【製造業の値上げ交渉】10. 値上げ交渉は初めて、どう進めていけばよいのだろうか?
いろいろな費用が高くなっています。
これによりどのくらい原価が上昇するのか?
人件費、電気代などの上昇で原価がどれだけ上がるのか・
これについて、
【製造業の値上げ交渉】4. 人件費が上昇すれば原価はどれだけ上がるのだろうか?
【製造業の値上げ交渉】5. 電気代が上昇すれば原価はどれだけ上がるのだろうか?
【製造業の値上げ交渉】8. 取引先から検査追加の要望があった。いくら高くなるのだろうか?
【製造業の値上げ交渉】9. 運賃が上昇すれば、いくら高くなるのだろうか?
で説明しました。
必要な値上げ金額が分かれば値上げ交渉しなければなりません。しかし「これまでコストダウンの話ばかりで、値上げの話はしたことがない」といった方もいます。デフレが続いた日本は、製品の価格を上げられないため、「いかにしてコストを下げるか」一辺倒でした。値上げは考えられないという時代が長く続きました。
では、値上げ交渉はどのようにすればいいのでしょうか。
値上げ交渉の手順
一般的な値上げ交渉の進め方を以下に示します。
- 事前準備① 国が発行する資料の理解
- 事前準備② 現状把握
- 方針決定 交渉する製品、値上げ金額、妥協点を決定
- 事前連絡 取引先に値上げが必要なことを伝える
- 値上げ資料作成 製品毎の値上げ金額、その明細、根拠の詳しい資料の作成
- 交渉準備 説明の練習、取引先からの要求に対する反論の準備
- 交渉
- 交渉後のフォロー
これは一般的な進め方の例です。取引先との関係によって進め方は変わるので注意してください。
1.事前準備①
まず値上げ交渉に必要な知識をインプットします。国が提供する以下の資料を読んで、交渉の基本や発注先が守るべき内容を理解します。
- 価格交渉ハンドブック
- 下請適正取引等推進のためのガイドライン (19のガイドラインのうち、自社に関係するもの)
- 下請代金支払遅延防止法(下請法)
この国の支援策の詳細は【製造業の値上げ交渉】19. 下請法や国のガイドラインを値上げ交渉に活かす方法を参照願います。
国は中小企業の価格転嫁(値上げ)に対し様々な支援をしています。中小企業庁は発注先企業の価格転嫁の状況を調べ、価格転嫁に消極的な企業は実名を公表しています。もし下請法に抵触すれば、公正取引委員会がその会社に調査に入ることもあります。
値上げ交渉の中でガイドラインや下請法に抵触するようなことがあれば、中小企業庁や公正取引委員会に報告することをお薦めします。こうした行動の積み重ねが、発注先企業の姿勢を変え、公正かつ適正な取引が広まることにつながります。
2.事前準備②
値上げ交渉の前に、どの製品をどれくらい値上げしなければならないか調べます。そのためには製品の適正価格を知る必要があります。これは製造原価、販管費をカバーし、必要な利益が得られる金額です。この金額で受注できれば、毎期の利益が確保できます。
図2に架空の企業A社 A1製品の製造原価と販管費、目標利益を示します。
主要な製品だけで良いので、受注価格と利益(赤字額)を調べます。それぞれの製品の年間受注量から、製品毎の年間売上と年間利益を計算します。調べると思っていたより違っていることがあります。例えば「大きな売上を占めていた大手企業からの受注は赤字だった。意外と売上の低い中小企業の受注は利益が大きかった」。
図3にA社 A1製品とA2製品の製造原価、販管費と受注金額、年間受注量を示します。
A1製品は受注金額820円で88円の赤字です。年間生産量は2万個あるため、年間での赤字額の合計は176万円あります。
対してA2製品は受注金額1,800円で170円の赤字です。年間生産量は1,000個のため、年間での赤字額の合計は17万円です。
この場合、会社全体の利益を改善するにはA1製品の値上げの方が効果が高いです。
3.方針決定
どの製品をどれくらい値上げするのか、値上げの方針を立てます。例えば、
- 初めて値上げ交渉する場合、失敗しても経営に影響の少ない売上の低い製品から行う。
- 赤字が累積し早急な改善が必要な場合、年間での赤字合計の大きな製品から取り組む。
次に値上げ金額を決めます。値上げの目標は必要な利益が出る金額です。
しかし必要な利益の出る金額が現在の受注金額から大きく乖離している場合、無理にその金額を要求すれば失注する可能性があります。
その場合は値上金額は失注しない程度の金額に抑えます。ただし必要な利益が出る金額を適正価格として顧客に示し、「そこまでの値上げはお願いできないので、今回はここまで上げさせてください」とします。
できれば値上げ交渉を行う製品をリストアップして、値上げがうまくいけば年間の利益がどれだけ改善されるかシミュレーションします。そうすれば「どれだけ頑張れば、会社の業績がどのように変わるのか」が見えてきます。
4.事前連絡
ある日突然、値上げした見積を持って来て「値上げをお願いします」と言われれば取引先もびっくりします。そこで事前に取引先に
- ○○が上がって、どうにも採算が合わない
- 現状の価格を維持するためにいろいろと努力したがどうにもならない
- こうなれば値上げをお願いせざるを得ない
- 対象製品と値上げ金額を精査しているので、〇日頃には資料を持参する
と伝えます。
取引先もこの話を受けて、上司に報告したり、課内で値上げ情報を共有します。仕入先が値上げすれば取引先の原価も上がります。それに応じて取引先も値上げや自社の取引先との値上げ交渉を考えなければなりません。
5.値上げ資料作成
取引先に提出する値上げ資料を作成します。どのくらい詳細な資料が必要かは取引先によります。最近は「何が原因で、何パーセント原価が上昇したのか」詳細な資料を求められることもあります。取引先(担当者)はその資料を精査し、値上げ金額が適正かどうかを上司や関係部署に説明しなければならないためです。
重要なのは「値上げ資料は適切な原価が計算され、値上げの根拠も明確になっている」ことです。そして取引先に「この金額が適正だ」と思ってもらうことです。そのために値上げ資料はできるだけ分かりやすく具体的な数値で説明します。
この値上げ資料の作成は【製造業の値上げ交渉】6. 値上金額は見積書にどのように入れればいいのだろうか?を参照願います。
おそらくこういった状況では他の仕入先も値上げを要請しているかもしれません。
その結果、取引先は多くの値上げ案件を精査しなければなりません。そのため値上げ資料は取引先の担当者が容易に理解ができて、そのまま上司や他部署に回すことができるものにします。
上司や他部署(例えば原価管理部門)は不明な点があれば、担当者に聞きます。担当者が分からなければ、仕入先に聞かなければなりません。こういったやり取りが複数の仕入先で発生すれば、担当者はこれに忙殺されます。そしてこういった案件は後回しになってしまいます。
6.交渉準備
交渉本番の前に「値上げ資料をどのように取引先に説明し、値上げを納得してもらうのか」プランを立てます。さらに取引先から「どのような反論や要求が出るか」を想定し、それに対する回答を考えておきます。
できれば社内で誰かに取引先役になってもらい、実際の交渉のロールプレイ(リハーサル)を行います。取引先の担当者は日々多くの仕入先と交渉を行っています。交渉の専門家から研修を受けている場合もあります。そういった相手と交渉するのですから、こちらが交渉に不慣れな場合、最初から交渉力に差があります。それを少しでも埋めるためにロールプレイは有効です。
中には取引先の事情により価格が上げられない製品もあります。その場合、代案としてコストダウン方法があれば用意します。
他にも取引先が本当に転注するかどうか、事前の情報収集も重要です。
例えばもっと規模の小さい〇社が低い価格で受注することもあります。値上げをお願いすると「値上げするなら〇社に転注する」と言われます。実際は規模の小さな〇社は、品質管理、納期対応や安定供給に問題があるかもしれません。しかしそのようなことは取引先は言いません。そこで交渉を有利にするためには、競合も含めた情報を事前に収集しておきます。今では企業の住所は簡単にわかります。競合の〇社を外から見るだけでもいろいろなことが分かります。
また交渉結果を予測し妥結点を考えておくことも重要です。具体的には
(1) 100%認められた
・適正価格で値上げを要求 → 大成功
・適正価格より低い金額で値上げ → 次回値上げの予告
(2) 認められたが100%でない
・妥結する
・交渉を継続する
・断る
(3) 全く認められなかった
・妥結する
・交渉を継続する
・断る
取引先の対応により、どうするのか方針を予め決めておけば、交渉をスムーズに行うことができます。これは製品によって変わることもあります。
7.交渉
以上の準備を行い交渉本番に臨みます。
交渉では、相手の立場を尊重した上で「適正価格」を主張して、値上げに理解を求めます。最後に「○○までに回答をいただけないでしょうか」と期限を切ります。
期限を切っておけば期限を過ぎて回答がなければ催促できます。もしそれでも回答を引き延ばすようであれば、これは国が定めたガイドラインに抵触しています。
8.交渉後のフォロー
値上げを認めてもらえた場合も再度訪問してお礼を言います。
値上げが認められず受注を断る場合も、再度訪問し、
- 取引先の希望価格とどれだけ乖離があったのか、
- どこに会社に転注したのか、
- そこは価格や品質に問題はないのか、
といった情報を収集します。
その上で「今後は取引先の希望価格に沿えるようにコストダウンに努力すること」を伝え、関係が悪化しないようにします。
適正価格で受注できる顧客かどうか
取引先の目的は目標価格での部品・資材の調達です。
現実には様々なものの値段が上がっているので、目標価格の調達は難しくなっているかもしれません。本来は、目標コストを実現するためには図面や仕様から見直して、より低コストでつくれるようにしなければなりません。
しかし取引先が図面や仕様を変えずに目標価格の調達に固執すれば、その価格は自社の適正価格から乖離します。その価格を受け入れれば経営が立ち行かなくなります。
一方間接費や販管費が上昇し、自社が高コストになっている場合もあります。これについては【製造業の値上げ交渉】7. この製品、いくらが正しいのだろうか?を参照願います。
値上げ交渉の結果、適正価格での受注が困難な場合、
- 間接費、販管費の削減など自社の費用構造を変えて顧客の希望価格で受注できるようにする
- 今の顧客との取引を減らして、自社の適正価格で受注できる他の顧客を開拓する
これらの取組が必要です。
交渉の注意点
利益が出ないため困っているため値上げ交渉を行うわけです。ですから経営者が取引先と交渉に行くときは、会社のライトバンがお勧めです。取引先は意外なところを見ていることがあるからです。
このように値上げ交渉の手順を理解して、社員(幹部)に値上げ交渉を指示しました。ところがなかなか進みません。なぜでしょうか?
これについては【製造業の値上げ交渉】】11. なぜ社員に任せたら値上げ交渉が進まないのだろうか?を参照願います。
経営コラム【製造業の値上げ交渉】の記事は下記リンクを参照願います。
経営コラム【製造業の原価計算と見積】の記事は下記リンクを参照願います。
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