ものづくりの未来と経営 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 数人の会社から使える原価計算システム「利益まっくす」 Sat, 06 Sep 2025 06:41:13 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7.5 https://ilink-corp.co.jp/wpst/wp-content/uploads/2021/04/riekimax_logo.png ものづくりの未来と経営 | 原価計算システムと原価改善コンサルティングの株式会社アイリンク https://ilink-corp.co.jp 32 32 なぜセグウェイは失敗しダイソンは成功したのか?~新事業の成功に不可欠な錬金術~ https://ilink-corp.co.jp/17516.html https://ilink-corp.co.jp/17516.html#respond Wed, 03 Sep 2025 02:50:52 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=17516
【コラムの概要】

セグウェイは熱狂的な支持を受けながらも市場ニーズに応えられず「キャズム」を越えられず失敗しました。一方、ダイソンは顧客の「不」を解消し「欲しい」と思わせる錬金術=心理的価値創造に成功しました。新事業成功には、論理的発明だけでなく感情に訴える物語や非合理な魅力を備え、アーリーアダプタからマジョリティへと製品を進化させる戦略が不可欠なのです。

これまでも多くの起業家がイノベーションにチャレンジしました。サイクロン掃除機でイノベーションを実現したダイソンは、掃除機のトップブランドになり、扇風機やドライヤーでも強力なブランドになりました。

一方セグウェイは投資家やスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツなどから絶賛されましたが、販売は不振で、2015年には中国のロボット企業Ninebot Inc.に売却されました。そして2020年に生産停止になりました。

なぜこのように違いが生じたのでしょうか。そこには新商品・新事業の陥る典型的な失敗と、錬金術が欠けていたためでした。

1. 新商品・新事業の落とし穴

① イノベーションは誤解されている

トーマス・エジソン、グラハム・ベルなど有名な発明者の名前が歴史に残るため、彼らが画期的な発明が起きて新製品ができたように思われています。しかし現実には、単一の発明だけでは製品化は困難でした。これらの製品は多くの人々の度重なる試行錯誤の結果、製品が実現しました。

図 イノベーションの発展
図 イノベーションの発展

こうした試行錯誤が生まれたのは、その製品を必要する状況、つまりニーズがあったからです。ニーズを満たそうとして多くの人が度重なる改良を行い、製品は完成されたのです。実際に電球や電話は多くの人たちが改良に取組み様々な技術が開発されました。

蒸気機関は、最初は炭鉱の水のくみ上げ用のポンプに使用されました。幾多の改良を経て、効率は高まり、その結果、蒸気機関車に応用されました。炭鉱や製鉄所では鉄鉱石の運搬用にすでにレールが敷かれていて、運搬のために馬車が使われていました。

② 誰に対して「不」なのか?

このニーズとは、顧客が不便に感じていること「不」にあります。大事なのは、この「不」は誰に対してかと言うことです。蒸気機関という技術ができた後、最初の「不」は炭鉱に湧き出る水の排水でした。労働者がポンプを動かして1日中排水するのは大変なので、蒸気機関が使われました。
こういった新しい技術を採用するのは、リスクがあっても新しいものを好む人たちです。これはアーリーアダプタと呼ばれます。彼らが新しい技術を採用して、それが順調なことが分かります。すると後からより慎重な層が採用します。これをアーリーマジョリティと呼びます。

図 テクノロジー・ライフサイクル
図 テクノロジー・ライフサイクル

このアーリーアダプタとアーリーマジョリティの間には大きなギャップがあります。そして画期的な製品の多くがこのギャップを超えられずに事業化に失敗しました。このギャップをジェフリー・ムーアは「キャズム」と呼びました。

つまりアーリーアダプタとアーリーマジョリティでは、「不」に対する考え方が違うのです。そのため製品がキャズムを超えるには、アーリーアダプタから、アーリーマジョリティに変わる顧客に合わせて製品やサービスを進化させなければならないのです。

③ 小さな池の大きな魚になる

製品やサービスを進化させる過程で、多額の資金や体制が必要なこともあります。中小企業の場合、時には自社で太刀打ちできる規模を超えることもあります。そうなると新規事業を自社が独占できません。競合が現われ、自社の資本が競合に比べて不十分であれば、キャズムを超える段階で競合に敗れてしまいます。

それを避けるには、市場を自社の規模に合った市場に限定することです。最初は小さな池で大きな魚を目指します。逆にこれから新製品や新事業に取り組む場合、自社が大きな魚になることかできる事業や製品を考えます。

2. 「欲しい」をつくる心理学

現実には「満たされていない、○○がない」という状況はそれほど多くありません。ものがあふれる今、人々は大抵のものを持っています。さらに買ってもらうためには「欲しい気持ち」が必要があります。

① 必要でなく欲しいものにする

「必要なもの」と「欲しいもの」では価格に対する反応が違います。必要なものは「やむなく買うもの」です。そのためできる限り安いものを買います。当然、価格競争は激しくなります。 欲しいものを買うときはワクワクします。欲しいから買う時、価格は重要ではありません。

図 欲しいものはわくわくする
図 欲しいものはわくわくする
図3 欲しいものはわくわくする

そういう気持ちになってもらうには販売促進が不可欠です。スーパーの特売チラシは「今しかない」特売品を買うことで、顧客はお得感を感じワクワクします。対して特売をしないエブリディロープライス戦略は、特売でのコスト、販促費をなくし、店舗を効率的に運営できます。その分を価格に反映しいつでも安く売ることができます。これは理論上は正しい戦略ですが、特売がなければ顧客のワクワク感はありません。買いたいという感情が起きず、買い物は必要なものを買うという作業になってしまいます。

② 小さくなった「欲しい」という気持ち

高度成長期の日本は、買うことで生活に大きな変化を起こしました。
例 

  • 自動車 移動の自由
  • クーラー 暑さからの解放
  • カラーテレビ エンターテイメントの質の向上

今日では新たな製品を買っても、高度成長期の製品のような大きな変化は起きません。車を持っていなければ、好きな時間に自由に生きたいところに行ける車は「欲しい」ものです。しかしすでに車を持っている人にとって、車を買い替えても生活の質が変わるわけではありません。

このように新たな消費による変化は小さくなっています。だから何らかの「欲しい」気持ちを強く起こさせなければなかなか買ってくれません。

一方、それまでないこと「不」が日常だった場合、顧客は「不」を意識していません。車を持っていない人にとって、車がないことは当たり前です。そのことでさほど不便は感じていません。ところが周りの人が車を買って、その人の車に乗せもらうと、その便利さに欲しいと感じます。そういう感情を起こすのが販売促進です。逆にそういった感情が起きなければ市場は広がらないのです。

例えば、男性のメイクは20世紀から化粧品会社が幾度も挑戦しました。しかし大きな市場にはなっていません。

なぜ男性のメイク市場は広がらないのでしょうか?

③ 「欲しい」という気持ちは不合理

もし人が何事もすべて合理的かつ経済的に考えれば、以下の商品は誰も選択しないはずです。

  • 性能は大差ないが、他社の1.5倍するスマートフォン (apple)
  • 高速道路でも性能を発揮でない自足300km/hのスポーツカー
  • スマホで時間がわかるのにもかかわらず数百万円する腕時計

そしてこのような人は経済学では想定していません。なぜなら経済学で想定する合理的経済人は、以下のような人だからです。

  • 商品に関するすべての情報と自分の予算を、正確に把握し考慮する
  • その上で、自分の効用(満足度)が最大となるように商品を購入する
  • これらの判断を適切かつ迅速に決定する
  • 自己利益を追求するためだけに行動する

現実には人は非合理な存在だから先に挙げたものを消費します。非合理な感情は論理では刺激できないのです。そこには不合理なアイデアが必要です。

人はとびきり高いものには興味と関心を示します。対してとびきり安いものはお値打ち感とお得を感じます。しかし高くもなく安くもないものは感情が動きません。だから買おうとしません。

④ 感情を揺さぶる物語の力

人の感情を揺さぶり記憶にとどめるのに「物語」は大きな力を発揮します。

例)友人の友人の話
彼は出張である地方都市を訪れました。地元のバーで一杯飲んでいると魅力的な女性が近づいてきて
「もう一杯いかが。ごちそうするわ」
彼女は飲み物を2杯取り、1杯を彼に渡しました。その一杯に口をつけたところで記憶が飛びました。

目覚めたとき、ホテルのプールで氷水に浸かっていました。メモには「動くな!救急車を呼べ!」と。
そばの携帯電話から消防署に電話すると、消防署には彼の状況がわかっているようでした。
「いいですか、ゆっくりと背中に手をまわしてください。腰のあたりからチューブが出ていませんか」
確かにチューブがあります。

「落ち着いてください。あなたは腎臓を一つ取られたのです。この町で暗躍する臓器狩り組織の犯行ですね。今救急車がそちらに向かっています。動かずに待っていてください。」

これは「臓器狩り」の都市伝説です。これは一度聴いたら忘れられない「記憶に焼き付く話」です。これを聞いた人は、旅先で見知らぬ女性から飲み物をおごってもらうのはためらうでしょう。

このように物語はとても大きな力を持っています。しかし多くの販促は商品を「説明」し「物語」はありません。そうした販促を手掛ける人たちは、顧客は説明を聞けば買ってくれると信じているようです。しかし欲しいものがない顧客、または「不」に気づいていない顧客に欲しいと思ってもらうには、説明でなく感情に訴える物語が必要です。それが後述の錬金術なのです。

ただし、それには「顧客が誰なのか」明確にする必要があります。ところが新製品では製品が浸透する段階によって顧客が変わるのです。

3. 新製品が事業化できるか「キャズム」を越える方法

ジェフリー・ムーアは彼の著作「キャズム」「キャズム2」で、アーリーアダプタとアーリーマジョリティの顧客層には違いがあり、企業がそれに対応できなければ失速してしまうと述べました。

① アーリーアダプタとアーリーマジョリティの間に落ち込む

アーリーアダプタ(ビジョナリー)

特にソフトウェアなどハイテク製品の場合、メーカーが新しい製品を発売すると、新しい製品や技術に熱心な層が顧客となり初期市場が形成されます。この初期市場を形成する顧客がアーリーアダプタです。彼らは以下の特徴があります。

  • 求めるものは変革のための手段
  • 目的達成を最優先、コストは厳しくない
  • 注目する期間は限られる。「チャンスの窓」が開いているうちに達成しなければならない
  • 製品が目的を達成した場合、その良さはアーリーアダプタ同士の口コミで伝わる
アーリーマジョリティ(実利主義者)

初期市場からメインストリーム市場へと移行すると顧客がアーリーアダプタからアーリーマジョリティに変わります。アーリーマジョリティはアーリーアダプタに比べ非常に多く市場は大きく広がります。アーリーマジョリティは以下の特徴があります。

  • 求めるものは生産性を改善する手段
  • ビジョナリーが買ったからと言って買うとは限らない
  • 先行事例や信頼性、費用対効果を重視
  • マーケットリーダーから購入を求める(マーケットリーダーが競合よりも30%ぐらいまで高いのは許容する)
  • ベンダー同士を競争させる
  • 最高の品質やサービスに割増料金を払うのはいとわない。しかし差別化がなければ厳しい価格交渉も行う

なぜEVが失速したのか?

アーリーアダプタとアーリーマジョリティの差を比較すると、2025年にEV市場が失速した原因が分かります。費用対効果が低かったのです。アーリーマジョリティ層は内燃機関より価格が高く、性能も高くないEVには飛びつかなかったのです。

レイトマジョリティ(保守派)

これまでのやり方を重視し不連続なイノベーションを受け入れない人たちです。彼らは市場の1/3を占めます。従来、多くの企業がないがしろにしてきた市場ですが、その大きさを考えると無視できません。レイトマジョリティは以下の特徴があります。

  • これまでの慣習を重視し、今使っているものが役立つならずっと使い続ける
  • すべてがバンドルされている製品を格安の価格で買いたがる

② キャズムを超えられなかった原因

多くのハイテク製品がキャズムを超えられなかったのは、実は超えようとしなかったからです。アーリーアダプタとアーリーマジョリティは客層が違い、製品に求めるものも違います。初期市場で成功し、足掛かりをつかんだら、メインストリーム市場で成功するための製品の開発に、ただちに取り掛からなければなりません。
初期市場で成功するためには

  • アーリーアダプタは製品が画期的で業務を変革することを期待する
  • それを実現できる機能、品質を有すこと
  • 費用対効果や拡張性はそれほど要求されない

③ ホールプロダクトが必要

これがメインストリーム市場では

  • 顧客が求めるのはコアプロダクトに加えて、様々な拡張機能を持ったホールプロダクト
  • 競合が全くないのは、ダメな製品と思われる

従って初期市場からメインストリーム市場へ発展するためには、ホールプロダクトをいち早く開発しなければいけません。

1990年にゼロックス社からスピンアウトした文書管理技術のドキュメンタム社は、売上が低迷しキャズムに落ち込んでいました。そこで顧客の声を調べなおし、製薬会社の薬事規制担当というとてもニッチな市場をターゲットとしました。対象市場をこれまでの大手企業の複雑な文書管理に携わる人たちから、すべてを合計しても千人足らずのニッチな市場に絞ったのです。

製薬会社の新薬認可申請書は25~50ページに及び、膨大な情報を必要とします。そのため申請書の作成に数か月の期間と多額の費用がかかっていました。ドキュメンタムの文書管理技術は、申請書の作成期間を短縮し、問題を解決することができました。その結果、製薬会社40社の内30社が同社の製品を使用しました。そこから製薬会社の研究所、製造工場、そして化学薬品や石油精製工場へと市場を拡大しました。こうして同社はキャズムを超え売上1億ドルに成長しました。

初期市場を定める時、ドキュメンタム社は市場の大きさでなく、顧客の感じている痛みの大きさで決めたのです。

④ 3つの壁「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」

キャズムに似たものに魔の川、死の谷、ダーウィンの海があります。これは新規事業が成功するまでの3つの障壁です。

図 魔の川、死の谷、ダーウィンの海
図 魔の川、死の谷、ダーウィンの海
【魔の川】

基礎研究で技術は確立しても、具体的な市場のニーズに結びつかず製品に出来ずに終わってしまうことです。

【死の谷】

製品は出来ても、事業として収益を得ることができずに終わってしまうことです。事業化には、製造、流通、販売などの体制が必要で、そのためには資金も必要です。また全く新しい製品の場合、市場がないことも多く、製品ができても市場をつくることができずに終わってしまうこともあります。

【ダーウィンの海】

事業化ができて収益が得られるようになっても、競合との競争に勝たなければいけません。新しい技術の場合、既存の技術と置き換えることの意義やメリットが市場に認知され、製品が市場に浸透しなければいけません。この競争に勝てなければパイオニアとして市場に参入したのにも関わらず、退出を余儀なくされます。

⑤ 期待外れのホッケースティック曲線

ベンチャー起業家は投資家の求めに応じて、売上、利益が増加し続けるホッケースティック曲線を描くことが多いです。しかし現実にはそのようになりません。

図 ホックスティック曲線
図 ホックスティック曲線

キャズムの前に売上はしばらく停滞し、投資がかさみます。しかしキャズムを超えれば売上は増加し始めます。その後はメインストリーム市場の他のセグメントに顧客が拡大するに従い、成長と停滞を繰り返し、階段状に成長します。
投資家がホッケースティック曲線の事業計画を信じていればキャズムに陥り停滞が続くと、そこでその事業を見放してしまうかもしれません。

4. だから錬金術を使う

広告会社オグルヴィUK副会長ローリー・サザーランドは、著書「欲望の錬金術」で新製品や新事業が成功するかどうかは、錬金術の有無にあると言います。

彼のいう錬金術の根本には「人はロジック(論理)でなく心理(サイコ)ロジックで動く」と言うものです。しかし事業に関わる人の多くが論理で事業を進めようとして失敗します。

現に成功しているビジネスモデルのすべては、合理的な理由から人気があるふりをしていても、成功の大半は心理的な魔法のトリックを偶然発見したことによります。

例えば、グーグルやダイソン、ウーバー、レッドブル、コカ・コーラ、マクドナルド、アップル、スターバックス、アマゾンなどです。そしてこれらの企業のライバルが失敗した原因の多くは、ビジネスのアイデアはロジカルだったが、錬金術がなかったためうまくいかなかったからです。

① 人はロジックでなく感情で動く

投資家、金融機関、管理部門などの人は、合理的な考え方を望みます。しかし錬金術は常軌を逸した非合理なものです。
「人々が欲しているのはうんとクールな掃除機です」ダイソン

「…そしてこれが最高なのはあらゆる人々が無償で書いてくれることです」ウィキペディア

「とりわけそのドリンクは消費者がひどくまずいという味をしています」レッドブル

「…完全に正気の人々が、家で作れば数十円しかしない飲み物を500円払うと期待しましょう」スターバックス

どの投資家がこんな話を理解するでしょうか。

リスクを回避したい官僚や重役にとっても、狭量で型にはまったロジックは自然な思考法です。しかもロジカルな取り組みであれば失敗しても責めを負うことはなく、解雇されません。

2016年のアメリカの大統領選挙では、トランプもヒラリー・クリントンもアメリカに製造業の雇用を取り戻したいと考えていました。ヒラリーの解決策はアメリカ、メキシコ、カナダの三国間貿易交渉という論理的なものでした。しかしトランプの解決策は「国境に壁をつくってメキシコ人にその費用を払わせる」でした。

まさに職を失った中間層が望んでいた言葉です。トランプは実現する必要はありません。彼らの感情に訴えるだけで十分なのです。そして不合理な人たちは合理的な人たちよりはるかに強力です。

② 人は理解不能(ノンセンス)な理由で決定する

広告業界最大の発見の中で、「キュートな動物が呼び物の広告はそうでない広告よりも成功する」というものがあります。
ある電気会社のキャンペーンでは、1年分の光熱費が無料(17万円相当)の景品より、ペンギン型ナイトスタンド(2600円相当)に5倍以上の応募がありました。

広告にかわいらしい動物を使うのは、ばかばかしい(ナンセンス)と思われがちですが、実は理解不能(ノンセンス)な方が広告として有利なのです。

錬金術をうまく働かせるには本当はばかげているべきです。

値段が高くて、量が少なくて、まずい飲み物の方が顧客は効果が高いと感じます。もし医者が「悪性のがんを治療する薬を処方します」と言い、「好きなだけ飲んで構いません。味はいちご味とカシス味のどちらがいいですか」と言ったらあなたはどう思うでしょうか。

ある犯罪多発地域では、店の金属製シャッターは、「この地域が無法地帯というメッセージ」になっているのではないかという仮説を立てました。そしてシャッターにかわいらしい幼児や赤ん坊のイラスト(心を落ち着かせる効果)を描いたところ、犯罪が減少しました。これは経済学では説明できません。

③ よいアイデアの逆もまたよいアイデア

保険商品のパンフレットを以下の二種類用意しました。

  • 長い案内書 安心感を与えてくれる
  • 短い案内書 商品は簡単なものだと思え、安心感を与えてくれる

すると、そのどちらも効果がありました。案内書を短いものにするというアイデアはよいアイデアでしたが、案内書を長いものにするという逆のアイデアもよいアイデアでした。

図 逆もまた良いアイデア
図 逆もまた良いアイデア

④ 1×10と10×1は違う

経済学者にとって1×10と10×1は同じです。期待値を計算すれば同じだからです。実際は1×10と10×1は同じではありません。1回で1,000万円もらえるロシアンルーレットは10人くらいはやるかもしれません。しかしその10倍の1億円もらえても1人で10回のロシアンルーレットはやらないでしょう。

アマゾンは47人の顧客に1つの品物を売ることができます。しかし1人の顧客に47の品物を売ることは容易ではありません。一度に47回も品物を買えば、47回も配送の対応をしなければならず、1回くらいは誤配送があるかもしれません。(まとめて配送を選択すればいいのかもしれませんが)

⑤ 正しいプロセスは重要でない

多くの企業は正しい決定のため、市場調査を行います。

しかし、「市場調査の問題は、人々が何を感じているのか考えないこと、何を考えているのかを言わないこと、そして言う通りの行動をとらないことだ」と、広告産業に多大な影響を及ぼした「広告の父」、デイヴィッド・オグルヴィ氏は述べています。

実は正しいプロセスで決定することはさほど重要ではありません。iPhoneは顧客のニーズに従ってつくられたわけでも、フォーカスグルーブと繰り返し相談して開発されたわけでもありません。1人の精神が錯乱した男による偏執狂的な構想のたまものでした。
彼はこうスピーチしました。

「ハングリーであれ、愚かであれ(Stay hungry, stay foolish)」

起業家の本質です。

意思決定に論理を用いる必要はありません。最も貴重な発見は、最初は筋が通らないものです。筋が通ったものなら他の誰かがとっくに試しているでしょう。むしろ直感に反したものを試してみるべきです。

⑥ 行動の裏にある隠れた目的を刺激する

以下は隠れた目的を暴く偽の広告スローガンです。

  • 花 下心のある安価な贈り物
  • ペプシ コークがない時に飲むもの
  • 食器洗い機 汚れた皿を人目につかない場所に押し込むためのもの
  • 自宅のプール 水着姿で庭を歩き回ってもバカみたいに思われないこと

国家運営も同様です。共産主義国の計画経済がうまくいくには、人々が何を求め、何を必要としているかを官僚はすべて知っていて、その要望を適切に実現できるのが自要件です。現実にはそれは不可能です。人々の欲望を知るには試行錯誤が不可欠だからです。

⑦ 「自信」というプラシーボ市場

女性の化粧、ファッション、美容に多額のお金が費やされています。これが異性へのアピールでないことは明白です。異性へのアピールであれば体を覆う布が少なければいいだけです。その真の目的は、他人と比較して自分に自信と言うプラシーボを与えるためです。だから誰にも会わない自宅では、すっぴんにジャージなのです。

男性の化粧品市場は広がらないのは、男性の自信に美容(化粧)という価値観がないからです。男性の自信は容姿でなく財力や権力だからです。それを象徴するのが高級車や高級腕時計です。これは女性にラグジュアリーカーやヨットの市場が広がらないのと同じです。

最高級のワインのビジネスに関わる専門家も同じように考えています。実は最高級のワインとは典型的なプラシーボ市場です。ワインビジネスの専門家は自分が売っている商品には関心がありません。彼らは自らを「売春宿の去勢男」と表現します。「宣伝している商品に免疫があるから、自分は価値があるのだ」と。

効果的なプラシーボのルールは

  • 何らかの努力が注がれ希少性がある
  • 費用がかかる

などが挙げられます。

⑧ なぜ格安航空会社が航空券の価格に含まれていないものを説明するのか?

格安航空会社は、自社にないものとして「事前に割り当てられた座席、機内食、無料の飲み物、無料の機内預かり荷物」を丁寧に説明します。そして交換条件を明確に定義することで、顧客に格安航空券を受け入れてもらいます。その裏の意味は、運行はちゃんとしていて危険はないことを示すためです。

5. アイデアを記憶に残るようにするには

スタンフォード大学教授チップ・ハースとコンサルタントのダン・ハースは、著書「アイデアのちから」で記憶に焼き付くアイデアの原則を挙げています。

① 単純明快

3つ言うのは何も言わないのに等しい

1992年のアメリカ大統領選挙では、ビル・クリントンも政策通でなんでも答えたがったため、争点がぼけていました。選挙参謀ジェームズ・カービルは選挙スタッフに向けて「経済なんだよ、馬鹿(It’s the economy, stupid) 」と伝え、これにより争点は絞られました。対立候補の持ち出した財政再建は話題にならなくなりました。

不確実性があれば決定しない

トバースキーとシェイファーの実験に以下のようなものがあります。

学生に格安のハワイ旅行があると伝えて、期末試験の結果をその場で告げると、合格者の57%が「格好のお祝いだ」とハワイ旅行を決定し、また、不合格者の54%が「自分を元気づけるのによい機会だ」とハワイ旅行を決定しました。つまり格安のハワイ旅行があれば、合格しても不合格になっても半分以上はハワイに行くことを決断したのです。
しかし、試験結果を知らせない場合は、61%が旅行を決断しませんでした。つまり不確実性があると、人は決断しなくなります。

関心を引き寄せる謎かけ

読者をひきつける優れた文章はすべて謎かけで始まっています。つじつまの合わない問題を提示し、状況を書いた上で、読者を謎解きの世界に誘います。

② 意外性

1953年アメリカからトランジスタのライセンスを取得した東京通信工業の井深大は、世界初のトランジスタラジオを開発しようとしていました。当時できたばかりのトランジスタは出力が弱く、補聴器ぐらいしかできないと言われていました。そこで井深が掲げた言葉は「ポケットに入るラジオ」。この言葉に技術者は奮起し、4年後に本当にポケットに入るラジオTR-55を発売、東京通信工業はソニーという世界的企業になりました。

③ 信頼性

信頼は物語から

バム・ラフィンは10歳で煙草を吸い始め、24歳で肺気腫を患いました。禁煙を訴える公共キャンペーンCMは彼女を起用し、自らの体験談を語ってもらいました。肺気腫のせいで呼吸困難になった姿や背中の手術跡、辛い気管支鏡検査などを放映しました。この物語は多くの人の心をとらえ彼女は禁煙運動のヒロインになりました。彼女は31歳で亡くなりました。

図 物語は人に強く訴える
図 物語は人に強く訴える

煙草の害を論理的、医学的に説明するよりも、実際のこの物語の方が見ている人の感情に強く訴えたのです。

「なぜ買うべきなのか」理由のない広告

「私がピアノの前に座るとみんな笑った…でも弾き始めるとみんな黙った」
ジョン・ケープルズの1925年のコピーです。多くのすぐれたコピーにより伝説のコピーライターと言われた彼は

「広告が成功しない理由で一番多いのは、自分たちの達成したことで頭が一杯なあまり、なぜ相手がそれを買わなければならないのかを言い忘れてしまうことだ」

と語りました。広告は相手のメリットを中心に組み立てるべきなのに、大多数の広告はそうではないのです。

参考文献

  • 「欲望の錬金術」ローリー・サザーランド著 東洋経済新報社
  • 「キャズム2」ジェフリー・ムーア著 翔泳社
  • 「アイデアのちから」チップ・ハース、ダン・ハース著 日経BP社

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

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なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その3 ~格差の拡大とイノベーション~ https://ilink-corp.co.jp/17137.html https://ilink-corp.co.jp/17137.html#respond Wed, 06 Aug 2025 06:22:17 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=17137
【コラムの概要】

経済学者ゴードンは、20世紀の経済成長は特別な期間であり、今後は低成長が続くと主張。製造業の自動化やアウトソーシングで中間層の仕事が減少し、格差が拡大していると指摘します。また、IT革命は生産性向上に限界があり、AIが仕事を破壊しても新たな雇用を生み出していないため、政府の関与が不可欠だと論じています。

『アメリカ経済 成長の終焉』の著者であるロバート・J・ゴードンは、20世紀の100年間、経済が大きく成長したのは特別な期間であり、今後はこれまでのような成長は望めないと主張します。

なぜ20世紀の100年が特別な期間だったのかについては、「なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その1」で、イギリスの産業革命とアメリカの工業化、戦後のアメリカの黄金期について述べました。

また、「なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その2」では、新興国が貧しいままである理由や、日本が先進国の仲間入りができた理由について述べました。

今回は、これからどうなっていくのか、格差の拡大とIT・AIの寄与について述べます。

格差の拡大

生産性が向上すれば製品の価格は低下し、より多くの人が多くの商品を手に入れることができます。こうして消費は拡大し、経済は成長します。そして、多額の資本を製造設備に投入すれば能率は上がり、生産性は大幅に向上します。工場で働く人の賃金も上げることができます。

サービス業の賃金の伸び悩み

製造業の賃金が上がれば、それはサービス業の賃金にも影響します。発展途上の低賃金国では、中間層(中流の家庭)でもメイド、門番、運転手など、さまざまなサービスをする人を雇っています。30年前、中国に旅行に行った際、空港のトイレに「トイレットペーパーを渡す係」がいました。それだけのことで人を雇えるほど、当時の中国は賃金が安かったのです。

しかし、経済が成長し賃金が高くなれば、こうしたサービスの価格は相対的に高くなります。賃金が上がれば、相対的に製品の価格は安くなる一方、修理などのサービスは高くなります。こうして経済が成長すれば、壊れた電化製品は修理するより新しく買った方が安くなります。

こうした現象を経済学者ウィリアム・ボウモルは、サービス業の「コスト病」と呼びました。なぜなら、多くのサービス業は生み出す価値が変わっていないからです。ウェイトレスの生み出す価値は、1870年と1970年で同じです。しかし、賃金は大きく違います。ウェイトレスが生み出す価値は変わらなくても、ウェイトレスをやめて他の仕事に就いたときに生み出す価値は違うからです。だから、製造業の賃金が上がれば、ウェイトレスの賃金も上げなければ誰もウェイトレスをやらなくなります。しかし、生み出す価値は変わらないため、雇用主はできるだけ賃金を抑えようとします。

その結果、サービス業は常に賃金に下方圧力がかかります。また、サービス業の多くは労働組合がないか、あっても非常に力が弱いため、労働者は賃金の交渉力がありません。こうした理由から、サービス業の賃金は多くの国で横ばい、もしくは低下しています。

格差の拡大

そして、多くの先進国で雇用が増加しているのはサービス業です。先進国では製造業の雇用が減少し、その受け皿がサービス業です。その結果、ウェイトレスや美容師だけでなく、役所、教育、医療・介護など、あらゆるサービス業で賃金が伸び悩んでいます。

どこが労働力を吸収するのか

一方、世界の人口は増加し続けています。過去30年で世界の労働人口は10億人増加しました。これから30年でさらに10億人増加すると予想されます。この労働力をどうやって吸収するのかが大きな課題です。

製造業は自動化が進み、多くの工程を機械やロボットが行っています。自動車工場でボディをプレスし、溶接するのは自動プレス機や溶接ロボットです。人が主役となるのは最後の組立工程ぐらいです。

こうした工場で働く社員の多くが、生産計画や生産設備を考える事務職(ホワイトカラー)です。ホワイトカラーが高い賃金を得る一方で、かつて中間層を構成していた工場労働者の職は少なくなっています。

アウトソーシングと格差の拡大

格差が拡大するもうひとつの原因は、企業がコア業務以外をアウトソーシングするようになったことです。

「会社はなんのために存在するのか」について、ロナルド・コースは、「市場を通じてすべてやろうとすると手間がかかりすぎるようになったときに会社が組織される」と述べました。

それぞれの仕事を外部の人間に頼むと、仕事をうまくやってもらうための調整作業(取引コスト)がかかります。そのため、すべてを社外に委託すると、調整作業が多すぎて非効率になります。社員を雇用して自発的に仕事をするようにすれば、この取引コストが削減できます。

ただし、その仕事がずっとあればよいのですが、仕事のある時とない時があれば、社員を雇用すると問題があります。仕事のない時、社員を他の仕事に回さなければならないからです。変化の激しい今日、ある仕事がずっとあるとは限りません。しかも、インターネットにより外部に依頼する手間は少なくなり、外部に依頼する取引コストは低くなりました。こうして、仕事の外部への委託や派遣社員が増加しました。アウトソーシング先の社員や派遣社員は賃金が低いことが多く、格差拡大の原因になりました。

アメリカの課題

このサービス業の賃金下方圧力は、アメリカの格差を拡大させています。それは製造業の衰退と関係しています。

黄金時代の終焉とラストベルト

1950年〜1970年のアメリカの黄金時代は、第二次世界大戦中の高圧経済と、その後の高賃金による活発な設備投資によるものでした。1970年代以降、石油ショックもあってアメリカの製造業は苦境に陥ります。

ひとつは、第二次世界大戦中に政府の資金で大規模な投資をした設備が老朽化したことです。また、日本のような新興国が力をつけてきたため、競争力が低下しました。また、復員軍人の大学教育無償化のような教育補助がなくなり、教育の格差が拡大しました。しかも、アメリカは国家が予算を地方に配分するのではなく、地方自治体が独自に予算を獲得します。そのため、豊かな地域とそうでない地域でも、行政サービスや教育に格差が生じました。

格差の拡大

また、戦時中は軍需生産のため、多くの労働者(その多くは黒人)が南部から北部の工業地帯に移住しました。しかし、1980年代に入り、北部の工業地帯の製造業が衰退すると、それに代わる新たな雇用が生み出せませんでした。

アメリカの黄金時代である1948年から1972年の間、所得下位90%の実質所得の伸びは上位10%を上回りました。そのため、格差が縮小しました。それが一転して、1972年から2013年の間は下位90%の所得の伸びはマイナスに転じ、格差は拡大しました。

しかも、1950年から2010年の60年間に、シカゴは25.5%、クリーヴランドは56.1%、デトロイトは62.7%も人口が減少しました。これは、2001年以降、アメリカの製造業の雇用が600万人も減少したためでした。しかも、2009年から2013年の景気回復期に戻った人は60万人に過ぎず、その賃金は2001年より低い水準でした。

こうした格差の拡大によって、大半のアメリカ人はもう豊かではなくなっています。アメリカとフランスで比較すると、所得上位1%を除けば、残りの99%の世帯の所得の伸びは、アメリカよりもフランスの方がはるかに多いのです。

公的債務の上昇

日本では巨額の国の借金(公的債務)が話題になっています。しかし、アメリカも政府債務が上昇しています。議会予算局(CBO)の予想では、2038年には政府債務はGDPの100%に達します。図はアメリカの政府債務総額の推移(2001年〜2025年)を示すグラフです。右肩上がりで一貫して増加していることが分かります。

また、民間企業の設備投資も減少しています。資本ストックに対する純投資の比率は、1950年から2007年の間は平均3.2%です。しかし、2000年以降は低迷し、2013年は1.3%でした。アメリカ全体で見れば、生産性を高めるための必要な投資が行われていないのです。

アメリカの政府債務総額の推移
アメリカの政府債務の対GDP比

日本の課題

では、少子高齢化が進む日本の課題は何でしょうか。

この少子高齢化は、若年者の割合が減少する「少子化」と、高齢者の割合が相対的に増加する「高齢化」が同時に進行していることです。これによって、日本はさまざまな問題に直面しています。

少子高齢化

具体的には以下の問題があります。

  • 働き手の減少や消費の低迷により、経済成長が鈍化し、経済が低迷する
  • 高齢者の医療や介護、年金などの社会保障費が増加し、現役世代や国家の財政に重くのしかかる
  • 若者や女性が都市部に流出し、地方の人口減少、地域社会の衰退

起きなかったシニア消費

2007年には団塊の世代が定年を迎えることで、シニア消費が活発になることが予想されました。しかし、現実にはシニア消費は盛り上がらず、高齢化の進展とともに消費は低迷しています。

多くの日本人は年金生活に入ると、収入が限られることから消費を控えます。この点は、死ぬまでに財産を使い切るイタリアの老人たちと違います。多くの日本人にとって、お金が入ってくるから使うのであって、貯金を切り崩す生活は不安でしかありません。だから、少子高齢化は消費の低迷と経済の縮小をもたらします。

そこで期待されるのは、高齢者の労働参加やイノベーションです。

  • サービス業など低賃金化が進む中、収入を増やすために女性などこれまで働いていなかった層も働くようになりました。また、年金だけで不十分な高齢者の就業も増えています。こうした労働市場に加わる人が増えれば、経済は成長します。こうした人たちは、収入の分消費も増えます。
  • 技術革新やイノベーションを促進することで、生産性向上や新たな製品・市場が生まれることが期待されます。
  • 外国人労働者や留学生の受け入れは、少子高齢化の日本では労働人口が増加し、経済成長につながります。

従って、少子高齢化でも経済成長するためには、イノベーションが重要であるといわれています。本当にイノベーションは成長をもたらすのでしょうか。

イノベーションへの期待

ロバート・J・ゴードンのいう「1870年から1970年までの100年が特別な世紀」だったこの時代、電気、蒸気機関、自動車の発明は、私たちに物質的な豊かさをもたらしました。そして、生活や社会は大きく変わりました。鉄道や自動車は物流を大きく変えました。紡績の機械化により生産性を飛躍的に向上させ、安価になった綿製品が世界中に輸出されました。つまり、技術革新により、人々の賃金が増加するとともに消費が大きく増加しました。そして、こうした機械化を促したのは、イギリスやアメリカの高賃金でした。

TFPとイノベーション

鉄道や紡績の機械化などの新たな技術は、設備投資(資本)に対する効率を高めます。この経済成長は以下の式で表されます。

GDP増加率 = 労働投入量の増加率 + 資本投入量の増加率 + それ以外の要素の増加率(TFP)

ここで

  • 労働投入量の増加とは、国の人口の増加を指し
  • 資本投入量の増加とは、設備投資を指します

一方、人口や設備投資は変わらなくても、産出量(GDP)は増加します。これは技術革新があったためです。これをTFP(全要素生産性)、またはソロー残差と呼びます。

アメリカは、大戦中の大幅な設備投資の貯金が戦後の黄金時代を築きました。日本も戦後は荒廃した国土を立て直すために社会資本の整備に多額の税金を投入しました。しかし、1980年以降は設備投資は減少しています。しかし、設備投資の増加がなくても、技術革新があればGDPは増加します。この技術革新とはイノベーションです。

アメリカのTFPの伸び(成長率)について、ゴードン氏は次のように述べています。

  • 1920年〜1970年:1.89%
  • 1970年〜1994年:0.57%
  • 1994年〜2004年:1.21%
  • 2004年〜2014年:0.40%

つまり、技術革新による成長は、1920年〜1970年の間は経済成長をもたらしましたが、1970年〜1994年は大きく減速しました。1994年〜はITの発達で再び成長しましたが、2004年以降は減速したのです。

IT革命の果実の終焉

なぜIT革命の果実が2000年代前半に終焉を迎えたのでしょうか。 このIT革命についてソローは、「コンピューターは至るところで目にするが、生産性統計には見当たらない」と言います。つまり、コンピューターは食べられないし、どこかに連れていってくれません。1990年に読んでいた雑誌は、2020年にはスマートフォンになりました。しかし、読んでいる内容に変わりはありません。

ICT技術の進歩によって、物流、在庫管理、社内の業務(基幹システム)などは変わり、効率は改善され、これまで以上に多様な商品を短期間に提供できるようになりました。こうした経済効果は、1990年代のICT革命でほぼ出尽くしました。 一方、セルフレジやATMなど、これまで人が行っていた業務が無人化されました。飲食店ではタッチパネルによる注文が一般的になってきました。しかし、これによる生産性向上は、人件費の削減に限られています。今後、飲食店などサービス業でもロボットやAIが導入されても、だからといって顧客が2倍に増えたり、2倍の料理を注文するわけではないのです。

IT技術の進歩の鈍化

そして、ICT技術自体も頭打ちになってきました。これまで半導体の集積度は「ムーアの法則」に従い、2年間で2倍に増加してきました。

ムーアの法則と半導体のトランジスタ数

2010年以降、トランジスタの数の増加率はムーアの法則を下回るようになりました。(それでも増加しているので、半導体の性能自体は向上していますが)また、コンピューターの速度を表すクロックスピードは2003年以降変化していません。理由は、これ以上高速・高性能なコンピューターに対するニーズが減少し、多額の資金を投じて開発するメリットが弱くなっているからです。

AIは価値を生み出さない

このように、第二次産業革命のような大きな経済成長をもたらすイノベーションは、今のところ見当たりません。先進国は今後も低成長が続くと考えられます。その一方、新興国は工業化と輸出による成長モデルに乗り切れず、先進国に追いつけずに終わる可能性があります。

ITによる社会の変化に関して

  • 技術楽観派は、人の仕事はAIに代わり雇用が破壊される。その一方で、生産性が大きく伸びると考えます
  • 技術悲観派は、AIによる急激な雇用の破壊は起きる。その一方で、破壊される雇用と同様に新たな雇用は生まれる。しかし、生産性の伸びは低下すると考えます

今のところ、AIは新たな雇用を生み出すより、雇用を破壊する傾向が出ているようです。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授は論文「雇用の未来」で、アメリカの雇用のうち、47%が今後10年~20年以内にコンピューター化(AIやロボットによる自動化)されるリスクが高いと述べました。そこで代替リスクの高い職業として、定型的な作業の職種、事務員、レジ係、運転手、警備員、製造業の単純作業などが挙げられました。現実には、むしろ代替リスクが低いとみられていた創造性を必要とする職業、プログラマー、デザイナー、ライター、電話オペレーターなどがAIによって仕事を奪われています。しかも、奪われた仕事に代わるような雇用をAIは生み出していません。

アメリカの失業率は、2009年10%だったものが2016年には5%まで低下しました。しかし、労働生産性の伸びは2015年までの5年間で0.3%と低いままでした。労働生産性は時間当たりの生み出す付加価値なので、賃金が上がらなければ伸びは限られます。

問題は、良質で安定的な中間レベルの仕事が消えていったことです。ITの進歩やグローバル化の影響もあって、誰でもできる仕事は増えています。しかし、その賃金は低下しています。これが格差の拡大につながっています。

政府の役割

こうした状況を企業が変えるのは困難で、政府の役割が重要です。ロバート・J・ゴードン氏は以下のように主張します。

賃上げ

雇用主の力が強く、非正規雇用が多いサービス業は賃金が常に低いところに留め置かれます。だから、賃金の引き上げには政府による強制力が必要です。一般には最低賃金を引き上げれば失業率が増加すると言われます。しかし、労働需要があれば高い賃金でも雇用します。実際、最低賃金の引き上げが失業率を上げる兆候は見られません。

格差の縮小

このような環境では、格差は放置すれば拡大します。これを縮小するには、政府の関与が不可欠です。

例えば、累進課税のような所得税の税率の累進性を高めて、高所得者への課税を強化することです。

また、最低賃金を引き上げれば、企業は省人化・自動化を促進します。これは生産性をさらに高めます。しかし、サービス業ではロボット化による人の削減効果は低いため、雇用の減少は抑えられますが、それでも社会全体の雇用は減少します。そのため、政府による失業対策が必要です。失業者を政府が雇用したり、失業保険や休業補償を行ったりします。給付コストを抑えるために、全員に一律支給するベーシックインカムという方法もあります。

参考文献

『アメリカ経済 成長の終焉』ロバート・J・ゴードン著(日経BP社)
『資本主義が嫌いな人のための経済学』ジョセフ・ヒース著(NTT出版)
『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』ロバート・C・アレン著(NTT出版)
『新自由主義の暴走』ビンヤミン アッペルバウム著(早川書房)
『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』ライアン エイヴェント著(東洋経済新報社)

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なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その2 ~貧しい国々の問題とアジアの発展~ https://ilink-corp.co.jp/15851.html https://ilink-corp.co.jp/15851.html#respond Sun, 20 Apr 2025 06:07:08 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15851
このコラムの概要

発展途上国の貧困の原因は、私有財産制度や支配者の不在、植民地化と部族間の対立、豊富な鉱物資源に依存したため工業化が進まないなどがあります。対して日本を含むアジアの国々は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」により製造業を中心に経済成長を遂げました。
日本では政府主導による「富国強兵」政策によりインフラ整備と教育の充実が図られ、政府の介入で産業が育成されました。また高度経済成長期の需要の高まりが経済成長を支えましたが、バブル崩壊により低成長時代に突入しました。前回、高賃金がイギリス、アメリカの設備投資を誘引し、それが生産性の向上を実現し、イギリス、アメリカは世界屈指の工業国になりました。
では発展途上国はなぜ貧しいままなのでしょうか?

なぜアフリカが貧しいままなのか?

ヨーロッパやアメリカに比べ、新興国はなぜこうした発展の道筋に至らないのか、西アフリカの歴史を振り返ってみます。

農耕文明ができなかった

アフリカが貧しいのは、アフリカに農耕文明がなかったためです。1500年の時点で、農耕文明があったのは、西ヨーロッパ、中東、インドの一部、中国、そして日本のみでした。農耕文明には、私有財産制度と支配者の権力と徴税、そして社会体制が必須でした。さらに農耕文明を維持するためには、生産性の高い農業や商業を必要とし、そのためには読み書きや貨幣も必要としました。

原因は広大な土地と高い死亡率

アフリカは8世紀までの間にバナナ、ヤムイモ、タロイモ、豆などの作物がアジアからもたらされ、16世紀にはアメリカ大陸からトウモロコシ、落花生、タバコなどが入りました。こうして定住農村化し、出生率は上昇しました。しかし熱帯病のため死亡率は高く、人口は低いまま、中東、インドの一部、中国でしたなどのように増えませんでした。人口は低く、広大な土地は誰でも利用可能なため、土地の私有財産や土地の支配者の争いもありませんでした。皮肉なことに大規模な争いがなかったため、支配体制を基礎とする農耕文明に至らなかったのです。アフリカでは部族社会以上の大きな社会集団にはなりませんでした。

アフリカ人を引き付けたもの

こうしたアフリカの部族社会にヨーロッパ人がやってきました。彼らの持ってきた綿布、工芸品、そして銃などの武器にアフリカの人々は引き付けられました。そしてこういった商品を手に入れるために、金を採掘したり、ヤシの木を育ててヤシ油を搾ったりしました。

アフリカ人の手で行われた奴隷貿易

その後もっと手っ取り早い方法があることに気が付きました。奴隷です。元々アフリカでは強い部族が弱い部族を捕らえて奴隷とする文化がありました。そこで沿岸の部族は、こぞって他の部族を襲撃し捕らえた人々をヨーロッパ人に売り渡しました。こうして1500年から1850年の間に1千万人以上のアフリカ人が捕らえられて新大陸、あるいはアジアへと売られていきました。

部族間の対立を激化させた植民地政策

こうしたアフリカの部族たちは19世紀に入るとヨーロッパの国々の植民地にされます。ヨーロッパの宗主国は植民地を一部の部族に統治させました。これは同じアフリカ人の中で支配する層と支配される層の対立を生み、部族間の対立を助長しました。しかもアフリカの失業と低賃金は兵士の調達を容易にしました。こうした地域紛争が経済の発展を阻害し、低賃金化を一層進める悪循環に陥りました。

農産物の価格下落による貧困の助長と教育への障害

かつて奴隷、鉱物資源以外、アフリカの主要産品であったヤシ油は、アジアの国々がヤシ油に参入したため価格が下落しました。チョコレート原料のカカオもアフリカ各国が生産を拡大することで価格が下落しました。しかも国家は農民から低い価格で強制的に買い上げ農民はずっと貧困のままでした。ヤシ油の生産には圧搾などの加工が必要ですが、低賃金のアフリカでは機械化しても効果がないという「技術の罠」に陥っていたのです。低賃金でしかも不十分な教育のため生産は非効率でした。内陸部では物流コストも高く、企業同士のネットワークが不十分なため、たとえ製造業を立地してもアジアの国々には太刀打ちできなかったのです。

新興国のジレンマ

後述の日本は政府主導による「ビッグプッシュ型工業化」で先進国仲間入りをしました。これを見た韓国、台湾、中国が続きました。しかし国民1人当たりのGDPが先進国並みの豊かな国になるためには、新興国は先進国を上回る経済成長が長期間必要です。

それを実現する唯一の方法は、工業化を進め製造業を盛んにして輸出を拡大することです。これによって外貨の獲得と国内での再投資、雇用の拡大、賃金の上昇が実現します。しかし製造業が発展するには、単独企業でなく多くの企業のサプライチェーンが必要です。

早すぎる脱工業化のリスク

しかし国際的な物流網やサプライチェーンが発展し、様々なものがグローバルに調達できるようになったため、自国のサプライチェーンが構築される前に、すでに工業化のピークを迎える懸念が出てきました。経済学者ダニ・ロドリックはこれを「早すぎる脱工業化」と呼びました。

国際的な物流の発展と物流コスト減少により、「ベトナムで作った部品を中国で組立、それをメキシコの工場で自動車にする」こうしたことが日常的に行われています。ベトナムは部品の製造のみで、サプライチェーンの一部を担うにすぎません。そうこうするうちにベトナムの賃金が上昇すれば、企業は工場は他の低賃金国に移動します。これでは新興国は先進国に追いつくための経済成長が持続できません。

先進国に追いつく前に成長が鈍化

韓国の総付加価値における製造業の割合は1988年にピークに達しました。1人当たりのGDPは1万ドル、当時のアメリカの半分程度でした。インドネシアは2002年にピークに達し、その時の1人当たりのGDPは6,000ドル、インドは2008年にピークに到達し、1人当たりのGDPは3,000ドルでした。これらの国々は今後は製造業以外の産業で先進国に追いつくだけの経済成長を成し遂げなければなりません。しかし製造業以外の産業でこれだけの経済成長を実現できるでしょうか。

なぜ日本は先進国の仲間入りができたのか?

ではなぜ日本はいち早く先進国の仲間入りができたのでしょうか?

江戸時代の商業の発達と教育の需要

江戸時代を通じて日本の賃金は低く、資本を投じて生産性を高める意欲はありませんでした。幕末の江戸を訪れたヨーロッパ人は、なぜ馬車を使わないのか疑問に思いました。その理由は当時の江戸には低賃金で荷物を運ぶ人足に事欠かなかったのです。

当時農業の生産性を高める方法は、労働投入量を増やして、米の収穫後に小麦、綿、桑、菜種などを収穫することでした。一方周りが海に囲まれた日本は海運が発達しました。こうして安定した物流が実現し商業が発展しました。商業は読み書きの需要を高め、多くの子供が寺子屋で学びました。その結果、江戸時代の成人男性の識字率は50%を超え、世界トップクラスでした。

富国強兵政策

列強の脅威の中で船出した明治政府は「富国強兵」をスローガンに欧米諸国に追いつくことが第一の目的でした。そこで工業化を実現するため、内国税を撤廃し鉄道網を整備して単一の全国市場を創出しました。初等教育を義務化することで教育を浸透させました。

欧米の技術を日本向けに改良

一方近代的な銀行制度の確立には時間がかかりました。しかも不平等条約のため関税で国内産業を保護することもできませんでした。そこで政府自らがベンチャー資本家となり、直接経済に介入し、多くの官営工場が設立されました。設備は欧米から導入されましたが、それは低賃金の日本には高すぎました。そこで低賃金の日本で採算がとれるように欧米の技術を作り変えました。築地製糸場ではヨーロッパ式の機械を木製に作り変え、動力は蒸気機関でなく人力にした「諏訪式座繰機」が使われ、これは国内に広く普及しました。

図7 諏訪式座繰機(農林水産省HPより)

ミュール紡績機の代わりに地元の大工がつくることのできる「ガラ紡」が使われ、昼夜2交代で操業しました。

図8 ガラ紡績機5台を運転する 愛知県岡崎市の工場(Wikipediaより)

こうして資本を節約し、労働を増やすことで日本の綿紡績は20世紀には世界で最も安価になりました。

独り立ちするまでは補助金で支えた

1905年に官営八幡製鉄所が創業しました。しかし利益が出るようになるまで補助金が必要でした。その後第一次世界大戦でヨーロッパの造船需要が増大し、特需に沸きました。工業化を進み、1人あたりのGDPは大きく成長しました。大企業の賃金も上昇しましたが、農村や零細企業の賃金は低いままでした。

戦後の高度成長期

第二次世界大戦で軍事産業に重点を置いた工業生産は大きく破壊され、企業は解体されました。戦後、国は西洋との格差を縮めるため政府が主導する「ビッグプッシュ型工業化」を推進しました。かつてのような欧米の近代技術を日本の実情に合わせる資本節約型でなく、近代的な資本集約型を採用、1970年代には投資率が国民所得の1/3に達しました。こうして急速に資本ストックが整備され、日本は短期間に高賃金経済に転換しました。

国主導の鉄鋼業界の再編

鉄鋼業は代表的な資本集約型の産業です。戦前は最大でも八幡製鉄所の180万トン、アメリカよりも規模が小さく、低賃金の日本でも鉄はアメリカやヨーロッパよりも高価でした。通産省の指導により日本製鉄と八幡製鉄所の合併など鉄鋼業界が再編されました。鉄鋼業界の効率の高い最小生産規模は当時700万トンになっていましたが、新しくつくられた日本の製鉄所はこの規模を超えたため、効率でアメリカの製鉄所を超えていました。鉄鋼メーカーも積極的に設備投資や技術革新を行った結果、1975年には日本は最も安価で高品質な鉄を年間で1億トン以上生産しました。こうした鉄の1/3は輸出され、これがアメリカの鉄鋼業に大きなダメージを与えました。

高賃金でも低コストを実現

こうした鉄の利用先に自動車産業がありました。1960年代、日本はモータリゼーションが活況となって自動車の生産は拡大しました。日本の自動車メーカーは大規模な設備投資を行い、プレス加工から塗装、組立てまで一貫生産できる工場をつくりました。こうした工場では年間80万台の規模があり、高度に資本集約的な生産で高賃金でも低価格の自動車をつくれました。

一方で国内消費は、年功序列賃金、終身雇用など日本独自の慣行により、大企業の社員は賃金が増加し、これが住宅、自動車などの消費を押し上げました。さらに1960~1970年代高度成長期には経済の拡大に労働力の供給が追い付かず、人手不足から賃金が上昇しました。これにより大企業と中小零細企業の賃金格差が縮小しました。

バブル崩壊と低成長

日本の好景気は1991年の不動産と株のバブル崩壊で終わりを告げ、長いデフレの時代に入りました。ただしバブル崩壊はきっかけに過ぎません。低成長の真の原因は高度成長を可能にした条件がなくなったためでした。それは欧米との以下の3つの格差によるものでした。

  • 労働者1人当たりの資本
  • 労働者1人当たりの教育費
  • 労働者1人当たりの生産性

 この格差は1990年代までに解消されました。日本は欧米各国と同じになり、以降は欧米各国の技術進歩に伴う成長と同じ水準、毎年1~2%でしか成長できませんでした。

参考文献

「アメリカ経済 成長の終焉」ロバート・J・ゴードン著 日経BP社

「資本主義が嫌いな人のための経済学」ジョセフ・ヒース著 NTT出版

「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」ロバート・C・アレン著 NTT出版

この記事を書いた人

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企業不祥事と組織の問題 その6 ~組織文化とリーダーの問題~ https://ilink-corp.co.jp/15888.html https://ilink-corp.co.jp/15888.html#respond Mon, 14 Apr 2025 03:28:53 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15888
概要

企業不祥事と組織の問題 その3で日野自動車の排ガス・燃費不正問題、その4で三菱自動車の燃費不正問題を取り上げました。これらに共通するのは不正以外に方法がないところまで担当者を追い込んだ組織と管理者の問題でした。第三者委員会の報告書には従業員アンケートの結果、そこには無理な目標やできないとは言えない企業風土がありました。内向き組織の組織や現場を顧みないリーダーがどんな結果を招くのか、過去には挑戦戦争のマッカーサー元帥もそうでした。

企業不祥事にについて、以下のコラムで取り上げました。

コンプライアンスと内部統制について、「企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~

技術者に求められる倫理観と組織の問題について「企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~」

日野自動車で起きた排気ガス・燃費不正問題について第三者委員会の調査報告書から、「企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~」

三菱自動車の燃費不正問題について、第三者委員会の調査報告書から企業不祥事と組織の問題 その4 ~三菱自動車の燃費不正~

スバル・日産の完成車検査不正について、第三者委員会の調査報告書から企業不祥事と組織の問題 その5 ~スバル・日産の完成検査不正~

組織の問題について、日野自動車、三菱自動車の不正問題の第三者委員会の報告書では従業員アンケートの結果を掲載しています。社員が自社をどのように見ていたのでしょうか。

リーダーの問題について取り上げました。

社員は組織をどう見ていたのか

日野自動車の従業員アンケートの結果

日野自動車特別調査委員会は従業員9,232名にアンケートを行い、2,084通(22.6%)の回答を得ました。その中のいくつか抜粋します。

  • そもそも遅延している開発計画をさらに短縮させ、NOと言わせない開発プロセス
  • 計画段階で課題が曖昧なまま工数を検討させ、実際に課題が出てきても追加変更が発生しても元の日程のまま作業に突っ込む
  • 開発・評価が十分な時間がなく、うまくいく前提の日程しか組まれていない
  • 様々な国に向けて多くのモデルを開発、国ごとに法規制が異なるため開発リソースが不十分
  • 法規に適合する性能があるか、認定試験に十分な設備があるか、十分に検討せず、実車試験を開始してから問題が表面化
  • 現在の開発リソースではやりきれない製品ラインナップ
  • 万年赤字の製品や地域があるのに進出したことが評価され、天体は「進出を決めた上司の顔に泥を塗り、失敗を認めることになる」ため良しとしない
  • 仕切り会議フェーズは移行管理項目100%が移行条件で問題が残ったままでは次のフェーズに移行できないはずが、「条件付き移行可」で進めていた
  • マネージャーの能力・知識や自分の仕事をマネジメントできてなくても、上のいうことに素直に従うイエスマンが昇格する
  • 「問題解決ができない」「日程を守れない」と報告すると「こいつは能力が低い」と評価されてしまう
  • 「できない」と報告しても「どうしてできないんだ説明しろ」と言われてしまい、できないことを説明するのが難しく、できない状況を説明する時間がもったいないので業務を優先してしまう
  • 達成不可能な目標を精神論で乗り越えた社員が評価される風土がある
  • 見かけ上の成果を上げた社員が評価され、その後同様の影響力を行使するという悪循環
  • 組織改革をが続き組織の分裂や統合により従来の組織で対応していた役割が引き継がれずに三遊間が生まれる
  • 自分たちのやってきたことは正しいと思い込んでいる人たちにより変革が進まない
  • 今まで問題なかったのになぜ変えなきゃいけないんだ」「俺の言うことを否定するのか」など恫喝とも取れる態度で接する傾向がある
  • 経営層が決定を下すまでの情報収集や資料作成に必要以上に時間がかかる
  • 権限移譲が進んでおらずなんでも上の方にまでもっていく必要があるため、社長や役員へ報告・相談を行う、そこで何か一言コメントしなければならないと思った上の人がコメントするとそれが宿題になって雪だるま式に仕事が増える
  • 問題が発覚して日程に間に合わなければ担当者が開発状況を管理する部署の前で説明させられ責任を取らせる「お立ち台

アンケートの結果から、困難な目標や日程に対し、管理者は担当者をサポートするどころか、叱責して追い詰めるばかりで、具体的な解決策を提示になかった様子が伺えます。

三菱自動車の社内アンケートと社員へのヒアリング結果

特別調査委員会は2026年三菱自動車の開発本部及びMAEの社員4500人にアンケートを行い、849通の回答を得ました。主な意見を以下に示します。

  • プロジェクトの途中で営業部門からの意見で自動車のコンセプトや使用、場合によってはプラットフォームやエンジンの使用まで変更になることがある
  • MMCにおけるとりまとめは一般的なマネジメントではなく形式的な集約作業に過ぎず、取りまとめをしている者は、案件の実務を担当者に丸投げしている、また責任も担当者に押し付けている
  • エキスパートや担当部長が、開発目標の達成が困難である旨の相談に対して聞く耳を持たず「とにかく目標を達成しろ。やり方はお前らが考えろ」としか言わないため、相談しようという気になれない
  • 部署の上の人は部門の上の人に対してイエスマンの状態、下の者は無理だと思っていても上の人が更に上に「やれます」と言っているため、上に行っても無理なことが分かっているから言いに行けるところがない
  • 開発の現場を本社経営陣が把握していないと感じ、今まで開発現場の意見が上がっているはずだが、改善される様子はなく、開発現場では諦めに似た空気も出ている
  • 経営幹部が見て回っているところがなく、少しでも時間をかけて自分の目で確かめる行動をしてほしい
  • 過去の不祥事の際にそれに対する総括が社員に示されていない

図9 正しい情報が上がってこない

2011年に従業員に対して行ったコンプライアンスアンケートの結果、コンプライアンス問題としてアンケートに記載されていたことには以下のものがありました。

  • 競合他社がやっているとはいえ、燃費を上げるために実用上かけ離れたことをやること
  • 無謀な超短期日程、少ない人員で開発した自動車は極めて品質が悪い
  • リコール問題を起こす前と状況が似ており、再びリコール問題が起きるのではと危惧している
  • 虚偽方向などいまだに存在する
  • 納期を守るための偽造データの作成

また2009年から2015年にかけて行われた性能実験及び認証部における技術倫理問題検討会では以下の指摘がありました

  • 根本にある考え方=減点主義、事なかれ主義(自部門の責任ではないことを示したい)、コスト優先になっている(損費を減らしたい意識)
  • 悪い話は早く報告する姿勢を求められながらも、実際に報告すると怒られる→この体質改善が必要。不具合報告をした人が損をする体質を改善するべき
  • 技術的裏付け(試験結果も含む)なく妄想レベルでハードが決定される
  • 開発キックオフの時の技術構想が不十分(このシステム、開発期間で各規制、目標を達成できるか)
  • 開発キックオフ時の技術構想案についてできそうにないと感じても、できないことの証明がうまくできない
  • 検討のための時間を確保するのが難しい(別機種を開発している)ことも一因

技術開発の現場ではうまくいかないことや失敗は常に起きます。それを一人で解決するのは限りがあります。

多くの企業はこうした困難に対し、様々な部署や人が協力して克服しました。それがお互いに背を向けて自分の問題だけ見ていれば、組織の力が発揮できません。

過去にリコール隠しというコンプライアンス違反があった同社は、コンプライアンスに対するアンケートや企業倫理問題検討会を実施してきましたが。そこでは今回の不祥事の原因となるような問題も報告されていました。しかしこうした組織や管理者の問題は改善されませんでした。

組織とリーダーの問題

これまで見てきた日野自動車、三菱自動車、日産、スバルで起きた問題は、それぞれ企業固有の問題でしょうか。これらの問題は、経営陣や幹部社員が現場や社員を置き去りにして、業績や生産性を追求した結果、必然的に発生したものではないでしょうか。

そうならばこうした不祥事は、どこの企業でも起きるのではないでしょうか。

十分な検討や技術的な裏付けの元、目標が設定されていたか?

日野自動車、三菱自動車では、経営陣が技術的な知見に照らして実現可能性を再考することなく、担当部門や担当者に目標実現のプレッシャーを強くかけました。その結果、担当者を不正しか方法がない状況に追い込まれました。その背景に実力以上の製品ラインナップや開発期間の短縮がありました。そしてこうしたことが常態化したため、現場は疲弊し声を上げることもなくなっていました。

現場の疲弊は経営者にまで伝わっていたか?

完成車検査制度や惰行法による排ガス測定は、当時の自社のリソースから見れば無理な状況でした。にもかかわらず現場だけで解決しようとして、法規から逸脱してしまいました。スバルや日産の不正は、わずか数十人の完成検査員の不足が原因です。もし不正の影響の大きさ、発覚した場合の損失金額を考えれば、少なくとも経営者ならばいくらでも手を打つことができた問題でした。しかし経営者は問題を適切に把握できていませんでした。そして問題は現場から経営者に伝わらず、発覚して初めて経営者は知りました。その原因に以下の2つの要素が考えられます。

内向き組織と現場を見ないリーダー

内向き組織

日本社会はムラ社会といわれます。そして企業もムラ社会であると同時に、企業内部の組織もムラ社会を形成します。ムラの中では、ムラ(組織)を守ることが優先されます。時には会社全体の利益よりもムラが優先されます。例えばスバルでは老朽化した設備の更新は経営陣に訴えられず、現場が工夫して何とかしようとします。その結果が不適切な検査でした。

三菱自動車の性能実験部は、会社の中で、自分たちのムラの立場でもできないと言えませんでした。その結果楽観的な回答を経営陣にしていました。

こうした価値観の中に、こうした結果からもたらされる“性能の出ていない車”を買う顧客のことはあったのでしょうか。

現場・現実を見ないリーダー

製品全体を取りまとめるプロジェクト責任者が「担当した製品がどのようなもので、試験評価の結果がどうなっているのか」関心を持つのは当然です。評価は担当部署が行うとしても、評価状況を実際に見て、評価の担当者から直接話を聞き、情報を得るのはリーダーとして必要なことです。

それは職制を通じて上がってくる情報には様々なフィルターがかかっているからです。自分の目で見たことと、報告される情報を突き合わせて、初めて適切な判断ができるのではないでしょうか。

頑張ればできることと、頑張ってもできないことの区別

「できない」という報告をリーダーはどう理解したのでしょうか。燃費や排ガス性能にはトレードオフの要素があります。それでもチューニングによって改善できる余地はあるかもしれません。しかしそれは頑張ってできるのか、その判断は容易ではありません。それでも物理的な制約を超えて、「できない」ことが「できる」ようになりません。どれだけ頑張っても、船は空を飛べないし、飛行機は水に潜ることはできないのです。燃費に不利なスクエアストロークのエンジンで、他社のロングストロークのエンジンと同等の燃費性能を出すの、現実には可能だったのでしょうか。不可能を強要したのであれば、担当者に残された手段は不正しかありません。

戦場を一度しか訪れなかった将軍

官僚組織ではリーダーには部下から情報が自然と集まってきます。それに対し個々に指示を下せばリーダーの仕事はできます。しかし部下の報告だけで行う判断と、自ら現場を訪れ、現場の空気感に触れた判断は異なります。

北朝鮮の金日成が突如38度線を越えて始まった朝鮮戦争で国連軍を指揮したのはGHQのダグラス・マッカーサーでした。彼はずっと東京のGHQ本部で指揮を執り、朝鮮半島の戦場を訪れたのは1度だけ、しかも日帰りでした。彼には、夏服しか支給されず、氷点下の冬の朝鮮半島で戦うアメリカ兵のつらさをわかっていたのでしょうか。

朝鮮戦争では、突如北朝鮮軍の侵攻を受けた韓国軍は総崩れとなり国連軍(実態はアメリカ軍)も釜山にまで追い詰められました。しかしその後の仁川上陸作戦をきっかけに国連軍は反攻に転じ、北進を続けた国連軍はトルーマン大統領の意に反して中国国境付近まで進軍しました。この時、中国の周恩来首相はアメリカに「これ以上の進軍は許さない」と警告しました。しかし側近はマッカーサーの機嫌を損なうことを恐れ都合のいい情報しか報告せず、マッカーサーも中国の介入はないという思い込みがありました。そのため中国軍の行動を知らせる情報が入っても、よもや中国が参戦するとは思いませんでした。

11月1日彭徳懐が率いる30万人の中国軍が突如攻撃を開始、国連軍は多大な損害を出しました。国連軍は38度線まで後退し、マッカーサーはトルーマン大統領に原爆の使用許可を求めるほどうろたえました。

コールセンターの異常さを見た社長

花王のエコナクッキングオイル(以降エコナ)は特定保健用食品の許可を得たこともあり、年間売上が200億円、他社にはない強力な商品でした。グリシドールという物質には発がん性がありますが、エコナに含まれるグリシドール脂肪酸エステルは全く別の物質です。そしてグリシドール脂肪酸エステルがグリシドールになるという科学的な根拠はありません。

ところが2009年消費者団体が「エコナ=発がん性」と主張したことで、エコナの発売停止とトクホの取り消しを求める運動を展開しました。マスコミもこれを大きく取り上げました。花王はエコナの販売を自粛し、安全性の説明を続けましたが、報道は更に過熱しました。

花王の尾崎社長は、自らコールセンターに行って、電話が鳴りっぱなしの現場を見ました。「大量の電話がきて、その状態が続くのは異常なことだと。電話の中身はさまざまだったが、社員がかかりきりになるような事態は経営者として続けさせるわけにはいかない。いったん撤退して事を収め、そのうえで再出発しようと決めた。

…社長として安全かどうかという議論よりも、まずこの流れを止めないと会社の存続にもかかわると判断した。」

もし尾崎社長がコールセンターを訪れていなかったら、判断はどうなったのでしょうか。

参考文献

「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会
三菱自動車「燃費不正問題に関する調査報告書」 2016年8月1日特別調査委員会
日産自動車「調査報告書」2017年11月17日西村あさひ法律事務所
スバル「完成車検査の実態に関する調査報告書」2017年12月19日長島・大野・常松法律事務所
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
「ザ・コールデスト・ウィンター」デビッド・ハルバースタム 著 文藝春秋

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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なぜ経済は成長し続けたのか?これからどうなるのか?その1 ~イギリスとアメリカの経済成長の原動力~ https://ilink-corp.co.jp/15827.html https://ilink-corp.co.jp/15827.html#respond Fri, 21 Mar 2025 09:06:26 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15827
概要

イギリスが19世紀に世界最大の経済大国になったのは、科学技術の進歩に加えて、高賃金と豊富な石炭があったためでした。これにより紡績の自動化や蒸気機関が発展しました。19世紀後半にはアメリカも賃金が上昇し機械化が進展しました。第二次世界大戦では軍需生産に多額の投資が行われ、これが戦後は消費の増加や民間製品へ転換され、1950年代以降の経済成長になりました。しかし1960年以降は、製品やサービスの質は向上しましたが生活に劇的な変化はあまり見られなくなりました。

輝ける大英帝国の原動力

イギリスは19世紀の産業革命によって世界最大の経済大国になりました。当時、イギリスのGDPは世界の20%を占めていました。なぜイギリスはそのような大国になったのでしょうか。

科学技術の進歩

イギリスで産業革命が起きたひとつの原因は高度な科学技術があったからです。ロバート・ボイル、ロバート・フックやアイザック・ニュートンなどの科学者が数学、化学、物理で最先端の研究を行っていました。

しかしこうした科学技術があっただけでは、イノベーションを起こすことはできません。イギリスが産業革命の主役となったのは、他にも理由がありました。

高い賃金と紡績の関係

17世紀、綿製品は中国とインドが最大の産地でした。そこでつくられた綿製品はヨーロッパに送られ、ヨーロッパではそれまで主流だった亜麻織物や毛織物に綿製品が取って代わりました。綿糸は細いほど時間がかかるため、賃金の高いイギリスでインド製品と競合できたのは太糸の綿製品だけでした。

18世紀にはリチャード・アークライトが紡績の自動化に取り組みました。そして1760年代にはジェイムズ・ハーグリーヴズがジェニー紡績機を開発しました。さらにクロンプトンのミュール紡績機は、より細糸の自動化に成功し、細糸の低コストの製品が可能になりました。ただし当時紡績機を動かす動力は水車でした。そのため工場は川のある所にしか建てられませんでした。

この機械化した工場は当初は赤字でした。しかし粘り強く機械を改良した結果、低賃金のインドと価格で競争できるようになりました。1780年代アークライト型の工場がイギリスは約150ありました。対してフランスは4、インドは0でした。イギリスではアークライト型の紡績工場の収益率は40%もあり、投資しても十分な見返りがありました。こうしてイギリスでは工場の機械化が進みました。

図1 アークライト型紡績機

実はイギリスが高賃金だった原因は、伝染病の流行で人口が減少したためでした。対するフランスは人口が多く十分な労働力がありました。そのため機械化は採算が合わなかったのです。こうして綿工業はイギリス最大の工業部門になり、1830年にはGDPの8%を占めるまでになりました。

炭鉱と蒸気機関

1685年フランス人ドゥニ・パパンが世界最初の蒸気機関を試作しました。1712年にはトマス・ニューコメンがこれを実用的な装置として完成させました。この蒸気機関は当時炭鉱で排水ポンプとして使われました。売れないくず炭が豊富にあった炭鉱では燃料には事欠かなかったからです。

図2 ニューコメンの蒸気機関

こうして使われ始めた蒸気機関をジェイムズ・ワットらが改良を重ねました。19世紀の終わりには、同じ馬力を得るのに必要な石炭の消費量は当初の1/44にまで減少しました。こうして少ない石炭で動くようになった蒸気機関は経済的な動力源になりました。そして紡績工場で水力に代わって広く使われるようになりました。

紡績機も蒸気機関もできた当初、性能は低く、綿織物は人でつくつた方が、工場の動力は水車の方が優れていました。それを改良し続けたのは、綿織物は高賃金のイギリスは低賃金のインドに勝てなかったこと、蒸気機関は炭鉱の排水ポンプという用途があったためでした。

鉄道への応用

蒸気で動力が取り出せれば、次には蒸気で動く乗り物が考えられます。しかし重い蒸気機関は、舗装されてない悪路を走ることはできません。その一方鉱山や製鉄所は、鉱石や石炭を運ぶためにレールを引き、貨車を馬が引っ張っていました。

ウェールズのペナダレン製鉄所で1804年最初の蒸気機関車が使われました。蒸気機関車はその後改良されていき、1830年最初の一般用の鉄道リヴァプール・マンチェスター鉄道が開通しました。20年後の1850年には鉄道の総延長は1万キロメートル、1880年には2万5千キロメールになっていました。

図3 最初の旅客鉄道 リヴァプール・マンチェスター鉄道

蒸気船の誕生

一方蒸気機関の船舶への応用は、当初から世界各国で取り組まれました。1774年には最初の蒸気船がフランスで作られ、1807年にはアメリカのハドソン川で定期運航が始まりました。その後、蒸気機関が進歩し石炭の消費量が少なくなるに従い、遠距離航路で運用できるようになりました。それでも中国からイギリスへの航路は19世紀末までは帆船が使われていました。

誕生から100年間は経済への貢献はわずか

ニューコメンが蒸気機関を発明してから100年経った1800年ですら、蒸気機関のイギリス経済への貢献はわずかなものでした。しかし19世紀にはいると蒸気機関は広く使われるようになりました。この時期イギリスの労働生産性の伸びの50%は蒸気機関によるものでした。

アメリカの発展

今では世界屈指の工業国であるアメリカも19世紀には工業化でイギリスに及びませんでした。なぜアメリカの工業が発展したのでしょうか?

標準化と機械化

18 世紀当時、最先端機器のひとつが銃でした。この銃の部品はやすりなどの手作業で製造していました。部品同士の互換性はなく、戦場で部品が1つ壊れればその銃はもう使えませんでした。

ブランの互換性を持たせた製造方法

1760 年代、銃が火縄(マッチロック 式)から火打ち式(フリントロック式)に変わった頃、フランスのオノレ・ブランは、戦場で発火装置が壊れても交換できるように発火装置に“互換性”を持たせることを考えました。試行錯誤の末、ブランは発火装置の互換性を実現しました。しかしフランスでは職人の強い反対に遭い、互換性を持った銃の製造は普及しませんでした。

互換性に注目したトーマス・ジェファーソン

1785 年、(後のアメリカ大統領となる)トーマス・ジェファーソンはパリの銃工場を訪れました。そこで互換性を持たせたブランの製造方法を見ました。イギリスとの独立戦争が迫っていたアメリカは銃を大量に必要としていました。

アメリカン・システムで高い品質と生産性を実現

1774 年、ジェファーソンはアメリカのスプリングフィールドに銃を製造する工廠を設立しました。この工廠ではブランの製造方法で部品同士に互換性を持たせました。加えてフライス盤、ならい旋盤、水力式プレスなどの工作機械を開発し、品質の安定と高い生産性を実現しました。

この互換性を持った「標準化された製品」を大量生産する「アメリカン・システム」は、その後ミシンや自転車などの工業製品の製造に用いられ、アメリカの製品が世界中で求められる原動力になりました。

ロンドン万博でヨーロッパから注目

1851年ロンドン博覧会で、ヨーロッパの人々から辺境の地と思われていたアメリカから、芝刈り機など数々の機械や拳銃などの工業製品が展示されました。サミュエル・コルトの拳銃は、部品同士完全な互換性があり、バラバラにして他の拳銃と部品を替えても復元できたため、ヨーロッパで高い関心を集めました。

人手不足と高賃金

イギリスの例でわかるように、賃金が高ければ機械化への意欲が高まります。設備投資が行われ、資本集約的な生産になります。これがさらなる高賃金を引き起こします。こうして19世紀から20世紀初頭にかけて、イギリス、アメリカの生産性は高くなり、1人当たりのGDPは大きく増加しました。対して日本、韓国などアジアの国々は1950年以降活発な設備投資を追い風に1人当たりのGDPが大きく増加し、2000年代にはアメリカ、イギリスに肩を並べるまでになりました。

表 各国の一人当たりのGDPの変化 単位 : ドル

1820年1870年1913年1950年1973年1990年2010年
イギリス1,7063,1905,1306,93911,11618,71436,120
アメリカ1,2572,4455,3019,56116,68923,21448,112
日本6697371,3871,92611,43925,26842,831
韓国5766589458542,8249,74529,745
シンガポール6881,0251,3872,2928,72224,16162,792
中国6005305524399782,0167,569
インド5335336736198531,3593,176

貧しい国が貧しい原因

逆に貧しい国が貧しいままなのは、賃金が低いためです。賃金が低ければ設備投資をするよりも人が行った方が低コストです。そのため設備投資が行われず、生産性は上がりません。

高賃金がアメリカの生産性を高めた

19世紀後半人手不足だったアメリカはイギリスよりも賃金が高くなりました。広大な国土のアメリカはまだまだ人が足りていなかったのです。1890年代ジェイムズ・ヘンリー・ノースロップは高度に自動化した自動織機を発明しました。高度に自動化された織機は賃金の高いアメリカでは十分な利益を上げましたが、イギリスでは高すぎ普及しませんでした。

発明大国アメリカ

19世紀から20世紀にかけて、アメリカ人発明家の活躍も際立っていました。トーマス・エジソン、ライト兄弟、他にもモールス信号を発明したサミュエル・モールス、電気を発明したグラハム・ベル、草刈り機を発明したサイラス・マコーミックなど、優れた個人発明家がイノベーションをけん引しました。

アメリカに優れた発明家が多かった原因にアメリカの特許制度がありました。ヨーロッパと違いアメリカの特許制度は発明者の権利が強く守られていました。

イギリスでは発明内容の詳細な公開が義務付けられ、特許料も発明の5%に抑えられていました。対するアメリカでは発明者はライセンス供与による特許技術の売買が広く行われていました。そのためたとえ資本がなくても特許を元に資金を集めて事業を起こすことができました。

これにより1860年から1880年にかけて特許件数は急増し、その後1940年頃まで特許件数は高止まりしていました。

自動車大国アメリカ

ダイムラーが発明したガソリンエンジンで動く車は、ヘンリーフォードの大量生産システムにより劇的にコストを下げました。1910年人々の移動や物流は主に馬車でした。それが1910年から1930年の20年間で自動車が馬車にとって代わりました。馬糞が点々と残る泥の道が舗装した道路に代わり、1929年には世界の自動車登録台数の90%がアメリカでした。

変わるアメリカ人の生活

移動の自由度が拡大したことでアメリカ人の生活は大きく変わりました。

① 都市間の鉄道の開設で物流が大きく改善されました。

② 都市内の移動は鉄道馬車から電気鉄道へと急速に移行しました。1904年にはすでにニューヨークで地下鉄が走っていました。

③ 自動車が普及したため、人々は職場から離れた郊外に家を買うようになりました。そして休日には 遠く離れた店に買い物に行くようになりました。

アメリカの黄金時代

こうして世界で最も進歩した工業国となったアメリカは1950年代から1960年代にかけて、その黄金時代を迎えました。その一因は戦争にありました。

戦時中の高圧経済

第二次世界大戦は国を挙げての総力戦でした。そのためアメリカ政府は軍需生産の拡大に大量の資金を投じ、政府の資金で各地に工場が建てられました。ミシガン州フォードの工場では5万人が働き、最盛期には1か月で432機のB-24爆撃機が作られました。戦時下の愛国心のため労働者の意欲は高く、労働者は効率が上がることなら、どんどん提案しまし、工場は高い生産性を実現しました。カイザーの造船所でつくられた戦時輸送船は、当初1隻に8か月と見込まれていた期間が、数週間に短縮されました。最短では4日で完成しました。こうした軍需生産と輸出の拡大による経済の急速な成長を、アメリカの経済学者 アルヴィン・ハンセンは「高圧経済」と呼びました。

戦後、軍需生産は急速に減少しましたが、多くの軍需工場はいち早く民需製品に転換しました。戦時中、消費を我慢した国民の消費(繰延需要)への欲求は高く、さらにヨーロッパは生産設備が破壊されたため、アメリカ製品の格好の輸出先となりました。

一方政府は戦時中に導入した所得税や消費税などの課税制度を戦後も維持しました。高い税収を背景に財政支出も高水準を維持しました。さらに連邦準備制度(FRB)が金利を低く抑え、民間の投資や消費を促進しました。これら一連の政策によりアメリカは1950年代から1960年代にかけて高い経済成長率を維持したのです。

大躍進と高圧縮

このアメリカの黄金時代「大躍進(グレート・リープ)」は、格差の縮小「大圧縮(グレート・コンプレッション)」をもたらしました。政府は復員軍人の大学教育を無償化、多くの若者が高等教育を受けました。加えて労働運動の高まりもあって賃金が上昇、これが設備投資を拡大させました。こうした設備投資の拡大と生産性の向上は商品の価格を低下させ、それがさらに消費を拡大する好循環が生まれました。

豊かな生活

アメリカ人の生活を1900年、1960年、2000年を下記の表で比較しました。1900年から1960年の間に、第二次産業革命により自動車、冷暖房、テレビ、ラジオなど様々な製品やサービスが現れました。これにより人々の生活は大きく変わりました。

一方1960年から2000年にかけては、製品やサービスの質は向上したものの、生活を大きく変えるような製品は多くありません。2000年以降スマートフォンが出現し、私たちの生活は大きく変わりました。しかしスマートフォンによるGDPへの直接的な影響は限られています。

表 1900年、1960年、2000年の生活の違い

1900年1960年2000年
移動手段馬、鉄道馬車自動車自動車・飛行機
住居戸建(冷暖房なし、薪、井戸)戸建(冷暖房、ガスレンジ、水道)
食事肉、野菜を自宅で調理プラス 多様な加工食品格差(貧困層の肥満)
娯楽・通信劇場(富裕層、都市)テレビ、ラジオ、映画プラス 携帯・ネット
健康37%が感染症で死ぬ死因の60%が三大慢性病

一方1900年から1960年の間の人々の生活の変化の中にもGDPに現れないものもあります。例えば

  • 冷蔵貨物列車がつくられ新鮮な肉類が手に入るようになった
  • 自動車が馬に代わり都市の糞尿問題が解決した
  • 1890年には22%だった乳幼児死亡率が1950年には1%にまで減少
  • 上下水道が完備され、水汲みや排水を捨てに行かなくてよくなった上、コレラなど感染症の危険が減少

つまり1870年から1970年までの100年間の発展は、GDPの大きさで評価すれば、過小評価してしまいます。実際はこの100年間、金銭的な変化に加えて質的な変化も伴っていました。人々にもっと大きな豊かさをもたらしたのです。

情報通信(IT)革命は豊かさをもたらしたのか?

情報通信技術の発展は、企業の生産性向上や新しいビジネスなど、様々な変化をもたらしました。例えば1990年代の米国経済では、ITを中心とした設備投資の拡大が長期的な成長の要因と言われています。これは産業革命に匹敵する変化として「IT革命」と呼ばれました。

本当にICT革命は豊かさをもたらしたのでしょうか。これについては、別の機会にお伝えします。

参考文献

「アメリカ経済 成長の終焉」ロバート・J・ゴードン著 日経BP社

この記事を書いた人

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企業不祥事と組織の問題 その5 ~スバル・日産の完成検査不正~ https://ilink-corp.co.jp/15727.html https://ilink-corp.co.jp/15727.html#respond Mon, 10 Feb 2025 05:11:08 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=15727
このコラムの概要

国が定める基準に適合していることを国に代わってメーカーが行う「完成検査」で、日産は完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていました。同様のことがスバルでも行われていました。さらにスバルでは燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えも行われていました。なぜこのようことが起きたのか、その背景には余裕のない人員配置とそれを解決するため現場が創意工夫する文化がありました

これまで日野自動車、三菱自動車の燃費不正問題を取り上げました。しかし問題は開発現場だけでなく、製造現場でも起きていました。高い現場力を誇る日本の工場で何が起きていたのでしょうか?

スバル、日産の完成検査不正を取り上げました。

完成検査とは

自動車の場合、本来は新車であっても1台1台の車のブレーキなど走行性能や排気ガスなど環境性能が、国が定める基準を満たしているかを陸運局の検査場に持ち込んで検査を受けなければいけません。


しかし日々生産される車を1台1台検査場に持ち込んで検査するのは大変なので、メーカーが国が定める保安基準や品質基準に適合していることを工場で検査することで検査場の検査を受けたことにしています。これが形式指定制度で、メーカーが行う検査が「完成検査」です。この検査内容は車検に準じて国が定めています。

この完成検査を行う検査員の資格については、「完成検査に従事する検査員は当該検査に必要な知識、及び技能を有する者のうちあらかじめ指名された者であること」と国は定めています。つまり検査員の資格、技量はメーカーが決めることができます。

ところが日産、スバルの工場は自分たちが決めた完成検査員の資格を持っていない作業者に完成検査をさせる不正行為を行っていました。

日産の不正行為

2017年9月18日、国土交通省は日産車体の湘南工場を抜き打ちで立ち入り検査しました。その結果、完成検査員の資格のない者が完成検査を行っていたことが発覚しました。9月29日、日産の国内6工場で、無資格者が完成検査を行っていたことが判明しました。


2017年10月、2014年1月6日から2017年9月19日に製造された38車種、約116万台(スズキや三菱自動車などのOEMも含め)をリコールすることを発表しました。その費用は約250億円と推測されます。

日産の完成検査員の資格

日産の規定では、検査員になるには以下の条件が設けられていました。

  • 従業員(嘱託、期間従業員を含む)
  • 次のいずれか
    (1) 高校、短大、高専、大学、職業訓練校で機械、あるいは自動車の構造に関する学科を履修した者)
    (2) 3級以上の自動車整備士
    (3) 完成検査担当課長が行う講習を受け、理解度試験で80点以上
  • 下表に示す補助検査業務に従事し基礎的技能を有していると完成検査担当課長が認めた者
区分テスター検査最終検査排出ガス検査車両試験
経験期間2か月1か月6か月6か月

補助検査業務期間中は、補助検査員は単独で完成検査はできないため、完成検査員の付き添いが必要です。また補助検査員は完成検査表にも記入できません。完成検査表に押印する印鑑(完検印)は、完成検査員のみに渡される仕組みでした。

不正検査の実態

2016年8月、日産はノートの生産を日産九州から追浜工場に移管しました。それに伴い追浜工場の操業を昼のみから昼夜二交代に変更しました。これにより人員が不足したため、期間従業員を多数雇用し補助検査員にしました。補助検査員に完成検査員の完検印を貸与し、単独で完成検査を行わせていました。


この補助検査員が完成検査を行う行為は日産では1990年頃からありました。しかし国土交通省や日産本社の内部監査の際は、完成検査員のみを完成検査ラインに配置してこのことを隠蔽していました。つまり現場の管理者は、補助検査員単独で完成検査を行うことは不正とわかっていました。しかしこのことは品質課長以上の役職者は全く知りませんでした。品質保証部長や品質保証課長は日々の業務を係長以下の現場の社員に任せ、現場の実情をよく把握していませんでした。


同様に栃木工場、日産九州、日産湘南でも補助検査員による完成車検査は常態化していました。

原因

実際の現場は完成検査員が十分におらず、習熟した補助検査員が完成検査を行わなければ完成検査ラインは回らなくなっていました。ラインの人員配置はギリギリで、完成検査員が補助検査員に付き添って指導するゆとりもありませんでした。一方検査工程に習熟していれば、完成検査は適切に行われているため、資格がなくても問題ないという考えが現場にありました。


こうした要因として日産では工場の自立性を重んじ、一人一人の作業者の創意工夫を評価する文化がありました。現場は与えられた人員で、目標を達成するために自ら考え様々な工夫をしました。これが補助検査員が完成車検査を行う原因のひとつでした。その際、「これが法規違反になるのかどうか」、そして「どのような影響を及ぼすのか」を深く考えることはありませんでした。

スバルの不正行為

2017年の日産の完成車不正検査を受けて、スバルでも社内で調査した結果、日産と同様の事例が本社工場、矢島工場であったことが分かり、10月に公表しました。そして12車種25万台がリコールとなり、その費用は250億円に達しました。

スバルの完成検査員の資格

スバルの規定では、完成検査院は以下の条件が設けられていました。

  • 正社員、期間従業員、派遣社員
  • 下記のいずれか
    2級整備士 かつ完成検査の補助業務2か月以上
    3級整備士 かつ完成検査の補助業務3か月以上
    自動車の構造等に関する80時間講習受講 かつ完成検査補助業務6か月以上
  • 登用前教育を合計24時間トレーナーから受ける
  • 修了試験の結果が80点以上である

スバルの完成検査員の規定では、整備士資格がない場合、補助検査員の育成には6か月もの間、完成検査員が付き添わなければならず、日産よりも現場の負担の大きいものでした。

不正問題の経緯

現実には、登用前の補助検査員が単独で完成検査を行い、検査印は完成検査員から借りて押印していました。しかし国土交通省や社内の監査には、正規の完成検査員のみが検査を行っていると報告しました。この問題に対して、スバルは外部調査チームが調査を行い、調査報告書を2017年12月19日に国土交通省に報告しました。


ところが2017年12月に燃費・排気ガス抜き取り検査において測定データ書き換えの疑いが見つかりました。再度社内で調査を行い、2018年4月27日に調査報告書を国土交通省に提出しました。


しかし2018年5月には国土交通省の立入検査において、燃費・排気ガス抜き取り検査でエラーが発生した測定値を有効としていた疑いが発覚しました。再び調査を行い2018年9月28日に国道交通省に調査報告書を提出しました。


その後も2018年10月の国道交通省による立入検査で、完成検査工程で不適切な検査が行われていたことが判明し、2018年11月5日国土交通省に報告しました。


その結果、合計4回にわたり不正や不適切な検査が見つかりました。これによる累計リコール台数は53万台に上り、リコール費用の合計も320億円以上となりました。

発覚した不正

排ガス・燃費測定時に発生したエラーのデータを書き換えなかった

燃費・排ガス測定は、完成車を抜き取ってシャシダイナモ上で既定のモードで運転して排ガス・燃費を測定します。その際JC08モードで規定された走行から逸脱した時間(トレランスエラー)が2秒を超えると検査はやり直しになります。やり直しにならないように、測定データの逸脱時間が2秒を超えた場合ゼロに書き換えていました。


理由は検査をやり直すとその車の走行距離が50kmを超えてしまうからです。走行距離が50kmを超えてしまうとスバルの社内規定では新車として販売できなくなります。そのため検査のやり直しとなると別の車を抜き取って再試験しなければなりませんでした。そのため再試験は時間がかかり、その月の車両抜き取り計画も達成できなくなります。しかもこのトレランスエラーの原因には、試験での運転ミスや運転の技量不足もありました。だからこうした現場のミスが指摘されるのを避けたかったこともありました。

測定環境の湿度を規定値に書き換え

燃費・排ガス測定環境は、温度25±5℃、湿度が30~75%と定められています。しかし湿度が規定を外れた場合、数値を規定以内の値に書き換えていました。原因は、測定室が古く、冬場は湿度が規定値より下回るためでした。

ブレーキ検査での不正

後輪ブレーキ制動力の検査中にハンドブレーキを引いたり、規定以上の踏力で踏んで、規定値に入るように操作しました。またハンドブレーキの検査では後輪ブレーキを踏んだり、規定以上の力でハンドブレーキを引いて検査結果を規定値に入れていました。ただし国の保安基準で定めるブレーキ検査は、実際の走行状態からブレーキをかけて停止して制動距離を測定します。そのため、今回の不正は国の保安基準には違反していませんでした。


一方タイヤの切れ角を検査する舵角検査は、完成検査工程の一部です。しかしテスタの値が合格にならない場合、手で車体やタイヤを押して規格内に入るようにしたり、逆に最大舵角が検査規格より大きい場合、ハンドルを戻して規格内にしたりしていました。

その他

他にもスピードメーター検査、サイドスリップ検査などで不適切な検査方法が行われていました。

原因

第三者委員会の調査報告書は以下を原因として挙げました。

余力のない検査工程
  • ライン上の全数検査の場合、ピッチタイム(タクトタイム)内で必要な項目を検査しなければならない。そのため不安な個所があっても再確認できない。
  • 完成検査員は法規制の変更に合わせて検査工程の見直しなどの事務作業も担当していた。そのため業務負担が増大していた。
  • 本社工場の試験棟が老朽化し、温度や湿度が規定値に入らなかった。
  • ブレーキテスタが老朽化し、正常な車体でも異常となった。
不適切な行為を防止するシステムが弱い
  • 排ガス・燃費測定データは容易に書き換えできた。
  • 不適切な行為があった場合、それを事後検証するプロセスが不十分だった。
  • 現場の実務者が、設備の能力不足など工程能力を改善する必要を上位管理者に伝えていなかった。
その他
  • 検査員は規則を遵守する意識が乏しい。
  • 完成検査制度を適切に理解していない。
  • 作業のやり方や作業者の教育が現場任せになっていて、不適切な作業も「以前からこうやっている」と疑問を持たない。
  • 完成検査業務に対する経営陣の認識、および関与が不十分だった。

現場力がコンプライアンス違反を招く

欧米の工場は作業者はマニュアルに忠実に従って作業することが求められます。作業者が自らやり方を創意工夫することは基本的には許されません。対して日本の工場は作業者が率先して創意工夫し改善することが求められます。作業者にそれだけの裁量が与えられていますが、勝手に変えていいわけではありません。上司や生産技術などの部署と相談して改善することになっています。

上司より強い作業者

実際の現場は日々変化しています。材料、環境の変化に応じて日々製造条件を調整しています。この時どこまでが作業者の権限で変えてよく、どこまでが上司の決裁が必要なのか、あいまいなことがあります。


また上司が他の部署から移動して、現場についてはベテランの作業者の方が上司よりも詳しいことがあります。上司は自分がわからないことをベテランに聞くこともたびたびあります。そうなるとベテランの作業者の意見が通る現場になります。確かにベテランの作業者は豊富な経験があります。しかしそれはこれまでの法規制や安全規制の中での経験です。そのやり方はこれまでは問題なくても、これからは問題になるかもしれません。

忙しい、間に合わない

そうした中で、人員削減、生産性向上など、これまで以上に現場に負荷がかかっています。その結果、何かを犠牲にしなければ計画通りにできず、その犠牲になるのは検査や確認なとです。「これまで問題なかった」「検査で問題が見つかったことはない」こうした経験から、「忙しい・間に合わない」状況に陥ると、検査や確認が省略されます。あるいは不合格品を無理やり修正して合格品にしてしまいます。これが常態化すると少しぐらい規定から外れてても問題ないといった考えに至ります。

不正を防ぐ組織と人

こうしたベテランの過信は他の業界でも大きな事故や問題が起きています。こうした問題を防ぐためにはトップが「コストや納期よりも重視すべきこと」を明確にし、それを守る組織と人の育成が必要です。

参考文献

日産自動車「調査報告書」2017年11月17日西村あさひ法律事務所
スバル「完成車検査の実態に関する調査報告書」2017年12月19日長島・大野・常松法律事務所

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企業不祥事と組織の問題 その4 ~三菱自動車の燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/14579.html https://ilink-corp.co.jp/14579.html#respond Tue, 21 Jan 2025 23:23:23 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=14579
このコラムの概要

三菱自動車で起きた燃費不正問題について第三者委員会の調査報告書を読み解くと、不正以外に手段がない状況に追い込まれた担当者の姿が見えてきます。なぜリコール隠し事件の結果、コンプライアンス強化に取り組んだ同社で不正問題が起きたのか、そこには組織とリーダーの課題が見えてきます。これは同社以外でも起こりうる問題です。

排気ガス、燃費などの不正が2000年以降相次ぎました。

そこでコンプライアンスと内部統制について、「企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~」で取り上げました。

また技術者は、技術の専門家として高い倫理観が求められます。この工学倫理について「企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~」で取り上げました。

これまでに起きた不祥事の原因は、コンプライアンスや倫理観の欠如だけではないのです。そこで日野自動車で起きた排気ガス、燃費不正問題について、一般的な報道では語られなかった原因を「企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~」で取り上げました。

今回は三菱自動車で起きた燃費不正について、第三者委員会の調査報告書から掘り下げて考えます。

燃費不正の発覚

三菱自動車は、2013年6月から生産する「eKワゴン」「eKスペース」と日産にOEM供給する「デイズ」「デイズルークス」の4車種の国土交通省に提出した燃費試験データに虚偽があったことを2016年4月発表しました。

対象台数は三菱自動車が販売した15.7万台、日産が販売した46.8万台、合計62.5万台に上りました。

きっかけは2015年秋に提携先の日産が燃費を測定したことでした。

そこで、燃費の実測値が国土交通省の届出値と大きく乖離したことで不正が判明しました。

これに対し三菱自動車は顧客に補償金10万円を支払うこととし、650億円の特別損失を計上しました。消費者庁は三菱自動車と日産に対し、景品表示法の優良誤認違反として4億8,507万円の課徴金納付命令を発出しました。

この問題を理解するためには、国交省の型式指定における燃費測定について理解する必要があります。

燃費測定の技術的背景

開発した車が国交省の型式指定を受けるには、形式指定審査に必要な燃費や排ガスなどのデータが必要です。その際に燃費や排出ガスが国の基準を下回れば、減税や補助金を受けることができます。

従って試験データの改ざんは重大な法令違反になります。

この燃費試験データは、大型車の場合は実車での測定が困難なため、エンジン単体での試験でした。

乗用車は実際の走行データ

一方乗用車の場合は試験室のシャシーダイナモメーター上で試験自動車を実際に走行させます。

その際、実際の走行条件と同じになるようにシャシーダイナモメーターに一定の負荷を与えます。この負荷の大きさは国が定めた方法で実車を走行させて測定します。燃費試験データを国に提出する際は、この走行試験データも国に提出します。

<h4>走行抵抗の測定方法</h4>

この走行抵抗は、ころがり抵抗と空気抵抗の2種類があります。これは以下の式で計算します。

走行抵抗の計算式

この走行抵抗の測定方法には、惰行法と高速惰行法がありました。

惰行法

指定速度+5km/hで変速機をニュートラルにして、指定速度-5km/hに達するまでの時間を測定します。

指定速度は20, 30, 40, 50, 60, 70, 80, 90km/hの8段階あります。

測定は往路・復路各3回ずつ行い、その平均値を求めます。測定値の最大と最小の比が1.1を超えた場合は、再度測定しなければいけません。

高速惰行法

速度を150km/hまで上げて5秒間保持した後、変速機をニュートラルにして、1秒ごとの速度、又は速度が10km/h低下した時の時間を記録します。

測定は速度が10km/h以下になるまで行い、往路、復路各3回ずつ行います。

従って高速惰行法の方が測定は短時間にできます。

国の指定は惰行法

1990年当時の運輸省は「型式指定審査の負荷の測定方法は惰行法によること」と決定しました。

一方、アメリカは高速惰行法の1種コーストダウン法です。

惰行法は速度が8種類もあるため測定には時間がかかります。実走試験はその日の気温や風の影響も受けます。

測定した結果、測定値の最大と最小の比が1.1を超えれば、測定はやり直しです。

他社も違反していた

今回、三菱自動車の燃費不正問題を受けて、国交省は各メーカーに調査を指示しました。

その結果、スズキも惰行法でなく、実験室の風洞で空気抵抗を測定し、走行抵抗を算出していたと報告しました。原因は、スズキの相良テストコースは横風が強く、安定した測定が困難だったためでした。

逆算プログラム

三菱自動車は1990年に形式指定審査に惰行法が採用されたとき、惰行法で測定することも検討しました。

しかし測定に時間がかかるため、測定は高速惰行法で行い、高速惰行法の測定結果から惰行法での走行抵抗を計算する逆算プログラムを作成しました。そしてその結果を惰行法で測定した結果として国に提出していました。

2000年代 三菱自動車の苦境

三菱自動車は1990年代には「パジェロ」などRVがヒットし、1995年には国内3位のシェア(11%)を獲得しました。

その後も拡大路線を進みましたが、競合他社との競争が激化したことと、RVブームの終焉により国内シェアは低下しました。

2000年にはシェアは6.9%に低下し、行き過ぎた設備投資による巨額の負債が経営を圧迫しました。その結果、2000年にダイムラー・クライスラーと提携しました。

しかしその後も業績は低迷し、2003年に2,154億円、2004年には4,747億円の損失を計上しました。

さらに子会社の三菱ふそうで2000年と2004年にリコール隠し事件が起きました。これをきっかけに2004年にはダイムラー・クライスラーとの提携が解消されました。

危機に瀕した同社は三菱グループから約6,000億円の支援を受け、さらにコスト削減を徹底した結果、2006年には黒字化を実現しました。

開発人員の減少と日産との提携

この徹底したコスト削減は、同社の開発力に影響しました。

開発本部の人員は2004年に2,753人だったものが、2006年には2,383人と370人も減少しました。不正問題が起きた性能実験部は2004年から2年間で30人が退職しました。

研究開発費は2004年の687億円から2009年には224億円まで減少しました。

こうしたコスト削減が低燃費技術の遅れにつながったという第三者委員会は指摘しています。

日産は、これまで販売する軽自動車をスズキや三菱自動車からOEMで供給を受けていました。

しかし日産独自の商品を充実するために三菱自動車と提携し、日産と三菱自動車の合弁会社 株式会社NMKVを設立し、2014年型eKワゴンから共同で開発することとしました。

2014年型eKワゴンでは、実際の開発は三菱自動車が行い、NMKVは商品企画及びプロジェクトマネジメントを行いました。

不正行為

不正行為に至った背景に、度重なる目標変更がありました。

2014年型eKワゴンの度重なる目標変更

日産との初めて共同開発した2014年型eKワゴンには、燃費訴求車、ノンターボ(2WD、4WD)、ターボ(2WD、4WD)の5車型がありました。

この開発時期と燃費目標、実験結果の経緯は以下のようになっています。

開発時期と燃費目標、実験結果の経緯

  • 2011年2月 燃費目標26.4km/l 
    F(商品構想)ゲート通過
    (ゲート : 開発の各段階でゲートを設け品質達成状況を審査することで品質問題をなくす仕組み。2000年のリコール問題以降設置。そのプロセスはMMDS(Mitsubishis Motor Development System)に規定
  • 2011年5月 27km/lに引き上げ
    E(目標固定)ゲート通過
  • 2011年10月 28.0km/lに引き上げ
  • 2012年2月 商品開発会議の資料には28.2km/lとあり
  • 2012年5月 開発会議 C(生産着工ゲート)通過 実測値 27.2km/
    性能実験部は更なる改善で達成見込みと楽観的な報告
    開発費削減のため、評価用の試作車を水島製作所に変更、完成が4か月遅れる
    実走試験が冬になり測定が不利になるため、実走試験をタイで行うことに
  • 2012年7月 競合の次期ワゴンRが28.8km/lの情報を入手
    同等の燃費を指示され、更なる改善で達成見込みと報告
  • 2012年12月 競合のダイハツ ムーブが29.0km/lとの報告、開発責任者は29.2km/lを指示
  • 2013年1月 開発期限。開発会議で性能実験部は29.2km/lは厳しいと報告
    開発責任者から依頼した29.2km/lはできないのかと問われる。
  • 性能実験部は「まだ検討は続ける。タイで走行抵抗が下がれば可能性がある」と回答、タイでの試験結果を確認することを前提に開発完了が承認
  • 2012年1月タイで実走 試験を行った結果、転がり抵抗は0.0059。そこでデータの中で良いものだけを恣意的に選別し計算することで0.0052を算出し29.2km/lを達成
    4WD車は性能実験部が要求したのにも関わらずコスト削減のため2WD車しか用意されなかったため、実走試験は行わず、過去の経験から4WD車の走行抵抗は、2WD車の+0.0020と考え、4WD車の走行抵抗を0.0072として算出

このように時系列で追っていくと、すでに設計の終わった製品に対し、燃費目標を再三引き上げたことがわかります。

では、燃費はどのようにすれば改善できるのでしょうか。

燃費改善の方法

燃費が達成できない場合、燃費を改善する手法として以下の方法が調査報告書に書かれています。

エンジンの改良

  • 次世代MIVEC
  • エンジンフリクション低減
  • アイドルストップ
  • アイドル低速化
  • オイル低粘度化
  • EGR増加

補器ロス低減

  • 電動P/S(EPS)化
  • 多段発電制御
  • 高効率オルタネータ
  • 電磁クラッチウォーターポンプ

駆動系の改良

  • ギヤ比適正化
  • ロックアップ領域拡大
  • ロックアップ開始低油温化
  • シフトパターン最適化
  • アイドルニュートラル制御
  • オイルポンプロス低減
  • オイル低粘度化
  • SST化

車両の軽量化 → 慣性重量低減、ギヤ比低減、走行抵抗低減

  • 各部品の軽量化
  • 軽量材料の採用拡大
  • ボデー構造の合理化
  • ボデーの小型化

転がり抵抗の低減 → 走行抵抗低減

  • 低転動抵抗タイヤ
  • ブレーキ引きずり低減

空気抵抗低減 → 走行抵抗低減

  • 形状最適化
  • 内部流低減
  • 床下整流
  • 車高ダウン
  • ボデーの小型化

これらの要素を見ると、設計段階で決まってしまう要素も多く、試作車が完成した段階では改善できる要素は限られています。

完成した試作車の燃費は性能実験部の「適合」にゆだねられました。

適合について

性能実験部は、試作車のエンジン及びトランスミッションの制御プログラムを調整して、燃費、動力性能など相反する要素を最適な条件に調整します。これが「適合」です。

特にエンジン制御は、速度、アクセル開度などの条件に対し、その時の気温、水温、エンジン回転数、流入空気量やノックセンサー、排気ガスセンサーなどのセンサーからの信号と合わせて、最適な燃料噴射量やタイミングを調整します。

これにより自動車の動力性能や燃費性能が変わります。

ただし適合はあくまで調整であり、基本性能を大きく超える性能を引き出すことができるわけではありません。

燃費重視で性能が悪化

ところが発売後、2014年型eKワゴンはあまりに燃費を重視したため、動力性能が阻害され、しかもエンストなどの不具合が多発しました。そしてこれらの不具合を対策したのちは、燃費は大きく低下しました。

理由のひとつは、2014年型eKワゴンに搭載された3B2型エンジンは、2006年に発売されたi(アイ)に合わせて開発されたボア×ストローク65.4×65.4のスクエアストロークのエンジンだったためです。このエンジンは競合他社のロングストロークのエンジンに比べ、燃費や中低速のパワーの点で不利でした。

2014年型eKスペース

2014年型eKスペースはeKワゴンよりも車高が高く居住性を高めたモデルです。これはダイハツ タントと競合するモデルとして開発されました。eKスペースは車高が高く車重も重いため、燃費性能はeKワゴンより低くなると予想され、燃費目標はeKワゴンより低く設定されました。eKスペースの燃費目標は2012年10月の技術検証会で承認されました。

定ミスから誤って目標をクリヤ

eKワゴン、eKスペースとも、机上検証では燃費目標は達成可能と見込まれていました。

実際に2013年5月に試作車で試験を行った結果、当初の燃費目標はクリアしました。

ところが、その後の実走試験では燃費が目標を大きく下回ったことが判明しました。

調査したところ、試作車の試験の際、排ガスが漏れていて実際よりも良いデータになっていたことが判明しました。

そこで再度測定した結果、目標を達成していないことがわかりました。

このままでは国が定めた平成27年度燃費基準をクリアできないため、走行抵抗を算出するグラフの曲線を意図的に改ざんし、実際より低い転がり抵抗を算出しました。

2015年型eKワゴン (2014年型eKワゴンの年式変更車)

2015年型eKワゴンは、2014年型eKワゴンに改良を加えて燃費目標を30.0km/lとしたものです。

しかし開発期間は2014年型 eKワゴンを開発した後のわずかな期間しかありませんでした。燃費を改善する有効な手立てはなかったため、転がり抵抗の測定値の曲線を意図的に下げて転がり抵抗を0.00494に改ざんしました。

データの改ざんはその後2015年型eKスペース、2016年型eKワゴンでも行われました。

不正のまとめ

三菱自動車の燃費に関する不正は、主に以下の3点にまとめられます。

  • 走行抵抗は惰行法で測定することが法規で定められているのにも関わらず、高速惰行法で測定した。そのため高速惰行法で測定したデータを、惰行法で測定したように見せる逆算プログラムで対処した。
  • その高速惰行法でも測定せずに、走行抵抗を机上で計算し提出した。
  • 測定データが目標燃費を達成できないため、測定値の中から意図的に低い数値を選択してデータを改ざんした。

経営陣や管理者は知らなかった

この燃費改ざんを三菱自動車の経営陣や管理者は知りませんでした。

この事件が発覚後、三菱自動車の相川社長、中尾副社長は責任を取って辞任しました。そして2016年10月に日産が2,370億円を出資し、三菱自動車はルノー・日産の傘下に入りました。

さらに2019年以降の次期軽自動車の開発は日産が行い、三菱自動車は生産のみを請け負うこととなりました。

不正により三菱自動車が失ったものはあまりにも大きいものでした。

原因

調査報告書に書かれた原因は以下の4点です。

  • 無理な目標設定
  • 開発体制の不足と硬直的な開発日程
  • 研究開発費の不足による技術の劣後
  • 不正の悪循環

無理な目標設定

2014年型eKワゴンでは燃費目標が5回も引き上げられました。本来であれば設計結果を承認するゲートを通過した後は、目標を変えるのは三菱の技術規定(MMDS)では許されていません。ところが経営陣自らルールをこの逸脱して目標を変更しました。

また燃費目標の達成については、経営陣は現場に対して「がんばれ」とはっぱをかけるだけでした。目標の実現可能性について技術的な検討はされていませんでした。

こうした背景には、今回初めて日産と提携したため、日産と合意したトップクラスの燃費目標に経営陣がこだわったこともありました。

しかも開発本部の幹部や経営陣は、性能実験部が行う「適合」の中身を十分に理解していませんでした。そして燃費向上は性能実験部に任せたままでした。

開発本部の内部では、商品企画・設計など上流工程に対し、性能実験部は下流工程と見なされていました。

社内の序列も同様で、他部署は性能実験部に対し高圧的な態度でした。

しかも開発本部内では上司から指示されたことに対し「できない」と言えない風土がありました。 性能実験部では「『できないことを証明する』よりも『とりあえずできる』といった方が楽」と考え、できないということを憚る風土でした。

開発体制の不足と硬直的な開発日程

三菱自動車の1車種当たりの開発人数は約270名で、これは同規模の自動車メーカーの60~80%程度に相当します。

この少ないリソースは日程の遅れにつながり、しかも上流工程が遅れてゲートの通過が遅れても、開発の完了予定はそのままでした。

そしてしわ寄せは常に下流工程の性能実験部に来ました。

研究開発費の不足による技術の劣後

リコール隠しの影響で三菱自動車の研究開発費は2009年には224億円に減少しました。2015年度は450億円にまで回復しましたが、それでも競合のスズキの2015年の研究開発費は1,310億円でした。

研究開発費が少ないため、リソースは目先の車種の開発や改良に優先され、燃費向上技術のような将来の開発は後回しになっていました。

不正の悪循環

2014年度eKワゴンで、不正を行って燃費目標を達成したため、その後の車種でも不正を続けざるを得なくなり、これがさらなる不正を生むという悪循環になりました。

ついに2016年型eKワゴンは、実走試験も行わず最初から走行抵抗のデータを捏造しました。もう不正を続けたため、実測しても目標達成できる見込みがなかったからです。

調査報告書では指摘されない問題

他にも調査報告書に書かれていない以下の問題がありました。

競合と対等でないエンジン

eKワゴンのエンジンは、燃費に不利なスクエアストロークでした。理由はこのエンジンは前のモデルi(アイ)の狭いスペースに入れるためでした。

しかし当時競合は燃費に有利なロングストロークのエンジンに切り替えていました。エンジンの基本性能が違うのに「適合」で競合と同等の燃費が実現できるのでしょうか。この目標達成の技術的な可能性を経営陣はどこまで理解していたのでしょうか。

無理な燃費目標が他の性能を犠牲に

実際には燃費と動力性能は相反します。

2014年型eKワゴンは、無理に燃費を追求したため、発売後エンジンストップなどの不具合が発生し、その改修に追われました。

燃費を優先するあまり、動力性能や信頼性など重要な性能が犠牲になっていました。

コンプライアンス体制では不正を防げない

三菱自動車は2000年、2004年のリコール隠し問題以降、社内コンプライアンス組織を立上げ、定期的なヒアリングや監査を実施していました。

しかし今回の問題は、経営陣、幹部社員の無理な要求により、性能実験部が不正以外に手段がない状態に追い詰められたため起きました。(性能実験部が楽観的な報告を繰り返したことも一因ですが)

コンプライアンス体制を整備しても、組織をこういった状態にしてしまった経営陣、幹部社員の考え方を変えない限り、不祥事は再発します。 

結果論になってしまいますが、不正を起こさないようにするには(過去に遡って考えて)どうすればよかったのでしょうか。

身の丈に合った開発

コスト削減により人員を大幅に削減した体制では以前と同じ規模の開発はできません。現在の体制でできるような適切な車型数を開発すべきでした。(例えばターボの発売は1年延ばすなど) そしてこれを決めるのは経営者しかいません。

技術的な知見、見通しを持ったリーダーの重要性

開発責任者は根拠ないまま燃費目標を引き上げ、その達成を性能実験部に強要しました。

そのため動力性能が犠牲になり、エンジンストップなどの不具合が発生しました。開発責任者は、開発の最高責任者として、目標達成の技術的な見通しを立てる必要があるのではないでしょうか。

自動車はリスクの大きな事業です。新車の開発には多額の費用(200億円)がかかり、それだけの費用と時間をかけて開発しても、人気が出なければ売れません。

その一方でマツダのファミリアやホンダのオデッセイなど、たった1つのモデルが大ヒットして、傾きかけたメーカーを救いました。

こうしたリスクの高い事業だからこそ、製品の品質、性能を開発責任者や経営者が高い関心を持つ必要があるのではないでしょうか。

(トヨタ自動車の豊田章男社長がすべてのトヨタ車のハンドルを実際に握って販売のGOサインを出しているそうです。)

そしてエンジンの基本性能が競合より不利であれば、燃費については現実的な目標を定めて燃費以外で顧客に訴求する販売を考えるべきだったのではないでしょうか。

競合よりも燃費が0.*km/l劣っていたからといって、どれだけの顧客がそれを気にするでしょうか。

多くの顧客は使っていてカタログ燃費が出ることはなく、参考値にすぎないことはわかっています。

製品を仕上げる部門と、製品を評価する部門が同じ

燃費などの性能を性能実験部がチューニング「適合」し、その結果を性能実験部自らが評価すれば、評価はどうしても甘くなります。

工場で製造と検査を分けているように、性能実験部とは別に製品を評価し合格を出す部門が必要ではないでしょうか。

合格を出す部門は、自社の基準だけでなく、法規制の適合らついても確認しなければなりません。これが適切に機能すれば、高速惰行法など過去の問題も発見されていたかもしれません。

この問題を詳細に見ていくと、決してこの会社だけの問題ではないと思えます。

同様に状況になれば、他の会社でも不正は起きるのではないでしょうか。

参考文献

三菱自動車「燃費不正問題に関する調査報告書」 2016年8月1日特別調査委員会

この記事を書いた人

経営コラム ものづくりの未来と経営

経営コラム「ものづくりの未来と経営」は、技術革新や経営、社会の変革などのテーマを掘り下げ、ニュースからは見えない本質と変化を深堀したコラムです。「未来戦略ワークショップ」のテキストから作成しています。過去のコラムについてはこちらをご参照ください。
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企業不祥事と組織の問題 その3 ~日野自動車の排気ガス、燃費不正~ https://ilink-corp.co.jp/13806.html https://ilink-corp.co.jp/13806.html#respond Wed, 30 Oct 2024 12:05:11 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13806
【コラムの概要】

本コラムは、日野自動車における排気ガス・燃費データ改ざん問題の原因を分析しています。調査報告書が指摘する真因は、「みんなでくるまをつくっていない」(パワートレーン実験部の孤立、全体を俯瞰できない責任者、人材の固定化など)、「世の中の変化に取り残されていること」(上位下達の組織、ハラスメント体質、開発プロセスのチェック不足)、「業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと」の3点です。これらの組織的な問題が、常態化したデータ改ざんを引き起こし、複数のエンジン機種で不正が発覚したと結論付けています。

2022年3月4日、日野自動車株式会社(以降、日野自動車)は中型・大型トラック用エンジンの認証試験で不正があり、対処車種の出荷停止したことを発表しました。

さらに2022年8月3日の国土交通省の立ち入り検査で、小型トラック用エンジンで不正が発覚し、その結果、すべてのトラックが出荷停止になりました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
 

誰もが起こす可能性

この問題に関する記事の多くは日野自動車のコンプライアンス問題を言及しました。

しかし日野自動車が発表した第三者機関の調査報告書を読むと、コンプライアンス体制を構築するだけでこの問題は防ぐことができないのではと感じました。

むしろ日野自動車で起きた問題はどの会社でも起きる可能性があります。

もし自分が日野自動車の担当者と同じ立場に置かれれば、自分も不正を行ったと思います。

この問題の本質は何なのでしょうか。
 

ディーゼルエンジンの排出ガス規制と排気ガス浄化技術

この問題が起きた背景に、ディーゼルエンジンの排出ガス規制(以降、排ガス規制)が短期間に目まぐるしく強化されたことがあります。
 

排ガス規制の変遷

ディーゼルエンジンを使用する大型車の排ガス規制は1974年に導入され、その後順次強化されました。

2009年から適用された「新ポスト長期規制」では
NOx 40~65%
PM 53~64%
と大幅に低減し、

「排出ガスをガソリン車と同レベルにする」

という世界で最も厳しい水準でした。

そのため表に示すようにNOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)は劇的に引き下げられました。


注1)
NOx(窒素酸化物)
一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)など窒素酸化物の総称で、高温で燃える際に空気中の窒素と酸素が結びついて発生し、人体に悪影響を与えます。
PM(粒子状物質)
ディーゼルエンジンの排気ガスに含まれる粒子状物質の総称で、黒煙(スス)や、燃え残った燃料や潤滑油の成分、軽油燃料中の硫黄分から生成される物質などが含まれます。呼吸器系へ沈着し、人の健康に影響を及ぼします。

注2)
表の値は1台の上限値、カッコ内の値は型式当たりの平均値です。規制が平均値としたのは、エンジンの特性にはばらつきがあるためです。そのため個々のエンジンが規制の上限値をオーバーしても、型式当たりの平均値が規制をクリアすれば出荷できる仕組みです。

表 排気ガス規制の変遷

段階NOx
(g/kwh)
PM
(g/kwh)
CO
(g/kwh)
NMHC
(g/kwh)
短期規制
(E規制)
1994年
直噴:7.80
副室 : 6.80
0.7
(0.96)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E5規制)
1997年
4.5
(5.8)
0.25
(0.49)
7.4
(9.20)
2.9
(3.80)
長期規制
(E6規制)
2003年
3.88
(4.22)
0.18
(0.35)
2.22
(3.46)
0.87
(1.47)
長期規制
(E7規制)
2005年
2.0
(2.7)
0.027
(0.036)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E8規制)
2009年
0.4
(0.7)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)
ポスト新長期規制
(E9規制)
2016年
0.7
(0.9)
0.010
(0.013)
2.22
(2.95)
0.17
(0.23)

注)
括弧なしの値は型式当たりの平均値を意味し、括弧内の値は1台当たりの上限値を意味します。
E9規制の場合、上限値 0.7g/kWhとは、これを超えるエンジンは出荷できないことを意味します。
対して平均値 0.4g/kWh は、型式当たりの平均値がその規制値内であれば良いです。

 

図 NOx規制の変遷

図 NOx規制の変遷

このように1994年から2016年の22年間に規制は6回も引き上げられました。

それに伴いメーカーは22年間に6回、規制に適合した車種(エンジン)を開発し、国の認証を受ける必要がありました。

その規制は世界トップクラスの厳しいものでした。

しかもディーゼルエンジンの排ガス浄化は技術的に難しい点があったのです。
 

排気ガス浄化技術

排気ガスに含まれる主な有害物質は、NOx,CO,HCの3種類です。

ガソリンエンジンは、三元触媒を使用すればNOx, CO, HCを同時に低減できます。


注)
CO(一酸化炭素)
エンジンの排気ガスに含まれ、無色・無臭・無刺激で非常に毒性が強く、濃度が上がると吐き気やめまいなどの中毒症状が進み、最悪の場合、死に至ります。

HC(炭化水素)
未燃焼燃料が大半で空気中の窒素酸化物(NOx)や紫外線と反応して光化学スモッグの原因となり、濃度が高くなると眼や喉などの痛みを引き起こします。

ディーゼルエンジンの排ガス浄化の問題

ディーゼルエンジンは、混合気中の燃料が希薄なため、三元触媒の効果が低いという欠点がありました。一方、燃料の不完全燃焼は起こりにくいため、HC, NMHC(ノンメタン炭化水素)はほとんど発生しません。

従ってディーゼルエンジンの課題はNOxとPMの低減でした。

しかし、PMは燃焼温度を上げて燃焼効率を高めれば減少する一方、NOxは増加します。つまりNOxとPMはトレードオフの関係にあります。そのためNOxとPMを同時に浄化・低減するのは困難でした。

そこで排ガス中のNOxを窒素に還元するNOx触媒が開発されました。
 

ディーゼルエンジンの排ガス浄化技術

現在のディーゼルエンジンは、以下の4つの技術を組み合わせて排気ガスを浄化しています。

  • 酸化触媒(DOC)によりCO, NMHC(非メタン炭化水素), PMを浄化
  • ディーゼル微粒子補足フィルタ(DPF)で黒煙の元となるPMを除去
  • NOx触媒でNOxを窒素に還元
    (尿素SCRと、尿素を使用しないHC-SCRの2種類)
  • エンジンの改良(燃料噴射制御、高過給・インタークーラー, EGR)

図 後付けの排気ガス浄化技術

図 後付けの排気ガス浄化技術

ここでNOx触媒には、尿素水を排気ガス中に噴射する尿素SCRと、軽油を使用してHCを生成してNOxを還元するHC-SCRがあります。HC-SCRは尿素水タンクが不要ですが、その分軽油を消費するというデメリットがあります。

さらに排ガス規制に加えて燃費規制も強化されました。
 

燃費規制

 
大型車の燃費は、2015年度までに達成すべき燃費基準が2005年に設定されました(2015年度目標)。
 

エコカー減税制度

2015年度燃費基準を達成し排気ガス低減した場合、エコカー減税制度のもとで自動車取得税、自動車税、自動車重量税の軽減が受けられました。

表 排気ガス規制の変遷

2015年度目標取得税自動車税
(自家用)
自動車税
(営業用)
重量税
+15%以上非課税非課税非課税免税
+10%以上75%軽減1%0.5%75%軽減
+5%以上50%軽減2%1%50%軽減
目標達成 3%2% 

しかしこの燃費も排ガス浄化とトレードオフの関係にあり、両方をクリアするのは技術的な困難さがありました。

一方トラック用の大型ディーゼルエンジンの国の認証方法は、乗用車と違いエンジン単体で行います。
 

認証試験方法

エンジンの測定方法

トラックは車両のバリエーションが多く、重量もさまざまなため種類が非常に多く、乗用車のように車両をシャシダイナモメーターに載せて測定するのは困難でした。

そのためエンジン単体をテストベンチ(以降、ベンチ)上で運転し燃費を測定します。試験方法は、国連欧州経済委員会で「重量車排出ガスの測定方法 Ⅱ WHDCモード法」(通称 WHDC)が決められ、日本も2016年のE9規制からWHDCが導入されました。

その一方で、排ガスの浄化能力は、時間と共に劣化します。
 

排気ガスの測定

排気ガスの測定はWHDCによって測定されますが、排ガス浄化装置が劣化すれば規定値を超える可能性があります。そこで規定された走行キロ数を走行後、排ガスが規定内に入っていることを確認する「劣化耐久試験」を行います。

この劣化耐久試験では、一定のキロ数を走行後、排ガス浄化能力の低下を示す「劣化補正値」を計算します。国土交通省の形式指定を受ける際、この劣化補正値を提出します。
 

劣化耐久試験

劣化耐久試験ではベンチ上で規定走行キロ数に相当する時間エンジンを稼働させます。その際、外挿法を使用して運転時間(キロ数換算)を実際の走行距離の1/3にします。

例えば12トンを超える大型車の場合は、規定走行キロ数65万キロですが、外挿法を使えば走行キロ数は21.7万キロです。この距離はベンチでは2,022時間の運転時間に相当します。

外挿法により劣化耐久試験を行う場合、車種区分ごとに排気ガスを測定するタイミングが規定されています(法規が定める測定点)。劣化補正値は、慣らし運転後の排気ガス測定値と規定距離走行後の排気ガス測定値との差から計算します。

この劣化耐久試験中は、排気ガス性能に関する装置は交換してはならず、やむを得ず交換した場合は交換部品を保管しなければなりません。

劣化耐久試験は1回の試験に2,000時間以上かかるため、もし再試験になれば開発日程に大きな影響を与えます。厳しい開発日程の中、失敗は許されない状況でした。
 

再生試験

排気ガス浄化装置には、稼働に伴い劣化した浄化能力を定期的に修復する機能(再生と呼ぶ)を持つものがあります。

WHDCに従って排気ガス中の各成分の平均排出量を計算する際は、「再生調整係数」を用いて再生機能を考慮した平均排出量を計算します。

この再生調整係数のうち、排気ガスへの重みづけをする係数が「Ki値」、燃費への重みづけをする係数が「Kf値」です。
 

燃料消費率試験

新型自動車の形式指定の際、大型ディーゼル車の場合、燃費もベンチ上で測定します。この測定方法はTRIAS08-003-02「燃料消費率試験(重量車)」に規定されています。

ベンチ上で燃料消費率から燃費を計算する場合、等燃費マップを使用します。等燃費マップは2015年度目標に対応したJH15モードと、2025年度目標に対応したJH25モードがあります。


注) TRIAS 日本での新型自動車の試験方法。交通安全環境研究所(独立行政法人)の自動車審査部が作成している基準で、クルマの認可、認定制度において、保安基準に適合しているかどうかを審査する場合に、技術基準と合わせて規範とされる試験方法。

このような環境の中、開発担当者は数年毎に強化される規制に合わせて、新たな製品を出さなければなりませんでした。
 

排気ガス浄化に関する変遷

ディーゼルエンジンは三元触媒の効果が低いという欠点のため、ガソリンエンジンに比べて排ガス規制は遅れていました。

しかし1999年に当時の東京都知事がディーゼルエンジンの排気ガス強化を打ち出したのを皮切りに、国もE6規制(2003年)からE9規制(2016年)まで段階的に排ガス規制を強化しました。

これに対し日野自動車はターボチャージャー、EGRなどエンジン関係、さらに触媒(DOC)、DPF、尿素(HC)-SCRなどで対応しました。

これらの付加装置は時間の経過とともに排ガス浄化機能が低下します。そこで日野自動車ではE6(2003年)から劣化耐久試験が行われるようになりました。

当初は法規が定める固定劣化補正値を使用していました。しかし法規が変わって劣化耐久試験での実測値が使用できるようになったため、その後は実測した劣化補正値を使用しました。

この時、可変ターボチャージャーを使用した場合は、ノズルが摩耗すればNOxは減少する傾向にあるため、劣化補正値を0としました。

「劣化補正値は実測値を使用する」としつつも劣化補正値を0としていたことが、劣化耐久試験を軽視する一因になりました。しかも劣化耐久試験自体が新しい制度の試験のため、試験方法に精通した人材は限られていました。

この排ガス規制はE6規制(2003年)、E7規制(2005年)、E8規制(2009年)と短期間に頻繁に改訂されました。それに伴いベンチ上での試験も増えました。
 

トラック用エンジンでの燃費不正

大型車用E13Cエンジンの問題

E13Cエンジン以前には、E5規制対応の大型エンジンとしてK13C(排気量13Lターボチャージャー付)にコモンレール噴射システムを搭載したものを1998年に販売しました。

しかしK13CではE6規制に対応するのは困難でした。そこで1997年から新たなエンジンE13Cの開発を開始しました。

このE6, E7規制あたりから、認証テスト用ベンチのスケジュールに余裕がなくなってきました。劣化耐久試験はベンチ上で2,000時間以上も運転するためです。

試験日程はギリギリの状況で、予想外のトラブルが発生すれば計画通りに排ガス測定ができない状況でした。

その結果、法規が定める測定点で測定できず、かなりずれた時点で測定したり、測定自体ができないことが起きていました。さらに劣化耐久試験を途中で中止したり、劣化耐久試験自体ができないといった事態も起きていました。

その結果、法規で定められた時点で測定したように試験データを書き換えたり、データがない場合は他の試験データを流用して不正なデータを提出しました。

さらに劣化耐久試験の結果、劣化補正値が0にならないこともありました。しかしパワートレーン実験部では「劣化補正値は0」と認識していたため、ゼロと記載してそれ以上の追求はしませんでした。

このようにデータを改ざんして何とか日程に間に合わせた中で、次の開発が始まります。
 

E7規制(2005年)

E7規制対応のE13Cエンジンは、E7規制に対応するため、可変ターボチャージャーやEGRバルブの制御の変更で排ガス性能を高める計画でした。

燃費は2015年度燃費目標が国から発表されたため、E7規制対応のエンジンが2015年度燃費目標に適合するか検討されました。

しかし2005年11月の会議でパワートレーン実験部は、E7規制対応のエンジンの燃費は2015年度目標に対し6~7%未達と報告しました。

これに対し技監(元副社長)から「車型を限定していずれかの車型で2015年度目標をクリアすること、TRIASをよく勉強するように」と指示がありました。

当時技監の指示は「必達」の意味でした。

再度検討したところ新型の12段トランスミッションの車型(12段車型)では、燃費が約2%改善するため、未達は5%と判明しました。

しかしパワートレーン実験部は役員に12段車型では2015年度目標の達成見込みがあると報告してしまいました。しかし残り5%を改善する具体的な方法はありませんでした。

こうして追い詰められたパワートレーン実験部は、2006年4月に国の認証立ち合い試験の準備を進める中、燃費は、有利な値が出るようにTRIASで認められている±2%の誤差の範囲内で測定機器を調整することを行いました。

注) ±2%は、測定誤差や測定器の誤差があっても目標値を保証するためのマージンです。その範囲内でも測定器を調整することはデータの改ざんでした。

こうしてエンジン回転計、燃料流量計の表示を操作することで認証立会試験は合格しました。

公正であるべき測定器の値を操作することは許されることではありません。しかし、一度行うともう歯止めがかかりませんでした。

2回目の認証立ち合い試験では2%の範囲を超えて値を操作して合格しました。

こうしてE7規制対応E13Cは、2015年度目標を達成する性能がなかったのにも関わらず、達成したことになってしまいました。

このことをパワートレーン実験部以外は誰も知りませんでした。そして以降の開発は2015年度目標を達成したことを前提に進められました。
 

本来は技術者として、「技術的にできていないことはできていない」と報告すべきでした。しかし上司に報告しても「何とかしろ、できるはずだ」のため追い詰められた担当者に残された方法は改ざんしかありませんでした。
 

E8規制(2009年)対応

2007年E8規制に対応するため、E13Cエンジンにコモンレールシステムの変更と、尿素SCRを新たに追加する開発を開始しました。

燃費については、さらなる改善を行い尿素SCRで悪化した分をカバーして、前回のE7規制のエンジンと同等の燃費を目標としました。しかし2008年3月の会議で、燃費目標はE7規制+3%に引き上げられました。

パワートレーン実験部では、様々な燃費改善策を行って、開発したエンジンはE7規制+3.2%を達成しました。しかし元々のエンジンはE7規制対応時にデータを改ざんしていたため、E7規制を満たしていませんでした。

しかしこれを知っているのはパワートレーン実験部のみであり、+3.2%は不十分でさらなる燃費改善が必要とは言い出せませんでした。そのため2010年2月の国の認証立会試験ではE7と同様に、測定器を操作して有利な数値を示しました。

また排ガスについては劣化耐久試験の日程が厳しいため法規が定めた時点で測定ができず、適正な劣化耐久試験ができませんでした。そのため過去の試験データを参考にデータを捏造して認証申請しました。

また再生試験も実施しませんでした。認証申請時は再生試験で得られるKf、Kiの値は捏造して提出しました。

燃費や排気ガス浄化性能に影響するKf、Kiの値は、開発時にすでに決定されていました。パワートレーン実験部の担当者は、再生試験を実施してもKf、Kiが目標値をクリアできる自信はなく、データを捏造するしかありませんでした。
 

常態化するデータ改ざん

その後E8規制対応燃費改善モデル、E9規制対応と開発が進みますが、E7規制対応時に測定器を操作して燃費に下駄を履かせたため、報告される燃費と実際の燃費の乖離は拡大しました。データの改ざんは一度始めたら後戻りが利かず、打ち出の小槌となってしまいました。

このデータ改ざんは、大型車用E13Cエンジンのみならず、大型車用A09C、中型車用A05C、マイクロバス用N04C、建機など特殊自動車用エンジン(オフロードエンジン)にも見られました。違反発覚後は大型のエンジン、及びトラックが出荷できない状態となってしまいました。
 

都合の良いデータを選択

マイクロバス用N04Cエンジンは、トヨタのマイクロバス コースター用のエンジンです。それまで国内の小型トラック向けのN04Cエンジンが酸化触媒にHC-SCRを使用したのに対し、コースター用のN04Cはすでに開発したEuro6対応の小型バス用エンジン(尿素SCR)を採用しました。

このN04Cをトヨタに提案する際、HC-SCRのKf値を用いて燃費を計算するミスをしてしまいました。その結果、燃費は実力よりも良い数値でした。

燃費については、トヨタの担当者から、「燃費基準値の達成度合を引き上げなくてもよい旨の意見」がありました。しかし日野自動車は「燃費基準値の達成度合いを引き上げることは可能」と主張しました。

しかし実験データを元に燃費をシミュレーションしたところ、目標値を満たしませんでした。そこで本来はアイドリング運転開始から20~30分経って、燃料消費量が安定してから測定すべきですが、アイドリング運転開始からもっと短い時間で測定して、都合の良いデータを取得しました。

それでも目標値に到達しなかったため、複数回測定したデータの中から良いデータを恣意的に選択しました。

こうした問題に対し、第三者機関による調査報告書は以下のように述べています。
 

調査報告書が指摘する問題

この日野自動車の不正に対し、調査報告書では下記の3つを真因としています。

  1. みんなでくるまをつくっていない
  2. 世の中の変化に取り残されている
  3. 業務をマネジメントする仕組みが軽視されている

① みんなでくるまをつくっていない

  • 個々の役職員が「みんなでくるまづくりをしよう」という意識が希薄
  • セクショナリズム
  • ・パワートレーン実験部が孤立
  • ・プロジェクトの責任者が全体を俯瞰できていない
  • ・プロジェクト責任者が劣化耐久試験の内容をよくわかっていなかった
  • ・人材が固定化し、他の部署の経験が乏しい
  • ・批判的精神を持った建設的な議論が欠如
  • 能力やリソースに関する現場と経営陣の認識に乖離
  • 法規やルールの動向を把握し、その内容を社内に展開する仕組みがない
  • 品質保証部門や品質管理部門の役割が十分理解されていない

② 世の中の変化に取り残されていること

  • 上位下達の強すぎる組織、パワーハラスメント体質
  • 過去の成功体験に引きずられていることや「撤退戦」を苦手とする風土
  • 日野の開発プロセスに対するチェック機能が不十分であった

③ 業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと

  • 開発プロセスの移行可否の判定があいまいであった
  • パワートレーン実験部が、開発業務と認証業務の双方を担当していた
  • 規定やマニュアル類の整備、データや記録の管理が適切になされていない
  • 役員クラスと現場の間に適切な権限分配がなされていない

    調査報告書はこのように述べています。 しかしこの背景には日野自動車の置かれた状況がありました。  

日野自動車の置かれた状況

 日野自動車は、売上高1兆4,597億円、連結従業員33,850名の大企業です。

その一方、年間販売台数は15万台(2021年度)で、このうち国内が58,158台です。

この中に10トン、4トン、2トンの3車種があり、車種の中でエンジンの型や車体など多様なバリエーションがあります。また建機など特殊自動車用エンジンも用途別に多様なバリエーションがあります。

このように車種が多様なため劣化耐久試験などに多くの試験や評価が必要になりました。こういった事業環境の変化に対して、人材や設備は十分ではありませんでした。

パワートレーン実験部ではベンチのやりくりに苦労していました。

必要な劣化耐久試験をしないまま認証立会試験に臨むこともありました。劣化耐久試験をしない(コンプライアンス違反の)リスクを考えれば、ベンチやテスト人員を倍増するべきでした。

なぜそうしなかったのでしょうか。 報告書には、この問題は指摘されていません。  

経営判断に問題はなかったのか

段階的に強化される規制や多様な種類のエンジンのため、増加する開発をこなせるように、それに合わせた開発環境が必要でした。そのために伴い経営者は、

  • 排ガス規制、燃費規制など事業環境の変化を調査
  • 必要なリソース・体制の整備
  • 幅広い車種や地域での展開が自社の身の丈に合わなければ、一旦は車種や地域を縮小

    この判断は経営者しかできません。当時の経営者は、この時の状況をどのように見ていたのでしょうか。  

ものづくり企業として適切な体制・組織になっていない

報告書にもあるようにパワートレーン実験部が、開発も評価(認証)も共に行えばモラルハザードが起きます。

  • 開発は、開発計画を立てた部署が最後まで責任をもって管理
  • 評価検証を行う部署は、外部の視点・考え方で客観的な評価

    本来はこうした分権体制が必要です。評価検証する部門は、自社の良心として最後の関門の役割があります。  

技術をマネジメントできていたのだろうか

開発は暗闇の中で答えを探すようなものです。解決案があっても必ずしもうまくいくとは限りません。 かといって容易に実現できる目標では他社に負けてしまいます。 そこで

  • どのくらい背伸びをすればいいのか
  • 失敗した時どのくらい開発期間が長くなるのか
  • あるいはできないという結論になった場合、どうするのか

    こういった開発課題と自社の技術力の目利きが必要です。 それには過去の経験にとらわれず、最新の技術や規制を学び、現場の声に真摯に耳を傾ける必要があります。

    さらに開発がうまくいかない時、プランB、プランCを用意する(部下にさせる)必要があります。(これは多くの日本人に苦手なことですが)  

リーダーの役割

こういった判断、開発のマネジメントは、リーダーの役割です。

日野自動車のエンジンは多くのバリエーションがありますが、大別すればE13、A09、A05(J05)、N04の4種類のエンジンです。この4種類のエンジンが日野自動車を支えているのです。

もし1機種でも開発に失敗すれば大変なことになります。 にもかかわらず、燃費改善目標5%はどのような根拠から決めたのでしょうか。

これまでも様々な改善を行ってきた燃費を「もっとがんばれ」と言えば5%も良くなるのでしょうか。

開発のリスクを減らすため、開発仕様を決める前に事前に検証を行う企業もあります。

開発期間の短さを考えれば、そのような取組も必要ではなかったでしょうか。 タイトな日程のためそれもできず、ぶっつけ本番で「うまくいくだろう」と進めれば、かえって時間とお金を浪費します。

こうした技術のマネジメントはできていたのでしょうか。  

指示命令に対し、現場から上司へのフィードバックの機能不全

もしパワートレーン実験部の「できません」という報告に対し、上司が事実を謙虚に受け止め、他の部門も巻き込んで解決に当たれば、結果は変わったかもしれません。

現場で起きている事実に最も精通しているのは、現場の担当者です。

上司からの指示に対し、担当者は実際に現場で起きたことを上司に正しく報告します。 上司はこの情報を的確に受け止め、適切に判断しなければなりません。

それには時には目標の修正や日程の変更などの痛みを伴います。 「なんとかしろ」と言った上司は、現場の情報を的確に受け止めていたのでしょうか。

結果的にこの問題はパワートレーン実験部、ひいては担当者の問題に矮小化されてしまいました。 追い詰められた担当者に残ったのは不正しかありませんでした。

こういった管理、組織の問題は他の企業でも起きています。 これについては別のコラムでお伝えします。 

参考文献

「調査報告書」2022年8月1日日野自動車(株)特別調査委員会    

この記事を書いた人

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企業不祥事と組織の問題 その2~工学倫理と問題を起こす組織~ https://ilink-corp.co.jp/13320.html https://ilink-corp.co.jp/13320.html#respond Sun, 18 Aug 2024 11:24:04 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13320
【コラムの概要】

企業不祥事を防ぐには、技術者が高い倫理観を持ち、経営者もそれを尊重することが重要です。チャレンジャー号事故や原発手抜き工事は、技術者の倫理軽視や縦割り組織の弊害を示します。企業風土が不正の原因となるため、健全な組織体制と倫理的リーダーシップが不可欠です。

企業不祥事は社会に大きな損失を与え企業の存続に関わります。

これに対しコンプライアンスとコーポレートガバナンスについて、企業不祥事と組織の問題 その1で説明しました。

一方技術者は自らが関わった技術が誤って使われれば社会に多大な損害をもたらします。そこで技術者には高い倫理観が求められます。それが工学倫理です。
 

技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ

 

1986年スペースシャトル・チャレンジャー号が発射直後に爆発しました。

事故の原因は、打ち上げの日の気温が低かったため、Oリングのシールが不十分になり、そこから燃料が漏れ出したためでした。

打ち上げの前日、Oリングメーカーのチオコール社の技術者ボイジョリーは、明日の打ち上げは低温のため燃料が漏れる危険があると主張し、打ち上げの延期を提言しました。

しかし副社長メーソンは

「君は技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ」

と説得しました。

その結果は、悲惨な結末になりました。

技術者は、技術の専門家として高い倫理観を持ち、技術者の帽子を決して脱いではならないことをこの事故は示しています。
 

工学倫理と技術者倫理

 

技術の進歩に従い、技術が誤って使われると、多くの人が多大な被害を及ぼします。チャレンジャー号では、低温でのシール性の低下と燃料漏れというリスクに対し、正しく評価しなかったため、4名もの命が失われました。

そこで今日では技術者や科学者には高い倫理観が求められ、技術者倫理や工学倫理の教育が取り組まれています。

では、この倫理とは何でしょうか?
 

倫理とは

「倫理」とは、社会生活における人間の行為に関する規範の体系です。

一般生活における倫理は、

  • 人の物を盗まない
  • 公共物を壊さない
  •  

など、日常の中で守るべき普遍的な道徳的規範です。
 

技術者倫理

これに対し、技術者には技術者固有の自律的な行動規範があります。

それは技術者の仕事が一般の人には分かりにくいためです。

もし技術者の行動が道を外れても、専門外の人には見抜くことができません。

それだけに技術者は、自らの行動を厳しく律しなければなりません。

技術者が技術者倫理を意識して技術を正しく使うことで、専門外の我々はは安心して日常生活を送ることができます。
 

倫理と法

ただし倫理はあくまで自律的な規範です。

高い倫理を備えた人でも、うっかりミスをすることもあります。その結果、重大事故が発生すれば、人や社会に被害が及びます。

つまり倫理のみではすべてをカバーできません。

そこでこのような過失に対するのが、法の役割です。法には強制力があります。

対して倫理は他から強制されるものではありません。

そのため倫理では制御しきれないものを法がカバーします。倫理が自律的であるのに対して、法は他律的な規範です。

ただし法も完全ではありません。法はすべてを完全には押さえることができず、必ず抜け穴があります。この法の抜け穴に対しては、自律的規範である倫理が必要です。

つまり倫理が法をカバーします。

このように倫理と法は互いに補完関係にあります。下図のように倫理の落とし穴を法が埋め、法の抜け穴を倫理で埋めます。

図 倫理と法の補完関係
図 倫理と法の補完関係

経営倫理

一方、多くの技術者は組織の中で仕事をします。そこで技術者個人だけでなく、組織の倫理観である経営倫理も重要です。

倫理とは誠実さと想像力

技術者個人の倫理観は、職業に対する誠実さと顧客への信頼を大切にすることです。

  • 顧客が自社の製品をどのように使用するのか、
  • 問題がある製品を出荷すればどのようなことが起きるのか、

それに対する豊かな想像力が必要なのです。
 

乗客を見て責任を痛感した運転士

寝台特急をけん引するJRの電気機関車の運転士の話です。

深夜の運行は強い眠気に襲われる時があります。機関士は列車が駅で停車した時に車内を巡回しました。

お弁当を広げている老夫婦、お母さんに抱かれ気持ちよさそうに眠る赤ちゃん、彼はたちどころに目を覚ましました。自分がこの人たちから安心感と命を託されていることを実感したのです。そして責務の重大さを痛感しました。

最後の番人

ある自動車部品メーカーの検査員の話です。

取引先にサンプルとして出荷する製品の寸法が図面公差から外れていました。納期が迫っているため、経営者は検査員に検査結果に良品として合格印を押すよう指示しました。

しかし若い検査員は

「図面に記載された公差はそれなりの実績や根拠が合って記入されたはずであり、実物が公差から外れていれば、たとえそれが1/1000mmオーバーでも、そのリスクについて判断する根拠がない

と考えました。

わかっている唯一の基準は

「図面公差通りの製品を合格とすれば安全が確保できる」ということです。

「自分が図面と安全の最後の番人である以上、印を押すわけにはいかない」
と主張しました。

経営者は仕方なく製造方法を見直して設備も改善しました。その結果、高い品質が評価されて採用になりました。
 

それでも起きる不正や事故

 

一方、このように企業倫理、技術者倫理の大切さがわかっているのにも関わらず、今でも不正や事故は起きます。

これについてペインは

「数えきれないほど多い企業の不正行為の原因をたどっていけば、

むしろ非現実的な目標達成への圧力、誤ったインセンティブ制度、管理不良、不注意な雇用、不適切な教育訓練、そして倫理的なリーダーシップの欠如に行きつく。

組織風土こそが企業犯罪の最大の原因であることが明らかになっている。」

と述べました。

なぜなら企業の内部でも、各組織の目標は相反するからです。
 

経営倫理と組織のコンフリクト

企業には、様々な部署があります。そして各部署の業務は目指すことが異なります。例えば顧客の要求・仕様を元に設計・製造する企業では以下の3点が必要不可欠です。

●営業
受注するためには少々無理な顧客の要求も受入れる。
納期通りに製品を納入する。

●製造
納期、コストを守って製造する。
仕様から外れても使用上問題なければよい。

●品証
無理な仕様で受注すれば結果的に仕様を満たさず顧客に迷惑をかけてしまうから受注はできない。
仕様から外れたものは品質を保証できないので出荷できない

図 健全な対立構造
図 健全な対立構造

このように組織の目標は相反します。品質を維持し顧客の信頼を得るには、品証は時には他の部署と喧嘩して自らの主張を通さなければなりません。

経営者は、品質保証部門は他の部署と独立させ、強い権限を与えなければいけません。

ところがタテ型組織では、上からの強い圧力が問題を起こします。
 

タテ型組織の問題

問題が起きる組織の特徴を以下に示します。

  • 官僚機構型(縦型)の大規模な組織
  • 現場とトップの間に複数の階層の中間管理職があり意思伝達がスムーズでない
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴
図 問題を生み出しやすい、タテ型組織の特徴

こういった組織は以下の問題点があります。

  1. 情報が階層の上に伝わりにくく、情報が歪曲・制限される
  2. 負のフィードバックが利きにくい
  3. 派閥主義が横行する
  4. 緊急時や突発事件への対応が弱い
  5. 規則や法律より上下関係が重視される
  6. 組織が閉鎖的になりやすい

 
こういった組織では管理より監視の傾向が強くなります。
 

一望監視社会

このようなタテ型組織は、官僚機構だけでなく、軍隊、学校、病院もそうだといえるでしょう。また多くの企業もタテ型組織です。

このタテ型組織に対し、ミシェル・フーコーは「軍隊、学校、病院、工業は全く異なった分野だが運営方法と技術は同じだ」と指摘しました。

  • 1箇所から全体が眺め渡せるような閉鎖空間の中に規則的に人を配置
  • 時間を細分化し、細かな規則を課して行動を制御
  • 理想的な身振りに近づくように訓練
  • 成長を段階化し、発達を規格化した管理

これにより一人で効率よく多ぜい管理できます。フーコーはこれを「一望監視社会」と呼びました。

図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)
図 一望監視型(パノプティコン型)刑務所の例、プレシディオ・モデーロ(Wikipediaより)

こういったタテ型組織では多様性が否定されます。またそれでよいと考える経営者もいます。

金太郎飴は悪くない

タテ型組織の価値観について、元トヨタ自動車会長 奥田碩氏は以下のように述べています。
以下引用
「『トヨタは金太郎飴だ』とよく言われるんですね。組織の上から下まで、同じ質問を誰にしても、同じ答えしか返ってこない。それは『金太郎飴』みたいなもので、会社としてまずいことだと。そんなふうに言われだしたのは、ここ十年以前のことだと思うんです。

会社の中を見ていると私は『金太郎飴というのは結構悪くないよ』と思うんです。

金太郎飴型の組織というのは、リーダーが『右向け右』といったら百名の部下が右を向いて走れる。『左向け左』と言ったら、左を向いて走れる。そういう同質性を持っているんです。

ここで一番大事な話は、リーダーがしっかりしていなきゃいかんということです。リーダーが理念を持って、的確な指示のもとに部下に仕事をさせる。指示を受けた部下たちは、金太郎飴的に仕事をする。

そうすれば、非常に強い企業ができるんだと私はいつも言っています。」

変化の激しい今日、リーダーの判断は常に正しいのでしょうか?

こういったタテ型組織の強い集団主義は、経営が不振に陥ると企業倫理の意識を弱め、モラルハザードを引き起こします。

経営が危機的な状態に陥ると、人々の心が内向きになり、企業倫理を犠牲にしてでも組織を守ろうとする気持ちが強まります。その結果、モラルハザードを引き起こし、コンプライアンス違反を起こします。

それは企業が人の集団だからです。そこには独自の文化、風土があります。

人が企業風土をつくる

そもそも企業は人の集団です。創業以来、長年企業のメンバーが集団として活動することで、その活動に応じた「理念」と「風土」を形成します。

この中で理念は成文化され、建前として一人歩きをします。

対して風土は不文律として黙認されます。

そして企業の中にダブルスタンダードを形成します。

この企業風土は、独創的な開発体制、教育やノウハウの共有、品質などプラスの面と、以下のようなマイナスの面があります。

  • 縦割り組織の中で周囲への無関心
  • 一方通行や硬直・形骸化したマネジメント(管理)
  • 部署間、指揮命令系統間での風通しの悪さ
  • ヒラメ人間やイエスマンの蔓延
  • 事なかれ主義と責任所在の分散化
  • 社外環境や住民への無関心
  • 密室経営と一方的管理
  • 職場での馴れ合いと排他主義

これらがコンプライアンス違反の温床ともなりえるのです。

原発の手抜き工事

2000年2月、関西電力美浜原子力発電所3号機の過去の建設工事で手抜き工事があったことが発覚しました。

美浜原子力発電所は1976年に運転を開始しました。この発電所を建設する際、原子炉格納容器内や遮蔽壁のコンクリートの強度は、210kg/cm2という最も厳しい基準でした。そのため水分の少ない固練りの生コンをポンプ車で型枠に流し込む工法が採用されました。

しかし当時開発されたばかりのポンプ車でのコンクリート圧送は、問題が多発しました。コンクリートを送る配管が途中で詰まってしまい、作業はしばしば中断したのです。

しかしコンクリート業者はゼネコンとは出来高払い契約だったため、作業が頻繁に中断しては採算が取れません。そこでコンクリートに大量の水を加えた「不法加水」で流動性を良くして作業しました。

当時の関係者によれば
「炉心部でも関係なく水はジャブジャブ入れていた。自分でも100リットル以上は普通に入れていた。」
と証言しました。
別の技術者は
「最初は注意したが改まらず、どうしようもなかった。現場で自分一人が文句を言えばつまはじきにされた。」と話しています。

しかも通産省に提出したサンプルは正規の含水率で捏造していました。

「最高レベルの安全性」「絶対安全」な原発の足元では、このような手抜き工事が常態化していました。

こうした不正を起こす企業文化・組織風土は他の業界でもありました。

それが日野自動車、三菱自動車のデータ改ざんです。これについては別のコラムでお伝えします。

参考文献

「工学倫理」堀田源治 著 工学図書株式会社
「なぜ企業不祥事はなくならないのか」國廣正、五味祐子 著 日本経済新聞社
「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正 著 日本経済新聞社
 

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https://ilink-corp.co.jp/13320.html/feed 0
企業不祥事と組織の問題 その1 ~コンプライアンスと内部統制~ https://ilink-corp.co.jp/13232.html https://ilink-corp.co.jp/13232.html#respond Wed, 24 Jul 2024 06:22:36 +0000 https://ilink-corp.co.jp/?p=13232
【コラムの概要】

多くの企業でデータ改ざんが問題視される中、コンプライアンス(法令遵守)やコーポレートガバナンス(企業統治)が重要視されています。しかし、単なる制度構築だけでは不十分で、「あってはならない」という意識が問題の隠蔽を招くこともあります。些細な不正も報告し、リスクを客観的に分析する企業文化の醸成が不可欠です。

多くの自動車メーカーでデータ改ざんなどの不祥事が起きています。これに対しコンプライアンス軽視など企業の問題が指摘されています。

本当にコンプライアンスを強化すれば、不正は防ぐことができるのでしょうか?

企業不祥事と組織の問題について考えました。
 

コンプライアンス

 
コンプライアンスとは何でしょうか?

コンプライアンスは直訳すると「法令遵守」です。

他にも多様な意味があります。社会規範や社会道徳、会社のステークホルダー(利害関係者、株主、経営者、従業員、顧客、取引先など)の利益や要請にかなうこともコンプライアンスに含まれます。

コンプライアンスが問われるようになったのは、1990年代に粉飾決算など不正な会計処理が多発したためでした。
 

きっかけは粉飾決算や不正融資の多発

1990年代バブル経済が崩壊し、粉飾決算や不正融資が多発しました。1997年には山一證券が巨額の損失を隠ぺいする不正な会計処理を行い、巨額の簿外債務を計上し、経営破綻しました。

これをきっかけにより公正な企業会計が求められるようになりました。つまりコンプライアンスは、最初は企業の粉飾決算や不正会計など、主に上場企業の会計処理に関する法令遵守を目指したものでした。

今日ではインターネットやSNSの普及により、企業の不正行為は短時間に拡散し、経営に大きな影響を与えます。そのためコンプライアンスの重要性がより高まっています。

コンプライアンスと似た言葉にコーポレート・ガバナンスがあります。これはどう違うのでしょうか?
 

コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い

 

コーポレート・ガバナンスは企業統治と訳され、経営者を監視・監督する仕組みのことです。コーポレート・ガバナンスは経営者の暴走や不正を防ぎ、株主利益の最大化を目指します。

つまりコーポレート・ガバナンスは株主のための制度です。

コンプライアンスは、経営者から見た、従業員の会社業務に対する制度です。

コーポレート・ガバナンスは、取締役会から見た経営者の経営に対する概念を指します。ここでいう取締役会は、株主を代表して経営の監視をする機関です。取締役会の位置づけが日本企業とは異なっています。取締役会が経営者を罷免することもあります。

コーポレート・ガバナンスは、株主から経営を任された経営者が自己保身や自身の利益のために不正を行い、株主を損害を与えることを監視することを指しています。株主のための制度です。

図 コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い
図 コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの違い

企業のコンプライアンスに関するリスクは「コンプライアンス・リスク」と呼ばれます。

これはどのようなものでしょうか?
 

コンプライアンス・リスク

 

金融庁の

「コンプライアンス・リスク管理に関する 検査・監督の考え方と進め方」

によれば

コンプライアンス・リスクとは

「ビジネスと不可分一体で、往々にしてビジネスモデル・ 経営戦略自体に内在する場合が多く、その管理は、まさに経営の根幹をなすものである。」

と示されています。なんだかよく分かりません。これは以下の具体的な内容を見れば分かります。代表的なコンプライアンス・リスクは以下の5つです。
 

(1) 労務リスク

  • 長時間の時間外労働による労働基準法違反
  • ハラスメント(パワハラ・セクハラなど)
  • 非正規社員に対する差別的な取扱いや不合理な待遇差

 

(2) 契約リスク

  • 契約内容が法令に違反していたり、自社に不利な条文が含まれていたりするリスク

 

(3) 情報漏えいリスク

  • 営業秘密の情報漏えいを防ぐため、営業秘密を明確にし、管理体制とルールを構築
  • 個人情報の紛失・漏えいを防ぐため個人情報保護法のルールに従った個人情報の取得
  • 個人情報が漏えいしないための管理体制を構築

 

(4) 法令違反リスク

法令遵守が問題になることが多い法令は以下のものです。

  • 消費者契約法
  • 独占禁止法
  • 下請法
  • 景品表示法

 

(5) 不正会計リスク

企業の業績を良く見せるために利益を水増ししたり、脱税目的で売上を隠したりする不正会計は、企業の存続にかかわる重大な違法行為です。以下のリスクを負うことになります。
 

金融商品取引法違反

財務諸表などの虚偽記載には「10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金」、会社にも「7億円以下の罰金」が科せられます。また役員は株主に対して損害賠償責任を負います。

役員の任務懈怠責任

役員が意図的な不正会計や見逃しにより会社に損害を与えた場合、会社に対して任務懈怠に基づく損害賠償責任を負います。

役員の第三者に対する損害賠償責任

役員の故意または過失により不正会計が行われ、第三者に損害を与えた場合、役員は当該第三者に対して損害賠償責任を負います。たとえば、粉飾した決算書で金融機関から融資を受け返済不能になれば、役員が支払いを求められることもあります。

このように経営者や従業員はコンプライアンスに違反すれば、刑事責任や民事責任が問われます。

では、このコンプライアンスを守るために、企業はどのような取組が必要でしょうか?
 

コンプライアンス遵守のための対策

 

コンプライアンス遵守のためには企業は以下の4つの取組が必要です。

(1) 法改正情報を常に収集

法務担当者は、コンプライアンスに関する法改正の情報を常に収集し、法改正に合わせてコンプライアンス体制を変更します。また法務担当者は各部門と連絡を取り日常業務の中でコンプライアンス・リスクを見つけたら直ちに検討します。
 

(2) 社内規程やマニュアルを作成・刷新する

業務が法令等に沿った形で行われるには社内規程やマニュアルの整備が不可欠です。
 

(3) ハラスメント相談窓口や内部通報窓口を設置

コンプライアンス違反を早期に発見するため、ハラスメント相談窓口や内部通報窓口を設置します。
 

(4) 過剰なノルマで成果に対する圧力をかけない

過剰なノルマを達成しようとして社員が法令違反行為を行います。過剰なノルマを課さないように管理職に適切な教育を行います。

このような体制があってもコンプライアンス違反が起きます。なぜでしょうか?

それは会社の視点と社会の視点に違いがあるためです。
 

会社の視点と社会の視点

 

現実には、組織の中では正しい行為も、社会的には厳しい批判を受けることもあります。逆に社会的には問題のない行為が組織の中では問題になります。これは図のようなマトリックスになります。

図 会社の視点と社会の視点
図 会社の視点と社会の視点

社会の視点

社会の視点で見た拒絶行為とは、法律や道徳規律で禁止・やってはいけないとされている行為です。コンプライアンスとはこの拒絶行為を行わないことです。

推奨行為とは、すでに世の中にあり、多くの人から良いことだと認められていることです。

これに対して許容行為とは、やめろとはいわれないがあまり推奨されない行為や、多くの人から非難されるものの、法律には違反していない行為です。

会社の視点

この規範が会社では異なることがあります。

自社のコンプライアンス体制を構築する際、こういったマトリックスで分類し、組織での価値判断を明確にした上で、優先順位をつけて取組みます。

このコンプライアンスを遵守するために、内部統制が求められます。この内部統制とは何でしょうか?
 

内部統制

 

内部統制(Internal Control)とは、

「適切な業務執行を行うための内部的な体制やシステム」

のことで、次のようなものがあります。

  • 組織形態の整備
  • 社内規程・業務マニュアルの整備
  • 社員教育のシステムの構築
  • 内部統制についての相談先

ただし規則やマニュアルを定めただけでなく、決めたことを確実に運用し、評価・改善する体制が必要です。

この内部統制とは具体的にはどのようなものでしょうか?
 

(1) 内部統制の6つの基本要素

①統制環境

「内部統制に対する経営者や従業員の意識」のことで6つの基本要素で最も重要です。「ルールを守る意思がない」、「ルールの重要性を理解していない」このような経営者や社員にはどんなシステムを作っても効果がありません。

②リスクの評価と対応

あらかじめリスクを分析し、リスクを排除する対応策をとっておきます。

③統制活動

適切な業務のための手順のことです。例えば横領を予防するためには、現金を扱う「決裁」手続きや預金残高を定期的に確認・報告させます。

④情報と伝達

経営者からの命令・指令が確実に伝わることです。正しく伝わらなければ適切に機能しません。現場で起きていることが経営者に正しく伝わらなければ、経営者は適切に対処できません。

⑤モニタリング

内部統制が機能しているかどうか定期的にチェックする仕組みです。例えば内部監査などをことです。

⑥ITへの対応

IT化している業務・作業も、人による業務と同様に、内部統制を考えます。

この内部統制に関する法律が日本版SOX法です。
 

(2) 日本版SOX法

日本版SOX法とは、「金融商品取引法」の一部を指します。これは財務報告の信頼性を確保するために内部統制を構築し、その内部統制の整備状況や運用状況などを評価・報告することを企業に義務づけるものです。

日本版SOX法に対応するには以下の取組が必要です。

(1)内部統制を構築

内部統制を構築する過程で、以下の3点の書類を作成します。

  • 業務記述書
  • フローチャート
  • リスクコントロールマトリックス(RCM)
(2)内部統制の整備状況を評価

内部統制が有効かどうか定期的にチェックし、不備があれば、速やかに改善します。そして内部統制が有効かどうかを評価します。

(3)内部統制の運用状況を評価

内部統制が適切に運用されているかどうか評価します。

(4)内部統制報告書の作成

内部統制の整備・運用状況を評価し、それらを内部統制報告書らまとめられます。年に一度、有価証券報告書と共に金融庁へ提出します。

(5)監査を受ける

内部統制報告書は公認会計士または監査法人により監査を受けます。監査結果は、監査人が「内部統制監査報告書」にまとめます。

(6)内部統制報告書と内部統制監査報告書を公表

内部統制報告書と内部統制監査報告書は、決算とともに公表しなければなりません。

このような考え方や法規制まであるのに、なぜ問題が起きるのでしょうか?
 

あってはならないという呪縛

 

例えコンプライアンス体制や内部統制を構築しても、それは形をつくったにすぎず、コンプライアンス体制や内部統制の効果は、実際の業務を行う社員次第です。いくらルールや決まりで縛っても、それを遵守しようという企業風土がなければ形骸化します。

大企業はJ-SOX法に従って内部統制報告書と内部統制監査報告書の作成が義務付けられています。それは財務報告の信頼性を確保するために内部統制です。しかし規則や法令に違反する問題が起きています。

なぜでしょうか?

それは「あってはならない」という呪縛が、企業がリスクを分析し、問題や事故を予測して前もって対処することを妨げるからです。なぜなら「あってはならない」ことは考えられないからです。

こうして「あってはならない」という呪縛が問題を拡大させてしまいます。
 

あってはならない事故を隠蔽

2003年2月19日運航していた名鉄バス(路線バス)に軽自動車が追突しました。この時、バスの運転手が免許更新を怠り、無免許運転だったという「あってはならないこと」が発覚しました。

そこで役員の判断で別の運転手を身代わりに立てて無免許運転を隠蔽しようとしました。これは「犯人逃避罪」にあたり2年以下の懲役、または20万円以下の罰金で、無免許運転より重い罪です。

この隠ぺい工作は発覚し、重大な刑法犯として名鉄は家宅捜査を受けました。そして役員は逮捕されました。名鉄は「あってはならないこと」という呪縛にとらわれ、犯罪行為に手を染めてしまったのです。

原発の「あってはならない」

原子力発電所は事故が起きれば甚大な被害が発生します。そのため国や電力会社は「原発は絶対安全」と主張してきました。しかしどんな安全な設備にも故障や事故のリスクは存在します。しかし原発では、それらは「あってはならないこと」なのです。

2000年7月、ゼネラル・エレクトリック・インターナショナル社(GEI)から派遣された技術者が東京電力 福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所の点検作業を行いました。その後、彼は通商産業省に以下の告発文書を送りました。

  • 原子炉内のシュラウドにひび割れ6つと報告したが自主点検記録が改竄され三つとなっていた
  • 原子炉内に忘れてあったレンチが炉心隔壁の交換時に出てきた

この告発を受けて、原子力安全・保安院(以下保安院)は調査しました。しかし東電は「記憶にない」、「記録はない」と調査に非協力的なため調査は難航しました。2002年2月、GEIが保安院に全面的に協力した結果、東電はようやく不正を認めました。そして南直哉社長以下5人が引責辞任しました。

会見で南社長は、福島第一1号機で日本の法律では許可されていない「水中溶接」で傷を修理したことを認めました。「言い訳になってしまうが、どんな小さな傷もあってはならないという基準が実態に合っていない。」と述べました。
 

「あってはならない」が分析・対策を妨げる

ハインリッヒの法則によれば1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故があり、その背後には事故には至らない「ヒヤリハット」が300件あると言われています。

事故に限らず、危機的な状況をもたらす重大な法令違反もその背後には数多くの小さな不正が存在します。しかし「あってはならない」という精神は、問題を客観的に認知・分析して対策することを妨げます。

そして何かまずいことを起こしてしまったとき、社員は「とても言い出せない。隠すしかない」という精神状態に追い詰められてしまいます。これはその後次々と起こった企業不祥事に見られるものです。
 

ボヤで騒げ

経営者は、不正や事故は自社でも起きることを社内に浸透させ、些細な不正や事故を直ちに報告する健全な感覚を社員に持たせなければなりません。ある企業のトップの口癖は「ボヤで騒げ」でした。
 

マスコミの姿勢も問題

一方「絶対安全」はありえないのに、それを求める消費者やマスコミの姿勢にも問題はあります。現代の製品やサービスでも100%安全はありません。飛行機事故の確率もゼロではないのです。100%安全を求めるならば飛行機には乗らないことです。

現実には、私たちは利便性と危険(リスク)を秤にかけて、どちらかを選択します。にもかかわらず多くの利用者はそれを忘れています。そして事故が起きるとパニックになって過剰反応します。

むしろより安全・安心を求めることで、規制を強化し非効率な社会になっています。
 

規制強化で安全性が高くなった時代

図に示すように、もともと安全のレベルが低かった1960~1980年代は規制を強めることで安全レベルを上げることができました。

図 規制コストと安全レベルの関係
図 規制コストと安全レベルの関係

しかし一定以上の安全レベルに達した今日では規制を強めても効果は乏しくコストばかりが増えます。経済性、効率性を考えてどこまでコストをかけるべきかどうか、本来は吟味しなければなりません。

一方コストを考慮しない行政機関の手続きなどは、どんどん煩雑になっていき、利用者に負担をかけています。

一方技術者はコンプライアンス以外に倫理観も求められます。

それは自らがかかわる技術や製品に重大な問題があれば、人命や社会に多大な損失を与えるからです。そのため技術者は、技術の専門家として決して不正をしない高い倫理観が求められます。

これが工学倫理です。

これについては別のコラムでご紹介します。

参考文献

「組織不正の心理学」蘭 千壽、 河野 哲也 著 慶応義塾大学出版会
「日本再生への道」奥田碩、安藤忠雄 著 NHK出版
 

この記事を書いた人

 

経営コラム ものづくりの未来と経営

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