Posts Tagged ‘発想法’
技術革新
AI、IoTなど様々な技術革新やそれによるイノベーションは今後どのよう変革をもたらすのでしょうか?
そこで最新の様々な技術やこれまでのイノベーションや技術革新の歴史、発想法など様々なテーマを取り上げました。
イノベーションとは何だろうか?それを実現する方法はあるのだろうか?
イノベーションを実現する組織とは?その1 ~イノベーションとルーンショット~
イノベーションを起こすような革新的な技術やアイデア「LOON SHOT」は、生まれた直後は実現できるとは思えない「醜い赤ん坊」 です。これを育み育てるのがルーンショット養成所です。アメリカでは国防高等計画局(国防高等計画局(DARPA))がこの役割を果たし、インターネット、GPS、音声認識などのイノベーションが生まれました。
このルーンショット養成所について、サフィ・バーコールの「LOON SHOTS」から2回に分けて説明します。1回目は、王立協会、OSRDの果たした役割についてです。
イノベーションを実現する組織とは?その2 ~新しいアイデアを実現する仕組み~
イノベーションを実現する組織について2回目は、イノベーションで起きる偽の失敗とこれを乗り越える方法、そしてルーンショット養成所の考えを中小企業に活かす方法についてです。
これから10年で起こる、社会の劇的変化
コンピューターの進歩、SNSの発達により、今日では情報は急速に拡散します。市場の変化も早くなり、人気の商品が短期間に陳腐化してしまいます。この市場の変化は、私たちの仕事や事業にどのような影響をあたえるのでしょうか?そして、人ができる仕事、働き方はどうなるのでしょうか?社会の変化と格差の拡大について考えました。
これから10年で起こる、ものづくりの劇的変化
コンピューターの急速な進歩により今まで何十年も研究し、コンピューターには困難と考えられていた音声認識、翻訳、自動運転の実現が目前に迫ってきました。その結果、ものづくりはどう変わるのか?人ができる仕事、働き方はどうなるのか?人工知能やロボットの進化と雇用、社会での格差の拡大について考えました。
イノベーターの敗北、真の勝者は模倣者か?
優れたイノベーターが画期的な製品を開発して市場を占有するという話はドラマチックです。しかし実際は、新たな技術を開発してイノベーションを起こした企業が、後から参入した模倣者に市場を奪われてしまうことも多いのです。はたしてイノベーションは企業を強くするのか、モルモットに終わるのか。企業の模倣戦略について考えました。
デジタルトランスフォーメーションの真実と本当の怖さ
昨今マスコミに頻繁に登場するデジタルトランスフォーメーション(DX)、どんな意味なのか、漠然としか理解していない方も多いのではないでしょうか?その一方、 「DXに乗り遅れるな!」と多くの企業がDX推進部をつくり予算を投入しています。はたしてDXとは何でしょうか?そこで今回は、DXを取り上げ、DXの話題と実体、そして静かに進行する本当の変革について考えます。
「事務ロボットがホワイトカラーの仕事を奪う!」~話題のRPAの特徴と課題~
2015年野村総研とマイケルAオズボーン氏の研究によれば、日本では49%の仕事がロボットやAIに代替可能ということです。今、定型業務を自動的に処理する事務ロボットRPAが大きな話題となっています。このRPAによりどこまでの仕事がコンピューターに代替できるのか?話題のRPAの特徴とその課題について考えました。
「人工知能AIの発達で仕事はどう変わるのか」 ~その1 知能とは何か?AIの知能は人を超えるのか?~
AIが進化すれば、なんでもできるようになるかのようにマスコミは報道しています。しかし、知性や感情、人の意識とは何なのか、我々はよくわかりません。知性と感情、意識について、認知心理学とサイバネティクスの観点から、将来AIで世界はどう変わるのか、AIとは何なのか2回に分けて考えました。1回目は意識と知性についてです。
「人工知能AIの発達で仕事はどう変わるのか」 ~その2 第三次人口知能ブームの技術とシンギュラリティ~
知性と感情、意識について、認知心理学とサイバネティクスの観点から、将来AIで世界はどう変わるのか、AIとは何なのか2回に分けて考えた2回目、今のAI技術と知性の発達、シンギュラリティについてです。
発想法と特許
独創的な考えを生み出す柔軟的思考
独創的なアイデアを出すには頭がぼーっとしている方がよいと言われています。脳が疲れて左脳が働かない時の方が右脳が活発に働き革新的なアイデアを出るからです。レナード・ムロディナウ著「柔軟的思考」を元に独創的なアイデアを出す方法について考えました。
なぜアイデアが出ないのか?製品開発と発想法の関係
新しいアイデアを出すための発想法は、ブレインストーミングやKJ法など様々な方法が紹介されています。実は創造的な活動は「アイデア出し」に入る前の活動が重要なのです。東京大学 中尾教授の「システムで思考する」、京都大学 逢沢気陽樹の「結果が出る発想法」から、新しいものを生み出すアイデア出しと発想プロセスについて考えました。
独創的なアイデアを生み出すための発想法 その1
新製品や新事業だけでなく、日常起きる問題点の解決や改善など様々な場面でアイデアが求められます。そのためには新しいアイデアを生み出す方法が必要です。そこでアイデア発想法を学ぶとともに、偉大な発明家の成功から、ひらめきに加えて必要なことを考え、どのように自分達が発想力を豊かにするかを2回に分けて考えました。1回目はひらめきを生み出す手順についてです。
独創的なアイデアを生み出すための発想法 その2
アイデア発想法を学ぶとともに、偉大な発明家の成功から、ひらめきに加えて必要なことを考え、どのように自分達が発想力を豊かにするかを2回に分けて考えた2回目、予想外の事態に対処する柔軟さとコラボレーションの力についてです。
リチウムイオン電池における特許をめぐる戦い
特許を取っても技術を独占使用できるとは限りません。後発企業がより良い製品を開発して市場に参入するからです。そこで世界に先駆けリチウムイオン電池を実用化した旭化成の吉野氏の著作から、どうして特許で防ぐことができないのか悪魔のサイクルについて考えました。さらに特許から見た次世代電池開発競争についても考えました。
その他先端技術や知識
カオス理論が常識を覆す~バブルは再発し、野生動物は激減する、難解なカオス理論を易しく解説~
金融工学は様々なリスクを最小にして利益を最大化するようつくられてます。しかし本当は証券や通貨の変動は金融工学が考える前提より激しく変動していたのです。なぜなら多くの事象は金融工学が前提とする確率と統計よりも、カオス理論に従うからです。そこでマンデルブロ氏の「禁断の市場」より、現在の金融工学の問題点と、難解でわかりにくいカオス理論について説明しました。
次世代移動体通信5Gでビジネスはどう変わるか?
ZTE、ファーウェイに対するアメリカの厳しい措置を発端とした米中貿易摩擦は、次世代通信規格5Gの普及とその機器メーカーの問題と合わせて、日本、ヨーロッパを巻き込んだ争いになりました。この5Gとはどのようなものか、その特徴と可能性について考えました。
インターネット以来の大発明ブロックチェーンその1 ~ビットコインの成り立ちと特徴~
2009年、サトシ・ナカモトという人物の書いた9ページの論文から生まれた、ビットコインは多くの人々を熱狂させ、ビットコインバブルを生み出しました。その一方で、彼の考えたブロックチェーン技術は、インターネット以来の発明といわれ、今やメガバンクや各国の中央銀行がその仕組みの導入を検討しています。このブロックチェーンとは何なのか、世界はどう変わるのか2回に分けて考えました。1回目は通貨の役割とビットインについてです。
インターネット以来の大発明その2 ~ビットコインの技術、マイニングとプルーフオブワーク~
ブロックチェーンとは何なのか、世界はどう変わるのか2回に分けて考えた2回目は、ビットコインの革新的なところ、セキュリティの仕組みとマイニングについてです。
インターネット以来の大発明、ブロックチェーンその3 ~フィンテックとスマートコントラクト~
ブロックチェーンとは何なのか、世界はどう変わるのか2回に分けて考えた3回目は、ブロックチェーン技術の将来性と中央銀行が暗号通貨に取り組む理由、そして最新のフィンテックについてです。
インダストリー4.0はものづくりを変えるのか? その1
インダストリー4.0は、昨年あたりからマスコミにさかんに取り上げられ、「ものづくりが変わる!」とセンセーショナルに書かれています。でも具体的には何なのか、良く分からない方も多いと思います。本当にイノベーションが起きるのか、それともかつてのFMSやCIMのように忘れ去られてしまうものなのか2回に分けて考えました。1回目はインダストリー1.0から4.0までの流れとインダストリー4.0の技術についてです。
インダストリー4.0はものづくりを変えるのか? その2
インダストリー4.0でイノベーションが起きるのか、それともかつてのFMSやCIMのように忘れ去られてしまうものなのか2回に分けて考えました。2回目はインダストリー4.0の実例と課題についてです。
ゲームのルールが変わる、コモディティ化 その1
突然ビジネスのゲームのルールが変わり、それまで市場のトップにいた企業が一気に転落することがあります。そのひとつがコモディティ化です。ルールが変わると今まで築いた優位性がなくなります。取引先の商品がコモディティ化すれば業績が急速に悪化し、自社の仕事にも影響します。そこでコモディティ化とは何か、どうしてコモディティ化は起きるのか、どう対処すればよいのか、2回に分けて考えました。1回目はゲームのルールが変わった例とコモディティ化についてです。
ゲームのルールが変わる、コモディティ化 その2
コモディティ化とは何か、どうしてコモディティ化は起きるのか、どう対処すればよいのか、2回目はコモディティ化のメカニズムとコモディティ化に陥らないようにする方法についてです。
「イノベーションを実現する組織とは?その2」~新しいアイデアを実現する仕組み?~
画期的なアイデアやビジネスを実現し、イノベーションを生み出すには、
アイデアを生み出すタイプの人(アーティスト)
が必要です。
ところが企業には、
既存事業をうまく回す人(ソルジャー)
も必要で、この両者は価値観が全く合わず常に衝突します。
しかし、この2つの人材をうまく活かして、数々のイノベーションを実現した組織があるのです。「LOON SHOTS」の著者サフィ・バーコールは、この組織をルーンショット養成所と呼びました。
このルーンショットとブシュ・ヴェイル ルールについて、「イノベーションを実現する組織とは?その1」~イノベーションとルーンショット~で述べました。
ここでは、
アメリカのOSRDや DARPAのようなルーンショット養成所は多くのルーンショットを実現したのに、
なぜ他の組織ではルーンショットが死産するのか?
偽の失敗とそれを見極めるための
「ブシュ・ヴェイル ルール」
について述べます。
ルーンショット
Loonとは、「頭がいかれた、変な」という意味です。バーコールは、
「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアやプロジェクト」
つまりブレイクスルーです。
つまり
ムーンショットは目標、
ルーンショットはやり方
と言えるでしょう。
ルーンショットには以下の2種類があります。
◆Pタイプルーンショット
製品(Product)の驚くべきブレイクスルーです。このタイプのルーンショットに対し、最初人々は
「ものになりそうにない」「ヒットしようがない」
と思います。
ところがふたを開けると大ヒットします。そして古い製品は駆逐され、新しい製品やサービスが取って代わります。これまでのビジネスは「突然死」し、劇的な変化が起きます。
◆Sタイプルーンショット
戦略(Strategy)の驚くべきブレイクスルーです。特に新しい技術はなく、新しいビジネスのやり方や既存製品の新しい応用です。
このタイプのルーンショットは、市場の複雑な振る舞いに隠されてしまい、外からは変化がわかりません。いつの間にか市場を席巻したグーグルやフェイスブックなどがこれに当てはまります。
【フランチャイズ】
バーコールは「従来の事業をひたすら拡大する組織」をフランチャイズと呼びました。
フランチャイズでは、ルーンショットは無視されるか、実現が阻害されます。
なぜルーンショットが日の目を見ないのか?
アメリカはOSRDや DARPAといったルーンショット養成所が多くのルーンショットを実現しました。
なぜ他の組織ではルーンショットが死産するのでしょうか。
イノベーションは3度死ぬ
ひとつは、ルーンショットは何度も失敗するからです。
1988年ノーベル生理学・医学賞を受賞したジェームズ・ブラック卿は、
「最低3回は失敗しないと、よい薬ではないぞ」
と言っています。
◆三共が逃した20世紀最大の医学的発見◆
1960年代、コレステロールが増えることで心臓病のリスクが高まることが発見されました。
1972年三共株式会社(現在の第一三共株式会社)中央研究所の遠藤章氏(以降、遠藤)は6,000種類以上の菌類の中からコレステロールの産生を遮断する菌類があることを発見しました。これをもとにコレステロールを低下させる薬メバスタチンを開発しました。
【1度目の死】
しかしアメリカでの臨床試験は失敗しました。正常な細胞はコレステロールを必要とするため、コレステロール低下剤は正常な細胞の機能を阻害すると断定されました。
【2度目の死】
遠藤はその後さらに動物実験を続けました。ところがラットにメバスタチンを投与したところ、コレステロールの低下が見られませんでした。
【3度目の死】
ところがラットに変えて鶏で実験したところ、実験は成功しました。
その頃、コレステロールを下げる方法を探していたテキサス大学のブラウンとゴールドスタインは、たまたま遠藤の論文を見つけたことでメバスタチンの存在を知りました。そこで遠藤に連絡を取り、彼から受け取ったサンプルをテストしたところ、メバスタチンが効果のあることを確認しました。ブラウンとゴールドスタインは、遠藤に人への臨床試験を勧めました。
そして1977年先天的にコレステロールが高く常に心臓発作のリスクにさらされていた18歳の少女にメバスタチンを投与したところ、大きな効果がありました。これに世界中が注目しました。
ところがその後の安全性試験で、試験投与した犬にがんが見つかりました。ここでついに三共はメバスタチンから手を引きました。
3度目の死です。
【疑問を持ったブラウンとゴールドスタインの成功】
同じ時期アメリカの製薬大手メルクも同様に菌類のスクリーニングを行い、遠藤と同じ酵素を発見しました。三共の試験結果に疑問を持ったブラウンとゴールドスタインは、メルクに試験のやり直しを求めました。メルクはFDAの協力も得て試験した結果、試験は成功しました。そしてメルクは1987年「メバコール」として商品化しました。
遠藤の発見したメバスタチンは
「コレステロールのペニシリン」「20世紀最大の医学的発見」
といわれています。メバコールはメルクの累計900億ドルの売上をもたらし、ブラウンとゴールドスタインはノーベル賞を共同受賞しました。
画期的ながん治療薬に対する賛否両論
1971年、ハーバード大学医学部 細胞生物学教授で、Children’s Hospitalの小児外科でもあるジューダ・フォークマンは、癌の成長を妨げるには、
癌に血液を送るための毛細血管をブロックすればよい
ことに気づきました。そうすれば癌の成長を止めるだけでなく、癌を縮小することも可能と考えました。しかしこの彼の主張を信じる者はなく、一部の専門家からは「幻想だ」というレッテルを貼られました。けれどもフォークマンは専門家の否定的な批判に屈せず、薬剤の開発に励みました。
その後30年間、フォークマンの開発した血管成長阻害剤エンドスタチンの評判は、
「画期的な薬」と「ものにならない薬」
という両極端な評判の間を行ったり来たりしました。そしてフォークマンが新しい癌治療薬を考えてから32年も経った2003年、デューク大学のハーバート・ハーヴィッツがフォークマンのアイデアを基にした薬が高い延命効果を発揮したことを発表しました。さらに中国で肺癌の治療に用いられ、ボストンでは4人の患者が癌から回復し新たな人生を得ました。このフォークマンのアイデアをもとにつくられたアバスチン(一般名ベバシズマブ)は、2004年2月米国で承認され、それ以来27の国で癌の治療に使用されています。
30年もの間、賞賛と嘲笑をかわるがわる浴びたフォークマン、彼は
「リーダーの値打ちは尻に刺さった矢の数でわかる」
と述べています。
偽の失敗を見極める
このようにイノベーションが死の危機に何度も面するのは、実は「偽の失敗」のためです。だからリーダーは、良くない結果が出た時、それが真の失敗なのか、偽の失敗なのか、
失敗を見極める力が必要
なのです。
スタチンの開発では、遠藤はこの失敗を慎重に見極め、別の方法でも実験して2度の失敗を乗り越えました。しかし3度目の失敗が起きた時、遠藤はすでに大学に異動して、三共にはいませんでした。三共には偽の失敗を見極められる人がいなかったのです。
SNSの失敗の理由
2004年フェイスブックがスタートした時、SNSはすでにフレンドスター、マイペースなど数多くのスタートアップが競っていました。しかしどのSNSも顧客の流出に悩んでいました。どのSNSもロイヤルユーザーを獲得できず成長が行き詰っていたのです。そのため多くの投資家はSNSを「キワモノ」と決めつけ相手にしませんでした。
投資ファンドのピーター・ティールとケン・ハワリーは、フェイスブックに投資するかどうかを判断するため、フレンドスターに詳しい友人に連絡を取りました。そして、なぜ利用者がサイトを去るのか調査しました。
その結果、利用者がサイトを去る原因は、サイトがよくクラッシュするためでした。つまりSNSのビジネスモデルが弱いのではなく、ソフトウェアの不具合が原因、つまり偽の失敗が原因だったのです。ピーター・ティールはフェイスブックに50万ドルを投資し、8年後に持ち株を10億ドルで売却しました。
多くのイノベーターが陥る「モーゼの罠」
イノベーターが組織のトップにある時、トップはアイデアを決定し、その実行をすべて司る「全能の立場」にあります。社内の誰も反対できません。その結果、市場の声や部下の意見に耳を貸さず、自分のアイデアを過大評価してしまいます。これが
「モーゼの罠」
です。
【目の前のものが見えなかったエドウィン・ランド】
エドウィン・ランドは、19歳で偏光フィルターの原理を発見しました。そして戦時中偏光サングラスを軍に納入することで事業は大いに拡大しました。しかし戦後、軍からのサングラスの受注が激減し経営危機に陥りました。その時、娘の(撮った写真を)「どうして今見られないの」という問いからインスタント写真を思いつきました。
彼の開発したポラロイドカメラは1950年に白黒、1963年にカラーと進化し、ポラロイド社は大いに発展しました。自分たちの撮った写真を現像所に出さなくて済むという利点は、写真を他人に見られたくないカップルという新たな市場も生まれました。
こうして発展したポロライド社の次のイノベーションが、インスタント映画「ボラビジョン」でした。ところがすでに市場には家庭用ビデオカメラがありました。本体が2,500ドル、3分間のカセットが30ドルするボラビジョンより、何度も撮り直しができる磁気テープが優位なことは明らかでした。
ベル研究所が生んだルーンショット「CCD」を使って、1980年代にはデジタルカメラが生まれました。ボラビジョンの失敗の後、遅ればせながらポラロイド社もデジタルカメラを1996年に発売しましたが、時すでに遅く、2001年にポラロイド社は経営破綻しました。
実はそのはるか前からランドはデジタルカメラを知っていたのです。
1971年に偵察衛星の国家プロジェクトに関与していたランドは、当時はまだ新しい技術のCCDを偵察衛星に搭載し、写真をデジタル信号に変換し地上に送ることを、当時のニクソン大統領に進言していたのです。デジタルの良さを十分に知っていたはずのランドが、なぜ自社の商品のデジタル化に乗り遅れたのでしょうか?
フィルムという「儲ける術」に囚われていたのかもしれません。
【スティーブ・ジョブズ1.0】
アップルⅠとⅡで成功を収めたスティーブ・ジョブズですが、その後パソコン市場には多くの競合が参入し、アップルは急速にシェアを奪われました。
その頃、ゼロックス パロアルト研究所からアップルに来たジョン・ラスキンは、安価で使いやすいグラフィック対応のコンピューターを考案しました。ラスキンの考案したコンピューター「マッキントッシュ」は当初はとてもよく売れました。ジョブズは
マッキントッシュのチームを公然と「アーティスト」と呼び、
アップルⅠ、Ⅱのチームを「間抜け」と呼んで、
アーティストに対しソルジャーをあからさまに見下していました。
その後アップルの経営は機能不全に陥り、ジョブズはアップルを追い出されます。アップルを追い出されたジョブズが開発したのがNeXTです。価格は1万ドル、光学ドライブや8メガバイトのメモリー搭載の黒い光沢の美しい高性能なマシンです。しかし発売後売れたのは1年間で400台に過ぎず、NeXTは大失敗に終わりました。
なぜ復帰後のジョブズは数々のイノベーションを起こすことができたのか
【スティーブ・ジョブズ2.0】
エド・キャットマルとアルヴィ・スミスは、ルーカスフィルム(ジョージ・ルーカスの会社)のコンピューター部門で、スターウォーズのCG(コンピューターグラフィック)を制作していました。彼らが開発したCGのソフトウェアは、現在も主流となる手法でした。また開発したコンピューター「ピクサー」は、様々なCGを実現できる高性能なコンピューターでした。
お金が必要になったジョージ・ルーカスは、このコンピューター部門を売りに出しました。なかなか買い手がつかないこの会社を買ったのがジョブズでした。このピクサーが制作した最初のCG映画がトイストーリーです。トイストーリーは大ヒットし、ピクサーはIPO(証券取引所に上場)しました。ジョブズは思わぬ大金を手にすることができました。
しかし大金以上にジョブズがピクサーから得た宝物は、
ルーンショットを育てることと共にルーンショットと既存事業(フランチャイズ)のバランスのとり方を学んだことでした。
ジョブズはPタイプのルーンショットと同様にSタイプのルーンショットも重視するようになりました。
「最高のイノベーションとは時に企業そのもの。私はそう気づいた。組織をどうつくるかということ」
iTunesはそれまで無料でダウンロードされていた音楽を1曲99セントで販売しました。当初は誰もそんなことはうまくいかないと思っていました。ところがiTunesは最初の6日間で100万曲がダウンロードされました。
さらにジョブズは有料(中には無料も)でアプリがダウンロードできるAppstoreを開発しました。さらにジョブズがいない間、他社にライセンス供与されていたマッキントッシュのソフトウェアの契約をすべて解約し、
アップルのPCをクローズなエコシステムにしました。
アップルのPCの価値は大いに高まり売り上げを大きく伸ばしました。
クローズなエコシステムは、過去にIBMがマイクロソフトに対抗してOS/2で取り組みましたが失敗しました。
しかしこの失敗は偽の失敗だったのです。
ルーンショットを育てるルール(ブッシュ・ヴェイルルール)
相分離を実行
大事なことは
発明家(アーティスト)の集団と、
オペレーター(ソルジャー)の集団を
分けることです。
新しいことに取組む集団は、既存の仕事をうまくやる能力には長けていません。
逆に既存のことをうまくやる集団に新しいことに取組んでもうまくいきません。
しかも大事にしている価値観が違うため、1つの集団に両者を入れると反目しあってパフォーマンスが低下してしまいます。
それに管理の細かさも違います。
アーティストには柔軟な目標と緩い管理、
ソルジャーには定量的な目標ときめ細かな管理
が適しています。その点、成果主義や研究開発の管理などフランチャイズの仕組みをアーティストに適用すれば、ルーンショットの可能性が低くなります。
1968年に東芝中央研究所 和田所長は
「研究者には割れないガラス、(ステンレスでない)錆びない鉄のようなざっくりとしたテーマを与えて勝手にやらせている、ただし毎月レポートを出させ脱線していないか、停滞していないかだけはチェックする」
と語りました。
そしてアーティストは、SタイプとPタイプの両方のルーンショットに目を光らせる必要があります。小さな戦略の変化が思わぬ効果を生む場合があります。誰もうまくいくとは思わない技術や製品が、実は実現可能なこともあるのです。
動的平衡を築く
アーティストもソルジャーも、どちらも組織の成功には不可欠です。しかしトップがアーティストの場合はソルジャーを軽んじ、トップがソルジャーの場合はアーティストを軽んじる傾向があります。
特にリーダーに成功体験があると、
自らすべてを決めようとしてモーゼの罠に陥ります。
しかし1人の決定がいつも正しいとは限りません。
つまりリーダーの最も大事な仕事はアイデアを出すことでなく、
ルーンショットが現場や市場に適用され、現場や市場の意見がしっかりとアーティストにフィードバックする仕組み作ること
です。
またルーンショットを適用するタイミングも重要です。早すぎればルーンショットは粉砕され、遅すぎればルーンショットの優位性が消えてしまいます。
そのためヴェネヴァー・ブッシュは細部から距離を置き、全体のバランスをとることに力を入れました。
ソルジャーはルーンショットに反対します。しかもアーティストは生まれたばかりのルーンショットには、欠点しか目がいきません。
そのため文句ばかり言う現場に「一度試して意見を出してください」と強く言えるのは、
アーティストとソルジャーの両方に精通し、しかもある程度の権限を持った人だけ
です。例えば、ブッシュは陸軍長官にまで電話をかけて、無関心な陸軍にルーンショットの活用を説得しました。
ブッシュは下図のようにアーティストとソルジャー二つの集団を分離させ、その上で二つの集団の交流を高めました。
さらにリーダーはルーンショットの保護者の役割も担います。それには
データの持つ意味を理解し、さらにアーティストの現場感を尊重しなくてはいけません。
三共の遠藤が、2度の失敗を乗り越えてプロジェクトを継続できたのは、自ら実験に取り組み失敗は「偽の失敗」と看破したからです。しかし遠藤が退社した三共には、3度目の失敗が擬陽性であることを見破る人はいませんでした。
開発会議などで出てきたアイデアに対し「その方法は過去にやって失敗した」と出てきたアイデアを否定する人がいます。しかしその失敗は偽の失敗かもしれないのです。
システムマインドを育む
- レベル0のチーム 評価しない
- レベル1のチーム どうして失敗したのか考える(結果重視のマインド)
- レベル2のチーム どうしてその選択をしたのか、理由を考える(システムマインド)
仕事の結果に対し、そのレベルに応じた評価が大切です。なぜなら
- 「結果が悪かったからといって意思決定が悪かったとは限らない」
- 「結果が良かったからといって意思決定が良かったとは限らない」
からです。
運が良くてたまたまうまくいく場合もあるし、意思決定は良くても思うような結果が出ないこともあります。
結果にとやかく言うのではなく、意思決定の質を向上させて、システムマインドを育むことが重要です。
マジックナンバーを増やさない
自分の評価を良くするための政治的活動は、システムマインドの妨げになります。政治活動をなくすために、昇進や評価は直属の上司でなく第三者が行うようにします。あるいは金銭的報酬や地位でなく、仲間からの評価や承認など、非金銭的報酬を使います。
重要なのは集団のサイズです。集団のサイズが一定の規模(マジックナンバー)を超えると、構成員のインセンティブは
ルーンショット重視から政治重視
に変わります。そうならないようにするために集団の状況をよく観察し、問題があるようならば集団のサイズを適正なサイズに小さくする必要があります。
社員のスキルと仕事のミスマッチがあれば解消します。そして各自が自分の役割に目いっぱいエネルギーを注ぐようにします。なぜなら、人はヒマがあれば政治活動(社内での人脈づくりや自己PR)を始めるからです。
自社の組織に取り入れる
組織の活性化とは、アーティストとソルジャーが組織の中で一定のバランスで存在し、それぞれがその能力を最大限発揮している状態にすることです。
ソルジャーばかりでは、現状維持一辺倒で変化に対応できなくなります。一方アーティストばかりでは、定型的な業務がうまくできず、混乱が起きて効率が低下します。
中小企業に必要な小さなイノベーション
市場の拡大が望めない、さらに市場が縮小する日本では、新たな試みに取組むのが難しい滋養今日です。いきおい守り一辺倒になりかねません。
しかし市場の縮小も新たな変化です。従来のやり方が決して適切とは限りません。少子高齢化、地方の人口減少、都市部での格差拡大という変化に合った新たな製品やサービス、あるいは業務が必要になってきます。
その点で規模の小さい中小企業こそ、変化を的確に捉え小さなイノベーションに取組む必要があるのではないでしょうか。
ところが長年、従来の仕事のやり方、サービスを続けてきた企業には変化を起こした経験が少なく、社員の多くが変化に対して抵抗します。中には全員ソルジャーという会社もあります。
トップがアーティストの問題
あるいは経営者が危機感を感じ、新たな取組をトップダウンで実行しても、社員がそれに同調しないこともあります。見かけ上は取り組んでいても本心ではやりたくないため、既存の業務が多忙になるとそちらを優先してしまいます。これは自主テーマの研究開発や改善活動などによくみられます。
原因は、トップがアーティストでも社員がソルジャーのため、アーティストの考え方、価値観を理解できていないからです。
相分離と育成を組込む
新たな取組、ルーンショットを行うためには、アーティストのチームを結成し、ソルジャーのチームとは分けなければなりません。完全にアーティストでなくても、アーティストの要素のある社員でアーティストチームを結成します。アーティストはソルジャーの仕事には向いていないため、できればアーティストの仕事に専念させます。そしてソルジャーとは異なった管理をします。
そして、このアーティストとソルジャーのバランスを取るのは経営者しかできません。
参考文献
「LOON SHOTS」 サフィ・バーコール著 日経BP
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、こういった課題に対するヒントになるコラムです。
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「イノベーションを実現する組織とは?その1」~イノベーションとルーンショット~
イノベーション実現の物語の多くは、
「画期的なアイデアを生み出した人が主役となり、苦難の末実現する」
というものです。
実際は主の他に脇役に当たる人も舞台上には数多くいます。
そうした中で生まれた新しいアイデアは不完全な点の多い「醜い赤ん坊」です。多くの組織では、この醜い赤ん坊は無視され、イノベーションの機会は失われます。
ところがこれをシステマティックに「醜い赤ん坊を育み、実現した組織」がありました。このイノベーションを実現する組織について考えました。
中小企業とイノベーション
イノベーションは「技術革新」とも訳されたこともあって、どうしても革新的な製品、例えばソニー ウォークマンやアップル iPhoneなどを想像します。そして中小企業にはイノベーションは関係がないと思ってしまいます。
しかしこれまでやったことのない取組や方法、新しい市場や新しい商圏への挑戦は、中小企業にとってはリスクの高い挑戦です。中小企業がこれらに取り組むことは、大企業がイノベーションに取組むのに匹敵する困難さ、内部の抵抗、リスクがあります。
「業況の悪化に経営者が意を決して新たな事業に取組んでも、社員の反応は鈍く積極性が感じられない」、あるいは「熱心な社員が新たな顧客へ販売や新しい商品の提案をしても、経営者が拒絶し、その社員は会社を去ってしまう。」
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
企業には
アイデアを生み出す人(アーティスト)
既存事業をうまく回す人(ソルジャー)
という全く異なるタイプの人材がいます。2つは価値観が全く異なり常に衝突しトラブルを起こします。
ところが2つの人材の良さをうまく活かし、数々のイノベーションを実現した組織があったのです。それらの組織に共通するのは「あるルール」です。
サフィ・バーコールは、その著書「LOON SHOTS」で、そのルールを
「ブシュ・ヴェイル ルール」
と名付けました。この「ブシュ・ヴェイル ルール」とはどんなルールでしょうか?
イノベーションの呼び方
サフィ・バーコールは「LOON SHOTS」でイノベーションを2種類に分けています。
ムーンショット
月ロケットの打ち上げのようなビッグプロジェクトことです。「大きな意義を持つと誰からも期待される、野心的でお金のかかる目標」です。実現するにはこれまでの取組を着実に積み上げた土台に、新たなブレイクスルーを加える必要があります。
ルーンショット
Loonとは、「頭がいかれた、変な」という意味です。バーコールは、
「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアやプロジェクト」
つまりブレイクスルーです。
つまり
ムーンショットは目標、
ルーンショットはやり方
と言えるでしょう。
ルーンショットには以下の2種類があります。
◆Pタイプルーンショット
製品(Product)の驚くべきブレイクスルーです。このタイプのルーンショットに対し、最初人々は
「ものになりそうにない」「ヒットしようがない」
と思います。
ところがふたを開けると大ヒットします。そして古い製品は駆逐され、新しい製品やサービスが取って代わります。これまでのビジネスは「突然死」し、劇的な変化が起きます。
◆Sタイプルーンショット
戦略(Strategy)の驚くべきブレイクスルーです。特に新しい技術はなく、新しいビジネスのやり方や既存製品の新しい応用です。
このタイプのルーンショットは、市場の複雑な振る舞いに隠されてしまい、外からは変化がわかりません。いつの間にか市場を席巻したグーグルやフェイスブックなどがこれに当てはまります。
【フランチャイズ】
バーコールは「従来の事業をひたすら拡大する組織」をフランチャイズと呼びました。
フランチャイズでは、ルーンショットは無視されるか、実現が阻害されます。
持続型イノベーションと破壊型イノベーション
C.M.クリステンセンは著書『イノベーションのジレンマ』で、イノベーションに持続型イノベーションと破壊型イノベーションの2つがあると述べました。
◆持続型イノベーション
既存企業が行う顧客の要望に忠実に改良を組み重ねていくことです。
◆破壊型イノベーション
「破壊的イノベーション」には、下記の2種類があります。多くの場合は、この2種類のイノベーションが複合しています。
【ローエンド型破壊】
既存市場において「オーバーシューティング」に陥ったリーダー企業は、より高価格・より高機能な製品に軸足を移していきます。
これに対し新たな企業が“破壊的技術”で、低価格や使いやすさを実現して、空白になりつつあるローエンド市場に参入します。そしてローエンド市場で圧倒的なシェアを獲得します。
そこから改良を重ね、徐々により上位の市場の顧客のニーズを満たすようになり、遂にはハイエンド市場にも進出します。最終的には既存のリーダー企業は、限られた上位機種の市場へと逃避し、最後は駆逐されてしまいます。
一時、世界市場で高いシェアを誇ったテレビなど日本の家電製品は、高品質、高機能を求めていくうちに、より高機能、高価格になっていきました。そして製品の機能が顧客のニーズを超えてしまい(オーバーシュート)、韓国、中国の低価格品にローエンド市場を奪われ、最後にはハイエンド市場も失いました。
【新市場型破壊】
“破壊的技術”を用いた製品で、これまでとは異なる市場に参入することです。その多くは、これまで消費のない状況「無消費」に消費を起こすイノベーションです。
かつて任天堂はゲーム機市場ではプレイステーションに性能で押されていました。そこで、Wiiでは「体を動かして楽しむ」、あるいは「家庭でのフィットネス」を前面に打ち出しました。それまでゲーム機に縁がなかった女性や高齢者という新たな市場を開拓しました。
パラダイム破壊型イノベーション
クリステンセンの「破壊的イノベーション」は、より性能の低い製品が従来の製品の市場を奪うもので「性能をイノベーションの起点」としています。京都大学大学院 総合生存学館 山口栄一教授は、この性能による破壊とは別に、パラダイム破壊型のイノベーションについて述べています。
◆パラダイム破壊型イノベーション
パラダイム(paradigm)とは、特定の分野、その時代において規範となる「物の見方や捉え方」を指します。
パラダイム破壊型イノベーションとは、これまでの価値観を破壊するイノベーションのことで、技術開発を継続し、今まで科学的にできないとされてきたことをできるようにするものです。
例えば青色LEDの開発では、当時すでに技術が確立していたセレン化亜鉛結晶を使った研究はなかなか進ま見ませんでした。NTT(松岡氏)、松下電器(赤崎氏、名大へ移籍)は開発を中止し、東芝、日本電気、ソニーも最後までセレン化亜鉛結晶では青色LEDは実現できませんでした。
これに対して窒化ガリウム結晶に取組んだ赤崎氏(名大)、中村氏(日亜化学)が青色LEDの開発に成功し、窒化ガリウム結晶というパラダイム破壊を実現しました。
対して、従来の手法の延長線上で性能向上したものは「パラダイム持続型イノベーション」とも呼びます。
破壊的かどうかは結果論
このように数々の新製品や新ビジネスが従来のビジネスを「破壊」し、既存企業が退出しています。
しかしバーコールは
『破壊的かどうか』は、後付け、結果論に過ぎない
といいます。
●トランジスタ
1947年点接触型トランジスタが発明されました。トランジスタは、当時増幅器やリレースイッチの耐久性を高めるために開発されました。しかしできたものは、真空管よりはるかに高価で、増幅できる電流は真空管よりもはるかに微弱で、どう使えばいいのかわからない代物でした。当初は軍隊など限られたユーザーしかありませんでした。
ソニー(当時、東京通信工業(株))は、アメリカから高額なトランジスタの特許を購入し、自らトランジスタを製造しトランジスタラジオを実現しました。
●ウォルマート
サム・ウォルトンは、大都市のデパートのオーナーになるつもりでした。しかし妻の「大都市はやめて、1万人いれば十分」という意見のため、出店したのはアーカンソー州の人口3,000人の町でした。
そしてアメリカの小さな町には、数多くのビジネスチャンスがあることに気付いたのです。
●イケア
スウェーデンで雑貨の通信販売をしていたイングバル・カンプラードは、
通信販売の商品リストに家具を加えたところ、販売は非常に好調で、国内の家具店を脅かすほどになりました。
そこで家具店のオーナー達は、デザイナーがカンプラードと仕事をするのを禁じました。さらにカンプラードが新製品を開発するのも妨害しました。
カンプラードは仕方なく自らデザイナーを雇わざるを得なくなりました。そしてイケア独自のデザインが生まれました。
こうしてカンプラードが独自デザインの家具をつくり始めると、
家具店のオーナー達はイケアが国内の家具メーカーと取引するのを禁じました。
カンプラードは仕方なくポーランドに行き家具メーカーを探しました。そしてポーランドで製造した結果、原価が半分になったため、カンプラードはその分家具の価格も下げました。販売はさらに増加しました。
カンプラードは業界を「破壊」するつもりは全くありませんでした。生き残ろうと努力した結果、その努力が決定的な差別化につながりました。後年、カンプラードは
「スウェーデンの既存の家具店が堂々と戦いを挑んでいたら、こんなに成功できたかわからない」
と語っています。
イノベーションという言葉自体が後付けではないか
こうして様々な事例をみるとイノベーションと呼ばれるものが後付けではないかという気がしてきます。多くの企業は、事業活動において
「直面している問題」、「将来実現したい技術・製品」「満たされない顧客ニーズ」
といった課題に向き合ってきました。それが従来の技術や製品で解決できれば、特に目を引かなかったかもしれません。しかし最善の解決方法を探した結果、たまたまそれが新しい技術や製品だった場合、イノベーションと呼ばれたのではないでしょうか。
例えば自動車の燃費向上を目指すメーカーは、エンジンの燃焼効率アップや変速機の多段化・ワイドレシオ化、アイドリングストップなどの様々な改良や技術開発を行いました。(ある意味、持続的イノベーションです。) しかしトヨタ自動車は新たにプリウスでハイブリッド技術を開発しました。これはイノベーションと呼ばれました。
一方、技術的なブレイクスルーはなくても、イケアのように新たなビジネスが急速に発展し従来のビジネスを圧倒することもあります。 どの企業も企業間競争を勝ち抜くために常に新たな技術や製品・サービスに取組んでいます。その中で
たまたま大成功したものをイノベーションと呼ぶことで他のものとは違うものだと思ってしまう
のではないでしょうか。
なぜならイノベーションを起こした人たちは、
イノベーションを起こそうとしたわけではないからです。
ソニーの井深大氏はラジオには手を出さないと決めていました。当時の真空管式の大型ラジオは大手メーカーがすでに圧倒的に優位に立っていたからです。しかしトランジスタの技術を手にしたことで、ラジオに取り組みました。
イケアは家具の通信販売で既存企業から妨害されたため、自社でデザイナーを雇い、ポーランドのメーカーに委託したことで大きく差別化できました。
青色LEDの開発で日亜化学の中村氏は、すでに大手が取り組んでいるセレン化亜鉛結晶はたとえ成功しても勝ち目がないと考え、他がやっていない窒化ガリウム結晶に取り組みました。
イノベーションを生み乱す組織「ルーンショット養成所」
一方で世の中を変えた画期的なブレイクスルーの多くは、最初は誰からも相手にされず「頭がおかしい」と思われるようなアイデア「ルーンショット」から生まれました。
実は多くのルーンショットは、その奇抜さ、斬新さゆえに、多くの人から無視されて、葬られてきました。
ところがこのルーンショットを守り育てる「ルーンショット養成所」の役割を果たした組織があったのです。
ルーンショット養成所1「イギリス王立協会」
なぜ近代科学が中国、インド、イスラムでなくイギリスだったのでしょうか?
大英帝国の黄金期に大きな役割を果たしたのがイギリス王立協会です。この王立協会はルーンショット養成所の役割を果たし、この王立協会はロバート・ボイル、ロバート・フック、アイザック・ニュートンなど近代物理学や数学に貢献した科学者を支援しました。
当時はまだ魔術や錬金術が幅をきかせていた17世紀に、ロバート・フックなどが行っていた実験を主体とした科学的な取組を会員が共有するようにしました。これがさらに新たなアイデアを生み出す下地となったのです。
1687年ロバート・ボイルの助手ドニ・パパンは圧力釜を使った料理法の本を出版しました。そこに空気ポンプにピストンをつける方法がひっそりと書かれていました。それは蒸気機関の原理そのものでした。
1712年これを見たニューコメンが世界初の蒸気機関を発明しました。その後多くの人がこぞって蒸気機関に取り組みました。
ニュートンが万有引力を発見し「プリンキピア」を著すまでに、
- 惑星の動きに関しヨハネス・ケプラーが、
- 万有引力に関してロバート・フックが、
- 円運動と遠心力に関してクリティアーン・ホイヘンスが
アイデアを出していました。
ニュートンは、これらの考えを「合成」した上で体系化して「プリンキピア」を著しました。
王立協会というルーンショット養成所は、こういったアーティストたちを保護し、それらのアイデアを合成する環境を提供していたのです。
ルーンショット養成所2「ベル電話研究所」
グラハム・ベルがベル電話会社を設立してから30年、AT&Tと改称したベル電話会社は経営危機に陥っていました。当時、遠距離の電話は信号の減衰が大きく音が小さくてろくに聞き取れませんでした。電話は近距離の通話に限定され、しかも競合の電話会社が林立していました。
1907年J・P・モルガンがAT&Tの経営権を握ると、セオドア・ヴェイルが社長に就任しました。ヴェイルは問題を解決するためには、今までにないアイデアが必要と考えました。そしてこれを実現するために、ルーンショットを隔離・保護して研究に専念するベル電話研究所を設立しました。
このヴェイルの研究所は、その後半世紀の間にトランジスタ、太陽電池、CCD、初の連続動作レーザー、UNIX OS、C言語など数々のルーンショットをを生み出しました。所属した研究者らは合計8つのノーベル賞を受賞しました。こうしてAT&Tはアメリカ最大の企業に成長しました。
ルーンショット養成所3「科学研究開発局 (OSRD)」
1930年代MIT副学長ヴェネヴァー・ブッシュは、来るドイツとの戦争には従来にない全く新しい技術が必要だと考えていました。しかし「巨大なフランチャイズ組織」である軍では、「銃と銃剣を装備した歩兵がいれば十分」と考えていました。海軍は、戦艦の数が重要だと考えていました。
ドイツとの技術格差が広がっていくことを懸念したブッシュは、「突飛なアイデアを自由に試す組織」が必要なことを大統領のアドバイザーに提言しました。そして科学研究開発局(OSRD)を設立しました。OSRDは、19の産業技術研究所、32の学術機関と126の研究契約を締結しました。
このOSRDが生み出したものが、レーダー、近接信管、水陸両用トラック(DUKW)、そして原子爆弾です。
◆レーダー 偶然の発見
1922年ワシントンの海軍航空基地に勤務するレオ・ヤングとホイト・テイラーは、海上での船舶の交信を改良するため、ポトマック川の両岸に送信機と受信機を置いて高周波無線の実験を行っていました。そしてポトマック川を船が通過する際、音量が倍増し、その後、一旦途切れ、また倍増することに気付きました。こうして2人はレーダーの原理を発見したのです。2人は上司にレーダーの原理の手紙を書きました。しかし上司は無視しました。
8年後レオ・ヤングは、技師ローレンス・ハイランドとともに、地上の発信器から電波を発信しました。すると上空2,400メートルを飛ぶ飛行機が検知できることを発見しました。再びレーダーの原理を確認したヤングは、提案書を提出しました。しかし軍の反応は鈍く、それから5年経って専任者がようやく1人ついただけでした。
しかしOSRD設立後、ブッシュが強力に後押ししたことでレーダーの開発は加速しました。レーダーは完成し、戦況に大きな影響を与えました。
ドイツとイギリスが航空機で対決したバトル・オブ・ブリテンでは、レーダーによりイギリスはドイツ軍機をレーダーで事前に検知できました。その結果、上空に待機した戦闘機がドイツ軍機を待ち伏せできたのです。
その後開発されたマイクロ波レーダーは航空機に搭載できるようになりました。しかもこのレーダーは潜水艦の潜望鏡まで検知できました。
開戦初期にドイツのUボートは猛威を振るいました。イギリスに物資を運ぶ輸送船はことごとく沈められました。これをレーダーは変えました。
マイクロ波レーダーによりUボートを航空機から発見し攻撃できるようになりました。1943年5月にはドイツは1ヶ月で41隻のUボートを喪失しました。そしてドイツはUボートによる通商破壊を断念しました。
OSRDが開発した近接信管は、目標に命中しなくても目標の15メートル以内に近づくだけで爆発しました。これは砲撃の効果を7倍に高めました。さらに近接信管は航空機に対する防空射撃にも飛躍的に効果を高めました。
ルーンショットを受け入れようとしない軍
ところが巨大なフランチャイズ組織の軍は、こうしたルーンショットを受け入れようとしません。
近接信管に全く関心を示さない陸軍に対し、ブッシュはヨーロッパの戦線まで行き、参謀長に直言しました。陸軍がレーダーに関心を持たなかったため、ブッシュは陸軍長官スティムソンに直接電話もしました。
一方でブッシュは、ルーンショットを確実に現場に移転するために、開発チームに対し現場からのフィードバックを重視させました。初期の航空機用レーダーが使われなかった時、パイロットに「なぜ使わないのか」開発チームに説明させました。そして初期のレーダーは、戦闘中に扱うには操作が複雑すぎることを開発チームに納得させ、改良させました。
ルーンショット養成所4「アメリカ優位の礎となった(DARPA)」
数々の画期的な兵器を生み出したOSRDですが、ブッシュの描いていたOSRDを国立研究所にするという構想は、大戦終了後トルーマン大統領に否定されてしまいました。
OSRDは解体されブッシュも退きました。アメリカは基礎研究を欧州など他国に依存するようになりました。
その12年後、アメリカに衝撃が走ります。
1957年ソ連が衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したのです。新たに国防長官に就任したニール・マッケロイ(元P&GのCEO)は、斬新なアイデアに資金を出す国直属の組織が必要なことを当時のアイゼンハワー大統領に強く提案しました。この提案は大統領に承認され、マッケロイはかつてブッシュと共に仕事をした人たちからアドバスを受け、高等研究開発局(ARPA、その後DARPAに改称)を設立しました。ブッシュの描いた構想は実現したのです。
DARPAは、数多くの風変わりなプロジェクトに資金を提供し、失敗の山を築きました。しかしその中からインターネットやGPS、音声認識(Siri)など多くのイノベーションが生まれたのです。そしてこれが現在のIT先進国アメリカの礎となったのです。
参考文献
「LOON SHOTS」 サフィ・バーコール著 日経BP
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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独創的な考えを生み出す柔軟的思考
今日ほどイノベーションの重要性が語られている時代はないかもしれません。
本コラムでは「どうすれば新しいアイデアが生まれるのか」発想法について、
「アイデアだけでない!発明の成功と失敗を分けたもの」で発明から実用化までの道のりを
「ひらめきを生むには?偉大なイノベーターが取り組んできた方法」でイノベーターに必要な4つの力について
「独創的なアイデアを生み出すための発想法 その1」ではジェームズ・ヤングのアイデアの作り方を紹介し
「独創的なアイデアを生み出すための発想法 その2」ではコラボレーションの力について
「なぜアイデアが出ないのか?製品開発と発想法の関係」では、ひらめきのメカニズムとブレインライティングやTRIZなどアイデア出しの手法について
述べました。
今回は、アイデアを出すために必要な柔軟的思考について考えます。
画期的なアイデアとイノベーション
iPhoneのタッチスクリーン、ダイソンのサイクロン方式の掃除機、ホンダジェットの翼の上のエンジンなど、革新的な製品には、今までにない発想の技術や機能があります。このような独創的な発想はどのようにして生まれたのでしょうか?
例えばホンダジェットの翼の上にエンジンを置くアイデアは、藤野道格氏(現ホンダエアクラフトカンパニー社長)の発案でした。
新型ビジネスジェットの構想に悶々としていた藤野氏は、ある日床に就いた時新型ビジネスジェット機の姿が鮮明に浮かびました。その姿が消える前にあわてて書き残そうとした藤野氏は、壁にあったカレンダーを引きちぎり無心で心に浮かんだジェット機を書きました。その機体はエンジンを翼の上に取り付けていました。従来翼の上にエンジンを置くことはタブーとされてきました。翼の上の空気の流れとエンジンからの空気の流れが干渉して抵抗が大きくなるからです。
一方従来のようにエンジンを胴体に取付ければ、エンジンを支える強度部材が胴体を貫通するため室内が狭くなり、エンジンの振動も客室に響きます。「本当に抵抗は大きくなるのか」藤野氏は、何度もシミュレーションを繰り返し、翼の上のある1点、そこにエンジンを置いた時だけ、干渉がなくなりむしろ抵抗が少なくなる点を発見しました。
このように聞くと、藤野氏という優れた技術者の独創的なアイデアと思えます。しかし実はその前にホンダは、MH02(通称 シビックジェット)という機体を試作していました。決してスマートとは言えない機体でしたが、こうした積み重ねの上に藤野氏の独創がありました。
今日では情報通信技術の発達により社会はめまぐるしく変化し、従来主流だったものが短期間に時代遅れになっています。フィルムカメラはわずか数年で急速にデジタルカメラに置き換わり、フィルム界の巨人コダックですら倒産しました。そのデジタルカメラもスマートフォンのカメラ機能の発達により短期間に市場を失い、今では写真を趣味とする人のみのものとなってしまいました。
このような時代においては、従来のように決まった公式にあてはめて正解を出すのでなく、答えのない中で最適な解を見つける能力が求められています。そしてそのような心は人類が太古の昔から持っていたものでした。
変化を求める心
人類大移動
実は13万5千年前、急激な気候変動により人類の祖先は絶滅の危機に瀕していました。当時人類の数は激減し、今ならレッドリストに入るくらいでした。この時、人類を救ったのが好奇心でした。現状に満足せず、ひとつのところにじっとしていられない「落ち着きのない」私たちの祖先は、今いる居住地を離れ、世界各地にさまよいました。
そして人類が誕生してから数十万年前までアフリカに留まっていた人類は、5万年前までにヨーロッパ全域に広がりました。そして1万2千年前までに地球の隅々にまで広がりました。南アメリカの南端に住む先住民族は、この人類の大移動に乗ってアフリカからヨーロッパ大陸、北アメリカを通り、南アメリカに達した「最高に落ち着きのない」人たちの子孫です。こうして私たちの祖先は、未開の地を探検することで生存に適した新たな地域に広がり、種を存続させることができました。
このリスクを取る能力は個人差があります。それは脳の報酬系にはたらく神経伝達物質ドーパミンの違いによります。ドーパミン受容体遺伝子D4 (略してDRD4)はドーパミンに作用する神経伝達物質で、このDRD4にはいくつか変種があります。そして特定の変種を持っている人は、報酬系のドーパミンに対する反応が弱くなってしまいます。このような人は満足することが少ないため、常にリスクを取って変化を求める傾向にあります。
柔軟的思考には報酬が必要
そして独創性や柔軟的思考には、脳の報酬系に対する反応が不可欠です。つまり何かをすることで心が満たされる「楽しい」と思う必要があります。140万年前、人類の祖先ホモ・エレクトスがつくった左右対称の手斧は最古の芸術作品です。狩りや伐採の道具である手斧はきれいな左右対称の必要はありません。140万年前、この手斧の持ち主は現代の彫刻家同様にきれいな対称形にすることに喜びを感じて黙々と作業(創作)に励んだと思われます。
このような芸術活動は、その結果自体が脳に対する報酬、つまり楽しさです。これに金銭的な報酬を加えると「創作」の喜びは半減します。無報酬だからこそ楽しいのであって、140万年前でも、誰かが手斧を完全に対象にしたら「マンモスの肉1塊」の報酬を与えたら、彼の創作意欲は半減したでしょう。
一方1950年代のコンピューター学者は、コンピューターが複雑な論理的問題を解決できればそれは知能を持つと考えました。そしてこの汎用問題解決プログラムを人工知能と呼びました。確かにコンピューターは「AはBである」「BはCである」ゆえに「AはCである」といった論理演算を高速で行うことができます。
しかし現実の問題の解決には、「欲しい」「いらない」といった欲望や報酬に関するものが必要です。つまり現実の問題は意思決定を含むため、「Aさんはアップルパイが好きだ」「アップルパイが300円で売っている」ゆえに「Aさんはアップルパイを買う」とはならないのです。こういった現実問題を解くには欲望や報酬も含めた柔軟的思考が必要です。しかし何十億個ものトランジスタを並べた今日のコンピューターでも柔軟的思考は実現していません。
報酬系と意思決定
人の意志決定に脳の報酬系はとても大きな影響があります。我々の日常「1,000円の予算でランチセットに食後のコーヒーを頼むか、1,200円のコーヒーデザート付きの定食にするか」といった意思決定を日常行っています。その際には、余分に200円かかる「痛み」とデザートとコーヒーという「喜び」をはかりにかけているわけです。
35歳で脳に腫瘍が見つかり切除した「患者EVR」と呼ばれる人物がいました。手術の後心理テストを行いましたが、IQは120前後あり問題ありませんでした。しかし手術の後、彼は物事を一切決められなくなりました。実は手術により脳の報酬系の機能を一部切除したため、満足を感じられなくなっていたのです。しかし心理テストは分析能力を主にテストするため、異常は見られませんでした。しかし、あいまいな状況で意思決定を行うには、論理的には結論が出ず、様々な条件を懸案してほどほどのところで妥協する(満足する)という感情の働きが欠かせないのです。
論理的に正解がなく、あいまいな条件の中で意思決定を行うには、脳の報酬系の働きが欠かせないことが分かりました。そしてそのような意思決定は欲望と報酬系のある人しかできません。欲望のないコンピューターに、アップルパイとシフォンケーキのどちらが良いか、決めることはできないのです。
脳の報酬系と前頭前野
休んでいない脳
よく私たちは脳全体の10%程度しか使っていないと言われます。しかし実際は休んでいる間も脳全体がくまなく活動しています。近年脳イメージング技術の発達により、休んでいる時、脳がどのように活動しているのか明らかになってきました。その結果休んでいる時の脳は盛んに活動し、しかも今まで関係がないと思われていた脳の各部の構造体が互いに交信してネットワークを構成していました。これをデフォルト・ネットワークと呼びます。このデフォルト・ネットワークを構成する構造体は、連合野と呼ばれる領域にあり、ここには感覚系、運動系、そしてそれらと無関係に精神プロセスに関するものがあります。
従って私たちは考えるだけでなく、見たり聞いたりといった五感で受け止めたことや、運動などの刺激と、頭で考えたことがネットワークを形成し、そのつながりの中からひらめきを生み出されるのです。そして大脳に存在するニューロンの3/4が連合野に含まれています。
この連合野は舞台裏(無意識)で働いていて、いろいろな思考があちこちをさまよっています。特にぼーっとして何かに集中していない時に活発に働きます。ですから藤野氏のように寝ようと思ったときに理想の飛行機の姿がくっきりと浮かび上がるのです。同様に入浴や食事、散歩なども連合野の働きが活発になりひらめきが生まれやすくなります。
自由奔放な脳と厳格な脳
一方脳は右脳と左脳で異なる思考をします。左脳は論理的に整合の取れた連想を行い、右脳は直感に基づいて漠然とした風変わりな連想を行います。よく芸術家は右脳が活発に働くと言われています。このように脳は、右脳と左脳で独立した認知システムとなっていて、それを脳梁の上にある前帯状回と呼ばれるものが繋いでいます。例えば、左脳が論理的に考えても答えが見つからない場合、前帯状回が介入して、右脳の働きを強めます。そして右脳により柔軟的思考が行われ、アイデアが生まれます。
これは言い換えると、厳格でルールに基づいて思考する左脳と、脈絡がなく自由奔放に思考する右脳があり、それを前帯状回がコントロールしています。日常は左脳の論理的な思考で判断していますが、論理的な思考で解決できない状況に陥ると、前帯状回が介入して右脳のはたらきを強めます。そして人類は、右脳の柔軟な思考、リスクを冒してチャレンジする思考により新たなフロンティアを開拓して生き延びることができたのです。
自動操縦モード
このように私たちの意思決定には、論理的な決定と柔軟であいまいな中での決定があります。一方今日では我々が1日に受け取る情報量が非常に多くなっています。数十年前には一人で1日に受け取る情報量は3万語以下でした。今日では10万語以上と3倍になっています。ランチに行くのにも、今までは近くのA店とB店とC店の3択だったものが、今ではグルメサイトを検索して、20以上のお店から価格とメニューを比較しています。
このような多くの情報に対して、私たちは毎回厳密で論理的な判断を行っていません。今までに経験した決まったパターンに従って「自動操縦モード」で選択します。
心理学者のエレン・ランガーは、被験者がコピーを取ろうとする時、実験スタッフに「先にコピーを取らせてもらうように」お願いした時の反応を調べました。実験の結果、お願いの最後に「急いでいる」という理由を言うと94%の被験者が頼みを聞き入れました。ところが理由を「コピーを取りたい」という理由でも93%の人が頼みを聞き入れました。つまり理由を言われたら譲るという自動操縦モードになっていたのです。
このように私たちは、日常生活の様々な場面で判断する際、重要でない大半の判断はすでに決められた台本に従って自動的に判断していました。しかも台本の中身をチェックすることなく。この自動操縦モードは、専門家の判断にも見られます。専門家は幅広い知識を持っていて、それを駆使して様々な問題に対し判断を下します。その時これらの問題に対して判断するのは論理的な連想の左脳です。そして専門家はなまじ豊富な専門知識があるため、常に左脳で判断するため柔軟な思考に欠けることがあります。その結果、視野狭窄に陥り誤った判断に陥ってしまいます。(専門家の誤謬)
「アメリカ医学会ジャーナル」が数万件の入院例のデータを調べたところ、急患患者の30日後の死亡率は、主任の医師が不在の時は1/3に下がっていました。これは主任の医師の誤診が多いことを示し、その理由は普段見慣れない症状があってもそれまでの経験に基づいて判断してしまうためでした。つまり誤診されたくなかったら「経験の浅い医師」に診てもらうことです。
これに対して、対立する意見は別の視点で考えるきっかけになり視野狭窄に陥るのを避けることができます。心理学者のセルジュ・モスコヴィッシは青色と緑色のスライドの色を判定する実験を行い、参加者の何人かにわざと間違った色を答えさせました。そして、再びテストを行ったところ、被験者は先の間違った回答の影響を受けていたことが分かりました。つまり人は他人の間違った回答に対して納得していなくてもその影響を受けているのです。従って対立する意見により自分の凝り固まった考えが揺らぐ効果があることが分かりました。
脳は無意識があげた様々な考えのうち、非現実的なアイデアを取り除くフィルターがあります。つまりばかばかしいと思うアイデアは、頭の中に顕在化する前に排除しています。つまりそれとなく浮かんでいても気づかないのです。
疲れた方がアイデアが浮かぶ
自由奔放な脳を解き放つ
近年集団行動が苦手な子供たちが注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断されることがあります。ところがADHDの子供とエリート学者養成課程の子供に極めて共通していることが分かりました。
ADHDは報酬系のドーパミン受容体が正常でなく脳の報酬回路が弱まっています。そのため何を達成しても良い気分が続かず、すぐ他のことに気持ちが向かってしまいます。そのため学習で決まった課題をこなすことが困難な反面、本当に興味を持てるようなことに直面すると取りつかれたように集中します。そう考えるとADHDは太古の昔、私たちの祖先がフロンティアを開拓する力の源泉ともいえます。
一方私たちは日常生活で、欲望のままに自由に行動すれば非難されたり逮捕されたりします。お腹が空いたからと言って、コンビニ棚からおにぎりを取ってお金も払わずに口に入れれば犯罪です。そのような社会規範に反する考えを抑制する認知フィルターが前頭前野の側面にある脳の指揮系統 外側前頭前野です。脳卒中などで外側前頭前野を損傷すると、欲望に対する抑制が働かず、レストランで通りがかりの隣のテーブルの食べ物を平気で食べてしまいます。
また子供の脳は、運動や感覚といった機能が最初に発達し、前頭葉が発達するのは後になります。そのため幼児は外側前頭前野が未発達です。初対面の人にいきなり失礼なことを言って親をハラハラさせます。
一方で外側前頭前野は脳の柔軟な思考を妨げます。例えば外側前頭前野の働きを電磁エネルギーで弱めると、柔軟的思考の能力が高くなります。詩人のアーシュラ・K・ル・グウィンは「創造的な大人とは生き延びた子供のことである」と語っています。
この外側前頭前野はドラッグやアルコールによっても働きが弱くなります。職場の飲み会でアルハラやセクハラが起きるのも、普段は意識していない欲望がアルコールにより外側前頭前野という番人が弱くなったために開放されてしまうからです。
また外側前頭前野は脳が疲れてくると働きが弱まります。つまり脳が疲れた時の方がよいアイデアが出るのです。2011年ミシガン州立大学で、朝方と夜型の学生に対して、それぞれ朝と夕方に同じような分析的な能力が必要な問題と独創的な能力が必要な問題を出しました。その結果、自分にとって調子の良い時間帯では、分析的な能力が必要な問題の成績が良く、調子の悪い時間帯では創造的な能力が必要な問題の結果が良いという結果になりました。疲労している方が柔軟的思考能力が高まるのです。
従って想像力の高い人には外側前頭前野の働きが弱い人が多く、これはモラルや理性が低いことでもあります。実際、創造的な仕事をする音楽家や研究者には奇行が知られています。
2016年に69歳で亡くなったデイヴィッド・ボウイは、1970年代10代の頃は、コカインを常習し12~15才のファンの女の子の多くと性的関係を持ちその数は1,000人を超えると言われています。
また交流を発明し、エジソンと競ったニコラ・テスラは、幼少期は強い強迫観念に囚われ、成人以後は異常な潔癖症でした。また「宇宙人と交信している」などの奇怪な言動が多くありました。
一方多くの人はそこまで外側前頭前野の働きは弱くなく、法と社会常識の範囲内で平和に過ごしています。逆にこの法と社会常識の範囲内に思考を狭めてしまうため、無意識下にアイデアが浮かんでも、脳の認知フィルターがそれを排除してしまいます。そしてありきたりなアイデアしか浮かばなくなってしまいます。アイデアを出すためには外側前頭前野の働きを弱めて自分の持つ創造性を活性化させる必要があります。しかもアルコールやドラッグに頼ることなく。
例えばアイデア出しの場で、「おバカ棒」という方法があります。これを握って提案する時は、決して馬鹿にしてはいけないというルールでアイデア出しを行います。これは前頭前野の働きを弱める効果があり、初期段階のアイデア出しでは大きな効果があります。
何もしない時間
前述のように考え続けて脳が疲れた時、前頭前野の働きは弱くなり、柔軟な思考能力が高まります。この脳が疲れた状態で何もせず、心を解き放つとひらめきが生まれます。例えば以下のような状態です。
- トイレや入浴、就寝時
- 散歩
- 車の運転
- 飲酒やドラッグ
ただし飲酒はそのまま飲み続けると大抵はひらめきを忘れてしまいます。
あるいはいろいろなアイデアを持っている人との会話は、会話から入って来る情報が脳のネットワークに新たなつながりをもたらし、ひらめきが生まれます。実際、組織の中で良いアイデアを持っている人の多くが、組織の構造的なすきま、つまりチームとチームのはざまにいる人たちです。彼らは双方のチームから豊富な情報を得ていて、両方の情報を結びつけることでひらめきが生まれます。
スティーブ・ジョブズはピクサーを買収した際、本社の中央にアトリウムを設け、そこに会議室、メールボックス、カフェテリア、トイレを設置しました。ジョブズは、毎日組織の様々な人たちが顔を合わさずにはいられない環境をつくり、アイデアを生まれるようにしました。このように様々な専門分野の情報、矛盾する情報や多くの人の意見に触れることが、ひらめきには必要です。
「想像力は天賦の際ではない。アイデアの”取引”によってうまれるものだ」
社会学者ロナルド・S・バート
柔軟的思考
こうした柔軟的思考をもったイノベーターには他にも特徴があります。
イノベーターの特徴
そのひとつが、決して満足しない高い要求と、強い探求心です。買ってきた製品に少しでも不満があれば、怒鳴り散らして「くそだ!」と蹴飛ばすことです。そして、さらにその後で「なぜ○○なんだ?」と問いかけることです。
アップルでiPodプロジェクトメンバーのフィル・シラーは以下のように語っています。
「私たちは本当にウォークマンにうんざりしていたので、何かをつくらずにはいられなかった」それは彼の音楽に対する情熱と、当時主流だったウォークマンという製品への不満でした。そしてiPodを開発する際に1980年代ヒューレット・パッカードのワークステーションにあったスクロールホイールを使用しました。これはiPod発売当時「売り」となりました。
情報収集の力
このように脳の無意識は休んでいる時も答えを探し求めて活動しています。そこからひらめきを生み出すには、非常に多くの情報と情報のつながりが必要です。そしてある情報のつながりがひらめきになります。ホンダジェットの藤野氏は、以前翼の上にエンジンを置いた飛行機の論文を読んでいました。しかしその時は特に強い関心を持ちませんでした。しかし潜在意識にあったその情報が、「どうしたら良い飛行機がつくれるのか?」という心の中の問いかけに対してホンダジェットと結びついて閃いたのです。
つまり必要なのは多くの情報量です。そのためには様々なことに興味を持つ必要があります。情報を求めていると、飛んでいる電波にスイッチを合わせるように必要な情報が入ってきます。さらに情報収集と合わせて、いろいろな人の意見が発想を刺激します。
多くの人と会話することが効果的なのは、違う意見を聞くことで潜在意識にある考えが顕在化するからです。そのためには多くの全く違う人と、弱い絆でつながっているのが望ましいです。そこから様々な情報が入ってきて、無意識下の膨大なネットワークを構築します。
副業の効果
その点で、近年話題となっている副業は、本業に影響を与えない程度の軽い負荷であれば、今までとは違うネットワークが手に入り、今までとは異なる情報が入手できるメリットがあります。例えば
- 情報のインプットが増える
- 様々な異なる意見を聞く
- 討論で反対意見を聞く
このようなことが副業で行われれば、脳の情報処理量が増え、本業にもプラスの効果が見込まれます。また2か所で働くことで脳を酷使することになり、脳が疲れてひらめきが生まれやすくなります。
組織のアイデアフィルター
アイデアの絞り込む
もしアイデアを出すことが目的であれば、今まで述べたことを深めていけば、斬新なアイデアを出せるようになると考えます。しかし現実には組織の中でアイデアを選択し、事業や製品にしなければなりません。このアイデアの絞り込みが難しい作業です。
スティーブ・ジョブズは
「本当に難しいのはよいアイデアをつぶすことだ」
と語っています。そして革新的なアイデアは欠点も多くあります。そして他にも欠点の少ないアイデアもあります。その中で、本当に核となるアイデアを残して、他の「良いアイデアを捨てる」ことが必要です。
集団での意思決定の問題
このどのアイデアを残して、どのアイデアを捨てるかは、意思決定にかかわる人間の考え方と意志、そして企業文化によります。
ソニー創業者の井深大氏は、カラーテレビの開発で他社に後れを取りました。ブラウン管の方式を他社が採用していたシャドーマスクはやりたくないと、パラマウントが所有していたクロマトロン方式を導入しました。クロマトロン方式のカラーテレビは、画像は明るく鮮明でしたが品質は安定せず、販売価格19万8千円のカラーテレビの製造原価が40万円以上になってしまいました。毎月赤字を出し続けるクロマトロン方式に対して、ソニーの宮岡氏は3本の電子銃を水平に並べるトリニトロン方式の原理を発見しました。
井深氏は、まだ海のものとも山のものともわからないトリニトロン方式に対して、「これは筋の良い技術」と判断し、開発を決定、その結果トリニトロン方式のソニーのテレビは世界中で高い評価を受け、最盛期は世界のテレビの40%を生産し、ソニーを世界最大のテレビメーカーにしました。この井深氏のいう「筋の良い技術」とは井深氏の勘(感性)でした。井深氏は「筋の悪い技術でも腕ずくでやれば解決できるが、腕ずくでやると後から問題が出てくる」と言っています。これは今まで数々の技術開発を行ってきた井深氏の経験から磨かれた感性によるものでした。
実際私の経験でも製品開発を20年近く行っていると、どの程度冒険するとどのくらい開発が大変かある程度予想できるようになりました。経験の浅い頃は新機種を開発する際にあれもこれも欲張って新しいことを取り入れて、開発に時間がかかり品質が安定するまで非常に苦労しました。しかし経験を積むと、どの部分が商品として重要なのでリスクを取って技術的に冒険して、どの部分はそれほど重要の機能でないので技術的な冒険は避け、既存の安定した技術を使うのか判断できるようになりました。
一方、井深氏のような創業者でなく、大勢の関係者が集まって長所、短所を比較しながら意思決定を行った場合、尖った判断は難しくなります。そうなると「トリニトロン」のような製品を出すことは容易ではありません。
参考文献
「柔軟的思考」 レナード・ムロディナウ 著 河出書房新社
「アイデア・ハンター」 アンディ・ボイトン、ビル・フィッシャー 著 日本経済新聞出版社
「井深大の世界」 井深大 著 毎日新聞社
「大空に賭けた男たち」 杉本貴司 著 日本経済新聞出版社
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なぜアイデアが出ないのか?製品開発と発想法の関係
中小企業が自社製品を開発する際に、アイデアを出すために社員と経営者が集まって会議をしましたが、具体的な製品のアイデアが出ないで終わってしまいました。
異業種交流会に参加して、異分野の人と様々な意見交換をしましたが、内容は雑談ばかりで具体的な製品にはつながりませんでした。
製品に大きな問題が発生して対策会議を開きました。しかしメンバーの発言は少なく、良いアイデアも出ません。結局、対策は社長が決断せざるを得ませんでした。
新製品や新事業には新しいアイデアが必要です。そのために会議を開いたり、様々な発想法に取り組んだりします。しかし会議でブレインストーミングを行ってもなかなか成果が上がりません。アイデアを出すのには、スティーブ・ジョブズのような才能がないとムリなのかと思ってしまいます。
実は新製品を開発する場合、アイデアを出すためには必要な手順があります。そして最初に行うことはアイデア出しではありません。ではどのような手順で行い、どのような方法でアイデアを出すのか、製品開発のプロセスと発想法について考えます。
アイデア発想から製品の実現までの流れ
製品開発とアイデア発想のプロセスを図2に示します。
最初に新製品はどのようなことを実現するのか、達成すべきゴールを明らかにします。これは、言い換えれば現在の製品やサービスでは満たされていない問題を発見することです。問題が見つかり、ゴールが分かれば、それに対して現在の状態を分析します。
今がどのような状態なのか、現状が分かれば、現状からゴールに至る道筋、つまり解決方法を考えることができます。この解決方法を考えるために必要なのがアイデア出しです。ゴールと現状の分析を行わずに、アイデア出しを行っても、解決すべき問題があいまいなためアイデアが出てきません。
アイデア出しを行い、アイデアがたくさん出ても解決できないことがあります。つまりアイデアは出たけれど、あと一歩が及びません。この一歩を飛び越えるのが「ひらめき」、あるいはセレンディピティと呼ばれるものです。ただし、ひらめいたアイデアは欠点だらけです。そこで欠点を克服して使えるようにする作業が必要です。
そしてアイデアを具現化するために設計作業に入ります。要求機能を詳細に分析し具体的に記述します。そしてシミュレーションやプリテストによりアイデアが実現可能なことを確認していきます。
問題は何か?問題発見と現状分析
問題を探すコツ
製品開発とは、従来の製品では満たされないことがあり、それを新しい製品で解決することです。今日ではこれが難しくなっています。なぜなら今では顕在化した問題点は、大抵何らかの解決策があるからです。顕在化した「顧客のニーズ」を探すのは容易ではありません。「顧客も気づいていない、満たされていないこと」を探さなければなりません。これには日常接している様々な事柄をより深く掘り下げなければなりません。
この「顧客も気づいていない、満たされていないこと」は、ブレインストーミングなどの発想法では見つかりません。発想法はアイデアを広く集めることはできますが、問題を深く掘り下げることはできないからです。では、どのようにすればよいのでしょうか。
ポイントは人です。満たされていないと感じるのは顧客です。満たされていないというのは顧客の感情です。「満たされていないこと」を発見するには、顧客の生活、人生観、感情などに踏み込んで、顧客も気がつかなかったことを探します。そのためには、以下の3つのポイントがあります。
- 否定の精神
- 論理的思考
- 教養
(1)否定の精神
現状をすべて肯定しては、満たされていないものを発見できません。発明とは「現状に決して満足しない人」がします。まず自らが決して満足せず、否定の精神で今の世界を見ます。
【カーボンコピーに嫌気がさしたチェスター・カールソン】
世界初の乾式コピーを発明し、ゼロックスの生みの親チェスター・カールソンは、特許関係の事務所で来る日も来る日も特許関係の書類を手書きで複写していました。単調な作業に嫌気がさしたチェスター・カールソンは、仕事の傍らアパートで乾式コピーの実験に没頭し、4年後に世界で最初の乾式コピーに成功しました。
(2)論理的思考
発見した問題は解決可能なものでなければ、新商品にはなりません。それには、問題が論理的に解決できることです。問題には原因があり、その原因を除去すれば解決します。つまり論理的に解決可能です。しかし例えば、ある人が、原因が全くないのに、突然不機嫌になったり、機嫌がよくなったりする場合、これは解決方法がありません。つまり論理的に解決できない問題です。なぜ○○なのだろうか?と常に疑問を持ち、それを論理的に解く必要があります。
(3)教養
満足できないと感じるのは、人の感情です。この人の感情を理解するには、人に対する深い洞察が必要です。そのために必要なのが「教養」です。私たちの考え方や感情は、今まで育ってきた社会や文化の影響を強くうけます。この文化は、国や地域で異なります。個人個人も様々なタイプや考え方があります。問題を発見するには、こういった文化や歴史、人間心理に対する幅広い知見や深い洞察が教養です。教養を高めるには、人文系の様々な学問や、歴史や文学、芸術などを学び、それを咀嚼して自分の考えや価値観を築く必要があります。
【まだ気づいていない問題を見つけることは、顧客の先にある未来を考えること】
佐藤「クライアントの問題を解決しようとするとき、マーケティングの発想でいうと、これまでこのクライアントが何をしてきたのか確認するんです。そうやって過去の情報を整理しながら、一歩先の「未来」を示す。その人がいる地点の、ちょっと先を答えとして当てる作業なんですよ。でもそういう問題解決の仕方だと、過去からの流れの延長線上でしかないので、アイデアとしての爆発力がない。大きく飛躍はできないんです。自分の理想としては、まずポーンと先を見ちゃうんですね。」
松井「少し先でなく、何段階か後の『未来』を見る?」
佐藤「そうです。現状の問題に対する答えではなく、先にいくつも答えを想像してしまう。中略
ちょっと先の未来を予測して、今の課題を見つける。まず答えをイメージして、それに最も合う質問を逆算しているから、その問題は必ず解けるんですよ。説明した相手には、『なんで答えを知っているんだ?』とびっくりされますね。」
(参考文献1)
製品開発では問題が見つかった後、その答えに市場があるかどうかを考えなければなりません。また市場があっても、自社が参入できる市場かどうかというビジネスの視点での判断が必要です。事業化を前提として問題を判断する時、以下の点は確認が必要です。
- 資金、人員など体制
- 生産のノウハウや技術
- 販売体制
今まで誰も気づかなかった市場に新たな製品を提供することは、競争のないブルーオーシャンでの事業です。しかしその製品が他社でも容易に作ることができるものであれば、すぐに多くのライバルが現れ、短期間にレッドオーシャンになります。それでも優位性を維持するためには、競合に負けないスピードで大量に商品を供給して市場占有率を高めます。そのためには大量の広告宣伝を行ってブランドを認知させる必要があります。さらに製品開発を継続して、競合の追従を振り切らなければなりません。
一般消費者向けの商品では、1社で市場を独占しているものは滅多になく、人気のある商品は必ず競合があります。このような時、特許や商標で市場の独占を維持できることはありません。なぜなら、大抵の特許は、競合によって特許を迂回する方法が発見されるからです。
現状分析(リサーチ①)
満たされないことが見つかった場合、最初のリサーチを行い、その答えが本当にまだ世の中にないのか調査します。インターネットや新聞、雑誌等の情報源から、答えがすでに商品化されていないか、調べます。さらに別の事業分野では、同様の問題が解決されていないか、調べます。特にニーズが顕在化していて、既存の技術で解決可能な問題は、すでに解決策があるか、誰かが解決策に取り組んでいる可能性があります。最初のリサーチでそのような情報が見つかれば、その問題には取り組まない方が賢明です。
ゴールはどこか?何をしたいかの明確化
要求を言語化する
問題が見つかれば、ゴールを具体的にイメージします。「どのような状態になれば問題が解決したといえるのか」達成すべきゴールの姿をイメージします。そして要求機能を言葉で書き表します。数値化できるものは数値化します。
問題がシンプルであれば、この段階で必要な要求機能はすべて表すことができます。複雑な問題の場合、後でさらに深くリサーチを行い、概要設計をしないと要求機能がすべては決まりません。その場合は、この段階では最低限の「これだけは実現しなければ目的が達成できない」という機能を書きます。
現状分析(リサーチ②)
要求機能が明確になれば、これを実現する方法を探します。この段階で本当に実現する方法がないのか2回目のリサーチを行います。問題がシンプルであれば、最初のリサーチで具体的な方法もリサーチします。
この問題の発見と具体的なゴールの決定は、現状を深く洞察して考える作業です。これは極めて個人的な作業です。会議で大勢が議論すれば、いろいろな考えは出ますが、深い洞察に至りません。製品開発において、ここが不十分でゴールと要求機能があいまいであれば、その後のアイデア出しでアイデアが発散してまとまらなくなります。
アイデア出し、実現方法の探求
問題とゴールがはっきりしたらアイデア出しを行います。この段階で図2に示すように現在のスタート地点とゴールははっきりしました。しかし、ゴールへ至る道筋が分かっていません。この道筋を発見するのが発想法です。
発想法とその特徴
実際は現在の地点とゴールが分かっても、どのようにすればゴールにたどり着くのか分かりません。これは干草の山の中から針を見つけるようなものです。このゴールへの道筋を探り当てる方法は、以下のようなものがあります。
【試行錯誤法】
手当たり次第に思いつくものをすべて行う方法です。干草の山から針を見つけるのであれば、干草を1本1本調べます。発明王エジソンは、電球のフィラメント材料を発明する際、6,000種類もの材料を炭にしました。最初は木綿の糸から知人のヒゲまで燃やしたそうです。
ある日、偶然机の上にあった竹の扇子に目が留まり、フィラメントにしてみると200時間灯りました。そこでエジソンは当時の金額で10万ドルをかけ、竹の材料を探すために20人の竹取ハンターを世界中に派遣しました。このように発明には熱狂的な勤勉さで努力を惜しまなかったエジソンは、一つの発明に平均で7年の歳月を費やしていました。
発想を引き出すには、二つの要素がカギとなります。ひとつは言葉です。人は言葉で思考し、言葉で論理を考えます。例えば、AならばB、BならばC、ならばAならばCと思考します。できるだけ多くの言葉を挙げて、その言葉をきっかけとしてできる限り多くのアイデアを出します。
もう一つは、絵などのイメージです。言葉の意味するものを図や写真で表すと対象のイメージが具体化します。あるいは、関係する言葉をグループにまとめたり、言葉同士の関係を図で表すことで情報が整理されて、アイデアが生まれやすくなります。
この試行錯誤法は、手当たり次第に思いつくものを試す方法です。図4に試行錯誤法のプロセスを示します。最初に課題から様々なアイデアを考えて、そのうちで1のアイデアを試します。それでダメだったら、次に2のアイデアを試します。それでダメだったら3のアイデアを試します。だったら最初からもっと多くのアイデアを出して、その中から良いアイデアを選択すれば、ゴールに達する時間を短縮できます。そこで最初からもっと多くの方法を出すために、様々な方法があります。
【ブレインストーミング】
アメリカの広告代理店の副社長A.F.オズボーンが発案した発想法で、自由奔放にアイデアを出すことで、アイデアの量を増やすことで、良いアイデアを出す方法です。
ブレインストーミングでは、以下の4つのルールを守らなければなりません。
- 批判厳禁
- 自由奔放
- 大量生産
- 結合・便乗
【ブレインライティング】
ドイツのホリゲルが開発した方法です、発言の際に退任への気兼ねや思いやり、遠慮などが自由奔放な発言の障害になる事から、発言の代わりに紙に書きつける方法です。前の人が書いた意見に対して、制限時間内に新たに意見を書くため、新たなアイデアを引き出すことができます。
【チェックリスト法】
ブレインストーミングでアイデアを出しやすくするためにA.F.オズボーンが考案した方法です。
表1 チェックリスト法
転用 | 他に使い道はないか? |
応用 | 他からアイデアを借りられないか? |
変更 | 変えてみたらどうか? |
拡大 | 大きくしてみたらどうか? |
縮小 | 小さくしてみたらどうか? |
代用 | 他のモノで代用できないか? |
置換 | 入れ替えてみたらどうか? |
逆転 | 逆にしてみたらどうか? |
結合 | 組み合わせてみたらどうか? |
【アルファベット法】
世界で初めて使い捨て替え刃の剃刀を交換したキング・ジレット氏が考案した方法で、アルファベットをAからZまで順に書き、その横に各文字を頭文字とする商品を書きます。そしてそれらを使う際の人間の行動の特徴やこうあったらよいという希望など思いつくままに書きます。そしてその解決策を考えます。
図式化して、発想を引き出す方法【特性要因図】
東京大学の石川馨氏が考案した方法で、中央に一本の線を引き、そこから枝分かれしながら、中骨、小骨などを書いていきます。形が魚の骨に似ているので、フィッシュボーンチャートとも呼ばれています。
【KJ法】
東京工業大学の川喜田二郎氏が考案した方法で、たくさんのカードにアイデアを書いてそれらをグループにまとめて、アイデアを引き出す方法で、ブレインストーミングとよく併用されます。
《KJ法の特徴》
KJ法のようなカードに書いて整理する方法は、日本で広く普及しました。その理由として、漢字は表意文字の為、少ない文字から容易にイメージできることがあります。表音文字の場合、文字を見ただけではイメージがわかず、毎回読まなければならないので、イメージわきにくい欠点があります。
KJ法について川喜田氏は、自著の方法のみが唯一KJ法と呼べるもので、これに正確に準じないKJ法から派生したものはKJ法と呼ばないと主張しています。川喜田氏の手法の特徴は、必ず集めたカードから結論を構築するボトムアップのやり方にこだわり、トップダウンからの結論は一切認めない点にあります。これは川喜田氏が野外科学(フィールドサイエンス)の専門であったため、KJ法は現地で収集したノイズの多い情報から結論を導き出す総合の方法だったからです。
【マインドマップ】
イギリスのトニープザン氏が考案した方法で、真ん中にテーマを書き、そこから多段の枝分かれによってアイデアを二次元に表現する方法です。
【パテントマップ】
解決したい技術に関連する特許を調べて図式化する方法です。アイデアを出しても他社の特許に抵触しては製品できません。そのため、製品開発・リサーチには特許調査が不可欠です。その調査した特許を図式化することで技術相互の関係がわかり、新たなアイデアを出すことができます。
発想法の長所
試行錯誤型が、限られた頭脳が何度も失敗を繰り返しながら答えに到達するのに対して、発想法を用いることで最初から非常に多くのアイデアの中から、ゴールに到達できる確率の高いものを選ぶことができます。図10に発想法の効果のイメージを示します。
図10 発想法のイメージ
発想法のポイントは
- 多くの頭脳を使う
- 時間を制限する
- ノルマ
- ヒントから連想する
- 分類・整理
- 図式化
ブレイン・ライティングでは5分以内にアイデアを書かなければなりません。
カードに記入する方法では、一人何枚というノルマがあります。
オズボーンのチェックリストやジレットのアルファベット法のように発想の手助けにヒントを使います。
アイデアをまとめて、関係づけることで、あらたなアイデアを導きます。
言葉の相互の関係を図で表すことで、新たなアイデアを引き出します。
TRIZ
TRIZは、旧ソ連海軍の特許審査官ゲンリッヒ・アルトシュラーが、膨大な特許を整理分析した結果から、技術課題を解決する原理を体系化したものです。創造的な活動を天才のひらめきから汎用的な方法論へと変えた方法として注目されました。一方、日本ではこれを使えば誰でも自動的に発明ができるという誤解が生じ、思うような結果が出なかったため、TRIZは使えないという誤解も生まれました。
このTRIZは40の発明原理がありますが、これを使うにはまず目の前の固有の問題を、TRIZで扱うことのできる一般的な課題に変換し、それを40の発明原理で解決し、その原理を固有の課題に落とし込む必要があります。この思考の上下運動が適切にできなければTRIZ をうまく活用できません。
表2 TRIZ40の発明原理
発明原理 | 発明原理 | ||
1 | 分割 | 21 | 高速実行 |
2 | 分離 | 22 | 災いを転じて福となす レモンをレモネードにする |
3 | 局所的性質 | 23 | フィードバック |
4 | 非対称 | 24 | 仲介 |
5 | 併合 | 25 | セルフサービス |
6 | 汎用性 | 26 | コピー |
7 | 入れ子 | 27 | 高価な長寿命より 安価な短寿命 |
8 | 釣り合い (カウンタウェイト) |
28 | メカニズムの代替 もう一つの知覚 |
9 | 先取り反作用 | 29 | 空気圧と水圧の利用 |
10 | 先取り作用 | 30 | 柔軟な殻と薄膜 |
11 | 事前保護 | 31 | 多孔質材料 |
12 | 等ポテンシャル | 32 | 色の変化 |
13 | 逆発想 | 33 | 均質性 |
14 | 曲面 | 34 | 排除と再生 |
15 | ダイナミックス | 35 | パラメータの変更 |
16 | 部分的な作用 または過剰な作用 |
36 | 相変異 |
17 | もう一つの次元 | 37 | 熱膨張 |
18 | 機械的振動 | 38 | 強い酸化剤 |
19 | 周期的作用 | 39 | 不活性雰囲気 |
20 | 有用作用継続 | 40 | 複合材料 |
一方TRIZを使えば、より確実にゴールに近づくことができます。試行錯誤法に対し、発想法が使えば、非常に多くのアイデアでゴールを取り囲むことができます。さらにTRIZはよりゴールに向いたアイデアを集めることができます。このTRIZは、米国IHS社(日本代理店 株式会社アイデア)が開発する『IHS Goldfire』と、Ideation TRIZ(I-TRIZ)(アイディエーション・ジャパン株式会社)の二つがあります。
AIの活用
多くのアイデアを出すためにブレインストーミングは他人の頭を借り、アルファベット法は、アルファベット順という強制力を活用しています。大量のアイデア、つまりキーワードを出す作業に人工知能(AI)を活用して、より関連性の高い言葉を数多く出せば、正解により近づくことができます。京都大学の逢沢明氏は、AIを使った連想検索エンジンにより、瞬時にテーマに関連するキーワードを抽出、またキーワードを画面上で自由に移動し、図式化するソフト「アイデア革命」を開発しました。(残念ながら、提供していたソフト会社はなくなり、現在は入手できません。)
発想支援ソフトの進化
ゴールに早くたどり着くためには、
- 使えそうな過去の解決策を集める
- できる限り多くのアイデアを集める
この二つがポイントです。そしてこれはコンピューター、つまりAIが得意とするところです。今後AI+TRIZの機能を持つ発想支援ソフトが進化すれば、このアイデア出しの時間が短縮され、より多くのアイデアから考えることで、より優れた解決策が見つかるようになることが期待されます。
図12 AIの活用とTRIZ+AIのイメージージ
最後の一歩、セレンディピティ
こうして、考えたアイデアですが、それがズバリ解決策なることは滅多にありません。かなり近いところに来ますが、あと一歩が足りないためゴールにたどり着きません。ここでひらめきが必要になります。つまり、集めたアイデアとゴールまでの最後の一歩をつなぐものがひらめきです。
ひらめきの瞬間
このひらめきについて、アメリカの広告業ジェームズ・ヤングは著書「アイデアのつくり方」の中で述べています。その中でアイデアの実際の生産は5つの段階を経由して行われます。
- データ集め
- データの咀嚼
- データの組み合わせ
- ユーレカ(発見した!)の瞬間
- アイデアのチェック
① データ集め
現状のリサーチと発想法によって、集めたものです。
② データの咀嚼
それぞれの情報を並べたり組合せたりして、自分の中でこれらの情報を多面的に見ます。その過程で部分的なひらめきが訪れたら、どんな突飛なものでも書き留めておきます。
③ 心の外に放り出す
アイデアの孵化段階です。この時は無意識の中で、自分で組合せの仕事をやるのにまかせます。
④ ユーレカ(発見した!)の瞬間(アイデアの誕生)
そして大抵は心身ともにリラックスしている時に、ひらめきが訪れます。
⑤ アイデアのチェック
生れたばかりアイデアは、大抵は粗削りな概念です。これを現実世界で役に立つものにするためには、最終的にこのアイデアを具体化し、実際の事業や製品に展開させる作業が必要になります。そして多くの組織やチームで、保守的な人、リスクを嫌う人が生まれたばかりのアイデアの問題点をいくつも指摘して、そのアイデアは葬り去られます。
問題が明らかになり、ゴールもわかりました。現状のリサーチも行い、それを解決するアイデアもたくさん集まりました。しかしまだ解決できずに行き詰ってしまいました。そこで一旦その問題から離れます。これが③の心の外に放り出す段階です。
そして、ある時ひらめきが訪れます。しかし、その時がいつか誰にも分かりません。明日かもしれないし、十年後かもしれません。そして残念ながら多くの人が、ひらめきが訪れる前にあきらめてしまいます。最後まであきらめずに考え続けた人にのみ、セレンディピティという女神が訪れます。フランスの細菌学者で世界で最初にワクチンを開発したパスツールは「幸運は用意された心のみに宿る」と述べています。
革新的なアイデアとは?
しかし閃いたアイデアは、大抵は欠点だらけの不完全なものです。このアイデアを葬り去るのはとてもたやすいことです。多くの組織やチームに必ずいる保守的でリスクを嫌う人が、この生まれたばかりのアイデアの問題点をいくつも指摘して、アイデアを葬り去っていきます。この瞬間にも世界中で数えきれないくらいのアイデアが葬り去られているでしょう。
この欠点だらけのアイデアを守り育てることができるのは、アイデアを閃いた人しかいません。この問題について深く考えた人だけが、閃いたアイデアが本当に革新的なことが分かるからです。彼のみが確信を持って「これは素晴らしい方法だ」といえるのです。しかし、アイデアが革新的であればあるほど、欠点も多くあります。このアイデアを具現化するには、その欠点をひとつひとつつぶしていかなければなりません。欠点をなくす方法を考え、疑問な点を実験で確認しなければなりません。
それには時間と費用がかかります。時には上層部の理解が得られず、担当者が隠れて開発せざる得ないこともあります。コニカのオートフォーカスカメラは、開発予算が打ち切られる中、昼は通常業務を行い、夜間こっそりと研究を続けて実現したものです。
このような粘り強さはどこから生まれるのでしょうか。誰もが生まれながら粘り強さを持っているわけではありません。自分の手で小さな成功を積み重ね、それが自信となります。徐々に高いハードルチャレンジし、それを克服することで「できる!」という自信から「○○するんだ!」という強い意志が生まれます。そしてひらめきまでの期間が長ければ長いほど、その方法を実現したいという気持ちが強くなります。
アイデアの具現化と設計作業
詳細な要求機能の具現化
アイデアが見つかり、ゴールまでの道筋が分かれば、後は具体的な設計作業に入ります。ここで重要なのが詳細な要求機能の定義です。特に高度な機能を持った製品や複雑なシステムでは必ず必要です。一方大企業でも要求機能を明確にしないで設計することは珍しくありません。かつては欧米製品のキャッチアップをすれば製品開発できました。その後、日本製品が欧米製品を上回っても、開発者が見ていたのは顧客でなく競合でした。改めて要求機能を定義しなくても、競合製品よりも良いスペックの製品を、より早くより安く作ればよかったのでした。
今日では、詳細に要求機能をしないと以下のような問題が起きます。
- 要求機能の矛盾
- 全体像が見えない
- 要求機能が干渉
- 正しくテストできない
【要求機能が矛盾する】
要求機能が矛盾していると設計に無理が出ます。後日それが原因となり致命的な問題が生じることもあります。あれもこれもと欲張る前に、一度要求機能をリスト化し、要求機能を満足しても論理的、物理的に矛盾しないか確認します。
【創造したいものの全体像が分からない】
要求機能を、基本的な上位機能から下位機能へと展開します。こうして要求機能の全体像を明らかになると、創造しようとするものの全体像が分かります。
【要求機能が干渉して問題を起こす】
要求機能の干渉とは、複数の要素が相互に影響し合って目的を達成することです。例えば、デジタルカメラにおいて、撮影した画像の品質を高めるために、レンズ、撮像素子、画像処理ソフト単体での性能を上げるとともに、それぞれを組み合わせた状態で最高の画像が得られるようにチューニングします。レンズのひずみを画像処理でカバーし、撮像素子の感度をレンズの明るさでカバーします。こうすることで、レンズ、撮像素子、画像処理ソフトの要求機能は、単体の時だけでなく、組み合わせた状態でも求められます。これが要求機能の干渉です。これは別名「すり合わせ」と呼ばれています。
こうすることで、各要素が持っている性能以上の能力を引き出すことができます。一方一つの要素の条件が変わると、他の要素もすべて再度チューニングしなければなりません。レンズ、撮像素子に多くの種類がある場合、その組合せが非常に多くなります。チューニングやテストはすべての組合せに対して行わなければならず、工数は膨大なものになります。
その結果、特定の組合せで確認や検討が行われず、大きな問題を起こします。(参考文献2によれば、ハードウェアの失敗の1/4は要求機能の干渉によるものと述べています。)
【正しくテストできない】
要求機能がすべて明確になっていれば、それに基づきテストを計画し行うことができます。もし要求機能が明確になっていなければ、どのようにテストを行うかはテスト担当者の勘と経験に頼ることになります。その結果、テストの漏れが発生します。特にソフトウエアでは、ユーザーが設計者の意図しなかった操作を行うことがあります。その結果、予想外の結果が生じ大きな問題が起きます。すべての要求機能をもれなくテストするためには要求機能の明文化は必須です。
モジュラー設計とインテグラル設計
要求機能を干渉させずに独立させるのがモジュラー設計です。マサチューセッツ工科大学のスー教授は、「要求機能は干渉するよりも、互いに独立であることが設計として絶対に正しい」と述べています。
従来、製品を構成するユニットの性能が不十分な場合は要求機能を干渉させて、各ユニットを組み合わせた状態でチューニングし、より高い性能を引き出します。しかし、各ユニットの性能が上がり、顧客の要求を満たすことができれば各ユニットの要求機能を独立させ、互換性を持たせた方が、大量生産できるためコストが下がります。かつてコンピューターは、メモリー、ハードディスクをCPUと一体で開発しました。しかしメモリーとCPU間の通信、CPUとハードディスクの通信に余裕が出てきたら、標準化しても十分な性能が得られるようになりました。今日ではDDR規格やSCSI規格で互換性が満たされ、どれでも自由に組み合わせできます。
QFDとシミュレーション
QFD:品質機能展開
(Quality Function Deployment)とは,顧客のニーズを整理し、技術的にどのようにして顧客の要望する品質を実現するかを明確にする方法です。市場の声を整理した要求品質展開と製品に関する技術的な特性を展開した品質特性展開表,要求品質展開表と品質特性展開表の二元表の品質表などがあります。
品質機能展開表は,提供する製品の設計段階からの品質保証を目的とした設計アプローチ方法です。
品質を保証するための,現行技術との対応付け(技術展開),故障発生との因果関係(信頼性展開),開発するためのコスト設定(コスト展開)など,展開方法は多岐にわたります。
品質機能展開の根幹が品質表です。
- 顧客の要求する品質(要求品質)を集め階層構造にまとめる
- 技術的にどのような特性(品質特性)を考慮すべきかまとめる
- ①と②の組み合わせの中で、競合他社の製品を考慮しながら、重点を置く点を絞込む。
- 製品の品質をどのように企画するのか(企画品質)設定する。
- 企画品質を実現するために、どのような仕様に(設計品質)すればよいか、不足している技術は何か明確にする
【狩野モデル】
東京理科大学教授 狩野紀昭氏により提唱されたもので、顧客満足度に影響を与える品質要素を分類し、その特徴を記述したモデルです。
- 魅力的品質要素
- 一元的品質要素
- 当たり前品質要素
充足されれば満足を与えるが、不充足であっても仕方がないとされる品質要素
充足されれば満足し、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。
充足されれば当たり前と受け止められが、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。
参考文献
「ひらめき教室」 松井優征、佐藤オオキ 著 集英社新書
「想像はシステムである」 中尾政之 著 角川oneテーマ
「結果が出る発想法」 逢沢明 著 PHP新書
入門編「原理と概念に見る全体像」 ゲンリック・アルトシュラー 著 日経BP社
「現状打破・創造への道」 狩野紀昭 著 日科技連
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
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独創的なアイデアを生み出すための発想法 その2
情報通信技術が発達し、社会や事業環境が非常に早く変化する今日では、新製品や新事業だけでなく日常業務においても今までない発想やひらめきが必要とされます。
このアイデア発想法について、独創的なアイデアを生み出すための発想法 その1で述べました。
一方、画期的なアイデアを思いつくには、ひとりの力だけでは限界があります。
独創的なアイデアを生み出したり、そのアイデアを実現するためにはコラボレーションの力がとても重要です。
コラボレーションの力
過去のイノベーターの中で、自らのアイデアと努力だけで成功した人もいれば、多くの人のアイデアや助けを借りて実現した人もいます。
しかし成功者は、成功の助けとなった他人のアイデアや助けをあまり公表しません。こうしていつしか重要な役割を果たしたコラボレーションは忘れられ、偉大な発明者という偶像が独り歩きしていきます。
モールスのひらめきとは
1829年当時著名な肖像画家サミュエルFBモールスは、大西洋を横断してヨーロッパからアメリカへ帰国する船上でチャールズジャクソン博士の話を聞きました。
「電気はどんな長さの導線でも一瞬で通り抜けられる」
機械いじりが好きだったモールスは、これをヒントに電信装置を考えました。
モールスはジャクソンと話し合い、電流を流す時間の長短で文字を伝える方法や送られてきた信号を自動的に紙に記録する方法を考案しました。
図4 サミュエルFBモールス(Wikipediaより)
図5 当時の大西洋航路の客船
しかし電気について門外漢のモールスは知りませんでしたが、
当時すでに多くの人たちが電気を用いた通信に取組んでいました。
モールスの80年前には、26本の導線に電気を通しアルファベットを送る方法が考案されていました。それ以来1830年までの間に様々な人が60台以上の電信機を製作しました。
しかし導線を通した電気を検知する良い方法が見つかりませんでした。
電気分解の泡を検知する、
火花を見るなど、
いずれも実用には遠いものでした。
1820年デンマークの物理学者エルステッドは、電流が導線を流れる際に磁界が発生することを発見しました。つまり磁気を用いて、電流が検知できることが分かりました。
しかし電信のもう一つの関門
「導線を長くすればするほど電流が弱くなる」
という問題がまだありました。
一方アメリカの物理学者ジョセフヘンリーは、小さな電池をいくつか並べた電磁石を使うことで信号の劣化を防ぐ方法を1930年発見しました。しかしヘンリーはこれを電信機に応用することは考えませんでした。
図6 ジョセフ・ヘンリー(Wikipediaより)
サリー号の船上で電信機のアイデアが閃いたモールスも同じ問題に突き当たりました。
サリー号の航海から7年後、モールスはまだ信号劣化の問題が解決できず、それまでに試作にかかった費用の請求書がたまっていました。
モールスはゲイル教授と知り合いになりました。幸いなことに彼は物理学者ジョセフヘンリーの知人で、ヘンリーの信号劣化を防ぐ技術をよく知っていました。
こうしてゲイル教授がモールスに協力することで、信号劣化の問題を解決した電信機を製作しました。
さらにモールスは大富豪の投資家アルフレッドベイルと出会って資金を確保しました。
ついに1944年ワシントンDCの連邦最高裁判所からボルチモアに向けて、旧約聖書からの以下の一文が送られました。
「神のなせし業なり」
一度可能性の扉が開かれた電信技術はその後急速に発展しました。
通信距離は2年後には3000km 、
6年後には1万9000km
14年後には大西洋横断ケーブルが敷設され、アメリカとヨーロッパの電信が可能になりました。
こうしてモールスの軌跡を振り返ると、偉大なアイデアが決して一回のひらめきだけで生れないことが分かります。モールスは最初の電信のアイデアを閃いてから、多くの人々の専門知識を借り、一歩ずつ実現していきました。
図7 初期の電信機(Wikipediaより)
最初にモールスが考えたアイデアは、今の電信機とは違っていて決して優れたアイデアではありませんでした。しかしそのアイデアを実現化する途中で、使えないアイデアを捨て去り、新たにアイデアを採用し、アイデアを磨くことで電信機は完成しました。つまり最初の良くないアイデアは、良いアイデアを生み出すために必要なものでした。
コラボ―レーションの力を無視したライト兄弟
19世紀の終わり、数多くの科学者が空飛ぶ機械に熱中しました。
誰が人類初の有人飛行の偉業を成し遂げるのか、
このレースに勝ったのは、多くの資金を集めた著名な研究者ではなく
アメリカ オハイオ州デイトンのライト自転車商会という小さな自転車店経営者でした。
図8 ウィルバー・ライト(兄)(Wikipediaより)
図9 オービル・ライト(弟)(Wikipediaより)
幼い頃、凧揚げに熱中したライト兄弟は、アイデアは常に実験して確かめる習慣がありました。
1896年8月ライト兄弟はドイツでグライダーを試験中のオットー・リリエンタールが墜落、死亡したことを知りました。
その時、彼らは
「なぜうまく行かないのか」
を考えました。
図10 オットー・リリエンタールとグライダー(Wikipediaより)
自転車店を営んでいた彼らは、自転車が常にハンドルでバランスを取ってる乗ることを知っていました。
彼らは機体を傾ける機構のないリリエンタールのグライダーを見て思いました。
「操縦できないものに乗るなんて」
では、どうやって飛行機はバランスを取るのか?
翼を広いV字型にするとより安定します。しかし一度揺れが始まると止まらなくなってしまいます。
「どうしたら飛行中のバランスを取ることができるのか」
「この問題さえ解決できれば飛行機の時代がやって来る」
当時の翼の問題は飛行中にバランスが取れないことだ
と考えたライト兄弟は、飛行の大先輩 鳥に教えを乞うことにしました。飛んでいる鳥たちを何度も観察しました。
そして鳥たちが翼をねじって巧みにバランスをとっていることを発見しました。
鳥は片方の翼を上げてもう片方は下げてバランスをとっていました。兄のウィルバー・ライトは、この原理を応用した模型をつくり自転車に取り付けて何度も実験しました。こうして翼をねじってバランスを取る機構が完成しました。
その後2年間、彼らはウィルバーの模型を人が乗れる大きさにしようと努力しました。
しかし何度やってもうまく行きません。今までに知られていた科学的データを用いて実験していましたが、ようやく彼らはその値が間違っているのではないかと思いました。
そこでデータを取るために1909年自分達でベルト駆動の風洞をつくりました。やがて間違っていたのは今までの常識だったことが分かりました。翼の大きさと揚力を表す スミ―トン係数(18世紀の技術者ジョン・スミ―トンが出した)は、0.005が常識でしたが、彼らが計測したところ0.0033でした。つまり人が乗るためには、考えられていた翼よりずっと大きな面積が必要でした。
それから兄のウィルバーと弟のオービルは絶えず意見を交わし新しいアイデアを試し、200種類以上の翼をつくり、風洞で実験を繰り返しました。そして横方向の安定のために垂直尾翼をつくりました。さらに二人は風洞実験の結果からプロペラを設計しましたが、これは現代のプロペラと比べてもそん色ないものでした。
ここまでライト兄弟は、たったひとつのひらめきではなく、いくつもの小さなステップを上っていきました。
そして1903年12月17日
オービル・ライトの操縦する機体は60センチ浮上、30メートル先に着地しました。
図11 世界初の有人動力飛行の写真(Wikipediaより)
しかし彼らはその後、飛行機技術を発展させることより、軍との独占契約、つまり発明から金を生むことに熱中します。
「サイエンティフィック・アメリカン杯」など飛行技術を競うイベントなどにも一切参加せず、
グレン・カーティスが自作の飛行機を飛ばす有料のショーを行うと彼らを特許侵害で訴えました。
しかし一度開かれた空への道は特許で独占できませんでした。
さらにグレン・カーティスが設計した補助翼は、翼の一部をたわませるライト兄弟のたわみ翼より優れた機構でした。またライト兄弟の飛行機はレールの上を滑走するため、着陸に問題がありました。しかしその後は、多くの人が格納式の車輪や水上に着水するフロートなどを数々発明しました。こうして飛行機は、ごく短期間に見世物から、実用的な道具へと進化していきました。
ライト兄弟とグレン・カーティスが長い法廷闘争を続けている最中、第一次世界大戦が勃発しました。業を煮やしたアメリカ政府は、カーティス社とライト社が和解し、特許の共同管理機構を設立するよう迫りました。
1929年、両社は合併しカーティス・ライト社となりました。
同社は第二次世界大戦時は、P-40ウォーフォークなどアメリカ陸軍の戦闘機等を多数生産していました。しかし戦後はジェット機化の波に乗り遅れ、航空機生産から撤退しました。
それでも航空機や潜水艦のユニット製品のメーカーとして存続しています。
アイデアの大半はコラボレーション
TRIZの創始者アルトシューラ―によれば、
過去の発明の中で今までない本当に独創的な発想は0.3%しかありません。
モールスの例からもわかるように、
多くの問題の答えは、
すでに誰かが持っている場合が大半です。
そして、それが他の分野にあったりします。
図12 アルトシューラ―の発明レベルと頻度
問題の答えを発見するには、自分一人の力に頼るよりも多くの人の力を借りた方が、より早く正解にたどり着けます。そう考えれば画期的な技術は、企業が単独で行うよりも内容をオープンにして多くの知恵を借りた方が早くできます。しかしそうなると企業が巨額の投資をした研究開発の成果が他人にわかってしまうというジレンマがあります。
一方ソフトウエアでは、オープンソースという手法により、多くの人が参画することで、早く良いものができる仕組みが存在しています。
アイデアを生み出す場
オープンソースまで完全にオープンにしなくても、様々な考え方の人達が集まることで、従来より優れたアイデアを生み出すことができます。ひとりでいつまでも考えるより誰かに相談した方が早いことも多いです。それでは多くの人が集まって、アイデアをたくさん出そうというのがブレインストーミングです。
ブレインストーミング(wikipediaより)
ブレインストーミングとは、集団でアイデアを出し合うことによって相互交錯の連鎖反応や発想の誘発を期待する技法である。人数に制限はない。5 – 7名、場合によっては10名程度が好ましいというやり方もある。ブレインストーミングの過程では、次の4原則(ルール)を守ることとされている。
ブレインストーミングの4原則判断・結論を出さない(結論厳禁)
自由なアイデア抽出を制限するような、批判を含む判断・結論は慎む。判断・結論は、ブレインストーミングの次の段階にゆずる。ただし可能性を広く抽出するための質問や意見ならば、その場で自由にぶつけ合う。たとえば「予算が足りない」と否定するのはこの段階では正しくないが、「予算が足りないがどう対応するのか」と可能性を広げる発言は歓迎される。粗野な考えを歓迎する(自由奔放)
誰もが思いつきそうなアイデアよりも、奇抜な考え方やユニークで斬新なアイデアを重視する。新規性のある発明は、たいてい最初は笑いものにされる事が多く、そういった提案こそを重視する。量を重視する(質より量)
様々な角度から、多くのアイデアを出す。一般的な考え方・アイデアはもちろん、一般的でなく新規性のある考え方・アイデアまであらゆる提案を歓迎する。アイデアを結合し発展させる(結合改善)
別々のアイデアをくっつけたり一部を変化させたりすることで、新たなアイデアを生み出していく。他人の意見に便乗することが推奨される。
ブレインストーミングの問題
このブレインストーミングは多くの企業で取り入れられていますが、
思ったほどよいアイデアが出ない、
無理にやらされている感があるなど、
何度か経験した人には「もういい」という人すらいます。実は最近の研究によればブレインストーミングはアイデアを出す方法としては、効率的でないという意見があります。
チームでブレインストーミングした場合と、チームが個人個人でアイデアを出した場合を比較した結果、使えるアイデアの数に差はないことが分かりました。ブレインストーミングの方がアイデアの数自体は多かったのですが、それらは使えない、取るに足らないアイデアが大半でした。ブレインストーミングの問題は、以下の3点です。
- 生産性が低い→考える時間が短い
- 「話題の固定化」
- 「社会的抑制」
- 「社会的怠惰」
グループの人数が増えるほど、メンバーの発言を聞く時間が長くなりメンバー自身が考える時間が短くなります。考える時間が短くなればアイデアの量が少なくなります。あるいは無理に量を要求すると、使えないアイデアが増えていきます。
グループで行うために話題が一分野に固定化され、それ以外のアイデアが出なくなる現象が起きます。
他のメンバーがどう考えるか不安になり、自分の意見を抑えてしまいます。グループメンバーにその分野の権威や専門家がいる場合、自分の考えを述べるより議論を見守っていたいという抑制が働きます。グループの中に上司が入れば、その傾向は強くなります。日本の企業では会議で上司が発言する時間が長く、その文化のままブレインストーミングを行えば「できるだけ発言しないでおこう」という意識が働きます。そのような環境でアイデアの数を要求されるので参加者からは不評を買います。
個々のアイデアを誰が出したか、記録されない限り「特に積極的に発言しなくても誰かがアイデアを出すだろう」という心理になります。これは個人で行っている時と比較して責任が分散されることが原因です。
ブレインストーミングは、グループで行うために、「社会的抑制」や「社会的怠惰」など集団思考の罠に陥る可能性があります。これを解決する方法としてブレインライティングがあります。
ブレインライティング
ブレインストーミングを書面で行う方法で、強制的かつ均等に参加者へアイデアを求めることができます。基本的なルールは①批判厳禁、②自由奔放、③質より量、④便乗歓迎とブレインストーミングと同じです。
ブレインライティングでは、参加者の声の大きさや地位の高さにより意見が重視・尊重される傾向が緩和されます(誰が出したアイデアなのかわからなくさせるような工夫をするとより効果的です)。反面、他人の発言や意見に共感しにくいため、他人のアイデアに触発される便乗歓迎という側面は弱くなります。
ブレインライティングのやり方
① 準備
参加者は3,4名~最大10名程度。
集まった参加者へ、開催趣旨や検討テーマを説明し、課題を共有する。② アイデア検討の実行(アイデア・意見の発散)
参加人数分用意した書面にアイデアを書き込んでいく。1アイデアに時間を「5分間」など決めて、その時間内にできるかぎり多くのアイデアを書く。
時間が来たら、次の日とへ紙を回す。次に自分に回ってきた他人のアイデアの紙を使って次のアイデアを考える。
これを繰り返し多くのアイデアを出す。また他人のアイデアに便乗してアイデアを膨らませていく。③アイデアの整理・評価(アイデア・意見の収束)
ブレインライティングにより出てきたアイデア・意見を整理し、評価する。
報酬は創造性を阻害する
心理学者に実験によると、大学生を集めて創造力を必要とする問題を解かせたところ、無報酬で行った場合と、成功した場合一定額の報酬を与えた場合では、報酬を与えた場合の方が正答率が下がりました。報酬を与えた方が問題を解く意欲は高くなっている筈です。しかし実利的な欲望で働く脳は、高い創造性は発揮しないようです。
実験することでアイデアを深める
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスは、
「実験はイノベーションのカギだ。予想通りの結果が出ることはめったになく、そこから多くを学べるから。」
「社員には、あえて袋小路に入りこんで、実験しろとハッパをかけている。実験にかかるコストを減らして、できるだけたくさん実験できるようにしている。実験の回数を100回から1000回に増やせば、イノベーションの数も劇的に増える。」
と言います。
図13 ジェフ・ベゾス(Wikipediaより)
ここでいう実験力とは、社内での試作やテストだけではありません。例えば以下の三つがあります。
- 新しい体験
- ものを分解すること
- 実証実験や試作によるアイデアの検証
海外で暮らしたり、様々な業界での就業体験、異なった分野での学習(大学やその他の学校)。これらの経験が様々な知識をリアルに肉付けし、思わぬ関連づけを引き起こします。
これも新しい体験の一種ですが、普段は外側からしか見ていない製品を分解して内側から見ることで、全く新しい見方や発見が生まれます。あるいはプロセスを視覚的に図に表したり、数式やデータで分析することで、表面的な姿から別の側面を見ることができます。
探索的な実験と検証実験など、これで何が学べるか試してみようと好奇心に導かれて行う実験です。ビジネスプランやサービスなどで実際に出来ない場合、頭の中で実験することも有効です。
「大抵の企業が『不作為』という大きな過ちを犯している。余計なことに首を突っ込むべきなのに突っ込まない。」
ジェフ・ベゾス(アマゾンCEO)彼は、社員に新しいことに挑戦すべきかどうか迷ったら
「かまうもんか」
と自分に言い聞かせろと言います。
このような考え方に照らせば、研究開発の効率化や成果の出るテーマに研究開発を絞ることが危険なことがわかります。かといってむやみに研究開発にコストをかけることもできません。重要なのは、いかに早く初期段階で実験を繰り返し、必要な情報を集めるかです。ある程度まで実験し、実際に経験することで、そのテーマの素性の良さが見えてきます。そこでこのテーマを継続すべきか、中止すべきか判断できます。
今からできる創造性ゆたかなチームのつくり方
ジェームズWヤング氏は、広告業界の人です。広告では素晴らしいアイデアができれば、それを広告にすることで仕事は完成します。しかし実際の製品や事業を立ち上げる場合、いくらアイデアが良くても、それだけでは実現しません。
現実には、一つのアイデアが壁を乗り越えても、また次の壁が立ちはだかります。これを次々と乗り越えて、実現するためには新しいアイデアを生み出し続けるチームと、決して妥協しない粘り強い心を持ったリーダーが必要です。そのようなチームは、以下の方法でつくることができます。
テーマを決める
テーマ、目標は非常に重要です。そしてリーダーは高い目標を定めなければなりません。そして絶対に妥協できない点を明確にします。これをチームで話し合い、合議で決めると、ともすれば、凡庸な目標になりがちです。最初の目標が低ければ、そのプロジェクトの失敗が決まってしまいます。
リーダーが目標を決めた後、チームでミーティングして、「その目標がチームにとって必要なことや社会的意義など」をメンバー全員が理解します。その上でリーダーは「この問題は絶対解決できる」とチームメンバーに納得させます。
メンバーで分担して必要な情報を集める
それらを持ち寄り、分類、整理、加工し、現状のできないことを話し合います。
解決策を徹底的に考える
ポストイットを渡して一人何件以上のノルマを与えてもうアイデアが出ないというところまで考えます。ブレインライティングなどでアイデアを多く出す、他人のアイデアを見て考えるなど行います。
コラボレーションを活かす
異分野、他の業種の人の意見を聞いて、他人のアイデアで刺激を受けます。思わなかった考え方や発想をヒントにさらに自分で考えます。
一旦頭から放棄する
メンバーが閃いたら、すぐにミーティングを開いて話し合う
必ずポジティブな意見を出します。
実験する
可能性があれば。簡単な実験をします。良い結果が出ればさらに実験を進めます。 ダメな場合は原因を追究します。そこから思わぬアイデアのヒントが隠れていることは多いです。
アイデアが失敗した場合は、アイデアを出した人にプラスの評価を加えます。失敗した人に報奨金を出す企業もあります。このようにして、どんどん小さな失敗をする環境をつくります。
さらに問題解決のループを繰り返す
ひとつ問題が解決すると、次の問題が出現します。また最初に戻ってアイデア出しから行います。
偉大な発明やイノベーションは、ひらめきに加えて、イノベーターの妥協しない高い要求水準と、何度失敗してもそれを達成しようという強い意志が不可欠です。それに加えて、多くのイノベーターは、コラボレーションにより他人のアイデアを生かして成功しました。
これを組織で達成するには、
- 妥協しない高い要求水準と、何度失敗してもそれを達成しようという強い意志を持ったリーダー
- ひらめきをすぐに実験して次の段階に進める組織とチーム体制
- 変化を嫌わず革新的なアイデアの雛型を現実化するポジティブな組織
- 失敗を賞賛する組織
- 多様な人材・業種からアイデアを導入するコラボレーションの仕組み
このような条件が必要です。画期的な事業や製品を生み出す土壌として、資金や人材が豊富な反面、自社ですべて行う大企業よりも、むしろ経営資源が限られるために積極的にコラボレーションが必要な中小企業の方が有利かもしれません。
本コラムは2017年3月19日「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しました。
経営コラム ものづくりの未来と経営
人工知能、フィンテック、5G、技術の進歩は加速しています。また先進国の少子高齢化、格差の拡大と資源争奪など、私たちを取り巻く社会も変化しています。そのような中
ものづくりはどのように変わっていくのでしょうか?
未来の組織や経営は何が求められるのでしょうか?
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独創的なアイデアを生み出すための発想法 その1
情報通信技術が発達し、社会や事業環境が非常に早く変化する今日では、新製品や新事業だけでなく日常業務においても今までない発想やひらめきが必要とされます。アイデア豊かな人、問題解決力の高い人はどんどん新しいアイデアや考えを生み出します。
それを見ていると
「自分にはできない」
「私はスティーブ・ジョブズではない」
と思ってしまいます。
しかし独創的なアイデアは才能のある限られただけが持つ能力でしょうか。
実は発想法は才能でなく、技術です。
技術ですから正しい方法を学べば、誰でも新しい発想を生み出すことができます。そして新しい発想を生み出し続けていると、独創的なアイデアが生まれるようになります。
では、発想の技術とは何でしょうか?
アイデア発想法
発想法について、古典的な名著があります。
アイデアのつくり方
「アイデアのつくり方」は、アメリカの広告業界の実業家ジェームズ・ウェブ・ヤングが著した書籍です。1940年に初版が出版され、数十年間売れ続けている知的発想法のロングセラーです。
彼は発想の技術を、アイデア生産の5つの段階として示しました。
- データ集め
- データの咀嚼
- データの組み合わせ
- ユーレカ(発見した!)の瞬間
- アイデアのチェック
1. データ集め
アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせでしかありません。
新しい組合せを導く才能とは、物事の関連性をみつけ出す才能です。そのためにはまずアイデアの材料をたくさん集めなければなりません。
このアイデアの原料の収集は、徹底的に行う必要がありますが、多くの人はこの最初の収集段階を徹底的にやっていません。限られた材料の中からアイデアを出そうとするから、アイデアが出なくて苦しみます。この集めるべき資料には以下の2種類です。
● 特殊資料 その製品に関連する人や消費者の詳細な情報
● 一般資料 関連する幅広い情報
多くのアイデアは「特殊資料」と「一般資料」の組合せの中から生まれます。従ってどちらも十分な量を収集する必要があります。
こうして集めた情報を整理します。ヤング氏のお薦めの方法は、3インチ×5インチの白いカードに項目ごとに情報を記入する方法です。今ならポストイットを使っても良いでしょう。
2. データの咀嚼
それぞれの情報を並べたり組合せたりして、自分の中でこれらの情報を多面的に見ます。その過程で部分的なひらめきが訪れたら、どんな突飛なものでも書き留めておきます。
3. 心の外に放り出す
アイデアの孵化段階です。意識の上では放り出しても、無意識の中では多数のアイデアの組合せを行っています。ひらめきにはこの時間が必要です。
4. ユーレカ(発見した!)の瞬間(アイデアの誕生)
そして突如、ひらめきが訪れます。それは入浴中や就寝前など心身ともにリラックスしている時です。
この時、せっかく訪れたひらめきを忘れないようにメモします。
5. アイデアのチェック
生れたばかりアイデアは、まだ粗削りな概念です。現実世界でこのアイデアを役に立つものにするには、このアイデアに肉付けをしてを具体化し、実際の事業や製品に展開する必要があります。
しかし多くの組織やチームでは、保守的でリスクを嫌う人がよってたかって生まれたばかりのアイデアの問題点を指摘し、アイデアを葬り去ろうとします。
あなたは生まれたばかりのアイデアの赤ちゃんを、葬り去ろうとする大人たちから守らなければなりません。
発想における潜在意識の活用
このひらめきに脳の潜在意識が大きな役割を果たします。
脳の情報処理能力は、顕在意識が毎秒130ビット、潜在意識は毎秒1,000万ビットと言われています。つまり潜在意識の情報処理能力は、顕在意識の7.7万倍になります。
アイデア(発明)とは、特殊資料と一般資料の組合せです。ひらめきは、特殊資料と一般資料の情報の限りない組合せの中から生まれます。そのため脳には非常に高度な情報処理能力が求められ、それは潜在意識の方が優れています。従って「潜在意識をいかにうまく活用するか」がポイントです。
潜在意識の活用のイメージは、シャトルシェフのような真空断熱調理器を使って煮込み料理をつくるようなものです。
まず最初に下ごしらえをした具材を鍋に入れて火にかけます。味をつけて沸騰したら真空断熱調理器に鍋を入れます。ふたをして放置すると鍋の中は長時間70~80度の温度になります。時間が経てば具材はやわらかく味がよくしみたおでんやシチューなど煮込み料理が完成します。
同様にアイデアを出す場合は、以下のプロセスで行われます。
- ① 適切な質問
- ② 必要な知識や情報を集める
- ③ 火にかける
- ④ 離れる
- ⑤ ひらめき
- ⑥ 大切なこと
適切な質問で、潜在意識に明確な任務を与えます。これにより潜在意識が働き始めます。
火なし料理では、料理の材料を集めます。さらに皮をむいたり切ったりする場合もあります。同様に材料となる
情報を集めます。さらに集めた情報を加工したり整理したりします。これは料理では皮をむいたり切ったりすることに相当します。
知識や情報を集め、整理した上で
「今の問題点はどんなことで、何が障害となって解決できないのか」
「何ができればその問題は解決するのか」
を考えます。
これを
「もう考えられない、これ以上の解決策はない」
というところまで自分を追い込んで考えつくします。
これは鍋の中で材料を煮込むことに相当します。
こうして煮込んだ鍋を真空断熱調理器に入れます。
つまり問題からいったん離れることです。
そして問題を意識から除外して他の活動に取り組みます。
そしてできる限りリラックスした状態をつくります。あるいは気分転換にスポーツをしたり、ゆったり入浴したりします。
突如、ひらめきが訪れます。
大切なことは
「必ず解決策がある」
「自分は解決できる」
と心から信じることです。
自分自身が半信半疑であったり、あるいは他人にはできると言っていても、本心では無理だと思っていれば潜在意識は働きません。その点で潜在意識は正直です。ごまかしがききません。
偉大なイノベーターにみられる特徴
一方画期的なアイデアを生み出した偉大なイノベーターには、発想の技術に加えてもうひとつ大きな特徴がありました。
適切な質問
「なぜこれだとうまくいかないのか?」
「これをうまくいかせるにはどうしたらいいか?」
適切な質問は、目標に向かう牽引力となって創造性を刺激します。
しかし今までのやり方をあたり前だと思っていると、この質問が出てきません。
アップルの創設者 スティーブ・ジョブズが果たした大きな役割は、
「解決策を見つけること」でなく、
「問題を見つけること」でした。
図1 スティーブ・ジョブズ(Wikipediaより)
アップルのiPhoneのイノベーションとは何だったのでしょうか。
iPhoneのコンセプトは、
「iPodに通信機能を付け、インターネットや電話ができるようにする」
でした。
そこから以下の思考が生まれました。
- インターネット検索はキー入力が必要 → ガラケーのようにキー入力をする?
- いいやGUIの方がはるかに使い勝手がいい → では、マウス?
- どうやって空中でマウスを振り回すのか → タッチペン?
- 画面のスクロールや拡大はどうする?
- 「なぜタッチペンだとうまくいかないのか?」
「これをうまくいかせるにはどうしたらいいか?」 → 指だ!
iPhoneの誕生
電話会社の人たちは、iPhone を電話だと思っていました。iPhoneが発売された直後、電話会社の技術主任のiPhoneに対する意見
「マイクがひどいですね」
しかしアップルはiPhoneを電話と思っていたのでしょうか。
図2 初代iPhone(Wikipediaより)
妥協はアイデアの最大の敵
ジョブズがiPhoneに至ったのは、決して妥協しなかったからです。
キーボードが必要だ。
→ 番号キーでアルファベットを入力する → ガラケー → 使いにくい
→ 電話機の大きさにキーボードを配置する → ブラックベリー → 押しにくい
図3 ブラックベリー(Wikipediaより)
小さくて使いにくくても仕方がない
iPhineが出た後も、ブラックベリーを愛好する人はいました。
ガラケーで十分という人もいました。
妥協すれば、こうした解決策を採用することもできました。
しかしスティーブ・ジョブズは決して妥協しませんでした。
妥協しない心が潜在意識に働きかけ、携帯電話とタッチスクリーンを結びつけたのでした?
偉大なるイノベーターの特徴
もうひとつのイノベーターの特徴は「こだわり」です。
かつてソニーは大きさにこだわりました。
- カセットケースサイズのウォークマン
- CDケースサイズのCDウォークマン
- パスポートサイズのハンディカム
ソニーは、一度大きさを決めたらそれを守り通しました。
決まった大きさの中で機能を実現するには、メカと電気の高度な技術が必要でした。必要が技術を生み出しました。
つまり発想法によりアイデアがひらめいても、それを実現するには多大な努力が必要なのです。
多くのイノベーターは、何度やってもうまくいかない中、決してあきらめず、完成するまで続けました。
そのエネルギー源は、現状に満足しないイノベーターの強い意思です。
あきらめない心
ダイソンは、自分のことをうまくいかないとすぐ怒る「ただの普通の人間」だと言います。そんな彼が我慢できなかったのは、
「フィルターバッグが満杯になると吸引力が落ちる掃除機」
でした。
ある日彼が車で工場の前を通った時に、ゴミを選り分ける粉体分離機が見えました。この粉体分離機は空気を渦巻き状に回転させ、その動きの中でごみや土を下に落としていました。
「この原理を掃除機に応用すれば、フィルターバッグのない掃除機ができる!」
私は紙パック式の掃除機にそんな不満を持ったことがありません。例え私が粉体分離機を見ても、サイクロン方式を思いつくことはなかったでしょう。
こうしてダイソンのサイクロン掃除機は誕生しました。
おそらく新聞や雑誌ではこのように記事を書くでしょう。そしてダイソンは偉大なイノベーターだと私たちは思います。
現実は違って、
もっと厳しいものでした。
サイクロン方式の掃除機を考えたダイソンでしたが、様々な大きさ、密度のごみを確実に選り分ける空気の流れを理論的に解く計算式がなかなかできませんでした。彼は紙の上でいつまでも悩むより、発明王エジソンと同じ道を選びました。
がむしゃらに実験する力わざで行くことにしました。
1号機も、その後の2号機もうまく行きませんでした。5年後、彼が満足のいく掃除機が完成した時、それまでにつくった失敗作は5,126個にもなりました。
「あきらめたいと思わない日はほとんどなかった。世界中から反対されているように感じると、多くの人はあきらめてしまう。だが、そこでもうすこしだけがんばらないといけない。私はよくマラソンにたとえる。もう続けられないと思える瞬間があるが、その苦しい壁を乗りきれば終わりが見えて楽になる。コーナーを曲がったところに解決策が待っているということがよくある。」
サイクロン掃除機が実現できたのは、ダイソンの妥協しないこだわりとあきらめない心でした。
「すごいアイデアを思いついて、道具小屋で何日かいじって、そうしたら完成形が出来上がる、発明とはそういうものだという誤解がある。実際ははるかに長い反復のプロセスであることが普通だ。一つのことを何度も何度も試して、小さな変数を一度に1つだけ変えてみる。まさに試行錯誤だ。」
こう彼は語っています。
一方、画期的なアイデアを思いつくには、ひとりの力だけでは限界があります。
このアイデアを生み出すためのコラボレーションについては、独創的なアイデアを生み出すための発想法 その2でお伝えします。
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