組織と人材 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Sat, 06 Sep 2025 06:51:02 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7.4 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png 組織と人材 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 企業不祥事と組織の問題 その6 ~組織文化とリーダーの問題~ https://ilink-corp.co.jp/15888.html https://ilink-corp.co.jp/15888.html#respond Mon, 14 Apr 2025 03:28:53 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15888
概要

企業不祥事と組織の問題 その3で日野自動車の排ガス・燃費不正問題、その4で三菱自動車の燃費不正問題を取り上げました。これらに共通するのは不正以外に方法がないところまで担当者を追い込んだ組織と管理者の問題でした。第三者委員会の報告書には従業員アンケートの結果、そこには無理な目標やできないとは言えない企業風土がありました。内向き組織の組織や現場を顧みないリーダーがどんな結果を招くのか、過去には挑戦戦争のマッカーサー元帥もそうでした。

企業不祥事にについて、以下のコラムで取り上げました。

コンプライアンスと内部統制について、「企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~

技術者に求められる倫理観と組織の問題について「企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~」

日野自動車で起きた排気ガス・燃費不正問題について第三者委員会の調査報告書から、「企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~」

三菱自動車の燃費不正問題について、第三者委員会の調査報告書から企業不祥事と組織の問題 その4 ~三菱自動車の燃費不正~

スバル・日産の完成車検査不正について、第三者委員会の調査報告書から企業不祥事と組織の問題 その5 ~スバル・日産の完成検査不正~

組織の問題について、日野自動車、三菱自動車の不正問題の第三者委員会の報告書では従業員アンケートの結果を掲載しています。社員が自社をどのように見ていたのでしょうか。

リーダーの問題について取り上げました。

社員は組織をどう見ていたのか

日野自動車の従業員アンケートの結果

日野自動車特別調査委員会は従業員9,232名にアンケートを行い、2,084通(22.6%)の回答を得ました。その中のいくつか抜粋します。

  • そもそも遅延している開発計画をさらに短縮させ、NOと言わせない開発プロセス
  • 計画段階で課題が曖昧なまま工数を検討させ、実際に課題が出てきても追加変更が発生しても元の日程のまま作業に突っ込む
  • 開発・評価が十分な時間がなく、うまくいく前提の日程しか組まれていない
  • 様々な国に向けて多くのモデルを開発、国ごとに法規制が異なるため開発リソースが不十分
  • 法規に適合する性能があるか、認定試験に十分な設備があるか、十分に検討せず、実車試験を開始してから問題が表面化
  • 現在の開発リソースではやりきれない製品ラインナップ
  • 万年赤字の製品や地域があるのに進出したことが評価され、天体は「進出を決めた上司の顔に泥を塗り、失敗を認めることになる」ため良しとしない
  • 仕切り会議フェーズは移行管理項目100%が移行条件で問題が残ったままでは次のフェーズに移行できないはずが、「条件付き移行可」で進めていた
  • マネージャーの能力・知識や自分の仕事をマネジメントできてなくても、上のいうことに素直に従うイエスマンが昇格する
  • 「問題解決ができない」「日程を守れない」と報告すると「こいつは能力が低い」と評価されてしまう
  • 「できない」と報告しても「どうしてできないんだ説明しろ」と言われてしまい、できないことを説明するのが難しく、できない状況を説明する時間がもったいないので業務を優先してしまう
  • 達成不可能な目標を精神論で乗り越えた社員が評価される風土がある
  • 見かけ上の成果を上げた社員が評価され、その後同様の影響力を行使するという悪循環
  • 組織改革をが続き組織の分裂や統合により従来の組織で対応していた役割が引き継がれずに三遊間が生まれる
  • 自分たちのやってきたことは正しいと思い込んでいる人たちにより変革が進まない
  • 今まで問題なかったのになぜ変えなきゃいけないんだ」「俺の言うことを否定するのか」など恫喝とも取れる態度で接する傾向がある
  • 経営層が決定を下すまでの情報収集や資料作成に必要以上に時間がかかる
  • 権限移譲が進んでおらずなんでも上の方にまでもっていく必要があるため、社長や役員へ報告・相談を行う、そこで何か一言コメントしなければならないと思った上の人がコメントするとそれが宿題になって雪だるま式に仕事が増える
  • 問題が発覚して日程に間に合わなければ担当者が開発状況を管理する部署の前で説明させられ責任を取らせる「お立ち台

アンケートの結果から、困難な目標や日程に対し、管理者は担当者をサポートするどころか、叱責して追い詰めるばかりで、具体的な解決策を提示になかった様子が伺えます。

三菱自動車の社内アンケートと社員へのヒアリング結果

特別調査委員会は2026年三菱自動車の開発本部及びMAEの社員4500人にアンケートを行い、849通の回答を得ました。主な意見を以下に示します。

  • プロジェクトの途中で営業部門からの意見で自動車のコンセプトや使用、場合によってはプラットフォームやエンジンの使用まで変更になることがある
  • MMCにおけるとりまとめは一般的なマネジメントではなく形式的な集約作業に過ぎず、取りまとめをしている者は、案件の実務を担当者に丸投げしている、また責任も担当者に押し付けている
  • エキスパートや担当部長が、開発目標の達成が困難である旨の相談に対して聞く耳を持たず「とにかく目標を達成しろ。やり方はお前らが考えろ」としか言わないため、相談しようという気になれない
  • 部署の上の人は部門の上の人に対してイエスマンの状態、下の者は無理だと思っていても上の人が更に上に「やれます」と言っているため、上に行っても無理なことが分かっているから言いに行けるところがない
  • 開発の現場を本社経営陣が把握していないと感じ、今まで開発現場の意見が上がっているはずだが、改善される様子はなく、開発現場では諦めに似た空気も出ている
  • 経営幹部が見て回っているところがなく、少しでも時間をかけて自分の目で確かめる行動をしてほしい
  • 過去の不祥事の際にそれに対する総括が社員に示されていない

図9 正しい情報が上がってこない

2011年に従業員に対して行ったコンプライアンスアンケートの結果、コンプライアンス問題としてアンケートに記載されていたことには以下のものがありました。

  • 競合他社がやっているとはいえ、燃費を上げるために実用上かけ離れたことをやること
  • 無謀な超短期日程、少ない人員で開発した自動車は極めて品質が悪い
  • リコール問題を起こす前と状況が似ており、再びリコール問題が起きるのではと危惧している
  • 虚偽方向などいまだに存在する
  • 納期を守るための偽造データの作成

また2009年から2015年にかけて行われた性能実験及び認証部における技術倫理問題検討会では以下の指摘がありました

  • 根本にある考え方=減点主義、事なかれ主義(自部門の責任ではないことを示したい)、コスト優先になっている(損費を減らしたい意識)
  • 悪い話は早く報告する姿勢を求められながらも、実際に報告すると怒られる→この体質改善が必要。不具合報告をした人が損をする体質を改善するべき
  • 技術的裏付け(試験結果も含む)なく妄想レベルでハードが決定される
  • 開発キックオフの時の技術構想が不十分(このシステム、開発期間で各規制、目標を達成できるか)
  • 開発キックオフ時の技術構想案についてできそうにないと感じても、できないことの証明がうまくできない
  • 検討のための時間を確保するのが難しい(別機種を開発している)ことも一因

技術開発の現場ではうまくいかないことや失敗は常に起きます。それを一人で解決するのは限りがあります。

多くの企業はこうした困難に対し、様々な部署や人が協力して克服しました。それがお互いに背を向けて自分の問題だけ見ていれば、組織の力が発揮できません。

過去にリコール隠しというコンプライアンス違反があった同社は、コンプライアンスに対するアンケートや企業倫理問題検討会を実施してきましたが。そこでは今回の不祥事の原因となるような問題も報告されていました。しかしこうした組織や管理者の問題は改善されませんでした。

組織とリーダーの問題

これまで見てきた日野自動車、三菱自動車、日産、スバルで起きた問題は、それぞれ企業固有の問題でしょうか。これらの問題は、経営陣や幹部社員が現場や社員を置き去りにして、業績や生産性を追求した結果、必然的に発生したものではないでしょうか。

そうならばこうした不祥事は、どこの企業でも起きるのではないでしょうか。

十分な検討や技術的な裏付けの元、目標が設定されていたか?

日野自動車、三菱自動車では、経営陣が技術的な知見に照らして実現可能性を再考することなく、担当部門や担当者に目標実現のプレッシャーを強くかけました。その結果、担当者を不正しか方法がない状況に追い込まれました。その背景に実力以上の製品ラインナップや開発期間の短縮がありました。そしてこうしたことが常態化したため、現場は疲弊し声を上げることもなくなっていました。

現場の疲弊は経営者にまで伝わっていたか?

完成車検査制度や惰行法による排ガス測定は、当時の自社のリソースから見れば無理な状況でした。にもかかわらず現場だけで解決しようとして、法規から逸脱してしまいました。スバルや日産の不正は、わずか数十人の完成検査員の不足が原因です。もし不正の影響の大きさ、発覚した場合の損失金額を考えれば、少なくとも経営者ならばいくらでも手を打つことができた問題でした。しかし経営者は問題を適切に把握できていませんでした。そして問題は現場から経営者に伝わらず、発覚して初めて経営者は知りました。その原因に以下の2つの要素が考えられます。

内向き組織と現場を見ないリーダー

内向き組織

日本社会はムラ社会といわれます。そして企業もムラ社会であると同時に、企業内部の組織もムラ社会を形成します。ムラの中では、ムラ(組織)を守ることが優先されます。時には会社全体の利益よりもムラが優先されます。例えばスバルでは老朽化した設備の更新は経営陣に訴えられず、現場が工夫して何とかしようとします。その結果が不適切な検査でした。

三菱自動車の性能実験部は、会社の中で、自分たちのムラの立場でもできないと言えませんでした。その結果楽観的な回答を経営陣にしていました。

こうした価値観の中に、こうした結果からもたらされる“性能の出ていない車”を買う顧客のことはあったのでしょうか。

現場・現実を見ないリーダー

製品全体を取りまとめるプロジェクト責任者が「担当した製品がどのようなもので、試験評価の結果がどうなっているのか」関心を持つのは当然です。評価は担当部署が行うとしても、評価状況を実際に見て、評価の担当者から直接話を聞き、情報を得るのはリーダーとして必要なことです。

それは職制を通じて上がってくる情報には様々なフィルターがかかっているからです。自分の目で見たことと、報告される情報を突き合わせて、初めて適切な判断ができるのではないでしょうか。

頑張ればできることと、頑張ってもできないことの区別

「できない」という報告をリーダーはどう理解したのでしょうか。燃費や排ガス性能にはトレードオフの要素があります。それでもチューニングによって改善できる余地はあるかもしれません。しかしそれは頑張ってできるのか、その判断は容易ではありません。それでも物理的な制約を超えて、「できない」ことが「できる」ようになりません。どれだけ頑張っても、船は空を飛べないし、飛行機は水に潜ることはできないのです。燃費に不利なスクエアストロークのエンジンで、他社のロングストロークのエンジンと同等の燃費性能を出すの、現実には可能だったのでしょうか。不可能を強要したのであれば、担当者に残された手段は不正しかありません。

戦場を一度しか訪れなかった将軍

官僚組織ではリーダーには部下から情報が自然と集まってきます。それに対し個々に指示を下せばリーダーの仕事はできます。しかし部下の報告だけで行う判断と、自ら現場を訪れ、現場の空気感に触れた判断は異なります。

北朝鮮の金日成が突如38度線を越えて始まった朝鮮戦争で国連軍を指揮したのはGHQのダグラス・マッカーサーでした。彼はずっと東京のGHQ本部で指揮を執り、朝鮮半島の戦場を訪れたのは1度だけ、しかも日帰りでした。彼には、夏服しか支給されず、氷点下の冬の朝鮮半島で戦うアメリカ兵のつらさをわかっていたのでしょうか。

朝鮮戦争では、突如北朝鮮軍の侵攻を受けた韓国軍は総崩れとなり国連軍(実態はアメリカ軍)も釜山にまで追い詰められました。しかしその後の仁川上陸作戦をきっかけに国連軍は反攻に転じ、北進を続けた国連軍はトルーマン大統領の意に反して中国国境付近まで進軍しました。この時、中国の周恩来首相はアメリカに「これ以上の進軍は許さない」と警告しました。しかし側近はマッカーサーの機嫌を損なうことを恐れ都合のいい情報しか報告せず、マッカーサーも中国の介入はないという思い込みがありました。そのため中国軍の行動を知らせる情報が入っても、よもや中国が参戦するとは思いませんでした。

11月1日彭徳懐が率いる30万人の中国軍が突如攻撃を開始、国連軍は多大な損害を出しました。国連軍は38度線まで後退し、マッカーサーはトルーマン大統領に原爆の使用許可を求めるほどうろたえました。

コールセンターの異常さを見た社長

花王のエコナクッキングオイル(以降エコナ)は特定保健用食品の許可を得たこともあり、年間売上が200億円、他社にはない強力な商品でした。グリシドールという物質には発がん性がありますが、エコナに含まれるグリシドール脂肪酸エステルは全く別の物質です。そしてグリシドール脂肪酸エステルがグリシドールになるという科学的な根拠はありません。

ところが2009年消費者団体が「エコナ=発がん性」と主張したことで、エコナの発売停止とトクホの取り消しを求める運動を展開しました。マスコミもこれを大きく取り上げました。花王はエコナの販売を自粛し、安全性の説明を続けましたが、報道は更に過熱しました。

花王の尾崎社長は、自らコールセンターに行って、電話が鳴りっぱなしの現場を見ました。「大量の電話がきて、その状態が続くのは異常なことだと。電話の中身はさまざまだったが、社員がかかりきりになるような事態は経営者として続けさせるわけにはいかない。いったん撤退して事を収め、そのうえで再出発しようと決めた。

…社長として安全かどうかという議論よりも、まずこの流れを止めないと会社の存続にもかかわると判断した。」

もし尾崎社長がコールセンターを訪れていなかったら、判断はどうなったのでしょうか。

参考文献

「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会
三菱自動車「燃費不正問題に関する調査報告書」 2016年8月1日特別調査委員会
日産自動車「調査報告書」2017年11月17日西村あさひ法律事務所
スバル「完成車検査の実態に関する調査報告書」2017年12月19日長島・大野・常松法律事務所
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
「ザ・コールデスト・ウィンター」デビッド・ハルバースタム 著 文藝春秋

この記事を書いた人

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企業不祥事と組織の問題 その5 ~スバル・日産の完成検査不正~ https://ilink-corp.co.jp/15727.html https://ilink-corp.co.jp/15727.html#respond Mon, 10 Feb 2025 05:11:08 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15727
このコラムの概要

国が定める基準に適合していることを国に代わってメーカーが行う「完成検査」で、日産は完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていました。同様のことがスバルでも行われていました。さらにスバルでは燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えも行われていました。なぜこのようことが起きたのか、その背景には余裕のない人員配置とそれを解決するため現場が創意工夫する文化がありました

これまで日野自動車、三菱自動車の燃費不正問題を取り上げました。しかし問題は開発現場だけでなく、製造現場でも起きていました。高い現場力を誇る日本の工場で何が起きていたのでしょうか?

スバル、日産の完成検査不正を取り上げました。

完成検査とは

自動車の場合、本来は新車であっても1台1台の車のブレーキなど走行性能や排気ガスなど環境性能が、国が定める基準を満たしているかを陸運局の検査場に持ち込んで検査を受けなければいけません。


しかし日々生産される車を1台1台検査場に持ち込んで検査するのは大変なので、メーカーが国が定める保安基準や品質基準に適合していることを工場で検査することで検査場の検査を受けたことにしています。これが形式指定制度で、メーカーが行う検査が「完成検査」です。この検査内容は車検に準じて国が定めています。

この完成検査を行う検査員の資格については、「完成検査に従事する検査員は当該検査に必要な知識、及び技能を有する者のうちあらかじめ指名された者であること」と国は定めています。つまり検査員の資格、技量はメーカーが決めることができます。

ところが日産、スバルの工場は自分たちが決めた完成検査員の資格を持っていない作業者に完成検査をさせる不正行為を行っていました。

日産の不正行為

2017年9月18日、国土交通省は日産車体の湘南工場を抜き打ちで立ち入り検査しました。その結果、完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていたことが発覚しました。9月29日、日産の国内6工場で、無資格者が完成検査を行っていたことが判明しました。


2017年10月、2014年1月6日から2017年9月19日に製造された38車種、約116万台(スズキや三菱自動車などのOEMも含め)をリコールすることを発表しました。その費用は約250億円と推測されます。

日産の完成検査員の資格

日産の規定では、検査員になるには以下の条件が設けられていました。

  • 従業員(嘱託、期間従業員を含む)
  • 次のいずれか
    (1) 高校、短大、高専、大学、職業訓練校で機械、あるいは自動車の構造に関する学科を履修した者)
    (2) 3級以上の自動車整備士
    (3) 完成検査担当課長が行う講習を受け、理解度試験で80点以上
  • 下表に示す補助検査業務に従事し基礎的技能を有していると完成検査担当課長が認めた者
区分テスター検査最終検査排出ガス検査車両試験
経験期間2か月1か月6か月6か月

補助検査業務期間中は、補助検査員は単独で完成検査はできないため、完成検査員の付き添いが必要です。また補助検査員は完成検査表にも記入できません。完成検査表に押印する印鑑(完検印)は、完成検査員のみに渡される仕組みでした。

不正検査の実態

2016年8月、日産はノートの生産を日産九州から追浜工場に移管しました。それに伴い追浜工場の操業を昼のみから昼夜二交代に変更しました。これにより人員が不足したため、期間従業員を多数雇用し補助検査員にしました。補助検査員に完成検査員の完検印を貸与し、単独で完成検査を行わせていました。


この補助検査員が完成検査を行う行為は日産では1990年頃からありました。しかし国土交通省や日産本社の内部監査の際は、完成検査員のみを完成検査ラインに配置してこのことを隠蔽していました。つまり現場の管理者は、補助検査員単独で完成検査を行うことは不正とわかっていました。しかしこのことは品質課長以上の役職者は全く知りませんでした。品質保証部長や品質保証課長は日々の業務を係長以下の現場の社員に任せ、現場の実情をよく把握していませんでした。


同様に栃木工場、日産九州、日産湘南でも補助検査員による完成車検査は常態化していました。

原因

実際の現場は完成検査員が十分におらず、習熟した補助検査員が完成検査を行わなければ完成検査ラインは回らなくなっていました。ラインの人員配置はギリギリで、完成検査員が補助検査員に付き添って指導するゆとりもありませんでした。一方検査工程に習熟していれば、完成検査は適切に行われているため、資格がなくても問題ないという考えが現場にありました。


こうした要因として日産では工場の自立性を重んじ、一人一人の作業者の創意工夫を評価する文化がありました。現場は与えられた人員で、目標を達成するために自ら考え様々な工夫をしました。これが補助検査員が完成車検査を行う原因のひとつでした。その際、「これが法規違反になるのかどうか」、そして「どのような影響を及ぼすのか」を深く考えることはありませんでした。

スバルの不正行為

2017年の日産の完成車不正検査を受けて、スバルでも社内で調査した結果、日産と同様の事例が本社工場、矢島工場であったことが分かり、10月に公表しました。そして12車種25万台がリコールとなり、その費用は250億円に達しました。

スバルの完成検査員の資格

スバルの規定では、完成検査院は以下の条件が設けられていました。

  • 正社員、期間従業員、派遣社員
  • 下記のいずれか
    2級整備士 かつ完成検査の補助業務2か月以上
    3級整備士 かつ完成検査の補助業務3か月以上
    自動車の構造等に関する80時間講習受講 かつ完成検査補助業務6か月以上
  • 登用前教育を合計24時間トレーナーから受ける
  • 修了試験の結果が80点以上である

スバルの完成検査員の規定では、整備士資格がない場合、補助検査員の育成には6か月もの間、完成検査員が付き添わなければならず、日産よりも現場の負担の大きいものでした。

不正問題の経緯

現実には、登用前の補助検査員が単独で完成検査を行い、検査印は完成検査員から借りて押印していました。しかし国土交通省や社内の監査には、正規の完成検査員のみが検査を行っていると報告しました。この問題に対して、スバルは外部調査チームが調査を行い、調査報告書を2017年12月19日に国土交通省に報告しました。


ところが2017年12月に燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えの疑いが見つかりました。再度社内で調査を行い、2018年4月27日に調査報告書を国土交通省に提出しました。


しかし2018年5月には国土交通省の立入検査において、燃費・排気ガス抜き取り検査でエラーが発生した測定値を有効としていた疑いが発覚しました。再び調査を行い2018年9月28日に国道交通省に調査報告書を提出しました。


その後も2018年10月の国道交通省による立入検査で、完成検査工程で不適切な検査が行われていたことが判明し、2018年11月5日国土交通省に報告しました。


その結果、合計4回にわたり不正や不適切な検査が見つかりました。これによる累計リコール台数は53万台に上り、リコール費用の合計も320億円以上となりました。

発覚した不正

排ガス・燃費測定時に発生したエラーのデータを書き換えなかった

燃費・排ガス測定は、完成車を抜き取ってシャシダイナモ上で既定のモードで運転して排ガス・燃費を測定します。その際JC08モードで規定された走行から逸脱した時間(トレランスエラー)が2秒を超えると検査はやり直しになります。やり直しにならないように、測定データの逸脱時間が2秒を超えた場合ゼロに書き換えていました。


理由は検査をやり直すとその車の走行距離が50kmを超えてしまうからです。走行距離が50kmを超えてしまうとスバルの社内規定では新車として販売できなくなります。そのため検査のやり直しとなると別の車を抜き取って再試験しなければなりませんでした。そのため再試験は時間がかかり、その月の車両抜き取り計画も達成できなくなります。しかもこのトレランスエラーの原因には、試験での運転ミスや運転の技量不足もありました。だからこうした現場のミスが指摘されるのを避けたかったこともありました。

測定環境の湿度を規定値に書き換え

燃費・排ガス測定環境は、温度25±5℃、湿度が30~75%と定められています。しかし湿度が規定を外れた場合、数値を規定以内の値に書き換えていました。原因は、測定室が古く、冬場は湿度が規定値より下回るためでした。

ブレーキ検査での不正

後輪ブレーキ制動力の検査中にハンドブレーキを引いたり、規定以上の踏力で踏んで、規定値に入るように操作しました。またハンドブレーキの検査では後輪ブレーキを踏んだり、規定以上の力でハンドブレーキを引いて検査結果を規定値に入れていました。ただし国の保安基準で定めるブレーキ検査は、実際の走行状態からブレーキをかけて停止して制動距離を測定します。そのため、今回の不正は国の保安基準には違反していませんでした。


一方タイヤの切れ角を検査する舵角検査は、完成検査工程の一部です。しかしテスタの値が合格にならない場合、手で車体やタイヤを押して規格内に入るようにしたり、逆に最大舵角が検査規格より大きい場合、ハンドルを戻して規格内にしたりしていました。

その他

他にもスピードメーター検査、サイドスリップ検査などで不適切な検査方法が行われていました。

原因

第三者委員会の調査報告書は以下を原因として挙げました。

余力のない検査工程
  • ライン上の全数検査の場合、ピッチタイム(タクトタイム)内で必要な項目を検査しなければならない。そのため不安な個所があっても再確認できない。
  • 完成検査員は法規制の変更に合わせて検査工程の見直しなどの事務作業も担当していた。そのため業務負担が増大していた。
  • 本社工場の試験棟が老朽化し、温度や湿度が規定値に入らなかった。
  • ブレーキテスタが老朽化し、正常な車体でも異常となった。
不適切な行為を防止するシステムが弱い
  • 排ガス・燃費測定データは容易に書き換えできた。
  • 不適切な行為があった場合、それを事後検証するプロセスが不十分だった。
  • 現場の実務者が、設備の能力不足など工程能力を改善する必要を上位管理者に伝えていなかった。
その他
  • 検査員は規則を遵守する意識が乏しい。
  • 完成検査制度を適切に理解していない。
  • 作業のやり方や作業者の教育が現場任せになっていて、不適切な作業も「以前からこうやっている」と疑問を持たない。
  • 完成検査業務に対する経営陣の認識、および関与が不十分だった。

現場力がコンプライアンス違反を招く

欧米の工場は作業者はマニュアルに忠実に従って作業することが求められます。作業者が自らやり方を創意工夫することは基本的には許されません。対して日本の工場は作業者が率先して創意工夫し改善することが求められます。作業者にそれだけの裁量が与えられていますが、勝手に変えていいわけではありません。上司や生産技術などの部署と相談して改善することになっています。

上司より強い作業者

実際の現場は日々変化しています。材料、環境の変化に応じて日々製造条件を調整しています。この時どこまでが作業者の権限で変えてよく、どこまでが上司の決裁が必要なのか、あいまいなことがあります。


また上司が他の部署から移動して、現場についてはベテランの作業者の方が上司よりも詳しいことがあります。上司は自分がわからないことをベテランに聞くこともたびたびあります。そうなるとベテランの作業者の意見が通る現場になります。確かにベテランの作業者は豊富な経験があります。しかしそれはこれまでの法規制や安全規制の中での経験です。そのやり方はこれまでは問題なくても、これからは問題になるかもしれません。

忙しい、間に合わない

そうした中で、人員削減、生産性向上など、これまで以上に現場に負荷がかかっています。その結果、何かを犠牲にしなければ計画通りにできず、その犠牲になるのは検査や確認なとです。「これまで問題なかった」「検査で問題が見つかったことはない」こうした経験から、「忙しい・間に合わない」状況に陥ると、検査や確認が省略されます。あるいは不合格品を無理やり修正して合格品にしてしまいます。これが常態化すると少しぐらい規定から外れてても問題ないといった考えに至ります。

不正を防ぐ組織と人

こうしたベテランの過信は他の業界でも大きな事故や問題が起きています。こうした問題を防ぐためにはトップが「コストや納期よりも重視すべきこと」を明確にし、それを守る組織と人の育成が必要です。

参考文献

日産自動車「調査報告書」2017年11月17日西村あさひ法律事務所
スバル「完成車検査の実態に関する調査報告書」2017年12月19日長島・大野・常松法律事務所

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企業不祥事と組織の問題 その4 ~三菱自動車の燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/14579.html https://ilink-corp.co.jp/14579.html#respond Tue, 21 Jan 2025 23:23:23 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=14579
このコラムの概要

三菱自動車で起きた燃費不正問題について第三者委員会の調査報告書を読み解くと、不正以外に手段がない状況に追い込まれた担当者の姿が見えてきます。なぜリコール隠し事件の結果、コンプライアンス強化に取り組んだ同社で不正問題が起きたのか、そこには組織とリーダーの課題が見えてきます。これは同社以外でも起こりうる問題です。

排気ガス、燃費などの不正が2000年以降相次ぎました。

そこでコンプライアンスと内部統制について、「企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~」で取り上げました。

また技術者は、技術の専門家として高い倫理観が求められます。この工学倫理について「企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~」で取り上げました。

これまでに起きた不祥事の原因は、コンプライアンスや倫理観の欠如だけではないのです。そこで日野自動車で起きた排気ガス、燃費不正問題について、一般的な報道では語られなかった原因を「企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~」で取り上げました。

今回は三菱自動車で起きた燃費不正について、第三者委員会の調査報告書から掘り下げて考えます。

燃費不正の発覚

三菱自動車は、2013年6月から生産する「eKワゴン」「eKスペース」と日産にOEM供給する「デイズ」「デイズルークス」の4車種の国土交通省に提出した燃費試験データに虚偽があったことを2016年4月発表しました。

対象台数は三菱自動車が販売した15.7万台、日産が販売した46.8万台、合計62.5万台に上りました。

きっかけは2015年秋に提携先の日産が燃費を測定したことでした。

そこで、燃費の実測値が国土交通省の届出値と大きく乖離したことで不正が判明しました。

これに対し三菱自動車は顧客に補償金10万円を支払うこととし、650億円の特別損失を計上しました。消費者庁は三菱自動車と日産に対し、景品表示法の優良誤認違反として4億8,507万円の課徴金納付命令を発出しました。

この問題を理解するためには、国交省の型式指定における燃費測定について理解する必要があります。

燃費測定の技術的背景

開発した車が国交省の型式指定を受けるには、形式指定審査に必要な燃費や排ガスなどのデータが必要です。その際に燃費や排出ガスが国の基準を下回れば、減税や補助金を受けることができます。

従って試験データの改ざんは重大な法令違反になります。

この燃費試験データは、大型車の場合は実車での測定が困難なため、エンジン単体での試験でした。

乗用車は実際の走行データ

一方乗用車の場合は試験室のシャシーダイナモメーター上で試験自動車を実際に走行させます。

その際、実際の走行条件と同じになるようにシャシーダイナモメーターに一定の負荷を与えます。この負荷の大きさは国が定めた方法で実車を走行させて測定します。燃費試験データを国に提出する際は、この走行試験データも国に提出します。

<h4>走行抵抗の測定方法</h4>

この走行抵抗は、ころがり抵抗と空気抵抗の2種類があります。これは以下の式で計算します。

走行抵抗の計算式

この走行抵抗の測定方法には、惰行法と高速惰行法がありました。

惰行法

指定速度+5km/hで変速機をニュートラルにして、指定速度-5km/hに達するまでの時間を測定します。

指定速度は20, 30, 40, 50, 60, 70, 80, 90km/hの8段階あります。

測定は往路・復路各3回ずつ行い、その平均値を求めます。測定値の最大と最小の比が1.1を超えた場合は、再度測定しなければいけません。

高速惰行法

速度を150km/hまで上げて5秒間保持した後、変速機をニュートラルにして、1秒ごとの速度、又は速度が10km/h低下した時の時間を記録します。

測定は速度が10km/h以下になるまで行い、往路、復路各3回ずつ行います。

従って高速惰行法の方が測定は短時間にできます。

国の指定は惰行法

1990年当時の運輸省は「型式指定審査の負荷の測定方法は惰行法によること」と決定しました。

一方、アメリカは高速惰行法の1種コーストダウン法です。

惰行法は速度が8種類もあるため測定には時間がかかります。実走試験はその日の気温や風の影響も受けます。

測定した結果、測定値の最大と最小の比が1.1を超えれば、測定はやり直しです。

他社も違反していた

今回、三菱自動車の燃費不正問題を受けて、国交省は各メーカーに調査を指示しました。

その結果、スズキも惰行法でなく、実験室の風洞で空気抵抗を測定し、走行抵抗を算出していたと報告しました。原因は、スズキの相良テストコースは横風が強く、安定した測定が困難だったためでした。

逆算プログラム

三菱自動車は1990年に形式指定審査に惰行法が採用されたとき、惰行法で測定することも検討しました。

しかし測定に時間がかかるため、測定は高速惰行法で行い、高速惰行法の測定結果から惰行法での走行抵抗を計算する逆算プログラムを作成しました。そしてその結果を惰行法で測定した結果として国に提出していました。

2000年代 三菱自動車の苦境

三菱自動車は1990年代には「パジェロ」などRVがヒットし、1995年には国内3位のシェア(11%)を獲得しました。

その後も拡大路線を進みましたが、競合他社との競争が激化したことと、RVブームの終焉により国内シェアは低下しました。

2000年にはシェアは6.9%に低下し、行き過ぎた設備投資による巨額の負債が経営を圧迫しました。その結果、2000年にダイムラー・クライスラーと提携しました。

しかしその後も業績は低迷し、2003年に2,154億円、2004年には4,747億円の損失を計上しました。

さらに子会社の三菱ふそうで2000年と2004年にリコール隠し事件が起きました。これをきっかけに2004年にはダイムラー・クライスラーとの提携が解消されました。

危機に瀕した同社は三菱グループから約6,000億円の支援を受け、さらにコスト削減を徹底した結果、2006年には黒字化を実現しました。

開発人員の減少と日産との提携

この徹底したコスト削減は、同社の開発力に影響しました。

開発本部の人員は2004年に2,753人だったものが、2006年には2,383人と370人も減少しました。不正問題が起きた性能実験部は2004年から2年間で30人が退職しました。

研究開発費は2004年の687億円から2009年には224億円まで減少しました。

こうしたコスト削減が低燃費技術の遅れにつながったという第三者委員会は指摘しています。

日産は、これまで販売する軽自動車をスズキや三菱自動車からOEMで供給を受けていました。

しかし日産独自の商品を充実するために三菱自動車と提携し、日産と三菱自動車の合弁会社 株式会社NMKVを設立し、2014年型eKワゴンから共同で開発することとしました。

2014年型eKワゴンでは、実際の開発は三菱自動車が行い、NMKVは商品企画及びプロジェクトマネジメントを行いました。

不正行為

不正行為に至った背景に、度重なる目標変更がありました。

2014年型eKワゴンの度重なる目標変更

日産との初めて共同開発した2014年型eKワゴンには、燃費訴求車、ノンターボ(2WD、4WD)、ターボ(2WD、4WD)の5車型がありました。

この開発時期と燃費目標、実験結果の経緯は以下のようになっています。

開発時期と燃費目標、実験結果の経緯

  • 2011年2月 燃費目標26.4km/l 
    F(商品構想)ゲート通過
    (ゲート : 開発の各段階でゲートを設け品質達成状況を審査することで品質問題をなくす仕組み。2000年のリコール問題以降設置。そのプロセスはMMDS(Mitsubishis Motor Development System)に規定
  • 2011年5月 27km/lに引き上げ
    E(目標固定)ゲート通過
  • 2011年10月 28.0km/lに引き上げ
  • 2012年2月 商品開発会議の資料には28.2km/lとあり
  • 2012年5月 開発会議 C(生産着工ゲート)通過 実測値 27.2km/
    性能実験部は更なる改善で達成見込みと楽観的な報告
    開発費削減のため、評価用の試作車を水島製作所に変更、完成が4か月遅れる
    実走試験が冬になり測定が不利になるため、実走試験をタイで行うことに
  • 2012年7月 競合の次期ワゴンRが28.8km/lの情報を入手
    同等の燃費を指示され、更なる改善で達成見込みと報告
  • 2012年12月 競合のダイハツ ムーブが29.0km/lとの報告、開発責任者は29.2km/lを指示
  • 2013年1月 開発期限。開発会議で性能実験部は29.2km/lは厳しいと報告
    開発責任者から依頼した29.2km/lはできないのかと問われる。
  • 性能実験部は「まだ検討は続ける。タイで走行抵抗が下がれば可能性がある」と回答、タイでの試験結果を確認することを前提に開発完了が承認
  • 2012年1月タイで実走 試験を行った結果、転がり抵抗は0.0059。そこでデータの中で良いものだけを恣意的に選別し計算することで0.0052を算出し29.2km/lを達成
    4WD車は性能実験部が要求したのにも関わらずコスト削減のため2WD車しか用意されなかったため、実走試験は行わず、過去の経験から4WD車の走行抵抗は、2WD車の+0.0020と考え、4WD車の走行抵抗を0.0072として算出

このように時系列で追っていくと、すでに設計の終わった製品に対し、燃費目標を再三引き上げたことがわかります。

では、燃費はどのようにすれば改善できるのでしょうか。

燃費改善の方法

燃費が達成できない場合、燃費を改善する手法として以下の方法が調査報告書に書かれています。

エンジンの改良

  • 次世代MIVEC
  • エンジンフリクション低減
  • アイドルストップ
  • アイドル低速化
  • オイル低粘度化
  • EGR増加

補器ロス低減

  • 電動P/S(EPS)化
  • 多段発電制御
  • 高効率オルタネータ
  • 電磁クラッチウォーターポンプ

駆動系の改良

  • ギヤ比適正化
  • ロックアップ領域拡大
  • ロックアップ開始低油温化
  • シフトパターン最適化
  • アイドルニュートラル制御
  • オイルポンプロス低減
  • オイル低粘度化
  • SST化

車両の軽量化 → 慣性重量低減、ギヤ比低減、走行抵抗低減

  • 各部品の軽量化
  • 軽量材料の採用拡大
  • ボデー構造の合理化
  • ボデーの小型化

転がり抵抗の低減 → 走行抵抗低減

  • 低転動抵抗タイヤ
  • ブレーキ引きずり低減

空気抵抗低減 → 走行抵抗低減

  • 形状最適化
  • 内部流低減
  • 床下整流
  • 車高ダウン
  • ボデーの小型化

これらの要素を見ると、設計段階で決まってしまう要素も多く、試作車が完成した段階では改善できる要素は限られています。

完成した試作車の燃費は性能実験部の「適合」にゆだねられました。

適合について

性能実験部は、試作車のエンジン及びトランスミッションの制御プログラムを調整して、燃費、動力性能など相反する要素を最適な条件に調整します。これが「適合」です。

特にエンジン制御は、速度、アクセル開度などの条件に対し、その時の気温、水温、エンジン回転数、流入空気量やノックセンサー、排気ガスセンサーなどのセンサーからの信号と合わせて、最適な燃料噴射量やタイミングを調整します。

これにより自動車の動力性能や燃費性能が変わります。

ただし適合はあくまで調整であり、基本性能を大きく超える性能を引き出すことができるわけではありません。

燃費重視で性能が悪化

ところが発売後、2014年型eKワゴンはあまりに燃費を重視したため、動力性能が阻害され、しかもエンストなどの不具合が多発しました。そしてこれらの不具合を対策したのちは、燃費は大きく低下しました。

理由のひとつは、2014年型eKワゴンに搭載された3B2型エンジンは、2006年に発売されたi(アイ)に合わせて開発されたボア×ストローク65.4×65.4のスクエアストロークのエンジンだったためです。このエンジンは競合他社のロングストロークのエンジンに比べ、燃費や中低速のパワーの点で不利でした。

2014年型eKスペース

2014年型eKスペースはeKワゴンよりも車高が高く居住性を高めたモデルです。これはダイハツ タントと競合するモデルとして開発されました。eKスペースは車高が高く車重も重いため、燃費性能はeKワゴンより低くなると予想され、燃費目標はeKワゴンより低く設定されました。eKスペースの燃費目標は2012年10月の技術検証会で承認されました。

定ミスから誤って目標をクリヤ

eKワゴン、eKスペースとも、机上検証では燃費目標は達成可能と見込まれていました。

実際に2013年5月に試作車で試験を行った結果、当初の燃費目標はクリアしました。

ところが、その後の実走試験では燃費が目標を大きく下回ったことが判明しました。

調査したところ、試作車の試験の際、排ガスが漏れていて実際よりも良いデータになっていたことが判明しました。

そこで再度測定した結果、目標を達成していないことがわかりました。

このままでは国が定めた平成27年度燃費基準をクリアできないため、走行抵抗を算出するグラフの曲線を意図的に改ざんし、実際より低い転がり抵抗を算出しました。

2015年型eKワゴン (2014年型eKワゴンの年式変更車)

2015年型eKワゴンは、2014年型eKワゴンに改良を加えて燃費目標を30.0km/lとしたものです。

しかし開発期間は2014年型 eKワゴンを開発した後のわずかな期間しかありませんでした。燃費を改善する有効な手立てはなかったため、転がり抵抗の測定値の曲線を意図的に下げて転がり抵抗を0.00494に改ざんしました。

データの改ざんはその後2015年型eKスペース、2016年型eKワゴンでも行われました。

不正のまとめ

三菱自動車の燃費に関する不正は、主に以下の3点にまとめられます。

  • 走行抵抗は惰行法で測定することが法規で定められているのにも関わらず、高速惰行法で測定した。そのため高速惰行法で測定したデータを、惰行法で測定したように見せる逆算プログラムで対処した。
  • その高速惰行法でも測定せずに、走行抵抗を机上で計算し提出した。
  • 測定データが目標燃費を達成できないため、測定値の中から意図的に低い数値を選択してデータを改ざんした。

経営陣や管理者は知らなかった

この燃費改ざんを三菱自動車の経営陣や管理者は知りませんでした。

この事件が発覚後、三菱自動車の相川社長、中尾副社長は責任を取って辞任しました。そして2016年10月に日産が2,370億円を出資し、三菱自動車はルノー・日産の傘下に入りました。

さらに2019年以降の次期軽自動車の開発は日産が行い、三菱自動車は生産のみを請け負うこととなりました。

不正により三菱自動車が失ったものはあまりにも大きいものでした。

原因

調査報告書に書かれた原因は以下の4点です。

  • 無理な目標設定
  • 開発体制の不足と硬直的な開発日程
  • 研究開発費の不足による技術の劣後
  • 不正の悪循環

無理な目標設定

2014年型eKワゴンでは燃費目標が5回も引き上げられました。本来であれば設計結果を承認するゲートを通過した後は、目標を変えるのは三菱の技術規定(MMDS)では許されていません。ところが経営陣自らルールをこの逸脱して目標を変更しました。

また燃費目標の達成については、経営陣は現場に対して「がんばれ」とはっぱをかけるだけでした。目標の実現可能性について技術的な検討はされていませんでした。

こうした背景には、今回初めて日産と提携したため、日産と合意したトップクラスの燃費目標に経営陣がこだわったこともありました。

しかも開発本部の幹部や経営陣は、性能実験部が行う「適合」の中身を十分に理解していませんでした。そして燃費向上は性能実験部に任せたままでした。

開発本部の内部では、商品企画・設計など上流工程に対し、性能実験部は下流工程と見なされていました。

社内の序列も同様で、他部署は性能実験部に対し高圧的な態度でした。

しかも開発本部内では上司から指示されたことに対し「できない」と言えない風土がありました。 性能実験部では「『できないことを証明する』よりも『とりあえずできる』といった方が楽」と考え、できないということを憚る風土でした。

開発体制の不足と硬直的な開発日程

三菱自動車の1車種当たりの開発人数は約270名で、これは同規模の自動車メーカーの60~80%程度に相当します。

この少ないリソースは日程の遅れにつながり、しかも上流工程が遅れてゲートの通過が遅れても、開発の完了予定はそのままでした。

そしてしわ寄せは常に下流工程の性能実験部に来ました。

研究開発費の不足による技術の劣後

リコール隠しの影響で三菱自動車の研究開発費は2009年には224億円に減少しました。2015年度は450億円にまで回復しましたが、それでも競合のスズキの2015年の研究開発費は1,310億円でした。

研究開発費が少ないため、リソースは目先の車種の開発や改良に優先され、燃費向上技術のような将来の開発は後回しになっていました。

不正の悪循環

2014年度eKワゴンで、不正を行って燃費目標を達成したため、その後の車種でも不正を続けざるを得なくなり、これがさらなる不正を生むという悪循環になりました。

ついに2016年型eKワゴンは、実走試験も行わず最初から走行抵抗のデータを捏造しました。もう不正を続けたため、実測しても目標達成できる見込みがなかったからです。

調査報告書では指摘されない問題

他にも調査報告書に書かれていない以下の問題がありました。

競合と対等でないエンジン

eKワゴンのエンジンは、燃費に不利なスクエアストロークでした。理由はこのエンジンは前のモデルi(アイ)の狭いスペースに入れるためでした。

しかし当時競合は燃費に有利なロングストロークのエンジンに切り替えていました。エンジンの基本性能が違うのに「適合」で競合と同等の燃費が実現できるのでしょうか。この目標達成の技術的な可能性を経営陣はどこまで理解していたのでしょうか。

無理な燃費目標が他の性能を犠牲に

実際には燃費と動力性能は相反します。

2014年型eKワゴンは、無理に燃費を追求したため、発売後エンジンストップなどの不具合が発生し、その改修に追われました。

燃費を優先するあまり、動力性能や信頼性など重要な性能が犠牲になっていました。

コンプライアンス体制では不正を防げない

三菱自動車は2000年、2004年のリコール隠し問題以降、社内コンプライアンス組織を立上げ、定期的なヒアリングや監査を実施していました。

しかし今回の問題は、経営陣、幹部社員の無理な要求により、性能実験部が不正以外に手段がない状態に追い詰められたため起きました。(性能実験部が楽観的な報告を繰り返したことも一因ですが)

コンプライアンス体制を整備しても、組織をこういった状態にしてしまった経営陣、幹部社員の考え方を変えない限り、不祥事は再発します。 

結果論になってしまいますが、不正を起こさないようにするには(過去に遡って考えて)どうすればよかったのでしょうか。

身の丈に合った開発

コスト削減により人員を大幅に削減した体制では以前と同じ規模の開発はできません。現在の体制でできるような適切な車型数を開発すべきでした。(例えばターボの発売は1年延ばすなど) そしてこれを決めるのは経営者しかいません。

技術的な知見、見通しを持ったリーダーの重要性

開発責任者は根拠ないまま燃費目標を引き上げ、その達成を性能実験部に強要しました。

そのため動力性能が犠牲になり、エンジンストップなどの不具合が発生しました。開発責任者は、開発の最高責任者として、目標達成の技術的な見通しを立てる必要があるのではないでしょうか。

自動車はリスクの大きな事業です。新車の開発には多額の費用(200億円)がかかり、それだけの費用と時間をかけて開発しても、人気が出なければ売れません。

その一方でマツダのファミリアやホンダのオデッセイなど、たった1つのモデルが大ヒットして、傾きかけたメーカーを救いました。

こうしたリスクの高い事業だからこそ、製品の品質、性能を開発責任者や経営者が高い関心を持つ必要があるのではないでしょうか。

(トヨタ自動車の豊田章男社長がすべてのトヨタ車のハンドルを実際に握って販売のGOサインを出しているそうです。)

そしてエンジンの基本性能が競合より不利であれば、燃費については現実的な目標を定めて燃費以外で顧客に訴求する販売を考えるべきだったのではないでしょうか。

競合よりも燃費が0.*km/l劣っていたからといって、どれだけの顧客がそれを気にするでしょうか。

多くの顧客は使っていてカタログ燃費が出ることはなく、参考値にすぎないことはわかっています。

製品を仕上げる部門と、製品を評価する部門が同じ

燃費などの性能を性能実験部がチューニング「適合」し、その結果を性能実験部自らが評価すれば、評価はどうしても甘くなります。

工場で製造と検査を分けているように、性能実験部とは別に製品を評価し合格を出す部門が必要ではないでしょうか。

合格を出す部門は、自社の基準だけでなく、法規制の適合らついても確認しなければなりません。これが適切に機能すれば、高速惰行法など過去の問題も発見されていたかもしれません。

この問題を詳細に見ていくと、決してこの会社だけの問題ではないと思えます。

同様に状況になれば、他の会社でも不正は起きるのではないでしょうか。

参考文献

三菱自動車「燃費不正問題に関する調査報告書」 2016年8月1日特別調査委員会

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/13806.html https://ilink-corp.co.jp/13806.html#respond Wed, 30 Oct 2024 12:05:11 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13806
【コラムの概要】

本コラムは、日野自動車における排気ガス・燃費データ改ざん問題の原因を分析しています。調査報告書が指摘する真因は、「みんなでくるまをつくっていない」(パワートレーン実験部の孤立、全体を俯瞰できない責任者、人材の固定化など)、「世の中の変化に取り残されていること」(上位下達の組織、ハラスメント体質、開発プロセスのチェック不足)、「業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと」の3点です。これらの組織的な問題が、常態化したデータ改ざんを引き起こし、複数のエンジン機種で不正が発覚したと結論付けています。

2022年3月4日、日野自動車株式会社(以降、日野自動車)は中型・大型トラック用エンジンの認証試験で不正があり、対処車種の出荷停止したことを発表しました。

さらに2022年8月3日の国土交通省の立ち入り検査で、小型トラック用エンジンで不正が発覚し、その結果、すべてのトラックが出荷停止になりました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
 

誰もが起こす可能性

この問題に関する記事の多くは日野自動車のコンプライアンス問題を言及しました。

しかし日野自動車が発表した第三者機関の調査報告書を読むと、コンプライアンス体制を構築するだけでこの問題は防ぐことができないのではと感じました。

むしろ日野自動車で起きた問題はどの会社でも起きる可能性があります。

もし自分が日野自動車の担当者と同じ立場に置かれれば、自分も不正を行ったと思います。

この問題の本質は何なのでしょうか。
 

ディーゼルエンジンの排出ガス規制と排気ガス浄化技術

この問題が起きた背景に、ディーゼルエンジンの排出ガス規制(以降、排ガス規制)が短期間に目まぐるしく強化されたことがあります。
 

排ガス規制の変遷

ディーゼルエンジンを使用する大型車の排ガス規制は1974年に導入され、その後順次強化されました。

2009年から適用された「新ポスト長期規制」では
NOx 40~65%
PM 53~64%
と大幅に低減し、

「排出ガスをガソリン車と同レベルにする」

という世界で最も厳しい水準でした。

そのため表に示すようにNOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)は劇的に引き下げられました。


注1)
NOx(窒素酸化物)
一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)など窒素酸化物の総称で、高温で燃える際に空気中の窒素と酸素が結びついて発生し、人体に悪影響を与えます。
PM(粒子状物質)
ディーゼルエンジンの排気ガスに含まれる粒子状物質の総称で、黒煙(スス)や、燃え残った燃料や潤滑油の成分、軽油燃料中の硫黄分から生成される物質などが含まれます。呼吸器系へ沈着し、人の健康に影響を及ぼします。

注2)
表の値は1台の上限値、カッコ内の値は型式当たりの平均値です。規制が平均値としたのは、エンジンの特性にはばらつきがあるためです。そのため個々のエンジンが規制の上限値をオーバーしても、型式当たりの平均値が規制をクリアすれば出荷できる仕組みです。

表 排気ガス規制の変遷

段階NOx
(g/kwh)
PM
(g/kwh)
CO
(g/kwh)
NMHC
(g/kwh)
短期規制
(E規制)
1994年
直噴:7.80
副室 : 6.80
0.7
(0.96)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E5規制)
1997年
4.5
(5.8)
0.25
(0.49)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E6規制)
2003年
3.88
(4.22)
0.18
(0.35)
2.22
(3.46)
0.87
(1.47)
長期規制
(E7規制)
2005年
2.0
(2.7)
0.027
(0.036)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E8規制)
2009年
0.4
(0.7)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E9規制)
2016年
0.7
(0.9)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)

注)
括弧なしの値は型式当たりの平均値を意味し、括弧内の値は1台当たりの上限値を意味します。
E9規制の場合、上限値 0.7g/kWhとは、これを超えるエンジンは出荷できないことを意味します。
対して平均値 0.4g/kWh は、型式当たりの平均値がその規制値内であれば良いです。

 

図 NOx規制の変遷

図 NOx規制の変遷

このように1994年から2016年の22年間に規制は6回も引き上げられました。

それに伴いメーカーは22年間に6回、規制に適合した車種(エンジン)を開発し、国の認証を受ける必要がありました。

その規制は世界トップクラスの厳しいものでした。

しかもディーゼルエンジンの排ガス浄化は技術的に難しい点があったのです。
 

排気ガス浄化技術

排気ガスに含まれる主な有害物質は、NOx,CO,HCの3種類です。

ガソリンエンジンは、三元触媒を使用すればNOx, CO, HCを同時に低減できます。


注)
CO(一酸化炭素)
エンジンの排気ガスに含まれ、無色・無臭・無刺激で非常に毒性が強く、濃度が上がると吐き気やめまいなどの中毒症状が進み、最悪の場合、死に至ります。

HC(炭化水素)
未燃焼燃料が大半で空気中の窒素酸化物(NOx)や紫外線と反応して光化学スモッグの原因となり、濃度が高くなると眼や喉などの痛みを引き起こします。

ディーゼルエンジンの排ガス浄化の問題

ディーゼルエンジンは、混合気中の燃料が希薄なため、三元触媒の効果が低いという欠点がありました。一方、燃料の不完全燃焼は起こりにくいため、HC, NMHC(ノンメタン炭化水素)はほとんど発生しません。

従ってディーゼルエンジンの課題はNOxとPMの低減でした。

しかし、PMは燃焼温度を上げて燃焼効率を高めれば減少する一方、NOxは増加します。つまりNOxとPMはトレードオフの関係にあります。そのためNOxとPMを同時に浄化・低減するのは困難でした。

そこで排ガス中のNOxを窒素に還元するNOx触媒が開発されました。
 

ディーゼルエンジンの排ガス浄化技術

現在のディーゼルエンジンは、以下の4つの技術を組み合わせて排気ガスを浄化しています。

  • 酸化触媒(DOC)によりCO, NMHC(非メタン炭化水素), PMを浄化
  • ディーゼル微粒子補足フィルタ(DPF)で黒煙の元となるPMを除去
  • NOx触媒でNOxを窒素に還元
    (尿素SCRと、尿素を使用しないHC-SCRの2種類)
  • エンジンの改良(燃料噴射制御、高過給・インタークーラー, EGR)

図 後付けの排気ガス浄化技術

図 後付けの排気ガス浄化技術

ここでNOx触媒には、尿素水を排気ガス中に噴射する尿素SCRと、軽油を使用してHCを生成してNOxを還元するHC-SCRがあります。HC-SCRは尿素水タンクが不要ですが、その分軽油を消費するというデメリットがあります。

さらに排ガス規制に加えて燃費規制も強化されました。
 

燃費規制

 
大型車の燃費は、2015年度までに達成すべき燃費基準が2005年に設定されました(2015年度目標)。
 

エコカー減税制度

2015年度燃費基準を達成し排気ガス低減した場合、エコカー減税制度のもとで自動車取得税、自動車税、自動車重量税の軽減が受けられました。

表 排気ガス規制の変遷

2015年度目標取得税自動車税
(自家用)
自動車税
(営業用)
重量税
+15%以上非課税非課税非課税免税
+10%以上75%軽減1%0.5%75%軽減
+5%以上50%軽減2%1%50%軽減
目標達成 3%2% 

しかしこの燃費も排ガス浄化とトレードオフの関係にあり、両方をクリアするのは技術的な困難さがありました。

一方トラック用の大型ディーゼルエンジンの国の認証方法は、乗用車と違いエンジン単体で行います。
 

認証試験方法

エンジンの測定方法

トラックは車両のバリエーションが多く、重量もさまざまなため種類が非常に多く、乗用車のように車両をシャシダイナモメーターに載せて測定するのは困難でした。

そのためエンジン単体をテストベンチ(以降、ベンチ)上で運転し燃費を測定します。試験方法は、国連欧州経済委員会で「重量車排出ガスの測定方法 Ⅱ WHDCモード法」(通称 WHDC)が決められ、日本も2016年のE9規制からWHDCが導入されました。

その一方で、排ガスの浄化能力は、時間と共に劣化します。
 

排気ガスの測定

排気ガスの測定はWHDCによって測定されますが、排ガス浄化装置が劣化すれば規定値を超える可能性があります。そこで規定された走行キロ数を走行後、排ガスが規定内に入っていることを確認する「劣化耐久試験」を行います。

この劣化耐久試験では、一定のキロ数を走行後、排ガス浄化能力の低下を示す「劣化補正値」を計算します。国土交通省の形式指定を受ける際、この劣化補正値を提出します。
 

劣化耐久試験

劣化耐久試験ではベンチ上で規定走行キロ数に相当する時間エンジンを稼働させます。その際、外挿法を使用して運転時間(キロ数換算)を実際の走行距離の1/3にします。

例えば12トンを超える大型車の場合は、規定走行キロ数65万キロですが、外挿法を使えば走行キロ数は21.7万キロです。この距離はベンチでは2,022時間の運転時間に相当します。

外挿法により劣化耐久試験を行う場合、車種区分ごとに排気ガスを測定するタイミングが規定されています(法規が定める測定点)。劣化補正値は、慣らし運転後の排気ガス測定値と規定距離走行後の排気ガス測定値との差から計算します。

この劣化耐久試験中は、排気ガス性能に関する装置は交換してはならず、やむを得ず交換した場合は交換部品を保管しなければなりません。

劣化耐久試験は1回の試験に2,000時間以上かかるため、もし再試験になれば開発日程に大きな影響を与えます。厳しい開発日程の中、失敗は許されない状況でした。
 

再生試験

排気ガス浄化装置には、稼働に伴い劣化した浄化能力を定期的に修復する機能(再生と呼ぶ)を持つものがあります。

WHDCに従って排気ガス中の各成分の平均排出量を計算する際は、「再生調整係数」を用いて再生機能を考慮した平均排出量を計算します。

この再生調整係数のうち、排気ガスへの重みづけをする係数が「Ki値」、燃費への重みづけをする係数が「Kf値」です。
 

燃料消費率試験

新型自動車の形式指定の際、大型ディーゼル車の場合、燃費もベンチ上で測定します。この測定方法はTRIAS08-003-02「燃料消費率試験(重量車)」に規定されています。

ベンチ上で燃料消費率から燃費を計算する場合、等燃費マップを使用します。等燃費マップは2015年度目標に対応したJH15モードと、2025年度目標に対応したJH25モードがあります。


注) TRIAS 日本での新型自動車の試験方法。交通安全環境研究所(独立行政法人)の自動車審査部が作成している基準で、クルマの認可、認定制度において、保安基準に適合しているかどうかを審査する場合に、技術基準と合わせて規範とされる試験方法。

このような環境の中、開発担当者は数年毎に強化される規制に合わせて、新たな製品を出さなければなりませんでした。
 

排気ガス浄化に関する変遷

ディーゼルエンジンは三元触媒の効果が低いという欠点のため、ガソリンエンジンに比べて排ガス規制は遅れていました。

しかし1999年に当時の東京都知事がディーゼルエンジンの排気ガス強化を打ち出したのを皮切りに、国もE6規制(2003年)からE9規制(2016年)まで段階的に排ガス規制を強化しました。

これに対し日野自動車はターボチャージャー、EGRなどエンジン関係、さらに触媒(DOC)、DPF、尿素(HC)-SCRなどで対応しました。

これらの付加装置は時間の経過とともに排ガス浄化機能が低下します。そこで日野自動車ではE6(2003年)から劣化耐久試験が行われるようになりました。

当初は法規が定める固定劣化補正値を使用していました。しかし法規が変わって劣化耐久試験での実測値が使用できるようになったため、その後は実測した劣化補正値を使用しました。

この時、可変ターボチャージャーを使用した場合は、ノズルが摩耗すればNOxは減少する傾向にあるため、劣化補正値を0としました。

「劣化補正値は実測値を使用する」としつつも劣化補正値を0としていたことが、劣化耐久試験を軽視する一因になりました。しかも劣化耐久試験自体が新しい制度の試験のため、試験方法に精通した人材は限られていました。

この排ガス規制はE6規制(2003年)、E7規制(2005年)、E8規制(2009年)と短期間に頻繁に改訂されました。それに伴いベンチ上での試験も増えました。
 

トラック用エンジンでの燃費不正

大型車用E13Cエンジンの問題

E13Cエンジン以前には、E5規制対応の大型エンジンとしてK13C(排気量13Lターボチャージャー付)にコモンレール噴射システムを搭載したものを1998年に販売しました。

しかしK13CではE6規制に対応するのは困難でした。そこで1997年から新たなエンジンE13Cの開発を開始しました。

このE6, E7規制あたりから、認証テスト用ベンチのスケジュールに余裕がなくなってきました。劣化耐久試験はベンチ上で2,000時間以上も運転するためです。

試験日程はギリギリの状況で、予想外のトラブルが発生すれば計画通りに排ガス測定ができない状況でした。

その結果、法規が定める測定点で測定できず、かなりずれた時点で測定したり、測定自体ができないことが起きていました。さらに劣化耐久試験を途中で中止したり、劣化耐久試験自体ができないといった事態も起きていました。

その結果、法規で定められた時点で測定したように試験データを書き換えたり、データがない場合は他の試験データを流用して不正なデータを提出しました。

さらに劣化耐久試験の結果、劣化補正値が0にならないこともありました。しかしパワートレーン実験部では「劣化補正値は0」と認識していたため、ゼロと記載してそれ以上の追求はしませんでした。

このようにデータを改ざんして何とか日程に間に合わせた中で、次の開発が始まります。
 

E7規制(2005年)

E7規制対応のE13Cエンジンは、E7規制に対応するため、可変ターボチャージャーやEGRバルブの制御の変更で排ガス性能を高める計画でした。

燃費は2015年度燃費目標が国から発表されたため、E7規制対応のエンジンが2015年度燃費目標に適合するか検討されました。

しかし2005年11月の会議でパワートレーン実験部は、E7規制対応のエンジンの燃費は2015年度目標に対し6~7%未達と報告しました。

これに対し技監(元副社長)から「車型を限定していずれかの車型で2015年度目標をクリアすること、TRIASをよく勉強するように」と指示がありました。

当時技監の指示は「必達」の意味でした。

再度検討したところ新型の12段トランスミッションの車型(12段車型)では、燃費が約2%改善するため、未達は5%と判明しました。

しかしパワートレーン実験部は役員に12段車型では2015年度目標の達成見込みがあると報告してしまいました。しかし残り5%を改善する具体的な方法はありませんでした。

こうして追い詰められたパワートレーン実験部は、2006年4月に国の認証立ち合い試験の準備を進める中、燃費は、有利な値が出るようにTRIASで認められている±2%の誤差の範囲内で測定機器を調整することを行いました。

注) ±2%は、測定誤差や測定器の誤差があっても目標値を保証するためのマージンです。その範囲内でも測定器を調整することはデータの改ざんでした。

こうしてエンジン回転計、燃料流量計の表示を操作することで認証立会試験は合格しました。

公正であるべき測定器の値を操作することは許されることではありません。しかし、一度行うともう歯止めがかかりませんでした。

2回目の認証立ち合い試験では2%の範囲を超えて値を操作して合格しました。

こうしてE7規制対応E13Cは、2015年度目標を達成する性能がなかったのにも関わらず、達成したことになってしまいました。

このことをパワートレーン実験部以外は誰も知りませんでした。そして以降の開発は2015年度目標を達成したことを前提に進められました。
 

本来は技術者として、「技術的にできていないことはできていない」と報告すべきでした。しかし上司に報告しても「何とかしろ、できるはずだ」のため追い詰められた担当者に残された方法は改ざんしかありませんでした。
 

E8規制(2009年)対応

2007年E8規制に対応するため、E13Cエンジンにコモンレールシステムの変更と、尿素SCRを新たに追加する開発を開始しました。

燃費については、さらなる改善を行い尿素SCRで悪化した分をカバーして、前回のE7規制のエンジンと同等の燃費を目標としました。しかし2008年3月の会議で、燃費目標はE7規制+3%に引き上げられました。

パワートレーン実験部では、様々な燃費改善策を行って、開発したエンジンはE7規制+3.2%を達成しました。しかし元々のエンジンはE7規制対応時にデータを改ざんしていたため、E7規制を満たしていませんでした。

しかしこれを知っているのはパワートレーン実験部のみであり、+3.2%は不十分でさらなる燃費改善が必要とは言い出せませんでした。そのため2010年2月の国の認証立会試験ではE7と同様に、測定器を操作して有利な数値を示しました。

また排ガスについては劣化耐久試験の日程が厳しいため法規が定めた時点で測定ができず、適正な劣化耐久試験ができませんでした。そのため過去の試験データを参考にデータを捏造して認証申請しました。

また再生試験も実施しませんでした。認証申請時は再生試験で得られるKf、Kiの値は捏造して提出しました。

燃費や排気ガス浄化性能に影響するKf、Kiの値は、開発時にすでに決定されていました。パワートレーン実験部の担当者は、再生試験を実施してもKf、Kiが目標値をクリアできる自信はなく、データを捏造するしかありませんでした。
 

常態化するデータ改ざん

その後E8規制対応燃費改善モデル、E9規制対応と開発が進みますが、E7規制対応時に測定器を操作して燃費に下駄を履かせたため、報告される燃費と実際の燃費の乖離は拡大しました。データの改ざんは一度始めたら後戻りが利かず、打ち出の小槌となってしまいました。

このデータ改ざんは、大型車用E13Cエンジンのみならず、大型車用A09C、中型車用A05C、マイクロバス用N04C、建機など特殊自動車用エンジン(オフロードエンジン)にも見られました。違反発覚後は大型のエンジン、及びトラックが出荷できない状態となってしまいました。
 

都合の良いデータを選択

マイクロバス用N04Cエンジンは、トヨタのマイクロバス コースター用のエンジンです。それまで国内の小型トラック向けのN04Cエンジンが酸化触媒にHC-SCRを使用したのに対し、コースター用のN04Cはすでに開発したEuro6対応の小型バス用エンジン(尿素SCR)を採用しました。

このN04Cをトヨタに提案する際、HC-SCRのKf値を用いて燃費を計算するミスをしてしまいました。その結果、燃費は実力よりも良い数値でした。

燃費については、トヨタの担当者から、「燃費基準値の達成度合を引き上げなくてもよい旨の意見」がありました。しかし日野自動車は「燃費基準値の達成度合いを引き上げることは可能」と主張しました。

しかし実験データを元に燃費をシミュレーションしたところ、目標値を満たしませんでした。そこで本来はアイドリング運転開始から20~30分経って、燃料消費量が安定してから測定すべきですが、アイドリング運転開始からもっと短い時間で測定して、都合の良いデータを取得しました。

それでも目標値に到達しなかったため、複数回測定したデータの中から良いデータを恣意的に選択しました。

こうした問題に対し、第三者機関による調査報告書は以下のように述べています。
 

調査報告書が指摘する問題

この日野自動車の不正に対し、調査報告書では下記の3つを真因としています。

  1. みんなでくるまをつくっていない
  2. 世の中の変化に取り残されている
  3. 業務をマネジメントする仕組みが軽視されている

① みんなでくるまをつくっていない

  • 個々の役職員が「みんなでくるまづくりをしよう」という意識が希薄
  • セクショナリズム
  • ・パワートレーン実験部が孤立
  • ・プロジェクトの責任者が全体を俯瞰できていない
  • ・プロジェクト責任者が劣化耐久試験の内容をよくわかっていなかった
  • ・人材が固定化し、他の部署の経験が乏しい
  • ・批判的精神を持った建設的な議論が欠如
  • 能力やリソースに関する現場と経営陣の認識に乖離
  • 法規やルールの動向を把握し、その内容を社内に展開する仕組みがない
  • 品質保証部門や品質管理部門の役割が十分理解されていない

② 世の中の変化に取り残されていること

  • 上位下達の強すぎる組織、パワーハラスメント体質
  • 過去の成功体験に引きずられていることや「撤退戦」を苦手とする風土
  • 日野の開発プロセスに対するチェック機能が不十分であった

③ 業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと

  • 開発プロセスの移行可否の判定があいまいであった
  • パワートレーン実験部が、開発業務と認証業務の双方を担当していた
  • 規定やマニュアル類の整備、データや記録の管理が適切になされていない
  • 役員クラスと現場の間に適切な権限分配がなされていない

    調査報告書はこのように述べています。 しかしこの背景には日野自動車の置かれた状況がありました。  

日野自動車の置かれた状況

 日野自動車は、売上高1兆4,597億円、連結従業員33,850名の大企業です。

その一方、年間販売台数は15万台(2021年度)で、このうち国内が58,158台です。

この中に10トン、4トン、2トンの3車種があり、車種の中でエンジンの型や車体など多様なバリエーションがあります。また建機など特殊自動車用エンジンも用途別に多様なバリエーションがあります。

このように車種が多様なため劣化耐久試験などに多くの試験や評価が必要になりました。こういった事業環境の変化に対して、人材や設備は十分ではありませんでした。

パワートレーン実験部ではベンチのやりくりに苦労していました。

必要な劣化耐久試験をしないまま認証立会試験に臨むこともありました。劣化耐久試験をしない(コンプライアンス違反の)リスクを考えれば、ベンチやテスト人員を倍増するべきでした。

なぜそうしなかったのでしょうか。 報告書には、この問題は指摘されていません。  

経営判断に問題はなかったのか

段階的に強化される規制や多様な種類のエンジンのため、増加する開発をこなせるように、それに合わせた開発環境が必要でした。そのために伴い経営者は、

  • 排ガス規制、燃費規制など事業環境の変化を調査
  • 必要なリソース・体制の整備
  • 幅広い車種や地域での展開が自社の身の丈に合わなければ、一旦は車種や地域を縮小

    この判断は経営者しかできません。当時の経営者は、この時の状況をどのように見ていたのでしょうか。  

ものづくり企業として適切な体制・組織になっていない

報告書にもあるようにパワートレーン実験部が、開発も評価(認証)も共に行えばモラルハザードが起きます。

  • 開発は、開発計画を立てた部署が最後まで責任をもって管理
  • 評価検証を行う部署は、外部の視点・考え方で客観的な評価

    本来はこうした分権体制が必要です。評価検証する部門は、自社の良心として最後の関門の役割があります。  

技術をマネジメントできていたのだろうか

開発は暗闇の中で答えを探すようなものです。解決案があっても必ずしもうまくいくとは限りません。 かといって容易に実現できる目標では他社に負けてしまいます。 そこで

  • どのくらい背伸びをすればいいのか
  • 失敗した時どのくらい開発期間が長くなるのか
  • あるいはできないという結論になった場合、どうするのか

    こういった開発課題と自社の技術力の目利きが必要です。 それには過去の経験にとらわれず、最新の技術や規制を学び、現場の声に真摯に耳を傾ける必要があります。

    さらに開発がうまくいかない時、プランB、プランCを用意する(部下にさせる)必要があります。(これは多くの日本人に苦手なことですが)  

リーダーの役割

こういった判断、開発のマネジメントは、リーダーの役割です。

日野自動車のエンジンは多くのバリエーションがありますが、大別すればE13、A09、A05(J05)、N04の4種類のエンジンです。この4種類のエンジンが日野自動車を支えているのです。

もし1機種でも開発に失敗すれば大変なことになります。 にもかかわらず、燃費改善目標5%はどのような根拠から決めたのでしょうか。

これまでも様々な改善を行ってきた燃費を「もっとがんばれ」と言えば5%も良くなるのでしょうか。

開発のリスクを減らすため、開発仕様を決める前に事前に検証を行う企業もあります。

開発期間の短さを考えれば、そのような取組も必要ではなかったでしょうか。 タイトな日程のためそれもできず、ぶっつけ本番で「うまくいくだろう」と進めれば、かえって時間とお金を浪費します。

こうした技術のマネジメントはできていたのでしょうか。  

指示命令に対し、現場から上司へのフィードバックの機能不全

もしパワートレーン実験部の「できません」という報告に対し、上司が事実を謙虚に受け止め、他の部門も巻き込んで解決に当たれば、結果は変わったかもしれません。

現場で起きている事実に最も精通しているのは、現場の担当者です。

上司からの指示に対し、担当者は実際に現場で起きたことを上司に正しく報告します。 上司はこの情報を的確に受け止め、適切に判断しなければなりません。

それには時には目標の修正や日程の変更などの痛みを伴います。 「なんとかしろ」と言った上司は、現場の情報を的確に受け止めていたのでしょうか。

結果的にこの問題はパワートレーン実験部、ひいては担当者の問題に矮小化されてしまいました。 追い詰められた担当者に残ったのは不正しかありませんでした。

こういった管理、組織の問題は他の企業でも起きています。 これについては別のコラムでお伝えします。 

参考文献

「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会    

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~ https://ilink-corp.co.jp/13320.html https://ilink-corp.co.jp/13320.html#respond Sun, 18 Aug 2024 11:24:04 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13320
【コラムの概要】

企業不祥事を防ぐには、技術者が高い倫理観を持ち、経営者もそれを尊重することが重要です。チャレンジャー号事故や原発手抜き工事は、技術者の倫理軽視や縦割り組織の弊害を示します。企業風土が不正の原因となるため、健全な組織体制と倫理的リーダーシップが不可欠です。

企業不祥事は社会に大きな損失を与え企業の存続に関わります。

これに対しコンプライアンスとコーポレートガバナンスについて、企業不祥事と組織の問題 その1で説明しました。

一方技術者は自らが関わった技術が誤って使われれば社会に多大な損害をもたらします。そこで技術者には高い倫理観が求められます。それが工学倫理です。
 

技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ

 

1986年スペースシャトル・チャレンジャー号が発射直後に爆発しました。

事故の原因は、打ち上げの日の気温が低かったため、Oリングのシールが不十分になり、そこから燃料が漏れ出したためでした。

打ち上げの前日、Oリングメーカーのチオコール社の技術者ボイジョリーは、明日の打ち上げは低温のため燃料が漏れる危険があると主張し、打ち上げの延期を提言しました。

しかし副社長メーソンは

「君は技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ」

と説得しました。

その結果は、悲惨な結末になりました。

技術者は、技術の専門家として高い倫理観を持ち、技術者の帽子を決して脱いではならないことをこの事故は示しています。
 

工学倫理と技術者倫理

 

技術の進歩に従い、技術が誤って使われると、多くの人が多大な被害を及ぼします。チャレンジャー号では、低温でのシール性の低下と燃料漏れというリスクに対し、正しく評価しなかったため、4名もの命が失われました。

そこで今日では技術者や科学者には高い倫理観が求められ、技術者倫理や工学倫理の教育が取り組まれています。

では、この倫理とは何でしょうか?
 

倫理とは

「倫理」とは、社会生活における人間の行為に関する規範の体系です。

一般生活における倫理は、

  • 人の物を盗まない
  • 公共物を壊さない
  •  

など、日常の中で守るべき普遍的な道徳的規範です。
 

技術者倫理

これに対し、技術者には技術者固有の自律的な行動規範があります。

それは技術者の仕事が一般の人には分かりにくいためです。

もし技術者の行動が道を外れても、専門外の人には見抜くことができません。

それだけに技術者は、自らの行動を厳しく律しなければなりません。

技術者が技術者倫理を意識して技術を正しく使うことで、専門外の我々はは安心して日常生活を送ることができます。
 

倫理と法

ただし倫理はあくまで自律的な規範です。

高い倫理を備えた人でも、うっかりミスをすることもあります。その結果、重大事故が発生すれば、人や社会に被害が及びます。

つまり倫理のみではすべてをカバーできません。

そこでこのような過失に対するのが、法の役割です。法には強制力があります。

対して倫理は他から強制されるものではありません。

そのため倫理では制御しきれないものを法がカバーします。倫理が自律的であるのに対して、法は他律的な規範です。

ただし法も完全ではありません。法はすべてを完全には押さえることができず、必ず抜け穴があります。この法の抜け穴に対しては、自律的規範である倫理が必要です。

つまり倫理が法をカバーします。

このように倫理と法は互いに補完関係にあります。下図のように倫理の落とし穴を法が埋め、法の抜け穴を倫理で埋めます。

図 倫理と法の補完関係
図 倫理と法の補完関係

経営倫理

一方、多くの技術者は組織の中で仕事をします。そこで技術者個人だけでなく、組織の倫理観である経営倫理も重要です。

倫理とは誠実さと想像力

技術者個人の倫理観は、職業に対する誠実さと顧客への信頼を大切にすることです。

  • 顧客が自社の製品をどのように使用するのか、
  • 問題がある製品を出荷すればどのようなことが起きるのか、

それに対する豊かな想像力が必要なのです。
 

乗客を見て責任を痛感した運転士

寝台特急をけん引するJRの電気機関車の運転士の話です。

深夜の運行は強い眠気に襲われる時があります。機関士は列車が駅で停車した時に車内を巡回しました。

お弁当を広げている老夫婦、お母さんに抱かれ気持ちよさそうに眠る赤ちゃん、彼はたちどころに目を覚ましました。自分がこの人たちから安心感と命を託されていることを実感したのです。そして責務の重大さを痛感しました。

最後の番人

ある自動車部品メーカーの検査員の話です。

取引先にサンプルとして出荷する製品の寸法が図面公差から外れていました。納期が迫っているため、経営者は検査員に検査結果に良品として合格印を押すよう指示しました。

しかし若い検査員は

「図面に記載された公差はそれなりの実績や根拠が合って記入されたはずであり、実物が公差から外れていれば、たとえそれが1/1000mmオーバーでも、そのリスクについて判断する根拠がない

と考えました。

わかっている唯一の基準は

「図面公差通りの製品を合格とすれば安全が確保できる」ということです。

「自分が図面と安全の最後の番人である以上、印を押すわけにはいかない」
と主張しました。

経営者は仕方なく製造方法を見直して設備も改善しました。その結果、高い品質が評価されて採用になりました。
 

それでも起きる不正や事故

 

一方、このように企業倫理、技術者倫理の大切さがわかっているのにも関わらず、今でも不正や事故は起きます。

これについてペインは

「数えきれないほど多い企業の不正行為の原因をたどっていけば、

むしろ非現実的な目標達成への圧力、誤ったインセンティブ制度、管理不良、不注意な雇用、不適切な教育訓練、そして倫理的なリーダーシップの欠如に行きつく。

組織風土こそが企業犯罪の最大の原因であることが明らかになっている。」

と述べました。

なぜなら企業の内部でも、各組織の目標は相反するからです。
 

経営倫理と組織のコンフリクト

企業には、様々な部署があります。そして各部署の業務は目指すことが異なります。例えば顧客の要求・仕様を元に設計・製造する企業では以下の3点が必要不可欠です。

●営業
受注するためには少々無理な顧客の要求も受入れる。
納期通りに製品を納入する。

●製造
納期、コストを守って製造する。
仕様から外れても使用上問題なければよい。

●品証
無理な仕様で受注すれば結果的に仕様を満たさず顧客に迷惑をかけてしまうから受注はできない。
仕様から外れたものは品質を保証できないので出荷できない

図 健全な対立構造
図 健全な対立構造

このように組織の目標は相反します。品質を維持し顧客の信頼を得るには、品証は時には他の部署と喧嘩して自らの主張を通さなければなりません。

経営者は、品質保証部門は他の部署と独立させ、強い権限を与えなければいけません。

ところがタテ型組織では、上からの強い圧力が問題を起こします。
 

タテ型組織の問題

問題が起きる組織の特徴を以下に示します。

  • 官僚機構型(縦型)の大規模な組織
  • 現場とトップの間に複数の階層の中間管理職があり意思伝達がスムーズでない
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴

こういった組織は以下の問題点があります。

  1. 情報が階層の上に伝わりにくく、情報が歪曲・制限される
  2. 負のフィードバックが利きにくい
  3. 派閥主義が横行する
  4. 緊急時や突発事件への対応が弱い
  5. 規則や法律より上下関係が重視される
  6. 組織が閉鎖的になりやすい

 
こういった組織では管理より監視の傾向が強くなります。
 

一望監視社会

このようなタテ型組織は、官僚機構だけでなく、軍隊、学校、病院もそうだといえるでしょう。また多くの企業もタテ型組織です。

このタテ型組織に対し、ミシェル・フーコーは「軍隊、学校、病院、工業は全く異なった分野だが運営方法と技術は同じだ」と指摘しました。

  • 1箇所から全体が眺め渡せるような閉鎖空間の中に規則的に人を配置
  • 時間を細分化し、細かな規則を課して行動を制御
  • 理想的な身振りに近づくように訓練
  • 成長を段階化し、発達を規格化した管理

これにより一人で効率よく多ぜい管理できます。フーコーはこれを「一望監視社会」と呼びました。

図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)
図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)

こういったタテ型組織では多様性が否定されます。またそれでよいと考える経営者もいます。

金太郎飴は悪くない

タテ型組織の価値観について、元トヨタ自動車会長 奥田碩氏は以下のように述べています。
以下引用
「『トヨタは金太郎飴だ』とよく言われるんですね。組織の上から下まで、同じ質問を誰にしても、同じ答えしか返ってこない。それは『金太郎飴』みたいなもので、会社としてまずいことだと。そんなふうに言われだしたのは、ここ十年以前のことだと思うんです。

会社の中を見ていると私は『金太郎飴というのは結構悪くないよ』と思うんです。

金太郎飴型の組織というのは、リーダーが『右向け右』といったら百名の部下が右を向いて走れる。『左向け左』と言ったら、左を向いて走れる。そういう同質性を持っているんです。

ここで一番大事な話は、リーダーがしっかりしていなきゃいかんということです。リーダーが理念を持って、的確な指示のもとに部下に仕事をさせる。指示を受けた部下たちは、金太郎飴的に仕事をする。

そうすれば、非常に強い企業ができるんだと私はいつも言っています。」

変化の激しい今日、リーダーの判断は常に正しいのでしょうか?

こういったタテ型組織の強い集団主義は、経営が不振に陥ると企業倫理の意識を弱め、モラルハザードを引き起こします。

経営が危機的な状態に陥ると、人々の心が内向きになり、企業倫理を犠牲にしてでも組織を守ろうとする気持ちが強まります。その結果、モラルハザードを引き起こし、コンプライアンス違反を起こします。

それは企業が人の集団だからです。そこには独自の文化、風土があります。

人が企業風土をつくる

そもそも企業は人の集団です。創業以来、長年企業のメンバーが集団として活動することで、その活動に応じた「理念」と「風土」を形成します。

この中で理念は成文化され、建前として一人歩きをします。

対して風土は不文律として黙認されます。

そして企業の中にダブルスタンダードを形成します。

この企業風土は、独創的な開発体制、教育やノウハウの共有、品質などプラスの面と、以下のようなマイナスの面があります。

  • 縦割り組織の中で周囲への無関心
  • 一方通行や硬直・形骸化したマネジメント(管理)
  • 部署間、指揮命令系統間での風通しの悪さ
  • ヒラメ人間やイエスマンの蔓延
  • 事なかれ主義と責任所在の分散化
  • 社外環境や住民への無関心
  • 密室経営と一方的管理
  • 職場での馴れ合いと排他主義

これらがコンプライアンス違反の温床ともなりえるのです。

原発の手抜き工事

2000年2月、関西電力美浜原子力発電所3号機の過去の建設工事で手抜き工事があったことが発覚しました。

美浜原子力発電所は1976年に運転を開始しました。この発電所を建設する際、原子炉格納容器内や遮蔽壁のコンクリートの強度は、210kg/cm2という最も厳しい基準でした。そのため水分の少ない固練りの生コンをポンプ車で型枠に流し込む工法が採用されました。

しかし当時開発されたばかりのポンプ車でのコンクリート圧送は、問題が多発しました。コンクリートを送る配管が途中で詰まってしまい、作業はしばしば中断したのです。

しかしコンクリート業者はゼネコンとは出来高払い契約だったため、作業が頻繁に中断しては採算が取れません。そこでコンクリートに大量の水を加えた「不法加水」で流動性を良くして作業しました。

当時の関係者によれば
「炉心部でも関係なく水はジャブジャブ入れていた。自分でも100リットル以上は普通に入れていた。」
と証言しました。
別の技術者は
「最初は注意したが改まらず、どうしようもなかった。現場で自分一人が文句を言えばつまはじきにされた。」と話しています。

しかも通産省に提出したサンプルは正規の含水率で捏造していました。

「最高レベルの安全性」「絶対安全」な原発の足元では、このような手抜き工事が常態化していました。

こうした不正を起こす企業文化・組織風土は他の業界でもありました。

それが日野自動車、三菱自動車のデータ改ざんです。これについては別のコラムでお伝えします。

参考文献

「工学倫理」堀田源治 著 工学図書株式会社
「なぜ企業不祥事はなくならないのか」國廣正、五味祐子 著 日本経済新聞社
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
 

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企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~ https://ilink-corp.co.jp/13232.html https://ilink-corp.co.jp/13232.html#respond Wed, 24 Jul 2024 06:22:36 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13232
【コラムの概要】

多くの企業でデータ改ざんが問題視される中、コンプライアンス(法令遵守)やコーポレートガバナンス(企業統治)が重要視されています。しかし、単なる制度構築だけでは不十分で、「あってはならない」という意識が問題の隠蔽を招くこともあります。些細な不正も報告し、リスクを客観的に分析する企業文化の醸成が不可欠です。

多くの自動車メーカーでデータ改ざんなどの不祥事が起きています。これに対しコンプライアンス軽視など企業の問題が指摘されています。

本当にコンプライアンスを強化すれば、不正は防ぐことができるのでしょうか?

企業不祥事と組織の問題について考えました。
 

コンプライアンス

 
コンプライアンスとは何でしょうか?

コンプライアンスは直訳すると「法令遵守」です。

他にも多様な意味があります。社会規範や社会道徳、会社のステークホルダー(利害関係者、株主、経営者、従業員、顧客、取引先など)の利益や要請にかなうこともコンプライアンスに含まれます。

コンプライアンスが問われるようになったのは、1990年代に粉飾決算など不正な会計処理が多発したためでした。
 

きっかけは粉飾決算や不正融資の多発

1990年代バブル経済が崩壊し、粉飾決算や不正融資が多発しました。1997年には山一證券が巨額の損失を隠ぺいする不正な会計処理を行い、巨額の簿外債務を計上し、経営破綻しました。

これをきっかけにより公正な企業会計が求められるようになりました。つまりコンプライアンスは、最初は企業の粉飾決算や不正会計など、主に上場企業の会計処理に関する法令遵守を目指したものでした。

今日ではインターネットやSNSの普及により、企業の不正行為は短時間に拡散し、経営に大きな影響を与えます。そのためコンプライアンスの重要性がより高まっています。

コンプライアンスと似た言葉にコーポレート・ガバナンスがあります。これはどう違うのでしょうか?
 

コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い

 

コーポレート・ガバナンスは企業統治と訳され、経営者を監視・監督する仕組みのことです。コーポレート・ガバナンスは経営者の暴走や不正を防ぎ、株主利益の最大化を目指します。

つまりコーポレート・ガバナンスは株主のための制度です。

コンプライアンスは、経営者から見た、従業員の会社業務に対する制度です。

コーポレート・ガバナンスは、取締役会から見た経営者の経営に対する概念を指します。ここでいう取締役会は、株主を代表して経営の監視をする機関です。取締役会の位置づけが日本企業とは異なっています。取締役会が経営者を罷免することもあります。

コーポレート・ガバナンスは、株主から経営を任された経営者が自己保身や自身の利益のために不正を行い、株主を損害を与えることを監視することを指しています。株主のための制度です。

図 コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い
図 コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い

企業のコンプライアンスに関するリスクは「コンプライアンス・リスク」と呼ばれます。

これはどのようなものでしょうか?
 

コンプライアンス・リスク

 

金融庁の

「コンプライアンス・リスク管理に関する 検査・監督の考え方と進め方」

によれば

コンプライアンス・リスクとは

「ビジネスと不可分一体で、往々にしてビジネスモデル・ 経営戦略自体に内在する場合が多く、その管理は、まさに経営の根幹をなすものである。」

と示されています。なんだかよく分かりません。これは以下の具体的な内容を見れば分かります。代表的なコンプライアンス・リスクは以下の5つです。
 

(1) 労務リスク

  • 長時間の時間外労働による労働基準法違反
  • ハラスメント(パワハラ・セクハラなど)
  • 非正規社員に対する差別的な取扱いや不合理な待遇差

 

(2) 契約リスク

  • 契約内容が法令に違反していたり、自社に不利な条文が含まれていたりするリスク

 

(3) 情報漏えいリスク

  • 営業秘密の情報漏えいを防ぐため、営業秘密を明確にし、管理体制とルールを構築
  • 個人情報の紛失・漏えいを防ぐため個人情報保護法のルールに従った個人情報の取得
  • 個人情報が漏えいしないための管理体制を構築

 

(4) 法令違反リスク

法令遵守が問題になることが多い法令は以下のものです。

  • 消費者契約法
  • 独占禁止法
  • 下請法
  • 景品表示法

 

(5) 不正会計リスク

企業の業績を良く見せるために利益を水増ししたり、脱税目的で売上を隠したりする不正会計は、企業の存続にかかわる重大な違法行為です。以下のリスクを負うことになります。
 

金融商品取引法違反

財務諸表などの虚偽記載には「10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金」、会社にも「7億円以下の罰金」が科せられます。また役員は株主に対して損害賠償責任を負います。

役員の任務懈怠責任

役員が意図的な不正会計や見逃しにより会社に損害を与えた場合、会社に対して任務懈怠に基づく損害賠償責任を負います。

役員の第三者に対する損害賠償責任

役員の故意または過失により不正会計が行われ、第三者に損害を与えた場合、役員は当該第三者に対して損害賠償責任を負います。たとえば、粉飾した決算書で金融機関から融資を受け返済不能になれば、役員が支払いを求められることもあります。

このように経営者や従業員はコンプライアンスに違反すれば、刑事責任や民事責任が問われます。

では、このコンプライアンスを守るために、企業はどのような取組が必要でしょうか?
 

コンプライアンス遵守のための対策

 

コンプライアンス遵守のためには企業は以下の4つの取組が必要です。

(1) 法改正情報を常に収集

法務担当者は、コンプライアンスに関する法改正の情報を常に収集し、法改正に合わせてコンプライアンス体制を変更します。また法務担当者は各部門と連絡を取り日常業務の中でコンプライアンス・リスクを見つけたら直ちに検討します。
 

(2) 社内規程やマニュアルを作成・刷新する

業務が法令等に沿った形で行われるには社内規程やマニュアルの整備が不可欠です。
 

(3) ハラスメント相談窓口や内部通報窓口を設置

コンプライアンス違反を早期に発見するため、ハラスメント相談窓口や内部通報窓口を設置します。
 

(4) 過剰なノルマで成果に対する圧力をかけない

過剰なノルマを達成しようとして社員が法令違反行為を行います。過剰なノルマを課さないように管理職に適切な教育を行います。

このような体制があってもコンプライアンス違反が起きます。なぜでしょうか?

それは会社の視点と社会の視点に違いがあるためです。
 

会社の視点と社会の視点

 

現実には、組織の中では正しい行為も、社会的には厳しい批判を受けることもあります。逆に社会的には問題のない行為が組織の中では問題になります。これは図のようなマトリックスになります。

図 会社の視点と社会の視点
図 会社の視点と社会の視点

社会の視点

社会の視点で見た拒絶行為とは、法律や道徳規律で禁止・やってはいけないとされている行為です。コンプライアンスとはこの拒絶行為を行わないことです。

推奨行為とは、すでに世の中にあり、多くの人から良いことだと認められていることです。

これに対して許容行為とは、やめろとはいわれないがあまり推奨されない行為や、多くの人から非難されるものの、法律には違反していない行為です。

会社の視点

この規範が会社では異なることがあります。

自社のコンプライアンス体制を構築する際、こういったマトリックスで分類し、組織での価値判断を明確にした上で、優先順位をつけて取組みます。

このコンプライアンスを遵守するために、内部統制が求められます。この内部統制とは何でしょうか?
 

内部統制

 

内部統制(Internal Control)とは、

「適切な業務執行を行うための内部的な体制やシステム」

のことで、次のようなものがあります。

  • 組織形態の整備
  • 社内規程・業務マニュアルの整備
  • 社員教育のシステムの構築
  • 内部統制についての相談先

ただし規則やマニュアルを定めただけでなく、決めたことを確実に運用し、評価・改善する体制が必要です。

この内部統制とは具体的にはどのようなものでしょうか?
 

(1) 内部統制の6つの基本要素

①統制環境

「内部統制に対する経営者や従業員の意識」のことで6つの基本要素で最も重要です。「ルールを守る意思がない」、「ルールの重要性を理解していない」このような経営者や社員にはどんなシステムを作っても効果がありません。

②リスクの評価と対応

あらかじめリスクを分析し、リスクを排除する対応策をとっておきます。

③統制活動

適切な業務のための手順のことです。例えば横領を予防するためには、現金を扱う「決裁」手続きや預金残高を定期的に確認・報告させます。

④情報と伝達

経営者からの命令・指令が確実に伝わることです。正しく伝わらなければ適切に機能しません。現場で起きていることが経営者に正しく伝わらなければ、経営者は適切に対処できません。

⑤モニタリング

内部統制が機能しているかどうか定期的にチェックする仕組みです。例えば内部監査などをことです。

⑥ITへの対応

IT化している業務・作業も、人による業務と同様に、内部統制を考えます。

この内部統制に関する法律が日本版SOX法です。
 

(2) 日本版SOX法

日本版SOX法とは、「金融商品取引法」の一部を指します。これは財務報告の信頼性を確保するために内部統制を構築し、その内部統制の整備状況や運用状況などを評価・報告することを企業に義務づけるものです。

日本版SOX法に対応するには以下の取組が必要です。

(1)内部統制を構築

内部統制を構築する過程で、以下の3点の書類を作成します。

  • 業務記述書
  • フローチャート
  • リスクコントロールマトリックス(RCM)
(2)内部統制の整備状況を評価

内部統制が有効かどうか定期的にチェックし、不備があれば、速やかに改善します。そして内部統制が有効かどうかを評価します。

(3)内部統制の運用状況を評価

内部統制が適切に運用されているかどうか評価します。

(4)内部統制報告書の作成

内部統制の整備・運用状況を評価し、それらを内部統制報告書らまとめられます。年に一度、有価証券報告書と共に金融庁へ提出します。

(5)監査を受ける

内部統制報告書は公認会計士または監査法人により監査を受けます。監査結果は、監査人が「内部統制監査報告書」にまとめます。

(6)内部統制報告書と内部統制監査報告書を公表

内部統制報告書と内部統制監査報告書は、決算とともに公表しなければなりません。

このような考え方や法規制まであるのに、なぜ問題が起きるのでしょうか?
 

あってはならないという呪縛

 

例えコンプライアンス体制や内部統制を構築しても、それは形をつくったにすぎず、コンプライアンス体制や内部統制の効果は、実際の業務を行う社員次第です。いくらルールや決まりで縛っても、それを遵守しようという企業風土がなければ形骸化します。

大企業はJ-SOX法に従って内部統制報告書と内部統制監査報告書の作成が義務付けられています。それは財務報告の信頼性を確保するために内部統制です。しかし規則や法令に違反する問題が起きています。

なぜでしょうか?

それは「あってはならない」という呪縛が、企業がリスクを分析し、問題や事故を予測して前もって対処することを妨げるからです。なぜなら「あってはならない」ことは考えられないからです。

こうして「あってはならない」という呪縛が問題を拡大させてしまいます。
 

あってはならない事故を隠蔽

2003年2月19日運航していた名鉄バス(路線バス)に軽自動車が追突しました。この時、バスの運転手が免許更新を怠り、無免許運転だったという「あってはならないこと」が発覚しました。

そこで役員の判断で別の運転手を身代わりに立てて無免許運転を隠蔽しようとしました。これは「犯人逃避罪」にあたり2年以下の懲役、または20万円以下の罰金で、無免許運転より重い罪です。

この隠ぺい工作は発覚し、重大な刑法犯として名鉄は家宅捜査を受けました。そして役員は逮捕されました。名鉄は「あってはならないこと」という呪縛にとらわれ、犯罪行為に手を染めてしまったのです。

原発の「あってはならない」

原子力発電所は事故が起きれば甚大な被害が発生します。そのため国や電力会社は「原発は絶対安全」と主張してきました。しかしどんな安全な設備にも故障や事故のリスクは存在します。しかし原発では、それらは「あってはならないこと」なのです。

2000年7月、ゼネラル・エレクトリック・インターナショナル社(GEI)から派遣された技術者が東京電力 福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所の点検作業を行いました。その後、彼は通商産業省に以下の告発文書を送りました。

  • 原子炉内のシュラウドにひび割れ6つと報告したが自主点検記録が改竄され三つとなっていた
  • 原子炉内に忘れてあったレンチが炉心隔壁の交換時に出てきた

この告発を受けて、原子力安全・保安院(以下保安院)は調査しました。しかし東電は「記憶にない」、「記録はない」と調査に非協力的なため調査は難航しました。2002年2月、GEIが保安院に全面的に協力した結果、東電はようやく不正を認めました。そして南直哉社長以下5人が引責辞任しました。

会見で南社長は、福島第一1号機で日本の法律では許可されていない「水中溶接」で傷を修理したことを認めました。「言い訳になってしまうが、どんな小さな傷もあってはならないという基準が実態に合っていない。」と述べました。
 

「あってはならない」が分析・対策を妨げる

ハインリッヒの法則によれば1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故があり、その背後には事故には至らない「ヒヤリハット」が300件あると言われています。

事故に限らず、危機的な状況をもたらす重大な法令違反もその背後には数多くの小さな不正が存在します。しかし「あってはならない」という精神は、問題を客観的に認知・分析して対策することを妨げます。

そして何かまずいことを起こしてしまったとき、社員は「とても言い出せない。隠すしかない」という精神状態に追い詰められてしまいます。これはその後次々と起こった企業不祥事に見られるものです。
 

ボヤで騒げ

経営者は、不正や事故は自社でも起きることを社内に浸透させ、些細な不正や事故を直ちに報告する健全な感覚を社員に持たせなければなりません。ある企業のトップの口癖は「ボヤで騒げ」でした。
 

マスコミの姿勢も問題

一方「絶対安全」はありえないのに、それを求める消費者やマスコミの姿勢にも問題はあります。現代の製品やサービスでも100%安全はありません。飛行機事故の確率もゼロではないのです。100%安全を求めるならば飛行機には乗らないことです。

現実には、私たちは利便性と危険(リスク)を秤にかけて、どちらかを選択します。にもかかわらず多くの利用者はそれを忘れています。そして事故が起きるとパニックになって過剰反応します。

むしろより安全・安心を求めることで、規制を強化し非効率な社会になっています。
 

規制強化で安全性が高くなった時代

図に示すように、もともと安全のレベルが低かった1960~1980年代は規制を強めることで安全レベルを上げることができました。

図 規制コストと安全レベルの関係
図 規制コストと安全レベルの関係

しかし一定以上の安全レベルに達した今日では規制を強めても効果は乏しくコストばかりが増えます。経済性、効率性を考えてどこまでコストをかけるべきかどうか、本来は吟味しなければなりません。

一方コストを考慮しない行政機関の手続きなどは、どんどん煩雑になっていき、利用者に負担をかけています。

一方技術者はコンプライアンス以外に倫理観も求められます。

それは自らがかかわる技術や製品に重大な問題があれば、人命や社会に多大な損失を与えるからです。そのため技術者は、技術の専門家として決して不正をしない高い倫理観が求められます。

これが工学倫理です。

これについては別のコラムでご紹介します。

参考文献

「組織不正の心理学」蘭 千壽、 河野 哲也 著 慶応義塾大学出版会
「日本再生への道」奥田碩、安藤忠雄 著 NHK出版
 

この記事を書いた人

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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【実践編】具体的なモデルでロットの違い、多台持ちなど実務で起きる原価の違いや損失を解説

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行動を支配する8つの要素その2 ~人を動かす方法の実践~ https://ilink-corp.co.jp/11908.html https://ilink-corp.co.jp/11908.html#respond Mon, 26 Feb 2024 10:35:05 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=11908
【コラムの概要】

顧客交渉や社内での人材育成において、「返報性」「一貫性」「好意」「権威」「注目」「コントラスト」の6つの心理的要素が活用できます。これにより、顧客との関係強化や社員の自律的な行動を促し、組織全体のパフォーマンス向上に繋げられます。

顧客との交渉で8つの要素を活用する

 では、この8つの要素は顧客との交渉にどのように活用できるのでしょうか。
この活用については、様々なセールス・テクニックの本に書かれています。ここでは顧客との交渉に焦点を当ててまとめました。 

返報性の原理

様々な贈り物

相手から無償でもらうことは心理的な負担(借り)です。接待やお歳暮は返報性の原理をうまく活用したものです。しかし今では仕入れ先からの贈り物や接待が規制されている会社もあります。顧客も警戒心を持っているため贈り物や接待は難しくなっています。

一方、新製品の開発などは、顧客からテストや試作を頼まれることがあります。これも接待やお歳暮と同じ効果があります。「これだけ試作してくれたから、そこに出そう」となるわけです。

仕入先も試作やテストを行えば費用がかかります。しかし試作やテスト費用を支払うためには稟議書など特別な手続きが必要な会社もあります。そんな時、無償でやってくれれば顧客はとても助かります。

ここで大切なことは、無償でも見積は出すことです。つまり顧客に「いくらの仕事を無償でやったのか」金額を意識させることです。その金額が大きいほど、顧客の心に大きな借りが生まれます。

あるいは自社で開発した新しい製造方法をPRする場合、顧客にサンプルを渡すのも良い方法です。技術者の中にはこういったサンプルを大切にする人が多くいます。このサンプルは、顧客の引き出しの中に何年も入っていて、サンプルをつくった会社のことを顧客に思い出させます。
 

最初は譲歩する

交渉の場合、最初に自分から譲歩すれば、顧客に返報性の原理が作用します。相手がこれだけ譲歩したのだから、相応の譲歩をしなければならない雰囲気になります。こちらも暗に「こちらがこれだけ譲歩したのだから…」と圧力をかけます。逆に相手が先に譲歩すれば、こちらが同様の圧力を受けます。
 

一貫性の法則

交渉の際、取引条件は必ず仕様書や議事録に記録します。仕様書や議事録に書いたことは「決まったこと」として、その方向に議論を導く「一貫性の法則」が働きます。記録しなければ、話し合った内容をお互いが自分に都合の良いように解釈してしまいます。

また顧客が「今日決めよう」と言えば「例え不利な条件でも今日決めなければならない」という一貫性の法則が働きます。その場合「今日決めよう」と言われても、結果が自分たちに不利ならば「私の一存では決められません」と保留します。

従って、こういった交渉はトップ以外のNO.2以下が行った方が有利です。もし不利な条件を押し付けられた時「これは持ち帰って上司と相談します」と結論を保留できるからです。
 

好意をもってもらうようにする

相手に好意を持ってもらうのはセールスの基本的なテクニックです。これが交渉結果を左右する場合もあります。そこで基本的なテクニックを身につけておきます。

テクニックの例

  • 会話は相手の目を見て、目線を合わせる。時々大きくうなずいて相手の話に同意を示す。
  • 相手は役職や社名でなく、名前で呼ぶ。「○○さんは…」を毎回会話に入れるだけで相手の好感が高まる。
  • できる限り相手の情報を入手し、相手との共通点を探す。初対面では、趣味、出身地、出身校、誕生日や干支などを聞き出して、共通点を探しそれを強調する。
  • 接点を増やす。資料を渡すときはできる限り手渡しをする。メールで連絡した場合も電話をかける。会った後もお礼のメールを送る。季節のあいさつハガキを送る。
  • 誠実さを訴求する。自分たちにとって不利なことでも、最初に正直に顧客に伝える。そうすれば顧客は誠実だと感じ信頼を得られる。
  • お世辞を練習する。お世辞は普段言いなれていないと、とっさに出ない。そこで普段から練習しておく。多少不自然になっても相手は決して悪い気はしない。

 

権威づける 

専門家の活用

議論が技術になる場合、自社の技術者を連れて行けば、発言の重みが変わります。その際、「○○課のリーダーで経験○○年の○○さんです」と紹介すれば、より強く権威付けされます。
 

自信なさげな専門家

ある調査によれば「○○についてはこうです」と自信たっぷりに話す専門家より、「確かなことは言えませんが、○○のデータを見る限り、私の経験では○○であると思われます」と、不安な点も正直に話す専門家の方が高い信頼が得られました。自社の技術者を連れていく場合も技術者にはこのような伝え方をさせます。
 

外部の権威を活用

自社で取ったデータよりも県の工業試験所など公設試験所のデータの方が顧客の信頼は高くなります。公設試験所の試験費用は比較的安く、顧客の信頼を得るためと考えれば、費用対効果は高いです。
 

注目してももらう

質問する

「○○について不満な点は何ですか?」と質問すれば、顧客は不満な点を頭の中で探します。そして意識は不満な点に向かいます。つまり顧客に注目してほしい点、重要だと思って欲しい点を質問して、そこに注意を向けてもらいます。
 

理由を言ってお願いする

コピー待ちの列に「先にコピー取らせてもらえませんか?」とだけ頼むよりも「先にコピー取らせてもらえませんか? コピーを取らなければいけないので」と理由を言った方が、先に取らせてくれる人が増えたという心理学の実験があります。

そこで「ぜひこれを受注させてください」と、その点だけお願いするよりも「前回の○○は失注しました。今回の○○も失注すれば会社が非常に厳しい状況になるため、これだけはぜひ受注させてください」と理由を言えば説得力が増します。
 

言葉を選ぶ

あるシステム会社は「コスト」「価格」という言葉は顧客に損失やマイナスのイメージを抱かせるため、代わりに「購入」「投資」という言葉に言い替えています。製造業であれば「コスト」より「原価」の方がマイナスイメージは低くなります。
 

後から反論する

交渉では最初に出した意見よりも後から出した反論の方が強く印象に残ります。そこでできるだけ最初は相手に条件を提示してもらい、後から反論すれば印象が強くなります。
 

コントラストを活かす

対比

メリットだけでなく、メリットとデメリットを両方上げて対比すればメリットがより強調されます。あるいは長所の代わりにその裏返しの短所を強調することで、誠実さと短所の反対の長所を印象付けることができます。

「不格好なのは見た目だけです」

広告代理店DDB(ドイル・ディーン・バーンバック)社のこのコピーにより、フルサイズの大型車が主流の1960年代のアメリカで、フォルクスワーゲン ビートルを大ヒットさせました。

図8 フォルクスワーゲン ビートル
図8 フォルクスワーゲン ビートル
より上位の、値段の高い提案を足す

顧客の要求が厳しい場合、自社の提案がより妥当な価格に見えるようにするには、さらに費用のかかる、しかし性能的にはより高い提案を付け加え、そちらを強く推します。これによりこれまでの提案の価格は打倒に感じられます。
 

8つの要素の活用 社員を動かす

中小企業は大企業に比べ人材を採用は苦戦します。一方で業務に対する能力は、中小企業の新入社員と大企業の新入社員に大きな差はありません。(まだ業務に就いていないので当然ですが) ところがその後の業務経験と教育によって次第に差が広がります。

中小企業の場合、長期的な社員の能力向上は、主に業務を通じて教育するOJTになります。OJTでは、先輩達が今までやってきた仕事はできるようになります。しかしそれ以上に伸びるのは困難です。むしろ担当した業務だけを長年行うことで、新しいことを学ばずその仕事に固執します。(「タコツボ化する」)

しかしこれまでと同じ業務を繰り返していては、競合との競争に勝つことはできません。現状の殻を打ち破り、組織が進歩するためには、仕事のやり方を改善する必要があります。加えて新しいことを学ぶ必要もあります。しかしタコツボ化した社員に「ああしろ、こうしろ」と言っても言うことを聞きません。このような場合、人を望む方に動かすために、以下の8つの要素が活用できます。
 

下準備をする

業務のやり方を変え、新しいことを学習するには、その前提を整える必要があります。「なぜ、変えなければならないのか」という問いに対する答えです。つまり8つの要素を活用する前の「プリ・スエージョン(下準備)」が必要なのです。

経営者は、企業が今後も発展するために「会社をこう変えたい」「社員にこうなってほしい」という希望があるはずです。これを社員に浸透させるために以下のようなアクションを起こします。

  • 組織をこう変えたいというビジョンを文書化し、社員に何度も語りかける
  • 社員にこうなってほしいという姿を質問の形にして、何度も社員に投げかける
    「○○を実現するためには、仕事のやり方をどのように変えるべきだろうか」
    「新しい仕事のやり方ができるようにするためには、どのような能力が必要だろうか」

これは答えを言わせるのでなく、質問することで社員にやるべきことや身に着けるべき能力を自ら意識させることです。こうして質問を繰り返して課題を意識させることは、社員が自ら動くようになるための下準備です。
 

一貫性の法則で積極性を引き出す

社員が自ら1年間、業務上取り組むべきこと、自らの能力を高めるためにやるべきことを紙に書かせます。それを数か月ごとにフォローします。紙に書くことで一貫性の法則が働き、自主的に行うようになります。これは目標管理制度と同じです。ただし目標管理制度には問題があります。

それは目標管理が評価と結びついていることです。そのため目標を達成できなければ評価が下がります。そうなると無難な目標しか書きません。評価と切り離して、人材育成のツールに限定すれば一貫性の法則という強力な作用を活用できます。

成果主義は社員の業績を評価し優劣をつけて待遇に格差をつけます。しかし業績は担当社員の努力だけではどうにもならないこともあります。さらに行き過ぎた成果主義は、社員の不正を引き起こします。仕事の成果は、顧客や競合など外部との関係、他部門の高度などもあり、自分が完全にコントロールできません。しかし自らの行動はコントロールできます。

「どのように仕事のやり方を変えたのか」「どのようにスキルアップに取り組んだのか」こうした行動を各社員に公表させます。これは具体的でごまかしはききません。また目に見えてわかるため、他の社員も公平に見ることができます。
 

返報性の原理で継続させる

成果主義では目標を達成すれば報酬が得られます。この報酬は一時的な満足感は得られますが、長期にわたって強いインセンティブは働きません。なぜなら目標が達成できそうもなければ報酬をあきらめればよいからです。一方、完全歩合制のセールスマンのように達成しなければ生活に支障をきたすような場合、社員間の協力はぎくしゃくし、成果の偽装も起きます。

そこで報酬は後でなく、先に渡します。そうすれば返報性の原理が働き、目標に取り組む強いインセンティブになります。つまり社員が目標を設定すれば、それに対して報酬を先に支払うのです。しかも1年後、目標を達成できなくても返すことは許されません。

社員は「ラッキー」と思うでしょうか。

いえ「返報性の原理」が働き、とても気持ち悪く感じます。他の社員が決めたことを実行し目標を達成していれば、なおさらそう感じます。

ここまでやるのは行き過ぎと感じる場合、資格取得など外部教育で「返報性の原理」を活用する方法もあります。資格の取得や教育終了で報奨金を出すのでなく、最初に取組んだ時点で報奨金を出すのです。最初に報奨金を受け取り途中でやめれば、返報性の原理から社員は気持ち悪く感じます。これが取組を継続するインセンティブになります。
 

社会的証明でスキルアップする

社会的証明には良い面と悪い面があります。
 

【良い面】(良いことは全員)

研修やスキルアップは、新入社員や高齢社員も含めて全員で行います。その内容は人によって異なるかもしれませんが、スキルアップをやることに対して例外を作りません。進捗や達成度は全員に公開します。

集団意識の強い日本では、組織の中で自分一人だけやらないのはとても居心地悪いのです。ただしスキルや能力は個人差があるため、カリキュラムはいくつか用意して、本人が選択します。これにより一貫性の原理が働きます。
 

【悪い面】(悪いことには目を光らせる)

服装の乱れ、標準作業の無視、安全ルールからの逸脱などを放置すれば、「ルールを無視してもよい」という悪い社会的証明になります。放置すれば重大な事故や不良が起きかねません。そのため些細な違反も必ず指摘します。

ただし強く叱る必要はありません。悪いことは本人も分かっているからです。「悪いことをすれば必ず指摘される」という文化ができれば、「ルール無視は見過されない」という良い社会的証明になります。
 

嫌われ役をつくって規律を高める

一度決めたルールも時間の経過とともに徐々に守られなくなります。ルールを維持するには、誰かが嫌われ役になって違反したものに対し指摘しなければなりません。

時にはあえてルールを守らずに、それを自己主張と考える社員もいるかもしれません。しかも本人に理由を聞いてもはっきりと言いません。このような場合「良い警官、悪い警官」の手法が使えます。悪い警官役の社員がルール無視した社員を厳しく叱責します。良い警官役の社員が「君が本当はまじめで、仕事もしっかりとやっている」と本人の力を認め共感を示します。その後で「どうして○○のルールを守らないんだ」と質問します。
 

ジグソー教室で協力関係を強化する

新しい仕事に取り組むとき、あるいは研修などでジグソー教室の技法を使えば社員間の協力を高めることができます。

新しい仕事の場合、分野の異なる様々なメンバーを集めて、一つのテーマに取組むようにします。この場合、お互いが協力しなければ目的は達成できません。一定期間お互いが協力して仕事をすることで、お互いのことがよくわかり、好感が高まります。これはその後の円滑な組織運営に効果を発揮します。

研修でもそれぞれの自分の専門分野の内容を他のメンバーに教え合うようにします。お互いが先生になるため、お互いに好感と尊敬が生まれます。

例えば、生産管理の担当が生産管理を、品質管理の担当が品質管理を、他の部署のメンバーに教えます。できれば、グループをつくりお互いが協力しないと達成できないような課題をつくって研修をすると効果的です。一見ムダな研修に見えますが、お互いの業務の理解が深まり、横の連携が強化され、ローテーションも容易になります。
 

参考文献

「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
 

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

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行動を支配する8つの要素その1 ~心理学・行動経済学から学ぶ人を動かす方法~ https://ilink-corp.co.jp/11898.html https://ilink-corp.co.jp/11898.html#respond Mon, 26 Feb 2024 02:29:39 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=11898
【コラムの概要】

人はシステム1の無意識な判断に誘導されがちです。この承諾誘導には「返報性」「一貫性」「社会的証明」「好意」「権威」「希少性」「注目」「コントラスト」の8つの要素が影響します。これらのメカニズムを理解し活用することで、社員教育やスキルアップに繋げられます。

日常の買い物から経営の意思決定まで、私たちは日常様々な場面で自ら考えて判断をします。しかし冷静に考えて正しい判断をしたはずなのに後から考えるとそう思えないことがあります。

「なぜこれを買ったのだろうか」

そこには第三者の承認への誘導が働いているのです。

この承諾誘導は様々なセールスのテクニックとして紹介されています。そして人が承諾誘導に反応してしまうのは、脳が無意識に決定してしまうからです。

逆にこのメカニズムをうまく使えば社員教育やスキルアップに活用できます。社員が積極的に困難な課題に取り組んだり、自らスキルアップに取り組むようにできるのです。

そこで今回は私たちの行動を支配する8つの要素と、社員育成への活用について考えます。
 

なぜ人はだまされるのか 

なぜ人はだまされるのでしょうか?

それは、人には思慮深いだまされにくい自分と、直感的で簡単にだまされる自分がいるからです。
 

システム1とシステム2

行動経済学では、私たちの脳が意思決定を行う際、無意識に2つのシステムを使い分けていると考えます。これがシステム1とシステム2で、

  • システム1 速い思考
  • システム2 遅い思考

とも呼ばれています。
 

システム1で判断

システム1は、これまでの経験を元に感覚的、直感的な判断です。対してシステム2は、直観に頼らないで論理的、理性的な思考に基づく判断です。

システム1は私たちが祖先から受け継いだ認知・判断システムです。私たちの祖先は常に危険な野生動物に襲われる環境で狩猟採取生活を営んできました。そこでは素早く敵や獲物を判断し行動しなければ生き延びられませんでした。

図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)
図1 旧石器時代の人びと(兵庫県立考古博物館)(Wikipediaより)

そのため私たちの祖先は、直感(本能)と経験に基づいて素早く判断するシステム1に頼って生きてきました。
 

システム2で判断

一方、今日の複雑化した社会では、様々な条件を考慮してじっくりと考えなければならない場合があります。その場合、私たちは直感に頼らず、論理的にじっくりと考えるシステム2で判断します。

しかし脳は考える時に非常に多くのエネルギーを消費します。システム2は大量のエネルギーを消費するため、私たちはできればシステム2でなく、システム1で判断しようとします。

そしてトップセールスマン、詐欺師など私たちを洗脳しようとする人たちは、システム1の特徴を巧みに生かして、私たちの判断を誘導するのです。
 

「カチ・サー」意思決定が自動的に操られる

七面鳥の母鳥はひな鳥の「ピーピー」という鳴き声に反応して、ひな鳥を世話します。ひな鳥が「ピーピー」と泣かなければ無視します。

この七面鳥の天敵は毛長イタチです。毛長イタチのぬいぐるみが近づくと母鳥はひなを守ろうと鋭い鳴き声を上げて威嚇します。

ところがこのぬいぐるみにテープレコーダーを埋め込み、ひな鳥のピーピーという鳴き声を流すと、それまで攻撃していたぬいぐるみを、ひな鳥だと思って自分の翼の下に抱き込んでしまうのです。しかしテープを止めると再び攻撃をします。

つまりひな鳥のピーピーは母鳥が母親の行動を開始する「引き金特徴」なのです。

「カチ」でシステム1が起動

ピーピーという引き金特徴が現れると、母鳥の行動のテープが再生されます。「カチ」とボタンを押すことでテープレコーダーは再生を始め、「サー」とテープが回り、あらかじめ持っている母鳥の行動パターンが再生されるのです。

図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)
図2 ヒヨコと野生の七面鳥(Wikipediaより)

この行動パターンのテープは私たちも持っています。それがシステム1なのです。

トップセールスマンや詐欺師は、どうすれば私たちのテープレコーダーが「カチ」と押されて、「サー」と意思決定が「自動操縦」されるのかがわかっています。

では、私たちのシステム1の行動パターンにはどのようなものがあるのでしょうか。
 

行動を支配する8つの要素

私たちの行動を支配するシステム1は、大きく分けて8つの要素があります。
 

① 返報性

私たちは、人から何かをもらったら、もらいっぱなしにするのはとても気持ちが悪いのです。何かお返しをしないと気が済まないのです。つまり「ギブ・アンド・テイク」です。
 

返報性の原理

例えば、お葬式の香典に対する香典返しなどです。このもらったら何かお返しをしないと気が済まない「返報性の原理」は、私たちに強力に作用します。そのため承諾誘導の手段としては極めて強力な方法です。

従って相手から何かをもらった「借り」があれば、相手から何か要求された時にたとえ不利な条件でも断ることができません。例えば、食品売り場での試食がそうです。多くの人は試食すれば店員のお薦めを断れずに商品を買います。
 

返報性の原理には逆らえない

この返報性は極めて強力に作用するため、国の命運を決める外交交渉から、日用品の販売まで実に様々な場面で使われています。例えば以下のようなものです。

  • 無料試供品の提供
  • 無料点検 (消火器や火災報知器、住宅の耐震、老朽化、給油時のエンジンルーム)
  • レストランの食後のキャンディー(チップの額が増える)

 

妥協の効果「ドア・イン・ザ・フェイス」

販売や交渉の場面で、最初に相手が受け入れられないような要求をして相手に拒否させます。次に最初の要求から譲歩して要求をすると、相手は拒否できず受け入れます。

実は最初の要求(高額な商品やサービスやとても受け入れられない内容)は、はったりなのです。狙いは、最初の条件を拒否したことで「借り」があると顧客に思わせ、次の要求を受け入れることで借りを返した気持ちにさせることです。

返報性の原理は非常に強力なため、この原理を知っていても罠にかかるのを抗うのは困難です。

そこでこういった販売に直面した場合は無料のものは受け取らないことです。日本のことわざにもあります。「タダほど高いものはない」と。

図3 ドア・イン・ザ・フェイス
図3 ドア・イン・ザ・フェイス

 

② 一貫性

自分が言ったこと、決めたことを守ろうとすることです。英語には責任を伴う約束を指すコミットメント(commitment)という言葉があります。

実は本人が意識していなくても、約束を口にした以上、約束を実行しなければ、「言ったこととやることの一貫性が保たれず」とても苦痛なのです。

システム1が一貫性を維持する

「言ったこと」を実行しようとするのはシステム1です。「言ったこと」を実行すれば、それについてこれ以上考える必要はありません。しかし実行しなければ、できなかった理由をあれこれ考え、自分を納得させなければなりません。
 

アメリカの思想家エマソンは「愚かな首尾一貫性は、偏狭な心に住む小鬼である」と言いました。

つまり「『前言を翻すのは格好悪い』といった執着にとらわれると、自由に考えられなくなる。偉大な思想家は過去の自分に縛られない」と説きました。

一貫性は「言ったこと」よりも「やったこと」に対しより強力に作用します。人は「自分がやったことは正しい」と思いたいのです。

例えば競馬場では馬券を買うと、馬券を買った馬が勝つ確率がより高く予想することが、カナダの心理学者が発見しました。「買ったからには、勝つに違いない」というわけです。

しかも言うよりも書く方が一貫性はより強く働きます。これがセールスの場面で使われます。
 

ローボールテクニック (別名 「フット・イン・ザ・ドア」)

ローボールテクニックとは、最初は相手が承諾しやすい条件を出して相手の承諾を得ます。そして徐々に相手に不利な条件を提示し、それを承諾させる手法です。条件をボールに見立て「低いボールから投げる」という意味でこう呼ばれています。

相手は最初にイエスと言うと、イエスと言ったことに対して一貫性を保とうとします。そのため条件が悪くなっても、ノーとはなかなか言いません。

例えば、店頭にあるバーゲン品が気に入って、それを買うつもりで店の中に入ったのに、店内で高額な商品を薦められて買ってしまいます。これは高額な商品という不利な条件に変わっても、最初の「買う決意を変えたくなかった」という一貫性のためです。

契約書に名前を書かせれば勝ち

アメリカでの自動車セールスのポイントは、とにかく顧客に椅子に座ってもらい、契約書に住所と名前を書かせることです。顧客は買う意思を表明しています。その後から条件を変えればいいのです。

チャルディーニ氏はある販売店にセールス訓練生のふりをして紛れ込みました。その販売店は最初に、顧客に「魅力的な他店よりも低い価格」を提示します。そして購入契約書やリース契約書に顧客がサインした後、顧客に計算上のミスがあったと伝えます。

あと400ドルが必要だと。

すでに買うつもりで契約書にサインした顧客にとって、追加の400ドルは出せない金額ではありません。その結果、価格は最初提示された魅力的な価格でなく、他店と同様の「平凡な価格」になってしまいます。

あるいは最初は下取り車にとても高い値段をつけておき、後で上司が「こんな値段では下取りできない」と言います。そして販売員は顧客に400ドル上乗せするようにお願いします。

図4 フット・イン・ザ・ドア
図4 フット・イン・ザ・ドア

しごき・いじめ

運動部の新入部員への厳しい練習 通称「しごき」、あるいは心理的に受け入れがたく、しかも意味のないことを強制する「いじめ」、これにはどんな意味があるのでしょうか。

実はつらく苦しいことをさせられた人ほど「こんなに苦しいのだから、それに見合ったものがあるはず」という一貫性が強く働きます。そしてチームの構成員としての忠誠心(チームワーク)が高まります。

この「しごき」は効果がある練習の必要はなく、単につらく苦しければよいのです。

未開部族社会の成人の儀礼やアメリカの高校・大学のフラタニティ(男子学生社交団体)の儀式も同様です。フラタニティへの加入儀式には、山奥に一人で置いてかれて凍死してしまった例や、砂浜に穴を掘らされ中に横たわるように命令されたところ、穴が崩れて窒息死してしまった例など、残酷な儀式による死者も起きています。
 

報酬や圧力よりも一貫性

ジョナサン・フリードマンは、7歳から9歳の男の子に、強く脅せば言うことを聞かせられることができるか実験しました。

22人の男の子の前に5つのおもちゃを与え、その中で高価な電池で動くロボットだけは

「絶対に遊んではいけない」「もし遊んだらすごく怒るからね。

と言い聞かせました。罰を受けることもにおわせました。

その後部屋にいる男の子たちを隠れて観察したところ、脅しを受けた男の子の内20人はロボットでは遊びませんでした。6週間後、今度は一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入れて観察したところ、今度は77%の男の子が禁止されたロボットのおもちゃで遊びました。

今度は、フリードマンは別の男の子たちに脅しは一切しないで

「ロボットで遊ぶのは悪いことだから

という理由を伝えてロボットで遊ばないように警告しました。

6週間後、同様に一人ずつ5つのおもちゃのある部屋に入った男の子たちを観察したところ、ロボットのおもちゃで遊んだ子は33%でした。

何が違ったのでしょうか?
 

1番目のグループでは「遊んではいけない」という脅しによって、責任は外から与えられました。
対して2番目のグループは「ロボットで遊ぶのは悪いこと」という警告によって、男の子たちは自分たちの責任と思ったのです。
その結果、男の子たちは遊ばないという一貫性に従って行動したのです。
 

③ 社会的証明

他人が正しいというものは正しい

私たちは判断の際に他者の行動を参考にします。そして私たちま日常は、自分で判断しなければならないものが多くあります。例えば、買い物は多くの商品を自分で判断し選ばなければなりません。

ひとつひとつの商品に対しシステム2を発動し、商品の価格、量、機能を比較して決断すればとても疲れます。そこでシステム1の出番です。「売れている商品は良い商品」とシステム1が自動的に判断します。

そこでお店は店頭で商品を山積みにして「売れている」というイメージを演出します。さらにポップに「売れています」「大人気」と書きます。他にも「繁盛しているように」偽の客であるサクラを入れたります。募金箱には最初からお金を入れておきます。

図5 みんな買っている
図5 みんな買っている

 

バンドワゴン効果

大勢が支持しているものを支持する心理的効果を指し、アメリカの経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインによって提唱されました。バンドワゴンとはパレードの先頭にいる楽隊車のことです。その後ろに行列ができることからバンドワゴン効果と名付けられました。

例として、流行に乗りたい心理、友達が持っているものと同じものを欲しがる子供の心理が挙げられます。
 

ウェルテル効果

自殺の報道に影響されて、報道の後自殺が増えることです。

ウェルテルとはゲーテの『若きウェルテルの悩み』で最後に自殺した主人公の名前です。『若きウェルテルの悩み』の出版後、これに影響された若者達が彼と同じ方法で自殺したことが起源です。日本でも1986年アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺をすると、その後30名の若者が高所から飛び降りて自殺しました。
 

割れ窓理論

軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を抑止できるとする理論です。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案しました。

「建物の窓が壊れているのを放置すれば誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」

という考え方が元になっています。逆に社会的証明を誤って使うと

「多くの人が望ましくないことを行っている」

という誤ったメッセージを人々に発信してしまいます。
 

例えば、アメリカの化石の森の公園で、看板に「これまでに公園を訪れた多くの人が化石木を持ち出したため、化石の森の環境が変わってしまいました」と書いたところ、ネガティブな社会的証明の効果で、ますます多くの人が化石木を持ち出しました。持ち出した量は看板を立てなかったときの3倍にもなりました。

ところが別の看板に「公園から化石木を持ち出すのはやめてください。化石の森の環境を守るためです」と書いたところ、持ち出すのは減りました。
 

④ 好意

何か頼まれるとき、嫌いな人から頼まれるよりも、好きな人から頼まれる方が受け入れやすいものです。また知らない人から頼まれるよりも、知っている人から頼まれる方が受け入れやすくなります。

この好意を持っている人と知っている人は似た作用をします。そしてトップセールスマンや詐欺師はこの好意を巧みに操ります。
 

好意を持つ要因
【外見】

私たちは外見の良い人は、「才能、親切心、誠実さ、知性を兼ね備えている」と自動的に判断します。裁判でもかわいい女の子やハンサムな男性は、そうでない人に比べて刑が軽くなる傾向があります。「こんなかわいい子があんなひどいことをするわけがない」と陪審員は思います。本当はそうでなかったとしても。
 

【類似性】

人は自分と似ている点があれば好ましく思います。この似ている点は、生年月日、出身地、大学、趣味、好きな球団など多岐にわたります。

アメリカでは車のセールスマンは、顧客の下取り車を調べている間に自分と顧客の類似点を探すように訓練されます。トランクにキャンプ道具があれば、自分もキャンプが好きだといい、ゴルフボールがあれば、ゴルフの話をします。こうして優秀なセールスマンは短い間に顧客と親密な関係を築き「○○店から買った」のでなく「○○さんから買った」と顧客が感じるようにします。

リック・ファン・パーレンの研究ではウェイターが注文を客の言葉通りに繰り返すとチップが増えることが確認されました。ある調査ではそれだけでチップが70%も増えたのです。単に客の注文を繰り返すだけで、類似性が強まり親近感が生まれました。
 

【お世辞】

世界で最も偉大なセールスマンとしてギネスブックにも載っているジョー・ジラードは、1968年から15年間トップの販売記録を打ち立てました。(その後は執筆や講演を行いセールスからは引退しました。) 

彼の秘訣は、1万3千人以上の顧客に毎月挨拶状を送ったことです。挨拶状には「あなたが好きです」と印刷されていました。このカードが毎月送られると、印刷され機械的に送られたカードでも顧客はジョー・ジラードに好意を感じたのでした。

日本でも手書きのハガキを見込み客に定期的に送って成果を上げているセールスマンがいます。手書きのハガキを受け取った人は、印刷したハガキよりもより好意を感じました。
 

お世辞(称賛)についてミネソタ大学で行われた興味深い研究があります。

最も効果的な称賛は、最初はあまり良いことは言わず、徐々に高まる称賛を何気なく本人に聞かせる方法です。その結果、最初から自分に良い表価を聞かされるよりも、評価者にずっと強い好意を感じました。
 

【接触と協同】

人は何度も会っていると好意が生まれます。これは「ザイアンス効果」と呼ばれます。

この効果は会って会話するだけより、握手などの身体的接触もあった方がより効果があります。選挙で政治家が多くの人と握手をするのも、この効果を狙っているからです。
 

ザイアンス効果 (単純接触効果)

繰り返し接すると好意や印象が高まる効果で、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱しました。はじめのうちは興味がなくても何度も見たり、聞いたりするうちに好感を持つようになります。

ザイアンス効果の例として、よく会う人や、何度も聞いている音楽などがあります。この効果は、図形や、漢字、衣服、味やにおいなど様々なものにも生じます。広告もこのザイアンス効果を狙ったものです。

より親密な関係をつくる方法として、協同で何かを行う方法があります。
 

学校では、授業は教師が子供たちに教え、教師に指された子供が答えます。こういった関係では、子供同士は良い成績を取るためのライバルです。子供たち同士で協力することはないため、お互いの好意が高まることはありません。

そこでエリオット・アロンソンたちは「ジグソー教室」と呼ばれる方法を、テキサス州とカリフォルニア州で開発しました。これはチームに分かれた生徒たちが試験に向けて勉強します。その際、生徒たちは合格のために必要な情報のうち、それぞれが異なった一部の情報しか与えられません。従って生徒たちはお互いに教えあい、協力しなければ合格できません。良い成績を取るためにはチームのメンバーすべての力が必要です。

この場合、生徒は敵でなく味方同士になります。「ジグソー教室」を行った結果、人種間の友情は深まり偏見も少なくなりました。少数人種の子の自尊心は高まり、成績も向上しました。また白人の生徒の自尊心や好感度も向上し、テストの成績も従来の方法よりも良くなりました。
 

グッドコップ・バッドコップ (良い警官・悪い警官)

尋問に使用される心理学的な戦術で、良い警官役と悪い警官役の2人で行います。「悪い警官」は容疑者に対し、乱暴な言葉や侮辱的な発言、脅迫などを行い、容疑者が強い反感を持つようにします。

その後「良い警官」が容疑者へ理解を示し容疑者への共感を演出します。さらに容疑者を「悪い警官」からかばうようにします。容疑者は悪い警官への畏怖と嫌悪から良い警官を信頼し、良い警官に色々な情報を話すようになります。
 

⑤ 権威

役職、専門性、資格など様々な権威があると人はそれに盲従してしまいます。この権威には以下のようなものがあります。

  • 医師、弁護士、機長、大学教授のような職業(国家資格のあるものとないもの)、肩書
  • 社長、部長など職務上の立場
  • 白衣、スーツ、僧衣、制服(警官、パイロット)などのような服装
  • 車など装飾品「ベンツ=お金持ち」など

 

スタンレー・ミルグラムの服従実験

エール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムが「人は権威に盲従するかどうか」を実証するために行った実験です。この実験は被験者を教師役と生徒役に分け、教師役は生徒役に問題を出します。もし解答が間違っていれば教師役は生徒役に電気ショックを与えるように権威ある博士から指示されます。

図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)
図6 スタンレー・ミルグラムの服従実験(Wikipediaより)


 

電気ショックの強さは、間違いの数に伴い段階的に強くするように決められました。実際は、生徒役はサクラの役者で電気は流されませんでした。そして電圧が高くなるほど生徒役は痛みを大げさに訴える演技をして被験者の教師役の反応を調べました。

その結果、たまりかねて実験を中止する教師役も出ました。しかしそれでも被験者の65%が、最大電圧450ボルトまで博士に指示されるまま生徒役に加えました。

被験者は権威ある博士の指示に盲従することを示しました。この実験でミルグラムは、人はたとえ良心の呵責があっても、権威者の指図があればそれに従うことを示しました。
 

機長症候群

過去の飛行機事故では、機長の誤った判断を他のクルーが指摘できず重大な事故が起きてしまいました。そこからリーダーの誤った意見に押し切られて他のメンバーが反論できないことを指します。

上司や権威がある人、大きな成果を上げた人の判断は間違っていないと思い込むことが原因です。特にリーダーが絶対的な権力を持つ場合、機長症候群が起きやすくなります。
 

⑥ 希少性

いつでも手に入るものと比べ、今しか手に入らないものの価値は高くなります。

日本でのオリンピック(2021年東京オリンピック)、2025年の大阪の万博(55年前に行った人は別として)などは一生に一度の機会です。個人でも結婚式(その後離婚、再婚があるかもしれませんが)、自分の葬式(本人はもう見ることはできませんが)は、二度とありません。人はこういったものに大金をかけることを厭いません。

そこでセールスでは様々な方法で希少性つくります。例えば季節限定、数量限定などです。「今日まで50%OFF」であれば、顧客は50%OFFのお得を手にできるのか今日しかないと思います。例え来月また50%OFFのセールがあったとしても。

ビンテージカーの価値は、もう新車では手に入らないからです。これまで手に入っていたものでも、もう手に入らないとわかると急に価値が高くなります。
 

大失敗に終わったニューコーク

1985年コカ・コーラ社はペプシコーラに対抗するため甘みの強いニューコークを発売しました。コカ・コーラ社の失敗は、この時従来のコカ・コーラを販売中止にしたことです。その結果顧客から「昔の味を返せ」と抗議が殺到しました。そして3か月後には以前のコカ・コーラをコカ・コーラ・クラシックとして再発売する羽目になってしまいました。ところが猛烈な抗議をした人ですら、ブラインドテストでは以前のコカ・コーラとニューコークの違いは判らなかったのです。

なぜこうなったのでしょうか? 

原因はこれまで手に入っていたものが手に入らなくなったからです。

これは個人的なコントロールの喪失に対する抵抗感「心理的リアクタンス」によるものです。この心理的リアクタンスは、コロナ禍でのトイレットペーパーの争奪や、両家の反対で燃え上がったロミオとジュリエットの愛など様々な場面で人々に影響を与えます。逆に当たり前になれば欲しくなくなります。

銃規制に揺れるアメリカで、ジョージア州のケニソーは1982年6月ケニソーに住む成人はすべて銃と弾薬を所持しなければならないという法律を制定しました。しかも違反者には200ドルの罰金を課しました。ところがこの法律に従って銃を買ったのは数人でした。みんなが持っている当たり前のものには価値が感じられなくなったのです。
 

⑦ 注目させる

私たちは日常生活で重要だと思うものには注意を向けます。その結果、システム1は逆に「注意を向けたものは重要なもの」だと判定します。

優秀なセールスマンは売り込みの前に、顧客に「重要と思って欲しいこと」に注目するように仕向けます。具体的には、質問をすることで、それまで顧客が意識していなかった「満たされなかった問題」に意識を向けさせます。例えば「○○について不満はありますか?」

これはセールスマンが顧客の不満を知るための質問ではありません。顧客に○○の不満な点に意識を向けさせるための質問です。そうすることで、これからセールスする商品の良さを顧客がより強く感じるための「プリ・スエージョン (下準備)」なのです。

講演会では、巧みな講演者は特に大事な箇所であえて小さな声で、聴衆が耳を澄ませて集中しなければ聞き取れないくらいの声で語りかけます。

集中することで聴衆はそれがとても重要なことだと思うのです。
 

ツァイガルニク効果

ドイツの心理学者クルト・レヴィンは「人は欲求によって目標指向的に行動するとき緊張感が生じ、行動は持続する。しかし目標が達成されると緊張感は解消する」と考えました。

心理学者ブリューマ・ゼイガルニクは実験を行い

「完了していない課題の記憶は、完了した課題の記憶に比べ想起されやすい」

ことを示しました。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。

テレビ番組ではクイズの答えやドラマのクライマックスの前に「続きはCMの後で」とCMを挟むのは、CMに入ると視聴者を離れるのを防ぐためです。授業でも最初に「なぜ○○なのか?その理由は後で説明します」と言い、その答えを授業の最後に言えば、生徒は最後まで集中して聞きます。

期限内に必ず原稿が完成する著者がいました。その秘訣は、原稿を書くときに「必ず章や節の途中で終わること」でした。これを応用すれば、重要な仕事を遅れないようにするために「前もって少し手をつけておく」という方法があります。ツァイガルニク効果により、いつも気に留めるため、忘れなくなります。
 

⑧ コントラスト

「最初に見たもの」と「次に見たもの」の違い、このコントラストにより商品や提案が魅力的なものに見えます。ある不動産会社は新しい顧客を連れて家を見て回る時、最初に必ずひどい物件を見せます。これは売るためでなく見せるための物件です。そうするとその後見て回る家がどれも魅力的な物件に感じられます。

逆に最初に価値の高い高額な商品を買うと、次に金額の低い商品を見ても金額の違いに気を留めなくなります。洋服店では、顧客が最初に高い商品を買うように店員に指導します。最初に数万円のスーツを買えば、一緒に買うシャツやベルトの金額は大した金額に感じなくなるからです。

つまり最初に顧客に提示される条件は、その後の意思決定の重要な基準になるのです。これを使って顧客を誘導する方法があります。
 

アンカリング

認知バイアスの一種で、最初に示される値や条件(アンカー)によってその後の判断が歪められることです。その結果、判断は最初に示される値や条件に近づきます。

例えば「国連加盟国のうちアフリカの国の割合はいくらか」と質問します。その時、質問の前に「65%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値は45%になりました。しかし「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねると中央値25%と大きく変わりました。

このアンカリングの効果は、日常の様々な判断に影響します。ある店舗では、これまでの商品の陳列に、それよりも高額な商品を1点追加しました。それだけで今までの商品がたくさん売れるようになりました。高額な商品が加わったことで、今までの商品がお値打ちに見えるようになったのです。
 

採用など様々な場面で行われる面接、最初に面接を受ける場合と後で面接を受ける場合のどちらが有利でしょうか。

最初に受けた方が、まだ面接官の評価基準が定まっていないので評価が甘くなるという説があります。

実際に実験したところ、後に面接を受けた方が有利になるという結果が出ました。これは最初の方の面接者の印象が面接を重ねるに従って薄れていくのに対し、後の方が強い印象を残せるからです。

図7 面接のテクニックは…
図7 面接のテクニックは…


 

では、これを自社のビジネスや教育に(良い意味で)どのように活用できるのでしょうか。これについては別の機会にお伝えします。

参考文献

「影響力の武器」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 実践編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「影響力の武器 戦略編」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
「プリ・スエージョン」ロバート・B・チャルディーニ 著 誠信書房
 

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その2~欧米型の組織論と共同体文化の衝突~ https://ilink-corp.co.jp/8972.html https://ilink-corp.co.jp/8972.html#respond Tue, 24 Oct 2023 04:31:26 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8972
【コラムの概要】

顧客交渉や人材育成には、返報性・一貫性・好意・権威・注目・コントラストといった心理要素が有効です。これらを活用し、無償提供で借りを作ったり、目標を明文化させたり、報酬を先に渡したり、協同作業を促したりすることで、関係強化や社員の自律的な行動を促し、組織全体のパフォーマンス向上に繋げられます。

「企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1」~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ で、組織の種類と特徴について述べました。

ところがこの組織と、古来からの日本の共同体文化は相反するものがあります。これが日本の組織の問題の根源です。

それはどのようなものでしょうか?

山本七平氏の「指導者の条件」を参考に、組織論と日本の共同体文化の衝突について述べます。
 

組織文化と日本人の共同体文化

価値観

企業は「何らかの事業目的のために集まって活動する集団」です。

そして事業の目的、目的の遂行に必要な価値観やビジョン、そして行動原則が大抵の企業にはあります。

こういった概念は経営理念、社是、ミッション、基本となる価値観、行動原則などに明文化されます。

図1 事業目的遂行のための価値観
図1 事業目的遂行のための価値観


 

非公式組織

一方組織には階層構造の公式なメンバーのつながりだけでなく、メンバー相互の非公式なつながり (社会的ネットワーク)もあります。この社会的ネットワークは、組織以外の活動によって自然発生的に生まれ、この社会的ネットワークによって組織のメンバーの行動が変わります。

図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク
図2 リーダーとメンバーの非公式ネットワーク


 

【結束型ネットワーク】

例えば図2 グループAは、リーダーとメンバー相互に親密な関係が構築され、高い信頼が生まれています。こうしたネットワークの密度が高い状態は、メンバー間の親密さが高まり、情報の共有や互いの協力が得られやすくなっています。

一方グループ内のつながりが強すぎて外部に対して閉鎖的になったり、見方や考え方が偏るリスクがあります。

一方グループBは、メンバー相互の関係が希薄で集団としてのまとまりを欠きます。知識の共有や互いの協力が得られにくい状態です。

グループCは、一部のメンバー間のつながりが強くなっています。集団としてのまとまりを欠く一方、つながりの強いメンバー同士がリーダーに従わず独自に行動するリスクがあります。
 

【橋渡し型ネットワーク】

結束型ネットワークに対し、公式的なつながりのないメンバー同士が非公式なつながりを持つのが橋渡し型ネットワークです。

例えば趣味の活動や社内のプロジェクト活動などの行事を通じて非公式な関係が構築されます。そして組織の枠を超えて情報が伝達されます。結束型ネットワークの強いつながりに比べて、弱いつながりですが公式なルートでは得られない情報が手に入ります。そのため、他の部門の活動を自部門に取り入れるなど思わぬ効果を生むことがあります。

図3 橋渡し型ネットワーク
図3 橋渡し型ネットワーク


 

伝統的共同体

日本の組織のルーツは、農村社会の共同体です。

山本氏によれば、日本の農村社会、その後の荘園制度や武士団などの集団は、純粋な血縁集団や地縁社会ではありませんでした。擬制の血縁原則であり、機能集団でした。そのため、例え地位があっても共同体の中での役割を果たさず機能していない人は特権が認められませんでした。

例えば鎌倉時代 北条氏の百箇条の家訓に荘園内部の経営原則が記されています。そこには「自分の父親と同年代のものはすべて父親と同様に敬い、自分と同年代のものはすべて兄弟として扱う」と記されています。共同体の中で擬制の血縁集団を構成し、それを秩序原則としたのです。

この共同体は、階級がなく各人の能力に応じて地位が上下する機能集団でした。日本の共同体は、この機能原則の集団のため、

「共同体の中である役割を果たしているという精神的な満足がないと日本人は働かない。

つまり純粋な経済原則だけでは働かない」と山本氏は指摘します。
 

そして戦後、農村共同体が崩壊した際、農村共同体に代わって企業が共同体の役割を果たしました。近代にはどの国も農村共同体が崩壊し、農村共同体が雇用契約に置き換わり契約社会へと発展しました。

ところが日本は、契約社会が発展する前に企業が農村共同体に置き換わったという世界でも珍しい例でした。

それが可能だったのは、日本社会が元来地縁社会や血縁社会でなく、機能原則しかない社会だったからです。機能原則しかない社会なので下の者が上に者に反抗する下克上が起きるのです。

このような経緯から日本においては、会社は構成員が所属する社会であり共同体です。従って雇用は必然的に終身雇用になります。そして解雇は共同体からの退出すなわち「勘当」です。定年や出向を含めて退職すれば社員は大きなショックを受けます。この点で解雇が「雇用契約の解除」を意味する欧米と根本的に異なります。
 

世間

伝統的な農村社会では、共同体は擬制の血縁集団であり疑似的な家族でした。共同体の中では価値観は共有され、互いの信頼関係が保たれていました。これが日本人の考える「世間」です。
 

日本人はこの

世間を意識する時、相手への思いやりや礼儀をわきまえます。

対して他の共同体は世間の外です。

かつて他の農村社会とは、水利権を主張して激しく争い、戦いになることもありました。この世間の外に対し、日本人は概してわがままで冷酷です。アジアからの実習生に対し、労働法規を無視して過酷な仕事をさせていた経営者がいました。彼にとって実習生はよそ者であり、世間の外だったのです。
 

やり過ごし

官僚制の元、指示命令は一元化され、上司の指示は部下によって確実に実行されます。

ところが現実の組織では、上司の指示がすべて確実に実行されているわけではありません。上司の指示を部下が放置する「やり過ごし」が起きています。

東京大学教授 高橋伸夫氏は、このやり過ごしをゴミ箱モデルで説明しました。ゴミ箱は組織に問題が投げ込まれる場です。例えば定例会議などです。このゴミ箱に問題が入った時

  • 参加者のエネルギーが十分あれば参加者は問題解決に取り組む
  • 参加者が集まっていないときに問題が投げ込まれれば、問題は見過される
  • 問題に対して参加者のエネルギーが不十分な時、問題は無視される (やり過ごす)

往々にして企業の開発部門や、個人ても能力がある社員には、処理能力を超える業務が入ってきます。全部は対処できません。そこで上記の原則に従って、組織やメンバーは問題をやり過ごして対処します。
 

日本型共同体組織の欠点

日本の組織は、擬制の血縁集団がベースになっています。そのため意思決定は全員一致が原則です。かつて農村社会や武家社会では、リーダーが指示してもメンバーの合意がなければ指示は実行されませんでした。

こういった組織を山本氏は「一揆」と呼びました。一揆ではメンバーの利害が最も重要です。かつて一向一揆では、領民である寺社の僧侶が領主の守護を追い払い、何十年も僧侶が自治を行いました。実は戦国大名も一揆連合で、ピラミッド組織ではありませんでした。リーダーの大名が命令しても、メンバーの家臣が談合し、時には主君の大名の命令をはねつけることもあったのです。

現在の日本企業もこの一揆の構造です。何かを意思決定する場合、管理職を中心にとことん議論し全員の同意を取りつけます。同意を得るまでに時間はかかりますが、同意が得られれば全員が協力してスピーディに実行されます。一方全員が同意して決めたことなので、

決定は誰の責任でもありません。

強いていえば責任は全員に分散されます。
 

こういった一揆に基づく集団主義の特徴は
各集団が我先に自己主張をするため、

攻撃する状況では大きな成果が出ます。

かつの電卓戦争では次々に新しい技術が生まれ各社競って新製品を開発しました。そのような状況では、目的は明確で各社とも一致団結して新製品を短期間に矢継ぎ早に市場に投入しました。

ところが形成が悪くなって撤退しなければならなくなると、

こういった集団は

撤退が苦手です。

軍隊の場合、撤退する際は少数の部隊を殿(しんがり)としておいて起き、殿が戦っている間に主力が撤退します。ところがこういった「一揆」集団は「自分たちだけがワリを食うのは嫌だ」と誰も殿をやろうとしません。

企業においても早く不採算部門を閉鎖すれば損失を抑えることができるのに、閉鎖が決定できず、ずるずると損失を出してしまいます。あげくに倒産することすらあります。
 

リーダーシップと共同体文化

 
集団を統率するリーダーによって、集団は変わります。このリーダーの姿勢「リーダーシップ」は経営組織論の中で述べられています。一方日本の集団の場合、リーダーシップも日本独自のものになっています。

それはどのようなものでしょうか?

まずは経営組織論のリーダーシップについて以下に述べます。

リーダーシップとは?

リーダーシップとは、指導者としての能力・力量・統率力を指します。これは

「自己の理念や価値観に基づいて、魅力ある目標を設定し、またその実現体制を構築し、人々の意欲を高め成長させながら、課題や障害を解決する行動」

と定義されます。

リーダーシップの中でリーダーの資質や人格は古くから注目されました。リーダーが先天的に持つ資質や才能は、リーダーシップの質に影響します。

これに対し経営ではマネジメントという言葉もあります。ではリーダーシップとマネジメントはどのように違うのでしょうか。

リーダーシップとマネジメントの違いを表1に示します。

表1 リーダーシップとマネジメントの違い

 リーダーシップマネジメント
課題変化の推進複雑性への対処
実現への取組進路を設定
人々の連携を図る
モチベーションとインスピレーションの喚起
計画立案と予算の策定
組織編成と人員配置
コントロールと問題解決

これを比較するとマネジメントは技術的要素が大きく、これは習得可能なものです。対してリーダーシップには能力的要素が大きく、個人の資質や才能が大きく影響します。
 

コンティジェンシー理論

状況に応じてリーダーシップのスタイルを変化させるという考え方です。フィドラーは、リーダーのタイプを大きく二つに分けています。

人間関係志向リーダー

 苦手タイプともうまくやっていく

職務(タスク)志向リーダー

 苦手にタイプとうまくやっていくことよりも職務を優先

図4 リーダーシップのスタイルトワーク
図4 リーダーシップのスタイルトワーク


 フィドラーは組織が置かれた状況によってどちらのリーダーがより成果をあげるのか調査しました。環境について以下の3つを取り上げました。

  1. リーダーが支持されているか
  2. 仕事が構造化されているか
  3. リーダーに権限が与えられているか

その結果、環境がリーダーに

  • とても良い(1.支持されており、2.構造化されており、3.権限がある)場合
  • とても悪い(1.支持されておらず、2.構造化もされておらず、3.権限もない)場合

「職務(タスク)志向」のリーダーが高い成果を上げました
 

  • その中間の良いとも悪いともいえない環境に置かれた場合

「人間関係志向」のリーダーが高い成果を上げました。
 

つまりどのような状況でも通用する唯一最善なリーダーはいないことが証明されました。

一方このリーダーシップ論は、欧米の組織の組織論が前提です。一揆をベースとする日本の共同体組織では、リーダーはメンバーの意向を無視して、独自に意思決定することは困難です。
 

ポリティクス

ポリティクスとは、経営組織論において、正式なルートや指示命令以外で組織内部に影響力を行使することです。影響力を行使する方法は以下の2種類があります。

【正式な手段】

  • 権限に基づく指示命令や合理的な説得

【ポリティクス】

  • 将来の利益提供や過去の貸しを主張
  • 不利な結果をほのめかすなど交換条件の提示
  • 上位の権威者からの非公式な支持
  • 情報の漏洩や隠ぺい
  • 会議の議題や参加者を自分に有利に替える
図5 影響力を行使する
図5 影響力を行使する

メンバーがポリティクスを行使する目的は

  1. 組織に有益な取組が上司の誤った判断で中止されるため
  2. 個人的な評価を高めるため
  3. 自部門の利益を守るために他部門のプロジェクトを中止させる

などです。

こうしたポリティクスが生じるのは、公式な調整では調整がうまくいかなかったり、メンバーが自分の利益のために有利に導こうとしたりするからです。特に成果主義や「業績の低い下位10%の社員は退職させるアップオアアウト」などの制度を取っている組織では、メンバーは自身の存続をかけて様々な働きかけをします。

一方日本企業には「根回し」という文化があります。これも非公式な影響力の行使となるためポリティクスと言えます。

一揆を基本とする組織では会議は全員一致が原則なので、会議の場で反対意見が出ると結論は保留されます。関係者は早く結論を出して業務を進めなければなりません。そのために会議の前に反対意見のある部門のリーダー、時には出席者全員と個別に事前打合せして、予め合意を取りつけておきます。
 

コンフリクト

コンフリクトは、複数の組織や部門の利害の対立です。

コンフリクトには

  • 職務上の調整の困難さから生じる職務コンフリクト
  • 人間慣例の衝突「反りが合わない」関係性コンフリクト

の2種類があります。
 

コンフリクトの原因は

  • 当事者間が相互依存関係にあるため、お互いが有利に事を運ぼうとする
  • 資源の希少性から優先権を得ようとする
  • 役割や責任にあいまいさがあるため、お互いに押し付けあう

などがあります。

コンフリクトには業務上避けられないものもあります。

例えばメーカーの営業、製造、品証は自部門の最適解が他部門の最適解にならないことがあり、コンフリクトが生じます。

顧客から注文の入っている製品が納期に間に合いそうもない場合

【営業】「製造」には無理をしても納期に間に合わせてほしい 

【製造】 現在の工程では間に合わない。「品証」が許可すれば一部検査を省略して間に合わせることができる

【品証】 検査を省略すれば不良品を納める可能性があるため許可できない

こうして3者の喧々諤々の議論になります。

なお、この例では品証は品質の最後の砦として検査省略は許可してはいけません。
 

日本型組織におけるリーダーシップ

日本企業の場合、組織の本質は共同体です。

共同体では一揆、つまりメンバーの同意がなければ組織は動きません。

組織を束ねるには、メンバーの意見を取りまとめて合意に導くような調整型で世話人型のリーダーが必要です。

しかも共同体の中での上下関係は、必ずしも地位の上下でありません。組織上は顧問や相談役の年配者が純然たる影響力を持っていることもあります。このような閉ざされた共同体をマネジメントするには、共同体の人間関係や文化をよく知っている必要があります。これは外部の人間には容易ではありません。経営が思わしくない時、他社から経営者を招聘して立て直そうとしてもうまくいかない原因がここにあります。
 

かつての自然発生的な村落共同体の場合、一番の目的は共同体の存続です。そして稲作のようにこれまで培ってきたことを今後も滞りなく行うには、人の和を重視します。メンバーは共同体の構成員としての自覚があるため、細かな規則や契約は必要ありません。このような共同体では、欧米のような強いリーダーシップはむしろ有害です。

共同体の存続が最大の目標なので、欧米の組織のようなリーダーの指示の元、目的に応じて組織を解体・再編する、目標を達成したらリーダーは交代し次の目的に合致する組織に再編する、このような発想はありません。

本来、組織が成果を上げるには、明確な目標を設定しそれをメンバーに周知しなければなりません。ところが日本では政治家でも明確な目標を提示するリーダーは限られています。その一因は、日本の組織には有能な参謀(スタッフ)がいないことと、リーダーがそれを使いこなしていないことです。

政治学者モスカによれば、リーダーは攻略型と政略型の2種類があります。

政略型がリーダーになると、指揮権を行使し組織をまとめる力が弱いため、リーダーシップを発揮できません。

一方攻略型のリーダーは、リーダー単独では有効な政策がないため目標が設定でず、リーダーシップを発揮できません。

例えば、創生期のホンダの本田宗一郎と藤沢武夫のような、攻略型のリーダーが政略型のリーダーを参謀として使いこなす組織が理想と言えるでしょう。

このような日本の組織、社会には様々な不条理(問題)があります。
 

集団の中の序列

この日本の組織、社会の不条理な点について、2022年7月戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏と思想家の内田樹氏が対談しました。

山崎氏は「日本の組織は、支配層や上層部の利益が全体の利益になると思わせ、自分たちに都合のいいように人々を従わせている。その結果、SNSの発言を見ても、職場環境や雇用問題について、会社に雇われている側なのに経営者の目線で語る人が少なくない」と言います。
 

これについて内田氏は学校教育の問題を取り上げました。

「何をしたいのか?」より「何をすればほめてもらえるのか」を考えるように教育されている。学校は、先生の出した問題に対し、子どもが答えを書き先生が採点する。その採点が子供の評価となる。そのため子どもたちは「よい点をもらうことが自己実現の方法」と信じている。

しかし相手が問題を出して、自分が答えて、それを採点されるのは、典型的な権力関係です。もし自分が相手より優位に立ちたい場合は、先に相手に質問しなければなりません。武道ではこれを「後手に回る」と言います。そして「後手に回れば必ず敗ける」と内田氏は言います。

山崎氏
なぜ日本の組織は「非効率」で「非倫理的」なのか、それは社会の価値観が反映されている。海外では雇用主と従業員は対等と考え、自分の権利が政府や雇用主に侵害されれば誰もが「自分の権利をちゃんと保障しろ」と主張する。

内田氏
感染症内科の岩田健太郎先生は、エボラ出血熱のときシエラレオネで医療チームに参加しました。「国境なき医師団」とかWHOとか、世界中から来ている混成チームでは、まず問われるのが「おまえは何できるんだ?」だそうです。隔離病室を作れる、感染症の手順を知っている…、自己申告に従って役割分担をする。

日本で最初に聞かれるのは「おまえは何者だ」、医師か看護師か聞かれ、出身大学・医局・卒後年数を聞かれる。つまり誰に対しては敬語を使うのか、上下関係をまず確認する。

コロナによるクラスターが発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」に岩田先生が入った時に優先されたのは「誰が一番偉いのか」、あの場では橋本岳という当時の厚生労働副大臣。でも政治家なので感染症のことは知らない。

そこで岩田先生は「やり方が間違っているから、やり直しなさい」と専門家としてアドバイスしましたが、これは「下の人間が上の人間に指示を出す」と捉えられ、これは日本では禁忌なので「出て行け」と言われる。(朱記は筆者)

 

これからの組織を考える

このように組織論における組織の役割と、日本型共同体とは乖離があります。

では、これからはどのような組織が必要なのでしょうか?
 

共同体の解体と帰属意識の希薄化

日本型共同体が成立するためには、共同体の構成員がずっと組織内部にいる必要があります。

構成員にとって共同体からの退出は勘当です。これは構成員のアイデンティティの喪失にもなります。これまで終身雇用が維持できていた時代、構成員は共同体の一員という意識が維持されていました。

しかしバブル崩壊後、非正規雇用の増大や高齢社員のリストラの結果、構成員の「共同体の一員」という意識は解体されつつあります。しかも現在、組織には様々な人がいます。組織に対してそれぞれ異なった意識を持っています。

  1. 正社員として雇用され共同体の構成員の自覚を持っている (多くは中高年)
  2. 共同体を信じていない。しかし追い出されれば経済的に困窮するため、指示には無条件に従う(多くは若者)
  3. 派遣社員として長期間組織で働いているが共同体の一員とは思っていない

 

それぞれの立場によって以下のように行動します。

1.は一揆のメンバーで共同体の価値観に従い行動します。その点でストレスは少ないです。

2.は共同体を信じておらず、押し付けられた価値観を受け入れられません。しかし一揆に反抗すれば不利になることが分かっているため、指示には無条件で従います。その一方で過剰な仕事をやり過ごすことができず、時には体調を崩してしまいます。

3.の派遣社員は価値観を共有できず疎外感を感じています。指示命令には無条件に従うが、それ以上のことはしません。
 

権限と圧力

組織のメンバーがこういった価値観を持つ中で、達成困難な目標が上から与えられればどうなるでしょうか。

2.3.の構成員にとってそれは単なる指示命令でなく、一揆からの無言の圧力となってきます。
 

終身雇用が困難に

今日テレワークが広まり、中にはオフィスを持たない会社もあります。そういった会社は、社員の「共同体の一員としての意識」は希薄化します。

一方、若年人材は不足し、しかも国から70歳まで雇用延長を求められています。そこで企業は中高年を戦力として活用する必要に迫られています。

経営環境は変化し、業務内容も変わってきます。しかし人の能力は簡単には変わりません。特に中高年の場合、訓練により新たな能力を獲得するのは容易ではありません。そうなると中高年の教育訓練の費用対効果は低く、場合によっては既存社員を訓練するよりも専門人材を新たに雇用した方が安上がりです。
 

例えば機械設計は、ドラフターから二次元CAD、二次元CADから三次元CADへ変わりました。中高年の設計者が二次元CADや三次元CADに対応するのは再訓練で可能です。しかし設計者にグラフィックデザインやホームページ制作を教育するのであれば、教育するより外部の専門人材に依頼した方が安上がりです。

もし自社の事業環境が変化して機械設計の業務がゼロになり、グラフィックデザインとホームページ制作の仕事だけになれば中高年の設計者の仕事はなくなってしまいます。このように将来業務内容や必要なスキルが変化すれば、1社が同じ人間を50年雇用し続けるのは困難です。

このように考えると、今後も企業が日本型の共同体であり続けるのは難しくなってきます。

かといって社会、文化が全く異なる欧米型の組織も日本社会にはなじみません。

これからの組織

今後はこれまでの

共同体意識の共有はない

前提で21世紀型の組織をつくる必要があるでしょう。

そのためには以下の課題を解決する必要があります。

  • 一揆に変わる意思決定の仕組み、そしてメンバーが決定に従う仕組み
  • 共同体意識がない時の組織への貢献意欲を引き出す方法
  • 多様な人たちを取りまとめ、成果を上げるリーダー
  • テレワークなどでメンバーの関係性が希薄になっても組織運営や企画・発想できる仕組み
  • 50年間を雇用し続けられない場合、副業などによる生活の安定
  • 中高年の共同体意識の変革、教育訓練を継続する意識

今後は

新しい21世紀型組織を持った企業が従来の共同体文化の企業と静かに入れ替わっていく

かもしれません。
 

参考文献

「はじめての経営組織論」高尾義明 著 有斐閣ストゥディア
「指導者の条件」山本七平 著 文藝春秋
 

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書籍「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書」【基礎編】【実践編】
経営コラム「原価計算と見積の基礎」を書籍化、中小企業が自ら原価を計算する時の手引書として分かりやすく解説しました。
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企業の組織と日本の共同体文化の問題 その1~組織の種類と特徴、組織の問題とは?~ https://ilink-corp.co.jp/8956.html https://ilink-corp.co.jp/8956.html#respond Tue, 24 Oct 2023 04:30:47 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=8956
【コラムの概要】

企業不祥事根絶へは、コンプライアンス強化だけでなく、日本特有の共同体文化と組織論の乖離を理解が不可欠です。本稿では組織の目的や分業、フラット型から分社化までの多様な組織形態と特徴を解説し、特に日本の「官僚制の逆機能」が組織の問題根源にあると指摘します。

する企業不祥事や法令違反、時には社会問題になり、企業には多大な損害が生じます。そこで多くの企業がコンプライアンス遵守に取組んでいます。それでも不祥事は後を絶ちません。

なぜでしょうか?

図1 なくならない不祥事
図1 なくならない不祥事

コンプライアンスの遵守と強化とは、管理と統制の強化です。これは企業の建前の部分です。

一方企業は、組織体であり、また同時に人の集団でもあります。そこには

日本社会特有の共同体文化

があります。

この日本の共同体文化は、社員の行動にどのように影響し、それにより組織はどのように変質したのでしょうか?

山本七平氏(以降 山本氏)の「指導者の条件」にある日本の共同体文化と、経営組織論を対比して、

組織とは何か、

そして

日本の組織の問題点

について考えました。
 

組織とは何か?その目的は?

企業組織の目的、形態、特徴を探求したのが経営組織論です。経営組織論では、組織とはどのようなもので、その目的や特徴について述べています。

では組織とは何でしょうか?
 

組織とは?

「組織と管理」の著者で組織経営論の大家 チェスター・バーナードによれば
組織とは、「意識的に調整された2人、またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」です。

この「意識的な調整」とは組織のメンバーがリーダーの指示の元、お互いの行動を調整して目的を達成しようとすることです。

また「組織はシステム」です。お互いが役割分担して、相互に影響しあいながら目的を達成します。

言い換えれば、システムは仕組みのことです。この仕組みに人やモノは含まれません。

システムがちゃんと機能すれば、誰に代わっても(能力が同じであれば)組織の能力は変わらないという考えです。
 

この組織の3要素としてバーナードは

  • 共通目的 同じ目的意識で取り組む
  • コミュニケーション
  • 貢献意欲 助け合いつつ組織に貢献したいという気持ち

を挙げています。

このどれか一つが欠けても組織は健全に機能しなくなります。経営組織論では組織をこのようにシステムと考えます。実際の組織は、人の集まりであり、つまり共同体です。共同体はどういった人で構成されるかによって大きく変わります。
 

組織の目的

ではなぜ組織が生まれたのでしょうか?

経営組織論から離れ「なぜ人は集団をつくるのか」を考えてみます。

人が集団になるのは、集団の方が都合がよいからです。古代の狩猟採取社会では、一人で狩りをするより、何人が協力した方が大きな獲物が捕れます。

その後、定住して農業を営むようになると、農作業はお互いの協力がなければ成り立ちません。

つまり集団の目的は、狩猟や農業など活動の効率化です。

もう一つの側面は安全です。部族間の紛争など太古から集団同士の争いはありました。単独では襲われても集団ならば簡単には襲われません。安全のために人は集団化しました。その一方、集団化すれば武力は強くなります。その結果、他の部族を襲うこともありました。
 

企業経営では組織の共通目的は事業です。個々の企業の事業内容は定款に書かれています。もし定款にない事業を行う場合は定款を変更します。

あるいは組織の目的や目指す姿が経営理念やミッションとして明文化されていることもあります。一方定款や経営理念として明文化されていなくても、組織には固有の共通目的があります。

それは何でしょうか?

企業の目的は

「組織の存続

です。

定款に書かれた事業が本当に組織の目的であれば、その事業が困難になれば組織を解散するはずです。しかし多くの企業は新たな事業に移行して存続しようと努力します。つまり目的は事業でないのです。
 

なぜ組織化するのか?分業について

人が集団になるのは、活動の効率化や安全のためです。

人が組織化するのは、もう一つの目的があります。それが分業です。

分業して役割分担すれば、個々のメンバーは専門的な能力をより高めることができます。古代社会でも大工、機織り職人、猟師などひとつの仕事に特化することで、人は専門能力を高めました。
 

分業のメリットは

  • 専門的な仕事に専念できる
  • 専念することで短期間に習熟できる
  • 専念することで効率化、低コスト化を実現

です。
 

一方デメリットもあります。

  • 分業した業務同士の調整が必要
  • 専門以外のことが分かなくなる
  • 仕事が単純化しモチベーションが下がる

などです。
 

分業化することで業務間の調整が必要になります。それには管理者が必要です。

では実際の組織にはどのようなものがあるのでしょうか?
 

組織の種類と特徴

組織の種類と特徴について経営組織論から説明します。
 

フラット型組織

図2のように一人のリーダーの指揮下にメンバーが並列でいる組織です。

各メンバーはリーダーから直接指示を受けます。メンバー相互の調整はリーダーが行います。小さい会社の多くはフラット型組織です。

フラット型組織には以下の特徴があります。

【利点】

  • メンバーはリーダーから直接指示を受けるため、指示の伝達が早い
  • リーダーは各メンバーを直接管理するため、きめ細かくスピーディに管理できる
  • リーダーがメンバー間の調整を直接行うため、メンバーの仕事の最適な割当が可能

 

【欠点】

  • メンバーが多くなるとリーダーの管理が不十分になる
  • 統制の幅(スパンオブコントロール)の問題
  • メンバーの業務が分業化・専門化すると、専門性の不足するリーダーは管理が不十分になる
図2 フラット型組織
図2 フラット型組織


 

ピラミッド型組織 (ライン組織)

メンバーが多くなると、フラット型組織ではリーダーがメンバーを十分に管理できなくなり、業務の効率が低下します。

そこで組織を階層化し、部下を直接管理する複数のリーダーを上位のリーダーが管理するビラミット型組織へ移行します。

ピラミッド型組織の階層化には、

  • メンバーの増加による管理の階層化 垂直的分化
  • 業務の分化(専門化)による階層化 水平的分化

の2種類があります。
 

実際には企業は、係(グループ)→課→部 という階層構造を取ります。水平的分化、つまり部門化(専門化)の例は

  • 機能に基づく部門化(専門化)
  • 製品・サービスに基づく部門化
  • 顧客別の部門化
  • 地域別の部門化

があります。

あるいは

  • 製造部門は「機能に基づく部門化」
  • 製造部門の中で設計は「製品・サービスに基づく部門化」
  • 営業は「顧客別の部門化」あるいは「地域別の部門化」

など、部によって異なる要素で分けることもあります。

図3 ピラミッド型組織
図3 ピラミッド型組織

代表的なピラミッド型組織は軍隊です。軍隊は指示命令の徹底が必須です。ピラミッド型組織はトップの指示が一元化されて末端にまで伝わります。

一方軍隊には様々な専門能力が必要です。そのため組織を機能別にも分け、専門能力の育成と管理を行います。

図4は日本陸軍の歩兵師団の組織です。1師団には歩兵連隊3個、砲兵部隊の他に、輸送中隊、偵察中隊、通信中隊、工兵中隊、衛生中隊などがあります。

 図4 日本陸軍の歩兵師団の組織
図4 日本陸軍の歩兵師団の組織


 

ピラミッド型組織の特徴
【利点】

  • 適切な人数の部下を管理するため、リーダーはメンバーの適切な管理と・統制が可能
  • 管理を階層化することで、トップの方針・命令を確実に末端に伝えられる
  • 末端のメンバーの情報は階層を通じてトップに確実に伝えられる
  • 組織を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けることで、それぞれの業務に特化して遂行が可能

 

【欠点】

  • 各部門を機能別、製品別、顧客別、地域別に分けるために、部門間で利害が対立した場合、調整はトップが行わなければならない
  • 各部門が自部門の業績の最適化を目指すため部分最適に陥る
  • メンバーは専門的な業務に特化するため、他の業務への対応力が低下
  • 現場の情報がトップに伝えわるまでに何人ものリーダーを経るため伝達に時間がかかり、情報が正確に伝わらない
  • 部門間にまたがる業務や、どの部門にも該当しない業務が適切に遂行されない

 

「職能別組織」や「機能別組織」は、ピラミッド型組織を職能別、機能別に階層化したものです。

例えば多くの企業は開発、製造、販売などの機能別に組織を構成します。(実際の部門は、開発、設計、製造、生産管理、資材、品質保証、営業など)

実際は製品開発、製造・販売に対し、開発、営業、製造ではそれぞれの利害が異なります。そこで対立が生じた場合は、調整は組織のトップの役割です。(日本の企業では、部門間の対立は部門間の話し合いで調整されます。)

こうしたピラミッド型組織は中央集権的な組織です。そのため製品の種類や事業の多角化が進むと、トップの負担が増加し意思決定のスピードが低下します。
 

ライン・アンド・スタッフ組織

ピラミッド型組織では、人員を階層的に管理して適正な管理と命令の一元化を図っています。一方各部門にそれぞれ専任者を置くよりも、会社全体で共通の専任者が担当した方が効率の良い業務があります。

例えば、労務管理や人事など総務、経理、ISO事務局や標準化などです。経営企画など経営者により近い業務も各部門から切り離した方がより広い視点で業務を遂行できます。

そこでこれらの部門をピラミッド型の組織(ライン)から切り離し本社直轄の部門とします。これをスタッフ部門と呼び、こういった組織をライン・アンド・スタッフ組織と言います。特に後述の事業部制をとった場合、各事業部に総務や経理を設けると、各事業部間で重複する業務が多く非効率です。またスタッフ部門の業務は収益を生まないため、事業部として独立させるのは不自然です。そのため事業部とは別に本社直轄の組織とします。
 

あるいは新規事業のプロジェクトチームなども、開発の初期段階では事業化の見通しが立っていないため、事業部でなくスタッフ部門の中に設けます。そうすれば収益性は問われずに一定の予算枠の中で研究開発を行うことができます。そして事業化の目途が立てば、プロジェクトチームごと事業部門に移管します。

図5 ライン・アンド・スタッフ組織
図5 ライン・アンド・スタッフ組織


 

【利点】

  • 専任者が会社全体で業務を行うため、効率が高い
  • 人事、経理などを会社全体でひとつの部署が行うため、やり方が統一される

 

【欠点】

  • 各部門の業務と場所的にも業務的にも切り離されるため、各部門の求めるものと異なる業務を行う可能性がある
  • 収益をもたらさない業務は費用対効果があいまいで、業務が肥大化する

 

軍隊の場合スタッフは参謀部です。欧米の軍隊は、優秀なスタッフを参謀部に集めて優れた作戦を複数立案します。司令官はそのうちのどの作戦かを選択します。現場はその作戦をひたすら忠実に実行します。スタッフに優秀な人材がいれば、現場の人間は優秀である必要はないという考え方です。

ところが同じ軍隊でも日本の軍隊はこれを嫌います。自分に関係がないことでも全部知っていなければ気が済まないのです。山本氏はフィリピンの戦場にいましたが、中国戦線の命令の写しがフィリピンにも来ていました。そのためある司令部が敵に奪われると陸軍全部の作戦が分かってしまいました。

こういった特徴は今の企業でもあります。日本では、入社したての新入社員でも会社の前途を憂い心配します。

これが欧米企業では、会社の前途はスタッフが考えればいい問題で、新入社員は自分には関係ないと考えます。新入社員は自分の担当したラインの仕事だけ専念すればよいと思います。
 

事業部制組織

製品の種類が増えたり事業が多角化すると、ピラミッド型組織では部門間の調整業務が増大します。トップの負担が増えて意思決定のスピードが低下します。

そこで事業毎に事業部をつくり、事業部毎に開発、製造、販売などの機能を持たせます。これにより部門間の利害関係は事業部内で調整できるようになりトップの負担は減少し、意思決定のスピードが早くなります。売上と費用を事業部毎に集計することで、各事業の収益性・採算性も明確になります。

この事業部制は1920年にアメリカのデュポン、続いてゼネラルモータースが導入しました。日本では1933年に松下電器産業が導入しました。現在でも異なる事業や特徴が異なる製品を持つ企業の多くは事業部制を取っています。

実際は、製造は製品毎の事業部でも、販売はひとつの事業部にする場合もあります。どこを事業部として分けて、どこを共通部門にするかは企業により違いがあります。
 

【利点】

  • 事業部毎に収支が明確になり、事業の収益性を適切に評価できる
  • 事業毎に適切な組織にすることができ、組織構成を最適化できる
  • 事業部のトップに責任と権限が委譲されるため、意思決定のスピードが早くなる
  • トップの調整業務・負担が減少する

 

【欠点】

  • 各事業部に販売、開発、製造の部門があるため、部門が重複し効率性が低下
  • 事業部毎に独自のやり方が生まれる
  • 事業部の収益性を追求した結果他の事業部と利害が対立する場合、部分最適に陥る

 

マトリックス組織

事業部制の課題として、事業部毎に製造、開発、販売の機能があるため、事業部独自のやり方が生まれるなど、会社全体では業務が非効率になる点があります。そこで会社全体で製造、開発、販売などを統括するリーダーを決めて、事業部を横断して管理する方法が生まれました。これがマトリックス組織です。

マトリックス組織では、各部門の業務は統括リーダーによって最適化されます。その一方、組織のメンバーは事業部と統括リーダーの二人の上司から指示を受けるため、命令の一元化が保たれません。その結果、混乱が生じやすく、マトリックス組織を採用している企業は多くありません。

一方、ピラミッド組織(あるいは事業部制)の企業でも、各部門からメンバーを集めてプロジェクトチームを作ることがあります。この場合、プロジェクト業務はプロジェクトリーダーの指示で遂行しますが、それ以外の業務はこれまでのラインのリーダーの指示で遂行します。これもある意味マトリックス組織と言えます。

図6 マトリックス組織
図6 マトリックス組織


 

カンパニー制

カンパニー制は、事業部制の独立採算を進めて、人事、経理などスタッフ部門の機能もすべてカンパニー内に持ち、人材、資金調達などもカンパニー内で意思決定できるようにしたものです。その点で後述の分社化に近いのですが、対外的にはひとつの会社である点が分社化と異なります。

各カンパニーが一つの疑似的な会社として、事業運営、投資や資金調達、人材採用を意思決定できます。そのためカンパニーのリーダーは、事業部のリーダーよりも意思決定の裁量範囲が広く、意思決定のスピードも早くできます。このカンパニー制は、ソニー、トヨタ自動車、みずほ銀行など企業が採用しています。

一方で、NEC、富士ゼロックスなどは一度導入したカンパニー制を廃止しました。

図7 カンパニー制
図7 カンパニー制


 

カンパニー制の特徴

【利点】

  • 投資、資金調達、人材など事業部ではスタッフ部門の業務もカンパニー内で意思決定できるため、意思決定のスピードが早く、経営環境の変化に応じて柔軟に対応できる
  • カンパニー毎にバランスシートをつくることで損益だけでなく、資産にまで踏み込んで事業を評価できる
  • カンパニー内ですべて調達できるため完全独立採算となり、収益性や責任が事業部制よりも明確になる
  • カンパニーのリーダーはカンパニーを経営することで経営的視点を持つことができる

 

【欠点】

  • 各カンパニーに人事や経理などがあるため、会社全体で見れば重複する部門が増え、間接費用が増加する
  • 事業部制よりも各カンパニーの独立性が強くなるため、カンパニー間での情報交換、技術やノウハウの共有が弱くなる
  • 短期的には収益を生まない事業をスタッフ部門として事業部から切り離すことができないため、短期的な利益追求に陥る可能性がある

 

分社化

カンパニー制をさら発展させ、事業毎に完全に別会社にして、本社機能は持ち株会社(ホールディングカンパニー)とする方法です。各子会社は、人材、資金を独自に意思決定し、経営状況を評価できます。分社化は1997年純粋持株会社が解禁されたことから広まりました。かつては赤字を子会社に移転して本社の決算をよく見せることも行われていました。しかし現在は、業績は子会社も含めた連結決算で評価されるため、そのような手法はなくなりました。この分社化の特徴を以下に示します。

図8 分社化
図8 分社化


 

【利点】

  • 事業毎に独立した会社のため、経営資源の配分の最適化、意思決定の迅速化が可能になる
  • カンパニー制と異なり、財務諸表を外部に提出するため、公正な業績評価が可能
  • 事業買収や売却が容易になり、環境の変化に応じた事業再編がスピードアップ
  • 子会社毎に賃金水準を変えることができるので、事業に応じた人件費の最適化が可能

 

【欠点】

  • 連結財務諸表の作成や子会社の会計監査など管理業務が増大
  • 子会社間の移動は、出向や転籍になり人事交流が進まなくなる
  • 事業間の交流やコミュニケーションが減少
  • 子会社毎に独自の企業文化が生まれ、グループの求心力が低下

株式会社を設立する際の最低資本金が引き下げられたことで、会社の設立が容易になりました。そのため、中小企業でも事業によって複数の会社を設立し、分社化している企業も多くあります。
 

官僚制

官僚制組織とも言われるため、組織形態の一つのように見えますが、組織としてはピラミッド型組織です。

官僚制 (bureaucracy)はピラミッド型の階層型のシステムで以下の特徴があります。

  • 規則に基づく運営
  • トップダウンの指揮命令系統と命令の一元化
  • 組織への貢献度に応じた昇進や報償
  • 分業による専門分野への分化

 

こういった特徴は行政機関だけでなく、企業や他の団体にも広く見られます。組織が大きくなると、トップの指示が末端にまで浸透するには階層型の組織が必要です。中国では秦の時代からすでに官僚制度がありました。

近代の官僚制はドイツの社会学者マックス・ヴェーバーにより研究されました。ヴェーバーによれば官僚制の元では、メンバーは合理的な規則と役割を体系的に割り当てられて行動します。

そして以下の原則に従います。

  • 権限の原則
  • 階層の原則
  • 専門性の原則
  • 文書主義

 

ヴェーバーは、
「官僚制は合理的な機能を有し、優れた機械のような優れた点がある」
と主張しました。

ただし個人の自由が抑圧される点や組織が巨大になると統制が困難になるなど、

官僚制のマイナス面も指摘しています。

このマイナス面については、アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが

「官僚制の逆機能」

について指摘しました。

この官僚制の逆機能とは

  • 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
  • 責任回避・自己保身(事なかれ主義
  • 秘密主義
  • 前例主義による保守的傾向
  • 画一的傾向
  • 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
  • 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
  • セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

などです。
 

一般にはこれらは官僚主義と呼ばれています。

その特徴は

  • 先例がないからできない
  • 規則にないため判断を避ける
  • 些細な書類の不備で拒絶する
  • 書類の作成自体が目的化する
  • 自分の部署以外の仕事はやらない

などですが、これらは民間企業にも見られ「大企業病」と呼ばれています。
 

官僚制の文書主義や権限の原則は、欧米の企業組織の骨格です。欧米では、これらはち密に体系化されています。その代表的なものがISOなどのマネジメントシステムです。ISOは、規格の最初に「責任と権限を明確にする」ことを要求しています。

この責任と権限の明確化は、契約を基本とする欧米社会の文化です。

山本氏は

「欧米人は契約がないと何もできない。

宗教も神と人間の契約、つまり個人が神と契約を結ぶ。」

と述べています。

かつての欧米人の考えには「他人も同じ宗教を信仰し神と契約を結んでいるから信頼できる」というものがありました。そして「自分たちの信仰する神と契約を結んでいない異教徒は何をするのかわからず信頼できない」というものでした。(今は違っていますが)。
 

ところが日本人は

契約という概念を非常に嫌います。

取引の際、契約を持ち出すと「私が信頼できないのか」とかみつかれます。日本社会は契約の概念が希薄なため、日本では官僚制においても文書化は十分ではありません。

ここまで経営組織論に基づき様々な組織の形態と特徴について述べました。このように組織は、様々な形態とそれぞれ特徴があります。
ところがこの組織と、日本の古来からの共同体文化は、相反するものがあります。これが企業不祥事など日本の組織の問題の根源にあるのです。

それはどのようなものでしょうか?

これについては、次の経営コラムでお伝えします。

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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