

  1. 兵力数を多くする
  2. 武器効率を高める

しかし兵力数の差が大きく開かなければ、戦術、戦闘での指揮采配により、兵力差を逆転できます。
 

【ランチェスター第二法則 (確率戦の法則)】

ランチェスターの第2法則は、敵が視野に入らない広大な地域での「広域戦」や近代兵器を使用する「確率戦」に適用
 

この第2法則に支配される戦い

  1. 敵が視野に入らない「広域戦」
  2. 1人が複数の敵を倒せる近代兵器での「確率戦」
  3. 「遠隔戦」
図2 ランチェスター第二法則

図2  ランチェスター第二法則

武器効率が同じ場合
A軍100名 B軍70名
【第一会戦】
損失 A軍10名 B軍16名
残存兵力 A軍90名 B軍54名

【第二会戦】
損失 A軍10名 B軍20名
残存勢力 A軍80名 B軍34名

【第三会戦】
損失 A軍8名 B軍34名(全滅)

第二法則では、戦いを重ねるごとに兵力差が開き、3回でB軍は全滅します。従って兵力が少ない弱者は第一法則で戦い、兵力が多い強者は第2法則で戦うことが必須です。
 

常に敵の3倍の戦力で攻撃する現代アメリカ軍

第二次世界大戦は、機関銃などの強力な火力、航空機同士の戦いなど第二法則が支配する戦争でした。1942年にアメリカ海軍省はコロンビア大学などと共同でランチェスターの法則を数理モデルにした「ランチェスター戦略モデル式」を開発し、実際の戦略に活用しました。そして常に敵の3倍の戦力で攻撃することで確実に勝利しました。これはオペレーションズ・リサーチとして現在のアメリカ軍の戦略の基礎となっています。
 

ランチェスター戦略を経営に応用したのは日本独自の取組

 

ランチェスター戦略は経営コンサルタントの田岡信夫氏がランチェスターの法則を経営戦略に応用した日本独自の経営戦略です。1970年代以降、松下幸之助氏をはじめとして多くの企業がランチェスター戦略を経営に取り入れました。一方経営学など学術分野の評価は低く、ランチェスター経営を知らない経営学者、経営者も少なくありません。
 

ランチェスター戦略の特徴1 弱者と強者

ランチェスター戦略では市場シェアが26%以上を強者、19%以下を弱者とし、強者と弱者は全く異なる戦略を取るべきとしています。

強者とは市場地位が1位に限ります。それ以外は2位であっても弱者です。市場シェアは、地域・商品・流通(販路)・顧客などの単位で考えます。従って大企業でも特定の市場や地域では弱者になってしまうことがあります。弱者・強者にはそれぞれ代表的な戦い方「5大戦法」があります。
 

弱者の戦略~正面から強者と戦わない~

【基本戦略】 差別化

差別化とは武器効率を高めることです。ランチェスター戦略では、武器効率は営業担当者の能力や商品力です。またランチェスター戦略では戦力とは営業担当者の数です。弱者は戦力が強者より劣るため正面から強者と戦えば勝ち目はありません。そこで同じ戦力なら勝てるよう
に営業力や商品力を高めます。商品力で差別化できない場合アフターサービスの強化も有効です。
 

【弱者の五大戦略】
図3 弱者の戦略

図3 弱者の戦略

  1. 局地戦
  2. エリアが広ければ弱者は少ない営業力が分散し、強者との差が開きます。しかし地域を限定して狭いエリアに営業担当者を集中すれば、そのエリアにかぎっては強者と戦力の差がなくなります。こうして弱者は強者に対して局地戦を挑み、個別に強者からシェアを奪っていきます。
     

  3. 一騎打ち
  4. 局地戦で強者の営業担当の数と拮抗すれば、強者と弱者の営業担当者の力の差は大きくありません。こうした一騎打ちではランチェスターの第一法則が適用されるので、数の差の影響は少なく弱者の勝算が高くなります。ただし様々な商品があると営業担当者の力が分散するので、商品・サービスを絞り、エリアを絞って強者と一騎打ちになるようにします。
     

  5. 接近戦
  6. 広い範囲での販売活動は広告宣伝の効果が大きく、豊富な資金力の強者に有利です。また多数の顧客に広く販売する場合、知名度やブランド力も重要で、その点でも強者に有利です。逆に営業担当者が顧客と直接対面する一対一の接近戦ではランチェスターの第一法則が適用され、知名度やブランド力の差は大きくありません。頻繁に会って顧客と親密な関係を築けば弱者でも強者に勝つことができます。そこで弱者は地域を絞って頻繁に顧客を訪問する、はがき、電話、手紙などの手段で個々の顧客に頻繁に接触して深い関係を築きます。
     

  7. 一点集中
  8. 営業担当者の総数で劣る弱者でも1点に集中すれば、その点に限れば営業担当者の数で強者を上回ることができます。そのためには地域を限定する、市場を細分化し狭い市場に絞る、重点的に販売する商品を1点に決める、など一点集中戦略を取ります。
     

  9. 隠密行動

強者は、2位以下の競合の動きを常に監視し、自社の驚異となる優れた製品や安価な製品が出現すれば、それを阻止しようとします。具体的には類似の商品をいち早く開発し、競合よりも安く市場に投入するミート戦術 (後述) をとります。そこで弱者は、強者に発見されないように新製品はひそかに開発し、局地戦で展開していきます。局地戦で繰り返し勝利して強者と対等に戦えるまでは隠密行動を取ります。時には強者の目をそらすために、わざと目的とは違う行動を取り相手の注意とそちらに向ける陽動作戦を取ることもあります。
 

強者の戦略~常に2位以上をマークする~

【基本戦略】 ミート戦略

強者は弱者を監視し、弱者が新たな製品を開発し差別化をしたら、直ちに同じ製品を開発し対抗します。これがミート戦略です。家電で国内1位のかつての松下電器はこのミート戦略を徹底し、「マネシタ電器」と呼ばれました。同社の創業者 松下幸之助氏は臆することなく「しっかりとマネしとるか」と社員を督励していました。
 

【強者の五大戦略】
図4 強者の戦略

図4 強者の戦略

  1. 広域戦
  2. 弱者が局地戦で攻めてくる場合、強者は局地戦にならないように広いエリアでの広域戦に持ち込みます。商圏を広い範囲に拡大し、局地戦に持ち込まれないように幅広い商品構成で弱者がかなわないようにします。
     

  3. 確率戦
  4. テレビCMなどマスメディアを使った広告宣伝は、ランチェスター第二法則が適用されます。投入金額が多いほど高い効果が得られます。一般消費者向けの製品は、営業担当者が顧客一人一人に直接販売する商品は少なく、広く広告宣伝を行って商品やブランドを知ってもらい店頭で購入してもらう製品です。このような商品の販売促進は広告宣伝に依存する確率戦となるため強者に向いています。
     

  5. 遠隔戦
  6. 1人1人が顧客と接する接近戦では数の優位が得られにくいため、強者は一対一の接近戦は避け、マスメディア広告や販売代理店を活用した全国展開など遠隔戦に持ち込んで資金力や戦力を活用します。
     

  7. 総合戦
  8. 弱者が単一の製品に営業力を集中して一点突破するのに対し、強者は製品の量、バリエーション、広告宣伝、販売力、サービス網など総合力を駆使して、広い範囲に展開することで弱者のマネできない戦術で挑みます。
     

  9. 誘導作戦

弱者は局地戦に持ち込むことを強者に読まれないように隠密行動を取ります。時には陽動作戦を展開します。強者は弱者の動きを冷静に観察し、陽動作戦には乗らず、強者の得意な広域戦に弱者を誘導します。例えば、1種類の製品で一点突破を試みる弱者に対し、弱者に対抗する製品だけでなく、その派生製品を展開して広く展開します。あるいは弱者の得意な製品シリーズと別の分野の製品ラインを展開し弱者をこれに対抗させます。
 

市場占有率(マーケットシェア)で全て決まる

ランチェスター戦略を発案した田岡氏は、アメリカのオペレーションズ・リサーチの戦略モデル式を市場シェアに置き換えて、目標とする市場占有率を図5のように導きました。

占拠率7つのシンボル目標値

図5 占拠率7つのシンボル目標値

  1. 市場占有率が41.7%以上
  2. 市場占有率が41.7%を超えればプライスリーダーとなりトップの地位は安定します。収益性は高く、その収益を次期商品の開発に投入できます。
     

  3. 市場占有率が19.3%以下
  4. なおかつ市場シェア2位の場合、まずは3位以下を攻撃して市場シェアを奪うのが定石です。そうして3位以下との差が十分に開いた後、1位の企業を攻撃します。
     

  5. 市場シェア10.9%以下
  6. これは市場にようやく足がかりができた状態です。この場合、上位企業を追いかけていたずらに商品ラインや商圏を広げても戦力が分散してしまいます。まだ自らの力が不十分なことを理解して、現在のエリア、商品の中で占有率を高めるようにします。
     

  7. 市場シェアが2.8%以下

市場において存在感がなく限界企業と呼ばれます。一倉定氏によれば「やがてはこの世から消え去る運命にある」、その理由は

  • 景気の変動に弱い
  • 不況になると流通業者は在庫調整のために仕入れを減らしますが、その場合限界企業から減らします。そして景気が回復し仕入れ量を増やす際は、まず大手の仕入れ先に声をかけ、限界企業に声をかけるのは最後です。こうして大手と限界企業との差はじりじりと開いていきます。

  • 市場での知名度が低い
  • 知名度が高ければ顧客は指名して買いますが、顧客が知らない製品は価格を下げなければ買ってくれません。

  • 突然の環境変化に弱い

震災、海外での紛争など外的な要因で突然原料不足が生じた時、実績の多い企業から優先して供給し、実績の少ない限界企業への供給は後回しになります。
限界企業にはこのような不利な点があるため、限界企業は地域、商品、顧客を限定して、その限られた領域で何としてでも高いシェアを取るようにしなければなりません。
 

質を無視するランチェスター戦略の問題

ランチェスター戦略の元となったランチェスターの法則は、戦闘という複雑な事象を単純化して、数理モデル化しました。現実の戦闘で双方の武器効率が同じあることはなく、また現実の戦闘場面では指揮官の判断や個々の戦闘員の行動も結果に影響します。同様にランチェスター戦略でも勝敗を営業担当者の数に因るものとしますが、現実には優秀な営業担当者とそうでない営業担当者では結果に違いが出ます。この点を指摘して「ランチェスター戦略は現実的でない」という批判もあります。

そこでランチェスター戦略は量的要因の分析と対策に使い、質的要因は別に考えます。実際は質の違いによる結果の影響は、量の違いほど大きく影響しません。オペレーションズ・リサーチ導入したアメリカ軍は、第二次世界大戦で日本軍の守る島を常に3倍の兵力で攻略しました。多くの島で日本軍は敢闘し、アメリカ軍は大きな損害を受けましたが、結果的には3倍の戦力投入は少ない被害で戦闘を進めることができました。

同様に新商品、新市場開拓は、まずランチェスター戦略に基づき、量的要因で確実に勝てる戦略を立てます。質的要因はその後ゆっくりと考えます。
 

事業を戦争に例えるのはどうか、という反論

市場が成熟し、容赦ない競争が影を潜めた今日、企業間競争に戦争の概念を持ち込むことに違和感があるもしれません。しかし現実には、市場が誰もいない空白地帯であることはめったにありません。ある企業が新製品を開発して市場に参入すれば、その市場に以前からいた企業から見れば、それは「よそ者からの攻撃」と受け取られます。既存企業は、市場シェアを維持するために新参者を全力で排除しようとします。

従って、新商品開発とは、市場という領地を確保するため血みどろの戦いを続けている戦国武将たちの中に、開発したばかりの商品という頼りない武器で参戦することです。しかも戦いに参加する側が相手の情報をほとんど持っていないことが多いのです。極端な場合は、新しい発明と自信満々の製品でしたが実はすでに世の中に出ていたこともあります。そうならないように少なくとも競合製品の価格、メーカー、企業規模、特徴はつかんでおきます。

経営コンサルタントの一倉定氏は「死に物狂いで戦っているのだ」という経営者に「戦っているのなら敵の情報を集めているはずだから、それを拝見したい」というと多くの経営者は黙ってしまうと語っています。「ライバル企業の経営情報を信用調査会社から集める」、「ライバル企業の営業担当がどのくらい訪問しているのか顧客から聞いてくる」、このような活動を地道に行っている企業は限られています。(余談ですが一倉定氏は、自社の営業車に会社名やロゴを入れるのは、敵に自社の行動を知らせるため、メリットよりもデメリットが大きいと言っています。)

ランチェスター戦略を理解すれば、十分な市場シェアを確保できない分野に参入をすることが危険なことが分かります。新市場への参入は既存企業に対する攻撃であり、既存企業はシェアを守るために激しく反撃してくると考えなければなりません。
 

なぜ中小企業の新製品開発は失敗するのか?

 

失敗の事例を述べる前に、新製品に必要な要素を再度確認すると、新たな製品やサービスを開発する場合、最低でも以下の条件は満たしておく必要があります。

  1. 対象市場と商品の価値
  2. 「この商品は誰のどんな問題を解決するのか」明確になっていなければなりません。それが商品の価値になります。それが今まで解決されていない問題であれば「革新的な商品」になります。そして「誰の」から市場が明確になります。また市場規模、将来性(市場の伸び)もわかります。
     

  3. 競合
  4. この場合、直接同種の商品を提供している企業だけでなく、今までその商品の代わりに購入されていた商品も競合になります。例えば、コンビニ・コーヒーの競合は、その店舗で販売されている缶コーヒーやコーヒー飲料だけでなく、町の喫茶店や自動販売機も競合です。
     

  5. 優位性
  6. 競合に対してどんな点が優位か、顧客の視点で明らかになっている必要があります。製造業が企画した製品には、つくる側の論理で他社と比較した優位性が延々と説明していますが、顧客の視点では優位性が感じられないものもあります。
     

  7. リスク

どんな新商品や新事業にもリスクは必ずあります。その場ですぐにリスクを3つ言えるくらいにしておきます。
 

以下に中小企業の新製品開発失敗の原因について述べます。
 

ありきたりの一般消費者向け製品に手を出す

鍋、食器などキッチン用品、清掃用品など日用雑貨、園芸用品など一般消費者向けの商品を中小企業が開発して、市場シェアを押さえるのは容易ではありません。これらの商品は顧客が小売店の店頭で購入します。新商品を顧客に買ってもらうためには大量の広告宣伝が不可欠だからです。そして顧客が店頭で購入する場合、商品の認知度とブランド力が大きな影響を持ちます。既存商品よりも改良した新商品も知名度もブランド力もない中小企業の製品は、小売店も良い場所に陳列せず、顧客も手に取らないため売上が伸びません。

「それでもバーミキュラのように中小企業の中には一般消費者向けの商品で成功している企業もあるではないか」というかもしれません。しかしこの場合は鍋のジャンルの中でもさらに細分化した無水調理というジャンルを自ら作り出しています。これは今までにないもののため市場で認知してもらうのに大変な労力がかかります。

図6 市場シェアを獲得するには労力がかかる

図6 市場シェアを獲得するには労力がかかる

そこで今までない製品ではなく、今ある商品に少し改良を加えた場合はどうでしょうか。そのような商品の中には、自らの生活体験に基づくアイデアを盛り込んだ日用品が多くあります。一倉氏はこれを「王様のアイデア」と呼んでいます。このような日用品、家庭雑貨は、資本も技術もあまり必要ないため、誰でも容易に参入できます。そのため過当競争になりやすく低収益の業界です。売れるとなれば競合は特許侵害もかまわず参入します。裁判になっても結果が出るまで何年もかかるので、その間に逃げ切ろうというわけです。
 

大きなマーケットに参入して限界生産者に留まる

 一般消費者向けなどの市場が自社の企業規模に比べて大きすぎれば、事業が安定するために必要な30%以上のシェアの売上、販売数量が非常に大きくなります。それを達成するために必要な生産体制、広告宣伝、必要な資金も非常に大きくなり、中小企業にとっては社運を賭けたプロジェクトになってしまいます。そこまで投資ができず、細々と売っている状態では限界生産者に留まります。利益は出ず、景気の悪化や消費者の嗜好の変化の影響を真っ先に受け市場から退出させられてしまいます。

また鍋や食器のような日用品には既存企業が必ずあります。新規参入する商品が本当に良い商品で、既存顧客の大半が新商品に移行するようであれば既存企業にとって死活問題になります。当然ですが全力で反撃してきます。具体的には同じような性能の商品を開発し、ライバルよりも価格を下げてシェアを守ろうとします。

また新商品が新しいジャンルや市場を切り開いた場合、その市場が大きければ必ず大手が参入、そうなると新商品で参入した中小企業は、強者と真っ向から戦わなくてはならなくなってきます。
 

販売増加に対応できない不十分な生産体制

新商品を発売して顧客から好評だった場合、売上は急激に増加します。それに合わせて十分な供給体制がなければ、顧客は他社の類似の商品を購入してしまい市場シェアを確保できません。
 

そこで市場のピークの需要に対して、どのくらいの生産能力(供給能力)が必要かを事前に検討します。前掲の一倉定氏によればその目安は現在の年商の3倍です。新商品を発売して売上が20~30%伸びていくと、瞬間的には2倍くらいの売上になります。さらに翌年の売上増加を考慮すれば年商の3倍くらい必要なります。ただし3倍の供給能力を全て自社で賄う必要はなく、不足する分は外注でカバーすれば十分です。そうしておかないと注文に応えきれず、売り損ないと機会損失が生じます。
 

認知度を高める費用、時間を見込んでいない

新商品が今までにない商品の場合、顧客はその良さがわからないため販売は非常に難しくなります。大手であれば大量の広告宣伝費を投じて顧客にその良さを認知してもらうことができます。中小企業でも一般消費者向けの商品に取組む場合、大手と同じ手法を取ることもあります。
 

寝具のエアウィーヴは、(株)中部化学機械製作所が始めた新規事業ですが、今までにないマットレスでしかも知名度のない中小企業の製品の為、大量の広告宣伝を行っても、それが消費者に浸透し売上が1億円に達するまで3年を要しました。それまでは多額の広告宣伝費のため赤字で、事前に相当の資金がなければ不可能でした。
 

エアウィーヴのような資金がなく、商品の良さが消費者に簡単に伝わらないものは、どのようにして広く顧客に知ってもらうかを考えておく必要があります。場合によっては、この点で開発を断念することもあります。
 

自社商品を持っていない企業の多くは、この販売力を軽視する傾向があります。実際、販売力は商品力よりも重要です。商品力が多少劣っていても販売力が強ければ売れるからです。あるいは販売を商社、卸などに任せる場合があります。しかし商社や卸は多様な商材を扱っており、自社の商品はその中の一つにすぎません。代理店契約をすれば彼らが新商品を熱心に売ってくれるというわけではありません。代理店の販売網を活用できますが、販売は自ら行う意思が必要です。例えば代理店の顧客リストを借りて自社でDMを発送したり、代理店と同行営業するなど自ら動く必要があります。
 

自社の文化と異なる事業に手を出す

部品加工でも少品種大量生産と多品種少量生産では、受発注から生産管理、品質管理などの業務が異なり、また企業文化も異なります。少品種大量生産の会社が多品種少量生産に取り組んでも、自社の業務のやり方や人の考え方が合わないため最初はとても苦労します。 

同様に新商品開発も一般消費者向けの商品をやってきた企業が産業用製品へ、あるいは逆の場合、企業文化が異なるためハードルが高くなります。同様に流通業者が開発する自社商品、需要が通年安定している業界の企業が季節変動の激しい業界へ参入などもハードルが高い取り組みです。
 

小売・流通事業者へのマージンを考えず値段を決める

一般消費者向けの商品では、小売店との間に問屋など流通事業者が入ります。その場合、小売店、流通事業者のマージン(手数料)を考えなければなりません。それまで下請けとしてやってきた企業には、こういった販売にかかる経費を過少に見積もる傾向があります。例え、インターネットで直販する商品でも、市場での評価が高まれば問屋や小売店が扱いたいというかもしれません。

しかしせっかく向こうが売る気になってくれてもマージンがあまりに低ければ扱ってくれません。あるいは海外に販売する場合は通関手数料や輸出に関わる経費も販売価格に見込んでおく必要があります。海外への情報発信も容易になった今日、思わぬ顧客が海外に現れることもあります。
 

どうすれば新商品開発が成功するだろうか?

 

このような失敗を考慮して、逆にどうすれば中小企業の製品開発が成功するのか、成功に必要な条件を考えてみます。
 

十分なマーケットシェアが取れるように市場を細分化する

参入しようとする市場を調査し、競合企業と商品の特徴、販売方法、販売要員の数、市場シェアを調べます。そしてその市場の10%を押さえようとした場合、今の自社の規模で十分に可能か検討します。それが難しければ断念します。10%を抑えることができなければ、1位に必要な30%以上のシェアは不可能だからです。10%が困難であれば地域、顧客、製品を細分化して、市場を狭くして再度検討します。
 

十分な供給体制を準備する

新商品は最初は少量つくった市場に投入して反応を見ます。それで大丈夫と判断すれば大量に投入します。その際、市場の反応が良く、販売量が伸びた場合、欠品を起こさないように十分な供給能力(売上の3倍を目標)を確保します。といっても多額の設備投資はリスクが大きいので、自社の能力を超えた分は外注をうまく活用し、設備投資はできる限り抑えます。
 

今までにない製品は認知のためのコストを見込む

今までにない商品は顧客が認知するまでの時間と、認知してもらうための広告宣伝の費用を見込んでおきます。また広告宣伝の方法も考えておきます。さらに小売店や問屋などを経由する場合は、その分の費用を見込みます。こうして毎月一定の広告宣伝費を投じて、小売店や問屋にマージンを払い、自社も営業経費を毎月かけて、それでも十分な利益が出る事業かどうか検討します。加えて発売までにかかった開発費、販売が軌道に乗るまでの赤字分を含めて、想定した年数でどれだけの利益が出る事業か検討します。

一方自社商品がBtoB商品であれば、マス広告は自社製品を競合にも知らせることになります。むしろDMや電話、直接訪問などの接近戦に徹し、競合に情報が漏れないようにします。
 

競合の反撃を予想する

よそ者の侵入に対し既存企業は全力で反撃に出ます。それを予想して対処する方法を計画します。例えば従来品より優れた新製品を開発して市場に参入すると、既存企業は従来商品を大幅に値下げして対抗します。あるいはこちらの商品の弱点を顧客にPRしたり誹謗中傷を行ってきます。競合の価格が下がると当初想定した性能と比較した価格のメリットが弱くなります。それに対して値下げで対抗するのか、製品の良さをPRし高い価格を維持するのか対策を考えます。
 

自社の文化と合っているか再確認する

これから取り組む商品に対して、市場、顧客、販売方法、販売業者、その他業界の特徴を調べて未知のものがないか調査します。もし未知のものがあれば、それは自社で対応できるものか検討します。

こうして商品、市場、顧客、販売店、競合を調査し、業界がそれまで自社が関わってきた企業文化と合っているかどうか確認します。合っていない部分が少なければ、そこをどうやって合わせるか検討します。合っている部分が少ない、自社と合わない文化が多ければ、自社には向いていない事業の可能性があり、場合によってはそこで参入を断念します。
 

参考文献

「ランチェスター戦略がマンガで3時間でわかる本」 田岡 佳子 著 明日香出版社
「ランチェスター思考 競争戦略の基礎」 福田秀人 著 東洋経済新報社
「一倉定の社長学 市場戦略・市場戦争篇」 一倉定 著 日本経営合理化協会
「一倉定の社長学 新事業・新商品開発篇」 一倉定 著 日本経営合理化協会

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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「家電から自動車へ、中国企業の競争戦略」 ~戦略的市場攻略と異質競争の徹底~ https://ilink-corp.co.jp/6315.html https://ilink-corp.co.jp/6315.html#respond Wed, 03 Mar 2021 03:47:09 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=6315 No related posts. ]]> 2017年には、年間販売台数2,888万台と世界最大の自動車市場となった中国、生産台数も2017年は2,901万台と世界一です。では、中国の自動車メーカーはどのようなメーカーがあり、彼らはどのような戦略で事業を拡大してきたのでしょうか。
 

中国企業の特徴と競争戦略について考えます。
 

中国自動車メーカーとその特徴

中国の自動車メーカーはその成り立ちと規模から3つのグループに分けられます。
 

  • 第一グループ
  • 国有自動車メーカーを母体としてビッグスリー 年間生産台数200万台以上
    上海汽車、東風汽車、第一汽車

  • 第二グループ
  • 年間生産台数 100~200万台の中位グループ
    長安汽車、北京汽車、広州汽車

  • 第三グループ
  • 年間生産台数100万台以下の地方メーカー
    奇瑞汽車、吉利汽車、長城汽車、比亜迪汽車(BYD)

 

図1 中国企業と外資との関係

図1 中国企業と外資との関係

 

第一グループ

上海汽車 (SAIC MOTOR)

地方政府が所有する国有企業で中国最大の自動車完成車メーカーで2017年度の販売台数は691万台、中国での市場シェアは23%です。提携先はVW、GM、ボルボです。販売台数は、上海VWが206万台、上海GMが199万台です。従来は自社ブランドの販売は消極的でしたが、近年は「栄威」などの販売台数が52.2万台と大幅に伸び、自主ブランドの比率が高まっています。2017年の輸出は17万台で中国自動車メーカーのトップでした。
 

図2  2016年中国国有六大自動車集団の販売台数順位

図2 2016年中国国有六大自動車集団の販売台数順位


 

東風汽車(ドンファンモーター)

1969年に湖北省十堰で建設された「第二汽車製造廠」を前身とした国有企業で、現在はプジョー・シトロエン、ルノー、日産、ホンダと合弁しています。販売台数は2016年は428万台で市場シェアは14.5%です。一方自社ブランドの販売は振るわず課題となっています。
 

第一汽車(ファーストオート)

東風汽車、長安汽車と並び、中央政府傘下の三大国有自動車企業の一つで中国自動車業界の老舗です。販売台数は2016年は315万台で、内訳は一汽VWが190万台、一汽トヨタが66万台です。一方自社ブランドの販売は振るいません。計画経済時代の官僚主義的な面が強く残っています。
 

第二グループ

長安汽車(チョウアンオート)

前身は150年の歴史を持つ中国最大の兵器工場で1953年に自動車の製造に参入し「長江」というブランドのジープの生産を開始しました。販売台数は2016年は305万台で、フォード、マツダ、プジョー・シトロエン、スズキと提携しています。一方自社ブランドにも力を入れ、112万台を販売しました。EVに力を入れ2020年には24万台/年を生産する計画です。
 

北京汽車(ペキンオート)

1958年に北京で設立された歴史のあるメーカーで、現代とダイムラーと提携し、2016年の販売台数は285万台です。EVの販売に力を入れ2017年のEVの販売台数は10万台、EVのシェアは24%です。また燃料電池車の開発にも取り組んでいます。
 

図3  2017年中国市場新エネルギー車販売上位メーカー
(出所:第一電動汽車網)

図3 2017年中国市場新エネルギー車販売上位メーカー
(出所:第一電動汽車網)


 

広州汽車(グアンジョウオート)

1997年6月に広州の自動車関連企業がまとめられ、2005年に広州市で今日の形の企業として設立された地方政府傘下の大手企業です。提携先はホンダ、トヨタ、三菱、フィアット・クライスラー、日野です。2016年の販売台数は185万台で市場シェアは7%です。EV、プライグインハイブリッドや自社ブランドにも力を入れています。
 

第三グループ

吉利汽車 (Geely Automobile)

浙江省出身の李書福氏が1980年代に金属加工業として創業し、1990年代にオートバイ生産に参入し、1990年代半ばには20万台規模のメーカーに成長しました。1998年に自動車の生産に参入しましたが、外資とは提携せず、最初はダイハツ シャレードのコピーを生産していましたが自社ブランドの成長とともに規模を拡大し、2016年の販売台数は80万代、それが2017年には130万台と急成長を遂げています。当初は天津トヨタからエンジンを購入していましたが、安価な地場メーカーに切り替えるなど価格競争力を重視しています。
 

奇瑞汽車 (Chery Automobile)

安徽省の投資会社が出資して、スペインSEATの工場設備を買い取って設立された自動車メーカーで、一時期上海汽車集団に属していましたが2004年に独立しました。2017年の販売台数は67万台です。
 

中国最大の自動車メーカーは上海汽車ですが、その台数のほとんどが外資との合弁です。そのため、メーカー別の生産台数のランキングでは、上海汽車の生産台数はフォルクスワーゲンとGMにカウントされます。中国の第一グループ、第二グループのメーカーは自社ブランドの割合が少なく、自社ブランドの構築や製品開発力に弱い点があります。表1に中国メーカーの生産台数とブランドの内訳を示しました。
 

一方第三グループは自社ブランド主体であり、中国市場が大きいため、国内で7位以下でもある程度の規模があります。図4に外資ブランドの生産台数を除外した自社ブランドの生産台数の大きさ順に並べたものを示します。またマツダ、スバル、三菱など生産台数の少ない日本メーカーを比較のために入れました。こうしてみると、外資ブランドを除けば、中国メーカーの実力は日本の規模の小さい自動車メーカーと同等と考えられます。
 

表1 2017年中国メーカーのブランド別の販売台数

メーカー 台数 ブランド 台数
上海汽車 691 VW 206
GM 404
自社他 81
東風汽車 412 ニッサン 111
ホンダ 72
PSA 37
ルノー 7
自社他 181
第一汽車 334 VW 190
トヨタ 66
自社他 78
長安汽車 287 フォード 82
マツダ 19
自社他 186
北京汽車 251 現代 80
ダイムラー 41
自社 130
広州汽車 200 ホンダ 70
トヨタ 45
三菱 10
自社他 75
吉利控股 130
長城汽車 107
華晨汽車 74
奇瑞汽車 67

 

図4  2017年中国メーカーの自社ブランド(商用車を含む)
の販売台数

図4 2017年中国メーカーの自社ブランド(商用車を含む)
の販売台数


 

自動車産業の特徴

政府の保護

自動車産業は車体、エンジン、タイヤなど幅広い製品から構成され、そのすそ野は非常に広く、1国の経済に非常に大きな影響を与えます。そのため、各国とも自国の自動車産業を育成するために外資の参入規制など保護政策を取っています。日本も1950年代は海外メーカーの輸入に対し規制をかけ、当時は競争力のなかった国内メーカーを保護していました。
 

中国も同様に外資単独での進出は認めず、進出は出資比率50%の合弁が条件です。また外国からの輸入には規制がかけられています。同様の保護政策は他の国も同様で、比較的市場規模の大きいロシアやブラジルなども海外メーカーに対して関税の引き上げや一定量の国産化の要求を行っています。そのため海外進出を図る中国メーカーは完成車輸出からノックダウン生産へと転換を図っています。
 

自動車生産の特徴

自動車は完成車メーカーにとって、原価の構成のうち、人件費は8%前後に過ぎず、原価の約80%は購入部品や素材です。つまり車体生産に関しては、人件費の安い国で生産するメリットはそれほど大きくありません。
 

一方原価の80%を占める部品の原価は部品メーカーの人件費によって決まるため、部品メーカーも含めて人件費の安い国で生産すれば、完成車の価格は安くなります。
 

生産拠点としての中国は、今までは豊富な労働力と安い人件費による低コストが魅力でした。一方生産設備は、中国製の価格は日本製の1/3程ですが、従来は性能が低く、自動車の製造に必要な大型プレス機、大型射出成形機、ロボット、ピストンリング研削盤などは日本製を使用する必要がありました。また素材も、高張力鋼板、亜鉛メッキ鋼板、ばね用鋼などの金属や、ポリカーボネートなど一部の樹脂は中国国内で良質なものの入手が困難でした。(2005年) ただし、素材に関しては現在はかなり改善されているようです。
 

サプライヤーとの関係

自動車の開発には、ランプ、メーター、シートなど様々な部品の開発も必要です。自動車メーカーは、部品メーカーに対して設計コンペなどを行い、サプライヤーを選定します。選定されたサプライヤーは自社が開発費を負担して部品を開発し、車体メーカーに納入します。ただし金型の費用は部品の価格に上乗せして車体メーカーが負担します。同様にこの部品メーカーに部品を納入する協力会社は、自社で部品の製造方法や治工具を工夫して量産体制をつくります。そして一旦サプライヤーが決まると、そのモデルの生産中は、車体メーカーは部品メーカーを変えることはありません。
 

中国の自動車メーカーはサプライヤーとの契約は通常1年で、基本的には2社以上の複数購買で、その調達価格は競争入札で決定します。また契約期間の途中でも調達比率を変えたり契約を打ち切ったりします。オートバイメーカーはもっと極端で各サプライヤーから購入する比率を1、2か月に1回変更します。これにより極めて低コストでの製造を実現しました。中国の二輪市場ではホンダはコスト面でコピーメーカーに勝てず、コピーメーカーと手を組むことになりました。
 

日本の部品メーカーは車体メーカーの採用が決まれば、発注は保証され転注のリスクもないので、安心して開発費をかけて部品を開発できます。対して中国の部品メーカーは常に転注のリスクがある半面、部品メーカー自体あまり開発投資に費用をかけません。また転注されても他の車体メーカーが買ってくれるため複数発注もそれほど問題としていません。
 

結果、中国市場では様々な車体メーカーの部品が市場にあり、それらを組み合わせれば低コストで自動車をつくることができます。さらに吉利の車は、顧客は吉利エンジンと天津トヨタのエンジンを選ぶことができます。その意味で、中国市場においては、自動車はすり合わせ製品でなく、疑似モジュラー製品と呼べるものです。
 

図5  部品メーカーの競争と開発への関与の関係

図5 部品メーカーの競争と開発への関与の関係


 

模倣問題

中国においては特許、意匠など知的財産権は軽視されています。自動車においては、当初、国有企業の間では開発の成果は無償で移転されていたことも背景にあります。また外国企業との合弁を行わない独立系の自動車メーカーは、当初は自社で開発するほどの技術力を持たないため、海外メーカーを模倣し低価格で販売することで、高価な外資系の車に手が出ない層を顧客に取り込んで発展しました。その点でこれまでの中国市場は品質は良いが高価な外資系の車か、低価格だが品質もそれなりの地場メーカーの市場しかなく、その中間の価格帯はありませんでした。
 

一方合弁メーカーも頻繁にサプライヤーを変えるために、これらのサプライヤーの高品質な部品を地場メーカーも入手することができ、模倣メーカーといえども一部には本家と同じ部品を使うこともあります。その上で、低品質や低いブランド力を補うだけの低価格を実現するために、過剰な品質を排除し、中国の顧客のニーズに合った車を作っています。
 

中国メーカーの輸出と海外進出

中国自動車メーカーの輸出は、2005年には16万台に達し、輸出台数が輸入台数を初めて上回りました。その後2年間で年々倍増し、2007年には112万台に達しました。しかしリーマンショックにより急減しましたが、その後回復し、2018年も104万台でした。
 

中国政府の政策

中国政府は1990年代末から輸出の促進と中国企業の海外進出や投資を促す「走出去」方針を打ち出し、2002年の共産党大会で国家戦略の1つに位置付けられました。その結果、輸出や海外進出に加えて、中国企業が外国企業を買収し、技術やブランド力を補完する事も行われています。2010年には吉利汽車はボルボを買収し、2017年にはイギリスの名門ロータスを傘下に持つマレーシアの自動車メーカープロトンを買収しました。
 

海外進出する中国メーカー

中国の自動車メーカーは、3つのグループに分かれ、異なった背景があります。

  • 第一グループ
  • 国有自働車メーカーを母体としてビッグスリー 年間生産台数200万台以上
    上海汽車、東風汽車、第一汽車

  • 第二グループ
  • 年間生産台数 100~200万台の中位グループ
    長安汽車、北京汽車、広州汽車

  • 第三グループ
  • 年間生産台数100万台以下の地方メーカー
    奇瑞汽車、吉利汽車、長城汽車、比亜迪汽車(BYD)

 

この中で第一グループのビッグスリーは、巨大な国内市場において十分なシェアがあり、生産規模も大きく十分な利益があります。中央政府、地方政府からの支援もあり、官僚的な体質から海外進出には消極的です。また主力商品が海外メーカーとの合弁車種のため、輸出は合弁先のメーカーとの関係から困難という課題もあります。
 

第二グループの長安汽車、北京汽車、広州汽車も中国国内に一定のシェアを確保しているため、「機会があれば進出するが、積極的には進出しない」というスタンスです。
 

第三グループの奇瑞汽車、吉利汽車、長城汽車、比亜迪汽車(BYD)は、模倣からスタートした地方メーカーが多く、外資と合弁している大手メーカーほどの技術力がなく、品質もそれほど高くありません。一方ビッグスリーなど政府の庇護下にあるメーカーに対して、第三グループの企業は、中国市場で成長しようとしても政府の規制ため容易でなく、海外に市場を求めざるを得ませんでした。一方過剰な品質を廃し、徹底した低価格は新興国のニーズに応えるものでした。
 

こうして第三グループのメーカーは新興国市場、特に世界の強豪自動車メーカーが見落とした市場に焦点を当てて輸出を開始しました。
 

中国自動車メーカーの立地戦略

立正大学教授 苑志佳氏によると、中国自動車メーカーは、市場を4つのタイプに分けて戦略を立てていると述べています。
 

【サボテン市場】 (北欧市場)
〈丈夫で鑑賞性が高いが触ると針に刺される〉

  • 参入ハードルが高いのに市場の潜在発展力が小さい
  • 法的規制が厳しく安全や環境基準も厳しいので今の中国企業にはハードルが高すぎる

 

【フグ市場】 (アメリカ、ヨーロッパ、日本)
〈絶品の食材だが、処理を誤ると毒を食べてしまう〉

  • 参入のハードルは高いが、市場の潜在力もかなり高い
  • 将来攻略したいが、現時点での参入はかなり困難を伴う

 

【竹の子市場】 (アフリカ、南米、東南アジアの途上国)
〈素材はおいしいが旬が短い〉

  • 参入ハードルは低いが、市場規模も小さい

 

【ジャガイモ市場】 (ブラジル、ロシア、インドなどBRICs)
〈安価でカロリーが取れる〉

  • 参入ハードルが低く、市場の潜在的成長性が高い
  • 中国市場に類似しており、まずここを攻略する

 

表3 中国自動車メーカーの海外進出

長城汽車 吉利汽車
2006年 ロシア 2004年 ガーナ
2006年 ベネズエラ 2005年 マレーシア
2008年 インドネシア 2006年 ウクライナ
2008年 ウクライナ 2006年 メキシコ
2009年 ベトナム 2006年 ロシア
2010年 フィリピン 2012年 ウルグアイ
2011年 セネガル 2013年 エジプト
2011年 マレーシア
2012年 ブルガリア
2012年 イラン
奇瑞汽車 力帆汽車
2003年 イラン 2002年 ベトナム
2004年 ガーナ 2007年 ロシア
2004年 ロシア 2010年 エチオピア
2005年 ウクライナ 2010年 アゼルバイジャン
2005年 エジプト 2010年 ウルグアイ
2006年 インドネシア 2010年 イラク
2007年 アルゼンチン
2008年 マレーシア
2009年 ウルグアイ
2010年 ブラジル
江淮汽車
2011年 ブラジル

 

そして最初は輸出から始めて市場が拡大すれば、ノックダウン生産に移行し、台数が増え、輸入規制などを受けるようになれば現地進出に切り替える戦略です。しかし現在海外進出に踏み切った中国企業の多くは、ノックダウン生産や委託生産方式が多く、本格的な現地生産のようなリスクを取らない戦略です。そして現地生産を行う場合は、より大きな市場を攻略するための足掛かりとして行っています。例えば、奇瑞汽車はアルゼンチン企業Socma者と合弁でウルグアイに合弁事業を立ち上げましたが、それはブラジル、アルゼンチンなど巨大な南米市場への足掛かりとするためでした。
 

異質競争を徹底する中国企業

中国企業が海外進出する場合、自社の技術力や商品力を競合と比較・検討して、競合が有利となるような場を避けて、別の場で競争する異質戦略を徹底しています。自動車の場合、現時点では先進国市場で日本や欧米の自動車メーカーと競争すれば勝ち目はないと認識しています。そして先進国の自動車メーカーが苦手とする、あるいはマークしていない新興国市場を攻略しています。
 

そのような市場は、中国市場の顧客のニーズに合わせた商品、つまり乗り心地や燃費などの性能ではかなわないが、見た目が良く、そこそこ使えて、圧倒的に価格が低いという特徴を生かして、先進国メーカーの自動車を買えない層を取り込んでいます。
 

家電製品では、こうして見た目が良い二流品を生産している間に、自社の生産技術や製品の要素技術が進歩し、見た目が良い1.5流品になりました。しかも先進国の製品は価格に見合った付加価値を加えることができず、性能は良いが価格も高く、しかも使わない機能ばかりの製品になってしまいました。そうして価格の違いと製品の価値の違いの差が逆転した時、日本製品は先進国市場ですら、シェアを失いました。
 

これは、最初は競合になりえない性能の低い製品が、次第に性能を高めて、対してより上のクラスの製品の性能が顧客のニーズを追い越してしまい、価格に見合った価値を提供できなくなり、敗者となってしまう状態です。これは上のクラスのメーカーがより良い製品を作ろうとすればするほど、敗因となってしまうイノベーションのジレンマです。
 

日本企業の戦略

中国企業の戦略的な提携1 ホンダ

1990年代ホンダは中国で上海汽車、チャイタイグループ、嘉陵工業、広州摩托の4社と提携し、合弁企業を立ち上げました。しかし母体が国有企業の合弁企業は、意思決定にスピードが欠け、価格面でもコピーメーカーに勝てずシェアは徐々に低下しました。見かねたホンダは、ホンダのCG125のコピー車を生産している海南新大洲摩托車と提携しました。同社はオリジナルブランド「SUNDIRO」も持ち、合わせて60万台/年を生産していました。このSUNDIROの価格はホンダの半額でした。
 

自社の知的財産を侵害する敵の海南新大洲と組むことで、ホンダは、安くつくることに関して、妥協を許さない徹底したシステムを学びました。海南新大洲は、モデル毎の販売台数を毎日集計し、その台数を元に毎回数量や納期をサプライヤーに提示するなど、徹底的に安く購入する仕組みを作り上げていました。部品のつくり方も品質にこだわるホンダでは考えつかないようなつくり方をしていました。
 

工作機械も中国製のレベルが上がったため、新大洲本田の新工場は、工作機械は中国製、射出成形機は台湾製です。サプライヤーとの交渉は新大洲のやり方を導入し、その中でホンダの品質の考え方や作業標準を導入しました。部品は、新大洲のサプライヤーの中からホンダ基準をクリアした部品だけを受け入れ、性能面や品質面でホンダ基準をクリアできない部品は純正品に置き換えました。そして新大洲の製品にホンダブランドをつけること認めました。新大洲の工場は、160万台/年の生産能力と日本品質の工場に変わりました。
 

2002年にはスクーター「Today」を製造し、日本に輸入、94,800円で販売し大ヒットしました。
 

中国企業の戦略的な提携2 ダイキン

ダイキンは、インバータ型が主流の日本のエアコン市場でシェア1位です。このインバータ技術は30年以上も前に開発された技術ですが、海外、特に家庭用エアコンでは価格が高いため、ハイエンド市場で一部出回っている程度でした。つまり日本のガラパゴス市場で育った技術・製品でした。
 

1994年にダイキンはインバータ型エアコンで中国の家庭用エアコン市場に参入しましたが、低価格なノン・インバータ型エアコンが主流の中国では苦戦していました。そこでダイキンは単独での攻略を断念し、中国企業と中国政府に協力する事にしました。
 

当時中国の家庭用電力消費の大半はエアコンでした。急増する電力需要とそれに伴う原油など資源の輸入の急増が課題であった当時の中国では、エアコンの消費電力削減は大きな課題でした。中国政府は省エネ推進策を打ち出し、高効率型エアコンの普及を推進、低効率なノンインバータ型エアコンの販売停止や高効率機種への販売補助金支給などの政策を打ちました。しかしインバータ技術は当時日本独自の技術で、中国企業である格力などにはありませんでした。ダイキンは、省エネにはインバータ技術が有用であることを中国政府に働きかけました。
 

そして2008年に中国最大のエアコンメーカー 格力と業務提携し、2009年には合弁会社を設立しました。そして格力の部品調達力・生産力のスケールメリットを活かし、低価格なインバータ型エアコンの製造ノウハウを獲得し、大幅なコスト削減を実現しました。
 

これにより2008年度6%程度だった中国のインバーターエアコンの普及率は、2013年には60%にまで膨らみました。ダイキンは1%未満のシェアだった中国の家庭用エアコン市場で10%以上のシェアを獲得しました(2012年)。ダイキンの2013年度の中国事業は2875億円(その8割は業務用)と、ダイキンの空調事業の18%を占め、利益率も20%と空調事業全体(約9%)を大きく上回っています。中国の一部の消費者の間には、「格力製のエアコンでも中には『ダイキンが入っている』」と言われ、評価されています。
 

ダイキンの2014年度の日本向け160万台のうち、90万台を滋賀工場、45万台を格力に委託生産し、25万台を蘇州工場で生産する計画です。2013年度は滋賀工場が95万台、格力への委託が75万台で格力への委託が減少したのは円安により一部製品の生産を国内に変えたためでした。
 

これに対して以下のような意見が日本のマスコミや産業界からありました。

「ダイキンが取った選択でいくつかの疑問が存在する。まず、なぜダイキンは単独で展開する道を選ばなかったのか。中国政府が省エネ化を推進したことでインバータ型エアコンが普及することは見えており、インバータ技術を持たない格力電器等の中国勢に変わってトップシェアをとるチャンスがあったはずである。
 2つ目の疑問は、なぜ格力電器との提携でコア技術であるインバータ技術を提供してしまったのか、である。成熟した技術とはいえ、インバータ技術はダイキンにとってコア技術である。そのコア技術を格力に提供してしまったことで技術を流出させてしまった、という懸念はある。」(ITメディアより)

 

これについては中国企業との提携はダイキン内部でもかなり議論があったようです。しかし現実に世界のエアコン市場は年間7.7億台、その23%を格力、17%を美的が抑えています。(2015年) 格力だけで年間1.7億台を生産しています。対して日本の国内市場は900万台しかなく、それをダイキン、パナソニック、富士通ゼネラル、東芝、日立、三菱電機の6社で分け合っています。もしダイキンがやらなければ、他のメーカーが格力や美的にインバータ技術を供与するかもしれません。その方が、ダイキンにとっては、はるかに脅威でした。
 

図6 世界のエアコンメーカーのシェア

図6 世界のエアコンメーカーのシェア


 

中国自動車市場は、まだ早朝期

2018年11月4日から8日まで、中国の深圳と湖南省株洲市を訪問しました。
 

図7 深圳の街並み

図7 深圳の街並み


 

本格的な大衆車の普及はこれから

深圳、株洲市を訪問して感じたのは、高級車が日本以上に多いことでした。これは日本でいえば、まだ車が庶民にとって高価な時代と考えられます。つまり、大衆車市場はこれからです。2,888万台という数に圧倒されますが、日本の車の所有台数は1,000万台、人口比で考えれば10人に1台です。中国が日本並みになれば、車の数は1.3億台、年間販売台数5,000万台になります。
 

一方それだけの車を走らせる道路や駐車場のキャパがなく、車の所有や乗り入れが規制されているため、日本のようにモータリゼーションが急速に進展するかどうか不明です。もし日本のように大衆車の普及段階に入れば第三グループの低コストな車が大きなシェアを取ることも考えられます。
 

図8 EVタクシー

図8 EVタクシー


 

しかし中国自動車市場は急ブレーキ

ここに至って好調な中国自動車市場は急減速し、2018年9月から10月は2か月連続で2桁のマイナス成長を記録しています。これには米中貿易摩擦に端を発した中国株価の低迷や景気の減速が影響し販売店の在庫水準も警戒水準50%を超えて10月には60%以上に達しました。
 

この影響で外資と提携せずブランド力の弱い第三グループのメーカーが苦境に陥っています。この苦境から脱するためにEVへの注力を高めたり、政府へ補助金や減税などの購入支援の要請も行っています。今後は、工場の稼働率を維持し在庫を減らすために大幅な値引き販売に走る可能性もあります。
 

このように自社ブランドが苦戦する原因は、大衆車市場が十分に形成されておらず、自動車の購入は富裕層であり、価格よりもブランド価値に重きをおくためと考えられます。さらに都市部ではナンバーの取得の制約が多く、所得に多額の費用が掛かるため、中国ブランドの価格と外資メーカーの価格の差が問題にならない点もあります。そして株価の低迷や景気減速による富裕層の所得の減少が自動車販売に直結したためと考えられます。
 

一方、かつて中国では、家電などではこういった環境の変化に際し、中堅メーカーが価格戦争を仕掛け、中小メーカーを淘汰し、寡占化した歴史があります。こうして美的やハイアールは中国のトップ企業に上り詰め、世界へと飛躍していきました。独自商品が弱い第一、第二グループの自動車メーカーは海外販売に制約があり、また巨大な国内市場があるために、海外へ打って出る必然性がありません。一定の規模がなければ生き残れない自動車業界では、第三グループの中から独自商品を持ち、新興国市場やBRICS市場で力をつけた企業が、第二、第三の格力や美的にならないとも限りません。
 

技術はいずれコモディティ化する

優れた日本の技術とマスコミではよく報道されます。しかし技術は必ず流出し、自社だけで秘匿することはできません。特許を取れば技術内容は公開され、競合は特許の明細書を読み、その特許に抵触せず、その技術を凌駕する方法を考えます。また技術は製造設備や素材メーカー、顧客など様々なルートを通じても伝搬します。
 

第一画期的な発明の歴史を振り返ると、そのような発明は同時期に同じ発明をした人が何人もいます。つまり「誰も考えていないアイデア」はおそらく存在しません。コカ・コーラのレシピは問題不出ですが、ペプシをはじめとして他のメーカーもコーラを作っています。つまり厳重に管理しても自分たちだけで独占することは不可能です。
 

それでも技術で他社を凌駕し、トップランナーであり続けるには、技術開発を継続し、他社よりも常に前に進み続けるしかありません。そのためには優れた研究開発ができる人材、体制とそのための投資が必要です。また売り上げ規模の少ない企業が幅広い分野に製品を展開すれば、技術でトップに立つことはできません。狭い日本市場のみで事業を展開していれば投入する研究開発費も少なくなり、グローバルで事業を展開している企業とは差がついてしまうでしょう。
 

参考文献

「中国自動車企業の海外進出パターンと戦略」苑 志佳
「中国進出 日本自動車企業の戦略課題」井上 隆一郎
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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