値上げをお願いすると「値上げするなら他に出す」と言われます。
実際は安くても品質管理に問題があったりして、出すのをためらう仕入先だったりします。
あるいは他に出すところが本当はないかもしれません。私の経験でも指値では発注できないこともありました。
この指値については製造業の値上げ交渉22 少し高くても受注2 指値とコストダウンを参照願います。
一方取引先にとって値上げを受け入れることは、他の仕入先よりも高い価格を受け入れることにもなります。
他社よりも少し高い価格
なぜなら多くの仕入先があれば、そのサプライチェーンの中では値上げした金額よりも安くつくる仕入先があるからです。
再び相見積を取って、安いところに発注すれば値上げしなくてすみます。
つまり他の仕入先よりも少し高い自社と「取引した方がよい」という理由が必要です。
この取引先の価格が厳しい原因は、厳しい原管理と指値にあります。
指値とは?
各メーカーとも価格競争は厳しく、原価を抑えなければなりません。そのため開発段階から目標原価を管理する原価企画を行います。製品の目標原価を部品単位に展開し、個々の部品の目標価格を決めます。これを指値として仕入先に提示します。
この指値は仕入先にとって厳しい価格です。指値でつくれる根拠は取引先にあるのでしょうか。
指値の根拠
まだつくったことのない部品の指値は、大抵は過去の類似部品の実績や製品の目標原価から計算されます。
(参考 私が過去に行った原価企画では、類似部品の価格を調べてこれを参考に新たに製作する部品の価格をおよそ見積っていました。)
この場合、具体的な製造時間や製造工程を考慮せずに指値を決めていれば、金額に具体的な根拠はありません。
また例え製造工程や製造時間から予測原価を概算したとしても、仕入先のアワーレートや管理費、利益はわかりません。
そのため指値が仕入先の原価とは乖離します。
原価の7~8割は設計で決まる
実際は原価の7~8割は設計で決まると言われています。
ある機能を実現する製品の原価は、設計が決まればおよそ決まります。
その結果、原価が高ければ、図面や仕様を見直して、安くつくれる図面や仕様にしなければなりません。そのためにはつくる側と発注する側の双方がアイデアを出し合う必要があります。
図 目標価格の割り付けと目標価格のオーバー
しかし発注先を選定する部署(例えば 購買)は、図面や仕様を変える権限がありません。
それでも安く調達しようとすれば、その図面や仕様でかかる原価よりも低い価格で発注することになります。これは下請法の「買いたたき」になります。
適正価格は企業によって違う
実は原価はどの仕入先も同じではありません。会社の規模やつくり方によって変わるからです。私の経験でも、同じ図面や仕様でも見積価格は仕入先によって違っていました。傾向として規模の大きい会社は原価が高く、規模の小さな会社は原価が低くなります。
図 適正価格の違い
規模の違いによる原価の違い
規模の大きなA社は、設備が新しく減価償却費も多額です。生産管理や品質管理など間接部門の規模が大きく、その分間接人員の人件費も多くなります。工場の経費も高く、原価に占める間接費用が高くなっています。
対して規模の小さなB社は、大半の設備は償却が終わっています。設備の費用はゼロです。生産管理や品質管理の専任者はおらず、社長以下全員が生産活動に従事しています。規模が小さいため工場の経費も多くありません。
両社を比較すると、A社は、設備の費用や賃金が高いためアワーレートが高くなります。間接費用も大きいため、その分原価も高くなります。
B社は、設備の費用や賃金が低くアワーレートは低くなります。間接費用も小さく、原価は低くなります。
その結果、同じ製品でも見積金額は違います。
これについては【製造業の値上げ交渉】7. この製品、いくらが正しいのだろうか?を参照願います。
品質が問われる部品、どちらに出したいですか?
では、ある部品をA社かB社のどちらに出したらよいでしょうか?
これは部品によります。
A社は品質管理や工程管理がしっかりしているので、数が多いものも品質が安定しています。技術的に難しいものも治具や加工方法を工夫して製造します。
B社は昔ながらの職人的なものづくりのため、数が多いものは品質に不安があります。統計的手法を駆使した品質管理や工程能力の把握は困難です。もし不良品が混入すれば、自社で見つけることができず取引先に流出する可能性があります。
従って不良品が流出すれば重大な問題が起きる部品は少々高くてもA社に発注します。もし市場で問題が起きれば、多額の損失が発生し部品単価の違いは吹き飛んでしまいます。
そうなればその仕入先を選定した購買の責任も問われます。
図 企業による原価の違い
ポイントはヒューマンエラーの管理
先日、個人的にある部品(小さなカラー)が必要になったため、個人が依頼できる部品発注サイトを使って発注しました。
出来上がった部品は、寸法はOKでしたが、1箇所 面取りが図面指示と異なっていました。図面指示は、C0.1~0.3でしたが、現物はピン角(面取りなし)でした。自分が使う分には問題ないので検収を上げました。
しかしこの部品を企業に納品した場合、これは不良品です。
1個だけつくる場合、その品質は作業者のスキルや注意力に依存します。作業者がどれだけ注意を払って作業するかが重要です。たかが面取りと思われるかもしれません。
しかしたった1箇所の面取りで機械が壊れることもあるのです。
もし企業がこの会社に発注すれば、こうした作業者のミスは、自社の受入検査や現場の担当者が目を光らせて見つけなければなりません。それでも少し安い会社に発注したいでしょうか。
適正価格を説明
例えば、ある部品の適正価格は、
A社700円
C社600円
でした。
取引先は、価格のみを比較し、A社に「700円は高い」と言います。A社は「C社と比較されても…」と思いつつ、自社の価格が「適正」と主張しません。
この100円高い理由は、品質管理や工程管理の体制、最新の設備の投資によるものです。それは安定した品質をもたらします。
そうであればA社はそれを取引先に説明しなければ取引先に伝わりません。
それでも取引先が600円で調達したければ、C社に発注すればよいのです。その結果、不良品が発生しても、それは取引先の選択した結果です。
買いたたきは下請法違反
問題は、取引先が600円で、A社に発注しようとする場合です。
600円ではA社は、利益がゼロ、販管費もカバーできない金額です。
これは仕入先に不当に低い価格を強要することになります。しかし取引先はC社の600円の見積を見ているので、600円は不当に低い価格とは思いません。
図 買いたたきに気づかない構造
適正価格をていねいに説明
A社は製造工程と各工程の費用を示し、700円が適正な価格であることを説明します。これは暗に無理に700円を要求すれば「買いたたき」になることを示唆します。
原価の根拠を丁寧に説明し、見積は適切で水増しはないことをわかってもらいます。
駆け引きしない方が建設的な話し合いができる
価格交渉では、値下げ要求分を見越して、見積を水増しするなど様々な駆け引きがあります。しかし駆け引きをすれば、交渉はお互いの腹の探り合いになってしまいます。
ものづくりは多数の部品が集まって製品になります。ひとつひとつの部品を製造する仕入先の工夫やアイデアも欠かせません。それにはお互いがアイデアを出し合い、協力しなければなりません。
図 建設的な話し合い
そのためには仕入先は原価の理由を説明して、見積金額は適正価格であり水増しはないことを理解してもらいます。その上でもっと安く調達したければ、図面や仕様の変更も含めて安くつくる方法を取引先と協議して、よりよいものづくりを目指すのが望ましい姿です。
経営コラム【製造業の値上げ交渉】【製造業の原価計算と見積】の記事は下記リンクを参照願います。
中小企業ができる簡単な原価計算手法
書籍
「中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!」
「原価計算」と「値上げ交渉」について具体的に解説した本です。
原価計算の基礎から、原材料、人件費の上昇など原価に与える影響がわかります。取引先との値上げ交渉のポイントも解説しています。実務担当者から管理者・経営者に役立つ内容です。
中小製造業の『原価計算と値上げ交渉への疑問』にすべて答えます!
日刊工業新聞社

「中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!」
「この見積価格は正しいのだろうか?」「ランニングコストはどうやって計算するのだろうか?」多くの製造業の経営者や管理者が感じている「現場のお金」の疑問についてわかりやすく書した本です。
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中小製造業の『製造原価と見積価格への疑問』にすべて答えます!
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【基礎編】は製造原価の構成から、人と設備のアワーレートの計算方法、間接製造費用、販管費の分配の仕方など、個別原価計算の基本的な計算について書きました。
【実践編】は基礎編で示した計算方法について、金属切削加工や樹脂成形加工のモデルでの具体的な数値で説明しました。ロットの大きさによる原価の違い、無人加工や多台持ちによるコストダウン効果、検査追加や不良の損失金額なども書きました。
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