低成長が続く日本は、再び成長するためには労働生産性を高めなければならないと言われています。
そのため、国も労働生産性を高めるべく様々な努力をしています。
では労働生産性が高まればGDPを増加するのでしょうか?
これについては、「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で、内閣情報調査室 前田氏の「TFP(全要素生産性)に関する一試論」を説明しました。
これによれば労働生産性が向上すれば、国全体ではTFP(全要素生産性)の増加として現れます。しかしTFPが増加しても、需要が増えなければGDPは増加しないのです。
そして日本は需要を増やすことが難しくなっています。それは以下の理由からです。
市場が縮小
日本のGDPの75%は国内の民間消費だからです。
日本は民間需要(国内需要)が73.1%、公的支出が26.0%、輸出から輸入を引いた外需は0.9%しかありません。

図 2023年のGDPの内訳(内閣府ホームページ 国民経済計算より著者作図)
注)以下の通り計算して作成
民間 (公的) の消費と投資 =
民間 (政府) 最終消費支出 + 総固定資本形成 民間 (公的) + 在庫変動 民間 (公的)
この民間需要、特に個人消費は、ほとんど増加していません。図は家計消費の成長率を示しています。
これを見ると2014年の消費税増税8%、2019年の消費税増税10%で個人消費を大きく落ち込みました。

図 家計最終消費支出の推移(内閣府ホームページ 国民経済計算より著者作図)
高齢化でさらに縮小
日本の場合、問題は人口の減少以上に年齢構成の変化していることです。65歳以上の高齢者が増加し、高齢化比率が急速に高まっています。

図 年齢区分別人口の割合の推移
消費者として考えると、高齢者が増加し年金生活者の割合が増えればれば、消費はさらに減少します。なぜなら年金生活者は節約志向が強くなるからです。
年金生活者の強い節約志向
年金生活は収入が増える見込みはありません。そのため貯えがあっても、将来貯えが尽きる不安から積極的に消費しません。
そうして80代になると今度は活動範囲が狭くなります。消費する機会が減少します。
日本人はセロトニン(トランスポーター遺伝子S型)という不安遺伝子の保有率が82.25%と世界一高い民族です。(アジア人の平均は70~80%です)
対してヨーロッパ人の不安遺伝子の保有率は40~45%です。それもあって年金も貯えも全部使い切って人生を満喫して一生を終える人も多くいます。しかし多くの日本人には、このイタリアの陽気な老婦人のような暮らし方は無理です。
結局、団塊の世代が引退した2017年以降、期待されたシニア消費の波はやってきませんでした。
不安遺伝子は若者消費にも影響
この不安遺伝子のため、若者もお金を使わなくなっています。
非正規雇用が増え、正社員の賃金上昇も低く、将来収入が増え豊かになると実感できません。しかも少子高齢化の加速は、年金制度への不安となり、貯蓄志向を高めます。その結果、総務省「全国消費実態調査」によれば、30代未満の単身所得世代の平均貯蓄額は、男性が1989年の138万円から190万円、女性が132万円から149万円に増加しました。
国が将来も不安のない年金制度を構築し、企業は社員に安定した賃上げを続ければ、若者の消費は増え、GDPは増加するのでしょうか?
問題はGDPの増加にはTFPの増加が必要です。TFPが増加するためにはイノベーション(技術の進歩)が必要です。ところが企業がイノベーションを生みにくくなっているのです。
不安遺伝子が強く、高齢化で節約志向が高まる日本は、そのままでは消費は伸びず、経済は縮小してしまいます。
企業自身も高齢化
それは企業の従業員の高齢化比率が上昇することで、企業自身も高齢化するからです。
東京商工リサーチの2013年の調査結果によると、上場企業2318社の従業員の平均年齢は40.2歳です。年齢分布が均等であれば、企業の中堅社員は30~50代、60代でも戦力です。中間管理職が実務を担う「名ばかり管理職化」が多くの企業で進んでいます。今では管理業務のみ行う管理職はわずかで、大半が実務を行っています。

図 企業の従業員の平均年齢
この社員の年齢の上昇は、企業に以下のような影響を与えます。
① リスクを取らない
新事業、新製品は失敗のリスクが伴います。失敗して経歴に傷がつき社内の立場が悪くなることを考えれば、リスクを取って新技術・新製品に取組むよりも、取り組まない方がメリットは大きいと考えます。そのためリスクがあるようなプロジェクトは様々な理由を挙げて反対します。
② 新しい価値観、手法を受け入れない
中高年社員にとって、これまでの経験や価値観はアイデンティティの一部です。新しい考え方や価値観、技術や手法はそれを否定するものです。そのため受け入れがたいのです。
③ 決定を先延ばしにする
事業活動では、時には時間が成否を決定します。有望な事業でも決定が遅れれば失敗することもあります。しかし彼らは経験があるために、いろいろと不安な点に気が付きます。そのため決定を先送りにします。一方海外の積極的な企業は、早く取組んで早く結果を出すことを重視します。ダメなら早く修正して完成度を高めれればよいのです。
失敗の責任は問わない
アマゾンのジェフ・ペゾズは、早く実験し、早く結果を出すことを常に部下に求めます。だから失敗しても担当者は責任を問われません。
1日で新規事業が決済
中国のIT企業テンセントは、朝4時30分にオーナーの馬氏が思いついたアイデアをメールすると、10時にCEO、10時30分に副社長が意見を述べ、12時には本部長が決済します。15時には企画書が完成し、22時にはその製品の開発期間とリリース次期が馬氏に報告されます。24時間以内に新事業のプロジェクトが走り出します。
グローバル企業と競争するには、このような目まぐるしいスピードで意思決定が求められます。高齢化した日本企業がこのようなスピードに対抗できるでしょうか。
実はアマゾンやテンセントのようなIT企業が成長しても、かつてのようなGDPの成長は来ないのです。
企業が高齢化し、イノベーションが起こせなくなった日本では、従来の企業に代わるスピード感のある企業が必要なのです。
むしろ今までの100年間が特別な期間だった
なぜならこれま出が異常だったからです。
ロバート・ゴードンは著書「アメリカ経済 成長の終焉」で「1870年からの100年がむしろ特別な期間だった」と述べています。
この100年の間、蒸気機関、電気、内燃機関、電気通信、化学工業など多くの革新的な技術が実用化され、生産性は急速に向上しました。しかし、「このような劇的な生産性向上はもう起きない」とゴードンは考えます。
その一方、ムーアの法則に従えば、半導体の進歩はこれからも続きます。情報通信技術の革新スピードは持続します。しかし情報通信技術はこれまでの産業のような雇用や消費の増大をもたらしません。グーグルの検索エンジンは、グーグルを時価総額2兆ドル(300兆円!)の企業に押し上げました。しかしグーグルの社員はたった10万人です。鉄鋼、造船、自動車、電気などのかつての産業に比べはるかに少ない雇用です。
つまりイノベーションを起こし、労働生産性を高めても、かつてのようなGDPの成長は望めないのです。
GDPは今の経済活動を表していない
そもそも経済の金銭消費のみを対象とするGDPは現在の価値を適切に表していないという考えもあります。
個人がSNSで挙げた情報は多くの人に有益な情報を提供しています。動画に投稿したダンスや音楽は、多くの人を楽しませています。しかし、そこに金銭が介在しないためGDPには何ら影響しません。ボランティアによる社会貢献活動が社会にプラスの価値を提供しても、GDPには影響がないのです。
しかしこういった活動がある社会とない社会では、暮らしやすさ、豊かさが全然違います。
その点で、日本のサービス業も優れたサービスがお金に十分に変わっていない分野です。
サービス業だから生産性が低い
日本の労働生産性が低いことについて、特にサービス業の労働生産性の低さが指摘されています。国もサービス業の生産性向上を課題としています。
サービス業の平均年収は飲食業108万円、理容・美容業125万円しかありません。業務を改善し、時間当たりのサービスを増やせば、サービス業の労働生産性は向上するのでしょうか。
効率化では労働生産性は上がらない
経営コラム「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で計算したように、単に時間当たりの出来高を増やしても付加価値は増えません。
付加価値を増やすには、生産性を高めるだけでなく、販売量を増やすか、値上げが必要だからです。
しかし市場が縮小する日本は、販売量を増やすのは困難です。いくら割引を宣伝をしても床屋さんに行く回数は2倍になりません。そうなると値上しかありません。しかし高齢者の比率が高ければそれも難しいのです。高齢者は節約志向が高く、値上げすれば、安いところに変わってしまいます。
医療・介護・福祉の分野はどうでしょうか。これらの分野は報酬を国が決めています。国が報酬を引き上げない限り付加価値は増えません。料金は国が払うため、どこを利用しても同じ費用なので差別化しにくい分野です。そこで労働生産性を上げるためには、今までと同じ仕事をより少ない人数で短時間にこなすしかありません。これでは現場は過酷になるばかりです。
では、付加価値を高める方法は他にないのでしょうか?
年間500種の新製品
工業製品の場合、独自の工夫をして他社と違うより良いものをつくれば他社より高くても売れます。付加価値は増大し労働生産性は向上します。
岐阜県の電設部品メーカー未来工業は、残業ゼロ、年間休日140日、加えて有給取得率も高い会社です。それでいて営業利益率は常に10%以上の優良企業です。
同社は「常に考える」をスローガンに掲げ、付加価値の高いアイデア製品づくりに努力しています。新製品は毎年500点以上出しています。これがどれほど大変な事か、製品開発に関わった人ならお判りいただけると思います。
労働生産性を高めるのは効率性の追求ではありません。より高く売れる商品やサービスをつくることです。それが少子高齢化で高くても良い商品が市場で受け入れられなくなっているのが問題なのです。
未来工業の製品の顧客は、電気工事会社です。彼らは使いやすい良いものがあれば高く買ってくれます。では一般の消費者に提供する製品やサービスはどうすればよいでしょうか。
ヒントは時計です。世界の時計のシェアはスイスが50%を占めています。その多くがロレックスやカルティエなどの高級時計メーカーです。高額な時計は高い付加価値を生み、スイスの労働生産性を高めています。
サービス業も富裕層向けの商品やサービスを充実すればより高い付加価値を生むことができます。
労働生産性を高めるのは効率性を追求し勤勉に働くことではありません。
そもそも日本人は昔から勤勉だったわけではありません。昔の日本人は働かなかったのです。
昔の日本人は働かなかった
江戸時代まで、日本人には労働と日常の区別がありませんでした。時間の単位は1刻(およそ2時間)、しかも不定時法のため、夏と冬で1刻の長さが変わりました。「いつまでに、どれだけの仕事をしなければならない」というのはなかったのです。1859年に来日した駐日スイス領事ルドルフ・リンダウは、火鉢の周りでおしゃべりをしながらだらだらと過ごす日本人を見て「矯正不可能な怠惰」と言いました。
その日本も工場は西洋式の「テイラーの科学的管理方法」を導入し、効率性を追求しています。オフィスでも時間にしばられて働いています。時間に対し自分の裁量がないことが労働を苦痛なものにしています。ベルトコンベアーに沿って流れてくる製品に1分ごとに同じ作業を繰り返す仕事に喜びはありません。作業者の唯一の楽しみは、終業のベルが鳴って、この苦痛から解放されることです。
実は今の日本人の勤勉さは、和を重視する文化と集団の圧力によるものでした。だから個人の会社に対するエンゲージメント(組織への貢献意欲、愛着心)は高くありません。
エンゲージメントの低い現代の日本人
日本企業の社員は、長時間労働やサービス残業も厭わない「まじめで勤勉」というイメージが世界中で広まっています。実は仕事への充実感・達成感は高くないという結果が出ています。
アメリカの調査会社ギャラップ社の2017年の調査によれば、エンゲージメントの強い社員の割合が日本は6%で、139カ国中132位でした。同様にオランダの総合人材サービス ランスタッド社の2019年の調査でも、「仕事に対して満足」と回答した割合が日本は42%と、34カ国中最下位でした。逆に「仕事に不満」と回答した割合は21%で1位でした。

図 仕事に不満がある日本
こうした原因について、ビジネス誌では以下の要因を挙げています。
- 賃金が上がっていない
- ルールが多すぎる
- 意思決定がスピードを欠きストレスになる
- 経営陣と現場とのコミュニケーション不足
- 多様性・柔軟性に乏しくワークライフバランスへの配慮に欠ける
- 業績評価で適切なフィードバックが行われていない
最もな感じがしますが、本当にそうでしょうか。上記の6項目を改善すれば、個人の組織に対する貢献意欲は高まるのでしょうか。
同じ仕事を続けることでやりがいを失う
これに対してマーケティング 評論家のルディー・和子氏は、なぜ日本人の貢献意欲が低いのか、これに対しユニークな意見を述べています。
それは「飽きるから」です。
実際、企業の業務はルーティン業務も多く、ホワイトカラーでも単調な業務をかなりの量こなさなければなりません。終身雇用制の元では社員は一生同じ会社に勤務します。組織内の移動も少なければ、何十年も同じ仕事をすることになります。その結果、仕事に飽きてしまいます。飽きたためにやりがいや充実感を感じなくなってしまうのです。
実際、アメリカでの過去10年間の生産性低下は、和子氏は離職率の低下を原因として挙げています。アメリカ人も同じ会社に留まって仕事に飽きると彼女は言います。日本も、異動による一時的な生産性低下が無視できないため、配置転換がとても少ない、あるいは全くない中小企業も多くあります。そのため入社してからひとつの部署に10年以上いる社員もいます。また仕事に飽きた若い社員は、転職してしまいます。
もし社員の貢献意欲が低い理由が、ビジネス書の指摘通りであれば、それを解決するには昇給や人事制度など様々な取り組みが必要です。しかし、ただ飽きてしまうのであれば、対策はもっと容易です。
移動すればいいのです。
一方上場企業は常に利益を出し続けるように株式市場から圧力を受けています。経営者は株価を持続的に上げなければならないのです。
イノベーションが起きない中、大企業が利益を増やすには
企業が高齢化し、新製品・新技術などに及び腰な時、付加価値を増やすにはどうしたらよいでしょうか。
具体的に売上は以下の式で計算されます。
売上=材料費+労務費+経費+利益
そこで付加価値を高めるために効果が高いのは、
- 労務費の削減
- 材料費の削減
の2つです。
労務費の削減
労務費を下げれば利益は増えます。しかし賃金は下げられないので、
賃金の高い中高年をリストラし若い社員と入れ替える
正社員から派遣社員に切り替え
などを行います。派遣社員にすれば生産量の変動に応じて人数を調整でき、労務費を変動費とすることができます。
材料費の削減
材料費(外部購入費用)を下げれば、利益は増えます。例えば自動車メーカーの場合、原価に占める外部購入費用の割合は80%もあります。工場の改善よりも購入部品の値下げの方が利益を増やす効果は高いのです。この購入部品には下請が製造する部品も含まれます。
労務費の削減や材料費の削減は、利益を上げるための王道です。しかしこれを継続してもイノベーションは起きず、社員のやる気も低くなるだけです。
目先のコスト削減でなく、社員のやる気を高め、アイデアを引き出す取り組みが必要なのです。
労働の質の向上
「労働生産性向上と人材教育 その1 ~労働生産性とは?マクロとミクロの視点~」で述べたように、労働生産性を高めるには
- 値上げ
- 製造時間短縮
- 販売量増加
の3つがあります。
例えば未来工業は、年間500種もの新製品を出すことで、製品の付加価値を高めています。こうした価値の高い製品や技術の実現は、社員の自主的な取り組み、高い意欲、問題解決力が必要です。つまり社員の労働の質を高める必要があります。
ところが日本企業の社員の仕事に対するエンゲージメントは高くありません。では、どうすればよいでしょうか。
ヒントは意外にも戦時中のGMにありました。
生産性が高かったGM
GM、フォード、クライスラーといったアメリカのビッグスリーの工場の労働者は、全米自動車労働組合(UAW)に所属しています。彼らにとって、仕事は収入を得るための手段にすぎず、できる限り楽をしたいと考えます。そのため担当の仕事以外はやりません。デトロイトをやめた職人気質の労働者は「デトロイト中の空気がよどんでいる。仕事のある者さえ失業者のようだ」とまで言いました。
ところがGMの工場の社員がやる気に満ち、労働者が多くの改善提案を出した時期があったのです。
それは第二次世界大戦中のことでした。
第二次世界大戦中、GMは大量の兵器の製造を請け負いました。しかし兵器の製造に習熟した工員はおらず、素人を大勢工場につれてくるしかありませんでした。そこで管理者は作業を細かく分解し、手順書には「なぜその作業をやらなければならないか」まで書きました。管理者は作業者を信頼し、作業スピードは作業者に任せました。
銃を製造する工場では、新人が銃の部品を製造できるようになると、新人を射撃場につれていきました。そして正確に加工した部品の銃を撃たせた後、雑に加工した部品に変えた銃を撃たせて、部品の違いをわからせました。
爆撃機の部品を製造していた工場は、本物の爆撃機を工場に展示しました。工員たちは自分たちの仕事がどこに使われ、それがこの戦争にどれだけ貢献するかが実感できました。仕事への意欲が高まり作業効率は向上しました。
工員がより良いやり方を提案する制度も実施され、40万人の工員から、11万5千件の提案が出ました。しかもそのうちの1/4が採用されました。
残念なことは、これだけ生産性の高かった工場が、戦後は前述した退廃した工場に変わってしまったのです。
上記を反面教師とすれば、社員の意欲を高める取り組みはビジネス誌のようなことをしなくても実現できるのではないでしょうか。
一方技術が進歩すれば、社員の能力が不足します。そこで継続的な能力開発が必要になってきます。
ラーニングの重要性
GMの工場では、非熟練者でも仕事の意義や目的を伝えることで、意欲を高めて高い生産性を実現しました。その一方、生産性を高めるには、意欲だけでなく能力も重要です。
ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ジョセフ・E・スティグリッツは、著書「生産性を向上させる社会」の中で、『今日では国の成功を決める要因は、人や研究への投資であり、ラーニング(学習)が重要だ』と主張しました。
デビッド・リチャードの比較優位説では、国同士相対的に低いコストで製造できるものにお互いが特化し、貿易で生産物を交換すれば双方の国が大きな利益が得られます。
スティグリッツはこれを静学的比較優位と呼び、これに対し、より重要なのは知識と学習によるイノベーションであり、これを動学的比較優位と呼びました。そしてこういった学習を主体とする社会をラーニング・ソサエティ<注記>と呼びました
これからはどの年齢でも継続的に学習と能力開発の機会があり、自ら学習する社会がイノベーションを増やして、その国の経済を活性化させると述べました。
<注記>
ラーニング・ソサエティとは、アメリカのロバート・M・ハッチンスが1968年に著した「ザ・ラーニング・ソサエティ」で書かれた言葉で、国民の生涯学習が普及した社会を指します。ハッチンスは、未来には自由時間が労働時間を上回り、自由時間には自己実現を図るような学習が重要と考えました。対してスティグリッツのラーニング・ソサエティのラーニングは仕事の中における学習を指しています。
スティグリッツのラーニング・ソサエティ
この学習に関して、スティグリッツはお手本(>ベストプラクティス)から学ぶことの重要性を説きました。
国の経済が発展するためには、新たな価値を生み出すことが必要で、スティグリッツは以下の3つを挙げました。
- ベストプラクティスを学ぶ
- ベストプラクティスから改善し生産性を高める
- 新たな製品や事業を創出する
① ベストプラクティスに学ぶ
1940年代から1980年代の間、多くの社会主義国は、自由主義国よりも高い貯蓄率と投資率を維持していました。教育投資も積極的に行いました。それにもかかわらず産出量は自由主義国の1/2以下でした。その原因はベストプラクティスに学ばずイノベーションが起きなかったからです。
先進国と発展途上国でも知識に大きな差があります。そこで発展途上国は先進国からベストプラクティス(知識)を導入し、工業化を促進しました。中国が成功した要因は、多くの外資系企業を呼び込み、積極的に知識を吸収して工業化を促進したためでした。
スティグリッツは貿易規制により、自国の産業を保護する「幼稚経済保護論」も提唱しました。発展途上国は当初は自国の工業が弱いので、貿易規制で自国の産業を保護して工業化を促進し、経済成長と生活水準の向上を実現することを推奨しました。
② ベストプラクティスの改善
さらにスティグリッツはこうして手にしたベストプラクティスを改善すれば、さらなる生産性向上が実現できるとしました。
アメリカの製造業は1970年代から1980年代前半、1980年代後半から1990年代、この2つの期間で年間成長率が0.9から2.9%に上昇しました。これは他の国よりも1.9%も高かったのです。スティグリッツは、これは業務管理の改善やTQC(全社的品質管理)の導入などの学習強化によるものだと主張します。
対して1995年~2001年もアメリカの生産性は日本やヨーロッパを上回りました。しかしこれは資本蓄積、教育の改善、公式な研究開発投資とは無関係と言います。
③ 新たな製品や事業を創出する環境
技術の進歩に伴い必要な知識も変わります。そのため常に新たな学習が必要です。しかし知識を生産し伝搬する点で市場は必ずしも効率的ではありません。そこで知識の生産や研究開発分野は政府が支援する必要があります。

図 新たな学習が必要
学習により獲得した新たな知識は、ある製品から他の分野の製品へと伝搬し、社会に大きな影響をもたらします。こういった知識の取引は、市場メカニズムというより、むしろ研究者同士のプレゼント交換のような形なのです。
この学習を促進するためには以下のポイントがあります。
- 学習能力 若いほど学習能力は高い「老犬に新しい芸は教え込めない」
- 知識へのアクセス 「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです」アイザック・ニュートン
- 学習のための触媒 アイデアは反応を促進、学ぶための刺激が触媒となる
- 思考方法 創造的思考を作り出すための認識フレーム
- 触媒作用を引き起こす人との接触 知識は人との接触によって広がる
- 知識の伝達につながるような人との接触
技術の進歩に適応し、常に新たな知識を獲得してイノベーションを起こすには、上記のような取組を促進し、学習する社会(ラーニング・ソサエティ)の実現が重要です。
スティグリッツは人や組織が継続的に能力を高めアイデアを共創することが重要で、知識を生み出し広げるには、政府の役割の重要性を説きました。
こういった学習に関して、最近「人的資本経営」という取組が注目されています。
人的資本経営の取組
労働生産性向上の本質は、生産活動の効率化ではなく付加価値の向上であり、新製品・新事業の促進、つまりイノベーションです。
そのためには新製品・新事業を促進する人材が必要です。そのため人材教育の重要性は高くなっています。加えて定年の延長もあり社員の年齢構成は変化しています。これからは中高年社員も戦力とする必要があります。ところが彼らのスキルは新たな業務や最新のIT技術に適応しない場合があります。
しかも単純作業、事務作業は非正規雇用が担当するようになり、正社員は企画・管理など今まで以上に高度な業務スキルが求められます。またテレワークなど新たな仕事のやり方も出てきて、これまでとは異なる業務スキルも必要になってきます。その結果、従来のOJTを主体とした人材教育では不十分になってきました。
そこで従来の組織構成員としての人材ではなく、設備や技術と同様に社員を資本と考え、教育を資本への投資とする「人的資本経営」という考え方が提起されています。
経済産業省は、企業経営者、投資家、コンサルティング会社などにより「人的資本経営に向けた検討会」を開催し、2020年に「人材版伊藤レポート」、2022年には「人材版伊藤レポート2.0」を発表しました。
人材版伊藤レポート2.0には以下のような項目が提唱されています。
視点
- 経営戦略と人材戦略の連携
- 現状とあるべき姿のギャップの把握
人材戦略の要素
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験の多様性と包括
- リスキル・学びなおし(デジタル、創造性)
- 従業員エンゲージメント
ただしこのレポートは、大企業を想定しているため課題や方針については詳細ですが、具体的な教育や育成の記述は少なく抽象的なものになっています。
残念ながらスティグリッツの提唱する「ラーニング・ソサエティ」という継続的に学習し、アイデアを交換することでこれまでにない発想を生みイノベーションを創出する考えが、「人的資本経営」では人事と教育、そして高齢者のリスキルになってしまいました。
見えない未来に必要な能力を自ら考え、選び学習することが必要です。そうして生まれた知識を一時政府が保護し熟成して世に出すことで、次々とイノベーションが生まれる社会がラーニング・ソサエティと考えます。
そのストーリーの中で、中高年が能力を発揮するために必要なスキルを身に着ける必要があるのです。
最後にGDPの成長と生産性向上、人的資本の関連性を下図に示します。

図 人的資本の関連性
参考文献
「生産性を上昇させる社会」 ジョセフ・E・スティグリッツ 著 東洋経済新報社
「企業とは何か」 P・F・ドラッカー 著 ダイヤモンド社
「TFP(全要素生産性)に関する一試論」 前田 泰伸 著 内閣情報調査室レポート
「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」経済産業省
本コラムは「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
IoT、DX、AI、次々と新しい技術が生まれ、新聞やネットで華々しく報道されています。しかし中には話題ばかり先行し具体的な変化は?なものもあります。経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、それぞれの技術やテーマを掘り下げ、その本質と予想される変化を深堀したコラムです。
このコラムは「未来戦略ワークショップ」のテキストを元にしています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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