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政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その2
日本の財政赤字は約1200兆円、GDPの2倍以上になります。これは先進国の中では突出した金額です。
これに対し、ニューヨーク州立大ステファニー・ケルトン教授は
「国(もしくは政府、以降政府)が
自国通貨建ての借金(国債)をいくら増やしても財政は破綻(はたん)しないし、ハイパーインフレにならないように制御も可能
なので、
経済成長が不足であれば政府は借金を増やしてでも積極的に財政出動すべき」
と主張しました。
彼女の理論「現代貨幣理論 (Modern Monetary Theory : MMT) 」は従来の経済学の常識を覆す一方、従来の主流派経済学者からは激しい反発を受けています。
果たしてMMTは正しいのでしょうか?
政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1では、MMTの特徴とMMTが提言する政策について述べました。
今回はMMTの反対意見についてまとめました。
MMTへの批判
2019年1月にアメリカの下院議員オカシオ・コルテス氏が財政政策の財源の理論的背景としてMMTを述べ、それ以降アメリカではMMTに関する論争が活発化しました。そしてMMTに対する批判的な意見が続出しました。
- 「赤字が問題にならないという考えは全く誤っていると思う」FRB議長ジェローム・パウエル
- 「MMTを全く支持する気になれない」ウォーレン・バフェット
- 「ブードゥー経済学」元米財務長官 ローレンス・サマーズ
ではMMTの何が問題なのでしょうか、MMTへの批判を以下にまとめました。
「永遠には続かない」いずれ超均衡予算が必要
従来の経済理論でも、例え中央銀行が国債を引き受け(財政ファイナンス)、貨幣供給量を大きく増やしても、すぐにインフレになることはなく、政府支出を増やすことは問題ありません。しかし過大な財政支出を続ければ、インフレになります。
実はMMTも、政府支出をいくら増やしてもデフォルトにならないが、
インフレにならない
とは言っていません。
そしてハイパーインフレになった国 (例えばドイツやハンガリー、戦後の日本など) でも政府は財政破綻していません。
政府の財政破綻とハイパーインフレは、全く別の減少なのです。
MMT派は
いくら財政破綻しないからといって際限もなく通貨を発行すればハイパーインフレになるのはわかっているから、
そんなことはするはずがない
と主張します。
では、「際限もなく」とはどれくらいで、現実にどこまで通貨を発行しても問題ないのかはMMTは示しません。
MMTでは、「円の信認が失われるのは日本の徴税システムが機能不全に陥った時だ」と主張します。
しかし財政赤字を続けて市中にばらまいたお金は、どこかで適正な量にしなければなりません。
そこで市中の通貨を回収してマネタリーベースが減少すれば、多額の日銀の通貨発行損が発生し、巨額の歳入減少が生じます。その結果、超縮小予算にせざるえず、ひどい不景気になります。しかし永遠にお金を増やし続けることはできず、いつかは回収しなければ経済は持続しません。お金を刷り続ければ、その回収も考えなければならいのです。出かけたのはいいのですが、「家に帰ってくるまでが遠足」なのです。
現在の日本の政府債務は、対GDP比が2.4倍(2018年)、先進国では突出しています。そして歴史を遡れば、19世紀のイギリスは英仏戦争で負債がかさんで、政府債務の対GDP比は2.6倍になりました。しかし幸いなことに、その後、輝ける大英帝国の時代が到来しました。産業革命やインドなど植民地からの富の集積により、休息に経済成長し債務の圧縮に成功しました。
逆にイギリス以外の国で多額の債務から
「ハイパーインフレやデフォルトなしに」生還した国
はありません。
それでもハイパーインフレは起きる
確かにMMTの主張するように財政赤字を続けてもデフォルトしません。しかし放置すればハイパーインフレはいつか起きます。MMT推進派は
「政府は通貨発行権と徴税権を持っている」
「納税のために貨幣は必要」
「貨幣は法貨なので受取は拒否できない」
などから貨幣の価値がとめどなく下がることはないので
「ハイパーインフレは起きない」
と主張します。
現実には、人々は貨幣の受取は拒否できませんが、貨幣をずっと持っていなければならない義務はありません。
貨幣の価値が下がりはじめれば、人々は少しでも資産の減少を防ぐために、預金や現金を現物と交換し始めます。(今なら、外貨や仮想通貨という選択肢もあります。) 「円が危ない」と感じて人々が一斉に行えば、円の価値は暴落、物価は高騰します。つまり激しいインフレ (円の取付け騒ぎ) に見舞われます。
世界恐慌の前に起きたマルクの暴落はまさにそれでした。
この財政赤字とインフレの関係は、地下に蓄積された地震のエネルギーに似ています。ある日「紛争」「天災」「石油ショック」のような変化 (ゆれ) が起きると、人々の間でインフレ予想が広がります。そして一斉に預金を引き出してものを買い始めます。インフレ率は急上昇します。さらに「円は危ない」と思えば外貨や金などの実物資産を買い始めます。そして
ハイパーインフレが起きます。
その時、巨額の増税でインフレを止めることは、過去の歴史を振り返ってみても不可能です。最後は1920年代のドイツや終戦後の日本のように、新紙幣を発行して旧紙幣を使用不能にして市中の貨幣を急減させるしか手段はありません。
一方、ベネズエラやジンバブエのハイパーインフレは、物価の上昇に対して政府が価格を統制したために起きたものでした。価格を統制したことで、コストを価格に転嫁できず生産者の倒産が続出し、生産体制が崩壊したことがきっかけでした。1920年代のドイツのハイパーインフレも戦争による生産設備の喪失と供給不足、加えて第一次世界大戦での巨額の賠償金が引き金になりました。
現在の日本ではそのようなことはありません。しかしハイパーインフレは、銀行の取り付け騒ぎのようなものです。人々のちょっとしたマインドで起こり得るものです。そして市場における人々の行動は、時として予測不能なものなのです。
しかもハイパーインフレになっても、ハイパーインフレと分かるまでにタイムラグがあります。
タイムラグのため、その時になって、あわてて金融引締めに転換しても手遅れなのです。
では、それを防ぐ手立てはあるのでしょうか。
《市中に溢れた貨幣を回収する方法》
早稲田大学教授で元日銀の岩村充氏は、市中に溢れた貨幣を回収する方法として「条件付き変動金利永久国債の日銀引受」を提言しました。これは
- 政府は市場金利連動型の変動金利永久国債を日銀引受により発行
- 日銀は政府と協議することなく、この国債を市中に売却できる
- 政府はこの国債の日銀保有分をいつでも額面で償還できる(市場価格で買入、消却できる)
- 政府は発行済み国債を保有者の同意を得て変動金利永久国債に転換できる
というものです。
つまり国債を償還不要の永久債に替えて、徐々に国債を償還して貨幣を回収する方法です。
「お金を刷る」のは簡単だけど「刷ったお金を戻す」のは大変なのです。
「租税が貨幣を動かす」には増税が必要
MMTは「納税のために貨幣が必要なので貨幣価値は下がらない」と主張します。しかし貨幣の価値を維持するためには、貨幣供給量が増加した際は、それに見合うだけの増税が必要です。そうしなければ貨幣が増えても、そこまでの貨幣は必要ないため、結局貨幣価値が下がります。
しかし増税は国民の反発が大きく容易ではありません。その結果、貨幣が増えれば、余った貨幣が他のものに変わり、貨幣価値の低下、つまりインフレが起きます。
ポンジーゲームの財政運営は非現実的
国債の累積発行額が巨額になっている日本は、財政の持続可能性はどれくらいなのでしょうか。
毎年の政府の予算制約式
PBの現在価値 + 通貨発行益の現在価値 + 公債残高
例え国債の償還期限が来ても返済しないで、新たに元本と利子を合わせた国債を発行すれば、財政赤字を永遠に続けることができます。これはポンジーゲーム(ネズミ講)と呼ばれ、危険なゲームです。
日本はGDPがマイナス、自然利子率もマイナスなので低金利が当面続きます。そのためポンジーゲームが続けられる気がします。
しかしこれは財政赤字ギャンブルです。多くの国民がまずいと思い始めると、ある日突然金利が上がり始めます。つまり高血圧のように「全く症状がないのにある日突然血管がバースト」して命を落とすのです。
企業収支を変えない限り、政府支出の赤字は続く
図4に示すように日本は、1995年以降企業収支の黒字が続き、家計部門も黒字です。そのため、政府は多額の財政支出をして大幅な赤字を出してバランスを維持してきました。今後も企業が投資をしないで黒字を継続し、家計も支出を減らして貯蓄を増やそうとすれば、需要不足が続き経済は低迷します。そのため政府はさらに支出を増やして経済を支えようとします。
しかしいずれ家計の貯蓄率は頭打ちになり減少します。そうなれば国際収支が赤字になる可能性があります。これにより円安になれば、海外への資本逃避が起きる危険性があります。資本逃避が起きれば急激な円安が起きて物価が上昇し、インフレになります。
前出の岩村教授の物価水準の財政理論 FTPL(Fiscal Theory of Price Level)では
財政政策が豊かさをもたらすには、この分母が拡大しなければなりません。財政政策で支出しても富を増やさなければインフレになります。そしてハイパーインフレは分母が限りなくゼロに近づくことです。
対外債務のある国はできない
日本は巨額の対外純資産を持ち、対外債務の多くは自国通貨建てです。そのため海外の投資家のことを気にする必要はありません。
しかし対外債務の多い国は海外からの投資も多くあります。海外投資家はリスクが高まった時の逃げ足が速いので注意が必要です。財政政策を続けて政府債務が巨額になれば、デフォルトのリスクが高まります。そして何かをきっかけに海外投資家が逃げ出します。この時、その国の通貨をドルに替えます。これによりドル高と自国通貨安が起きて、輸入価格が急上昇しひどいインフレになります。また海外のドル建て債務を返済するためには自国通貨をドルに替えなければなりません。そこでドルが値上がりすると、さらに負担が大きくなります。
経済学理論への素朴な疑問
経済学の理論では、貨幣供給量の増加や財政支出は実体経済へ反映されることになっています。しかし金融経済は実体経済のおよそ100倍の規模があります。つまり市中にいくらお金を増やしても、実体経済の貨幣需要が弱ければ金融経済に吸収されてしまいます。
実際1990年代アメリカの不況対策として市中に増えたお金が2000年のITバブルを引き起こしまた。そして2000年のITバブル崩壊後の景気対策のお金が次のバブルを引き起こしリーマンショックが起きました。
金融経済は図14のようにレバレッジがかかっているため、少ないお金で多額の資金を運用します。運用がうまくいっている間は金融市場全体が大きな収益を生み実体経済にも反映されます。しかし資金運用で収益が得られるのはファンドや富裕層に限られます。高額品の消費は増えても消費全体を底上げするには至りません。その結果、実体経済では企業の設備投資や賃上げは低調で乗数効果は限定的です。
一方、金融市場の拡大は、ある種のバブルです。いつか崩壊します。そして実体経済への資金供給を弱まらせて失業や倒産を引き起こします。失業や倒産を防ぐため政府はさらに財政支出を行い、これが次のバブルの予兆になります。
そう考えるとMMT派、従来の経済学者も、経済政策の効果は金融市場も含めて評価すべきです。さらに財政政策や金融政策が効果を出すためには肥大化した金融市場も何とかすべきであると思うのですが。
実際、財政政策にしても金融政策にしても政府が動かせる市場は限られ、実体経済の一部であり、市中のお金の一部です。
もし実体経済が大きく落ち込めば、財政政策や金融政策は実体経済を変えるほどの力はありません。
実体経済は過去から現在まで同じではありません。常に構造的な変化を起こし、それにより生産と消費活動が変わり、企業収益や賃金、消費に影響を与えます。
経済学は実体経済のこうした構造変化は無視して、結果として生じるお金というマクロ的な指標を財政政策や金融政策で変えようとしているのではないでしょうか。
原因に手をつけず、結果だけを変えようと途中過程のパラメーターだけを調整しているのではないでしょうか。
そもそも財政政策や金融政策は不況と好況(インフレ)に対する処方箋です。日本はこの失われた25年の間、好景気もありました。ところが25年間財政支出を拡大し続けています。
経済学の理論は短期的な景気対策であり、長期的な成長不足の問題は別の処方箋が必要なはずです。それには実体経済の構造的な問題は避けて通れません。ケインズが見ていた頃の実体経済と現在の実体経済の構造は同じでしょうか。
これに関して、社会の構造変化を指摘した経済学者にトマ・ピケティ氏がいます。お金が金融市場に流れる原因は、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で指摘した
「g<r という不都合な真実」
です。これは
経済成長率(g) < 資本収益率(r)
というものです。資産運用で得る利益の方が、実体経済で得る利益より大きいことを示しています。そのため富裕層はより豊かに、貧困層はより貧しくなり格差が拡大します。
また「g<r 」であれば、実体経済に投資するよりも金融市場に投資した方がより高い利益が得られます。
実際、これまでの歴史の中で、「g>r」だった期間は1900年から2000年の100年でした。それ以前は「g<r 」のため、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるという格差が拡大する時代でした。そして2000年以降は再びgとrが逆転しました。このgとrの関係と財政政策、金融政策の効果を図17に示します。
以上、2回に分けてMMTの特徴と賛成派、反対派の意見をまとめました。
これまで見てきたようにMMTの基本的な考え方は、主流派経済学とはかなり異なっています。
しかし実際の貨幣現象の説明や提言は、現在各国で取り組んでいることと大きな違いはありません。そして景気回復が弱ければ、財政支出を続けるべきとしています。しかし財政支出を際限なく続ければ、どうなるかは明言しません。「そんなことは起きるはずがない」としています。
しかしリーマンショックは「確率的には起きるはずがない」ことが起きたのですが…
MMTを理解する上で必要な経済学用語の解説は、政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1の最後にあります。
参考文献
「MMTのポイントがよくわかる本」中野 明 著 秀和システム
「MMT『現代貨幣理論』がよくわかる本」望月 慎 著 秀和システム
「MMTによる令和『新』経済論」藤井 聡 著 晶文社
「国家・企業・通貨」岩村 充 著 新潮社
「MMT 現代貨幣理論入門」L・ランダル・レイ 著 東洋経済新報社
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政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その1
日本の財政赤字は約1200兆円、GDPの2倍以上になり先進国の中では突出した金額です。
その一方で、日本はアベノミクスによる異次元の金融緩和を行ってもデフレを解消できず、2%のインフレ目標はいまだに達成できていません。(執筆時2022年)
それもあって「積極的な財政支出」を求める政治家もいます。そのような背景から2021年11月、政府は18歳以下に一人10万円の支給を検討しました。
財源は大丈夫でしょうか。
これに対し、ニューヨーク州立大ステファニー・ケルトン教授は
国(もしくは政府、以降政府)が
「自国通貨建ての借金(国債)をいくら増やしても財政は破綻(はたん)しないし、ハイパーインフレにならないように制御も可能」
なので、
「経済成長が不足であれば政府は借金を増やしてでも積極的に財政出動すべき」
と主張しました。
彼女の理論「現代貨幣理論 (Modern Monetary Theory : MMT) 」は従来の経済学の常識とは大きく異なり、主流派経済学者からは激しい反発を受けています。
果たしてMMTは正しいのでしょうか?
政務債務の対GDP比が先進国中最悪の日本は、将来問題ないのでしょうか。
MMTの賛成派と反対派の意見をまとめました。
MMTとは?
現代貨幣理論の代表的な主張をまとめると、以下の3つのことがあげられます。
- 自国通貨を発行できる政府は、財政赤字を拡大しても債務不履行にはならない
- だから財政赤字でも政府はインフレが起きない範囲で財政支出を行うべき
- なぜなら税は財源ではない。通貨を流通させる仕組みだからである
このMMTの主張を図1にまとめました。
MMTは、「税は政府の収入」という従来の考えを覆しました。そして「財政赤字を拡大しても債務不履行になることはないから、財政支出を拡大し景気を浮揚させるべき」と、従来とは全く異なる考えを主張し、大きな話題になりました。
アメリカでは、民主党の大統領候補サンダース上院議員や下院議員のオカシオ・コルテス氏がMMTを強く支持し、そこから広く知られました。日本の政界では、西田昌司参院議員(自民党)などが、早くからMMTを取り上げました。
MMTが大きな議論を巻き起こしたのは、貨幣や負債について、従来とは異なった新たな考えを示したこと、そして従来の経済学(新古典派)が提言してきた政策の矛盾点を突いたことです。さらに雇用や政策についても新たな提言をしました。
一方、経済理論としてMMTの主張には脆弱な点もあります。その点を反対派から批判されています。
注) MMTとリフレ派
MMT、リフレ派と積極財政派は、現在の日本の財政が危機的な状況でないという見解は同じですが、以下の主張が異なっています。
- リフレ派 財政政策に否定的、量的緩和(金融政策)を主張
- MMT 金融政策に否定的、総需要拡大でなく的を絞った財政政策を主張
- 積極財政派 金融政策に否定的、総需要拡大を目指す財政政策を主張
現金通貨の理解
《租税貨幣論》
なぜ、ただの紙切れの貨幣に価値があるのでしょうか。
MMTは、「貨幣とは政府が国民・企業に渡す債務証書」と考えます。政府は、国民・企業から財やサービスを購入し、その対価として貨幣(債務証書)を渡します。国民・企業は、納税として一定額の貨幣(債務証書)を政府に渡します。
貨幣は借用証書なので、先に納税する必要はありません。政府が先に支出して、国民・企業に貨幣(借用証書)を渡し、後から納税してもらえばよいのです。これを
(スペンディングファースト)
と呼びます。
つまり、これまで考えられていたように、政府が支出をする際、税金を財源とする必要はありません。
必要なときに必要なだけ、お金を刷ればよいのです。
貨幣の発行に税収が必要ないことは、FRBのバーナンキ議長も認めています。以下はバーナンキ議長の発言です。
「税金で集めたお金ではありません。(中略) 銀行に貸出をするために、私たちはコンピューターを使って、銀行がFRBに持っている口座の残高を書き換えているだけです。」
だからといってMMTは、税は必要ない(無税)とは言っていません。税には以下の役割があるからです。
- 物価の自動調整
- 悪い行動の抑制(CO2排出、公害、喫煙)
- 富の再配分
- 政府のコストの直接賦課
税率を変えることで、物価が調整できます。
CO2排出、公害、喫煙など社会に対しマイナスの行動を、法律で罰する代わりに、税率を高めることで抑制できます。
所得税の累進税率などで、富裕層から貧困層に富を再分配します。
道路整備のためのガソリン税のように、特定の目的に応じて税を徴収しコストを使用者に負担させます
一方、MMTは、社会にマイナスの影響をもたらす租税を「悪税」と呼び、反対しています。
- 生活水準の引き上げに逆行
- 逆進性 (低所得者ほど厳しい)
- 現在の税制は景気に連動しない → インフレ率連動型消費税を提言
実は、お金の実体は紙幣ではありません。
日本のマネーストックM2は約1,000兆円ですが、紙幣や硬貨などの「お金」は100兆円に過ぎません。他の900兆円は、銀行預金などコンピューター上の数字です。そして企業間の支払いとは、実体はA社の銀行口座からB社の銀行口座に、数字を移動することです。
つまり元手(紙幣)は必要ありません。
同様に政府(中央銀行)がお金を発行する場合、A銀行の日銀当座預金口座に数字を書き込むだけです。これを
「万年筆マネー (キースロークマネー) 」
と呼びます。
貨幣は、政府の債務証書なので、民間部門が黒字になり貨幣を蓄積すれば、政府は赤字になります。従って財政赤字は決して悪いことでなく
「デフレ下では、政府の財政は持続的に赤字に偏らなければならない」
とMMTは考えます。
逆にインフレになれば、税収を増やして政府の財政を黒字にします。そこでMMTは、
国内民間部門収支 + 政府部門収支 + 海外部門収支 = 0
と考えます。これは以下のように表すことができます。
(貯蓄-投資) + (租税-政府購入) + (輸入-輸出) = 0
実際、日本は図4に示すように1995年以降、企業と家計収支は黒字、海外部門(経常収支)も黒字です。これと対比して政府は赤字です。
好景気になって民間借入支出が増えれば、政府部門は黒字になります。好景気で民間借入支出が増えれば、後述の信用創造により「結果として」貨幣量が増えます。
不景気になって民間借入支出が減れば「結果として」貨幣量が減少します。そして徴税により貨幣は消滅します。
従来は「貨幣量が増えたら好景気、貨幣量が減ったら不景気」と考え、不景気には貨幣量を増やせばよいと考えました。
これは因果関係が逆です。
この「国、銀行、企業・家計」の債務は、図5のようなピラミッド構造になっています。
企業がお金を借りて、そのお金を使えば、そのお金がさらにお金を生むのです。これが信用創造です。
銀行は元手がなくても、借り手の口座に数字を書き込むことで、お金を生むことができます。そこで必要なのは、誰かの借入です。借入があればお金を創造できます。そしてマネーストックが拡大します。
例えば、誰かが銀行に100万円預金すれば、銀行は準備預金10万円(なくても可、その場合、日銀から借りる銀行与信を利用)を引いた残り90万円を企業A社に貸出します。
90万円を借りたA社は、物品をB社から購入します。そしてB社に代金90万円支払います。
その結果、B社の口座に90万円が書き込まれ、銀行は、この90万円から準備預金9万円を引いた81万円をC社に貸し出します。
これを繰り返すことで
100万円の預金は何倍ものお金を生みます。
これを信用創造と言います。
ただしBIS規制があるため、国際取引をする銀行は、8%以上の自己資本比率がです。国内取引のみの銀行でも、金融庁の規制により自己資本比率4%以上が必要です。
一方、政府が国債を発行して民間に直接投資しても、同様に民間企業の預金口座残高が増加し、信用創造によりマネーストックが拡大します。
MMT派は、積極的に財政支出をするために、
中央銀行が国債を直接購入する財政ファイナンスでも構わない
と考えます。(財政ファイナンスは日本では財政法で原則禁止)
財政ファイナンスで政府が発行した国債を中央銀行が直接買い取るのなら国債も不要です。
そこで図9のように政府と中央銀行は統合できると考えます。
(ただし、現在は国債には金利を調整する役割もあります。中央銀行が国債の売買することで(売りオペ、買いオペ)金利を操作しています。)
機能的財政論
これまで
「日本は、政府が赤字になっても民間が貯蓄超過、貿易収支が黒字のため、財政破綻しない」
と考えられていました。しかしMMTは
「主権通貨国は、どれだけ財政赤字になっても、自国通貨建ての債務に関してデフォルトすることはない」
と主張します。
実は
「国債がデフォルトしない」
ことは財務省も認めています。
外国の債権格付け会社3社が日本国債の評価を下げた際に、財務省は「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」という公式意見書を格付け会社に送っているのです。
なぜ国債がデフォルトしないのでしょうか。
それは日本など主権通貨国は、国債の返済期限が来た時にお金が足りなければ、自らお金を刷ればよいからです。
しかし発展途上国で自国通貨の信用が低い国は、米ドルとの連動制(為替相場を固定)を取っています。そのため自国通貨を発行するには、発行する金額と同等の米ドル(外貨)が必要です。そのため自由に通貨を発行できないのです。
以上のことからMMTは、赤字国債発行を伴う財政支出を
「税収が多いか少ないか」、「累積財政赤字が多い少ないか」
で判断するのは間違っていると考えます。
財政支出は
「不況かインフレか」、「完全雇用か不完全雇用か」
で判断すべきと考えます。
《インフレ率を基準に財政支出》
MMTでは、
「経済が停滞すれば財政支出を増加させて政府が自ら需要をつくるべき」
と考えます。その場合の政府支出(財政赤字)は、少なくとも
「経済が停滞してしまう程度以上」
として、上限は
「過剰インフレにならない程度」
までとします。その基準は
インフレ率
です。
従来の経済学(新古典派)は、景気対策は金融政策を主とし、財政政策の効果は否定していました。従来は経済が過熱すれば、インフレを抑えるために金利を引き上げます。しかしMMTは、金利を引き上げれば政府の利払い費も上昇するため、民間への資金供給も増えます。そしてインフレを高めてしまうと考えます。
そのためインフレ率を引き下げるには、金利より「消費税増税、国債発行減少、政府支出減少」により、直接需要を冷やすべきと考えます。言い換えれば、増税や政府支出減少で市中のお金を政府が回収することです。そして市中の貨幣循環量を調整します。
一方
「インフレが怖いからデフレの方がまし」
という意見もあります。しかし、自国のデフレを放置すれば、世界の中でその国は相対的に貧しくなってしまいます。 (日本がまさにそうです。) MMTは、政府の累積赤字や現在の財政状態にかかわらず、不況であれば赤字国債を発行して財政支出を拡大し、デフレを防ぐべきと考えます。
《自動調整機構を組み込む》
しかし政府が景気の動向を見て財政支出の拡大や縮小を決定するという裁量的な政策は、以下のような問題がありました。
- 後手に回りがち
- 必要な層に届きづらい
- 規模が不適切になりがち
そのためうまくいっているとは言い難い状況です。
そこで政府は景気の変動にかかわらず、社会が必要する支出を継続して行い、インフレ率の調整は、
経済の状況に応じて自動的に変化する調整機構(ビルトインスタビライザー)
を組み込みます。
このビルトインスタビライザーとは、具体的には、
高額所得者の税率を引き上げ、低額所得者の税率を引き下げて
「所得税の累進性」を高くします。
累進性が高ければ、デフレで所得が下がれば税率も下がり、結果的に減税になります。減税になれば、人々の可処分所得が増えます。これは貨幣循環量を増大させ景気が刺激されます。
インフレになれば所得が増えるので所得税の税率が上がり、結果的に増税されます。貨幣循環量は減少し、景気が沈静化します。法人税も景気によって、0~20%自動的に変化するような制度にして、景気によって税率を変化させます。
MMT学派の政策提言
主流派経済学(新古典派)では、不況で景気を刺激するために財政支出を行えば、政府支出が増大することでハイパーインフレの恐れがあると考えます。そこで不況の際は金融政策で金利を下げて貨幣供給量を増やし、景気を刺激すべきだと考えます。
現実には、日本をはじめとする先進国は、金利をゼロにしても投資や消費は伸びません。(流動性の罠) ケインズは、不況の時は金融政策よりも財政政策を取るべきで、政府が積極的に公共事業に投資すれば景気を刺激できると主張しました。
この主流派経済学、ケインズ派、MMTの考え方の違いを図10に示します。
日本は、1995年以降政策金利はゼロです。(ゼロ金利政策)
それにも関わらずマネタリーベースは増えず、GDPの伸びも停滞しています。そこで2000年以降は財政支出を拡大しました。
実はアメリカや中国などの財政支出の伸び率は日本よりも高いのです。そして財政支出の伸び率とGDPの伸び率には明らかな相関がみられます。
ケインズが指摘するは資本主義の根本的欠陥は
- 慢性的な失業
- 過度の不平等
です。
ワシントン大学の経済学部教授ハイマン・ミンスキーは、これに
- 不安定性
を加えました。
こういった資本主義の根本的な欠陥を解決するために、MMTでは様々な政策提言を行っています。
財政支出とインフレの調整
これまでは赤字国債を大量に発行すれば、急激なインフレ(ハイパーインフレ)が起きると考えられていました。さらに過大な支出のため税収が不足すれば、将来増税して回収しなければならないと考えていました。
それは、政府が税収以上に支出するのは、今貯蓄している人のお金や金融資産を将来はく奪することになるからです。しかしMMTでは、これは最初の仮定が正しくないと考えます。
累積赤字が過度に大きいのなら現時点ですでにインフレになっているはず
だからです。
そこで緊縮財政を行えば、経済全体への投資不足が負の遺産となって、将来にマイナスの影響を与えます。だからMMTは「税収」でなく「インフレ率」に基づいて財政支出を調整すべきだと考えます。
就業賃金保証プログラム
一方、財政政策は的を絞って支出をすべきです。(ワイズスペンディング)
例えば
ジョブギャランティ(就業保証)で完全雇用を実現する
のが理想と言えるでしょう。
MMT派のビル・ミッチェル氏は、市場経済下で自ずと調整される失業率「自然失業率」について、
「失業は個人の問題ではなく、政府や会社といった組織の方策の失敗が影響している」
と主張します。そして物価の安定とともに完全雇用の回復は実行可能であり、財政拡大主義に基づいてジョブギャランティを行えば完全雇用は実現できることを示唆しています。
ビル・ミッチェル氏のジョブギャランティは、オーストラリアの羊毛管理制度にヒントにした「労働力のバッファ・ストック」という考えです。オーストラリアは、羊毛が市場で過剰になった場合、政府が際限なく羊毛を買い取りストックします。そして市場で羊毛が不足すれば、政府は羊毛を市場に放出して価格の安定化を図ります。
同様にジョブギャランティは、不況の場合は政府が失業者に仕事を出して労働力をストックします。好況になれば、民間部門がジョブギャランティ以上の賃金で雇用するようになります。そのため労働者は政府から民間部門へ自然に移動します。こうすることで景気対策と同時に、失業によって労働者の意欲やスキルが低下したり、労働力が陳腐化したりすることを防ぎます。
現在行われている景気浮揚を目的とした財政政策は、必ずしも雇用の増加につながっていません。場合によっては格差の拡大や不平等なインフレの原因になります。ジョブギャランティは、ベストではありませんが、下記の最低限の対策はできます。
- 失業しても労働者の生活の最低水準の底抜けを防ぐ
- 非自発的失業者を迅速に救済する
- 労働力の一時保全と復帰を支える
《ベーシックインカムとジョブギャランティ》
ベーシックインカムとは、最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して一定の現金を支給する政策です。これに対しビル・ミッチェル氏は以下の反対意見を述べています。
- 政府が失業や完全雇用保証に対し責任を持たなくなる
- 自動的な経済調整機構がない
- インフレ発生時に失業を増やして物価下降圧力をかけるという現在の問題点が放置される
- 失業しても生活できることで雇用による社会的アイデンティティや自尊心、社会的ネットワークが得られない
ベーシックインカムが生活保障のみに焦点を当て、労働と収入を切り離すのに対し、ジョブギャランティは労働を必須とすることで「価値ある仕事とは何か」「生産性のある仕事とは何か」を問い直すものといえるでしょう。
日本への提言
日本は2014年の消費税増税、財政支出削減という緊縮財政により、貨幣供給量が減少しデフレが加速しました。MMT推進派の京都大学大学院教授 藤井聡氏によれば「日本は今の政策を反転すべき」と言います。
- 反・緊縮
- 反・グローバル化
- 反・構造改革
まずプライマリーバランスの目標を撤廃し、消費税を減税して貨幣供給量を増やします。さらに積極的な財政政策で需要を拡大します。
段階的な法人税の強化(累進課税)でビルトインスタビライザーを構築します。外国人の流入を規制し、財政支出で政府が支出したお金を外国人労働者が海外に持ち去るのを防ぎます。同様に資本の海外への移動を規制します。
では、このMMTに対し、どのような反対意見があるのでしょうか?
これについては、「政府債務がどれだけ増えても破綻しない? 話題の『現代貨幣理論』MMTを考える その2」でお伝えします。
経済学用語の解説
ここでは、MMTの理解に必要な経済学用語の説明を述べます。
モズラーの名刺説
お金持ちのモズラー氏は、三人の子どもたちに手伝いをさせるため、皿洗いや庭の掃き掃除などの手伝いをしたら、名刺をあげることにしました。さらに「名刺を納めないとこの家から追い出すぞ」と脅して、月末にその名刺を30枚渡すことを義務付けました。その結果、子供たちは手伝いをするようになりました。子供にとって何の価値もない名刺が、月末に30枚渡す義務が生じたことで、価値あるものに変わりました。
同様に政府は、公共事業など政府支出を先に行い、その後、徴税します。ただの紙切れの貨幣に価値があるのは、貨幣で納税しなければならないからです。
信用創造
「信用創造」とは、銀行が、預金を元手に貸付をして見かけ上の預金を増やして、さらに貸付を行うことです。銀行は預かったお金から、現金を引き出すお客さんに備え一定額(準備預金)を残して、残りを別の顧客に貸付します。そのお金を相手の口座に入金することで口座預金は増えます。
新たに増えた預金から準備預金を除いた額が貸付されます。
これが繰り返されて、元の預金の何倍もの貸付が行われます。
(準備預金をどのくらいにするかは、日本銀行によって決められます。)
乗数効果
需要を増加させたときに、増加させた額よりも国民所得がより多く増えることです。
企業や政府が投資を増やす → 国民所得が増加する → 消費が増える → 国民所得が増える → さらに消費が増える・・・
という効果を意味します。
家計の可処分所得が1単位(たとえば1万円)増加したとき、β(限界消費性向)を消費し、(1-β)を貯蓄したとします。(0≦β≦1)。
(ここで1-βは限界貯蓄性向)
全家計の可処分所得の合計がX円増加すると、家計はβX円だけ消費に回します。βX円は企業の収入となり、給料として再び各家計に入ります。すると家計はこのβX円のβ割のβ2X円を消費に回します。β2X円は企業経由で再び家計に入り、家計はそのβ割にあたるβ3X円を消費に回します。これが繰り返され総消費は以下の式に表されます。
すなわち、最初に行われた投資Xの1/(1-β)倍分だけ消費が拡大します。
例えば
β=0.9 1/(1-β)=10
10倍消費が拡大します。 1/(1-β)(=10)が乗数であるため、乗数効果と呼ばれます。
マネーストックとマネタリーベース
- マネーストック
- マネタリーベース
- 信用乗数
日本銀行を含む金融機関全体から供給される通貨の総量で、企業、個人などが保有する通貨量の残高「通貨残高」。
「日銀が供給する通貨の総量」です。具体的には、市中に出回っている流通現金(日本銀行券発行高と貨幣流通高、つまりお札と硬貨)と、日銀当座預金(民間銀行が日銀に保有している当座預金)の合計値。
マネタリーベース=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」
マネタリーベースに対するマネーストックの比率を表すことができます。
マネーストック=信用乗数×マネタリーベース
この式から「日銀がマネタリーベースを増やせば、その信用乗数倍マネーストックが増える」、つまり「日銀が銀行への資金供給を増やせば、銀行から企業への融資も増える」と示されます。
財政ファイナンス
中央銀行(日本では日銀)が、政府発行の国債を直接引き受ける(買う)ことです。日本の法律では、借換債を除き財政ファイナンスは原則禁止されています。アベノミクスの量的緩和は、民間銀行が保有する国債を日銀が直接引き受けるもので、これは間接的な財政ファイナンスとなります。
流動性の罠
金融緩和により金利が一定水準以下に低下した時、投機的動機のため貨幣需要が無限大になり、金融政策が効力を失うことです。つまり金利水準が極めて低ければ、金融緩和を行っても景気は回復しません。
金融緩和を行うと金利が低下して民間投資や消費が増加します。しかし、金利がゼロ%近くまで低下すると、消費や投資よりも貨幣保有が選好されます。そのため、銀行に資金が滞留して企業や個人に資金が流れず、設備投資や個人消費が増えません。こうなると利下げによる景気刺激策は効果がなく、量的緩和やマイナス金利、大規模な財政政策などが発動されます。
縦軸を利子率、横軸を国民所得とし、財市場と貨幣市場の均衡を分析する「IS-LMモデル」では、「流動性の罠」はLM曲線が利子率の下限で水平となる状態です。この時、金融政策は均衡点の国民所得を変化させることができません。財政政策は水平となったLM曲線上でIS曲線を右に動かすため、均衡点の国民所得は増大します。
不況で金利が低くなれば、自由に使えるお金を手許に置きたい流動性選好が大きくなり、リスクを背負って投資に回そうとは考えなくなります。
ケインズは不況のときには、有効需要(消費+投資+政府支出+純輸出)の中で企業の投資Iがいちばん落ち込むため、それを回復させるには金融緩和でマネーの量を増やして金利を下げて、利子率が利潤率より低くするべきと提言しています。これにより投資のハードルが下がります。
それでも流動性選好が強く投資が増えないときは、財政赤字になってでも政府支出で有効需要を増大させるべきとケインズは説いています。金融政策でマネタリーベースを量的緩和で増やしても、企業が銀行からお金を借りようとしないため、市中に供給されず無駄に積みあがる(ブタ積みになる)だけだからです。
ただし財政政策で直接市中にお金を供給しても、企業の投資が増えず、お金が循環しないという可能性もあります。
ニューケインジアンのポール・クルーグマンは、ただ単純な金融緩和や財政出動をやるのではなく、インフレ予想や、中央銀行が長期に渡って金利を抑え込むコミットメントが必要と言っています。
リカードの中立命題(等価定理)
財政赤字の穴埋めに公債の発行が増えた場合、その負担は将来の増税になると考えられます。公債の利子率と民間資金の割引率が同じであれば、生涯所得は変わりません。そのため人々は、将来の増税を見越して現在の消費を少なくします。これは現在世代が将来の税負担と同じ効果を、節約という形で行うことです。従って将来世代の負担が重くなるということはありません。
このリカードの中立命題は、全ての人間は常に経済合理性のみに従って動くという合理的期待形成仮説をもとに立てられています。現実に人々がそのように動くとは限らず、人々が将来の増税に備えることなく減税分を消費に回してしまう可能性もあります。経済学者の浜田宏一氏は「誰もが子や孫を持っているわけではないし、国民全員が子や孫の事を考えて合理的に行動するとは限らない」と述べています。
合理的期待形成仮説 (合理的期待仮説)
「人々が利用可能なあらゆる情報を用いて合理的に予想するとき,期待値に関しては正しい予想ができる」という前提に立つ学説です。1970年代米国ではケインジアンの財政金融政策に対し、「人々は政府この説は前提として「人々は皆市場についての正確な知識をもっている」としていて、これは現実から乖離していると批判されています。
自然利子率
景気が緩和状態でも引き締められた状態でもない中立状態での実質利子率のことを「自然利子率」と呼びます。実質利子率は中長期的には潜在的成長利率に類似します。つまり金利がお金の利子率に対し、自然利子率はモノ(物価)の利子率です。例えば10年後にはガソリンの供給量が現在の2倍になっていると人々が予想すれば、現在ガソリン1リットルを使う権利は10年後のガソリン2リットルを使う権利に相当します。この現在と将来のモノの交換比率が自然利子率です。
金融政策が景気を過熱するか冷やすかは、金利を自然利子率より低くするか、高くするかで決まります。自然利子率の低下はデフレ下の日本で1990年から低下し、その後は回復していません。これはデフレの日本固有の減少と思われていましたが、2010年代のアメリカでも発生しました。今では先進国に共通する現象です。
基軸通貨
「主たる国際通貨」の意味ですが明確な定義はありません。この国際通貨とは、国際的な取引・決済に使われる通貨のことで、現在、基軸通貨はドルです。海外との取引(外国為替)で問題となるなのは、為替レートの変動です。企業は先物予約などを使って、そのリスクをヘッジします。しかし国際通貨・基軸通貨は自国の通貨がそのまま使えるため(為替変動リスクがゼロ)、リスクヘッジの必要がありません。
基軸通貨の最大のメリットは、貿易赤字でも自国通貨で払えることです。手持ちの外貨がなくても新たにお金を刷ればよいのです。
貿易黒字で生まれた外貨は、現金のままでは価値が低下するため、その国の国債に替えます。アメリカに対し多額の貿易黒字がある中国は、ドルと米国債を約4兆ドル保有しています。このドルが基軸通貨のアメリカのメリットには、以下のようなものがあります。
- ドル以外の資産(外貨など)で対外債務を決済する必要がない
- ドル建てで経常収支赤字の支払いができる
- 世界に対して低利で対外債務を拡大できる
- 政府は米財務省証券の発行によって低利で対外借り入れができる
- 金融機関はドルが国際通貨として利用されるため国際的に優位である(建値通貨に関わるレント)
参考文献
「MMTのポイントがよくわかる本」中野 明 著 秀和システム
「MMT『現代貨幣理論』がよくわかる本」望月 慎 著 秀和システム
「MMTによる令和『新』経済論」藤井 聡 著 晶文社
「国家・企業・通貨」岩村 充 著 新潮社
「MMT 現代貨幣理論入門」L・ランダル・レイ 著 東洋経済新報社
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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世界恐慌 ~金融危機と通貨危機の同時連鎖はなぜ起こったのか?~
リーマンショックは100年に一度の不況と言われ、今回のコロナ不況は1920年代の世界恐慌に匹敵するともいわれています。
では、あの時の世界恐慌とはどんなものだったのでしょうか?歴史を遡って考えました。
時代背景1 金本位制
現在、我々が使用しているお金、つまり通貨は政府がその信用を保証しています。信用がなければただの紙切れにすぎません。20世紀初頭、「金本位制」では通貨の価値は金の価値と結びついていました。政府が発行した通貨の価値は「金に対していくら」と決められ、誰でも紙幣を金と交換してもらうことができました。
経済の弱い国でも自国通貨に十分な信用
この金本位制をとることで、経済力の低い弱小国の通貨でも十分な信用を得て他国との取引を行うことができました。
ただし金本位制では自国の政府が必要な通貨を発行するのに十分な金を持っている必要があります。ただ発行する通貨の総額の金を保有する必要はなく、例えばアメリカの金の準備高は発行する通貨の総額の40%以上と決められていました。イングランド銀行では7,500万ドルを超えて発行する紙幣は同量の金の準備が必要でした。
通貨発行高の40%の金が必要
表1 世界恐慌前後の各国貨幣用金の分布状況の推移 単位 100万ドル
金本位制の元では、世界中で発行できる通貨の総額は世界中の金の量で決まってしまいます。幸いなことに20世紀は世界で金の採掘量が増加し、経済規模の拡大に見合った通貨が発行できました。
金の流出とは中央銀行の金庫にある金の持ち主が変わるだけ
金本位制では海外との取引で支払いが超過になれば自国の金が流出します。ただ流出といっても金自体がイギリスからアメリカに移動するわけではありません。イギリスの中央銀行の金庫には、イギリスの保有する金、アメリカの保有する金などがあります。イギリスからアメリカに支払えば、金庫にあるイギリスの金の一部がアメリカの金の置き場に移動するだけです。
紙幣の価値は金の裏付けが必要という常識
金本位制では各国の通貨の価値は金との交換比率で決まります。従って各国の通貨間の交換レートも固定されます。つまり為替レートは固定相場制です。
太古から貨幣といえば金であり、紙幣であっても金の裏付けがあることが当時の人々の常識でした。この時代、通貨の発行量は金の準備高で制限されているためインフレになることはなく、逆に通貨の不足による物価の下落、デフレが起きやすい状態でした。
時代背景2 弱い中央銀行
現在、各国の中央銀行は通貨の信用と金利を管理し、国の経済を決定する非常に重要な機関です。さらに政治家の思惑により自国の経済を混乱することがないように政治に対する独立性が保たれています。しかし世界恐慌前の1920年の時点では、各国の中央銀行は民間の銀行でした。
中央銀行は民間の銀行!
アメリカの中央銀行ニューヨーク連邦準備銀行は12行ある連邦準備銀行の一つにすぎず、これを管轄する連邦準備制度理事会(FRB)の指揮下にありました。第一次世界大戦後から世界恐慌までの間アメリカの金融政策の中心を担ったベンジャミン・ストロングはニューヨーク連邦準備銀行の総裁でした。
ドイツの中央銀行はライヒスバンク(ドイツ帝国銀行)ですが、それ以外にバイエルン王国・ヴュルテンベルク王国・ザクセン王国・バーデン大公国には独自の発券銀行があり、1935年まで独自の通貨を発行ました。官僚が非常に強力なフランスではフランス銀行の幹部は銀行出身以外の官僚で占められていました。
発端は第一次世界大戦の戦費調達
1914年6月28日サラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されたことをきっかけに始まった第一次世界大戦はヨーロッパ全土を巻き込み、1918年11月に終結しました。戦死者992万人、戦傷者2,122万人を出した長い戦争が終了しました。(第二次世界大戦は、死者は軍人2,500万人、民間人3,700万人)
長引く戦争と不足するお金
当初各国の指導者は、この戦争は短期で終わると考えていました。そのため戦争が長引くにつれて不足したのが戦費でした。そこで各国とも一旦金本位制を放棄して紙幣を増刷して戦費を調達しました。さらにイギリス、フランスはアメリカから戦費を借り入れました。
表2 各国の戦費の調達
戦費 | 借入 | 注記 | |
英 | 430億ドル (1,032兆円) |
270億ドル (648兆円) |
110億ドル(264兆円) 仏、露に融資 |
仏 | 300億ドル (720兆円) |
100億ドル (240兆円) |
50億ドル(120兆円) 紙幣印刷 |
独 | 470億ドル (1,128兆円) |
||
米 | 300億ドル (720兆円) |
100億ドル(240兆円) 仏、英に融資 |
(円換算は、経済規模を考慮し200倍にし、1ドル120円で計算)
表2の各国の戦費を現在の貨幣価値に換算すると、第一次世界大戦の戦費が巨額なことがわかります。アメリカはイギリス、フランスに対して総額100億ドルを融資しました。イギリスは海外に110億ドルを債権がありましたが、このうちフランスに30億ドル、ロシアに25億ドルでした。しかしロシアへの融資はロシア革命により回収不能になりました。
戦費が不足し、金本位制から離脱
当時の各国の指導者たちは自国が戦争には勝つと考え、戦費は負けた国から賠償金としてもらえばよいと考えていました。戦争が長引くにつれて各国とも不足した戦費は紙幣を増刷して補い、フランのレートは3倍、マルクのレートは4倍と通貨安になりました。
借りたお金は負けた国に払わせればよい
数多くの人命が失われた悲惨な第一次世界大戦でしたが、ヨーロッパ西部では戦線はドイツ、ベルギー、フランスの国境線沿いに限定されていました。工業施設や社会インフラなどの物質的な破壊は限られたため、戦争終了とともに各国とも経済活動を活発に再開しました。
戦後のドイツで起きたハイパーインフレ
1919年1月に開催されたパリ講和会議で、ドイツの賠償金額について初めて話し合いがもたれました。しかしフランス、イギリスの主張する金額とドイツの提示する金額とで折り合いがつかず、金額についてはその後何度も話し合いが持たれました。
賠償金でドイツの力を削ぎたいフランス
ドイツと国境を接し度重なる戦争が起きたフランスは、ドイツに多額の賠償金を課してドイツの力を削ごうと考えました。またドイツからの賠償金によりアメリカから債務を返済する目的もあって、イギリスは賠償金を550億ドル(1,320兆円)と主張しました。当時のドイツのGDPは120億ドル(288兆円)、550億ドルはGDPの4.6倍に相当する金額でした。
1922年までにドイツは20億ドル(48兆円)を返済しました。最終的には賠償金は120億ドル(288兆円)と決定され、ドイツは毎年6~8億ドル(14~19兆円)支払うことになりました。しかしこれが決まるまでには長い時間がかかりました。
マルク安からマルクが大人気
巨額の対外債務を背負ったドイツは、軍人や戦争未亡人への給付金などもあって多額の財政赤字に陥りました。財政赤字を解決するためにドイツの中央銀行ライヒスバンクは紙幣を大量に印刷しました。マルクの価値はどんどん下がり、戦前は1ドル4.2マルクだったものが、1ドル65マルクになりました。
しかし規律と秩序を重んじるドイツ人のことだから、マルクの価値はどこかで元に戻ると多くの投資家は思いを買いました。マルク人気はアメリカやヨーロッパにも飛び火し、アメリカでは一般の人までもがマルク紙幣を手にしていました。
人々の不安からパニックになった
しかし1921年半ばには、賠償金に対するフランスの頑なな姿勢、頻発する右翼テロなど政情不安からマルクに対する不安が広がり、マルクが売られ始めました。1922年6月にラーテナウ外相が射殺されると人々はパニックになりマルクは大量に売られて急落、1ドル7,600マルクまで下がりました。
インフレは急激に加速しました。これに対してドイツの中央銀行は不足する紙幣を補うため、紙幣をさらに増刷しました。物価は3週間で1万倍に上昇、人類史上経験したことのないインフレが起きました。
未曾有のハイパーインフレ
ドイツに住む外国人は貴族のような暮らしになり、工場や商品を持っていた資産家も裕福になりました。仕事もそこそこあるため、労働者の暮らしも悪くありませんでした。しかし公務員や年金で生活している人は極貧生活を強いられました。
マルクを救ったシャハト
ライヒスバンク総裁ハーフェンシュタインはジレンマに直面していました。財政赤字を埋めるには、紙幣を増刷するか、政府がお金をかき集めるかしかありません。しかし政府がお金をかき集めれば金利が上昇して、不況に陥ります。大量に失業者が出れば社会が動乱状態になり
「インフレを止めて革命の引き金を引く」
ことになりかねません。金本位制の元で通貨政策を実施してきたハーフェンシュタイン総裁には、
金本位制を離れた時にどう通貨の発行量をコントロールすべきか
解が見つかりませんでした。
1923年に入るとドイツ経済は機能不全に陥ります。通貨が使用できないため商業決済に支障をきたして経済が低迷し、物価高のために暴動が起きました。
そんな中、1923年11月ダナートバンク取締役ヒャルマール・シャハトがライヒスバンク総裁に就きました。
そして新しい通貨レンテンマルクを発行しました。シャハトは交換比率を1兆ライヒスマルク=1レンテンマルクに決定しました。他にも政府の様々な財政均衡の努力もあってレンテンマルクの価値は安定し、物価も安定しました。
海外からの投資を呼び込み好景気に沸く
その後、マルクの価値が安定したことでドイツ経済は復調し、1926年には生産高は50%、輸出は75%増加しました。加えて1924年にはドーズプラン (後述) により2年で15億ドル(36兆円)の外貨がドイツに流れ込みました。賠償金の5億ドルを支払ってもまだ余裕があり、これらの外貨が劇場やスタジアムの建設に使われました。さらに外国人投資家からの資金もドイツに入ってきました。
イギリスの金本位制復活の悲願
大戦がイギリス経済に及ぼした影響
第一次世界大戦前のイギリスは世界の金融の中心地で、世界の貿易信用の2/3、長期投資の1/2がロンドン経由でした。対外投資も200億ドル(480兆円)以上ありました。
戦前イギリスは世界の金融センターでした。
しかし戦争はイギリスに大きな影を落としました。第一次世界大戦ではどの国も紙幣を増刷しインフレになりました。そこから金本位制に復帰するためには、通貨の流通量を減らさなければなりません。これは信用収縮と高金利を発生させ、その結果、不況になり失業が増大します。これを避けるには通貨を切り下げなければなりません。
過去の成功体験が生んだ通貨切り下げへの強い抵抗
しかし大戦前は世界の金融センターだったイギリスは、ポンドを切り下げるのに強い抵抗がありました。かつてイギリスは1821年に金本位制に復帰したことで、ポンドが世界で金に次ぐ価値を得て、イギリスが大いに発展した成功体験があったからです。
その時の経験からイギリスは金本位制への復帰に固執します。そこで1920年から財政支出を大幅に削減した均衡予算を組むと共に、金利を7%に引き上げました。ポンドの価値は戦前の1ポンド4.86ドルに近づきましたが、
その代償はとても高いものになりました。
イギリスの景気は落ち込み、失業者はその後の20年間、常に100万人を上回っていました。高いポンドはイギリス製品の国際競争力を低下させ、綿、石炭、造船などの産業は深刻な不況に陥りました。
金の流出
第一次世界大戦はヨーロッパ各国の金を減らし、アメリカの金保有量を大きく増加させました。その結果アメリカは世界最大の金保有国になりました。一方で金本位制に復帰したイギリスは、金不足に常に悩まされました。
金本位制の下では、以下のメカニズムで金の保有量のバランスが保たれていました。
- ある国の金の準備高が減少すると信用収縮と金利上昇が起きます。
- その国の購買力は低下し輸入が減少します。
- その一方で海外からの資金が流入するため金の準備高が増加します。
- 金の保有が増加すれば信用が拡大し購買力が増加します。
- そして輸入が増加し金が流出して金準備高が減少します。
しかし戦争で金の多くがアメリカに集中したため、この調整機構がうまく働かなくなっていました。
また外貨が増えたフランスは1927年にポンドと金との交換を要求しました。これにより2億ドル(4.8兆円) 近くの金がイギリスから流出しました。
好景気のアメリカ
戦後のインフレと1921年の不況
第一次世界大戦の被害の少なかったアメリカは、戦後消費が急増し好景気に沸きました。アメリカには十分な量の金がありました。そのため経済の増大に伴い通貨の発行を増やし、その結果物価上昇(インフレ)が加速しました。
そこでインフレを抑えるために連邦準備制度は金利を7%に引き上げました。アメリカは一時的な不況に陥りました。失業者は250万人になり、物価は1921年には1/3に下落しました。
実体経済の成長からバブルへ
その後、ゼネラルモータース(GM)など新興企業の生産が増加し、GMの利益は1925年から1927年にかけて2倍に増えました。株式市場も活況を帯びダウは1921年の67から1925年には150と大幅に伸びました。不動産投資も活発に行われ、フロリダの不動産価格は25万ドルから500万ドルと20倍に跳ね上がりました。この1925年の好景気はクーリッジ景気と呼ばれます。
信用取引の増加により株式市場が大幅に拡大
実体経済の成長に伴い株式市場も過熱し、銀行から証券会社への融資(ブローカーズローン)が急増しました。証券会社は銀行から得た資金を顧客の信用取引に使い、証券会社の顧客は少ない資金で多額の株式取引ができました。フーヴァー商務長官は、この状況をみて連邦準備制度に対し金融引き締めを求めました。しかし連邦準備制度総裁ストロングは「今はまだバブルでない」と金融引き締めを否定しました。実際1926年には、過熱していた株式市場は一旦落ち着きを見せました。
1927年7月アメリカで各国の中央銀行総裁の会合が開かれました。メンバーはイングランド銀行総裁ノーマン、フランス銀行総裁モロー、ライヒスバンク総裁シャハト、連邦準備制度総裁ストロングでした。その会合では金の流出とポンド売りに苦しむイギリスを救済するため、各国が協調して金利引き下げを行うことが合意されました。
これに対しフランス銀行副総裁リストは、「株式市場が過熱するアメリカが金利を引き下げるのは株式市場に
『ウィスキーを少々注ぐ』
ようなものだ」と批判しました。
はたして連邦準備制度が7月に金利を0.5%引き下げると、8月には株式相場が急上昇し、12月にはダウが200を超えました。1928年1月にはブローカーズローンが前年の33億ドルから44億ドルに急増しました。
1928年2月連邦準備制度は方針を転換し、金利を3.5%から5%に引き上げました。しかし7月の金利引き下げという
「火花」からすでに「山火事」
が起きていました。
対外債務とドイツの賠償金問題
ドイツの賠償金はドイツ、イギリス、フランス、アメリカなど各国で何度も話し合いが持たれました。しかしなかなか決着がつきませんでした。1924年4月に開かれた賠償委員会(ドーズ委員会)において、アメリカ人ドーズとヤングの提案でようやく支払い案がまとまりました。
解決策はアメリカ、ドイツ、イギリス・フランスの間でお金が循環するだけ
この提案は賠償金の支払い総額には言及せず、今後数年間ドイツが支払う金額を「1年目の2億5千万ドル(6兆円) から年々増額し10年後には6億ドル(14.4兆円)とする」このことだけ決定しました。
返済の枠組みは、アメリカがドイツに融資を行い、ドイツはその融資をイギリス、フランスへの賠償金の返済に充てます。イギリス、フランスはその賠償金をアメリカへの債務の返済に充てるものです。つまりアメリカ、ドイツ、イギリス・フランスの間でお金がぐるぐる回っているだけのものでした。
バブルはじける
1927年の時点では実体経済の成長に伴うものだった株式市場の活況は、1928年の夏ダウが200を超えてあたりでバブルと化しました。ダウはその後15か月で380に上昇しました。1929年にはアメリカの家庭の10件のうち1件は株式投資を行い、靴磨きの少年がとっておきの銘柄の話をするほどでした。
加熱する株式市場に手が出せない
株式市場の過熱ぶりにクーリッジ大統領、そして1929年2月から大統領になったフーヴァーはこれといった有効な手を打つことができませんでした。連邦準備制度総裁ストロングは、金利を引き下げて市場に鉄槌を下してしまうのを恐れて、何もせず自然に鎮火する方を選択しました。
暗黒の木曜日
その日は突然やってきました。
1929年10月23日の水曜日、突然売り注文が殺到しました。そして翌日「暗黒の木曜日」に市場はパニックになりました。
株式価値500億ドル(1,200兆円) 、すなわちGDPの50%が短期間に消えました。株式市場の暴落は多額の資金をブローカーズローンに提供していた銀行の経営を揺さぶりました。連邦準備制度は金利を引き下げようとしましたが、金利引き下げに連邦準備制度理事会が強く反対したためできませんでした。
金融緩和中止と取り付け騒ぎ
1929年11月に入り連邦準備制度は、ようやく金利を6%から2.6%に引き下げました。さらに銀行システムに5億ドル(12兆円)の公的資金を投入する金融緩和を行いました。しかし連邦準備制度はこの金融緩和の副作用を恐れて、1930年夏には金融緩和を中止してしまいました。しかし
金融緩和の中止は時期尚早でした。
1930年12月ある顧客が合衆国銀行から買った株を買い取ってもらうように合衆国銀行に頼みに行きました。しかし行員はその顧客に「まだ持っていた方が良い」と長時間説得しました。これに腹を立てたその顧客は銀行を出ると「あの銀行には問題がある」と言って回りました。
これがきっかけとなって、その日の午後には合衆国銀行から預金を引き出そうとする人で長蛇の列ができました。すぐに取り付け騒ぎに発展しました。合衆国銀行は個人預金者の数がアメリカでもっとも多い銀行でしたが、簿外債務を抱えて赤字に陥り経営基盤は脆弱でした。
合衆国銀行を救済するには、連邦準備制度は3千万ドル(7,200億円)の公的資金を注入する必要がありました。しかし「一時的に流動性が不足した銀行は救済するが、債務超過の銀行は救済しない」という連邦準備制度の方針のため、合衆国銀行は救済されませんでした。当時のアメリカには2万5千行の銀行があり、毎年およそ500行が倒産していたのです。つまり
銀行の倒産は決して珍しいものではありませんでした。
(日本の金融機関は、銀行、信金、信組合わせておよそ300行)
ところがこの合衆国銀行の倒産をきっかけに預金者は、次第に銀行からお金を引き出しはじめました。はじめはわずかな人たちの行動が徐々に大きなうねりとなり、結果的には預金総額の1%, 4億5千万ドル(10.8兆円)が引き出されました。
銀行は1ドル引き出されたら3~4ドルは回収しなければ債務超過に陥るため、融資の猛烈な回収に走りました。1931年中には融資残高の10%、50億ドル(120兆円)が回収されました。
この影響は乗数的に拡大し猛烈な勢いで信用収縮が起きました。
しかも1931年には銀行取り付け騒ぎが再燃し、1931年夏トレドでは1行を除いた全て銀行が閉鎖されました。こうして起きた通貨の退蔵(タンス預金)、銀行破綻、貸し渋り、20%の物価下落に対し、連邦準備制度は有効な手立てを打てませんでした。
ドイツへ飛び火
ウォール街のバブルは海外からの投資で息を吹き返したドイツ経済に痛手を与えました。それまでドイツに投資していた海外からの資金がウォール街に吸い寄せられ、お金がドイツまで回らなくなってしまったのです。
そのため1931年には失業者は470万人全労働者の25%にも達しました。この不景気で不人気だった連立政府に変わり、ヒトラー率いるナチス党が選挙で大勝し第二党になりました。今度はこれに金融市場がパニックを起こし、3億8千万ドル(9兆円) ドイツの金準備高の半分に当たる金が国外に流出してしまいました。
不景気なのに金利を上げざるを得ない
これ以上の金の流出を防ぐためライヒスバンクは金利を5%に引き上げました。これが景気をさらに悪化させ、
物価は7%/年のペースで下落
し失業率も上昇しました。そして財政赤字がさらに拡大しました。新たに発足したブリューニング政権は、この財政赤字の拡大に対し均衡予算を取らざるを得ず、景気はさらに悪化しました。
こうした中1931年5月オーストリアのクレディト・アシュタルト銀行が破綻し、オーストリアの全銀行で取り付け騒ぎが起きました。このオーストリアの銀行の取り付け騒ぎがオーストリア通貨の取り付けに発展しました。
この時フランスはドイツの力を弱めるためオーストリアから外貨を引き出し、オーストリア通貨の危機を煽ったのです。
当時オーストリアとドイツは関税同盟を結んでいました。オーストリア通貨の取り付け騒ぎに、他の多くの国々はドイツの通貨も危ないと誤解したため、ドイツからも資金の流出が始まりました。
「ドイツの破綻は欧州全体の経済危機につながりかねない」
とアメリカのフーヴァー大統領は賠償金の支払い猶予を含むドイツ救済案を提案しました。しかしこれにフランスが激怒したため調整が難航し、ドイツ救済案がようやくまとまったのは7月7日でした。
しかし時すでに遅く、ドイツの不況はさらに深刻化し、7月13日の月曜日ドイツのダナートバンクが営業を停止、ついに全国的な取り付け騒ぎに発展しました。全銀行は2週間営業を停止、ドイツ政府は対外債務の返済停止、国外への送金規制を行いました。国内生産高は30%減少し、
失業者は600万人全労働者の1/3
に達しました。
火の手は世界中に
ドイツの危機は、ハンガリー、ポーランド、ユーゴスラヴィア、チェコスロバキアにまで広がりました。さらに危機は世界中に飛び火し、1931年1月に南米ボリビア、3月にベルーがデフォルトになりました。この危機が世界各国に投資していたイギリスを直撃、イングランド銀行の金は枯渇寸前になりました。
戦前のイギリスは自国の工場が世界中に輸出して、そこで得た外貨を海外に投資していました。第一次世界大戦後は短期で借り入れた資金も海外に投資しました。その投資先がドイツや南米の国々です。ドイツや南米の国々で起きたデフォルトはイギリスの銀行の経営を圧迫しました。
たまりかねたイギリスは1931年9月に金本位制から離脱しました。ポンドの価値は1ポンド4.86ドルから3.5ドルへと下がりました。さらに金融危機の連鎖からヨーロッパの中央銀行が続々と外貨を金に換えたため、アメリカから大規模な金の流出が起きてしまいました。
加えてポンドの下落はイギリスの債権を多く保有していたアメリカの銀行の資産価値の低下をもたらしました。そのため9月にはアメリカの銀行で取り付け騒ぎが再燃して、10月にはアメリカの522の銀行が破綻、12月には2,294行が営業停止に陥りました。
この背景にはアメリカの銀行は帳簿上の資産を担保にできないため、連邦準備銀行から融資を受けられないことがありました。
この時点で連邦準備制度は通貨の発行に必要な40%の金を維持するため自国から金の流出を防ぐ必要がありました。そこで金利を1.5から3%に引き上げました。
これはすでに不況に突入していたアメリカ経済に打撃を与えました。信用収縮と債務不履行が発生し1931年9月から1932年6月までの9か月間で、
生産高はマイナス25%、投資はマイナス50%、物価はマイナス10%、失業者は1,000万人
に上りました。ダウは1929年の381から1932年には41と大幅にダウンしました。
こうした中連邦準備制度は遅ればせながら1932年2月に10億ドル(240兆円)の資金を注入しました。しかし不況の勢いは止められませんでした。
これが1930年末から1931年であれば、結果は大きく違っていたといわれています。
1932年11月にルーズヴェルト大統領が就任しますが、取り付けは世界中に伝搬し、1933年2月にはニューヨーク連邦準備銀行から2週間で2億5千万ドル(6兆円)の金が流出しました。1933年3月には28の州で銀行閉鎖、この3年間で全銀行の1/4が破綻し、GDPは1000億ドルから550億ドルまで減少しました。
立ち直り
ルーズヴェルト大統領とニューディール政策
ルーズヴェルト大統領は1933年3月ニューディール政策を打ち出し、銀行救済のための緊急銀行法を制定しました。商業銀行と投資銀行を分離し、2500ドルまでの預金を保証するグラス・スティーガル法を制定しました。加えてルーズヴェルト大統領は1933年3月12日ラジオで銀行制度の健全性を訴える「炉辺談話」を放送しました。
これで人々は再び銀行にお金を預けるようになり、不況の歯車が逆回転を始めました。
さらにアメリカは1933年4月に金本位制から離脱しドルを切り下げました。株価は15%上昇し、1934年にはドル安から物価も上昇しました。企業の借り入れ意欲や消費が活発になり、アメリカの工業生産は倍増し、GDPは40%増大しました。これに対し雇用の回復は遅れました。
ドイツの立ち直り
1933年1月ヒトラーが首相になると、ライヒスバンク総裁を辞任したシャハトが再び総裁に復活しました。ドイツは中央銀行からの借り入れと紙幣を増刷することでアウトバーン建設など公共事業を大々的に行いました。600万人いた失業者は150万人に減少し、工業生産高は1928年の2倍になりました。ただし工業生産高の多くは兵器など軍事関連に限定され、庶民の生活必需品はひどく欠乏していました。またドイツは金本位制を維持したためマルクは割高となって輸出は停滞しました。
世界恐慌とは何だったのか
このように見ていくと世界恐慌は複数の危機が次々と起こったことかわかります。
- 1928年 ドイツ経済の収縮
- 1929年 ウォール街の大暴落
- 1929年 アメリカの銀行パニック
- 1931年 欧州の金融破綻
この連鎖で世界各国の工業生産は大きく落ち込み、失業者が急増しました。ドイツ、アメリカに至っては工業生産が半分近くまで低下しました。
これはリーマンショックの比でなく、
1994年のメキシコ ペソの危機、1997年のアジア通貨危機、2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックをすべて合わせたぐらいの大きなショックが2年の間に次々と起きたのです。
その原因は、第一次世界大戦の巨額の戦費が各国の戦後経済に影響を及ぼしたことと、その戦費を賄うためにドイツに巨額の賠償金を課してドイツ経済を弱体化させたことでした。
そしてオーストリア通貨危機に始まるドイツの破綻が、ドイツに多額の債権を有するイギリスにも伝搬しました。オーストリア、ドイツ、イギリスは互いをロープで縛った登山者のようなもので、
誰か一人が転落すれば他の二人も無事では済まなかったのです。
それまでの各国の世界観「金本位制」は、経済成長に伴い増加する資金需要に対応できず、世界は常に通貨不足とデフレに悩まされていました。しかも金本位制は固定相場のため、不況になっても通貨を切り下げて通貨安による貿易拡大という恩恵が受けられませんでした。
表3 世界恐慌期の各国工業生産の推移
年 | 米 | 英 | 仏 | 独 | 日本 | ソ連 |
28年 | 93 | 94 | 92 | 99 | 90 | 79 |
29年 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
30年 | 81 | 92 | 100 | 86 | 95 | 131 |
31年 | 68 | 84 | 86 | 68 | 92 | 161 |
32年 | 54 | 84 | 72 | 53 | 98 | 183 |
33年 | 64 | 88 | 81 | 61 | 113 | 196 |
34年 | 66 | 99 | 75 | 80 | 128 | 238 |
35年 | 76 | 106 | 73 | 94 | 142 | 293 |
(1929年を100とした比較) (Wikipediaより)
中央銀行の力が弱くバブルの経験のない連邦準備制度総裁ストロングは、過熱する株式市場に対し適切に対処できませんでした。バブル崩壊後に起きた急速な信用収縮にも適切な対応が取れませんでした。世界恐慌に対する各国の中央銀行の取組を見ると、彼らは
それまでの知識・常識の中でなんとか問題を解決しようと
もがいていたのです。
しかし経済環境は大きく変わり、新しい環境には新しい方程式が必要でした。しかしケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」を発表したのは1936年、世界恐慌がほぼ終息した頃でした。
参考文献
「世界恐慌」ライアカット・アハメド 著 筑摩書房
「世界恐慌」ジョン・A・ギャラティ 著 TBSブリタニカ
本コラムは未来戦略ワークショップで使用したテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
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「中小企業の資金調達と金融機関との関係2」~米国の中小企業金融との比較~
中小企業金融のキーワード
中小企業に対し金融機関は様々な取組を行っています。しかし、それぞれについて企業経営者の間ではあまり知られていません。そこで、主なものを以下に紹介します。
リレーションシップバンキング(通称 リレバン)
リレーションシップバンキングは、「金融機関が顧客の間で長期安定的な関係を築き、顧客の事業に対して質の高い情報を双方が共有することで貸出しを行うビジネスモデル」です。アメリカなどでは、リレーションシップバンキングと対比するものとして、「決算書などの公開情報のみで機械的に融資の可否を決定するトランザクションバンギング」があります。
リレバンは顧客の経営に関する質の高い多くの情報が必要で、地域金融機関と付き合いの深い中小企業や、地域金融機関と長期的な取引関係を築いている企業に適した資金調達手段です。
金融庁は不良債権処理を強力に推進する過程の中で、地域金融機関に対しては中小企業への円滑な融資を継続するために、2003年に「リレーションシップバンキングの機能強化に向けて」を交付し2005年まで取組ました。その4年後「地域密着型金融の取組みについての評価と今後の対応」の中でリレバンを恒久的に続けていく方針が示されました。
このリレバンを活用することで、借り手の中小企業は、一時的に不振に陥っても金利の減免や追加融資などを受けられる可能性があります。また貸し手の金融機関も財務データ以外の多くの定性的な情報を入手することで、貸し出しリスクの低減を図ることができます。
知的資産経営
「知的資産」とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産のことで、企業の競争力の源泉となるものです。これは、特許やノウハウなどの「知的財産」だけではなく、組織や人材、ネットワークなど企業の強みとなる幅広い資産の総称です。このような企業に固有の知的資産を認識し、有効に活用して収益につなげる経営を「知的資産経営」と呼びます。
企業が勝ち残っていくには、差別化が必要です。そのためには身の回りにある「知的資産(見えざる資産)」を活用し、他社と差別化し、経営の質や企業価値を高めることができます。企業が持つ技術、ノウハウ、人材などの知的資産を洗い出しと評価を行い、それらをどのように活用して価値を生み出したかを示したものが「知的資産経営報告書」です。
過去から現在までの価値創造のプロセスに加えて、 将来のプロセスも明らかにし、企業がこれからの価値創造を説明する際に、信頼性を高めます。財務諸表だけでは、中小・ベンチャー企業の良い点がなかなか理解されず、また経営者にとっては当たり前でも取引先や金融機関が知らないことがあります。
知的資産経営報告書は、中小・ベンチャー企業が有する技術、ノウハウ、人材などの知的資産を企業自身が的確に認識し、それを取引先や金融機関に伝えるには大変有効です。
ローカルベンチマーク(通称:ロカベン)
ローカルベンチマークは、企業の経営状態の把握、いわゆる「健康診断」を行うツールとして、経済産業省が推進するものです。これにより経営者や金融機関・支援機関が、企業の状態を把握し、双方が同じ目線で対話を行うことができます。また事業性評価の「入口」として活用されることが期待されています。
体的には、「参考ツール」を活用して、「財務情報」と「非財務情報」に関する各データを入力します。これを使って企業の経営状態を把握することで経営状態の変化に早めに気付いて早期の対話や支援につなげていくことができます。
事業性評価に基づく融資
「事業性評価融資」とは、決算書の内容や保証・担保だけで判断するのではなく、企業の事業内容や成長可能性も評価して行う融資のことです。
- 一般的な融資 … 財務データと保証・担保で融資可否を決定
- 事業性評価融資 … 事業内容や成長可能性等も評価して融資可否を決定
従来の決算書などの財務情報や保証・担保のみによる融資では、成長力があっても財務面がよくない企業には、必要な資金が調達できないことがありました。そのような成長力のある企業が資金的な制約で事業に支障をきたすことは地域経済、さらに日本経済にとってもマイナスです。そこで2014年の「日本再興戦略」に「地域金融機関等による事業性を評価する融資の促進等」が盛り込まれました。
さらに2014年金融庁の「平成26年度 金融モニタリング基本方針」に「事業性評価に基づく融資等」が盛り込まれました。この方針の中で、「金融機関は、財務データや担保・保証に必要以上に依存することなく、借り手企業の事業の内容や成長可能性などを適切に評価し、融資や助言を行い、企業や産業の成長を支援していくことが求められる」と明記されました。
これだけを見ると、先のリレーションシップバンキングと同じように見えます。実際は、前回の金融の歴史で説明したように金融庁の金融検査マニュアルに基づく不良債権の査定が厳しく、手形貸付(短期融資)が減少し、中小企業のキャッシュフローが悪化したことの対策として取り組まれたものでした。財務データや担保・保証に依存しない融資は、通常運転資金を証書貸付(長期融資)から手形貸付(短期融資)へ転換することを意味しています。将来性が有望であってもリスクの高い融資を増やす意味ではありません。
ただし業況の厳しい企業にとって、財務指標以外の自社の強みや事業の有望性をPRすれば、「事業性評価に基づく融資」の流れが追い風になります。また金融庁は、金融庁検査の中で、事業性評価に基づく融資も審査しています。対して金融機関の中には、事業性評価シートを現場の行員がひたすら埋めているような金融機関もあり、対応に差があります。
ABL(Asset Based Lending:資産担保融資)
ABLは、企業が保有する在庫や売掛債権、機械設備等を担保として実行する融資です。従来融資の担保の多くは不動産や個人保証でした。ABLはそれらに依存しない融資として関心が高まっています。一方ABLを実施する場合、担保となる在庫や売掛債権、機械設備等は資産価値の評価が不動産に比べて容易でありません。また、定期的な再評価も必要となるため審査やモニタリングにコストがかかるという課題があります。
金融アセスメント法
「地域と中小企業の金融環境を活性化させる法律」(金融アセスメント法)は、中小企業家同友会が主体となり国に制定を働きかけている法律です。これは次の実現を目指しています。
- 物的担保優先や連帯保証による融資の割合を減らし、中小企業の潜在能力や事業性による融資を拡大する
- 貸手と借り手の公正な取引関係を目指す
- 融資姿勢の情報を公開し、地域と中小企業との共存共栄を図る金融機関を利用者が支援し、育てること。
その趣旨は、金融機関から評価・査定されるだけでなく、借り手の企業からも金融機関を評価しようとするものです。この制度のモデルはアメリカの地域再投資法(Community Reinvestment Adt / CRA)です。CRAは経済的正義をかかげ、低所得者層が住む地域の金融の円滑化を図り地域の発展を目指すものです。CRAでは、銀行は企業の将来性を考慮して融資しているか、地域貢献を考慮した融資をしたかなどが審査されます。
日本の金融機関とアメリカの銀行との比較
オーバーバンキングの問題
「日本は銀行が多すぎ過当競争に陥っている」一部の識者やマスコミにはこのような論調が見られます。では、実際にはどうなのか、アメリカの銀行の数と資産規模と、日本の銀行・信用金庫の数と資産規模を表に示します。
表 日米の金融機関数の比較
2012年には、アメリカの銀行数は7,083行、そのうち資産規模10億ドル未満の銀行が6,421行と全体の90%を占めています。対して日本は銀行、信用金庫を合わせて387行しかありません。資産規模では1,000億円未満の銀行、信用金庫は35行で、資産規模1兆円以上の銀行、信用金庫が122行と全体の31%を占めています。つまり日本の銀行、信用金庫の数は、アメリカよりも少なく、一方規模はアメリカよりも大きく、1行が取引する顧客数も多いことがわかりました。
1行取引と銀行との信頼関係
アメリカは、従業員が20万人以上という日本のメガバンクの10倍近い超巨大銀行がある一方、日本の地方銀行・信用金庫より規模の小さい地域密着型の銀行が多数あるという特徴があります。
貸出先は、資産規模100億ドル以上の大手銀行では中小企業の割合が2割程度なのに対し、資産規模1億ドル未満の銀行では貸出先の9割が中小企業です。これに対し、日本では都市銀行で貸出し先の約6割、第二地銀で約8割が中小企業です。従ってアメリカの銀行ほど明確な棲み分けがなされてなく、都市銀行でも利幅の厚い中小企業向け融資を重視していることが分かります。
日本では中小企業でも複数行取引が一般的なのに対して、アメリカでは中小企業の8割以上が1行取引です。銀行と経営者との親密な関係によるリレーションシップバンキングが主流となっています。
しかし近年は中小企業でも大手銀行からの貸し出しが増え、複数行と取引を行う中小企業も増えました。大手銀行が行う「コンピューターの財務データ分析で融資可否を審査するクレジットスコアリングレンディング」は中小銀行より金利が低く、そちらを選択する中小企業が増えたためでした。一方で、クレジットスコアリングレンディングは業績が悪化すると無条件に融資を止められることがあり、これに気付いた中小企業の中には、従来の中小銀行との取引に回帰するところもあります。
アメリカの銀行の実例から
従業員3,000人程度の中堅銀行の例
各種預金、クレジットカード、短期・長期資金融資、貿易金融、不動産ローン、プライベートバンキング・資産管理などのサービスを提供しています。
信用力のある中小企業や個人事業主に対し、顧客が必要とする様々な金融商品やサービスを提供しています。近年はビジネスクレジットカードに力を入れていて、仕入れにもビジネスクレジットカードが活用され、短期融資枠の小さい企業では、運転資金の一部を担う場合があります。顧客との関係性構築は、企業への融資だけでなく、経営者やその家族の口座開設や住宅ローンなど多面的なアプローチを行っています。
中小企業のオーナーは非常に多忙で複数の銀行と取引し同じことを何度も説明することを好みません。当行から様々なサービスを提案し、当行と取引することのメリットを理解してもらい、当行に集約するように働きかけています。
従業員100人以下の複数の小規模銀行の例
規模拡大よりも優良顧客の獲得を重視しています。リレーションシップマネージャーなど営業担当者に対して、預金残高や貸付額の拡大も一応評価しますが、最も評価するのは健全性の高い企業を獲得することです。融資審査は、財務諸表の分析の他、オーナーや経営陣のマネジメントスキルと実績が審査の重要なポイントです。中でも評価の中心は経営者個人の能力や誠実さです。
担保価値は不動産、売掛債権、在庫などに一定の掛け率をかけて行います。経営者の個人資産と個人保証を合わせとることが多いのですが、融資が焦げ付いたとしても住宅を差し押さえることはしません。リレーションシップマネージャーが最低でも年に4回は顧客を訪問し様々な話をします。
その中で顧客の要望が高いのは、
- 融資相談に対する迅速な対応
- 問題が生じた時の対応策の提示
- 事業や経営のアドバイス・コンサルティング
- 当行の最高責任者などマネジメント層との直接面談
です。
5C (現金Cash, 規模Capacity, 信用Credit, 経営者の特徴Character, 担保Collateral)はどれも重要ですが、最も重視するのは経営者の特徴(Character)と担保です。経営者の特徴の判定では、信用履歴や管理能力、事業に対する経験などを確認します。担保や経営者の個人保証は大抵取りますかが、当行は財務状況基づき堅実に融資を決定するので、経営者個人の住宅まで担保に取ることはしません。
ABLについては、売掛債権や在庫の一部を担保に取ることはありますが、純粋な意味でのABLは行っていません。当行はあくまで企業のキャッシュフローに対する融資であり、業績が芳しくない企業の場合は、こうした企業にABLを実施しているハイリスク・ハイリターンの金融機関やファイナンスカンパニーを紹介しています。
中小企業の金融機関との関係 従業員12人の製造業の例
資金調達は銀行からの融資が中心です。大手金融機関から設備投資資金の融資を受けた際は、導入した設備を担保としたほか、経営者の個人保証も行いました。大手金融機関のリレーションシップマネージャーは、若い行員が多く中小企業への理解が不十分と感じています。金融危機後は融資が厳しくなり、財務諸表を提出し担保に出せる物件や売掛債権もあり、新たに受注した契約書も見せたが融資が受けられなかったことがあります。
日本のリレーションシップバンキングについて
本来、リレーションシップバンキングは、企業がメインバンクである金融機関に対して非公開情報を独占的に与えることで、金融機関から経済環境に左右されることのない安定した融資を受けられるという互恵的関係です。しかし日本では銀行に対する保護政策がこの健全なリレーションシップを阻害してきました。
戦後、国は産業育成の資金供給を目的として金融機関に対して
- 調達金利の規制(規制金利)
- 金融当局による経営介入および暗黙の保証
- 資本市場機能の意図的な制限
- 銀行業務への参入制限
等の保護を与えてきました。
そのため①、②により、取引先に対する積極的な情報収集や信用リスク計測など金融機関が情報の非対称性を解消しようとする意欲が消失し、一方で、③、④により借り手企業側の自由な資金調達手段が封じられました。
このためそれまでの日本は、取引先との間での情報の非対称を解消する必要がありませんでした。また上昇を続ける不動産価格を担保に融資することで、表面上は企業とのリレーションシップを維持し続けることができました。
しかし1990年代以降、不動産等資産価格の暴落と規制緩和による公的保護の消失、さらに経済情勢の低迷による企業収益の悪化、90年代後半の金融機関への自己資本規制の本格導入が金融機関の経営を変化させました。一方、企業が資金調達手段の多様化をしてこなかったのは、金融機関との親密な関係が不況の時でも安定的に資金供給を受けられるという期待があったためでした。これは金融機関の貸し渋りにより、期待は裏切られました。
このように規制により歪められた日本型リレーションシップバンキングは、経済環境の激変により瓦解しました。そこで新たに金融庁は「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」で、地域金融機関に対して「リレーションシップ」による収益力強化を求めています。
リレーションシップバンキングは、金融機関の収益性と中小企業の融資の利便性の双方の向上をもたらすものでした。しかし収集される経営者の特性や地域での評判など「定性情報」は、財務情報のように数値で表すことが困難です。そのため融資の際に、数値による基準が設けられない以上、人間による「判断」が必要となります。
この「判断」に最も適しているのは直に定性情報源に接する営業担当者であり、営業担当者にある程度の与信権限を与えるのが最も効果的です。しかし営業担当者が顧客企業に接近しすぎると過剰な融資や杜撰なモニタリングを行い、結果として収益性の悪化を招くことが想定されます。
アメリカの銀行などは営業担当者の報酬体系に融資実行の実績だけではなく、そのパフォーマンス(利益率、回収・延滞率)等の成績も含め、営業担当者が既存融資へのモニタリングに関心を失ったり、過剰な貸し込みを行ったりすることを防いでいます。
今後は大手「主要行」は、中小企業のような小口の案件についてはクレジットスコアリングを主とした「トランザクションバンキング」により、効率化・低コスト化を図っていくと思われます。一方、「地域金融機関」はそれぞれの地域の情報に精通しており、リレーションシップバンキングを活かして優位となるはずです。しかし優良な取引先に対しては「主要行」と競争となった際は、リレーションシップバンキングはトランザクションバンキングに対して価格競争力の点で不利です。
これまで金融機関は量的拡大を重視してきました。しかし今後は収益性向上が至上命題となります。そのため、企業ごとに収益性を考慮して営業手法を選択するようになります。大手銀行と競争となるような優良な顧客に対してはトランザクションバンキングを活用し、トランザクションバンキングの対象とならない情報の非対称性の大きい顧客については、長期的視野からリレーションシップバンキングを構築していきます。こうすることで安定した利益を得ることができます。
金融機関の目線から見た銀行とうまく付き合う方法
それではこのような状況にある金融機関と上手に付き合うにはどうしたらよいでしょうか。金融機関の置かれている状況から考え、金融機関にとって良い取引先となる方法を考えます。
定期的な報告 数字は銀行員の食べ物
今後、金融機関には事業性評価による融資やリレーションシップバンキングなど、企業とより密接な関係を構築することが求められます。しかし様々な業務を抱えている金融機関の担当者には、このような取組は容易ではありません。また貸出先の経営情報は、定性的な情報だけでなく数字も必要です。
そこで企業の方から定期的に経営状況を報告すれば、金融機関の担当者はとても助かります。企業によっては、毎月試算表、残高表、売上予定表の3点を毎月持参し、業況の悪い時もそのまま報告しているところもあります。さらに毎月直接会うことで親密な関係を築くことができます。そして定性的な情報だけでなく試算表や売上計画などの数字も提出します。元銀行員のある方は「銀行員にとって数字は食べ物」と語っています。
経営計画書との対比
一方現在だけでなく、「今後会社はどうなるのか」、「経営者はどうしようと考えているのか」こういった情報は口頭だけでなく、文書化するのが有効です。金融機関の担当者は顧客の情報を上司や本部に報告しなければならないことがあり、その際に文書であれば容易に伝えることができます。
このような文書に経営計画書があります。3年の中期経営計画と1年の年間計画があり、会社の将来の姿を適切に伝えることができます。たとえ現在業績が思わしくなくても、今後の具体的な計画が示されていれば担当者は安心できます。また計画に対する進捗を経営者自身が数字で確認することは、現状が把握できて経営に役立ちます。
できれば経営計画を作る際に、将来会社をどのようにしたいのか、経営理念や経営方針も含めて文書化します。その際に、ローカルベンチマークなどを活用して自社の良い点、弱い点など定性的な特徴もまとめておきます。これは金融機関にとっては貸出先の事業性評価の資料にもなります。
未来のB/Sをつくる
貸借対照表(B/S)は、毎期企業が得た利益と調達した資金の使途によりつくられます。その結果、十分な自己資本があれば、景気の変動にも影響されない強い財務体質の企業になります。そのためには企業自身が将来どのようなB/Sにするのかを計画し、経営計画書に盛り込むと良いです。この十分な自己資本の蓄積には、法人税を払い内部留保を増やすことも重要です。
参考文献
知的資産経営のすすめ
「米国企業における中小企業金融の実態」日本公庫総研レポート
「中小企業金融とリレーションシップバンキング」信用中央金庫 金融調査情報
本コラムは2020年1月22日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
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「中小企業の資金調達と金融機関との関係1」 ~国の金融政策と銀行経営の変節~
企業における資金調達
企業に必要なお金
もしあなたが新たに事業を起こそうとした場合、どうやって必要なものを用意するでしょうか?
例えば、洋服店の場合、店舗や什器等の設備が必要です。商品の仕入れをしなければなりませんし、従業員も雇わなくてはなりません。
そのためにはお金が必要です。もし自己資金が足りなければ、銀行から借ります。こうして集めたお金は、図1のように、建物や設備などの固定資産と仕入れた商品の在庫、そして支払いのための現金となります。この資金の調達手段とその結果を示したものが貸借対照表(バランスシート:B/S)です。
資金の調達方法は、返済不要の資本金(出資金)と返済が必要な借入金があります。出資金は、自分が出したお金や親族や知人から出してもらったお金、他にはベンチャーキャピタルなどの投資機関が出資したお金があります。
借りたお金には、企業が社債を発行して市場から直接調達する直接金融と、金融機関から借りる間接金融があります。企業規模や創業からの年数に応じた資金の調達方法を図2に示します。
資金の調達は、企業の信用力と成長性によって変わります。信用力のある大企業は、株式市場から出資を受けたり、社債を発行して市場から直接お金を借りることができます。あるいはコマーシャルペーパーCP(無担保の約束手形)を発行して、市場からお金を集めることもできます。また将来大きな成長が見込まれるベンチャー企業は、信用力が低くてもベンチャーキャピタルから出資を受けることができます。そうでない多くの中小企業は、金融機関からの借入が主な資金調達手段です。
運転資金とは
さて、もしあなたが洋服屋を創業した場合、最初に直面するのは資金繰りです。仕入れた商品は売れなければお金は入ってきません。一方商品を仕入れるには、お金を払わなければなりません。この仕入れの支払いタイミングと、販売後の代金回収までの時間差のために必要な資金が必要運転資金です。
あなたは入ってくるお金と出ていくお金を見ながら、資金をうまく回していかなければなりません。そして支払いと入金のずれは常時生じるので、この雑貨店では一定額の運転資金が常に必要になります。さらに商品がいつもより多く売れれば、多く仕入れなければならず、運転資金はより多く必要になります。そのため、金融機関からさらに多くお金を借りなければなりません。
あるいは法人のお客様がたくさん買ってくれましたが、支払は3か月の手形でした。その場合、現金が入るのは、手形を受け取ってから3か月後になります。その分だけ運転資金が必要になります。
借入金の意味
あなたの会社は創業期を過ぎ経営は順調に行っています。店舗が手狭になり、店舗拡大のため、お金を借りました。この時の借入の意味について考えます。
もし社内に十分なお金があれば、借入をする必要はなく、自己資金ですぐに店舗を拡大できます。もし、自己資金が足らなければ、必要な金額になるまでお金を貯めます。そして、図3の左のように、貯めたお金で店舗を拡大すれば、そこからは売上の増加が加速し、会社に入るお金も増えます。
ここでお金がなくても金融機関から借りれば、店舗はすぐに拡大できます。その結果、早く売り上げが増加し、早くお金が増えます。これは見方を変えれば、お金を貯めるには時間がかかるので、借入によりその時間を縮めたことになります。早く設備投資を行い、早く利益を増やせば、途中借入金を返済していても、返済が終われば利益はどんどん増えていきます。自己資金が貯まるまで待ってから設備投資をするよりも早く会社を成長させることができます。
逆に利益を増やさないものに借入をして投資すると、会社に入ってくるお金が減ります。賃料の高いオフィスへの移転や豪華な自社ビルの購入は、利益を生まず逆に経費が増加するため、経営を悪化させる原因になります。
借り入れの種類
金融機関からお金を借りる場合、短期の借入(手形貸し付け)と、長期の借入(証書貸付)の2種類があります。短期の借入は、決めた時になれば一括で返済します。その際、継続して運転資金が必要であれば、再度借ります。借りた額と同額をまた借りることを「借り換え」と言います。
長期の借入は毎月決まった額を返済します。毎月きちんと返していれば、急に全部返せと言われることはありません。もし途中で売上が減少し、予定通りの金額を返済できなくなった場合は、返済額を減らすか、一旦返済を猶予してもらいます。これは返済の予定を変えるので「リスケジュール(リスケ)」といいます。
金融機関の種類
中小企業が利用する金融機関には、都市銀行、地方銀行、信用金庫、信用組合、政府系金融機関(日本政策金融公庫、商工中金)などがあります。
【銀行】
都市銀行、地方銀行、第二地方銀行があります。都市銀行は全国に支店があり、取引先には大企業から中小企業まであります。このうちで規模の大きい3行がメガバンク(三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行)と、りそな銀行、埼玉りそな銀行です。
地方銀行は、都道府県に本店を持ち、都道府県をベースに展開している銀行で、これには第二地方銀行も含まれます。(第二地方銀行とは、従来の相互銀行が普通銀行に転換したものです。)
【信用金庫】
信用金庫法に依り「国民大衆のために金融の円滑を図り、その貯蓄の増強に資する」ことを目的とした会員の出資による協同組織の非営利法人です。会員資格は、その地区内に住んでいる人、働いている人とその地区内の企業です。ただし、企業は、その規模が「従業員300人以下、または資本金9億円以下」の制限があります。また預金の制限はありませんが、融資は原則として会員を対象としています。
【信用組合】
協同組合による金融事業に関する法律(協金法)に依り「組合員の相互扶助を目的とし、組合員の経済的地位の向上を図る」ことを目的とした組合員の出資による協同組織の非営利法人です。会員資格はその地区に住んでいる、または働いている人とその地区内の企業です。企業は規模が「従業員300人以下または資本金3億円以下の事業者(卸売業は100人または1億円、小売業は50人または5千万円、サービス業は100人または5千万円) 」という制限があります。預金・融資とも原則として組合員が対象です。
【日本政策金融公庫】
国が100%出資する金融機関で「一般の金融機関を補完する機関」の役割があります。銀行で融資が受けられない場合でも、事業資金や運転資金の調達を受けることができます。同公庫には、国民生活事業、中小企業事業、農林水産事業の三つの事業があり、他に大規模災害が起こった場合の危機対応(被災地の企業へ金融の融資)、環境の変化や産業競争力強化のための融資などを実施しています。
【商工中金】
株式会社商工組合中央金庫の略称で、政府と民間団体が共同で出資する唯一の政府系金融機関で、中小企業金融の円滑化を目的として、預金の受け入れ、資金の移動や貸し付け、手形取引などを行っています。融資の対象は、商工中金に出資する中小企業団体の構成員などに限定されています。
国の債務保証(信用保証協会)
中小企業が金融機関から融資を受けようとする場合、経営状況が芳しくない、担保が不十分などの理由により融資を受けられないことがあります。信用保証協会は、そのような中小企業がスムーズに資金を調達できるように金融機関に対して信用保証(保証承諾)を行います。この信用保証に基づき金融機関は融資を行い、信用保証協会は信用保証料を借り手の企業からもらいます。もし企業が返済できなくなった場合、保証協会が金融機関にお金を返します(代位弁済)。実際は、保証協会に対して、日本政策金融公庫(国)から代位弁済額の8割の保険金が支払われます。
金融機関にとって保証協会付融資は、回収不能になっても損失額は20%しかないリスクの低い融資です。しかし保証協会付融資は、原資が国の税金のため、経営が悪化しても基本的には債権カットに応じません。つまり企業が存続する限り、永遠に支払いを求めてきます。
一方、銀行独自の融資(プロパー融資)であれば、返済不能になった場合、債権カットや債権をサービサーに売却して債務を軽くし再建に取り組むことができます。その意味で保証協会付融資は借り手にとってリスクのある借入です。(実際には経営が悪化しても中小企業に対して金融機関が債権カットに応じることはめったになく、大抵は倒産します。しかし中堅の中小企業の中には、金融機関や地域社会が事業を存続すべきと判断し事業再生に取り組む場合もあります。その際、保証協会付融資がネックになることがあります。)
担保と保証人
お金を借りる場合、金融機関は担保の提供を求めます。そして会社の土地や建物を抵当に入れます。加えて経営者の個人保証も求めます。個人保証があるため、会社の担保を処分しても返済できなければ、経営者個人の財産を処分して返済しなければなりません。それでも不足する場合は、自己破産することになります。
出資金であれば倒産しても出資者に返す必要はありません。その代わり、出資金は毎期利益が出れば配当を出す必要があり、その配当は借入の利息よりも高くなります。もしベンチャーキャピタルから出資を受けた場合、彼らは配当よりも株式上場による売却益が目的のため、高い成長(事業の拡大)を求めます。
連帯保証制度
【連帯保証人】
経営者だけの保証で不足する場合、金融機関が追加の連帯保証人を求めることがあります。この連帯保証人は、債務者と同等であり、債務者に返済能力があっても、金融機関はいきなり連帯保証人に支払いを求めることもできます。
ただ金融機関は、連帯保証人に印をもらう際に債務者(借りている人)の金額、経済状況、返済の見込み等を連帯保証人に説明する義務があります。連帯保証人は、債務者が夜逃げしたり、支払いを拒んだ場合、代わりに金融機関から取り立てを受けます。現在破産申し立てをする人の10人に1人は連帯保証人と言われています。また主債務者に、自殺や一家離散が多いなど『人権問題』として度々取り上げられ、民主党はマニフェストに連帯保証人の廃止も視野に入れた法改正が盛り込みました。
【根保証人】
根保証とは、将来発生する一定の範囲の債務を極度額まで保証することです。一般的な保証では、債務者が5000万円借りた後、2000万円返済すれば、保証人は3000万円分の債務を保証になります。この後、債務者が1000万円追加で借りても、この1000万円を保証する義務はありません。これは連帯保証人でも同様です。
しかし5000万円を限度額とした根保証の場合、債務者が5000万円借りた後、2000万円返済し、新たに1000万円追加で借りたら、保証人はこの1000万円も保証しなければなりません。債務者の債務の合計が5000万円であれば、常に5000万円の保証をすることになります。
【根抵当権】
同様に、金融機関から融資を受ける際に担保権が設定されたとします。普通抵当権の場合、別途新たに融資を受ける場合、別の抵当権を設定しなければなりません。不動産の場合、抵当権を設定するには登記しなければならず、その費用が掛かります。
そこで根抵当権であれば、極度額(その時点で借りられる最高額)の範囲内で、全ての融資が根抵当権により担保されます。
【保証人のルール変更】
2017年5月に成立した「民法の一部を改正する法律」が2020年4月1日から施行(適用)されます。大きく変わるポイントは以下の3つです。
- 上限額(極度額)を定めていない個人の根保証契約は無効
- 特別な事情による保証の終了
- 個人が事業用の融資の保証人になる場合、公証人による保証意思の確認手続きが必要
個人が連帯保証する際、極度額(その時点で借りられる最高額)を保証する人とされる人の間で、書面などで「○○円」と合意してはっきり定めなければ無効になります。
保証人が破産した、主債務者または保証人が亡くなったなどの場合、その後に発生する主債務は保証の対象外になります。
会社や個人事業主が事業目的で融資を受ける際、事業に関係ない親戚や友人が安易に保証人になり、多額の債務を背負う(自己破産する)ケースが多いため、個人が事業用の融資の保証人になる場合、公証人による保証意思の確認手続が必要になります。その手数料は
1万1000円程度の予定です。
金融の歴史
江戸時代までの日本社会は、個人商店とその規模が大きくなった豪商でした。資金需要も大きくなく、お金が必要になった場合は、知人や高利貸しから借りていました。借りる人の信用もまちまちで、返せなくなれば、取り立てるか、財産を取り上げるしか方法がなく、相手に力があればそれもかないません。実際、財政の行き詰まった大名などは、商人から借りたお金を踏み倒しています。
産業振興と資金需要
明治に入り、産業振興が盛んになると巨額の設備投資が必要になり、金融の需要も大きくなりました。そこで1873年に日本で最初の商業銀行として第一国立銀行が設立されました。さらに貿易が盛んになると海外との決済や支払も必要になり、1880年に日本で最初の外国為替を扱う横浜正金銀行が設立されました。
その一方で中小企業や個人商店に必要な資金は、数の限られている商業銀行では対応できませんでした。そのため大企業に資本が集中し農民や中小商工業者が困窮したことから、1900年に産業組合法が制定され、会員企業が資金を出し合って、必要な事業者にお金を貸す信用組合が各地に設立されました。一方、信用組合は会員以外からの預金が認められないなど都市部の中小商工業者にとっては制約が多かったため、1917年産業組合法が一部改正され、市街地信用組合が生まれ、これが後の信用金庫へと発展しました。
その後、多くの人たちが会社や工場で働くようになり、現金収入が増え、お金を銀行に預けるようになりました。預金が増えることで、銀行は事業者に多くのお金を貸すことができるようになりました。
しかし事業者が倒産して貸したお金が返ってこなければ、その銀行の資金はどんどん減り、経営が危なくなります。お金を貸すのはリスクを伴うため、銀行は貸したお金に見合うだけの財産、例えば家や土地などの不動産を担保に取り、万が一の場合は担保を売却して回収できるようにします。この担保主義が今でも日本の金融に根幹にあります。
銀行の倒産と取り付け騒ぎ
もし大口の貸出先が倒産すれば、銀行自身の経営が危うくなります。銀行が倒産すれば、預金したお金は返ってきません。預金している人たちがそのような不安に駆られると、銀行が倒産する前に預金を引き出そうと銀行に殺到します。そうなるとこの急激な預金の引き出しが原因で銀行が倒産します。これが取り付け騒ぎです。
1927年に、衆議院予算委員会で片岡大蔵大臣が「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました。」と間違った情報を発言し、全国各地で「銀行が危ない」という噂が広がりました。ここから取り付け騒ぎが起こり、金融恐慌にまで発展しました。
バブル経済とその崩壊
バブル崩壊以前の高度経済成長期の日本は、経済が拡大しており、企業の資金需要も旺盛で資金不足の状況でした。今と比べると銀行の資金も少なく、企業は銀行から十分な資金提供が受けられないこともありました。
これはニクソンショック以前は、米ドルは金との交換を保証していたため、ドルの発行総額は金の保有量で決まっていました。世界中を駆け回るお金の総額は、今よりずっと少なかったのです。
1982年、日本企業の輸出攻勢に困ったアメリカは、円高に誘導することを日本政府に約束させます。これがプラザ合意です。こうして急激な円高が発生し、日本企業の成長は急ブレーキがかかり、円高不況と呼ばれました。
この不況を緩和するために日銀は公定歩合を5%から2.5%に引き下げました。しかし成長にブレーキがかかった産業界に余剰な資金を吸収する力はなく、余ったお金が土地と株式に向かいました。大都市圏に人口が集中し、利用できる土地に限りのある日本は、これまで土地の値段は下がったことがありませんでした。当時人口は増加していて今後も土地の需要は増えるため、土地は格好の投機対象となりました。こうして土地は異常なまでに値上がりしました。
これは金融機関にとって不幸な事でした。担保至上主義の日本の金融機関は、担保となる土地の値段が上昇すれば、どんどん融資ができます。担保で保全されていますから、リスクはなく、企業や個人に過剰に貸すことで銀行の業績はみるみる良くなりました。このプラスの循環が続き、景気は過熱しました。
しかし下がらないはずの土地の値段が1991年ごろから下がり始め、1992年には急落しました。バブル崩壊です。それまで土地や不動産を持っている企業に過剰に融資していた銀行は、担保価値の急落に見舞われます。また土地の値上がりを見込んで融資を受けて土地を買い、工場や自社ビルを建てた企業は、バブル崩壊による不景気の到来とともに大打撃を受けます。そして、それまでの借入金の返済や利息が重くのしかかり、経営を圧迫します。
金融システム崩壊の危険と不良債権処理
金融機関も担保価値の低下とともに、貸出先の業績が低下し、貸したお金が返らない危険が高まっていました。これが不良債権です。多額の不良債権を抱えた金融機関は経営が悪化しました。もしある銀行の経営不振が広まれば、取り付け騒ぎが起きて、それが原因でその銀行は倒産する恐れがありました。そして1行の倒産は、他の銀行の倒産を招きます。戦前は1行の倒産から金融恐慌が起きました。不良債権問題を放置すれば、日本全体が金融不安に陥る可能性がありました。
そこで大蔵省は各金融機関に自己資本が貸出金の4%以上となるように自己資本比率を定め指導しました。そして貸出先を表のように区分し、貸出先のリスクに応じて引当金を増やすように指導しました。その結果、返済不能とみられる貸出先(不良債権)の倒産や民事再生が起きました。これが不良債権処理です。
表1 金融検査マニュアル
BIS規制と貸し渋り・貸しはがし
さらに、国際金融業務を行う金融機関は自己資本比率8%以上が必要というBIS規制が、日本では1993年に適用されました。無謀な貸し出しと担保価値の低下で自己資本比率の低下した大手銀行の自己資本比率は2%前後と低く、この時期に8%の自己資本比率を求めるのは非常に厳しい条件でした。その結果、多くの金融機関が自己資本比率を高めるために、貸したお金の回収を行い、黒字で経営が順調な企業が突然資金を回収されて倒産した例が相次いで出ました(貸しはがし)。あるいは突然融資の中止を告げられ、資金繰りがつかずに倒産した企業もありました(貸し渋り)。
銀行の健全経営に主眼をおいた金融検査マニュアル
ある意味でこれを助長したのが大蔵省の金融検査マニュアルでした。国は金融恐慌を防ぐためには、銀行経営の健全化を第一の目的としていました。本来は、金融不安を避けるために、一部の金融機関には税金を投入してでも早期に立て直すべきでした。ところが当時ノーパンしゃぶしゃぶなど官民接待の疑惑から国民の厳しい視線が大蔵省に向けられ、バブル崩壊で辛い思いをした人々は銀行への税金の投入には強く反対しました。
対して過大な不良債権を抱えた一部の金融機関は、不良債権とすべき債権を正常債権に区分したりして、経営状態を取り繕う行為が横行しました。そのため、大蔵省(現在の金融庁)は、金融検査マニュアルに基づいて、貸出先の区分の厳格化と、貸出先の資産価値の適正な評価を厳しく行いました。そして、これが中小企業を顧客とする地方銀行の姿勢を大きく変えました。
例えば、通常運転資金として借りていた短期借入金に対して、金融庁は担保価値を厳しくチェックしました。そして正常運転資金であっても適切な担保がなければ不良債権としました。その結果、金融機関はそれまで借り換えを継続し返済不要であった短期借入金を、毎月返済が必要な保証協会付きの長期借入金への転換を進めました。これは企業のキャッシュフローの悪化の原因となりました。
債務者区分と引当金
表に示したように金融機関は金融庁が示す信用格付けに基づいた債務者を区分しています。そして債権者区分応じて、相当の貸倒引当金を計上しなければなりません。そして貸倒引当金が増えれば、貸出できるお金が少なくなり、業績が低下します。さらに貸倒引当金が増えれば、自己資本比率が低下し、最悪の場合債務超過に陥り倒産にします。
●正常先
業績が良好であり、財務内容にも特に問題がない企業
貸倒引当率は0.2%程度で、通常に融資は受けられる
●要注意先
業況が低迷・不安定だったり、財務内容に問題がある企業
貸倒引当率は5%、融資の実行は可能だが、無担保で借せるかどうかは金融機関の判断による
●要管理先
要注意先のうち、元金または利息の支払いが3カ月以上延滞している企業
全部、または一部のリスケ中
貸倒引当率は15%程度、新規融資はほぼ見込めない
●破綻懸念先
経営難の状態にあり、今後破綻に陥る可能性が高い企業
業況が著しく低調でリスケ中など、元本や利息の回収に重大な懸念、売上高および利益が計画の80%未満
貸倒引当率は75%程度
●実質破綻先
経営破綻に至っていないものの、深刻な経営難で返済の見通しがないなど、実質的には経営破綻に陥っている企業
貸倒引当率は100%
●破綻先
法的・形式的に破綻している企業、貸倒引当率は100%
経営改善計画書の提出で債務者ランクが変わる
- 「実現可能性の高い抜本的な経営改善計画」(実抜計画)に沿った金融支援の実施により経営再建が開始されている場合
- 「合理的かつ実現可能性の高い経営改善計画」(合実計画)に沿った金融支援の実施により経営再建が開始されている場合
要管理債権→要注意先 ランクアップ(別名 卒業)
破綻懸念先債権→要注意先(要管理先を含む)2段階ランクアップも可能
金融機関の姿勢の変化
このような金融を取り巻く環境の変化は、金融機関の姿勢の変化をもたらしました。金融検査マニュアルによる厳格な審査は、貸出先の評価を厳しくさせ、プロパー融資よりもまず保証協会付融資に注力するようになりました。短期借入金は、金融庁の検査で不良債権とされかねないため、長期借入金主体の融資となりました。その結果、中小企業の中にはキャッシュフローの悪化や恒常的な運転資金不足に悩む企業が増えました。
一方で長期借入(証書貸付)は一旦審査が通れば、返済が行われている限り、貸出先企業に関心は向きません。これが短期借入(手形貸付)の場合は、手形の期日になれば借り換えの手続きが必要なため、企業に足繁く通い、経営状況にも関心を払います。
加えて金融機関の担当者は、毎期営業目標のノルマを課せられています。彼らは、長期借入の手続き終わってこれ以上の融資が見込めない顧客より、新たな融資の可能性のある企業を回らなければなりません。しかし低成長下の日本では新たな資金需要は少なく、ノルマを達成するのは容易ではありません。さらに金融機関は、投資信託や保険商品の販売も手掛けるようになり、金融機関の担当者の業務は増えています。そのため、貸出先への訪問は、ますます足が遠のいていきました。
中小企業金融を取り巻く環境
中小企業の借入金の一部は疑似資本
日本の中小企業の多くは、自己資本が少なく、総資本の中で借入金が高い割合を占めています。この借入金の一部は、定常的な運転資金として借り換えを継続していて、疑似資本の性格を持っています。ところが金融庁の指導もあり、金融機関が短期借入金を返済が必要な長期借入金に切り替えていったことで、毎月の返済が必要になり、多くの中小企業はキャッシュフローが悪化しました。
国の中小企業支援
大企業のような信用力がなく、資金調達手段限られる中小企業を資金面で支援するために、国は様々な支援制度を設けています。
【セーフティネット制度】
取引先の再生手続の申請や事業活動の制限、災害、取引金融機関の破綻により経営に支障を起きた中小企業に、保証限度額の別枠化を行い、追加の融資を受けられるようにする制度です。各自治体が認定し、認定証を金融機関に提出します。
保証は信用保証協会が行います。
1号 連鎖倒産防止
民事再生の申立を行った大型倒産に対して、売掛金債があるために資金繰りに支障が生じた中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業>
倒産企業に対し50万円以上の売掛金を有している中小企業
倒産企業に対し売掛金は50万円未満であるが倒産企業との取引が20%以上ある中小企業
2号 取引先企業の事業活動の制限
生産量の縮小、販売量の縮小、店舗の閉鎖など事業活動の縮小を行っている企業と直接・間接的に取引を行っているため、売上が減少している中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業>
該当企業と直接取引(又は間接的な取引、又は近隣の事業所)を行っていて、その企業に対する取引依存度が20%以上、かつ事業活動の縮小を受けた後の3か月間の売上高等が前年同期比▲10%以上の見込みの中小企業
3号 突発的災害(事故等)
突発的災害(事故等)の発生に起因して、売上高が減少している中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業>
指定地域内において、1年間以上継続して事業を行っており、災害等の影響を受けた後の3か月間の売上高が前年同期比▲20%以上の見込みである中小企業
4号 突発的災害(自然災害等)
突発的災害(自然災害等)の発生に起因して、売上高等が減少している中小企業者を支援するための措置です。
<対象中小企業>
指定地域内において、1年間以上継続して事業を行っており、指定を受けた災害等の発生に起因して、売上高等が前年同期比▲20%以上の見込みである中小企業
5号 業況の悪化している業種(全国的)
全国的に業況の悪化している業種に属する中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業>
指定業種の事業を行っていて、最近3か月間の売上高が前年同期比5%以上減少の中小企業、または指定業種の事業を行っていて、製品原価のうち20%を占める原油等の仕入価格が20%以上、上昇しているにもかかわらず、製品価格に転嫁できていない中小企業
6号 取引金融機関の破綻
破綻金融機関と金融取引を行っていたため、借入の減少等が生じている中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業者>
破綻金融機関と金融取引を行っていたため、健全に事業を営んでいたのにもかかわらず、金融取引に支障をきたし、破綻金融機関等からの借入金の返済を含めた資金調達が必要となっている中小企業者
7号 金融機関の経営の合理化に伴う金融取引の調整
金融機関の支店の削減等による経営の合理化を行い、借入が減少している中小企業を支援するための措置です。
<対象中小企業者>
該当する金融機関に対する取引依存度が10%以上であり、その金融機関からの直近の借入金残高が前年同期比▲10%以上で、金融機関からの直近の総借入金残高が前年同期比で減少している中小企業
8号 金融機関の整理回収機構に対する貸付債権の譲渡
整理回収機構(RCC)に貸付債権が譲渡された中小企業のうち、事業の再生が可能な者を支援するための措置です。
<対象中小企業者>
金融機関からの直近の総借入残高が前年同期比で減少し、適切な事業再生計画を作成し、RCCに対する債務について返済条件の変更を受けている中小企業
【金融円滑化法】
金融円滑化法(「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」の略称)は、2008年のリーマンショックの際に景気低迷による中小企業の資金繰り悪化の対策として、2009年12月に2年間の時限立法として施行され、その後二度にわたって延長され、2013年3月に終了しました。
この法律により金融機関は、経営の悪化した中小企業に対し無条件での条件変更(リスケ)に応じました。金融機関にとっては、同法に基づくリスケは債務者の格付けを変えなくても良いため、不良債権にならないというメリットがありました。これはバブル崩壊後に金融機関が企業の貸出に対して厳しい態度をとったために倒産する企業が多かったことを踏まえての処置でした。
一方、リーマンショック後の経営の回復は低調で特に中小企業には厳しい状況が続いたため、金融円滑化法終了後の対応が不安視されました。そこで金融円滑化法終了を見越して2012年には金融担当大臣が「中小企業金融円滑化法終了後も金融機関の対応は何ら変わることは無く、特に不良債権の定義は変えることなく対応するので、貸付条件の変更依頼には法律終了前と同様な対応をするよう金融機関には周知徹底をしている」という談話を発表しました。
2012年には「中小企業金融円滑化法の最終延長を踏まえた中小企業のための政策パッケージ」が発表され、
- 金融機関によるコンサルティング機能の一層の強化
- 企業再生支援機構(現在は地域経済活性化支援機構に改組)および中小企業再生支援協議会の機能及び連携の強化
- その他の経営改善・事業再生支援の環境整備
が盛り込まれました。
このように同法は、リーマンショックでの中小企業の倒産を防ぐ効果はありましたが、その後、金融機関にとって見えない不良債権の増加となっています。今後、これらの中小企業の倒産が起きれば、不良債権として引当金が積まれていないため、金融機関の経営に大きな影響を与える恐れがあります。言い換えれば同法によりリスケを継続している企業の経営が改善され、正常先にならなければ、いつか爆発する爆弾を先送りしているようなものです。
金融行政の変化
森金融庁長官
2015年7月森信親氏が金融庁長官に就任すると、それまでの金融検査マニュアル重視、銀行の健全経営一本だった金融庁の方針が大きく変化しました。まず2015年から2017年にかけて複数回企業アンケート調査を行いました。2017年度は3万社に実施し、8,546社から回答を得ました。この企業アンケート調査結果から、多くの金融機関が担保と保証協会付融資に依存し、企業やその経営に全く関心を払っていないことが分かりました。また企業自身もそのような金融機関に対し、金利以外の助言や支援を期待していないこともわかりました。
一方、地域金融の事業性評価の取組として広島銀行の例があります。広島県には、マツダのサプライヤーの中小企業が多くあります。バブル崩壊後これらの中小企業の業績は苦しく、財務数値だけでみると融資を打ち切らなければならない企業もありました。そこでこれらの企業は「マツダの車づくりに必要な技術を持ったサプライヤーなのか」といった定性面と財務面の両面で評価し、必要な技術を持ったサプライヤーであれば財務数値が悪くても支援しました。そのため広島銀行の融資部に自動車の専門家であるマツダからの転籍者を集めました。
このような事例を収集し、地域金融機関に事業性評価など企業の事業そのものに目を向け、融資判断を行う方向に転換を促しました。さらに金利だけでなく、企業との関係を深め、課題解決を支援するリレーションシップバンキングの推進を促しました。そして金融庁は、金融検査マニュアルの廃止を決定しました。
一方、日銀のマイナス金利導入により、金融機関の収益は悪化し、2017年度は、地域銀行106行中54行が、本業で赤字となっています。優良な貸出先を巡って低金利競争は激しく、収益低下の原因となっています。そこで顧客の課題解決に取り組むことで金利競争に陥らず、他行よりも高い利息で融資を行っている金融機関の事例を集め、そのような取組により業績を高めることを促しています。
個人保証に頼らない融資
中小企業の借入に対する経営者の個人保証は、倒産時には自殺や一家離散の原因ともなっています。そこで国は「経営者保証に関するガイドライン」を作成し、2014年2月から運用開始しました。法的な拘束力はありませんが、「中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルール」と位置付けられており、経営者がこのガイドラインを金融機関との交渉に活用することができます。
ガイドラインでは、個人保証なしで融資を受けるためには経営者に以下の対応を求めています。
(1)法人と経営者の関係の明確な区分・分離
- 役員報酬・賞与・配当、オーナーへの貸付など、法人と経営者の間の資金のやりとりを、「社会通念上適切な範囲」を超えないような体制とし、その運用状況について、公認会計士・税理士などの外部専門家が検証し、結果を金融機関に適切に開示する。
(2)財務基盤の強化
- 財務状況や業績の改善を通じて返済能力の向上に取り組み、信用力を強化する。
(3)経営の透明性
- 自社の財務状況を正確に把握し、金融機関からの情報開示要請に応じて、資産負債の状況や事業計画、業績見通し、及びその進捗状況などの情報を正確かつ丁寧に説明して経営の透明性を確保する。
- 情報を開示した後に、事業計画・業績見通し等に変動が起きた場合は、自発的に金融機関に報告し、適時適切な情報開示に努める。
- 情報開示は、公認会計士・税理士など外部専門家による検証結果と合わせた開示が望ましい。
金融機関に対しては、以下の対応が求められています。
(1)「保証を求めない融資」や「代替的な融資手法」の検討
- 融資を求める企業が上述のような経営状況の場合、金融機関には、「経営者保証を求めない融資」や「経営者保証付き融資に代わる融資の方法(代替的な融資手法)」を検討することが求められます。
〔代替的な融資手法〕
停止条件や解除条件付保証契約、流動資産担保融資(ABL)、金利の一定の上乗せ など
(2)やむを得ず、経営者保証を求める場合の対応
やむを得ず、経営者保証を求める場合、金融機関には、以下の対応に努めることが求められます。
- 中小企業に、経営者保証の必要性や、経営者保証の変更・解除などの見直しの可能性があることなどを、丁寧・具体的に説明すること。
- 適切な保証金額を設定すること。「保証債務履行時にはガイドラインに則して適切な対応を誠実に実施する」旨を保証契約に規定すること。
経営者保証に関するガイドラインの適用事例
【既存の保証契約の見直し】
C社
ガソリンスタンドを主な販売先としている自動車用品卸売業者で、経営状況は堅実な調子で推移しています。このたび、経営者を交代することになったため、資金の借入れをしているD銀行との保証契約の見直しを行うこととしました。その際、C社は前経営者の保証を解除することと、新経営者の保証を提供せずに融資を継続することを希望しました。
D銀行
C社の意向を受けて検討し、以下のような点から、法人と経営者との関係の区分・分離が図られていることなどを勘案し、C社の前経営者の保証を解除し、新経営者に対しても、新たな保証を求めないことにしました。
- C社の事業用資産はすべて法人所有となっている。
- 法人から役員への貸付がない。
- C社の代表者は内部昇進での登用が中心であり、その親族は取締役に就任しておらず、取締役会には顧問税理士が監査役として参加しているなど、一定の牽制機能の発揮による社内管理体制の整備が認められる。
- 法人単体の収益力により、将来にわたって借入金の返済が可能であると判断できる。
- 財務諸表のほか当行が求める詳細な資料(試算表等)の提出にも協力的である。
【保証債務の整理】
E社
宿泊業を営んでおり、過去に多額の資金を投じ、設備投資や事業の多角化を行ったものの、意図した投資効果を得られずに過剰債務に陥りました。
その後、一定のキャッシュフローの創出はできていましたが、事業価値を維持するための設備投資資金の調達が困難であることや、競争環境が厳しくなったことなどから、自主再建は困難であると判断。事業再生ADR(※)を活用して保証債務を整理することを希望しました。
※事業再生ADR:平成19年度産業活力再生特別措置法(産活法)により創設された制度で、会社更生法や民事再生法などの法的手続によらずに、債権者と債務者の合意に基づき、債務を猶予・減免し、事業価値を著しく毀損することなく、経営困難な企業を再建すること。
F銀行
事業再生ADRを活用した事業再生計画に基づき、E社はスポンサーからの出資・貸付や不動産の売買、経営者の保証履行により金融債務の一部を弁済。残りの債務については、ガイドラインに則して、以下のような流れで保証債務の免除を行うこととしました。
まず、保証人である経営者が、ガイドラインに示す条件に即して次のような対応を行いました。
- 経営者が保有資産の内容を開示するとともに、その内容が正確であることを文書で保証(表明保証)するとともに、支援専門家がその適正性について確認を行い、その旨の報告書を提出した。
- 上記の表明保証をした内容がもし事実と異なっていた場合は追加弁済を行うことを、経営者が表明した。
- 経営者の退職金を、保証債務弁済の一部に充てた。
これらを踏まえてF銀行は、ガイドラインに則り、次の資産を残存資産として退任した経営者に残すことを認めました。
(1)破産手続の自由財産に相当する現預金
(2)生命保険を解約した場合の返戻金(破産手続においても自由財産として認められる 可能性が高いことを考慮)
(3)自宅(華美とは認められず、今後の生活の維持を考慮)
生命保険の解約返戻金のほか、自宅が残存資産として元経営者に残ったことで、その後の元経営者の生活再建に大きく寄与することになりました。
参考文献
「捨てられる銀行」 橋本卓典 著 講談社現代新書
本コラムは2018年10月21日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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