【製造業の値上げ交渉】19. 国の支援策とその活用方法
製造業の場合、中小企業の取引先が大企業の場合も多く、発注側と受注側、大企業と中小企業という立場の違いから、不利な条件で受注することもあります。
これは国も問題と考え、様々な支援策を提供しています。
これは、どのようなもので、どう活用すればよいのか?
国の支援策とその活用方法を説明します。
国の支援策
国の支援策は以下のようなものがあります。
◆法律
下請代金支払遅延等防止法 (以降、下請法)
◆ガイドライン等
下請適正取引等の推進のためのガイドライン (以降、ガイドライン)
価格交渉ノウハウ・ハンドブック (以降、ハンドブック)
下請法は、発注先がやってはいけない禁止事項が決められ、違反した場合は、公正取引委員会からの勧告や罰金が定められています。
【報告があった場合】
中小企業庁にも確認しましたが、もし理不尽な要求や問題行動の報告が中小企業からあっても、中小企業庁や公正取引委員会が直ちにその企業に調査に入ることはないそうです。彼らは日頃からこうした情報を収集し、問題のある報告が多い企業に対して時機を見て調査に入るそうです。従ってどの仕入先から報告があったため調査に入ったかはわかりません。
一方、ガイドラインは、罰則はありませんが、ガイドラインに反する事例が多い取引先は、「価格転嫁に消極的な企業」として経済産業省が実名を公表することがあります。公表される企業にはよく知られた大企業も多く、そこで「価格転嫁に消極的な企業」として公表されることは、その企業にとってイメージダウンになります。
どのように活用するのか?
下請法の違反事例やガイドラインに反する行為は、受注先の中小企業が報告しなければわかりません。
こういった取引先の問題行為は、取引先企業の方針だけでなく、担当者個人の行動の問題の場合もあります。
個々の取引おいて理不尽な要求を公正取引委員会に報告して、すぐに是正してもらうのは難しいかもしれません。
しかし取引先の問題行動を各社が報告することで、経済産業省が実名を公表したり、公正取引委員会が勧告したりします。これによって理不尽な要求や優先的地位の濫用が減少し、公正な取引の実現に向かいます。
そのためには、取引にかかわる中小企業の関係者は、法律やガイドラインを読んで「どのような要求が下請法やガイドラインに抵触するのか」理解しておく必要があります。
下請法やガイドラインは、立場の弱い中小企業が自らを守るための武器なのです。
詳細は、国の資料を見ていただくとして、以下に簡単に概要とポイントを説明します。
下請法
親事業者が下請事業者に製造やサービスを委託した時に、親事業者の義務と禁止事項を定めた法律です。
違反すれば、罰金や公正取引委員会の勧告措置が定められています。勧告措置を受けた場合、違反した企業は、社名、違反内容がホームページで公開されます。
この下請法には図1に示すように4つの義務と11の禁止行為が定められています。
下請法のポイント
詳細は下請法を読んでいただくとして、実務上で問題となりがちな点を説明します。
発注書面の交付義務
「委託後、直ちに、給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法等の事項を記載した書面を交付する義務」のことです。
発注は注文書など書面で必ず行い、注文書には発注単価が記入されていなければなりません。
これは良い面と悪い面があります。
◆良い面
単価の取り決めなしで注文を受けて、実際は低いお金となることを防ぐことができる。受注した時点で単価が低すぎれば交渉できる。
◆悪い面
納期がないので図面だけでもFAXで送ってもらってつくりたいが、注文書が発行できないからと図面を送ってもらえない。
このように不便な面もありますが、仮単価でも金額が入ると、それが基準になってしまいます。そこでできるだけ金額を決めて受注するようにします。
受領拒否の禁止
「下請事業者に責任がないにもかかわらず、給付の受領を拒むこと」です。
仕入先が納期を守るために、手配に時間がかかる部材を自らの判断で先行手配することがあります。本来は顧客から書面で内示をもらうべきですが、内示の数だけでは不足する場合、仕入先が先行手配を上積みすることもあります。同様に仕入先が自主的に在庫を持つ場合もあります。
順調に受注があればよいのですが、顧客がモデルチェンジや設計変更を行い、その部材が不要になると問題になります。
ガイドラインでは
「顧客から『参考情報』として提示された場合でも、それが実際の部材手配や製造着手につながる場合は、事実上の発注とみなされる」
と書かれています。もし大量の部材を抱えてしまった場合、引き取ってもらわないと経営に影響しますが、ガイドラインを示して引取りを求めるのはなかなか大変です。
そこで先行手配や在庫を持つ場合、顧客と打合せし、「『参考情報』を元に先行手配をする」旨の議事録をつくり顧客のサインをもらいます。もしサインが拒否されれば「リードタイムはこれだけかかるのだから、それ以上の短納期は無理だ」ということを書面に残します。
下請代金の支払遅延の禁止
「支払代金を、支払期日までに支払わないこと。」
月末締の翌月払いの企業も多くなり、検収さえ上がれば支払いはスムーズになってきました。
問題は検収がなかなか上がらない場合です。
特に装置や金型などは、納品しても顧客が生産を立ち上げて問題ないことが検収の条件になっています。中には納入しても問題の解決に何か月もかかり、それまで検収が上がらずお金が支払われないということもあります。
問題の原因が曖昧なこともあり、顧客は良品でなければ検収を上げられないと主張します。
こうした場合、金額の高いものは顧客と契約する際に進捗度に応じて何割かを支払ってもらう方法があります。
建設業では工事代金が大きく、業者へ支払いしなければならないあるため、この方法が一般的です。ただし最後の何割かの支払いは、完成・引き渡しが条件です。
このような方法を取れば資金的に楽になりますし、顧客も検収を上げるまで支払いは残るので安心できます。
買いたたきの禁止
「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」です。
「通常支払われる対価」とは、「その下請事業者の属する取引地域において一般的に支払われる対価」を指します。
著しく低い下請代金が解釈によって変わりますが、ガイドライン、ハンドブックでは、
- 一方的な指値
- 一律・一定率での発注価格の減額(コストダウン要請)
- 材料費・加工費・人件費などのコスト増加を無視した価格据え置き
などが挙げられています。定期的な原価低減で、カイゼンのネタがないのに一方的に価格を引き下げることは、買いたたきに該当します。
不当なやり直しの禁止
「下請事業者に責任がないにもかかわらず、給付の内容を変更させたり、給付をやり直させること」です。
この例として、合否判定が曖昧な傷や外観について、一方的に「傷があるものは不良だから受け取れない」とされる場合や、顧客の事情で手直しを依頼されたが、その費用を支払われない場合などです。
下請適正取引等の推進のためのガイドライン
親事業者と下請事業者の間の取引において「望ましい事例」と「望ましくない事例」を示すことで、公正な取引を促すことを目指したものです。
ガイドラインは以下の20の業種について、それぞれ作成されています。
(1)素形材
(2)自動車
(3)産業機械・航空機等
(4)繊維
(5)情報通信機器
(6)情報サービス・ソフトウェア
(7)広告
(8)建設業
(9)建材・住宅設備産業
(10)トラック運送業
(11)放送コンテンツ
(12)金属
(13)化学
(14)紙・加工品
(15)印刷
(16)アニメーション制作業
(17)食品製造業
(18)水産物・水産加工品
(19)養殖業
(20)造船業
自社の業種が20に当てはまらない場合も、近い業種のガイドラインを読んでおくことをお薦めします。
例えば、プレス、切削など金属加工の場合、
(2)自動車
(3)産業機械・航空機等
(5)情報通信機器
この3つを印刷して読んでおくことをお薦めします。
(情報通信機器は、受注や書面の交付、支払などがQ&A形式で具体的に書かれているので参考になります。)
参考例 自動車のガイドラインの場合
ガイドラインの内容の参考例として、自動車の一部を紹介します。
補給品の価格決め
自動車のような大量生産品の場合、現行モデルで使用する部品は毎月一定量が発注されますが、そのモデルが販売中止になると、その部品は補給品扱いになり、発注量が大幅に少なくなります。それでも依然と同じ価格で発注されれば単価が合いません。
これについてガイドラインでは
少量の補給品を以前と同じ価格で発注することは下請法の買いたたきに該当する恐れがある
と明記しています。
問題は、自動車の場合、部品の共通化が進み、今受注している部品が量産品なのか補給品なのかわかりづらいことです。あるいはある車種はモデルチェンジでその部品は使用しなくなったが、ある車種はまだ使用しているため、発注量が1/3になっても発注が定期的に行われることもあります。
そのような場合は、補給品・量産品と区別せずに発注量に応じて価格を設定するように顧客と交渉します。
また自動車メーカーによっては、量産終了時に一括買い上げなどの制度があるメーカーもあります。しかし二次以降の下請けに、そういった情報も入ってこないこともあるようです。その場合は取引先を通じてこういった情報を収集します。
型取引の適正化
◇金型の保管費用
金型費用を一括で支払わず、部品の価格に上乗せして支払う場合、金型は自社の資産です。自社の資産ですが、その部品の発注がなくなっても生産再開の可能性があるため、金型を保管しなければなりません。その場合、金型を無償で保管させることはガイドラインでは
下請法の不当な経済上の利益の提供要請に当たる恐れがある
と明記されています。
一方、保管費用を払ってもらっても金型は増える一方であれば、保管場所の確保や管理費用も増えていきます。本来、取引先が保管すれば、その後の使用可能性を考えて見切りをつけて廃棄するような金型も、保管費用を払っているからと保管を続けます。
そのような場合、今後も金型は増え続ける前提で、保管スペースの費用、管理費用を計算し、「今後も金型を保管し続ければこれだけかかりますがいいですか」と適切な費用を請求するのも一つの方法です。
◇金型図面の提出
金型を収める際に、保守のために必要だからと図面も要求される場合があります。図面を提出するかどうかは、顧客が設計費用を払ったかどうかが基準になります。
設計費用を払えば設計の成果物である図面は顧客の所有物です。
しかし設計費用を払わなければ、金型代は金型に対して支払われただけです。図面は自社の知的財産です。従って図面を要求された場合は、別途設計費用を請求します。
設計費用を払わないのに図面も要求する場合、
下請法のかいたたきに該当する恐れがある
とガイドラインに明記されています。
あるいはメンテナンスのために金型図面が必要だと顧客が言えば、メンテナンスに必要な個所だけ、寸法が入った図面を渡します。それ以外は詳細な寸法の入っていない外形図のみとするのも一つの方法です。もしそれでは不十分だと顧客が言えば、明らかに次回以降の金型を他社でつくらせる意図があります。
配送費用の負担
部品の配送費用が仕入先の負担になっている場合、配送費用が明確になっていないことがあります。しかし定期的な配送便に間に合わず営業担当者がライトバンで数個納品する場合、余分に配送費用がかかっています。
しかしその費用は仕入先の負担になってしまいます。
有償支給品の引取りが仕入先となっている場合、納品の帰りの便*に積めればよいのですが、別便で取りにいかなければならない場合、余分に費用が発生します。
まず自社の配送費用がどのくらい発生しているか明確にし、それは顧客から適切にもらえているか確認します。可能であれば見積には管理人は別に配送費用、梱包費用を入れて、運賃が上がった場合、見積に反映できるようにします。
本来は、顧客の都合で別便で納品した場合、追加の配送費用を請求すべきです。現実には難しいことも多く、その場合は見積の配送費をその分膨らませてカバーします。
原材料価格、エネルギーコスト、労務費等の価格転嫁
原材料価格の上昇は発注価格に反映される場合、反映されるタイミングが遅く、それまでの間利益が減少します。また原材料価格以外の費用、エネルギーコスト、副資材、労務費は価格に反映されていない場合も少なくありません。
このような費用が上昇しているにもかかわらず、一方的に従来の価格を要求することは
下請法の買いたたきに相当する恐れがある
とガイドラインに明記されています。
一方ガイドラインでは、妥当性のある要請であれば値上げを認めると回答した自動車メーカーもあります。原材料以外のエネルギーコスト、副資材、労務費の上昇による値上げも、まずは要請することで値上げできるかもしれません。
労務費の上昇(賃上げ)は、企業の自主的な判断によるものとされます。しかし最低賃金は引き上げされており、その分労務費は上昇します。これによる原価の上昇は不可抗力によるものとして交渉することも可能です。
取引条件の変更
品質改善による工程変更やコスト増があっても当初の価格を求められる場合があります。あるいは不良品が発生したため、取引先と協議した結果、工程や検査が追加になる場合があります。
特に不良の場合は、仕入先にも問題があるためその費用が請求できないことが多いようです。これは以下のように考えます。
不良の再発防止として検査や工程を追加した場合、元の工程が正しく製造できるになれば、追加した工程や検査はなくせる場合、どのような条件でなくせるのか、顧客と打合せして元の工程の品質を高めてできるだけ早く追加した工程や検査をなくします。
品質を高めるために追加した工程かせ不可欠な場合、その分原価が上昇したことを伝えて、単価に反映してもらうようにお願いします。
単価を上げてくれなくても、次回同様の製品の引き合いがあった時、その単価の根拠となります。もしその工程がその製品を製造するのに必要な工程であれば、それでも単価を据え置くことは
不当に低い価格を強制することになり
下請法に抵触します。
価格交渉ノウハウ・ハンドブック
下請法やガイドラインの内容を要約したものです。顧客と価格交渉を行う際の事前準備のための資料を意図して作成されました。
交渉は準備6割、本番4割とも言われ、本番前にどれだけ準備したかが成否を決めます。
交渉に関係する全員がハンドブックで学習し、どのような要求がガイドラインや下請法に違反するのか理解しておきます。さらにハンドブックが提示するポイントやテクニックを活用します。
以下、ハンドブックにある「こんな取引条件に要注意!」からいくつか紹介します。
合理的な説明のない価格低減要請
量産メーカーで行われる定期的なコストダウン要請、これについてハンドブックでは
「発注者が、自社の予算単価・価格のみを基準として、通常支払われる対価に比べて著しく低い取引価格を不当に定めることは、下請法や独占禁止法に違反する恐れがあります。」
と書かれています。
ハンドブックには事例として
「今年も5%の単価引き下げを頼むよ」
という会話があります。
定期的な5%の単価引き下げも、コストダウンできる根拠がなければ、単なる値下げとして、下請法違反の可能性があります。
また
「不況時や為替変動時に、協力依頼と称して大幅な価格低減が要求されていませんか」
として、こういった価格協力要請も望ましくない取引として挙げられています。
大量発注を前提とし単価設定
価格交渉の中で
「では、ロットをまとめて発注するので安くしてください」
と言われることがあります。ところがこの約束が実行されず、見積よりも少ないロットで発注されてしまいます。
これについてもハンドブックでは
「大量発注を前提とした見積に基づいて取引単価を設定したにもかかわらず、見積時よりも少ない数量を見積時の予定価格で発注することは、下請法や独占禁止法に違反する恐れがあります。」
と書かれています。
現実には納期が間に合わず分納で入れることもあります。しかし分納が常態化すれば上記の事例に該当します。
合理的な理由のない指値発注
新たな引合では、顧客の指値に対して見積を出すことがあります。この指値に対してハンドブックでは
「合理的な説明をせずに、通常支払われる対価に比べて著しく低い取引価格不当に定めることは下請法や独占禁止法に違反する恐れがあります」
と書かれています。
現実には、相見積なので指値より高ければ失注の可能性があります。
一方、品質・供給量の不十分な仕入先の見積を引合いに出して
「A社はいくらで見積が出ている」
と指値を迫られる場合もあります。
本当に自社が高ければA社に発注するのか、
見極めた上で、自社の適正価格を提示し、価格の根拠を示して交渉する方法もあります。
できればその際、指値でつくるには
「どこをどう変えればいいのか」
コストダウンを提案します。そうすれば顧客は
- 品質・供給量に問題のあるA社に指値で発注
- 品質・供給量は問題ない自社に指値より高く発注
- コストダウン提案を受入自社に指値で発注
この3つから選択することになります。
またハンドブックには書面に残すべき内容を提示しています。
取引条件に関するルールを書面化した例
国が価格転嫁に非協力的な企業名を公表するなど様々な取組を行っています。そのため取引先の担当者も仕入先の負担になるようなことは言いにくくなっています。
そこで取引先の要求は必ず書面化し、相手のサインをもらうことをお薦めします。
口頭では記録が残りませんが、文書にすれば国から指導があった時、担当者の責任になります。理不尽な要求をけん制する効果もあります。
ハンドブックに挙げられている書面化の一部を記載します。
- 原材料価格が上昇した際の製品単価への反映
- 一次的な単価引下げに対応する際に、その後元の取引価格に戻す際のルール・基準
- 見積価格の前提となる発注数量を明確にし、発注数量が一定の水準以上変動した場合は、単価を再設定する旨
- 発注者の都合による設計・仕様・納期などの変更が生じた場合、材料費・人件費などの追加費用を発注者が負担する旨
- 製品の運送経費について、発着地・納入頻度(回数)などを明確に提示した上で、発注者が負担する輸送料率を記載
これらの記録は契約書の一部と考えます。
できる限り打合せ当日に記録し、相手のサインをもらっておきます。
(サインするなら、なかったことにしてくれということもあるかもしれません。)
社内での勉強会
国から提示されている内容は多岐にわたります。社員個人に学習を任せても進みません。
そこで主に顧客と交渉する社員が、講師になって社内で勉強会を開くことをお薦めします。今まで挙げた事例の中には自社に関係がない内容もあるかもしれません。
そこで内容を厳選して
「自社が顧客と交渉する際に最低限知っておくべき内容」
をまとめてテキストをつくります。これを使って社内で勉強会を開けば、関係する社員全員の交渉力がアップします。
もし違反事例があった場合、社内で共有して中小企業庁に報告できます。
取引は
本来は売り手と買い手が対等の立場で取引条件を話し合い合意して行う
ものです。現実には限られた顧客と取引している仕入先は、受注しなければ経営が成り立たたないという弱い立場にあります。
そこで国は法律の制定やガイドラインの作成を通じて、不利な立場になりやすい下請企業を支援しています。
こういった国の施策を活用して、公平な取引の実現を願っています。
経営コラム【製造業の値上げ交渉】の記事は下記リンクを参照願います。
経営コラム【製造業の原価計算と見積】の記事は下記リンクを参照願います。
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