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「若者の価値観とやる気を引き出すには?」 ~適応できないのは若者なのか、シニア世代なのか?~

若手社員がこれまでのやり方では育成が進まないという課題に対して、これまで、

第17回「ゆとり世代の特徴と若者のモチベーションを上げる方法」
第30回「ゆとり世代の特徴と誤解」
第31回「ゆとり教育社員への処方箋」
第41回「今までのやり方が通じない!現代若者考」
第53回「モチベーションとやり抜く力『GRIT』」
第75回「『生まれ』か『育ち』か、若者育成の課題」

等で取り上げました。
今回はニートや不登校の特徴から、社会の変化と若者の価値観の変化を取り上げました。
 

これまで取り上げた若手社員の課題と解決方法

これまでベテラン社員と若手社員の違いを取り上げ、経営者、管理者の視点から若手社員の課題と解決方法取り上げた書籍を参考に、彼らを育成する方法を考えてきました。
 

若手社員の課題

「これまでの常識が通じない」と言われる若手社員の特徴として、以下のようなものが挙げられます。

  1. 指示待ち
    •  言われたことしかやらない
    •  自分の席でなければ電話が鳴っても取らない
    •  自分の担当でなければ気を効かせて動こうとしない
  2. 低いコミュニケーション能力
    •  メール1つで急に休む
    •  友達にLINEで送るようなメールを顧客に送る
    •  電話が怖い、取ろうとしない
    •  社内の行事に参加しない、上司の飲み会の誘いを断るなど社外での交流をしない
  3. 管理職・リーダーになることを避ける
    •  自ら管理職・リーダーになろうとしない
    •  リーダーになることのメリットとデメリットを比較し、デメリットが多ければ断る
  4. リスクを取らず積極性がない
    •  目立つことを避ける
    •  失敗した場合のリスクを考えて自分から積極的に手を上げない
  5. 成長志向と根拠のない自信
    •  仕事を指示しても、それがどんなスキルになるのか聞くなどスキルにこだわる
    •  本人ができると言うからやらせてみたら、期日になってもできていない
    •  遅れるという報告もない
  6. メンタルが弱くパニックになる
    •  仕事の優先順付けができず複数の仕事を与えるとパニックになる
    •  叱られたり、仕事で失敗すると心が折れて休職してしまう

図1 パニックになってしまう

図1 パニックになってしまう


 

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。その背景には、彼らが受けてきた学校教育や、それまでの社会経験が関係しています。

【学校教育】
多くの子供たちは、結果重視、効率重視の学校生活が求められます。子供たちはいかに少ない労力でよい成績を取るかを常に考えて、コストパフォーマンスを重視する学校生活を送っています。失敗は極力避けるため、失敗経験がなく失敗に対する耐性がありません。

【社会集団での経験】
学校のクラスの人間関係、また友人との関係は極めて同質性が高い集団です。少しでも他人と違ったり、目立ってしまうと思わぬ攻撃を仲間から受けます。そうならないためには、目立てないことが一番です。

また親も子供が失敗しないように先回りして手を回します。そのため学校以外の家庭でも失敗体験がなく、チャレンジもしません。(親がさせない) そのため自信の元となる成功体験がありません。
 

これまで取り上げた解決方法

こういった若者たちの特徴を認めた上で、彼らを組織内で短期間に戦力化する方法は以下のような解決策があります。

  1. 社会人としての基礎教育
    •  電話の応答はできないことを前提に社内で訓練する、そこで電話応答の台本を使って練習する
    •  言葉遣いや敬語の練習
    •  メールの書き方も一から指導
  2. スキルの明文化とキャリアパス
    •  年数に応じて身に着けるべきスキルや資格を紙に書いて渡す
    •  将来のキャリアパスを示し、経験を積むことでどのように成長するのかイメージさせる
    •  スキルや資格を評価や目標管理制度とリンクさせ、努力した結果が反映されるようにする
  3. 自主性を高める
    •  取得する資格やスキルは、ある程度までは本人に選択させる、これらより責任と自覚を促す
  4. 公正な評価
    •  従来の上司の評価だけでなく、同僚や部下からの評価など360度評価を取り入れる
    •  本人が納得できる評価制度にする

図2 若者を戦力化する

図2 若者を戦力化する


 

これはあくまで企業や組織は今までと同じで、問題を解決するには「若者たちを組織に合わせて戦力化しよう」という考えです。
しかし、これは正しいのでしょうか。
社会そのものが変化しつつある昨今、今の若者の特徴は社会の変化の結果なのかもしれません。

社会が変化しつつあるのに、組織や仕事のやり方を変えずに、若者をそれに合わせようとするのは、川の流れに逆らって泳いでいるようなことになっていないでしょうか。
 

ニート・不登校に見る社会の変化と価値観の転換

今起きている価値観の変化が、今の若者達の特徴の原因かもしれません。それならば彼らの価値観や考え方を理解することで、価値観の変化をつかむことができるかもしれません。

その極端な例として、ニートや不登校の若者について考えます。
 

20世紀型上昇志向

高度成長期に子供時代を過ごし、バブル崩壊以前1992年までの価値観を持った人たちの特徴を「20世紀型上昇志向」と呼びます。
すべては仕事優先で、仕事の質も重要ですが、それよりも量が重視され、たくさん働くことが求められた時代では、会社と個人は一体化していました。

これは子供には
「会社優先であくせく働く父親は幸せそうに見えない」
と映りました。

一方、消費文化は1970年代以降、比較的新たに出てきた考えです。作れば売れる時代は、古いものは捨てて新しいものを買うことが良いこととされました。これは消費を活性化し経済を成長させました。
1980年代は人と違うもの、人より高いものを持つことが満足感を高めました。消費社会から降りることは負け組を意味しました。
 

21世紀型の価値観

今の若者たちの価値観、特にニートの人たちの価値観を「21世紀型進化系人間」と呼びます。

これからは
「子供が親よりも貧しくなる世代」
と言われています。

そんな世代の子供たちから見て、親たちの世代や会社人間は幸せそうに見えません。もちろん彼らは、自分の親が1980年代の消費社会に生きた時代も知りません。
今、大企業ですら定年までの雇用を保証していません。若者たちは「会社は人生を保証してくれない」と考えています。
 

21世紀型進化系人間の彼らにとっては「仲間・働き・役立ち」を三本柱の人生として捉え、仕事は人生の1/3でいいと思っています。彼らは「自分の好きなことを仕事にしている人はほんの一握りだ」ということが分かっています。そのため、仕事は「一番嫌でない仕事でなければいい」と考えています。

高度成長期は、インフレによりお金の価値を下がり、一方賃金が年々上がっていきました。そのため貯蓄よりも消費の方が理にかなっていました。
しかしデフレの今、逆にお金の価値が上がっていきます。消費はマイナスであり、節約・貯蓄の方がメリットは大きくなります。そのため若者たちは節約をゲーム感覚で楽しみます。節約をして貧乏を乗り切るには知恵も必要です。節約には知的な楽しみもあります。

その結果、お金がないことに対し切実感や後ろめたさがありません。お金に対する価値観が違ってきています。
同様に働かないことにも後ろめたさがありません。20世紀型のがつがつとしたパッションは皆無で「競争から降りたあくせくしない生き方」がニートの特徴なのです。
 

この勝ち負けから降りる生き方が21世紀型の価値観の特徴です。

逆に今日の女性から見ると、
彼らは

  • 一緒にいると背伸びせずありのままでいられる
  • 細やかな気配りをしてくれてとてもやさしい

と評価されます。

高度成長期に求められた男性像とは全く違うタイプが好まれる時代です。
今や、フルタイムで働き、それでも仕事も結婚も子育てもしたい女性は、男性に経済力よりも人間性や癒しを求めます。こういった女性とニートのカップルは相性が良く、男性を養うことに抵抗感がない女性も現れています。
 

例1 癒しを必要とする職場とニートの相性1 リハビリ現場の管理者

高齢者のリハビリはすぐに成果が出るとは限らず、先が見えない中で地道に取り組まなければなりません。そこに従来の価値観の管理者が成果を出そうと頑張るとスタッフや患者は疲れてしまいます。ある施設ではそのために組織がぎくしゃくしていました。そこで、その管理者の代わりに元ニートが管理者として入りました。やる気のないおっとりとした雰囲気がリハビリ現場には合っていて、スタッフや患者も馴染んでいました。

例2 震災ボランティア

復興で被災した人たちにとって復興は長期戦です。しかも被災のショックも大きく気持ちも沈みがちになります。そこにやる気満々の団塊世代ボランティアが入ったところ、被災者のリズム感が合わず被災者が疲れていました。「手伝ってくれるのはありがたいのですが…」
むしろニートの「頑張らない、おっとりとした態度」の方が被災者にはありがたく感じられました。
 

何事も的確に判断し仕事をバリバリこなす、いわゆる「仕事のできる人」は、同じように仕事ができるタイプの女性にとっては「一緒にいると疲れる存在」です。ニートは仕事の結果は人より劣り、社会的にも成功していません。しかし彼らの持っている、今まではかっこ悪いとされていた「癒し」という特徴は、時代が変わったため、求められるようになりました。
 

コミュニケーションの断絶

20世紀型価値観と21世紀型価値観の2つは、価値観が全く違います。そのため、分かり合うのは困難です。特に家族、中でも親子で20世紀型価値観と21世紀型価値観がぶつかると解決は難しくなります。これが親子の問題の本質かもしれません。

親のコミュニケーション能力に問題があり、自分の価値観にこだわるあまり、子供の価値観を理解しようとしません。子供は親が楽しそうじゃないのを見て育っています。「親はエライと思う。だけど自分はあんなふうになりたくない」と思っています。

図3 親子問題の本質は?

図3 親子問題の本質は?


 

ただし若者自身も20世紀型価値観と21世紀型価値観の間で心は揺れ動いています。一部のニートのように達観できません。
格差問題の本質は、経済問題でなく価値観の違いの問題でもあります。その点を踏まえて社会が対策する必要があります。問題はお金だけではないのです。

実は社会は

物質的な豊かさから、心の豊かさのステージへと

大きく流れを変えています。
 

見えない管理と息苦しさ、閉ざされた世界

会社

学校で息がつまるような人間関係を過ごしてきた若者にとって、価値観の違う様々な人と付き合わなければならない会社は、それだけでひどく疲れる場所です。そこに1日8時間いること自体が大きな苦痛です。

一方、20世紀型価値観の人にとって、会社は自己のアイデンティティの一部であり、自尊心を満足させる場所です。特に家庭での存在感が希薄な人には唯一の居場所です。
 

一方、職場は表立っては厳格に管理されているわけではありませんが、成果主義の浸透や日常業務までITで管理されるなど、暗黙裡の管理が進んでいます。閉ざされた世界であり、いろいろな面で「理由なき服従」を強いています。
この理由なき服従とは、「従わなければ罰せられる可能性がほとんどなくても従順に従っている」という状態のことです。そうなってしまう理由は、

  • 罰せられるとダメージが極めて大きく(新卒一括採用と転職市場が弱い)
  • 罰する者の内面には不透明性がある(人事の不透明性)

からです。
 

若者たちは息を殺して組織で日々を過ごしていることを経営者や管理者は気づいていません。弾が入っていないかもしれないが、それでもこめかみに銃口を突き付けられて、自ら進んで十分な能力を発揮できるのでしょうか。

図4 組織の中で常に突き付けられている拳銃

図4 組織の中で常に突き付けられている拳銃


 

ここから外れることはできないという恐怖、窒息寸前の職場で、彼らは「会社なんていつでもやめてやると思わなければ頭がおかしくなる」と感じてしまいます。しかも監視は日々強くなり、どんどん不自由になって、正しいことしか許されない職場になっています。
 

学校

学校は閉ざされた世界です。その中で毎年教師の心無い言葉のために不登校になる子供たちが絶えません。あるいは目立つとクラスメートから執拗な攻撃を受けてしまいます。子供たちにとって教室は地雷原なのです。

調査によれば、学校は気おくれがして居心地が悪いと答えた子供は17.8%(5人に1人)にも上りました。神経をすり減らす友人関係、友達同士の仲良しごっこは、自分を縛り付ける牢獄だと子供たちは感じています。5人に1人は、見えない銃を突きつけられて学校生活を送っているのです。
大人から見ても、子供たちの世界は実に奇妙でわかりにくく複雑な世界なのです。
 

家庭

子供のことを心配するあまり、些細なことにも口を出すなど、親の呪縛が蔓延しています。子供の就職先も親が決める時代です。
イタリア人心理学者は日本人の親は子供に飛び立て、飛び立てと言いながらいざとなると
「子供の足首をつかんで離さない」
と言いました。

その原因は「子供のため」という親の呪縛です。うわべは子供の意思を尊重していると言いながら、暗黙の親の意思が子供を縛り付けているのです。
 

「良かれ」と思って愛情から出る言葉には歯止めが利きません。
むしろ他人の親切の方が相手を追い詰めないのです。
「愛は負けるが、親切は勝つ」……精神科医 斎藤環氏はこう述べました。
 

層であれば20世紀型価値観の親は、子供と「分かり合えない」という前提から始めた方が良いかもしれません。
早く親が子供から離れて、親の人生を生き始めると子供は変わり、引きこもりから抜け出せます。ひきこもり・ニートを支援するNPO法人ニュー・スタートでは、ひきこもっている若者に対し、スタッフ「レンタルお姉さん」が繰り返し訪問します。そして若者を家から出して、ニュー・スタートの寮に住まわせます。若者は親元を離れ、1人暮らしから、アルバイト、自立へと移行できます。
 

労働環境の変化

仕事がつまらない時代

自動化、IT化が進みで労働は誰でもできる仕事に変わりつつあります。労働はコモディティ化し、この人でなければできないという特別な仕事はなくなりつつあります。仕事をしても人に役立っているという実感が得られなくなっています。
ある家庭は父親が銀行員で、親の意向で子供も銀行員になりました。その結果、子供は荒れ、毎朝母親を殴ってからでないと出社しなくなりました。父親は、今の銀行の仕事は変わり、昔のようなやりがいのある仕事ではなくなったと嘆いています。
 

疲弊する日常、あるフリーターの1日

9時にシフトに入りランチ用のサンドイッチをひたすらつくります。12時になるとランチタイムで大忙しとなり、そのあとランチの片づけ、休憩のあと少し働いて6時間、6千円の稼ぎになります。帰るとくたくたに疲れて夜まで眠りこけ、夕飯、テレビ、シャワーを浴びれば1日が終わります。時給千円の仕事で特にスキルが身につくこともなく、疲弊する日常に疲れ果て、自信を失い、投げやりになっていきます。こうして日々を重ねる間に、そこから抜け出す気力も、努力する時間も奪われていきます。
 

一度落ちると這い上がれない社会

新卒一括採用の弊害

フリーターの不安定な暮らしや、非正規雇用でワーキングプアに陥る若者の報道などを見て、若者は安定を求めて就活に力を入れます。多くの若者は安定を最優先して大企業や公務員を志望します。しかし中には高望みしすぎて不採用が続き、心が折れてしまう若者もいます。
フリーター、派遣社員の置かれる厳しい状況から、フリーター=負け組、正社員=勝ち組という認識です。

しかし無理をして就職しても厳しいノルマや評価で続かなくなれば、仕事が続かず引きこもりになります。また人員に余裕のない企業は、入社直後からどんどん仕事を与えていきます。
新入社員に過大な業務をさせて長時間残業の挙句、過労で自殺したD社の新入社員Tさん、冷静に考えれば、入社1年目専門知識の限られた新入社員に長時間残業させて、どのようなメリットがあるのでしょうか。
 

実は過大な業務をさせる目的は、以下のいずれかです。

  • ひたすら長時間働けば成果が出るように仕事がシステム化されており、成果が出るようになっている
  • 過大な負荷は体育会系のしごき(いじめ)と同じで、目的は上司に逆らえない従順な社員にすること

 

正社員が続かず引きこもりになると

ひきこもりの体験者によれば、
「ひきこもりは苦しく、土の中に「生き埋め」にされているようで息ができないつらさがある」
そうです。焼かれるような熱さも感じる人もいます。「何とかしたいけど、どうすることもできない」のでもがき苦しんでいる状態です。

図5 引きこもりの状態

図5 引きこもりの状態


 

ひきこもりは生きるエネルギーが枯渇した状態です。生きるエネルギーの源は、安心感、共感、心地よさなどポジティブな感情です。これは少しずつしかたまりません。しかも一度ネガティブなことが起きるとたまったエネルギーが吐き出されてしまいます。

子供たちはもともとエネルギーが多くない上、それまでの家族、学校、会社などとのかかわりの中から、生きるエネルギーを枯渇させられてしまうことが、この原因です。

図6 ポジティブな時とネガティブな時

図6 ポジティブな時とネガティブな時


 

セーフティネットがないことが若者を臆病に

財政学者 神野直彦氏は
「新自由主義者たちはセーフティネットを取り外した上でサーカスの団員たちに綱渡りをしろと言っているようなものだ。セーフティネットがあると彼らはさぼり始め、まじめに演技をしなくなるだろうと主張する。しかし、実際にセーフティネットを外したら、彼らはまじめに演技をするが、命を失うのが怖くて、アクロバットを演じなくなってしまった。」と述べています。
 

現代に対して当てはめて考えれば、低調な起業の問題があります。
日本は、内需は低迷し、企業は冒険的な試みが減少し、低成長に陥っています。国は起業を増やすために様々な取組をしています。しかし失敗した時のセーフティネットがありません。起業して失敗すれば、債務の個人保証(連帯保証人)しているため自己破産しなければいけません。国が本気で起業を増やすなら、このセーフティネットの構築が不可欠です。

若者の正社員志向は強く、しかも社会のセーフティネットがないため、彼らは会社の中で意欲があってもチャレンジできません。失敗して一度フリーターになったら二度と正社員になれないからです。フリーターの貧困、派遣切りなどの社会問題は連日報道されています。そんな状況で、やっと大企業に就職した彼らに、思い切った仕事をしろというのは酷ではないでしょうか。

消費に浮かれていたかつての大学生に比べ、今の大学生は真面目で仕事のやりがいについても考えています。しかし正社員から外れることの怖さからやりがいを追い求めることをためらっています。
 

自己実現を求める

一方、真面目に自己啓発に励む若者たちも多くいます。しかし仕事と自己実現が重なると働きすぎるワーカホリックになります。「本当はひどい仕事を楽しいと思い込むことを酩酊 」と表現します。その酩酊に入れば、全能感でむしろ心地よくなります。そうして若者がブラック企業で酷使されます。しかしそんなハードな日々が続けば、最後には仕事を続けられなくなり、ひきこもることになります。

幻想の中で酩酊して、自分の置かれている厳しい状況から目をそらす、これを政治学者 姜尚中は「ココロ主義」と呼びます。これは内向き志向で、外の世界との関係は断ち切られています。ココロ主義に救いを求めれば、それを満たしてくれる自己啓発本やセミナーに手を出してしまいます。これは「諦念」であり隠れた「自殺願望」でもあります。

ココロ主義の酩酊から抜け出すには、ブラックな会社をやめ、みっともなくていいからコンビニでバイトしてでも生き延びることが必要です。自分の心を呪縛から解き放って、自らの知性で世界と対峙しなければいけません。
 

子供の自主性を重んじるゆとり教育もあり、若者たちは自分のやりたいことを指向します。
かつて多くの若者は自分探しをしてきました。大学を中退したり職を転々としたり……かつて若者は30歳くらいまでは、やりたいこと探し・自分探しでさまよっていても良い存在でした。しかし新卒一括採用の日本はこれを許さなくなっています。しかも大学や民間企業のキャリア教育はこの問題を解決しません。多くの企業は中途採用に対し低く評価しています。
 

親よりも豊かになれない世代

派遣労働者225万人

派遣社員の大幅な増加は、正社員、終身雇用が生んだいびつな社会です。正社員の雇用を守るため、不足する人員は派遣社員でカバーするからです。
これはアメリカが先行して始めた制度で、1970年代に一般事務を派遣社員に切り替えました。しかし派遣社員から正社員の明確な道筋がないのは日本もアメリカも同じです。

不況になると真っ先に仕事を失い、生活が困窮しますが、これに対し社会のセーフティネットが不十分です。派遣社員やフリーターの身分は不安定で、この不安から自暴自棄になった一部の若者が凶悪犯罪を起こしてしまいます。これを防ぐには警備やパトロールを強化するのでなく、セーフティネットを厚くして、不安を和らげることが重要です。その役割として生活保護制度はあまりに貧弱です。

図7 若者の不安

図7 若者の不安


 

自己責任論の問題

人々の「普通に頑張ればなんとかなるはずだ」という思い込みが若者を追い詰めます。就業できないのは「努力が足らない」という前提だからです。そして努力を促すために国は就労支援に多額の予算を投じています。
しかし遺伝的な要因や家庭環境など、本人ではどうにもならないことも多くあります。
 

「働かざるもの食うべからず」
この文言は、本来はレーニンが新約聖書を引き合いに、

労働者を搾取しているブルジョアを批判するため

に使われた言葉です。

しかし今では働けない人を批判するために使われてしまっています。
実は、お金がないためにいやいや働き、十分な収入が得られない人ほど「働かざるもの食うべからず」「ニート死ね」と批判します。
 

この頑張ればなんとかなるという考え方は「団塊の世代ががむしゃらに働いて日本が豊かになった」というところから来ています。実はこれは幻想です。高度成長は、たまたま日本に1億の人口による安価な労働力があり、欧米の先端技術を導入し、他国と海を隔てた地理的要因から紛争がないなどの要因が重なった結果なのです。
 

社会の変化に適応できないのはどちらか

変えるべきは若者か、会社・組織か?

子供はいつの時代も最先端で、社会の変化を示しています。
ある作業をニートに頼んだら「仕事になるから嫌です」と労働を拒否しました。つまり
無償でやるのは楽しいが報酬が生まれると楽しくないから拒否する
という価値観です。
 

ニートの価値観

「仕事なんて命に比べたらどうでもいい。人間は仕事のために生きているわけじゃないし、仕事なんて人生を豊かするための手段に過ぎない」
つまり、仕事をすることで多くを失い人生がつまらなくなるのであれば仕事をしなくてもいいと考えています。
それには「いろんなことを諦めなければならないが、それは構わない」とも思っています。まさに

「会社中心の社会の終わり」です。

 

一方、ニートにも必要な向上心があります。それは
「先にある楽しみなことに向けて自分で何かを行動する力」で、これがあれば楽しく過ごせます。

楽しみが全くないとひたすら憂鬱になります。そうなると、そこから逃れるために、酒を飲む、自殺するなど、自暴自棄になっていきます。

こういった価値観の若者たちと共存するのに必要なのはなんでしようか。
変えるべきは若者でしょうか、組織でしょうか。
 

仕事は変化し、20世紀型の労働は減少、こういった作業はロボットやITが行うようになりました。労働時間も減少し、長時間会社に縛り付ける必要はなくなります。その分収入も減るかもしれませんが、そもそもこれまでのホワイトカラーの長時間労働は、生産性はそれほど高くありません。

ある経営者は、命令(指示)すれば、人は動くと考えます。正しく指示すれば成果が得られると思っています。だから社員を「一度自衛隊に入れろ」という発想が出ます。欲しいのは指示・命令を忠実にこなすロボットのような人材です。だから何も知らない若者を一から教育して自社の文化に染め上げる新卒一括採用にこだわります。

しかしこれからの時代は、横並びでライバルと同じことをしていては生き残れなくなっていきます。グーグルは「卓越した人材」に「卓越した成果」を求めます。
上司の指示に部下が心から応答できず、「つべこべ言わずやれっ!」と罵られ、しかも失敗すればフリーターに転落する恐怖を背負わされた若者たちに「卓越した成果」は出せるのでしょうか?
21世紀型価値観が主流になるのであれば、彼らに合わせた組織、仕事の進め方にした方が生産性は上がるのではないでしょうか。
 

イタリア型の幸福感

【イタリア人「遊ぶために仕事をする」】

イタリア人は、仕事のために私生活を犠牲にしない気質と言われています。
財布をすられたあるイタリア人は「本当にお金が必要な人が持っていったんだからいいだろう」と言いました。

イタリア人は「自分が凡人であることを知る偉大な国民」といわれています。であれば、自己実現や酩酊とは無縁でいられます。
イタリアの諺に「神様以外、人間はみな障害者」というものがあります。人間は長所と短所を兼ね備えた出来損ない同士、だから仕事に完璧を求めず、もっといい加減でもいいとさえ思っています。力を抜いて生きることが必要かもしれません。

図8 時々は力を抜いて仕事をしてみる

図8 時々は力を抜いて仕事をしてみる


 

【働かなくても生きていていい】

都会では午前中から居酒屋で酒飲んでいる中年男性が多く存在しています。「ぶらぶらしている大人は結構たくさんいる」と感じるほどです。
本当は、人は働かなくても生きていていいのです。

役に立たないことをしている人が増えれば、世界はもっと豊かになります。

ダーウィンは裕福な家の生まれで終生父親の遺産で生活し働く必要がありませんでした。
 

創作活動では作家の死後、作品が広く知られることも多くあります。アメリカの小説家エドガー・アラン・ポーは、作品自体は雑誌や文芸批評で当時評価されていましたが、生前作家としてはほとんど評価されませんでした。しかもバクチ狂いで女性関係のトラブルが絶えず、昼間から泥酔して仕事に来ないなどの多くの問題を起こしていました。

「変身」「城」などシュールな作品で知られるフランツ・カフカも、保健局に勤めながら執筆を続けていました。生前に出版した7冊はそれほど売れず、40歳でこの世を去りました。作品が広く知られたのは死後でした。

ある人の遺したものが本当に優れたものかどうか、我々自身もわからないのです。
 

「働くこと」は「他人の役に立つこと」と考えれば、お金を稼がなくても他人の役に立てば、それは労働です。実際、実用的なものばかりだと息が詰まってしまいます。無駄に見えるものも必要なのです。
無駄がたくさんあり、世界が多様で混沌であれば、その中から今までにないものが生まれます。プログラマの場合、怠惰は美徳です。プログラマの三大美徳は怠惰、短気、傲慢だそうです。

生きる意味を失っているニートたちにNPO法人ニュー・スタートの二神氏は

  • 自立なんかする必要ない
  • 他人にもたれあって生きろ
  • 人生に目的なんか必要ない。ただの人として楽しく生きろ

と説いています。

  • 自分の能力を発揮してバリバリやる

このような自己中心的考え方は、組織の中で軋轢を生みます。下手をすると組織を自分の都合よいものに変えてしまい、大きな問題を起こしてしまいます。

  • 自分はそんなに大したことはできないかもしれないけれど、そういう自分も安心できる場所があったらいいな

そういう人が多数いる社会は間違いなく今よりも豊かな社会です。むしろ社会がこれを受け入れられるかどうかが大きな問題です。
 

参考文献

「ニートがひらく幸福社会ニッポン」二神能基 著 赤石書店
「ハタチの原点」 阿部真大 著 筑摩書房
「ニートの歩き方」pha(ファ) 著 技術評論社
「半径1メートルの想像力」 山崎鎮親 著 旬報社
「ひきこもりの真実」 林恭子 著 筑摩書房
「若者の貧困・居場所・セカンドチャンス」青砥恭 著 太郎次郎社エディタス
「若者の働く意識はなぜ変わったのか」岩間夏樹 著 ミネルヴァ書房
 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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なぜ指導したことができないのか? 〜「教えはず」と「分かったつもり」の原因を探る〜

工場で新人に作業を教える場合、手順書やマニュアルを使って説明し、さらに「やって見せて」指導します。

その後、作業の要点を説明し、実際に作業者にやってもらい観察します。

その結果、不十分な点もしっかり指導しました。もう大丈夫と思ったら不良が出ました。調べると指導した通りにやっていませんでした。
 

あれほど丁寧に指導し、わからない時のために手順書も渡したのに、

なぜ教えたとおりにやらないのでしょうか?

多くの現場でこういった問題が起きています。教えた通りにできないのは

レベルが低いからでしょうか?

その結果、大量不良や悲惨な事故も起きています。
 

「なぜ教えて通りにできないのか?その原因は何なのか?」

「教えはず」と「分かったつもり」についてその原因を掘り下げます。
 

「分かったつもり」で生じる問題

 

自分たちの扱っているものの危険を知らなかった

自分たちが行う作業の注意すべき点や作業に潜む危険が分かっていない。

そして作業ミスや不注意が大事故を起こします。
 

1999 年9月30日城県那珂郡東海村の株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で、高濃度ウラン燃料の製造中に臨界事故(核分裂連鎖反応 : これは原子炉内部と同じ状態です。)が発生しました。この事故で作業員3名が重度の被曝をし、内 2 名が死亡しました。これは日本の原子力産業が起こした初の臨界事故で、最初の死亡事故でした。
 

同工場は高速増殖実験炉「常陽」で使用するウラン235濃度18.8%の高濃縮ウランを製造していました。その製造工程は、国(科学技術庁)の認可を受けた方法で行うことが義務づけられていました。このウラン溶液は一定量を超えると臨界反応を起こす恐れがありました。そこで溶解塔で硝酸とウラン溶液を混合した後、専用容器に小分けして再溶解し、均質化する方法が採られました。

しかしJCOは作業効率を上げるために、ステンレス製のバケツで混合した後、細⻑い貯塔に移して均質化し、容器に小分けしていました。これは違反行為ですが、貯塔が細⻑いため一度に入れても臨界を起こす可能性はい方法でした。

ところが事故当日、作業を効率化するため、ステンレス製のバケツで混合し、沈殿槽に投入したのです。この沈殿槽は貯塔と異なりずんぐりした形状でした。そのため構造的に中性子が容器から出にくく、しかも外側に冷却水が入った二重構造になっていました。中性子は水の層で反射するため、中性子の反応が連鎖して核分裂反応が起きてしまいました。
 

この事故については、専門家が調査を行い、事故報告書が作成されました。この報告書の中でマニュアルの勝手な変更や、作業変更に対するずさんな管理が挙げられていました。

しかし、そもそも作業員は自分たちが扱っている原料が一定量を超えれば臨界を起こす極めて危険なものだったことが分かっていたのでしょうか?そして臨界とはどのようなもので、どうすれば臨界を起こすのかわかっていたのでしょうか?

そのことを理解していれば、上司の許可なく勝手に作業方法を変えなかったかもしれません。
 

図1 ウラン溶液の製造工程

図1 ウラン溶液の製造工程


 

一方こういったこの事故を防ぐためには、正しい知識を持っていれば十分でしょうか?
 

分かっていないのに分かったつもりになっている

1946 年アメリカの核研究施設ロスアラモス研究所で物理学者のルイス・スローティーンは、プルトニウムの性質を調べる実験をしていました。

半球状のベリリウムの間にプルトニウム塊を置いて、二つのベリリウムの距離を縮めていき、反応を調べていました。この実験では二つのベリリウムが接近しすぎると、プルトニウムから出た中性子線がベリリウムに反射し、さらに中性子線が出て連鎖反応が起きてしまいます。
 

スローティーンは核分裂反応に詳しい物理学者でした。にもかかわらず彼が採った方法は、二つのベリリウムがくっつかないように、間にマイナスドライバーを入れておくというものでした。

そして不幸なことにマイナスドライバーが手から滑り落ち、二つのベリリウムはくっついてしまいました。実験室の8人は大量の中性子線を浴び、スローティーンは9日後に亡くなりました。

他にもっと安全な方法はあったのに、なぜスローティーンはこの方法を採ったのでしょうか?
スローティーンはこの実験の仕組みを本当はわかっていなかったのに

「分かったつもりになっていた」

のではないでしょうか?
 

説明深度の錯覚

認知心理学者フランク・カイルは被験者に次の質問をしました。

  1. あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。
  2. ファスナーがどのような仕組みで動くのか、できるだけ詳細に説明してください。
  3. 大抵の人は2番目の質問に答えられませんでした。そこで再度

  4. あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、7段階評価で答えてください。

この質問を聞かれると、最初の時より7段階評価は低くなりました。
 

フランク・カイルはファスナーだけでなく、ピアノの鍵盤、水洗トイレ、シリンダー錠など様々なものについて調べました。その結果、大抵の人は説明できるほどの知識を持っていないことが分かりました。にもかかわらず「分かっている」と思い込む「説明深度の錯覚」が起きていました。

つまり「わかっていない」のに「わかっている」と思い込んでいるのです。

 

分かっていないことの悲劇

今日では様々な単純労働を外国人の技能実習生が支えています。彼らの労働災害は年間500 件に上り、日本人労働者と比べ比率が高く、痛ましい死亡事故も起きています。

  • 技能実習生Aは、解体用機械のアタッチメントの上で溶接作業をしていたところ、解体用機械のブームが上昇し、梁との間に挟まれた。(H28年11月)
  • 技能実習生Cは、労働者Dと2人でプレス加工作業をしていたところ、Cが金型内に頭を入れていた時にDがプレスを起動させ、Cが挟まれた。(H29年4月)

彼らは本当に危険があることが分かっていても、このような作業をしたのでしょうか?
 

理解するとは?

 

理解は概念の変換作用

私たちは相手に何かを説明する時に、伝えたい内容を言葉で相手に伝えます。私たちは、相手はその言葉を聞いて、伝えたい内容を理解すると思っています。実際はこちらの意図とは違う内容に受け取ったり、こちらが言っていないことを聞いたと思ったりします。なぜこのようなことが起きるのでしょうか?

それはコミュニケーションの過程でいくつもの変換過程を経ているからです。
図2にコミュニケーションの過程で生じる変換プロセスを示します。
 

図2 コミュニケーションのプロセス

図2 コミュニケーションのプロセス


 

話し手が「相手に伝えたいこと」は「ある概念」です。例えば作業の力加減や感情です。これらは言葉では完全に表すことができません。しかし相手に伝えるには、この概念を言葉に変換(言語化)しなければなりません。そしてこの変換の過程で内容が変わってしまいます。

例えば作業手順を相手に伝える場合、作業内容を手順ごとに分解して、相手に伝えやすい形にします。(記号化) これをメッセージとして言語化して、話したり文書にしたりして相手に伝えます。この伝達過程でも、話し方や話す場の雰囲気などによって伝える内容が変化します。

相手は受け取った言語情報をメッセージとして理解します。このメッセージを解読し、自分の頭の中で概念を復元します。こうして相手の頭の中で復元した概念が、話し手の頭の中の概念と同じであれば、正しく伝わったのです。

このように考えると、完全なコミュニケーションがどれだけ大変なのかわかります。
 

このようにコミュニケーションの過程では、伝える側、受け取る側の双方に変換プロセスがあります。変換プロセスの結果は、それぞれの考え方、技量、経験、知識によって大きく変わってしまいます。

またメッセージは、伝える際の環境や伝え方にも影響されます。厳粛な雰囲気の教会で聞く牧師さんの説教は、参加者は重々しく受け止めます。しかし全く同じ話でも、にぎやかな宴会の最中であれば誰も聞いていません。
 

理解は身体性を伴う

体を動かすような作業を伝える場合、言葉だけでは相手は正しく理解できません。正しく理解するには、説明を聞いた後で実際に体を動かしてやってみなければなりません。そして「説明通りにできたかどうか」確認します。自分ではわからない場合、他の人に正しくできたかどうか見てもらいます。そして「どこができていなかったか」フィードバックしてもらいます。
 

共通の背景を獲得するには時間がかかる

相手の言葉を理解するには、考え方、技量、経験、知識が影響します。外国人との会話で相手の言ったことを十分に理解するには外国語の理解だけでは不十分です。言葉は理解できても言葉の意味する内容が分からなければ理解できないからです。それには相手と同じ経験が必要なこともあります。

例えばオーストラリアの人から「朝食にはベジマイトが欠かせない」と言われても、ベジマイト自体を知らなければどんな味かわかりません。あるいはベジマイトは知っていても食べたことがなければ、おいしいかどうかわかりません。(私は食べたことがありますがダメでした) 。

どうやらベジマイトをおいしいと感じるには子供の頃から食べてきた経験が必要なようです。同様に納豆も大人になって初めて食べた人には苦手な人も多いようです。
 

図3 ベジマイト(Wikipediaより)

図3 ベジマイト(Wikipediaより)


 

同様にスポーツも、始めたばかりの初心者は指導者のアドバイスが理解できないのです。

例えば、クロールを初めて習った時、指導者が
「息継ぎは体全体を傾けて素早く息を吸えば簡単にできる」
「手は入水したらひじを立てて、素早く水をキャッチする」
と言ったとしても、言葉は理解できても、その言葉が示す動きはわからないのです。

このように「理解」するためには、背景にある知識や経験、身体の使い方や時には文化への理解が必要なのです。
 

人は物事を単純化する

私たちが日常直面する多くの事柄は、様々な要素が重なっています。そのため単純ではありません。例えば、その日の夕飯のメニューを決めようとしても、家族のその日の予定、冷蔵庫の食材、前日の献立、家族の嗜好など様々な要素があります。かといってそのすべてを考慮して最適な答えを出そうとすれば、大変な労力と時間がかかります。

そこで私たちは重要でない要素は削ぎ落して単純化して判断します。例えば「昨日はハンバーグだったから、今日は魚」と決定します。
 

同様に経験したことを記憶する際も、情報を削ぎ落して単純化して記憶します。単純化することで記憶しやすく、思い出す(検索する)のも容易になるからです。しかし単純化のプロセスは人によって異なります。そのため同じ事柄を経験しても、自分と他人が記憶している内容が違っていても不思議ではありません。単純化の過程が違っているからです。
 

因果関係と物語

人は、相手の話を聞く時、最初の言葉を聞いたら、次に来る言葉を推測して聞いています。相手の先を読んでいるから、会話のスピードが速くても理解できるのです。そして話を聞きながら、次に来る言葉を予測するには、聞き手と話し手の間に共通する背景知識(あるいは文脈)が必要です。

共通する背景知識、文脈が全くなければ、言葉を聞いても次に来る内容を推測できないため、理解は難しくなります。
 

例えば以下の会話は、お互いが会話の文脈が分かっているから、成立します。

⺟親 : これはなあに、
子供 : うさぎさん、
⺟親 : そう、ぴょんぴょんしてるね

ひとつひとつの文は、単体では意味がわかりません。読み手は文脈に従って意味を解釈し、一貫性のある内容としてとらえています。つまり会話の中からお互いが意味のある物語をつくっているのです。
 

会話では聞いた言葉から相手の次の言葉を推測しながら聞くことで、言葉同士の因果関係が見えてきます。この因果関係がひとつの物語になります。

意味のない言葉の羅列は記憶できませんが、物語は容易に記憶できるのです。

逆にいくら指導者が熱心に説明しても、わからない言葉や背景知識が不十分で聞き手の中で物語ができなければ記憶に残らないのです。
 

思い込みが正しい理解の邪魔をする

この物語(文脈)は、私たちが目の前で起きていることを理解する時も必要です。その人の物語にないことは、目の前で起きていても気づかないのです。もしその兆候が顕著に表れても、現実にそれが起きるまではわからないのです。
 

1941 年 12 月 8 日、日本がアメリカ オアフ島の真珠湾を攻撃しました。その際、攻撃の兆候を知らせる情報はアメリカに集まっていました。
「日本海軍が急に暗号を変えた」
「機動部隊の行方が 11 月から分からなくなっている」
これらの情報を総合すれば、日本が近いうちに大規模な軍事行動を起こすことは明らかでした。

しかしアメリカには、

日本の機動部隊が遠路太平洋を航海して真珠湾を攻撃する物語

はありませんでした。従って攻撃目標が真珠湾であることを示す情報があっても気づきませんでした。
 

このように人は自らの物語にないことは無視します。そのため多くの人はバックアッププランを持ちません。例えば新規事業や設備投資が失敗した場合、どのようにリカバリーするのか

失敗することは物語にないため考えられないのです。しかし現実には必ずうまくいくとは限りません。

うまくいかなかった時の対処方法を事前に考えておくことはとても重要です。

 

エキストリーム・スキーヤーのケビン・アンドリュースはこのように語っています。
山頂からのクリフ・ジャンプをする場合、A案、B案の二つを必ず用意する。A案は成功した場合、B案は失敗した場合

B案がないと、生きて帰れないからね

 

今までの教え方

 

マニュアルを読めばできる

多くの人は新人に仕事の手順を書いたマニュアルを渡せば、それを読んで仕事はちゃんとできると考えます。しかしマニュアルは作業内容を文書や図で示したものにすぎず、必要なことがすべて書かれているわけではありません。

作業者はマニュアルの「文章」から「どのように行動すべきか」という概念を頭の中でつくります。しかしマニュアルの文章を理解しても、文章を正しい行動に変換するには作業の背景の知識が必要です。この知識が不足すれば、マニュアルを読んでも誤った理解や行動になってしまいます。
 

教えたことを相手は理解する

そこでマニュアルを読むだけでなく、口頭で要点を伝え、実際にやっている姿を見て誤りがあればそれを訂正すれば正しい作業を習得できると指導者は考えます。

確かに直接指導すれば、誤った行動は修正されます。ただし指導内容を十分理解するためには、指導者と同じレベルの背景の知識が必要です。知識が少なければ教えたことを十分に理解できません。さらに理解が不十分だと、知識は断片的で相互に関連していません。つまりしっかりとした物語ができないため、短期間に忘れてしまいます。
 

自分と同じように考える、自分と同じように気づく

指導を受けて、実際に作業を行っている時、ミスやトラブルが起きることがあります。「指導者は丁寧に指導したから相手は、ミスやトラブルに気づいてくれる」と期待します。しかし「何が正しくて、何がダメなのか」指導を受けても、その背景にある知識が十分になければ、教えられたことから少しでも違っていればもう判断できません。
「こんなのは見ればダメなことがわかるだろう」
と指導した側は言いますが、それを作業を始めたばかりの人に期待しても無理があります。
 

図4 指導者と同じように気づくのは…

図4 指導者と同じように気づくのは…


 

相手に自発的に考えさせれば訓練効果は高まる

高いモチベーションを持って取り組んでもらうには、一方的に指導するティーチングでなく、質問を投げかけて相手に自発的に考えてもらうコーチングを行うべきという考え方があります。しかし自発的に考えるためには、その仕事に対して一定の背景知識を持ち、作業における物語を理解する必要があるのです。
 

教えられる側の闇と教える側の認識

初めてその職場に入った人は、その職場での仕事に関する情報が極めて少ない状態です。その状態で仕事のやり方を教えても、教えられたことを十分に理解できません。しかもマニュアルはその仕事に関して限られた情報しかないため、マニュアルに書いてないことはその都度自分で考えたり人から聞かなくてはなりません。
 

これは図5に示すような自分の仕事しか見えない視野の狭い状態です。こうしたわからないことが多く不安を感じて仕事をしている中で「やってはいけないミス」「気をつけなければならないポイント」がいくつもあります。

仕事を始めてある程度の期間が過ぎると、様々なことが見えてきます。視界が広がり、やってはいけないことや注意すべき点に関する情報が、関連性をもって把握できるようになります。情報が単独でなく相互に関連することで、物語ができて理解も深まります。

熟練者は、やってはいけないことや注意すべき点以外の様々な情報をもっています。相互の情報は関連付けられ、全体がひとつの物語を形成します。この状態になれば、その仕事に関して重要なことや重要でないことがわかり、現場で起きたことに対して適切に判断できます。
 

図5 初心者の闇

図5 初心者の闇


 

理解するために必要なこと

このように指導する側は、指導したことで適切な作業が行われることを期待します。しかし実際は、教えたことは完全には伝わらず、しかも相手は十分に理解していないため様々な問題が起きています。これを防ぐためには、どのような工夫が必要でしょうか?
 

背景知識の学習

新しくその職場に来た人は、その会社や工場の仕事に関する背景知識がありません。その状態で、作業の手順だけを教えても相手は十分に理解できません。その結果、習得に時間がかかり、作業中に発生する問題や異常に気付きません。
 

そこで

作業手順の指導と併せて、必要な背景知識を伝えます。

仕事の手順だけでなく、仕事がうまくいったときの姿、成功イメージを伝えます。さらに今から教える内容の全体像を伝えます。

さらにその仕事に関係する情報、顧客の要求、製品であれば市場での使われ方も伝えます。

そして、その仕事の前後工程や、関係する人や部門も伝えます。こうして自分が全体のどの位置にいて、これから行う仕事がどのような意味を持つのか、仕事の背景知識を伝えます。
 

相手が消化できる量

しかし人が一度に理解できる量は限りがあります。なぜなら指導を受けた内容をそれぞれ同士を相互に関連付けて、物語をつくらなければならないからです。しかし短時間に大量の内容を教えれば、受けた側は物語を構築できません。単なる断片的な知識の羅列となってしまいます。そしてすぐに忘れてしまいます。

そのため

一度に教える量は、相手が吸収できる量にとどめます。

そうなると一度に必要な情報を全て伝えられないので、何回かに分けて段階的に伝えます。こうすれば呑み込みの早い一部の人だけは習得できるけど、他の人はしっかりと習得できないということはなくなります。
 

図6 食べきれない量を渡されても…

図6 食べきれない量を渡されても…


 

もし指導者の説明が⻑々と続いてとても時間がかかる場合は、一度に習得させようとする分量が多いためです。1日で内容を全て盛り込もうとするため、説明は長くなって聞いている方は全てを理解できなくなります。この場合、1回の説明は相手が一度に吸収できる量にとどめます。そして、1度説明した後、実際に作業を行って指導内容を頭の中で体系化させます。それから次の内容を説明します。
 

TWI教え方の4段階

TWIとは、Training(訓練)Within Industry(企業内の)for supervisors(監督者のための)の頭文字をとったもので、チャールズ・R・アレンがヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトの4 段階教授法と職業分析を適用したOJT(On-the-Job Training)を元に開発しました。

第二次世界大戦当時、米国で広められ、日本には第二次世界大戦後,占領軍によりもたらされました。その後、労働省(現在の厚生労働省)によって広まりました。

現在は日本産業訓練協会(日産訓)や都道府県職業能力開発協会などで行われており、トヨタ自動車も取り入れています。
 

TWIでは仕事の教え方を4段階に分けます。

  1. 習う準備をさせる
  2. 気楽にさせ、作業の説明を行い、その知識を確認し、覚えたい気持ちにさせる

  3. 作業を説明する
  4. 主なステップを言って聞かせ、やって見せ、急所を強調する

  5. やらせてみる
  6. やらせてみて、間違いを直す。その作業をわかったと分かるまで確かめる

  7. 教えたあとをみる

教えた後を確認し、質問するように仕向け、独り立ちさせる。

このように段階的に教えることで、指導を受ける側が指導内容を十分に咀嚼することができ、教えたあとは正しくできているか確認することで確実にできるようにします。このTWIのプロセスは、背景知識の習得スピードに合わせた指導ともいえます。
 

最初は見るべきところも教える

十分な背景知識がなければ、現物を見てもどこに問題があるのか気づきません。経験を重ねて仕事に対する知識や理解が深くなり、背景知識が十分になれば、現物を見て問題点を見つけることができます。しかしそれまでは「どこを見るべきか、どんなものが出たら不良なのか」見るべきポイントと見るべき内容を伝えます。「こんなものは見ればわかる」は新人には通用しません。
 

背景知識の進化に合わせて何度も指導

仕事ができるようになれば背景知識が増えています。背景知識が増えれば、今まで気づかなかったことも気づくようになります。この段階で、よりレベルの高い内容を指導します。 例えば、それまでは問題を発見したら手を止めて報告するようにしていました。しかし問題の原因と対策を指導し、問題を発見したら原因を究明して対策案を考えます。

こうして相手の背景知識の進化に合わせて何度か指導することで、観察力が高まり、気づきの幅が広がります。これはスポーツで技量が向上すれば、より高度な練習を行うことに通じます。
 

図7 徐々に高度な練習を…

図7 徐々に高度な練習を…


 

フィードバックと評価

人は自分のことはわからないものです。指導を受けた結果、自分一人で仕事ができるようになれば、その結果、自分が今どのくらいのレベルなのかを本人に伝えます。なぜなら人は自分のことを過大評価するからです。適切な評価がなければ「自分は仕事ができる」と思い込んでそれ以上進歩しなくなります。

特に自信過剰なタイプは、十分にできていなくても「自分はできている」と思い込んでいます。指導者はその人の能力や成果をできる限り定量的、かつ客観的に評価します。そしてデータと共に本人に知らせます。
 

こうしたフィードバックがさらに成⻑を促します。例えば、仕事の優先順位をつけられるようになるためには、与えられた仕事のTo Doリストとスケジュール表をつくらせます。そしてTo Doリストに従って仕事をスケジュール表に記入し優先順位を決めさせます。指導者は結果を確認し、優先順位が違っていれば修正させます。このように紙に書けば、指導者が確認することができ優先順位のつけ方を指導できます。
 

できる人は「できない人をできるように」できない

身体的な作業や技能は、

本人ができない時は、できる時のことが全く想像できません。

一方できるようになれば、できなかった時のことは忘れてしまいます。つまり

できる人は、できない人に「どうすればできるようになるのか」指導するのは難しいです。

むしろ新人教育では、新人が間違えたり、習得に苦労した点を集め、「どうやって新人ができるようになったのか」ヒアリングして、「できるようになる方法」を調査した方が、効果的な教育カリキュラムになります。
 

失敗への対応

うまくいかなかった時、失敗した時、どのように指導したらよいでしょうか?

その対応が悪ければ、その後も間違った行動をしてしまいます。
 

人のせいにする

失敗を人のせいにする理由は以下のふたつが考えられます。

  1. 自らの責任と認めれば組織内の立場が不利になるため、失敗の原因が自らにあっても頑として認めない。
  2. 本当に失敗の原因は自分にないと思っている。

 

前者の場合は、原因は担当者の責任を追及する組織の問題なので、これを解決しない限りなくなりません。一方、本来は正しい原因が分かっていても、「責任は自分にない」という主張を繰り返していると、責任が自分にある場合でも本当に自分のせいでないと思うようになってしまいます。その結果、問題の原因を正しく突き止められなくなります。従ってこういった姿勢は改める費用があります。

後者の場合、「自分は失敗しないという物語にとらわれて本当のことが見えなくなっている」あるいは「問題と原因の正しい因果関係がつかめない」のいずれかです。
どちらにしても失敗の正しい原因がつかめず、適切な対処や再発防止ができません。発生した問題とその原因を的確につかめるように教育します。
 

ケアレスミスが多い

原因のひとつは、背景知識や物語が不十分なため、注意が十分に行き届かず、ミスが起きてしまうことです。「どのようなところでミスが起きるのか」よくわかっていないため、必要なところを確認せずミスがあればそのままになってしまいます。

経験を積むまでは、確認すべきポイントを具体的に示します。

経験を積んで十分な背景知識を獲得すれば、確認すべき点もわかるようになります。

二つ目の原因は元々の作業手順が、ミスが起きやすい手順の場合です。この場合は、手順そのものを見直して、ミスが起きなく異様なやり方に変えなければなりません。
 

手を抜く

原因のひとつは作業の中で優先すべきことがわかっていないためです。ものづくりでは正しいは最も優先すべきことです。それでも手を抜いて正しい手順で行わないのは「時間を短くする」、「自分が楽になる」など他のことを優先するからです。またその結果どのような結果をもたらされるのか、なぜ正しい手順を変えてはいけないのかが分かっていないからです。従ってそのことを組織のメンバーに十分に伝えます。

あるいは与えた仕事が単純作業のため「やらされ感が強く、意欲が低下している」ためです。単純作業だから手を抜いていいということはありませんが、本人のやる気と注意力を高めるためにはあまりにも単調な単純作業は避けるようにします。
 

悪い報告が来ない

何が悪い報告なのか、悪い報告はどのようなタイミングで上げなければならないのか、これは組織により異なります。

新人には、「悪い報告とは何か」「それはいつ上司に報告するのか」具体的に伝えます。
 

組織の中で理解に必要な文脈が変わっていないか

組織は目標を決めてそれを達成するために努力します。しかし常に目標が達成できるとは限りません。目標が達成できない時、何を優先すべきか、それは組織の背景の知識や文化に依存します。

組織のリーダーが目標の難易度を無視して、何が何でも達成するように強要すれば、何かを犠牲にして目標を達成します。これが昨今の企業不祥事の原因ではないでしょうか。
 

組織の目標達成は重要です。しかし物理的に期限までに達成できない場合、

リーダーは、できないことを認めなければなりません。

それが認められなかった時、燃費の測定値を改ざんや、不正な排気ガス処理をするエンジン制御プログラム、必要な手順を省いた車検が行われるのではないでしょうか。その結果がもたらすものは、僅かな数値の向上よりもはるかに甚大な被害になるのですが。
 

重要なことは、他の何を差し置いても優先する姿勢が、組織のリーダーには必要です。

アメリカの航空⺟艦で訓練のため、艦載機が次々に発進しました。その後、格納庫の整備係はレンチが 1 本見つからないことに気が付きました。上司に報告したところ、直ちに艦⻑に情報が届き、艦⻑は以下の指示を出しました。

  • 訓練は即停止、艦載機は安全のため地上の基地に着陸
  • 全員でレンチを探す
  • 報告した整備士は表彰

こういった組織文化、背景知識の元では、不正は起きないのではないでしょうか?」
 

参考文献
「知ってるつもり 無知の科学」スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著 早川書房
「仕事の教え方」 関根雅泰 著 日本能率協会マネジメントセンター
「教え方の教科書」 古川裕倫 著 スバル舎

 

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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『生まれ』か『育ち』か、若者育成の課題

世界最高水準のメジャーリーグで165キロのストレートで三振を奪い、その裏で137メートルの特大ホームランを放つ。どちらか一つでも大変なことを一人でやってしまうのが大谷翔平選手。それは天賦の才と誰もが思ってしまいます。まあ身長や体格は本人の努力ではどうにもならない点はあります。

では将棋の藤井聡太棋士はどうでしょうか。中学生が並み居る大人の有段者に破竹の連勝を重ねると「天才だ」と思ってしまいます。
 

一方、育児書には「人は誰もが無垢の心で生まれ、その後の育て方で全てが決まる」と書かれています。そうなると子供が社会で成功しなかったのは親の育て方が悪かったことになります。

この生まれた時、「心は空白の石板(Blank Straight)」という概念は、ユダヤ・キリスト教の基本的な考え方です。(ちなみに世論調査でもアメリカで聖書の創成記を信じている人は76%、聖書に書かれている奇跡は実際にあったと信じている人が79%、自分は死後も何らかのかたちで存在するという人が67%を占めています。対してダーウィンの進化論を信じている人は15%しかいません。)
 

この「生まれか、育ちか」の問題にジュディス・リッチ・ハリス氏は、1998年に出版した「子育ての大誤解」で従来の定説をくつがえし、子育てにおける親の役割が限定的であることを述べて大きな議論を巻き起こしました。その一方、「ブランク・ストレート説」を信じている人たちも、大谷翔平選手や藤井聡太棋士の能力は天賦の才と考えます。また黒人は白人に比べIQが低いと信じている人も多くいます。この生まれか、育ちかについて考え、若者たちを育成する真の方法について考えます。
 

「生まれ」派の主張

進化論から行動遺伝学へ

ダーウィンが、『種の起源』を出版したことに刺激を受け、いとこフランシス・ゴルトンは遺伝の問題を統計学で解決しようと思い立ち、こころが遺伝や環境によってどのように影響されるのかを明らかにする行動遺伝学を創設しました。具体的にはすべてのDNAを共有する一卵性双生児の違いを比較しました。

行動遺伝学に照らすと、母と子どもの幼児期の関係が将来に決定的な影響を与えるという心理学の考え方は疑わしいです。2000年にバージニア大学出身の心理学者エリック・タークハイマー氏が発表した「3原則」では
第1原則 ヒトの行動特性はすべて遺伝的である
第2原則 同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい
第3原則 複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない
と、示されています。
 

行動遺伝学では心を「遺伝+共有環境+非共有環境」で説明しています。共有環境は「家族が共有し、家族のメンバーに類似性をもたらす」環境で、非共有環境は「家族で共有せず一人ひとりを独自にさせる」環境です。遺伝とともに個性を生み出すとされています。

ここでは、思考・学習・感情の潜在力は「すべて」受精卵のDNAの情報に含まれるとしています。その根拠として、統合失調症(精神分裂病)、自閉症、言語障害、双極性障害など認知や情動に関する障害は、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が、子供が二人とも障害になる確率が高いからです。

また一卵性双生児は考え方や感じ方がよく似ており、生まれて直後に引き離され別々の環境で育った一卵性双生児を成人してから対面調査すると、話し方やしぐさ、嗜好も同じだったという結果があります。
 

人間の本性

ハーバード大学心理学教授スティーブン・ピンカーは行動遺伝学の視点から、人間の本性に存在する暴力性、攻撃性を指摘し、心は空白の石板であるという「ブランク・ストレート説」に強く反対しました。

生物進化の観点から、人間の心理を考える進化心理学を考えてみます。
人間の祖先であるチンパンジーは極めて好戦的で、他のグループのオスを襲いなぶり殺します。一方、未開の地に住む狩猟採集民族は「高貴な野蛮人」というイメージに反して実際は極めて好戦的で、民族間戦争での男性の死亡率がとても高いことで知られています。

人類学者キャロル・エンバーによれば狩猟採集社会の90%は戦争を経験しており、64%は2年に一度戦争をしています。それも儀式的でなく、できれば相手を皆殺しにし、捕虜を拷問し、戦勝の記念に相手の体の一部を切り取ったり食べたりするものです。
「私たち人間の本性の中でも、動物の先駆者から最も直接的に受け継いでいる本性が、集団殺戮=ジェノサイドのです」と、アメリカ合衆国の進化生物学者であるジャレド・ダイアモンド氏はこう述べています。
 

これは現代人には引き継がれていないのでしょうか。1954年オクラホマ州立大学の研究チームが、22人の少年を2つのグループに分け、1週間は別々に行動させ、その後別のグループの存在を知らせます。すると少年たちは相手のグループとの直接対決を望みました。グループ対抗の競技を行うと少年たちは敵愾心を燃やし、競技をして負けると真剣に悔しがりました。さらに負けたチームが勝ったチームのキャビンを襲いました。こうして競技中の中傷合戦から殴り合い、さらに石の投げ合いと本格的な抗争に発展しました。
 

統合失調症などの精神障害が遺伝子の作用で避けられないものとすれば、一部の異常な行動(サイコパス)も同様なのでしょうか。彼らは、外観上は普通ですが、著しい罪悪感の欠如、衝動的、虚言癖などがあります。

1970年代、殺人犯の本を執筆中のノーマン・メイラーは、アボットという殺人犯の手記から、彼は知的で優れた作家、思想家だと判定して仮釈放を申請しました。アボットは文学関係のテレビのインタビューを受けるような知的な人物でしたが、2週間後にウェイターと口論になりウェイターを刺し殺してしまいました。サイコパスは知的に優れ、魅力的な場合もあり、このように知識人が騙される例もあります。

コメディアンであるリチャード・プライヤーは、アリゾナ州刑務所で殺人を犯した犯罪者に対し、「なぜその家にいた人を皆殺しにしたのか」と尋ねたところ、「家にいたから」という答えが返ってきました。
「自分でもどうにもならないんだ。でも2年たったら仮出所できる」……
暴力傾向のある人は、衝動的で多動、知能が低く注意欠陥で更に反抗的な気質がありますが、サイコバスは酷薄で良心を持たず、特徴が低年齢で現れて生涯続くことや、多分に遺伝的であると分かっています。
 

アメリカ南部は暴力の発生率が高い

ミシガン大学で心理学の実験が行われました。スタッフが廊下で、キャビネットの引き出しを開けてファイルを整理しているところを被験者が通ります。その直後、スタッフが「ばかやろう」低くつぶやくと、北部出身の学生は笑って済ませましたが、南部出身の学生は顔色を変えました。検査するとストレスホルモン(コルチゾル)の値が上昇していました。
 

知能の数値化

1869年フランシス・ゴルトンは「遺伝的天才」で、才能豊かな人は生物学的にすぐれた性質に「生まれついた」にすぎないと主張しました。しかし当時はこの優れた性質を計測する方法がありませんでした。

1904年イギリスの心理学者スピアマンは、様々な知的能力として一般的能力(g : general intelligence)が存在するとし、これを様々な種類の検査を組み合わせれば検出可能と考えました。このgは先天的に決定され、訓練によって引き上げることはできないと考えました。

1916年スタンフォード大学のルイス・ターマンはgを検査することで生まれつきの知能IQを測定できるツールを考案しました。現在は児童用知能検査「WISC」と成人用知能検査「WAIS」が広く用いられています。児童用知能検査WISCではIQテスト結果の精神年齢を実年齢で割って計算します。例えば10歳の子が12歳相当の結果であれば、12/10×100=120となり、8歳相当の年齢であれば8/10×100=80となります。アメリカではIQ100であれば普通の高校を卒業し、115であれば大学を卒業後よりよい職に就き、85であれば高校を中退する可能性が高い、と判断されます。
 

表 成人用知能検査「WAIS」

群指数 下位検査 内容
全検査IQ 言語性検査 言語理解 知識 学校で習うような人名・地理・古典・歴史など
例)「日本の首都はどこですか?」
類似 2つ以上の物事・概念の間に存在する類似性について
例)「りんごと梨はどのようなところが似ていますか?」
単語 単語や語彙の豊富さを問う
例)「ギターとはなんですか?」
理解 社会や経済の常識や日常生活の知識
例)「一石二鳥という諺はどのような意味ですか?」
作動記録 算数 基礎的な計算問題
例)「1ドルで45セント切手を何枚買えますか?」
数唱 数字列を記憶して、出された指示に従い数字を答える
順唱例)「1-2-3」、逆唱例)「3-2-1」
語音整列 読み上げられる数字と仮名の組み合わせを聞き、
数字を昇順に、仮名を五十音順に並べる
動作性検査 知覚統合 積木模様 積木で手本通りの模様を作る
行列推理 行列の欠けた部分に当てはまる選択肢を選ぶ
絵画完成 不完全な絵画の欠如部分を指摘する
処理速度 符号 記号とセットになっている数字を記憶して、
数字に合った記号を選択する
記号探し 記号グループの中に見本と同じ記号があるか判断する
絵画配列 時間的連続性と物語的相関性を持つ複数の絵画を正しく並べ替える
組み合わせ 複数の紙片を利用してひとつの意味のある形態や模様を作り出す

表のWAIS-Ⅲは1997年に発表された。全検査IQは言語性IQと動作性IQの合計で表され、それぞれ群指数と呼ばれるカテゴリがある。
絵画配列、組合せはどの群指数にも含まれない。

 

このIQテストは2種類の知能を測定できます。

  • 流動性知能
  • 抽象的な問題を解く能力で、記憶、注意、抑制などの能力が求められる

  • 結晶性知能

主に知識
 

流動性知能は20代をピークに下降するのに対し、結晶性知能はかなり年を取るまで上昇します。結果的にIQは言語能力、論理=数学能力、空間的能力を測定するのみで、創造性や感情的知能は測定されません。

このIQスコアの測定は陸軍が徴兵検査に活用するなど、アメリカ社会で広く使用されました。これにより知能は努力で勝ちえたものでなく、天から与えられたものになりました。実際は、IQは辺境の地など文化的に孤立した地域では低い結果が出ます。IQは環境が要求すれば上昇します。
 

一方、1981年ニュージーランドの心理学者ジェームズ・フリンは、100年以上にわたり測定されたIQスコアを調査したところ、数値が年々上昇し、10年毎に3ポイント上昇していると発見しました。これをフリン効果と呼びます。

実はIQスコアの特定の分野だけが上昇していました。一般知識や数学は差がありませんでしたが、抽象的論理の分野では著しく向上していました。1900年当時、人々は目の前の具体的な問題解決が大半で抽象的な概念を扱う経験がありませんでしたが、今日では様々な理論が一般人にもなじみ、抽象的な概念を取扱うことが増えたためと考えられます。
 

優生思想

こういった知能、認知、情動が遺伝で決まるのであれば、最初から危険な因子を持った人物を排除すれば安全な社会が実現できる、という思想を優生思想と呼びます。IQが遺伝的であれば、高いIQの遺伝子を優先的に育成し、低いIQの遺伝子を除外すれば良いのではないか、と優生思想では考えられますが、それを実際に調査した人物がいます。

1920年代アメリカの心理学者ルイス・ターマンは、IQの高い子供たちを調査する「天才遺伝子研究」を行いました。結果、IQの高い子供たちの集団からノーベル賞受賞者は一人も出ず、調査対象者のうちターマンに集団に入る資格がないとされた二人がノーベル賞を受賞しました。
 

親よりも仲間

ジュディス・リッチ・ハリスは著書「子育ての大誤解」の中で親は重要でないと述べ、大論争を巻き起こしました。アメリカへ移民してきた両親から生まれた子供は、日常生活を送る学校や遊び友達との会話を英語で行います。それにより英語の力はぐんぐん上達しますが、家庭の中でしか話さない母国語の力は伸びません。中国からアメリカに移民した両親の子供は、中国語を話すことができても、漢字を知らないため字を書けません。
 

ではチンパンジーのように知能の高い生物を人間と同じように教育すれば、人間のように話すことができるのでしょうか。

1931年心理学者ウィンスロップ・ケロッグ教授は、自分の息子ドナルド10か月とグァという10か月のチンパンジーを分け隔てなく育てました。グァは洋服を着て、幼児用の食器を使い、人間の幼児の生活に順応しました。二人は本当の兄弟のように仲良く育ちました。むしろ様々な動作の理解はグァの方が早く、ドナルドは人のマネをするのが優れていました。新しいおもちゃや遊び方を見つけるのはいつもグァで、それをドナルドはマネをしていました。ドナルドはチンパンジー語をいくつか覚えましたが、19か月の人間の子供なら50以上の単語を発するはずが、覚えたのはたった3語でした。チンパンジーを訓練して人間のように育てるつもりが、チンパンジーが息子をサルのように調教してしまった結果となりました。
 

図1 チンパンジーの子供のように…?

図1 チンパンジーの子供のように…?

人間の赤ちゃんにあってチンパンジーにないもの、それは心理学者が「心の理論」と呼ぶものでした。他者との関係性、共感する力、これらは多くの子供の場合、母親との関係により構築されます。
 

子育て神話の誤り

核家族で子供は両親の元で愛情豊かに育てられるというのはごく最近の感覚で、かつては親の死が頻繁にありえました。今はシングルマザーの家庭や離婚が頻繁にあります。子供は、家庭での文化よりも仲間同士の価値観に従い、仲間同士の中で最適な行動をとるようになりました。それが社会のルールに逸脱していても。
 

社会化は大人が子供に施すものでなく、子供たちが自分自身に施すものです。しかし、人の本性に関するものや、認知、判断の個性は遺伝によるものがあり、これは避けることができません。

これまで人類が生き延びてきたのは、仲間との集団行動があったからで、その集団内では自分の利益よりも時として他者の利益を優先する利他的な行動を取ってきました。そしてこの集団にとって最大の脅威は他の野生動物でなく、他の人間の集団でした。
 

「育ち」派の主張

遺伝子の影響は限定的

遺伝子はタンパク質の生成を命令するもので、遺伝子の指示により様々なたんぱく質がつくられます。では、同じたんぱく質であれば同じ人間、同じ性質が生まれるかというと、そうではありません。同じ材料でケーキを作っても調理方法が違えば全く別のケーキになってしまいます。
 

最近の研究では、遺伝子は2万2千個のボリュームつまみと電源スイッチのようなものだと分かっています。他の遺伝子や環境からの働きかけにより、いつでもボリュームは上下し、スイッチはオンオフします。この遺伝子と環境の相互作用は「G(gene)×E(environment)」プロセスと呼ばれます。

例えば、身長は遺伝子の影響を強く受けますが、環境の影響も大きいとされています。1957年スタンフォード大学のウィリアム・ウォルター・グルーリックは、同じ時期にカリフォルニア州で育った日本人の子供と日本で育った日本人の子供の身長を計測し、比較しました。すると、カリフォルニア州で育った子供の方が、平均身長が5インチ(約13センチ)高かったことを発見しました。遺伝子は外部の世界と交互作用を行い、唯一無二の結果を生み出しています。
 

藤井聡太棋士をつくる

スポーツは体の条件があるため、小さなときから英才教育をしてもトップレベルになるとは限らないですが、スポーツ以外なら小さなときから英才教育をすれば、トップレベルになることができるのでしょうか。
 

どんな子供でも正しい育て方をすれば天才になれるという結論に至ったハンガリーの心理学者ラズロ・ポルガーは、3人の娘をチェスのトッププレイヤーにすることに挑戦しました。十分な時間をチェスに充てるため、子供たちは学校通わせず、自宅で教育しました。しかし、いきなりハードな特訓をしたわけでなく、最初は子供の周りにチェス盤や駒があり、子供が興味を持って触れるようにしました。

その後、簡単なルールを教えて最初は親が遊び相手になりました。徐々に本格的な練習に移行し、5歳の時には熱心な練習をすでに数百時間行っていました。そこで子供に自己規律、努力、成果を大切にすることを教えました。3人の子供たちは熱心に練習しましたが、それは同時に楽しみでもあったとのちに述べています。「チェス盤を前にとても長い時間を過ごしましたが、とても好きだったので課題とは思いませんでした。」
 

その結果、長女スーザンは、4歳でトーナメントに初勝利、15歳で女性チェス世界ランク1位、その後女性プレイヤーとして初めてグランドマスターになりました。
次女ソフィアも女性チェスプレイヤーの世界ランキングで6位になりました。
三女ユディットは、15歳で当時世界最年少のグランドマスターになり、以降今日に至るまで女性チェスプレイヤーの世界ランク1位を獲得し続けています。
 

図2 ユディット・ボルカ― (Wikipediaより)

図2 ユディット・ボルカ― (Wikipediaより)


 

黒人は本当に頭が悪いのか?

心理学者リチャード・ヘアンシュタインと政治学者のチャールズ・マレーは、著書「The Bell Curve」の中で、遺伝により黒人のIQは白人よりも低いと主張しました。こういった遺伝論者の根拠は黒人と白人の脳の大きさの違いなどを引き合いに出しますが、いずれも間接的な証拠で決定的なものはありません。しかしこういった見解はアメリカ社会で差別を助長しており、求人に対しても白人なら採用されるが、黒人は採用されないことは珍しくありません。
 

黒人のIQが低い原因は、経済的に恵まれず十分な教育を受けさせられないことや、両親も十分な教育を受けていないため教育の価値が分からない、黒人家庭の所得は白人家庭の67%、資産は12%にすぎず、経済的なリスクにさらされている点などが挙げられます。また黒人の子供たちのコミュニティでは勉強ができることは白人のようで「かっこ悪い」ことであり、勉強ができる子も努力しなくなってしまいます。
 

対して中国や韓国などアジア系のアメリカ人の子供はSAT(大学能力評価試験)の成績が高く、白人と比べ同じ程度のIQでもアジア人の子供の方がSATのスコアは高い結果でした。これは、中国が2000年以上の歴史のある科挙の試験など伝統的に学力を重視する文化と、努力することを重視する価値観があり、良い成績は勉強の結果と考えることが影響しています。対してヨーロッパ系アメリカ人は、成績は生まれ持った才能や良い教師に恵まれることだと考えています。
 

努力は身体さえも変える

ロンドンでタクシー運転手の免許を取得するためには複雑に入り組んだロンドンの道路を全て把握しなければならず、世界一難しい試験ともいわれています。さら道路を知っているだけではだめで、目的地まで最も効率よく行ける道順を見つけなければなりません。その結果、ロンドンのタクシー運転手は膨大な記憶量と運転技術が求められます。

2000年にロンドン大学の神経科学者イレーナ・マグワイヤーの研究によると、タクシー運転手16人の脳をMRIで測定した結果、記憶をつかさどる海馬の部分が他の人に比べて大きくなっていることが判明しました。アスリートがトレーニングで筋肉を増やすように、ロンドンのタクシー運転手はトレーニングで脳の一部を増やしていたことになります。
 

図3 ロンドンのタクシー (Wikipediaより)

図3 ロンドンのタクシー (Wikipediaより)


 

これは、身体にはホメオスタシス(恒常性)があり、体に負荷がかかってバランスが崩れれば、それを元に戻そうと各機関が働くからと考えられています。いつもと違う激しい負荷がかかれば、これまでのシステムでは対応できず普段とは違う遺伝子を招集します。この遺伝子は負荷のかかった事態に適合するために、細胞内の様々なスイッチを入れたり切ったりします。こうして新たな状態に適合するからだがつくられます。
 

1万時間の真実

フロリダ州立大学教授アンダース・エリクソンは、ベルリン芸術大学の生徒の中から、Sランク、Aランク、Bランクの生徒各10人の7日間の日常を調査し、練習時間の違いを調べました。3つのグループとも個人練習を重要と考えていて、練習は非常に消耗するため十分な睡眠を取っていました。唯一の違いは、一人の練習時間の合計時間でした。

18歳までの練習時間の合計はAランクの学生5300時間に対してSランクの学生は7410時間でした。特に差が大きかったのは、勉強や友達との遊びなどやりたいことが多い8歳から12歳までの期間でした。一方、ベルリンフィルで活躍する中年のバイオリニストも18歳になるまでに平均7336時間、Sランクの学生と同等の練習をしていました。
 

2008年マルコム・グラッドウェルが「天才!成功する人々の法則」で達人の域に達するには1万時間の練習が必要という「1万時間の法則」を述べました。1万時間はある程度正しいのですが、漫然と1万時間練習しても達人の域に達しません。具体的な目標に向けた限界的練習でなければならないとされています。
 

1万時間の練習で得られる知識

1996年2月10日チェスの世界チャンピオン ガルリ・カスパロフとIBMのコンピューター ディープ・ブルーが対戦し、3勝1敗2引き分けで勝利しました。毎秒1億手以上計算するコンピューターが3手先までしか読めないカスパロフに敗北したことになり、「人類の頭脳は最強のコンピューターに勝利した」と報道されました。ディープ・ブルーは毎秒1億手以上計算する「才能」はありましたが、チェスの達人が持っていた知識、様々な局面でどのような手を打つのか、攻めと守りのバランスなどの戦術や戦略がありませんでした。
 

図4 ガルリ・カスパロフ (Wikipediaより)

図4 ガルリ・カスパロフ (Wikipediaより)


 

1997年5月3日カスパロフとディープ・ブルーは再び対戦しました。結果は1勝2敗3引き分けで、僅差でしたが初めて人類はコンピューターに敗北した日となりました。前回と違いディープ・ブルーには強い味方がいました。チェスのグランドマスター ジョエル・ベンジャミンがディープ・ブルーに過去100年のグランドマスターたちのプレーなど膨大なデータベースを教えたためでした。
 

目的を持った練習

自分の能力を高めるためには練習を漫然と行っていては効果がありません。明確な目的をもって集中して行う「目的のある練習」が必要になります。
はっきりとした具体的な目標は以下の3点が挙げられます。

  • 短時間で集中する
  • 結果に対するフィードバックは必ず行う
  • 居心地の良い領域(コンフォートゾーン)から飛び出す

 

はっきりとした具体的な目標とは

1回の練習ごとに計測できる具体的な目標を設定します。さらにその目標を達成する練習は、集中できるように部分部分に分解して行います。

  • 短時間で集中する
  • 長時間は集中できない、集中するためには時間を区切る
  • 結果に対するフィードバックは必ず行う

などを意識的に行います。
どこができていいて、どこができていなかったのか、具体的なフィードバックを受けて修正しなくてはいけません。
 

居心地の良い領域(コンフォートゾーン)から飛び出すこと

自分ができるレベルで繰り返し行っても技術は向上しません。むしろ下手になっている可能性があります。ギリギリでできない程度の厳しい練習を行い、自らコンフォートゾーンから脱出しなければ、次のレベルに達することはできません。
 

壁に当たったら

別の方向から攻めてみましょう。この時、コーチや指導者の存在が役に立ちます。本人では気づかない別のアプローチを指摘してもらえます。
バイオリン教師のドロシー・ディレイは、教え子が音楽祭で演奏する曲をもっと速く弾きたいと言った時にメトロノームを用意しました。最初はメトロノームを生徒が十分弾けるペースにセットしますが、徐々にメトロノームのスピードを上げていき、生徒が完璧に弾きこなしたらさらにスピードを上げて、目標のスピードを実現させました。
 

実践的な訓練「トップガン」

1968年ベトナム戦争で、海軍はミグ戦闘機を乗りこなす北ベトナム軍のパイロットとのドッグファイトを繰り広げましたが、結果は芳しくありませんでした。ミグ戦闘機2機を打ち落とすのに自軍の戦闘機を1機失っていたからです。
 

対策のため、海軍戦闘機戦術教育プログラム通称「トップガン」が開始され、各部隊の優秀な戦闘機乗りを訓練生として招集しました。教官として海軍のトップパイロットが配属され、対戦相手のミグ戦闘機役を務めました。訓練はミサイルや銃弾を発射しない点以外は実戦さながらの激しいドッグファイトでした。
 

図5 戦闘機訓練

図5 戦闘機訓練


 

当初、訓練生は教官にコテンパンにやられてしまいます。空から降りた後、教官は訓練生に「飛んでいる時に何に気づいたのか」「その時どうしたのか」「他にどんな選択肢があったのか」などと質問をして、時にはフィルムやレーダーの記録を使ってドッグファイトで起きたことを説明しました。そして「どこを変えればいいか、どんなことを考えるべきか」アドバイスをしました。
 

こうしてドッグファイトの課題に気づいた訓練生は、質問を投げかけることで教えられたことが自然に身に付き、翌日の訓練に反映できるようになります。繰り返すうちに、自らで状況に的確に対応できるようになっていきました。この訓練生が戦争の舞台に戻り、更に部下のパイロットを訓練することで、終戦直前には自軍の戦闘機1機失うのに対しミグ戦闘機12.5機を打ち落とすまでになりました。対してトップガンの訓練をしなかった空軍の戦果は、依然として奮わないままでした。
 

スポーツでの目的性訓練

卓球の全英チャンピオンでシドニーオリンピックにも出場したマシュー・サイドは、19歳の時、近くに越してきた中国の優れた卓球選手「陳新華」のコーチを受けました。

陳はボールをバケツに入れ、マシューに向けて様々な角度から様々な速度で次々とボールを打ち、マシューにレシーブさせました。それもマシューが拾えるか、拾えないかというギリギリのところに。これによりマシューのスピード、予測能力、敏捷性、タイミングの限界は徐々に向上しました。その能力をより向上させるため、卓球台も1.5倍に広げ、さらに素早い動きを求めました。マシューは5年間で飛躍的に能力が向上し世界ランキングも上昇しました。

さらにあらゆるボールに対して全く同じ打ち方を習得するように指示を受け、2ヶ月の間それに取り組みました。これはフィードバックの仕組みをつくることになり、彼の調子が悪くなった時にフォアハンドの打ち方を見ればどこが悪かったのか、直ちにわかるようになりました。
 

NBAのセンター ジョン・アミーチは、ペンシルバニア州立大学時代、相手チームを6人にして常に2人からマークされて練習しました。ブラジルのサッカー界はフットサル出身の選手が多く在籍します。フットサルはコートが狭く、人が密集するため、素早い判断、完璧なパス、ボールコントロールが要求されます。しかも1試合でボールに触れる回数が通常のサッカーよりも多いので、練習量も自然と多くなります。このように、スポーツでの目的性訓練、つまりコンフォートゾーンから抜け出すための限界的練習は、様々な状況に合わせた方法があります。
 

才能に頼るとダメになる

1978年スタンフォード大学教授のキャロル・ドゥエックは、小学校5,6年生150人に知性に対するアンケートを行い、「知性は遺伝子に備わっている」と考える子供と「知性は努力が変えられる」と考える子供に分けました。彼らにいくつかの問題を出したところ、最初のグループは難しい問題になると「僕はあまり利口じゃないから」とそれまではうまく解けていたのにも関わらず、そこで投げ出してしまいました。

後のグループは失敗を何のせいにもせず、失敗したことに焦点を合わせずに問題を解き続けました。その結果、より高度なやり方で問題にチャレンジし、数人は問題を解くことができました。この調査では、問題に取り組む姿勢が大きな差となりました。
 

1997年マッキンゼーは「ウォー・フォー・タレント(人材育成競争)」という報告書を発表しました。ビジネスで成功と失敗を分けるのは専門分野の知識より論理的思考能力であること、これは元々備わっていた才能によることを解説しました。

テキサス州の総合エネルギー取引会社エンロンは、マッキンゼーに多額のコンサルタントフィーを払い、マッキンゼーの才能信仰にのめり込んでいきました。こうしてエンロンは最高のビジネススクールから才能のある人材を集め大きな権限を持たせました。この才能を崇拝する文化により、社員は常に非凡な才能があるように振舞わなければならず、才能のない人間に見られることを非常に恐れました。その結果、失敗は隠されてしまい、巨額の不正経理・不正取引による粉飾決算が明るみに出て、2001年12月に破綻しました。
 

アクティブ・ラーニングの可能性

3人の研究者 ルイス・デロリエ、エレン・シェル―、カール・ワイマンは、ブリティッシュ・コロンビア大学の1年生の物理学の授業で、従来の講義形式とアクティブ・ラーニングとを比較しました。
 

図6 アクティブ・ラーニング

図6 アクティブ・ラーニング


 

アクティブ・ラーニングのクラスでは、限界的練習を応用し、より積極的に学生に考えさせました。授業前に学生に教科書の課題部分を読ませ、パソコンで小テストを行います。小テストのレベルは講義よりやや高くし、学生に考えさせる部分もありました。授業では小グループ単位で問題について討議し、教師が学生の質問に答え、議論に耳を傾けました。

その後、理解度を測るため小テストを行ったところ、伝統的な授業を受けた学生の正答率が41%に対し、アクティブ・ラーニングのクラスの正答率は74%でした。しかもアクティブ・ラーニングを担当したのは指導経験のない大学院生とポスドク生でした。
 

社会人はどんどんダメになる

プロスポーツや将棋、音楽など個人の能力が重要な職業では、限界的練習により技術を高めることが重視されています。
しかし、なぜセールスや企画、開発、製造などのビジネスでは、各々の能力を高めようしないのでしょうか。
これまでは、以下の誤解が存在しました。

  • 能力は遺伝的特徴(才能)により決まる
  • 仕事の出来る人はできる、できない人は訓練してもできないのか?

  • 継続すれば徐々に上達する
  •  目的を持って仕事をしなければ、むしろ低下するのではないか?

  • 努力すれば上達する
  •  「営業は頑張れば数字を上げられる」、いや正しく努力しなければ数字は上がらないのではないか?
     誰か「正しい努力」を教えているのか?

 

特に社歴の長い社員は、それまで経験した実務から離れ、管理業務に就くことが多くあります。管理業務に必要なスキルは何か、そのスキルを身につけるためにはどのような訓練が必要か、必要なスキルが身に就いたかどうか、どのように判断するのか、これらを備えるための適切な仕組みがなければ、優秀な作業者が管理能力のないまま管理者となり、組織全体の能力が低下してしまいます。
 

こういった問題には、研修やセミナーは効果がありません。

トロント大学のディブ・デービスは、医師の技能を改善するための研修、セミナー、シンポジウム、医療ツアーなどを調査しました。その結果、最も効果が高かったのはロールプレイ、ディスカッションなどインタラクティブな訓練で、講義中心の研修は最も効果が低いと分かりました。
 

  1. 対策例 社内
  2. 社内での会議で報告する報告者のプレゼンに対し、全員がフィードバックを行うようにします。報告者のプレゼンを改善するなど、仕事をしながら学習することができます。

  3. 対策例 トップガン流練習法
  4. 実際のドッグファイトで遭遇しそうな状況を模したプログラムをつくり、その中で何度も練習し、フィードバックを受けられるようにします。

  5. マネジャーのトップガン
  6. 実際にマネジャーが遭遇する様々な問題、課題を模したプログラムをつくり、研修で問題や課題を解決し、模擬指導します。そして、そのフィードバックを受けられるようにします。

  7. セールスのトップガン

研修で自社のセールスに必要な知識、手法を学習します。その後、実際に教官と一緒に顧客にセールスに行き、フィードバックを受けられるようにします。
 

自らをコンフォートゾーンの外に置く限界的練習は、精神的に大変きついため、時間を短くし、レベルは徐々に上げていくようにします。そうすることでだんだんときつさが和らいで、練習を完遂できるようになります。

自分がレベルアップしていくことが分かるようにするのも、練習を継続させるためには非常に効果的です。レベルアップしていることが分かれば、モチベーションが高くなります。仕事のスキルがどれだけ上がったか、限界的練習を努力した結果どうなったか等、誰でも分かる仕組みが必要です。
 

湧いてくる疑問

ここまでの議論には5つの異なった性質の違いがあります。

  1. 種としての人間と、他の動物の違い(共通点) 
    例 チンパンジーや他の動物との比較

  2. 集団
  3. 人の集団とその構成員として、他の集団との違い
    例 民族、国家、部族、時代による文化や価値観の違い

  4. 生物としての個人の違い1
  5. 身長、体重など身体的な特徴、適応性障害、自閉症、サヴァン症候群など

  6. 生物としての個人の違い2
  7. ジェンダー、セクシュアリティ、パーソナリティ、サイコパスなど心の問題

  8. 人として後天的に習得するもの

価値観、忍耐強さ、前向きさ、実直さ、誠実さなど
 

このうちで①~④は人が変えようと思っても変えられない性質です。②は変えることは可能ですが、すぐに個人で変えられるものではありません。

しかし⑤は本人次第で変えられます。

個人が成功するために必要な能力は、③④なのか、⑤なのか、それによりその後の行動は大きく変わります。
また企業・組織に必要な能力も、③④なのか、⑤なのか、それにより企業・組織の人材開発も全く変わってきます。そして⑤であるとすれば、その開発はスポーツなどに比べれば、ほとんどされていないと言えるのではないでしょうか。
 

参考文献

「子育ての大誤解」 ジュディス・リッチ・ハリス 著 早川書房
「人間の本性を考える (上・中・下)」スティーブン・ピンカー 著 日本放送出版協会
「天才を考察する」 デイヴィッド・シェンク 著 早川書房
「非才」 マシュー・サイド 著 柏書房
「頭のでき」 リチャード・E・ニスベット 著 ダイヤモンド社
「超一流になるのは才能か努力か?」 アンダース・エリクソン 著 文芸春秋
「なぜ人類のIQは上がり続けているのか?」ジェームズ・R・フリン著 太田出版

 

 

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これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その3

これまで日本企業は、終身雇用、年功序列賃金に代表されるように、企業が共同体として目標に向かって邁進することで成果を上げてきました。

しかし今日事業環境は大きく変化し、これまでとは異なったやり方が求められるようになってきました。そうなると社内で経験を積んだ人材が大きな成果を上げることは限りません。

急速に進歩するITによって事業環境が大きく変化する今日、これまでと同じような組織や人材に対する考え方でよいでしょうか?

これに対し、グーグルやアマゾンに代表される新興のテクノロジー企業(以降、テクノロジー企業)は、それまでとは異なった人材採用や企業文化・組織を採っています。
 

図1 組織・人材マネジメントの変化

図1 組織・人材マネジメントの変化


 

「これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その1 ~グーグル、アマゾンと日本企業の比較~」では、テクノロジー企業が求める傑出した人材と、採用活動について述べました。

また

「これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その2」では、傑出した人材を活用するための組織、企業文化を日本企業と比較して述べました。

今回は、傑出した人材の育成と評価について日本企業と比較して述べます。
 

テクノロジー企業の社員のやる気と能力を高める方法

テクノロジー企業が採用を重視するのは、傑出した人材の能力は、入社後の教育で高めることが難しいからです。それでもグーグルは入社後の教育プログラムがあります。

訓練より採用

テクノロジー企業が求める傑出した人材は、ランクの高い学校を出た人材でなく、

高い創造性と意欲を持ったスマートクリエイティブ

です。彼らは様々なことに関心を持ち、

自ら課題を見つけ、学び成長する「ラーニングアニマル」

でもあります。
 

そうじゃない人材を採用後に教育訓練を重ねても、傑出した人材に変わるのは困難です。そのためテクノロジー企業は教育より採用に力を入れています。これについてラリーペイジは以下のように語っています。
 

経営者をしていて意外だったのは、プロジェクトチームにとんでもない野心を抱かせるのは、とても難しいということだ。どうやらたいていの人は型破りな発想をするような教育を受けていないらしい。現実世界の現象から出発し、何ができるか見定めようともしないで、最初から無理だと決めてかかる。

グーグルが自律的思考の持ち主を採用し、壮大な目標を設定するためにあらゆる手を尽くすのはこのためだ。

適切な人材と壮大な夢がそろえば、大抵の夢は現実になる。たとえ失敗しても、きっと重要な学びがあるはずだ。

そしてたいていの会社はこれまでやってきたことを継続し、多少の斬新的な変化を加えるだけで満足している。だが、斬新的なアプローチではいずれ時代に取り残される。とくにテクノロジーの世界では斬新的な変化ではなく、革命的な変化が起こりやすいからだ。だから将来に向けて、あえて大胆な賭けに出なければならない。

グーグルが自動運転車や気球を使ったインターネット構築といった、一見すると荒唐無稽な事業に投資するのはこうした理由からだ。

いまでは考えられないが、ぼくらがグーグル・マップを始めたときも、すべての道路の写真を含む世界地図をつくるという計画は不可能という見方が大勢を占めていた。

過去が未来の参考になるとすれば、こんにちの大胆な賭けは数年も経てばそれほど突飛な試みには思えなくなるだろう。

 

ボトムアップ

傑出した人材を厳選して採用するテクノロジー企業ですが、それでも期待する成果を出せない社員もいます。

グーグルは、仕事の成果が下位5パーセントに属する社員には、この状況を伝え自らの能力を高めることを求めます。実は、上位5%に属する社員の能力を教育によって高めるのは容易ではありません。しかし下位5パーセントに属する社員の能力を教育によって引き上げることは十分可能なのです。つまり「できない社員こそ積極的に教育している」のです。

その教育方法は、同じ課題を何度も繰り返し与えるやり方です。

反復と集中によってその社員の特定の能力を引き上げます。

(これはプロスポーツ選手の練習と同じです。)
その結果、能力が向上し高い成果を出せるようになります。講師にはその業務に対し十分な能力を持った社内の人材を充てます。講師も教えることで自らの能力を高めることができます。
 

日本企業の企業文化と社員のモチベーション

これに対し、年功序列賃金と終身雇用を前提とした日本企業は、テクノロジー企業とは異なる企業文化があります。これが社員のモチベーションにも影響します。

ぶら下がり社員

年功序列賃金の場合、勤務年数が長くなると仕事の成果よりも報酬が上回るようになります。従って例え低い評価でも転職せず会社に残った方が収入は高くなります。(むしろ年齢が高くなれば転職自体が難しい。)

そのため賃金に見合った十分な成果が出せなくても組織に残るために、表面上はやる気を見せます。有給休暇も取らずに、長時間働いて周りにやる気や努力している姿を示します。あるいは人目につくところで仕事の成果を訴え、自らの評価を高めようとします。こうして成果が低くても、

やる気や努力を示して高い賃金を維持する「ぶら下がる社員」

が増えてきます。
 

前向きでない社員

日本企業の社員のやる気を調査した結果、「自ら何かに取り組む前向きなやる気」は欧米に比べて少ないことがわかりました。日本企業の社員のモチベーションは「やった方が良い仕事、やらなければならないからやる仕事」など、どちらかといえば消極的なものが多くを占めていました。
 

成果主義と能力と主義

本来の成果主義は、仕事の成果に応じて対価を払う仕組みです。成果が多い社員は報酬が高く、成果が少ない社員は報酬も低くなります。その点で成果主義は公平な制度です。

しかし多くの日本企業の成果主義制度は、合理的な基準で成果を定量的に評価せず、やる気や努力などの情意項目を加味しています。そのため評価者の見方や感情も結果に大きく影響します。
 

この成果主義に対して能力主義というものがあります。この能力は、目的の達成に貢献する職務遂行能力(職能)です。しかし「能力」の評価は難しく、実際に評価する際は、顕在能力(営業成績等の具体的な業績)に加えて、潜在能力(周りの期待)、知識、態度(性格・意欲)、経験などを加味して総合的に評価します。

日本企業の人事考課制度の多くがこのようになっています。そしてこういった評価では、あらゆる面でバランスの取れた人材の評価が高く、例え特定の分野で突出した能力があっても潜在能力、知識、態度、経験が低ければ低い評価になります。

激変する事業環境の変化に対応するのに

正解のない問題に取り組むのにバランスの取れた秀才ばかりで良いのだろうか

という気もします。実際に企業の人事考課表を見ても、努力している、積極的に、誠実に、といった定性的な記述も多く、これは評価者の見方や考え方(さらに好き嫌い)で大きく変わってしまいます。

さらに中高年になると、加齢によって能力が低下するという先入観もあります。しかし実際は頭脳労働は加齢による能力低下は少なく、学術研究などでは高い成果を上げる高齢の研究者もいます。従って真の能力主義であれば中高年は若い社員よりも高い戦力なのです。しかし

年功序列による高い賃金が中高年の活用の場を奪う

結果になってしまっています。
 

革新的な取組のできる人材

「これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その1 、その2」で述べたように日本企業は、比較的均質な秀才の集団です。しかし事業環境が大きく変化する今日、企業がイノベーションを起こすには飛びぬけた発想や能力を持った人材が必要です。

しかしこういった人材は、他の面の能力は極めて低いことがあります。エジソン、アインシュタイン、チャーチルなどは、学校時代は落ちこぼれや劣等生でした。他にも優れた科学者や芸術家には、異常性が高く社会に適応できない人も多くいます。

ある面で傑出した能力があっても、社会的に不適応であれば、学校教育の段階でこぼれ落ちてしまいます。そのため就職活動の市場にそもそも出てきません。
 

テクノロジー企業の評価制度

こういったテクノロジー企業はどういった評価制度なのでしょうか?
 

報酬と評価を切り離す

テクノロジー企業において傑出した人材は、一般社員の何十倍もの成果をもたらします。そのためトップレベルの成果を上げた社員にはトップレベルの報酬が支払われます。

一方、人事評価制度は、社員の能力を伸ばすために運用されます。そこで社員の能力を伸ばすための評価制度と、報酬を決定するための制度は切り離すべきなのです。

これまで多くの企業の業績管理は、規則に基づく官僚的な手続きになってしまっています。その目的は業績の改善よりも社員の管理です。そのため社員からもマネジャーからも嫌われます。

例えばジェネラル・エレクトリック(GE) やマイクロソフトは、業績下位数パーセントに属する社員は解雇されます。ランク&ヤンク(昇進と解雇)という厳しい制度です。

これは社員にとっては「誰かが昇進すれば誰かが辞めさせられる」というゼロサム構造です。

その結果、社員同士の足の引っ張り合いが起きます。
図6 社員のランク付け

図6 社員のランク付け

そこでグーグルは従来の人事考課制度を廃止してOKRを導入しました。
 

格差の大きい報酬

グーグルの報酬四つの原則

  1. 報酬は不公平に
  2. グーグルの計算では、上位5%のプログラマーは平均的なプログラマーより23,000ドル、上位0.3%のプログラマーは平均的なプログラマーより50万ドルも多くの価値を創出します。そのためそれに見合った報酬を与えます。優秀な社員に与えられるストックオプションが100万ドル、またそれ以上の1万ドルのこともあります。

  3. 報酬ではなく成果をたたえる
  4. 愛を伝え合う環境づくり
  5. 社員が1人1回175ドルまでのボーナスを社員に支給できる仕組みがあり、社員が自分たちの業務に貢献した社員にギフトを送ることができます。

  6. 思慮深い失敗に報いる
  7. 例えプロジェクトが失敗に終わっても、担当者が責任を取るなど差別的な処遇を受けることはありません。やるべきことを間違えれば、当事者がどれだけ努力しても失敗におります。大事なのは失敗を責めるのでなく、その失敗を次にどう生かすかです。

 

周りからのフィードバックを生かす

グーグルでは部下の能力向上のために、同僚や上司からの積極的なフィードバックを推奨しています。本人に対して改善してほしい点、改めてほしい行動を積極的に本人に伝えます。この成長のためのフィードバックは、人事評価とは切り離されています。
 

アマゾンでは360度評価を取り入れ、直属の上司に加え同僚や部下、仕事で関係した社内の他の部署の担当者など様々な関係者からのフィードバックが評価に加味されます。評価を依頼された側は、逆に評価を頼むこともあるために真剣に評価します。
 

グーグルは前述のように業績管理をやめてOKRに切り替えました(OKRは目標管理のことで、詳しくは後述します)。3か月毎に会社の OKRを設定します。社員は会社のOKRの方向に合うように自分のOKRを設定します。CEOをはじめとして全社員のOKRを自社のイントラネットで見ることができます。お互い何を目標としているか知ることで、スムーズなコミュニケーションと高い協力関係が得られます。

実際グーグルはOKRを導入したことで業績が改善されました。OKRは目標と成長のためのフィートバックであり、報酬の査定とは切り離されています。
 

360 度評価はアマゾンでも取り入れられています。直属の上司に加えて、同僚、部下や仕事で関係した社内の他の部署の担当者などから、360度のフィードバックが加味されます
 

1対1のミーティング

インテル、グーグル、ネットフリックス、アマゾンなどでは上司と部下との1対1のミーティングを重視しています。 アマゾンでは一週間に一回30分程度の1on1 (ワンオンワン) と呼ばれる部下との定例ミーティングを行うことが義務になっています。

このように1対1のミーティングを重視するのは、大勢の前ではなかなか人は問題を打ち明けないからです。1対1のミーティングになって初めて部下の深刻な問題を聞いたということもあります。

コミュニケーションや情報の流れを良くするには、部下とのクローズな中で1対1のミーティングが不可欠です。

図7 1対1のミーティング

図7 1対1のミーティング


 

海外から導入された評価制度

元々成果主義は欧米の手法であり、コンサル会社などが欧米でのシステムや手法を導入することで、成果主義の他にもMBO、OKR、360度評価などが日本企業に導入されています。一方欧米企業と日本企業では、企業文化が異なるため欧米の手法を導入することで想定外の問題が起きることもあります。
 

【MBO (Management By Objectives】
日本でも行われている目標管理制度で、社員は1年毎に業績目標を決め、1年後に達成度を評価します。目標設定は本人と直属の上司で行い、達成度の評価も本人と上司が行います 。目標は業務上の成果が目標になることが多く、そのため達成度は100%が求められます。しかも多くの会社ではMBOの達成度は「昇進や報酬」に影響します。
 

【OKR (Objective and Key Results) 】
OKRも目標管理制度と同様に最初に目標を設定し、期間終了後に結果を評価します。
MBOとの違いは、
・目標設定と評価が四半期ごとに行われる
・頑張っても達成度が60%とか70%にしかならない高い目標を設定する
ことです。
そうすることでこれまで以上の高い成果を引き出すことを狙います。このOKRはインテル、グーグルなどが採用しています。OKRは達成度が明確にできる必要があり、以下に示すSMARTな目標でなければなりません。

  • 具体的 (Specific)
  • 誰でもわかる、明確で具体的な目標

  • 測定可能 (Measurable)
  • 目標の達成度は数値化、定量化され誰でも判断できる

  • 達成可能 (Achievable)
  • 目標は現実的で達成可能である

  • 経営目標に関連した (Related)
  • 経営目標に関連した組織にとって達成する意味のある目標

  • 期限がある (Time-bound)
  • いつまでに達成するのか、期限が設定されている

 

目標の達成は、個人だけでなくチーム及び会社組織全体に影響が及ぶこともあります。そうなると目標の達成は個人の力だけではできないため、目標達成と報酬は切り離して考えます。
OKRを効果的に運用するには、適切な評価と改善のためのフィードバックが不可欠です。これには1対1の面談も含まれます。
 

【360 度評価】
アメリカの企業で採用されている人事評価の方法で、上司以外にも他のマネジャーや同僚などの関係者が1人の評価を行って評価の公平性を高める方法です。日本でも公平性を高めるために導入する企業が増えています。部下が上司を評価したり、他の上司が評価することで今まで得られなかった情報が得られ、より公平な評価が実現します。

日本企業で360度評価を導入している企業は20%、かつて導入していたが今はやめている企業が17.7% ( 日本の人事部人事白書2018より)
 

360 度評価のデメリットとして、上司が部下から評価されるため、部下に対し厳しい態度がとれなくなる点があります。
あるいはお互いが良い評価になるように事前に談合したり、気に入らない特定の社員に対し結託して低い評価をつけたりといった不正の問題もあります。

一方、日本では社員をスペシャリストでなくゼネラリストとして能力を評価する傾向があります。そのため360度評価で、多くの社員から低い評価がついてしまった場合、挽回は困難です。(ゼネラリストとしての多面的な能力は簡単には向上しないため)
「人としてダメ」と烙印を押されたことになり、低い評価がついた社員のモチベーションは大幅に低くなります。

このように360度評価に限らず評価制度の問題点は、例え意欲が高い社員でもネガティブな評価がつくと、自己評価が下がってしまいモチベーションも低下してしまう点です。
 

日本企業の成果主義の失敗

成果主義はバブル崩壊後多くの企業に導入され、現在も多くの企業で使われています。しかし成果の比重を少なくするなどして制度を年功的なものに戻している企業もあります。その原因を以下に挙げます。

  • 成果を定量的に測定できず、そのため情意項目が多く、恣意的になっている
  • 賃金の引き下げは容易でないため、業績を的確に賃金に反映できない
  • 閉ざされた社会では誰かに高い評価をつければ誰かが低い評価をつけられるというゼロサム構造になってしまうため、社員同士で足の引っ張り合いが起きてしまう
  • 目標に対する達成度が評価となるため100%の達成度になるように低い目標を設定する

 

従来の人事評価制度は、評価が賃金の査定と昇進の両方に影響するため、評価が低いと給与だけでなく社内の地位や立場にも影響します。しかも評価項目に定量的な項目以外に、努力や姿勢いった情意項目もあるため、例え成果が十分でも頑張っている姿も見せなければ良い評価が得られません。
 

頑張っている姿を評価することは、グーグルは

目的よりもプロセスを重視するとずる賢い社員がシステム抜け目なく利用する余地が生じる

と考えています。実際同社では査定の時期が近づくと

「いかに自分が頑張っているか」

を上司に訴求する社員がいました。
 

人事評価のコンサルタントや人事評価システムの会社は、「適切な評価をおこなうことで組織の成果を高め、社員のやる気を高める」と主張します。しかし人事評価は社員のやる気を本当に高めるでしょうか?
 

本人が努力すれば評価が上がり、努力が少なければ評価が下がれば、モチベーションになります。人がSNSで記事や写真を投稿するのも、注目される記事や写真を上げれば「いいね」やフォロワー数が増えるからです。

努力すれば人事考課は上がるのでしょうか。人事考課が今まで述べたような仕事の成果だけでなく能力まで含んでいる場合、能力は短期間では上がらない(正確には同僚を超えない)と考えます。

そうであれば適切な評価は社員のやる気を引き出すでしょうか?

 

そう考えると能力と昇進(地位)と報酬(成果)は分けた方がよいかもしれません。

図8 昇進と報酬を分ける

図8 昇進と報酬を分ける

頑張っているはマチガイ

日本電産の永守会長は、テレビのインタビューで「今までのやり方に対し大反省をしている」と語っていました。新型コロナウイルスのためテレワークを推進したところ、大きな成果を出す社員がいました。会社に行かないことで時間が多く取れるようになり、今までより多くの電話を顧客にかけることができて受注が増えました。

永守会長は今までは会社での「社員の頑張りを高く評価」していましたが、今後は頑張りよりも結果を重視するような評価に変えると語っていました。
 

給料まで自分で決める会社

情報処理システムの製作・販売を行っている中国のある会社は、営業マンが自分の勤務時間や給与を自分で決めます。営業マンひとりの毎年の売上から仕入、自分の給与、経費などを引いた残りが利益になる仕組みです。給与を高く設定して目標の売上を伸ばす社員もいれば、低い給与で目標の売上を下げる社員もあります。同社では、多くの社員がこの制度に満足し定着率も高いそうです。
 

テレワークでの評価

新型コロナウイルスのため多くの企業がテレワークを導入しました。テレワークでは上司は社員の仕事ぶりを直接見ることができません。今まで評価していた「頑張っているかどうか」がわかりにくくなりました。これは今まで仕事の成果物を定量的に評価する仕組みがなかったことも原因です。
 

アメリカでは在宅勤務やテレワークを取り入れている企業は、2013年は58%でしたが2017年には62%に増加しました。常時在宅で勤務するフル在宅勤務の割合も2013年の20%に対し、2017年は23%になりました。(全米人材マネジメント協会 SHRM の調査)
 

アメリカのオートマティックという会社は57カ国に600人以上の従業員がいますが、全員がフル在宅勤務で働いています。日本でも東京のシステム開発会社ソニックガーデンは、社員のフル在宅勤務を認めていましたが、2016年にはオフィスを撤廃し全社員リモートワークに切り替えました。
 

その一方で、2013年にはアメリカのヤフーが、2017年にはIBMが在宅勤務を禁止しました。またグーグルでは社員はオフィスで顔を合わせて仕事をすべきという考えです。
 

一般的な在宅勤務の問題点は

  • 上司は部下の働きぶりがわからない、また成果に気づきにくい
  • オフィスのように部下の働きぶりを見ることができないため、仕事の過程を評価しにくい
  • 上司や同僚に簡単に相談できないため生産性が低下
  • 聞くことに時間と労力がかかるため、聞けばわかることが聞けずに生産性や仕事の質が低下する

 

他に勤務時間管理の問題や仕事とプライベート時間の区別の問題などがあります。

またフル在宅勤務になると、

  • チームメンバーとの人間関係の構築
  • 社員の育成や教育

の問題も生じてきます。
 

むしろテレワークは、これまで会社という共同体の中で仕事をしてきた社員の意識が希薄になります。そして結果よりも頑張りを認めてきた今までの評価が困難になります。

また多くの部下に指示をしたり、会議で結論を出したりすることは、上司の承認欲求を満足させましたが、テレワークではそれも希薄になります。頑張りや人間関係、社内政治といった衣がなくなり、本当の成果が評価されます。

部下の育成も丁寧な指導や細かなフォローはできず、部下自身も自立することが必要です。そういった点でテレワークを推進するには、今までの企業文化を大きく変える必要があります。
 

若者たちの承認欲求を高める

現在の若者は

「会社のため」や「組織のため」

という意識は希薄です。

しかし自分がやっていることを認められたいという気持ちは強く持っています。

その点SNSを見ても若者は強い承認欲求わ持っています。職場でも努力してやる気を見せます。そこで彼らに

「自分が認められるために何をしなければいけないのか」

目標を適切に設定することが重要です。
 

「自分のため」を指導する

青山学院大学の原監督は選手に対し、主語を「チームの為に」と言わずに「君にとって」として指導しています。

「こういう練習をして、こういう選手になった方が社会人になってからもマラソンを続けるという意味では、君にとって良いはずだ。チームにとってじゃない。君にとって良いんだ」

こう話して本人も納得すれば、彼らは頑張ります。
 

日本ハムファイターズの栗山監督は「僕はもうチームの優勝を目標に掲げるのをやめた」と語っています。「選手個人の最高の成長をゴールに考えている」とそうすると選手たちも「ああ、監督は俺のことをちゃんと考えてくれているな」と理解して頑張るようになります。その結果がチームの優勝だと栗山監督は考えています。
 

健全な野心を持たせる

Adobe の共同経営者ウォーノック氏はインタビューで次のように語っています。

「プログラマーというのはたいてい市場をあっと言わせるのを楽しみに働いているんですよ。こいつはすごい!100万人もの人間が俺の書いたコードを使うぞ!って」
(世界を動かす巨人たちより)
 

その意味では過去に偉大な業績をあげた人たちには野心家が少なくありません。そしてこういった健全な野心が良質な努力となり偉大な業績を生み出します。「認められたい」という若者の気持ちをうまく努力に繋げば優れた業績を実現できます。

近年の日本の若いアスリート達が世界でトップクラスの成績を収めています。彼らは、スポーツの世界で自分の努力が適切に認められれば、他の楽しみは一切顧みず惜しみない努力を長年継続します。

そこで優れた指導者は、彼らのそういった面をうまく引き出して、自然と努力するスタイルを作り上げています。

はたして企業はこういった若者たちの努力を仕事に結びつけることができているでしょうか?

ひょっとするとヒントはテクノロジー企業の取組にあるのかもしれません。

 
 

参考文献

「私たちの働き方とマネジメント」 エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ 著 日本経済新聞出版社

「ワーク・ルールズ!」 ラズロ・ボック 著 東洋経済新報社

「アマゾンの絶対思考」 星健一 著 扶桑社

「ネットフリックスの最強の人事戦略」 パティ・マッコード 著 光文社

「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」 アンドリュー・S・クローブ 著 日経BP社

「ホンネで動かす組織論」太田肇 著 ちくま新書

「外向きサラリーマンのすすめ」 太田肇 著 朝日新聞社

「選別主義を超えて」 太田肇 著 中公新書

「虚妄の成果主義」 高橋伸夫 著 日経BP社

「できる社員は『やり過ごす』」 高橋伸夫 著 文芸春秋
 

経営コラム ものづくりの未来と経営

人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その2

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図1 組織・人材マネジメントの変化

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「これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?その1 ~グーグル、アマゾンと日本企業の比較~」では、テクノロジー企業が求める傑出した人材と、採用活動について述べました。

今回は、傑出した人材を活用するための組織、企業文化を日本企業と比較して述べます。
 

テクノロジー企業の企業文化

こうしたテクノロジー企業は、特徴のある企業文化があります。
 

ミッションと企業理念

ミッション、経営理念については様々な解釈がありますが、ここでは次のように考えます。

  • 経営理念
  • 企業のあるべき姿、社会に対する存在価値、それを実現するための経営姿勢、行動基準
  •  
  • ミッション
  • 企業の果たすべき使命、存在意義

 

テクノロジー企業の社員は、ミッションや経営理念に忠実に行動することが求められます。それが自社の強い企業文化を形成しているのです。
 

【グーグル のミッション】
「世界中の情報を整理し世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」

 

しかし実は非公式の行動規範に

「邪悪になるな (Don’t Be Evil)」

というのがあり、これが彼らの行動や意思決定に大きな影響を与えました。

(ただし現在は「Do the right thing.(正しいことをしよう)」に変わった模様です。)

そしてグーグルの企業文化は、ミッションと合わせて、以下の特徴があります。

  • ミッション
  • 透明性
  • 発言権

 

この企業文化が同社の行動、経営判断、価値観を形作っています。
 

2010年グーグルは中国市場から撤退しました。当時中国では政府によって検索結果への検閲が避けられない状況になっていました。
グーグルは、

  • 中国の法規を守って検索結果の検閲を受け入れるか
  • 撤退するか

の判断を迫られました。

長い時間の議論の末、検索の透明性という価値観に照らして、巨大な中国市場を断念し撤退を選択しました。

これは企業文化が戦略を決定した例です。

 

またある時、ある機能を追加すれば広告収入が大きく増えることがわかりました。その機能を搭載するかどうかを会議で議論した時、あるエンジニアは

「これはやるべきでない!邪悪になるぞ!」

と叫び、採用は中止されました。
 

【アマゾンの基本理念】
「地球上で最もお客様を大切にする企業であること、お客様がオンラインで求めるあらゆるものを探して発掘し、出来る限り低価格でご提供するよう努めること」

 

この基本理念に基づき、アマゾンの社員は常にお客様での立場で考えるという文化があります。
 

例えば、新しいサービスを考えるときも

  • 「どんなお客様がいるのか」
  • 「なぜ必要としているのか」
  • 「課題や改善点は明確か」
  • 「これを導入することでお客様にどのようなメリットがあるのか」

といった視点から議論を行います。
 

アマゾンジャパンでは自社のミスで間違って安い値段で売ってしまった場合は、赤字でもその値段で販売しました。顧客が不快な思いをしないで最高の顧客体験が実現することを最優先にしています。
 

ライバルは無視

テクノロジー企業にとって行動の方針、価値判断の基準は「自社のミッション」です。
多くは顧客に対するサービスです。徹底した顧客志向で、ライバル企業の動向は気にしません。

ライバル企業の製品を見て

「どこが勝って、どこが負けている」と一喜一憂

していては、製品は凡庸なものになってしまい、イノベーションを生み出すことはできません。

つまり技術進歩の早い世界では

ランチェスター戦略の『1位は、2位以下をマークする戦略』

では勝てないのです。
 

透明性と信頼

グーグルの企業文化「透明性」は、「すべての情報を社員で共有する」文化です。他社ではCEOしか知らない経営上の重要な情報もグーグルでは全社員に公開されます。すべての情報を社員で共有するとは

  • 「外部に漏れても問題がない情報」だけでなく
  • 「法律や規制で禁じられているわずかな事柄を除いた全ての情報」という意味

なのです。
 

しかし重要な情報を社員にまで公開すれば漏洩するリスクがあります。実はグーグルは情報漏洩の問題が毎年起きています。そして情報を漏洩した社員は、故意か否かに関わらずいかなる理由でも解雇されます。

こうした情報漏洩の問題が起きても、グーグルは社員を信じ情報の公開を継続しています。

何より全ての情報をオープンにすれば、

自分たちが経営者から信頼されている

と社員は感じます。そして

社員に十分な情報を与えれば、正しい判断を行い仕事の効率は上がる

からです。
 

対等な発言権と議論

グーグルでは、発言は

「誰のアイデア」 ではなく

「まともなアイデア」

が重視されます。

もし経営者のアイデアが「まともなアイデア」でなく、社員の考えたアイデアが「まともなアイデア」であれば、社員のアイデアが採用されます。

こういった文化があるため、社員は自分のアイデアがより良いと思えばそれを強く主張します。こういった議論においては経営者と社員の立場は平等です。

高い地位と報酬を得て自分の経験を基に高圧的な判断を下す者

をグーグルは

HiPPO=カバ (Higher-Paid Persons Opinion)

と呼び、HiPPOの言うことは聞かなくて良いことになっています。
 

グーグルは自社の透明性を維持するために

  • 「素直に話す人が生き延びる文化」
  • つまり「社員が安心して意見を言える文化」

をとても重視します。

日本のことわざ「出る杭は打たれる」は言い換えれば

「服従しろ」という圧力

です。こういった圧力があると

社員は問題があっても情報を上げなくなります。

その方が大きな問題なのです。

アメリカですら、業績を損なうおそれのある問題を、黙っていたことがある社員の数は、全体の70%に上るという調査結果もあるのです。
 

常に創業の精神

アマゾンは常に創業の精神で日々業務を行うことを社員に求めています。これを

「毎日が常に1日目 (Every day is still Day One) 」

 
と表現しています。
 

これは創業者ジェフベゾスが アマゾンを創業した日を指し、誰も成功しないと思われていたインターネット専門の書店というアグレッシブなチャレンジを示しています。

図2 ジェフ・ペゾス(Wikipediaより)

図2 ジェフ・ペゾス(Wikipediaより)

対して

Day2は停滞

 
とペゾスは考えます。

  • 他人任せが増える
  • 市場調査や顧客満足度調査だけで安心する
  • 技術のトレンドに鈍感になる
  • 決断が遅くなる
  • などはDay2の兆候です。

    この停滞が続けばアマゾンはやがて死に至るとベゾスは考えています。
     

    アマゾン のイノベーションは

    • 常に普通という基準を作り変える
    • 常にお客様の期待を上回る
    • 常に長期性に重点を置く

     
    です。それを実現するには、ただ頑張るだけでなく、それをうまく動かすメカニズムが不可欠です。システマチックに仕事を行い、その結果をデータ化し判断することが社員に求められます。
     

    日本企業の企業文化

    これに対して、日本企業の企業文化にはどのようなものがあるでしょうか?

    外からは見えにくい企業文化

    日本企業の企業文化は、企業理念や社是といった明文化したものでは十分に理解できません。

    なぜなら社員の暗黙の価値観や行動指針から企業文化ができているからです。一方で企業文化は、社員の考え方や行動に大きく影響し、同じ会社の社員同士はとても似ていて高い同質性があります。
     

    反論の出ない会議

    この同質性の高い組織は、会議で異なる意見があっても参加者は反論しません。自分が同意できない案でも、その場の「空気」で賛成します。

    そもそも重要な意思決定は、主催する側が事前に関係者に説明を行って同意を取り付ける「根回し」をしてから会議に臨みます。会議の前に検討・議論は終わっており、会議は

    合意を取り付け、責任を共有するためのセレモニー

    になってしまっています。
     

    ホンネとタテマエ

    明文化された理念やミッション以外に、社員同士の暗黙知による企業文化があります。そのため

    • タテマエとしての理念ミッション
    • 社員の暗黙知、つまりホンネ

    のダブルスタンダードがあります。

    共同体が閉ざされていて、しかも強力な企業文化があると、タテマエよりもホンネが強くなってしまいます。これが倫理観の欠如や法規制違反を引き起こします。
     

    テクノロジー企業の組織と仕事の仕方

    ではこうしたテクノロジー企業の組織や仕事の仕方にはどのような特徴があるのでしょうか?

    データ志向

    グーグルは意思決定の会議でコンサルタント会社が使うビジュアル効果を凝らしたスライドは

    「パワーポイントの死」

    と呼び、忌み嫌われます。

    なぜなら、こうしたスライドは理解をゆがめ、データに基づく意思決定の妨げになるからです。

    使うデータも重要なデータのみに絞り込みます。財務データでもEBITDA (営業利益+減価償却費の簡易キャッシュフロー) など難しいデータは必要なく、主に売上と現金です。

    グーグル元CEOエリック・シュミットは日頃から「売上で解決できない問題はない」という格言を好んで引用します。
     

    アマゾンでも会議でパワーポイントが禁止されています。グラフも作成者の主観が入り客観的な判断の妨げになるため好まれません。使用する場合は棒グラフのみです。社内の文書の大半は1ページ、年度予算や大きなプロジェクト提案でも6ページです。
     

    このようにテクノロジー企業の多くは、直感や個人の考えでなくデータに基づく判断を重視して意思決定を行います。

    直感や個人の考えの危険の例には、

    目の前で起きていることにとらわれて誤って意思決定を行う「サンプル・バイアス」があります。

     

    第二次世界大戦中、コロンビア大学の統計学者エイブラハム・ウォールドは、爆撃機の損失を最小限に抑える方法を検討しました。他の研究者は、戻ってきた爆撃機の損傷個所を調べて損傷が多かった場所を強化するように提案しました。

    対してウォールドは損傷を受けていない場所を強化するように提案しました。

    帰還した爆撃機に空いた穴は、損傷を受けても帰還できる場所を表しています。帰還した爆撃機に空いていない穴は、そこが損傷すると帰還できなかったからです。図3では、コックピット、エンジン、尾翼の付け根がそれにあたります。

    図3 サンプル・バイアス(wikipediaより)

    図3 サンプル・バイアス(wikipediaより)


     

    管理職の権限を奪う

    グーグルではマネジャーが部下を細かく管理するのは、部下の創造的な仕事の弊害になると考えます。そのため、できる限りマネジャーの権限を奪い、マネジャーから部下への権限委譲を行っています。

    透明性を大切にする企業文化のグーグルは、全社員に平等に情報が与えられるため、マネジャーでなくても的確な判断ができます。それでも管理しようとするようなマネジャーは、自分が部下の業績に不安を持ち、部下を管理して部下の仕事に介入することで安心しようとしているだけです。
     

    マネジャーの関与を減らすべきという点は、インテルのアンドリュークローブも言っています。スタッフ・ミーティングでは、監督者は参加者に意見を出させて議論が軌道に乗れば、

    監督者は発言を控え、部下を問題研究と対応の矢面に立たせるべき

    と主張します。監督者の重要な役割は会議の進行とテーマへの深耕の程度を調整することです。それ以上は部下に任せます。

    図4 ミーティングでの監督者の役割(High Output Management より)

    図4 ミーティングでの監督者の役割(High Output Management より)


     

    当事者同士の話し合い

    透明性を大切にする企業文化のグーグルでは、社員の不満は当事者同士で直接話し合うようにします。 

    同僚に対する不満を書いたメールを上司に送ったところ、上司は直ちにそのメールを、不満を書かれた当人に送りました。そのためメールを書いた本人は、直接その人と会って話し合いをしなければなりませんでした。

    社員同士で欠点をあげつらい、人のミスや問題行動を周りに言うことは社内での駆け引きを助長し、透明性を損ないます。

    そのためグーグルでは人の問題は直接当人に言うという文化です。
     

    ネットフリックスも同様に社員に問題があれば直接当人に言わなければなりません。これは気が進まないことですが、会社の文化になっているので社員はやむなく行っているようです。
     

    とことん議論する

    地位の違いで発言権が変わらなければ、時として議論は激しいものになります。

    ネットフリックスでは非常に激しい議論に陥った時、舞台に2脚の椅子を向かい合わせに並べ、議論をしていた二人を座らせました。そして、それぞれ相手の立場で議論をさせました。相手の立場に立ち、相手の考えが正しいことを主張することで、議論の内容を冷静に判断できます。そして難しい問題に対しても多面的に考えられます。
     

    こうした難しい問題に対し、専門家が必ずしも正しい答えを持っているとは限りません。なぜなら専門家は現状の制約に縛られすぎて視野が狭くなっていることがあるからです。

    ネットフリックスでは難しい問題を検討する際は3,4人のグループに分かれて議論します。その時、専門家は各グループに分散し1箇所に固まらないようにします。小さなグループに分かれて議論することで、

    大きなグループで議論する際に陥る集団思考

    を避けることができます。また専門家を分散することで専門家の罠も避けることができます。
     

    それでも議論が激しくなってどちらも引かなくなった場合は、まず「どちらも正しい」と宣言します。両方の意見を認めることで双方の立場を尊重します。その上で決定権のある者が結論を下します。
     

    グーグルではすべての会議にオーナーを置きます。オーナーはその会議での意思決定に責任を持ち、会議が終われば結論を出さなければなりません。こういった会議では全員の意見が一致することはあり得ず、誰かが意思決定をしなければなりません。

    「全員同意見ということは誰かがものを考えていないということだ」

    とパットン将軍は語っています。
     

    組織に縛られない

    リリースした製品に問題があれば、普通の会社なら会議を開き、解決策を検討し、対応を決定します。それから品質保証のテストを行い、対策が実施されるまでに2週間かかることもあります。
     

    グーグルのラリーペイジはある週末、自社の検索エンジンで不適切な広告表示を見つけました。彼は問題のページを印刷し不適切な広告表示にマーカーを引いて「この広告はむかつく」と書き、掲示板に張り出して帰りました。翌週の月曜日一人のエンジニアがラリーにメールを送りました。

    彼はラリーの掲示を見て、その週末に数人の社員と原因を分析し、解決策を考えました。解決策のプロトタイプを作成し、そのリンクを書いたメールを月曜日にラリーに送りました。

    これがグーグル・アドワーズのエンジンの基礎となりました。

    実は彼は広告担当ではなく、この問題に取り組む必要はありませんでした。 このようにグーグルでは誰でも担当外の仕事でもできるように誰もがすべてのプログラムのソースコードにアクセスできます。
     

    アマゾンでは仕事は時には部門をまたいでクロスファンクショナルな仕事になります。新たなイノベーションやプロジェクトを立ち上げる際には部門を超えて連携しなければならないこともあるからです。

    社員は仕事に対してOwnership (仕事に対する当事者意識) を求められます。「それは私の仕事ではありません」は禁句です。
     

    部下の育成

    ある社員がプロジェクトの資料を上司へ持って行きました。上司は添削する代わりに「私が見直す必要はあるかい」と尋ねました。彼は「少し待って下さい」と言って席に戻り修正しました。

    次に原稿を持っていくと上司は「私が見直す必要はあるかい」と尋ねました。彼はもう一度席に戻って修正しました。

    4度目に上司に持って行った時、彼は上司に言いました。「いえ見直しの必要はありません。このままお客さんに見ていただけます。」

    上司は「すばらしい、よくやったね」そう答えると原稿を見ることなく顧客に送りました。

    おそらく日本企業の上司であれば細かくチェックするのではないでしょうか。

    しかしどちらの部下がより成長するでしょうか。

     

    開発費を節約

    多くのテクノロジー企業は豊富な資金力を持っています。しかし意外なことに開発初期の予算は多くありません。

    それは創造性を高めるには制約が必要だと考えているからです。

    グーグルは、開発リソースはコアビジネスに70%、成功の兆しが見え始めた成長分野に20%、残りの10%は失敗のリスクは高いが成功すれば大きなリターンが見込める分野に分配するという70 : 20 : 10ルールに基づきリソースを配分します。リソースの投入が10%であれば、もし成功の見込みがなければすぐにやめることができます。

    また10%では当初の開発には不十分でネ開発の制約になります。この制約があるから社員は工夫してなんとかします。
     

    創業者のラリーペイジ自身、開発初期は手作業で取り組んでいます。

    図5 ラリーペイジ(Wikipediaより)

    図5 ラリーペイジ(Wikipediaより)

    2002年に世界中のあらゆる本の内容を検索できるようにしようと考えました。すべての本をスキャンするのにどのくらいの時間がかかるか調べるために彼は自分で三脚にカメラをセットし、アシスタントにページをめくらせて、1枚1枚写真を取りました。そして本を一冊丸ごとデジタル化するのにかかる時間を測り、すべての本をデジタル化するのにどのくらい期間と費用がかかり、このプロジェクトが実行可能かどうかを調べました。
     

    アマゾンも新しいプロジェクトの開始当初は予算を抑えます。ふんだんな予算があれば「自分たちで手を動かし知恵を絞るよりも外部に委託する安易な方法を選ぶ」と考えているからです。外部に委託してしまうと、そのプロセスの課題や別の可能性についてメンバーが考えなくなってしまいます。
     

    日本企業の組織と仕事のやり方

    役職によって変わる発言の重み

    ピラミッド型の組織構造の場合、情報はピラミッドの頂点は多く、底辺に向かうにつれて与えられる情報は少なくなります。そのため部下と上司で情報の格差があるため、議論が対等になりません。上司と部下の権限の差 (権威勾配)、経験や年齢の差もあり、議論で部下が意見を控える傾向があります。

    会議では「誰が言ったか」で意見の重みが変わってしまいます。

     

    マイクロマネジメントと部下の成長

    日本企業の管理者の特徴としてマイクロマネジメントの問題があります。日本企業の管理職は、仕事の目的や進め方の方針などの情報を十分に部下に与えず、やり方や結果を細かくコントロールする傾向があります。こうしたマイクロマネジメントの上司の部下は、

    自ら考えようとせず、指示待ちの部下になってしまいます。

     

    グーグルはマイクロマネジメントをミスマネジメントと呼び、マイクロマネジメントに陥る原因が、管理者のチームメンバーに対する信頼の不足と考えます。

    部下を信頼できない上司は不安になり、

    部下の行動を管理 (監視) することで安心を得ようとするからです。

     

    中高年に厳しい年功制

    年功制は、年齢が上がると報酬も上がります。そしてある時点で仕事の成果に対して報酬が上回ります。その時役職に昇進していれば別ですが、そうでない場合は、若年社員と仕事の成果は変わらないのに賃金は高い人材になってしまいます。会社にとって高コストの原因となり、真っ先にコスト削減の対象となってしまいます。その点で実は年功制は中高年には厳しい制度です。
     

    参考文献

    「私たちの働き方とマネジメント」 エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ 著 日本経済新聞出版社

    「ワーク・ルールズ!」 ラズロ・ボック 著 東洋経済新報社

    「アマゾンの絶対思考」 星健一 著 扶桑社

    「ネットフリックスの最強の人事戦略」 パティ・マッコード 著 光文社

    「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」 アンドリュー・S・クローブ 著 日経BP社

    「ホンネで動かす組織論」太田肇 著 ちくま新書

    「外向きサラリーマンのすすめ」 太田肇 著 朝日新聞社

    「選別主義を超えて」 太田肇 著 中公新書

    「虚妄の成果主義」 高橋伸夫 著 日経BP社

    「できる社員は『やり過ごす』」 高橋伸夫 著 文芸春秋
     

    本コラムは「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。

     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

    人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

    ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

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    これからの企業はどんな組織、どんな人材が必要だろうか?~グーグル、アマゾンと日本企業の比較~

    多くの日本企業が世界のトップシェアを占有した1980年代、終身雇用と年功序列賃金は日本企業の強さとして世界から注目されました。

    終身雇用と年功序列賃金は企業が拡大成長している時は安定したシステムでした。しかしバブル崩壊後、企業がそれまでの成長が維持できなくなると、ポストの不足、人件費の上昇などの問題が生じました。

    そこで一部の企業は成果主義を導入しましたが、この成果主義も多くの問題がありました。

    日本企業と大きく異なるグーグル、アマゾンの人材の考え方

    一方、2000年以降、グーグルやアマゾンなど情報技術(IT)をベースに新たな製品やサービスをグローバルで提供し急拡大する企業が出てきました。(ここでは、これらの企業をテクノロジー企業と呼ぶことにします。) テクノロジー企業は、従来の企業とは人材に対する考え方が異なり、組織、賃金、評価の仕組みも異なっています。

    日本企業を取り巻く事業環境の変化

    今日では多くの事業分野においてIT技術の進歩により事業環境が大きく変わってきています。インターネットが新聞、雑誌にとってかわり、音楽はCDからダウンロード販売に変わりました。新たな企業が今までにない製品やサービスを提供し、既存の企業に取って代わりました。このような事業環境の中で生き残るには、企業は環境の変化をいち早くとらえて自ら変化しなければなりません。

    従来の方法では育成が困難に

    また人も変わってきています。若者たちは、今までとは異なる価値観、考え方を持っていて、従来の方法では育成がうまくいかなくなっています。さらに少子高齢化のため外国人を技術職や管理職に登用している中小企業もあります。

    彼らが十分に力を発揮し、変化に迅速に対応する会社にするにはどのようにすればよいでしょうか?

    海外のテクノロジー企業の取り組みと、これまでの日本企業を比較して考えます。
     

    テクノロジー企業と日本企業はどんな点が違うのだろうか?

    テクノロジー企業はどんなビジネスなのだろうか?

    利益より規模(スケール)

    グーグル、アマゾンなどのテクノロジー企業は、高度なIT技術をベースに革新的な製品やサービスを開発し、それを圧倒的な低価格や無料で提供し市場を席巻しています。グーグルの検索エンジン、アマゾンの通販システムは、検索や通販の入り口として多くの人が利用するプラットフォームの役割を果たすため、プラットフォームビジネスと呼ばれています。

    その特徴は、利益よりも規模(スケール)を重視することです。最初は利益が出なくても誰もが使うプラットフォームを構築できれば、それを使って後から広告などで収益を生むことができます。
     

    失敗を恐れず新製品をリリースし、ダメなら即撤退

    一方技術の進歩は非常に早く、製品が他社に劣っていたり開発スピードが遅ければ、グーグルやアマゾンでも他社に市場を奪われてしまいます。

    グーグルのSNSグーグル+(プラス)は、フェイスブックなどのライバルのSNSに勝てず2019年に撤退しました。グーグルのマイクロブログサービスGoogle Jaikuはツイッターに敗れて2012年に撤退しました。

    アマゾンも2014年に携帯電話「ファイアフォン」、2019年にAmazon Dashボタンから撤退しました。他にもアマゾン・オークションズなどのすでに終了したサービスや撤退した事業は多くあります。
     

    図1 アマゾン ファイアフォン(Wikipediaより)

    図1 アマゾン ファイアフォン(Wikipediaより)

    図2  Amazon Dashボタン(Wikipediaより)

    図2 Amazon Dashボタン(Wikipediaより)

    このように彼らは失敗を恐れず、次々と新しい製品やサービスをリリースします。そしてうまくいかないと分かれば直ちに撤退します。こうして常に新たなビジネスチャンスを常に探しています。
     

    正しい決定よりも、スピードを重視

    このアマゾンの企業文化は、創業者のジェフ・ペゾスの

    「Every Day is still Day One (毎日が常に1日目)」

    というメッセージに表されています。このDay Oneは創業した日のことです。社員には創業した日のつもりで行動することを求めています。

    このDay One に対してDay 2は停滞です。

    Day 2の状態にあればアマゾンはゆっくりと衰退しいずれ死に至るとペゾスは諫めています。

    市場調査を信用しない

    またペゾスは

    「顧客は欲しいものをわかっていないから、顧客が満足したからといって納得してはいけいない」

    「市場調査や顧客満足度調査をうのみにしてはいけない」

    と語っています。なぜなら

    「素晴らしい顧客体験は市場調査には表れない」

    からです。

    そのためには決断が遅くなっていないか常に目を光らせます。もし必要な情報が集まるまで決断を待っているようであれば、それはDay 2の始まりと言っています。
     

    軍艦の従来企業と航空機のテクノロジー企業

    このスピード感は既存の企業とは異質のものです。

    従来の事業、例えば製造業の製品開発は設計から試作、評価など発売までに何年もかかります。さらに量産に専用設備が必要になれば設備投資も必要です。もし発売しても売れなければ大きな損失が発生します。そのため新たな製品や事業に取り組む際はとても慎重です。

    これは従来の企業は海図を元に市場をゆっくりと攻略する軍艦です。重厚な装備(多くの部門や人材)を持ち簡単には沈みません。しかし動きはゆっくりで向きを変えるには時間がかかります。そこで海図や羅針盤で慎重に行き先を決めて進みます。

    対するテクノロジー企業は飛行機です。高速で瞬時に目的地を変更し、機動的に行動します。スピードが落ちれば墜落するため、高出力のエンジン(卓越した人材)を積み、余分な装備(人材)は積まず軽量化に徹しています。

    従来の企業とテクノロジー企業とでは、組織や文化、人材に求める能力などが大きく違います。
     

    日本企業との比較

    かつてはアメリカも定年まで同じ会社に勤める人は多かった

    日本企業は定年までひとつの会社に勤める終身雇用制が一般的ですが、これは日本固有のものではありません。アメリカでも大企業に勤める社員の多くは、かつては定年まで同じ会社に勤めました。これをThe Organization Man(組織人)と呼び、デュポン、IBMなどの大企業は社員の多くは自分の会社に誇りと愛着を持っていました。
     

    自己が組織と同一化

    終身雇用では社員は成人してからの時間の大半を会社で過ごします。その結果、社員は会社という共同体の一員として同じ価値観や考え方を持つようになります。そして自己が組織と同一化します。○○マンや○○人(○○に社名が入る)という言い方がありますが、これは自己と組織の同一化を示しています。

    終身雇用制のため、かつての日本は転職市場が小さく、転職は容易でありませんでした。(今でも中高年の転職は厳しいものがありますが) 何らかの事情で会社を辞めた場合は、賃金や生活環境の面で非常に不利になります。加えて共同体の一員というアイデンティティを失います。
     

    転職の機会を奪う年功序列賃金

    年功序列賃金は、社員が若い時は賃金を低く抑え、中高年になって家族が増え多くの収入が必要になると賃金を手厚くする仕組みです。賃金は「仕事の成果に対して支払われる」のではなく、「共同体の一員として生活を保証するため」に支払われています。

    家族が増え支出が増える中高年の収入を手厚くすることで、社員は住宅や自動車などの高額商品を購入でき、住宅や自動車市場は活性化しました。
     

    賃金が高く「使えない」人材

    しかしバブル崩壊とその後の景気低迷により、企業は新卒の採用を控えました。そして過剰な中高年と少ない若年者といういびつな年齢構成になり、企業の人件費は上昇しました。

    IT技術の進歩とともに仕事の内容が大きく変化しました。例えば工作機械はNC工作機械に、設計は手書きからCADに変わりました。新しい仕事に適応するには新たなスキルが必要です。しかし中高年は定年までの年数が長くなく、企業も本人も新しいスキルの習得には消極的でした。

    こうして賃金が高く「使えない」人材が企業に増えました。会社の業績が悪化すると真っ先に彼らが人件費削減の対象となりました。しかし解雇の制約が厳しい日本では解雇でなく「リストラ」 (解雇せず、自己都合による退職の強要) が行われました。

    注) 「リストラ」は、本来は事業再構築(restruturing リストラクチャリング)の略称で、事業全体を見直し、不採算事業を整理し、採算性の高い事業を伸ばす経営改善の手法です。しかし日本では「事業再構築=人員整理」の場合が多く、「リストラ=人員整理」となってしまいました。
     

    企業は人材にどんな能力を求めるのだろうか?

     

    グーグル、アマゾンなどのテクノロジー企業は人材に非常に高い能力を求め、採用も非常に厳しいことで有名です。アマゾンジャパンは10年間に1,000人を超える面接を行い、採用したのは50人でした。

    グーグルは数千人の応募者から絞り込んだ10人あまりにさらに面接を繰り返し、時には30回以上面接した後、採用を断念することもあります。

    なぜテクノロジー企業はそこまで社員の能力にこだわるのでしょうか。
     

    テクノロジー企業が求める傑出した人材とは?

    その理由は彼らが優秀な人材でなく、「傑出した人材」を求めているからです。

    DVDレンタルのネットフリックスは、ドットコムバブルがはじけた2001年、業況が悪化し倒産の危機に見舞われました。そのため社員の1/3を解雇せざるを得ませんでした。ところが社員を解雇した直後、DVDプレーヤーの価格が下がりDVDレンタルの市場が急拡大しました。仕事は2倍に増えましたが、2/3の残った優秀な社員は2倍の業務をこなし、以前よりも効率は大幅に向上しました。この体験からネットフリックスは優れた能力を持った人材(ハイパフォーマー)を採用に力を入れるようになりました。
     

    スマートクリエイティブとは今までにない製品・サービスを生み出せる人

    テクノロジー企業が求める人材は、一般的に言われる「優秀な人材」ではなく「傑出した人材」、つまりとびきり優秀な人材です。グーグルではこれを

    「スマートクリエイティブ」

    と呼んでいます。グーグルは技術をベースに製品を開発しているため、優れた製品を生み出すには優れた技術が不可欠です。そのためには高い技術力を持った人材が必要です。そして世界のトップシェアを維持するには、世界トップレベルの技術力を持った人材が必要です。

    高い創造性が求められる

    また優れた製品を生み出すためには、技術力だけでなく新しいものを創造する力も必要です。

    テクノロジー企業同士の競争は激しく、他社にない優れた製品を創造できればば高い価値を生みますが、他社にもあるような凡庸な製品では生き残ることもできません。これには製品やサービスをリリースするタイミングも重要です。いくら優れた製品でもリリースまでに何年もかかっていては、ライバルに先を越されてしまいます。

    「高い技術力を持ち、今までにない製品やサービスを考え出し、それを短期間で実現しライバルに先んじて市場に投入することができる人材」

    が彼らの求める傑出した人材です。
     

    傑出した人材が会社にもたらす利益は12倍

    傑出した人材を求め続けるグーグルは、社員がもたらす成果はべき乗則に従うと考えています。本来、人の思考力、読解力、発想力などの分布は、対象とする母集団の数が非常に多ければ正規分布になります。しかしグーグルが社員の成果を分析した結果、ごく一部の社員が非常に大きな利益を生み出していることがわかりました。

    なぜそうなるのでしょうか?

    ひとつのサービス・製品が非常に高いインパクトがある

    テクノロジー企業の製品やサービスは世界中に広く提供され非常に大きな影響力を持ちます。その結果、たったひとつの優れた機能でも非常に大きな収益を会社にもたらします。

    例えばフェイスブックのユーザー数は約24億人(2019年時点)、フェイスブックが開発した新たなサービスをユーザーの半分が利用すれば、その利用者は12億人です。このサービスに広告を表示し、その結果一人当たり100円/月の収益を生み出せば、1か月に1200億円の収益をもたらします。こういったサービスは傑出した社員がいれば数名のチームで開発できます。その費用はわずかな金額で費用対効果が非常に高く、経済学でいうところのレバレッジ (てこの作用) が非常に大きいのです。

    h6>傑出した社員のレバレッジは極めて大きい

    例えば、優秀な社員と、傑出した社員の開発した製品の出来栄えに3倍の差がありました。そして製品の性能が2倍になると獲得する市場が8倍になるとします。その結果

    • 優秀な社員が開発した製品 : 性能は1、獲得する市場は 1
    • 傑出した社員が開発した製品 : 性能は3、獲得する市場は 12

     

    つまり会社にもたらす収益は12倍になります。このようにレバレッジが極めて大きいため傑出した人材がもたらす価値は非常に大きくなります。
     

    図3 人材の能力と成果

    図3 人材の能力と成果

    才能はべき乗則に従う

    ミュージシャンなどアーティストもべき乗則に従う世界です。一握りの優れたミュージシャンが市場を広く占有し、他の多くのミュージシャンはその他の市場を分け合っています。米津玄師のようにボカロから出発して、幅広く曲が売れるミュージシャンがいる一方で、CDを発売してもほとんど売れずダウンロード販売も少ないプロのミュージシャンもいます。

    ミュージシャンの場合はある一時期に優れた創作を行い、それ以降は輝きを失ってしまうこともあります。(一発屋ともいわれます) ITでもゲームソフトはこれが当てはまります。

    何が成功するかわからないから、数を打つ

    テクノロジー企業もグーグルやアマゾンのようにリリースした製品が短期間で撤退することは珍しくありません。成功する可能性のある事業に次々に取り組み、ダメと分かれば直ちに撤退します。

    製造業は試作するにも多額の費用と多くのメンバーが必要ですが、テクノロジー企業はプロトタイプの開発に費用は多くかからず開発は容易です。この製品が成功するかどうかは、製品の出来栄えに大きく依存し、それは開発を担当する社員の能力によります。
     

    個の力の影響力が大きいテクノロジー企業

    なぜならテクノロジー企業の製品は、一人一人の役割が大きく特定の個人の力が関与する部分が大きいからです。自動車のような複雑な製品は、一人の技術者が傑出した力を持っていてもチーム全体の力が弱ければ優れた成果を上げることはできません。しかしテクノロジー企業では一人の技術者でカバーできる範囲が広く、アルゴリズムは創造的な要素が高いため人材の能力が大きく影響します。

    従来の工業製品の開発が8人乗りの競技ボートとすれば、テクノロジー企業の開発はカヌースラロームです。8人乗りのボートは8人が同じタイミングでオールを入れて漕がなければなりません。一人だけ速いピッチで漕いでもスピードは上がりません。一方スラロームは、一人乗りで急流やポールなどの障害を避けて、瞬間的に素早く判断していかなければならず、個人の力が問われます。
     

    図4 ボート競技 (エイト)(Wikipediaより)

    図4 ボート競技 (エイト)(Wikipediaより)


    図5 カヌースラローム(Wikipediaより)

    図5 カヌースラローム(Wikipediaより)

    システム的な思考能力と創造力が求められる

    このように考えると従来の企業の考える技術とテクノロジー企業の考える技術は大きな違いがあります。テクノロジー企業の技術は問題を解決する「システムを考える技術」であり、そのシステムを実現し問題を解決する「アルゴリズムの構築」です。

    この点は自動車や半導体など物理的な製品の開発と異なります。物理的な製品の開発は、基礎となる幅広い知識と様々な試験や実験の経験から、具体的な解決方法を考えます。それを実験で検証します。ひとつひとつの実験の結果が出るまでに時間がかかり、実験もチームで行います。

    問題解決に必要な創造力

    対してテクノロジー企業では、コンピューター工学や情報処理の知識は必要ですが、それだけでなく問題を解決する創造力が強く求められます。

    例えば、正しい検索結果という目的を達成するには、現在の検索エンジンの問題と目指すべき検索エンジンの姿を明らかにしなければなりません。その上でWEBから収集できるデータから、どういう考え方で分析すれば、目的にあった検索結果が出せるのか、考えます。これは問題解決です。考え方が分かれば、それを実現するアルゴリズムを創造します。この問題解決の積み重ねが優れた検索エンジンにつながります。そして問題解決の様々な手法(テクニック)が技術に相当します。
     

    社内政治に長けた「悪党」は排除される

    このような傑出した人材(スマートクリエイティブ)が集まり、世界トップレベルの仕事を行う組織は、彼らがその能力を十分に発揮できる組織が必要です。それにマイナスなのが

    「事実を偽り自分に都合の良い情報を周りに流す」社内政治に長けた人間です。

    グーグルは彼らのことを「悪党」と呼んでいます。こういった気質の人間は入社後に改めることはできません。大切なのはこのような人間は組織に入れないことです。もし悪党を入れてしまい、組織の中で悪党が一定の割合に達すると

    「悪党のように行動しなければこの会社では成功できない」

    という気風ができてしまいます。
     

    多くの人とアイデアを交換し合うコミュニケーション能力も必要

    たとえ傑出した人材でも一人だけでは素晴らしい仕事をできません。創造的な仕事はいろいろな人間とアイデアを公開し刺激し合うことが必要だからです。そのためには他人と気軽に意見交換できるコミュニケーション能力が必要です。
     

    とてつもなく大きな目標を立てろ!

    革新的な製品を生み出すには、大きな目標が必要です。大きな目標は例え到達できなくても大きな成果を生み出します。対して小さな目標からは小さな成果しか生まれません。そして大きな目標を掲げるには、目標を掲げる本人に前向きな考え方がなければなりません。消極的、ネガティブな考え方から大きな目標は生まれません。例えば、グーグルの開発している新しいネットワークプロトコルは25年後に必要になる「惑星間のインターネット!」のためのものです。
     

    求めるのはグローバルクラスの傑出した人材

    このような傑出した人材は、難易度の高い大学の卒業生やMBAなどの資格では測ることができません。またそれまでの実績や経歴もあてになりません。そこでグーグルは、多くの面接や難解な試験を行って、グローバルクラスの傑出した人材を選別しているのです。

    グローバルクラスの人材とはどのような人なのでしょうか?

    例えば台湾のIT担当大臣 唐鳳(オードリー・タン)氏はグローバルクラスの人材の代表かもしれません。

    唐鳳氏は8歳からプログラミングを始めましたが、学校にはなじめずに14歳で中学を中退しました。15歳で起業し、ソフトウェアFusionSearchを約800万個販売しました。16歳で台湾の液晶ディスプレイメーカーBenQの顧問になり、またプログラミング言語Perl 6の開発や様々なオープンソースコミュニティに貢献しました。35歳で台湾最年少のIT大臣に抜てきされ、今回のコロナ危機ではボランティアを動員して数日間で「マスクの在庫マップ」を完成させるなど、そのアイデアと実行力は際立っています。2019年には『フォーリン・ポリシー』誌のグローバル思想家100人に選出されるなど世界から注目されています。
     

    図6 唐鳳(オードリー・タン)氏

    図6 唐鳳(オードリー・タン)氏

    和を重視する日本企業

    こうしたテクノロジー企業に対し、終身雇用の日本企業では、社員にとっての「会社」は自分自身が所属する共同体の中で最も重要なものです。会社という共同体は人の入れ替わりも少なく、共同体における社員自身の立場(ポジション)は非常に重要です。共同体での自分のポジションを維持するには、他のメンバーとの関係性が重要ですが、この関係性は職制や社内での経歴、個人的な交友関係が合わさった複雑なパワーバランスから成り立っています。

    この安定した関係性を維持するために重視されるのが相互の「和」です。この和には組織の安定も含まれます。時には、法規やコンプライアンスよりも組織の安定、組織の和が重視されます。そして和を乱すものは非難・排斥されます。
     

    強い横並び意識

    年功序列賃金制度は、これまで社員の能力や成果に差があっても賃金に大きな差をつけませんでした。みかけは平等な処遇に見えるため、社員に強い横並び意識が生まれます。同期に入社した誰もが昇進の夢を持って働きます。実際は、企業によっては早い段階から幹部候補の選別を行っているのですが。

    足の引っ張り合いで「傑出した人材」が居ずらい組織

    この「和を重視する文化」と「強い横並び意識」の組織では、傑出した人材は横並び意識を破壊し和を乱します。そのため共同体から浮いてしまいます。出る杭は打たれることになります。
     

    「傑出した人材」よりも強いチームワークが必要な製造業

    製品開発はチームで行い、お互いに協力して結果を出します。例え一人の設計者が素晴らしい製品を設計しても、それを製品化するには製造や調達、試験評価など関係する様々な人たちが、協力してアイデアを出さなければ実現できません。一人のスーパースターだけでは成り立たないのです。
     

    専門スキルも社内で育成し、外部で学んだスキルは低くみられる

    年功序列賃金、職能制度の日本企業は、仕事のスキル、職務能力は企業での職務経験によって高められます。他の企業で様々なスキルを習得していた人が入社しても、そのスキルは低く評価され、社内での経験が一定以上なければ重要な仕事を任されません。

    スキルに普遍性がない

    なぜなら業務に必要なスキルが企業ごと大きくに異なり普遍性がないからです。特に職制が上がると管理業務の比率が高くなります。他部門との折衝など社内での調整業務が増えます。

    こういった社内の調整業務は、その共同体の文化、メンバーの考え方の理解や円滑な人間関係が不可欠です。例え高い能力を持った管理者が転職してきても、他部門の人はおいそれと動いてくれません。特に中高年になると大半の社員が実務より管理・間接業務になるため、その傾向が強くなります。

    そして共同体において、この調整能力が自分のために使われると、それは自分のための「社内政治」になり、

    グーグルの忌み嫌う「悪党」に変わります。
     

    優秀な人ほど現場を離れる

    また優れた能力があっても職位が上がると管理業務の比率が増えて現場から離れていきます。しかし実務で優れた能力の人材が管理能力が高いとは限らりません。管理職に登用された後、管理者としての能力が不十分であれば、評価が下がり活躍の機会を失います。

    そして技術、開発、研究の現場では、経験豊富なスペシャリストは順次管理職となって現場を離れていきます。現場から経験豊富なスペシャリストが減っていき、過去の経験や知識が継承されなくなります。
     

    創造性を高めるにはどんな組織が良いのだろうか?

    これから日本企業も創造性の高い仕事が必要になった時、どのような人材、組織にすればよいのでしょうか。

    参考にテクノロジ―企業の取組を述べます。

    独創性を生み出すにはカオスが必要

    今までにないものを生み出すには一人の優れた人間の発想だけではできません。様々な見方や考え方、バックグラウンドを持つ人材が自分たちの意見を積極的にぶつけて新しい発想を生み出す必要があります。こうして生まれた数々のアイデアのプロトタイプを作って評価し優れたアイデアが生き残ります。それも市場の洗礼を受けて消えてしまうかもしれません。

    テクノロジー企業はこうしたアイデアが無数に生み出せるように会社の中にあえてカオスな部分を作っています。

    例えばアメリカ企業の一般的なオフィスは個室や壁で仕切られたキュービクルですが、グーグルのオフィスは仕切りのないぎゅうぎゅう詰めのレイアウトです。チームごとに人と人とを狭い空間に押し込めてエネルギーと交流を最大化するようにしています。
     

    図7 生産性は高いが対話がない

    図7 生産性は高いが対話がない


    図8 対話は多いが気が散る

    図8 対話は多いが気が散る

    組織のはざまの社員から独創的なアイディアが生まれる

    独創的なアイデアをもたらす社員は、開発や販売の中心にいる人物でなく、それらの組織と組織をつなぐ立場の社員ということもあります。こういった組織と組織のすきまの立場にいる人は、様々な部署から異なる情報が入ってくるため、今までにない見方や考えが生まれやすくなっています。
     

    図9 構造の隙間がアイデアを生む

    図9 構造の隙間がアイデアを生む

    会話がなければアイデアは生まれない!

    イノベーションは会議室の企画会議からではなく、社員同士の何気ない会話から起きています。グーグルアドセンスは異なるプロジェクトメンバーの社員同士がビリヤードをしている中から生まれました。こうした

    「社員同士の対話が自然に起きる」

    ようにグーグルでは仕事中に無料のスナックやドリンクを提供しています。

    アップルのスティーブジョブズがピクサー社を買収した際、本社の中央にアトリウムを設け、そこに会議室、メールボックス、カフェテリア、トイレをまとめて設置しました。当初、トイレもそこ1個所だけにするとジョブズは言いましたが、それは社員の反対に遭い止めました。ジョブズは

    「毎日社員がそこに行き、会話を交わさずにはいられない環境」

    を作ろうとしたのでした。
     

    学ぶこと・努力することに貪欲(アニマル)であれ!

    ありきたりな目標に満足せず飛び切り高い目標を設定し、その実現に向かって自ら努力する人材を「ラーニングアニマル」と呼びます。

    技術進歩の早いテクノロジー企業では、自分が持っている知識や技術は直に古くなってしまいます。常に最先端でいるためには絶え間ない努力が不可欠です。ではスマートクリエイティブはどうやってそのような能力を獲得するでしょうか?彼らは新しい技術を学ぶために会社が研修の機会を与えてくれるのをじっと待っていません。自ら新しい技術を調べて独学で習得していきます。それは卓越した能力を持つハッカーと同じです。

    ラーニングアニマルは自ら知識と能力を求めて努力し続ける人です。そして最先端の知識と技術を身につければ、必ず「それを革新的な製品やサービスに試したい」と彼らは思うようになります。そういった場が与えられなければ、彼らはそういったチャンスのある企業へ移ってしまいます。傑出した人材、ラーニングアニマルを採用した後は、彼らが

    「存分に力を発揮できるような機会を与える」必要があります。
     

    テクノロジー企業はどうやって傑出した人材を採用しているのか?

     

    テクノロジー企業は前述したように採用を最も重視しています。それは誤検出、つまり

    「採用すべきでない人材を採用してしまう間違い」を防ぐためです。
     

    採用の失敗は教育でカバーできない

    当初はテクノロジー企業でも採用した後教育をすれば社員のパフォーマンスは上がると考えていました。しかし教育の効果を測定すると、期待したほどパフォーマンスは向上していませんでした。テクノロジー企業の求める創造性、技術の傑出した能力は教育では十分に得られなかったのです。

    そこで採用後に教育するよりも、高いパフォーマンスを持った傑出した人材を採用することに力を入れることにしました。そして例え人材が不足しポストが空いても、能力を妥協して採用することはありません。逆にポストがなくても、傑出した能力の人材がいれば採用します。
     

    グーグルはこの採用のモデルを学術界に求めています。大学の教授は解雇できないのでその採用は専門委員会で多大な時間をかけて慎重に検討します。グーグルも採用には時間を厭わず慎重に行います。そのための採用のルールを決め、縁故や情実で採用することはありません。
     

    「知識」より「知力」だ!

    テクノロジー企業が求める傑出した人材を採用するのに、大学のランクやMBAなどの資格はあてになりません。彼らが求めている傑出した能力は

    「知識よりも知力」だからです。

    ランクの高い大学の卒業生が傑出した知力を持っているとは限りません。この高い知力を求めるのは、今日では技術の進歩が指数関数だからです。このような技術の進歩に追従して新たな製品やサービスを生み出すには、社員にも指数関数的な発想力が必要です。しかし本来人間は一次関数的でしか物事を見ることができません。指数関数的な発想力には高い知力が必要です。

    決して安定を求めず、変化に富んだ不安定な状況を理解し、スピーディに決断し行動できる人材です。
     

    経験の時にはマイナス

    このような知力を発揮する際に、時には経験はマイナスに作用します。強い成功体験があると人は次も同じ手法で解決しようとするからです。しかし変化の激しい今日では、同じ手法で次回も成功すると限りません。そのためグーグルでは過去に大きな実績を上げたかどうかは重視せず、

    「経験がなくても能力だけで採用する」こともあります。
     

    採用のシステム化するテクノロジー企業

    グーグルでは、採用についての一連の評価をシステム化し、誰でも同じ評価で判定されるようにしています。その中には、技術力、知力、誠実さに加えて、「おもしろい人物かどうか」「ずっと一緒にいたいと思うかどうか」も採用の判断基準にしています。LAXテストとは、ロスアンゼルス国際空港(LAX)で6時間足止めを食らったときに楽しく過ごせるかどうかを評価するテストです。

    別の会社では誠実さを評価するために面接者の印象を社内のアシスタント(受付)に聞いています。ある面接者は面接官には知的で申し分のない受け答えでしたが、アシスタントに横柄な態度をとったために不採用になりました。

    社員の多様性も重視

    高い知力と技術力を持ち、知的好奇心を刺激する会話でLAXテストに合格しました。人柄も誠実で問題ありませんでした。しかし面接官がその応募者を好きかどうかは別です。好みや感性が違うかもしれないし、政治や宗教についての考え方が違うかもしれません。しかしグーグルでは、こういった違いは組織に多様性をもたらし創造性を高めるとして歓迎します。

    「お気に入りだけで固めた同質化した組織」にならないようにしています。

    グーグルの採用システムでは、こうしたチェック項目と評価結果をデータにして、面接官の判断でなく客観的なデータに基づいて採用の可否が決定されます。この基準は最高の人材を採用するために非常に高く設定されています。そして重要なことは

    「自分より優れた人材であること」

    です。多くの企業では、上司が部下となる人材を採用する際、自分より優れた人材は将来の自分の地位を脅かすために採用されません。それでは最高の人材を採用することができません。そのために誰もが納得できる客観的なデータを用いて判定します。また面接には上司だけでなく、部下や同僚となる社員も参加させ、上司からの判断が偏るのを防止します。
     

    以下にグーグルの「採用のおきて」を引用します。

    ・ 自分より優秀な人物を採用せよ。学ぶもののない、あるいは手ごわいと感じない人物は採用してはならない。
    ・ プロダクトと企業文化に付加価値をもたらしそうな人物を採用せよ。両方に貢献が見込めない人物を採用してはならない。
    ・ 仕事を成し遂げる人物を採用せよ。問題について考えるだけの人物を採用してはならない。
    ・ 熱意があり、自発的で、情熱的な人物を採用せよ。仕事が欲しいだけの人物を採用してはならない。
    ・ 周囲に刺激を与え、協力できる人物を採用せよ。一人で仕事をしたがる人物を採用してはならない。
    ・ チームや会社とともに成長しそうな人物を採用せよ。スキルセットや興味の幅が狭い人物は採用してはならない。
    ・ 多彩で。ユニークな才能を持っている人物を採用せよ。仕事しか能がない人物を採用してはならない。
    ・ 倫理観があり、率直に意思を伝える人物を採用せよ。駆け引きをしたり、他人を操ろうとする人物を採用してはならない。
    ・ 最高の候補者を見つけた場合のみ採用せよ。一切に妥協は許されない。

     

    数千人を数十人に絞り込む

    それでもグーグルでは毎年数千人もの応募者があります。そこから書類審査で面接する候補者を数十名に絞り込みます。どのように絞り込むかは不明ですが、これまで述べたように大学のランクではあてにならないので、それまでの活動、実績などから絞り込むものと推測します。

    もうひとつの方法は傑出した人材に探してもらうことです。傑出した人材は傑出した人材を何人かは知っているものです。あるいはソフトウェアエンジニアの場合、彼らのコミュニティにそうした人材に関する情報があることもあります。テクノロジー企業では、管理職などはこうしてほかの企業から人材を引き抜くこともあります。
     

    報酬でなく仕事の内容で引き付ける

    グーグルは、傑出した人材を採用するために最初から多額の報酬は提示しません。報酬でなく仕事の内容に関心を持ち、グーグルで働きたいという候補者を採用したいと考えています。ただし入社後の成績が素晴らしければ、それに対しては十分な報酬を支払います。
     

    ゼロから育成する日本企業

    これに対してこれまでの日本企業は、新卒を一括採用し大学に専門的な知識や能力の獲得を求めていません。入社試験を行っても基礎的な学力の試験で、地頭が良いかどうかを調べる程度です。むしろ自社の企業文化に合うかどうかを評価します。

    入社後は最初は現場に配属し基本的な作業や業務を経験させ、そののち様々な部門を経験させて総合的な能力を身に着けさせます。その過程で共同体の一員として企業文化を身に着け、自社固有の考え方、判断力、調整力を身に着けます。

    大企業も新人の育成が不十分になってきた

    今日では、現場にホワイトカラーの新人を預かる余力がなく、配属先も新人をゆっくりと勉強させる余裕がなくなってきました。新人でも配属後すぐに戦力となることが求められます。その結果、かつて先輩たちが現場で実践する中で手にしたスキルを持たずに仕事に取り組んでいます。しかも新人ができる仕事は限られるため、与えられる仕事の幅も広くありません。

    製品の製造方法がわからない設計者、サプライヤーの実情を知らない調達、製品が客先でどのように使われているのかわからない営業など、そうして自分のできる業務のみ経験を重ねていきます。

    大手メーカーでも協力会社に仕様を渡して発注するだけの設計者もいます。
     

    育成してもダメな場合

    育成プログラムと水準に達しない社員

    テクノロジー企業は、専門スキルよりも知力を重視していても採用した人材を教育しないわけではありません。自社の文化に早く慣れてチームのメンバーと早く成果を上げられるようにするために様々な育成プログラムが組まれています。

    しかし採用した社員が会社の求める成果を出せない場合もあります。グーグルは、このような社員に対し、成果が不十分なことを知らせ、スキルを高めるように教育します。そのための教育プログラムも用意されています。
     

    グーグルをクビになったことが、プラスのキャリアになる

    一方ネットフリックスは、そのような社員に現実を知らせると自ら退社していきます。しかし人材の流動性の高いアメリカでは、ネットフリックスが求める能力が不十分でも、他社が求める能力は高い人材も多くいます。そうした人材は他の企業に写れば大いに活躍できることもあります。

    実際、グーグルやネットフリックスを退社(解雇)された人間が、アップルやマイクロソフトで活躍していることは珍しくありません。
     

    評価の低い社員を無理に雇用するのは不幸

    アメリカでは評価が低い社員は、無理に留めおかず早期に解雇された方が、本人も早く自分に合った別の企業を探すことができます。低い評価の社員を無理に雇用し続けても、将来彼が中高年になった時、もし会社の業績が悪化すれば、彼は真っ先に解雇されてしまいます。本人からすれば「なぜもっと早く言ってくれなかったんだ」となります。

    日本ではリストラは「アイデンティティの喪失」

    一方日本では、社員は共同体の構成員です。解雇(リストラ)は社員自身のアイデンティティの喪失になります。また日本企業では、社員の能力はそれぞれの専門分野のスペシャリストでなく、様々な業務をこなせるゼネラリストです。そのためリストラで能力不足の烙印を押されることは、人間としての価値まで否定されることにもなります。
     

    スキルと賃金が比例しない日本企業

    日本企業は、採用した社員は時間をかけて育成し、入社後 10年くらいまでは給与や待遇の格差はほとんどありません。(実際はこの段階で社員の選抜を始まっていて、優秀な社員にはふさわしい仕事を与えてさらに実力を高めるようにしていますが。) つまり日本企業では仕事の報酬は、成果に応じた金銭でなく、より重要な仕事が報酬です。そして入社して10年以上経過すると徐々に上の役職に移行し、40前後で実務から離れて管理職になります。

    一方実務者と管理者では必要なスキルが異なり、実務者としては優秀な人が管理職としては不適格ということもあります。また40代50代は技術者であれば、まだ十分に力を発揮できる年齢ですが、昇格により実務から離れると技術者の仕事ができなくなります。
     

    賃金に見合った仕事がなければ、社内で失業

    日本では社員を解雇することが容易でなく、その一方年功序列賃金のため年齢が高くなると賃金も高くなります。中高年になると高い賃金に見合った成果が求められますが、若い社員の何倍もの成果が出せるわけではありません。それはもともと年功序列賃金が成果でなく、生活の保障のための賃金制度だからです。

    その結果、中高年になると、一部の社員はその高い賃金に見合った仕事がないため、社内失業になります。高度成長期は中高年の層が薄く会社も成長していたため、そのような人材を抱える余裕が企業にありました。しかし低成長で中高年の層の厚い今日では企業にその余裕がありません。

    つまり年功序列賃金は「中高年に非常に厳しいシステム」なのです。
     

    まとめ ~生存環境の全く異なるテクノロジー企業と日本企業~

     

    このようにテクノロジー企業と日本企業では、その生存環境が大きく異なります。テクノロジー企業が傑出した人材を求めるのは彼らにとって自然な選択です。この傑出した人材とは、一般的に考えられているランクの高い大学卒業者でなく、高い知力と想像力を備えたグローバルクラスのスマートクリエイティブ、ハイパフォーマーです。

    一方従来の企業の生存環境は、テクノロジー企業と異なり、もっと時間軸の長い変化のゆっくりとしたものです。しかし今日ではこうした既存事業にも激しい変化が押し寄せるようになり、これらの企業も変化に対応することが求められてきました。

    一方終身雇用、年功序列賃金の日本企業は、一つの共同体として非常に同質な人材の集まりでした。しかしこの仕組みはすでに維持するのが困難になり中高年のリストラが相次いでいます。一方従来の事業にも大きな変化が押し寄せ、日本企業も変化に対応できる、新たな事業を生み出せる人材が必要になってきました。
     

    図10 組織・人材マネジメントの変化

    図10 組織・人材マネジメントの変化

    今回は、人材の能力と採用、解雇にについて、テクノロジー企業と日本企業を対比して述べました。次回は、企業文化、組織、評価制度について考えます。
     

    参考文献

    「私たちの働き方とマネジメント」 エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ 著 日本経済新聞出版社

    「ワーク・ルールズ!」 ラズロ・ボック 著 東洋経済新報社

    「amazonの絶対思考」 星健一 著 扶桑社

    「NETFLIXの最強の人事戦略」 パティ・マッコード 著 光文社

    「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」 アンドリュー・S・クローブ 著 日経BP社

    「ホンネで動かす組織論」太田肇 著 ちくま新書

    「外向きサラリーマンのすすめ」 太田肇 著 朝日新聞社

    「選別主義を超えて」 太田肇 著 中公新書

    「虚妄の成果主義」 高橋伸夫 著 日経BP社

    「できる社員は『やり過ごす』」 高橋伸夫 著 文芸春秋

     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

    人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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    「組織が社員をダメにする?組織文化の問題」 ~AI時代に必要な人材と彼らを生かす組織~

    今後、AIが様々な業務に活用されるようになると、定型化された業務はAIに置き換えられ、人はAIが苦手とする業務を行うことが求められます。オフィスではデータ入力やデータ処理、簡単な文書校正などはAIに置き換えられ、人の仕事は企画や立案、相手との交渉や調整になっていきます。このような変化に現在の人や組織は対応できるのでしょうか?AI時代の組織と人について考えます。
     

    これまでの組織研究

    組織の構成や特徴と、その経営に与える影響は、これまで経営学の中で研究されてきました。一方企業経営は、多様な企業、多様な経営者の活動です。そのため経営学という学問は、多くの人から誤解されてきました。
     

    「経営をしたことのない学者に真の経営がわからない」
    「経営学のケーススタディは我社には当てはまらない」
    これは学問としての経営学と現実の経営を混同したために起きた誤解です。
     

    経営学について

    経営学は、「経営の真理法則を科学的に探究する」社会科学の学問です。科学の目的は真理を探究ですが、その法則は普遍的でなければなりません。1社に当てはまっても他の企業に当てはまらなければ法則とは言えません。
     

    そのために経営学は経営理論を構築し、理論を元に仮説を立てます。そして多くのデータを収集・分析し、経営法則が正しいかどうかを確認します。その際、企業固有の特徴は多数のデータの中で埋没します。そのため経営理論が自社に当てはまらないことはあります。またデータ分析の結果得られた知見は過去に起きたことに対しての知見です。これから起きることはデータがないため分析できません。
     

    そして分析の結果、経営法則が正しければ論文を発表します。経営学者は、この論文の数で評価されます。この論文は学術誌に掲載される必要があり、バーバード・ビジネス・レビューのような実務家向けの雑誌に掲載され学術業績になりません。
     

    図1 ファイブフォースモデル

    図1 ファイブフォースモデル


     

    またマイケル・ポーター氏のファイブフォース分析のような実務者向けのツールをつくることも経営学者は熱心ではありません。つまり経営学者の関心は真理の追究で、研究成果が実際の経営に生かせるかは関心がないのです。
     

    物理学のような自然科学であれば、研究者が発見した物理法則は普遍性があります。どの企業が活用しても同じ結果か得られます。しかし経営学では個々の企業の規模、業界、構成員、企業文化が異なるため、経営学の経営法則が自社に当てはまるとは限りません。
     

    官僚制組織

    企業規模が拡大し、メンバーが個々の役割を分担して業務を遂行するようになると、集団として統率が取れた行動をするために組織が必要になります。
    バーナードは組織に必要な要素を以下の4つとしました。

    • 共通目的
    • 協働意欲
    • コミュニケーション
    • 意識的な調整努力

     

    この組織の基本形をマックスウェーバーは官僚制(ビューロクラシー)組織と名付けました。これは次の特徴があります。

    1. 職務担当者の機能が規則によって規制されている持続的な組織体である
    2. 組織における職務は規定された権限の範囲内で行われる。この権限は分業化された機能を遂行するための責任権限を含み、その内容と行使は明確に規定されている。
    3. 上位の職位が下位の職位に命令するという階層と階層的権限体系が存在する。
    4. 職務の執行は文書によって行われ、文書に記録される
    5. 職務活動を遂行するためには専門的な訓練が必要である。
    6. 職務上の活動は職員の当該活動への専従化を必要とする

     

    ウェーバーはこのような組織体は
    「完全な発達を遂げた官僚制機構の他の組織に対する優位性は、ちょうど機械が非機械的な生産方法より優れているのと同じである。正確さ、スピード、明確さ、書類についての知識、一貫性、慎重さ、統一性、厳格な従属、摩擦の排除、物的・人的費用の節減、これらは官僚制的管理において最高度に達する。」
    そして近代のあらゆる企業に取って卓越した組織体であると述べました。
     

    このような官僚制的組織の活動をシステムとしたのがISOマネジメントシステムとも言えます。
     

    官僚制組織のメリットは以下が挙げられます。

    1. 組織の成員の行動は方針、規則、手続きによって整合が取れている
    2. 職務が明確に規定されるので職務間の重複やコンフリクトがない
    3. 権威の階層(監督)があるので行動は予測できる
    4. 採用・使用真は専門的技能に基づいている
    5. 組織の成員はそれぞれの職務に専門化されているので、職務の専門的技能・知識を発展させられる。
    6. 人よりも役職が強調されるので組織の継続性が確保される

     

    一方、社会学者のマートンは官僚制組織のデメリット(逆機能)について以下のように述べています。

    1. 訓練された無能
    2. 変化した状況においても規則に従うことしかできず状況対応できない「訓練された無能」となる

    3. 最低許容行動
    4. 規則が処罰を免れるための最低水準の行動を規定するため、不確実な状況や特別の努力を必要とする場合でも規則に従っておけば非難されない

    5. 顧客の不満足
    6. 顧客のニーズや状況が異なっても規則に従った定型業務しか行わず顧客の不満が増大する

    7. 目標置換
    8. 本来は目的を達成するための手段や方法を規定する規則自体が目的になってしまう。例えば特定の規則に従った結果が報償されるとその特定の規則が目的化する、規則や手続きに従わないと非難されるという恐怖、組織全体の目標よりも部門目標を優先、等により目的が変質する。

    9. 個人的成長の否定
    10. 効率追求のための過度の分業と専門化は個人の成長を妨げる

    11. 革新の阻害
    12. 効率のみを追求すると革新へ資源を提供せず、組織の目標達成よりも組織内部のパワー・地位の分配に注力する。

     

    図2 官僚制の逆機能J,G,マーチ、H,A.サイモン(1993)「オーガニゼーション図第2販」
 

    図2 官僚制の逆機能J,G,マーチ、H,A.サイモン(1993)「オーガニゼーション図第2販」

     

    現代の企業組織の基本は官僚制組織であるため、上記のデメリットは何らかの形で現在の組織にも存在しています。
     

    職能別組織

    企業の規模が拡大するにつれて、構成員の業務は細分化され、各部門の業務を調整する必要が出てきます。そのため組織を階層化し、構成員へのコミュニケーションの円滑化を図ります。こうして業務別の組織を細分化したものが職能別組織です。総務部、生産管理部、営業部、製造部などのように業務に応じて組織化することです。
     

    図3 職能別組織

    図3 職能別組織


     
    職能別組織のメリットは、分業化することで専門的経験により技術やノウハウの蓄積が容易でかつ早くなり、各々活動の効率が高まることです。
     

    逆にデメリットは以下が挙げられます。

    • 権限がトップに集中するため、トップは日常の管理活動に時間を取られ戦略の構築などの経営活動に時間が取れなくなる。
    • トップに権力が集中するため、後継者育成のための訓練の機会が限られる。
    • 集権的な管理によりリーダーは受け身となり挑戦意欲が低下する。その結果自分の業務に専従し、全社的な視点が欠落し、変革に抵抗するようになる。
    • 業績評価は会社全体で行うため、各部門の業績を適正に評価するのが困難。

     

    このような職能別組織のデメリットは、職能別組織形態をとる中小企業でも見られます。
     

    AI時代に求められる人材

    なぜソニーにiPodができなかったのか?

    これからはAIやITが人の能力を補い、人の能力は向上し今まで以上に大きな成果が出せるようになります。例えば、多数のデータの相関分析は、かつては地道にデータをグラフに書き、個々のデータから電卓で相関係数を求めました。今はエクセルに入力すれば瞬時にできます。
     

    しかし、そもそも分析の方針が間違っていて、データが適切でなければ正しい結果が得られません。これからは「どれだけやったか」よりも「何を、どうやるのか」が重要です。つまり適切な目的や方法の選択、結果の適正な判断能力が求められます。
     

    図4 どれだけやったかよりも、どうやるかが重要
    コンピュータ化、自動化以前は効率が低いため、方法の違いは大きな差にならない。労働量を投入して、効率を高めることが重要。
     

    図4 どれだけやったかよりも、どうやるかが重要
    AI、自動化により、効率は大幅に向上。最初にどの方法を選択するかで結果は大きく変わる。

    図4 どれだけやったかよりも、どうやるかが重要
     

    アップルがiPodを発売したとき、ソニーにはiPodをつくる技術は全てありました。
    なぜソニーはiPodをつくらなかったのでしょうか?
     

    それはiPod (アップル) の核心となる質問がソニーになかったからです。それは
    「音楽はデジタルなのに、なぜ聞きたい曲を瞬時に手に入れられないのか?」
    という質問です。
     

    図5 初代iPod

    図5 初代iPod


     

    それまで音楽はCDなどのメディアを買うものでした。しかしCDのデジタルデータはネットからダウンロードもできます。1999年にはP2Pの音楽共有ソフトNapsterが公開されました。しかしアメリカレコード協会から訴えられ、同年サービスを停止しました。
     

    スティーブ・ジョブズは、「欲しい曲を瞬時に手に入れる」を実現するために、レコード会社と粘り強く交渉し、iTunesを使ってCDアルバムの曲をバラ売りさせました。今まで2000円以上払って、アルバムを買わなければ手に入らなかった曲が、iTunesから200円以下で手に入れることができるようになりました。iPodが他社の音楽プレイヤーのようにCDをコピーするだけなら、このようなヒットにはならなかったでしょう。
     

    問題をつくる能力

    AIが進歩しても、この問題をつくることはまだ当面の間、人間しかできません。そしてイノベーションは、現状に満足しない人間の「なぜ?」から生まれました。
     

    「なぜ、毎日毎日書類を書き写さなければならないのか」チェスターカールソン ゼロックスの創始者
    「なぜ、掃除機の紙パックはすぐにつまるのか」ジェームズダイソン
    「なぜ、カビのまわりでは細菌が繁殖しないのか」アレキサンダー・フレミング ペニシリンの発見
    「なぜ焼入れした後に研磨しなければならないのか」焼入れ材の切削加工で研磨レス
     

    一方「なぜ?」がイノベーションを生み出すためには、子供のように単純に「なぜ?」と問うだけでは不十分です。強い好奇心を持って自ら問題を深く掘り下げ、解決するという強い意志が必要です。スティーブ・ジョブズが強い意志でレコード会社にCDアルバムの曲をバラ売りさせることができたのは、それまでもディズニー相手にタフな交渉を重ねた経験があったからでした。
     

    イノベーションを創出するには、時には様々な手を使ってでも目的を達成するという強い意志が必要です。さらに組織の中でそれを実現するには、協力してくれる仲間も必要です。AI時代に企業間競争を勝ち抜くにはこういったイノベーターの育成とイノベーションを実現する体制が必要です。
    (ここでイノベーションという語の本来の意味は、よく言われる技術革新でなく「新結合」です。今までにない事業と事業の組合せができれば、全く新しい価値が生まれます。例えば、AKB48は、アイドル+オタクで新たな市場を作り出しました。)
     

    日本の組織と組織文化の問題

    「なぜ?」から今までにない組合せ、製品やサービスを実現すれば、自社独自の価値を生み出します。その社員の生み出す価値は、定型業務を行う社員よりはるかに大きなものです。しかし前述のように組織(官僚制)には、人を規則に従い、定型業務しかやらない人間にする傾向があります。さらに日本企業の組織には以下の問題があります。
     

    高度成長時代の組織

    日本社会はかつてムラを単位とした共同体社会でした。農作業は村全体で協力が必要なため、時には自分の利益を犠牲にしても村のために働くことが求められました。もし村八分にあい共同体のメンバーから外されれば、その村では生きていけませんでした。
     

    そのような強い結びつきの共同体意識は、企業にも引き継がれました。これにより企業は社員から利害や打算を超えた忠誠心や貢献を得ることができました。製造業では、大量生産だけでなく多品種少量生産でも、現場で必要なのは勤勉性と協調性です。カイゼンも従来の仕事のやり方の延長線上で「より良い方法」を求めるものです。
     

    決して今までのやり方を否定する革新的な方法を作業者に求めていません。日本の共同体意識は高度成長期において、ある程度レベルの高い同質の人材を企業に供給し、企業の成長に貢献しました。
     

    さらに新卒一括採用と終身雇用は、社員同士に大きな格差がつかず、その中から徐々に差がついて一部の人間が上位の職制に昇格するシステムでした。その評価には人事部が大きな権限を持ち、評価項目には協調性や忠誠心などの情意項目も重視され、組織への高い忠誠心が醸成されました。
     

    その一方、アメリカの経営コンサルタント会社が28カ国の従業員の「エンゲージメント」(仕事に対する熱意)を調査したところ、日本人のエンゲージメントは最低でした。このデータから、他国に比べても長時間労働で休みも取らず働く日本人は、自らの意志で積極的にそうしているのではないということになります。
     

    図6 従業員のエンゲージメント
2012/2013 KENXA Work Trends Reportより

    図6 従業員のエンゲージメント
    2012/2013 KENXA Work Trends Reportより


     

    年功序列型賃金と年功による昇格システムは、成長拡大する企業であれば維持できますが、成長がこれ以上望めない企業ではシステムとして維持が困難です。またこのシステムは、若い社員に対して仕事に不釣り合いな低賃金を強いる代わりに、キャリアを積んで子育て期に入ったときに、仕事以上の高給を約束するシステムです。従って、一つの会社に一生務められることを信用していない今の若者にとって、低い報酬で労働を強制する組織と感じます。
     

    同質化の弊害1 集団無責任

    共同体意識は社員を内向きにし、外部(社会)からの視点がなくなります。そのような意識が高くなると、上司や会社から達成困難な成果を求められた時に、組織(あるいは自分が所属しているグループ)の体面を守るためにコンプライアンスが無視されます。企業不祥事が発生した時に「仕方がなかった」という社員には、個人の責任という意識は希薄です。東芝の不正会計問題では、代々のパソコン事業部の役員は不適切な取引計上による売上の水増しを知りつつ、後任に引き継いでいました。この時、事業部の体面が重視され、個々の役員に自らの責任に対する意識はありませんでした。
     

    人の社会的結合の総量は一定なため、仲間どうしの結合が強くなれば、会社としての一体化は弱くなります。こうして会社の中に小さな結束集団がいくつもでき、組織がタコツボ化します。従ってタコツボ化を排除するためには、仲間どうしの結合を弱くしなければなりません。
     

    大がかりな組織変更や人事異動で人を大きく移動させるのもひとつの方法です。逆に東日本大震災以降、企業の中で社員の団結を高めるために「絆」をスローガンに掲げるところがありますが、見方を変えればコンプライアンス違反の組織文化を助長する行為です。
     

    図7 社会関係資本3つの型
(エキストリーム・チームより)

    図7 社会関係資本3つの型
    (エキストリーム・チームより)


     

    「社会的手抜き」とは、集団で共同作業を行った方が一人で作業を行う時より一人当たりの作業量が低下する現象で、作業以外にもブレインストーミングのような会議でもおきます。その要因には、以下のようなものが考えられます。

    • 自分だけが評価される可能性が低い
    • 努力の量にかかわらず報酬が変わらない
    • 自分だけ努力するのは馬鹿らしいという心理
    • 他者の存在によって緊張感の低下や注意力が散漫になるなどが起きる

     

    フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンは綱引き、荷車を引く、石臼を回すなどで実験した結果、1人の時の力の量を100%とした場合、2人の場合は93%、3人では85%、4人では77%、5人では70%、6人では63%、7人では、56%、8人では49%と低下しました。(リンゲルマン効果)
     

    この共同体組織は、無責任さや自分たちの集団の利益を優先する体質に加えてお互いの足を引っ張り合う特徴もあります。つまり「出る杭は打たれる」文化です。企業における年功序列の仕組みは、誰かが昇進すれば、誰かが昇進できなくなるゼロサム構造です。そのため、管理職になると自分が昇進するために同僚の足を引っ張ったり、ライバルの事業部の成果が出ないように暗に足を引っ張ったりします。
     

    実際、日本企業の社員は、職場の同僚が困っていても助けないし、ノウハウを教えようとしない傾向があります。この傾向は「相手のメリットになる事が自分のデメリットになる」という構造を解消しない限り、なくすことは困難です。
     

    同質化の弊害2 圧力

    共同体としての企業は閉じた社会で途中退職しない限り、その社会から抜けられません。その意味でムラに近いものがあり、ムラのルール、文化に従わなければ有形・無形のペナルティを受けることがあります。この見えない圧力を先読みすることが「空気を読む」ことです。そしてこの見えない圧力が様々な不祥事を引き起こしています。
     

    2009年6月14日村木厚子厚生労働省 局長は、郵便不正事件で逮捕されました。そして2010年9月10日無罪判決が出ました。捜査の過程で検察側は検察が想定した「主犯 村木局長」というストーリーに合わせるため、証拠として押収したフロッピーディスクの日付(プロパティ)を改竄しました。この主任検事の証拠改竄という前代未聞の事件は、主任検事とその上司の元特捜部長の逮捕という結果になりました。
     

    なぜ検事が証拠を改竄するという「あってはならないこと」が起きたのでしょうか。この検事は上司から「最低でも村木を挙げよ」という強いプレッシャーをかけられ、自らの検察のストーリーと異なる証拠が発見されたとき、真実よりも組織の体面を重んじたのでした。当時検事が語った「被疑者が言ってもいないことを調書に書くのはよくあっても、物理的な証拠が改竄するのは考えられない」、この段階で検察の内部のモラルは正しいと言えるのでしょうか。
     

    村木氏は間違いが起きた時に軌道修正しにくい組織の特徴は

    • 権力や権限がある
    • 正義のため、公のために仕事をしているとプライドがある
    • 機密情報や個人情報を扱うなど情報開示が少ないため、外からのチェックが入りにくい

    この3つを挙げています。
     

    そして財務省、防衛相、検察、警察などはその典型であり、マスコミや教師、医者などの先生と呼ばれる人たちも危険と指摘しています。こうした組織は性格上「建前は守らなければならない」、「失敗や間違い許されない」という意識になりがちで失敗や間違いを認めることができず、無理を重ねます。
     

    逆に失敗や間違いを認めれば、大きな問題になる前に被害を最小にすることができます。このような失敗や間違いを認めることができない組織は、企業の中にもあるのではないでしょうか。
     

    生産性低下の原因

    海外に比べて日本のホワイトカラーの生産性が低い原因の一つは、管理職の職務と成果があいまいなためです。自らが優先して取り組まなければならない業務やミッションがあいまいなため、目先の雑用や会議に時間を費やし、付加価値を生み出していません。特に大部屋形式のオフィスでは、管理職のところに部下が次々と来て決済や相談するため、自らの業務に集中できません。この重要な業務は大抵頭を酷使するため集中力も必要です。それに対して雑用は頭を使わずにでき「仕事をした」気分になります。
     

    それぞれの職務において重視すべきこと、達成すべきことが明確でないため、仕事の配分が適切にできない社員もいます。特に完璧主義者の場合、雑用も一生懸命取り組んで、その結果重要な仕事が間に合わなくなります。これも共同体組織の中で「頼まれたこと」が断れない状況が原因です。
     

    図8 やり過ごしを許容するA社の評価基準

    図8 やり過ごしを許容するA社の評価基準


     

    成果主義と分化

    同支社大学政策学部教授 太田肇氏は、これらの問題を解決するためには日本企業に「分化」が必要だと述べています。分化とは「個人や組織が集団、あるいは他人から、物理的制度的、もしくは認識的に分けられること」を指し、職場での仕事の分担を明確にしたり、給料や昇進に差をつける弱い文化や、企業飛び出して独立する強い文化などがあります。
     

    具体的にはメンバーが担当する仕事とその成果を明確にし、担当した仕事はプロフェッショナルとして責任を持って遂行することで、フリーランスに近い意識で仕事をすることです。この分化のメリットを以下に述べます。
     

    やる気の天井が取れる
    • 仕事の分担を明確にし、裁量権を与えることで、本人の努力・能力により成果がでれば、達成感、自己効力感が得られます。
    • 試作モデルを制作しているA社では、社内独立制度を導入し製造の社員を雇用から独立自営に切り替えました。これにより彼らの個人所得は1.4倍になり、生産性は単価の下落を考慮しても3倍に上がりました。制度導入後は中高年も新しい機械の操作を積極的に習得するようになりました。生産に影響のない雑用をできるだけ減らすようになったことも影響しています。
    異質なチームワークが生まれる
    • それぞれの得意分野の異なる専門的な人材がチームを組むことで、各自の能力を生かして今までよりも高い成果を出せます。メンバー同士がプロフェッショナルとして認め合い、チームの目的の達成のために協力することで、均一なチームよりも高いパフォーマンスを発揮します。
    無責任型不祥事がなくなる
    • プロフェッショナルとして、複数の企業を渡り歩くようになると、組織のために起こす無責任型不祥事がなくなります。そのようなことをすれば自分のキャリアにキズが付くからです。ソニー生命やプルデンシャル生命では保険営業の担当を個人事業主として独立させています。また福島県三春町では「個人担当・個人責任制」を取り仕入れ、仕事の分担表を全戸に配布しました。

     

    一方で分化することで、組織のメンバーがバラバラになり統一された行動が取れなくなるのではないかという心配があります。ところが太田氏はむしろ分化することで新たなつながりが生まれ、人間関係が改善されると言います。
     

    自律
    • 自分の意志で行動できるようになることで、むしろ他人とつながりを持とうとする傾向が出できます。一人一人の分担が明確になり必要な権限が与えられれば「やらされ感」がなくなり、仲間を助けようという余裕が生まれます。
    人間関係の改善
    • 閉鎖的な集団を解消し、濃密すぎる人間関係を薄めることでむしろ人間関係が改善されます。
    功利的な動機と他人への貢献
    • チームでまとまって行うと「社会的手抜き」により全体の成果が低くなります。
    • 一方個人が分化していれば、結果は一目瞭然なので手抜きが起きなくなります。また他人を助けることで見える形で貢献すれば、相手からも感謝されるので積極的に応援するようになります。また見える形にすることで功利的なメリットがなくても、他人へ貢献したいという意欲が生まれます。

     

    欧米の組織と組織文化の問題

    太田氏によれば日本組織の問題点は、分化が不十分な点にあります。それでは各自の職務が明確に分化し雇用者との間に契約を取り交わしている欧米の組織には、このような問題はないのでしょうか?ハーバード・ビジネス・レビュー編集部の「組織能力の経営論」よりアメリカの組織の問題点を述べます。
     

    成果主義の功罪

    欧米の企業でも過剰な成果主義は負の側面をもたらしています。その結果、自分や会社の成果を出したいと思うあまり、倫理、法的な境界線を踏み越えたりするケースが出ています。これは利己的な理由でそうなる場合もありますし、社内での圧力から起きる場合もあります。
     

    フォルクスワーゲンは世界最大の自動車メーカーになるために経営トップは強気な売上目標を立て、中間管理職はその期待に無条件に応えなければなりませんでした。ディーゼルエンジンの技術者は、廃棄物と燃費の相反する現象を技術的に解決できず、不正なソフトウェアという手段を取ってしまいました。
     

    その結果、不正に関与した技術者数名、CEOを含む経営陣の多数が解雇、及び辞職しました。この結果を招いたのは「横暴」とも言われたフォルクスワーゲンの厳しい企業文化にありました。
     

    防衛的思考

    コンサルタントは専門職として高い教育を受け、会社の業績向上には強い意欲を持つ人たちです。コンサルタントは、クライアントが業績を改善するために以前と違った方法でどのように仕事を進めていくのかを指導する立場にあります。そのため自らの組織の変革にも協力的であると考えられました。
     

    あるコンサルタント会社が自社のチームの業績を高めるために変革を起こそうとするとコンサルタント自身が最大の障害となりました。あるプロジェクトの成果を高めるためのヒアリングをしたところ、コンサルタントたちは自分たちのことは棚に上げ、成果が出ないのはクライアントに一方的に非があると主張しました。
     

    こういったコンサルタントの自己防衛思考的な言動は、高い学歴が災いして失敗や失意に陥る経験が不足していたためでした。成功への高い意欲は失敗への大きな不安や達成できない時の恥や罪の意識の裏返しだったのです。
     

    情報の歪曲

    売上数十億ドル(数千億円)のある企業は、ある製品の損失累計が1億ドル(100億円以上)に上り、この製品から撤退すべきと判断しました。実は6年前に5人の社員がこの製品の重大な問題に気付いていました。工場主任の3人は、日々直面する生産トラブルの解決に多額の費用がかかっていることを知っていました。2人のマーケティング担当者は、この費用を価格に転嫁すれば市場競争力は失われることを知っていました。
     

    では、なぜこの情報がトップ伝わるのに6年もかかったのでしょうか。実は彼らは悪い情報を上司に伝えていました。しかしこの会社は悪い情報は歓迎しないため、彼らの上司は自分たちの上司ががっかりしないように長い資料を作成しました。その資料を受け取ったミドルマネジャーは報告書に改善策を入れ、明るい材料を付け加えるように指示しました。
     

    さらにミドルマネジャーたちは情報を小出しにし、さらに資料の中身を大幅に割愛して、自分たちに直接火の粉がかからないようにしました。経営陣には断片的な情報しか入らず、問題の深刻さは伝わらなかったため、経営陣はこの製品を継続することを表明しました。現場のマネジャーは、このような悲惨な事態になっているのになぜ経営陣が続けようとするのか理解できませんでした。そのため資料を作成することに消極的になり、警鐘を鳴らすことも控えました。
     

    組織文化

    組織が活性化するかどうかは、公式な組織形態だけでなく、集団が持つ非公式な組織、組織文化によるものも少なくありません。組織文化は創業者の考えや理念、パーソナリティによってつくられ、仕事のやり方を通じて社員間に共有されていきます。その過程で組織文化が合わない社員は去り、組織文化はさらに強化されます。
     

    DVDレンタルから現在は動画のストリーミング配信を行っているネットフリックスは、自社の企業文化を記した通称「カルチャーデッキ」を新入社員に読ませています。そこには社員に自由と裁量権を与える代わりに高い水準のパフォーマンスを求めることが記されています。かつて経営が苦境に陥った時、社員の3割を解雇せざるを得ませんでした。しかし残った社員だけの方が事業の効率が高まり高い成果を出すことができました。そのことからネットフリックスは社員により卓越したパフォーマンスを求める文化になりました。
     

    ある研究ではチーム内での1年間のメールの数を調べてメンバーの結びつきの強さと売上の関係を調べました。その結果、結びつきが薄いチームは結びつきが強いチームに比べて業績が悪い反面、結びつきが強すぎても業績が低下することが分かりました。人間関係の絆が強すぎると行動に時間がかかり、チームの成績よりもお互いの関係の方が重要になるためでした。
     

    さらに緊密な絆は、仲間が不適切な行動、倫理的に間違った行動をしている時、かばい合いを生む可能性があります。実際、集団に対する高い忠誠心があると、不都合な真実や非道徳的な行動をさらしたがらなくなることが研究で指摘されています。さらに過剰な人間関係の重視は「身内」と「部外者」を分け、他人を排除するようになります。
     

    アリババのジャック・マーは、いくつかの事業を失敗した後、アリババを創業し、現在は社員数3万8千人という巨大なEC企業を達成しました。強い野心を持つジャック・マーは同じような起業家精神を持った人材を採用してきました。社内では長時間熱心な議論を戦わせることが奨励され怒鳴り合いも辞しません。
     

    過去にアリババにいた人物はアリババについて「アリババにいるのは文明人ではない。ルールに沿っておしとやかに試合をする選手たちではない。望むことを何でも追いかける、極端で過激な人たちだ。会議が終わって出てくるときは誰もが叫びすぎて顔が真っ赤になっている。それがこの会社での会議のやり方だ。声を張り上げて強烈にやり合う。」と述べています。
     

    これから必要な組織とは

    これからAI時代にどのような組織が必要となるでしょうか。その切り口を以下に述べます。
     

    年功序列の破綻

    適切な評価に賃金まで入れると、若い人に相対的に低い賃金を押し付ける年功序列賃金は、ひとつの企業に定年まで雇用されること信じていない若者たちには受け入れられません。さらに年功序列と新卒一括採用は、最初に入った会社に留まることが収入や待遇面で有利となるため、なかなかやめられずパワハラ、セクハラの温床にもなっています。また年功序列は賃金だけでなく、仕事の裁量権にも及び、若い人、キャリアが浅い人は限られた仕事しかやらせてもらえません。
     

    しかしAI時代、年功を積んだ社員が「問題を考えられる」「適切な目的や方法の選択できる」とは限りません。能力を持った社員により付加価値の高い仕事をするためには、年功以外の新たな組織形態が必要です。そのひとつが分化かもしれません。
     

    分化の実現

    分化の意図するところが、プロフェッショナルとして自立した職業人の集団であれば、組織の中で業務内容を分化しただけで十分だろうかという疑問があります。組織に属して賃金や立場が保証された立場と、独立したフリーランスでは意識に大きな違いがあるからです。
     

    一方、仕事の分化が進むと、それを統括する管理者の業務は増加します。これまでの組織は部下が仕事だけでなくそれに派生する雑用や調整業務も行うため、管理能力の不十分な管理者でもチームは成果を出すことができました。しかし各メンバーが専門職として分化した場合、各メンバーを効率よく業務ができるようにマネジメントしなければ十分な成果を出せません。管理者には真のマネジャーとしての管理力が問われるようになります。
     

    プロフェッショナルということ

    自立したプロフェッショナルを組織してチームにする場合、従来の共同体の組織のように共通の認識や暗黙の了解、例えばあうんの呼吸で仕事を進めることができなくなります。そして組織文化もこれまでとは大きります。
    また社員にも相応のプロフェッショナル意識が求められます。業務の時間管理や仕事の成果に対して、品質や納期の管理が求められます。
     

    一方で現在の労働法は、高度成長時代の働いた時間だけ成果が出て、それに対して報酬を支払う考え方です。AI時代に入り、時間をかければ成果が出るわけではありません。今後は社員の報酬を決めるのに時間に変わる別の指標が必要となります。一方で労働者は雇用主に対して立場が弱く、必要な部分は法で守られる必要があります。それらを両立する新たな仕組みがこれから必要になるでしょう。
     

    参考文献

    「経営管理」 野中郁次郎 著 日本経済新聞出版社
    「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」 入山章栄 著 日経BP社
    「日本型組織の病を考える」 村木厚子著 角川新書
    「なぜ日本企業は勝てなくなったのか 個を活かす『分化』の組織論~」 太田肇 著 新潮社
    「組織能力の経営論」ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 ダイヤモンド社
    「エキストリーム・チームズ」ロバート・ブルス・ジョー 著 すばる舎

     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

    人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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    モチベーションとやり抜く力『GRIT』

    働き方改革や外国人の雇用など日本の労働環境が大きく変わろうとしています。企業の成果は、言い換えれば社員一人一人が働いた結果です。個々の社員がどのように働き、どれだけの成果を出すか、これは企業経営に大きな影響があります。
     

    その一方で、若い人達の仕事に対する姿勢や意識は大きく変化しました。

    「電話に出ない」、

    「言われたことしかやらない」、

    「メール1本で休む」

    など今までの常識が通用せず、多くの経営者や管理者は戸惑っています。
     

    未来戦略ワークショップでは、この若者の特徴とやる気を高める方法について、

    第30回「ゆとり世代の特徴と誤解」

    第31回「ゆとり教育社員への処方箋」

    第41回「今までのやり方が通じない!」現代若者考 

    で述べました。
     

    今回は、モチベーションについて近年注目されている「GRIT」という考え方から、社員が意欲的に仕事に取り組む方法について考えます。
     

    日本人は勤勉なのか?

     

    日本の労働生産性はどれくらいか?

    戦後の日本の高度成長は、日本人の勤勉さによるところが大きいといわれています。ところが日本人の1人当たりの生み出す価値「労働生産性」は世界で21位(2018年)と高くありません。
     

    図1 就業者1人当たりの労働生産性比較 (2018年)(出典 2020年度中小企業白書)

    図1 就業者1人当たりの労働生産性比較 (2018年)
    (出典 2020年度中小企業白書)


     

    労働生産性の伸び率も2015年から2018年にかけて、日本はマイナス0.2%、先進諸国と比較して低い数値です。

    
図2 労働生産性平均上昇率 (2015-2018年)(出典 2020年度中小企業白書)


    図2 労働生産性平均上昇率 (2015-2018年)
    (出典 2020年度中小企業白書)

    その結果、国は労働生産性の向上は喫緊の課題としています。
     

    日本の労働者は頑張って働いている

    この国の統計の労働生産性は、GDPを就業者数で割ったものです。
     

    実は日本の就業者数は1998年の6,793万人をピークとして、2015年には6,075万人と10.5%減少しました。また年間労働時間も1989年には2,076時間だったものが、2015年には1,724時間と17%減少しました。
     

    それでもGDPは1990年の454兆円(名目)が2015年には537兆円と18%(名目)も成長しています。従って労働生産性は大幅に改善されています。
     

    それでも世界と比較して日本の労働生産性が低いのは、GDPつまり国内で生み出す価値が低いからです。この数字で見る限り日本人の働き方の効率は高くなっています。むしろこれ以上効率を追求すれば、働き方に無理が生じる恐れがあります。
     

    日本の社員のやる気は高いのだろうか?

     

    その一方で「日本人はまじめで勤勉」というステレオタイプは虚構ではないかという意見もあります。
     

    アメリカの人事コンサルティング会社ケネクサは28ヵ国の社員100名以上の企業の社員の従業員エンゲージメント(組織の成功に貢献しようとするモチベーションの高さ、組織の目標を達成するための重要なタスク遂行のために自分で努力しようとする意思の大きさ)を調査しました。
     

    その結果「従業員エンゲージメント指数」は、上位がインド77%、デンマーク67%、メキシコ63%でした。他の主要国では、アメリカ59%、中国57%、ブラジル55%、ロシア48%で、日本は31%で最下位でした。
     

    つまり我々日本人は自らの意志で長時間労働、サービス残業をしていても、そのモチベーションは決して高くないようです。
     

    ではなぜ遅くまで働いているのか?

    原因のひとつは、仕事が終わっても自分だけが早く帰れないという組織の同調圧力です。
     

    単純労働とホワイトカラーの仕事

    今から20年以上前、職場にはパソコンが普及し業務の効率化が進みました。事務作業の中で単純作業はパソコンやITシステムに置き換わり、コンピューターにできない「考える、判断する」仕事が増えました。
     

    今後、RPAやOCR、AIの普及により、伝票処理や入力業務はさらに減少すると予測されます。さらに「判断する」する業務もある程度はコンピューターが行うようになります。
    (すでに私たちは、道順を考えたり、電車の乗り換えを自ら考えなくなっています。)
     

    今後事務の人員はますます減少し、残ったホワイトカラーの仕事は企画や管理ぐらいしかなくなるかもしれません。

    その結果、人に求められる能力は、今までの勤勉さやまじめさより、企画力や実行力、コミュニケーション能力に変わっていきます。
     

    そのような社会の変化に対し、人材の教育や育成はどうなっているのでしょうか?
     

    失敗させない親たち

     

    企画力や実行力、創造性がより強く求められる時代、子供たちを育てる環境はどのような状況でしょうか?
     

    自尊心教育ブーム

    次の話はどこの国だと思いますか?
     

    子供たちの通うスイミングスクール、このスクールにはかつてオリンピックに出場したスイマーを輩出しました。ある日、壁に掛けられていたオリンピアンのジュニア時代の記録ボードが撤去されていました。「この記録を見たら子供たちが自信を失ってしまう」という保護者からのリクエストに応えたものでした。
     

    1960年代後半からこの国の心理学者は「ほめて育てる」ことで子供たちに自信が備わり、それが成功につながると考えました。そうすれば成績不振はなくなり、社会問題の解消につながると主張しました。
     

    子供たちに過度な競争を強いることは強いストレスになるため、避けるべきと考えたのです。
     

    運動会の競争には順位はつけなくなり、高校の成績はB評価になると親から大学進学に影響するとクレームが来るため、今では大半の生徒がAをもらえます。ついに期末試験を中止してしまった高校も出ました。大学生も全員素晴らしい成績表をもらいます。
     

    その結果、ある大学では、大学院に進学する学生に対して「自分の成績表を見て自分の学力を過剰に誤解しないように」成績表と別に学習能力に関する先生の評価を書いた紙を渡しました。
     

    これはどこの国だと思いますか? 
     

    アメリカです。
     

    我が子が怯えそうな競争を片端から排除していく親は

    「ヘリコプターペアレント」

    「スノーブラウ(除雪機)ペアレント」

    「ローンモア(芝刈り機)・ペアレント」と呼ばれています。

    こういった環境で育った子供たちは、実力以上に自信過剰で自分を有能と感じています。しかし一度失敗するとその自信は崩れ去ってしまいます。
     

    強まる同調圧力

    日本の小中学校では、生徒たちは一対一ではお互いに危害を加えませんが、集団になるとグループの中で一人が浮いてしまうと、その子を仲間外れにされたり無視したりといったいじめが起きます。
     

    そんな目に合わないように自分の身を守るには、

    「常に周りと同じ行動をする」、

    「場を読んで発言する」、

    という「空気を読む」能力が不可欠です。
     

    そして大学生活が終わり就職活動に入ると、少しでもマイナスにならないように

    誰も全く同じ服装をし、

    誰も同じ受け答えをして

    面接をこなします。

    それでもなかなか内定がもらえず、自信を喪失する子もいます。
     

    こうして自己評価の低い、自らは主張せず、場の空気を読むことに長けた若者たちが、「効率化を追求する会社」にいきなり入っていきます。
     

    この「空気を読む」文化は、戦前から日本社会にありました。
     

    1945年4月戦艦大和は、航空機の護衛が全くないまま沖縄に出撃しました。片道分の燃料での特攻作戦でした。当時航空機の護衛もなく、沖縄へ向かうことは成功の可能性の全くない自殺行為でした。司令官 伊藤中将はこの作戦に強く反対しました。

    最終的に彼がこの作戦を承諾したのは場の「空気」でした。そして無意味な作戦のため3000名以上の命が失われました。
     

    才能こそすべて

    1997年マッキンゼーは

    「ウォー・フォー・タレント(人材育成競争)」、

    企業は優秀な人材の獲得とその育成が業績を決めると主張しました。
     

    「ウォー・フォー・タレント」という書籍では、GEなど優良な企業がいかに組織的に優秀な人材獲得に取り組んでいるかを述べました。その結果、難関大学卒業やMBAなどの資格は、就職やその後の収入に大きく影響するようになりました。少しでも高給を得るために、アメリカの若者たちは奨学金を借りて大学へ進学しました。今では若者の大学卒業時の奨学金の負債は、一人700万円にもなります。
     

    しかし優秀な人材を集めた精鋭主義のエンロンは、2001年巨額の粉飾決算が発覚して経営破綻しました。エンロンCEOで元マッキンゼーのコンサルタント、ジェフリー・スキリングは、毎年従業員の業績を評価し、下位15%をクビにするという「ランク・アンド・ヤンク」制度(昇進と処罰)を導入しました。その結果不正な手段で成績を上げるものが後を絶ちませんでした。狡猾なものばかりが得をして、正直者が馬鹿を見るような職場環境になってしまいました。
     

    日本のある金融機関は、本来は融資できないはずの企業に、営業担当者が売上や利益を実際よりも高く書き換えて融資を行っていました。支店では担当者は日常的に上司から「今月の貸計(貸し出し計画)はどうなっているんだ」と”詰め”られていました。貸出ノルマも細かく分かれ、保証協会付融資、危機対応融資、設備資金などに、それぞれノルマが決められていました。預金、カード契約、さらには電子債権記録機関「でんさいネット」の利用件数などという意味のないノルマもありました。
     

    もはや不正に手を染めないとノルマを達成できませんでした。1年以上前の設備を半年前と日付を改ざんするなど、現場では不正が当たり前のように行われていました。しかし現場の正常な判断力は失われ、咎めるものは誰もいませんでした。

    これは2018年3月に5,000件以上の不正融資が発覚した政府系金融機関 商工中金です。
     

     図3 ノルマに悩む

    図3 ノルマに悩む


     

    スルガ銀行は、住宅ローンに代わる新たな収益事業として、収益不動産ローンを柱に据え規模の拡大にまい進しました。金融庁やメディアは、他行よりも高い収益を上げているスルガ銀行のビジネスモデルを絶賛しました。しかしその裏では、達成不可能な営業目標とノルマが掲げられ、行員は上司から

    「銀行の収益の足を引っ張る社員」

    「銀行員なんてやめちまえ」

    「できるまで帰って来るな」

    「(死んでも頑張りますと目標必達を宣言すると)それなら死んでみろ」

    と厳しい叱責を浴びていました。
     

    まともにやっていてはノルマの達成はできず、ノルマを達成するために、偽装行為は融資に関するあらゆる資料に及んでいました。第三者委員会の調査では、不正ゼロの割合は全体の1%以下という状況でした。
     

    今では、難関大学卒業やMBAが本当に仕事で成果を挙げる人材と関係があるのか、疑問が持たれています。グーグルでは、今では卒業後何年か経っていない限り、応募者に成績証明書やGPAスコア(アメリカの大学や高校の成績スコア)の提出を求めていません。またグーグルでは大学に行ったことのない社員も増えています。それはグーグルが求めている人材が
    「明確な答えがないところに何かを見出す」
    人材だからです。
     

    成果を上げる人の特徴GRIT

     

    このように人材に対する要求が変わってきた今日、アメリカで注目されているのがGRIT(グリット)です。このグリットは以下の4つの要素からなっています。
     

    【度胸 (Guts) 】
    ジョージ・パットン将軍によれば、勇気とは「もう1分恐怖に耐えること」で、リスクを取る覚悟でもあります。十分な準備と入念なシミュレーションののち、勝算を確信したら、大きなリスクがあっても必ず勝つと信じて勝負することです。
     

    【復元力 (Resilience) 】
    挑戦すれば失敗は避けて通れません。失敗の度にあきらめていては決して成功にたどり着くことはできません。例え、失敗してどん底の状態となっても、そこから這い上がる力が復元力です。
     

    【自発性 (Initiative) 】
    自らが率先して取り組むことです。アフリカの13歳のトゥレレ少年は家族で飼っていた牛がライオンに殺されたことにショックを受けました。どうすればいいのか考えていて、夜牧場をパトロールした時にライオンが懐中電灯の光を怖がっているのに気づきました。そこでガラクタの中から太陽電池と懐中電灯の部品を使ってライト付きのフェンスをつくりました。
     

    【執念 (Tenacity) 】
    長期間目標に取り組み続ける能力のことです。
     

    成功と脱落を分けるもの

    アメリカ陸軍士官学校には、毎年14,000人以上の希望者の中から選び抜かれた頭脳や体力に優れた1,200名が入学します。ところが彼らの5人に1人は、卒業を待たずに中退します。中退者の大半は、入学直後の7週間の厳しい基礎訓練「ビースト・バラックス(獣舎)」に耐え切れずに脱落した人たちです。そこで、どんなタイプの人間が脱落するのか、アメリカの心理学者は50年以上研究しました。
     

    心理学者のアンジェラ・ダックワースは、脱落するかどうかの違いがやり抜く力GRITにあることを突き止めました。そして彼女の開発したグリット・スケールのテスト結果(グリット・スコア)が低い者と脱落者の間に強い関係がありました。しかもこのグリット・スコアは、学校の成績や運動能力は関係がありませんでした。
     

    表1 グリット・スケール

    全く当てはまらない あまり当てはまらない いくらか当てはまる かなり当てはまる 非常に当てはまる
    1.新しいアイデアやプロジェクトが出てくると、ついそちらに気を取られてしまう 5 4 3 2 1
    2.私は挫折をしてもめげない。簡単にはあきらめない 1 2 3 4 5
    3.目標を設定しても、すぐに別の目標に乗り換えることが多い 5 4 3 2 1
    4.私は努力家だ 1 2 3 4 5
    5.達成まで何か月もかかることに、ずっと集中して取り組むことができない 5 4 3 2 1
    6.一度始めたことは必ずやり遂げる 1 2 3 4 5
    7.興味の対象が毎年のように変わる 5 4 3 2 1
    8.私は勤勉だ。絶対にあきらめない。 1 2 3 4 5
    9.アイデアやプロジェクトに夢中になっても、すぐに興味を失ってしまったことがある。 5 4 3 2 1
    10.重要な課題を克服するために、挫折を乗り越えた経験がある。 1 2 3 4 5

    当てはまる箇所の数字に〇をつけていき、合計して10で割った数値がグリット・スコアとなりま。

     

    心理学者のアンジェラ・ダックワースは、大学を卒業後マッキンゼーに入社しましたが、27歳で教師に転職しました。中学1年生の数学を教える中で、彼女は呑み込みが悪くて最初は中々問題が解けずに苦労している生徒の中に、ずば抜けて良い成績を取る子がいることに気が付きました。そして中学1年の数学は才能でなく、コツコツと取り組むことが重要だと気が付きました。
     

    多くの人は偉大な成果を達成した人たちを天才と呼び、その成果は才能によってもたらされたものと思っています。しかし、実は才能に努力も含まれています。しかも図4のように何かを成し遂げるには努力は2回影響しています。
     

    図4 達成度とスキル、才能、努力の関係

    図4 達成度とスキル、才能、努力の関係


     

    GRITの強さ

    ① 目標

    NFLシアトル・シーホークスのコーチ ピート・キャロルは、コーチのキャリアとしてどん底の状態にいた時、バスケットボールコーチ ジョン・ウッデンの著作に「チームが首尾よく成し遂げることは山ほどあるが、その屋台骨となるビジョンを確立することこそ、最も重要である。」という言葉を読み、「哲学を持たなければだめだ」と強く感じました。
     

    「この試合に勝つ」「攻撃のラインナップの構成を見直す」「選手たちに効果的な掛け声を行う」などの具体的な個々の目標をひとつに束ねるには、すべての目標を貫く目的が必要だと考えました。ピートは「明確に定義された哲学は、選手たちに指針や境界線を示して、みんなを正しい方向に導くことができる」と語っています。
     

    図5 目標と哲学

    図5 目標と哲学


     

    ② 情熱

    グリットを強くするためには、対象に興味を持つだけでなく、強い情熱を持つ必要があります。しかし今取り組んでいる対象が本当に情熱をかけられるものかどうかは、実際にある程度取り組まなければ分かりません。
     

    ある程度取り組んでみて情熱を持つことができなければ手放すべきです。人は一度に多くのことに注意力を注ぐと、多くのエネルギーが消費されて、ひとつのことに十分なエネルギーをかけられなくなってしまいます
     

    ③ 幸福感

    強いグリッド持つ人の特徴は幸福感です。心理学者エド・ディーナーらは「人は何かに成功して幸せになるのでなく、幸せだから成功する」と述べています。このような幸福感を高めポジティブ感情を持つためには、以下の方法があります。
     

    • 強みを生かす
    • 日記を書く:日記に自分の思考や感情を書くことはポジティブな効果をもたらします。
    • 精神性を高める:精神的な感性を高めることは、ポジティブ感情を強化します。ただし排他的で偏見を伴うような宗教的活動は別です。
    • コーチングを受ける
    • 希望を持つ
    • 運動する
    • 利他的な行為を実践する
    • 瞑想する

     

    ④ やり抜く力は年齢と共に高まる

    図6はアメリカの成人を対象としたグリット・スケールのスコアの調査結果です。これによると最もやり抜く力の強かったのは、65歳以上でした。
     

    図6 やり抜く力と年齢の関係

    図6 やり抜く力と年齢の関係


     

    これは彼らの育った時代が
    「ひたむきな情熱」や「粘り強さ」が重んじられた時代だったためという見解があります。あるいはやり抜く力は年と共に強くなるとも考えられます。年と共に成熟し、自分の人生哲学を見出し、挫折や失望から立ち直る経験を積み、目標の重要度を見極めて、重要度の高い目標を理解することで、やり抜く力は高くなります。
     

    ⑤ やり抜く力の強い人たちに共通するもの

    【興味】
    やっていることを心から楽しんでこそ、情熱が生まれる
    目標に向かって喜びや意義を感じ、前向きに取り組むことを楽しいと感じている
     

    【練習】
    「昨日よりも上手になるように」日々の努力を怠らない
    慢心せず、「もっとうまくなりたい」と口にする
     

    【目的】
    自分の仕事、今やっていることを重要だと感じること
    目的意識を感じないことに一生興味を持つことは難しい
    一つのことに興味を持ちつつづけ何年も鍛錬を重ねると「人の役に立ちたい」という意識が強くなる
     

    【希望】
    最初の一報を踏み出す時から、途中で困難にぶつかったときにも、希望は、強いグリットに欠かせない
     

    成功する練習

    1万時間の法則というものがあります。過去に偉大な成果を上げた人、世界トップクラスの人たちは例外なく10年間、1万時間以上の練習を積み重ねたというものです。一方認知心理学者のアンダース・エリクソンは図6のように練習時間が長いだけでは上達は頭打ちになってしまうため、さらに成長するには「意図的な練習」が必要だと述べています。
     

    図7 スキルの上達と年数の関係

    図7 スキルの上達と年数の関係


     

    エキスパートは概ね以下のように練習します。

    1. ある1点に絞ってストレッチ目標(高めの目標)を設定する
      自分の中でうまくいっていない点を見つけます
    2. しっかりと集中して努力を惜しまずにストレッチ目標の達成を目指す
      目標を達成するために集中するためには一人でやった方が、効果が高い
    3. 終わったらすぐにフィードバックを求める
    4. 改善すべき点が分かったら、うまくいくまで何度でも繰り返して練習する
      目をつむってでもできるように体に覚え込ませるために繰り返し練習する

     

    この意図的な練習はひどく頭を使いとても疲れるため1日に3~5時間が限度です。自分の限界に挑み極度に集中して行う練習は甚だしい疲労を伴います。この意図的な練習は、トップの人たちでさえ辛く楽しくない練習です。ではどうしてこのような練習を続けることができるのでしょうか。
     

    やり抜く力の強い人たちは、このような意図的な練習に自ら取り組んでいます。その動機は努力の結果が出た時の高揚感です。ストレッチ目標を決めて意図的な練習を行いその目標を達成した時の高揚感が意図的な練習を行う強い動機となっています。そして彼らは、この小さな達成の積み重ねでしか、大きな目標(例えばオリンピックで金メダルを取る)を達成できないことが分かっているからです。
     

    逆に意図的な練習なしでただ長い時間練習しても効果は限られています。オリンピックのボート競技金メダリスト マッズ・ラスムッセンは、日本のチームの練習を見学した際、練習時間のあまりの長さに衝撃を受けたそうです。
     

    そして

    「ただ何時間も猛練習して、自分たちを極度の疲労に追い込めばいいってものじゃない」

    と諭しました。

    「それよりも大事なのは、周到に考えた質の高いトレーニング目標を設定して、それを達成することだ」と。

    それには長くても1日数時間が限度です。
     

    それでも意図的な練習を毎日続けるのはトップ選手でも心理的に大変です。それを乗り越えるものが「習慣化」です。トップ選手は、毎日、同じ時間に同じ場所で「意図的な練習」を行っています。なぜなら大変なことをするのに「ルーティン」に勝るものはないからです。
     

    意図的な練習を続けられる一番大きな動機は目的です。この目的には、自分の欲求を満たす目的と、社会や他人のための目的(あるいは意義)のふたつがあります。そして他人の為、社会の為といった意義を目的にする方がやり抜く力が高まります。
     

    自己中心的な動機と利他的な動機について、ウォートン・スクール教授のアダム・グラントは「多くの人は片方が強い人はもう片方は弱いと思っているが、実際はこの二つは完全独立していて、両方強い人もいれば両方弱い人もいる」と語っています。
     

    悪いGRIT

    一方で、強すぎるグリットが弊害をもたらすこともあります。
     

    【強情グリット】

    あきらめない、粘り強くやり抜く力が強すぎて実現不可能なことでも強引に突き進んでしまうことがあります。これを強情グリットと呼び、かえって弊害があります。
     

    2012年5月19日カナダ人女性シュライヤ・シャー・コールファインは数年来の夢だったエベレスト登頂を果たしました。それは登頂をあきらめて早く下山するようにという同行者たちの忠告を無視して達成されたものでした。その結果、下山中に彼女は一歩も動けなくなり、生きて帰ることはできませんでした。彼女のグリットは強情に目標を追い求めたため、達成に必要な準備(登山訓練)や冷静な判断力を欠いていました。このように「登頂熱」に浮かされた登山家や、限界を超えて練習するアスリートなどは強情グリットの持ち主です。
     

    図8 同行者の忠告を無視して

    図8 同行者の忠告を無視して


     

    プロテニスプレイヤー セリーナ・ウィリアムズは、この執着について

    「自分を止める必要があるんです。でも、終了ボタンを持ってないですし、誰かにパソコンのようにキーを押して再起動させてもらうこともできませんしね」

    と語っています。そんな彼女の対処法は家族のサポートです。

    「聞いて。私が病気になったときは、必要なら私を引っぱたいて、私が外に出られないように拘束しちゃってちょうだい」
     

    強情グリットに囚われた自信過剰な人たちは、他者の意見を聞かず自分だけで意思決定します。あるいは自分に反対しないイエスマンをあつめて自分の決定がそのまま返ってくるのを聞いています。
     

    自己決定論のエドワード・デシは

    「自分一人でした決断は決して最良の決断にならない」

    と述べています。間違いのない意思決定には、良き友人や良きアドバイザーと彼らの助言を聞く耳が不可欠です。
     

    【虚栄グリット】

    これは周囲から賞賛を得るために、自分や他人を騙して、やったことがないのに何か困難なことを成し遂げたかのように振舞うことです。例えば著名人の学履詐称などです。これは私たちの社会が「勝利者」を尊重する文化の為、自尊心の強い人にとって普通の生活や行動だけでは自信が得られないためです。
     

    ロナルド・レーガン氏は、兵役期間中はアメリカ本土から出たことはなかったのにもかかわらず、さも危険な任務に就いていたかのように語りました。ヒラリー・クリントンは、ボスニアの飛行場で着陸寸前に狙撃されたと語っていましたが、実際の映像には笑顔で手を振り握手をする姿が残っています。ほら吹きで知られるトランプ大統領も多くの成功を自慢げに語っています。自転車選手のランス・アームストロングはツールドフランスを7度制覇しましたが、ライバルやチームメイトを激しく非難し、さらにドーピングの為に永久追放されました。
     

    この虚栄グリットと本物のグリットの違いは、本物のグリットを持つ人は謙虚で自慢話をしないのに対し、虚栄グリットの人は、自分がどれほどすごいのか、どれほどハードなことを行ったのか、常に周囲に伝えることです。
     

    【セルフィーグリット】

    虚栄グリットと違う点は実際に困難な目標を達成したことです。そしてそれを執拗なまでに賛美することを求めます。人は他人から認められたいという承認欲求があり、これをうまく活用したのがSNSなどのソーシャルメディアです。
     

    セルフィーグリットの強い人は、他の人よりも多く努力をした分、それを認めて欲しい、賛美してほしいと強く思います。時には、これが他人に対する卑下や粗野な言動に現れます。
     

    楽観主義

    意図的な練習を繰り返し、進歩が感じられれば意欲も続きます。ところがある時成長が止まる「プラトー」に至ることがあります。プラトーでは内部には経験が蓄積され次の成長の力が蓄えられているのですが、実際に成長が感じられないため、無力感に陥ったり挫折したりします。
     

    図9 プラトー

    図9 プラトー

     

    実際に競技成績が伸びずにライバルに先を越されることもあります。これを乗り越えるのに必要なのが「楽観主義」です。
     

    楽観主義者はそうでない人に比べて失敗の受け止め方が違います。うまくいかなかったのが自分の能力が足りないせいだと思うと無力感を感じます。しかし努力が足りなかったのだと解釈すれば「もっと頑張る」ことができます。
     

    心理学者のマーティン・セリグマンは、失敗の経験がどのように無力感に影響するのか調査しました。中学生に算数の課題を与え、半数のグループは、何問解けたかに関係なく褒美をもらえました。

    残りの半数のグループは、

    「今回は解けた問題が少なかったね」

    と失敗を指摘し、

    「もうちょっと頑張るべきだったね」と励ましました。
     

    その結果、失敗を体験することなく褒められてばかりの「成功のみのプログラム」の生徒たちより、失敗を指摘し励ました「解釈改善プログラム」を受けた生徒たちの方が、難しい問題に出会ったときにより粘り強く挑戦することが分かりました。
     

    この調査から子供の頃の褒められ方が、やり抜く力に影響することが分かります。また、やり抜く力は周りの大人の態度にも影響されます。周りの大人が「努力することで結果がでる」という「成長思考」であれば子供もそうなりきます。
     

    逆に子供がミスした時に「ミスをするのは悪い」という態度を示せば「固定思考」になってしまいます。実際に小学校1,2年生のクラスで成績の良い子を特別扱いすると生徒は「固定思考」になります。
     

    社員のGRITを高める方法

    企業において社員が強いグリットを持ち、積極的に仕事に取り組めば、今まで以上の成果が得られこと想像に難くありません。では、そのような社員になるためにどのような取組をすればよいでしょうか。
     

    1. 意義

    ピート・キャロルの言う哲学、つまり大きな目標です。それは企業の場合、存在意義でもあります。

    「何のために自社は存在しているのか」、

    「自社は誰を幸福にしているのか」

    自社の存在意義を明確にし、適切に社員に伝えることで、大きな目標を示すことができます。

    大きな目標が明らかになった上で、これから取り組む仕事の目標と意義を明らかにします。この意義は、金銭以外のものが必要です。
     

    《反対》(社員のやる気をなくす例)

    自社の存在意義、自社が誰の役に立っているのかはあいまい。又は、偽りの存在意義を伝える。(本当は金銭が最大の目的なのに、あたかも社会に貢献するような目的を掲げる。)
     

    2. 目標設定

    意義を明らかにした上で、それぞれの社員が達成できる目標を設定します。この目標設定は、SMARTな目標にします。
     

    • S Specific(具体的)/Significant(重要)
    • M Measurable(測定できる)/Meaningful(有意義)
    • A Attainable(達成できる)/Action-Oriented(行動につながる)
    • R Relevant(関連のある)/Rewarding(やりがいのある)
    • T Time-Bound(期限のある)/Trackable(追跡できる)

     

    この目標は、最初は社員が少し頑張れば達成できるものにします。何度も目標を達成し、自信ができれば、目標の難易度を高めます。
     

    《反対》

    達成不可能な目標をノルマとする。目標は自社の存在意義と矛盾している。
     

    3. 手応えとやり通した経験

    目標を達成すれば社員は手応えを感じます。達成した目標は大きな目標につながっているため、目標の達成は自社の存在意義を高めることにつながり、達成感を高めます。そして、目標達成に向けてやり通した経験が本人に蓄積されます。
     

    《反対》

    目標が具体的、定量的なものでなく手応えがない。毎回達成できず自信を喪失する。
     

    4. 失敗の経験

    リスクのあることに取り組むのですから、失敗は避けられません。そのため小さな段階から何度か失敗を経験し、失敗を恐れなくなるようにします。そのためには指導者は適度に失敗するように遠くからそっと見守ります。また失敗しても、リカバリーできる方法をこっそりと用意しておきます。
     

    《反対》

    失敗を許さず、失敗すれば厳しい叱責や懲罰を受ける。
     

    5. 貢献と感謝

    目標の達成は決して本人だけの努力ではできません。同僚や他の部署、顧客など多くの関係者の協力があって達成されます。そこで目標を達成したら、虚栄グリットやセルフィーグリットに陥らないために、目標達成に協力してくれた人たちに感謝します。感謝の習慣は、家庭で身に着けている社員もいればそうでない社員もいます。そうでない社員には根気よく感謝の心を持つように教育します。

    また成功するには、テイカーよりもまずはギバーである必要があります。つまりもらう前に与える人になるべきです。感謝の習慣と共に、積極的に他人に貢献する習慣も身に着けます。地域での清掃やボランティア活動も良い方法です。
     

    《反対》

    目標達成した社員のみを称賛し、目標達成は本人の努力だと褒め称え、達成できない社員を強く非難する。顧客や関係者に感謝せず、目標達成の手段だとみなす。
     

    未来を明るいものにするために

     

    今後、社員には企画力、実行力が一層求められる時代になり、社員の育成はますます重要になります。企画力、実行力を高めるには、やり抜く力、グリットは欠かせません。そしてグリットを高めるためには、今まで述べてきたように取組が必要です。これらは決して目新しいものではありませんが、今までは個人の能力や成果に気を取られて疎かになっていたと思います。

    一方で、エンロンや商工中金など多くの企業は短期的な成果を求め、厳しいノルマや成果で社員を追い込んでいます。その結果、本来社員が持っている能力は封じられ、ノルマ達成のため不正に走る結果となっています。
     

    グリットを高める取り組みは社員の能力を引き出し、組織を活性化し、高い創造性と実行力を生み出し、企業の競争力を高めるものと考えます。
     

    ハーバード大学教授のウィリアムジェイムズ氏は

    我々の能力は半分しか目覚めていない。
    人間は自分の持っている能力をほとんど使わずに暮らしている。
    さまざまな潜在能力があるにもかかわらずことごとく生かせていない。
    当然ながら能力に限界はある。
    木が空まで伸びたりしないように

    と語っています。
     

    参考文献

    「GRIT やり抜く力」 アンジェラ・ダックワース 著 ダイヤモンド社
    「実践版GRITやり抜く力を手に入れる」 キャロライン・アダム・ミラー 著 すばる舎
    「GRIT平凡でも一流になる力」 リンダ・キャプラン・セイラ― 著 日経BP社
    「17歳でもわかるGRITワークブック」 カレン・バルーク・フェルマン 著 双葉社

     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

    人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

    ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?

    未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?

    経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。

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    「今までのやり方が通じない!」現代若者考 ~若者を取り巻く社会環境とのやる気を引き出す方法~

    ゆとり教育世代に代表される現代の若者

    いつの時代でも若者に対して「今の若者はダメ」という意見はありました。それでも企業は、その時代の若者を採用し、育成し、世代交代していきました。年長者から見れば、いつの時代でも若者は「否定されるべき存在」でした。
     

    ところが現代の若者の中には、従来のような世代間の相違だけでは理解できない人がいます。
    「今までのような指導方法が通用しない」
    「少しきつく注意すると心身に不調をきたし休職してしまう」
    このようなことが日常的に発生し、その対処にベテラン社員が振り回されます。
     

    その一方、雇用延長制度により退職を引き延ばしてきた団塊の世代が本格的にリタイヤを始めました。企業は不足する人材を確保するために積極的に採用に取り組み、人材獲得競争が激しくなっています。しかし、せっかく採用した人材が戦力にならなかったり、辞めてしまったりするのは大変な痛手です。
     

    では若者の退職を防ぎ、早期に戦力化するにはどうしたら良いでしょうか。現在の若者の特徴と育成について考えました。
     

    若者を取り巻く社会的背景

    若者世代の特徴とやる気を高める方法については、
    経営コラム「ゆとり世代の特徴とモチベーションを上げる方法」で、現代の若者の置かれている状況と、ダニエルピンクの著作「モチベーション3.0」より管理しないことがモチベーションを高めることを紹介しました。
     

    また経営コラム「ゆとり世代の特徴と誤解」は、昔の日本人もモチベーションは高くなく、今の若者の評価にバイアスがかかっていることを述べました。さらに学力低下と教育の問題について取り上げました。
     

    今回は、若者を取り巻く社会環境と、彼らを戦力するための処方箋、さらに欧米の人材マネジメントについて述べました。
     

    社会環境と就職

    現在の若者を考えるとき、彼らを取り巻く就職環境の影響はとても大きいと言えます。例えば就職氷河期世代はバブル崩壊により、正社員になる機会を失い、雇用の不安定な派遣社員のままキャリアを重ね、40代になっても非正規のままのため、それが低所得や非婚化の原因になっています。
    これはバブル崩壊、企業が採用を大幅に絞ったことと、そのタイミングで一般人材派遣が解禁になり、当時の若者の多くが人材派遣のような雇用の不安定な立場に立たされたためと言われています。逆に今はアベノミクスにより企業業績が回復したため、就職環境が好転したと考えている若者もいます。
     

    本当にバブル崩壊以降、新卒採用を絞ったために、就職が困難になったのでしょうか。
    「『若者はかわいそう』論のウソ」の著者 海老原嗣生氏は、「『若者はかわいそう論』は社会の変動の一端のみをとらえた扇情的な主張だ」と述べています。
    それに多くのジャーナリズムが同調したことも一因でした。
     

    では、若者の就職環境が厳しくなった本当の要因は何なのでしょうか。
    海老原氏は、以下の3つの大きな地殻変動があったと主張します。

    1. 1985年から1995年の間に起きた為替レートの急激な変化
    2. 1985年から連綿と続く大学進学率の上昇
    3. 1980年以降、急低下を始めた出生率

     

    ① 工場の海外移転とブルーカラーの雇用の減少

    1985年のプラザ合意により発生した急激な円高は、輸出割合の高い企業に大きなダメージを与えました。これは円高不況と呼ばれ、製造業は国内工場が輸出競争力を失い、多くの企業は工場を海外へ移転しました。
     
    図1 円-ドルレートの推移
    図1 円-ドルレートの推移

     

    この工場の海外移転により大幅に減少したのは、工場で働くブルーカラーの求人でした。実はバブル崩壊後も内需は堅調で、飲食、販売、サービス業の雇用は増加していました。そのため大卒のホワイトカラーの求人は、それほど大きくは減ってはいませんでした。そして1985年から25年間の間に第三次産業従事者の比率は、60.4%から72.5%へと上昇し、今では従業者の4人中3人が第三次産業の従事者です。これがブルーカラーの雇用減少の受け皿となりました。
     

    ところが、飲食、販売、サービス業は、対人折衝が不可欠です。そのため人と接することが苦手で、対人折衝能力が低い若者にとって就業は困難になり、これがニートやフリーターの増加の原因となりました。
     

    ② 少子化と大学定員数の増加

    二番目に大学行政の失敗があります。1971年~1974年の第二次ベビーブームは、そのピークの1973年には出生数が210万人に達しました。彼らが18歳になる1989年から1992年に合わせて、相次いで大学が新設され、既存の大学は定員を増やしました。しかし出生数はその後急激に減少し、1980年代後半には140万人、2000年代には110万人と第二次ベビーブームの半分近くにまで減少しました。
     

    本来ならば文部科学省 (文科省) は、出生数の低下から将来を予測し早めに大学の定員を絞らなければなりませんでした。実際は逆に定員を増やす取り組みを行っていました。
    その結果、大学の新設や学部の増設が続き、1997年から2002年までの間に大学は100校増加しました。大学生の数は1985年の184万人から、2009年には284万人に増えました。大学進学率は、1985年の26.5%から、2009年には50.2%と約2倍になりました。かつては4人に1人が大学に進学したのが、現在は2人に1人が大学に進学しています。
     

    図2 大学の数と18歳人口の変化

    図2 大学の数と18歳人口の変化

     

    その結果、定員割れの大学が起きる恐れがあり、そこで文科省は1997年にAO入試、一芸入試を認めました。これにより大学に入りやすくなり大学進学率は上昇し、学生不足による大学の淘汰も起きませんでした。一方大学生の質の低下は避けられませんでした。
     

    それでも出生数減少に不安を抱く一部の大学は、資格取得を大学の呼び物にしました。文科省もこれに応じて、医療・介護、薬学、看護、法律(ロースクール)、教育・心理(臨床心理士)の学部の設置基準を緩和しました。一方でこれにより今までこうした資格を教えていた専門学校が経営不振に陥るのを救済するため、専門学校の大学格上げを認めました。その結果、2002年から2009年までの間に大学がさらに87校増えました。
     

    ③ 問題の本質は教育行政の失敗

    就職氷河期の問題の本質は、大企業は正社員の採用を減らしてないが、大学生が増えすぎたため、希望の会社の入れない大学生が増えたことです。希望の会社に入れない若者の多くは、その企業の採用基準に達していない人材が多く、中にはかつては大学に進学できなかったレベルの若者もいます。実際には、大企業以外の中小企業や販売・サービス業の求人は減っていません。しかし大学を卒業したというプライドのある彼らは、そのような企業へは応募しません。
     

    これは大学のキャリア教育支援にも問題があるのではないかと思います。大学のキャリア教育支援室は就活の始まる学生に、最初にリクナビ、マイナビへの登録を指導するそうです。これらのサイトは掲載だけで50~70万円、合同説明会1回50~70万円と採用にかなりの費用がかかります。当然このようなサイトに登録している企業は比較的規模が大きく採用にコストをかけている企業です。
     

    しかしランクが下の方の大学で、学力も下位の大学生を採用する企業がリクナビ、マイナビにどのくらいあるでしょうか。そして大学生は自分のレベルに合った企業を探せるのでしょうか。このミスマッチが就活を困難にし、就活生の心が折れる原因になっていないでしょうか。
     

    教育の変質

    ① 失敗しない、正解を最小の労力で得る道

    近年、日本社会全体が効率性の追求という方向に向かっています。若者は、子供の頃から最小の努力で最大の結果を得ることが良いことと思っています。これを象徴するのがコスパ (コスト・パフォーマンス) という言葉です。
     

    買い物も食事も遊びも価格と内容を比較して、コスパが高いか低いかが重要です。つまり頭の中では、損したか得したかで考えています。この「コスパ」で考えれば、勉強や仕事において未知のテーマや新しい取組は、得られる成果に比べ、失敗した時のデメリットが大きいため、コスパは良くありません。従って、やろうとしません。
    たとえ、失敗することで多くの学びや経験が得られたり、わくわくするような充実感が味わえたとしても。
     

    その一方で、若者の起業志向は高まっています。ただ、「何かやりたいことがあって起業する」というより、「とにかく儲かることをしたい」、「会社に縛られたくないと」いう考えから起業を目指します。起業すれば、会社に縛られることなく、仕事や私生活を充実させることができると考えます。
     

    実は借入金に連帯保証を取る日本では、一度起業に失敗すれば立ち直るのは容易ではありません。本当は自己破産しなければならない起業こそハイリスク・ハイリターンでコスパは良くありません。しかし世にあふれる起業に関する情報や起業セミナーはそのようなリスク伝えられていません。
     

    ② ゼロ・トレランス方針 ~人間形成に必要な寛容さを失った現場~

    今学校では、「割れ窓理論」(※注) 参照)に従い、些細な違反でも厳罰に対処するゼロ・トレランス方針が取られています。このゼロ・トレランス方針は、「割れ窓理論」に基づく対処がニューヨークの犯罪率低下に効果を上げたことから、アメリカの学校に導入されたものです。
     

    一方で、ゆとり教育により生徒の自主性を重んじ積極性の伸ばす指導をする傍らで、ルールから逸脱すると厳しく取り締まることを学校は行っています。これでは子供たちは許可されないことは全く手を出さなくなります。その教師も日常の多くの管理や書類に拘束され、過酷な労働環境に置かれています。
     

    図3 ある中学校のゼロ・トレランス方針
    図3 ある中学校のゼロ・トレランス方針

     

    ※注) 割れ窓理論
    割れ窓理論は、アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した「軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪が抑止できる」という理論です。「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」との考え方からこの名がつけられました。
     

    割れ窓理論によれば次のような経過をたどり治安が悪化します。

    1. 建物の窓が壊れているのを放置すると、それが「誰も当該地域に対し関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作り出す。
    2. ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになる。
    3. 住民のモラルが低下して、地域の振興、安全確保に協力しなくなる。それがさらに環境を悪化させる。
    4. 凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。

     

    図4 割れた窓を放置すると…

    図4 割れた窓を放置すると…
     

    そこで治安を回復させるには、

    • 軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみはきちんと分類して捨てるなど)
    • 警察職員による徒歩パトロールや交通違反の取り締まりを強化する
    • 地域社会は警察職員に協力し、秩序の維持に努力する

    などを行います。
     

    ニューヨーク市は、1980年代にはアメリカ有数の犯罪多発都市となっていました。1994年に検事出身のルドルフ・ジュリアーニが治安回復を公約に市長に当選するとジョージ・ケリングを顧問として、この理論を応用し治安対策を行いました。
     

    これは「ゼロ・トレランス(不寛容)」政策と名付けられ、具体的には、

    • 警察に予算を重点配分し、警察職員を5,000人増員して街頭パトロールを強化
    • 落書き、未成年者の喫煙、無賃乗車、万引き、花火、爆竹、騒音、違法駐車など軽犯罪の徹底的な取り締まり
    • ジェイウォーク(歩行者の交通違反)やタクシーの交通違反、飲酒運転の厳罰化
    • 路上屋台、ポルノショップの締め出し
    • ホームレスを路上から排除し、保護施設に強制収容して労働を強制する

    などを行いました。
     

    その結果、5年間で犯罪は、殺人が67.5%、強盗が54.2%、婦女暴行が27.4%減少し、治安が回復しました。
     

    一方犯罪件数が減少した要因について別の意見もあります。「ヤバい経済学」の著者スティーヴン・レヴィットは、ニューヨークでの凶悪犯罪減少の要因は以下の4つであると言います。

    • 警察官の増員
    • 銃規制の強化
    • 麻薬市場の変化
    • 中絶合法化

     

    麻薬の売買が儲からなくなり、マフィアやストリートギャングの勢力が衰えた、中絶合法化により貧困層のティーンエージャーの出産が減ったなどが原因と主張しています。恵まれない家庭で望まれずに生まれてきた子は、犯罪者になりやすい傾向があることから、中絶が合法化されて犯罪者予備軍が減ったという構図です。
     

    一方でアメリカでは学校へのゼロ・トレランスの適用は過剰な処分を起こし問題なっています。2001年にはカリフォルニア州で15歳の少年が「学校に銃を持っていく」という内容の詩を書いたため、100日間の自宅謹慎処分を命じられました。また2007年には、10歳の少女が昼食時に家から持参したステーキナイフを使って食べ物を切り分けたことが「学校への武器の持ち込み」と判断されて逮捕され児童観察施設に送られるという事件が発生しました。
     

    ③ 転職して自分に合った仕事を探す

    新卒採用の3人に1人が3年で辞める現在、若者の転職は多く、第二新卒という言葉もあります。終身雇用が一般的だった30年以上前は、転職は一般的でなく、再就職の窓口もハローワークぐらいしかありませんでした。しかしリクルートのような人材紹介、転職情報ビジネスが盛んになり、テレビコマーシャルなどでも「やり貝」などの言葉で盛んにPRするようになりました。そして転職が一般的になりました。企業にとっては優秀な人材を中途採用できるというメリットがある反面、新卒採用した人材の3割が退職するというデメリットもあります。
     

    一方、人材の流動化が進んでも、大手企業は転職すれば給与や待遇面で不利になります。さらに日本企業は、欧米企業のように人材に高度な専門的スキルを求めるより、自社で育成する方針のため、転職すればキャリアをやり直すことになり昇進において不利になります。
     

    転職は若者にとって良い選択ではないことも多いのですが、転職者が少なければ売上が上がらない転職・人材紹介会社は転職を盛んに促し、それに安易に乗ってしまう若者もいます。
    社会人としての経験を積めば、自分に合った仕事なんて簡単に見つかることはなく、与えられた仕事を懸命にこなすうちに何が本当に自分に合っているのか分かってくるのですが。
     

    ④ 急増する新型うつ病

    心身に不調を訴えて休職する若者の中に「新型うつ病」の若者が増えています。うつ病には以下の3種類があります。

    • 心因性
    • 何かつらい出来事がきっかけで発症
      一般的に体の反応は関係せず、薬はあまり効かない。心の発達の問題が関係している可能性もある。

    • 内因性
    • 体質や性格、認知の偏りなどうつ病にかかりやすい素因があり発症するうつ病
      休養と服薬がよく効く。「新型うつ病」も内因性に分類される。

    • 外因性
    • 頭のけがなどがきっかけで発症

     

    新型うつ病は、逃避的な傾向を持った「抑うつ体験反応」です。抑うつ反応は、本人にとって不本意な出来事がきっかけとなって起きます。
     

    図5 従来のうつ病と新型うつ病の違い
    図5 従来のうつ病と新型うつ病の違い

     

    本来の内因性うつ病は、まじめで几帳面な性格の人がかかることが多く、過剰な仕事や責任を負ったために心身ともに疲れ切って発症します。自分から精神科を受診しようとせず、家族に説得されてしぶしぶ来院するケースも多くあります。
     

    これは心身に無理を重ねたため神経伝達物質の欠乏したためで、ほっておけば自殺の恐れもあります。きっかけとなった仕事や環境を取り除いても改善はせず、休養と服薬で心と体のエネルギーが回復すると症状は改善します。一方で比較的回復の容易な病気です。
     

    ところが新型うつ病は、薬がなかなか効かず、休養の効果も表れません。心身のエネルギーが枯渇しているわけではないので、仕事などイヤなことはうつになりますが、趣味や遊びは活発に活動できます。休職中は症状が落ち着いていますが、復職が近づくと再発し、なかなか職場復帰できません。
     

    ⑤ なぜ新型うつが増えたのか

    バブル崩壊後、日本経済は低迷し、企業倒産やリストラにより自殺者は増加し、1998年には3万人を超えました。しかしうつ病患者の増加は、やや遅れて1999年より増加しています。その原因として精神科医の冨高振一郎氏によれば、1999年にうつ病の新薬SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)の発売が原因であると言います。
     

    このSSRIは従来の抗うつ薬より副作用の少ない画期的な薬ですが、価格も従来よりもはるかに高い薬です。実は多くの国でSSRIが発売された後、5,6年でうつ病患者が2倍に増加しています。
    そして気分が落ち込んだ人が目をやると、うつ病と思うような情報が巷に多くあります。叱られたり失敗したりして気分が落ち込んでいるときに、ふと目にしたポスターから「うつかもしれない」と思って精神科を受診した若者に対し、医師はどのような対応を取るでしょうか。
     
    図6 自殺者数の推移

    図6 自殺者数の推移
     

    ⑥ 大人の発達障害

    最近は自閉症など発達障害に関する情報も増え、わが子が発達障害ではないかと不安に感じる親も増えています。この発達障害には以下のようなものがあります。
     

    図7 それぞれの障害の特性
    図7 それぞれの障害の特性

     

    【自閉症】

    3歳位までに現れ、1他人との社会的関係の形成の困難さ、2言葉の発達の遅れ、3興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害であり、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
     

    【高機能自閉症】

    自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないもの。中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
     

    【学習障害】

    全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す状態を指すものである。
    原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。
     

    【注意欠陥/多動性障害(ADHD)】

    年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。
    7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
     

    【アスペルガー症候群】

    知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の発達の遅れを伴わないものである。なお、高機能自閉症やアスペルガー症候群は、広汎性発達障害に分類される。
    (文部科学省のホームページより)
     

    このような発達障害の情報は、対人関係や学業で悩んでいる人に対して原因を提示することで気持ちを明るくする効果があります。一方このような情報の氾濫がささいな対人関係のトラブルにも「自分は発達障害出来ないか」という疑念を招き、自らにレッテルを張ってしまうことになります。
     

    ⑦ 1920年以降増えた摂食障害

    女性のダイエットは日本、欧米など先進国にとどまらず世界的に広まっています。しかし中世の西洋の肖像画などは、ふくよかな女性が描かれ、スレンダーな女性が美しいという価値観はありませんでした。スレンダーな女性が望まれるようになったのは1920年代以降です。
     

    その原因は、「ダイエットの歴史」を著した海野弘氏によれば女性美の理想が「若さ」や「少女のエロティシズム」に求められようになったためです。それに伴い服装も腕や足を露出するものが増え、体形の違いが一層明確に分かるようになりました。つまり西洋の女性は重いコルセットから解放された反面、ダイエットという「見えないコルセット」を身にまとうようになったと海野氏は述べています。
     

    1966年ロンドンのモデル レスリー・ホーンビー 通称「ツイッギー」が人気を集め、ミニスカートがブームになりました。この「ツイッギー」ブームは欧米や日本で摂食障害が増加させました。
     

    BBCニュースによれば、かつて南太平洋のフィジーは、男女ともたくましい筋肉質な体が望ましいとされていました。1995年からテレビ放映が始まり「ビバリーヒルズ青春白書」などアメリカのテレビドラマが放映されると、3年余りでそれまでほとんど見られなかった摂食障害の患者が急増しました。
     

    拒食症などの摂食障害に陥った女性の中には、カーペンターズのヴォーカリスト カレン・カーペンターのように命を落とす女性もいました。ブラジルのスーパーモデル アナ・カロリナ・レストンも摂食障害で命を落とし、その死をきっかけに、やせすぎのモデルに対する批判が起きるようになりました。
     

    そしてイタリアやスペイン、イスラエルなどの国では、超痩身のモデルがショーや広告に出演することが禁じられました。フランスでもやせすぎのファッションモデルを規制する法案が提出されました。モデルはBMI指数が18以上、身長1.75メートルに対して約55キログラムの体重を示す診断書の提出が義務付けられ、違反者は最大7万5,000ユーロ(約960万円)の罰金が科され、関係したスタッフも最大6カ月服役する法案です。
     

    ちなみにツイッギーのBMIは14.5、現代の基準から見てもやせすぎでした。体格は個人差があるためツイッギーの体形は自然体で合ったかもしれませんが、彼女とは違う体形の女性がツイッギーになろうとするのは無理があります。
     

    ⑧ 無菌室で育った人材

    今まで述べた社会環境で育ち教育を受けてきた若者は、

    • おとなしく人とぶつかることを避け
    • コスパを重視し最小の努力で良い成績を取ることに努め
    • 失敗するようなことは避け
    • 成功の達成感を知らないため自己肯定感が低く
    • それでいて壁にぶつかっていないために自信過剰な
    • 他人とぶつかった経験が少ない

    このような傾向があります。
     

    対人関係においても理解のない教師や理不尽な大人に接することがなく、対人関係のストレスに非常に弱いままです。さらに交友関係が同学年の友達に限定されています。そしてそのグループの中でメンバーと違うことをすると、仲間外れやいじめにあう恐れがあるため常に同調行動をとります。
     

    人とぶつかり傷つくような心の筋トレをしていないため「これ以上は引かれるけどここまでは大丈夫だろう」というさじ加減が分かりません。そして傷つくことを極度に恐れます。
    勉強も本気で取り組んでいないため自分の実力が自覚できてなく、「自分の実力はこんなものじゃない」という根拠のない自信を持っています。
     

    これは社会生活で必要な人間的な幅の広さと寛容さ、対人関係の耐性、したたかさを欠いた無菌室で育った人材といえます。しかも彼らに対し、新型うつ、転職、起業など様々な逃げ場があります。
     

    処方箋

    若者のやる気を高め、退職を防ぐ方法

    このような若者のやる気を高め、退職を防ぐにはどのような方法があるでしょうか。以下に4つの方法を示します。
     

    ① 目標設定と仕事の意味付け

    「自ら考えて行動する」というゆとり教育を受けてきた若者は、言われたことに盲目的に従うことを嫌います。そのため仕事の指示も従来のように、作業内容をただ指示するだけなく、「何のために行うのか」仕事の持つ意味や必要性を伝えます。そして本人の能力に応じた適切な難易度の目標を与えます。そして本人に長期のキャリヤプランと育成目標を示します。このようにして自分の仕事とキャリヤアップの関係を示さないとモチベーションが低下し、退職の原因になります。
     

    ② 達成感と自己評価の向上

    学校教育で達成感を感じてこなかったため、職場で達成感を感じさせ自己評価を高めます。こうすることで自身が生まれ失敗にも折れない心を育てます。
    例えば、スキル表を作成し、ひとつの仕事をできるようになったらスキル表に丸を付けます。丸が増えれば本人も成長を実感できます。さらに業務に必要な能力を細かく区分し、仕事をいくつか覚えて本人の区分が上がれば、朝礼やミーティングで職場仲間に対して報告し、全員から拍手をします。細かな達成感の積み重ねが本人の自己評価を高め、そして積極性を持つようになります。
     

    ③ 手取り足取り

    営業部門の新人Aさんの指導を任されたペテン社員のBさんが業務日誌の書き方を教え、「今日の分を書いてください」といったところAさんは「無理です」と言いました。
    「一通り教えたし、わからなくなったら前日のを見ながら書けばいいんだよ」といっても
    「不安です」といって取り掛かろうとしないので
    「じゃあ一緒にやろうか」といって、手取り足取り書き方を指導しました。
    従来であれば、自分なりに考えて間違いだらけでも書いたかもしれませんが、今は失敗を恐れて自分から考えようとしないため、最初は手取り足取り教え、一歩が踏み出せるようにします。
     

    ④ 注意と指導

    実力に比べ自信過剰でプライドが高い若者の場合は、人前で叱らないようにします。叱るという行為は叱る方と叱られる方の間に信頼関係が不可欠です。叱るというより一方的に怒鳴るような指導でも、かつての若者は耐えてきましたが、今日の若者にそのような行為をすれば、相互に信頼関係を築く前であればパワハラと受け取られます。
     

    そこで叱るのではなく、注意にとどめます。しかも人前でなく二人きりの時に行います。その際、何が問題だったの、二度と起きないようにするにはどうすればよいかをていねいに伝えます。原因を個人的な問題や資質や能力でなく、やり方に結論づけます。
     
    図8 部下を叱る

    図8 部下を叱る

     

    指示命令から自発的な管理への転換

    ① 欧米型のマネジメント

    部下は会社の指示に無条件に従うのが日本型のマネジメントですが、今の若者を無理にこれに当てはめると反発やモチベーション低下の原因となります。
     

    これに対して欧米のマネージャーは部下ひとりひとりに対し、個別合意を取り付けることに多大な努力を払っています。
    「本人がいちばん望んでいることは何か」、
    「将来はどうしたいのか」、
    「その中で仕事の位置づけをどうするのか」、
    これらを部下との話し合いの中で一つ一つ合意していきます。
     

    これは日本人のマネージャーにとってはとても面倒に感じるかもしれません。しかし彼らにとっては合意を取り付けるまでは大変ですが、一度合意を取り付けてしまえば、その後は部下が自分から考えて行動するためとても楽になります。そしていちいち個別の仕事に対し細かく指示する必要はありません。マネージャーはチームワークを支援したり仕事ぶりを評価し、部下を助けることが主な仕事です。問題が起きそうになれば部下から報告してきてそれを一緒になって解決します。
     

    その一方欧米流マネジメントは、個別合意した内容については必ず実行することが求められ、実行できなかった場合はマイナス評価や降格、場合によっては退職もありえます。自分のやりたいことを主張した以上、必ずその達成のコミットメント (約束) が求められます。このコミットメントは、欧米の文化では日本語の「約束」よりも「もっと重い固い決意で必ず達成すべきもの」です。これにくらべ日本の経営者や政治家の言うコミットメントは達成できなくても何ら責任を負わず欧米のコミットメントとは違う意味のようです。
     

    ② アメリカ流部下のマネジメント

    日本で仕事をする場合、上司への「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」は業務の基本とされ、ビジネス書や社内研修でも密にコミュニケーションを取ることの大切さについて、よく耳にするものです。また、仕事を進めるにあたり、部下は上司からの指示を仰ぎながら業務を進めることが一般的であり、上司は進捗状況を詳細に知りたがります。そのため日本では業務プロセスがメンバーや上司との共同作業になります。
     

    一方、アメリカでは各ポジションにそれぞれの仕事の専門家が担当者になります。上司は各担当者に役割や目標を伝え、仕事は担当者に任せます。担当者は上司よりもその仕事のやりを熟知しているので、上司は口出しをせず、報告を待ちます。そのため日本人上司とアメリカ人部下が一緒に働く場合、アメリカ人部下は「上司に信用されてない」、「仕事を任せてもらえない」と感じてしまいます。
     

    それに対し日本人上司はアメリカ人部下に対して、「何をやっているんだろう」、「仕事はいつ仕上がるのだろう」と気を揉んでその結果、「思っていたものとは違うものが出てきた」ということが起きます。
     

    参考文献

    「『ゆるく生きたい』若者たち」 榎本博明 著 廣済堂出版

    「モチベーションの新法則」 榎本博明 著 日本経済新聞出版社

    「『過剰反応』社会の悪夢」 榎本博明 著 角川新書

    「世界で一番やる気がないのは日本人」 可兒鈴次郎 著 講談社+α文庫

    「『若者はかわいそう』論のウソ」 海老原嗣生 著 扶桑社新書

    「思春期ポストモダン」 斎藤環 著 幻冬舎
     

    本コラムは2018年5月20日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

    人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中

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    ゆとり世代の特徴と誤解その2 ~ゆとり教育社員への処方箋~

    「言われたことしかしない」

    「メールで朝、欠勤の連絡をする」

    最近の若い人たちの今までの常識では考えられない行動が目立ち、職場で先輩たちが戸惑っています。

    彼らの多くが2002年以降それまでの知識偏重の教育から自ら考え、生きる力をつけることを目指した「ゆとり教育」受けてきました。

    彼らを「ゆとり世代」と呼び、彼らの特徴の社会的背景を経営コラム「ゆとり世代の特徴と誤解~ゆとり教育の背景①」に書きました。

    このコラムでは、彼らの特徴を掘り下げ、彼らが早く戦力になってくれる方法について述べます。
     

    ゆとり教育世代の特徴と早期に戦力になってもらう方法

    ゆとり教育世代の特徴

    ゆとり教育世代と呼ばれる人たちが企業に入るようになると、今までは考えられないようなことも起きて、現場が戸惑っています。
     
    例えば、

    1. 指示待ち
    2. 担当エリア以外は掃除しない、電話が鳴っても自分の席でなければ取らない、など言われたことしかやらない指示待ち。

    3. 口頭や電話のコミュニケーション能力低下
    4. 電話や対面での折衝を避けてメールで済まそうとする。飲み会などを断る、今までのコミュニケーションのやり方が通じない。

    5. 成長志向と根拠のない自信
    6. 仕事の選択の基準が転職に有利なスキルが身につくかどうか、そのため、スキルに関係ない雑用を嫌がる。自信満々でできるというので任せたところ、進まなくてオロオロするなど根拠のない自信。

    7. 昇進を避け、リーダーになりたがらない
    8. リーダーになるのを避ける、昇進を嫌がる。これはゆとり世代に限らず、それ以前の世代にも見られる傾向ですが。

    9. リスクを取ろうとせず積極性がない
    10. 失敗した時のことを考え、リスクがあることにチャレンジしない。(これも若者に限らず中堅からシニアまでこの傾向はありますが)

    11. 仕事の優先順位付けができない
    12. 複数の急ぎの仕事があると、優先順位を自分で判断できず、固まってしまう。

    13. メンタルが弱い
    14. 失敗やトラブルが重なると、心が折れて、会社に来ることができなくなってしまいます。

     

    キーワードは、異種人材の混成チーム

    原因は彼らの育った社会環境の変化と教育の変化(ゆとり教育)にあります。ゆとり教育は自主的に考え、生きる力をつけることを目的とした教育です。これが「与えられた仕事をまじめにこなす」企業が新人に求めるものと合わないためです。

    加えて相次ぐ企業のリストラは若者たちに会社に対して安定と安心を信じることができず、今の仕事は自分のスキルアップに役立つかどうかで考えます。そしてスキルアップに役立たないと思えば転職してしまいます。

    一方、ホワイトカラーも単純な反復業務はIT化される今日、社員に求められる能力はまじめに仕事をこなすだけでなく、自ら問題を発見し解決する力、そして独創性や創造性などです。

    それには今までのように上司から言われたことをまじめにこなすだけでは不十分です。これからは多様な見方や考え方を持った人材が集まり、様々な考えを出し合って答えのない問題を解決しなければなりません。

    その点、日本の若者以上に考え方の異なる外国人を雇用すれば、組織の中に大きな多様性が生まれます。そして今までにないアイデアや発想が生まれるかもしれません。

    もう1点は、若者たちの安定志向、大企業志向が強くなってきて、中小企業が優秀な若者を採用するのが難しくなってきていることです。(まあ、これから答えのない問題に取り組む際に、ランクの高い大学を卒業した人材が企業にとって必ずしも優秀とは限らないのですが。)

    私自身、若者の就職希望を直接聞く機会がありましたが、彼らの安定志向、大企業志向は強いものでした。

    それならば、コミュニケーションの難しさはありますが、日本の大学を卒業した海外の若者を採用するのも、ひとつの方法です。かつて日本に留学した外国人の中には日本での就職を希望しても、なかなか大企業の門は狭く、苦労していました。(10年前に彼らと話をしたときはそう言っていました。最近は状況が変わってきたかもしれません。)

    そうであれば中小企業が優秀な大学生を採用するチャンスがあります。 (ただし今後、大企業が彼らに広く門戸を開くと獲得競争が激しくなるかもしれません。)
     

    ゆとり教育世代を早期に戦力化する4つのポイント

    一方、彼らに早期に戦力になってもらい早期退職を防ぐには、今まで当たり前と思っていたことも知らないという前提で指導しなければなりません。その点で若者と外国人の指導は共通点があります。

    多くの企業文化は今いる社員や管理職にとって居心地の良い閉ざされた社会になっています。そのような文化は若者たちを阻害し外国人が馴染めません。その点は改める必要があります。

    1. 社会人の基礎教育
    2. 社会人の常識がないことを前提として、教育する

    3. キャリアパスと教育制度をつくる
    4. 若者の上昇志向、将来への不安を解消し、定着率を高める

    5. 従来の日本式のマネジメントの悪い点を改める
    6. 風通しの良い、働きやすい環境をつくる

    この4つの処方箋を実行することで、若者たちが定着し戦力となるのに加えて、外国人にとっても働きやすい職場になります。

    さらにこの仕組みや体制を学生たちに分かりやすく伝えることで、多くの若者たちがやってくるようになります。
     

    社会人の基礎教育

    いくら「若者は社会人の常識がない」と非難しても、彼らが社会人の常識を身に着けることはありません。外国人の場合、生まれ育った文化も違います。そこで若者も外国人と同様と考え、採用後は基礎的な常識を教育します。

    一度カリキュラムをつくれば、毎年決まったルーチンワークとしてできます。
     

    外部教育の活用

    社会人に共通するスキル・知識は、外部の集合教育を活用すれば効果的です。例えば、あいさつの仕方、名刺交換、仕事の心構えなどです。

    これらは地域の商工会議所や金融機関などで行っているので積極的に活用します。ただし外部研修は、1日~3日です。研修の効果を定着させるには、その後社内で継続して指導(OJT)します。
     

    業務上の知識は、自社で教育(OJT)

    自社の固有の業務に関する知識は、OJTで指導します。しかしOJTとは名ばかりで、仕事のやり方を教えているだけの会社もあります。

    本来のOJTは、育成する目標を決めて、目標を達成するための教育内容を決め、それを指導者が仕事の中で教育するものです。OJTの期間終了後は、目標にどのくらい到達したのかを評価します。

    そして各年にその社員が習得する能力をリストアップして、OJTの中で体系的に指導します。それには習得する能力毎にOJTのカリキュラムをつくる必要があります。カリキュラムには、習得する能力と習得するために取り組む業務、業務中に指導する内容、そしてどのようになれば習得できたといえるのか判断基準を入れます。

    このOJTのマニュアルをつくる際、マニュアルの作成を指導を受けた社員につくらせる方法もあります。指導を受けた結果を自らマニュアルとして書き表すことで、指導内容に対する理解が深まります。またマニュアルをつくらなければならないため、指導内容をしっかりとメモを取るようになります。

    新入社員に任せられる仕事が少なく手持ち無沙汰になるようであれば、その間にマニュアルをつくらせれば時間を有効に活用できます。こうしてつくったマニュアルは、翌年、次の新人の指導に役立ちます。

    新人の育成期間を長く取れるのであれば、かつてのように新人が先輩社員の下についてマンツーマンで仕事のやり方を覚える方法も取れます。しかしこれは教育に時間がかかり、指導する先輩によって指導の結果がばらつきます。

    今日では多くの現場で新人を短期間で1人前にすることが求められています。また教える方も自分の仕事で一杯で指導のための余力が全くないことがあります。

    その結果、仕事のやり方を教えるだけの漠然としたOJTとなり、新人の育成が進まず、その結果、辞めてしまいます。

    それを防ぐためにOJTで習得する能力と育成方法のカリキュラムを作成し計画的にOJTを行います。
     

    若手社員をトレーナーにつける

    OJTのトレーナーには若手社員を充てるのが効果的です。彼らは新入社員と年代のギャップが少ないため打ち解けやすく、彼ら自身も新入社員に教えることで自分の理解が不十分な点に気づき、それを勉強することで成長します。

    そしてOJTを受けた若手社員を、次の新人のOJTのトレーナーにします。

     

    教育内容の例

    1. 服装(作業着や保護具も含む)や身だしなみ(頭髪、爪、ヒゲ、アクセサリー)
    2. あいさつ(出社時、退社時のあいさつ)、来客へのあいさつなどは、いつ、どのようにあいさつするのか、明確にします。そして「先輩から確実に」行います。

      注意点として、なにが良くて、なにがいけないのか、その境界を明確にすることです。そして、してはいけないことは必ず先輩社員や経営者も守ります。もし誰かが守っていなければ、全員が守るように指摘します。

      もしどうしても守れないルールがあれば廃止します。

      守れないルールを指導することは、暗黙の裡に「この会社ではルールは守らなくてよい」ということを新人に教えることになってしまいます。

       

    3. メールのマナー
    4. 今日若者たちのコミュニケーション手段は、LINEやツイッターなどのSNSが主流です。これはお互いが知っている同士のコミュニケーションで、顧客や取引先に連絡するビジネスメールとは別物です。従って、若者たちは正しいメールの書き方を知らないとして、一から指導します。

      ビジネスメールは、相手に要件を正確に伝え、お願いしたことを実行してもらう必要があります。そのためには、書く前に別紙に内容をまとめます。そして内容がわかるタイトルをつけ、本文は簡潔に箇条書きにします。

      そして、このメールを見た相手に返信して欲しいのか、何かアクションしてほしいのか、単なる報告なのか、分かるように書きます。

      文章の書き方も、メールは文字だけで伝えるため、相手の感情を害しないような注意が必要です。さらに誰と誰に送るのか、CCはどこまで送るのかも的確に判断する必要があります。
       
      これらのことを習得してもらうために、仕事のメールをいくつかのパターンに分けて指導します。

      パターンに沿って書けるようになったら、しばらくの間は上司、又はOJTトレーナーがメールの文章を添削してから送信させます。

      相手に正しく伝わるメールを書くには、内容の整理とそれを適切に表現する国語力が必要です。そのためにはある程度の数をこなす必要もあります。

      それには適切な指導がなければ、業務の中で自然には身につくことはありません。

      メールの書き方が良くないとお客様と思わぬトラブルを起こすこともあります。

      このメールについては、ベテラン社員でも誤解を招くような問題のあるメールをお客に送ることがあります。従って新人の間にしっかりと指導する必要があります。
       

       

    5. 欠勤の連絡・残業のルール
    6. 欠勤の連絡や残業の判断など労務に関するものは注意が必要です。

      労基法では、欠勤(又は有給取得)の連絡は当日の朝でもよいことになっています。現実には当日の朝、欠勤と言われれば現場は混乱します。そのため大抵は、事前に欠勤の連絡をします。つまりこれはホンネとタテマエのダブルスタンダードになっています。そのことを新人に伝えないと、タテマエで当日の朝連絡して他の人たちの迷惑になります。

      そうならないようになぜ当日の欠勤連絡がいけないのか、労基上はOKでも、そうするとどうなるのか説明します。
       

    7. 電話の訓練
    8. 今では電話は、個人のもので携帯電話にかかってきても誰かは分かります。家の固定電話のように見知らぬ人から突然電話がかかってくることはありません。そのため会社の電話を取るのは心理的に大きなプレシャーです。プレッシャーの原因は、
      ・どのように対応して良いのかわからないこと
      ・相手が想定していない要求をした場合、どう対応して良いのかわからない
      この2点です。

       
      図1 電話を取るのが怖い

      図1 電話を取るのが怖い

       
      これに対しては、最初に電話を取って応対するところから徐々に慣れる必要があります。電話の応対の見本をやって見せ、応対を録音して聞かせ、電話応対のスクリプト(台本)を書かせます。そしてスクリプト通りに応対する練習をします。

      その後、社内の人間が外から外線に電話して、新入社員に応対させます。

      その後、外線電話を取るようにしますが、その際、外部からの電話に対してどう対応して良いのか分からないときに助けを求める人を決めておき、すぐに助けられるようにします。

      ここまでやらないとできないのは相当重症な新入社員ですが、そうでない新入社員もこのような段階を踏んでいけばスムーズに電話に馴染みます。
       

    9. クレームなど顧客対応
    10. 居酒屋などで接客業のアルバイト経験があれば別ですが、そうでない場合、新入社員はそれまで顧客と応対したことがありません。そのため顧客に対応する際、顧客の視点がなく、自分の視点しかありません。

      そのため顧客の要求に対して、どう対応すればよいのかが分からない時、自分の視点で
      「自分は悪くない」
      「こんなこと言ったら、上司に怒られる」
      と考えて顧客を怒らせてしまいます。

      今まで立場の違う人と交流することがなく、子供のころからお客様として一方的にサービスを受ける側だったため、顧客にどう対応すべきかわかっていないことが原因です。

      そこで顧客対応が必要な部署では、相手がどのように考え、それに対してどう行動しなければならないかを基本的なことを説明し、ロールプレイを行って身につけさせます。
       

    11. 基本的な知識は徹底して指導、その後は自分で判断できるようにする
    12. 今の新入社員は、それ以前の世代と比べて、家庭や学校などの社会生活で上下関係が希薄で、人間関係の大半が友達という環境で育ってきています。そのため基本的な社会人としての知識や常識はないと考え、基本的な知識から教育します。そういう点で外国人と似ています。

      一方何事もすべて教えていると自分から考えなくなります。
      そこで入社3年目くらいから、
      ・なぜそれが必要なのか、
      ・相手のことを考えたらどうすれば良いのか
      考えさせます。

      例えば新しい決め事や仕組みを考える際に若手社員を入れて、
      「どうしてそれをしなければならないのか」
      「相手はどう思うのか」
      を議論します。そして入社5年目以降は、こういったルールを作る側に入れます。

     

    上昇志向、将来への不安を解消するためにキャリアパスと教育制度

    職種ごとに、5年、10年、15年、20年での必要な能力とポジションをつくる

    前提として今の若者たちは入社した会社は一生安泰で定年まで勤められると思っていません。もし倒産やリストラに遭って今の会社から放り出されても、どうやって次の仕事を得られるかを考えています。

    そのため、ある程度仕事ができるようになっても同じ仕事をずっと与えていると、これ以上この会社にいても成長しないと考えます。そしてスキルアップのために転職を考えます。仕事を前向きに考える人程、そのように行動します。

    それを防ぐためには、その職種の中で5年、10年、15年、20年と経過するに従い、必要な能力とその育成の道筋(キャリアパス)をつくります。そうすることで、この会社に20年いても成長できると考えます。
     

    目標管理制度を活用する

    将来に不安を抱え、そのために成長意欲を持っている若者は、高い可能性と伸び代を持っています。従って彼らの可能性を活かす仕組みが重要です。

    目標管理制度は、自らが成長するために自分で目標を立て実行する制度です。この制度の良い点は、本人が目標を立て、自らそれを実行すると宣言する点です。人は自分が口に出したことを実現しないと不快に感じる「一貫性の法則」があります。上から与えられた目標には消極的でも自分から言ったことは積極的に取り組みます。

    ただし、新人の間はできる限り実施することを目標として、実施した結果は問わないようにします。例えば営業の場合、〇件訪問するなど自分の努力でできることを目標とし、売上や成約件数は、ある程度営業の技術が身についてからにします。なぜなら売上や成約件数を増やす方法を身に着ける前に、結果を目標とするとどうやって目標を達成したら良いのか分からず、自信を失ってしまいます。

    かつてはこのような中でがむしゃらにやるうちに光が見えてきたものですが、今の若者にそこまでの頑張りを期待することはできません。
     

    必要な能力を身につけるための、育成計画をつくる

    職種ごとに、5年、10年、15年、20年での必要な能力が明確になれば、そこに至る育成計画をつくります。といってもそれほど綿密な計画は必要でなく、大ざっぱに必要な能力に対し、どのように仕事や職場を経験するか、そして不足するスキルのうち、どれを外部教育を活用するか、大ざっぱなもので構いません。しかしこれを提示することで、社員にとっては、キャリアパスがより具体的なものに見えてきます。

    このキャリアパスは、全体図を作成し、生涯に身につけるスキルを俯瞰できるようにします。

     

    専門職と管理職のそれぞれのキャリアパスをつくる

    社員が少ない会社でも、専門職と管理職は別々のキャリアパスをつくることをお勧めします。専門職と管理職は、必要なスキルが全く異なり、管理職に向いていない人材もいるからです。一方中小企業では人材が限られるため、管理職に向いていない中堅社員を管理職にせざるを得ないこともあります。

    実際に管理職をやらせてみてうまく行かない時、専門職と管理職のキャリアパスがあれば、管理職としては落第だが、専門職としては優秀なので専門職として頑張るように本人に言うことができます。あるいは有望な若手を管理職に引き上げる場合も、他のベテラン社員に対して、彼は専門職としてはまだまだだがマネジメント能力は高いので、そちらで頑張ってもらうと言えば、ベテランも納得してくれます。これが単一のキャリアパスしかないと、若手を抜擢することはベテランの反感や意欲の低下を招きます。
     

    積極性・自信をつけさせる

    若者たちは、それまでの学校生活の中で、小さな成功体験を積み、自信をつけた経験が非常に少ないです。そのため何か未知のものに取り組んでも、できるかどうかわからない、自信がない、だからやらないという悪循環に陥ります。

    彼らのやる気を高めるためには、小さな成功体験と、失敗を乗り越えた経験を積ませて、自信を付けさせる必要があります。小さな失敗を乗り越えることを繰り返して、徐々に自信をつけさせます。ただし、大きな失敗をすると自信を失って辞めてしまうので、そのさじ加減が難しいところです。
     

    忘年会、歓迎会、慰安旅行などの行事を企画させる

    仕事では小さな失敗でも顧客からの信頼を失ったり、損失をもたらすのでなかなか失敗させることができません。失敗すると分かっていれば、先輩や上司が事前に手を打ちます。

    しかし忘年会、歓迎会、慰安旅行などの行事は、失敗しても迷惑を受けるのは社内の人間だけです。従ってこのような機会を活用して、若手社員にチャレンジと失敗する経験を積ませます。
     
    図2 行事の企画も成長の機会

    図2 行事の企画も成長の機会
     

    これは失敗させることが目的なので、失敗を非難しないことです。失敗したことは本人が一番よく分かっています。そして行事の失敗は、目に見えて分かります。従って失敗は決して批判せず、水に流します。
     

    社外奉仕活動、ボランティアを企画させる。

    社外奉仕活動、ボランティアも社員を成長させる良い機会です。これも失敗しても会社の業績に影響する訳ではないので、社員に任せることができます。社外奉仕活動やボランティアの良い点は「人の役に立った、感謝された」という達成感が得られることです。

    今の若者たちは、金銭や地位はあまりインセンティブになりません。むしろ「人の役に立ちたい、認められたい」という面が強くあります。社外奉仕活動、ボランティアで周りから感謝されることで、彼らの貢献意欲を高め、自信をつけさせることができます。

    大事なことは、社外奉仕活動、ボランティアの企画や運営を若手社員に任せることです。自ら考えて実行させることで積極性を身につけることができます。これは近隣の道路の清掃など簡単なものでもかまいません。ただし会社の活動として外部から見て恥ずかしくないように統率の取れた行動をするように伝えます。活動への協力は、ペットボトルのお茶などを提供すれば十分です。
     

    社外イベントに参加

    全日本製造業コマ大戦、ロボットコンテスト、エコランなど社外のイベントに自社チームとして参画させます。これは社内行事や社会奉仕活動よりも、より高いチャレンジが必要になります。その分今までやったことのないことにチャレンジすることで高い達成感が得られます。ただし、会社の業務として命令するとやらされ感が生まれてしまいます。あくまで「こんなイベントがあるのでやりたい」と社員が思うようにします。

    こういったイベントの良い点は、参加しない人も会社のチームということで応援するため、社内に一体感が生まれることです。その割に、活動は社員の余暇時間を使う為お金があまりかかりません。イベント参加費や材料代ぐらいです。

    ただせっかく参加するのであれば、チームTシャツを用意したり、壮行会や当日の応援、そして報告会などを開催し、社内で盛り上げます。もちろん目的は、成績より失敗することと、チャレンジすることですから、頑張ったことを大いに褒めます。例えば、大会の様子や準備活動などを大きな紙にまとめて、掲示したりします。
     

    社内資格制度をつくる

    キャリアパスに合わせて、職種ごとに、5年、10年、15年、20年に必要な能力を身につけるために社外研修や資格取得の講座を会社の費用で受けられるようにします。ただし、受講するかどうかは本人の意思で行います。こういった研修費用は安くありませんが、これにより中堅社員の定着率ややる気が高まれば費用対効果は高いです。
     
    そして受講した研修や資格をポイントとして蓄積し、昇格や昇給に反映させます。また社内での昇格に対し、認定証を発行するのも良い方法です。認定証には、自分の職能のランクと、そのランクに必要なスキル、それまで受けた研修などを記録します。このような形あるもので、スキルを見える形にすれば社員のやる気が高まります。

    本人が転職する場合も、次の会社で自分のキャリアを証明するのが容易になります。「せっかく育てたのに辞める時の手助けをするのか!」と思うかもしれませんが、そのような仕組みをつくることで、社員がやる気を出し定着率が高まることを狙っています。
     
    図3 費用対効果が高い認定証

    図3 費用対効果が高い認定証
     

    外国人の場合、国に帰った時自分のスキルを新しい会社で伝えるのは大変です。このような取り組みは感謝されます。技能研修性についても、何段階か階層別の技能認定証を発行すれば技能を身につけようというインセンティブになります。
     

    新規の仕事や製品に対して、志願制をつくる。 本人にやりたい仕事を選ばせる。

    特定の人でなくある程度誰でもこなせる仕事であれば、その仕事の担当を志願させる方法があります。自ら選択することで、意欲と責任感を持たせることができます。あくまで本人のやる気を高めるために行うので、決して志願しないことで、やる気がないなどの低い評価をつけてはいけません。あるいは、志願するのではなく、複数の仕事を何人かの社員で選ばせるのもよい方法です。

    こうすることによって、上から押し付けられた仕事が、自ら望んだ仕事に変わります。自ら選んだ仕事であれば、出来栄えや納期に対し主体性が生まれます。この体験を積み重ねることで仕事に対するプロ意識を高めます。
     

    仕事の能率やスピードを数値化、グラフ化して、掲示する

    元々仕事に対する達成意欲や上昇志向の低い社員は、いつまでたってもスビートが上がらない、一人前にならないという問題が起きます。この場合、仕事のスピードや達成量をグラフなどで見える化し、本人に自分のレベルを意識させます。

    横並び意識の強い若者世代にとって、自分の現在のレベルを自覚し、置いて行かれる感覚を持つことで成長意欲を引き出します。そして本人に危機意識が生まれたら、それを改善する手段、つまり仕事のスピードを上げる訓練や機会を用意します。これが用意されてないと劣等感のみが高まり辞めてしまいます。
     

    仕事をまとめて渡す

    部下の管理でありがちな問題は、仕事の指示が細かすぎるわりに、仕事のインプットやアウトプットがあいまいなことです。そのため社員が自主的に考えることができず、指示待ちになってしまいます。これは管理職が育たない土壌にもなっています。

    そこで一定年数経過した社員は、できる限り仕事をまとめて渡すようにします。その場合、仕事のインプットとアウトプットは明確にします。さらに徐々に上流工程まで取り組ませます。

    例えば、機械加工工場では、ある程度経験してきて自分の担当機械の工程は任せせられるようになれば、いくつかの受注に対し、工程分解を行ったり作業指示書をつくらせます。そうすることで、前後工程も理解し、将来の管理職に必要なスキルも身に付きます。その際、インプットは何か、そしてアウトプット、つまり工程分解の良し悪しを具体的に伝えます。
     

    リーダー、主任、班長制度をつくり、昇格に慣れさせる

    近年、組織のフラット化が広まり、社員と課長しかない組織が増えています。そうなると、若手社員が管理職になるのは入社して10年以上経過してからになります。

    その頃には、今の作業者の仕事に慣れきって、今更部下を持って管理業務なんかやりたくないという心境になります。そこで主任、リーダー、班長職をつくり、入社して何年か経てば管理業務を体験させます。といっても特に管理職をさせる必要はありません。何年か経過すれば、後輩社員や派遣社員や実習生がいると思います。彼らに仕事を教えることが主任やリーダーの仕事で構いません。

    これは役職にすることが目的でなく、いつまでも同じ職制にとどまらない文化をつくるのが目的です。そうすることである程度年数がたてば、自然に管理職になることを受け入れるようになります。
     

    管理職に残業手当をつける

    これについては、反対意見も多いかと思います。しかし管理職になりたがらない原因が給与面であれば、残業手当は最も効果的です。その分の人件費アップは、彼らが管理職として成長すれば許容できるのではないで仕様か。もし人件費抑制のため管理職にしているのであればモチベーションが下がることでデメリットが大きいといえます。

    管理職に昇格しても昇給は僅かにして、その代わり残業手当も休日出勤手当もつければ、収入は下がりません。実は残業手当をつけないための意欲の低下は、収入の減少よりも手当がつかずタダ働き(実際はそうではないのですが)になっていることの方が大きいです。

    ただしムダな残業は人件費を押し上げるため、人件費総額の管理を課長にさせます。

     

    上司は、社員と2回/年個別の面談を行う

    わずか15分でも部下と上司が個別に面談することは、部下の不満を解消し、やる気を高めるのに非常に効果があります。にもかかわらずほとんどの中小企業で行われていません。たった15分社員の話を聞き、本人に期待することを伝えるだけで、高価な研修よりはるかに効果が高いのですが。

    実はそれだけ部下の気持を上司は聞き取っていません。日常のコミュニケーションは一方的な業務の指示や部下からの報告であり、日頃の不満や人間関係の悩みなどは聞いていません。だから改めてそのような機会を設けると様々な不満や悩みを聞くことができます。
     
    図4 個別面談の効果

    図4 個別面談の効果
     
    ただし効果的な面談を行うためには、聞く方にある程度の技術が必要です。せっかく部下が不満を打ち明けているのに「そうではないんだ!」と説教を始めてしまえば、逆効果になってしまいます。そして経営者も含めて、中小企業の管理職の多くは、聴く技術がありません。そのため、後述の管理職教育の中で、まず聴く技術を徹底的に習得させます。逆に言えば、聴く技術がなければ、管理職として部下を使うことはできないと言っても過言ではありません。
     

    従来のマネジメントの悪い点を改め、働きやすい環境をつくる

    あうんの呼吸、雰囲気で決まる不文律を極力明文化する

    多くの日本企業(大企業も含めて)は、明確に決まりになっていないが、やってはいけないことややらなくてはいけないことが不文律となってあります。

    これは働いているうちに徐々に分かるようになりますが、若者や外国人のような異文化の人間には、そのような不文律は理解できません。
     
    結果として、教えていないことができないからと「できないからダメなやつ」というレッテルを貼ってしまいます。そこでそのような不文律をできる限り明文化します。といってもなんでもかんでもルールを決める必要はなく、新入社員や転職者に「会社に入って戸惑ったことや知らなかったこと」を洗い出させ、それを明文化すれば良いです。
     

    飲まない飲み会

    飲み会に不満を持つ若手社員は多く、そもそも飲み会に出ない社員もいます。実は飲み会が親睦を深めるためといいながら、先輩社員の憂さ晴らしの場になっていないでしょうか。そういった飲み会は、若手社員や女性社員にとっては、憂さ晴らしにも親睦にもなりません。特に若者や女性が体質的にお酒が飲めなければ、飲み会は苦痛になります。
     
    図5 飲み会は苦痛

    図5 飲み会は苦痛
     

    本当に親睦を図るのであれば、上司は飲まずに若者に飲ませて、若者の愚痴を聞くと良いです。そうすれば大いに親睦が図れる上、お酒が飲めない人の気持が分かります。ついでに帰りのドライバーも買って出ると良いです。

    もしこれを聞いて「どうしてそんなことをしなければいけないんだ」と思った人は、親睦といいつつ、自分の楽しみになっているのではないでしょうか。しかし自分の憂さ晴らしをしたければ、同僚や友人とすれば若者たちに苦痛を与えないで済みます。
     
    あるいは親睦会をランチミーティングにする方法もあります。ランチミーティングならお酒は出ませんし、飲み会のように何時間もだらだらと続くこともありません。飲まない人にとっては、昼御飯も晩御飯もあまり変わりませんし、同じ予算なら昼御飯の方が豪華なものが食べられます。
     
    図6 忘年会はランチ会

    図6 忘年会はランチ会
     
    ある会社は、パートさんが多いので夜の忘年会は出席できない人が多いので、忘年会を昼に行っています。年末の最終出勤日は、午前中に大掃除を行い、お昼に豪華なランチを食べて忘年会としています。
     

    就業規則があいまいなところがあれば、明確にする

    着替えの時間、朝礼の時間、終業後の掃除などを就業時間に含めるかどうか、これは会社によってそれぞれ異なります。もしあいまいであれば就業規則に明文化し、全員が守るようにします。そうしないと新入社員が守らないからと注意すると、逆に不満に思います。

    最初から明文化し、入社する際にこういう会社だから守るように伝えておけばトラブルが少なくなります。
     

    ホンネとタテマエのダブルスタンダードを直す

    研修でいろいろ指導されたが、職場に戻るとだれもやっていないなど、ホンネとタテマエのダブルスタンダードになっていると若者たちはやる気を失います。

    従って外部研修を受けさせる場合、若者以外の人間も研修を受けさせて研修講師の言うことが違っていれば、社内を改めるか、若者たちに理由を伝えます。逆に言うと自社の実態とかけ離れた内容の研修であれば受けさせない方が良いです。

    あるいは、誰も守っていないようなルールがあれば撤廃します。よくあるのが、始業前にラジオ体操をやることになっていてラジオ体操の音楽が流れるが、誰もやっていない会社です。それであればやめてしまった方が良いですし、 やるのであれば社長から率先して行わなければなりません。
     
    図7 やるなら全員

    図7 やるなら全員
     

    パワハラ、モラハラ防止のため社長へのホットラインを設ける

    企業は人の集団ですから、何らかのセクハラ、パワハラ、モラハラはあると考えて仕組みづくりを行います。これらは言った方はその意識がなくても、受け取る相手によってそう受け取ることがあるからです。

    対策として、セクハラ、パワハラ、モラハラを受けた場合、社員が社長に直接訴えることができる通報制度を整備します。当然通報しても通報者に不利にならないように配慮します。このようなことがないのが一番ですが、例えあっても経営者が社員を守るという姿勢を見せることで抑止になります。当然ですが、経営者自身がセクハラ、パワハラにならないように細心の注意を払います。
     

    管理職の能力不足を対策する

    若者の育成について考えた時、既存の管理職の能力が不十分な中小企業は多いです。しかし彼ら中堅社員が管理しなければ会社は回っていかないので、管理職としての能力向上に注力します。具体的には、目標となる姿を本人に伝え、外部研修などに参加させます。40代以降の中堅社員は考え方も硬直していて研修の効果はなかなか出ませんが、それでも少しでも能力が向上すれば、部下の成果が上がるため、何度も根気よく教育を受けさせます。

    またセクハラ、パワハラ、モラハラは大きな問題になるので、これに対する教育はしっかりと行います。
     

    最初に新入社員につける管理職は、育てられる管理職にする

    新入社員が最初に接する上司は、その後の会社生活のモデルとなります。これは孵化した雛が最初に見たものを親とするのとよく似ています。そこで新入社員に就ける最初の上司は面倒見がよく、部下を育てられる管理職を充てます。
     
    図8 孵化した雛が最初に見るもの

    図8 孵化した雛が最初に見るもの
     

    部下とコミュニケーションが取れない、自身に意欲や前向きな姿勢がない、このような問題上司
    が最初の上司となった新人は、悪い「刷り込み」がされてしまい、それを矯正するのに大変な労力がかかります。それを考慮し、仕事の能力でなく、育てる能力の高い上司に新人をつけます。
     

    上司の人気投票、評価制度をつくる

    管理職になった社員の評価は社長が行います。そうなると管理職は、社員より社長の方を向くようになります。特に中小企業では、管理職は経営者から嫌われれば立ち行かなくなるのでその傾向がより強くなります。すると若手社員は「うちの課長は社長の顔色ばかり見て」という評価をします。そこで管理職の評価を部下が行えば、管理職は部下を向くようになります。

    具体的には、管理職の人気投票を社員が行います。投票は無記名で行い、イベントとして和気あいあいと行います。
     

    評価制度の見直し

    人事考課は、能力(職能)と目標管理を分けることをお勧めします。職務能力は本人が努力してもそう簡単には変わりません。つまり能力が低いと評価されれば能力はずっと低いままになります。これでは本人がやる気がなくなります。

    そこで能力(職能)と目標管理を分け、社員に自分の目標を立てさせ、目標を達成すれば能力が低くても高い評価をつけます。能力の低い社員も目標を達成すれば高い評価をもらえ、モチベーションが高まります。

    能力が高い社員も目標が達成できなければ、評価が下がります。そして頑張ろうという気持ちになります。評価はボーナスに反映し、基本給は本人の職務能力、つまり能力で決めます。
     

    年功序列制度を廃し、同一労働同一賃金に

    職務能力が長期的な経験と共に高くなるような業種であれば、年功序列賃金制度は高スキルの熟練者を引き留める効果があります。しかしそれほど長期の経験を必要とせず、むしろコンピューターや最新の設備を使いこなすことが重要な業種では、年功序列賃金は、同じ仕事をしてもベテランの方が給料が高く、若い人たちの給料は低いため、不満の温床となります。

    この場合、年功序列から徐々に同一労働同一賃金ら変えていった方が不満の解消になります。その場合、子供や扶養家族が多いと収入が不足するため、扶養手当や家族手当で収入の不足をカバーします。そうすることで子供大きくなって扶養手当が必要なくなれば、賃金が下がります。その結果、無理に中高年をリストラしなくてもよくなります。
     

    コミュニケーションの改善

    なんでもメールですます、対面でのコミュニケーションが苦手な若者の特徴を逆に生かし、社内でSNSを使い、コミュニケーションの改善や情報共有を行います。

    例えばLINEグループを使い、仕事や顧客の情報共有、問題点の報告を行っている企業もあります。メールで丁寧な報告文章を書くのではなく、LINEで簡単に起きたことを書くだけで、上司やグループメンバーは起きていることがおおよそ分かります。そして不明な点があれば、面と向かって確認します。
     
    あるいは社員に毎日日報を書かせて、コミュニケーションを図っている会社もあります。その場合、上司は必ず日報にコメントを書くことです。書いても反応がなければ、書く意欲が下がってしまいます。

    実際に私もある現場で週報を書いてもらったことがあります。(日報はさすがに無理だと判断したので)

    部門目標を個人目標に落とし込み、毎週目標達成に対して、できたことを書いてもらいました。同時にその週で問題となったこと、そして自分の考えなども書いてもらいました。A4の専用の書式をつくり、週末に10~15分くらいで書いてもらい、その後必ず上司がコメントしました。

    その結果、各作業者の考えていることがよく分かり、コミュニケーションが改善されました。また現場の問題点も、普段報告されていないことが週報に書かれていて、現場の状況がよく分かるようになりました。
     

    本コラムは2017年7月23日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
     

    経営コラム ものづくりの未来と経営

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