【製造業の値上げ交渉】24. 発注先の選定 品質の重要さ
値上げ交渉は価格が争点です。値上げ金額が高いのかどうか、取引先と議論します。
しかし価格以外に、品質管理などの管理体制も仕入先によって違います。これについては製造業の値上げ交渉23 少し高くても受注3 高い価格を受け入れてもらうには?を参照願います。
ものづくりは価格だけではありません。QCDの3つが良くなければいいものはつくれません。
中でも重要なのは品質です。
理由は、一度不良が起きれば多額の損失が発生するからです。
リコールは多額の費用
2023年度の自動車のリコール件数は、国産車169件、輸入車180件、総対象台数は国産車、輸入車合わせて810万台でした。
食品は2021年度に1453件のリコール(自主回収)がありました。
リコールには多額の費用がかかります。1回で数億円もかかることも珍しくありません。
価格が低くても品質管理の不十分な仕入先に発注すれば、不良品が市場に流出する可能性があります。リコールになれば部品価格の少々の違いは吹き飛んでしまう損失が発生します。
他にも発生する費用
リコール費用は、不良品を回収して良品を提供するための費用です。
他にもリコールは、原因調査、対策のための費用(主に人件費)がかかります。対策会議を開けば、それも新たなコストです。実際はこれらの費用は集計していないメーカーもあります。その場合はこれらは見えないコストです。
さらに仕入先自身でも費用が発生します。これは
- 不良品を廃棄・修正する費用
- 取引先に行って、回収、選別する費用
- 代品を作成する費用
- 不良の原因分析、対策のためのテストや会議の費用
- 再発防止にかかる費用
このような費用が発生します。
不良品の損失金額は
- 不良品を廃棄する場合、廃棄した部品の原価
- 不良品を修正する場合、修正費用
実際は修正費用を集計しないため、修正費用は損失と思っていない工場もあります。
他にも流出防止・再発防止のために、担当者が活動している時間も損失です。
仕入先が中小企業の場合、多くはありませんが、大きな不良ではメーカーから損害賠償を請求されることもあります。
自動車メーカーは、部品メーカーが原因でリコールが生じた場合、リコール費用の一部、又は全額を部品メーカーが負担します。
不良が原因で経営破綻
あるいは不良品が原因で事故が起きれば、メーカーの存続にかかわります。
13,420人が食中毒を起こした旧雪印乳業、異常破裂が原因で死亡事故を起こしたエアバッグのタカタ、いずれも品質問題が原因で会社分割や経営破綻に至りました。
では品質が悪い仕入先とは取引しないで、品質が良い仕入先とだけ取引すればよいのでしょうか。
それが、そう簡単ではないのです。
なぜなら、品質はコストのように定量化できないからです。
不良率を使えば品質は数値化できます。
では不良率が低ければよいかというと、そう簡単ではないのです。それはヒューマンエラーによる突発的な不良もあるからです。
そして不良が発生した後の再発防止も重要です。
不良品が市場で発生した場合
不良品が取引先に流出すれば、再発防止と流出防止が必要です。
例えば、寸法、形状などの品質は、10±0.01ミリのように公差で規定されます。製品を測定し、この範囲にあれば合格、外れれば不良です。
検査員のミスで不良品を取引先に納入すれば、その部品を組み込んだ製品は不良品です。
もし取引先が完成品を出荷検査して不良に気づけば出荷されません。
しかし気づかなければ不良品が出荷されてしまいます。しかし誰もそれが不良品であることに気づきません。
メーカーの動き
顧客がこの製品を買って、動作不良などが起きれば、販売店に修理(保証期間内なら無償修理)を依頼します。そして製品がメーカーに送られます。そこで部品が不良品であることが分かります。
ここからが大変です。
メーカーは、この部品(不良品)が他の製品にも組み込まれていないか調査します。
そのためには、
- なぜ仕入先が不良品を製造したのか
- なぜ仕入先は不良品を出荷したのか
原因を調査します。仕入先と協議して、不良品を製造した原因、検査が見逃した原因を調べます。
そして不良品を組み込んだ製品が、問題を起こした製品のみという確信が持てれば、その製品のみの問題とし、その製品を修理、又は新品と交換します。
リコール可否の判断
不良品を組み込んだ製品が他にもある場合は大変です。
使用者がけがをしたり、発火したりするなど問題が深刻であればリコール(自主回収)をします。販売店などを通じて、購入した顧客に連絡して、回収・修理をします。
自動車の場合、リコールは保安基準に適合しなくなるおそれがある問題が対象です。
ということは保安基準に適合すれば、不良品でもリコールにはなりません。
車が調子が悪くなってディーラーに持っていくと、無料で部品を交換してくれることがあります。
これは原因がメーカーでもわかっていて、対策品も用意してあるためです。それでも保安基準に適合しているのでリコールにはならないのです。
対象範囲の特定
リコールになった場合、メーカーはリコールの台数をできる限り少なくするため、対象台数を絞り込みます。
仕入先が不良品を製造した原因、あるいは仕入先の検査が不良品を見逃した原因を調査し、それが一定の期間に製造した部品であることを特定します。
ところが原因が特定の設備や作業者と分かっても、
- いつ、
- どの設備で、
- 誰が製造したのか、
記録がなければ、問題の部品の範囲を限定できません。その結果、対象台数は増えてリコール費用は増加します。
トレーサビリティ管理の必要性
そのため、最近では仕入先に、いつ、どの設備を、誰が製造したのか、記録する製造履歴管理(トレーサビリティ管理)を取引先から要求されます。
図では
設備1はAさん、設備2はBさんが担当しました。
A2製品の不良の原因はBさんの設定ミスでした。
○月1日から3日 Bさんが作業した設備2の設定ミスが分かりました。その結果、○月1日から3日にかけて設備2が製造した部品が対象になります。
しかしこうした記録がなければ、設備1で製造した部品も対象になってしまいます。
不良は数値化できるのか
こうした不良品発生の過程では
仕入先の現場 : 工程内検査 工程内不良率
出荷検査 : 不良率
メーカー : 製品の不良率
こういったデータがあります。
最近は品質に対する要求が厳しく、メーカーの検査で不良が見つかり、原因が仕入先の部品の場合、大問題になります。
メーカーから仕入先に、不良品を納入した原因の調査と再発防止が求められます。
その際、まずは、なぜ出荷検査が見逃したのかを調査します。
それだけでなく、不良が多ければ見逃しする確率が高くなるため、不良自体を減らすことが求められます。具体的には工程内不良率を調べ、製造工程を改善して工程内不良を減らすように求められます。
大量生産での数値化
この時、大量生産では工程能力指数というものが用いられます。
これは製品の特性値が目標値に対してどれだけばらついているかを示す指標で、Cp, Cpkで表します。
Cp, Cpkは測定結果の平均値と標準偏差から以下の式で計算します。
これは測定結果から統計を用いて不良品の発生確率を推測する方法です。
Cpは平均値のずれを無視して、公差範囲に対するデータのばらつきのみを表します。
Cpkは公差の中心に対するデータの平均値の偏りと、公差範囲に対するデータのばらつきを表します。
一般的には平均値の偏りも考慮してCpkで説明します。Cpkの値と発生する不良率を上図に示します。またCpkと工程能力を下表に示します。
Cpkの値 | ばらつきの幅 | 工程能力 | 検査 |
1.00 | ±3σ | 不安定 | 全数検査 |
1.00~1.33 | ~±4σ | まあ安定している | 抜取検査 |
1.33~1.67 | ~±5σ | 安定している | 緩い抜取検査 |
1.67以上 | ±5σ以上 | 十分安定している | 無検査 |
この表よりCpkが1.33以上であれば工程能力は十分なため、抜取検査に移行できることがわかります。
実際にはCpk1.33は公差範囲に対してばらつきは非常に少なく、Cpk1.33を達成するには工程を安定させてばらつきをかなり抑えなければなりません。
仕入先の品質が工程能力のみで評価できれば、Cp, Cpkを比較すれば、仕入先の品質を比較できます。
実際は、そう簡単ではありません。
それは突発的に発生する不良があるからです。その原因は人のミス、ヒューマンエラーです。
人のミス、ヒューマンエラーによる不良
現場における人の要素は今でも大きく、例え自動化された設備でも、その設備を設定するのは人です。設備は問題なくても設定をミスすれば、不良品を製造します。
しかも今日の現場は、熟練の正社員以外に、派遣社員、外国人研修生、パート社員などさまざまな人がいます。精密な切削加工品を、日本語で書かれた図面を元に、図面の読み方がわからない外国人が検品していることは珍しくありません。
つまりヒューマンエラーが起きる要素はあちこちにあるのです。
とてもきれいな工場で、手順書やマニュアルも整備され、工程内不良や出荷検査の不良も少なく、品質に問題ないと思えるような工場から、
ある日突然、不良品が入ってきて現場は気づかずに出荷してしまった。
その結果、市場で大きな問題になった、
このようなことを私は品質保証部門にいた時に何度も経験しました。
こういったヒューマンエラーによる不良は、原因は以下の4つです。
- 正しい作業が決まっていない、ルールがない
- ルールを守らない
- ヒューマンエラー
- 人には向いていない
従って
- 正しい作業が決めて、ルール化(標準化)する
- ルールを守る組織にする
- ヒューマンエラー対策を行い、発生したヒューマンエラーに対し再発防止を徹底する
- 人には向いていない作業は極力自動化、システム化する
こういったことに地道に取り組まなければなりません。
つまりばらつきを抑えることとヒューマンエラー対策は品質という車の両輪なのです。
精度が高いものは、加工だけでなく、測定の管理も重要
要求精度が高くなれば、高い管理能力も必要です。例えば寸法精度の場合、精度が厳しくなると、温度管理も必要です。なぜなら金属は温度によって伸び縮みするからです。
1ミクロンを保証する大変さ
100ミリの鉄は、1℃変わると1ミクロン寸法が変化します。室温が10℃変われば10ミクロン、0.01ミリも変わってしまいます。しかも加工直後の部品は温度が50℃以上になることもあります。こういった温度による寸法の変化も考慮して測定しなければ、1ミクロンの精度の部品はできません。
他にも1ミクロンの寸法精度を保証するには、測定機の誤差も管理しなければなりません。
自社の測定機と取引先の測定機に1ミクロンの誤差があれば、自社では公差ギリギリで良品だったものが、取引先では不良品になることがあります。この1ミクロンは、測定機や測定の仕方によって簡単に変わってしまいます。
つまり1ミクロンを保証するためには
- 温度管理
- 高い測定技術(設備、人)
- 測定のバラツキの管理(機器の校正)
これらが必要です。
今の工作機械は優秀なので、プログラムを入れればどの会社でも加工できます。しかし、それを測定し、精度を保証するには測定方法や測定機の管理などにレベルの高い管理が必要です。
他にも不良を防ぎ、品質を管理するために重要なのは、変化点を管理することです。
不良を防ぐための変化点管理
今の生産設備は自動化が進み、スタートボタンを押せばどんどん生産します。
最初に設定をミスすれば不良品を大量に生産してしまいます。
そこで重要なのが、最初の設定時の確認です。こういった変化点を確認する手法には、4M変更管理と3H管理があります。
4Mとは以下の4つのことです。
- Man (作業者)
- Machine (設備)
- Material (材料)
- Method (製造方法)
頭文字の4つのMから「4M変更管理」と呼ばれます。他にも4Mに製品(Product)を加えて、4M+Pを管理することもあります。
4Mは品質が変化する要素ですが、品質が変化するタイミングは初めて(Hajimete)、変更(Henkou)、久しぶり(Hisashiburi)の3つがあります。3H管理とは、この3つの頭文字をとったものです。
4m変更管理(4M+P)と3H管理を組み合わせれば下表のようなマトリックスができます。
表 変化点管理の例
変化 | 変化のタイミング | ||
項目 | 初めて | 変更 | 久しぶり |
Man (人) |
新人 | 配置転換 | 職場復帰 |
Machine (設備) |
新規の設備・金型・治具 | 修理・仕様変更 | 長期間使用していない設備 |
Material (材料) |
新規の材料 | 材料・メーカー変更 | 長期間発注がない材料、長期保管した材料 |
Method (方法) |
初めての製造・検査・管理の方法 | 製造・検査・管理の方法の変更 | 長期間実施していない方法 |
Product (製品) |
新製品 | 設計変更 | 長期間製造していない製品 |
このような変化点では、問題を未然に防ぐために以下の取組を行います。
- いつもより入念な検査
- 一時的に抜取から全数検査へ切替
- 製造工程の入念な確認
品質の高いものづくりは、工場の総合力
このように不良が出ない、品質の高いものづくりを実現するには、不良率や工程能力指数といった指標だけでなく、
- 正しいやり方を決め、ルール化してルールを守らせる
- ヒューマンエラー対策を行う
- 変化点管理など
様々な取組が必要です。
それは一朝一夕ではできません。時間をかけて工場の総合力を高める必要があります。
しかもこの総合力は、大量生産と多品種少量生産で、重視されるものが違います。
品質管理は、品質に関するこのような総合的な能力です。
定期的にPR
この工場の総合的な能力は、不良率のような指標では表しきれません。そのため自社の取組を取引先に分かってもらうには、自らPRする必要があります。自社のこういった取組をまとめた資料をつくり取引先に渡してPRします。
自らPRしないと、品質について総合力の高い工場と、そうでない工場は、取引先から見れば同じです。そして価格だけで総合力の低い取引先に発注されてしまいます。
設備保全、人材教育、工程の管理に力を入れて、日々細心の注意を払っても不良は起きます。
価格だけで総合力の低い仕入先に発注すれば、取引先は将来重大な品質不良のリスクを抱えているのです。
その結果、どうなるか、過去の破綻の例が示しています。
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