品質 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Wed, 15 Oct 2025 04:26:18 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7.4 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png 品質 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 チェックリストがミスを防ぐ! ~その効果と適切な使い方~ https://ilink-corp.co.jp/17880.html https://ilink-corp.co.jp/17880.html#respond Wed, 15 Oct 2025 02:05:31 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=17880
【コラムの概要】

人為的なミスであるヒューマンエラーを防ぐために、チェックリストの活用が有効です。複雑な手順を記憶に頼らず確実にするため、航空業界では古くから重大事故の教訓からチェックリストが使われてきました。また、医療現場でも感染防止や手術の安全確保、チーム内のコミュニケーション向上に役立っています。良いチェックリストは、マニュアルとは異なり、致命的な項目に絞り、シンプルで明確な文章で記述し、作業の一時停止点を設けて確実に確認することが重要です。

あっ忘れ物! 
作業ミス!

私たちは普段から多くのヒューマンエラーを起こしています。時にはこれが深刻な不良や重大事故につながります。

どうすればヒューマンエラーを防ぐことができるのでしょうか?

そのヒントは私たちが普段使っているツールにあります。
「チェックリスト」です。

チェックリストはこれまで多くの事故やトラブルを防いできました。
今回はこのチェックリストについて取り上げました。

1. いくつもの悲劇を教訓に

ひとつのミスが重大な事故につながる飛行機の運行、
そこには多くの事故を教訓としてチェックリストの活用が進められてきました。

1). 記憶するには複雑すぎる

1935年アメリカ陸軍は次世代の長距離爆撃機の開発をマーチン社、ダグラス社、ボーイング社に提示し、各社はプランを示しました。
ボーイングのブランは全長31メートル、4基のエンジンを搭載したこれまでにない大型の機体でした。他社よりも高速で長距離を飛行できるモデル299でしたが、試作機が離陸直後に墜落し、2人の乗員が亡くなりました。

原因は「パイロットのミス」、
パイロットはモデル299の複雑な操作に気を取られ、昇降舵と方向舵のロック解除を忘れました。
ある新聞は「一人で飛ばすには大きすぎる飛行機だった」と評しました。

しかし陸軍はあきらめずにモデル299の開発を継続しました。
陸軍の取った解決策は「チェックリスト」でした。
亡くなったパイロットは熟練のテストパイロットでした。これ以上の技量をパイロットに求めるのは現実的ではありませんでした。

図 ボーイング B-17(Wikipediaより)
図 ボーイング B-17(Wikipediaより)

彼らは、ハガキ大のカードに、離陸、飛行、着陸などそれぞれのチェック項目を書きました。
「ドアと窓は閉じられているか」
「昇降舵のロックは解除されているか」
項目は当たり前のことばかりでした。
しかしその効果は絶大でした。試験飛行は成功し、モデル299は「B-17」、別名「空飛ぶ要塞」として正式採用されました。

モデル299は「一人のパイロットが飛ばすには大きすぎる飛行機」ではなかったのですが、

「一人のパイロットが手順を全部記憶するには複雑すぎた」のです。

2). どちらのエンジンに火災が発生したのか

1989年1月8日、ヒースロー空港を出発したブリティッシュミッドランド航空92便(ボーイング737-400型)は、高度8500mの地点で左エンジンが損傷しました。
しかしパイロットは右エンジンの火災と判断し、右エンジンを停止させました。そして緊急着陸のためイーストミッドランズ空港に向かいました。
その結果、着陸態勢中に損傷した左エンジンがついに停止しました。推力を失った機体は地面に激突。乗客118名の内47名が犠牲になりました。

従来の機種は、空調システムの吸気口が右エンジンコンプレッサーにありました。そのため、副操縦士は機内が焦げ臭いことから、右エンジンが損傷したと判断しました。しかしこの新型機(ボーイング737-400型)は、両側のエンジンから空気を取り込むようになっていました。そして火災を起こしたのは左エンジンでした。

客室内から右のエンジンから炎が上がっているのが見えたのですが、そのことを副操縦士は確認しませんでした。

3). 限られた時間だからこそ

飛行機でチェックリストが活用されているのは、限られた時間の中で確実な手順が求められるからです。
「急いでいるからこそ、確実であるべき」
墜落か生還か、生死がかかっている場面で、同じことを何度も繰り返す余裕はありません。

2009年1月15日 ニューヨーク発USエアウェイズ1549便がカナダ雁の群れに遭遇しました。不幸ことにふたつのエンジンがカナダ雁を吸い込んでします、エンジンが停止しました。
しかし機体はハドソン湾に無事不時着、乗客・乗員合わせて155名は無事でした。

図 不時着水したUSエアウェイズ1549便
図 不時着水したUSエアウェイズ1549便
図2 不時着水したUSエアウェイズ1549便  

エンジンが停止してから着水するまでの時間は3分しかありませんでした。しかも着水時の衝撃で後部貨物室ドアが破損しました。そのため機体は1時間後には水没してしまいました。

しかし機内には
エンジン再始動のチェックリスト
不時着水のためのチェックリスト
緊急脱出のチェックリスト
がありました。チェックリストに従い必要な手順を確実に実行できました。
機長は機内に取り残されている人がいないか、機体最後部まで確認した後、最後に機内を出ました。

2. チェックリストとその効果

1). 集中力はあてにならない

切羽詰まった状況では、人間の記憶力と集中力はあてになりません。一つ手順を忘れればすべてが台無しになってしまうような場面で、記憶力に頼るのはとても危険です。
いつ沈むかもしれない機内で、乗客を確実に脱出させる際、その場で正しいやり方を考えている時間はありません。あるいは、ずいぶん前に行った脱出訓練の記憶に頼っていては、大事な手順を飛ばすかもしれません。そんな時、チェックリストがあれば確実に行動できます。

例えば車の運行前点検、令和4年の法改正で、社用車・事業用車の運行前点検が義務付けられました。
では「どこをどう点検するのか」わかるでしょうか? 
運行前点検は、運転免許取得時に誰もが学んだはずです。ですが

「知っていることと」、「正しくできること」の違いはとても大きいのです。

2). 確実のはず?

このチェックリストを使って安全を確実にしているミュージシャンがヴァン・ヘイレンです。彼らの地方巡業には機材を満載した9台のトラックも随行します。しかし地方のステージが機材の重さに耐えられないなどトラブルが多発します。そのため彼らの契約書は電話帳並みに分厚いものです。そこには奇妙な項目があります。

「楽屋にボウル一杯のM&M’sチョコレートを用意すること。ただし、茶色のM&M’sはすべて取り除いておくこと。もし違反があった場合はコンサートを中止し、バンドには報酬を満額支払うこと」

実際、ボーカルのデビッド・リー・ロスはコロラド州のイベントで茶色のM&M’sを見つけて中止しました。ヴァン・ヘイレンのメンバーは、茶色のM&M’sがそれほど嫌いなのでしょうか。

ボーカルのデビッド・リー・ロスは、次のように語っています。

「もし楽屋で茶色のM&M’sを見つけたら、全てを点検しなおすんだ。すると必ず問題が見つかる。」
事実、コロラド州のイベントでは興行主が重量制限を確認しておらず大事故になるところでした。

ボウル一杯のM&M’sチョコレートは彼らに取って危険を知らせる炭鉱のカナリアだったのです。

3). 大事なことに集中できる

チェックリストに頼ると
「チェックリストに従うだけになり、自分で考えなくなる。硬直化する」
と考える人もいます。しかし現実は逆です。チェックリストを使うと
「何をチェックするか」
といった単純なことはチェックリストに任せることができます。そして
「チェックした結果がどうだったか」
といったもっと難しい問題に注意を集中できます。

単発のセスナ機のチェックリストには、飛行中にエンジンが停止した場合のエンジン再始動の方法が6つの手順に凝縮して書かれています。ただし最初の手順は1つだけ、「飛行機を飛ばせ」。 パイロットはエンジンの再始動や原因の分析に一生懸命になり、最も大事なことを忘れてしまいます。それは

「飛行機を操縦すること」

多くのパイロットが問題解決に気を取られて墜落したことをこのチェックリストは伝えています。

4). めったにないことこそ

チェックリストの効果があるからといって、すべての作業でチェックリストを使うようにすれば誰も使わなくなります。日々行う作業は誰でも覚えています。だから作業者はチェックリストの必要性を感じません。

ではどんな時にチェックリストは効果があるのでしょうか。それは、

「これをやらないと重大な結果をもたらすこと」、そして「たまにしかやらないこと」

です。航空機のエンジン再始動は、運行中に一度もそんな場面に遭遇しないパイロットも多くいます。だからこそチェックリストが役に立ちます。

5). ベテランの怠慢

手順を省く誘惑は常に存在します。確認作業の大半は、その結果は問題ありません。だからといって「今回ぐらいやらなくても問題は起きないだろう」といった怠惰が続けば、いつか惨事が起きます。チェックリストは、そういった誘惑に負けないツールでもあります。

そしてリーダーの判断がおかしいと思ったとき、その判断項目がチェックリストにあれば、スタッフは声を上げることもできます。

1977年テネリフェ空港で起きた航空機事故では、KLMオランダ航空の機長は管制塔の指示を勘違いし、離陸許可が出たと思ってしまいました。疑問に思った機関士は「パンアメリカン航空がまだ滑走路にいるのでは?」と機長に聞きましたが、「大丈夫だ」と機長は言い切り離陸を開始しました。その結果、2機のボーイング747は衝突し、583名がなくなるという史上最悪の航空機事故が発生しました。

チェックリストがあれば、機関士は機長を止めることができたかもしれません。

3. もうひとつの命を懸けた現場

飛行機の操縦が1人の人間が記憶するには複雑すぎるのであれば、医療現場も1人の人間が行うにはあまりにも複雑です。外科医アトゥール・ガワンデは、1人の医師が1年に平均何種類の病気を診ているのか調べたところ、
250種類の病気を診断し、300種類の薬を処方し、100種類の検査を行っていた
ことが分かりました。
そのどれもミスがあれば命に関わります。

1). 手を洗わない?

静脈カテーテルの挿入では、挿入時の細菌感染が問題でした。2001年にジョンズ・ホプキンス病院のICU(集中治療室)のピーター・プロノボスト医師は、中心静脈カテーテルの挿入のチェックリストをつくってみました。リストは5つの手順が記載されました。

  1. 石鹸で手を洗う
  2. 患者の皮膚をクロルヘキシジンで殺菌する
  3. 滅菌覆布で患者を覆う
  4. マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋をつけ、カテーテルを挿入する
  5. 刺入点をガーゼなどで覆う

1か月観察したところ、1/3以上の患者で1つ以上の手順が省略されていました。そこで医師が1つでも手順を飛ばした場合

カテーテルの挿入を止める権利を看護師に与えました。

その後1年間でカテーテル挿入から10日間の感染率が10%から0%に低下し、カテーテルの感染は15か月間で2件しか起きませんでした。

2). 奇跡の生還

オーストリアの心臓外科医マーカス・テールマン医師は、これまで雪崩や水難事故による心肺停止の患者の蘇生を何度も試みましたが、しかし1人も助けることができませんでした。わずかながら助かる可能性が見えても、必要なものがすべて揃っていることはなく何かが足りませんでした。
そこでレスキュー隊と電話オペレーターにチェックリストを渡し、事故現場に到着する前にチェックリストに従って機器の準備をしてから病院に連絡を入れるよう頼みました。

ある日、3歳の少女が氷の張った池に落ちてしまいました。両親が池の底で彼女を発見したのは30分後、テールマン医師の病院に運び込まれた時には、すでに2時間以上経過し、少女は仮死状態でした。彼女はすぐにICUに運ばれ、人工呼吸器やECMO(体外膜型肺)など幾多の治療を行いました。こうして数千もの手順を経て、2週間後、彼女は退院しました。

専門家が集まり、お互いが協力して行う手術は、複雑で一度に多くのことを行わなければなりません。そのためこれまでも少なからずミスが起きていました。
こういったミスに対してチェックリストを導入した病院がスタッフにアンケートを取りました。その結果、80%のスタッフが「チェックリストは短時間で簡単に使え、手術をより安全にしてくれた」と答えました。
そして「もしあなたが手術を受けるとしたら、その時にチェックリストを使って欲しいと思いますか」という質問には93%がイエスと答えました。
つまり93-80=13%、この人たちは、

自分ではチェックリストは面倒なので使いたくはないが、自分の手術には使って欲しい

と考える人たちでした。

3). コミュニケーション

様々な専門家が協力して行う手術は、大きな病院の中ではメンバーがそれまで全く面識がないこともあります。メンバーの名前も知らない中で、予期せぬ事態が手術中に起きればどうなるのでしょうか。こんな時、チームワークの良し悪しは患者の命に関わるかもしれません。

そのためチェックリストに自己紹介の項目があります。
お互いが名前と担当を言います。手術室で自己紹介なんて奇妙に思うかもしれません。しかし実際、その効果はてきめんでした。手術を終えたスタッフに手術中のコミュニケーションについて評価をしてもらうと、自己紹介をしたチームはコミュニケーション項目が高く評価されました。

そして手術開始前に自己紹介と、この手術についての懸念を話す機会があると、手術中もお互いに問題を提起したり、解決策を出しやすくなることが分かりました。
患者の立場で考えると、麻酔をかけられ開腹された自分の体越しに、手術スタッフが意見交換しているのは、あまりいい気がしないかもしれません。しかしお互いがよそよそしく、しかるべき確認をせず、懸念事項があっても気が付かないふりをされるよりは、はるかに良いのではないでしょうか。

事実、南カリフォルニアの病院ではチェックリストと手術前の話し合いで、塩化カリウムのバイアルと抗生物質のバイアルの取り違えに気づきました。(もし塩化カリウムを投与したら患者は亡くなっていたかもしれません。) また書類の記入ミスで「ソラコスコピー」(胸腔鏡化手術)でなく「ソラコトミー」(開胸術)の準備をしていたことにも気づくことができました。

4. 良いチェックリストの作り方

1). チェックリストはマニュアルではない

チェックリストはマニュアルではありません。マニュアルは必要な手順が全部記載され、往々にして膨大な量になります。また作業中にマニュアルを読むこともありません。
では「なぜマニュアルを作るのか」と言えば、
正しく教えるためです。
マニュアルという基準となる文書から正しい作業を教えます。もし現実の作業内容が違っていればマニュアルを改訂します。

しかしチェックリストは作業中に毎回使用します。毎回使用するだけに内容はシンプルなものでなければなりません。

2). 一時停止点を明確に

いつチェックを行うのか、作業の一時停止点を明確にします。「行動したのち、チェックをするのか」、「チェックリストを見て行動するの」を決めておきます。

そして一時停止点では、行動を一旦停止して確実に確認します。ぱっと見て
「やってあるから大丈夫だろう」では不十分です。
確実に行われていることを確認したから、次の行動に移行しても問題ないのです。
ただしチェックリストが長すぎて、一時停止点が1分~1分半もかかるとチェックリストを邪魔に感じるようになります。そしてチェックリストを使うのを省いてしまいます。そのため、チェックリストの項目は

”キラーアイテム”と呼ばれる、飛ばされると致命的な結果をもたらすもの

に絞ります。心配だからとあれもこれも入れてはいけません。

ボーイングがつくる非常用のチェックリストには、管制塔への連絡などパイロットが行うべきことが書かれていません。それは非常時では管制塔への連絡をパイロットは忘れないことがわかっているからです。

3). 誰でも同じ解釈になりますか?

従ってチェックリストは長すぎず、原則として5~9項目、1枚の紙に書ける程度にします。

また文章はシンプルで明確なもので、誰が読んでも同じ解釈になるものでなければいけません。よく見かけるチェックリストに「○○を確認したか」があります。確認すれば結果はどうでもよいのでしょうか? これでは誰が見ても同じ結果は得られません。確認した結果、問題があるかどうか、結果を適切に判定し記入するようなチェックシートが望ましいでしょう。

図 あいまいさのあるチェックリストと明確なチェックリスト
図 あいまいさのあるチェックリストと明確なチェックリスト

4). テスト!テスト!テスト!

チェックリストはつくれば終わりではありません。実践の場で問題ないか、実際に使ってみて改良が必要です。特に非常時には想定外のことが起こります。チェックリストが思ったように機能しないかもしれません。この非常時用のチェックリストをどうやってテストするのでしょうか。

ボーイングは実機のコックピットさながらの精巧なフライト・シミュレーターで様々な非常事態を再現します。その結果、最初に作ったチェックリストが思ったように機能しかったこともありました。そこから改良に改良を重ねて、必要なことを網羅したシンプルなチェックリストをつくります。

実際には、飛行中にトラブルが起きればパイロットに入る情報は限られています。「警告灯の原因は何なのか」、「どこまで損傷したのか」様々な現象が考えられます。しかし彼らはコックピットで意見を戦わせるよりも、まずチェックリストを手に取ります。それほどチェックリストは信頼されているのです。

5. 100%安全・良品を実現するためにチェックリストの活用

では、このチェックリストの考え方をものづくりに生かして、ミスを防ぎ100%安全・良品を実現することはできるのでしょうか。

1). ダブルチェックは必要ですか?

チェックリストに従ってチェックしたのにもかかわらずチェック漏れが発生しました。チェック漏れの対策は難しいため、やむなくダブルチェックを行うこともあります。しかしこれにはダブルチェックは2つの問題があります。

  • 同じやり方でチェックするため、同じミスを起こす可能性がある
  • 2人が同じチェックをすることで責任が分散し、ひとつひとつのチェックがおろそかになる

こうした問題を避けるため、1回目と2回目でチェックの方法を変えます。検算する場合、1回目は上から検算し、2回目は下から検算します。

あるいは2人がチェックするのであれば、一人が数字を読み上げ一人が数字を確認することで責任の分散を防ぐことができます。

2). チェック機構を入れる

データの集計の多くはエクセルなど表計算ソフトで行います。表計算ソフトだから計算間違えはないはずですが、元々の計算式が違っていたため誤った結果が出ることがあります。表計算ソフトだからと信用せず、チェック機構を組み込みます。例えば、表に入力する場合、図のように行から合計したものと、列から合計したものを表記します。もし違っていれば、表のどこかの値が間違っている可能性があります。

図 縦横で合計した例
図 縦横で合計した例

エクセルで複雑な計算をする場合、関数で一度に計算せず、あえて計算を分けて途中過程の値を表示します。これにより「計算式が正しいか、結果が合っているか」確認が容易になります。

例えば設備Aから設備Dまでの4台の設備の製品毎の特性値を以下の表のように測定しました。設備毎の工程能力指数Cpkを計算したい場合、Cpkの計算式は以下の式で表されます。

図 Cpkの計算式
図 Cpkの計算式

この場合、Cpkの計算式を下のようなエクセル関数をつくれば一度で計算できます。しかし計算式に間違いがあった場合、確認が容易ではありません。

図 Cpkを一度に計算した例
図 Cpkを一度に計算した例

そこで手間がかかりますが、下表のように平均値、標準偏差、かたより係数と順に計算します。

図 段階的にCpkを計算した例
図 段階的にCpkを計算した例

そうすれば途中過程の平均値や標準偏差の値が、ある設備だけが大きければ、Cpkが悪い時もそれが原因だとわかります。

複雑な計算になればなるほど「急がば回れ」です。

3). NG行為は明確ですか?

作業標準書には正しい手順が書かれていますが、やってはいけないことまでは書かれていません。しかし作業者は知らないうちに、やってはいけないことをやってしまうことがあります。そこで作業標準書にやってはいけないことも書いておきます。特に過去に「こうしたら、このような問題が起きた」そういった実例があれば記載します。NG作業とその結果、起きることを書いておけば、

あえてそれをやろうという作業者はいないでしょう。

4). なぜそうしなければならないのか?

1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で、原子力発電所の核燃料を製造中に核分裂反応が起きるという臨界事故が発生し、作業員2人が死亡、1名が重傷を負い、667名が被ばくしました。

JCOは作業の効率化のため、国の規定に反した独自のマニュアルを作成していました。さらに当日、被爆した作業員は、そのマニュアルとも違う方法(バケツと沈殿槽と呼ばれる容器で混合する)で核燃料を製造し、核分裂反応を起こしてしまいました。

図 ウラン溶液の製造工程
図 ウラン溶液の製造工程

JCOは、製造しているものが「一歩扱い方を間違えれば核分裂反応を起こす核燃料」で、「どうすれば核分裂反応をおこすのか」、「なぜこのような手順を決めたのか」その理由を作業員に説明していませんでした。

それを知っていれば、このような危険な行為を作業員は行わなかったでしょう。

5). そうしたら、こうなる

核燃料のように見ただけでは危険なものに見えないものは、工場には多く存在しています。化学薬品には触れば化学やけどを起こす危険なものもありますが、見た目は透明な液体にすぎません。
また「稼働している設備の回転部に巻き込まれればどうなるのか」初心者は具体的にイメージできません。

そんな場合、実験して危険を実感してもらう方法があります。化学薬品であれば、「買ってきた鶏肉や豚足に薬品をかけてみる」、設備であれば「稼働している部位に木の棒や豚のスペアリブを入れてみる」などです。

その結果どうなるのか、赤くただれたもも肉や砕け散ったスペアリブを目の前で見れば、保護メガネや手袋もせず化学薬品を扱ったり、稼働中の設備に手を入れようとは思わないでしょう。

6). 失敗は忘れられ、過ちは繰り返される

1955年、雪印乳業北海道八雲工場で停電と機械故障のため、製品の牛乳で食中毒菌が繁殖し、小学生1936人が食中毒になりました。当時の社長 佐藤貢は以下の文を全社員に向けて発信しました。

「当社の事業において唯―人の怠る者があり、責任感に欠ける者がある場合、それが社会的に如何なる重大事件を生じ、社業に致命的影響を与えるものであるかは、今回の問題が何より雄弁にこれを物語っており、われわれは痛切にこれを体験したのである。
(中略)
信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬である。
(中略)
われわれ全社員がこの問題を徒らに対岸の火災視することなく、各々の尊い反省の資料としてこれを受入れ、全員が一致団結し、真に謙虚な気持をもって愈々技を錬り職務に精励し、誠意と奉仕の精神とをもって、生産者と顧客に接する努力を続けるならば、必ずや従来の信用を取戻すことが出来るばかりでなく、ますます将来発展への契機となることを信じて疑はない。」

全文はこちらから

残念ながらこの教訓はいつしか風化し、2000年に14,780人もの食中毒事件を起こし、雪印乳業は解体されました。

事故や失敗は誰でも思い出したくない出来事です。しかも世代交代で、当時を知る人は徐々に会社にいなくなっていきます。それを風化させないためには、あえて何度でも学ぶ姿勢が必要なのではないでしょうか。

日本航空が2006年にオープンした安全啓発センターには、1985年に御巣鷹山に墜落した123便の機体が展示されて、事故から30年を迎えた2015年には2万人が訪れています。当初、日本航空はフライトレコーダーのみを社員教育用に残し、他は廃棄する予定でした。しかし遺族の強い要望により機体の一部が展示されています。

この機体は何よりも雄弁に事故を物語っています

8). 安心と信頼

安心とは「危険源が存在しない状態」です。現実には、様々な活動の中で危険源が存在しない状態はあり得ません。従って安全を達成するには、「安心はあり得ない」と考えるひつようがあります。「安心はあり得ない」のだから、安全は信頼によって得るしかないのです。

この信頼とは、中谷内 一也によれば、

  • 安全を確保するための”能力”(技術力の評価)
  • 守るべき相手を守ろうという”誠実さ”(真面目さや努力状況の評価)

の双方が必要です。安全を確保するための能力は、チェックリストなどの手法や仕組みで整備しても、

守るべき相手を守ろうという”誠実さ”

がなければ、安全を確保する文化は培われず、チェックリストや仕組みの適切な運用は得られないでしょう。

参考文献

  • 「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」アトゥール・ガワンデ著 (株)晋遊舎
  • 「安全人間工学の理論と技術」小松原明哲 著 丸善
  • 「ANA整備士のこだわり ヒューマンエラーは現場で防ぐ」田口昭彦 著 産経出版
  • 「安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学」中谷内 一也 著 ちくま書房

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【品質とコストの改善】リードタイム短縮 https://ilink-corp.co.jp/15092.html https://ilink-corp.co.jp/15092.html#respond Tue, 28 Jan 2025 11:10:09 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15092
【コラムの概要】

本コラムでは、企業が直面する品質とコストの課題を、リードタイム短縮によって解決する方法を解説しています。
リードタイム短縮が単なる時間短縮に留まらず、原価低減や品質向上に大きく貢献することを強調。具体的には、原価計算システムの導入と原価改善コンサルティングを通じて、製造プロセスの無駄を排除し、効率化を図るアプローチを紹介しています。これにより、企業は競争力を高め、持続的な成長を実現できます。

工場では最初に生産計画が立案されます。一般的には生産計画通りに生産するためには日程に若干余裕を持たせます。具体的には「○×工程は次工程の何日前に着工し、何日前に完成させるか」を計画します。

リードタイムが長くなる原因

この時、何か問題があったときの余裕がほしいので「先行日数」を長めにとりがちです。例えば

  • 部品の納期を、必要日よりも前にする。
  • 出庫準備の日程を長くとる。
  • 各工程の所要時間を長めにとる(そのような基準日程を作る)。

いろいろなところで時間に余裕を持って生産を計画します。あまりぎりぎりの日程だと何かあった時納期に遅れるので、担当者は余裕を持ちたいと考えます。日程を守ることは生産管理の重要項目ですから、その気持ちはわかります。

現場の緊張感も低

しかし、余裕のため製造リードタイム(LT)が長くなります。在庫、仕掛品が増加し、余分な資金も必要とします。現場の緊張感も希薄になります。

かといって余裕がゼロでは納期遅れが頻繁に生じるため、この加減が難しいところです。

現場主導ではリードタイム改善は進まない

明らかに言えることは、担当者やその管理者に任せては、余裕をなかなか減らせないことです。その結果、この余裕が少しずつ大きくなり、気が付いたときにはリードタイムは長大になり大量の在庫を抱えてしまいます。

リードタイムや在庫回転日数などの指標を管理していれば異常に気付きますが、こういった指標を管理していない中小企業も多くあります。その場合、経営者や幹部社員が定期的に現場を巡回し、原材料や仕掛品、完成在庫の量を見ておく必要があります。

そしてこれらが増えてきて、作業スペースや通路が狭くなり、作業効率が低下するようであれば、上記の余裕を調べます。材料が入手難になった、外注が多忙で納入が遅れているなど、様々な原因で流れが停滞し、それを防ぐためにあちこちで余裕を増やしている可能性があります。

仕掛品が減少すると

それでは、この余裕が少なくなるとどうなるのでしょうか。

その場合、どこかの工程が遅れるとすぐに問題になります。つまり遅れるという異常を自動的に知らせてくれる警報器の役割を果たします。

これは例えれば水面を下げると、問題のという岩が見えてくることです。

異常がわかったら原因を調査します。例えば、ある工程がよく停止する場合、次の工程の間に仕掛品をたくさん作っておけば、次の工程は止まりません。その結果工程の問題は分からず、現場改善も進みません。

対策しなければならなくなる

しかし仕掛品を減らすと、次の工程が頻繁に止ります。その結果、問題の工程が止まらないように何らかの対策をしなければなりません。

原因は、

  • 部品の精度が悪く検査に合格しない
  • 加工方法に問題があり不良が多い

様々なものがあります。これを改善し、工程が止まらないようにすれば不良が減って品質が向上します。その結果、コストダウンも進みます。これが余裕を減らす最大の利点です。

この活動は現場に自主的に任せるとなかなか進みません。経営者、又は幹部社員が率先して指導する必要があります。実は在庫が増えると、生産量の変動がむしろ激しくなります。これはブルウィップ効果と呼ばれています。

ブルウィップ効果

工場でつくった製品は、最終的には顧客に届けられます。このとき、顧客の需要に変動があると、部品メーカーのようなサプライチェーンの上流は生産量の変動が非常に大きくなります。これは、牛を追い立てる鞭が、手元の動きに比べ先端が大きく動くのに例えて、「ブルウィップ効果」と呼ばれています。

ブルウィップ効果は、部品メーカーと完成品メーカー、小売業者と卸業者などの企業間だけでなく、自社内でも工程の下流に比べ上流では変動が大きくなります。その意味でも、ブルウィップ効果の仕組みを知っておく必要があります。

ブルウィップ効果とは

ブルウィップ効果とは、サプライチェーンの川上事業者になればなるほど、末端の需要動向の変化が増幅されて伝わることをいいます。これは、流通・小売業のサプライチェーンマネジメント(SCM)から出てきた考え方です。

下図のように原材料メーカー ⇒ 部品メーカー ⇒ 完成品メーカー ⇒ 卸売業 ⇒ 小売業というサプライチェーンの中では、小売業のわずかな需要の変動が、上流の原材料メーカーでは大きな変動になっています。

ブルウィップ効果の図
ブルウィップ効果の図

エシェロン在庫

エシェロン在庫とは、自社から見、サプライチェーンの下流に位置する在庫のことをいいます。卸売業者の在庫は、完成品メーカーから見たエシェロン在庫になります。エシェロン在庫は、自社の需要の変動に大きな影響を与えます。

ブルウィップ効果が起こる原因には以下のようなものがあります。

  1. 最終顧客の需要動向が川上に伝わるのが遅い
    発注間隔が長い、需要動向を川上事業者に伝えていない、等の理由で川上事業者に最終顧客の需要動向が遅れて伝わるためです。
  2. 川上事業者は需要変化に対して過剰に反応してしまう
    川上事業者が供給能力が足らずに欠品することを恐れて在庫を余分に持ったり、生産量を余分に引き上げたりすると、過剰在庫となります。その結果、需要が減少したときに最終顧客の需要以上に、需要が減少します。つまり、過剰在庫のためにわずかな需要変化に対して敏感になってしまいます。好景気が大きいほど、この後の不況が大きくなる原因のひとつにブルウィップ効果の影響があります。
  3. リードタイムが長い
    製造リードタイムが長いと、より遠い未来の需要動向を、現在の需要動向から予測しなければなりません。その結果、生産計画や購買計画する不確定要素が高くなります。

ブルウィップ効果を軽減するには

川上事業者が最終顧客の需要動向を早く正確に掴むことです。また、各サプライチェーンの受注から出荷までの時間を短くすることが重要になってきます。そのため、以下のような取り組みがブルウィップ効果低減に有効となります。

  1. SCM体制の構築、サプライチェーンの上流から下流まで、需要動向の情報の伝達を素早くします。SCM(サプライチェーンマネジメント)は、各サプライチェーンの情報の伝達を情報システムで結び、最終顧客の需要動向をリアルタイムに川上事業者へと展開します。
  2. 川下事業を統合する、買収・合併などにより、川上事業者と川下事業者が統合すれば、情報の伝達のスピードアップ、サプライチェーン間の在庫削減が可能になります。例えば原材料メーカーが、完成品を作り、小売までできるようになれば、ブルウィップ効果の影響を減らすことができます。
  3. 生産リードタイムを短縮する、生産リードタイムを短縮することで、より近い将来の需要予測をすればよくなります。その結果、需要予測の精度がUPします。

リードタイム短縮はブルウィップ効果を低減し、生産を平準化させる効果もあります。

供給不足でもブルウィップ効果が起きる

過去に震災やその他様々な要因で供給不足が生じたとき、各サプライチェーンが過剰に反応して、最上流の材料メーカーでは、大量の注文が入りました。そして、その後全く注文がなくなってしまうことがありました。これは、不足すると、今あるものを確保しようと、各社が過剰に購入するためです。そして生産量が減少したときには、大量の在庫消化のために、発注を大幅に減らします。これもブルウィップ効果の例です。

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【製造業の値上げ交渉】24. 発注先の選定 品質の重要さ https://ilink-corp.co.jp/13407.html https://ilink-corp.co.jp/13407.html#respond Sun, 08 Sep 2024 02:54:39 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13407
このコラムの概要

本コラムでは、製造業が発注先を価格だけで選ぶリスクに警鐘を鳴らし、品質が企業の最終利益と顧客満足度に与える影響を強調しています。安価な発注先は、不良品や納期遅延、それに伴う再生産コストや信用失墜など、目に見えない多大な損失を生む可能性があります。そのため、発注先選定では、価格だけでなく品質管理体制、技術力、実績などを総合的に評価する不可欠性を説きます。サプライヤーの品質は自社製品に直結するため、厳格な基準を満たせるパートナー選びが重要です。この視点は値上げ交渉にも繋がり、自社が提供する高い品質と信頼性が、単価上昇の正当な理由となることを顧客に理解してもらう上で肝要です。


値上げ交渉は価格が争点です。値上げ金額が高いのかどうか、取引先と議論します。

しかし価格以外に、品質管理などの管理体制も仕入先によって違います。これについては製造業の値上げ交渉23 少し高くても受注3 高い価格を受け入れてもらうには?を参照願います。

ものづくりは価格だけではありません。QCDの3つが良くなければいいものはつくれません。

中でも重要なのは品質です。

理由は、一度不良が起きれば多額の損失が発生するからです。
 

リコールは多額の費用

2023年度の自動車のリコール件数は、国産車169件、輸入車180件、総対象台数は国産車、輸入車合わせて810万台でした。

図 自動車のリコール推移 (国土交通省HPより)

図 自動車のリコール推移 (国土交通省HPより)

食品は2021年度に1453件のリコール(自主回収)がありました。

リコールには多額の費用がかかります。1回で数億円もかかることも珍しくありません。

価格が低くても品質管理の不十分な仕入先に発注すれば、不良品が市場に流出する可能性があります。リコールになれば部品価格の少々の違いは吹き飛んでしまう損失が発生します。
 

他にも発生する費用

リコール費用は、不良品を回収して良品を提供するための費用です。

他にもリコールは、原因調査、対策のための費用(主に人件費)がかかります。対策会議を開けば、それも新たなコストです。実際はこれらの費用は集計していないメーカーもあります。その場合はこれらは見えないコストです。

さらに仕入先自身でも費用が発生します。これは

  • 不良品を廃棄・修正する費用
  • 取引先に行って、回収、選別する費用
  • 代品を作成する費用
  • 不良の原因分析、対策のためのテストや会議の費用
  • 再発防止にかかる費用

このような費用が発生します。

不良品の損失金額は

  • 不良品を廃棄する場合、廃棄した部品の原価
  • 不良品を修正する場合、修正費用

実際は修正費用を集計しないため、修正費用は損失と思っていない工場もあります。

他にも流出防止・再発防止のために、担当者が活動している時間も損失です。

図 不良損失コスト

図 不良損失コスト

仕入先が中小企業の場合、多くはありませんが、大きな不良ではメーカーから損害賠償を請求されることもあります。

自動車メーカーは、部品メーカーが原因でリコールが生じた場合、リコール費用の一部、又は全額を部品メーカーが負担します。
 

不良が原因で経営破綻

あるいは不良品が原因で事故が起きれば、メーカーの存続にかかわります。

13,420人が食中毒を起こした旧雪印乳業、異常破裂が原因で死亡事故を起こしたエアバッグのタカタ、いずれも品質問題が原因で会社分割や経営破綻に至りました。

では品質が悪い仕入先とは取引しないで、品質が良い仕入先とだけ取引すればよいのでしょうか。

それが、そう簡単ではないのです。

なぜなら、品質はコストのように定量化できないからです。

不良率を使えば品質は数値化できます。

では不良率が低ければよいかというと、そう簡単ではないのです。それはヒューマンエラーによる突発的な不良もあるからです。

そして不良が発生した後の再発防止も重要です。
 

不良品が市場で発生した場合

不良品が取引先に流出すれば、再発防止と流出防止が必要です。

例えば、寸法、形状などの品質は、10±0.01ミリのように公差で規定されます。製品を測定し、この範囲にあれば合格、外れれば不良です。

検査員のミスで不良品を取引先に納入すれば、その部品を組み込んだ製品は不良品です。

もし取引先が完成品を出荷検査して不良に気づけば出荷されません。

しかし気づかなければ不良品が出荷されてしまいます。しかし誰もそれが不良品であることに気づきません。
 

メーカーの動き

顧客がこの製品を買って、動作不良などが起きれば、販売店に修理(保証期間内なら無償修理)を依頼します。そして製品がメーカーに送られます。そこで部品が不良品であることが分かります。

ここからが大変です。

メーカーは、この部品(不良品)が他の製品にも組み込まれていないか調査します。

そのためには、

  • なぜ仕入先が不良品を製造したのか
  • なぜ仕入先は不良品を出荷したのか

原因を調査します。仕入先と協議して、不良品を製造した原因、検査が見逃した原因を調べます。

そして不良品を組み込んだ製品が、問題を起こした製品のみという確信が持てれば、その製品のみの問題とし、その製品を修理、又は新品と交換します。

図 品質不良処置のフロー

図 品質不良処置のフロー

リコール可否の判断

不良品を組み込んだ製品が他にもある場合は大変です。

使用者がけがをしたり、発火したりするなど問題が深刻であればリコール(自主回収)をします。販売店などを通じて、購入した顧客に連絡して、回収・修理をします。

自動車の場合、リコールは保安基準に適合しなくなるおそれがある問題が対象です。

ということは保安基準に適合すれば、不良品でもリコールにはなりません。

車が調子が悪くなってディーラーに持っていくと、無料で部品を交換してくれることがあります。

これは原因がメーカーでもわかっていて、対策品も用意してあるためです。それでも保安基準に適合しているのでリコールにはならないのです。
 

対象範囲の特定

リコールになった場合、メーカーはリコールの台数をできる限り少なくするため、対象台数を絞り込みます。

仕入先が不良品を製造した原因、あるいは仕入先の検査が不良品を見逃した原因を調査し、それが一定の期間に製造した部品であることを特定します。

図 リコールのフローの例

図 リコールのフローの例

ところが原因が特定の設備や作業者と分かっても、

  • いつ、
  • どの設備で、
  • 誰が製造したのか、

記録がなければ、問題の部品の範囲を限定できません。その結果、対象台数は増えてリコール費用は増加します。
 

トレーサビリティ管理の必要性

そのため、最近では仕入先に、いつ、どの設備を、誰が製造したのか、記録する製造履歴管理(トレーサビリティ管理)を取引先から要求されます。

図 トレーサビリティ管理

図 トレーサビリティ管理

図では

設備1はAさん、設備2はBさんが担当しました。

A2製品の不良の原因はBさんの設定ミスでした。

○月1日から3日 Bさんが作業した設備2の設定ミスが分かりました。その結果、○月1日から3日にかけて設備2が製造した部品が対象になります。

しかしこうした記録がなければ、設備1で製造した部品も対象になってしまいます。
 

不良は数値化できるのか

 
こうした不良品発生の過程では

仕入先の現場 : 工程内検査 工程内不良率
出荷検査 : 不良率

メーカー : 製品の不良率

こういったデータがあります。

図 仕入先と取引先の不良

図 仕入先と取引先の不良

最近は品質に対する要求が厳しく、メーカーの検査で不良が見つかり、原因が仕入先の部品の場合、大問題になります。

メーカーから仕入先に、不良品を納入した原因の調査と再発防止が求められます。

その際、まずは、なぜ出荷検査が見逃したのかを調査します。

それだけでなく、不良が多ければ見逃しする確率が高くなるため、不良自体を減らすことが求められます。具体的には工程内不良率を調べ、製造工程を改善して工程内不良を減らすように求められます。
 

大量生産での数値化

この時、大量生産では工程能力指数というものが用いられます。

これは製品の特性値が目標値に対してどれだけばらついているかを示す指標で、Cp, Cpkで表します。

Cp, Cpkは測定結果の平均値と標準偏差から以下の式で計算します。

Cp,Cpkの計算

これは測定結果から統計を用いて不良品の発生確率を推測する方法です。

Cpは平均値のずれを無視して、公差範囲に対するデータのばらつきのみを表します。
Cpkは公差の中心に対するデータの平均値の偏りと、公差範囲に対するデータのばらつきを表します。

一般的には平均値の偏りも考慮してCpkで説明します。Cpkの値と発生する不良率を上図に示します。またCpkと工程能力を下表に示します。

表 Cpkと工程能力

Cpkの値ばらつきの幅工程能力検査
1.00±3σ不安定全数検査
1.00~1.33~±4σまあ安定している抜取検査
1.33~1.67~±5σ安定している緩い抜取検査
1.67以上±5σ以上十分安定している無検査

この表よりCpkが1.33以上であれば工程能力は十分なため、抜取検査に移行できることがわかります。

実際にはCpk1.33は公差範囲に対してばらつきは非常に少なく、Cpk1.33を達成するには工程を安定させてばらつきをかなり抑えなければなりません。

仕入先の品質が工程能力のみで評価できれば、Cp, Cpkを比較すれば、仕入先の品質を比較できます。

実際は、そう簡単ではありません。

それは突発的に発生する不良があるからです。その原因は人のミス、ヒューマンエラーです。
 

人のミス、ヒューマンエラーによる不良

現場における人の要素は今でも大きく、例え自動化された設備でも、その設備を設定するのは人です。設備は問題なくても設定をミスすれば、不良品を製造します。

しかも今日の現場は、熟練の正社員以外に、派遣社員、外国人研修生、パート社員などさまざまな人がいます。精密な切削加工品を、日本語で書かれた図面を元に、図面の読み方がわからない外国人が検品していることは珍しくありません。

つまりヒューマンエラーが起きる要素はあちこちにあるのです。

とてもきれいな工場で、手順書やマニュアルも整備され、工程内不良や出荷検査の不良も少なく、品質に問題ないと思えるような工場から、
ある日突然、不良品が入ってきて現場は気づかずに出荷してしまった。
その結果、市場で大きな問題になった、
このようなことを私は品質保証部門にいた時に何度も経験しました。

こういったヒューマンエラーによる不良は、原因は以下の4つです。

  • 正しい作業が決まっていない、ルールがない
  • ルールを守らない
  • ヒューマンエラー
  • 人には向いていない

従って

  • 正しい作業が決めて、ルール化(標準化)する
  • ルールを守る組織にする
  • ヒューマンエラー対策を行い、発生したヒューマンエラーに対し再発防止を徹底する
  • 人には向いていない作業は極力自動化、システム化する

こういったことに地道に取り組まなければなりません。

つまりばらつきを抑えることとヒューマンエラー対策は品質という車の両輪なのです。

図 品質管理とヒューマンエラー対策は車の両輪

図 品質管理とヒューマンエラー対策は車の両輪

精度が高いものは、加工だけでなく、測定の管理も重要

要求精度が高くなれば、高い管理能力も必要です。例えば寸法精度の場合、精度が厳しくなると、温度管理も必要です。なぜなら金属は温度によって伸び縮みするからです。
 

1ミクロンを保証する大変さ

100ミリの鉄は、1℃変わると1ミクロン寸法が変化します。室温が10℃変われば10ミクロン、0.01ミリも変わってしまいます。しかも加工直後の部品は温度が50℃以上になることもあります。こういった温度による寸法の変化も考慮して測定しなければ、1ミクロンの精度の部品はできません。

他にも1ミクロンの寸法精度を保証するには、測定機の誤差も管理しなければなりません。

自社の測定機と取引先の測定機に1ミクロンの誤差があれば、自社では公差ギリギリで良品だったものが、取引先では不良品になることがあります。この1ミクロンは、測定機や測定の仕方によって簡単に変わってしまいます。

つまり1ミクロンを保証するためには

  • 温度管理
  • 高い測定技術(設備、人)
  • 測定のバラツキの管理(機器の校正)

これらが必要です。

図 1ミクロンを保証する大変さ

図 1ミクロンを保証する大変さ

今の工作機械は優秀なので、プログラムを入れればどの会社でも加工できます。しかし、それを測定し、精度を保証するには測定方法や測定機の管理などにレベルの高い管理が必要です。

他にも不良を防ぎ、品質を管理するために重要なのは、変化点を管理することです。
 

不良を防ぐための変化点管理

 
今の生産設備は自動化が進み、スタートボタンを押せばどんどん生産します。

最初に設定をミスすれば不良品を大量に生産してしまいます。

そこで重要なのが、最初の設定時の確認です。こういった変化点を確認する手法には、4M変更管理と3H管理があります。

4Mとは以下の4つのことです。

  • Man (作業者)
  • Machine (設備)
  • Material (材料)
  • Method (製造方法)

頭文字の4つのMから「4M変更管理」と呼ばれます。他にも4Mに製品(Product)を加えて、4M+Pを管理することもあります。

4Mは品質が変化する要素ですが、品質が変化するタイミングは初めて(Hajimete)、変更(Henkou)、久しぶり(Hisashiburi)の3つがあります。3H管理とは、この3つの頭文字をとったものです。
4m変更管理(4M+P)と3H管理を組み合わせれば下表のようなマトリックスができます。

表 変化点管理の例

変化変化のタイミング
項目初めて変更久しぶり
Man
(人)
新人配置転換職場復帰
Machine
(設備)
新規の設備・金型・治具修理・仕様変更長期間使用していない設備
Material
(材料)
新規の材料材料・メーカー変更長期間発注がない材料、長期保管した材料
Method
(方法)
初めての製造・検査・管理の方法製造・検査・管理の方法の変更長期間実施していない方法
Product
(製品)
新製品設計変更長期間製造していない製品

このような変化点では、問題を未然に防ぐために以下の取組を行います。

  • いつもより入念な検査
  • 一時的に抜取から全数検査へ切替
  • 製造工程の入念な確認

品質の高いものづくりは、工場の総合力

このように不良が出ない、品質の高いものづくりを実現するには、不良率や工程能力指数といった指標だけでなく、

  • 正しいやり方を決め、ルール化してルールを守らせる
  • ヒューマンエラー対策を行う
  • 変化点管理など

様々な取組が必要です。

それは一朝一夕ではできません。時間をかけて工場の総合力を高める必要があります。

しかもこの総合力は、大量生産と多品種少量生産で、重視されるものが違います。

品質管理は、品質に関するこのような総合的な能力です。
 

定期的にPR

この工場の総合的な能力は、不良率のような指標では表しきれません。そのため自社の取組を取引先に分かってもらうには、自らPRする必要があります。自社のこういった取組をまとめた資料をつくり取引先に渡してPRします。

自らPRしないと、品質について総合力の高い工場と、そうでない工場は、取引先から見れば同じです。そして価格だけで総合力の低い取引先に発注されてしまいます。

設備保全、人材教育、工程の管理に力を入れて、日々細心の注意を払っても不良は起きます。
価格だけで総合力の低い仕入先に発注すれば、取引先は将来重大な品質不良のリスクを抱えているのです。

その結果、どうなるか、過去の破綻の例が示しています。

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モノづくり通信Vol.77 「品質を高めて価格交渉力を高める」~うっかりミス、ヒューマンエラー対策~ https://ilink-corp.co.jp/13390.html https://ilink-corp.co.jp/13390.html#respond Sun, 01 Sep 2024 11:21:51 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13390  
◆弊社ニュースレターモノづくり通信第77号を発行しました◆

前回「価格転嫁と値上げ交渉」を取り上げました。

値上げ交渉では取引先から「値上げするなら他に発注する」と言われます。

受注がなくなれば売上は大幅減です。

では、値上げすれば本当に他に発注するのでしょうか。

取引先は「価格が最優先」と言います。かといって安ければいいわけではありません。

もし不良品が市場に出れば多額の損害が発生します。リコールになれば損失は何億円にもなります。

部品代数十円の差は簡単に吹き飛んでしまいます。

品質は何よりも重要です。

ではどうすれば品質を良くできるのでしょうか?

品質を高める方法について考えました。

詳細は以下のモノづくり通信第77号を参照願います。


モノづくり通信Vol.77 「品質を高めて価格交渉力を高める」~うっかりミス、ヒューマンエラー対策~

 

ものづくりや経済・社会の歴史を振り返り、今後の社会や経営を考える「未来戦略ワークショップ」

毎月第3日曜日 9:30~12:00

本経営コラムにあるようなテーマについて、50分の講義と90分のフリーディスカッションで、新たな気づきやビジネスのヒントが得られる勉強会です。

WEB開催(参加費1,000円)で気軽に参加できます。

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【製造業の値上げ交渉】21. 少し高くても受注するには1 内製も含めた他の選択肢 https://ilink-corp.co.jp/13371.html https://ilink-corp.co.jp/13371.html#respond Wed, 28 Aug 2024 00:11:22 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13371
このコラムの概要

製造業が値上げ後も顧客に選ばれるには、価格競争から脱却し、顧客の全体最適に貢献する提案が重要です。自社の強みを活かし、顧客の内製化や共同開発、製品仕様の見直しを提案することで、品質向上やトータルコスト削減といった複合的なメリットを提供します。これにより、単価の高さ以上に、顧客は提案の価値と信頼性を評価するようになり、選ばれ続ける企業になれます。

【製造業の値上げ交渉】20. 値上げのチャンスとは? で、値上げできる機会とそれの活用について説明しました。

値上げが成功するかどうかは取引先に他の選択肢があるかどうかです。

他の選択肢があれば、取引先は強気で交渉します。

つまり交渉での最大の力は「選択できること」です。
 

競合の情報が重要

取引先は今の仕入先以外に選択肢がなければ、仕入先の価格交渉は有利です。従って他の選択肢、つまり競合の情報が欲しいところです。

では、自社の競合はどこでしょうか?

競合の価格はいくらでしょうか?

これは簡単には分かりませんが、購買の担当者との会話や同業者からの情報などで競合となっている会社の情報を集めます。
 

値上げ交渉では転注の可能性

値上げ交渉の場合、取引先が値上げを受け入れられなければ、他社に転注しなければなりません。しかし、

  • 転注できる仕入先がない
  • 転注すれば品質リスクがある
  • 転注品の評価や検証が必要

であれば、転注するより値上げを受け入れます。

例えば下図のように仕入先が受注金額988円の製品を、88円値上げを要請しました。この値上げ金額は、材料費、外注費、人件費などの経費の上昇分から計算した適正な値上金額です。

しかし取引先は88円の値上げは受け入れがたいため、他の仕入先に見積を取ったところ、ある仕入先は材料費以外は従来と同等として、1021円の見積でした。

ただしこの仕入先に転注すれば、初品確認、初期流動確認など転注に伴う費用が取引先内部で発生します。(ただしこういった内部費用は取引先自身も把握していないことが多いです。)

図 競合と転注

低すぎる価格の問題

新規の引合では、取引先から希望価格(指値)が出されることもあります。

この指値は低すぎることが多く、指値では赤字になってしまいます。
 

なぜ赤字価格で受注するのか?

ところが指値で受注する競合があると購買から聞かされます。

なぜでしょうか?

同じような設備、同じような時間で製造する場合、それでも低い価格で受注するのは、いくつかの理由が考えられます。

適正価格が低い

企業の規模が小さく、間接費や販管費が低い場合です。

取引先の求める品質管理、納期管理、トレーサビリティ管理などを行うと、間接部門の人数が増え、間接費が高くなります。営業や管理部門の人も必要であれば、販管費も高くなります。

しかし競合が数人の会社で、全員現場で作業すれば間接費や販管費は少なくて済みます。必要な利益が得られる適正価格も低くなり、指値でも利益が出ます。
(この適正価格の違いについては【製造業の値上げ交渉】7. この製品、いくらが正しいのだろうか?を参照願います。)
 

受注が少ないため赤字でも受注

現在、競合は受注が少なく、工場の稼働を維持するため、たとえ赤字でも受注しようとしている場合です。

受注不足で売上が少なければ工場の経費や人件費など固定費が回収できません。そこで今は少しでも固定費を回収するため、赤字の案件でも積極的に受注します。

この場合、売上が増えて固定費が回収できれば、このような儲からない案件はもう受注しません。

もし競合が赤字でも受注しようとして受注した場合、この実績金額は、本来であればどこも受注しようとしない赤字金額です。
 

廃業した会社の案件

中には赤字受注が続き、事業を断念する会社もあります。

そうなると取引先はこの製品をつくってくれる他の仕入先を探します。

知人の経営者に聞きましたが、こうして他から回ってきた案件を取引先から打診された場合、打診された価格の2~3倍の金額でなければ受けられないそうです。

つまり廃業された会社は、値上げできずに赤字を我慢した結果、他社が受けている価格に比べて大幅に低い価格でつくっていたのです。
 

安値受注競争を避けるには?

価格だけで発注すれば、自社よりも低い見積を出す競合が大抵はあります。そこと競えば安値受注競争になってしまいます。
 

本当に価格だけで決まるのでしょうか?

取引先は本当に最安値の仕入先に発注したいのでしょうか?

ものづくりは価格だけではありません。

購買の仕事は、QCDを総合して最適な部材を調達することです。

そのためには価格だけでなく品質や供給能力も含めて選定しなければなりません。

価格は低いが品質や供給能力に問題がある仕入先に発注すればどうなるのか、経験豊富な購買はわかっています。(ただ価格交渉の場では、価格だけにフォーカスし、そのようなことは決して言いませんが)。
 

そのために必要なこと

そのためには自社は取引先からどのように評価されているのか、自社の強みは何なのか、理解しておく必要があります。
 

SWOT分析では不足

その場合、一般的なSWOT分析では不足する点があります。

SWOT分析は、自社の内部環境(強み、弱み)、外部環境(機会、脅威)を分析するフレームワークです。しかしこのフレームワークには「取引先から見た強みと弱み」がありません。

図 SWOT分析

取引先から見て、

  • 自社はどの点で評価されているのか

競合に対して、

  • 優れている点と劣っている点

を調べます。

これは結構難しいです。
 

技術の洗い出し

例えば「技術力」は

  • 取引先が求める技術
  • 自社の持っている技術
  • 競合が持っている技術

これらを洗い出します。

しかし技術という定性的なものを見えるような形にするのは大変です。

実際は

取引先が求める技術 →取引先から出た図面・仕様

自社の持っている技術 →受注した図面・仕様、断った、あるいは受注できなかった図面・仕様

自社の持っていない技術 →断った、あるいは受注できなかった図面・仕様

競合が持っている技術 →自社が断った、あるいは受注できなかった図面・仕様で競合が受注したもの

これらを洗い出して俯瞰すれば、見えてくる場合もあります。
 

品質の洗い出し

取引先が行うまとめるサプライヤーの評価には、仕入先の不良件数や内容がまとめられ、仕入先のランキングがつくられています。

自分の経験(品証部)では、技術的に難易度が高い部品をつくっている仕入先は不良も多かったです。

対して簡単な部品をつくっている仕入先は不良件数が少なかったです。

しかし不良件数が少ないからと言って、簡単な部品をつくっている仕入先の品質が高いわけではありません。
 

不良件数よりも不良発生後の対処が重要

不良件数が多いことよりも、不良が出た後の対処が問題になりました。

代品の供給や原因分析、再発防止の取組などが仕入先の評価になりました。

不良が出た後の対処が遅く、対策が不十分で不良が再発した仕入先は低い評価でした。

図 不良と品質

品質の評価は定性的

こういった評価は定性的です。何かデータが出てきて、仕入先を順にランキングして決められるものではありません。

価格が高い原因をPR

リコールや自主回収などメーカーは不良品を販売すれば、多額の費用をかけて対処しなければなりません。

そのため品質に対する要求は厳しくなっています。

それに応えるには仕入先は、品質管理、工程管理、納期管理などの体制を整備しなければなりません。間接部門の人員も多くなっています。

その結果、コストは上がり、自社の適正価格は高くなります。

価格だけで比較すれば、数人の会社で全員作業者の会社の方が低くなります。

そこで取引先の要望に応えて上記のような取り組みをしてきた場合、それを簡単な文書にまとめて取引先にPRすることをお勧めします。

言われないことは、取引先はわかりません。

特に購買は価格だけ見ているからです。
 

なぜ品質が高いのか、自身もわからない

私の経験ですが、ある仕入先は品質が高く、不良はめったに出ませんでした。しかし工場に行って工程管理や品質管理を監査しても他の仕入先と大きな違いはありませんでした。

違いは人にありました。

この会社では「不良品かもしれない」と思うと、取引先の品質管理部署に必ず連絡してきました。

「気になる傷があるのですが、これは納品してよいか見て欲しい」と品物を送って来ました。

このようなことは他の仕入先ではありませんでした。

こうした品質に対する姿勢、不安があれば必ず確認するという姿勢が高い品質の原因だったのです。

しかしこれは仕入先自身も気づいていません。このように強みをみつけるのはなかなか難しいようです。
 

内製部門が競合

特殊な設備や工程があるため、競合となる仕入先がない場合があります。

ところが取引先が内製できました。

つまり取引先の内製加工部門が競合だったのです。

これは双方で誤解があります。
 

内製加工の原価は低くなる

取引先は仕入先の見積と内製加工部門の価格を比較します。そして内製加工した方が安くなります。仕入先に
「内製すれば○○円、○○円より高ければ内製する」
と言います。

なぜそうなるのでしょうか?

原因は見積条件が違うためです。

図 内製と外製の比較

内製加工品は社内で取引されるため、外注品のような販管費や利益が含まれません。

(社内販売価格と社外販売価格の違いは【製造業の値上げ交渉】14. なぜ取引先は販管費が高い、利益が多いと言うのだろうか?を参照願います。)

従って見積の基準が違うため、同じ時間、同じ人件費で製造しても外注加工の方が高くなるのです。

なぜなら内製すれば、内製品の価格は製造原価だけです。しかし外注加工品は仕入先の販管費や利益が製造原価にプラスされます。

ただし実際は、仕入先の人件費や工場の経費が取引先よりも低いことが多く、外注化すれば原価が下がることも多いのです。そのため取引先、仕入先のどちらも外注化すれば安くなると誤解します。

しかし理論的には製造原価が同じであれば、外注すれば高くなるのです。
 

内製しない理由

本当に安くつくりたければ、取引先は内製すべきです。

なぜ内製しないのでしょうか?

図 内製による固定費の増加

理由は、内製には人や設備が必要だからです。現在の人や設備で製造できなければ、増員や設備投資が必要です。その結果、固定費が増えます。

人は、派遣社員を活用すれば使えば変動費にできます。しかし設備が足らなければ設備投資を行わなければなりません。その分固定費が増えます。設備が高価であれば資金も必要です。さらに減価償却費が増えて利益が減少します。

しかも設備は一旦導入すれば償却が終わるまではずっと稼働しなければ設備投資を回収できません。製品や技術の変化の激しい今日、償却が終わるまでその製品を生産する保証はありません。

従って取引先は、設備投資や増員が必要な製品は外注化できれば外注化しようとします。

これは言い換えれば、設備投資の必要な部品を外注化することは、設備投資のリスクを外部に移転することです。
 

内製化の課題を理解して交渉

つまり取引先は内製すれば安くても内製するとは限りません。

そこでこのような場合、まずは適正な原価計算を行い、自社の適正価格を計算します。

そして取引先と価格交渉します。

取引先が自社の内製価格を出して「社内なら○○円でできる」と言う場合、自社の適正価格を主張します。

そして、自社に発注しなければ、取引先は設備投資をしてまで内製するのか、それとも「だったら内製する」と言う言葉が本当かどうか、その可能性を見極めます。
 

この記事を書いた人

経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】【現場で役立つ原価のはなし】の過去記事は、下記リンクからご参照いただけます。

弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇の値上げ計算、値上げ交渉についてわかりやすく解説しました。

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
製品別の原価計算や見積金額など製造業の経営者や管理者が感じる「現場のお金」の疑問についてわかりやすく解説した本です。

書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
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【製造業の値上げ交渉】20. 値上げのチャンスとは? https://ilink-corp.co.jp/13281.html Sun, 18 Aug 2024 00:09:52 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13281
このコラムの概要

多くの製造業は値上げをためらいがちですが、戦略的に「値上げのチャンス」を捉えることが重要です。市場が供給不足の時や、自社製品に独自の技術や高い品質といった付加価値がある場合が好機です。また、法改正や社会情勢の変化でコストが増加するタイミングも、値上げの正当な理由となります。正確な原価計算を基に論理的に説明し、「攻めの値上げ」をすることで、収益改善と企業の持続的な成長を実現できます。

材料費、人件費、エネルギー費など様々な費用が上昇し、値上げは避けられません。しかし規模の劣る中小企業が取引先と値上げ交渉するのは困難さが伴います。

そこで国は中小企業を支援すべく様々な施策を打ち出しています。

この国の取組については【製造業の値上げ交渉】】19. 下請法や国のガイドラインを値上げ交渉に活かす方法で説明しました。

2024年には国は仕入先からの適正な値上げを認めないのは「下請法違反」という見解を示しています。

そのため取引先も仕入先からの値上げを認めざるを得ない状況にはなってきています。
 

値上げのチャンスとは?

それでも値上げはなかなか大変です。ところが値上げを認めてもらえる絶好の機会があります。それは

  1. 特急・短納期
  2. 発注先の仕様変更・設計変更
  3. 他社ができないもの

なぜ値上げのチャンスなのか?

それはこのような時は、価格が高くても価格以外の事情が優先されるからです。

ところがこのような機会を活かしきれない企業もあります。

こういった機会があってもそれを活かして値上げしなければ、利益は変わりません。

ではどうすればいいのでしょうか?
 

値上げの機会を活かす1 特急・短納期

 
取引先がとても短い納期で依頼することがあります。

このような超短納期でつくるためには、今ある製品を止めて割り込ませたり、残業や休日出勤で対応したりしなければなりません。できればやりたくない仕事です。

図 短納期でつくるためのコストアップ

取引先の事情

こうした場合、取引先には超短納期で手配しなければならない事情があります。例えば

(1) 試作・開発品

開発日程に間に合わせるために、どうしても○日までのこの部品が欲しい
試験・評価中に問題が見つかった。至急対策品をつくって確認したい。

(2) 生産中のトラブル

新機種を立上げ中に問題が発生。至急対策品をつくらないと生産が止まってしまう。
(この対策品は、製品の部品、製造設備の部品、治具や金型の部品など様々)

(3) 市場クレーム

商品が市場で問題を起こした。至急対策品を評価して切り替えなければならない。
あるいは至急対策品に切り替えないと生産が止まったままになっている
 

超短納期では部品コストよりも損失金額がはるかに大きい

特急・短納期を依頼する背景にはこういったことがあります。いずれにしてもこの問題の損失金額は大きく、早く解決しないと損失は膨らむ一方です。

従って最も重要なのは、必要な納期に「良品を確実に入れてもらうこと」です。価格は二の次です。

【私の経験】

週末に問題が分かり、どうしても答えが月曜日までに必要になりました。評価チームは土曜日に出勤することになりました。ところが評価に使う部品の形状に問題があり、修正が必要でした。

金曜日の夜、購買の担当者と一緒に仕入先に行って修正してもらい、形状を確認して土曜日の評価に間に合わせました。

金曜日中に修正できなければ、評価チームが土曜日に出勤しても無駄になってしまいます。さらに評価結果が1日遅れれば工場の生産が1日止まってしまいます。生産を1日止めれば損失金額は何百万円にもなりました。
(これが自動車メーカーでは1日で何億円にもあります。)
 

必要なのは価格よりも…

このような場合、超特急で依頼したものの価格が普段の2倍であっても問題ではありません。問題なのは急いでつくったものが不良品の場合です。

実際、超特急でつくったものを組込みテストした結果、いいデータが取れなかったことがありました。そこで部品を調べたら、寸法が図面公差から外れた不良品でした。仕入先に作り直してもらい、再度評価しました。これで数日時間を失いました。

超特急で1個だけつくる場合、その工程は普段とは違う工程です。うっかりミスしやすいのです。

せっかく急いでつくったのに、不良品であれば、評価にかけた時間が無駄になり、再度作り直すために、時間もかかります。損失はさらに膨らみます。

 図 不良品の場合

図 不良品の場合

だったら高くてもちゃんとしたものをつくってくれるところに頼みたいと思います。
 

購買は背景を知らない場合

超特急で間に合わせるため、仕入先は他の仕事を止めて人手をかけてつくります。当然高くなります。

ところが後日仕入先から請求書が来ると、購買の担当者から私に

「こんなに高い請求書が来たけど、これは合っているのか」

と問い合わせされることがありました。

通常の納期であればあり得ない高い値段でした。

しかし上記の背景を考えれば、納期通りに良品を入れれば、金額は問題なかったのでした。
 

最初に値段を言う

そこで超特急・短納期で受注する際は

「最初に価格を言っておく」

ことです。

図 最初に価格を言う

図 最初に価格を言う

取引先が抱えている問題や損失の大きさを考えれば、部品が少々高くても問題ありません。しかもその納期でつくってくれるところは他にないのです。

しかし価格を言わなければ取引先はこれまでと同じ価格だと思います。そこで最初に値段を言えば後でもめることはありません。

今は下請法があるため価格を明記しなければ取引先は発注できません。従って最初の交渉が重要です。

そこで事前に特急・短納期は、何割増しと決めておきます。そして価格が合わなければ、受注する前に交渉します。特急でつくるのは現場にも負担がかかりますし、他の製品の生産にも影響します。

それでも儲かるような価格にします。

もし低い価格を強要される場合、他の仕入先にやってもらえばいいのです。

しかし中には、取引先の依頼を聞くと「なんとか間に合わせたい」と考え、材料手配やどうやってつくるかを真っ先に考えてしまう仕入先もあります。そして値段の交渉をしないでつくってしまいます。
 

高くなる理由は必要

高い値段をつけた時、

「なぜ通常納期に比べて、これだけ高くなるのか」

取引先から聞かれるかもしれません。その時に理由が言えなければ、取引先の購買も納得しません。理由は、

1個だけつくるために段取時間やプログラム作成時間、準備時間が余分にかかる、

作業者を2人投入など、

取引先が納得すればなんでもよいです。
 

発注先の仕様変更・設計変更

仕様変更や設計変更で価格が上がる要素があれば、値上げのチャンスです。
 

適度な値上げ

新規に受注する場合、厳しい指値や相見積の競争で受注までに適正価格よりも値下げしたかもしれません。そこで設計変更の機会に少しでも利益を戻したいところです。

そこで上げすぎと思われない程度に値上げをします。その際、「どうしたこの値段になったのか」取引先に聞かれた場合、説明できるようにします。
 

交渉力は選定

価格交渉の最大の力は「選定」です。

取引先は新規に発注する際は相見積を行い、購買は選定という力を駆使して仕入先を競争させ価格を引き下げます。

しかし仕様変更や設計変更が出た時点では、仕入先の選定は終わっています。値上げ金額が高いからといって、仕入先を変えるのは大きなエネルギーが必要です。しかも値上げを認めざるを得ない理由があります。

新規に受注する場合は、相見積で価格を比較されますが、設計変更の値上げは比較する対象がありません。そこで取引先が納得する理由を述べて、上げすぎと思われない程度に値上げすれば、値上げは通る可能性があります。
 

他社ができないもの

価格交渉で発注先が最も交渉力を発揮できるのは、最初の選定の段階です。
 

どこでもできるものは発注側の力が強い

その製品をつくれる仕入先は数多くあり、どの仕入先も供給能力が十分あれば、発注側の力は強くなります。相見積で価格を競わせ、最も安いところに発注できます。

そういった仕入先が少なければ価格競争は弱くなります。もし1社しかできなければ仕入先の価格で発注するしかありません。そこが断れば調達できなくなるからです。

これは技術的にできることに加えて、品質と供給能力も必要です。品質が良くなければ不良品のリスクがあります。供給能力が不十分であれば生産に支障をきたします。
 

ヒントは創意工夫

私の経験では、「他社でできないもの」は長年研究開発した高度な技術でなくてもありました。取引先が困っている課題を一緒に考え工夫して解決すれば、それが他社ができないものになりました。

例えば以下のようなものはつくり方がわからず、仕入先にもアイデアを出してもらって何とか実現しました。

  • 薄い金属と薄いゴムを強固に接合
  • 細いピンと細いパイプの接合
  • うまくクランプできない形状を切削加工

新たな製品を開発する際は、様々な課題が出ます。そこでいろいろとアイデアを出して、テストも行い、解決に協力してくれる仕入先はとてもありがたかったです。

図 他社ができないもの

図 他社ができないもの

大事なところは見せない

大切なことは、創意工夫した「キモ」の部分は取引先に見せないことです。取引先に見せれば、それは他の取引先に伝わります。他社ができないものでなくなってしまいます。
 

2社購買が必要な取引先も

自然災害の多い日本は、1社しかできない部品があると、その1社が災害に遭えば部品の供給が止まってしまいます。

そこで1社が災害に遭っても生産が継続できるように、2社発注の体制を進めている取引先もあります。つまり取引先にとっては「他社ができないもの」があるのは都合が悪いのです。

かといって創意工夫した内容を全く見せなければ、取引先から信頼されなくなってしまいます。そこである程度まで見せて、その技術の肝心の「キモ」となる点は隠します。

このノウハウをどこまで見せて、どこまで秘匿するかは、発注先と仕入先の価格交渉の力関係を決める大切な要素です。
(現実には工夫してうまくできたことは嬉々として取引先に話してしまう経営者もいますが…)
 

一方このような値上のチャンスがいつもあるとは限りません。普段は「値上げするなら他に出す」と脅されます。では取引先は他に選択肢があるのでしょうか?

これについては【製造業の値上げ交渉】21. 少し高くても受注するには1 内製も含めた他の選択肢を参照願います。

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弊社の書籍

「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
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書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
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経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その2 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~ https://ilink-corp.co.jp/8828.html https://ilink-corp.co.jp/8828.html#respond Fri, 01 Sep 2023 01:30:37 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8828
【コラムの概要】

複雑化するシステムにおけるヒューマンエラーを防ぐには、問題の早期発見、適切な意思決定、そして組織の学習文化が重要です。操作の見える化や警告の階層化で問題を早期に発見し、主観的確率区間推定法やペアワイズで適切な選択を構造化、また死亡前死因分析で潜在リスクを洗い出す。さらに、現場の声を吸い上げ、小さなミスから学び、レジリエンスを高めることで、システム全体の安全性を向上させるとしています。

その1はこちらで参照いただけます。併せてご覧ください。
複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~
 
現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故が起きることを、「複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1」で述べました。

この問題に対し、どのように対処すればよいのでしょうか?
 

問題を早期に発見する

密結合のシステムは、小さな問題が連鎖を生み短時間に重大な結果を引き起こします。
それを防ぐためには、問題を早期に発見します。

操作の見える化

最新型の航空機、例えばエアバスA330の操縦桿はジョイスティックです。
対して、アメリカのボーイング737のコックピットには、今でも中央に巨大な操縦桿があります。機首を下げるには操縦桿を前に倒し、機首を上げるには操縦桿を手前に引くという昔ながらの操作です。機長と副操縦士の操縦桿は連動しているので、副操縦士が操縦桿を引けば機長にもすぐに分かります。
 

2009年エールフランス447便のエアバスA330が大西洋に墜落しました。その5年後にはエアアジア8501便がジャワ海に墜落しました。原因は旋回失速でした。つまり旋回中に機首を上げすぎたためでした。機種を上げすぎた時には、機首を下げれば失速しないのですが、混乱した副操縦士は機首をさらに上げてしまったのです。しかも機長はこの致命的なミスに気付きませんでした。
 
操作が機長に見えないことが、問題の発見を遅らせたのです。この問題は最新の自動車にもあります。

シフトレバーの位置はどこ?

映画スタートレックの主演俳優アントン・イェルメンは、愛車ジープ・グランドチェルキーから降りた後、勝手に下がってきた車と塀の間に挟まれて亡くなりました。この車は、シフトレバーを動かしてギヤを選ぶと、その後シフトレバーは元の位置に戻ります。そのため、今ギヤがどこに入っているのかシフトレバーを見ても分かりません。イェルメンはシフトをパーキングにしたつもりでしたが、ニュートラルだったのです。実際、パーキングのつもりがニュートラルやリバースに入っていたという苦情が寄せられていました。

「どのように操作したのか一目でわかる」

単純なことですが、そうでないことがヒューマンエラーを誘発し、重大な結果をもたらしたのです。

図1 分かりにくいシフトレバーは事故の元
図1 分かりにくいシフトレバーは事故の元


 

多すぎる警告の危険

間違った操作、機器の故障、人が気づかない危険を防ぐために、多くの機械は警告を発します。しかし警告が多すぎても混乱します。
ボーイングでは、飛行に有害な影響を及ぼす可能性のある、下記の4項目のうち、高レベル警報を作動させるのはどれとどれでしょうか?

  1. エンジン火災
  2. 着陸降下を開始しているのに着陸装置が出ていない
  3. 空気力学的な失速が差し迫っている
  4. エンジン停止

 

答えは「3. 空気力学的な失速が差し迫っている」です。
ボーイングのコックピットでは失速のみ、赤い警告灯が点灯し、赤文字のメッセージがスクリーンに表示されます。操縦桿が激しく振動し、警報音が鳴り響きます。

尚、失速以外の状況では警報音が鳴り響くことはありません。これは警報システム(に限らずあらゆるシステム)を「必要以上に複雑にして人々を圧倒するな」ということです。

かつて航空機の複雑化が進むと、人の不注意を補うため、あちこちに警告灯や警報装置がつけられました。その結果、コックピット内は頻繁に警告灯が点灯し、警報が鳴り響いていはました。この警告灯や警報がかえってパイロットの注意力や正しい判断の障害となってしまいました。
今は警報が階層化され、日常のフライトではめったに警報は作動せず、あまり重要でない警報にパイロットが圧倒されることはなくなりました。
 

十分な高さはどれくらいか

海抜約60mの山腹にある宮古市重茂姉吉(おもえあねよし)地区には、130年以上前に建立された石碑があります。

「津波は、ここまで来る。ここから下には、家を作ってはならない」

2011年3月11日の東日本大震災では、1896年三陸沖地震の後に建てられた石碑の100m手前で津波は止まりました。
 一方、地震による津波のため福島第一原子力発電所は発電機が浸水、全電源を喪失しメルトダウンを起こしました。福島第一原発の防波堤10mに対し、女川原発の防波堤の高さは14mあり、13mの津波を防ぐことができました。

では、防波堤の高さは何メートルにすればよいのでしょうか。
 

確率90%に入るのは50%以下

最善のケースと最悪のケースの間の合理的な範囲を考えれば、防波堤を襲う最も高い波は99%の確率で7mから10mに含まれます。
しかし心理学者のドン・ムーアとウリエル・ハランの研究によれば、90%の信頼区間は10回のうち9回はその範囲に入るはずなのに、実際には真値が含まれる確率は50%以下であると、予測の研究から述べています。

解決策① 主観的確率区間推定法

そこでムーアとハラン、キャリー・モアウェッジは、主観的確率区間推定法(SPIES : Subjective Probability Interval Estimates) で、両端だけを考えるのでなく、起こりうる複数の結果の確率を予測すべきと提言します。

主観的確率区間推定法とは、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味して、パラメータの値の区間を推定する方法です。従来の統計学では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、データが限られている場合や、データの質が低い場合、正確な区間推定が難しい場合があります。

主観的確率区間推定法では、データから得られた情報に加えて、事前に持つ確率的知識を加味することで、より正確な区間推定を行うことができます。主観的確率区間推定法には、以下の2つの方法があります。

ベイズ統計学に基づく方法

ベイズ統計学では、事前に持つ確率的知識を事前分布として表現します。そして、データから得られた情報に基づいて、事前分布を更新し、推定結果を導きます。

事前分布を用いない方法

事前分布を用いない方法では、データから得られた情報のみに基づいて、区間推定を行います。しかし、この方法では、事前に持つ確率的知識を加味できないため、正確な区間推定が難しい場合があります。

主観的確率区間推定法は、従来の統計学よりも正確な区間推定を行うことができるため、さまざまな分野で活用されています。主観的確率区間推定法のメリットとデメリットは、

メリット
・従来の統計学よりも正確な区間推定が可能
・事前に持つ確率的知識を加味できる

デメリット
・事前分布の設定が難しい
・計算が複雑になる可能性がある

主観的確率区間推定法は、事前分布の設定が難しいというデメリットがあります。しかし、事前分布を適切に設定することで、より正確な区間推定を行うことができます。
まず全ての起り得る結果を網羅するように区間を設定し、次にそれぞれの区間の確率を推定し書き出していきます。
これらの推定確率を元に、以下の表のように信頼区間を推定します。

区間(プロジェクトの長さ)推定確率
1か月未満0%
1~2か月5%
2~3か月35%
3~4か月35%
4~5か月15%
5~6か月5%
6~7か月3%
7~8か月2%
8か月以上0%

 

例えば、90%の信頼区間を求める場合は、上から合計確率が5%になる信頼区間を切り捨てます。同様に下から合計確率が5%になる信頼区間も切り捨てます。残ったものが90%の信頼区間になります。SPIESを用いた結果、ある研究では、従来型の90%区間に真値が含まれる確率が30%だったのに対し、SPIESで算出した区間の的中率は74%でした。
 
つまり従来の客観的確率で99%とされていたものは、もっと低いかもしれないのです。逆に客観的確率ではめったに起こらない高さの津波は、もっと高い確率かもしれないのです。

なぜ正確な予測が困難なのか?「意地悪な環境」の難しさ

津波のような自然災害は、社会インフラのコストに影響するため多くの専門家が高度なモデルを使って推定します。しかし津波のようなめったに起こらないことは学習ができません。これを心理学者は「意地悪な環境」と言います。実際に起きなければ、予測や決定がどれだけ正確だったか確認できません。しかも自然災害の予測は、わずかなミスも許されません。
 

これに対して、気象予想の専門家は常にフィードバックを受けています。日々予想の正しさを確認しています。これを心理学者は「親切な環境」といいます。結果について頻繁にフィードバックが得られるため、正しい決定のためのパターン認識能力が身につく環境です。

これに対し、「意地悪な環境」では専門家でさえ、自分の決定が正しいかどうか、確認できません。つまり専門知識を身につける機会が限られています。ある実験で、出入国審査官がパスポートの写真を見て別人を通す確率わ調べました。結果は7回に1回、これは実験に参加した学生と変わりませんでした。
 

解決策② 選択を構造化

家を買うとき、様々な家を見るとそれぞれ特徴があります。どの家が「最適な選択」でしょうか。ある家のとても素敵なベランダに心惹かれて、他の欠点は無視してしまうかもしれません。

「ペアワイズ(2因子間網羅)」を使えば、ある特徴に引っ張られることなく、総合的な評価ができます。


 ペアワイズとは、組み合わせテストの技法の一つで、2つの因子のすべてのペアについて、取り得る値の組み合わせを網羅する手法です。ソフトウェアの不具合の多くは1つまたは2つの因子の組み合わせによって発生する、という経験則に基づいて、すべての因子・水準の組み合わせを網羅するよりも何桁も少ない回数で組み合わせテストを構成することができます。

ペアワイズ法は、以下の2つのステップでテストケースを作成します。

1. テスト対象とする因子と、その因子の水準を特定する。
2. すべての因子のペアについて、それぞれの水準の組み合わせを網羅するテストケースを作成する。
例えば、テスト対象とする因子が「色」と「サイズ」で、色の水準が「赤」と「青」、サイズの水準が「小」と「大」の場合、ペアワイズ法では以下の4つのテストケースを作成します。

色:赤、サイズ:小
色:赤、サイズ:大
色:青、サイズ:小
色:青、サイズ:大

ペアワイズ法は、以下のメリットがあります。
・少ないテストケースで効率的にテストを進めることができる。
・ソフトウェアの不具合の大部分を検出できる。

デメリットとしては、以下の点が挙げられます。
・因子間に明確な関係がない場合に、必要なテストケースが不足する可能性がある。
・因子の数が多い場合に、テストケースの数が多くなる。

ペアワイズ法は、ソフトウェアの不具合の多くを効率的に検出できる有効なテスト技法です。しかし、因子の数や因子間の関係を考慮して、適切に活用することが重要です。

家を選択する場合、リストからランダムに選んだ2つの項目を次々に表示し、自分にとって大切な方をクリックします。この選択を数十回行い、各項目につき0~100までのスコアを算出します。これに対し重みづけをして総合的に評価します。

シアトルに住むリサとその夫は家を買うときにこのペアワイズを使用しました。結果、気に入った家の評価が意外と低く、平均的な不満の少ない家が見つかりました。この手法のおかげで費用面的な細部にとらわれずに済みました。(表2)

表3 家を買うときに行ったペアワイズ

基準重み家D家J家T
間取り(3ベッドルーム+ゲストルーム)89111
動線の良さ790.510.5
開放感73011
プレハブを増築できるか67111
戸外や自然環境との一体感62110.5
家の雰囲気621-10.5
大規模な改修が不要611-0.51
お得感53000.5
親しみやすい土地柄650-10.5
近隣地域の質57-1-10
近隣住民の雰囲気54-100
加重和(722点満点中) 269.5155.5450.5
合計スコア(722を100%とした割合) 37.3%21.5%62.0%

※注 2人はプロセスを簡素化するために、評価がとても低かった基準を省いた
 

頭の中に12もの項目を一度に入れておくのは難しいですが、このツールがあればすべてを組み込んだ全体像をつかむことができます。
 

図2 家は大きな買い物
図2 家は大きな買い物


 

解決策③ 死亡前死因分析

プロジェクトが失敗すると、何が問題だったのか、なぜ失敗したのかを検討するための教訓セッションが行われます。医療でいう、死亡後死因分析のようなものです。ゲーリー・クラインは以下のように考えました。

これを事前に考えてみてはどうだろう? プロジェクトを開始する前に、こう宣言するのだ。「今、水晶玉を覗いてみたら、プロジェクトが失敗していました。大失敗です。さてみなさん、少し時間をとって、なぜプロジェクトが失敗したのかを考え、その理由をすべて書き出してください。」

これは心理学者が「先見の後知恵」と呼ぶもので、つまり出来事がすでに起こったと想像することで頭に浮かぶ後知恵です。この先見の後知恵を用いると、特定の結果が起こる理由を見抜く能力が高まります。
 

例 卒業を控えた60人に今後母校の成功を脅かす最大のリスクを書いてもらいました。学生には2種類の質問をしました。
 

(#1) 少し時間を取って、今後2年間に当校の存続や成功にとって最大の脅威となるかもしれない要因や動向、出来事を考えてください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。

(#2) 今は2年後だと想像してください。当校は大苦戦していて、最近の卒業生であるあなたは悪いニュースをしょっちゅう見聞きしています。実際、大学はビジネスモデルの閉鎖さえ検討しているほどです。では少し時間を取って、この結果をもたらした要因、動向、出来事を想像してください。頭に浮かんだことをすべて書き出してください。
 

表 質問の回答

バージョン#1の質問の回答バージョン#2の質問の回答
学生の実地研修が足りない。他大学の学生に比べて実地スキルを学ぶ機会が少ないアカデミックなことに力を入れすぎて、実践的なスキルや就職支援などに手が回らない
他校のプログラムとの差別化が図れず、毎年卒業生がよい仕事に就けない学生のカンニングなど学術スキャンダルによって、大学の評判が傷つく
<教室での講義と実際の職業経験とを結びつけていない/td>多くの卒業生が就いてきた新卒向けの仕事が、人工知能に取って代わられる
他校に比べて卒業生を採用する企業が少ない。就職準備のサポートが不十分自然災害による公社の損壊。法律改正により海外留学生のビザ取得が困難に
他校との競争や、全般的な経済不安他校の実地研修が拡充する。オンライン教育により対面での授業が時代遅れになる。経済学部の応用プログラムにビジネススクールの優秀な学生が奪われる

 

バージョン#1の回答と、バージョン#2の回答には明らかな違いがあります。バージョン#1の結果を想像しなかった場合に比べて、バージョン#2ではより多くの理由を思いつき、しかもそれらはより具体的で正確でした。
 

解決策④ 予測能力・直観力を磨く

2秒早く予測

アイスホッケー選手ウェイン・グレツキーは、1981~1982年のシーズンで92得点というNHL記録を打ち出し、NHL史上最高のプレイヤーと呼ばれました。ウェインは身長180cm、体重77kgとNHL選出しては小柄でしたが、他の選手よりも2秒早くリンク上の展開が読めました。
ウェインは「パックがある場所へ滑るのでなく、パックが向かうはずの場所に滑り込む」と述べています。
チームメイト グラントファーは「彼は試合の動きが読めるんだ。他の選手はそんなこと考えもしない。不可能だと思っているからね。なのに彼はそれをやってのけるのさ。同僚選手に向けてでなく、スペースへとパスを出す。誰かがそこを滑るはずだし、その位置からなら得点できるとわかっている。だからパックをそこへ送り出すわけだ」と話しています。

自分と会社が一体という感覚

シリコンバレーの投資家 元ネットスケープ・コミュニケーションズのベン・ホロウィッツは、ラウドクラウドのCEO時代、データを見るのではなく自社についての知識を頭の中に詰め込んでいました。
製品、顧客、従業員、課題や脅威などの情報が頭の中をうまく流れるようにしていました。ホロウィッツは自分が会社と一体だという感覚で仕事を行っていました。
そのため、難題が持ち上がっても打つべき手が瞬時に頭に浮かびました。

ホロウィッツはこの感覚を持った人材をタイプ1の人材と呼びました。企業への投資はタイプ1の人材がいるかどうかで決めていました。

一方、企業にとってはタイプ1とは違うタイプ2の人材も必要であり、細かい点に注意を払って実行役を果たすと考えていました。ただしタイプ2の人材は想定内の話しかできません。
CEOが完全な情報をもとに判断を下すことはあり得ないため、これまでの経験から複雑で巨大な情報のかたまりを脳内で咀嚼し、解決策を即座に判断できます。また、見過しがちな変化やチャンスに注意を払うことができます。

とにかく行動

ボストンのトーマス・メニーノ市長は、支持率は72%で、2009年5期目の再選を果たしました。
メニーノ市長はひっきりなしに街に出て、世論調査はせず、コンサルタントにも頼らない方針でした。泥臭い仕事を自分でこなし、「熟考より行動」を重んじていました。その積み重ねでメニーノ市長は自分の判断がどんな影響を及ぼすのかをほぼ瞬時に見通すことができました。

彼は、1万時間を超える時間をかけてボストンについての予測脳を築きました。
 

解決策⑤ 小さなミスから学習する

システムが小さなエラーやミス、その他警告サインという形で私たちに投げかける情報から、学習することを欠かさないようにします。
小さな過ちやニアミスから学習する方法をアノマライジングと呼びます。

【ステップ1】

  • アノマリー(計画したことと実際に展開する状況との乖離)の収集
  • 危険なニアミスの報告の収集
  • うまくいっていない物事を発見
  • 例えば航空会社は航行中の航空機からも直接データを収集

【ステップ2】

  • 指摘された問題に対処

【ステップ3】

  • 問題を掘り下げ、根本原因を特定し対処
    例 同じ病棟で投薬ミスが繰り返し起こっていた
  • 調査の結果、看護師たちが立ったまま投薬の準備をする間、何かと邪魔が入って投薬準備がしょっちゅう中断されていた
  • 対策として投薬準備室を設けた
  • 問題が解明したらヒヤリハットの事例は組織全体で共有

【ステップ4】

  • 警告サインを受けて講じた解決策がちゃんと機能しているか検証
    例 航空会社での手順ミスが発生した
  • コックピットにパイロットがもう一人乗り込んでクルーの仕事を見守る
  • チェックリスト項目の見逃しや手順の混同がないか確認して対策の有効性を検証 

検証を行うことで、解決策が問題を悪化させる事態を防ぐことができます。
組織の中で「報告者が責められるようなことがあれば、システムに生じたまちがいや事故を指摘する人など誰もいなくなる」というような「あやまちを魔女狩りにする」のでなく、学習機会とみなす文化が必要になります。

UCSFの医師ボブ・ワクター氏は、「組織の安全性を測るものさしは、ファインプレーをした人がCEOに表彰されるかどうかではない」

「たとえ勘違いでも声をあげた人が表彰されるかどうかなのだ」

と述べています。

図3 小さなミスを収集して学習するサイクル
図3 小さなミスを収集して学習するサイクル


 

失敗を引き起こす権力

ウィスコンシン大学で、以下のような研究が行われました。

まず、面識のない3人の参加者に学内の様々な問題を議論させます。その後、3人の中からランダムに選んだ1人を評価者に指名し、他の2人について議論の貢献度に応じて点数をつけてもらいます。評価者は選ばれたのがただの偶然であることを知っている状態です。
 

次に、議論の30分後にチョコレートチップクッキーを差し入れます。

チョコレートチップクッキーは全員分のおかわりがなく、2枚目のクッキーをもらえるのは評価者に選ばれた人だけです。この、「評価をする」というわずかな権力意識が、評価者自身に「自分は2枚目を食べる権利がある」と思わせました。

しかも食べ方も汚く、「脱抑制摂食行動」の兆候が見られました。動物のような食べ方で、他の参加者に比べて口を大きく開けて食べたり、クッキーのかけらを顔やテーブルにこぼしていました。
 

① 権力意識が現場の直感を阻害する

他人の意見を聞かない

前記の研究から、ささやかな権力意識を手にするだけで人は腐敗することが分かります。そして他人の意見を曲解したり却下したりします。「議論で他人の発言を遮る」、「自分の順番でないときに発言する」、「専門家であろうとなかろうと他人の助言を聞き入れない」などの行動を起こす可能性が高くなりました。
権力を持っている状態は、脳に損傷がある状態と少し似ているといえるでしょう。

権力者は脳の前頭葉眼窩部に損傷を受けた患者とそっくりの言動をとることが多い」

この領域の活動が低下すると、衝動的で無神経な行動をとりがちになります。複雑系では、失敗の前に失敗が近いことを示す手がかりが現れます。その多くは役職者より現場の人の前に現れます。しかし彼らは「上司はどうせ聞いてくれない」と思います。声を上げることはありません。

予兆を妨げる上司

ウィスコンシン大学のジム・ディタートは従業員の素直な意見を促すために企業が行っている取組を調査しました。その結果「ベストプラクティス」とは程遠い現状が浮き彫りになりました。
「オープン・ドア・ポリシー」は、効果が上がっていませんでした。上司との会話においても、問題の責任は部下にあり、それは乗り越えがたいハードルでした。
ウィスコンシン大学のディタートとパリスは「匿名で意見を言える仕組みにすれば、その背後に『この組織で思っていることを素直に言うのは危険だ』というメッセージが言外隠されている」と指摘しました。

② 開かれていないリーダーシップ

リーダーは何より「人がいかにヒエラルキーに忖度しているか」このことを理解することがとても重要です。前述のディタートは以下のように述べています。

ほとんどの人が意識していなくても、上役のご機嫌を損ねていないだろうか、人間関係を損ねていないだろうか、といつも気にしている。だから上司は、ただ和やかな雰囲気をつくり、オープン・ドア・ポリシーを唱えるだけではだめなんだ。誰かがやってきて声を上げるのを待つんじゃない。自分から行かなくては。会議で誰も反対しないからといって、全員が合意していると思ってはいけない。多様な意見を促そう。部下が意見を言える場を頻繁に設けよう。そうするうちに、声を上げることが特別なことではなくなり、いつものありふれたことになる。

「声を上げるよう積極的に促さないのは、抑えつけているのと同じだ。ネガティブなことをしないというのでは全く不十分なんだ」

しかし、メンバーが声を上げやすいように様々な取組をした結果、根拠のない懸念や的外れの意見まで殺到したらどうしたら良いでしょうか。寄せられるアイデアにはよくないものもあります。ただ文句を言いたいだけの不満分子かもしれません。

素直な意見を促すとき、よいアイデアだけが出てくることはありません。一部の意味のないアイデアで時間を無駄にするかもしれません。そのコストと、とても重要なことを見過すコストをてんびんにかけなければなりません。どちらを大切にするべきか、判断するのはリーダーです。

システムが線形系であれば声を上げることがあまり重要でないかもしれません。失敗は明白で人目に付きやすく、些細なエラーでメルトダウンを引き起こすことはめったにありません。
しかし複雑系では何が起こっているかを把握するのは、一個人の能力では限界があります。その上システムが密に結合していれば、間違いの代償はとても高つきます。

複雑系のデンジャーゾーンでは、少数意見を無視できないのです。
 

レジリエンスを高める

十分な対策をしても大規模な災害を防ぎきれないもしれません。

レジリエンス・エンジニアリング、認知システム工学のE・ホルナゲルは、大規模な災害が起き、それは防ぎきれないという前提で「被害を最小限に食い止め、早期の復旧を目指すべき」という考え方を提唱しました。(レジリエンスとは弾性力、回復力を意味し、物理学、生態学、心理学で用いられます。)

東日本大震災では、巨大な津波が防潮堤を乗り越えて人命や財産を奪いました。レジリエンス・エンジニアリングでは、ハードウェアだけで津波を100%防ぐのでなく、例え津波が乗り越えても被害を最小限に抑え、そして被害から早期の復旧ができることを目指します。

これは強固なハードウェアに頼るのでなく、社会システムを構築し、人や組織が臨機応変に柔軟に対応することで問題に対処するという考え方です。そのためには事前に様々な場面を想定し、臨機応変な対応ができるような訓練が必要です。

つまり、これまでシステムやルールを守り安全を確保する「第1種の安全」に対して被害をできるだけ抑えて、機能の維持と回復に向かう取組は「第2種の安全」と呼べるでしょう。
 

表 第1種の安全と、第2種の安全の比較

 Safety-ⅠSafety-Ⅱ
安全の定義悪い方向へ向かう物事ができるだけ少ないことできるだけ多くのことが正しい方向へ向かうこと
安全管理の原則何かが起こった時に、反応し、応答する事前対策的、発展や事象を予期するように努める
事故の説明事故は失敗や機能不全が原因で起こる結果によらず、物事は同じ方法で起こる
ヒューマンファクターの見方責任資源

 

参考文献

「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その1~複雑化するシステムと密結合が起こす事故~ https://ilink-corp.co.jp/8825.html https://ilink-corp.co.jp/8825.html#respond Fri, 01 Sep 2023 01:23:58 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8825
【コラムの概要】

現代のシステムは複雑化し、些細な失敗が連鎖的に大事故へつながる。スリーマイル島や中華航空機事故のように、人の誤操作、設計思想の違い、組織文化の問題などが複合的に絡み合い、「ノーマルアクシデント」として避けがたい事故を引き起こす。金融システムやIoT機器も例外ではなく、安全確保には「報告」「公正」「柔軟」「学習」の安全文化が不可欠である。

現代は様々なシステムが複雑化し、さらにシステムの中でそれぞれの機能が密接に結合しています。

そのため、些細な失敗が失敗の連鎖を生み、思いがけない事故になってしまいます。
 

小さな失敗と思いがけない事故

スリーマイル島原子力発電所事故

1979年3月28日アメリカ ペンシルベニア州のスリーマイル島にある原子力発電所で事故が起き、炉心溶融(メルトダウン)という重大な結果になりました。

きっかけは保全のために、2次冷却水系のイオン交換樹脂を交換したことでした。この作業中、弁を制御する圧力空気の経路に少量の水が混入しました。
これが原因で主給水ポンプ、復水ポンプが停止し、発電用タービンが緊急停止しました。

その結果、一次冷却系の圧力が上昇しました。そのため原子炉は自動的に核反応を停止(制御棒を炉心に全部挿入)しました。
しか原子炉内では崩壊熱の発生は続き、一次冷却系の圧力は上昇しました。そのためパイロット・オペレーション・リリーフバルブ(PORV)が自動的に作動し、一次冷却系の圧力を下げました。
 

ところがPORVは故障していました。PROVをオフするように信号が送られましたが、信号がオフになってもPORVの弁が開いたままでした。ところがPORVの弁の開閉を検知するセンサーはないため、計器盤が表示するPORVへの信号のオフから、誰もがPORVの弁は閉じていると思いました。

実際は、原子炉内の冷却水は高温になり、圧力容器内の水は激しく沸騰し気化していました。
これにより気化した蒸気の泡が水位計に流入しました。そのため、水位計は十分な水位を示すという間違った表示をしました。
こうしたことが重なり、オペレーターは炉内で起こっていることを正しく理解できませんでした。

誤った情報から、オペレーターは炉内の冷却水が過剰気味と考えました。
そして緊急給水ポンプを停止してしまいました。PORVから蒸気の放出は続き、ついに原子炉内の炉心コア頂部が露出しました。そして水素の発生と燃料棒被覆の溶解が起きました。
 

午前6時にシフト交代がありました。交代したチームはPORV近辺の温度異常に気付きました。すぐにPORVのバックアップバルブを閉じましたが、この時すでに120,000Lの一次系冷却水が放出されてしまいました。
結局、炉心溶融(メルトダウン)により、燃料の45%、62トンが溶融ました。このうち20トンは原子炉圧力容器の底に溜まってしまいました。給水回復による急激な冷却によって、炉心溶解がさらに深刻化しましたた。

実際には、最初の配管トラブルと蒸気発生器への給水ポンプの停止から、原子炉内の圧力上昇、PORVの弁の固着とPORVの誤表示までは、わずか13秒の間でした。

その後10分以内に炉心の損傷が始まっていました。

この事故は、操作員のミスと、あとから振り返って初めてわかる「あとになってわかる過失」が重なったために起きた事故でした。

中華航空機事故

1994年(平成6年)4月26日に台湾発名古屋空港行きの中華航空140便(エアバスA300)が名古屋空港への着陸進入中に墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡しました。この事故は、日本では日本航空123便墜落事故(死者520人)に次ぐ惨事でした。

事故の原因は、名古屋空港への着陸進入時に、副操縦士が誤って着陸やり直しスイッチ(ゴー・レバー)を押してしまったためでした。

副操縦士が知らない間に着陸やり直しの自動操縦モードになっていたのです。そうとは知らない副操縦士は、着陸のため操縦桿を押して機首を下げようとしました。しかし自動操縦モードは着陸やり直しになっているため機首を上げました。副操縦士がいくら操縦桿を押しても機種が下がらないため、機長は着陸は無理だと判断しました。そして着陸をやり直すため機首を上げようとした時、機体は突然急上昇しました。その結果失速し、墜落しました。
 

ボーイングに代表されるアメリカ製航空機は自動操縦装置について、「思いがけない事態が生じた際は、いつでも手動操縦に切り替えることができる」という考え方でした。事故機の副操縦士は、ボーイングの操縦経験が長く、このアメリカ製航空機の考え方に馴染んでいました。

それに対しエアバス社は、「人はミスを犯すものであり、それをコンピューター制御によって防ぎ、正しい操縦を行うことで安全性を高める」という考え方でした。かつてパイロットのミスによる航空機事故が何度も起きたため、エアバス社はこういう考え方になりました。

現代の航空機は、コンピューター制御と人の操作の領域が複雑に重なり合っています。その重なり方もボーイングとエアバス社で異なっています。

しかし航空機の操縦は、時には一瞬の遅れやミスが許されない場合もあります。その時、複雑な重なりは、致命的な事故になりかねません。

ひとつのミスが許されない「酸素容器の取り扱い」

1996年5月バリュージェット航空592便の機内で火災が発生、機は墜落しました。

原因は貨物室内にあった酸素発生装置が誤って作動し、貨物室内に酸素が放出され、この酸素が貨物室の火災を引き起こしたためでした。
この酸素発生装置は、バリュージェット航空の下請け整備会社セイバーテック社がアタランタへ飛ぶ592便の貨物に入れたものでした。しかし、酸素発生装置は輸送のための適切な処理がされていなかったのです。

酸素発生装置の取り扱いルール

航空機は非常事態の場合、乗客に酸素マスクを提供します。そのため、酸素発生装置(バルブのついた酸素ボンベ)を航空機は積んでいます。これは使用期限が来れば新しいものと交換します。交換した酸素発生装置の取り扱いは「期限切れ」「使用済みでない」の場合は安全キャップをつけなければならないルールでした。しかし、セイバーテック社の整備工は酸素発生装置の使用期限を区別していませんでした。
使用済みと期限切れの関係は表1のようになっていました。

表1 酸素発生装置の処理

使用期限使用の可否安全キャップ
期限切れ使用済み不要
使用済みでない必要
期限切れでない使用済み不要
使用済みでない必要

 もし整備工がバリュージェット航空の作業命令書を読んで、
MD-80型機の分厚い整備用マニュアルの第35-22-01章「h」行から調べていたとしたら、
「酸素発生装置の保管または廃棄」に関する説明にたどり着いていたはずです。

そして、もしも丁寧に選択肢を検討してマニュアルをめくっていたなら、
「すべての使用可能/使用不可な(使用済みでない)酸素発生装置(容器)は、高温や損傷の危険にさらされない場所に保管すること」
を学んでいたはずです。

また、もしも括弧でくくられた「(使用済みでない)」の意味をじっくり考えていたのなら、
「(使用済みでない)」容器が「使用不可」な容器であることを察していたはずです。

しかもセイバーテック社は出荷用のキャップを持っていませんでした。
本来であれば、これらの酸素容器を安全な場所に移し、マニュアルに説明された手順に従って「起動されるべき(バルブを作動して酸素を解放)」だったのです。

ジャーナリスト兼パイロットのウィリアム・ランゲビーシュはこの事故に関して「アトランティック」誌に以上のように書いていました。 

安全は、個人の注意力や能力、個々の装置の問題だけではなく、人や設備、運営を含めたシステムの問題も考慮しなくてはいけません。そのシステムが複雑で入り組んでいることが問題なのです。

正解に至る道筋がわかっていても、そこに至る道筋に様々な分岐や選択肢があれば、正解にたどり着けるとは限らないのです。
さらに現代の事故の原因には、システム内での相互作用があります。

複雑さを増すシステムと密結合の危険

複雑さを増す現代のシステム

イェール大学チャールズ・ペロー氏は、航空機事故から原子力発電所や化学工場の事故を調査し、思いがけない相互作用が発生し小さな失敗が予期せぬ方法で組み合わさって大きな事故を起こすことに気が付きました。

このシステムの脆弱性を以下の二つの変数で表しました。

(1) 線形系と複雑系

線形系の例 自動車工場の組立ラインなど製品が順に流れて作業を行うものなど

  • シーケンシャルに進む
  • 不具合が起きてもどこで発生したかすぐ分かる
  • 影響が及ぶ範囲も明確であることが多い

複雑系の例 原子力発電所

  • 入り組んだ網に近く、構成要素が相互に影響し合う
  • サブシステムが多くの構成要素と結びついている場合が多い
  • 一見無関係な要素が間接的につながっているため、何か問題がおきるとあちこちに影響する
  • 問題を直接見ることができず、情報は断片的にしか入らない(これは双眼鏡で遠くを見て、足元を見ずに断崖絶壁の近くを歩いているようなもの)
システム内のゆるみの大きさ(結合の強さ)

2番目はシステム内での構成要素の相互の結合の強さです。構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないものを密結合、スラックやバッファーがある程度あるものを疎結合と呼びます。

密結合と疎結合

構成要素間にスラック(緩み)やバッファー(緩衝)がほとんどないため、ひとつの構成要素の不具合が他に影響を及ぼしやすい。この状況を密結合といいます。

【密結合の例 原子力発電所】

ものごとを正しく行うだけでは不十分です。正確な量のインプットを決まった順序で、決まった期間内に行わなければいけません。失敗してもやり直すことはできず、代用品や代替品がうまくいくことはありません。つまり、ものごとを正しく行う方法は一つしかない状態です。
いろいろなことがあっという間に起こり、問題を解決する間システムを停止させておくことはできません。
原子力発電所の核分裂反応の制御がまさにそうです。

核分裂反応は特定の条件がそろう必要があります。正しいプロセスからわずかに逸脱しても問題が起きます。問題が起きてもシステムを一時停止できません。核分裂反応は連鎖し独自のペースで進行し続けます。もし中断できても崩壊熱はその後も発生し続けます。そして過熱した原子炉には直ちに冷却水を注入しなければなりません。タイミングが遅れれば炉心融解に至りかねません。
 

【疎結合の例 航空機製造工場】

尾翼と胴体は別々に製造されます。片方に問題起きても、二つの部分を結合する前であれば修正できます。しかもどちらを先に製造しても構いません。何か問題が起これば、その部分の製造を中断すればよく、後から作業を再開できます。

これを図にまとめると以下のように表せます。

図1 密結合と複雑な相互作用
図1 密結合と複雑な相互作用(「巨大システム失敗の本質」より著者作図)

郵便局や大学は疎に(緩く)結合しています。物事を正確な順番で行う必要はなく、問題を修復する時間も十分にあります。
ただ郵便局に比べて大学は入り組んだ官僚制機構です。非常に多くの部門と、部署、役職、規則、そし研究者や教員、学生、事務員などて様々な動機を持った人がいます。そのため相互の関係は複雑で予測不能な状態で結びついています。
ただし大学の場合は疎結合です。時間をかけて柔軟に問題に対応することができます。しかもある学部の問題は他の学部に影響することは稀です。社会学部のスキャンダルは医学部に影響を及ぼしません。

この結びつきの「固い」と「弱い」の違いを表2に示します。
 

表2 「固い」結びつきと「弱い」結びつきの比較

固い結びつき弱い結びつき
作業過程における遅延は不可能作業過程における遅延が可能
手順の順序は変えられない手順の順序は変えられる
目標を達成する方法は1つだけ代替的な方法がある
資材、装置、従事者における「たるみ」は少しだけしか許されない資材、装置、従事者における「たるみ」は許容可能
以上の緩和策や予備手段はあらかじめ周到に組み込まれている緩和策や予備手段はケースバイケースで用意できる
資材、装置、従事者の代替は限られているか、あらかじめ用意しておくしかない資材、装置、従事者の代替もケースバイケースで対応できる

 

危険なのはマトリックスの右上

ペロー氏は、システムがメルトダウンを引き起こすのは、複雑系と密結合の組み合わせと言います。

複雑系では小さなエラーは避けられません。そしていったん歯車が狂い始めるとシステムは不可解な兆候を見せます。手を尽くしても問題を正しく診断するのは容易でありません。時には間違った問題を解決しようとしてしまいます。そして事態をさらに悪化させます。この時、密に結合されていれば、倒れ始めたドミノを止められません。失敗は制御不能になってしまいます。

図2 潜在的な危険の大きい技術の破局性と代替可能性
図2 潜在的な危険の大きい技術の破局性と代替可能性(「巨大システム失敗の本質」より著者作図)

ペロー氏はこの種のメルトダウンを「ノーマルアクシデント(起こるべくして起こる事故)」と名付けました。
ここでノーマルとは、頻繁に起こるという意味でなく、当たり前で避けがたいという意味です。

ペロー氏によればこのノーマルアクシデントは
「安全を期すためにどんなに力を尽くしても、(複雑な相互作用のせいで)複数の失敗の思いがけない相互作用が、(密結合のせいで)失敗の連鎖を招いてしまうような状況」
と定義しました。
こうした事故は起こってはいけないことが起こったのではなく、
複雑なシステムでは頻度は非常に低いが「起こるものである」
とペロー氏は主張しています。

金融 コンピューターによる高速取引プログラム

金融での複雑性と密結合

2012年8月1日、ニューヨーク証券取引所で製薬会社ノバルティスの株が乱高下しました。その結果、10分間で1日分の取引が行われました。しかも同様の不可解な動きがGMやペプシなど主要銘柄でも起きました。

原因は、大手証券取引仲介業者ナイト・キャピタルのシステムが誤発注したためでした。ナイト・キャピタルはまるで市場を相手に「手札を全部さらしてポーカーをしている」かのようでした。ナイト・キャピタルは、毎分1500万ドル強の損失が発生し、損失合計は5億ドルにも上りました。

密結合ではひとつのミスが命取り

2011年11月に個人投資家流動性プログラム(RLP)という新制度が導入されました。それに対応するため、ナイト・キャピタル社はプログラムを改修しました。RLPに対応するためのフラグを、以前は使用していたけど今は使用していない「パワーペグ注文」というフラグを使いました。すでにパワーペグ注文のコードは無効にしてありました。プログラマーはRLPに対応したプログラムを8台のサーバーに導入しました。ところが1台のサーバーはプログラムを入れ忘れました。 

8月1日新しいプログラムが稼働すると、新しいプログラムをインストールしなかったサーバーは、RLPに対応したフラグを古いパワーペグコードと受け取り、パワーペグコードで決定した価格で注文を毎秒数百件の速度で出し続けました。しかもこの異常な注文は、システム画面に表示されず、誰も気づきませんでした。

ナイト・キャピタル社は、このたった1日のトラブルで破産しました。

こんなことは、原子力発電所や証券取引ぐらいで、自分たちには関係ないと思うかもしれません。
ところがシステムの複雑性と密結合は、今や私たちの身近なところにもあるのです。

複雑性と密結合の増す製品

ATMをハッキング

ホワイトハッカーで、セキュリティの専門家バーナビー・ジャックは、2010年ハッカーの年次国際会議でATMのハッキングをデモンストレーションしました。

車を止める

ハッカーのチャーリー・ミラーとクリス・バラセクは、「ワイヤード誌」の依頼でジープ・チェロキーのハッキングをデモンストレーションしました。チェロキーのエンターテイメントシステムに、モバイルネットワークから侵入し、車載コンピューターにアクセスしました。そして走行中の車のエンジンを停止させました。記事掲載から3日後、クライスラーはセキュリティの脆弱性を認め、140万台をリコールしました。

今ではこれまでオフラインだった自動車やATMがオンラインでつながっています。そのためセキュリティ上の脆弱性が増しました。加えてIoTでこれらの機器の上位システムともつながっています。今後、自動車、家電製品、工場内の設備など多くの機器もネットワークにつながり、相互に影響しあうようになっていきます。しかも私たちは途中過程を見ることができません。
システムの複雑性と密結合が強化され、思わぬ結果が起きる可能性は高くなっているのです。

一方、巨大な組織は、多くのメンバーが複雑に役割分担しています。こういった複雑な組織でも問題は起きます。

よい人がみんなで起こす悲劇

1986年1月、スペースシャトル『チャレンジャー号』は、打ち上げ73秒後に空中分解しました。低温のため補助ロケットの接合部分を密閉する部品(Oリング)から燃料が漏れ爆発しました。Oリングメーカー サイコオール社の技術者ボイジョリーは低温での危険性を指摘し、打ち上げ延期を主張していました。
しかしNASAの責任者は、『チャレンジャー号』の打ち上げが何度も延期されたこともあり、「気温12度? 春まで待てと言うのか!」と声を荒げました。 

この事故についてアメリカの組織社会学D・ヴォーンは、関係者への聞き取りや関係文書の収集・調査を行いました。その結果、Oリングのリスクはサイコオール社だけでなくNASAでも共有されていることがわかりました。このようなリスクがあるのにも関わらず、正式な実験や安全審査の手続きを経て、打ち上げは決定されました。

つまり、この事故の真の原因は、はたから見ればルールや常識に外れたことでも、当事者たちはおかしいと思わず、当たり前のように振る舞っていたことでした。
しかもNASAのような専門的な業務は、高度に専門分化しています。担当者は自分たちの業務に長い経験を持つため、部外者には問題点分かりません。D・ヴォーンはこれを「構造的な秘密性」と呼びました。 

これまでNASAは、NASAという組織の規則や慣習に従い、プロジェクトがうまくいくように取り組んできました。そのため、ボイジョリーのような部外者が直感で中止を訴えても、それは仕事の円滑な遂行を妨げるだけだとNASAは考えました。D・ヴォーンはこれを「逸脱の常態化」と呼びました。

これによる事故を防ぐには定期的に「外部の目」を入れます。今回の事例では、NASAやサイコオール社の別の部署の技術者に意見を出してもらうことです。同じ組織でも別の部署や異なる業務をしていれば「逸脱の常態化」に気づくことができます。
 

平穏無事に潜む危険

イギリスの心理学者・安全研究者 J・リーズンは、多くの組織で生産性と安全性のせめぎあいから、安全性が削られていると考えました。しかし大事故が起こるまでは平穏無事な状態です。そののため、小さなトラブルや軽微な事故が起こっても抜本的な解決はされないままでした。

図3 リーズンによる安全性の関係
図3 リーズンによる安全性の関係

こうした潜在的な危険を封じ込めるため企業は安全対策を重ねます。これは防護壁を何重にも張り巡らせている状態でか。これを「深層防護」と呼びます。リーズンは一見すると安全な深層防護の「平穏無事に潜む危険」が大事故を引き起こすと主張しました。様々な安全対策やルールによる深層防護壁も、実はヒューマンエラーやルール無視があれば穴が開いた状態です。これは図5のスイスチーズにたとえられます。

図4 防護と損害の相互関係
図4 防護と損害の相互関係

大事故が起きると「以前から問題があった」「いつか事故が起きると思っていた」という証言が出ます。その一方で7年間無事故など、それまでは安全に問題はありませんでした。これは防護壁が穴の開いたチーズであることを示しています。

図5 防護壁は穴の開いたチーズ
図5 防護壁は穴の開いたチーズ

リーズンは、「高度な深層防護はシステムをより複雑にし、その管理者や運転者にとって、システムが不透明なものになってしまう」ことを指摘しました。

その原因は、組織の文化に起因します。

組織全体で安全を高めようとする組織文化を「安全文化」と呼びます。これは次の4つの要素からなります。

  • 報告する文化
    組織の中で安全に対する情報を積極的に共有する
  • 公正な文化
    するべきこと、やっていいこと、してはいけないこと、この3つの境界線が明確で、これらを行った場合の顕彰や処分に対し構成員は納得している
  • 柔軟な文化
    時と共に変化する要求や、危機の際の突然の要求にも、必要な役割や権限をすぐに調整できる
  • 学習する文化
    現状に満足せず、経験や情報を活かして、ときには手直しもいとわない姿勢

では、この安全文化は具体的にはどのように取り組めばよいのでしょうか、これについては複雑化する社会やシステムとヒューマンエラー その2 ~複雑化するシステムの問題を食い止める組織とは~
こちらをご参照ください。

参考文献

「巨大システム失敗の本質」クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック 著 東洋経済新報社
「科学技術の失敗から学ぶということ」寿楽浩太 著 オーム社
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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危機管理とBCP~企業経営の本当のリスクと、それに備えるリスクマネジメントとは?~ https://ilink-corp.co.jp/8783.html https://ilink-corp.co.jp/8783.html#respond Tue, 01 Aug 2023 07:56:43 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8783
【コラムの概要】

BCPは自然災害に有効だが、事業リスクは多岐にわたる。企業はリスクマネジメントでリスクを特定し、優先順位をつけ対策すべき。想定外の事態に備え、社員が自律的に行動できるよう方針を共有し、日頃からの訓練が重要。

日本は地震、豪雨や台風による水害や土砂崩れなど、災害が多い国です。災害は時には企業に大きなダメージを与えます。災害の規模によっては事業の継続が困難になることもあります。この時、万が一に備えた事業継続計画(Business Continuity Plan : BCP)があれば、災害を乗り越え事業をスムーズに再開できます。

ただし自然災害以外にも事業リスクあります。つまりBCPだけでは万全ではありません。

ではどうすればよいのでしょうか。事業のリスクとは何でしょうか?

企業経営の危機管理についてまとめました。
 

リスクとリスクマネジメント

危機や危機管理に関して、リスクマネジメント、クライシスマネジメント、リスクアセスメントなどの言葉があります。

これはどのような意味でしょうか?

そもそもリスクとは何でしょうか?
 

リスクとは

リスクとは、

「将来いずれかの時に起こる不確定な事象とその影響」

を意味します。

一方日本語ではリスクは

「何か悪い事が起きる可能性、予想通りにいかない危険、危機が起きる確率など『危険』や『危機』」

を指します。

【リスクの語源】

英語 risk の語源はラテン語の risicare で、「(悪い事が起こる可能性を承知の上で)勇気をもって試みる」という意味です。

このようにリスクは、様々な意味があります。また分野によっても定義が違います。
 

【経済学でのリスク】

経済学では、ある事象の変動に関する不確実性を指します。また金融理論では変動の大きさをリスクと呼びます。そして経済学では悪いことだけでなく良いこともリスクです。
 

【工学でのリスク】

工学分野でリスクとは「ある事象生起の確からしさと、それによる負の結果の組合せ」を指し、JIS Z 8115「ディペンダビリティ(信頼性)用語」で定義されています。この場合、リスクはマイナスの要因のみを指します。
 

【リスクとハザード】

工学ではリスクと並んでハザードという単語も使われます。「リスク」と「ハザード」は同じ意味としても捉えられますが、リスクアセスメントの観点では以下の違いがあります。

  • ハザード :自然災害、停電、劣化などによる危険性又は有害性
  • リスク  :ハザードが悪影響をもたらす可能性

従って、ハザードがなければリスクは生まれません。
 

図1 危険性または有害性(ハザード)とリスクの違いとは
図1 危険性または有害性(ハザード)とリスクの違いとは


 

工学の分野では、製品やプロジェクトの信頼性を高めるために、リスクマネジメントを行い、リスクの影響を抑えます。
 

リスクマネジメント(工学)

JISの定義によればリスクマネジメントとは

「リスクについて,組織を指揮統制するための調整された活動」(危機管理)

とあり、ISO31000に規定されています。

ISO31000のリスクマネジメントのプロセスは以下の通りです。

  • コミュニケーション及び協議
  • 適用範囲,状況及び基準
  • リスクアセスメント (リスク特定、リスク分析、リスク評価)
  • リスク対応
  • モニタリング及びレビュー
  • 記録作成及び報告

 

1. リスクアセスメント

リスクマネジメントでは、最初に以下の手順に従いリスクアセスメントを行います。

  1. リスク特定
  2. リスク分析
  3. リスク評価 – 各リスクに対してリスクの度合いを評価

 

(1)リスクを特定
リスクを洗い出し、確認して記録します。リスクを特定するには、次のような方法があります。

  • 過去のデータ、または理論モデルに基づくチェックリスト、または分類法
  • 文献レビューや履歴データの分析などの証拠に基づく方法
  • HAZOP、FMEA、SWIFTなど、通常の運用からの逸脱の可能性を体系的に検討するチームベースの方法
  • 特定の状況下で何が起こるかを特定するためのテストやモデリングなどの経験的方法
  • シナリオ分析など、将来の可能性について想像思考手法
  • ブレインストーミング、構造化インタビュー、 監査などの専門家を引き出す方法

 

図2 工程FMEAの例
図2 工程FMEAの例


 

(2)リスク分析
特定したリスクを発生可能性(確率)も含めて分析します。リスク分析には以下のようなものがあります。

  • リスクの原因、リスクが推進される要因
  • 既存の管理手法(コントロール)の有効性の調査
  • 起こりうる結果とその可能性
  • リスク間の相互作用と依存関係
  • リスクの尺度の決定
  • 結果の検証と妥当性確認
  • 不確実性と感度(変動)の分析

リスク分析は、過去の事象(イベント)の確率と結果に関するデータを使用することがよくあります。
 

(3)リスク評価
リスクの推定レベルからとその結果から、リスクの重大性を評価します。そしてリスクの対処について決定を下します。
 

2.リスク対応

リスクの対応を選択します。以下はリスク対応の例です。

(1)リスク除去
リスクを生じさせる活動を行わないことでリスクを回避します。

(2)あえてリスクを取る
利益や事業機会を失わないために、あえとリスクがあることを容認します。しかしこの場合も安全を考慮するべきで、安全の低下を推奨するものではありません。

(3)リスク回避
リスク源を除去します。
例)人のミス(ヒューマンエラー)のリスクに対し、ポカヨケやチェックシステムを構築する。

(4)起こりやすさを変える
例)地震や洪水に対し、より安全な場所に会社を移転する。

(5)結果を変える
何らかの対処をすることで、問題は起きても深刻な事態にならないように結果を変えます。
例)火災が派生しても、スプリンクラーをつけることで火事になるのを防ぐ。

(6)リスク共有
例)契約、保険購入によってリスクを共有する

(7)リスク保有
リスクの情報を収集し、問題は小さいことから、あえてリスクをそのままとします。
 

リスクマネジメント(経営)

経営におけるリスクマネジメントは、組織運営に影響を与えるようなリスクに対し、損失を最小限に管理することです。
 

経営の2種類のリスク

経営のリスクは、大別すると「純粋リスク」と「投機的リスク」の2種類があります。

【純粋リスク】
企業に損害や損失のみをもたらすリスクのことで、以下のような要因が挙げられます。

  • 火災
  • 水害
  • 地震
  • 自動車事故
  • テロ

【投機的リスク】
「ビジネスリスク」とも呼ばれ、投資や金利変動、新商品開発など損失と利益のどちらの可能性もあるリスクのことです。例えば、以下のようなタイミングで発生します。

  • 為替変動
  • 金利変動
  • 新商品の開発
  • 事業の多角化

 

リスクマネジメントの手順

経営におけるリスクマネジメントは以下の手順で行います。

図3 リスクアセスメントとリスクマネジメント
図3 リスクアセスメントとリスクマネジメント


 

(1)リスクの特定
予測されるあらゆるリスクを列挙します。些細だと思うものも含め、抜けや漏れなくリスクを洗い出します。
 

例 上場企業が国内拠点で着目しているリスク

順位リスク
1位地震・風水害等、災害の発生
2位人材流失、人材獲得の困難による人材不足
3位法令順守違反
4位製品/サービスの品質チェック体制の不備
5位情報漏えい
6位サイバー攻撃・ウイルス感染
7位過労死、長時間労働等労務問題の発生
8位市場における価格競争
9位原材料ならびに原油高の高騰
10位法改正や業界基準変更時の対応の遅れ

引用元│ 有限責任監査法人トーマツ「企業のリスクマネジメントおよびクライシスマネジメント 実態調査 2018年版」
 

(2)リスクの分析
各リスクのもつ影響度の大きさを評価します。

一般的には各リスクを頻度と影響度で分類してマトリクスにします。頻度を発生確率として、影響度を金銭的な損害として下記のようなマトリクスを作成します。

リスクの大きさ=影響度×発生確率
 

図4 リスクの大きさのマトリックス
図4 リスクの大きさのマトリックス


 

中には数値で表す(定量化)のが難しいリスクもあります。これは定性的リスクと呼ばれ、例えば、コンプライアンスリスクは、発生頻度とその結果の金銭的な影響の予測が難しく、影響度を数値化するのは困難です。こういった定性的リスクは、弁護士・公認会計士など専門家の意見や客観的な統計を使ってリスクの影響度を精査します。
 

(3)リスクの評価
リスク分析後、リスクマップと呼ばれる表を用いてリスクの重大さを可視化します。
 

表 リスクの大きさと対応の例

リスクの大きさ重要度 
9優先的に対応
6やや大二番目に優先
4三番目に優先
3費用対効果を考慮して対応
2費用対効果を考慮して対応
1対応しない

 

各リスクをマッピングしていくことで、リスク全体を体系的に把握することができるほか、優先して対応すべきリスクの可視化ができます。
 

図5 リスクマップの例
図5 リスクマップの例


 

マトリクスでマッピングされた(分析された)リスクに対し、対応の優先順位をつけます。リスクは数多く存在するため、そのすべてに対応することは不可能です。またリスクマネジメントに割けるリソースも限られています。そのため、リスクに対し優先順位をつけます。基本的には頻度と影響が大きいものを高い優先順位にします。
 

(4)リスクの対応と実施
優先順位に従って対策や低減措置を考えます。その際、対策は大きく分けて、リスクコントロールとリスクファイナンスに区分されます。
 

● リスクコントロール
リスクによって発生し得る損失の頻度と大きさをコントロールします。回避する、損失防止・損失削減を行う、分離・分散を行うなどです。

例)事業撤退、リスクを生む要因を取り除くリスク発生頻度を軽減させるためのマニュアル策定、緊急対応時のルール策定など

● リスクファイナンス
リスクによって発生した損失を、金銭で補填する方法です。移転や、損失の許容などがこれに当たり、大きな経済的損失を補填することです。

例:損害保険加入など他社と合意に基づきリスク分散する、期間損益でのコスト吸収など損出を受容する
 

リスクコントロールとリスクファイナンスの詳細を以下に示します。

表 リスクコントロールとリスクファイナンシング

区分手段内容
リスクコントロール回避リスクを伴う活動自体を中止し、予想されるリスクを遮断する対策。リターンの放棄を伴う。
損失防止損失発生を未然に防止するための対策、予防措置を講じて発生頻度を減じる。
損失削減事故が発生した際の損失の拡大を防止・軽減し、損失規模を抑えるための対策。
分離・分散リスクの源泉を1か所に集中させず、分離・分散させる対策。
リスクファイナンシング移転保険、契約等により損失発生時に第三者から損失補填を受ける方法。
保有リスク潜在を意識しながら対策を講じず、損失発生時に自己負担する方法。

資料:リスク管理・内部統制に関する研究会「リスク新時代の内部統制」から中小企業庁作成
 

表 具体的なリスク対策方法

リスクへの対応方法具体例
回避活動を停止し、リスクを遮断する。事業撤退など
損失防止発生しないよう予防策を講じる。研修やマニュアルの整備など
自社に損失を与える可能性のある取引先を避ける
損失削減リスク発生時の損失を抑える。対応フローの整備など。
火災の損失を削減するために、スプリンクラーや防火扉を設置する
自動車事故での負傷による損失を削減するために、エアバッグを設置する、シートベルトを着ける
分離、分散地震の発生確率を考えて、生産拠点を分散させる
金融機関の破綻に備えて、預金先銀行を複数確保する
リスクの源泉が集中するのを防ぐ
移転ネットワークの停止時における損失を保険で補填する、ネットワーク保険に加入する
保険などで第三者から損失補填を受ける
保有(許容)特に対策を講じず自社で損失を負担する。新入社員に業務を任せるなど

 

(5)対応のモニタリングと改善
対策を実施したら効果を評価します。効果が不十分であれば改善を行い、より質の高い対策にします。

さらに定期的にモニタリングを行います。社会や企業を取り巻く環境が変われば、リスクや対応策も変化するからです。
 

クライシスマネジメント

「クライシス(crisis)」の語源は「将来を左右する分岐点」です。

人あるいは組織がクライシス(危機的な事態)に直面したとき、対応によって将来が大きく変わります。

そこで組織が危機的な事態に直面したときの対応を管理するクライシスマネジメントを行います。これはクライシス(危機)をマネジメント(management)は「管理」することなので危機管理とも呼ばれています。
 

リスクマネジメントは、「危機を発生させない」ようにし、なおかつ「危機が発生した」場合も管理します。従ってリスクマネジメントは、クライシスマネジメントを含みます。ただし狭い意味のリスクマネジメントは、危機を発生させないための管理に限定します。

下図で、リスクマネジメントとクライシスマネジメントについて示しました。危機の予見力、回避力から再発防止力までがリスクマネジメントであり、危機が発生後の被害軽減力がクライシスマネジメントであることが分かります。
 

図6 リスクマネジメントとクライシスマネジメント
図6 リスクマネジメントとクライシスマネジメント


 

危機が発生した時は、以下の手順で対応します。

第一報

いつまでに(危機発生後何分以内に)、誰に報告するのか、何を (5W1Hにとらわれない)、深夜、休日はどうするのかなど、社内でルールを決めておきます。

この場合、自社にとっての危機は何か、どこまでを危機とみなすのか、誰もが同じ判断ができるようにしておく必要があります。

事実と状況の把握

正しい決定には、正確な情報が不可欠です。情報は「現地・現物・現実」の三現主義に徹して、人から聞いた情報を鵜呑みにするのではなく、自分の目で確かめるようにします。

情報はできる限り正確に、定量的に把握(何分、何kg、何個…)します。

状況の判断

論理的に予測し、データに基づいて判断します。問題は「こうなってほしい」とこちらの都合のいい結果にならないこともあります。予測が外れた場合のプランBを必ず用意しておきます。

また意思決定者が不在の場合、誰が判断するのか、代行者をあらかじめ決めておきます。

対応方針の決定

判断した状況に基づき、対応を決定します。

図7 初動対応の手順
図7 初動対応の手順


 

組織的な実行

メンバー全員で組織的に対応します。現場では想定外のことも起きます。その場合はメンバーが自ら判断しなければなりません。そこでリーダーからメンバーまで同じ情報を持ち、判断の根拠となる方針を全員が共有していることが必要です。

その場で判断が必要な場合、上からの指示がなくても現場がためらわず行動できるようにします。例え行動した結果がリーダーの考えと違っていても、リーダーは違っていたことを後から指摘してはいけません。
 

コラム 震災2日目 ヘリコプターで上空を視察

東日本大震災で福島第一原子力発電所の状況に対し、的を射ない東京電力の説明に業を煮やした菅直人首相は、ヘリコプターで福島第一原子力発電所に向かいました。

福島第一原子力発電所の後、ヘリコプターで宮城と岩手を上空から視察した菅首相は、津波に飲み込まれた市街を見て災害の規模を実感、自衛隊派遣を10万人に倍増しました。
 

コラム 初期消火が遅れたA社 加工工場火災

A社の部品加工工場で火災が発生しました。原因は設備から出た火花が木製の踏み台に引火したためでした。しかし初期消火が遅れたため、工場が全焼しました。初期消火が遅れた原因は「消火器を使うと叱られる」「始末書を書かされる」といったマイナス要因のため、現場には「消火器は使うものでない」という文化があったからでした。

高価な設備から出たわずかなボヤに対し、消火器をかけるのは勇気がいります。しかし、もし火が出た時、消火器を使わなければ火は工場全体に広がってしまいます。こういった状況では、

設備よりも工場、

工場よりも人命


という優先順位をあらかじめ決めておかなければ、対応が遅れてしまいます。
 

企業経営のリスク

このように経営のリスクマネジメントについて述べました。純粋リスクと投機的リスクは

  • 純粋リスク : 内部要因によるリスク
  • 投機的リスク : 外的要因によるリスク

した方が分かりやすいでしょう。

内部要因によるリスクは、自社で防止策や改善が可能で、つまりコントロールすることができます。

外的要因によるリスクはコントロールできないため、起きてしまったらどうするかを考えるしかないものです。 

企業広報戦略研究所が行った「危機管理力調査」の結果、直近2年間に起きた危機の件数のランキングを以下の表に示しました。

表 直近2年間に起きた危機の件数

順位件数内容
117事故・火災の発生
212欠陥商品の回収(リコール)
311個人情報・顧客情報の漏洩
47従業員によるSNSへの不適切な書き込み
55労務上のトラブル(過労死、不当解雇等)
65製品・サービスの表示偽装
74地域住民とのトラブル
84他社の知財の侵害訴訟
94顧客が利用する情報システムのトラブル
103談合・独占禁止法違反

 

これを参考に、自分なりに企業経営のリスクのうち、内的要因を以下の表にまとめました。

表 企業経営のリスク
表 企業経営のリスク
(赤枠はBCP、青枠は情報セキュリティマネジメントシステムでカバーする範囲)
 

このうち、自然災害は内的要因ではありませんが、物理的な損失が大きく事前に対処が必要なため、内的要因に含めました。外部要因は以下にまとめました。

表 その他外部要因のリスク

社外の企業取引先、仕入れ先などの売掛金回収不能や、倒産・廃業
社会新型コロナウイルスなどの感染症
原油、穀物など材料価格上昇と入手難
戦争・テロ・クーデター、デフォルトなどカントリーリスク
金融リーマンショックのようなショックと信用収縮、金利上昇
為替(円高、円安)

 

このように企業経営のリスクを洗い出すと、一般的なBCPの内容よりも多くのことが含まれます。むしろ自然災害よりもそれ以外のリスクの方が頻度が高く、影響も大きいのです。

では、これに対しどのような対策があるでしょうか?

具体的な対策

事故

① 人

人のリスクは、病気や事故、けがにより長期間出社できなくなる、あるいは亡くなってしまうことです。最悪の場合、業務が停止してしまいます。そして中小企業の最大の人のリスクは、経営者自身です。

他にも例えば見積や経理のような重要な業務を一部の社員のみが行っている場合、その社員が出社できなければ誰も替わることができません。そうなると他の社員が分からないなりに時間をかけてもしなければ業務が止まってしまいます。よくあるのが必要な書類やデータの保管場所が担当者しかわからないことです。

【リスクマネジメント】
社員の業務と担当をリストアップし、代替要員がいなければ、代替要員を育成します。資料やデータは他の社員も分かるようにします。業務に必要な書類やデータの保管場所をルール化し、それを全員で守ることです。個人のパソコンのマイドキュメントに業務のデータを保管するのは論外です。
 

② 業務

設備や工場の破損には、高額な修理費がかかるものがあります。

【リスクマネジメント】
事前に保険に加入します。交通事故も同様に保険でカバーします。一方保険でリスクをヘッジすることも重要ですが「設備を破損させない」、「交通事故を起こさない」教育を定期的に行う方がより大切です。
 

③ お金

社員による横領、不正支出、物品の不正持ち出しなどで会社に経済的な損失が生まれることがあります。

【リスクマネジメント】
任せっぱなしは危険です。人は魔がさすこともあります。不正があれば見つかるように定期的にチェックを行うと共に、社員への不正に対する教育が不可欠です。
 

④ 火災

火災の多くは、設備のメンテナンス不良や社員の火の不始末、漏電、放火などが原因です。一方近年は喫煙者が減少し社員の火の不始末による火災は減少しています。

【リスクマネジメント】
設備のメンテナンス不良や漏電による火災は、ある意味人災です。定期的な設備点検を行う、延長コードを使用しない、使い終わった機器のコンセントは抜いておく、コンセントや機器の周りのほこりは取り除くなど基本的な防止策を徹底します。

さらに火災発生時に迅速な初期消火ができるように、消火訓練を行います。そして必要な場合は
ためらわず消火器を使用できるように「消火器を使用した者を褒める」ようにします。

図8 消火訓練
図8 消火訓練


 

⑤ 通信障害

2) の災害で発生することもあります。有線の電話回線、無線の携帯回線が不通の場合、業務がどうなるのか、あらかじめ検討します。そういった場合も出社するのか、業務は継続できるのか等、万が一に備えた対策を講じておく必要があります。

【リスクマネジメント】
オフラインでできることと、オンラインでなければできないことを事前に洗い出しておきます。もし事前に準備を刷ればオフラインでも業務ができるのであれば、オフライン化を検討します。
 

⑥ インフラ故障

2) の災害で発生することもあります。トラブルで電気、水道、ガスが止まった場合、業務が遂行可能か、事前に検討しておきます。
 

災害

① 地震

後述のBCPでも詳しく記載します。広域災害のため、従業員とその家族の安全が優先されます。時間帯によって、出社すべきか、帰宅すべきか、判断が必要になります。また工場の被害が大きいと復旧に時間がかかります。

【リスクマネジメント】
BCPを策定します。その中で、優先すべき事項、そして出社待機すべき条件、早期退社すべき条件を決めておきます。
 

② 水害(大雨、台風、津波)

地震と同様、広域災害として対応します。特に局地的な豪雨により一時的に交通がマヒすることがあります。定時で退社したために道路が冠水して、水没や亡くなることもあります。豪雨が予想される場合は、早期退社するなど、社員の安全を優先するようにします。
 

③ 他 突風、雪害、噴火、異常低温・高温
突風(竜巻)、雪害、噴火、異常低温、異常高温により、工場や業務に支障が出る可能性があれば、検討しておきます。
 

品質問題

不良品が発生した場合の対処方法は、多くの企業ではルールが決まっています。もし責任者やリーダーが不在の場合は、どのように対処するか決めておきます。また社内で発生した不良は報告されないことがあるので、社内不良も報告するルールを策定しておきます。
 

情報漏洩

個人情報、顧客情報、営業秘密(図面、ノウハウも含む)

顧客の個人情報を扱う企業は個人情報の管理(規定)が必要です。また必要であれば顧客(企業)の情報も「営業秘密」として管理しなければなりません。同様に必要であれば、顧客の図面や支給品、自社の図面や治具などのノウハウも「営業秘密」として管理します。

【リスクマネジメント】
「盗もうと思う人間」に「盗めないように対策する」のはとても大変です。お金がかかり、日常業務の効率も低下します。

そこで「盗めないように対策する」よりも、「盗もうと思わないように教育すること」が大切です。

ただし簡単に盗めないような管理は必要です。もし魔がさして盗んだとしてもすぐに発覚するような管理体制を構築します。機密事項を機密として管理していなければ、機密を漏洩した社員を刑事告発できません。
 

SNSの書き込み

SNSの利用規定を策定し、業務に関する情報をSNSに上げないよう社員に教育します。

図9 内容によっては炎上も…
図9 内容によっては炎上も…


 

労務

① 長時間残業、過労死、健康問題(身体、心)

定期的な残業時間管理を行い、一部の社員だけが長時間残業にならない配慮をします。もし残業時間が多い場合は代休や振替休日を活用します。メンタルヘルスは周りからはわかりにくいため、本人から言いやすい仕組みも必要です。

【リスクマネジメント】
社員の残業時間の上限を規定します。上限が決まってなく、本人の判断、あるいは直属の上司の判断で長時間労働になるようであれば、そのような環境は改善します。
 

② セクハラ、パワハラ

セクハラ・パワハラは、会社の評判に大きく影響します。また訴訟問題に発展することもあります。

【リスクマネジメント】
セクハラ、パワハラに対するルールを決めて、社員教育を行い、ルールを運用します。セクハラ、パワハラは社員からは言い出しにくいため、告発制度を設けます。
 

③ 問題社員と不当解雇訴訟

問題のある社員を解雇した結果、不当解雇で訴訟されることがあります。

【リスクマネジメント】
解雇ルールを就業規則に入れ、社員に通達します。
 

情報システム

① システムトラブル、通信障害

自社のシステムがトラブルを起こした場合、あるいは通信障害で自社のシステムが使用できない場合に備え、代替方法を検討しておきます。

【リスクマネジメント】
情報システムの問い合わせ先、担当者を確認しておきます。古いシステムの場合、システムを開発した会社がなくなっていることがあります。
 

② ウイルス感染、ウイルス他者へ感染させた

社員が「ウイルスメールを開封してしまう」、「ウイルスメールを他に転送してしまう」トラブルが起きることがあります。

【リスクマネジメント】
ウイルス感染しないようにメール、WEB使用時のルールを策定します。またウイルス感染が判明した場合の処置を検討しておきます。会社によっては、見知らぬ人からのメールはすべて削除すると決めている会社もあります。
 

③ データ消失

データ消失により業務が停止、過去の資産を喪失することがあります。

【リスクマネジメント】
定期的なバックアップ(PC、データベース、サーバーのデータ)を行います。クラウドサービスを使用してクラウドにデータがある場合もバックアップを取るようにします。
 

知的財産

「ホームページや社外へ発信する文書が著作権を侵害してしまう」、「自社の製品やサービスが他社の商標や特許を侵害してしまう」などです。

【リスクマネジメント】
社員に著作権や商標などの知財教育を行います。ホームページやパンフレットが著作権のルールに抵触していないか確認します。画像はフリー画像を使用せず、購入します。
 

関係者とのトラブル

近隣住民とは同じ圏内で生活するため、トラブルになることがあります。会社から出る騒音のクレームや排気(炉や塗装設備など)や排水等の環境問題、配送車の路上駐車や社員の交通マナーなどがトラブルの原因として挙げられます。

【リスクマネジメント】
騒音、排気、排水は定期的に測定し、環境基準を満たすことを確認します。路上駐車は納入業者に文書で通達し、社員に交通マナーを教育します。近隣住民の代表者(町内会など)と定期的に連絡を取るようにします。
 

BCPについて

BCPとは

災害など緊急事態における企業の事業継続計画(Business Continuity Planning)を意味します。BCPの目的は自然災害やテロ、システム障害など危機的な状況に遭遇した時に損害を最小限に抑え、重要な業務の早期復旧を図ることです。内閣府は、2005年公表の「事業継続ガイドライン」でBCP策定を強く推奨しています。

BCPの構成

詳細は、中小企業庁ホームページ「中小企業BCP策定運用指針」を参照してください。

  • 基本方針
  • BCPの運用体制 組織と担当者

中核事業と復旧目標 中核事業の情報 売上、顧客、復旧時間
事業継続に係る各種資源の代替
代替生産する工場、応援要員、資金、必要な情報(プログラム)

  • 財務診断と事前対策計画 財務診断、保険、対策のための投資
  • 緊急時におけるBCP発動
  • 発動フロー 活動チェックと実施内容メモ書き
  • 退避 避難計画シート
  • 情報連絡 主要組織の連絡先、従業員連絡先、通信手段、主要顧客情報
  • 事業資源 中核事業に係るボトルネック資源、必要な供給品、供給業者、災害対応用具
  • 地域貢献 地域貢献活動チェックリスト

 

 

BCPの活用

国がマニュアル、書式をすべて提供しており、内容もシンプルにまとめられています。
災害時、迅速な対応ができるように、また必要な資金を計算し、不足すれば保険を活用できるよう、BCPを各企業が活用していく必要があります。

マニュアルは紙ベースになっていますが、緊急時に対応できるように必要なことはカードに小さくまとめる、又はチェックリスト形式にしておきます。

問題は、自然災害は滅多に起きず、大半の企業はBCPを規定しても一度も使うことがないことです。そのため時間の経過とともにBCPマニュアルが陳腐化します。災害に備え、定期的に訓練を行い、いつでも使える状態にする必要がありますが、それはとてもエネルギーがいる作業です。
 

コラム ハドソン湾の奇跡

2009年1月15日、ニューヨーク発USエアウェイズ1549便が離陸直後の渡り鳥の群れに遭遇、両方のエンジンが渡り鳥を吸い込んでしまいました。エンジンは2基とも停止、機体はハドソン湾に不時着水しました。乗客乗員155名は無事救助されました。

図10 ハドソン湾の奇跡(Wikipediaより)
図10 ハドソン湾の奇跡(Wikipediaより)


 

この時、エンジが停止してから不時着水までの時間はわずか3分。その間に、クルーはエンジン再始動を試みましたが、回復は見込めなかったので不時着水の準備に入りました。なぜ短時間にこれだけのことが手際よくできたのでしょうか? 

それはコックピットにエンジン再始動のチェックリストや不時着水のチェックリストが備わっていたからでした。これらのチェックリストは大半の飛行機では使われることはありません。しかし、もし必要な場合には確実に使えるように適切に準備されていました。
 

リスクマネジメントの必要性

このようにみていくと企業には様々なリスクがあります。しかも自然災害よりも確率の高いリスクも多く、こういったリスクに対応するには一般的なBCPでは十分ではありません。

しかもリスクはいつ顕在化するのか分かりません。一度リスクマネジメントを行って自社の経営上のリスクを洗い出し、対策しておけば問題を未然に防止できます。 

その一方、セキュリティ対策などは、何万人もの社員を抱える大企業と数十人の社員の中小企業では大きく異なります。大企業は社員が多く中には問題社員がいる可能性もあるため、不正や情報漏洩できない仕組みが必要です。もし情報漏洩が起これば多額の損失が発生します。そのため、情報漏洩を防ぐためにコストがかかるのは仕方ありません。

しかし、中小企業はそこまでコストをかけられません。また過剰な管理をすれば管理コストが肥大化し、業務効率も低下します。

そのため、信用のおける社員の採用と社員相互の管理を基本とします。信用のおける人材を採用し、不正をすればどうなるのか、罰則も含めて教育します。その上で、社員が相互にお互い仕事を見ていて不正な兆候があれば直ちに管理者や経営者に報告するようにします。加えて会社に個人的な恨みを持たないように適正な処遇やコミュニケーションも必要です。
 

想定内の問題を防ぐ

このようにリスクを洗い出してみると、まだまだリスクを減らすことができることに気付きます。

  • 「ルールが決まっていない
  • 「いけないことを社員が知らない」

そのためうっかりやってしまうリスクもあります。こういったことはルールや罰則が決まっていれば防ぐことができます。ルールを作る際はできれば関係する社員にも関与してもらい、アイデアを出すのと同時に

リスクを低減し会社を守るのは社員である」

という自覚を持たせるようにします。
 

想定外の問題への対応

自然災害や事故などは、想定していなかったようなことが起きます。事前に策定した計画通りにはできず、計画があったとしてもうまく実行できません。むしろ災害や事故は想定外のことが起きるのです。
 

自分で考えて行動できる体制

想定外の事柄に対しては、関係する社員が現場で対処しなければなりません。自然災害では、リーダーへの連絡が困難な時もあります。事前にマニュアルがあってもマニュアル通りにできないかもしれません。目の前で起きていることを的確に把握し、正しい判断ができるように普段からトレーニングが必要です。
そして正しい判断をするためには、元となる方針が必要です。
 

BCPの参考書には、基本方針に

  • 人命(従業員・顧客)の安全を守る
  • 自社の経営を維持する
  • 供給責任を果たし、顧客からの信用を守る
  • 従業員の雇用を守る
  • 地域経済の活力を守る
  • 社会からの要望に応える

という例が掲載されていますが、

優先順位がありません。

実際はどれかを優先し、どれかを犠牲にしなければならないのです。緊急時は時間も資源も限られています。

その中でどれを優先し、どれを切り捨てるのか、これが危機的状況において本当に必要な方針です。

 

参考文献

「戦略思考のリスクマネジメント」企業広報戦略研究所 著 日経BPコンサルティング
中小企業庁ホームページ「中小企業BCP策定運用指針」

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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なぜ人は忘れるのか、記憶のメカニズムと特徴 https://ilink-corp.co.jp/7823.html https://ilink-corp.co.jp/7823.html#respond Wed, 25 May 2022 03:08:01 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=7823
【コラムの概要】

人の記憶はコンピュータと異なり、忘れたり変質するため、事故や不良の原因となる。記憶には感覚・短期(ワーキングメモリ)・長期の種類があり、それぞれ保持期間や特性が異なる。特に長期記憶も変容し、経験や状況により誤った記憶が形成されることも。ヒューマンエラーを防ぐには、外化やリハーサル、チャンク化などで記憶を助け、手順書やチェックリストを活用し、記憶に頼らない対策が重要である。

日常の様々な活動は、まず対象を認識し、それに対してどのような行動をとるのか頭で考え、そして行動します。その際、一度認識したことを頭にとどめておくのが記憶です。

ところが人の記憶はコンピュータのメモリと異なり、忘れたり変質します。これが時には大きな事故や不良を引き起こします。

では記憶はどのようなメカニズムで行われ、どのような特徴があるのでしょうか。記憶について考えます。
 

記憶の種類と特徴

記憶のメカニズム

記憶は保持時間の長さによって感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3種類に分類されます。1968年アトキンソンとシフリンは「感覚情報が感覚記憶において瞬間的に保持され,その中の一部が短期記憶で短時間貯蔵されます。短記憶で保持された情報のー部は長期記憶に送られ、長期記憶に貯蔵された情報は必要に応じて検索され,取り出される」としました。

図1にアトキンソンの2貯蔵庫モデルを簡略化したものを示します。

図1 記憶のプロセスモデル
図1 記憶のプロセスモデル


 

聴覚や視覚など感覚器官が受けた刺激は、各器官からの感覚記憶としてしばらく保持されます。例えば聴覚に刺激を受ければ音声、視覚が刺激を受ければ視像として保持されます。

この刺激は数分の1秒から数秒は保持されますが、私たちはその内容に気付きません。感覚記憶の情報の中から注意(意識を向けた情報)のみが短期記憶へ送られます。
 

意識を向けた情報は短期記憶に送られ、それに対して私たちは判断します。短期記憶の保持時間は短く、長くても10~15秒程度です。私たちの日常活動の大半は短期記憶で行われます。判断が終われば記憶は次々と消えていき、後からは思い出せません。

短期記憶にある情報のうち繰り返し使われる情報は長期記憶に保管されます。長期記憶の保持期間は長く、一生忘れないものもあります。
 

例えば、車を運転する時、視覚に次々と様々な景色が入ってきます。これらは感覚記憶で順に保持されますが、本人はその情報を意識しません。ただ信号機の色は必要な情報なので注意を振り向けます。前方の信号機の色を見て、走行するか停止するか判断します。この信号機の色は短期記憶で保持されます。次々と信号機を通過するため、短期記憶は順次消失し、これまで通過した交差点の信号機の色はもう思い出せません。この目的地までの道のりは何回も行くと記憶します。これは長期記憶に保存され長期間保持されます。
 

感覚記憶

聴覚、視覚など感覚器官が音や光などの刺激を受けた時、それを一時的に保管するのが感覚記憶です。例えば音など聴覚の刺激はエコーイック・メモリと呼ばれる感覚記憶に保存され、光など視覚の刺激はアイコニック・メモリと呼ばれる感覚記憶に保蔵されます。 

感覚記憶は、視覚、聴覚以外にも味覚や嗅覚,皮膚感覚など各感覚器官に存在します。保持時間はエコーイック・メモリで1秒前後、アイコニック・メモリで0.5秒前後です。感覚記憶は、感覚知覚の情報処理との境界があいまいなため記憶に含めないこともあります。 

短期記憶(ワーキングメモリ)

感覚記憶に入る多くの情報の中から、注意を向けたものだけが短期記憶に保存されます。一方近年は短期記憶をワーキング・メモリリ(作動記憶)と呼ぶこともあります。

従来の記憶モデルは,感覚記憶から取り出された情報は長期記憶に送られる前に短期記憶に短時問保持されると考えられていました。しかし短期記憶には感覚記憶によって外の世界からはぃってきた情報だけでなく、長期記憶に保管されている情報を引き出すこともあります。

そこで短期記憶に代わるより広い概念としてワーキング・メモリが提唱されました。このワーキング・メモリは図2に示すように中央実行部と音声ループ、視空間スケッチパッドの3つの部分から構成されています。

図2 ワーキング・メモリの構造
図2 ワーキング・メモリの構造

音声ループは言語的音声を扱い、視空問スケッチパッドは視覚的な空間イメージを保管します。これらの情報を利用して中央実行部が複雑な認知処理を行います。

短期記憶の記憶容量は少なく、成人で数字の7桁±2桁と言われています。これは数字も文字も変わらず、アメリカの認知心理学者ジョージ・ミラーはマジカルナンバー・セブンと呼んでいます。しかし実際には数字を7桁も覚えられない人もいます。2001年にミズーリ大学のネルソン・コーワン氏は「4±1」が正しいマジカルナンバーと発表しました。

① ワーキング・メモリの成熟は高次の思考と関係

2013年オスロ大学のノルウェーのクリスチャン・タムネスらは8~22歳を対象にワーキング・メモリの成熟について調査し、その結果、脳の特定部位の変化がワーキング・メモリの向上に関係していることが判明しました。

短期記憶が発達すると前頭頭頂ネットワークが成熟します。短期記憶は高次の思考(前頭葉)を扱う能力と密接なかかわりがあり、その能力は幼少期から成人にかけて年齢とともに向上します。脳領域のネットワークが発達するに従い短期記憶の容量も増えていきます。 

人の脳は4つの領域に分けられ、脳の上部に位置する頭頂葉は知覚情報と言語の統合を担い、短期記憶に欠かせない領域です。前頭葉は脳の前部に位置し、思考、計画、論理的思考など高次の認知機能を司っています。
前頭葉のすぐ前にある前頭前皮質は複合思考を担い、複雑な行動の計画や意思決定などに関係しています。

図3 脳の構造 (Wikipediaより)
図3 脳の構造 (Wikipediaより)

② 短期記憶から長期記憶に移動するのではない

アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデル以来、認知した内容は一旦短期記憶に保存され、それから長期記憶に向かうと考えられていました。しかし短期記憶の容量は7桁(5桁)しかありません。短期記憶に保存された情報だけを長期記憶に保存すれば長期記憶の情報量は非常に小さなものになってしまいます。むしろ短期記憶は「今意識されていること」と考えます。

感覚器官が受け取った情報の中から、いくつかの情報はそのまま長期記憶に保存されると考えます。ただし感覚器官から直接長期記憶に保存された情報は、意識していないと思い出すこと(検索すること)ができません。しかし何度もリハーサルを行って長期記憶から取り出せば、取り出しやすくなります。
 

③ リーディングスパンテスト

リーディングスパンテスト(RST : reading span test)は、数字や単語を記憶する一般的な記憶テストと異なり、文を幾つか読んでもらってその中の 1 単語を記憶するテストです。図4の表にその例を示しました。

図4 リーディングスパンテスト(例)
図4 リーディングスパンテスト(例)


このテストでは文を読むことに注意しながら、下線が引かれている言葉を記憶しなければならないため、会話や本を読みながら内容を記憶することに近いテストです。RSTの評価は他の記憶テストよりも読解力との相関が高いことがわかっています。RSTのスコアが高い人は、文章を読解中に記憶すべきものとそうでないものに、注意をうまく配分しています。

こうした注意の配分はワーキング・メモリを制御している中央実行系によるものと考えられています。タスク処理能力の高い人とそうでない人の違いは、この中央実行系の違いによりRSTで評価できます。  

④ サブリミナル効果

サブリミナル効果は、視覚、聴覚、触覚の潜在意識に刺激を与えることで得られる効果のことで、心理学や軍事などで研究されてきました。

有名なのは1957年アメリカのジェームズ・ヴァイカリーが、映画の上映中知覚できない短い時間「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」という映像を入れると、コカコーラの売上が57%、ポップコーンの売上が18%アップしたと発表したことです。しかしその後の実験では同様の効果は認められず、後年ヴァイカリーは実験をでっち上げたと語っています。

現在サブリミナル手法は、アメリカ、日本など各国で禁止されています。

長期記憶

一旦長期記憶に保管された情報は、永久的に保持されるものもあり、その容量も無限大と考えられます。短期記憶がいつでも取り出せる活性化した状態の記憶に対して、長期記憶は毎回思い出す必要のある非活性状態の記憶です。 

① 長期記憶の仕組み

感覚記憶から受け取った情報は、電気信号として短期記憶、そして長期記憶に送られます。長期記憶をつかさどる脳の海馬では脳の神経細胞(ニューロン)同士の接合部「シナプス」で神経細胞同士のつながりが強くなります。信号の伝達効率が高くなり、これにより記憶が保存されます。

これは時間とともに強化され「長期増強 (LTP Long-term potentiation」と呼ばれます。

一方加齢により神経細胞同士のつながりが弱くなると情報を取り出しにくくなります。短期記憶の情報を長期記憶に保存する方法がリハーサルです。

② リハーサル

試験勉強で忘れないようにするため何度も口に出したり書いたりすることです。このリハーサルには、維持リハーサルと精緻化リハーサルがあります。 

維持リハーサルは意識から消えないように情報を短期記憶にとどめておくだけで長期記憶には移動しません。長期記憶に保存するためには、繰り返すだけでなく,情報を能動的に分析し,すでに貯蔵されている情報に関連付けたり、イメージ化する必要があります。これを精緻化リハーサルと呼びます。単語のような単純な情報を繰り返し音読しても、それは維持リハーサルなので短期記憶にとどめ置かれ、リハーサルの効果が薄れると忘れてしまいます。

リハーサルで短期記憶から長期記憶へ移行する際、リハーサルの回数が多く、注意の大きい情報(印象が強烈な情報)ほど、脳はより重要な情報と判断し、長期記憶に定着する確率が高くなります。

生存するために脳が脅威と感じる経験や生命に関わる情報は短期間に吟味され長期記憶へ移行します。これは人類が環境の変化に適応するために、脳が情報の取捨選択を暗黙の裡に行っているからです。テスト勉強などで記憶しなければならない時、短期間に何度も繰り返して脳に重要な情報と思わせると早く記憶します。

③ 符号化と想起

記憶には、符号化 (記銘) ・保持・想起の3つの過程があります。

【記銘(符号化)】

感覚刺激を認知や記憶のための意味のあるものに変換する作業です。例えばレストランで店員から聞かれた場合、聴覚からの情報は「オノミモノハナニニシマスカ」ですが、これを符号化すると「お飲み物・は・何・に・しますか?」となります。そしてそれぞれの意味を理解し記憶します。従って意味の分かる母国語の記憶は容易ですが、意味の分からない外国語は記憶が困難です。 

この符号化には意図して行う顕在的な符号化と、意図しないで行う潜在的な (偶発的) 符号化があります。私たちの日常生活では、意図して記憶する顕在的な符号化より、意図しないで記憶する潜在的な符号化の方が多いといえます。ただし再生が確実なのは意図して記憶した情報で、詳細かつ正確に記憶しています。また記憶の仕方によっても差があります。

例えば単語を文字として記憶した場合、音声も併せて記憶した場合、意味も含めて記憶した場合の3つでは、意味も含めて記憶した場合が最もよく記憶されました。意味も分からずひたすら暗記する方法は効率がよくありません。

【保持(貯蔵)】

脳は符号化された意味情報を保持します。この符号化の際、知識は人それぞれ異なるため、情報が切り捨てられたり、付け加えられたりします。その結果、同じ情報を与えられても保持される情報が人により異なります。

【想起(検索)】

保持されている記憶が呼び起こすことで、想起の仕方は以下の3つがあります。

  • 再生 : 保持されている記憶がそのままの形で再現
  • 再認 : 以前経験したため、「経験した」として認識
  • 再構成 : 保持されている記憶をいくつか組み合わせて再現

「名前がなかなか思い出せない」というのは、記憶しているが想起ができない状態です。あるいは思い出す状況によっては元の記憶と相反する記憶を学習する消去学習を行うこともあります。刑事裁判で自白の信ぴょう性が問われることがありますが、これは取り調べ中に消去学習が行われることがあるからです。

また記憶した時の味やにおいで思い出すこともあります。これは情報が符号化される状況と、その情報を検索する状況が一致していると、検索の効率が高くなるためです。これは符号化特性原理と呼ばれます。

④ チャンク化

容量の少ない短期記憶に多くの情報を保存する方法がチャンク化です。例えば12桁の数字を記憶する場合、345264571074を一度に記憶するのは大変です。そこでこの数字を4桁の数字の組合せで記憶します。3452 6457 1074個とすると理解しやすく、記憶しやすくなります。この4桁の数字がチャンクです。

数字以外にもメニューなどの名詞もチャンク化できます。英単語もいくつかのグループに分けて記憶すれば、バラバラに記憶するよりも効率がよくなります。あるいは覚えたいことを階層状に図式化するのもよい方法です。   (メモリーツリー)

⑤ 長期記憶と短期記憶を持っているのは人だけでない

すべての動物に長期記憶と短期記憶があり、過去のことを忘れてしまう逆向性健忘症を起こします。また哺乳類だけでなく虫や魚も長期記憶があり、長期記憶はゆっくりと形成されます。記憶をゆっくりと形成することで、それを経験として役立てる際に都合がよいことがわかっています。

⑥ 患者H.M

患者HM氏は、26歳の時、難治性てんかんの治療のため、脳の両側の内側側頭葉の一部分を切除しました。その結果、短期記憶は正常でしたが、短期記憶の情報を長期記憶に転送できなくなり、長期記憶ができなくなりました。新しく運動を学習することはできましたが、新たな運動をしたことを思い出せませんでした。

このことから短期記憶、長期記憶は脳の異なる場所に形成されることがわかり記憶についての研究が大きく進みました。

人はどうやって思い出すのか

① プライミング効果

プライミング効果とは、以前に経験・取得した情報が、後から得た情報に無意識に影響を与えることで、プライムには「入れ知恵をする」という意味があります。あらかじめある事柄を見聞きしておくと、関連した別の事柄が想起しやすくなります。例えば見知らぬ人でも毎日通勤電車でみかけていると、混雑している街中でもその人物を容易に見つけられます。

② 忘れない方法 外化

外化は、頭の中にある情報を頭の外に出すことです。具体的には、口に出したり、書いたりします。これによって以下のような効果があります。

  • 短期記憶の負担が軽くなり、その分他の処理作業に認知資源を振り分けられる
  • 外化された内容を再度人力することで、頭の中での処理プロセスを確認できる
  • 思考を他の人と共有でき、これにより課題解決の質が高まって、処理速度が速くなる
【外化の方法1 口に出す】

考えや行為を口に出すことで、行為に意識を集中できるようになります。これは指差と合わせて指差呼称として現場で広く行われています。

【外化の方法2 からだを動かしてみる】

手や腕など体の一部を動かすことで意識を集中する方法です。例として指差確認があります。また漢字の書き順を確認する時などは、空間に指で字を書く空書を行います。

【外化の方法3 書く】

授業をノートに取るなど古くから行われている方法で、課題解決など思考場面で認知機能の補完としてよく使われます。しかし時間がかかるため現場ではチェックリストの記入など使われる場面が限られています。

③ 系列位置効果(serial position effect)

順番に情報が提示されると時、その順番により記憶のしやすさが異なります。

【初頭効果】

最初に提示されたものが記憶されやすいことです。はじめに提示された項目は、 それより後の項目が提示されている中
に余分にリハーサルを受けることができます。そのため、符号化がより進みます。被験者が声を出して読み上げると、はじめに提示した内容はリハーサル回数が多く再生率が高いことが実験でわかりました。

【新近性効果】

新近性効果とは、終わりに提示される項目は再生するタイミングに近いため記憶されやすいことです。従来は短期記憶の効果によるものと考えられていました。しかし再生までの時間を長くしても新近性効果が現れることがあり、これは検索のされやすさに違いがあるためと考えられています。
 

様々な長期記憶

長期記憶には、言葉で表現できる言語的な情報(言語的な記述・事実・意味)「宣言的記憶(陳述記憶)」と、言語と無関係に無意識的な行動や思考の記憶「非宣言的記憶(非陳述記憶)」があります。

図5 長期記憶の区分
図5 長期記憶の区分

前者はイメージや言葉としてその内容を頭に浮かべる(想起する)ことができ、言葉で述べること(陳述する)ができ、事実や経験に関わるものです。非宣言的記憶は言葉によらない記憶で、代表的なのが手続き記憶です。これは技能や動作など「体で覚えている」記憶です。

① 宣言的記憶 (または陳述記憶)

【意味記憶】

「意味記憶」は知識に相当し、一般的な知識や教養など普遍的な事実に関するものや用語の定義や客観的な知見などです。「リンゴ」といえば皮が赤い冬の果物ですが、「リンゴ」という言葉は意味記憶です。勉強で得られる知識の大半は意味記憶です。

意味記憶に関わる脳の部位は側頭葉で、例えば側頭葉前方部が局所的に萎縮すると、単語、物品、人物などの意味理解が選択的に障害される意味認知症が生じると報告されています。

【エピソード記憶】

自分の経験や思い出など、身の回りで起きた出来事に関する記憶が「エピソード記憶」です。例えば、「いつどこで誰と何を食べ、美味しかった、楽しかった」という記憶です。

記憶の特徴として、意味記憶よりもエピソード記憶のほうが、長期記憶に移行しやすい点があります。また意味記憶と比較し、エピソード記憶の方が再生しやすい特徴もあります。そこでイメージで記憶すると長期記憶に保持されやすくなります。イメージすることは、想像のなかで体験することで、エピソード記憶とつながるため、取り出しやすくなります。

② 非宣言的記憶

非宣言的記憶とは意識上に内容を想起できない記憶で、言葉で表現することが困難な記憶です。非宣言的記憶には「手続き記憶」、「プライミング」、「古典的条件付け」、「非連合学習」などが含まれます。これらの記憶は人が動作を正確かつ効率的に行うのに役立ちます。

【手続記憶】

手続き的記憶は代表的な非宣言的記憶で、体で覚える記憶です。これには技能や習慣などが含まれます。

手続記憶は同じ経験を反復することで形成され、一旦形成されると自動的に機能し、長期間保持されます。自転車の乗り方などはわかりやすい一例です。練習するまでは乗れなかったのに、一度乗れるようになると長い間乗らなくても再び乗ることが出来ます。他に、水泳、スキーや柔道などのスポーツにおける体の動き、楽器の演奏、身近な所では箸や鉛筆の使い方などがあります。
 

手続記憶は海馬や側頭葉ではなく、小脳や大脳基底核が関与していると考えられています。大脳基底核は体の筋肉を動かしたり止めたりするといった大雑把な動きの記憶に関与します。小脳は筋肉の動きを細かく調節し、バランスを保ちつつ動くための情報の記憶に関与します。手続き記憶の獲得には前頭葉の前補足運動野が、記憶に基づく運動の実行には補足運動野が役割を担っています。

アルツハイマー患者は、エピソード記憶を保持することができなくなりますが、手続記憶はかなり長い間保たれています。これは「宣言的記憶」と「手続き記憶」で記憶のメカニズムや関与する脳の部位が異なるからです。認知症がかなり進行して昔の出来事は覚えていなくても、昔覚えた楽器の演奏はできます。

③ 階層的ネットワークモデル

コリンズとキリアンは1969年に意味記憶のモデルとして階層的ネットワークモデルを提唱しました。想起する際は、ノード間のリンクをたどって情報の検索が行われ、経由するリンクが多くなれば検索する時間を要すると仮定しました。またコリンズとロフタフは1975年に関連する意味の系列に沿ったネットワークモデルを提唱しました。1つの概念同士が対応していて、意味が関連する概念同士がリンクで結ばれています。このモデルはさらに意味のネットワークに加えて語彙のネットワークがあります。

図6 コリンズとロフタスのネットワークモデル
図6 コリンズとロフタスのネットワークモデル
図7 意味ネットワークと語彙ネットワーク
図7 意味ネットワークと語彙ネットワーク

④ 潜在記憶と顕在記憶

潜在記憶は、無意識にできる動作や反射的に思い出す記憶など、内容を特に意識していない記憶のことで、非陳述記憶、非宣言的記憶とも呼ばれています。

その中で、「家から最寄り駅までの道」のように意識せずに繰り返されてきた動作の記憶を「手続記憶」、自分の意思と関係なく思い出す記憶を「プライミング効果」「古典的条件付け」と呼びます。潜在記憶で行われる行動は、意識を行動にほとんど向けていないため、行動しながら他に注意を向けることができます。運転中の同乗者との会話などはその一例です。

長期記憶の中で自発的に思い出せ、言葉やイメージで表現可能な記憶を顕在記憶といいます。顕在記憶には個人の経験に基づく「エピソード記憶」と、一般的な知識として覚えた「意味記憶」があります。テストの時の勉強内容や旅行の思い出といった本人の意思によって思い出され、言葉やイメージで他者に伝えることができる記憶は顕在記憶です。

顕在記憶は、例えばテスト勉強のように意識的に記憶されるため、内容にゆがみが生じていることがあります。一方、潜在記憶は無意識に記憶されますが、潜在記憶も同様にゆがみがあります。加齢により顕在記憶は低下しますが、潜在記憶はあまり変化しません。

忘却と記憶の変容

忘却

① エビングハウスの研究

心理学者エビングハウスは、自らを被験者として13項目の無意味なつづりのリストを完全に記憶できるまで学習し、その記憶時間を測定しました。その後19分から31日後までの間、時間間隔をおいて再度学習し、学習に要した時間を測定し、最初の時間との差を節約率として計算しました。その結果、24時間後には節約率は34%で、つまり66%は忘れることがわかりました。

しかしその後別の研究者が追試したところ、これほど急激な減少は確認されず、エビングハウスの実験は記憶するリストに問題があったとされています。

② 干渉

忘却の原因として記憶すべきことが似ているために生じる記憶の干渉があります。この干渉には順向抑制と逆行抑制の2種類があります。順向抑制は先に記憶した内容が後から学習する内容の記憶を抑制することです。

先行学習したグループとそうでないグループに対し、同じ内容を学習すると先行学習したグループの方が、記憶が劣っていました。これは先行学習の内容が後の学習内容と干渉したためで、学習内容が似ているほど干渉が強く生じました。逆行抑制とは、順向抑制と逆に後から学習した内容のため、先に学習した内容の記憶が阻害されることです。学習した後、別の内容を学習したグループと何も学習しなかったグループを比較すると、別の内容を学習したグループの方が記憶が劣っていました。

③ 睡眠の効果

1924年ジェンキンスとダレンバックは2人の被験者に意味のないつづりを記憶させ、その後睡眠をとった場合と起きていた場合の記憶の保持量を比較しました。その結果、睡眠をとった方が記憶を高く保持していました。これは干渉が減ることに加えて、記憶の固定化が促進されるためです。

ジャンボーンは被験者にタイピングの学習を行い、その後睡眠を取るとタイピングの成績が向上することを発見しました。睡眠は記憶に加えて運動能力の固定化も促進する効果があります。スポーツをする場合、早く上達するには練習後に昼寝をしたり、午後の練習後は食事、入浴の後はすぐに寝た方がよいようです。

④ もう一つの忘却のタイブ

「思い出すことを忘れる」ことです。聞かれれば必ず答えられるのに、自発的に記憶の検索が行われないため「思い出さない」ことです。これについては思い出す手掛りをタイミングよく与えればよく、思い出す手掛りのことを「リマインダー」といいます。

リマインダーにはふたつあり、思い出す内容に関する「メッセージ」と思い出すきっかけを与える「シグナル」です。覚えておくべきことをノートに書き込むメモがメッセージ、忘れないように必要なタイミングで鳴らすベルがシグナルです。

⑤ 忘れられない男

トルジョーク出身の新聞記者ソロモン・ヴェニアミノヴィチ・シェレシェフスキーは、一語一句正確に記憶することができ、またいつでもそれを思い出すことができました。彼は編集長の勧めでモスクワの心理学者アレクサンドル・ロマノヴィッチ・ルリヤを訪れました。
ルリヤは彼に様々な記憶力テストを行ったところ、彼はどれも完璧に記憶しました。彼は音に色や形を感じたり、文字に色や明暗を感じることができました。五感が強く連結された共感覚を持ち、記憶すべきことを視覚像化して頭の中に定着させました。「記憶術師シィー」として舞台に出て世間の話題となりましたが、長続きせずその後職を転々としました。晩年は膨大な記憶量のため心が混乱するなどの弊害に苦しみ「忘れる」人間に戻りたいと願っていました。

⑥ 驚異的な記憶力 サヴァン症候群

1887年医師ジョン・ランドン・ダウンは、書籍を1回読んだだけですべて記憶する驚異的な記憶力を持った自閉症の男性を発見しました。学習能力は通常で、彼はサヴァン症候群と名付けられました。サヴァン症候群の原因はまだわかっていませんが、自閉症に関連した器質が原因と考えられています。記憶能力の他にカレンダ一計算、数学・数字能力、音楽、美術などに並外れた能力が報告されています。

⑦ 脳トレの効果は

2015年オスロ大学のモニカ・ラーバグは、ワーキング・メモリのトレーニングが有効かどうかを調べるメタ分析を実施しました。このテーマで行われた過去のあらゆる研究を調査し、結果を統計的に分析しました。その結果、どのワーキング・メモリのトレーニングも有意なワーキング・メモリの向上は確認できませんでした。脳トレを続ければ優れたゲーマーにはなっても認知能力が大きく向上することはなさそうです。

記憶の変容

① フラッシュバルブ記憶(Flashbulb memory )

フラッシュバルブ記憶とは、感情が強く喚起される重大な出来事を知ったとき、周りの状況についての鮮明で長期間保持される記憶のことです。「写真のフラッシュを焚いた時のように」鮮明な記憶で1977年ブラウン氏が論文でフラッシュバルブ記憶と呼びました。

例えば2001年のアメリカ同時多発テロや東日本大震災、阪神淡路大震災の時に、自分が何をしていたのか、明に覚えていることです。フラッシュバルブ記憶は大脳皮質下にあるベイペッツの情動回路の中を、情動を伴う記憶が循環するためです。フラッシュバルブ記憶は当事者にはビデオテープのように鮮明な記憶ですが、内容は必ずしも正確ではなく、思い込みから生じた誤りもあります 

② つくられた証言 マクマーティン保育園裁判

1983年にカリフォルニア州のジュディ・ジョンソンは、息子の肛門が腫れていたため、保育園で性的虐待があったと思い警察に訴えました。彼女は保育園の保育士で園長の孫のレイモンド・バッキーを告発しました。
警察は調査のため他の保護者に質問状を送り、また検事は国際児童研究所のキー・マクファーレンに調査を依頼しました。その結果、マクファーレンは360人以上の子どもに虐待があったと発表し、これをKABCテレビのリポーター ウェイン・サッツがセンセーショナルに報道したため、アメリカ中の子供を預けて働く母親の間でパニックが起きました。

子供たちの証言を裏付ける物的証拠はなく、調査を行ったキー・マクファーレンはセラピストの資格がありませんでした。さらに報じたレポーターのサッツと恋人同士だったことが発覚し、事件の信ぴょう性が疑われました。7年に及ぶ裁判の結果、レイモンド・バッキーは不起訴となりました。

③ 精神分析について

フロイトの確立した精神分析療法は、患者に催眠による暗示をかけて過去の経験を想い出すことで治療します。フロイトは、自我を脅かすつらい体験をすると、それを抑圧し無意識に押し込み、神経症を発症すると考えました。そしてそれを具体的に意識し自覚することで神経症を治癒していました。

しかし人は通常は夢で見たことや想像したことと、実際に経験したことを区別できますが、催眠状態ではこの機能が弱くなり、夢や創造したことと本当にあったことの区別がつかなくなります。

また幼児期の記憶は不確かで、心理学者のロフタスは被験者の大学生に「幼児期にショッピングモールで迷子になった」という偽りのエピソードを被験者の幼児期に実際にあったこととして聞かせたところ、被験者はそれが本当にあったと信じました。従って幼児期に虐待があったかどうかは、セラピストなどが幼児本人から聞き出したとしても事実とは限らないのです。

④ デジャビュ

デジャビュ (既視感) は、実際は体験したことがないのに、すでにどこかで体験したように感じる現象です。

原因は、ある経験をしたときに過去の類似の経験が自動的に想起されるからです。この想起された過去の体験と現在が似ているほど強いデジャビュになります。

もうひとつの原因は過去の光景を何度も想起する過程で細部が失われて抽象化し、印象の強い部分のみが典型的な光景として記憶されているからです。そのため今見ている光景がこの体験と強く一致するようになります。実際よくある典型的な写真を見せたところ行ったことがないのに行ったことがあるように誤解しました。

図9 典型性と類似性に基づくデジャビュのモデル
図9 典型性と類似性に基づくデジャビュのモデル

軽視されがちな記憶の問題によるヒューマンエラー

以上のような人の記憶の特徴を考えると、日常作業の大半を記憶に頼って行うことはヒューマンエラーのリスクがあることがわかります。そこでその対策としてできることを以下に述べます。

① 短期記憶に頼る危険

今どの作業を行っているのか、多くの現場ではモニターがありません。途中で作業を中断した場合、どこまで進んだかは作業者の記憶に頼っています。一方その記憶は短期記憶のため容易に消去や変容します。そこで記憶に頼らない方法にします。

現場でのコミュニケーションは口頭で行われます。相手は聞いた内容を記憶し、作業に反映させますが、ここで記憶が欠落したり変容したりします。

伝達内容は口頭だけでなく、メールや紙媒体を併用します。

② 記憶を助ける

記憶する場合、効率よく記憶するため以下の取組を行います。

【リハーサル】

複数回復唱します。複数回行うことで、リハーサル効果が生じ記憶の保持時間が長くなります。加えて複数回行うことで確認回数も増えます。

【精緻化】

認知すべき内容、記憶すべき内容を具体的に意味づけします。特に数字や記号の場合、数字や記号の意味を伝えて、単なる記号以上のものにします。

【チャンク化】

数字であれば、4桁のグループに分けます。記録や読み上げも4桁ごとに行います。他の情報も3~4個のかたまりにチャンク化し、記憶します。

③ 長期記憶は変容する

長期記憶に保管された内容も時間の経過とともに、内容の欠落や変容が起きます。特に作業指示は、指導者から作業者に伝達する過程で内容が変質します。さらに指導を受けた作業者の記憶が欠落や変容を起こします。

これを防ぐためには

作業手順書を整備し、文書により伝達

します。さらに指導者は作業者の作業を定期的に確認して、指導した内容が適切に実行されているか確認します。

④ たまに行う作業

普段は行わずたまに行う作業は、作業する者は長期記憶から作業内容を検索し、思い出しながら作業を行います。作業中はこの思い出すことに認知資源が多く使われ、作業自体への注意がおろそかになります。さらに思い出す過程の中で、作業内容が変容することもあります。

そこでたまに行う作業こそ、

作業手順を記載したチェックリストを用意し、チェックリストに基づいて作業すること

で、作業自体に意識を集中することができます。これにより不注意によるミスを防ぎ、チェックリストに基づいて行うことで確実に作業ができます。

参考文献

「記憶・思考・脳」 横山詔一 渡邊正孝 著 新曜社
「認知心理学」 仲真紀子 編著 ミネルヴァ書房
「認知心理学」 海保博之 編 朝倉書店
「記憶」 前野隆司 著 ビジネス社
「脳とワーキングメモリ」 芋坂直行 編著 京都大学出版会
「記憶と情動の脳科学」 ジェームズ・L・マッガウ 著 ブルーバックス
「対話で学ぶ認知心理学」 塩見邦雄 著 ナカニシヤ出版

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