軍事戦略から日本独自の経営戦略へ、ランチェスター戦略
ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、経営コンサルタントの田岡信夫氏が、イギリスの航空技術者フレデリック・ウィリアム・ランチェスターが確立した軍事戦略「ランチェスターの法則」を企業経営に応用し、経営戦略として体系化したものです。
ランチェスター戦略は、市場シェアを優先し、市場シェアにより弱者と強者に分け、それぞれが取りうる具体的な戦略を示しました。
ランチェスター戦略は、松下幸之助氏をはじめとして多くの企業経営者に採用され、業績の向上に活用されました。
特に弱者の戦略は、多くの中小企業の経営者が、自社の業績回復に活用しています。
反面、田岡信夫氏は、学問としての経営戦略に関心がなく、企業経営の学術分野からは注目されませんでした。
その結果、MBAなどの海外の経営理論や大学で企業経営理論を学んだ方の中には、全く知らない方もいます。
一方、多くの実績から熱心に学ぶ経営者も大変多く、コンサルタントや士業など経営にかかわる方には、必須の知識と言えます。
ランチェスターとランチェスターの法則
(1) ランチェスターについて
フレデリック・ウィリアム・ランチェスター(1868年~1946年)
イギリスの航空技術者、企業家
31歳で「ランチェスター・エンジン会社」を創業し、自動車を製造します。
しかし独創的すぎる設計のためか、経営的には成功しませんでした。
40歳で会社をイギリスの大手自動車メーカーのデイムラーに売却しました。
「ランチェスター」の名はデイムラーの1ブランドとして1950年代まで存続しました。
(このデイムラーは、イギリスの自動車メーカーで1960年にジャガーに吸収されました。ドイツのダイムラーとは全く別の会社です。)
売却後はデイムラーの技術コンサルタントとして飛行理論を研究し、1914年 45歳で「ランチェスター技術研究所」を設立しました。
そこで 「集中の法則」を執筆し、これがランチェスターの法則として知られるようになりました。
(2) ランチェスターの法則「集中の法則」
ランチェスターの法則は、ランチェスターが考案した第一法則と第二法則があります。
さらに1942年にアメリカ海軍省はクーブマンをはじめとするオペレーション・リサーチ・チームを結成し、ランチェスターの法則を発展させた戦略数理モデルを完成させました。
【ランチェスター第一法則(一騎打ちの法則)】
ランチェスターの第1法則で支配される戦い
- 敵の兵力を目視できる狭い 地域での「局地戦」
- 「接近戦」
- 1人が1人しか狙い撃ちできない「一騎打ち戦」
このような戦闘で有利になるためには
1) 兵力数を多くする
2) 武器効率を高める
【ランチェスター第二法則 (確率戦の法則)】
ランチェスターの第2法則は、敵が視野に入らない広大な地域での「広域戦」や近代兵器を使用する「確率戦」に適用
この第2法則に支配される戦い
- 敵が視野に入らない「広域戦」
- 1人が複数の敵を倒せる近代兵器での「確率戦」
- 「遠隔戦」
兵力が少ない弱者は第一法則、兵力が多い強者は第2法則で戦う
(3) ランチェスター戦略モデル式
ランチェスター法則は、「戦闘形態」、「初期兵力の優劣」、「武器の性能の優劣」が、戦闘の結果にどのような影響をもたらすか算出するものです。
しかし実際の戦闘は、武器弾薬の補給などにも影響されます。
それら兵站は、国力にも反映され、「戦略力」でもあります。
そこで、戦術力と戦略力の増減を微分方程式化し、損害の均衡を数式化したのが
「ランチェスター戦略モデル式(ランチェスターズ・ストラテジック・エキュエーションズ)」です。
1942年にアメリカ海軍省は、コロンビア大学のクープマンなどをメンバーにオペレーション・リサーチ・チームを結成し、「ランチェスター戦略モデル式」を開発しました。
そして1943年『戦闘の数理的側面』として発表しました。
- 最小の損害で最大の戦果をあげるには、全戦闘力の1/3を戦術力に、2/3を戦略力に配分する。
- 戦術力が3対1以上(正確には73.88対26.12以上)開けば、少数側に勝ち目はない。
- 戦闘領域を100%制圧しなくても、占有率が73.88%以上あれば、敵は「対抗活力」を失い、勝利と同等の効果がある。
- 占有率が41.70%以上であれば、敵と互角の状態になる。
- 26.12%を切れば、「対抗活力」を失い、敗北同然になる。
(4) ランチェスター戦略
ランチェスター戦略の創設者 田岡信夫氏(故人)
1927年東京生れ。1955年東京都立大学大学院修了。
社会心理研究所主任研究員、日本広告主協会調査室長、社団法人セールスプロモーションビューロー調査部長を経て、1964年経営統計研究会を設立。
軍事戦略であるランチェスターの法則を研究し、販売競争に勝つための理論と実務に応用し、経営戦略として体系化しました。
1970年代以降、多くの企業がこれを学び、自社流に応用して取り入れ実戦しました。
また多数の経営者が、田岡氏の指導を受けました。
例えば松下幸之助氏は、田岡氏の提案により、松下電器産業(現パナソニック)の販売店がランチェスター戦略を実践するための「泉会」を創設しました。
多くの経営者が学ぶランチェスター戦略ですが、経営学など学術部門での評価は低く、ランチェスター経営を知らない方も少なくありません。
これは田岡氏が経営コンサルタントとして実際の企業の指導に注力し、学術的な活動にあまり関心がなかったためでもありました。
田岡氏のランチェスター戦略の大きな特徴は、次のとおりです。
- 利益ではなく、マーケットシェアを追求
- マーケットで1位の企業と2位以下の企業に異なる戦い方を示唆する力の強さに応じた競争戦略論。
- マーケットをセグメントし、限られたエリアや分野から、順次目標を引き上げ、トップを目指す中長期的な戦略論。
- 精神力に頼らない数値や理論に基づく適切な戦略
- 力に応じた数値目標の設定
ランチェスター戦略のポイント
(1) 弱者と強者
ランチェスター第一法則から弱者の戦略、
第二法則から強者の戦略が導きだされました。
強者とは市場地位が1位に限り、それ以外は2位であっても弱者と定義します。
市場地位は、地域・商品・流通(販路)・顧客の市場単位でとらえるため、企業規模が大きいものが強者とは限りません。
企業によっては市場ごとに弱者と強者の立場は入れ替わることもあります。
弱者の基本戦略は差別化戦略、
強者の戦略は同質化です。
(ランチェスター戦略ではこれをミート戦略といいます)
そして弱者・強者にはそれぞれ5つの代表的な戦い方5大戦法があります。
(2) 弱者の戦略
【基本戦略】 差別化
差別化は、ランチェスターの法則において、武器効率を高めることです。
戦力が劣る弱者は正面から強者と戦ったら、勝ち目はありません。
そこで少しでも有利になるために、同じ戦力なら勝てるように、個々の商品やサービスの性能を上げて差別化します。
それだけでなく、地域や分野を限定して、限られた範囲で商品やサービスが最大限の力を発揮するようにします。
【弱者の五大戦略】
① 局地戦
エリアが広いと少ない戦力がさらに分散し、強者との戦力の差が大きくなります。
狭い地域で戦えば、強者の十分な戦力は効果を発揮できないため、弱者が勝つ確率が高くなります。
例えば、営業範囲を狭い範囲に絞り、そこに集中します。
② 一騎打ち
十分な戦力の強者であっても、1人1人の力の差は弱者とそれほどあるわけではありません。
従って一人一人の力の勝負になるような一騎打ちの状況で戦うようにします。
多くの競合が入り乱れて戦っている地域や製品分野では、弱者が勝利するのは困難です。
そこで他社と自社が一騎打ちになっている市場や地域に集中して戦力を投入します。
③ 接近戦
広い地域、広い事業分野では、強者は圧倒的なブランド力があるため、知名度の点で弱者は不利になります。
しかし人対人が直に接する接近戦では、ブランドや会社の看板だけでなく、個人の人格が重要になります。
そこで弱者は個々の顧客に焦点を当て、近しい関係を構築する接近戦を展開します。
具体的には、地域を絞って頻繁に訪問したり、はがき、電話、手紙などのツールを使い、個々の顧客との濃い関係を構築します。
④ 一点集中
戦力の合計では劣る弱者も、全戦力を1点に集中すれば、その1点に限れば、戦力が強者を上回る状態をつくりだすことができます。
そこで地域や市場を細分化し、重点的に攻略するものを1点に決め、そこに経営資源を集中します。
⑤ 隠密行動
市場1位の強者は、2位以下を常に監視し、自社を上回る製品やサービスが出現すると直ちに追従するミート戦術をとります。
逆に弱者は、強者に発見されないように隠密行動を取り、秘かに優れた製品やサービスを局地戦で展開し、勝利を目指します。
場合によっては、強者の目をそらすために、わざと目的と異なる行動を取り、相手の注意とそちらに向けさせる陽動作戦を取り、心理的な動揺や相手の戦力を分散させる「かくらん行動」をとることもあります。
強者の戦略
【基本戦略】 ミート戦略
弱者の基本戦略である差別化は、ランチェスターの法則でいえば、武器の性能を上げ、武器効率を高めることです。
そこで強者は弱者を監視し、弱者が差別化をしてきたら、すかさず同様の製品やサービスを提供し、同様の武器を持ちます。
これがミート戦略です。
【強者の五大戦略】
① 広域戦
弱者は、大きな戦力の投入しにくい狭い地域での局地戦で攻めてきます。そこで強者は、局地戦に陥らないように、広い地域での広域戦に持ち込むようにします。
局地戦を仕掛ける弱者に対して、戦場を各地に拡大して広域戦に持ち込んだり、最初から局地戦に持ち込まれないように商品やサービスを広域化しておきます。
② 確率戦
刀や槍の様な武器に対して、機関銃は一機で多数の敵を攻撃できるため、数が多ければ多いほど有利になります。
同様に販売で全国展開の小売りチェーン店と提携したり、テレビや新聞などのマスメディア広告は、数が多ければ多いほど相乗効果を発揮する確率戦であり、資金の豊富な企業にとって圧倒的に有利です。
製品開発でも商品の品ぞろえを広げたり、様々なジャンルに展開することで、それぞれが相乗効果を発揮して知名度を広げ売上を増やすことができれば、確率戦に持ち込むことができます。
③ 遠隔戦
1人1人が顧客と接する接近戦では、弱者との差がつきにくいため、強者は接近せず、離れて戦う遠隔戦に持ち込むことで、資金や戦力の大きさを有効に活用できます。
具体的には、卸や代理店を活用して、幅広い販売網を構築したり、広告宣伝を強化したりします。
④ 総合戦
戦争では、陸・海・空の3軍をすべて投入して、あらゆる面から敵を攻撃すればこちらのダメージを最小にして勝利することができます。
強者は、製品やサービスの量、品ぞろえ、販売力、広告宣伝などの総合力で、広域的に戦いを行うことで、強者の強みを発揮することができます。
⑤ 誘導作戦
弱者は、広域戦に陥らないように限られた狭い範囲で局地戦に持ち込もうとします。
それが強者に読まれないように隠密行動を取り、時には陽動作戦まで展開します。
逆に強者は弱者の動きを冷静に観察し、弱者を強者の得意な広域戦に誘導し、戦力を浪費する消耗戦に持ち込む戦略を取ります。
例えば、1点の製品で勝負する弱者に、派生製品を展開して弱者にも派生製品を開発させて開発力を分散させたり、弱者に得意な製品ラインと別分野に新たに製品ラインを展開させ、販売力を弱めたりします。
マーケットシェア理論
市場地位はマーケットシェア(市場占有率、占拠率)で判断し、マーケットシェアを何%とれば安全なのか、目標値があります。
それぞれ7つのシェアと目標値があります。
射程理論
シェアの差は下位に対してどこまでつけると安全圏なのか、上位との差をどこまでつめれば逆転可能になるのかを射程距離理論といいます。
単品でのシェア争い、地域内での戦い、二社での競合などは一騎討ち型となり、3倍差があれば必ず勝てます。
それ以外の場合は確率戦型になるので√3倍差(約1.7倍差)が射程距離です。
「足下の敵(そっかのてき)」攻撃の原則
成熟市場においては、売上を伸ばすことは競合他社から売上を奪うことです。
売上を奪う相手は、1ランク下のライバル(=足下の敵)です。
自社より強い敵との全面対決は体力に自社が不利となるからです。
1ランク下からシェアを奪えば、自社と敵との差が倍つき、足下の敵を射程距離圏外に出来ます。
ランチェスター戦略の限界
強者の戦略としてのランチェスター戦略の限界は、市場の急激な変化に対応しにくい点です。
製品やサービスの変化が穏やかで監視が可能であれば、ライバルの新製品にすぐに対抗製品を出し、強力な販売力でシェアを守ることができます。
ところが今日では、全く想定外の異分野から突然新たな脅威が出現します。
例えば、デジタルカメラの市場は、スマートフォンのカメラの進歩により、急速に縮小しました。
自社の事業以外の分野も広く監視し、時には自社の事業を全く別の事業に転換しなければならない状況が生じます。
戦略は、その時代背景に合った必然から生まれます。
ランチェスター戦略も、騎馬戦の時代から、機関銃や航空機の近代戦に移行する過程で生れました。
今後、時代が変われば新たな戦略が必要かもしれません。
戦略は重要ですが、想定したように進むとは限らず、ひとつの戦略に固執するのは極めて危険です。
クラウゼヴィッツは「戦争論」で以下のように述べています。
「戦いは錯誤の連続であり、勝利は錯誤の少ない方に微笑む」
「戦略は大事だが、『必勝の戦略』はない」
本コラムは2015年8月23日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
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